〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第35回】 「別居親族が居住用以外の用途に供した場合や譲渡した場合の 特定居住用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年5月2日)は、東京都内にA土地及び家屋を所有し、相続開始の直前まで1人で居住していました。 甲の相続人は長男である乙のみであり、乙は持家を有したことはなく、第三者から賃借して東京都内にあるマンションに居住しています。 相続後のA土地及び家屋の利用状況が次のそれぞれの場合には、乙は取得したA土地について特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 [A] 乙は、他の要件を満たせばいずれの場合でも特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の適用を受けることができますが、居住の継続の保護という特例の趣旨から今後の税制改正も含めて注視する必要があります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等に係る別居親族の要件 被相続人の居住用宅地等を取得した親族が次に掲げる要件の全てを満たすことが要件となります(措法69の4③二ロ、措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 2 宅地等の所有要件と居住要件について 特定居住用宅地等の要件については、取得者ごとに要件が異なっています(取得者ごとの要件については、本連載【第27回】「1 特定居住用宅地等の意義」で解説)が、本問の場合には、所有要件(相続税の申告期限まで宅地等を所有していること)及び居住要件(相続税の申告期限まで宅地等に居住していること)がポイントとなります。なお、所有要件及び居住要件は、相続税の申告期限までとされていますので、相続税の申告期限が新型コロナウイルスの影響等で延長されている場合には、その延長された日まで所有要件及び居住要件を確認する必要があります。 取得者ごとの所有要件及び居住要件を整理すると下記の通りとなります。 〈特定居住用宅地等の取得者ごとの所有要件と居住要件(〇 ⇒ 有 × ⇒ 無)〉 宅地等の所有要件については、あくまでも相続税の申告期限まで宅地等を所有していることとされていますので、相続税の申告期限後に売却しても所有要件は満たされることになります。本問の②の場合のように宅地等を相続税の申告期限前に売買契約を締結し、相続税の申告期限後に土地家屋を引き渡した場合には、土地家屋の引渡しまでは所有権は乙にあり、相続税の申告期限まで土地を所有していたことになりますので、乙は所有要件を満たすことになります。 ただし、会計検査院が平成29年11月29日に公表した「租税特別措置(相続税関係)の適用状況等について」の報告では、下記の通り指摘があり、相続後の短期保有売買が問題視されています。 相続税の申告期限後の土地等の譲渡については、現行の法令等においては特に制限はありませんが、事業又は居住の継続の保護を目的とする小規模宅地等の特例の趣旨から認めるべきではないと考えられますので、今後の税制改正も含めて注視する必要があります。 3 本問への当てはめ 〔①について〕 別居親族の場合には、宅地等の所有要件はありますが、宅地等の居住要件はありませんので、賃貸の用に供した場合でも特例を受けることができます。別居親族は、そもそも被相続人の居住用宅地等に居住していないことが前提となりますが、相続後にすぐに居住しない場合でも将来的に当該宅地等に住む可能性も鑑みて、特例の対象とされています。 〔②について〕 宅地等の所有要件が問題となりますが、相続税の申告期限までの所有要件となっています。売買契約を締結した段階では、宅地等の所有権は、あくまでも乙となりますので、要件を充足することになります。 ただし、先に記載の通り、法趣旨からすると看過し難い問題となりますので、今後の税制改正も踏まえて、注視するべき事例となります。 〔③について〕 別居親族の場合には、宅地等の所有要件はありますが、宅地等の居住要件はありませんので、建物を取り壊し、駐車場の用に供した場合でも特例を受けることができます。 ★実務上のポイント★ 取得者ごとの所有要件及び居住要件の有無を整理しておきましょう。相続税の申告期限後の譲渡については、今後の税制改正で注視するべき内容となりますので、税制改正情報の確認が重要となります。 (了)
遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第10回】 「不動産や株式等を遺贈寄付した場合の取扱い(その4)」 ~みなし譲渡所得税の非課税特例(一般特例)~ 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 不動産や株式等の現物資産を遺贈寄付した場合の取扱いについて、前回に引き続き見ていく。 今回から、「公益法人等に財産を寄付した場合の譲渡所得等の非課税の特例」(以下「みなし譲渡所得税の非課税特例」とする)について確認する。 1 みなし譲渡所得税の非課税特例の概要 個人が、土地、建物などの資産を法人に寄付した場合には、これらの資産は寄付時の時価で譲渡があったものとみなされ、これらの資産の取得時から寄付時までの値上がり益に対して所得税が課税される。 ただし、これらの資産を公益法人等に寄付した場合において、その寄付が教育又は科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献その他公益の増進に著しく寄与することなど一定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けたときは、みなし譲渡所得税は非課税とされる(措法40)。 「みなし譲渡所得税の非課税特例」には「一般特例」と「承認特例」という2つの制度がある。「一般特例」は従来からある制度で、「承認特例」は平成30年度(認定NPO法人等への寄付については令和2年度)に導入された新しい制度である。「承認特例」の場合には、適用を受けられる法人や寄付者が「一般特例」よりもかなり限定される。ただし、自動承認(株式等以外は1ヶ月、株式等は3ヶ月)の制度があり、さらに、寄付を受けた資産についての買換えも一般特例よりも広く認められている。 今回は、まず「一般特例」について説明し、次回は「承認特例」について説明することにする(※)。 (※) みなし譲渡所得税の非課税特例の一般特例と承認特例の違いについて、国税庁の「公益法人等に財産を寄附した場合における譲渡所得等の非課税の特例のあらまし」が参考になる。 2 一般特例の適用対象法人 一般特例の対象になる公益法人等とは、以下の法人である。 その寄付により、新たに公益法人等を設立する場合も可能である。なお、任意団体には適用がない。 3 一般特例の承認要件 非課税特例にかかる国税庁長官の承認を受けるためには、次のすべての要件(法人税法別表第一に掲げる独立行政法人、国立大学法人などに対する寄付である場合には、次の〈要件2〉に掲げる要件のみ、承認特例の適用を受ける場合には別途定める要件)を満たす寄付であることが必要である。 4 国税庁長官による非課税承認の取消し 国税庁長官の非課税承認を受けた寄付であっても、その後承認要件に該当しなくなった場合には、国税庁長官は、その承認を取り消すことができることとされている(措法40②③)。 取消しになるのは、主に以下のような場合である。 寄付財産を公益目的事業の用に直接供する前に承認の取消しがあった場合には、寄付者に所得税が課税される。 寄付財産を公益目的事業に直接供した後に承認の取消しがあった場合には、法人を個人とみなして所得税が課税される。 5 一般特例の問題点 みなし譲渡所得税の非課税特例(一般特例)にはどのような問題点があるのか、最後に見ていくことにする。 (1) 承認までの期間に長期間を要すること みなし譲渡所得税の非課税特例の適用を受けるためには、国税庁長官の承認を受ける必要があるが、この国税庁長官の承認を受けるためには非常に長い期間がかかる場合がある。〈要件1〉の公益増進要件や〈要件3〉の不当減少要件の該当性について長い審査期間が必要な場合が多いためである。場合によっては、2~3年かかるケースもあると言われており、提出する書類も膨大なものに及ぶこともある。 このような問題点を解消するためにできたのが、次回取り上げる「承認特例」である。「承認特例」は、適用対象法人は、国立大学法人等、公益社団法人、公益財団法人、一定の学校法人又は社会福祉法人、認定NPO法人などに限られており、すでに行政庁から公益性の認定を受けている法人であるため、〈要件1〉の公益増進要件が不要である。また、「承認特例の対象」は、「寄付した人が寄付を受けた法人等の役員等及び社員並びにこれらの人の親族等に該当しない」という要件があるため、租税回避行為に使われる可能性がほとんどなく、行政庁から公益性の認定を受けていることもあり、〈要件3〉の不当減少要件も不要なのである。 (2) 寄付を受けた財産の使途の制約 〈要件2〉では、「寄付財産を寄付があった日から2年を経過する日までの期間内に受贈法人の公益目的事業の用に直接供する、又は供する見込みであること」とされている。寄付を受けた財産を売却した場合(一定の要件を満たす買換えを除く)や、不動産等を公益目的事業の用に供さない場合には適用がない。 株式などの場合であれば、その果実である配当金を公益目的事業の用に供していれば適用があるのでまだ選択の余地はあるが、不動産等については、受贈法人が、公益目的事業の用に供することができない限り、非課税要件を満たすことができない。例えば、国際協力系のNGOなどであれば、寄付を受けた不動産を公益目的事業の用に供するということは、ほぼ不可能である。 一方、「承認特例」では、一定の要件を満たす場合に不動産等を株式等に買い換えてそれを一定の要件を満たす基金内で運用することで非課税を継続することができることとしている。このことで、公益目的事業の用に供することが難しい不動産等の寄付を受けた場合でも、みなし譲渡所得税の非課税特例を受けることができる余地が出てきた。ただし、「承認特例」の場合であっても、その不動産等を売却して、売却代金を公益目的事業の用に供する場合には、非課税の適用はない。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第95回】 「不動産売買等の電子契約における印紙税の取扱い」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 不動産関連文書等の電子化が認められるという話を聞きました。その中には、従来印紙税の課税文書となる不動産の売買契約等も「紙による交付」ではなく、電子契約が可能となるとのことですが、その際の印紙税の取扱いはどのように変わるのでしょうか。 2021年5月公布の「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」により、2022年5月18日から不動産売買契約書をはじめとする不動産関連文書等の電子化が認められることとなる予定である。 不動産業界は従来から法的な規制により、多くの重要文書について「紙による交付」が義務付けられていて、業務の電子化が遅れている状況であったが、今後は不動産売買等においても電子契約化が一気に進んでいくことが考えられる。 不動産売買契約等を書面でなく電子媒体の文書データとして作成した場合、従来、契約書面に貼付していた収入印紙をどこに貼付しなければならないのかとの疑問が生じる。これについては、文書の「作成」という概念がポイントとなる。 印紙税法では課税文書を作成した時に印紙税を納めることとなるが、この「作成」とは、単なる課税文書の調製行為をいうのではなく、課税文書となる用紙等に課税事項を記載し、これを当該文書の目的に従って行使することをいうとされている。 また、「作成の時」とは、当該文書の目的に従って行使する時であることから、具体的には、相手方に交付する目的で作成される課税文書は当該交付の時、契約当事者の意思の合致を証明する目的で作成される課税文書は証明の時とされるなど区分に応じて明らかにされている。 電子上において締結された契約においては、作成の意義でいう「課税文書となるべき用紙等に課税事項を記載」という、用紙等に課税事項を記載しているものではなく、印紙税法の効力の及ぶものではない。 以上より、不動産売買等の電子契約を結ぶ場合につき収入印紙の貼付は必要はないため、年間で複数の不動産売買等の契約を行っている企業等にとっては、電子契約とすることでコストの削減にもつながると想定される。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第26回】 「「中小PMIガイドライン」を積極活用しよう」 ~その1:失敗事例から学ぶ①~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 売り手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 支援機関(第三者) ⇒支援先の企業が円滑に事業を引き継ぎ、M&Aの目的やシナジー効果等を実現するために必要な助言ができるように、「中小PMIガイドライン」を参照する。 その他の対象者 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 1 「中小PMIガイドライン」の公表 2022年3月17日に中小企業庁が取りまとめ公表した「中小PMIガイドライン」は、主に中小企業M&Aの譲受側(買い手)が、M&A後のPMIの取組を適切に進めるための手引きとして策定されたもので、PMIに関するはじめてのガイドラインです。 PMIというのは、Post Merger Integration(ポスト・マージャー・インテグレーション)の略語で、主にM&A成立後に行われる統合作業を指します。 本ガイドラインの概要版には「M&Aの目的を実現、効果を最大化する上で、M&Aの成立は『スタートライン』に過ぎず、その後の統合作業(PMI)を適切に行うことが重要です。しかしながら、中小企業においてはPMIの重要性についての理解が不足しており、PMIに関する支援機関も不足している状況です」とあり、こうした状況を踏まえて策定されたのが本ガイドラインだと説明されています。 私見ですが、中小企業のM&Aの成功は、成立過程や、単に成立そのものによるのではなく、M&A成立後に新たな経営共同体として、買い手と売り手のいずれもが満足のいく成長ステージへ至ることにあると考えます。この意味で、本ガイドラインが示すように、PMIのプロセスないしはステージが実はとても大切で、M&Aの成立前以上に重要な段階と考えてもよいほどです。 そこで、今回からは、中小企業M&Aの良い題材として誕生した「中小PMIガイドライン」の中から、対象企業の見方・見られ方に関する部分を紹介、説明することで、PMIの重要性を知り、今後のM&Aの検討にあたって参考になる情報を得ていただく良い機会になればと思います。 ちなみに、本ガイドラインが掲げるポイントは次のとおりです。 2 PMIに起因する失敗事例 今回、本ガイドラインから取り上げるのは、PMIに起因する失敗事例です。本連載の【第24回】でも失敗事例を題材にしており、重複する点もあるかもしれませんが、失敗に学ぶのは実務の鉄則ですから、ぜひ本稿と合わせてご確認いただければと思います。 本ガイドラインでは、PMIを構成する領域を「経営統合」「信頼関係構築」「業務統合」の3つに分類しています。 【PMIの取組領域】 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」10ページをもとに筆者作成。 それでは、本ガイドラインが分類する領域ごとのPMIに起因する失敗事例を見ていきましょう。今回は、先に挙げた領域のうち、「経営統合」に関する事例について見ていきます。 (1) 「経営統合」に関する失敗事例① (注) 本ガイドラインには失敗例に対する取組例が示されていますが、本稿では割愛し、私見ですがこのような失敗を回避ないしは防ぐためのポイントを簡単に紹介します。以降の失敗例についても同様です。 統合後の経営の方向性に不安を覚えるのは、売り手経営者はもちろんですが、なんといっても買い手の経営方針についていく売り手の従業員たちです。買い手は、売り手に対して買い手が目指す経営の方向性を明確にして伝えるのが望ましいですが、買い手も中小企業であれば、十分な時間を割けないこともあると思います。とはいえ、経営の方向性が明確ではない場合であっても、このような経営を目指しているという何らかの方向性を示すだけで売り手の印象が変わりますから、不十分だとしても、伝える努力をする責任が買い手には伴います。 また、経営の方向性を示すタイミング(時期)が重要で、M&Aが成立する前段階から意識的に伝える努力をしなければなりません。タイミングが遅ければ、買い手の伝える経営の方向性がどんなに明確だったとしても、M&A前後におけるの売り手の認識とのギャップは埋まらない可能性が高く、不安が解消しない恐れがあります。 買い手と売り手は経営の方向性が違って当然なわけですから、互いの経営の方向性はどのようなもので、両者の違いを埋めつつ買い手寄りの経営に移行にするためには何が足りないか、できれば買い手・売り手共同で検討し、実行段階では、時系列で少しずつ段階的に溝(違い)を埋めていくのがよいでしょう。 (2) 「経営統合」に関する失敗事例② 人材を、消費やコストと捉えることを含意する「人的資源(Human Resource)」ではなく、価値を創造する源泉となる無形資産の「人的資本(Human Capital)」と捉えて、投資した人材の価値を最大限に引き出して中長期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」という概念が、今注目されています。 M&A成立によって、仮に売り手の従業員の多くが「買われた」「負けた」と思う気持ちのままであれば、きっと、より受動的に、より消極的にしか働く意思を示さなくなり、失敗例のようになっていくと思います。従業員に主体的、能動的、積極的に動いてもらうことで、買い手・売り手の両者を合わせた企業価値が向上するのがM&Aの成功だとすれば、その担い手である人材を軽視できないはずです。 PMIに起因する失敗事例から学ぶとすると、たとえば、経営の方向性を図示など見える形にして伝達する、買い手と売り手の人材交流を盛んにして売り手従業員が買い手と心理的に融合(融和)していく場をつくる、売り手従業員が許容できるレベルから少しずつ段階的に買い手の経営の方向性に誘導していく、といったように、企業ごとに様々な対策が思い浮かぶことでしょう。 売り手や売り手従業員を放置しない、買い手の一部の担当者に任せっぱなしにしない、買い手を挙げて対応しているという姿勢を見せる、などの地道な努力を継続することが、売り手を置き去りにしないための鉄則のように思えてなりません。 * * * 中小企業のM&Aは個々のケースによって状況が異なりますので、必ずしも各事例が実際のM&Aの現場で当てはまるわけではありませんが、少なくとも失敗事例から学べることは多いはずです。次回以降もPMIに起因する失敗事例などを取り上げますので、複数の事例からヒントを得ながら、M&Aを成功へと導いていただくきっかけになればと思います。 (了)
特定登記未了土地の概要と 直近の改正による相続実務への影響 貝塚司法書士事務所 司法書士 植木 克明 はじめに 不動産の登記名義人に相続が発生しても、相続登記は取得した相続人から申請されない限り登記されない。一方で、土地に対し登記が長期間行われていない場合でも、法務局が法定相続人を探索し一定の登記を行うことがある。 本稿では、この特定登記未了土地について概観し、直近の改正事項及び相続実務に関するポイントについて解説する。なお、意見にわたる部分は、筆者の私見である。 1 所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法について いわゆる所有者不明土地とは、不動産登記簿等の公簿情報等により調査してもなお所有者が判明しない、又は判明しても連絡がつかない土地である。 背景には、人口減少、高齢化の進展に伴う土地利用のニーズの低下や、地方から都市等への人口移動を背景とした土地の所有意識の希薄化などがあげられる。そのため国や地方公共団体等は、公共事業の推進等の様々な場面において、所有者の特定等のため多大なコストを要し、円滑な事業実施への大きな支障となっている。特に、東日本大震災などの大規模自然災害を契機として、相続登記などの手続が長期にわたり行われていない所有者不明土地を、公共事業の用地として活用したくてもできないなどの問題が顕在化した。その解決策の1つが、平成30年11月から順次施行された所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(以下「特措法」という)である。 2 法律の概要 ここでは特措法を概観する。 ※1 公園、駐車場、購買施設、仮設道路等のほか地域住民等の共同の福祉又は利便の増進を図るために行われる事業であって(特措法2条3項)、原状回復が可能なものについて、都道府県知事の裁定により最長10年間の使用権を設定(特措法10条以下)。 ※2 所有者の探索において、原則として登記簿、住民票、戸籍など客観性の高い公的書類、必要な公的情報(固定資産課税台帳、地籍調査票等)を行政機関が調査、利用できる制度を創設(特措法39条)。 ※3 国の行政機関の長又は地方公共団体の長は、所有者不明土地につき、不法投棄や雑草の繁茂などでその土地が周辺に悪影響を与えている場合など適切な管理のため特に必要があると認めるときは、家庭裁判所に対し、不在者財産管理人又は相続財産管理人の選任の請求をすることを可能とする(特措法38条)。 3 特定登記未了土地の相続登記等に関する不動産登記法の特例 登記官は、公共の利益となる事業を実施しようとする者の求めに応じ、事業を実施しようとする区域内の土地が、特定登記未了土地に該当し、かつ、登記名義人の死亡後一定期間(10年以上30年以内において政令で定める期間)を超えて相続登記等がされていないときは、登記名義人となり得る者を探索し、一定事項の登記への付記と、登記名義人となり得る者に対する相続登記との勧告を行う(特措法40条)。なお、一定期間は、本年4月1日から特措法施行令の改正により「10年間」とされた。 特定登記未了土地とは、所有権の登記名義人の死亡後に相続登記等がされていない土地であって、収用適格事業の実施その他の公共の利益となる事業の円滑な遂行を図るため所有権の登記名義人となり得る者を探索する必要があるものをいう(特措法2条4項参照)。 収用適格事業とは、土地収用ができる事業のことである。土地収用ができる事業は、土地収用法3条に掲げられた事業で一定の公益性のある事業に限定されており、主に、道路、河川、砂防設備のほか、公共施設や港湾施設、そして上下水道や電気、通信、ガスなどのライフラインも含まれる。国は、所有者不明土地の解消として2020年度末までに約14万筆の長期相続登記等未了土地の解消作業に着手するとしている(※)。 (※) 内閣府ホームページ「所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議(第4回)議事次第(令和元年6月14日)」の「所有者不明土地等問題 対策の推進のための工程表」参照。 〈手続の概観〉・・・①~⑥の番号は以下の解説に対応 ①及び②:登記官は、起業者その他の公共の利益となる事業を実施しようとする者からの求めに応じて調査し、地域を選定する。 ③:法務局では、登記官が特措法40条に基づいて、管理する土地の登記情報を調査し登記名義人について相続が発生していないかどうか、そして登記名義人の法定相続人等を調査、探索し法定相続人情報を作成する。 〈法定相続人情報の一例〉 ④:③の結果である法定相続人情報には、登記簿の一部として作成番号が付されて法務局に保管される。また、登記官は職権で、「長期相続登記等未了土地」すなわち、所有権の登記名義人の死亡後長期間にわたり相続登記等がされていない土地である旨の付記登記を行う。 〈付記登記の一例(相続人の全部が判明している場合)〉 ⑤:法務局は付記登記を行った後に、「長期間にわたり相続登記等がされていないことの通知(お知らせ)」を調査で判明した相続人のうちの1名に送る。 〈通知の一例〉 ⑥:法定相続人情報の閲覧権限は、所有権の登記名義人の相続人、及び公共の利益となる事業を実施しようとする地方公共団体等の利害関係人にある。相続人は、今後の相続登記手続のために、地方公共団体等は、法定相続人調査のために、それぞれ活用が想定される。 4 通知が来た相続人からの相談を受けたら (1) 相続登記義務化等の影響 通知書は、基本的には相続登記等を促す意味しかなく、現段階では、それを放置することによる罰則等はない。しかし、令和6年4月1日施行の改正不動産登記法により相続登記が義務化されると、施行期日において現に相続登記未了となっている不動産も義務化の対象となり、登記を放置することは過料の対象となる。そのため、相談を受けたら相談者に対し、相続登記の義務化を含む新しい制度に関しても正確な情報と適切なアドバイスの提供が必要となるものと考える。そもそも当該土地は、地方公共団体等が何かしらの事業を実施しようとしており、その対象土地であるために調査がなされていることを念頭に置く必要がある。 (2) 相談者への情報提供 通知書にある対象の土地について、相談者は場所がわからないことが多いため、各種地図を利用して場所の特定を行い、また、固定資産評価証明書等の評価を確認する等の調査をして、相談者に情報を提供することで、今後の対応の検討に役立ててもらう必要がある。 (3) 相続関係の確認 通知は、相続人のうち1名に送られるが、他の相続人が誰かは通知からは一見しても判明しない、そこで、相続人である相談者は、法務局にて法定相続人情報を取得(閲覧申請)して、相続関係を確認することができる。必要に応じて、例えば司法書士が代理人となり法定相続人情報を取得することも可能である。 一方、特定登記未了土地となった原因である収用適格事業の起業者等は、地方公共団体のみならず民間事業者、NPO、地域コミュニティ等の幅広い主体が想定されるが、相談者は、法務局から情報提供を受けることはできないと考えられる。個別に地方公共団体等に問合せをして判明することもあると考えるが、可能性は高くないと思われる。 終わりに 相続関係は事案によって異なり、容易に遺産分割協議ができない事案も少なくないと思われる。特定登記未了土地は、長期にわたり相続登記がされていない土地であり、財産的価値が高くない場合もあり、当該土地に対して相続人が関心を示さないケースも多いと思われる。筆者の経験でも、相談者は通知を受けて法務局の説明を受けたが、積極的に手続を検討しようという思考には至らない様子であった。 とはいえ、上記3で指摘の通り、死亡後10年間が経過した該当の土地は特定登記未了土地となり得るため、土地も通知を受ける相続人も確実に増え続けるものと考える。そして、今後の相続登記の義務化等も踏まえて考えれば、登記未了のまま放置するのは避けるべきである。手続の方向としては、安易に法定相続分による登記を行うことは避けて、なるべく遺産分割協議により確定的な所有者名義で登記をする方向で解決を促すことが望ましい。 司法書士は、登記の専門家として相続登記手続にノウハウを蓄積しており、特定登記未了土地についてもその対応を蓄積しつつある。読者におかれては、相続人から相談を受けたときは、司法書士と連携して対応することを検討いただきたい。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例38】 「地震によって空き家が倒壊するおそれがある場合の対処法」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 最近、地震によって倒壊した空き家のニュースを見る機会がありました。自宅の隣地には傾いて屋根の崩れかかった木造家屋がありますが、ここ数年間、誰も出入りしている様子はなく、所有権者が誰なのかも分かりません。 地震が発生する場合に備えて隣家の修繕を求めたいのですが、どうすればよいでしょうか。 1 令和3年4月の民法改正前までの方法 (1) 所有権に基づく物権的請求権及び仮処分 隣家の損壊や倒壊によって自己の所有する土地や建物が損傷させられるおそれがある場合、隣家の所有権者に対して、所有権に基づく物権的妨害予防請求権を行使して、予防措置を求めることが考えられる。 しかし、登記簿等を確認して所有権者を把握できても、その者が行方不明の場合には請求を行うこと自体ができず、仮に請求できたとしても隣家の所有権者が修繕を行わない場合もある。このような場合には訴訟の提起や強制執行の申立てを行わざるを得ないが、時間がかかるため急を要する場合には実効的な手段ではない。 そこで、所有権に基づく物権的妨害予防請求権を被保全権利として、予防工事等の実施を求める仮処分命令を申し立てることが考えられる。もっとも、迅速性という点で仮処分は優れているが、建物の継続的な管理を求める点においては、必ずしも適切な手段とまではいいきれない。 なお、令和3年4月28日に公布された改正民法(以下「改正民法」という)の立法過程において、土地の所有者が他の土地や他の土地の工作物等に瑕疵がある場合に、当該他の土地に立ち入り、損害の発生を防止するための工事を行う権限を認める規定の導入が検討されていた。しかし、当該権限の発生要件が不明確であることや、かえって物権的請求権の行使を阻害するおそれがあること等を理由に導入は見送られた。 (2) 事務管理による方法 隣家の空き家の所有権者のために、事務管理(民法第697条)として、屋根等の修繕工事を行うことが考えられる。しかし、修繕工事を行った場合に当該所有権者に修繕契約の効果を帰属させるためには本人の追認が必要となる。また、事務管理者は当面の費用負担を強いられるだけでなく、費用回収のリスクも負うことになる(事務管理の詳細は【事例24】を参照)。 (3) 損害賠償による方法 空き家が通常備えているべき安全性を欠いているため地震等によって損壊等し、隣地の所有権に損害を与えた場合、隣地の所有権者は、当該空き家の所有権者に対して、民法第717条に基づく損害賠償請求を行うことができる(なお、所有権者の負う責任の詳細は、【事例3】を参照)。しかし、損害賠償による方法は、事後的な金銭的救済にすぎないため、危険を予防したい場合には機能しない。 2 民法改正による新たな対応方法 (1) 新たな管理制度導入の背景 民法の改正前においては、建物の所有権者が不明な場合、当該建物を管理させるために不在者財産管理制度等を利用することもできたが、全財産を管理する必要があるため、管理人の負担が重い等の批判がされていた。また、適切に管理されていない建物がある場合に、上記1のような法的手段はあるものの、単発的であり管理の継続性という点において問題があった。 そこで、改正民法において、裁判所が選任する管理人が、所有者の不明な建物や管理不全の建物を継続的に管理する制度が新設された(前者を所有者不明建物管理制度(改正民法第264条の8)といい、後者を管理不全建物管理制度(同法264条の14)という)。 なお、改正民法は、令和5年4月1日から施行される予定のため、施行時期について留意が必要である。 (2)所有者不明建物管理人の概要 所有者不明の建物の利害関係人は、裁判所に対して、所有者不明建物管理人の選任を申し立てることができる。ここでいう利害関係は法律上の利害関係のことを意味しており、当該建物の隣地の所有権や身体等の利益が侵害されるおそれがあるような場合に認められることになる。 申立人は、申立てにあたって、所有権者探索のために必要な調査を尽くしていることが必要となる。そのため、建物の登記簿謄本から所有権の名義人を特定し、住民票等で生存の有無や所在を確認する必要がある(なお、当該名義人が死亡していることが判明した場合には、相続調査を行うことも必要である)。 また、管理人によって当該建物が売却されることが当初から見込まれているような事案を除けば、申立人は、裁判所から予納金の納付を求められることになると思われる。予納金の納付を怠ると、管理人を選任する必要がないことを理由に申立てが却下されることになるため留意が必要である。 所有者不明建物管理人は、当該建物を管理処分する権限が専属することになるため、自らの判断で、当該建物の保存行為(屋根の修繕等)や性質を変えない範囲内での利用・改良行為をすることができるほか、裁判所の許可を得て売却・解体等の処分をすることもできる(改正民法第264条の3)。 (3) 管理不全建物管理人の概要 所有者不明建物管理人の場合と同様に、管理不全建物について法律上の利害関係がある者は、裁判所に管理不全建物管理人の選任を申し立てることができる。なお、上記の所有者不明建物管理人の申立てと管理不全建物管理人の申立ては、それぞれの要件を満たしていれば選択的に行うことができる。 建物の管理が不適当であるかの判断は個別事情によるが、当該建物の屋根や外壁が崩壊・倒壊するおそれのある状態になっており、この状態が修繕されずに期間が経過しているような場合には認められると考えられる。なお、本設問の事例とは異なるが、地震によって屋根が崩れ、その状態が放置されているなど、当該建物の不適切な状態の発生が不可抗力によるものであったとしても、その後の管理状態によっては管理不適当と認められる可能性もある。 管理不全建物管理人の場合、本来の所有権者が管理・処分権を行使する可能性があるため、所有者不明土地管理人と異なり、管理不全建物管理人に当該建物を管理処分する権限は専属しないこととされている。管理不全建物管理人は、自らの判断で、当該建物の保存行為や性質を変えない範囲内での利用・改良行為はできるが、売却・解体等の処分行為は、所有権者の同意のあることが裁判所の許可の条件となっている(改正民法第264条の14第4項、同法第264条の10第2項、第3項)。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第56話】 「事務運営指針における重加算税の取扱い」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、先ほどから「事務運営指針」をじっと見ている。表題は「申告所得税及び復興特別所得税の重加算税の取扱いについて」(平成28年12月12日)となっている。 その「第1」は、「賦課基準」である。すなわち、重加算税を賦課する基準を示している。 浅田調査官は、顔を上げて、斜め向かいにいる中尾統括官を見る。 中尾統括官は、部下の調査報告書を熱心に読んでいる。 「あの・・・この事務運営指針のことなんですけど・・・」 浅田調査官は、事務運営指針を手に持ちながら、声をかける。 中尾統括官は、驚いたように顔を上げる。 「なんだい?」 浅田調査官は、立ち上がって、中尾統括官の机の前に行く。 「・・・2.帳簿書類の隠匿、虚偽記載等に該当しない場合・・・のところに挙げられているケースなんですけど・・・」 浅田調査官は、該当する箇所を広げて、机の上に置く。 「・・・この(1)から(3)のケースにおいては、重加算税が賦課されないということでよいのでしょうか?」 浅田調査官が尋ねる。 中尾統括官は、事務運営指針を手に取って、読む。 「この文章の内容では・・・(1)から(3)の場合、隠蔽等に該当しないから、重加算税を賦課しないということだろう」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「これは、納税者が隠蔽等をしても、後日(翌期)是正をした場合・・・重加算税を賦課しないということだから、この文章では、たとえ隠蔽等を行ったとしても、その後、納税者が改めた場合、重加算税を賦課しないということなのだろう・・・」 と言って、中尾統括官は、(1)から(3)の図をそれぞれ描く。 「しかし、国税通則法68条を読む限り、この事務運営指針のような解釈はできないのではないかと思うのです」 浅田調査官はハッキリと言う。 そして、国税通則法68条1項のカッコ書きを飛ばして、読み上げる。 「この条文を読む限り、過少申告(国通法65①)と隠蔽仮装の要件を満たした場合には、重加算税が賦課されると理解すべきなのでは・・・?」 浅田調査官は、首を傾げる。 「・・・私は、3年前に、税務調査で、納税者が期首に売上除外をし、その後、期末に反省してその是正を行ったというケースがありました・・・しかし、その是正そのものにケアレスミスがあって、結局、過少申告になったのですが・・・」 今度は、浅田調査官が図を描く。 「このケースも文理解釈をすれば、重加算税を賦課すべきだと思うのですが、事務運営指針の考え方を敷衍すると、隠蔽等に該当せず、重加算税をかけるべきでなかったと思うのですが・・・」 浅田調査官は、自信なさそうにつぶやく。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、「インボイス制度に関するQ&A」を改訂 ~令和4年度税制改正に伴う見直しの他、 登録日(R5.10.1)をまたぐ請求書の記載事項など5問を新設~ Profession Journal編集部 国税庁は4月28日(木)付けで「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」(インボイスQ&A)を改訂、令和4年度税制改正に伴う既存問答の改訂の他、5つの問答が新設され、全101問となった。 既報のとおり令和4年度税制改正では、免税事業者が令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間中に適格請求書発行事業者の登録を受ける場合、その登録日から適格請求書発行事業者となることができるなど制度の見直しが行われたが、これらに関連する問答(問8など)について、改訂が行われている。 今回新たに設けられた問答は以下のとおり。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 ウェブ開示によるみなし提供制度への対応等、 『経団連ひな型』が一部改訂される ~改訂日付に留意~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年4月27日、日本経済団体連合会 経済法規委員会企画部会は、「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」(改訂版)の一部改訂を行っている。 今回の改訂で見直された点は以下のとおりだが、本稿公開時点において、HP及びひな型記載の日付が前回改訂の日(2021年3月9日)とされており、改訂に関するアナウンスもなされていないため、ご利用にあたっては注意が必要である。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 改訂点 改訂点は次のとおりである。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年4月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.467を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。