〔小説〕
『東上野税務署の多楠と新田』
~税務調査官の思考法~
【第7話】
「無予告調査」
税理士 堀内 章典
《前回までの主な登場人物》
◆多楠調査官
東上野税務署に入って2年目、今回初めて調査部門である法人課税第5部門に配属。
◆新田調査官
多楠の調査指導役、調査はできるが、なぜか多楠には冷たく当たる、近づきがたい先輩調査官。
◆田村統括官
法人課税第5部門の責任者である統括官、定年まであとわずか、小太りで好人物。
◆法人課税第5部門のメンバー
・三浦上席調査官(淡路の調査指導役)
・小泉調査官(調査経験4年目、寡黙な調査官)
・淡路調査官(多楠と同じ調査1年目の女性調査官)
多楠の休日
(前回までのあらすじ)
多楠調査官は、株式会社関東貿易商会への単独調査で調査1年目の調査官としてまずまずの事績を上げることができた。田村統括官をはじめとする部門の皆が不正を見つけた多楠を称え、自分のことのように喜んだが、新田はそんな多楠を誉めるわけでもなく、いつものようにスナック“かわばた”に誘うのであった。
休みの日、多楠は両親が可愛がっているミニチュアダックスフンドの“キチ”と“ララ”を連れて、近所の行田公園へ散歩に来ている。10月下旬とはいえ、この日は小春日和の暖かさ。
多楠は公園のベンチに腰を下ろすと、大いに盛り上がった昨日の飲み会を思い出していた。
▼ ▲ ▼
単発とはいえ、多楠調査官が100万円の売上除外を自ら考え、提示を求めた領収証控から発見したことについて、すでにほろ酔い気味の淡路調査官はいつものように顎の尖った小顔に眉をひそめながら言った。
「よく領収証控を見る気になったわよね。売上と合っていて当然だと思うから、私はまず見ないと思うわ。」
多楠に不正発見で先を越されたせいか、少し悔しそうな様子の淡路。
多楠は少々優越感に浸りながら
「たまたまですよ。何か予感めいたものがあって、領収証控を確認したんですが、結局1回こっきりの不正で、広がらなかったのが残念でした。」
2人の話を聞いていた田村統括官が満面の笑みを浮かべながら
「いやいや、“合っていて当たり前”と先入観を持たずに調べたところが素晴らしい!」
さらに安倍副署長が田村統括官の言葉に相槌を打ちながら
「多楠調査官、結果はまた別、そうやって常に問題意識を持って調査に臨むことが大事さ。その心構えがあれば、おのずと成果は上がって来るもんだよ。」
安倍副署長は、東京国税局資料調査課(リョウチョウ)の課長補佐から昨年7月の異動で東上野署に配属になった、資料調査課のエースである。
調査のプロ中のプロである安倍副署長の一言に、その場にいた全員が納得の表情を浮かべた。
▼ ▲ ▼
公園の大きな広場では、小学校の低学年と思われる男の子たちが歓声を上げながらサッカーに興じている。公園のベンチに腰かけている多楠はそんな子供たちを笑顔で眺めながら、“なんとか幸先の良いスタートが切れてよかった。”と、しみじみと安堵した。
実は昨日から、多楠の中に、大きな気持ちの変化が起きていた。
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