《速報解説》 試験研究費の税額控除制度(研究開発税制)の見直し ~令和8年度税制改正大綱~ 太陽グラントソントン税理士法人 プリンシパル 税理士 竹内 一樹 令和7年12月19日に公表された令和8年度税制改正大綱において、試験研究費の税額控除制度(以下、研究開発税制という)は既存の時限措置の3年の延長(令和11年3月31日まで)がされるとともに、「成長投資」による力強い経済成長を実現する観点から、更なる拡大成長が見込まれる重点戦略分野に焦点を当て、かつ、研究開発に積極的な成長企業に対してより優遇される措置となるよう、新たな制度の創設や既存制度の見直しが行われた。 各改正項目について、以下の通り解説する。 1 重点産業技術試験研究費の額に係る税額控除制度の創設 高市政権が掲げる成長戦略の一環として、17の重点投資対象分野が議論されている。また、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)でも、将来にわたって科学技術力を維持・強化するため、限られた政策資源を最大限活用する観点から、技術領域の戦略的重点化が議論されてきた。 このような中、高市総理から、基礎研究から社会実装まで一気通貫での支援を実現するための施策の1つとして、研究開発税制の見直しが指示された。これらを受け、CSTIで検討を行っている重要技術領域のうち「国家戦略技術領域(AI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョンエネルギー、宇宙)」について、既存の措置とは別枠を設け、重点的に後押しする見直しが行われることとなった。 なお、本制度の実施に当たっては、産業技術力強化法の改正が必要となり、参照した税制改正大綱は本法律の改正を前提に記載されている。 【改正内容】 〈開始日:改正産業技術力強化法の施行日〉 産業技術力強化法の改正法の施行の日から令和11年3月31日までの間に産業技術力強化法の重点研究開発計画(仮称)につき同法の認定を受けたものの適用期間内の日を含む各事業年度において、重点産業技術試験研究費の額(一般試験研究費の額に係る税額控除制度、中小企業技術基盤強化税制及び特別試験研究費の額に係る税額控除制度の適用を受ける場合のその適用を受ける金額を除く)がある場合には、重点産業技術試験研究費の額の40%(特別重点産業技術試験研究費の額の場合には50%)の税額控除ができる(当期の法人税額の10%が上限)。 【補足:用語の意義】 ① 適用期間 重点研究開発計画の認定を受けた日(認定日)から同日以後5年を経過する日までの期間をいい、その認定に係る重点研究開発計画の計画期間の終了の日が5年経過日前の場合には、認定日から計画期間の終了の日までの期間をいう。 ② 重点産業技術試験研究費の額 改正法の施行の日から令和11年3月31日までの間に産業技術力強化法の重点研究開発計画につき、同法の認定を受けた法人が適用期間内において支出するその認定に係る重点研究開発計画に従って行う特定重点研究開発に係る試験研究費の額をいう。 ③ 特定重点研究開発 産業技術力強化法の重点産業技術(仮称)(前述のCSTIの国家戦略技術領域(AI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョンエネルギー、宇宙)を想定)のうち、特に早期の企業化が期待されるものとして、一定の基準に該当するものに関する研究及び開発であることにつき確認を受けた研究及び開発をいう。 ④ 特別重点産業技術試験研究費の額 重点産業技術試験研究費の額のうち、産業技術力強化法に規定する重点産業技術共同研究開発機関(仮称)と共同して行う又は委託する試験研究に係る金額をいう。 2 一般型の試験研究費の額に係る税額控除制度の控除率及び控除上限の見直し 近年の物価上昇等の状況も踏まえても継続的に研究開発投資を増やしている企業にインセンティブを措置するという考えの下、制度自体にメリハリをつける観点からの改正も行われた。 【改正内容】 〈開始日:令和9年4月1日〉 一般型の試験研究費の額に係る税額控除制度について、令和9年4月1日以後に開始する各事業年度から現行の控除率及び控除上限が、以下の通り見直された。 《図1-1》控除率の見直し ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 《図1-2》控除率の推移(y=“控除率”、x=“増減試験研究費割合”) 《図2-1》控除上限の見直し ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 《図2-2》控除上限の推移(y=“控除上限”、x=“増減試験研究費割合”) なお、中小企業技術基盤強化税制、試験研究費の額が平均売上金額の10%を超える場合における税額控除率の特例及び控除税額の上限の上乗せ特例については現行制度のまま適用期限が3年延長される。 3 繰越控除制度の復活(重点産業技術試験研究費及び中小企業技術基盤強化税制に限る) 諸外国では研究開発税制に繰越控除制度がセットで導入されている。研究開発税制が赤字企業に対してインセンティブが働かない制度である点について、本年度の改正で緩和された。 【改正内容】 〈開始日:令和8年4月1日〉 重点産業技術試験研究費の額に係る税額控除制度及び中小企業技術基盤強化税制を対象に、控除超過額の3年間の繰越が認められる。なお、控除超過額の利用については、以下の要件を満たした事業年度に限り適用できる。 (※1) グループ通算を適用している企業は、通算グループ全体の額で判定。 (※2) 一般試験研究費の額に係る税額控除制度の適用を受ける事業年度は適用不可。 【補足:グループ通算制度下における取扱い】 試験研究費の額に係る税額控除制度にはグループ通算が適用される。控除超過額の繰越についても同制度の考え方が取り入れられており、それぞれ取扱いは以下の通りとなる。 4 特別試験研究費の額に係る税額控除制度の見直し 特別試験研究費の税額控除の適用については、確認手続きの煩雑さや、要件が厳しいことから制度適用の障壁となっている部分がある旨の指摘があった。本制度の趣旨である大学等との共同研究の促進や高度研究人材の活用、引いてはその知見の社会への還元をより促進する観点から一部の確認手続きについて省略ないしは適用要件を緩和する改正も行われた。 【改正内容】 〈開始日:令和8年4月1日〉 ① 大学等との共同研究及び委託研究に係る試験研究費の額 適用にあたり、1)大学等の相手方の確認を受けること、2)第三者による監査を受けること、とされていた部分について、一定の要件を満たしたうえで経済産業大臣の指定を受けた大学等については、学長が認定した金額をそのまま適用金額として利用することができるようになる。 ② 新規高度研究業務従事者に対して人件費を支出して行う試験研究 イ)高度研究人材の定義の拡充 博士号取得から5年未満に加え、左記の者を採用してから5年未満が対象となる。 ロ)研究テーマの公募要件の緩和 改正前:高度研究人材のみ ⇒ 改正後:高度研究人材含む社員等 5 海外委託試験研究費の対象範囲 研究開発税制の対象となる試験研究費の範囲に関し、科学技術創造立国実現の礎となる、国内の研究人材や研究開発拠点の維持・強化の観点から、諸外国と同様、その費用の一部を対象外(医薬品等の海外治験を除く)とする改正も行われた。 【改正内容】 〈開始日:令和8年4月1日〉 現行法で対象となっている他の者への委託試験研究費のうち、国外において行われるものについては、次の区分に応じた金額を税額控除の対象とする。 (了)
《速報解説》 外国子会社合算税制の見直し ~令和8年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 霞 晴久 政府与党(自由民主党・日本維新の会)が12月19日に公表した令和8年度税制改正大綱では、グローバル・ミニマム課税(「第2の柱」)について、OECDから発出されたガイダンスの内容等を踏まえ、制度の明確化等の観点から所要の見直しが行われる。 一方、国際的なルールにおいても「第2の柱」と併存するとされる外国子会社合算税制については、「第2の柱」の実施により対象企業に追加的な事務負担が生じることから、令和8年度の税制改正において、以下のとおり見直しが行われる。 かかる改正は、外国関係会社の令和8年4月1日以後に開始する事業年度について適用される(地方税についても同様)。 1 解散した部分対象外国関係会社又は外国金融子会社等に係る特例の創設 (1) 外国関係会社が清算部分対象外国関係会社(注1)又は清算外国金融子会社等(注2)に該当する場合には、その解散により最初に部分対象外国関係会社又は外国金融子会社等に該当しないこととなった事業年度終了の日から原則として同日以後3年を経過した日までの期間内の日を含む事業年度(1において「特例、、清算事業年度」という)については、清算部分対象外国関係会社は部分対象外国関係会社と、清算外国金融子会社等は外国金融子会社等とそれぞれみなして、外国子会社合算税制が適用される。 (注1) 解散した外国関係会社のうち、その解散の日を含む事業年度開始の日前2年以内に開始した事業年度のいずれにおいても部分対象外国関係会社に該当していたものをいう。1において同じ。 (注2) 解散した外国関係会社のうち、その解散の日を含む事業年度開始の日前1年以内に開始した事業年度のいずれにおいても外国金融子会社等に該当していたものをいう。1において同じ。 本見直しにより、平成30年度税制改正で導入された、解散した部分対象外国関係会社(清算外国金融子会社等)の「特定、、清算事業年度」の特例は廃止される(以下同じ)。 (2) 特例清算事業年度については、部分合算課税の対象所得である異常所得の金額の計算において控除することとされる金額の計算の基礎となる総資産の額、人件費の額及び減価償却累計額は、その解散により最初に部分対象外国関係会社又は外国金融子会社等に該当しないこととなった事業年度の前事業年度に係るこれらの金額とされる。すなわち、特例清算事業年度については、当該年度のこれら金額を改めて計算しなくてもよいことになる。 (3) 外国関係会社が清算外国金融子会社等に該当する場合における特例対象事業年度については、部分合算課税の対象所得である異常な水準にある資本に係る所得の金額はないものとして金融子会社等部分適用対象金額の計算を行う。これも簡素化の一環である。 (4) 国税当局の該当職員が上記に係る書類等の提出を求めた場合、期限までに提出等がないときは、上記(1)の適用については、その外国関係会社が清算部分対象外国関係会社又は清算外国金融子会社等に、その事業年度は、特例清算事業年度に、それぞれ該当しないものとして取り扱われる。 2 ペーパー・カンパニー特例に係る資産割合要件 ペーパー・カンパニー特例に係る資産割合要件について、外国関係会社の事業年度終了の時における貸借対照表に計上されている総資産の額が零である場合には、その外国関係会社に係るその事業年度に係る資産割合要件の判定は不要とされる。 なお、ペーパー・カンパニー特例とは、①主たる事業が株式保有業でない、②収入割合要件、及び③資産割合要件の3つを満たす外国関係会社については、ペーパー・カンパニーに該当しないとするもの(措法66の6②二イ(3)、措令39の14の3⑤・⑥)で、令和元年度税制改正で導入された。 3 最高税率を用いて租税負担割合を計算することができる特例 外国関係会社の本店所在地国の外国法人税の税率が所得に応じて高くなる場合に最高税率を用いて租税負担割合を計算することができる特例(措令39の17の2②四)について、その最高税率が適用されることが通常見込まれないこと、その最高税率が適用される所得の額の区分が極めて限定される等の事情により、本特例を適用することが著しく不適当であると認められる場合には、本特例を適用しないことができる。 4 所得税における取扱い 所得税についても上記同様に見直される。 (了)
《速報解説》 貸付用不動産の評価見直し(相続税・贈与税) ~令和8年度税制改正大綱~ 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 西田 尚子 令和7年12月19日に公表された「令和8年度税制改正大綱」において、貸付用不動産の評価方法について、以下の見直しが行われた。 1 改正の趣旨 賃貸用不動産の市場価格と財産評価基本通達による評価額との乖離を利用して相続税・贈与税が大幅に圧縮される租税回避スキームに対して、これまでは課税庁が財産評価基本通達第6項に基づく課税処分を行うことにより個別に対応されてきたが、こうした個別の対応については、納税者の予見可能性の観点から批判等があり、評価方法の明確化が要請されていた。 納税者の予測可能性を確保しつつ、評価の適正化及び課税の公平性を図る観点から今回の改正が行われた。 2 改正の内容 (1) 相続等の直前に取得した貸付用不動産 ① 対象不動産 被相続人等が相続・贈与前5年以内に有償で取得または新築した一定の貸付用不動産 ② 評価方法 (※) 課税上の弊害がない限り、取得価額を基に地価の変動等を考慮して計算した価額の80%相当額によって評価することも可能。 ③ 適用時期 R9年1月1日以後の相続・贈与により取得する財産の評価に適用される。 ただし、通達の改正日までに、同日の5年前から所有している土地のうえに新築をした家屋(同日において建築中のものを含む)については上記の改正は適用されない。 (2) 商品として小口化された貸付用不動産 ① 対象不動産 不動産特定共同事業契約又は信託受益権に係る金融商品取引契約のうち一定のものに基づく権利の目的となっている貸付用不動産(取得時期の制限なし) ② 評価方法 (※) 課税上の弊害がない限り、出資者等の求めに応じて事業者等が示した適正な処分価格・買取価格等、事業者等が把握している適正な売買実例価額又は定期報告書等に記載された不動産の価格等を参酌して求めた金額によって評価することも可能。 ただし、上記の評価に該当するものがない場合は、(1)②の取得価額を基に算定する方法に準じて評価する。 ③ 適用時期 R9年1月1日以後の相続・贈与により取得する財産の評価に適用される。 【不動産小口化商品と評価方法】 (了)
2025年12月25日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.650を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第146回】 「令和8年度税制改正大綱の決定」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 魚住 康博 12月19日、自由民主党および日本維新の会の与党は、令和8年度税制改正大綱をとりまとめた。自由民主党税制調査会総会が11月20日に開催されてから、与野党での協議を含めて約50回にもわたる討議を経て、150ページにも及ぶ大綱を決定した。 今回は、高市政権の発足、公明党による与党の離脱のほか、新たに与党となり税制調査会を設置した日本維新の会による議論への参画や、自由民主党税制調査会の幹部及びメンバーの大幅な入れ替えなど、昨年とは大きな変化があったと考えられる。小野寺五典自由民主党税制調査会長が、国民に近い感覚で税制のあるべき姿を政府ともしっかり意思疎通をしながら議論していく姿勢を打ち出し、令和6年12月11日に結ばれた自由民主党、公明党、国民民主党の3党幹事長間での合意に沿って、多岐にわたる論点について結論を得ることとなった。 具体的には、大胆な設備投資促進税制や研究開発税制、オープンイノベーション促進税制、賃上げ促進税制、基礎控除の引き上げ、防衛増税、食事補助などについて、それぞれ維持・拡充・見直し措置が盛り込まれており、次期通常国会で税制改正法案が審議される。 〇 大胆な設備投資促進税制 危機管理投資、成長投資による「強い経済」の実現に向け、高付加価値化のための国内での設備投資を促進する観点から、大胆な設備投資促進税制が創設されることとなった。 対象業種は、総合経済対策における17の戦略分野を中心としつつ、全ての業種が対象となる。このため、戦略分野以外の事業領域であっても、産業競争力強化法による経済産業大臣の確認手続きを経た生産性向上設備等として、機械装置、工具、器具備品、建物、建物附属設備、構築物、ソフトウエアの生産等設備を構成する減価償却資産に該当する場合には対象資産になり得る。適用要件として、生産性向上設備等の取得価額の合計額が35億円以上(中小企業者等は5億円以上)であることのほか、年平均の投資利益率が15%以上となることが見込まれる必要がある。 措置内容としては、即時償却又は税額控除率7%(建物、建物附属設備、構築物は4%)の選択適用とし、控除上限は法人税額の20%であるほか、3年間の繰越控除が可能である。措置期間としては、令和10年度末までに設備投資計画につき産業競争力強化法の確認を受け、確認を受けた日から5年の間に取得し、事業の用に供した設備等が対象となる。 なお、本税制の適用を受ける場合に、投資計画期間中は、地域未来投資促進税制、カーボンニュートラル投資促進税制等の設備投資税制は適用されないことに留意が必要である。 〇 研究開発税制 今年度末で適用期限を迎える研究開発税制について、「一般型」と「オープンイノベーション型」に加えて、戦略分野の研究開発促進のため、新たに「戦略技術領域型」が創設される。具体的には、産業技術力強化法の重点産業技術(AI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョンエネルギー、宇宙)を対象とし、当該技術に係る試験研究費について、既存の措置と別枠として、控除率40%の税額控除が設定される。また、当該技術に係る大学等の認定を受けた研究開発機関と企業の共同・委託研究については控除率が50%となる。ただし、控除税額は法人税額の10%を上限とし、3年間の繰越税額控除が認められる。適用期間は、令和10年度末までに産業技術力強化法の認定を受けた計画が対象で、認定日から5年間である。 一方、科学技術創造立国の実現に向けて、国内の研究人材や研究開発拠点の維持・強化の観点から、海外への委託研究については、現行の100%から、令和8年度に70%、令和9年度に60%、令和 10 年度に50%と一定の制限が設けられる。ただし、国内での試験研究に馴染まない海外での治験については制限の対象外とされる。 加えて、控除率カーブ・控除上限にかかる時限措置については、令和10年度末まで延⻑されるものの、研究開発費増加へのインセンティブ強化のため、物価や賃金の上昇を考慮した3%分の控除率カーブの見直しが図られる。このため、増減試験研究費割合がマイナス10%以下の場合は控除率が0%とされる。 〇 オープンイノベーション促進税制 スタートアップの新規発行株式を一定額以上取得する場合や、スタートアップの成長に資するM&Aを行った場合、その株式の取得価額の25%を所得控除できるオープンイノベーション促進税制について、令和7年度末の適用期限が2年延長される。また、M&A型の対象を拡充し、50%(現行:25%)以下の発行済株式の取得・吸収合併も対象に追加される。 〇 パーシャルスピンオフ税制 令和5年度に創設され、令和9年度末に適用期限を迎えるパーシャルスピンオフ税制について、事業再編には検討から完了まで数年間を要することも鑑み、事業ポートフォリオの組替えを促進するために適用要件を見直した上で恒久化される。 〇 車体課税 自動車税等の環境性能割については、米国関税措置の自動車産業への影響の緩和や国内自動車市場の活性化の観点から、令和8年度末で廃止される。また、自動車重量税のエコカー減税については、燃費基準達成度の要件を引き上げた上で、適用期限が2年延長される。そのほか、電気自動車(EV)等については、異なる動力源(パワートレイン)間の税負担の公平性、道路への負荷等の観点から、自家用の乗用車のうちEV及びプラグインハイブリッドについて、特例加算分として、令和10年5月1日施行で車両重量に応じた一定の負担が求められることとなり、令和9年度税制改正において法制化される。 〇 賃上げ促進税制 令和6年度税制改正で措置された時から状況が大きく変化しているとの考え方を踏まえ、大企業向けについては、令和8年度末の適用期限を待たずに令和7年度末で廃止される。また、中堅企業向けについては、令和8年度において、より高い賃上げを促す方向で継続雇用者の給与等支給額の前年度比増加率要件を4%(現行:3%)と強化した上で継続し、令和8年度末の適用期限をもって廃止される。一方、中小企業向けについては、現行制度を維持することとし、適用期限の到来時に適用状況等を踏まえ、必要な見直しが検討される。 なお、教育訓練費にかかる上乗せ措置については、教育訓練費の増加額を税額控除額が上回る場合があるという会計検査院の指摘を踏まえて廃止される。 〇 基礎控除 令和7年度税制改正の議論から継続課題となっていた所得税の基礎控除引上げについて、12月18日、自由民主党の高市早苗総裁と国民民主党の玉木雄一郎代表が党首会談を行い、いわゆる「103万円の壁」を178万円まで引き上げることで合意に至った。 これを踏まえ、物価高対策として、直近2年の消費者物価指数(総合)の上昇率を勘案して基礎控除等を引き上げる措置が創設される。令和8年度税制改正においては、令和8年及び9年分所得に適用される控除額として、令和5年10月から令和7年10月までの2年間の消費者物価指数(総合)の上昇率6.0%を踏まえ、基礎控除の本則については現行58万円を62万円に、給与所得控除の最低保障額については現行65万円を69万円にそれぞれ4万円引き上げられる。 また、令和8年及び令和9年の2年間の時限措置として、令和7年度税制改正で措置された基礎控除の特例のうち、現行37 万円が5万円引き上げられるとともに、対象が現行の年収200万円から年収475万円に拡大されるほか、給与所得控除についても同様に5万円引き上げられる。加えて、年収475万円から665万円までを対象としている現行10万円の基礎控除の特例が32万円引き上げられる。 〇 防衛増税 昨年度の税制改正で令和8年4月から適用される防衛特別法人税とたばこ税に加えて、新たに防衛特別所得税(仮称)が創設される。これは、所得税額に対して税率1%の新たな付加税として、令和9年1月から課税されるもので、実態としては、足下で家計負担が増加しないよう復興特別所得税の税率を1%引き下げることで振り替えられる。このため、復興財源の総額を確実に確保する観点から、復興特別所得税の課税期間が令和29 年まで10 年延長される。 〇 食事補助 従業員が食事価額の50%以上を負担し、企業が負担した金額が月額3,500円以下の場合に、食事に係る所得税を非課税とする制度について、1984年以来、非課税限度額の見直しが行われていなかったことから、足元の物価上昇等を踏まえて限度額が月額7,500円に引き上げられる。 (了)
令和7年分 確定申告実務の留意点 【第1回】 「令和7年分の申告に適用される改正事項」 ~基礎控除の見直し及び特定親族特別控除の創設~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 -はじめに- 令和7年分の確定申告の受付は、令和8年2月16日(月)から3月16日(月)まで行われる。還付申告は、令和8年2月13日(金)以前でも行うことができる。 なお、e-Taxを利用する場合は、令和8年1月5日(月)から3月16日(月)の間であれば、メンテナンス時間(3月16日を除く毎週月曜日午前0時~午前8時30分を予定)を除き、24時間(※)申告書を送信することが可能である。 (※) 1月5日(月)は8時30分から、3月16日(月)は24時まで 今回から3回シリーズで、令和7年分の確定申告に係る実務上の留意点を解説する。 第1回(本稿)と第2回は、令和7年度の税制改正事項を取り上げる。 なお、確定申告に係る下記の拙稿も併せてご参照いただきたい。 (注) 記事掲載後の税制改正等により、解説内容が現在の規定に基づくものとは異なるケースがある。過年度の記事内に順次コメントを入れるので留意していただきたい。 令和7年度税制改正では、物価上昇局面における税負担の調整の観点から、基礎控除及び給与所得控除の見直しが行われ、長く続いたいわゆる「年収103万円の壁」が引き上げられた。また、就業調整対策の観点から、大学生年代の子等を持つ所得者本人に係る新たな所得控除として特定親族特別控除が創設された。これらに加え、同一生計配偶者や扶養親族等の所得要件の引上げも行われている。 いずれの改正も、令和7年分以後の所得税に適用されるが、改正後の法律の施行日が令和7年12月1日であることから、令和7年分の所得税については、令和7年12月1日以後に行う年末調整又は確定申告で適用されることとなる。 【1】 令和7年度の税制改正事項 令和7年度の税制改正事項のうち、一般的な確定申告に影響を及ぼすものは、次の(1)~(4)である。 改正内容の詳細については、下記拙稿をご参照いただきたい。 【2】 改正事項が確定申告実務へ及ぼす影響 (1) 基礎控除の見直し 基礎控除の見直しにより、合計所得金額が2,350万円以下の場合には、令和6年分と令和7年分において合計所得金額が同じであっても、令和7年分の基礎控除の額は引き上げられている(所法86①②、措法41の16の2①)。 (※) 58万円にそれぞれ37万円、30万円、10万円、5万円を加算した金額である。この加算は、居住者についてのみ適用される(措法41の16の2①)。 (2) 特定親族特別控除の創設 特定親族特別控除の創設により、特定親族(年齢19歳以上23歳未満で、合計所得金額が58万円超123万円以下の親族(※))を有する所得者本人は、特定親族特別控除の適用を受けることができる(所法84の2)。 (※) 配偶者及び青色事業専従者等を除く。 (例) (※) 扶養親族の所得要件が48万円以下(令和6年分)から58万円以下(令和7年分)に改正されたことによる。 なお、特定親族特別控除の適用に関する注意点は、次のとおりである(所法84の2②、85⑥、所令217の3①)。 * * * 次回(第2回)は、給与所得控除の見直しと同一生計配偶者や扶養親族等の所得要件の見直しが、令和7年分の確定申告実務に及ぼす影響について解説する予定である。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例153(法人税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(賃上げ促進税制) (1) 原則(措法42の12の5①) 青色申告書を提出する法人が、令和4年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度(設立事業年度、解散(合併による解散を除く。)の日を含む事業年度及び清算中の各事業年度を除く。以下同じ。)において国内雇用者に対して給与等を支給する場合において、その事業年度においてその法人の「継続雇用者給与等支給額」からその「継続雇用者比較給与等支給額」を控除した金額のその「継続雇用者比較給与等支給額」に対する割合(以下「継続雇用者給与等支給増加割合」という。)が3%以上であるときは、その法人のその事業年度の所得に対する法人税額から、その法人のその事業年度の「控除対象雇用者給与等支給増加額」の10%を控除する。ただし、法人税額の20%相当額が限度となる。 なお、その事業年度終了の時において、その法人の資本金の額若しくは出資金の額が10億円以上であり、かつ、その法人の常時使用する従業員の数が1,000人以上である場合又はその事業年度終了の時においてその法人の常時使用する従業員の数が2,000人を超える場合には、給与等の支給額の引上げの方針、下請事業者その他の取引先との適切な関係の構築の方針その他の事項をインターネットを利用する方法により公表したことを経済産業大臣に届け出ている場合に限る。 (2) 特定法人の特例(措法42の12の5②) 青色申告書を提出する法人が、上記(1)の適用を受ける事業年度を除き、令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度において国内雇用者に対して給与等を支給する場合で、かつ、その事業年度終了の時において特定法人に該当する場合において、その事業年度において「継続雇用者給与等支給増加割合」が3%以上であるときは、その法人のその事業年度の所得に対する法人税額から、その法人のその事業年度の「控除対象雇用者給与等支給増加額」の10%を控除する。ただし、法人税額の20%相当額が限度となる。 なお、その事業年度終了の時において、その法人の資本金の額又は出資金の額が10億円以上であり、かつ、その法人の常時使用する従業員の数が1,000人以上である場合には、給与等の支給額の引上げの方針、下請事業者その他の取引先との適切な関係の構築の方針その他の事項をインターネットを利用する方法により公表したことを経済産業大臣に届け出ている場合に限る。 (3) 中小企業等の特例(措法42の12の5③) 中小企業者等(適用除外事業者に該当するものを除く)が上記(1)又は(2)の適用を受ける事業年度を除き、平成30年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度において国内雇用者に対して給与等を支給する場合において、その事業年度においてその中小企業者等の「雇用者給与等支給額」からその「比較雇用者給与等支給額」を控除した金額のその「比較雇用者給与等支給額」に対する割合(以下「雇用者給与等支給増加割合」という。)が1.5%以上であるときは、その中小企業者等のその事業年度の所得に対する法人税額から、その中小企業者等のその事業年度の「控除対象雇用者給与等支給増加額」の15%を控除する。ただし、法人税額の20%相当額が限度となる。 (了)
学会(学術団体)の税務Q&A 【第24回】 (最終回) 「学会における支部の税務上の扱い」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ▲▼▲[解説]▲▼▲ 1 地方税の申告 事務所又は事業所(以下、「事務所等」という)を有している場合、事務所等において、法人事業税(特別法人事業税含む)及び法人住民税の申告が必要となる。なお、収益事業の有無によって法人事業税(特別法人事業税含む)の申告は必要ない場合があるが、法人住民税の申告は、一部の例外を除き原則として必要である。 〈収益事業の有無と地方税申告の要否〉 2 学会における支部 学会の場合、支部を別法人化して、本部と支部を別の組織(法人又は団体)として扱っているような例はあまりなく、本部と支部は1つの組織(法人又は団体)として扱っている例が多いと思われる。 全国各地に事務所等を有している場合、各事務所等で地方税の税務申告が必要となるため、たとえば、会社の場合は、本店だけでなく支店においても地方税の税務申告が必要となるが、学会における支部は、必ずしも会社における支店と同じとはいえない。 学会の支部に関しては、学会として固定の事務所等を有しているようなケースはあまりなく、各地域の担当者の連絡先(たとえば、支部役員の大学の研究室)を支部の連絡先として定めているようなケースが多い。そして、このようなケースにおいては、担当者が交代すると支部の連絡先も変わることになるため、従たる事務所として登記しているようなケースはあまりないと考えられる。 このような状況において、学会における支部の連絡先(たとえば、支部役員の大学の研究室)が、地方税が課税されることになる事務所等に該当するのか否かという点が論点となる。 3 地方税における事務所等 地方税が課税されることになる事務所等とは、それが自己の所有に属するものであるか否かにかかわらず、事業の必要から設けられた人的及び物的設備であって、そこで継続して事業が行われる場所をいう(総務大臣通知「地方税法の施行に関する取扱いについて」(県・市)1章第1節6)。 支部の活動としては、年数回程度、支部独自の講習会やセミナー等の事業を実施しているケースがよく見受けられるが、このような講習会やセミナー等の実施に際しては、外部会場を賃借し、事前の打合せ等も支部担当者が外部の会議室やオンライン等で行うケースが多いため、支部としての人的及び物的設備を必要とするようなケースはあまり想定されない。 そのため、単に支部の連絡先として支部役員の大学の研究室を定めていたとしても、そのことをもって、当該大学の研究室が学会としての人的及び物的設備(事業所等)に該当することにはならないと考える。 以上のことから、単に各地域の担当者の連絡先(たとえば、支部役員の大学の研究室)を支部の連絡先として定めているだけであれば、支部ごとの地方税の税務申告は必要ないと考える。 (連載了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第55回】 「医療機器は、基本的にはそれ自体で固有の機能を果たし独立して使用されるものであって、1つの設備を形成し、その設備の一部としての働きをなすものではないから機械及び装置に該当しないとされた事例」 税理士 菅野 真美 ▷器具及び備品と機械及び装置 「器具及び備品」と「機械及び装置」を区別するのが難しい場合がある。これらについて税法上は明確に定義されていないので国語辞典により定義を考えることになるが、次のように「器具及び備品」と「機械及び装置」をひとくくりにして定義していない。 (※1) 松村明編『大辞林第四版』(2019、三省堂)640頁 (※2) 松村編 前掲 2316頁 (※3) 松村編 前掲 634頁 (※4) 松村編 前掲 1577頁 国語辞典に基づいて税法上の意味を明確にするのは難しい。この場合、判決でどのように判断されたかによって考察していく方法がある。 東京地方裁判所平成23年9月14日判決(TAINSコード:Z261-11765)は、臨床データの販売等を目的とする株式会社が臨床検査を行う際に使用する各資産について、租税特別措置法42条の6の中小企業者等が機械等を取得した場合の特別償却又は法人税額の特別控除を適用して申告したところ機械及び装置ではなく、器具及び備品であるとして更正処分等を受け、これに不服な納税者が訴えた事例である。 裁判所は、これらの各資産は、基本的には単体で個別に作動し、その結果生ずる直接の成果(検査データ等)も個々の資産ごとに異なるというべきであって、その全体が、最初の工程から最後の工程に至るまでに有機的に牽連結合されて用いられる性質を有するものであるとは認め難いというべきであるから機械及び装置ではなく、器具及び備品に該当すると判断している。 つまり、単体で機能するものか、いくつかの機器がつながって作業をするものかで判断したと考えられる。 機械及び装置に該当すると特別償却や特別控除という節税に係る恩恵を受けることができるから、機械及び装置として減価償却を行いたいというニーズがある。今回は、個人の医院が取得した医療機器について、機械及び装置に該当するか、器具及び備品に該当するのかで争われた事案を検討する。 ▷どのような事案か 眼科医院を営む納税者が、取得した下記の医療機器について、租税特別措置法10条の3(中小企業者が機械等を取得した場合の特別償却又は所得税額の特別控除)に規定する特定機械装置等に該当するとして申告したところ、課税庁がこれらの医療機器は特定機械装置等に該当しないとして更正処分等を行ったことから審査請求をしたのが本事案である。 ▷争点 争点は、各医療機器は特定機械装置等に該当するかである。 ▷裁決 審判所は、主に次のように判示して納税者の請求は理由がないとして却下した。 医療機器が特定機械装置等に該当するか否かは、耐用年数表別表第二に掲げる機械及び装置に該当するか否かで判断すべきである。しかし、本件医療機器は、同表の番号1から54までに該当しないから、同表の番号55の「前掲の機械及び装置以外のもの並びに前掲の区分によらないもの」に該当するかで検討する。 医療機器1は、測定及び解析の機能を、医療機器2は、手術用の顕微鏡としての機能を、いずれもそれ自体で果たすものであり、これらは一体として使用されることもあるが、その機能は独立して使用されるものであると認められる。医療機器3は、白内障手術及び硝子体手術のために使用される可動式の手術用機器であり、医療機器6は、白内障手術において切開窓を形成する際に使用される可動式の手術用機器であるところ、これらは、いずれも手術用の機器としての機能をそれ自体で果たすものであり、患者の症状に合わせて手術時にそれぞれ独立して使用されるものであると認められる。さらに医療機器4及び5は、いずれも検査用の機器であり、患者の眼球を観察し、撮影したデータを電子カルテに連動させるものであるから、いずれも検査用の機器としての機能をそれ自体で果たし独立して使用されるものであると認められる。 以上によれば、本件医療機器は、基本的にはそれ自体で固有の機能を果たし独立して使用されるものであって、1つの設備を形成し、その設備の一部としての働きをなすものではないから、耐用年数省令別表第2の番号55「前掲の機械及び装置以外のもの並びに前掲の区分によらないもの」に該当しない。 したがって、本件医療機器は、機械及び装置に該当しないから、特定機械装置等に該当しない。 * * * このようにそれぞれの機器が独立して機能を果たしているから機械及び装置には該当されないとした。この判断は、前述の東京地方裁判所平成23年9月14日判決の判断の延長線上にあると考えられる。 なお、納税者である医師が、治療方針を決定した上で、各医療機器を連結して使用し、手術を行っていたが、医師である納税者を介してのみ相互に関連するものは、有機一体的に結合しているとはいえないと判断されている。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第83回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 カ 分散性がもたらす税務執行上の問題 税務当局にとって、暗号資産の分散性は、納税者情報が集積する「インフォメーションハブ」や源泉地国の課税権を確保するための「源泉徴収代理人」のような者に依拠できないという、構造的な困難をもたらす。 本稿では、DeFiを中心とする分散型の金融システムにおいては、税務当局が金融機関等の仲介者から利用者の情報を収集するような既存の枠組みが機能不全に陥る可能性に着目する。 従来の金融システムでは、銀行や証券会社などの金融機関が間に入り、取引の仲介を行っていた。例えば、ある人が株や債券などの金融商品で利益を得た場合、その取引を仲介した証券会社などが、税務当局に情報を提供したり、税金を差し引いて納めたりしていた。 こうした機関は、税務当局にとって次の2つの重要な役割を果たしてきた。 このような制度設計は、情報の対称性を確保しつつ、税務コンプライアンスの実効性を支える柱であった。 しかしながら、DeFiエコシステムでは、取引当事者をマッチングさせるような仲介者は存在せず、仲介業務の多くがアルゴリズムベースで行われる(See Bob Michel & Tatiana Falcão, OECD(2022)Public Consultation on the Crypto-Asset Reporting Framework and Amendments to the Common Reporting Standard: Comments by B. Michel and T. Falcão 9(2022))。 このような場合、上記のような役割を演じる者が不存在か、そのような者の特定が困難となり、法的管轄も不明確なものとなり(※)、円滑な税務執行が立ち行かなくなる可能性がある。 (※) デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会「事務局説明資料」6頁(2022.6.20)はDeFiの技術・性質がもたらす規制上の問題点等として、次の点を指摘する。 補足すると、暗号資産のシステム自体は匿名性を提供するものであるが、完全なピアツーピアモデルでは不特定多数の利用者間での取引は進まず、十分な流動性を確保しがたいという制約がある。 そのため、取引を仲介・促進する役割を果たすサービスの需要が高まり、それらのサービスが事実上の「仲介機能」を担っている。 とはいえ、これらのサービス提供者がKYC(本人確認)やAML/CFT規制(マネーロンダリング・テロ資金供与規制)に従うような中央集権的構造を取った場合には、匿名性は相対的に失われる。 他方で、DeFi の中心的な存在であるDEXは、スマートコントラクトにより取引を自動執行し、利用者の身元情報を収集しない形式を採用しており、匿名性を損なわずに取引の効率化を図り、事実上の「仲介機能」を提供する点で注目される。 もっとも、DEXの開発や運営等に関与する「者」が存在することは通常であるし、DEXが提供しているのは「仲介業務」であると評価する余地はある。 しかし、DeFiやDEXの目指すところは、利用者の暗号資産を管理したり、権利義務の帰属主体となりうる「者」を介在させることなく、上記のようなサービスを提供することにあるし、実際にも、こうした主体が法的責任を負うべき「者」として把握されるかは不透明である。 このように DEXは、暗号資産の匿名性を維持しつつ、その取引を活発化させるものであるが、DEXを利用したトランザクション履歴はブロックチェーン上に記録されるため、税務当局を含む外部の者がこれを確認することは可能である。この意味で暗号資産の追跡可能性と透明性が維持されている。 この点については、 CEXの内部で行われた取引はオフチェーンで管理され、直接的にはブロックチェーンに記録されていないため、暗号資産の追跡可能性や透明性が損なわれていることと対象的である。 振り返れば、金融システムの文脈に限らず、従来、税務当局は、情報提供者や源泉徴収義務者としての役割を果たすことを期待できる企業、金融機関、役所などの中央集権的機関を、税務コンプライアンスを確保するための「制度的インフラ」として利用してきた。 分散型のシステムは、このような税務当局が中央集権的機関に依存する構造を機能不全に陥らせる可能性を有している(Sergio Avalos, Challenges That Cryptoasset Anonymity Creates for Tax Administrations, 9 J. TAX ADMIN. 66, 67(2024))。 完全に分散化されたDeFi等のシステムは、そのような制度的インフラの制度的役割自体を無力化する可能性を孕んでおり、「仲介業務を担う」者が存在しないだけでなく、税務当局が依拠できる「者」、責任を持って役割を果たすことができる「者」が存在しない完全な分散型のシステムの前で、既存の税制は見直しを求められる。 この点について、筆者は別稿において、分散型デジタル社会、とりわけ中央集権的機関がおらず(取引に権利義務や納税義務の帰属主体が介在せず)、トラストレスで匿名性が確保されているような分散化が進んだ環境下でグローバルに価値の移転が繰り返される世界がもたらす課税上の問題を検討した。 また、税制との関係において注目されるかかる社会の基盤となるブロックチェーンや人間による介入なしに、コード化された通りの操作を実行することで取引を処理するスマートコントラクトがもたらす影響等を考察した(泉絢也「DeFiにおける暗号資産等のトークンの移転と課税-ブロックチェーン・スマートコントラクトを利用した分散型デジタル社会-」税法学589号159頁(2023))。 本稿では、そのような税制全体の再設計という大きな課題とは別に、税務調査を含む「執行上の問題」に焦点を当て、現行制度が直面する問題を明らかにし、それにいかに制度的・技術的に対応すべきかという点を考察する。 (了)