2025年8月21日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.632を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第74回】 「暗号資産による役員報酬の支給」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 暗号資産とは 暗号資産は、以前は仮想通貨と呼ばれており、代表的なものにビットコインやイーサリアム等がある。資金決済に関する法律(以下「資金決済法」という)が改正されて「暗号資産」と名称が改められ、現在では世間に浸透している状況にあると思われる。資金決済法2条14項においてその定義が詳細に定められているほか、日本銀行HPでは暗号資産の特徴を以下のように簡潔にまとめている(※1)。 (※1) 日本銀行ホームページ「暗号資産(仮想通貨)とは何ですか?」 暗号資産は、一般には平成29年頃から注目され始め、取引者数やその規模が年々増大してきている。暗号資産保有者は取引所や自身のウォレットで管理することで、暗号資産の使用や交換等が可能であり、実際に家電量販店や飲食店、そしてアプリ上でもビットコイン決済が可能と謳っているものが多く見られる。 このような世間の状況を税務面から見ると、世間への浸透拡大に合わせた対症療法的な対応が行われてきた。具体的な対応の例としては、大手取引業者で生じた暗号資産流出事件を受けて、国税庁がタックスアンサーNo.1525「暗号資産交換業者から暗号資産に代えて金銭の補償を受けた場合」を公表したこと、令和元年度税制改正にて暗号資産の課税関係に一定の整理がなされたことが挙げられる。 後者については、法人の譲渡原価の算出方法につき、総平均法又は移動平均法のいずれか選択した方法(選択しない場合、法人においては移動平均法)が採用されること(法法61①、法令118の6)、法人が暗号資産信用取引を行った場合において保有する暗号資産の未決済損益をみなし決済損益額で扱う(法法61⑦)等の内容となっている。現在においても、国税庁が「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(情報)」を都度改訂し続ける等の対応が行われている。 なお、今後の展望としては、個人が暗号資産を譲渡した場合において申告分離課税として扱うべきだとする税制改正要望が、従来にも増して強くなっているように感じられる(※2)。 (※2) この点、学説においても「譲渡所得の意義と範囲に関連して最も問題となるのは、資産とは何かである。まず、資産とは、譲渡性のある財産権をすべて含む概念で、・・・ビットコイン等の仮想通貨などが広くそれに含まれる」とし、暗号資産の譲渡が譲渡所得の対象になり得るというものがある。金子宏『租税法 第24版』(弘文堂、2021)265頁。 (2) 役員報酬を暗号資産で支給する場合に検討すべき論点 役員報酬を暗号資産で支給する際、労働者性が認められる使用人兼務役員に暗号資産で報酬を支給する場合は、賃金の通貨払い原則(労基法24条)に抵触する可能性を検討すべきである。役員であれば法人との間に雇用関係が存在せず、つまりは役員報酬が労働基準法11条の「賃金」に該当しないと整理されるが、従業員であれば賃金を通貨で支払うことが必要となるからである。この点、従業員を対象として現物で給与を支払う場合には、労働協約で定めること等が必要となるが現実的ではないと思われる。したがって、役員報酬としての部分を対象とすべきという整理となるだろう。 次に、税務上の役員給与における定期同額給与への該当性を検討すべきである。暗号資産は周知のとおりボラティリティ(価格変動の度合い)が激しいため、その時々の価値が一定ではないためである。この点、税法や通達には直接明らかにする定め等が存在しない。 しかし、法人税法施行令69条1項2号や法人税基本通達9-2-11による「その役員が受ける経済的な利益の額が毎月おおむね一定であるもの」であれば、経済的利益の供与が定期同額給与として認められること、そして同通達が認められる例示として示す(2)や(4)のかっこ書き内に「毎月著しく変動するものを除く」とされていることから、日本円換算後の金額として毎月一定額を暗号資産で支給していたとしても、役員報酬のそれぞれの支給時期における暗号資産の時価がおおむね一定額であれば、直ちに定期同額給与の該当性が問題となることはないと思われる。 ほかにも、役員報酬の全額を暗号資産として支給する場合、社会保険料や源泉所得税を通貨にて徴収すべきという問題をクリアする必要があるため、現実的には暗号資産として役員報酬の全額を支給することは考えにくいだろう。 (3) 役員報酬をすべて暗号資産で支給することを公表した企業の出現 一般的に、役員報酬として法定通貨の円ではなく暗号資産を支給する場合、上記のような論点があると思われるが、令和7年7月8日、上場企業である株式会社リミックスポイントが、代表取締役社長の役員報酬全額を暗号資産であるビットコインにて支給するというプレスリリースが公表された。 当該IR情報によると、このような試みは上場企業では日本初とされ、株主総会における株主からの意見に応えるために検討された施策のようである。そして、当該IR情報の末尾には、注意書きの扱いで以下の案内がされている。 上記によれば、法人はあくまで日本円として役員報酬を支給した後、適正に源泉徴収等が行われた後の手取り額をビットコインに交換することを法人が代行し、その上で役員に支給するという運用であると予測される。当該方法であれば、上記(2)で触れた定期同額給与の問題や、源泉徴収等の問題がクリアできると思われる。 (了)
国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正 -防衛特別法人税等の企業への影響- 【第3回】 公認会計士・税理士 荒井 優美子 【第1回】と【第2回】では、防衛特別法人税立法の経緯と概要について解説したが、本稿では条文の構成を概観し、本稿以後では条文番号に沿って各項目について解説を行う。また、グループ通算制度を適用している法人に係る取扱いは、【第10回】での解説を予定している。 6 防衛特別法人税の条文の構成と法人税法、地方法人税法との比較 法人税法と防衛特別法人税、地方法人税法の条文構成は下記8の【図表3】に示すとおりである。いずれも、①総則、②課税標準、③税額の計算、④申告、⑤納付及び還付等、⑥雑則、⑦罰則の規定を置いている。 7 納税義務者 法人税法では、納税義務者について、公益法人等、人格のない社団等、法人課税信託、公共法人についての取扱いを規定している(法法3、4)が、地方法人税法では「法人税を納める義務がある法人」(地法4)が、防衛特別法人税では「各事業年度の所得に対する法人税を課される法人」(防衛財確法8)が納税義務者とされている。 公共法人や収益事業を行わない公益法人等及び人格のない社団等、国内源泉所得を有しない外国法人は法人税の納税義務がないため、地方法人税及び防衛特別法人税の納税義務はない。収益事業を行う公益法人等及び人格のない社団等、国内源泉所得を有する外国法人はいずれも地方法人税及び防衛特別法人税の納税義務を負う。 ただし、退職年金等積立金確定申告書を提出すべき法人(内国法人及び外国法人)及び国際最低課税額確定申告書を提出すべき内国法人は地方法人税の納税義務を負うが(退職年金等積立金に係る法人税課税は2026年3月31日までに開始する事業年度について停止)、防衛特別法人税の納税義務はない。 これは、防衛特別法人税の納税義務者が「各事業年度の所得に対する法人税を課される法人」と規定されており、各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税及び退職年金等積立金に対する法人税の納税義務者は対象とされていないためである(※1)。したがって、例えば、各事業年度の所得に対する法人税がゼロの場合で国際最低課税額に対する法人税のみが発生する場合には、地方法人税の納税義務が生じ、防衛特別法人税の納税義務は生じないこととなる。 (※1) これは、「別表二十 各対象会計年度の国際最低課税額に係る申告書」、及び「別表二十一 退職年金業務等を行う法人の分」の書式において、地方法人税額の計算の欄のみが設けられていることからも明らかである。 8 課税の対象と基準法人税額 法人税法では課税所得等の範囲について、内国法人に対しては、①各事業年度の所得及び公益法人等又は人格のない社団等の各事業年度の所得のうち収益事業から生じた所得(法法5、6)、②各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税(法法6の2)、③各事業年度の退職年金等積立金に対する法人税(法法7)(2026年3月31日までに開始する事業年度について停止)、外国法人に対しては、①国内源泉所得に係る各事業年度の所得及び人格のない社団等の各事業年度の所得のうち収益事業から生じた所得(法法8)、②各事業年度の退職年金等積立金に対する法人税(法法9)(2026年3月31日までに開始する事業年度について停止、以下同じ)と規定されている。 地方法人税の課税の対象は法人の各課税事業年度の基準法人税額及び内国法人の各課税対象会計年度の特定基準法人税額とされ、基準法人税額は、①内国法人の各事業年度の所得に係る法人税額(地法6①一)、②外国法人の各事業年度の国内源泉所得に係る法人税額(地法6①二)、③各事業年度の退職年金等積立金に係る法人税額(地法6①三)、特定基準法人税額は、内国法人の各対象会計年度の課税標準国際最低課税額である。すなわち、納税義務者の規定と同様に、法人税の納税額が生じるものについては地方法人税でも納税額が生じる仕組みである。 【図表3】条文構成の比較 防衛特別法人税の課税の対象である基準法人税額(防衛財確法9)は、①内国法人の各事業年度の所得に係る法人税額(防衛財確法10一)、②外国法人の各事業年度の国内源泉所得に係る法人税額(防衛財確法10二)とされ(※2)、納税義務者の規定でも明らかだが、制度導入趣旨からも、防衛特別法人税の課税の対象は各事業年度の所得に係る法人税額に限定されているということであろう。 (※2) 防衛特別法人税の課税標準法人税額の計算のための、「別表一次葉一」(国税庁ホームページ)において、課税標準法人税額の計算欄(所得の金額に対する法人税額)が記載されている。 9 外国法人における基準法人税額 防衛特別法人税の外国法人に対する基準法人税額は、法人税法の課税所得等の範囲及び地方法人税法の基準法人税額と同様である。日本国内に恒久的施設(PE)を有しない外国法人の国内源泉所得については、源泉徴収で課税が完結する場合が多いと考えられるため、防衛特別法人税の納税義務を負うのは、日本国内に恒久的施設(PE)を有する場合が一般的と考えられる。 ただし、日本国内に恒久的施設(PE)を有しない外国法人の場合も、国内不動産の賃貸や一定の国内資産の譲渡の場合には法人税の課税の対象となることがある。外国法人の居住地国と日本との租税条約により、(日本での課税が)免税とされる場合を除き、防衛特別法人税の納税義務が生じることに留意が必要である。 【図表4】外国法人に対する課税関係の概要 (出典:国税庁ウェブサイト「国際課税原則の帰属主義への見直しに係る改正のあらまし」) (続く)
令和7年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第8回】 (最終回) 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 (5) 基礎控除額の遮断措置 ① 基礎控除額の遮断措置 通算法人の基礎控除額は、年500万円を各通算法人の基準法人税額の比で配分した金額とするが、各通算法人の基礎控除額は、当初申告額で固定される(当初申告固定措置。防確法13②③④⑤)。 つまり、この500万円の配分は、通算法人の基準法人税額が期限内申告における基準法人税額と異なる場合でも、原則として期限内申告における基準法人税額により配分する。 具体的には、通算法人における修更正事由の発生により、その通算法人の基準法人税額(正当額)が期限内申告書に基準法人税額として記載された金額(当初申告基準法人税額)と異なることが判明した場合でも、その通算法人及び他の通算法人では、その当初申告基準法人税額を基礎控除額の算式の基準法人税額とみなして基礎控除額を計算する。 この当初申告固定措置の適用により、修正申告又は更正により通算法人の法人税額が増減したとしても、その通算法人及び他の通算法人の基礎控除額は変動せず、修更正による影響が遮断される。 なお、通算法人が単純に他の通算法人の基準法人税額を転記ミスして基礎控除額を計算していた場合は、その通算法人は基礎控除額を修正申告又は更正で正しい金額に変更しなければならない。 ② 基礎控除残額の遮断措置 通算法人において基準法人税額に特定同族会社の留保税額が加算されている場合の基礎控除残額の計算についても、当初申告固定措置が適用される(防確法13②③④⑤)。 つまり、通算法人における修更正事由の発生により、その通算法人の加算前基準法人税額又は基準法人税加算額(正当額)が期限内申告書に加算前基準法人税額又は基準法人税加算額として記載された金額(当初申告加算前基準法人税額又は当初申告基準法人税加算額)と異なることが判明した場合でも、その通算法人及び他の通算法人では、その当初申告加算前基準法人税額又は当初申告基準法人税加算額を基礎控除残額の算式の加算前基準法人税額又は基準法人税加算額とみなして基礎控除残額を計算する。 この当初申告固定措置の適用により、修正申告又は更正により通算法人の加算前基準法人税額又は基準法人税加算額が増減したとしても、その通算法人及び他の通算法人の基礎控除残額は変動せず、修更正による影響が遮断される。 ③ 基礎控除額又は基礎控除残額の全体再計算 次の❶から❸までのいずれかに該当するときは、基礎控除額又は基礎控除残額の遮断措置は適用されず、修更正後の法人税額に基づき各通算法人の基礎控除額又は基礎控除残額の再計算(全体再計算)を行う(防確法13⑥)。 [基礎控除額又は基礎控除残額の全体再計算を行う事由] ④ 期限内申告額の洗替え 通算事業年度について全体再計算の事由❶又は❷に該当する場合に全体再計算を適用して修正申告書の提出又は更正がされた場合、その後における基礎控除額又は基礎控除残額の遮断措置の適用については、その修正申告書又はその更正に係る更正通知書にその通算事業年度の基準法人税額、加算前基準法人税額、基準法人税加算額として記載された金額を当初申告基準法人税額、当初申告加算前基準法人税額、当初申告基準法人税加算額とみなす(防確法13⑦)。 つまり、一度、全体再計算をした後、再び通算グループ内のいずれかの法人の申告に誤りが発見された場合には、基礎控除額又は基礎控除残額の遮断措置を適用する場合の当初申告基準法人税額、当初申告加算前基準法人税額、当初申告基準法人税加算額は、全体再計算を適用して行った修正申告又は更正による金額に洗い替えることとなる。 (6) 基礎控除額の計算例 〈基礎控除額の計算例〉 (7) 外国税額控除 防衛特別法人税についても外国税額控除が適用される(防確法16)。 グループ通算制度を適用している場合、防衛特別法人税の外国税額控除限度額は、法人税の控除限度額と同様に、グループ調整計算(グループ全体で控除限度額を計算すること)により計算される。 この場合、通算法人の防衛特別法人税の控除限度額は、法人税の控除限度額と同様の計算方法となり、計算要素である「法人税の額」を「防衛特別法人税の額」に置き換えた場合の計算式で計算される(防確法16④、防衛法令3④⑤⑥)。 なお、地方法人税の外国税額控除と同様に、防衛特別法人税の外国税額控除についても、控除余裕額又は控除限度超過額は生じない。 また、防衛特別法人税の外国税額控除についても、法人税及び地方法人税の外国税額控除と同様に、期限内申告書の申告期限後において当初申告税額控除額の誤りが発覚した場合の調整方法として、当初申告固定措置及び進行事業年度調整措置が適用される。 その仕組みは、法人税及び地方法人税の外国税額控除の当初申告固定措置及び進行事業年度調整措置(全体再計算に該当する場合を含む)と同様となる(防確法16⑤~⑭、⑯~⑱、防衛法令3⑦)。 (参考)防衛特別法人税の別表 (出典) 国税庁「防衛特別法人税の申告書様式」(赤の囲み線は筆者による) (出典) 国税庁「防衛特別法人税の申告書様式」(赤の囲み線は筆者による) (出典) 国税庁「防衛特別法人税の申告書様式」(赤の囲み線は筆者による) (出典) 国税庁「防衛特別法人税の申告書様式」(赤の囲み線は筆者による) (8) 申告及び納付等 ① 中間申告 通算法人についても、法人税の中間申告書を提出すべき法人は、防衛特別法人税について、その課税事業年度(通算子法人である場合には、その課税事業年度開始の日の属する通算親法人の課税事業年度)開始の日以後6ヶ月を経過した日(6月経過日)から2ヶ月以内に、税務署長に対し、中間申告書を提出しなければならない(防確法21①)。 (注) 防衛特別法人税の中間申告書の提出は、令和9年4月1日以後に開始する課税事業年度(通算子法人である場合には、通算親法人の令和9年4月1日以後に開始する課税事業年度の期間内に開始するその通算子法人の課税事業年度)から適用する(令7改所法等附62②)。 この場合、法人税の中間申告を予定申告とした場合、防衛特別法人税の中間申告についても予定申告となり、法人税の中間申告を仮決算による中間申告とした場合、防衛特別法人税の中間申告も仮決算による中間申告となる(防確法21①、22①)。 なお、防衛特別法人税の中間申告書を提出すべき法人が、その中間申告書をその提出期限までに提出しなかった場合には、その提出期限において、法人税の中間申告を予定申告とした場合は、防衛特別法人税の予定申告、法人税の中間申告を仮決算による中間申告とした場合は、防衛特別法人税の仮決算による中間申告に基づく税額を記載した防衛特別法人税の中間申告書の提出があったものとみなして、その提出があったものとみなされる中間申告書に係る防衛特別法人税額を納付しなければならない(防確法24)。 ② 確定申告 通算法人についても、防衛特別法人税の申告期限及び納期限は、各事業年度の所得に対する法人税の申告期限及び納期限と同一とする(防確法25、30)。 この場合、法人税の申告期限を延長している場合は、防衛特別法人税の申告期限も延長される(防確法25④)。 そのため、通算法人の申告期限を2ヶ月延長している場合は、防衛特別法人税の申告期限も2ヶ月延長される。 ③ 電子申告 通算法人は電子申告の義務化の対象となる(防確法27①②)。その点、法人税と同様となる。 ④ 一括電子申告 グループ通算制度では、通算子法人の法人税及び地方法人税の申告を通算親法人の電子署名によりe-Taxで提供することが可能となっている。これを「一括電子申告」という。 防衛特別法人税の申告についても通算親法人による一括電子申告をすることが可能となる(防確法40)。 ⑤ 一括ダイレクト納付 グループ通算制度では、通算子法人の法人税及び地方法人税の納付について、e-Taxを利用した納付(ダイレクト納付)により、通算親法人が一括で行うことが可能となっている。これを「通算親法人の一括ダイレクト納付」という。 防衛特別法人税についても、一括ダイレクト納付の対象になるかについては、今後明らかになるだろう。 ⑥ 繰戻還付 グループ通算制度を適用している場合も、法人税の繰戻還付の適用を受けた場合、防衛特別法人税の繰戻還付が適用される(防確法33)。 (9) 適用時期 通算法人についても防衛特別法人税は、令和8年4月1日以後に開始する事業年度(通算子法人である場合には、通算親法人の令和8年4月1日以後に開始する事業年度の期間内に開始するその通算子法人の事業年度)から適用される(防確法11、令7改所法等附62①)。 (10) 通算税効果額 通算税効果額とは、損益通算の規定(法法64の5)、繰越欠損金の通算の規定(法法64の7)、試験研究費の税額控除の規定(措法42の4)を適用することにより減少する法人税及び地方法人税の額に相当する金額として通算法人間で授受される金額をいう(法法26④)。 理論上、防衛特別法人税についても、損益通算の規定(法法64の5)、繰越欠損金の通算の規定(法法64の7)、試験研究費の税額控除の規定(措法42の4)を適用することにより通算グループの税額が減少することになるため、通算税効果額の計算対象となる。 そのため、今後、防衛特別法人税の適用に対応するため、法人税法第26条第4項について、グループ通算制度の規定を適用することにより減少する防衛特別法人税の額を通算税効果額に加える改正が行われることが予想される。 また、具体的な計算方法については、合理的な計算方法であれば任意であるが、実務上は、基礎控除額500万円は考慮せず(考慮できず)、地方法人税と同様に取り扱われるものと考えられる。 その点についても、今後、グループ通算制度に関するQ&A(国税庁)の改訂版で明らかになるだろう。 (連載了)
相続税の実務問答 【第110回】 「遺産分割期限の延長が認められるやむを得ない事情の承認を受けなかった者の同意等」 税理士 梶野 研二 [答] ① 妹さんは、あなたの同意を得ることなく、遺産分割により取得したアパートの敷地について小規模宅地等の特例を適用することができると考えられます。 ② 妹さんが小規模宅地等の特例を適用した場合には、あなたの相続税の計算の基となる相続税の総額は、同特例を適用した後の妹さんの相続税の課税価格とあなたの相続税の課税価格の合計額により計算した金額です。この総額をあなたと妹さんのそれぞれの相続税の課税価格であん分計算をして、各人ごとの相続税額を算出することとなります。したがって、あなたが小規模宅地等の特例を適用することができないとしても、妹さんが同特例を適用したことによる反射的な税務上の利益を受けられることとなります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 小規模宅地等の特例を適用する特例対象宅地等の選択の同意 (1) 選択の同意 小規模宅地等の特例は、被相続人又は被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族の居住の用又は事業の用に供されていた宅地等で、建物又は構築物の敷地の用に供されているもののうち特定事業用宅地等、特定居住用宅地等、特定同族会社事業用宅地等又は貸付事業用宅地等に該当するもの(租税特別措置法第69条の4第1項では、これらの宅地等を「特例対象宅地等」と定義しています)について、同一の被相続人から相続又は遺贈により取得したすべての特例対象宅地を通じて一定の面積に達するまでの部分について、当該相続又は遺贈により取得した者全員の同意を得て選択をしたものについて、相続税の課税価格の計算上一定の減額をする制度です。 実際に特例を適用することができる宅地の合計地積に限度があるため、同一の被相続人から相続又は遺贈により取得した「特例対象宅地等」の合計地積がこの限度面積を超える場合には、特例対象宅地等のうち特例を適用する宅地等について、特例対象宅地等を相続又は遺贈により取得したすべての者によって選択するよう求められています(※1)。仮に、特例適用宅地等を相続又は遺贈により取得したすべての者の有効な同意がない限り、同一の被相続人から相続又は遺贈により特例対象宅地等を取得した者は、誰一人小規模宅地等の特例を適用することはできません。 (※1) 同一の被相続人から相続等により取得した財産のうちに、特例対象宅地等のほかに、租税特別措置法第69条の5第2項第4号に規定する特定計画山林のうち特例対象山林若しくは特例対象受贈山林又は同法第70条の6の10第2項第1号に規定する特定事業用資産のうち猶予対象宅地等若しくは猶予対象受贈宅地等があり、それらを異なった者が取得する場合には、選択の同意が必要になりますが、本稿では、この点は省略しています。 (2) 質問の場合 あなたが遺産分割協議により取得した自宅の敷地は、あなたが当該自宅で被相続人であるお父様と同居しており、お父様の相続開始後も居住を継続していることから特定居住用宅地等に該当し、これは特例対象宅地等に含まれます。 質問のケースでは、特例対象宅地等に該当する宅地等を取得した者は、アパート敷地を取得することとなった妹さんとあなたの2名となります。したがって、妹さんとあなたのいずれか又は両者が小規模宅地等の特例を適用するためには、特例対象宅地等を取得した者全員、すなわち妹さんとあなたによる同特例を適用する宅地等の選択の同意が必要となります。 しかしながら、この選択の同意を租税特別措置法が求める趣旨は、同一の被相続人から2名以上の者が特例対象宅地等を取得した場合に、当該事案を通じて、特例を適用する宅地等の限度面積を超過することがないことを担保するためであることに照らせば、「やむを得ない事情」の承認を受けておらず、これを救済する規定も存しない状況下にあっては、特例対象宅地等を取得したとはいえ、あなたはもはや、小規模宅地等の特例を適用することはできないため、あなたの同意に意味はなく、したがって、妹さんが同特例を適用するためのあなたの同意は不要と解してよいと考えられます。 なお、妹さんは、あなたが「やむを得ない事情」の承認を受けていないことをあなたに直接確認をする以外に確認をする手段はなく、他に客観的な確認方法がないため、不安定な状況に置かれることとなります。そのため妹さんとしては、特例の適用を確実なものとするためにあなたの同意を得て不安を解消したいと考えるでしょう。実務上は、特例適用のための手続要件を満たすために必要かどうかにかかわらず、あなたとしては妹さんから同意の求めがあった場合には、その求めに協力すべきではないでしょうか。 2 質問者の相続税の計算 (1) 相続税の計算方法 相続税法においては、相続又は遺贈により財産を取得した各人の相続税は、各人の相続税の課税価格を求め、その合計額から、遺産に係る基礎控除額を控除して求めた金額を基に相続税の総額を計算し、その相続税の総額を各人の相続税の課税価格によってあん分計算を行うことにより算出することとされています。 小規模宅地等の特例は、特例対象宅地等を取得した者が、その宅地等のうちの一定の限度面積に相当する宅地等の価額について一定割合を減額して、その者の相続税の課税価格を計算する特例制度です。 同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した者のうちの一部の者が、小規模宅地等の特例を適用すれば、同特例によって減額された金額だけ相続税の課税価格の合計額が減少することとなりますので、その結果、相続税の総額が減少し、同特例を適用していない相続人等の相続税額も反射的に減少することとなります(※2)。 (※2) このように特例の適用されない者の相続税も減額される点については問題提起がされているところです(令和5年6月税制調査会「わが国税制の現状と課題 ―令和時代の構造変化と税制のあり方―」 126頁、平成30年12月20日日本税理士会連合会税制審議会「相続税の機能と今後の税制のあり方について-平成30年度諮問に対する答申-」8頁など)。 (2) 質問の場合 妹さんが小規模宅地等の特例を適用すれば、妹さんの相続税の課税価格は、当該特例を適用した後の金額となりますから、相続税の課税価格の合計額も、当然に当該特例を適用した後の金額となります。当該合計額から基礎控除額を控除した金額を基に計算した相続税の総額をあん分計算して求めたあなたの相続税額は、妹さんが小規模宅地等の特例を適用したことによる反射的な恩恵を受けていることとなります。 あなたが適正な手続きを踏襲していたならば自宅敷地について小規模宅地等の特例を適用することができたところ、この手続きが取られていなかったために、同特例を適用することができなくなったにもかかわらず、反射的とはいえ、あなたが小規模宅地等の特例の恩恵を享受することとなることから、疑問が生じたものと思われます。しかしながら、これは、宅地等を取得しなかった者が、小規模宅地等を取得した他の相続人が小規模宅地等の特例を適用することにより、その恩恵を受ける場合と何ら変わりがありません。 このような結果となることは、現行の相続税の仕組みに照らせば、当然に生じうることです。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第77回】 「定期傭船契約付き船舶の評価方法が争われた事例 (地判令2.10.1)(その1)」 ~相続税法22条~ 税理士 大野 道千 1 判例 (1) 当事者等 (2) 事実の概要 原告Xは、Xの母から平成21年2月28日に株式会社Eの株式20株(以下「本件株式」という)の贈与(以下「本件贈与」という)を受けた際、本件株式の価額は0円であり、課税価格に係る贈与税額はないとして平成21年分の贈与税の申告をしなかった。 これに対し、所轄税務署長は、株式会社Eが100%保有する外国子会社H所有の船舶70隻(以下「本件各船舶」という)について、鑑定評価による再評価を行った結果、本件株式の価額は43億円余りになるとして、贈与税額約21億6,000万円とする決定処分等を行った(以下「本件各処分」という)。 本件は、原告Xが本件各処分は本件株式の価額(本件各船舶の価額)の評価が誤ったものであるとして、被告に対し本件各処分の取り消しを求めた事案である。 (3) 争点 本件各船舶(当事者間に争いがない3隻を除く67隻)の評価方法の妥当性 (4) 判旨 請求認容。 当裁判所は、被告が主張する原処分庁鑑定価格は、本件係争船舶(67隻)で取引事例比較法が適用された船舶のうち残存傭船期間が3年以下である10隻に限って、これを精通者意見価格として参酌することができ、その余の57 隻については、原告が主張する原告鑑定価格を精通者意見価格として参酌することができ、これらの価格に当事者間に争いのない本件売却船舶(3隻)の価額を加えると、本件各船舶(全70隻)の評価額は合計1,747億3,573万5,370円となり、本件外国子会社において資産額よりも負債額の方が上回ることとなるため、本件外国株式及び本件株式の価額はいずれも0円となって、原告の平成21年分の贈与税の課税価格に係る贈与税額はないこととなるから、本件各処分は違法であり、その取消しを求める原告の請求は認容すべきものと判断する。 ① 相続税法22条の時価の意義と船舶評価の原則 相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、原則として当該財産の取得の時における時価による旨規定するところ、この時価とは、正常な条件の下に成立する当該財産の取引価格、すなわち、客観的な交換価値をいうと解される。 そして、評価通達は、上記の財産の評価に関する基本的な取扱いとして、船舶の価額については、原則として売買実例価額又は精通者意見価格等を参酌して評価するものとしている(・・・)が、これは、平成20年の評価通達改正時までに中古船舶の取引市場が形成されてきたことなどを踏まえたものであるとともに、評価時の市況や評価対象船舶の内容等によっては適切な売買実例が抽出できない場合があることも考慮して、船価鑑定を行い船舶取引の実情に通じた精通者による価格評価(精通者意見価格)を参酌するとしたものと解され、このような考え方は合理性を有するものである。 もっとも、精通者意見価格をもって当該船舶の客観的な交換価値であるというためには、少なくとも、当該精通者による当該船舶の価値の評価が、鑑定の目的に照らして合理的に行われたものであることが前提となる。そして、船価鑑定に一定の実績を有する訴外各専門業者からのヒアリング結果(・・・)からも明らかなように、船価鑑定の具体的な手法は精通者の間においても一様ではなく、鑑定方式の選択や価格形成要因の評価等の取扱いが異なっていることに照らせば、その合理性の認定は慎重に行われなければならない。 ② 定期傭船契約付き船舶の評価に関する基本的な考え方 本件の争点となっている本件係争船舶には、いずれも定期傭船契約が付されている。定期傭船契約とは、船舶所有者が、自己の所有する船舶に船員を乗船させ備品等を備えた運航可能な状態にして当該船舶を貸し渡し、傭船者が、その対価として契約期間につき定額の傭船料(定期傭船料)を支払うという契約であり(・・・)、船舶所有者となろうとする者は、傭船料収入の中から船舶管理費を支出して得る運航収益と、契約終了後の船舶の売却益を見込んで、船舶を購入し、定期傭船契約を締結する(・・・)。 そして、定期傭船契約における傭船料の設定は、船舶所有者にとっては、究極的には船舶への投資費用を回収することを目的として行われるものであるが、傭船者との関係では、当該船舶の船種・船型・船齢・積載能力等のほか、傭船料の市況、海上荷動きの見通し、船舶所有者の船舶管理能力その他の事情が考慮され、船舶所有者と傭船者との交渉によって決定されるものであるから、契約ごとの個別性が高く、見込まれる運航収益の多寡によって当該船舶の経済的価値は大きく異なり得るものである。 これらに照らせば、定期傭船契約付き船舶の客観的な交換価値を得るためには、評価時以降も当該契約が存続する蓋然性がある限り、当該契約において見込まれる収益価値を考慮して評価を行うことが相当というべきである。 訴外各専門業者の中には、定期傭船契約付き船舶の鑑定を行う場合でも、当該契約において見込まれる収益価値の評価をせず、船体自体の価値(カラ船としての価格)のみを評価するという取扱いを行っている者もある(・・・)が、これは、当該業者が、鑑定依頼者との関係で、カラ船としての価格評価を提供するという合意の下に行われている取扱いとして理解すべきものである(例えば、評価時に定期傭船契約が付されている船舶であっても、当該契約を解約して船舶を売却する前提で鑑定を依頼する場合や、当該船舶の担保価値を把握するための参考として鑑定を依頼する場合など)。 これに対し、本件のように、内国法人の株式の贈与時における、外国子会社の所有する定期傭船契約付き船舶の客観的な交換価値が評価の対象とされている場合には、当該契約が評価時以降も存続することが当然の前提となるといえるから、船体自体の価値を評価することのみでは足りず、当該契約において見込まれる収益価値の評価も行うことが必要となる。 ③ 鑑定方式の選択について 一般に、船価鑑定の方式としては、取引事例比較法、収益還元法及び原価法があり(・・・)、原処分庁鑑定においては取引事例比較法を、原告鑑定においては収益還元法を用いているところ、これらの方式が定期傭船契約付き船舶の価格鑑定の方法として合理的といえるか否かを検討する(・・・)。 ((その2)へ続く)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第74回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 (2) CARF・日本版CARFの概要② CARFの基本的な仕組みは、CRS (共通報告基準)に倣って、中央集権的な機関(例:取引所や仲介者)を情報提供者として位置づけ、その機関に対して、顧客や取引に関する情報を収集し、税務当局に報告する義務を課すというものである。 もっとも、CARFで報告義務を負うのは、従来の金融機関とは異なり、自動的情報交換制度の経験がないRCASP(Reporting Crypto-Asset Service Provider)と呼ばれる暗号資産サービスプロバイダーである。 すなわち、CARFにおいては、顧客から提出された自己証明書の妥当性を確認するデューデリジェンス義務や報告義務はRCASPが担う。 このように、新たなプレーヤーであるRCASPを利用してはいるものの、実質的には従来のCRSの仕組みを暗号資産の領域に採用している点で、基本的な構造は「旧来の枠組み」と変わっていない。いわば、CARFはCRSの延長戦上に位置付けられるものである。 このことから、CARFは「Old Tricks for New Dogs」と形容される(Paul Foster Millen & Peter A. Cotorceanu, Old Tricks for New Dogs: The OECD’s Cryptoasset Reporting Framework, 112 TAX NOTES INT’L 345, 345(2023))。 ということは、本質的に中央集権的な枠組みを回避しうる分散的技術を基盤に持ち、課税の透明性を実現するための既存の枠組みが通用しない領域を擁する暗号資産の世界においては、結局、CARFが実効性を確保できない領域があるのではないかという懸念が惹起される。 この点は、後で検討するが、暗号資産の特徴として、分散性と匿名性が存在する。 特にDeFi(分散型金融)やプライベートウォレットを利用した取引は、税務当局による情報把握を困難にする要因となっている。 CARFはこのような技術的特性に正面から向き合うことなく、CRSの「外部の中央集権的機関に依存する報告モデル」を踏襲しているにすぎない。 このことの是非については慎重な議論を要するが、税務当局からみて、外部の中央集権的機関を通じて情報把握が可能な領域と不可能な領域との間で「二層構造」が生じることを意味し、制度としての整合性や実効性に少なからず疑問を生じさせる。 そうはいっても、暗号資産の利用者の多くが中央集権型取引所(CEX)を通じて取引・保有を行っている現状においては、CARFは税務執行において一定の効果を発揮することが期待される。 一方で、一部の利用者は、CARFの適用を回避しようとして、本人確認のない取引所や分散型取引所(DEX)に移行する可能性もある。 もっとも、多くの利用者が税務当局に対する匿名性の確保にそれほど関心を持たない国・地域においては、CARFによる捕捉を回避するために本人確認のない海外CEX、DEX、あるいはプライベートウォレットに大規模な移行が行われるような事態は生じない可能性がある。 例えば、税務コンプライアンスに対する国民意識が比較的高い日本のような国では、匿名性の高いプラットフォームや手段への積極的な移行は限定的と考えられる。 むしろ、信頼性、ユーザーインターフェースの利便性、法令順守の安心感といった観点から、引き続き中央集権的なプラットフォームである国内の暗号資産取引所を利用し続ける層が多数を占めると見込まれる。 他方で、制度的信頼が低く、納税に対する社会的規範が脆弱な国や地域においては、CARFの導入自体が逆説的に脱税のインセンティブを高める可能性も否定できない。 すなわち、CARFによって税務当局による情報捕捉が強化されることで、かえって本人確認のないCEXやDEX、さらには自己管理型のプライベートウォレットといった、情報開示の届かない領域への利用者の移行が促進される懸念がある。 このように、CARFの導入効果は、各国の税務意識、租税制度や制度的信頼性、金融リテラシー、規制執行能力といった複数の要因に依存しており、一律の成果を期待することは困難である。 OECDがCARFに期待するようなグローバルな納税コンプライアンスの向上という目的を達成するためには、単に制度を導入するのみならず、その運用を支える国内の社会的・制度的基盤の強化が不可欠である。 なお、CARFによる情報交換は令和9年から開始される予定であり、日本においても令和6年度税制改正でCARFに準拠した非居住者に係る暗号資産等取引情報の自動的交換のための報告制度(日本版CARF)が導入され、令和8年から施行される予定である(実特法10の9等)。 注意すべきことに、日本版CARFにおいては、情報交換の対象は原則として「非居住者」に係る暗号資産等取引情報に限られるが、日本の「居住者」であっても、日本国内の暗号資産交換業者等を通じて取引を行う場合には、氏名や住所等を記載した届出書の提出義務が課される。 ただし、この届出書は、取引当事者の居住地国を特定するためのものであり、税務当局からの提供要請がない限り、届出に係る情報が自動的に税務当局へ提供されることはない。また、届出書の不提出や虚偽記載等に係る罰則については、居住地国が外国である者に限定されている(本連載第85回で取り上げる予定)。 このように、CARFはあくまで非居住者に係るクロスボーダーの情報交換を目的としたものであり、日本の居住者に関する取引情報の把握には直接結びつかない。結果として、日本においては、法定調書など居住者情報の捕捉に関する制度的空白が生じており、バランスを欠いた構造になっているという問題がある(ただし、分離課税と引き換えに法定調書制度を導入するという議論はなされている)。 このため、CARF実施のための制度を日本国内法に導入する場合、居住者についても同様の情報アクセスを可能にする仕組みを検討する必要があり、また、事業者の負担の観点からは、別の制度の導入によるのではなく、CARFの枠組みの下、居住者・非居住者の区別なく扱う対応が考えられるという指摘がなされている(岡直樹「富裕層・暗号資産と税金(OECDの取り組みと展望)」東京財団研究所(2022.11.29))。 このような統合的対応の必要性は、国際的な情報交換体制の信頼性を高めるのみならず、国内の納税者間における課税の公平性及び投資資産の保有形態に係る中立性の確保という観点からも重要である。 特定の所得類型や資産保有形態が税務当局のレーダーから漏れる構造が放置されれば、それは結果的に「納税者の分断」や「制度への不信」につながりかねない。 CARFの導入は、単なる情報交換の強化にとどまらず、国内税制全体の再設計に向けた契機ともなりうるのである。 (了)
給与計算の質問箱 【第68回】 「従業員に決算賞与を支給する場合の注意点」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 当社は8月決算です。来月9月中に従業員に決算賞与を支給し、今期の損金に算入する予定です。従業員に決算賞与を支給する場合の注意点についてご教示ください。 A 以下に解説する。 * * 解 説 * * 1 決算賞与の損金算入時期 以下の①~③のすべての要件を満たす場合、従業員に決算賞与の支給額を通知した日の属する事業年度に決算賞与を損金に算入できる。当社は、従業員に決算賞与の支給額を8月31日までに通知し、9月30日までに支払えば、決算賞与を今期の損金に算入できる。 2 9月に退職する従業員の決算賞与からの社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料)の控除 退職月に支給する賞与については、月末に退職する場合を除き、社会保険料を控除しない。よって、9月1日~29日に退職する従業員の決算賞与からは社会保険料を控除しない。9月30日に退職する従業員の決算賞与からは社会保険料を控除する。 3 決算賞与に係る社会保険料(法定福利費)の未払金の計上 決算賞与に係る社会保険料(法定福利費)は、決算賞与と異なり、今期に未払金として計上できない。 (了)
〈経理部が知っておきたい〉 炭素と会計の基礎知識 【第11回】 「気候関連開示が注目されるのはなぜ?」 公認会計士 石王丸 香菜子 〔ジャーナル食品社の登場人物〕 * * * 我が国では、「地球温暖化(Global Warming)」という表現が広く用いられています。「温暖」という用語は肯定的な文脈で使われる場面が多く、「地球温暖化」という表現からは事態の深刻さを感じにくいこともありそうです。 これに対し、海外では、地球温暖化の意味で「Global Heating」が用いられることもあるほか、「Climate Crisis(気候危機)」「Climate Emergency(気候非常事態)」といった言い回しも見られます。これらは気候変動への危機感を強く示した表現と言えるでしょう。 * * * * * * 【気候関連情報の開示イメージ】 * * * * * * 気候変動に関連するリスクは、物理的リスクと移行リスクに大別して捉えることができます。 物理的リスクは、気候変動を原因とする物理的な影響によって企業が被害を受けるリスクです。台風や集中豪雨などの突発的な事象により企業が被害を受けるリスク(急性リスク)と、長い時間をかけて気候パターンが変化するのに伴い企業が調達・生産・輸送などの面でマイナスの影響を受けるリスク(慢性リスク)があります。 また、世界全体が低炭素社会へ移行していくにつれ、政策や法規制、技術、市場、社会の認識なども大きく変容することが予想されます。こうした変化によって企業がマイナスの影響を受けるリスクは、移行リスクと呼ばれます。 * * * * * * 【気候変動に関連するリスク】 * * * * * * 企業の気候関連リスクや機会に関する情報が開示されない、あるいは開示内容が比較可能性や一貫性に欠ける場合、投資家や金融機関は適切な意思決定を行うことができません。 * * * * * * TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures;気候関連財務情報開示タスクフォース)は、2015年にFSB(Financial Stability Board;金融安定理事会)によって設立された機関です。TCFDの議長には、金融界の大物であるマイケル・ブルームバーグが任命されました。 FSBは、2008年の世界金融危機を契機に、それまで存在したFSF(Financial Stability Forum;金融安定化フォーラム)を改組する形で設立された組織で、国際金融システムの安定確保などを目的としています。FSBがTCFDを設立した背景には、気候変動に関連するリスクが多くの企業の事業活動に大きな影響を及ぼしうること、さらにそれが金融や経済における「システミック・リスク」になることへの懸念があります。 * * * * * * 2008年、米国のサブプライムローン問題が主要因となって投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻し、これが引き金となり世界的な金融危機が発生しました。 一部の金融機関や市場で起きた事象が連鎖的に波及し、金融システム全体に深刻な影響を及ぼす可能性をシステミック・リスクと呼びます。リーマン・ショックは、システミック・リスクが顕在化した例と捉えられています。 * * * * * * 気候関連リスクによって企業の事業活動が大きな影響を受け、それが金融市場や保険業界に打撃を与え、さらには金融システムや経済全体に波及して深刻な金融危機や経済危機を引き起こすことが懸念されています。 どのような気候関連リスクがどこに存在するのかが不透明な状況では、そのような事態が起こる可能性はより高まると考えられます。 こうした認識を踏まえ設立されたのがTCFDです。 * * * * * * TCFDは、企業が気候関連リスク及び機会に関する情報を明確かつ比較可能な形で開示するための枠組みを策定しました。この枠組みが「TCFD提言」です。2017年に最終提言が公表されています。 * * * * * * Final Report/Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosuresを基に作成 TCFD提言そのものは任意の枠組みであるものの、TCFDに基づく気候関連情報の開示は世界的な潮流となりました(※1)。日本のプライム上場企業は、コーポレートガバナンス・コードにより、気候変動に関連するリスクと機会に関してデータ収集や分析を行い、TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づいて気候関連情報の開示を行うことが求められています(※2)。 (※1) 2023年11月時点で、4,932の企業・機関がTCFDに賛同を示した。国別の賛同数としては、日本が最多(賛同数1,488)である。 (※2) コーポレートガバナンス・コード補充原則3-1③ この補充原則は、2021年6月の改訂時に設けられた。 * * * (※3) 国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board)の略称。2021年にIFRS財団の下に設立された機関。 (※4) サステナビリティ基準委員会(Sustainability Standards Board of Japan)の略称。2022年に財務会計基準機構(FASF)の下に設立された機関。 * * * Q 気候関連開示が注目されるのはなぜ? A 企業の気候関連リスクと機会は企業の将来を左右するため、投資家や金融機関は、気候関連情報の開示を強く求めています。特に気候関連リスクは企業の事業活動に大きな影響を及ぼす可能性があるうえ、それが連鎖的に波及し金融危機につながることが懸念されています。こうした認識のもと、気候関連情報の開示の枠組みとして策定されたのがTCFD提言です。TCFD提言に基づく気候関連情報の開示は、世界的な潮流となりました。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第68回】 「定期建物賃貸借契約の基本的な仕組みと不動産鑑定の関わり(その1)」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 前回まで定期借地権の話題が3回続きましたので、今回から定期建物賃貸借(定期借家)の話題を取り上げてみたいと思います。 鑑定評価においても、特に収益還元法を適用して賃貸不動産(鑑定評価上の用語でいえば「貸家及びその敷地」)の価格を試算する場合に、その前提となる家賃に関する資料を収集しますが、その際に、対象建物が普通建物賃貸借に供されているのか、あるいは定期建物賃貸借に供されているのかを確認します。その意味で、賃貸借契約の形態を確認することは鑑定評価においても基本中の基本となっています。 そこで、今回は、不動産鑑定士の行う「対象不動産の確認」という意味から、定期建物賃貸借契約の基本的な仕組みについて述べていきます。 2 借家契約の諸形態 借地借家法では、普通建物賃貸借契約のほかに定期建物賃貸借契約という制度を設けています。また、借地借家法が適用されない一時使用賃貸借契約による借家形態もあります。 以下、対象を借地借家法の適用される借家形態に絞った場合、そのなかには契約期間が満了しても貸主に更新拒絶のための正当事由がなければ契約が更新されてしまうタイプのもの(普通建物賃貸借契約)と、期間満了とともに貸主の正当事由の有無に関係なく契約が終了するタイプのもの(定期建物賃貸借契約)とが混在しています。 3 定期建物賃貸借に関する規定 借地借家法では定期建物賃貸借につき次の規定を置いています(一部抜粋)。 〇借地借家法 4 定期建物賃貸借契約の特徴 借地借家法の上記規定から、定期建物賃貸借契約特有の性格が読み取れます。 まず、定期建物賃貸借契約の場合、契約期間が満了すれば貸主の更新拒絶のための正当事由の有無に関係なく契約は終了しますが、借家人からの中途解約も原則的に認められていないということです。ただし、居住用建物の場合で、かつ、床面積が200平方メートル未満であることに加え、借家人に転勤や介護等のやむを得ない事情がある場合は例外です。 さらに、定期建物賃貸借契約は、次のとおり普通建物賃貸借契約にはない特徴を有しています。 第一に、定期建物賃貸借契約を成立させるためには書面の作成が必要であるということです。一般的には、契約自体は口頭でも成立するため、契約書なしでの建物賃貸借契約もなかには存在します(ただし、後日のトラブル防止のために契約書を作成しておくことが多いといえます)。しかし、定期建物賃貸借契約の場合、公正証書等の書面を作成することが成立の要件とされています。その書面は必ずしも公正証書である必要はありませんが、書面なしでの契約は認められていません。 第二に、貸主は借主に対し事前に書面を交付して、当該契約は更新がなく、期間満了とともに終了する旨を説明しなければならないということです。その趣旨は、建物の賃貸人は、賃借人となろうとする者に対し、当該賃貸借契約は更新がないこと、期間の満了により確定的に終了することを明確に認識させるためであるとされています。そのため、この書面による説明がない場合には、契約の更新がないこととする旨の定めは無効(すなわち定期建物賃貸借としての効力は認められない)という点です。 なお、令和3年5月19日に「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」が公布されたことに伴い、定期建物賃貸借を規定する借地借家法第38条が改正され、令和4年5月18日から施行されています。前掲条文は改正後のものであり、改正時において、電磁的記録による方法も書面によるものとみなすという趣旨を記載した同条第2項および第4項が追加されています(誌面の関係で条文そのものの掲載は割愛させていただきましたが)。 定期建物賃貸借契約には上記のような特徴があるため、特に居住目的の借家の場合、貸主は賃料を相場よりも安めに設定するケースもあります。ただし、筆者の調査したところによれば、一般の賃貸市場においては必ずしもこのとおりになっていないという興味深いデータも見受けられました(これについては次回取り上げます)。 (了)