2026年4月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.663を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.158- 「「埋蔵金」論争と責任ある積極財政」 東京財団 シニア政策オフィサー 森信 茂樹 高市総理の下で2年限定の消費税食料品ゼロ(以下消費税減税)の検討が始まる。最大の問題は、年間5兆円と言われる財源探しだ。特定公債は出さないということで、租税特別措置や補助金、さらには税外収入の見直しが候補に挙げられ、日本版DOGE(正式名称:租税特別措置・補助金見直し担当室)と称される担当室が設置されている。 租税特別措置や補助金の見直しは歳出・歳入改革として平時からしっかり行う必要があるものだが、それだけでは5兆円の財源には届かない。ちなみに日本版DOGEの一年目の補助金見直しによりねん出される財源は1,000億円にも満たなかった。 そこで税外収入による財源探し(いわゆる「埋蔵金」探し)が最有力候補となる。すでに日銀保有ETF (上場投資信託)の活用や外為特会(外国為替特別会計)が候補にあがり様々な案が検討されているという報道も出ており、この2つについて考えてみたい。 * * * まずは日銀保有ETFだ。日銀の保有するETFは年間で1兆円を超える分配金(配当など)を生み出し、すでに日銀納付金として国庫に計上されている。焦点になっているのは含み益で、2025年3月末時点で約33兆円~46兆円規模といわれている。 これを財源にするには一市場で売却する必要があるが、これには様々な問題点が指摘されている。すでに日銀は2026年初めごろから、金融緩和の正常化の「出口戦略」の一環として年間約3,300億円(簿価ベース)のペースでETFを売却し始めている。 それに加えての売却ということになると、需給の悪化を通じた株式市場への悪影響が懸念される。今後更なる利上げに伴う当座預金の利払い費の増加や、金利上昇に伴う保有国債の含み損の拡大が予想され、ETFの収益はその財源となることを考えておく必要がある。 より大きな問題は、日銀が保有する資産について政府が干渉することは、中央銀行の独立性に大きな影響を及ぼし、金融政策の信頼性の問題を引き起こす「財政による金融従属(Fiscal Dominance)」を生じさせることだ。市場から実質的な財政ファイナンスと見られれば 通貨価値の下落・インフレに発展するリスクが生じかねない。 * * * 次に外為特会だが、財源ねん出という場合、フローとしての運用益とストックとしての剰余金(内部留保)の活用の2つが考えられる。 運用益は、外貨資産(主として米国債)から得た利子収入だが、すでにその7割が一般会計に繰り入れられている。24年度は5兆3,603億円の剰余金のうち25年度予算の一般会計に3兆2,007億円を繰り入れ、このうち約1兆円は防衛力強化の財源となっている。残りの3割は活用可能だが、円高のバッファーとして積み立てておく必要もある。 次はストックについてである。2024年度末時点で、資産(主として米国債)191兆円に対し負債(主として短期国債)約111兆円となっており、差額は(純資産)は約80兆円といわれている。このうち50兆円程度が円安によって膨らんだ為替差益だ。 これを現金化するには、米国債を売却する必要があるが、それは為替介入と同じ効果が生じるうえ、米国に金利高をもたらすなど大きな影響を及ぼしかねないのでトランプ大統領が容認するとは思えない。 そこでこの評価益を、評価替えを行ったうえで一般会計に移し替えることや積立金の取り崩しなどが検討されているようだ。 * * * 強い総理指示を受けて財務省がトリッキーな「埋蔵金」を見つけてくる可能性は十分考えられる。しかしそれが本当に財源と呼ばれるものなのか、食料品消費税ゼロという政策の妥当性も含めて市場や国民の評価にさらされることになる。 かつて民主党時代に埋蔵金探しが行われたが、財源はほとんど見つからず、マニフェストに掲げた子ども手当が半分になり、それがきっかけで民主党の政権担当能力が問われ再び政権交代につながった。埋蔵金さがしによる小手先のやりくりは、本質的な痛みを伴う改革、つまり歳出削減や税負担増から逃げることにつながり、国民の政治への信頼を失うことにつながりかねない。責任ある積極財政の本質が問われている。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例85】 「不相当に高額な役員給与該当性に係る主たる事業の判断基準」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、近畿地方のとある県庁所在地に本社がある食品加工業を営む株式会社X(資本金9,000万円で3月決算)において、海外事業部長を務めております。わが国の食品加工業を取り巻く経済環境は近年非常に厳しく、数年前まではコロナ禍の直撃を受け多くの同業者が倒産の危機に見舞われましたが、そのような災難をどうにか乗り越えたのも束の間、今度は円安による輸入物価の高騰とインフレ、更にはトランプ関税と、泣きっ面に蜂の状況です。それでもわが社は生き残りを図るべく海外進出に活路を求め、最近どうにか芽が出始めているところです。 すなわち、海外における比較的富裕層の間での健康志向から日本食がブームになっているという波に乗り、味噌や醤油のような発酵食品について製品開発を行い、徐々に販路を拡大しているというものです。特に東南アジアでは日本の発酵食品が広く受け入れられ、現地の工場を立ち上げて本格的に販売を拡大しており、近い将来には海外での売上げがわが国での売上げを上回るのではとの予想も、十分実現しそうな状況です。 さて、そのようなわが社の意気込みに水を差すような出来事が、つい最近ありました。それは、10年ぶりに受けることとなった税務調査でした。その中で税務署の調査官が、東南アジアの子会社に派遣された役員の給与が「不相当に高額」であるとして、その大半が損金に算入されないと宣告してきました。当該役員はわが社が社運をかけて乗り出した海外事業の責任者であり、彼なくしては海外事業が成り立たないのであって、余人をもって代えがたい存在であるため、通常の海外子会社の役員報酬と比較するのはナンセンスであると考えますが、税法上はどのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 役員に対する給与が「不相当に高額」といえるかどうかは、その支給額のうち、法人税法施行令に定める実質基準による金額又は形式基準による金額のいずれか多い金額を超える部分の金額の有無にかかっていますが、この場合の「実質基準」の適用に当たっては、支給対象役員のその法人に対する貢献度等も勘案すべきとなります。この「貢献度等」については、対象役員による法人の収益性向上への寄与につき、客観的なデータ等によりいかに立証できるかに依拠するものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 不相当に高額な役員給与の判断基準 法人税法上、役員に対して支給する給与の額のうち、不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、損金の額に算入されないこととされている(法法34②)。当該規定については、平成18年度の役員給与の規定の全面的な改正の前から、実質的に同じ趣旨の規定が存在していたところである。なお、給与に関し「不相当に高額な部分の金額」が損金に算入されないのは、役員のみならず、役員の親族等に当たる「特殊関係使用人」に対するものであっても同様である。 ここでいう「不相当に高額な部分の金額」とは、支給した給与の額のうち、 のいずれか多い金額のことをいう(法令70①)。 (2) 不相当に高額な役員給与に係る実質基準 法人税法施行令で示された「不相当に高額な」役員給与に係る実質基準の適用に当たっては、同種事業・類似規模の法人における報酬の支給状況を参照することはもちろん必要であり、一応合理的であると考えられるが、それだけにとどまらず、当該役員のその法人に対する貢献度等も合わせて勘案しなければならないと解されている。 この点について、例えば、東京地裁昭和46年6月29日判決・行裁例集22巻6号885頁(TAINSコード:Z062-2753)において裁判所は、「法人税法および同法施行令が役員退職給与について特に前記(筆者注:実質基準)のごとき規定を設けたのは、役員退職給与の損金性を決定する尺度たる当該役員の会社に対する貢献度が・・・」と判示している。 (3) 不相当に高額な役員給与該当性に係る主たる事業の判断基準が争われた事例 それでは本件と同様に、不相当に高額な役員給与該当性に係る主たる事業の判断基準が争われた事例(東京地裁令和5年3月23日判決・判タ1527号139頁、TAINSコード:Z273-13836、「京醍醐味噌事件」)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、味噌等の製造、卸、販売等を目的とする内国法人である原告が、1)平成24年10月1日から平成25年9月30日までの事業年度(平成25年9月期)、平成26年9月期、平成27年9月期、平成28年9月期及び平成28年12月期の法人税、2)平成24年10月1日から平成25年9月30日までの課税事業年度(平成25年9月課税事業年度)及び平成26年9月課税事業年度の復興特別法人税並びに、3)平成26年10月1日から平成27年9月30日までの課税事業年度(平成27年9月課税事業年度)及び平成28年9月課税事業年度の地方法人税について、原告の役員に支給した当該年度に係る給与の全額を損金の額に算入して確定申告をしたところ、東山税務署長が、上記役員給与の額には法人税法第34条第2項に規定する不相当に高額な部分があり、同給与の額全額を損金に算入することはできないなどとして、ア.本件各事業年度に係る法人税の各更正処分及びこれに伴う過少申告加算税の各賦課決定処分、イ.上記復興特別法人税各課税事業年度に係る復興特別法人税の各更正処分及びこれに伴う過少申告加算税の各賦課決定処分並びに、ウ.上記地方法人税各課税事業年度に係る地方法人税の各更正処分及びこれに伴う過少申告加算税の各賦課決定処分をしたことから、原告が、上記役員給与の額に不相当に高額な部分はないなどと主張して、上記各更正処分の一部取消し及び上記各賦課決定処分の全部取消しを求める事案である。 なお、本件で「不相当に高額な役員給与」が問題となった役員のうち、乙に関しては、ベトナムに赴任し新規事業を担当する予定であったが、平成27年11月、ベトナムにおいては全世界所得が課税対象となり、ベトナムで徴収された税金は他の国で控除ができないという情報を入手したため、日本本社がベトナム新規事業の実施を留保することとなり、結果としてベトナムに赴任することはなかった、という経緯がある。 ② 事案の争点 本件各役員給与における不相当に高額な部分の金額の有無及びその額である。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁令和6年1月18日判決・TAINSコード:Z888-2555)、上告されたが不受理で確定している(最高裁令和6年12月12日決定・TAINSコード:Z888-2704)。 ④ 本裁判例から学ぶこと 「不相当に高額」というべき役員給与の水準とはどの程度なのかについては、客観的・明確な基準があるとは言い難く、また、これまでの裁判実務で示されてきた基準は、必ずしも当事者の実感に即したものでもなかったようである。そのため、過去から現在に至るまでこの点に関する課税庁と納税者との争いは尽きないのであるが、課税の公平性を重視すれば、同業他社の役員給与の水準を基準とする画一的な方法によることは避けられないものと考えられる。そのような画一的な手法が仮に「不合理」であると言えるケースがあるとすれば、それは対象となる役員に類稀な特殊な才能等があり、それにより支給する企業に莫大な利益をもたらしてきた真の起業家のケースであり、それが確実に、、、言えそうなのは、それこそイーロンマスクレベルの人物か、わが国で言えば孫正義氏や柳井正氏等の傑出した人物に限定されるのではないかと考えられる。 本件についていえば、ベトナム事業を立ち上げるために有能な役員を派遣したため、その報酬が多少高くても問題ないというのが会社の主張なのであろうが、月額2億5,000万円という破格の給与を得た者が、ベトナムの課税制度が日本企業にとって必ずしも有利ではないという、事前に調査すれば容易にわかることを碌に調べずにわずか数ヶ月で撤退を余儀なくされるという有様では、その者に支払われた給与は正に「不相当に高額」としか言いようがないのではないだろうか。 また、原告(納税者側)は、役員給与の水準の妥当性については「中長期的な業績を考慮するべきである旨」主張したが、裁判所は、「その範囲の選択の恣意性を排除することはできないから、明確性、公平性が要求される租税法規の解釈として相当ではなく、採用することはできない。また、原告は、食品製造は10年単位で収益を評価する必要があるとも主張するが、原告の事業は(筆者注:卸売業であり)製造業ではないことから、その前提を異にするものであり、同主張を採用することはできない」として、原告の主張を斥けている。ここで重要なのは、「法人税法における所得計算は、事業年度ごとに行うことが法定されている」ことから、「不相当に高額な部分の金額」の算定も、事業年度ごとに行う必要があるという点である。 (4) 本件へのあてはめ 役員に対する給与が「不相当に高額」といえるかどうかは、その支給額のうち、法人税法施行令に定める実質基準による金額又は形式基準による金額のいずれか多い金額を超える部分の金額の有無にかかっているが、この場合の「実質基準」の適用に当たっては、支給対象役員のその法人に対する貢献度等も勘案すべきとなる。この「貢献度等」については、対象役員による法人の収益性向上への寄与につき、客観的なデータ等によりいかに立証できるかに依拠するものと考えられる。 (了)
《税務必敗法》 【第11回】 「3割特例の適用可否の判断を誤った」 公認会計士・税理士 森 智幸 【事例】 AはWeb制作会社に勤務していたが、令和6年4月に独立し個人事業者として開業した。Aは開業後、X会計事務所と税務顧問契約を締結し、初回面談において「開業後2年間は免税事業者とし、令和8年からインボイス登録を行い課税事業者となる予定である」旨を担当税理士甲に説明し、あわせて簡易課税制度選択届出書を提出した。 【開業後の課税売上高】 ●令和6年分 前職からのWeb制作サービスに関する委託業務に加え、大型のスポット業務があったため、課税売上は1,100万円となった。なお、特定期間の課税売上高及び給与等の支払額はいずれも1,000万円以下であった。 ●令和7年分 大型スポット業務がなく、課税売上は800万円であった。 ●令和8年分 基準期間(令和6年分)の課税売上高が1,000万円超であったことからAは課税事業者となり、予定通りインボイス登録を行ったものの、2割特例の適用は受けることができなかった。なお、特定期間の課税売上高及び給与等の支払額はいずれも1,000万円以下であった。 ●令和9年分 令和9年に入り個人事業者を対象にして3割特例が開始されたが、甲はAに対して次のように説明した。 甲はこの判断に基づき、簡易課税制度を適用して確定申告を行った。なお、みなし仕入率は約50%であった。 ところが、確定申告期限後、Aから「別の税理士に確認したところ、インボイス登録時にすでに課税事業者であっても、令和7年分の課税売上高と令和8年分の特定期間の課税売上高が1,000万円以下であれば、令和9年分は3割特例の適用は可能との説明を受けた。再確認してほしい。」との申し出があった。 X会計事務所内で調べたところ、Aの主張通り、令和9年分については3割特例の適用が可能であり、納付額が過大であることが判明した。 そこで、所轄税務署に対して更正の請求を行ったが「この場合、更正の請求は認められない」と却下された。 その結果、X会計事務所はAから過大納付相当額について損害賠償請求を受けることになった。 1 はじめに 本連載は、税務を行う上で「これをやったら失敗する」という必敗法を紹介するものである。今回は「3割特例の適用可否の判断を誤った」である。 令和8年税制改正では、個人事業者についてはいわゆる2割特例の終了後も、令和9年及び令和10年分について「3割特例」が経過措置として適用されることになった。 3割特例の経過措置期間中に想定されるミスとしては、2割特例の時と同様、3割特例の適用が可能であったにもかかわらず、その適用を失念するケースが考えられる。2割特例の時と同様の論点ではあるものの、もう一度確認しておきたいところである。 また、3割特例よりも簡易課税の方が有利になるケースも増える可能性があるので、この点も注意が必要である。 なお、本稿は私見であることにご留意いただきたい。 2 3割特例の概要 「3割特例」は令和8年税制改正において、インボイス制度導入に係る経過措置として設けられたものである。 令和5年10月に導入されたインボイス制度においては、2割特例が経過措置として設けられた。2割特例を適用できる期間は、令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間であり、個人事業者は令和8年分の申告で終了することになる。 しかしながら、令和8年税制改正において、2割特例の終了後も、個人事業者については、これまで2割特例の対象となっている個人事業者も含め、消費税の納税額を売上税額の3割とすることができる措置が2年(令和9年及び令和10年分)に限り設けられることになった。 計算内容は、その課税期間における課税標準額に対する消費税額から控除する金額を、その課税標準額に対する消費税額に7割を乗じた額とすることにより、納付税額をその課税標準額に対する消費税額の3割とするというものである(財務省「令和8年度税制改正の大綱」四2(1))。 3 「3割特例」の留意点 (1) 対象者 3割特例の対象となるのは個人事業者のみである。法人は対象とならないので注意が必要である。 (2) 適用期間 適用期間は令和9年及び令和 10 年分の予定である。 (3) 3割特例を適用できる課税期間 2割特例においては、インボイス制度開始日の属する課税期間において課税事業者であったとしても、その後の課税期間に係る基準期間における課税売上高が1,000万円以下の課税期間については、原則として、2割特例の適用を受けることができるとされている。3割特例においても引き続き、この制度が適用される予定である。 したがって、事例のようにインボイス適用時に課税事業者であっても、その後に3割特例を全く適用できないわけではないため、引き続き注意が必要である。 なお、確定申告期限後に気付いたとしても更正の請求ができない点も、引き続き注意されたい。 (例) 課税事業者である個人事業者が令和8年にインボイス登録を受けたケース(基準期間における課税売上高のみを考慮) (国税庁「インボイス制度において事業者が注意すべき事例集」(令和5年10月改訂)の例を参考として筆者作成。) (4) 簡易課税との有利判定 3割特例は、その課税期間における課税標準額に対する消費税額から控除する金額を、その課税標準額に対する消費税額に7割を乗じた額とするものなので、控除率は70%である。 一方、簡易課税の場合、例えば小売業のみなし仕入率は80%であるので、業種によっては簡易課税のほうが有利になるケースも想定される。 国税庁「インボイス制度に関するQ&A」問117-2では、卸売業を題材に「2割特例を適用するよりも簡易課税制度を適用した方が納付税額が少なくなる場合」を説明しているが、3割特例になると、このケースが拡大するので、簡易課税との有利判定も忘れずに行うことが必要である。 なお、簡易課税を選択した場合、2年間は継続適用となるので、翌年以後、顧問先において多額の設備投資等の予定がないかどうかを確かめる点も忘れないようにしていただきたい。 4 適用失念の場合の影響 (1) 損害賠償請求リスク 確定申告期限後に3割特例を適用でき、しかもその方が有利であったことがわかったとしても、更正の請求はできない。この場合、消費税の過大納付となるため、損害賠償請求を受ける可能性がある。 また、簡易課税のほうが有利であったにもかかわらず、3割特例を適用してしまった場合も、損害賠償請求を受ける可能性がある。 (2) 契約解除の可能性 3割特例の適用失念があると、個人事業者からの信頼を失い、顧問契約を解除される可能性がある。 5 対策 (1) 基準期間の課税売上の確認 基準期間の課税売上高は時系列で一覧表にして管理しておくとよいであろう。日税連「税理士の専門家責任を実現する100の提案」では資料集の中に「関与先別 消費税経歴表(東京会、東京地方会、千葉県会)」がある。筆者は、これをさらに加工して基準期間の課税売上高も管理しているので、参考にしていただければ幸いである。 (2) 税抜き・税込みの確認 基準期間において課税事業者であった者の課税売上高は税抜きで判定するが、基準期間において免税事業者であった者の課税売上高は、その売上げには消費税は含まれていないことから、課税売上金額がそのまま基準期間の課税売上高となる点にも注意しておきたいところである。(国税庁・質疑応答事例「基準期間において免税事業者であった者の課税売上高の判定」) (3) 税制改正のキャッチアップ 当然のことながら、毎年の税制改正はキャッチアップすることが必要である。令和9年において「3割特例を知らなかった」となると顧問先から信頼を失う恐れがある。 6 おわりに 今回は、令和9年及び令和10年分に適用される制度であるが、3割特例の適用上の注意点について説明した。2割特例と同様、3割特例を適用できたにもかかわらず適用を失念したという失敗がないよう注意していただきたい。また、簡易課税のほうが有利になるケースが増える可能性もあるので、簡易課税との有利判定も忘れずに行う必要がある。 本稿が実務の参考になれば幸いである。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q104】 「外国の証券会社で保有する上場外国株式の配当と譲渡損失との通算可否」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 外国の証券会社で保有する上場外国株式に関する課税関係 (1) 国内の証券会社で保有する上場株式等との課税関係の相違 所得税法上、居住者たる個人が、国外において発行された上場株式の配当を受領する場合、国内の証券会社を経由するか否かで課税関係が異なります。国内の証券会社(支払の取扱者)を通じて支払いを受ける場合には、配当に対して20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率による源泉徴収(水際源泉徴収)が行われる一方、外国の証券会社から直接配当の支払いを受ける場合には、日本での源泉徴収は行われません(外国で源泉徴収されることはあります)。 国内の証券会社の場合は、特定口座で保有することが可能であり、特定口座内で生じる所得に対して源泉徴収することを選択した場合には、源泉徴収選択口座内の上場株式等に係る所得(配当所得、譲渡所得)を申告不要とすることができます。これに対して、外国の証券会社では特定口座を開設することができないため、確定申告をする必要があります。 (2) 譲渡損失と配当との損益通算 上場株式等を譲渡し、損失が生じた場合には、上場株式等に係る配当所得等の金額と通算することとされています。この譲渡損失の損益通算の対象となる上場株式等の譲渡は、金融商品取引法に規定する金融商品取引業者への売委託により行うものなどに限られ、外国の証券会社を通じて行ったものは対象外とされています。 一方、損益通算の対象となる配当所得等は上場株式等に係るものであればよく、国内の証券会社を経由するか否かにより取扱いに差異はありません。 2 本件へのあてはめ 外国の証券会社を経由して外国法人が発行する上場株式等を取得したとのことですので、当該上場株式等を譲渡して損失が生じたとしても、上場株式等に係る配当所得等の金額との損益通算をすることはできません。 一方、当該上場株式等に係る配当については、国内の証券会社を通じて譲渡した上場株式等の譲渡損失がある場合には、それとの損益通算をすることは認められるものと考えられます。 (了)
租税争訟レポート 【第84回】 「所得税「同族会社との不動産賃貸借契約における経済的合理性」 (第1審:大阪地方裁判所令和6年3月13日判決、 控訴審:大阪高等裁判所令和7年4月25日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第1審判決の概要〉 〈控訴審判決の概要〉 【事案の概要】 司法書士業及び不動産賃貸業を営む原告は、東住吉税務署長(処分行政庁)から、平成27年分から平成29年分までの所得税及び復興特別所得税(所得税等)に関し、事業所得について原告が納税申告において必要経費に算入した接待交際費の全部及び減価償却費の一部を必要経費に算入することができないとし、不動産所得について所得税法157条1項を適用して原告が同族会社に賃貸した不動産に係る約定賃貸料を適正賃貸料に引き直して算定するなどとして、令和2年11月5日付けで、本件各年分の所得税等の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を受けた。 原告は、東住吉税務署長から、平成27年課税期間(平成27年1月1日から平成27年12月31日までの課税期間をいい、その他の課税期間も同様に表記する)から平成29年課税期間までの消費税及び地方消費税(消費税等)に関し、納税申告において課税仕入れに係る支払対価の額に算入された交際費が課税仕入れに当たらずこれに係る消費税額を控除することができないなどとして、消費税等の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を受けた。 本件は、原告が、被告を相手に、本件各更正処分のうち申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分の取消しを求める事案である。 【争点】 【大阪地方裁判所の判断】 大阪地方裁判所は、争点(1)、(2)及び(4)については、処分行政庁による更正処分等を是認する判断を示したが、争点(3)の所得税法157条「同族会社の行為計算の否認」規定については、その適用を認めず、処分行政庁による更正処分の一部を取り消す判断を示している。本稿では、控訴審でも争点となる「同族会社の行為計算の否認」について、大阪地方裁判所がその適用を認めない判決を言い渡した理由を中心に、判断の概要を検討したい。 1 争点(3)に対する被告の主張 第1審被告である国は、争点(3)について、次のように主張を展開した。 (1) 所得税法157条1項の「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」について 所得税法157条1項の趣旨及び内容に鑑みれば、同項にいう「これを容認した場合にはその株主等である居住者又はこれと政令で定める特殊の関係のある居住者の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、同族会社の行為又は計算のうち、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものであって、所得税の負担を減少させる結果となるものをいうと解される。 (2) 原告がA社と締結した本件賃貸借契約は経済的合理性を欠くものであること 原告がA社との賃貸借契約に基づき取得した賃貸料は、A社が取得した転貸料から、平成27年分は45.25%、平成28年分は40.22%、平成29年分は40.56%が控除された残額である。一般的に適正とされる管理料の割合が6.32%から6.37%程度であることからしても、管理料等としては極めて高額であるといわざるを得ないことから、原告が取得した賃貸料は、A社が転貸して得た賃貸料に比して著しく低額である。 また、原告が算定した賃貸料は、A社転貸料収入と比較して極めて低額であって経済的合理性がないことはもとより、各年分の賃貸料の算定の基礎とされている平成24年分の賃貸料は、契約期間中に対象不動産につき空室が生じた場合の負担(空室リスク)、賃料の滞納が生じた場合の負担(滞納リスク)の諸条件を踏まえて決められたものではないため合理性がない。 (3) 本件賃貸借契約は、A社の設立目的及び契約内容等から実質的に管理委託方式と同視することができること 原告は、A社の発行済株式の全てを有しており、実質的にみると、原告とA社は同一の経済主体であると評価することができることから、原告とA社の間の賃貸借契約は、形式的には、転貸方式が採用されているが、実質的には、原告が管理料相当額を負担している、管理委託方式における管理料を支払っていたものと評価すべきである。 さらに、原告はもともと複数の不動産を第三者に賃貸し、同族会社であるA社はそれらの不動産の管理業務を行っていたところ、空室リスク等を考慮したものでない限り、改めてA社との間で、目的物たる不動産をA社が管理する業務を行うことを内容とするマスターリース契約を締結しなければならない必要性は認め難い。 また、賃貸借契約の当事者であるA社の業務を行う者は、原告、原告の配偶者、原告の娘及びその配偶者であって、不動産の管理業務及び転貸業務を、形式的にはA社が行うことになったとはいえ、実質的には、もともと原告が賃貸業務を行っていたときと大きく異なるものではないことなどからすれば、原告とA社の間の賃貸借契約は、実質的には管理委託方式と同視することができる。 (4) 原告の本件賃貸料に基づいて算出された所得税額は、適正な賃貸料(本件適正賃貸料)を基礎として算出した所得税額と比較して、その負担を不当に減少させる結果となると認められること 本件適正賃貸料を算定する主な方法としては、①転貸方式を採用する事業者の賃貸料額を基に算定する方法、②本件不動産の諸条件を、サブリース業を事業としている複数の不動産管理会社等に提示し、当該不動産管理会社等による算定額を基に算定する方法、③管理委託方式を基に算定する方法(処分行政庁が採用した方法)が考えられる。原告とA社の間の賃貸借契約のような転貸方式では、賃借人が得る転貸料収入と賃借人が賃貸人に支払う賃貸料の差額には、賃借人が行う賃借物の維持管理費用が含まれており、その限度で管理委託方式における管理手数料と経済的実質が同一であるということができること、同業者の抽出作業を機械的かつ無作為に行うことができることからすれば、上記③の方法が、上記①又は②のような直接的に本件適正賃貸料を算定する方法に比べて、その算定した額に合理性が認められ、これを採用する必要性もあるというべきである。 本件適正管理料は、原告が同族関係にない不動産管理会社に対して賃貸物件の管理を委託した場合に支払うべき管理料であり、当該管理料と賃貸料収入金額との間には一定の相関関係ないし比例関係が存在すると認められるから、本件適正管理料を求める方法について、処分行政庁は、本件各年分において、原告と一定の類似性を有する同業者(比準同業者)を抽出し、当該比準同業者の賃貸料収入金額のうちの(経常収入金額)に占める支払管理料の金額の割合の平均値(本件適正管理料割合)を求め、本件各年分のA社転貸料収入の金額のうちの経常収入金額相当額(A社転貸料経常収入)に本件適正管理料割合を乗じて、本件適正管理料を算出した。 比準同業者を基に算定した本件適正管理料割合は、平成27年分が6.32%、平成28年分が6.37%、平成29年分が6.33%である。また、本件適正管理料割合を用いて計算された本件各年分の本件適正管理料は、平成27年分が2,056万659円、平成28年分が1,516万7,077円、平成29年分が1,016万3,343円である。 被告は、比準同業者を基準に算定した適正管理割合を用いて、原告の各年分の所得税を計算した結果、原告の同族会社であるA社の行為又は計算の結果、原告の所得税の「負担を不当に減少させ」たと認められると結論づけたうえで、さらに、原告は、A社から原告の給与所得に該当する役員報酬を得ており、その役員報酬の原資はA社転貸料収入であることからすれば、この点においても原告がA社に所得を付け替えることにより、給与所得控除の額の分だけ自己の総所得金額を少額に計算しているため、給与所得控除の額に対応する分だけ所得税が少額に算定されていたといえると附言して、主張を締め括った。 2 争点(3)に対する原告の主張 いっぽう、第1審原告は、次のように主張を行った。 (1) 転貸方式(サブリース)と管理委託方式(一般管理)との違いについて サブリースとは、賃貸経営の一つの形態であり、オーナーは賃貸物件を一括で貸し出し、不動産会社(サブリース会社)は、それを入居者に転貸する契約である。 オーナーは、サブリース会社を介在させることにより、入居者から受け取る賃料より売上は少なくなるデメリットがあるが、空室リスク等が避けられて収入が安定し、滞納金の回収の手間と時間を省くことができるとともに、オーナーと入居者との間の契約関係が遮断されることから、賃貸物件や滞納賃料、敷金返還を巡る訴訟のリスクから解放されるとともに、売上が平準化して安定する結果、税務申告が簡易化されるなどのメリットがある。 一方、サブリース会社は、期中に退去事象が生じるなど空室が複数生じたために想定していた賃料収入が得られなかったとしても、オーナーに対して契約で定められた賃料の支払を継続しなければならないことや、退去後の原状回復費用の負担、次の入居者募集のための広告費の負担等が生じ、収支が一時的に大きなマイナスになるリスクがあるが、その反面、オーナーに支払う賃料は、入居者から受け取る想定賃料総額から相当程度(通常15%~25%程度)減額して設定でき、入居者を上手に確保し、退去者を抑えることができるなどすれば、多くの利益を得ることができるというメリットがある。 サブリース(転貸方式)と管理委託方式は、それぞれ経済的効果も目的も異にするものであり、無理やり共通項を見出しても意味がなく、軽々に経済的実質は同一のものと考えられるということはできないにもかかわらず、処分行政庁による所得税等各更正処分は、サブリースの仕組みをまったく理解することなく、サブリース会社の受け取る賃料差益が大きいことを理由に課税処分をすることができるという間違った思い込みで結論を出したものであり、違法である。 (2) 本件賃貸借契約は、経済的合理性を欠くものではないこと 原告がA社との間で本件賃貸借契約(一括サブリースに係る契約)を締結したことについては、以下の事情があり、合理性が認められる。 3 大阪地方裁判所による判決の概要 第1審である大阪地方裁判所は、結論として、所得税法157条1項を適用して、本件各年分の原告の不動産所得に係る総収入金額について本件適正賃貸料と本件賃貸料との差額を加算して計算した上で、本件各年分の所得税等に係る原告の総所得金額及び所得税の額を計算することはできないとして、被告の主張を斥けて、原告の訴えを認容する判決を導いた。その理由について、まとめておきたい。 (1) 本件賃貸借契約の適正な賃貸料について 原告は、平成24年7月以前は、合計27の本件不動産について、その種別や所在地域が異なり、同一の不動産業者にその管理等を委ねることが困難であるため、複数の不動産業者に分散させる形で管理を委託したり(管理委託方式)、転貸方式により賃貸したりせざるを得なかったことが認められることから、原告とA社との間の賃貸借契約は、原告が、種別や所在地域の異なる多数の不動産であって、一般的には、同一のサブリース業者に一括して転貸方式で賃貸することが困難である本件不動産を、一括して転貸方式でA社に賃貸するという特殊性を有するものであった。 また、この賃貸借契約は、原告が個人で営んでいた不動産賃貸業を法人であるA社に対して移転するため、本件不動産を、順次、A社や第三者に対して売却することと並行して締結されたものであるから、当該契約期間中に複数の対象不動産の売却が当然に想定される状況にあったにもかかわらず、当該契約期間中に対象不動産が減少しても、事前に本件賃貸料の算定に当たり一定の考慮をしていたことがうかがわれるとはいえ、当該契約期間中の賃料は減額されないものとなっているのであって、これにより、平成27年分から平成29年分においては、当該契約期間中に対象不動産の一部がA社や第三者に対して売却されることにより、約2,684万円から約8,706万円という高額の年間売上高に係る収支が不確実になるという負担(売却リスク)を借主(A社)に負わせるという特殊性を有するものであった。 以上のような賃貸借契約の内容や特殊性に照らせば、この賃貸借契約に係る適正な賃貸料を算定するに当たり、管理委託方式と実質的に同視することはできないから、適正な賃貸料を算定するに当たり、管理委託方式を基に算定する方法を採ることについては、その基礎的要件が欠けるというべきであることから、被告の主張は、その前提を誤っており、採用することができない。つまり被告の主張する適正賃貸料をもって賃貸借契約の適正な賃貸料と認めることはできず、本件においては、証拠上、この賃貸借契約の適正な賃貸料の金額は不明であるというほかない。 (2) 税負担の減少以外の本件賃貸借契約を締結することの合理的な理由となる事業目的その他の事由の有無について 原告とA社との間の賃貸借契約の締結に至る経緯には、原告が、自己の所有する不動産を賃貸する不動産賃貸業が拡大してきたこと、そのために原告個人の不動産賃貸業に係る資金管理や収支管理、税務申告等の事務が煩雑になってきたこと、自らの年齢が高齢になってきたこと等から、原告個人で営んでいた不動産賃貸業を、法人であるA社に移転するという事業目的があったものであり、この賃貸借契約は、原告が、不動産賃貸業のA社への移転という事業目的を実現するために、平成24年以降、自己の所有する不動産をA社又は第三者に売却することと並行して、本件不動産を一括してA社に対して転貸方式により賃貸したものと認められ、このような本件賃貸借契約の目的は合理的なものであるから、税負担の減少以外に賃貸借契約を締結することの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するといえる。 (3) まとめ 原告とA社との間の賃貸借契約の目的、賃貸料の金額や契約の諸条件を含む賃貸借契約の内容等の諸事情を総合的に考慮すれば、被告のその余の主張を検討しても、賃貸借契約は、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものとはいえないから、この賃貸借契約は、所得税法157条1項にいう「これを容認した場合にはその株主等である居住者の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」には当たらないというべきであり、被告の主張する所得税法157条1項を適用して、本件各年分の原告の不動産所得に係る総収入金額について本件適正賃貸料と本件賃貸料との差額を加算して計算した上で、本件各年分の所得税等に係る原告の総所得金額及び所得税の額を計算することはできない。 【大阪高等裁判所の判断】 控訴審判決では、争点として、第1審における争点(3)、つまり、所得税法157条1項「行為計算否認規定」の適用可否が判断されているこの点について、検討したい。 控訴審である大阪高等裁判所は、原審と異なり、処分理由を是認できるから、処分行政庁による所得税等の各更正処分はいずれも適法であり、所得税等各更正処分のうち申告額を超える部分の取消しを求める被控訴人の請求はいずれも棄却すべきものと判断するとして、被控訴人(第1審原告)に対して、逆転敗訴となる判決を言い渡した。 以下、判決理由をまとめたい。 1 サブリース(転貸方式)の一般的な実情 不動産管理会社(サブリース会社)の収益の源は、エンド・ユーザーから支払われる転貸料とオーナーに支払う賃貸料(借上賃貸料)との差額であり、一般的には、借上賃貸料の転貸料に対する割合(借上料率)は80ないし90%程度であることが多く、これを60%未満とすることは、オーナーにメリットがなく、通常、想定し難い。なお、管理委託方式では、管理委託料を賃貸料の5ないし10%程度とすることが一般的である。 このようなサブリース(転貸方式)の一般的な特徴に鑑みると、対象不動産の稼働率は重要な指標となり、これに影響するのが対象不動産の立地や間取りであるが、短期間では、オーナーは、収支計画や資金計画を立てることが困難であり、コストを負担してまで不動産管理会社(サブリース会社)とマスターリース契約を締結するメリットがなく、不動産管理会社(サブリース会社)も、十分な利益を得られないから、経済的な実態としては、期間が10年以上のものが多く、これを1年程度とすることは、通常、想定し難い。 2 重複契約物件及び重複契約 被控訴人は、A社との間の賃貸借契約とは別に、本件不動産の一部の物件について、第三者とマスターリース契約又は管理委託契約を締結している。なお、これらの契約における賃貸料の受領口座は、A社名義預金口座であった。 3 A社が実際に行っていた役務 Bは、被控訴人が営む司法書士事務所の副所長を兼務しており、被控訴人の個人事業(司法書士業及び不動産賃貸業)の業務に加え、被控訴人のA社の代表者として業務にも関わっており、金融機関、不動産業者、工事業者への対応、資料作成、会計、税務申告等の作業を行っていた。 Bを含むA社の従業員は、全て被控訴人の指示に従って業務を行っており、契約締結その他の意思決定は全て被控訴人が行っていた。本件不動産の入居者の募集は第三者に委託していたが、入居者の審査は被控訴人とBが行っていた。 4 本件賃貸借契約の評価 認定事実によれば、被控訴人は、平成27年から平成29年までの期間の全部又は一部において、重複契約物件について、第三者(A社以外の不動産管理会社)との間で、①マスターリース契約を締結し、②駐車場用地の賃貸借契約を締結し、③管理委託契約を締結していたことが認められ(重複契約)、しかも、これら重複契約物件は、本件不動産のかなりの部分を占めるものといえることから、実質的には、被控訴人は、本件不動産をA社ではなく、第三者(A社以外の不動産管理会社)に賃貸し又は管理委託した上、不動産管理会社又はエンド・ユーザーの賃貸料の支払先口座として、被控訴人名義の口座ではなく、A社名義の口座を指定したものであり、A社は、エンド・ユーザーとサブリース契約を締結するのではなく、第三者から送金される賃貸料を被控訴人に代わって受領するなどの窓口業務をしていたにすぎないと評価するのが相当である。 このような実態は、一般的なサブリース(転貸方式)の実態とは大きく異なるものであり、被控訴人及びA社が一括サブリースを内容とする本件賃貸借契約書を取り交わし、本件賃貸借契約を締結したことは、まさに、実態とはかい離した形式を作出したものというほかはなく、本件賃貸借契約は不自然なものというべきである。 認定事実によれば、本件各年分の本件賃貸料のA社転貸料収入に占める割合は、平成27年分が約54.7%、平成28年分が約59.8%、平成29年分が約59.4%であることが認められる。一般的な借上料率は、転貸料の80%から90%であり、60%未満とすることはオーナーにメリットがないため想定し難いとされているところ、被控訴人は、本件賃貸借契約の賃貸料の金額として、①被控訴人個人が負担する必要資金を下回らない金額とすること、②A社の事業運営と経費が賄えること、③売却予定物件の賃貸料収入を除外しても、A社の事業運営に支障が生じないようにすることという条件を満たしたものとしたのであり、その理由は、被控訴人が、A社の信用を高めるため、A社の資産を増やす必要があると考えていたことによることが認められる。 このような本件賃貸借契約に基づく行為又は計算は、「A社の信用を高めるため、A社の資産を増やす」目的、すなわち「被控訴人からA社に所得を移転する」目的でされたものであって、被控訴人がA社の発行済株式の全てを有する株主であり、代表取締役兼取締役という地位にある(A社が同族会社である)がゆえに、行うことができる行為又は計算にほかならず、経済的合理性を欠き、不自然である。 5 まとめ 本件賃貸借契約に基づきA社が被控訴人に提供する役務は、実態としては、送金される賃貸料を被控訴人に代わって受領するなどの窓口業務をしていたにすぎないと評価するのが相当であり、少なくとも管理委託方式における役務を超えるものではないところ、被控訴人とA社は、本件賃貸借契約を締結することにより、一括マスターリース契約という実態とはかい離した形式を作出しており、かつ、その賃貸料が適正な賃貸料に比して著しく低額なものとなっている以上、被控訴人の主張する事業目的も、結局、「被控訴人からA社に所得を移転する」ことにほかならず、税負担の減少以外の合理的な理由となる事業目的であるとは認め難い。 したがって、本件賃貸借契約は、経済的合理性を欠くものというべきである。 【判決の特徴】 前回の【第83回】で、筆者は次のようにコメントした。 本件は、【第83回】の事案とは打って変わって、第1審における納税者に有利な判断が、控訴審で覆されるという、典型的な逆転敗訴事案である。被控訴人(第1審原告)である納税者側は上告をしているようであるが、控訴審で逆転敗訴した場合には、最高裁判所が「上告不受理」の判断を示して、いわば門前払いとするケースが多いことは、上述のとおりである。 個人と個人が支配する不動産管理会社との間のサブリース契約で、40%を超える管理料を不動産管理会社に支払うことを認めた本件の第1審判決は、課税庁側とすれば何としても控訴審で覆す必要があった事案であり、控訴審では、第三者の不動産管理会社との契約(重複契約)と同族会社の役割などを勘案して、通常の管理委託方式による管理料を算定した処分行政庁の判断を支持した判決となっている。 1 顧問税理士のアドバイスは適切だったか 第1審判決の中で、当時の顧問税理士が、原告(個人)とA社(法人)とを一体的に考えれば、不動産所得の総額は変わらず、個人又は法人のどちらかが税を負担するかということであって「行って来い」の関係であるから、税務署も理解してくれるだろうし、問題ないだろうという意見を述べたことに触れられており、第1審では、本件賃貸借契約の締結の目的として原告の所得税の負担の減少のためという目的があったとしても、それが主たる目的であるとは認められないという判断が示されている。 一方、控訴審では、この税理士のアドバイスについて、当該税理士の見解によって所得税法157条1項の適用の可否が左右されるものではないし、当該税理士が同項適用の可否という観点から、本件賃貸借契約書の内容や著しく低い借上料率の可否、重複契約の存在などにつき精査したこともうかがわれないと評していることには注意が必要だろう。 2 第三者管理会社への委託がなければ、控訴審判決の結論は異なっていたか 控訴審は、A社とのマスターリース契約の合理性を否定するにあたり、被控訴人(第1審原告)が一部物件について第三者の不動産管理会社と契約していた点を重視したものと評価できる。A社の実態から、第三者の不動産管理会社に管理を委託する必要があったのは間違いないところではあるが、もし全物件の管理をA社が行っていれば、管理効率化という被控訴人(第1審原告)の主張は行動として一貫しており、控訴審の判決は異なった可能性がある。 3 裁判所の認定する借上料率等 控訴審判決では、「一般的な借上料率は、転貸料の80%から90%であり、60%未満とすることはオーナーにメリットがないため想定し難い」と述べており、実務のうえで参考となる判断である。 一方、処分行政庁が比準同業者を基に算定した適正管理料割合は、6.32%から6.37%の間となっており、こちらも、実務上参考となる情報であると言える。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第63回】 「DCF法を用いて算出した外国株式評価額の合理性」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 国外グループ法人の組織再編において、DCF法により外国子会社の株式譲渡価額を評価する場合、同子会社が参加するCMSに対する預け金は、非事業用資産として株式譲渡価額を構成することになるのでしょうか。 〔A〕 企業のFCFの創出に貢献しない資産を非事業用資産として事業価値に加算するというDCF法の考え方からすれば、余剰現預金の額は、あくまで保有現預金の額から事業用現預金の額を除いて算定することが基本というべきであり、保有する現預金の全額を余剰現預金として扱うという考え方が正当化されるのは、関係当事者間において異議がない場合等の簡便な方法としてこれを用いる場合であるという考え方が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 組織再編における株式の評価額 (1) 有価証券の譲渡損益 法人税法61条の2第1項は、同法22条2項又は3項の「別段の定め」として、内国法人が有価証券の譲渡をした場合には、その譲渡に係る譲渡利益額又は譲渡損失額は、その譲渡に係る契約をした日の属する事業年度の所得の金額の計算上、益金の額又は損金の額に算入するものと定め、ここにいう譲渡利益額とは、その有価証券の譲渡に係る対価の額(同項1号)が譲渡に係る原価の額(同項2号)を超える場合におけるその超える部分の金額をいい、譲渡損失額とは、その有価証券の譲渡に係る原価の額(同項2号)が譲渡に係る対価の額(同項1号)を超える場合におけるその超える部分の金額をいう旨定めている。 上記にいう「有価証券の譲渡に係る対価の額」とは、有価証券の譲渡時における適正な価額、すなわち時価をいい、ここでいう時価とは、財産の客観的な交換価値、すなわち不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立すると認められる価額をいうと解される。 (2) DCF法を用いた株式の評価 DCF法(※1)は、評価対象企業について将来期待することができる経済的利益を当該利益の変動リスク等を反映した割引率により現在価値に割り引いて株式価値を算定する手法であり、収益に着目して企業価値を評価するインカム・アプローチの代表的な評価方法である。 (※1) Discount Cash Flow。割引キャッシュ・フロー法。 具体的には、評価対象企業の事業計画に基づき将来のFCF(※2)を見積もり、年次ごとに割引率を用いて現在価値の総和(事業価値)を求め、当該事業価値に非事業用資産の価値を加算して企業価値を算出し、企業価値から有利子負債の時価を減算して株主に帰属する価値(株式価値)を求める手法である。 (※2) Free Cash Flow。企業の事業活動によって得られる経済的利益から事業活動維持のために必用な投資を差し引くなどして算定した金額(国税不服審判所令和3年3月25日裁決)。 DCF法においては、事業価値に非事業用資産を加算して企業価値を算出することになるところ、非事業用資産とは、一般に、評価対象企業の事業と直接関係しないもので、同企業におけるFCFの創出に貢献しておらず、同企業の事業上、その処分について制約のない資産をいう。余剰資金、遊休不動産、投機目的の有価証券等が非事業用資産の典型例として挙げられる。 企業の営業活動に必要な現預金は、必要運転資本の一部と考えられるため余剰資金には含まれず、営業活動に必要な現預金を超えて保有している現預金が、余剰資金として事業価値に加算されることになる。継続企業の評価方法としては、企業が将来生み出すキャッシュ・フローを全て現在価値に割り戻して合計するDCF法が価値評価の手法として適しており、確かな根拠のある将来キャッシュ・フローが入手できる限りにおいてはDCF法が最も正確に企業価値を推定できる手法であるとされている。 なお、移転価格税制に係る令和元年度の税制改正において、DCF法は、独立企業間価格算定方法の1つとして新たに追加されている(※3)。 (※3) 国税庁HP「移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」【事例24】参照。 (3) キャッシュ・マネジメント・システム(CMS(※4))の移転価格税務上の取扱い (※4) Cash Management System。 2022年1月に公表されたOECD移転価格ガイドライン(以下「ガイドライン」という)では、代表的なキャッシュ・マネジメント・システム(CMS)とされるキャッシュ・プーリングに係る移転価格税制上の取扱いについて、ガイドライン第10章のパラ10.109から10.114において、その定義、導入メリット及び典型的類型等を規定している。そこでは、キャッシュ・プーリングの導入意義について、①外部からの資金調達の削減による効率的・効果的な流動性管理の実現、②連結ベースでの支払利息の削減と余剰資金の集約によるリターンの向上を通じた経済的効果の実現、及び③銀行取引コストの削減が挙げられている(パラ10.109)。 キャッシュ・プーリングの典型的な類型として、フィジカル・プーリングとノーショナル・プーリングがあるが、前者は、各参加会社が保有するプーリング口座の残高がゼロになるように、プール・リーダーの口座との関係で毎日自動的に資金の移動が行われる仕組みとなっているため、ゼロバランス・プーリングと呼ばれることもある。後者の場合、参加会社は特定の銀行の同一支店内にプーリング専用口座を開設し、各参加会社は、余剰資金があれば当該専用口座に預金し、資金不足があれば当該支店から借り入れることで、疑似的に資金過不足のバランスをとることになる(※5)。 (※5) 本稿の作成においてPWC「金融取引移転価格シリーズ 第3回:キャッシュ・プーリング」を参考とした。 キャッシュ・プーリングは、グループ内の個別の金融取引により構成されるものであり、移転価格税制上は、プール・リーダーと各参加会社が授受する金利水準が独立企業間価格に該当するものであるかどうかが問われることになる。 令和4年6月10日付で改定された「移転価格事務運営指針」では、その3-7(3)の(注)で、「(企業グループの財務)活動を通じて移転される当該法人及び当該国外関連者の資金残高を含む当該活動に係る全体の状況に配意し、当該活動を通じて当該法人及び当該国外関連者が意図的に協調することにより生ずる当該企業グループ内の相互作用により当該法人及び当該国外関連者の支払うべき利息の減少又は受け取るべき利息の増加その他の便益(括弧内略)が生じているかどうかの検討も行うことに留意する。」と定め、その3-8(7)で、「金融取引に関連する財務上の活動について独立企業間価格の検討を行う場合において、3-7(3)の検討により相互作用による共通便益が生じていると認められるときは、当該相互作用による共通便益の額が独立企業原則に即して当該法人及び当該国外関連者に適切に配分されているか検討する必要がある」と規定している(※6)。 (※6) キャッシュ・プーリングに係る設例については、前掲(※3)【事例7】を参照。 以下では、CMSに係る資金がDCF法上の株式価格の算定において非事業用資産に含まれるか否かが争われたパナソニックの裁判例を検討する。 2 裁判例 《東京地裁令和7年5月28日判決(令和3年(行ウ)第484号)》(※7) (※7) TAINSコード:Z888-2752 (1) 事案の概要 国内外に子会社及び関係会社を有する企業グループの親法人である原告Xは、平成28年4月1日から平成29年3月31日までの連結事業年度において、海外における各地域の持株会社の機能を各地域統括会社からオランダ子会社N社に統合するため、米国子会社A社の株式をN社に譲渡し(以下A社株式を譲渡した時期を「本件譲渡時」という)、その譲渡価格をもって法人税法61条の2第1項1号の定める「譲渡に係る対価の額」であるとして、法人税の確定申告をしたところ、処分行政庁Yから、当該譲渡価格は適正な評価額よりも過少であり、その差額は有価証券譲渡利益額として益金の額に算入され、かつ、租税特別措置法68条の88第1項に規定する国外関連者に対する寄附金の額に該当するため、同条3項によりその全額が損金の額に算入されないなどとして、法人税の増額更正処分等を受けた。本件の争点は、A社株式の時価の算定に際し、A社が保有する同社の完全子会社であるC社(米国)のDCF法による株式の評価における事業用現預金及び余剰現預金の額の争いである。 Xは、C社のDCF法に基づく評価において、C社が参加するCMS(以下「本件CMS」という)に係る資産のうち、偶発債務相当額及び他社への出資金額の合計1億9,770万米ドルを非事業用資産とし、これによりA社株式の価額を64億1,500万米ドルと算定した。これに対しYは、C社のCMS預け金(以下「本件CMS預け金」という)の全額(5億6,134万米ドル)を非事業用資産と判断し、これによりA社株式の評価額を67億7,864万米ドルと算定した。C社の評価基準日(以下「本件評価基準日」という)における現預金及び本件CMS預け金の内訳は以下【表1】のとおり。 【表1】 項目 千米ドル 現金及び当座預金 7,447 本件 CMS 預け金 普通預金 251,218 定期預金 300,000 日本円建て外貨預金(米ドル換算額) 10,131 合計 568,796 Xは上記処分を不服として審査請求したが、国税不服審判所長は本件CMS預け金のうち、定期預金3億米ドルを余剰現預金としてC社株式の価額を判断すべきとし、これによりA社株式評価額を65億1,730万米ドルと算定し、原処分の一部を取り消した。 以上から、各当事者によるA社株式評価額は以下【表2】のとおりとなる。 【表2】 項目 千米ドル X主張 6,415,000 国税不服審判所 6,517,300 Y主張 6,778,640 (2) 争点と当事者の主張 本件の主な争点は、A社株式の評価額であり、具体的には、DCF法によるC社株式の評価におけるC社の事業用現預金及び余剰現預金の額である(※8)。 (※8) 本件の他の争点は、A社株式の譲渡に移転価格税制(措置法68条の88第1項)を適用せず寄附金課税(同条3項)を適用したことの是非であったが、本件では、主たる争点についてXの請求が認容されたことから、東京地裁はその判断を示さなかった。なお、移転価格税制と寄附金の関係については本連載【第50回】を参照。 本件に係る当事者の主な主張は次のとおり。 ① Yの主張 CMSは、一般に、グループ内の参加会社の余剰資金を統括会社の口座に集め、グループ内の資金需要に応じて貸付けを行うものであるから、CMS預け金は、余剰資金の運用形態ということができる。したがって、事業用現預金の額の算定に当たり、評価対象企業が評価基準日時点で保有するCMSへの預け金については、その保有形態に照らし、基本的には余剰現預金と推定するのが相当である。本件CMS預け金について、本件評価基準日における将来の支出の予定の有無や、事業上の使途、タイミング、金額が不明であり、本件CMS預け金の全部又は一部がC社の事業用現預金であると説明し得る合理的な根拠が見いだせなかったことから、これを事業用現預金と認める余地はない。 ② Xの主張 事業用現預金の額の定量的な算定方法について、Yが依拠すると思われる、現預金の保有形態に基づき算定するとの方法は、講学上も実務上も一般に示されていない。DCF法の適用において、余剰現預金の額は、事業用現預金の額を推定し、その額を評価基準日現在の現預金残高から控除して算出することが一般的であるが、Yは、C社の事業用現預金の額について一切検討していなかったものであり、本件CMS預け金について保有形態のみを理由としてその全額を余剰現預金の額として扱うYの主張は不合理である。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、次のとおり、本件CMS預け金の全額を余剰現預金とすべきとするYの主張を斥け、同預け金の一部を余剰現預金としたXの評価額が合理的であるという判断を示した。 ① DCF法を用いたC社株式の評価について ② 評価報告書におけるC社株式の評価の合理性について (※9) Xの企業グループで採用されている指標の1つで、キャッシュ・コンバージョン・サイクル指標の略であり、売上債権+棚卸資産-仕入債務の算式の下、既に投下済みの資金に加えて追加で必要となり得る資金需要の指標を示すものと捉えられている。 ③ YによるC社株式の評価の合理性 (4) 検討 上記1(3)のとおり、CMS預け金は日常的な営業債権債務の決済で得られた資金の受け渡しの結果であって、筆者の感覚ではFCFそのものである。これを全てFCFの創出に貢献しない非事業用資産と認定されることにはかなりの違和感がある(※10)。本件では、CCC理論の下、C社では、手元に現預金を保有しておく必要性が高く、このため、CCC金額と同程度の現預金を事業に必要な現預金として保有しておくとの経営方針を採用しており、実際に、Xの算定した事業用現預金の金額が、平成28年12月末の直近1年間の各四半期末におけるCCC金額の幅の中に納まっていたという事実に照らすと、C社の保有現預金のうち、現金及び当座預金の合計額のみを事業用現預金としたYの判断は著しく不合理ということになろう。 (※10) しかしながら、現実にこのような課税処分が行われてしまうのも事実である。この点につき、西中間浩「キャッシュ・マネジメント・システム内の保有現預金の全額をDCF法の余剰現預金として扱った課税庁の株式評価は合理的なものとは認められないとして更正処分が取り消された事例」(税経通信(2026年2月))は、「税務調査で課税当局のこの種の誤解を生まないためにも、納税者としてはCMS預け金が存在している場合には、その法的な仕組みや実際の運用状況を説明し、営業活動に必要な資金として使用されているものが含まれていることを、疎明資料をもって示すことは有効な防御方法の一つとなりそうである。」と述べている。 ところで、Yは予備的主張として、本件CMS預け金のうち、定期預金額3億米ドル(上記(1)参照)は、C社の余剰現預金であると主張した。これは、国税不服審判所の判断に依拠したのは明らかである。同裁決書(※11)では、「一般的に、定期預金の性質それ自体をもってその額を余剰現預金と判断することは相当ではないが、上記のようなC社の現預金等の資産の状況(筆者注:審判所は「定期預金(中略)については、本件評価基準日を含む相当の期間にわたってC社の事業に投下されることなく保持されていたことは明らか」と事実認定している)からすると、C社が保有する現預金のうち、定期預金相当額については、C社の事業を運営するために確保しておく必要のある現預金とはいえないことが客観的に裏付けられているから、請求人(X)が、本件評価基準日において、不特定多数の当事者間における自由な取引としてC社株式を他に譲渡し、C社を売却しようとした場合、少なくとも定期預金相当額を余剰現預金としてDCF法により算定した価額は、交渉の中で形成し得たと認めるのが合理的である。」と説示している。 (※11) 国税不服審判所令和3年3月25日裁決(TAINSコード:F0-2-1055) 一方、東京地裁は、①本件CMS預け金のうち、定期預金と普通預金との間には、機能的に有意な差異はない、②上記で述べた平成28年12月末の直近1年間の各四半期末における状況から、3億米ドルをC社の余剰現預金とし、残る2億6,879万6,000米ドル(筆者注:上記(1)【表1】参照)を事業用現預金であるとすることは、C社の事業の特性とそれに基づく現預金の必要性を適切に踏まえたものとはいい難いから、3億米ドルを余剰現預金とする上記裁決における判断にも合理性があるとは認められないと判示し、Yの主張を排斥している。 (了)
連結会計を学ぶ(改) 【第18回】 「子会社株式の一部売却②」 -支配の喪失- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は子会社株式の売却により、支配を喪失するケースについて、「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(移管指針第4号。以下「資本連結実務指針」という)にしたがって解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 子会社から関連会社となるケース(支配の喪失) 1 子会社株式の売却損益の修正 子会社株式の売却により支配を喪失して関連会社となる場合には、資本連結実務指針45項及び45-2項に従って会計処理を行う(資本連結実務指針41項)。 子会社株式の一部を売却し連結子会社が関連会社となった場合、当該会社の個別貸借対照表はもはや連結されない。 このため、連結貸借対照表上、親会社の個別貸借対照表上に計上している当該関連会社株式の帳簿価額は、当該会社に対する支配を喪失する日まで連結財務諸表に計上した取得後利益剰余金(時価評価による簿価修正額に係る償却及び実現損益累計額を含む)及びその他の包括利益累計額並びにのれん償却累計額の合計額等(以下「投資の修正額」という)のうち売却後持分額を加減し、持分法による投資評価額に修正することが必要となる(資本連結実務指針45項)。 個別財務諸表上、子会社株式の売却損益は、売却価額と売却した分の帳簿価額(個別財務諸表上の帳簿価額)の差額として算定される。 一方、連結財務諸表上は、売却した分の帳簿価額(個別財務諸表上の帳簿価額)を、連結財務諸表上の帳簿価額に修正する必要がある。 このため、売却前の投資の修正額とこのうち売却後の株式に対応する部分との差額(その他の包括利益累計額を除く)について、個別財務諸表で計上した子会社株式売却損益の修正として処理することとなる(資本連結実務指針45項)。 2 その他の包括利益累計額の取扱い その他の包括利益累計額に関する処理については、連結財務諸表上、子会社に係るその他の包括利益累計額(その他有価証券評価差額金、退職給付に係る調整累計額など)のうち一部売却に係る部分については、子会社株式の売却により連結上の実現損益となるため、個別財務諸表上の子会社株式売却損益(当該部分が既に含まれている)の修正に含めないとされている(資本連結実務指針45項)。 当該実現損益は当期純利益を構成するため、組替調整額(「包括利益の表示に関する会計基準」(企業会計基準第25号)9項)の対象となる。 3 取得関連費用の取扱い 資本連結実務指針8項のとおり、連結財務諸表上、子会社株式の取得関連費用は、発生した連結会計年度の費用として処理されるが、個別財務諸表においては、付随費用は、取得価額に含めることとなる。支配獲得後において、子会社株式を追加取得した際に発生した取得関連費用(連結財務諸表)及び付随費用(個別財務諸表)も同様である(資本連結実務指針46-2項、「企業結合に関する会計基準」(企業会計基準第21号)26項、「金融商品会計に関する実務指針」(移管指針第9号)56項)。 このため、子会社株式の売却時において、付随費用は個別財務諸表上の売却簿価に含まれるが、連結財務諸表上の売却持分には含まれないことから、個別財務諸表上の取得価額に含まれている付随費用のうち売却した部分に対応する額については、連結財務諸表上、個別財務諸表に計上した子会社株式売却損益の修正として取り扱う(資本連結実務指針46-2項)。 また、引き続き保有する部分に対応する額については、子会社が連結子会社及び関連会社のいずれにも該当せず連結範囲から除外される際に、連結株主資本等変動計算書上の利益剰余金の区分に連結除外に伴う利益剰余金減少高(又は増加高)等その内容を示す適当な名称をもって計上することとなる(資本連結実務指針46-2項)。 支配を喪失して子会社から関連会社となり、持分法を適用することとなった場合には、連結財務諸表上、関連会社株式の投資原価には支配喪失以前に費用処理した支配獲得時の付随費用を含めないとされている(資本連結実務指針46-2項、66-7項)。 4 のれんの未償却額の取扱い 支配獲得後に追加取得や一部売却等が行われた後に、子会社株式を一部売却し、支配を喪失して関連会社になった場合、支配獲得後の持分比率の推移等を勘案し、適切な方法に基づいて、関連会社として残存する持分比率に相当するのれんの未償却額を算定する(資本連結実務指針45-2項)。 支配を喪失して関連会社になった場合におけるのれんの未償却額の算定に当たっては、いくつかの考え方があり得るが、支配獲得後の持分比率の推移等を勘案し、のれんの未償却額のうち、支配獲得時の持分比率に占める関連会社として残存する持分比率に相当する額を算定する方法や支配喪失時の持分比率に占める関連会社として残存する持分比率に相当する額を算定する方法などの中から、適切な方法に基づいて、関連会社として残存する持分比率に相当するのれんの未償却額を算定することとなる(資本連結実務指針66-6項)。 Ⅲ 子会社が連結子会社及び関連会社のいずれにも該当しなくなるケース(支配の喪失) 1 子会社株式の売却損益の修正 「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号)29項は、子会社株式の一部を売却し、子会社が連結子会社及び関連会社のいずれにも該当しなくなった場合、連結財務諸表上、残存する当該被投資会社に対する投資は、個別貸借対照表上の帳簿価額をもって評価するとしている。 この場合の子会社株式売却損益の修正額は、関連会社になった場合(資本連結実務指針45項及び45-2項)に準じて算定する(資本連結実務指針46項)。 売却後の投資の修正額の取崩額は、連結株主資本等変動計算書上の利益剰余金とその他の包括利益累計額の区分に、連結除外に伴う増減等その内容を示す適当な名称をもって計上する(資本連結実務指針46項)。 2 取得関連費用の取扱い 前述のように、子会社株式の一部を売却し、子会社が連結子会社及び関連会社のいずれにも該当しなくなった場合には、連結財務諸表上、残存する当該被投資会社に対する投資は、個別貸借対照表上の帳簿価額をもって評価するとされており、当該個別貸借対照表上の帳簿価額には付随費用が含まれることになる(資本連結実務指針46項、46-2項)。 子会社株式の売却時において、付随費用は個別財務諸表上の売却簿価に含まれるが、連結財務諸表上の売却持分には含まれないこととなるので、個別財務諸表上の取得価額に含まれている付随費用のうち売却した部分に対応する額については、連結財務諸表上、個別財務諸表に計上した子会社株式売却損益の修正として取り扱い、引き続き保有する部分に対応する額については、子会社が連結子会社及び関連会社のいずれにも該当せず連結範囲から除外される際に、連結株主資本等変動計算書上の利益剰余金の区分に連結除外に伴う利益剰余金減少高(又は増加高)等その内容を示す適当な名称をもって計上することとなる(資本連結実務指針46-2項)。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例75】 「区分所有者が海外に在住する場合の諸問題」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私が区分所有するマンションでは、外国籍の区分所有者が居住している形跡がなく管理費も滞納になっています。 今後予定されている大規模修繕の実施に支障が生じないようにしたいのですが、区分所有者が海外にいる場合にはどのような問題が想定されるでしょうか。また、管理組合として対応するべきことはありますか。 1 検討の視点 近年、海外在留邦人の増加や海外投資家による国内不動産投資の増加により、区分所有者が国内に住所を有しない事例が増えていることが指摘されている。また、区分所有者が外国籍で連絡がつかず、意思決定や管理費の徴収に支障が生じている区分所有建物も存在する。 本事例では、このような海外居住の区分所有者に起因する主な法的問題を整理し、令和8年4月1日施行の建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)に新設された国内の管理人制度を紹介する。 2 海外に区分所有者がいる場合に想定される主な問題 (1) 意思決定への影響 区分所有者の中に海外居住者がいる場合、当該区分所有者は物理的に総会へ出席できず、委任状等の提出も期待できないことがある。このため総会の定足数(成立要件)の充足や、特別決議の賛成数確保が困難となり、管理組合の意思決定が停滞するリスクがある。 改正後の区分所有法では、所在等不明の区分所有者がいる場合に、裁判所の認定を受けて当該区分所有者を総会の議決数の母数から除外できる制度(区分所有法第38条の2)等が創設されているが、所在調査は費用と時間を要することも多く、また、単に国外に住所があるとの理由のみでは新たな制度の利用は難しいと思われる。 (2) 管理費・修繕積立金の滞納 特に区分所有者が行方不明の場合には、管理費や修繕積立金が長期間滞納になっており、管理組合が督促状を国外の住所に送付しても応答がないことがある等、債権回収が滞りやすい。管理財源の不足を招き、その結果、他の区分所有者の負担を増加させ、建物管理に支障を来すこともある。 このような事例では、①不在者財産管理制度等の管理制度を利用した区分所有権の売却、②区分所有法第7条に基づく先取特権の行使、③共同利益違反行為を理由に区分所有法第59条の競売請求を行使することも考えられる。 しかし、区分所有建物の状態によっては売却を実現できない場合もあるなど、滞納管理費の回収リスクは一定程度存在する。 (3) 専有部分の維持管理への支障 空き住戸になっている専有部分では、室内設備の不具合や漏水などが発生しても、居住者がいないため長期間気付かれないおそれがある。管理者等が配管の更新工事等のための専有部分への立入りや管理費等の徴収をする必要があるときに、当該区分所有者から連絡先が通知されていない場合には、立入りの同意を得ることができない。そのため、必要に応じて裁判等をする必要があるが、国外にいる区分所有者に対して法的手続を講じることは一般に相応の時間や費用を要する。 3 区分所有法の改正による新たな措置 区分所有者が海外に在住し、専有部分を空き住戸にしている場合には、国内在住者の場合に比べて上記2のような法的問題が深刻化しやすい。そこで、新たに区分所有者が国外にいる場合における管理人の仕組み(区分所有法第6条の2)が創設された。区分所有者は、国内に住所等を有しない又は有しないこととなる場合には、その専有部分及び共用部分の管理に関する事務を行わせるため管理人(以下「国内管理人」という)を選任することができるものとされた。 国内管理人は、①保存行為、②専有部分の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為、③集会の招集の通知の受領、④集会における議決権の行使に加え、⑤共用部分、建物の敷地若しくは共用部分以外の建物の附属施設について区分所有者に対して負う債務又は規約若しくは集会の決議に基づき他の区分所有者に対して負う債務の弁済を行う権限を有する(同条第2項)。そのため、専有部分の適正な管理や管理費等の支払が期待できる。 もっとも、①区分所有者は、国内管理人の選任を義務付けられていないため、選任を義務付けるためには管理規約にその旨の条項を設ける必要があることに留意が必要である。また、②当該専有部分が国外の区分所有者を含め複数で共有されている場合には、共有者全員が国内に住所等を有しない場合に初めて国内管理人の選任ができるものと考えられている。さらに、③国内管理人は、管理費の支払権限こそ有するものの、支払義務を負わず委任の範囲内で弁済を行うにすぎない。そのため、区分所有者本人に支払能力がなければ最終的に滞納問題が解決しないおそれが残る。加えて、④国内管理人は訴訟手続の代理人ではないため、管理組合が裁判手続によって管理費の回収を図る際には、従来どおり国外の区分所有者に対し送達をする必要がある。 このように、国内管理人にも一定の限界はあるが、国内管理人が本人と連絡を取り合って問題解決に当たることが期待されており、管理組合にとっては窓口を確保することで紛争予防・迅速化に一定の効果があると考えられる。 4 本事例において 管理組合としては、区分所有法の改正に対応するため、総会を開催して国内管理人を含む必要な事項について管理規約を改正しておく必要がある。また、区分所有建物によっては、総会が開催されないまま事実上の運用で管理が行われている物件も少なからず存在するように思われる。令和8年4月1日施行の改正は多岐にわたるため、そのような区分所有建物ではこれを契機に総会を開催して管理規約を正式に定め、管理組合による管理を適切に行っていくことが期待される。 (了)
〈小説〉 国税審査官エイトの勤務日誌 ~ある国税不服審判所の記録~ 第3話 お天気の葛本審査官① 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 大阪国税不服審判所は、合同庁舎の13階にある。13階の全てのフロアーが審判所である。なお、合同庁舎の1階から3階までが税務署で、4階から12階は国税局である。夜遅くなっても、国税局の窓だけは明るい。 永途がエレベーターに乗ろうとすると、後ろから、中年の男が駆け足でエレベーターに滑り込んでくる。 細身で、メガネをかけた男は、ニヤニヤ笑いながら、永途に「えらい、良い天気ですね」と声をかける。 永途は、中年の男に、軽く頷く。 13階で、エレベーターが止まると、中年の男も永途の後に続いて出る。 「・・・審判所の方ですか?」 永途は、振りかえると、男に尋ねる。 「・・・はい、審理部の葛本といいます・・・」 そう言うと、中年の男は、傍らにある審理部のドアを開けて、中に入った。 審理部は、納税者である審査請求人と直接に会うことはなく、各合議体がそれぞれ作成した議決書の内容をもう一度見直す、いわゆる「審理」という作業を行う部署である。 永途が第二部の座席に着くと、もう、黒田は分厚い資料を読んでいる。 「おはようございます」 永途が声をかけると、黒田は老眼鏡を外して、大きく頷く。 黒田は、税務署で「酒類指導官」をしていた。 酒類指導官というポストは、統括官クラスである。昔は酒税は、間接税部門であったが、平成元年に消費税が導入されることによって、税務行政組織の中で、直接税と間接税との区分は廃止となり、直接税の法人税部門や所得税部門も間接税の消費税を担当することになった。 「・・・あの・・・葛本さんという人・・・審理部にいるんですか?」 永途が尋ねる。 「・・・葛本・・・ああ、お天気の葛本か・・・」 黒川は、急に笑い出した。 そしてすぐ、黒田は、笑いをこらえるように「えらい、良い天気ですね・・・と尋ねられただろう」と永途に訊く。 永途は、黒田の笑う顔を見ながら、頷く。 「・・・葛本は、朝、人に会うときには、必ずその言葉を使うのだ・・・えらい、良い天気ですね・・・」 黒田は、よほどおかしいのか、まだ、笑っている。 「・・・あの・・・天気の悪いときでも・・・そう言うのですか?」 黒田は、ようやく笑いを止めて、「・・・いや、そのときは・・・黙っている」と答える。 永途は、エレベーターで会った葛本の顔を思い出しながら、「えらい、良い天気ですね」と呟いてみる。 黒田は、笑いが止まると、真剣な顔をして、「・・・しかし、葛本は、とても頭が良い・・・税務大学校で、金時計を貰っている・・・」と言う。 「・・・専門の税は何ですか?」 永途が尋ねる。 「・・・ぼくと違って、法人税だよ・・・」 酒税専門の黒田は、すねたように言う。 「・・・酒税なんで、税理士になっても、何の役にも立たない・・・」 黒田は不満そうに言う。 「・・・しかし・・・税理士の資格は、もう持っているのでしょ・・・」 永途が尋ねる。 「・・・ああ、持っているよ・・・10年前にね・・・」 そう言うと、黒田は、傍らに置いてある税務六法を取り出し、税理士法8条1項10号イを広げる。 黒田は、55歳になっている。もう、指定官職になることはないと割り切っているので、出世欲はない。 「・・・ぼくはね・・・審判所に配属されて良かったと思う・・・酒税だけでなく、法人税や所得税なども・・・勉強できるからね・・・君のように、もっと若いときに審判所に来ていればなおさら良かった・・・」 永途も大きく頷く。そのとき、背後から大きな声が聞こえてきた。 「おはよう」 剛速球の田中審判官である。 永途は、振りかえると、大きな声で「おはようございます」と言った。 (つづく)