2026年4月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.664を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第41回】 「国税通則法122条(117条~121条、123条~125条)」 -国税債権と私債権(国に対する納税者の金銭債権)との相殺の禁止- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法122条(国税に関する相殺) 1 はじめに 今回は国税通則法第9章(雑則)の諸規定のうち同法122条(国税に関する相殺)を取り上げ検討することにする。この規定を今回の検討対象としたのは、本連載を始めるに当たって立てた方針に従い、「国税通則法制定の趣旨」を重視したからである(第1回2参照)。すなわち、国税通則法は「およそ租税法の基礎にあるべき基本的な法律関係、すなわち政府と納税者との間における権利・義務の態様や限界に関する制度上の仕組み」ないし「租税に関する基本的な法律構成」を明らかにすることが必要であるとの認識に基づき制定されたものであること(税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)1-2頁参照)からすると、国税に関する相殺すなわち国税債権と国に対する納税者の金銭債権との相殺は、「雑則」の中で定められているとはいえ、国税債権・債務の消滅の効果をもつ以上、「国税通則法制定の趣旨」の観点からみて重要な事項であり、本連載において取り上げ検討すべきであると考えるところである。 国税通則法122条は、国税に関する相殺を原則として禁止する旨を定めているが、その例外として定められた「法律の別段の規定」は現行法上はまだ存在しない(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和7年改訂・18版〕』(大蔵財務協会・2025年)1420頁参照)。ただ、同条後段は、納税者が有する還付金等に係る債権と国に対する金銭債務との相殺についても同様とする旨を規定しているところ、還付金等の充当(税通57条)は還付金等と納付すべき国税との相殺の性質を有する(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)220頁、拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)【116】参照)。厳密にいえば、それは「国税との相殺を事実上認めているものとして、・・・・・・、『証券を以てする歳入納付に関する法律』の規定により証券をもってする納付を認めるという方法によっている。」(志場ほか共編・前掲書1420頁)と解説されている。 なお、民法では、相殺は「互いに同種の債権を有する当事者間において、相対立する債権債務を簡易な方法によつて決済し、もつて両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度」(最大判昭和45年6月24日民集24巻6号587頁)と解されている(詳しくは山田誠一編『新注釈民法(10) 債権(3)』(有斐閣・2024年)508頁以下[深谷格執筆]参照)。 2 「公法上の債権と私法上の債権との相殺」否定論(本質論的相殺否定論) 前述のように、現行法上は、国税に関する相殺は明文の規定で禁止されているが、そのような明文の規定がなかった時代には、相殺に関する民法の規定(505条以下)が租税債権と私債権との相殺に適用又は準用されるか否かについて争いがあった。 戦前の判例では、「村税納付義務ト当該村ニ対スル実費弁償請求権ト相殺ヲ主張シ得ヘキ法律上何等規定ナキヲ以テ原告カ其ノ西穂高村ヨリ受クヘキ費用弁償金ト本件滞納村税納付義務ト相殺スルトキハ費用弁償請求権尚余アリ且同村ニ於テハ此等ノ相殺ヲ為スヲ恒例ト為スヲ以テ本件滞納処分ハ之ヲ為スノ必要ナキモノナリト為ス主張ハ不当ナリ」(行判大正13年4月25日行録35輯242頁)として、法律上の根拠規定の不存在を理由に否定説の立場が採られていた(なお、公法上の権利と消費貸借の権利との相殺については大判大正元年10月15日民録18輯861頁参照)。 学説では、公法・私法二元論(戦前の議論については塩野宏『公法と私法』(有斐閣・1989年)3頁以下参照)を前提にして「本質論的相殺否定論」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)892頁)ともいうべき考え方を説く次のような見解(美濃部達吉『評釋公法判例大系 上巻』(有斐閣・1933年)35頁。旧漢字は改めた)が通説であった。 ただ、上記の美濃部達吉博士の見解は、公法=権力関係論(これを基礎とする穂積八束理論については塩野・前掲書13頁参照)を基礎とするものではなく(公法概念に関する穂積八束理論と美濃部達吉理論との違いについては塩野・前掲書42頁以下参照)、したがって、租税法律関係に関していえば租税権力関係説ではなく、むしろ租税債務関係説と親和性があるように思われる。というのも、1930年代以降になると、おそらくはドイツの租税債務関係説の紹介・研究(アルベルト・ヘンゼル著/杉村章三郎訳『獨逸租税法論』(有斐閣・1931年)等参照)の影響を受けたものと思われるが、前記の見解を説かれた美濃部博士は、納税義務の成立を租税債務関係説に基づいて観念したものと解される下記の見解(同『日本行政法 下巻』(有斐閣・1940年/復刻版1986年)1124頁。下線筆者)を説かれるようになったからである。このような見解は、租税法律主義を租税債務関係説に基づいて再構成し厳格化する考え方とみることができるので、筆者は「租税法律主義の債務関係説的再構成」と呼んでいる(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)16頁以下[初出・2020年]参照)。 3 「租税債権と私債権との相殺」肯定論 租税法律主義の債務関係説的再構成は、戦後になって、下記の発言(租税法研究会編『租税法総論』(有斐閣・1958年)35-36頁[田中二郎発言]。下線筆者)にいう「今の新しい考え方」として、租税債権と私債権との相殺の許容性の問題が再び議論される契機となったように思われる。 実際、下級審の裁判例の中には、租税債権と私債権との相殺を認めるものが登場したのである(租税法研究会編・前掲書37頁[田中二郎発言、杉本良吉発言]参照)。東京地判昭和30年10月18日下級民集6巻10号2158頁がこれであり次のとおり判示した(下線筆者)。 この判示は、公法上の債権としての租税債権の特殊性を重視するのではなく、租税債権と私債権とを基本的に同じ性質の金銭債権として捉える考え方に基づき両債権の相殺を認めたものであると解される。このような考え方は租税債務関係説からの帰結とみることができよう。 学説においても、これと基本的に同じ趣旨と解される下記のような見解(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])M104-M105頁[吉良実執筆]。ただし、下記の引用部分は同書発行当時[1963年]の国税通則法94条に関するものである)が説かれるようになった(志場ほか共編・前掲書1418頁、金子・前掲書892頁も同旨)。 4 相殺禁止規定に関する創設規定説 このように、戦後は、本質論的相殺否定論は克服されるようになったが、しかし、租税徴収制度調査会「租税徴収制度の改正に関する答申」(昭和33年12月8日)42頁が下記のとおり述べたことを受け、(昭和34年法律第147号による改正前の)旧国税徴収法180条は「この問題の立法的解決を図るため、国税が大量現象であり、会計技術的にも問題が多いことにかえりみ、原則として両者の相殺を禁止し、ただ例外として将来の立法により相殺が認められるものとした」(志場ほか共編・前掲書1418頁。中川=清永編・前掲書M106-M107頁[吉良執筆]も参照)のである。 上記の答申にいう「多数の納税者と多数の分立した行政機関との間において生ずる問題」が相殺禁止の理由とされているのは、次のような「実質的な理由」(志場ほか共編・前掲書1419頁)を考慮したものと解される。 また、上記の答申で「国又は地方公共団体の財政制度や内部会計手続とも関連する」というのは次の発言、すなわち、「財政法、会計法が収入と支出を混同しないということを原則に立てているわけですね。従って収入は収入のルート、支出は支出のルート、それを交わらせないという考え方がありまして、それが相殺を妨げていた大きな理由であったという気もするのです。」(租税法研究会編・前掲書36-37頁[忠佐市発言])という発言の中で述べられている「原則」によるものと解される。そのような「原則」は「歳入歳出混同禁止原則」(金子・前掲書892頁)と呼ばれる。 以上のような2つの法政策的考慮に基づき、国税通則法は「右の規定[=旧国税徴収法180条]を国税に関する通則的事項としてそのまま承継したもの」(志場ほか共編・前掲書1418頁)と解される。このような理解によれば、国税通則法122条は、かつての本質論的相殺否定論からの帰結を確認する規定(確認規定)ではなく、前記のような法政策的考慮に基づき租税債権と私債権との相殺を禁止することを定める規定として性格づけるのが相当である(相殺禁止規定に関する創設規定説)。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第74回】 「MBO後の税務対策」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私は上場会社J(資本金3億円)の15%の議決権を持つ創業者社長(G氏)です。近年の物言う株主からの圧力、短期的な利益追求について、もう少し中期的な経営の自由度が欲しいと思っていたところ、証券会社からMBOの提案を受けました。 そこで、私はMBOを実行しJ社の上場を廃止することにしました。 スキームとしては、私が100%出資する資産管理会社(資本金100万円)としてA社を設立し、金融機関から100億円融資を受けて上場会社Jの株式85%を買い取り、その後株式交換によりA社がJ社の100%親会社となりました。 今後、非上場会社として税務上注意することはありますでしょうか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ 近年、上場維持コストの上昇や短期的な利益追求への市場の圧力から脱却し、中長期的な視点で経営改革を行うことを目的として、上場を廃止する企業が増えています。2025年の上場廃止数は125社であり、支配株主や他社による買収が大多数ですが、MBOはその内26社となっています(※)。 (※) 日本取引所グループHP「上場廃止銘柄一覧」参照 [1] 法人税の対策 (1) 資本金の減少の検討 まず、J社の資本金が3億円のため、今後J社は特定同族会社として留保金課税の対象となるので、減資を検討することが一般的です(法法67)。 資本金を1億円以下とする減資による効果として、法人税法上は中小法人となるため各種中小法人税制の恩恵を受けることができます。ただし、資本金が1億円以下の法人であっても過去3年の課税所得の平均が15億円を超える場合は、租税特別措置法上の一部の優遇措置を受けることができません(措法42の4⑲八)。 次に、地方税においては外形標準課税の対象になるかどうかの検討が必要となります。令和6年度税制改正において、資本金を1億円以下に減資することによる外形標準課税逃れの防止規定が設けられました。以下の要件全てを満たす法人は、減資後に資本金1億円以下の法人になったとしても、外形標準課税の対象となります。 なお、資本金の減資には、債権者保護を目的として、減資効力発生日の1ヶ月以上前より官報等へ減資する旨の公告の掲載が必要となります。3月末決算の場合、3月末までに減資の効力を生じさせないと中小法人となることはできませんので、2月初旬より手続きを始める必要があります。 (2) グループ通算制度の導入 A社は、支払利息が多額に生じる一方、100%子会社であるJ社からの配当収入は益金不算入となるため、法人税法上は赤字の会社となる見込みです。今後、金利の上昇が想定されることから、赤字額が大きくなることが見込まれるので、その課税所得のマイナスの有効活用を目的として、グループ通算制度の検討が必要となります。検討に際しては、以下の点が重要です。 [2] 事業承継対策の検討 MBOを行ったことから、今後は非上場会社として親族内承継を前提に考えることになりますので、承継対策を検討する際の株価は原則として、証券取引所での取引価格から財産評価基本通達により計算した株価となります。 一般的にMBO時には市場価格にプレミアムを付けて株式を買い取ることから、株式交換によりG氏の株式を取得した後でも、A社におけるJ社株式の取得単価は高額になっていると想定されます。 例えば、J社株式は類似業種比準価額、A社株式は純資産価額方式による評価方法が適用される場合に、J社株式の評価額が60億円であると仮定すると、借入金が60億円を下回るまでは、財産評価基本通達による評価上、A社は債務超過となります。つまり、A社の株価はゼロ円となります。 どのタイミングで、次世代へ株式を承継するかを事前に検討しておくべきでしょう。 〈財産評価通達による株価計算後のBS〉 [3] 結論 上場会社を非公開化することにより、各種の税メリットを受ける選択肢が増えるため、非公開化の準備段階から計画的に進める必要があります。一方、金融機関から多額の資金を借り入れる場合は、借入金を一定金額返済するまでコベナンツがつけられることが一般的です。一定期間は資産管理会社株式の贈与・売却はできない可能性が高いですが、その条件が外されるタイミングに向けて事業承継の準備を進めることが望ましいと言えます。 なお、具体的な対策については、税理士等の専門家と相談のうえ、実行されることをお勧めします。 (了)
国際課税レポート 【第25回】 「消費税の負担軽減策」 ~国際的な知恵に学ぶ選択肢の考え方~ 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団名誉フェロー 2026年2月26日、高市政権による「社会保障国民会議」が始まった。高市早苗総理が“改革の本丸”と位置付ける給付付き税額控除の制度設計、そして、それまでのつなぎとしての飲食料品の消費税率ゼロについて議論するためのものだ。中核となるテーマは、「消費税率ゼロ(物価高対策・負担軽減策)」「中低所得者・現役世代の負担軽減」といった点だ。 政策提言を目的とするものではないが、消費税の負担軽減策(逆進性対策)を巡る各国の経験について紹介する。 消費税の逆進性~優等生のアキレス腱 消費税は、景気の波に左右されにくく税収の安定性に優れており、所得を生み出す現役世代が大きく減少するわが国において、社会保障の安定財源として適している。しかし、利点の多い消費税なのに、「廃止せよ」という声もある。所得税や社会保険料については、「負担を減らせ」という声はあっても、廃止とまで言い切る人はいない。消費税についての厳しい声の背景には、所得の低い人ほど相対的に重い負担を強いられるという消費税の逆進性の存在がある。 【図1】に示すように、OECD加盟国37ヶ国(VAT を持たない米国を除く)のすべての国がVAT(一般消費税)を導入しており、標準税率は単純平均19.3%(2024年)だが、食料品が標準税率なのは チリ、デンマーク、エストニア、韓国、リトアニア、ニュージーランドの6ヶ国である。また、【図2】に示すように、食料品に適用される税率(単純平均)は約8%である。 【図1】 消費税標準税率(%)(2024年) (注) 平均は、単純平均による。 (出所) OECD, Consumption Tax Trends 2024, Annex 食料品に適用される消費税率を【図2】に示す。例えば、イギリスは標準税率20%に対して、食料品は0%など、標準税率と大きな開きがある国もある。わが国も、標準税率については10%であり、OECD(VATを持たない米国を除く)の平均19.3%の半分程度だが、食料品の8%については、G7国では最も高く(英、加(0%)、伊(4%) 、仏(5.5%)、独(7%))、OECD平均の約8%(OECD資料に基づき筆者が計算)と同水準である。 【図2】 食料品に適用される消費税率(%)(2024年) (注) 平均は、単純平均による。食料品に適用される税率が複数ある場合、主要食料品に適用される税率、又はアルコールを除く食料品に適用される税率を用いた。時限的な税率引下げは含めていない。なお、財務省HPにも各国の税率についての資料が掲載されている。 (出所) OECD, Consumption Tax Trends 2024, Annexより筆者作成 消費税負担軽減(逆進性対策)の選択肢 消費税の逆進性対策や中低所得者の負担軽減のための仕組みを論じる際、「消費税(食料品)の税率を下げるか」、「給付で対応するか」、という二者択一に目が向きがちである。 しかし、各国の経験に目を転じると、選択肢には「消費税の内部で対応する方法」「消費税の外部で、財政ミックスにより対応する方法」といった幅があり、次の4つに整理して考えることができる。 消費税の逆進性対策や低所得者への支援は、わが国に限らず、各国に共通する政策ニーズ・政策目的である。問題は、そうした政策目的をどのような仕組みで達成することが、再分配の実効性を高め、かつ幅広い国民の支持を得られるかという点にある。制度の政治的なアピールの強さだけでなく、再分配の精度、事業者のコンプライアンス・コスト、行政執行コスト、デジタル基盤、国民の受容可能性まで含めて検討する必要がある。 消費税における逆進性対策には事業者の協力が不可欠 消費税は、事業者が申告・納付する税であり、消費者は法律上の納税義務者ではない。制度の設計としては、価格に上乗せされた税負担が最終的には消費者に帰着することが予定されている。法的には事業者納付、経済的には消費者負担が制度上予定されているという構造がある。であるから、消費税の逆進性対策を税率で設計する場合、家計負担だけでなく、仕入税額控除、価格転嫁、業種間の負担のずれまで視野に入れなければならないことになる。 伝統的アプローチ(消費税の内側で対応) 各国が伝統的に採用してきた軽減税率や食料品ゼロ税率は、直感的には分かりやすいが、制度としてはいくつかの弱点を抱える。 第一に、品目基準の減税である以上、低所得者だけでなく高所得者にも同じように恩恵が及ぶ。必需品の税率を下げれば低所得者支援になるようにみえても、消費額それ自体は高所得層の方が大きいため、減税の恩恵が高所得者にも及んでしまう。 第二に、軽減税率は線引きを複雑にし、税収を失うだけでなく、事業者のコンプライアンスや執行のコストも高める。 第三に、税率引下げ分がそのまま価格低下として消費者に還元されるとは限らない。価格形成は市場や取引慣行の影響を受けるため、税率を下げても価格が機械的に下がるわけではない。さらに、食料品をゼロ税率にすると、消費税の納税義務者は事業者であることから、飲食店と食料品の間で線引きを巡る摩擦や競争上の歪みを生みうる。 もっとも、食料品にゼロ税率を適用する7ヶ国でも、アイルランドを除き、飲食店には標準税率を適用している。 IMFは2024年のワーキングペーパーで、食料品に対する軽減税率を「伝統的アプローチ」と位置付け、その限界を整理している。要点は、税収減、制度の複雑化、中立性の損失というコストに比べ、逆進性の緩和効果が必ずしも大きくないことである。 財政ミックスによるアプローチ(消費税の外側(給付)で対応) これは、単一税率・広い課税ベースを維持しつつ、低所得世帯には給付や税額控除で対応する方式である。本稿では、便宜上「財政ミックスによるアプローチ」と呼ぶ。 カナダのGST/HST(連邦税・統一売上税)creditは、その典型であり、税申告情報に基づいて低・中所得世帯に四半期ごとに給付を行う。 ニュージーランドも、GST導入や税率改定に際して、給付や所得税減税を組み合わせることにより、逆進性への対応を図ってきた。国際比較上、ニュージーランドがしばしば参照されるのは、単一税率に近い構造と高いVAT税収パフォーマンスを両立しているからである。 高市総理の主張は、食料品の消費税率ゼロ(伝統的アプローチ)は“つなぎ”であり、「本丸」は給付付き税額控除(財政ミックスによるアプローチ)への移行を見据えた戦略的なタイムラインであると理解することができる。 もっとも、給付付き税額控除や現金給付にも弱点はある。 前述したように、現実には軽減税率が広く支持されているが、理由は、理論的に優れているからではなく、レジのその場で負担が軽く見えるという可視性が高いからでもある。 所得や資産の確認が不要な制度(本人確認等は必要) 問題となるのは対象者をどのように絞り込むかだ。このためには、以下の方法が考えられる。 (1) リアルタイム補填方式(IMFワーキングペーパー提案) IMFスタッフが2024年4月に公表したワーキングペーパー(スタッフの個人的な見解であり、組織としてのIMFのものではない)では、逆進性対策のためのイノベーティブな案として、消費税額補填方式(便宜上「リアルタイム補填方式」と呼ぶ)による逆進性対応策を示している。 注目したいのは、所得確認を要しない設計もありうる制度が提示されている点だ。対象者を所得で限定しない「ユニバーサル補填方式」(universal subsidy)のアイデアを紹介してみたい(※)。 (※) IMFペーパーは、低所得層ターゲット型についても論じている。 これは、すべての消費者を対象にしつつ、一定の補填上限額に達するまでVAT相当額を消費時点(支払時点)にリアルタイムで還付する方式である。消費者はリアルタイムで消費税相当額を補填された残額を事業者に支払えばよく、体感的には、消費税が免除されるのと同じことになる。 累積補填額の管理が新たに必要になるため、①本人確認:事業者がレジ等において本人確認(ID確認)を行い、②取引情報の連携:事業者の情報端末から「中央台帳」に利用者のIDや取引情報を連携し、③応答:「中央台帳」が補填額が上限に達していないことを判定して事業者に通知する、という一連の処理を行うためのシステムが新たに必要になる。 負担軽減策の対象を、軽減税率の対象となる「品目」で切り分けるのではなく、個々の消費者という「人」に結び付ける点に、この構想の本質と斬新さがある。 この発想の利点は明快である。第一に、低所得者の消費税負担を下げたいのであれば、食料品だけを特別扱いする必要はない。人基準の補填であれば、低所得者が支出するすべての課税消費を対象に実効負担を下げることができるので、食料品と外食の線引き問題や、消費額の多い高所得者に青天井で恩恵が及ぶという軽減税率の弱点を回避しやすい。補填額の上限をどう設定するかが鍵となるが、ある意味、「消費税を廃止せよ」という主張が低所得者については実現することになる。 第二に、購入時補填は、後日の給付よりも「その場で軽減された」という実感を与えやすく、制度への納得を得やすい。第三に、単一税率・広い課税ベースを維持できるため、消費税の簡素性や中立性を損ないにくい。要するに、軽減税率の可視性と、給付において要請されるターゲティング能力を、デジタル基盤によって結び付けようとする試みである。 (2) アベノミクス時代の知恵~還付ポイント制度提案(実施せず) 興味深いのは、わが国には「補填方式」と同じ発想があったことである。税率10%への引上げを控えた2015年9月10日の与党税制協議では、「還付ポイント制度」と呼ばれる日本型軽減税率の具体案が示された。これは、対象品目の購入時にマイナンバーカード等を用いてポイントを付与し、後日口座還付する仕組みであり、複数税率を流通の各段階に持ち込むのではなく、最終消費段階で補填を行うという発想に立っていた。 リアルタイム補填ではなく事後還付である点はリアルタイム補填方式(IMF案)と異なるが、単一税率を維持しながら、購入情報に基づいて負担調整を行うという点は同じである。 まとめ~消費税逆進性対策を巡る国際的な知恵 安定して、効率よく財源を生み出す消費税のアキレス腱ともいえる逆進性の問題に対応するための制度についての議論や国際的な経験を、イノベーティブなものも含めてみてきた。それらを【表1】にまとめる。 【表1】 消費税逆進性対策を巡る国際的な経験 (出所) 筆者作成。なお、還付ポイント制度の対象者について、高所得者への過大な恩恵がないかという観点から検討とされていた。 購入時におけるリアルタイム型(軽減税率、リアルタイム補填方式)であれ、事後給付型(給付付き税額控除)であれ、システム対応が必要になる。軽減税率(食料品ゼロ税率)の場合、レジの改変等が、給付の場合、所得や資産の確認や給付のための行政庁等の間における情報連携やシステム整備が、また、リアルタイム補填方式の場合、小売店の端末からの情報伝達と、中央データーベースによる累積補填額の管理などが必要になる。 日本ではキャッシュレス決済の比率が2025年には58%に達しており、2030年までに65%にするという目標達成に向け堅調に拡大している(※)。基盤整備は一定程度前進しており、こうしたデジタルインフラ整備の成果も将来の制度設計に生かしていくべきだろう。 (※) 経済産業省「2025年のキャッシュレス決済比率を算出しました」 デジタルの恩恵を生かすという観点は重要だ。IMFペーパーにあるリアルタイム補填方式は、現在のわが国における検討における直接の制度候補という位置づけではなく、日本の制度設計を将来志向で考えるための有益な思考実験として参考にすることができるだろう。 (了)
社長からの無理難題の 断り方・かわし方 第4回 海外赴任と納税管理人 〈JUN税会〉 税理士 廣瀬 周平 * * 解 説 * * 1 事実関係の把握 社長へのヒアリングと現状確認により、以下の事実が確認されました。 2 法的論点の整理 (1) 居住者と非居住者の定義と課税範囲(所法2、5、7) 所得税法において、納税義務者は「居住者」と「非居住者」に区分され、それぞれ課税範囲が異なります。 区分 定義 課税範囲 居住者 永住者 国内に「住所」を有し、又は現在まで引き続いて1年以上「居所」を有する個人 全ての所得 (国内源泉所得 + 国外源泉所得) 非永住者 日本の国籍を有さず、かつ過去10年以内に日本国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年以下の個人 国外源泉所得以外の所得及び国外源泉所得で国内において支払われたもの又は国外から送金されたもの 非居住者 居住者以外の個人 国内源泉所得 【海外勤務者の区分】 (2) 非居住者の国内源泉所得に係る課税(所法161、164) 非居住者は、国内源泉所得についてのみ日本で課税されます。国内源泉所得には、総合課税に係るものと源泉分離課税に係るものがあります。 非居住者は、日本国内で発生した所得(国内源泉所得)のうち、総合課税に係る所得を有する場合に確定申告が必要になります。 ① 総合課税に係る所得 総合課税とは、確定申告により、他の所得と合算して税金を計算する制度です。 【具体例】 ② 源泉分離課税に係る所得 源泉分離課税とは、他の所得とは関係なく、所得を受け取るときに一定の税額が源泉徴収され、それで全ての納税が完結する制度です(確定申告することはできません)。 【具体例】 (3) 納税管理人の選任 ① 納税管理人とは(通法117) 納税管理人とは、納税者に代わって国税や地方税に関する申告・納付・書類受領などを行う人をいいます。特に、日本国内に住所や事業所を持たない個人や法人が、課税関係を円滑に行うために設置される制度です。 【主な役割】 ② 納税管理人の選任方法 【留意点】 ③ 納税管理人の届出書 【提出手続き】 (※) 1月1日時点で日本国内に居住していた場合は、住民税の納税義務が発生します。固定資産税も居住者、非居住者問わず、1月1日時点での不動産所有者に課税されます。 ④ 納税管理人による確定申告 ★ 国外転出時までに「納税管理人の届出書」を提出した場合は、確定申告期限内に申告を行うことで、振替納税を継続して利用することができます。 ★ 還付金はあくまで本人に帰属するものであり、納税管理人は、還付申告書の提出や手続きを代行できますが、還付金そのものは「納税者本人の口座」か「納税管理人の口座」に振り込むかを選べます。 ただし、納税者本人の口座は、日本国内の金融機関口座であることが必要です。 納税者本人の国内口座がない場合には、納付の場合、納税管理人が納付書で納付します。また、還付の場合、納税管理人の口座へ還付金が還付されます。 後日、納税者本人と納税管理人間で精算します。 (4) 国外転出時課税制度(所法60の2) 保有する株式等の時価や未決済デリバティブ取引等の含み損益の合計額が1億円以上の居住者が、日本国内に5年を超えて住所または居所を有していた場合に国外転出する際、保有する有価証券等を譲渡したものとみなして含み益に課税される制度です。 ① 納税管理人の届出による違い ② 納税猶予制度 国外転出時までに納税管理人の届出を行い、確定申告書に納税猶予を受ける旨を記載し、明細書等を添付して一定の担保を提供することで、国外転出の日から5年4か月間(申請により10年4か月間)納税が猶予されます。 3 本件事例への当てはめ (1) 非居住者の該当性 海外への赴任期間が3年間を予定しており、出国日の翌日(9月11日)から非居住者となります。 (2) 国内源泉所得の有無 海外へ赴任後に国外での勤務に対して支払われる給与は、国外源泉所得に該当します。 日本で支払われる留守宅手当も従業員の勤務が現地国で行われているため、国外源泉所得とみなされます。 一方で、自宅マンションを賃借することは、不動産所得となり、国内源泉所得のうち、総合課税に係る所得となります。 したがって、日本国内で発生した所得(国内源泉所得)のうち、総合課税に係る所得を有するため、確定申告が必要になります。 (3) 納税管理人の選任 非居住者が確定申告を行う場合、自分で現地からe-Taxによる電子申告ができないため、日本で納税管理人を選任して確定申告をする必要があります。 家族も海外赴任に帯同するため、出国日までに親や兄弟、税理士等に納税管理人の依頼をして「納税管理人の選任届出書」を提出しなければなりません。 (4) 国外転出時課税制度の適用 1億円以上の有価証券等を保有していないため、国外転出時課税制度の適用はありません。 NISA口座は、出国前日までに証券会社へ「継続適用届出書」を提出すれば、NISA口座の資産を最長5年間、非課税のまま保有(売却は可能)できます。ただし、海外在住中は新規の購入(積立)はできません。 iDeCo(イデコ)は海外赴任中も、日本の厚生年金に加入し続ける(国内企業からの転勤)場合、掛金の拠出と運用をそのまま継続可能です。ただし、海外在住中は掛金の所得控除は適用できません。 (※) 金融機関により対応は異なるため、各金融機関への事前の問合せが必要です。 4 実務上の留意点 (1) 納税管理人の選任 出国日までに「納税管理人の選任届出書」を提出しなかった場合、出国日までに、出国日までの準確定申告や国外転出時課税に係る申告、納付を行わなければなりません。 出国日までに「納税管理人の選任届出書」を提出した場合は、翌年3月15日までに申告、納付を行います。 (2) 非居住者となった後の確定申告 ① 出国年の確定申告 年の中途で海外赴任のため非居住者となった年は、その年1月1日から出国する日までの間に生じた全ての所得(居住者としての所得)と、出国した日の翌日からその年12月31日までの間に生じた国内源泉所得(非居住者としての所得)を合計して確定申告します。 ② 海外在住時の確定申告 国内源泉所得のうち、総合課税に係る所得について、確定申告します。(源泉分離課税となるものは除きます) (3) 源泉徴収の注意点 不動産の貸主が非居住者である場合には、原則として借主は賃借料の支払の都度、支払金額の20.42%を源泉徴収し、翌月10日までに税務署に納付をしなければなりません。ただし、賃借人が個人であり、その個人またはその親族が居住の用に供する目的で借りている場合には、賃借料の支払い時に源泉徴収を行わなくてもよいこととされています。 (4) 振替納税、国内口座振替の利用 国内に銀行等の口座を残す場合、所得税や住民税、固定資産税などの振替納税制度を継続して利用できるため、納税管理人制度とあわせて活用することで、納税漏れのリスクを軽減することができます。
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第19回】 「宿泊予約サイトを介した取引に係る消費税の課税関係が契約内容によってどう変わるか」 税理士 石川 幸恵 【Q】 社員寮に空きがあるので、インターネット上の宿泊予約サイト(運営会社は外国法人)を通じて旅行者向けに短期で貸し出そうと考えています。サイトの運営会社の規約を確認すると、下図のようなお金の流れになるということでした。 この場合、当社はサイトの運営会社からの入金額を課税売上げとして処理して差し支えないでしょうか。 なお、当社の消費税申告は一般課税で課税売上割合は常に95%以上です。 【A】 社員寮の空き部屋を旅行者向けに短期で貸し出す取引には、貴社、宿泊予約サイト運営会社、旅行者の三者が関わっています。このような取引においては、「誰が、誰に対して、いくらで、どのようなことを行うのか」という内容を、宿泊予約サイト運営会社との契約内容や規約などに基づいて整理したうえで、課税関係を判断する必要があります。 お金の流れのみに着目すると、課税標準額や課税時期を誤り、納税義務判定や簡易課税制度の適用の判断にも影響を及ぼす可能性があります。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ 例題のような民泊のほか、宿泊業においては宿泊予約サイトが介在する取引が多く見られる。本稿ではその典型的な形態として二つのパターンを取り上げて整理する。 1 宿泊予約サイトが宿泊施設の広告宣伝を行う場合 宿泊予約サイトが広告宣伝を行う場合には、貴社が旅行者に対して宿泊サービスを提供することになる。この点は後述する「空室を再販する場合」との違いとして重要である。 宿泊予約サイトは貴社に対して広告サービスを提供し、その対価として宿泊料の一定割合を受け取る。 宿泊料を10,000円として取引の流れを書き込むと次のとおりである。 貴社の社員寮が国内にあれば10,000円が貴社の税込み売上高となる。課税売上げの時期は旅行者が宿泊した日である。 一方で宿泊サービスの対価10,000円と入金額との差額2,000円は広告サービスの対価である。外国法人である宿泊予約サイト運営会社が提供する広告サービスについてはリバースチャージについて検討する必要がある。ただし、今回、貴社の消費税申告は一般課税で、課税売上割合は常に95%以上である。この場合は、その課税期間中に行った特定課税仕入れはなかったものとされる(27年改正法附則42)。 以上より会計処理は次のようになる。 (※) 区分の名称は会計ソフトによって異なります。 2 宿泊予約サイトが空室を再販する場合 宿泊予約サイトが空室を買取り、自らの名で旅行客に再販するパターンもある(下図)。 この場合、貴社は旅行者ではなく宿泊予約サイトに宿泊サービスを提供することになる。したがって、貴社の売上高は税込み8,000円となり、【Q】のように入金額と売上高が一致する。 このような取引は一般に「空室卸売り」等と呼ばれるが、実質的には宿泊サービスの提供であるため、課税売上げの時期は実際の宿泊日と考えられる。 会計処理は次のようになる。 1のような宿泊サービスと広告宣伝の両建てであるにもかかわらず、2のように空室卸売りとして処理すると、当課税期間の課税標準額を過少に計算してしまう恐れがある。その影響は2事業年度後の基準期間における課税売上高の計算にも及ぶため、取引内容の整理には十分注意が必要である。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第90回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 31 暗号資産と税務調査②:ブロックチェーン分析 (1) ブロックチェーン分析とは何か ア ブロックチェーン分析とは 暗号資産の匿名性と分散性に起因する税務執行上の問題に対処するために力を発揮する調査手法としてブロックチェーン分析がある。 税務当局にとっては、申告漏れや無申告取引の把握、国外流出資産の追跡などに活用しうる重要な手法となる。 ブロックチェーン上のトランザクションを分析することで、エンティティ間のパターン、関係性、活動を一定の蓋然性をもって把握することが可能となる点が注目される。 エンティティについて、実務上は、単一のアドレスではなく、次に示すような、アドレスの使用パターンに基づくヒューリスティック(経験則)による分析に基づいて認識される複数アドレスの集合体として把握されることが多い。 ブロックチェーン分析によって、次のようなプロセスで身元特定につながる場合がある。 上記2の「同一主体によって管理されている」との判断は、ブロックチェーン分析単体で完結するものではない。 実務上は、取引所側のKYC(顧客確認)情報、IPアドレス、ログイン履歴、登録出金先アドレス情報、入出金履歴等といったオフチェーン情報との照合を通じて総合的に評価されるのが通常である。 イ パブリックブロックチェーンの「公開性」と「仮名性」 ブロックチェーン、とりわけ誰でも許可を得ることなく自由に参加できるパブリックブロックチェーンに記録された暗号資産のトランザクションは、公開されているため、ノードを運用するか、ブロックチェーンエクスプローラー等を通じて、誰でも確認できる。 例えば、BitcoinやEthereumのような代表的なパブリックブロックチェーンでは、特定のアドレスに紐づく送受信履歴や現在残高(未使用トランザクション出力の合計額又はアカウント残高)は、ブロックチェーンエクスプローラーを通じて誰でも閲覧可能である。 このようなブロックチェーンはネットワーク全体の合意形成(コンセンサス)によって維持されている。この合意形成が機能している限りにおいては、改ざんが極めて困難な形でトランザクション履歴が保存されているという特徴がある。 ウォレットアドレスがわかれば、そのアドレスに関連づけられた暗号資産のトランザクションや残高を把握することができるが、そこから直ちに「同一主体によって管理されているCEX口座や他のウォレット」を把握できるわけではなく、ブロックチェーン分析やオフチェーン情報との照合を経て、関連性が評価されることになる。 注意すべきことに、暗号資産は匿名性が高いと誤解されがちであるが、実際にはブロックチェーンは“匿名”取引ではなく、アドレスに紐づく“仮名”取引のようなものである。すなわち、アドレス自体には氏名等の個人情報は含まれないが、ひとたび現実世界の身元情報と結びつけば、トランザクション履歴を横断的に追跡し、分析することが可能となる(本連載第79回・第80回参照)。 このように、ブロックチェーン分析は、暗号資産の追跡可能性・透明性に加えて、仮名性を前提とする調査手法である。 もちろん、ブロックチェーンには個人を特定する情報は記録されていない。 この点はしばしば「だから追跡は困難である」と理解される。しかし、実務上問題となるのは「ブロックチェーン単体で完結する情報」ではなく、「ブロックチェーン外部の情報と組み合わせた場合の特定可能性」である。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第184回】 Abalance株式会社 「第三者委員会調査結果報告書(2025年12月17日付)」 「検証委員会検証報告書(2026年2月20日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【Abalance株式会社第三者委員会による調査の概要】 【Abalance株式会社検証委員会による検証の概要】 【Abalance株式会社の概要】 Abalance株式会社(以下も、報告書上の表記と同じく「Abalance」と略称する)は、「株式会社リアルコミュニケーションズ」として、2000年4月に設立。ホールディングスであるAbalance傘下の事業会社として、グリーンエネルギー事業、太陽光パネル事業及びその他の事業を営む連結子会社を国内外に47社有している。 売上高72,417百万円、経常利益3,737百万円、資本金2,521百万円、従業員数1,713人(いずれも2025年3月期連結実績。なお、2025年3月期は決算期変更に伴い6ヶ月決算となっている)。代表取締役会長兼CEOの龍潤生氏が個人で発行済株式の24.43%を所有する筆頭株主である。本店所在地は東京都品川区。東京証券取引所スタンダード市場に上場。 会計監査人は、2025年3月期から有限責任中部総合監査法人、2024年6月期まではアスカ監査法人(異動日は2024年9月26日)。 【事案の経緯】 2024年1月22日 有償支給取引に関して売上と利益が計上されていたことが判明したことを受けて、監査等委員会が調査を開始 2024年2月13日 2024年6月期第2四半期決算発表の延期及び四半期報告書の提出期限の延長の検討に関するお知らせ 2024年3月14日 過年度の有価証券報告書等の訂正報告書の提出及び過年度の決算短信の訂正に関するお知らせ 2024年3月26日 調査報告書の受領に関するお知らせ 2025年8月12日 「第三者委員会設置に関するお知らせ」 2025年12月17日 第三者委員会の調査結果報告書公表に関するお知らせ 2025年12月25日 第三者委員会の調査結果報告書に対する検証委員会設置に関するお知らせ 2026年2月20日 検証委員会の調査報告書受領に関するお知らせ 2026年3月2日 検証委員会による「取締役等の責任及び新経営体制の在り方に対する提言」の公表に関するお知らせ 【第三者委員会による調査結果報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 Abalanceは、2024年3月13日付の監査等委員会による調査報告書(監査等委員会報告書)に基づき、同月14日に有価証券報告書等の訂正報告書の提出をしているが、この訂正等の原因となった不適切な会計処理を行った経緯・理由等についてさらに疑義が生じたことから、改めて調査・検証をするため、2025年8月12日、取締役会において、利害関係を有しない外部専門家のみを委員とする第三者委員会の設置を決議したうえで、9月2日、第三者委員会の委員を選定した。 2 第三者委員会による調査結果の概要 第三者委員会が調査の対象として取引、契約及び会計処理等は次のとおりである。 本稿では、後述する検証委員会による検証報告書との対立が際立っていることから、連結子会社であるWWB株式会社(以下「WWB」と略称する)で行われ、監査等委員会による調査の対象であった「有償支給取引の会計処理」に焦点を当てて、第三者委員会の評価を見ておきたい。 (1) 有償支給取引に係る会計処理 第三者委員会は、まず、「有償支給取引」を次のように定義した。 そのうえで、第三者委員会は、調査の結果、WWBの経理業務は、経営コストの合理化のためにAbalanceの経理部が担当していたところ、Abalanceでは 2022年6月期から収益認識に関する会計基準を適用しているが、それ以前から有価証券報告書記載の連結財務諸表においては有償支給取引を売上計上しないルールとなっており、WWBが実行した有償支給取引に係る売上・利益計上に対し、連結財務諸表作成過程で適正な連結修正仕訳を計上し、連結上の売上・利益計上を取り消していたことを指摘し、収益認識基準の適用如何にかかわらず有償支給時において収益認識すべきでない、つまり売上や利益を計上すべきでないと判断されていたとして、妥当な処理であると評価している。 しかし、2022年6月期及び2023年6月期においては、このような修正仕訳が計上されず、連結財務諸表上も有償支給取引による高額な利益がそのまま取り込まれており、第三者委員会は、この問題の本質は、連結修正仕訳の有無だけではなく、WWB 単体決算における有償支給取引の会計処理自体が不適切な点にもあったと指摘している。 (2) 第三者委員会による評価 第三者委員会は、WWBにおいて有償支給取引について売上を計上した会計処理について、誤謬ではなく不正会計(粉飾)であると結論づけている。 その理由として、第三者委員会は、有償支給取引各案件については、WWB等の経営陣から不適切な会計処理を行うよう直接的な指示があったことを示す客観的な証拠までは認められないとしながらも、Abalance経理部のみならずWWB営業部門は、各案件における取引が有償支給取引に該当し、連結ベースでは売上として認識できないことを十分に理解していたうえ、連結ベースで売上が誤って計上されないよう、他の案件と区別して分別して管理すべきであることについても、認識が共有されていたにもかかわらず、不適切な会計処理が継続されたという実態があることを指摘して、これらの会計処理は、単なる誤謬ではなく、認識可能であった不適切性を看過した結果として行われた意図的な虚偽の表示、すなわち不正な会計処理(粉飾)であると評価している。 (3) 監査等委員会調査報告書の評価 監査等委員会報告書では、有価証券報告書の訂正の対象となった不適切な記載は「意図的な不正(粉飾)によるものではなく誤謬」に起因するとされており、Abalanceは、2024年3月14日、監査等委員会報告書の内容に沿って、誤謬であったとの適時開示を行うとともに過年度の有価証券報告書等の訂正を公表している。 第三者委員会は、調査結果に基づいて、監査等委員会による調査期間中に、経営陣が監査等委員会の委員も巻き込む形で、第三者委員会や特別調査委員会の設置を何としても回避しようとしていた事実を指摘したうえで、監査等委員会報告書が「誤謬」と判断した理由については、不正会計(粉飾)であることを否定するには不十分であり、総合的にみて「誤謬」と結論づける根拠として採用することは困難であると結論づけた。 【検証委員会による検証報告書の概要】 1 検証委員会設置の経緯 Abalanceは、2025年12月17日付の第三者委員会による調査結果報告書(第三者委員会報告書)の提出を受けて、第三者委員会による再発防止策の提言に沿って再発防止策を策定、実行することとしたところ、第三者委員会報告書の個別の案件を含め、詳細に検証を進めたうえで適切な再発防止策を講じる必要性を認識したことから、経営の再構築及びステークホルダーの皆様からの信頼を取り戻すために必要な施策として、2025年12月25日、検証委員会の設置を決議し、2026年1月8日、検証委員会の委員3名を選定するとともに、検証を実施することとした。 検証委員会設置の必要性について、検証報告書では、第三者委員会報告書は、関係者が一部匿名化(記号化)されており、記号化された者が誰であるかを把握する必要があったこと、また、第三者委員会報告書記載の事実認定及び会計に関する見解について、根拠が示されていないものが多かったことを理由として挙げている。 検証委員会は、検証のために、第三者委員会に対して、第三者委員会報告書完成稿(実名版)及び第三者委員会報告書記載の事実認定及び会計に関する見解についての根拠資料の提供を求めたものの、第三者委員会委員長である本澤順子弁護士から、以下の理由により協力を拒絶されている。 検証委員会は、第三者委員会委員長本澤順子弁護士の挙げた理由について、反論したうえで疑義を述べているが、結果として、第三者委員会報告書の関係者の一部については不明のまま本検証を行うとともに、事実認定及び見解の根拠が不明なものについては、独自の調査に基づき、第三者委員会の認定の当否を検討することとなった。 2 検証委員会による検証結果の概要 検証報告書では、「総論」として、「第三者委員会報告書としての特殊性」と「不正の認定の根拠に関する問題点」を論じたうえで、「有償支給取引」に関する評価を行っている。 (1) 第三者委員会報告書としての特殊性 検証委員会は、Abalance第三者委員会による報告書が、通常の第三者委員会による報告書とは大きく異なっているとして次の3点を挙げている。 (2) 不正の認定の根拠に関する問題点 検証委員会は、第三者委員会報告書が、財務諸表の虚偽記載に関する「不正」(粉飾)の判断は、「故意」に限られず、通常の管理担当者であれば容易に識別し得たにもかかわらずこれを見逃したような「重過失」がある場合も、広義の「不正」に該当し得ることが会計上の慣行であるとして、監査等委員会報告書などの認定を否定し、会計処理を「不正」と認定している点につき、「不正の定義」及び「会計上の慣行」について検証を行っている。 その結論として、検証委員会は、不正の定義については、監査基準などの基準や公刊物において「意図的」であることを要素としていることは明らかであり、「重過失」の場合を「不正」と同視する見解は一切確認できないこと、また、上場企業の不祥事に関する報告書についても、会計上、重過失があるからといって「不正」と評価している報告書は皆無であったことを理由として、「通常の管理担当者であれば容易に識別し得たにもかかわらずこれを見逃したような「重過失」がある場合も、広義の「不正」に該当し得ることが会計上の慣行である」との第三者委報告書の見解は誤りであると判断した。 (3) 有償支給取引 検証委員会は、次いで、過年度決算訂正に至った有償支給取引の会計処理の問題について、Abalance経営陣、経理部門、事業主体であるWWB側の対応にどのような問題があったのかについて、独自にヒアリング等の調査を行い、その結果に基づき、これらの点についての第三者委報告書における記述を検証している。 検証委員会は、結論として、Abalance経理担当者としては、無難に会計処理を行って決算業務を完了させることで精いっぱいであって、適切な会計処理を行うという意識を持つ余裕すらなく、経理部門の体制が極めて脆弱であったことも、有償支給取引について不適切な会計処理が生じた大きな要因だったといえるという判断を示した。 【原因分析と再発防止策】 第三者委員会報告書、検証報告書ともに、不適切な会計処理について原因分析(問題点の指摘)と再発防止策(問題点の改善)について、調査結果に基づいて述べているので、比較検討するために、併記してその概要を見ておきたい。 1 原因分析(第三者委員会調査報告書123頁以下) 第三者委員会は、「はじめに」として、Abalanceグループにおいて様々な事案が生じたことにつき共通する原因としては、経営陣においてコンプライアンスが軽視され、内部統制が機能していなかったことが挙げられ、その主たる原因としては、グループの実質的なトップである龍潤生代表取締役会長兼CEO(第三者委員会報告書上の表記は「A氏」。以下、「龍会長」と略称する)のガバナンスへの理解の不十分さ、その他の経営陣におけるコンプライアンス意識の鈍磨、コンプライアンスを軽んじる企業風土にあると考えられるとして、次のように分類している。 第三者委員会は、龍会長について、「ガバナンスへの理解の不十分さ」に加えて、「証券市場ないし投資家等のステークホルダーの軽視」を挙げ、不適切な会計処理は、単に個別の会計処理や会社法上の手続に起因する問題ではなく、経営トップである龍会長の姿勢による証券市場ないし投資家等のステークホルダーの軽視の姿勢にも起因した問題に加えて、ガバナンス体制の脆弱性、内部通報や問題提起が機能しない組織風土といった、より構造的・本質的な問題も存在するものと評価できることから、これらの構造的要因を解消しなければ、類似の不適切行為が再び発生する可能性は排除できず、上場企業として持続的な信頼を確保することは困難であるという厳しい評価を述べている。 2 再発防止策の提言(第三者委員会調査報告書130頁以下) 第三者委員会は、「はじめに」として、Abalanceについて、コンプライアンスの重要性を見つめ、企業風土を回復、上場会社としてのガバナンス体制を適切に構築していくことが早急に求められると同時に、組織のトップがガバナンスを謳っていながら依然として改善していない現実を直視すると、抜本的な刷新が肝要・急務と言えると述べて、つぎのような再発防止策の提言を行っている。 第三者委員会は、龍会長が、グループの実質的な経営のトップかつ大株主であることを踏まえれば、その影響力を抜本的に除去しない限り、企業風土(龍会長の意向を忖度し牽制意見が機能しない)の健全化は見込めないとしたうえで、龍会長がグループの経営から速やかに退任することが、企業風土の再構築と牽制機能の回復に向けた第一歩と考えざるを得ないと述べている。 そのうえで、第三者委員会は、大株主である龍会長による実質的な支配力を排除しなければ、根本的かつ持続的なコンプライアンス体制の構築や、投資家をはじめとする利害関係者からの信頼回復は困難であるとして、龍会長の影響力を除去するためには、第三者による龍会長所有株式の買い取りや増資等によって株主としての影響力を低減・排除するための方策を検討する必要があるとしている。 3 コンプライアンス・ガバナンス上の問題点(検証報告書52頁以下) 検証委員会が指摘したコンプライアンス・ガバナンス上の問題点は次のとおりである。 監査等委員会が調査の結果、不適切な会計処理を「誤謬」と評価したことを否定した第三者委員会報告書に対して異議を表明した検証委員会ではあるが、監査等委員会自体の牽制機能は欠如していたと評価している。その理由として、検証委員会は、監査等委員会報告書で、経理部門の体制不備の問題は指摘されているが、その後、この問題をどのように解決し、管理部門全体の改善を果たしていくかは重大な課題であったにもかかわらず、監査等委員会としては管理部門の機能改善を厳しく監視監督し、改善が進んでいないのであれば、厳しく指摘するといった職務を果たしている様子はうかがわれないと述べている。 4 コンプライアンス・ガバナンス改善のための方策(検証報告書56頁以下) 検証委員会は、上記の問題点を改善するための方策として、次のように提言している。 検証委員会は、方策の第1に、「経営陣及び監査等委員会の刷新」を挙げて、龍会長(2025年12月26日、2026年3月6日付での辞任を公表)を始めとする現経営陣のコンプライアンス・ガバナンスに対する意識及び役職員の龍会長への忖度と委縮の心理が広く浸透している状況では、適切な会計処理や適時開示を行うための体制を構築することは不可能である。また、監査等委員会による牽制機能もおよそ果たされてないとしたうえで、Abalanceにおいては、経営陣及び監査等委員会を刷新し、早急に経営体制の見直しを図ることが必要であると提言している。 そのうえで、第三者委員会が龍会長(A氏)所有の株式の第三者による株式買い取りや、増資等、株主としての影響力を低減・排除するための方策を検討する必要があるとしている点について、検証委員会としては、龍会長の影響力除去のための施策として、株主構成については検討されるべきものと考えるが、龍会長の資産である保有株式について意見する立場にないものと思料すると提言するに留めている。 また、検証委員会は、「監査等委員会の監督機能の強化」として、会社に常駐し、リアルタイムで監視監督機能を果たすことができる常勤の監査等委員の選任は必須であると同時に、業務執行取締役との関係がなく、不適切な業務執行に対して強い態度で牽制することができる経験豊かな社外役員、特に会計基準や不正事例などに精通する公認会計士や弁護士などの財務会計法務の専門家を登用するなど、取締役会構成の見直しを積極的に行うべきであると提言している。 【検証委員会による取締役等の責任及び新経営体制の在り方に対する提言】 検証委員会は検証報告書のなかで、検証委員会の設置の目的には、取締役等各人の責任調査の実施、新経営陣の陣容、組織の在り方に対する提言も含まれており、検証委員会の検証結果を受けての Abalance及び関係者の対応を見極めた上でなければ、適切な判断を行うことは困難であるため、検証委員会は、報告書公表後のAbalanceの状況を踏まえて、別途検討結果を報告書として取りまとめる予定であると明記している。 そして、Abalanceが改善計画の策定方針を公表した後、3月6日、検証委員会による「取締役等の責任及び新経営体制の在り方に対する提言(2026年3月2日)」が公表されたので、概説したい。 1 検証委員会が対象とした取締役等とその法的責任 検証委員会が「取締役等の法的責任」について評価を行った者の氏名・役職とその結論は次のとおりである。 龍 潤生 代表取締役会長兼CEO 取締役からの退任は不可避である 任務懈怠責任は明らかである 光行康明 元代表取締役 2024年9月26日付で退任し、相談役に就任 契約関係の解消などの対応が必要となる 藤澤元晴 取締役副会長 2025年12月30日付で退任 上場企業であるAbalanceグループの取締役としての適格性には疑問があり、退任は不可避である 国本亮一 代表取締役社長兼COO 経理に精通し適正な会計処理に一定の役割を果たしてきたことから、その処遇は慎重に検討すべきである 日下部笑美子 社外取締役監査等委員 六川浩明 社外取締役監査等委員 本間勝 社外取締役監査等委員 日下部氏及び六川氏は2024年9月26日付で退任 監査等委員会調査の主体であったが、不適切会計について社外役員による中立的・客観的立場からの事実解明、再発防止を目的とする調査として不十分であり、Abalanceの混乱の要因になったと言わざるを得ない 本間氏については、監査等委員会委員長として、会計処理の適切性の確保のための体制構築や、不適切会計の事実解明に向けての職責を十分に果たしたとは言い難く、その責任は大きいと言わざるを得ない 2 新経営陣の陣容、組織の在り方に対する提言 検証委員会は、はじめに、ガバナンス、コンプライアンスの問題の根本的な要因となった大株主で代表取締役会長の龍会長が取締役から退任することが不可避としているが、海外子会社の経営に関する事項については、龍会長以外に知り得ない状況であることから、その改善方法として、会社分割等により海外子会社等の海外部門をAbalanceから切り離して独立させ、龍会長は海外部門の経営に専念することとし、国内部門に特化したAbalanceの経営からは完全に離脱することを提言している。 さらに、検証委員会は、新経営陣の陣容としては、新たなAbalanceグループの顔として、社内外から尊敬され、再建を託すに足る代表取締役及びこれを補佐するとともに代表取締役に意見具申することを怖れない事業面・管理面を統括する業務執行取締役、これらの業務執行取締役を厳しく監視監督するともに、事業面・管理面について適切な助言を行うことができる知見・経験に富んだ社外取締役が必要であると提言を続けている。 また、検証委員会は、監査等委員会の監督機能の強化は必須であり、会社に常駐し、リアルタイムで監視監督機能を果たすことができる常勤の監査等委員、会社や業務執行取締役との利害関係がなく不適切な業務執行に対して強い態度で牽制することができる経験豊かな社外役員、特に会計基準や不正事例などに精通する公認会計士や弁護士などの財務会計法務の専門家を登用する必要がある。 3 まとめ 検証委員会は、第三者委員会報告書について、「全体として多くの前提となる一般論の誤り、事実誤認、不適切な記述があり、龍会長と監査等委員会報告書等に対する感情的ともいえる批判に終始しており、日弁連第三者委員会ガイドラインに準拠した客観的・中立的な調査報告書とは言い難い」と批判したうえで、Abalanceの不適切会計処理を不正・粉飾と断定した形で公表されたことによって、上場企業である同社に致命的ともいえる打撃を与えただけでなく、第三者委員会報告書を受けた日本取引所による特別注意銘柄指定等により、上場企業として重大な危機に瀕していると現状を分析している。 【調査報告書の特徴】 第三者委員会報告書を受領したAbalanceが、検証委員会を設置するというリリースを目にした時、「報告書の認定を気に入らない経営陣が自分たちの責任を回避するためのオピニオンを手に入れるため」に別の委員会を立ち上げるのかと勘ぐっていたところ、検証委員会の委員長が郷原信郎弁護士であることが公表され、筆者の邪推は覆されたわけだが、いっぽう、第三者委員会と検証委員会とで、事実認定やその評価について見解が分かれてしまうのではないかという懸念を持っていた。 筆者の頭をよぎったのは、弁護士職務基本規程である。 条項には、「信義に反して」「不当に」という文言が明記されていることから、他の弁護士が作成した調査報告書を検証することが直ちに規程に違反することにはならないものと思料するが、結果的に、検証報告書は、第三者委員会報告書の認定を批判し、一部を否定する内容となっているのはこれまで説明してきたとおりである。 言葉を変えれば、第三者委員会は「不正会計(粉飾)」という結論を導くために、監査等委員会報告書を批判する構造を採っていたのに対し、検証委員会はその前提となる事実認定・会計慣行・調査手法そのものに疑義を呈し、第三者委員会の結論の妥当性を根本から問い直す形となっている。 監査等委員会による報告書も含めて、3通の報告書を作成することになったAbalanceの会計処理による影響を確認しておきたい。 1 公認会計士等の異動 Abalanceは、2024年7月29日、「公認会計士等の異動に関するお知らせ」をリリースして、それまで6年間継続して会計監査を担当してきたアスカ監査法人から、「翌期の監査品質を維持するための体制を組むことが困難である」ことを理由として、2024年9月26日に開催予定の第25回定時株主総会の終結の時をもって任期満了により会計監査人を退任するという通知を受領したことから、新たな会計監査人として、有限責任中部総合監査法人が就任することを公表した。 同リリースでは、過年度の有価証券報告書等の訂正については触れられていない一方で、監査法人の選任理由として、「会計監査人の交代により、新たな視点での監査が期待できることに加え、本監査法人の専門性、独立性、品質管理体制及び規模等を総合的に勘案した結果、当社の会計監査人として適任であると判断した」と説明されている。 2 半期報告書における会計監査人による「結論不表明」のレビュー報告書の提出 2026年1月13日、Abalanceが提出した半期報告書には、会計監査人である有限責任中部総合監査法人による、「結論を表明しない」ことを明記した期中レビュー報告書が添附されている。「結論不表明の根拠」は次のとおりである(一部文言を省略している)。 3 東京証券取引所による特別注意銘柄指定 東京証券取引所は、2026年1月30日、「特別注意銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求について」をリリースして、Abalance株式を特別注意銘柄に指定するとともに、上場契約違約金4,320万円の徴求を行うことを公表した。 リリースでは、特別注意銘柄指定の理由として、「上場会社の中間連結財務諸表に添付される期中レビュー報告書において結論不表明が記載され、内部管理体制等について改善の必要性が高いと認められるため」及び「企業行動規範の遵守すべき事項(業務の適正を確保するために必要な体制整備)の規定に違反し、内部管理体制等について改善の必要性が高いと認められるため」としており、いっぽう、上場契約違約金の徴求理由としては、「企業行動規範の遵守すべき事項(業務の適正を確保するために必要な体制整備)の規定に違反し、当取引所の市場に対する株主及び投資者の信頼を毀損したと認められるため」としている。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2026年3月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年3月1日から3月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 なお、四半期ごとの速報解説のポイントについては、下記の連載を参照されたい。 Ⅱ 企業内容等開示関係 次のものが公表されている。 ① 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等(識別された課題への対応にあたって参考となる開示例集を含む)について (内容:有価証券報告書の作成・提出に際して留意すべき事項等を記載) ② 「記述情報の開示の好事例集2025」の最終版 (内容:「MD&A、事業等のリスク」の開示例、「重要な契約等、コーポレート・ガバナンスの状況等」の開示例を追加) ③ 「人的資本可視化指針(改訂版)」等 (内容:企業が経営戦略と連動した人材戦略を策定し、企業価値向上につながる質の高い人的資本投資を実践・開示するために、人的資本投資・人材戦略を検討する際のフロー、どのような人的資本開示が企業と投資家の建設的な対話に有用であると考えられるか等について整理したもの) Ⅲ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」 (内容:サステナビリティ情報の保証業務に関する新たな実務指針) ② 品質管理基準報告書第1号「監査事務所における品質管理」及び品質管理基準報告書第2号「監査業務に係る審査」の改正 (内容:サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」等に伴うもの) ③ 法規・制度委員会研究報告第1号「監査及びレビュー等の契約書の作成例」の改正について (内容:主に、AI条項の追加、東証ヒアリング等への対応について改正するもの) ④ 期中レビュー基準報告書第1号「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」、期中レビュー基準報告書第2号「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー」及び期中レビュー基準報告書第2号実務ガイダンス第1号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める四半期財務諸表等に対する期中レビューに関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正 (内容:「期中財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第37号)等の公表を受けたもの) (了)
従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第20回】 「交通費不正受給を理由とする解雇の有効性」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社は、通勤手当や業務にかかる交通費などを従業員に対して支給していますが、支給にかかる手続が必ずしも十分に整備されておらず、その結果として、従業員による不正受給の事例が散見されます。 そこで、不正受給が認められるケースについては厳正に対処し、場合によっては解雇の対象とすることも検討していますが、その際に注意すべき点について教えてください。 【Answer】 まず、交通費申請に関する手続を整備し、領収書等の裏付け資料の提出がない限り支給を行わないといった仕組みを構築し、これを適切に運用することが重要です。 また、解雇の対象を詐欺的な不正受給に限定すること、懲戒解雇に限らず普通解雇も併せて検討すること、不正受給を行った従業員について勤務成績や勤務態度等の問題が認められる場合には、これらの事情も含めて解雇の根拠とすることなどが、実務上のポイントとなります。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 1 はじめに 交通費等の業務遂行に必要な費用について、使用者がこれを負担しなければならないとする一般的な法令上の義務は存在しないため、これらの費用を会社が負担するか、あるいは労働者に負担させるかは、労働契約や就業規則等により定めることが可能である。 もっとも、多くの会社においては、従業員に対して業務遂行に必要な交通費(通勤手当等)を支給しており、その運用の中で、交通費の不正受給が行われるケースも相当数存在している。 交通費の不正受給は、業務遂行に必要な費用であるかのように装って会社を欺き、会社から金銭の支払いを受ける行為であるから、詐欺罪(刑法246条)に該当し得る行為である。また、金銭の詐取は、直接的に会社に損害を与える行為でもある。 このような性質から、従業員による不正受給事案については、解雇処分をもって対応したいと考える会社も少なくないであろう。 しかしながら、交通費の不正受給が詐欺罪に該当し得る行為であるとしても、常に解雇が有効とされるわけではない。 以下では、交通費の不正受給を解雇の対象とするためのポイントについて説明する。 2 交通費の不正受給を解雇の対象とするためのポイント (1) 交通費支給に関するルールを明確に定めておくこと 例えば、東京地判平成26年2月5日は、多数回にわたり虚偽内容の交通費申請を行った従業員に対する懲戒解雇の有効性が争われた事案であるが、裁判所は、「直属の上司の決裁を得れば領収証を添付しなくても交通費の精算を受けることができるという交通費精算の仕組みを被告が採用していたことが、巧妙な手口とは言い難い本件行為が長期間にわたり反復継続されることとなった一因であることは否定できないこと」と述べ、これを理由の一つとして、懲戒解雇を無効と判断している。 不正を行いやすい環境が存在すれば、真面目で誠実な従業員であっても、不正に手を染めてしまう可能性は高まる。 交通費支給にかかる申請手続を整備し、領収書等の裏づけ資料の提出を義務付けるなど、厳格なルールを策定し、従業員が不正を行いにくい環境を整えることは、不正行為の抑止につながるだけでなく、懲戒処分の有効性を高めるという観点からも重要である。 (2) 詐欺的な不正受給を対象とすること 東京地判平成18年2月7日(光輪モータース事件)は、従業員が通勤経路を変更して交通費を節約していたにもかかわらず、会社に届け出ることなく、従前の通勤手当を受給していた事案について、懲戒解雇の有効性が争われたものである。 同判決は、当該行為について、当初から不正に通勤手当を過大請求する目的で不合理な通勤経路を申告したような、いわば詐欺的な場合と比較すると、その悪質性は高いとはいえないとして、懲戒解雇を無効と判断している。 詐欺的な不正受給とは、上記裁判例のような場合のほか、例えば、住居を移転したにもかかわらずこれを会社に届け出ず、従前の住所を前提とする通勤手当を受給した場合や、虚偽内容の交通費精算申請を行った場合などが該当するであろう。 (3) 懲戒解雇及び普通解雇の双方を検討すること 懲戒解雇は制裁罰としての性質を有するため、解雇権濫用法理の適用においては、普通解雇よりも厳格な審査がなされる。その結果、懲戒解雇は無効とされる一方で、普通解雇は有効と判断される場合があり得ること、また、懲戒解雇の意思表示に普通解雇の意思表示が当然に含まれるとする主張が認められないことは、拙稿【第3回】において述べたとおりである。 また、企業秩序違反を対象とする懲戒解雇とは異なり、普通解雇においては、当該従業員の勤務成績や勤務態度の不良といった事情も、解雇を裏付ける事実として主張できるという利点がある。 実際、東京地判平成2年7月27日(三菱重工業(相模原製作所)事件)では、懲戒解雇は無効とされたものの、勤怠等の事情を考慮した結果、普通解雇については有効と判断されている。 交通費の不正受給を行う従業員については、勤務成績や勤務態度等にも問題が見られることが少なくない。 そのため、不正受給を理由として解雇を検討する際には、他にも問題行為が存在しないかを当該従業員の上司等に確認することが有益である。 もっとも、仮に他の問題行為が確認されたとしても、それを裏付ける資料がなければ、訴訟等に発展した場合に、会社側の主張が認められにくくなるおそれがある。 従業員に対して解雇を含む不利益処分を適切に行うためには、問題行為や改善指導の経緯について日頃から記録を残しておくことが重要であり、交通費不正受給事案においても、この点が大きな意味を持つことになる。 (了)