2026年1月29日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.654を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第55回】 「「譲渡所得課税の趣旨」法理と「趣旨内競い合い」の遅れ挽回」 -土地譲渡代金割賦弁済事件・最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 本連載の方針(第1回Ⅰ参照)に従い拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)の叙述の順に、今回からは、譲渡所得課税に関する判例をいくつか取り上げ検討することにする。まず、譲渡所得課税の趣旨に関する最高裁の考え方からみておこう。 最判昭和43年10月31日訟月14巻12号1442頁(以下「昭和43年最判」という)は譲渡所得課税の趣旨について次のとおり判示した(下線筆者)。 この判示の下線部は、原々審・浦和地判昭和39年1月29日行集15巻1号105頁(以下「昭和39年浦和地判」という)の次の判示内容(下線筆者)、すなわち、「資産の利益が当該資産そのものの値上りという形で発生し、それが所有者に帰属しているから、その資産の増加益を所得としてこれに課税するという基本的課税理論」に立脚しつつも、「資産の値上りによる増加益を所得としてこれに課税する場合、厳密にいえば、当該資産の市場価値の一年内の増加額を毎年査定し、これに対して課税すべきであるが、かような方法は技術的に困難である。そこでこの所得に対する課税の時期を資産譲渡の時という特定の時にした、すなわち、資産の値上りによる増加益がある年間に生じた場合でもこれに対して課税することなく、資産が売却されるなどして、所得が現金その他に換価されたときに始めてその年分の所得として課税の清算を行なうことにしたのである。すなわち、これを規定したのが所得税法第9条第1項第8号である。」と判示した内容を是認し要約したものと解される。 昭和43年最判やそれが引用する昭和39年浦和地判が判示した譲渡所得課税の趣旨は、シャウプ勧告(Report on Japanese Taxation by the Shoup Mission, Volume III Appendix B Section D. 邦訳は福田幸弘監修=シャウプ税制研究会編『シャウプの税制勧告』(霞出版社・1985年)311頁によった(下線筆者)。以下におけるシャウプ勧告の引用は同書による)の中で次のとおり述べていたものと解されている(藤田良一「判批」税経通信33巻14号(1978年)98頁、99頁、清永敬次「判批」㋐別冊ジュリスト79号(租税判例百選〔第2版〕・1983年)70頁、71頁等参照)。 ここで「勧告にいう課税理論は、ヘイグ(Haig)やサイモンズ(Simons)の包括的所得概念を指すもの」(清永・前掲「判批」㋐71頁)と考えられる。ただ、包括的所得概念に従う場合でも、実際の制度上は、実現した利得(realized gain)のみに課税することはやむを得ないとされてきた(金子宏『所得概念の研究 所得課税の基礎理論 上巻』(有斐閣・1995年)57頁以下[初出・1975年]、前掲拙著【184】等参照)。 昭和43年最判における譲渡所得課税の趣旨に関する前記判示の下線部は、後で検討する土地譲渡代金割賦弁済事件・最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁(以下「昭和47年最判」という)で下記①のとおり(下線筆者)「当裁判所の判例」とされ、これが次回検討する財産分与者譲渡所得課税[名古屋医師]事件・最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁(以下「昭和50年最判」という)で下記②のとおり参照されて以降、判例法理として確立された、とみてよかろう(以下この判例法理を「『譲渡所得課税の趣旨』法理」という)。 「譲渡所得課税の趣旨」法理は、学説では、「増加益清算課税説」(三木義一編著『よくわかる税法入門〔第19版〕』(有斐閣・2025年)110頁等参照)ないし単に「清算課税説」(佐藤英明『スタンダード所得税法〔第4版〕』(弘文堂・2024年)85頁等参照)と呼ばれることが多い(前掲拙著【277】では第7版(2021年)までは「増加益清算課税説」と呼んでいたが、第8版(2025年)では「増加益実現時清算課税説」と呼ぶことにした)。 なお、「譲渡所得課税の趣旨」法理は、内容的には、山林所得課税の趣旨としても妥当するものとされた(最判昭和50年7月17日訟月21巻9号1966頁)。 Ⅱ 「譲渡所得課税の趣旨」法理と「趣旨内競い合い」随走 「譲渡所得課税の趣旨」法理は、大別して次の2つの部分から成ると整理することができる。すなわち、1つは、昭和43年最判の前記判示の下線部のうち前半の「資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益」を「所得」として課税するという部分(❶)であり、昭和39年浦和地判のいう「基本的課税理論」に立脚する部分である。もう1つは、後半の「その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する」という部分(❷)であり、所得税法は昭和39年浦和地判のいう「基本的課税理論」に「厳密に」従った課税方法が「技術的に困難」であることを考慮して譲渡所得課税を定めたという理解を述べる部分である。 筆者は従来から、「譲渡所得課税の趣旨」を上述のように2つの部分に区分し整理した上で、上記❶の部分が「譲渡所得の本質的意義(理論[包括的所得概念論]的意義)」を述べ上記❷の部分が「譲渡所得の実定法的意義」を述べているという理解を示してきた(前掲拙著【272】以下参照)。この2つの意義にそれぞれ対応する譲渡所得課税を、以下では、「譲渡所得課税❶」と「譲渡所得課税❷」ということにする。 前記Ⅰで引用したシャウプ勧告によれば、譲渡所得課税❶は、「発生した所得に対する厳格な課税理論」に従って「納税者の資産の市場価値の一年内の増加額」に対して毎年行われるべき課税であり、譲渡所得課税❷は、「納税者が、その資産を売却して 、利得を現金または他のより流動的な形態で実現する場合に限って」その「実現」した利得に対して行われる課税であり、「この実現が適当な期間内に行われる限り」譲渡所得課税❶が「僅かに延期された」にすぎないものである。 このように、譲渡所得課税❶と譲渡所得課税❷とは「譲渡所得課税の趣旨」の内部で並列的・一体的な関係にあるのではなく、課税時期の点ではむしろ譲渡所得課税❶が先行し譲渡所得課税❷が遅れるという関係にあると考えられる。 ここで、「譲渡所得課税の趣旨」の内部のこの関係(「趣旨内競い合い」)を陸上トラック競技に、譲渡所得課税❶と譲渡所得課税❷を陸上トラック競技で競い合う2人の走者にそれぞれ見立てると、シャウプ勧告では、譲渡所得課税❷は譲渡所得課税❶の「僅かに」後を随走するものとして想定されていた、といってよかろう。これに対して、その想定を外れ譲渡所得課税❷が譲渡所得課税❶に「無制限に」遅れる場合については、前記Ⅰでの引用部分に続けて、次のとおり述べられていた(福田監修=シャウプ税制研究会編・前掲書311頁。下線筆者)。 これは、「税制改革の方針の目的を十分に達成しようとするならば、キャピタル・ゲインの全額課税は、絶対に逸脱や妥協の許されない一点なのである。」(福田監修=シャウプ税制研究会編・前掲書311頁)とするシャウプ勧告の基本的立場を貫徹する提言であり、譲渡所得課税❷の「無制限の延期」の防止を必要とするものであるが、そのためにみなし譲渡課税が規定されたのである(旧所税5条の2。現行所税59条1項参照)。この点について、昭和43年最判は前記Ⅰでの引用部分に続けて次のとおり判示した(下線筆者)。 要するに、シャウプ勧告は、贈与・相続等による資産の無償移転の場合に起こり得る譲渡所得課税❷の「無制限の延期」をみなし譲渡課税によって防止し、もって「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の大きな(「無制限の」)遅れを明文のルールによって挽回し、譲渡所得課税❷が譲渡所得課税❶の「僅かに」後を随走するとの想定を維持しようとしたのである。 ただ、その後(特に昭和48年所得税法改正後は)、シャウプ課税の上記の想定は、原則として所得税法上維持されなくなり、代わって、譲渡所得課税❷の遅れは、取得費の引継ぎによる課税繰延べ(現行所税60条1項)によって所得税法上と正当化されることになった。 Ⅲ 「趣旨内競い合い」の遅れ挽回の試み 1 代金長期延払に係る譲渡所得の課税時期に関する裁判所の判断 ところで、シャウプ勧告の前記の想定がなお基本的に維持されていた当時、代金の長期延払による不動産売買の場合の「趣旨内競い合い」において譲渡所得課税❷のかなりの(部分的・逓減的な)遅れを認めるかどうかが争われたことがある。昭和47年最判の争点は、譲渡所得の課税時期について「要するに、代金の長期延払による譲渡所得について、そのような代金の延払によらない通常の譲渡所得におけると同じように課税するのが相当であるかどうか」(清永敬次「判批」㋑民商法雑誌69巻1号(1973年)159頁、164頁)であるが、これを「趣旨内競い合い」の観点から表現すれば、上記のようになろう。 原々審・熊本地判昭和38年2月1日行集14巻2号257頁(以下「昭和38年熊本地判」という)は、「譲渡所得課税の趣旨」法理(これが裁判所の判断で初めて採用されたのは昭和39年浦和地判においてであったと思われる)の登場前の判断であったためであろうか、本件の争点を「趣旨内競い合い」の観点からは捉えず、むしろ譲渡所得の年度帰属の観点だけから捉えた上で、下記のとおり判示して(下線筆者)、「衡平の見地から」、「本件においては権利確定主義の原則をそのままに適用すべきものではなく、例外的に現実収入主義を適用すべき場合であると認めるのが相当である。」として、本件がその例外の場合に当たる旨の判断を示したが、ただ、本件の争点を「趣旨内競い合い」の観点から捉え直すと、結局のところ、本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを認めたことになるといってよかろう。 これに対して、原審・福岡高判昭和41年7月30日訟月12巻10号1457頁(以下「昭和41年福岡高判」という)は下記のとおり判示して(下線筆者)、旧所得税法9条1項8号及び10条1項の規定を、「譲渡所得の本質」に立脚して「権利確定の時期を基準として譲渡所得の帰属年度を決すべきもの」として理解し、本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを認めなかった。 昭和47年最判も結論としては昭和41年福岡高判と同じく本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを認めなかったが、ただ、同最判は次のとおり判示して(下線筆者)その結論を「譲渡所得課税の趣旨」法理(昭和43年最判)だけから導き出した。 2 「趣旨内競い合い」の遅れ挽回の法的根拠 昭和38年熊本地判は、控訴審・昭和41年福岡高判のように「譲渡所得の本質」あるいは上告審・昭和47年最判のように「譲渡所得に対する課税制度の本旨」(「譲渡所得課税の趣旨」法理)には言及せず、専ら「権利確定主義」及び「現実収入主義」の妥当範囲の観点から譲渡所得の課税時期について判断を示したが、上級審の判断との関係では、権利確定主義が譲渡所得の課税時期の判断基準として「常に絶対的なものではな[い]」旨を判示したところに重要な意義があると考えられる(同熊本地判を支持する見解として清永敬次「判批」㋒シュトイエル15号(1963年)1頁参照)。 この判示は、「収入すべき金額」(旧所税10条1項)に関する「『権利の確定』について法はなにもいつていない。」(清永敬次「判批」㋓シュトイエル56号(1966年)16頁、20頁)という正当な指摘(権利確定主義が「収入すべき金額」の解釈によって定立された規範でないとの筆者の見解については前掲拙著【336】参照)に照らして、妥当であると考えられる。その妥当性は、その後、利息制限法制限超過利息[所得税]事件・最判昭和46年11月9日民集25巻8号1120頁(以下「昭和46年最判」という)がいわゆる管理支配基準を示したこと(前掲拙著【335】参照)から、より一層明らかになったといえよう。 しかし、昭和38年熊本地判のように、代金の長期延払に係る譲渡所得の課税時期を現実収入主義によって判断することを認めてしまうと、当該譲渡所得に対する課税(譲渡所得課税❷)が前記Ⅱでみたシャウプ勧告の想定から外れることになってしまう。その結果生じる譲渡所得課税の遅れを挽回するために、昭和41年福岡高判は、昭和39年浦和地判がシャウプ勧告に立脚して判示した譲渡所得課税の趣旨に相当する「譲渡所得の本質」を援用し、これに基づき権利確定主義による譲渡所得の課税時期の判断を補強し、もって本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを挽回しようとしたものと解される。 これに対して、昭和47年最判は、昭和46年最判による管理支配基準の採用により権利確定主義のいわば「絶対性」の崩壊が明らかになったこと(清永・前掲「判批」㋑166頁はこのことを示唆するように思われる)に加え、本件当時の通達上の割賦販売の取扱いや昭和40年全文改正後の所得税法132条による延払条件付譲渡に係る所得税額の延納(同166-167頁参照)をも考慮して、譲渡所得の課税時期の判断について権利確定主義を援用せず、「譲渡所得課税の趣旨」法理のみによってその判断を行ったものと解される。すなわち、昭和47年最判については、「帰するところ当該資産の所有権の移転の時に譲渡所得にかかる収入金額が発生するとする考え方に立っていることは明らかであろう。そして、とくに代金の支払が長期にわたるような場合でもこれと別異に解すべきではないとした点に本判決の意義が存在するのである。」(同166頁)との理解が示されているところである。 しかし、譲渡所得の課税時期の判断を「譲渡所得課税の趣旨」法理のみによって行い、もって本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを挽回しこれが譲渡所得課税❶の「僅かに」後を随走するようにするのは、無理があるように思われる。というのも、「譲渡所得課税の趣旨」法理は、あくまでも譲渡所得課税の趣旨を述べるものにすぎず、実定租税法規そのものではなく、「趣旨内競い合い」の遅れ挽回の法的根拠としては薄弱なものといわざるを得ないからである(なお、「租税法規の趣旨・目的の法規範化論」の問題性については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第7回Ⅲ参照)。 この点については、確かに、下記のとおり説いて(下線筆者)昭和47年最判を擁護する見解(堺澤良「判批」税経通信28巻6号(1973年)209頁、215-216頁。渡辺徹也「判批」別冊ジュリスト178号(租税判例百選〔第4版〕・2005年)74頁、75頁も参照)もあるが、しかし、無償譲渡の場合についてみなし譲渡課税を定めるような明文の規定が、本件のような代金の長期延払の場合については定められていない以上、そのような擁護論にも無理があるように思われる。 そうすると、昭和47年最判が前記引用のとおり「割賦払いの期間が長期にわたるときは、売主は、初年度において現実に入手した代金額が過少であるにもかかわらず、より多額の納税を一時的に必要とすることになるわけで、これはもとより好ましいことではないが、前述のように、年々に蓄積された増加益が一挙に実現したものとみる制度の建前からして、やむをえないところといわなければならない。」と判示したのは、妥当でないように思われる。そのような判示をもって、本件において「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れの挽回を正当化するのは、譲渡所得に対する課税制度に対して無理を強いる過重な負担を課すことになると考えられる。 むしろ、昭和38年熊本地判のように、本件においては「衡平の見地から」延払支払期ごとに当該譲渡所得に対して部分的に課税していく考え方によるのが妥当であると考えるところである。その考え方によれば、「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷がかなり遅れることになるとしても、その遅れは、贈与・相続等の無償譲渡の場合のみなし譲渡課税のような特別な措置を所得税法上定める立法によって、挽回すべきものであって、司法に対する租税法律主義の要請としての司法的救済保障原則(前掲拙著【27】参照)の下では、裁判所とりわけ最高裁判所は「衡平の見地」を重視して(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)119頁以下、特に136-138頁[初出・2022年]参照)、本件における「課税上の衡平」の実現を追求すべきであったように思われる(清永・前掲「判批」㋑167-168頁も参照)。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、昭和43年最判によって示されその後判例法理として確立されるに至った「譲渡所得課税の趣旨」法理について、本質的・理論(包括的所得概念論)的観点からみた譲渡所得課税❶と実定法的観点からみた譲渡所得課税❷とが課税時期の点で同法理の内部で競い合う関係にあると考えた上で、「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れをシャウプ勧告の想定内にとどめるためにその遅れを挽回する措置ないし法的根拠を検討した。 昭和43年最判は、みなし譲渡課税の事案において「譲渡所得課税の趣旨」法理を判示したものであるが、そうであるが故に、シャウプ勧告の想定どおり「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れをみなし譲渡課税によって挽回することができ、その遅れの問題性を顕在化させることはなかった。 これに対して、昭和47年最判は、不動産譲渡代金の長期延払の事案において「譲渡所得課税の趣旨」法理を判示し、これのみによって「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを挽回しようとしたものであったがために、譲渡所得に対する課税制度に対して無理を強いる過重な負担を課すことになった。 昭和47年最判をこのように理解すると、同最判には「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」の始まりを認めることができるように思われる。ここで「独走」という表現は、昭和50年最判に対する下記の論評(竹下重人「判批」別冊ジュリスト79号(租税判例百選〔第2版〕・1983年)76頁、77頁。下線筆者)から、借用したものであるが、次回検討する昭和50年最判では、まさに「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」がより一層顕著になり、「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れの問題性が拡大・増幅され、昭和47年最判とは異なる意味・文脈でも検討を要することになったと考えるところである。 (了)
グループ企業の税務Q&A 第 1 回 グループ通算制度を適用していて 譲渡損益調整資産が通算子法人株式の場合 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター/税理士 川瀬 裕太 ◆連載開始にあたって◆ グループ企業に特有の税務として、グループ法人税制、組織再編税制、グループ通算制度などがあり、各制度は複雑で導入や適用にあたっては多くの注意点があります。 本連載ではそれら実務上の注意点を取り上げQ&Aの形式で解説を行いますが、その中でも特に、一方の制度を適用した場合に他方の制度にどのような影響があるかといった制度横断的な論点を中心に取り上げ、わかりやすく解説を行いたいと思います。 * * * ◆ ◆ ◆〈解説〉◆ ◆ ◆ 1 グループ法人税制 (1) 譲渡利益額又は譲渡損失額の繰延べ 内国法人(普通法人又は協同組合等に限ります)がその有する譲渡損益調整資産(下記(2)参照)をその内国法人との間に完全支配関係がある他の内国法人(普通法人又は協同組合等に限ります)に譲渡した場合には、その譲渡損益調整資産に係る譲渡利益額又は譲渡損失額に相当する金額は、その譲渡した事業年度の所得の金額の計算上、損金の額又は益金の額に算入することとされています(法法61の11①)。 (2) 譲渡損益調整資産 譲渡損益調整資産とは、固定資産、土地(土地の上に存する権利を含み、固定資産に該当するものを除きます)、有価証券、金銭債権及び繰延資産で一定の資産以外の資産をいいます(法法61の11①、法令122の12①)。 なお、譲渡損益調整資産から除かれる一定の資産は、次に掲げる資産をいいます(法令122の12①)。 (3) 譲渡直前の帳簿価額が1,000万円に満たないかどうかの判定 譲渡直前の帳簿価額が1,000万円に満たない資産かどうかの判定単位については、次に掲げる資産の区分に応じその定めるところにより区分した単位とされています(法令122の12①三、法規27の13の2、27の15)。 (4) 繰り延べられた譲渡利益額又は譲渡損失額の計上 内国法人が譲渡損益調整資産に係る譲渡利益額又は譲渡損失額につき譲渡損益の繰延べの適用を受けた場合において、譲渡を受けた法人において、その資産の譲渡、償却、評価換え、貸倒れ、除却等が生じたとき、譲渡した法人と譲渡を受けた法人との間の完全支配関係がなくなったとき、譲渡法人がグループ通算制度の開始・加入・離脱等に伴う時価評価を行うこととなったときには、繰り延べられた譲渡利益額又は譲渡損失額を計上することとされています(法法61の11②③④、法令122の12④)。 2 譲渡対象資産が通算子法人株式の場合 (1) 譲渡利益額又は譲渡損失額の繰延べ 他の通算法人の株式で当該他の通算法人以外の通算法人に譲渡されたものは、完全支配関係がある法人の間の譲渡損益の調整の対象外となる「譲渡の直前の帳簿価額が1,000万円に満たない資産」から除かれており、帳簿価額が1,000万円に満たないときであっても、譲渡損益が計上されないこととなります(法令122の12①三)。 (2) 繰り延べられた譲渡利益額又は譲渡損失額の非計上 通算法人が譲渡損益調整資産に係る譲渡利益額又は譲渡損失額につき譲渡損益の繰延べの適用を受けた場合において、譲渡損益調整資産の譲渡が他の通算法人(損益通算の規定の適用を受けない初年度離脱通算子法人及び通算親法人を除きます)の株式の当該他の通算法人以外の通算法人に対する譲渡であるときは、その譲渡損益調整資産については、上記1(4)の繰り延べられた譲渡利益額又は譲渡損失額の計上の規定は適用せず、譲渡利益額又は譲渡損失額を益金の額又は損金の額に算入することはありません(法法61の11⑧)。 なお、譲渡損益を計上しないこととされた他の通算法人の株式の譲渡利益額に相当する金額から譲渡損失額に相当する金額を減算した金額については、利益積立金額の期末の増加項目とされています(法令9一チ)。 3 本件へのあてはめ 通算子法人A社がC社株式(通算子法人株式)を通算子法人B社に対して譲渡した場合、通算グループ内で通算子法人株式を譲渡することとなるため、帳簿価額が1,000万円に満たないときであっても、譲渡損益調整資産に該当し、グループ法人税制の規定により譲渡利益額又は譲渡損失額が繰り延べられます。 通算グループ内の通算子法人株式の譲渡に伴い、通算子法人A社がC社株式(通算子法人株式)に係る譲渡利益額又は譲渡損失額につき譲渡損益の繰延べの適用を受けた場合には、損益通算の規定の適用を受けない初年度離脱通算子法人株式及び通算親法人株式を除き、繰り延べられた譲渡利益額又は譲渡損失額を計上する規定が適用されないため、C社株式(通算子法人株式)について繰り延べられた譲渡利益額又は譲渡損失額が再度計上されることはありません。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例154(法人税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(賃上げ促進税制) (1) 原則(措法42の12の5①) 青色申告書を提出する法人が、令和4年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度(設立事業年度、解散(合併による解散を除く。)の日を含む事業年度及び清算中の各事業年度を除く。以下同じ。)において国内雇用者に対して給与等を支給する場合において、その事業年度においてその法人の「継続雇用者給与等支給額」からその「継続雇用者比較給与等支給額」を控除した金額のその「継続雇用者比較給与等支給額」に対する割合が3%以上であるときは、その法人のその事業年度の所得に対する法人税額から、その法人のその事業年度の「控除対象雇用者給与等支給増加額」の10%を控除する。ただし、法人税額の20%相当額が限度となる。 (2) 中小企業等の特例(措法42の12の5③) 中小企業者等(適用除外事業者に該当するものを除く)が上記(1)の適用を受ける事業年度を除き、平成30年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度において国内雇用者に対して給与等を支給する場合において、その事業年度においてその中小企業者等の「雇用者給与等支給額」からその「比較雇用者給与等支給額」を控除した金額のその「比較雇用者給与等支給額」に対する割合が1.5%以上であるときは、その中小企業者等のその事業年度の所得に対する法人税額から、その中小企業者等のその事業年度の「控除対象雇用者給与等支給増加額」の15%を控除する。ただし、法人税額の20%相当額が限度となる。 ◆中小企業者等の法人税率の特例(法66②⑤、措法42の3の2①) 普通法人のうち中小企業者等の各事業年度の所得の金額のうち年800万円以下の部分に適用される税率を15%(本則課税19%)に軽減する。 ◆中小企業者(措令27の4⑰) 資本金の額若しくは出資金の額が1億円以下の法人のうち次に掲げる法人以外の法人又は資本若しくは出資を有しない法人のうち常時使用する従業員の数が1,000人以下の法人。 ◆適用除外事業者(措法42の4⑲八) 中小企業者のうち、その事業年度開始の日前3年以内に終了した各事業年度(以下「基準年度」という。)の所得の金額の合計額を各基準年度の月数の合計数で除し、これに12を乗じて計算した金額が15億円を超える法人をいう。 ◆適用除外事業者が制限を受ける中小企業向け特例 中小企業者が適用除外事業者に該当する場合には、主に次のような法人税関係の中小企業向けの各租税特別措置の適用を受けることができない。 中小企業者等の法人税率の特例(措法42の3の2①) 研究開発税制(措法42の4④~⑥) 中小企業投資促進税制(措法42の6①②) 地方拠点強化税制(措令27の11の3) 中小企業経営強化税制(措法42の12の4①②) 賃上げ促進税制(措法42の12の5③) 被災代替資産等の特別償却(措法43の2①②) 特定事業継続力強化設備等の特別償却(措法44の2①) 中小企業者等の貸倒引当金の特例(措法57の9①②) 中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例(措法67の5①) (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第56回】 「中古の機械及び装置について、設備の相当部分が中古資産によって成り立っていると評価することができる場合に該当しないから、簡便法による耐用年数での償却が認められなかった事例」 税理士 菅野 真美 ▷減価償却と耐用年数 有形固定資産には、時の経過や使用により価値の減少するものと、このような理由により価値の減少しないものに分かれる。時の経過や使用により価値の減少するもの(減価償却資産)については、使用可能期間に応じ、一定のルールにより価値の減少部分を費用化する減価償却という方法が用いられる。 減価償却を行う際に、必ず決めるものが、使用可能期間、すなわち、耐用年数である。この耐用年数は、資産の種類や使用状況等により変化するため当初に見積もることは難しい。 しかし、耐用年数を恣意的に決めると租税回避に利用されかねないので、税務上、損金又は必要経費に算入できる減価償却費や耐用年数については、減価償却資産の耐用年数等に関する省令で定められている。 ▷中古資産の耐用年数と簡便法 減価償却資産は新品の時だけに購入等するとは限らない。中古の減価償却資産を取得してから、事業の用に供する場合の耐用年数について、新品と同様の耐用年数を使用するのは不合理である。 耐用年数省令3条第1項において中古資産の耐用年数が定められている。中古資産については、その資産をあと何年使えるかを合理的に見積もる方法(見積法)(同条1項1号)により計上することが認められているが、適切な見積耐用年数を見出すのは難しい。そこで、中古資産を事業の用に供するために支出した金額が、取得価額の100分の50相当額以下の場合には、次の算式による方法(簡便法)(同条1項2号)で償却することも認められている。 【簡便法】 法定耐用年数の全部を経過した資産 法定耐用年数×20% 法定耐用年数の一部を経過した資産 (法定耐用年数-経過年数) +経過年数× 20% ただし、減価償却資産を事業の用に供するに当たって支出した資本的支出の金額が減価償却資産の再取得価額の100分の50に相当する金額を超えるときは、法定耐用年数により償却をしなければならない(耐用年数通達1-5-2)。 ▷機械及び装置における「総合償却」の壁 ところで、中古資産である機械及び装置についても簡便法の適用は認められている。しかし、複数の資産により構成される設備の稼働によってはじめて、本来の機能を発揮し、収益の獲得に寄与するものであるから、個々の償却資産毎に耐用年数を決めて償却するのではなく、設備を構成する一体のものについては、共通の耐用年数で償却費を計算する総合償却法が用いられている。 設備の一部の機械が使用できなくなったために中古の機械及び装置を購入した場合の耐用年数を個別に算定していいのかという問題が生ずる。法人が工場を一括して取得する場合等別表第二(機械及び装置)に掲げる一の「設備の種類」又は「種類」に属する資産の相当部分につき中古資産を一時に取得した場合に限り、総合耐用年数を見積って中古資産以外の資産と区別して償却することができる(耐用年数通達1-5-8)。この相当の部分とは、取得した資産の再取得価額の合計額が、その資産の属する設備全体の再取得価額の合計額のおおむね100分の30以上(耐用年数通達1-5-10)と定められている。 今回は、中古の機械及び装置を取得し、資本的支出をした場合の耐用年数について、簡便法で償却できるかで争われた事案を検討する。 ▷どのような事案か 化粧品及び医薬部外品の製造業を営む法人が、法定耐用年数の全部又は一部経過した機械及び装置を取得し、資本的支出をして事業の用に供した。そして、簡便法による耐用年数(2年、3年)で減価償却を計算して申告をしたところ、課税庁から、本件機械及び装置は総合減価償却資産に該当し、法定耐用年数(8年)で償却をすべきであるとして更正処分等をした。この処分に不満な法人が審査請求をしたが棄却され、不服な法人が訴訟を提起したのが本件である。 本件で問題となった機械及び装置の取得価額は以下のとおりである。 充填機 (法定耐用年数全部経過) 4,463,500 円 充填機の資本的支出 6,400,000 円 包装機 (法定耐用年数一部経過) 1,593,000 円 合計 12,456,500 円 本法人の機械及び装置の取得価額 535,695,322 円 ▷争点 争点は、設備の一部を構成する中古資産を取得した場合における耐用年数省令3条1項2号(簡便法)の適用と、各資産の耐用年数である。 ▷判決 判決は、納税者の請求を棄却した。 「機械及び装置」については、設備を構成する各資産を個別の償却年数により償却するのではなく、それらを一体のものとして共通する耐用年数で償却する総合償却法を採用している。だから、耐用年数は、設備の種類ごとに「細目」を定め、「細目」も、事業の目的に応じて、どのような製造等に用いられている設備であるかによって総括的に定められている。 このような機械及び装置について、簡便法が適用されるためには、総合償却法との整合が取れるような場合に限られる。すなわち、法人が既に稼働している工場を一括で取得した場合など、設備の相当部分が中古資産によって成り立っていると評価することができる場合に限られる。 ▷各資産の耐用年数 工場において化粧品等の生産に用いられる各種機械は、各部門の連携の下で、多種類の化粧品等を生産するという目的を実現しているものであるから、各部門に属する資産は、連動あるいは連携して、集団的に生産手段として用いるものということができる。したがって、これらの資産の総体が、耐用年数表にいう「設備」の単位となる。 機械及び装置の取得価額について535,695,322円で申告しており、 設備を構成する各資産の再取得価額の合計金額も同程度と推認される。 他方、取得した各資産の合計額は12,456,500円であるから 設備総額の約2.3%である。また法人が主張する充填機の再取得価額が42,500,000円を考慮したとしても取得した各資産の合計額が50,493,000円であるから設備総額の約9.4%である。よって、各資産が設備の相当部分を占めるものといえない。 したがって、各資産について簡便法を適用することができず、法定耐用年数によるべきである。化粧品等の生産設備の一部を構成する資産だから、「化学工業用設備」の細目「その他の設備」に該当し、法定耐用年数は8年となる。 本件は、控訴したが控訴審でも棄却され、上告及び上告受理申立てをしたが、上告審でも上告は棄却され、不受理となり確定している。 このように総合償却が適用される機械及び装置の場合は、取得した単体の中古資産だけを切り出して簡便法で耐用年数を適用することには厳しい制約がある。機械及び装置の取得価額は高額なことが多く、耐用年数の間違いによる追加税額も大きくなるから、中古の機械及び装置を取得した場合の簡便法による耐用年数の適用には慎重な検討が必要である。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第85回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 ク CARFとプライベートウォレットアドレスの情報 CARFにおける情報交換の対象となる税務情報には、暗号資産の残高情報は含まれていないものの、利用者や事業体に係る実質的支配者の氏名、住所・所在地、居住地国、納税者番号、生年月日、出生地のほか、報告対象となる暗号資産の種類、法定通貨による購入や売却、暗号資産の交換、受領及び移転に係る暗号資産の名称、総額、総数量、件数などが含まれる(本連載第73回の29(1)参照)。 このようにCARFでは、取引件数や総数量など一定期間における集計データも含めて報告対象としており、定量的把握によって課税対象取引・取引額の検出を可能とする設計が採用されている。 他方、CARFでは、単純な売買取引にとどまらず、暗号資産の移転や取得を伴う様々な経済活動についても、RCASPによる把握が可能である限り、その内容に応じて、取引タイプとして分類され、報告対象となる。 このような取引タイプには、以下のようなものが含まれる。 (※) UK LAW COMMISSION, DIGITAL ASSETS: FINAL REPORT xv(2022); ETHEREUM.ORG, Blocks(last updated November 28, 2025)参照。 こうした取引は、従来の金融資産とは異なる報酬メカニズムを伴うため、その経済的価値や取得原因の特定が、実務上の課題となりうる。 CARFにおいては、取引の正確な内容までを把握するのではなく、RCASPが認識している取引タイプに従って報告情報を整理することに主眼が置かれている。したがって、RCASPの取引分類能力や取引内容のラベル付けの精度が、報告制度全体の正確性と実効性に直結する可能性がある。 今後はRCASPに対する明確な分類基準の提供や監査可能性の確保が論点に上がってくるかもしれない。 ところで、CARFは、外部のウォレットアドレスに暗号資産が送付されている場合に、RCASPにそのウォレットアドレスの報告を義務付けるものではない。 当初の草案ではウォレットアドレスも報告対象であったが、業界からの要望により変更されたようである。 代替策として、税務当局はフォローアップ要請を利用して、特定のウォレットアドレスに係る情報(5年間以上、保存する義務あり)を追加で入手することが可能であるとされている。 しかしながら、5年以上保存義務では場合によっては更正の期間制限を徒過することになるし、結局、代替策が有効に機能せずに、プライベートウォレットと分散型アプリケーションがもたらす課税の抜け穴を放置することになりはしないかといった問題がある(See OECD, INTERNATIONAL STANDARDS FOR AUTOMATIC EXCHANGE OF INFORMATION IN TAX MATTERS: CRYPTO-ASSET REPORTING FRAMEWORK AND 2023 UPDATE TO THE COMMON REPORTING STANDARD 4, 21, 35, 48(2023) ; Roger Brown & Norman Hannawa, Reporting Obligations of the OECD Crypto Asset Reporting Framework, CHAINALYSIS (Oct. 25, 2022)、Bob Michel, EU Ambition for DAC8 Transparency on Crypto Is Cut Short by Failure to Think Outside the OECD Box, TAX JUSTICE NETWORK (May 25, 2023))。 なお、日本版CARFにおいても、報告暗号資産交換業者等は、利用者(暗号資産等取引実施者)に係るプライベートウォレットのアドレスの情報までを所轄税務署に報告しなければならないとされているわけではない。 ただし、暗号資産等の移転や受け入れに係る取引も報告対象に含まれており、ここには外部のプライベートウォレットに移転をした又は外部のプライベートウォレットから受け入れた暗号資産等が含まれるであろう。 よって、税務当局が、報告暗号資産交換業者等に積極的に働きかけて利用者に係る外部のプライベートウォレットのアドレスの情報を当該業者等から入手することは可能である。 この点について、報告暗号資産交換業者等による報告事項の提供に係る税務職員の質問検査権が設けられている。 すなわち、国税庁、国税局又は税務署の当該職員は、報告事項の提供に関する調査について必要があるときは、その報告事項の提供をする義務がある者に質問し、その者の報告対象契約に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又はその物件(その写しを含む)の提示若しくは提出を求めることができるほか、報告事項の提供に関する調査について必要があるときは、その調査において提出された物件を留め置くことができる(実特法10の13①②、実特規16の21、通令30の3)。 上記の質問検査権が元来報告対象外である外部のプライベートウォレットのアドレスに関する事項や物件等についてまで及ぶかどうかは明らかにされていないが、少なくとも国税庁は「及ぶ」と考えるであろう。 なお、日本版CARFにおいては、例えば次に掲げる行為をした者に対して、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金を用意することで、制度の実効性を確保している(実特法13④)。 また、暗号資産等取引を行った者等による報告事項の提供の回避を主たる目的とする行為等があった場合の特例を設けている。 すなわち、暗号資産等取引を行った者、その関係者又は報告暗号資産交換業者等が、その暗号資産等取引に係る契約に関する報告事項について、その提供を回避することを主たる目的の1つとしてその報告事項に係る行為を行った場合等には、その行為がなかったもの等として日本版CARFが適用される(実特法10の11)。 例えば、報告暗号交換業者等との間で暗号資産等の売買を行った者が、その居住地国をCARF不参加国に変更しない場合にはその取引情報を税務当局に報告されてしまうため、これを回避する目的をもって当該CARF不参加国に住所移転手続等を行うことなどが、上記の行為に該当するものと考える。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第89回】 「外国子会社配当益金不算入規定における 外国子会社の判定基準(地判令3.9.28)(その2)」 ~法人税法23条の2第1項、法人税法施行令22条の4第1項~ 滋賀大学准教授・税理士 金山 知明 6 判決の要約 大阪地裁は、次のように判断して、Xの主張を退けた。 (1) F社は施行令22条の4第1項2号に規定する「外国子会社」の要件を満たさない〔《争点2》についての判示〕 施行令22条の4第1項2号の「議決権のある株式又は出資の数又は金額」については、①「議決権のある株式の数」、②「議決権のある株式の金額」、③「議決権のある出資の数」及び④「議決権のある出資の金額」の4通りを意味すると解しても、いずれも不合理なものとはいえないから、上記の4通りと解するのが文理上は自然ということができる。 F社は株式を発行する法人であるから、F社がXの「外国子会社」に該当するか否かは、「議決権のある株式の数」又は「議決権のある株式の金額」の各保有割合に係る要件により判定し、③「議決権のある出資の数」又は④「議決権のある出資の金額」の各保有割合に係る要件によって判定することはできないものというべきである(※5)。 (※5) その根拠につき、株式発行法人に対する影響力は、出資でなく、保有する株式の数・内容に反映されるのが通常であることを挙げている。 ①の「議決権のある株式の数」の保有割合について、本件配当日において、F社が発行する議決権のある株式の総数は201株であり、そのうちXが保有するF社の議決権のある株式の数は1株であるから、F社の議決権のある株式の総数に占めるXが保有するF社の議決権のある株式の数の割合は、201分の1であって、100分の25に満たない。 ②の「議決権のある株式の金額」については、Xが本件配当日において保有していたクラスC株式とは、議決権はあるものの、額面金額がない株式であるため、Xが有するF社のクラスC株式について、「議決権のある株式の金額」は存在しないというべきである(※6)。したがって、F社は、その発行済株式等のうちの②「議決権のある株式の金額」のうちにXが保有している当該株式の金額の占める割合が100分の25以上であるという要件を満たさない。 (※6) 判決は、法人税法その他の関係法令には、「株式の金額」の定義を定めた規定はないが、その文理に照らせば、「株式の金額」とは、株式の額面金額をいうものと解するのが相当であるとする。 以上によれば、F社は、施行令22条の4第1項2号に規定する「外国子会社」の要件を満たさない(※7)。 (※7) 判決は、OECDモデル租税条約10条2項(a)の文言や、カナダ事業法人法の議決権割合の異なる株式発行を許容する規定を踏まえたXの主張に対しても、それらの規定は、我が国の法令解釈に直ちに影響を及ぼすものではないとして退けている。また、「外国子会社」に該当するか否かを個別的に判断すべきであるとのXの主張は、「外国子会社」について簡明な判定基準とすることを許容する法人税法23条の2第1項の委任の趣旨にも反しており、これはOECDモデル租税条約の10条2項に対するコメンタリーの内容にも左右されるものではないと述べる。 (2) 施行令22条の4第1項は法人税法23条の2第1項に適合する〔《争点3》についての判示〕 法人税法23条の2第1項が外国子会社配当益金不算入制度の対象となる「外国子会社」の定めを政令に委任した趣旨は、適切な二重課税の排除を維持しつつ、間接外国税額控除制度よりも簡素な制度とし、内国法人が外国で得た所得の我が国への所得の還流をより促進するという同項の産業政策的な趣旨に整合するように、多種多様な制度から成る外国法人のうち、どのような法人を外国子会社配当益金不算入制度の対象とするかといった専門技術的な判断を政令に委ねたものであり、また、内国法人が外国法人に対して実質的な支配力を有しているか否かに関わらない簡明な判定基準を採用することも許容するものと解するのが相当である。 このような同項の委任の趣旨からすると、同項の委任を受けた施行令22条の4第1項が、「外国子会社」の要件として、発行済株式等の保有割合に係る要件(同項1号)及び議決権のある発行済株式等の保有割合に係る要件(同項2号)を定め、議決権の数又は議決権の割合に係る要件を定めていないことが不合理であるということはできない。 (3) 法人税法23条の2第1項及び施行令22条の4第1項は憲法14条1項に反しない〔《争点4》についての判示〕 国民の租税負担に係る規定を策定するに当たっては、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件の定めについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることから、租税法の分野における取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が上記の目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできないものと解するのが相当である(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁)。 法人税法23条の2第1項は、内国法人が「外国子会社」から受ける配当に係る二重課税を排除するための制度として、間接外国税額控除制度よりも簡素な制度として外国子会社配当益金不算入制度を定め、我が国への所得の還流をより促進することを目的とする規定であると解され、その目的は正当であるというべきである。 外国法人は多種多様な制度から成り、内国法人が外国法人に対して外国子会社配当益金不算入制度の対象とするにふさわしい影響力を有する全ての場合を過不足なく捕捉する要件を定めることは極めて困難であるというべきであるから、「外国子会社」の要件を定めるに当たって、一定程度の簡明な基準を採用したとしても、これをもって直ちに不合理であるということはできない。 また、内国法人が外国法人に対して一定の議決権を保有している場合には、その影響力は、議決権のある発行済株式等の数又は金額に反映されるのが通常であるから、議決権の数又は議決権の割合を判定の基準として定めなかったとしても、このことをもって、上記目的との関連で不合理であるということはできないから、憲法14条1項に違反するということはできない。 (4) 法人税法23条の2第1項及び施行令22条の4第1項2号は日加租税条約21条2項(b)に反しない〔《争点5》についての判示〕 日加租税条約において、「議決権のある株式」の定義規定はないから、文脈により別に解釈すべき場合でない限り、我が国の国内法上の意義を有するものと解釈すべきことになる(日加租税条約3条2項)。 我が国の国内法上、「議決権のある株式」の定義規定はないものの、施行令22条の4第1項2号の「議決権のある株式」とは、その文理等に照らし、議決権そのものでなく、議決権のある株式と解すべきである。 日加租税条約の条約文、日加租税条約の締結に関連する関係合意及び関係文書において、「議決権のある株式」について特別な意義が付与されていたといった事情はないから、「文脈により別に解釈すべき場合」に当たらない(※8)。 (※8) 判決は、この「文脈」については、条約法に関するウィーン条約31条2項を引用して、条約文のほか、条約の締結に関連して当事国の間でされた条約の関係合意及び条約の締結に関連して当事国が作成した文書であって、双方の当事国が条約の関係文書として認めたものをいうとする。 したがって、日加租税条約21条2項(b)の「議決権のある株式」とは、その文理に照らせば、議決権そのものではなく、議決権のある株式をいうものと解するのが相当である。以上によれば、法人税法23条の2第1項、施行令22条の4第1項2号は、日加租税条約21条2項(b)に適合するというべきである(※9)。 (※9) また、Xが指摘する日加租税条約21条2項(b)と日英租税条約10条2項(a)との文言の相違が、上記の「文脈により別に解釈すべき場合」に当たるというべき事情は見当たらないから、このことを理由として日加租税条約21条2項(b)の「議決権のある株式」について議決権の割合を意味すると解することはできないと判示している。 7 検討 本件では、外国子会社の判定に関する法令が、議決権割合等によらず、単純な持株割合による要件のみを規定している結果として、上記の判示が導かれている。そこで以下においては、外国子会社該当要件に関する法令規定そのもののあり方につき、主に本制度導入時の趣旨と、外国子会社合算税制との関係から検討を加える。 (1) 外国子会社の該当要件について 外国子会社配当益金不算入制度が導入される前の法人税法は、内国法人が外国において事業を行う場合に、外国子会社を設立するか、支店形態で進出するかにおいて、税制は中立的である必要があるとの観点(いわゆるイコールフッティングの要請)から、一定の外国子会社から受ける配当に係る二重課税を排除するための制度として、間接外国税額控除方式を採用していた(※10)。 (※10) 武田昌輔編著『DHCコンメンタール法人税法』第一法規、1253の4。高橋元監修『タックス・ヘイブン対策税制の解説』清文社(1979)166頁。 しかし、間接外国税額控除制度は、計算の複雑さや書類添付等の過大な事務負担という問題があったほか、同制度の下では、内国法人は外国で得た所得を現地に留保する(国内環流を敬遠する)傾向があるという指摘もあった(※11)。そのため、外国子会社から受ける配当に係る二重課税排除の方式として、税制の中立性の観点に加え、適切な二重課税の排除を維持しつつ、制度を簡素化する観点も踏まえ、平成21年度改正において、間接外国税額控除制度に代えて、外国子会社配当益金不算入制度が導入されたという(※12)。 (※11) 武田編著・前掲(※10)1253の4。 (※12) 武田編著・前掲(※10)1253の4。間接外国税額控除制度に、計算の複雑さという弊害があり、制度の簡素化の要請から外国子会社配当益金不算入制度が導入されたことは、本件判決書上で裁判所も認めている。 つまり、外国子会社配当益金不算入制度は、間接外国税額控除の規定を引き継ぐ形で制定されており、外国子会社の該当要件は、従前の間接外国税額控除制度においても、内国法人が外国法人の発行済株式総数もしくは出資金額の25%以上、又は議決権のある株式の総数の25%以上を有することとされていた(※13)。 (※13) 髙木克己「間接外国税額控除制度の問題点」駒大経営研究20巻2号(1989)31頁。 このように、間接外国税額控除の導入当時(昭和37年度)から外国子会社の判定には、議決権割合を考慮しない単純な持株数基準が採用されており(※14)、その基準自体は外国子会社配当益金不算入制度に移行した後も変わっていない。争点2においてXは、F社の議決権割合の26%を所有しているからこの基準を満たすと主張するが、条文が株式の数のみを規定し、「議決権の割合」などという文言がない以上、文理解釈からはこの主張は極めて不利であったというほかない。 (※14) 武田編著・前掲(※10)4289の31。 (2) 簡素化の内容と持株数基準の合理性 しかし、このように株式の数のみに着目して外国子会社の該当判断を行う規定自体は、外国子会社配当益金不算入という新制度に移行した現在においても合理的なものだろうか。本制度の導入の背景としては、企業利益の国内環流と、制度の簡素化という2つの目的が挙げられるが(※15)、導入の趣旨について『平成21年版改正税法のすべて』は、2000年以降日本企業の海外進出の加速に伴い、海外での内部留保が増大し、2006年度末には約17兆円にも達していることに言及し、これを国内に環流させる「好循環」の確立による国内経済の活性化という目的を最も強調している(※16)。では、もう1つの要素である「制度の簡素化」はどのような位置づけだろうか。 (※15) 松永真理子「外国子会社からの配当に関する一考察」立教経済学研究78巻1号(2024)99頁。 (※16) 『平成21年版改正税法のすべて』大蔵財務協会(2009)425頁。 判決は、内国法人が外国子会社から受ける配当に係る二重課税を排除する必要があることは明らかであり、従来の間接外国税額控除制度よりも簡素な制度を定めて国民の利便性を向上させ、我が国への所得の還流を促進するとの産業政策的な考慮から外国子会社配当益金不算入制度を設けることには合理性があるとして、本制度の憲法14条1項への適合性を判示するが、判決ではこれ以外にも随所に「簡明な判定基準」という言葉が用いられ、それを根拠としてYの主張を認めている。 しかし、制度の簡素化の要請が、持株割合などによる判定の単純さに向けられたものかどうかは検討の余地がある。外国子会社配当益金不算入制度の導入当時、従前の間接外国税額控除制度の問題点としては、その計算方法の複雑さや、情報や書類の申告書添付義務の過大さが指摘されており(※17)、この複雑性や過大性というのは、外国子会社の該当判断基準についてでなく、控除税額の計算と税務手続について言及されたものである。 (※17) 南波洋「外国子会社配当益金不算入制度」税務弘報57巻14号(2009)30頁。 さらに、経済産業省国際租税小委員会が2008年8月に公表した中間論点整理においては、「税制の簡素化・中立化」の節において、従来は複雑な計算と膨大な証拠書類の添付義務があったことを挙げたうえで、外国子会社配当益金不算入制度の導入により、「税額控除を受けるための膨大な事務作業から解放され、より簡素な手続によって二重課税の排除がなされること」の重要性を述べている(※18)。 (※18) 経済産業省貿易経済協力局貿易振興課・国際租税小委員会「我が国企業の海外利益の資金還流について~海外子会社からの配当についての益金不算入制度の導入に向けて~」中間論点整理(2008)11頁。 上記の点から、制度の簡素化の要請は主として手続面に向けられたものであり、本件判決が再三にわたり「簡明な判定基準」とすべきことを根拠に単純な持株数比率による判断を肯定していることは、論点を的確に捉えたものではないということがいえる(※19)。 (※19) 渡辺徹也「外国子会社配当益金不算入制度の意義と効果」租税法研究40号(2012)87頁では、間接外国税額控除が廃止されたこと自体をもって、簡素化の実現と捉えている。 (3) 外国子会社合算税制との関係からの検討 外国子会社合算税制が導入された昭和53年以後、配当に係る間接外国税額控除の規定は、外国子会社合算税制が適用される法人については、当該税制と連動する形で適用されていた。すなわち、外国子会社合算税制が適用される年度において、内国法人である親会社が特定外国子会社等から剰余金等の配当を受けている場合、その配当については、間接外国税額控除の対象とされていた(※20)(当時の措置法66条の7第3項)。 (※20) 高橋監修・前掲(※10)168頁。 特定外国子会社等からの配当等にかかる間接外国税額控除は、昭和63年度改正により外国子会社合算税制の適用要件とは異なる対象範囲とされ、持株割合25%以上という要件が規定された(※21)。しかし、少なくとも当該年度の改正に至るまでは、外国子会社合算税制を補完する形で、配当等に係る間接外国税額控除が用いられていたことになる(※22)。 (※21) 武田編著・前掲(※10)4985の6。 (※22) 髙木・前掲(※13)40頁はタックスヘイブン対策税制の対象となる特定外国子会社から内国法人である親会社が配当を受けた場合には、無条件に間接外国税額控除が適用されていたことを指摘する。 また、平成21年度改正において外国子会社配当益金不算入規定が導入されるまでの間、外国子会社合算税制の趣旨は、特定外国子会社等から内国親会社への配当を擬制して課税するものであったことを考えると、間接外国税額控除が外国子会社合算税制と密接な関連性を有していたことが理解できる。 さらに、外国子会社合算税制においては従来、特定外国子会社等からの配当金は、課税対象留保金額の計算から除外されていたが、外国子会社配当益金不算入制度の導入と同時に、課税対象金額から控除されないこととされた(※23)。このことは、少なくとも外国子会社合算税制の対象となる外国子会社についていえば、外国子会社配当益金不算入制度との間に対応関係があることを示す(※24)。 (※23) 武田編著・前掲(※10)4985の23。 (※24) 増井良啓「外国子会社配当の益金不算入制度は何のためにあるか」村井正先生喜寿記念論文集『租税の複合法的構成』清文社(2012)217頁は、外国子会社合算税制を外国子会社益金不算入規定のバックアップと捉えている。 その後、外国子会社合算税制においては、単純な持株割合により適用対象法人を決するのでなく、議決権割合による判定に加え、請求権勘案による要件が導入されている。時系列的にみると、まず平成10年度改正において、それまでの単純な保有株数割合による判定に代えて、利益配当の請求権のない株式を除いたところでの株式保有割合が採用された。これは外国において、配当金受領権のない株式の発行が可能とされているので、そのような特殊な株式を利用して同税制の適用を免れようとする行為を抑制するためであるとされる(※25)。 (※25) 武田編著・前掲(※10)4985の11。 平成19年度改正においては、外国法人が議決権の数が1個でない株式や、配当金等請求権の内容が異なる株式等を発行している場合に、議決権の割合や配当金請求権の割合を勘案して外国関係会社の判定をする規定が設けられた(※26)。 (※26) 武田編著・前掲(※10)4985の16。 上記のとおり、外国子会社合算税制上の対象法人判定基準は、数次の改正により、実質的な支配力や、配当金等の請求権を反映しうるように精緻化が図られてきた。特に平成19年度改正は、外国法において議決権や請求権の異なる株式を発行できる制度が存在することを認識したうえで、それらの特殊な株式発行を駆使することで、実質的に支配力を有しながら合算税制の適用を免れようとする行為に対処するために行われたものである(※27)。 (※27) 財務省「平成19年度 税制改正の解説」579頁。 このように内国法人の外国法人に対する支配力に着目して、それが一定水準以上である場合に必要な調整を行うという趣旨自体は、間接外国税額控除制度においても前提とされていたものと考えられる(※28)。そうであれば、それを引き継いだ外国子会社配当益金不算入制度においても同様のはずであり、実質的な支配力を測定するためには、議決権や請求権の割合による判断が必要であるといえるだろう(※29)。 (※28) 髙木・前掲(※13)31頁。 (※29) 経済産業省貿易経済協力局貿易振興課・国際租税小委員会・前掲(※18)は、子会社株式配当益金不算入制度の検討にあたり、出資比率要件につき、「株式出資比率25%以上の海外子会社とするべきである。」と述べ、保有株式数による判定とは異なる考え方を示している(3頁)。また本件についての国税不服審判所裁決(平成30年12月14日)では、外国子会社に当たるかどうかは、外国法人の経営判断への内国法人の支配力(影響力)をもって判断すべきであると述べており、渡辺充「外国子会社配当益金不算入制度の対象となる外国子会社」税理(2021・12月)180頁もそれを指摘して裁決に疑問を呈する。 このような考察からすると、外国子会社配当益金不算入制度における外国子会社の判定においてのみ「簡明な基準」を維持することは実情に合わず、外国子会社合算税制による特定外国子会社等の判定基準との関係からも均衡を欠くことになると考え得る。 本件において、Xが実際にF社の資本の99.98%の金額を出資し、26%の議決権という形で支配力、影響力を持っていることを前提とすると、配当金の益金不算入が否定される結果には違和感を覚える。ただ、外国子会社の該当基準を定める現行の施行令22条の4第1項の文理からは、Xの議決権割合を考慮することが困難であることは否定しがたい。 この問題に対し、内国法人の外国法人に対する議決権や請求権の割合を的確に捉えて支配力を判定する基準への改正を含め、立法的な解決が期待される。 8 総括 外国子会社配当益金不算入制度における外国子会社の判定基準は、基本的には間接外国税額控除制度の時代から変更されておらず、単純な株式保有割合による判定を求める現行規定の文言上、本件原告の訴えは不利なものであった。 しかし、そのような株式保有割合に依拠する判断基準は状況に適合しなくなってきたことも事実であり、本件は現行の外国子会社配当益金不算入制度にこうした問題が残されていることを再認識させる事案であったといえる。 外国法において議決権や請求権の内容の異なる株式を容易に発行できる制度がある以上、株式の数のみにより支配力を測定することは不可能であるため、外国子会社合算税制における議決権割合や請求権勘案株式保有割合との均衡を考慮する基準へと見直すべき時期にきていると考えられる。 (了)
有価証券報告書における作成実務のポイント 【第19回】 (最終回) 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 本連載の最終回となる今回は、有価証券報告書のうち、第6【提出会社の株式事務の概要】から第二部【提出会社の保証会社等の情報以降】までの作成実務ポイントについて解説する。 なお、本解説では2025年3月期の有価証券報告書(連結あり/特例財務諸表提出会社/日本基準)に原則、適用される法令等に基づき解説している。 1 提出会社の株式の概要 第6【提出会社の株式事務の概要】では、当事業年度末の株式事務の概要について記載する。 【事例:JBCCホールディングス(株) 2025年3月期の有価証券報告書】 2 提出会社の参考情報 第7【提出会社の参考情報】では、【提出会社の親会社等の情報】と【その他の参考情報】を記載する。 (1) 提出会社の親会社等の情報 (2) その他の参考情報 【事例:日本郵船(株) 2025年3月期の有価証券報告書】 3 提出会社の保証会社等の情報以降 第二部【提出会社の保証会社等の情報以降】では、第1【保証会社情報】として【保証の対象となっている社債】、【継続開示会社たる保証会社に関する事項】、【継続開示会社に該当しない保証会社に関する事項】を記載する。また、第2【保証会社以外の会社の情報】と第3【指数等の情報】を記載する。 なお、該当事項がない場合は、第二部【提出会社の保証会社等の情報】のタイトルのみ記載し、「該当事項ありません。」と記載する。 (連載了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第180回】 株式会社ジェイアール東日本企画 「外部調査委員会調査報告書(2025年5月30日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社ジェイアール東日本企画外部調査委員会の概要】 【株式会社ジェイアール東日本企画の概要】 株式会社ジェイアール東日本企画(報告書上は「jeki」、以下「JR東日本企画」と略称する)は、1988(昭和63)年5月、東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」と略称する)の100%出資子会社として設立された、各種広告の取扱い及びセールスプロモーション並びにパブリックリレーションズに係る業務等を目的とする会社である。 2024年度の売上高は1,149億円、資本金15億5,000万円、従業員数1,200名(2025年4月現在)。親会社であるJR東日本の会計監査人は、有限責任あずさ監査法人東京事務所である。 【調査報告書の概要】 1 外部調査委員会設置の経緯 JR東日本企画は、2020(令和2)年度から2023(令和5)年度にかけて、経済産業省資源エネルギー庁から、「災害時に備えた社会的重要インフラへの自衛的な燃料備蓄の推進事業費補助金(災害時に備えた社会的重要インフラへの自衛的な燃料備蓄の推進事業のうち自治体における防災の拠点となる施設向け自家用発電設備等利用促進対策事業に係るもの)」(以下「防災インフラ補助事業」という)の補助事業者(執行団体)として採択され、補助金の交付決定を受けた。 そして、2022(令和4年度(2023(令和5)年度への繰越分を含む))年度の防災インフラ補助事業において、補助事業に従事していない従業員が作業していたかのように作業時間が計上されていたこと(以下「不適切な作業時間の計上」という)が、2024年7月以降の会計検査院の検査において判明した。 これを受けてJR東日本企画は、同年12月4日、外部法律専門家による外部調査委員会を設置し、防災インフラ補助事業における不適切な作業時間の計上に関する事実関係の解明等を目的とする調査を行うこととした。 2 不適切な作業時間の計上及び不適切な人件費の請求スキームの概要 外部調査委員会は、調査の結果、JR東日本企画において、2022(令和4)年度及び2023(令和5)年度の防災インフラ補助事業を含め、中央省庁等向けの委託事業及び補助事業に関し、実際には事業に従事していないにもかかわらず、当該事業の作業をしていたかのように作業時間が計上され、また、当該事業に従事しているとしても実際の作業時間とは異なる作業時間が計上され(不適切な作業時間の計上)、そして、実態と異なる人件費が計上され、中央省庁等に対し、人件費が過大に請求されていたという判断を示した。 その不正のスキームは、「想定人件費一覧表」と呼称される資料の作成からスタートする。 まず、ソーシャルビジネス・地域創生本部(「SBD本部」という)において、年度初めに想定人件費一覧表を作成し、当該年度に補助金交付決定を受けた補助事業及び受託した委託事業と、SBD本部及びその傘下部門、支社・支店、本社のスタッフ部門等の従業員の氏名を記載して、各事業において人件費を計上する対象従業員を選定した上で、各人件費計上対象従業員並びに「想定年間時間」及び「想定人件費」は、各事業について中央省庁等との契約等において請求し得る人件費の上限額にできるだけ近付けるように選定・記載を行い、人件費計上対象従業員による実際の作業の有無・内容にかかわらず、想定人件費一覧表に選定・記載していた。 次に、想定人件費一覧表に記載した各人件費計上対象従業員の「想定年間時間」を基にして、各人件費計上対象従業員について、個別に、当該従業員が作業時間を計上する補助事業・委託事業名、当該年度の毎月の「想定作業時間数」が記載された「従事時間配分表」と呼称される資料を作成して、年に数回、最低限、「想定作業時間数」に記載された作業時間を工数オプションシステムに入力するよう依頼し、依頼を受けた人件費計上対象従業員は、実際には当該事業に従事していない者においては、当該事業の作業をしていたかのように作業時間及び従事内容を工数オプションシステムに入力し、また、当該事業に従事している者においては、実際の作業時間とは異なる作業時間を工数オプションシステムに入力していた。 また、JR東日本企画の支社・支店及び本社のSBD本部以外の部門に所属する人件費計上対象従業員については、人事部が、SBD本部からの依頼に基づき、毎年8月頃、中央省庁等向けの事業への兼務を命ずる「プロジェクト指定」と呼称される人事発令を行っており、プロジェクト指定を受けた従業員は、実際の作業時間等とは異なる内容を工数オプションシステムに入力していた。 3 会計検査院による検査 2024年7月26日、会計検査院による防災インフラ補助事業に関するJR東日本企画に対する実地検査が行われ、その後、8月19日に、会計検査院は、防災インフラ補助事業の体制図に記載されている従業員に対して、個別に実施した業務に関するヒアリングを実施したいとの要望を出した。 JR東日本企画では、検査対応に当たったSBD本部長代理、SBP局長らは、実際に防災インフラ補助事業に従事している者と、実際には従事していないものの防災インフラ補助事業の内容を理解している管理職やその他の従業員をヒアリング対象の候補者として選定した上、9月2日及び3日、これらの候補者に対して防災インフラ補助事業の業務内容に関するレクチャーを実施したところ、結果として、防災インフラ補助事業に実際には従事していない者の多くがヒアリングを辞退し、9月5日に行われた会計検査院のヒアリングにおいては、実際に従事している者5名と、実際には従事していない者1名が対応を行った。 その後、会計検査院は、9月26日、JR東日本企画に対して、11月11日に、A支社従業員4名に対するヒアリングを実施したいと連絡した。A支社長は、SBP局長に対して、実際の作業は行っていない中で、業務の実態について会計検査院から質問を受けると、A支社従業員に虚偽の回答を強いることになるため、会計検査院に正直に報告すべきであると述べた。 JR東日本企画は、社内での検討を重ねるとともに、外部弁護士の意見も参考にした上で、11月8日、総務局長、SBD本部長代理、SBP局長は、会計検査院との打合せを行い、フロント(本社)、バック(支社)では役割分担があり、補助金申請書類のチェックはバック(支社)で行う計画であったが、補助金申請者に補助金交付の決定を急かされたためにバック(支社)が行うはずであった書類チェック業務をフロント(本社)が行った旨、本来、フロント(本社)で人件費計上すべきところ、バック(支社)の人件費として従事日誌を作成しており、結果として従事日誌が虚偽であったこと、人件費の付け替えになるかもしれないが二重取りはしていないこと等を説明した。 4 原因・背景の分析(報告書75頁以下) 外部調査委員会は、原因・背景の分析として次の7項目を挙げている。 ここでは、本事案の特徴である、「(7) 内部統制機能(内部通報制度及び内部監査制度の運用等)の不十分さ」について、外部調査委員会の指摘を見ておきたい。 外部調査委員会の調査によれば、JR東日本企画監査室は、2020年1月に実施した内部監査において、人件費を請求するための証憑である従事日誌について、SBD局において約150本もの従業員名の印鑑を保管、特定の担当者が各従業員の従事日誌を無断で作成して印鑑を押印しており、SBD局以外の部門に所属する従業員は従事日誌の存在すら認識していなかったことを指摘したものの、監査室は、不適切な印鑑の取扱いに焦点を当てて調査を行ったことから、従事日誌に記載された作業時間は実際の作業時間とは異なり、その結果、人件費の請求が不適切に行われているのではないかといった問題意識を有していなかったため、従事日誌の作成の実態について調査を行わなかった。そのため、不適切な作業時間の計上及び不適切な人件費の請求について是正する契機を失い、不正の継続及び拡大を許したものであると結論づけて、内部監査制度の運用としては極めて不十分であったという評価を行っている。 さらに、外部調査委員会は、2024年9月26日に内部通報があり、不適切な作業時間の計上の手口について具体的に指摘され、不正な請求が行われている旨も指摘されていたにもかかわらず、内部通報対応の調査として、総務局からSBD本部の実質的責任者である本部長代理に指示がされ、本部長代理が不正の当事者的な立場にあるSBD本部の幹部従業員らに問い合わせただけで調査が済まされていたこと、調査後の対応として、SBD本部の幹部従業員らから、業界慣行として本社の間接的な貢献を行っている部門の従業員について人件費を計上しているとの説明を受け、本社の間接的な貢献を行っている部門の従業員のみを人件費の計上対象から除外することにとどめる方針としたことを批判している。 その理由として、この内部通報には、不適切な作業時間の計上の具体的な手口について指摘があり、通報者の氏名が明らかであるとともに、証憑となるべきメール等も添付されていたのであるから、SBD本部において組織的かつ継続的な不正が行われている可能性が相応に高いことを疑わせるものであったと判断でき、本来であれば、SBD本部とは独立した部門が調査の主体となり、メール等の客観資料も収集・精査して、不正の動機や範囲といった実態を解明すべく深度ある調査を行うべきであったにもかかわらず、実際に行った調査は表面的な対応にとどまっており、外形的には不正を矮小化しようとしているとも評価されかねないものであって、内部通報制度の運用としては極めて不十分であったという評価を行っている。 外部調査委員会は、2020年1月の内部監査については、内部監査制度の運用が極めて不十分だったため、不正を是正する機会を失い、不適切な作業時間の計上及び不適切な人件費の請求の継続・拡大を許すこととなり、また、2024年9月以降の内部通報への対応についても、内部通報制度の運用が極めて不十分だったことは、JR東日本企画の内部通報制度がこれまで従業員にとって信頼に足るものであったのかを疑わせる事情であるといえ、内部統制機能として重要な役割を果たすべき内部監査制度及び内部通報制度の運用が極めて不十分であったことは不適切な作業時間の計上及び不適切な人件費の請求が長きにわたり継続・拡大する要因となったと考えられるとまとめている。 5 再発防止策の提言(報告書83頁以下) 外部調査委員会は、原因・背景の分析に基づく「再発防止策」として、次の5項目を提言している。 外部調査委員会は、再発防止策のトップに、「経営陣等の意識改革」を掲げ、当時の社長をはじめとする経営陣による、内部監査による印鑑の不正使用の指摘や不適切な作業時間の計上に関する内部通報への対応について、経営陣等のリスク感度の著しい低さと「事なかれ主義」の姿勢が不正の是正の機会を失わせたと述べた上で、こうした経営陣等のリスク感度の著しい低さや「事なかれ主義」の姿勢及び自社の事業への不十分な理解を是正しなければ、実効的な再発防止策を実行していくことは困難であるとして、企業統治の規律付け、とくに取締役会のモニタリング機能を強化することが必要であり、コンプライアンスを所管する取締役や監査役について JR東日本グループの出身者ではないグループ外の取締役・監査役を選任し、外部の目線を取り入れて経営陣等の意識改革の推進とモニタリングを行うことも一案であると提言している。 さらに、「内部統制機能体制、内部監査制度及び内部通報制度の運用、並びにリスクマネジメントの取組みの強化」として、 外部調査委員会は、内部統制機能を担う、監査室や総務局において内部監査や内部通報に対応する人員の拡充を検討するとともに、内部監査及び内部通報において、重大な不正が疑われる事項が発覚した場合、不正の当事者的な立場にある部門に調査を実施させるのではなく、内部監査であれば監査室が、内部通報であれば総務局が主体となり、メールレビューや関係書類のサンプリングチェックといった客観資料の収集・精査や、幅広い層の従業員に対するヒアリングを行って、実態解明のための深度ある調査を実施する必要があり、このような実務対応について社内の規程・マニュアル等に規定しておくことを提言している。 【調査報告書の特徴】 子会社の不正について、親会社であるJR東日本は、2025年5月30日、「人事措置について」というリリースにおいて、代表取締役及び常務取締役2名について、管理責任を取る形で、報酬の一部を返上することを公表するとともに、同日付で、JR東日本企画の代表取締役社長赤石良治氏と前常務取締役で現在は別のグループ会社の社長である高橋敦司氏が辞任し、前社長である相談役の原口宰氏については報酬を返上し、嘱託契約を更新しないことを公表した。 もともとは、「社会課題解決・地域振興に貢献でき、かつ地域に根差した企業グループとしての信頼等が強みになるとの判断により事業を本格化」してきたはずのJR東日本企画であったが、いつしか、「契約において請求できる人件費の上限額にできるだけ近付けるように、実際の作業の有無・内容にかかわらず、特定の担当者がまとめて従事日誌を作成し、その虚偽の従事日誌をエビデンスとして人件費を請求する不正な運用」を行っていたという(「」内の引用は、後掲の「中央省庁等から受注した委託事業及び補助事業に関わる不正な人件費の請求に対する再発防止策について」による)。 会計検査院の検査により不正が判明するという珍しい経緯で発覚した、本件の特徴をいくつか見ておきたい。 1 会計検査院による検査結果の公表 会計検査院は、2025年11月5日に公表した「2024年度決算報告書」を公表するとともに、「特徴的な案件」として、8府省庁がJR東日本企画に支払った「委託費の支払額及び国庫補助金の交付額」22億4,166万円について、その89%が委託事業等に従事していたことが確認できなかったとして、19億9,527万円について、過大であり「不当」であったと指摘をしている。 公表されている「報告のポイント」から、検査結果の一部を抜粋しておきたい(強調は筆者による)。 2 JR東日本企画による再発防止策 2025年11月5日、JR東日本企画は、「中央省庁等から受注した委託事業及び補助事業に関わる不正な人件費の請求に対する再発防止策について」をリリースして、次の5項目からなる再発防止策を公表した。 なお、同日に公表されたニュースリリースでは、JR東日本企画は、自主調査の結果、「複数の事業において不正な請求があったことが確認されており、現在、関係者の皆さまと今後の対応について協議を進めて」いることを公表している。 3 宮城県の事業に関する不正請求 11月21日、JR東日本企画は、「宮城県の事業に関する不正請求について」をリリースして、宮城県経済商工観光部から受託した事業のうち、作業時間を計上して人件費を請求した事業について不正の疑いを認めたことから、今後、宮城県の調査を受けることとなったことを公表した。 (了)
〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第12回】 「従業員の中途採用・退職時の留意点」 〈情報通信業・IT〔Q1〕〉 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 木原 康雄 〈情報通信業・ITの特徴と特有の労務問題〉 情報通信業・IT企業は、専門的知識・技能を有するITエンジニアに、クライアントの要求・要望に基づいてシステムの設計等の業務を遂行させることになる。また、フリーランスで活動している社外のITエンジニアに業務委託する場面も少なくないだろう。それらの場合、以下のような問題が生じ得る。 (1) 中途採用時・退職時の問題 各企業がAIの活用に向け取り組んでいることもあり、ITエンジニアは人手不足の状況である。このような売り手市場の状況では、ITエンジニアは専門的知識・技能を活かして、より有利な待遇を目指して転職することも多い。雇用の流動化が高まることで懸念されるのは、退職者による営業秘密等の競合企業への流出や、中途採用者の能力不足である。 (2) 長時間労働・残業代問題 様々なクライアントの要求・要望に速やかに応じなければならないITエンジニアは、長時間労働になりやすい。そこで問題となるのは、ITエンジニアの健康維持はもちろんだが、残業代(人件費)の増加である。 (3) メンタルヘルス不調者への対応問題 ITエンジニアが長時間労働となり、あるいはクライアントの厳しい要求に曝され続けることは、メンタルヘルス不調の原因となる。病状の悪化を防止し、重大な結果を招かないようにするため、少しでも早く不調に気づき、適時・適切な対応をとる必要がある。 (4) 偽装請負の問題 クライアントの要求に応じつつシステム設計等を行うITエンジニアは、客先常駐の場合も多い。この場合に懸念されるのは、クライアントがITエンジニアに直接指揮命令してしまい「偽装請負」と評価されることである。 (5) フリーランスへ委託する際の問題①―ハラスメント防止義務 令和6年11月1日から施行されているフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)上、発注事業者にハラスメント防止対策に係る体制整備義務が課せられている。情報成果物の作成等を目的とするITエンジニアとの間の業務委託契約も同法の適用対象となるため、同法に則った体制整備を行う必要がある。 (6) フリーランスへ委託する際の問題②―労災保険給付・安全配慮義務 業務委託契約関係にあるITエンジニアは「労働者」ではないので、業務に伴って傷病を罹患しても労災保険給付の対象とはならず、また、発注事業者は安全配慮義務を負わないのが原則である。もっとも、例外的に給付の対象となり、あるいは安全配慮義務が生じる場合があるので、それを整理・理解しておく必要がある。 【Q】 SEは中途採用と転職者が多く、流動性が高いのですが、採用時・退職時に問題となる点を教えてください。 【A】 退職者による営業秘密やノウハウ等の競合企業への流出防止、及び、中途採用者の能力不足への対処が問題となります。ただし、裁判例上、各対処策が有効とされる範囲が限定されている点に注意が必要です。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 人材の高流動性 近時、AIの活用に向けたシステムの構築が各企業で急務となっていることもあり、システム開発分野における人材不足が問題となっている。 このような状況は、専門的知識・技能を有するSEに対して、より高度な経験・待遇の獲得を目指して転職する機会を提供することになるため、雇用の流動性が高まる。 その際に企業として懸念される点として、退職者による営業秘密やノウハウ等の競合企業への流出防止、及び、中途採用者の能力不足への対処を挙げることができる。 以下、各別に見ていく。 2 営業秘密等の流出防止 転職者が、技術情報等を転職先である競合会社に開示し、競合会社がそれを利用して企業活動を行ったとして、不正競争防止法違反を問われる事例が増えている。 また、不正競争防止法違反にはあたらないとしても、社内規程上の秘密保持義務違反として、懲戒解雇や退職金を不支給とされるケースも多い。 これらは事後的な対処であるが、企業としては、事前の流出防止策として、退職者から秘密保持の誓約書を取得したり、競業避止義務の特約も結んでおき、予め退職者が競合会社に転職できないようにしておきたいと考えるだろう。 しかし、裁判例上、いかなる競業避止特約も可能とされているわけではない点に注意が必要である。 裁判例では、以下の要素を総合考慮して、競業避止特約による転職の制限が必要かつ合理的な範囲を超えると判断される場合には、公序良俗に反し無効と判断されることが多い。 たとえば、REI元従業員事件・東京地判令和4年5月13日労判1278号20頁では、競業避止義務の期間が1年とされているものの、その目的が明らかでなく、禁じられる転職等の範囲も広汎で、代償措置も講じられていないとして、競業避止特約の効力が否定されている。 3 中途採用者の能力不足への対処 採用時の面接や職務経歴書等の応募書類だけから、応募者の能力を的確に把握するのは難しい。そのため、記載されている経歴や能力、専門性を見込んで雇用契約の締結に至ったにもかかわらず、実際にはそのような能力等がなかったという場合も生じ得る。 また、採用後に、勤務態度が悪かったり、コミュニケーション能力や協調性に難があることが発覚したという場合もあるだろう。 このような場合、企業としては、当該中途採用者との間の雇用契約の解消を検討せざるを得ない。 もっとも、解雇が有効とされるには、客観的に合理的な理由と、社会通念上相当であると認められることが必要になる(労働契約法16条)。そして、これらを認めるにあたっては、裁判例上、企業が改善指導を行ったにもかかわらず、労働者に改善が見られなかったという事情が重視されている。 たとえば、パタゴニア・インターナショナル・インク事件・東京地判令和2年6月10日労経速2440号17頁では、高賃金で雇用したものの、実際には企業が期待するパフォーマンスのレベルに達しておらず、また、他の社員と協力し合って仕事をすることができなかった中途採用者の解雇が有効とされたが、その理由として、会社が具体的な要望を交えて指導(PIP)を行ったにもかかわらず、中途採用者がその後も指導に沿った業務を行うことができなかったばかりか、指導を受け入れようともしなかったという点が挙げられている。 また、試用期間が設けられていた場合の本採用拒否についても、本採用の拒否(解約権)の可能性が留保されている(採用決定の当初において労働者の資質・性格・能力等の適格性の有無に関連する事項について資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定権を留保するという)趣旨・目的に照らした上で、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められることが必要であるとされている(三菱樹脂事件・最大判昭和48年12月12日民集27巻11号1536頁等)。 たとえば、他の従業員との協調性やコミュニケーション能力不足等を理由に、情報通信システム開発企業が行った本採用拒否について、大宇宙ジャパン事件・東京地判令和5年2月22日労ジャ140号46頁は、上長が協調性やコミュニケーションについて指導したものの、元従業員が他の従業員の批判を繰り返すなどして自らの言動を改善しなかったという点等を考慮して、本採用拒否を有効と判断している。 なお、応募者が提出した履歴書や職務経歴書の記載に虚偽があったという経歴詐称のケースも発生し得る。 このケースについては、内定取消に関するアクセンチュア事件・東京高判令和6年12月17日労判1333号58頁が参考になる。判決は、当該事案における諸事実からすれば、内定取消権が留保されたのは、事後の経歴調査により経歴詐称が判明した場合には、これを原因として雇用契約を解約するためという目的も含まれており、したがって、経歴詐称の結果、労働者の資質、能力を客観的合理的に見て誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるときや、企業の運営に当たり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内にとどめおくことができないほどの不正義性が認められるときには内定取消が可能であると判断している。試用期間における本採用拒否についても、事案によっては、同様の判断がなされる可能性があるといえるだろう。 4 まとめ 以上のとおり、営業秘密等の流出防止策としては競業避止特約が、中途採用者の能力不足への対処策としては解雇や本採用拒否が考えられるところであるが、裁判例上、それが有効とされる範囲が限定されている点に注意が必要である。 (了)