〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第40回】 「売り手がM&Aの必要性・有用性に気づくには」 ~第三者の声に耳を傾ける~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒売り手候補が増えることで、売り手探しをしやすくなる。 売り手企業 ⇒第三者の助言を受けて、M&Aを選択肢の1つとして考えられるようになる。 支援機関(第三者) ⇒売り手候補先の開拓を通して、M&Aの活性化に役立てる。 その他の対象者 ⇒売り手がM&Aを検討する契機を知り、M&Aに対する理解を深める。 1 売り手がM&Aを想起する~存続手段としてのM&A~ 大半の中小企業(本稿では将来M&Aの売り手になる場合を想定します)にとって、そもそもM&Aは企業経営の将来の選択肢として認識されていません。また、中小企業の経営者の多くは、事業の売却を積極的に検討、活用しようという意識も強くないようです。その背景には、中小企業経営者のM&Aに対する認識が関係していると思われます。 さて、以下の図では、左側に経営者・ファミリー目線、右側に第三者・世間目線で、企業の存続か、廃止を検討する際に挙がる主な手段を4つの象限にまとめています。 経営者・ファミリー側にとって、親族承継、従業員承継、IPOは、自分たちのビジネスを断ち切るよりは誰かの手で永続させる手段と考えられます。対して廃業は存続しない選択を積極的・消極的に判断する場合の代表手段です。 ではM&Aはというと、企業・事業がなくなるわけではありません。しかし、ファミリー企業・親族経営が多い中小企業にとって、M&Aという手段は、自分たちの企業や事業を手放すイメージが強いように思います。 一方、M&Aの当事者ではない第三者・世間目線からすると、M&Aによってオーナー、経営者が変わっても当事企業は残るわけですから、基本的に存続手段として認識します。 つまり、一方では廃止手段と考えられますが、一方では存続手段として考えられる点にM&Aの特徴があります。もし、中小企業の売り手側の発想が変われば、M&Aが事業存続の手段として前向きに考えられるかもしれないのです。 したがって、M&Aを将来の売り手候補に勧めたい第三者(たとえば金融機関やM&Aファーム)は、廃止マインドの経営者たちを、いかに存続マインドに変えられるかが、M&Aの普及、推進にとって重要だと思われます。裏を返せば、潜在的な売り手の経営者たちは、いかにして、第三者の助言に耳を傾けて、M&Aを将来の企業の存続手段の1つと考え、行動できるかもまた重要です。 ただし、ここで述べるのはM&Aの前向きな側面であって、必ずしも、事業の廃止が悪いわけではなく、存続手段をM&Aにしなければならない理由もありません。 (出典) 中小企業庁:財務サポート「事業承継を知る」(資料は東京商工リサーチ) (出典) 中小企業庁:財務サポート「事業承継を知る」(資料は日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」(2020年)を再編加工したもの) とはいえ、上図のように、黒字廃業や、後継者不在に伴う廃業が多い現実があります。これらの中には、ひょっとしたら良い手段があると知っていれば存続していた企業もあるかもしれない、という予想がつきます。 そこで、今回は売り手と第三者の関係、特に売り手がM&Aというワードに触れる機会にフォーカスして、M&Aの必要性や有用性について耳を傾ける姿勢を中心に説明します。 2 売り手と第三者とのタッチポイント (出典) 中小企業庁:2021年版「中小企業白書」第2部第3章第2節「M&Aを通じた経営資源の有効活用」 2021年版「中小企業白書」によれば、M&Aの意向がある売り手に限られますが、自社独自やオンラインマッチングサイトで探索するケースを除くと、売り手は「金融機関」「専門仲介機関」「公認会計士・税理士」「取引先」「同業他社」「事業引継ぎ支援センター(現:事業承継・引継ぎ支援センター)」「商工会議所・商工会」といった第三者(下図参照)を通じて、相手先企業を探しているのがわかります(なお、本稿では、取引先や同業他社を除く第三者を狭義の第三者とし、これら狭義の第三者を念頭に置いて説明しています)。 第三者のうち、M&Aをするか否かに関係なく、普段から中小企業と接触する機会が多いのは「金融機関」「公認会計士・税理士」「商工会議所・商工会」ではないでしょうか。 潜在的な売り手にとって、これらのプレイヤーとのタッチポイントがありながら、M&Aの機会に活かせる企業と、そうでない企業が生まれるのは、売り手自身が自分事、当事者として、各プレイヤーの助言に耳を傾けられるかどうかの違いによる差が多少なりとも影響するのではないかと思います。 (1) M&Aの必要性・有用性に気づく 経済産業省や中小企業庁が公表する統計やアンケートを見る限り、かつて身売りとされたM&Aは、だんだんと好意的に捉えられる傾向への変化が見られます。そして、M&Aを将来の選択肢に含めるにしろ、含めないにしろ、これからの中小企業経営にとってM&Aの知識や情報を把握しておくのは決して損ではありません。 もし、普段の付き合いや取引の中で、第三者がM&Aの話題を持ちかけてくる機会があれば、一度じっくりと聞くのをお勧めします。M&Aの環境は常に変化していますので、一概にこうだ、とはいえませんが、資金確保、事業や雇用の継続、後継者候補探し、地域産業や地域経済の衰退の抑止といった様々な観点から、M&Aの必要性は高まっています。 第三者側に蓄積されるノウハウも年々高まっていますので、活用する側の売り手にとってのより有用な手段となっています。 (2) いつ気づけるかが重要 M&Aに関する課題として、M&Aという手段がありながら、その存在を知らず、または知っていても活用の機会を得ないまま、いざM&Aをしようと思い立った際には手遅れだったというケースが少なくないことが挙げられます。 多くの中小企業にとって、M&Aは、事業を誰に譲るかどうかを判断しなければならない時に考える手段です。この時には、上図の右上の象限にいる状況下ですので、既にその企業にとってM&Aは緊急性も重要性も高い状況になっています。ひょっとしたら対策が手遅れかもしれません。 事業継続や存続に関わる事柄の重要性はとても高い一方で、緊急性は低く、焦る必要はないと考え放置しがちです。理想をいうと、上図の左上の象限の段階、つまり、事業継続・存続の問題が顕在化しないうちに潜在的な問題と捉え、早くから将来のための準備ができるのがベストです。この段階からM&Aの検討を開始しておくと、いざという時に取りうる対策の幅が広がります。 自分の会社を売る選択をこの段階で考えられるはずがない、自分には関係ないと思われるかもしれませんが、「緊急性が低い」時期から選択肢として意識できるかどうかが重要です。この段階でM&Aの存在に気づければ、企業を磨く、売り手自身の強みを把握する、買い手に受け入れられやすい売り手になるための施策を重ねる、といった対策が立てやすくなるに違いありません。 心理的な面がありますが、M&Aをするなら、身売りに例えられる消極的なM&Aではなく、売却を通じて売り手企業の高い価値を実感でき、企業の存続を次のオーナーに託す、より積極的な手段としてのM&Aを目指せるのが望ましいです。良い状態でM&Aするほど、売り手に優位な条件で交渉できますので、結果として、早い動き出しは、自分の大切な会社を守ることにつながります。 (3) 社内を客観視する 第三者の意見は、外部の視点から自社を観察した上での貴重な助言機能を果たします。「何をわかったことを」「自分のことは自分がもっともよくわかっている」と思われるかもしれませんが、第三者の助言が売り手を言い当てることも多々あります。第三者からM&Aの話題を持ちかけられなくても、当社を客観視して何か意見をもらえないか、そんな姿勢をもって第三者に質問すれば、大抵の第三者は喜んで答えるでしょう。 その上で、他社(他者)視点で自分の会社がどう見えるかを考え抜き、解決と改革に当たるのはご自身です。良い結果を伴うとは約束できませんが、このアプローチを身につけておくことで、買い手視点や第三者視点、つまり、相手目線(視点)に近づく結果、買い手が望むM&A、第三者が望むM&Aに近づけるといえます。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第10回】 「勤務中の私的メールを理由に解雇できるか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 当社従業員が、就業時間中に多数の私的メールをしていたことが判明しました。送受信されたメールの量も多いので、当社としては、この従業員を解雇することを検討しています。解雇を検討するに際して、留意すべきことを教えてください。 〔A〕 本件で解雇する場合、普通解雇と懲戒解雇の2種類の解雇が考えられます。普通解雇と比べて懲戒解雇の方が無効と判断される可能性が高いので、懲戒解雇する場合は、予備的に普通解雇もすることをご検討ください。 また解雇する場合、前提として、就業規則に根拠となる規定があるかを確認する必要があります。 就業規則の規定に当てはまるだけで、解雇が有効と判断されるわけではありません。裁判になった場合、解雇の合理性が認められる必要があります(労働契約法16条)。 ご質問のケースのように私的メールの回数が多い場合でも、私的メールの内容が同僚との雑談の延長と評価されてしまうと、解雇の合理性が否定され解雇無効と判断されてしまうリスクもあります。使用者側としては、メールの相手方と内容を吟味し、解雇無効と判断されるリスクを踏まえて、解雇すべきかどうかを最終判断することになるでしょう。 最終的に、解雇をしないという判断をする場合も、ご質問のケースのように私的メールの回数が多い事案では、解雇以外の懲戒処分を検討すべきといえます。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 解雇とは まず、解雇について基礎的な説明をしておこう。解雇とは、使用者側から労働契約を終わらせることだ。 そして勤務中の私的メールのように従業員の問題行動を理由とする解雇には、普通解雇と懲戒解雇の2種類ある。 普通解雇とは、従業員がきちんと仕事をしないことが会社との契約違反にあたることを理由とする解雇だ。他方、懲戒解雇とは、従業員がきちんと仕事をしないことが会社の秩序を乱すことを理由とする解雇だ。 普通解雇と懲戒解雇の違いについても説明しよう。懲戒解雇については、単に仕事をしないだけでなく、仕事をしないことにより企業秩序が乱されることが必要だ。さらに、懲戒解雇をする場合、原則として従業員に弁明の機会を与えることが必要と考えられている。そのため、普通解雇と比べて、懲戒解雇の方が裁判所で無効と判断される可能性が高いといえる。実際に、懲戒解雇としては無効だが、普通解雇としては有効と判断した裁判例もある。 使用者側としては、懲戒解雇だけでなく、普通解雇することも検討すべきだ。懲戒解雇する場合も、解雇理由通知書に懲戒解雇と同時に普通解雇もするという趣旨の記載をすることをお勧めしたい。これにより、懲戒解雇としては無効だが、普通解雇としては有効と裁判所で判断される余地がでてくる。 2 就業規則に「勤務中の私的メールが解雇事由に当たる」という記載が必要か 筆者は職務上、就業規則に解雇の理由をどの程度具体的に記載していれば、解雇できるのかという質問もよく受ける。この点についても、説明しておこう。 (1) 普通解雇の場合 就業規則がない場合であっても、普通解雇を行うことができる(東京地判令和元年6月10日)。この点は、誤解されている方もいるので改めて指摘しておきたい。 ただし、就業規則を作成している会社の場合、就業規則に記載された普通解雇の理由に当てはまることが必要だ。 就業規則において、具体的な記載は不要である。例えば「勤務中に私的メールをした場合、普通解雇とする」旨の記載は必要ない。 多くの就業規則では、職務懈怠が普通解雇事由として定められている。例えば、厚生労働省のモデル就業規則では、「勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき」が普通解雇事由に当たると記載されているが、これに近い規定が就業規則に記載されていることが多い。大量の私的メールで仕事をさぼっていた場合、「勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき」に当てはまり得ると判断してよいだろう。 「その他前各号に準ずる事由があったとき」というような包括的な規定がある場合、この規定を根拠に普通解雇することも可能である。 (2) 懲戒解雇の場合 懲戒解雇の場合、就業規則又は雇用契約書に記載された懲戒事由に当てはまらなければ、解雇することはできない。そのため普通解雇と異なり、就業規則や雇用契約書を作成していない会社の場合、懲戒解雇をすることはできない。 就業規則の服務規律に勤務中の私的メールを禁止する規定を入れている会社は多いと思われる。 仮に具体的に私的メールを禁止していなくても、一般的には、就業規則の服務規律の箇所に「勤務中は職務に専念しなければならない」(職務専念義務)旨の記載がされ、懲戒解雇事由に「服務規律に違反し、その情状が悪質と認められるとき」と記載されている。これらの記載が懲戒解雇の根拠規定になる。 就業規則にこれらの記載がされていない場合、就業規則として不備があると言わざるを得ない。 (3) 就業規則に記載されている解雇事由に当てはまるだけでは、解雇が有効にならない 解雇については、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」、権利濫用となり、労働契約法16条により、無効になってしまう。これは、普通解雇も懲戒解雇にも共通するルールだ。 分かりやすい例で説明すれば、勤務中に私的メールを1通でもすると懲戒解雇事由に当たると就業規則に記載していたとしても、裁判所で、そのとおりの効力は認められないのだ。 就業規則に根拠が記載されているだけでは、解雇が有効にならないことを押さえておく必要がある。 3 裁判所ではどのように判断されるか 上述したとおり、裁判になると、解雇が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」、無効となる。 勤務中の私的メールを理由に解雇できるかについては、類似する事案における過去の裁判例から考えるのがよい。判断のポイントを説明しよう。 (1) 私的メールの期間が短い場合や頻度・回数が少ない場合、解雇は無効 まず、私的メールの期間が短い場合や頻度・回数が少ない場合、仕事に支障を生じさせる程度のものではないことを理由に解雇無効と判断される。 例えば、約13ヶ月間、32通の私的メールを送信したことを理由に解雇した事案で、裁判所は、職務に支障を生じさせる程度のものではないとして、解雇無効と判断している(東京地判平成19年9月18日)。平均して、月2通から3通程度では、解雇することはできないという結論自体は、納得いただける方も多いだろう。 では、1ヶ月2通ではなく、1日2通ではどうか。 この点については、20日間で39通、1日当たり2通程度の私的メールを送受信した事案で、裁判所は、私的メールによって職務遂行に支障を来したとはいえないと判断して、私的メールの送受信を理由とした解雇を無効と判断している(東京地判平成15年9月22日)。この事案では、取引先に「アホバカCEO」と上司を誹謗するメールを送っているが、それでも裁判所は解雇無効と判断している。期間も20日間と短いので、仮に何らかの処分をするとしても、いきなり解雇するのではなく、解雇以外の懲戒処分を選択すべきであったということになるのだろう。 (2) 私的メールの回数が多い場合でも裁判所の判断は分かれている では私的メールの回数が多い場合は、解雇有効と判断されるかどうかだが、そこまで単純に割り切れる話ではない。ポイントになるのは、メールの相手方と内容である。 まず解雇有効と判断した裁判例から確認したい。 他方、メールの回数は多くても、解雇無効と判断した裁判例もある。 4 実務上の指針 上述したとおり、私的メールの期間が短い場合や頻度・回数が少ない場合、解雇しても無効と判断されると考えてよい。メールの内容に多少問題があっても、回数が少なければ、同様に解雇無効と判断されるだろう。 回数が多い場合でも、相手方と内容によっては、解雇無効と判断されてしまう可能性もある。 このように勤務中の私的メールを理由とした解雇は、それほど簡単に認められるわけではない。ただし、解雇が無効と判断される可能性が高いということは、そのまま放置して、何も処分しなくていいということを意味しない。 メールの回数が少なくても内容に問題があるケース、メールの回数が少ないとまでいえないが解雇するに至らないケースについては、事案に応じて、解雇以外の懲戒処分(戒告、減給、出勤停止、降格)を検討すべきといえる。他の処分とのバランスも考慮する必要があるが、まずは1番軽い懲戒処分として戒告を検討すべきケースが多い。 解雇無効と判断した裁判例の中には、これまで社内で私的メールが問題視されていなかったことを指摘するものもある。仮に懲戒処分をしない場合、上司からメールや書面等で、勤務中に私的メールをしないよう個別に注意することをお勧めしたい。 私的メールが事実上黙認されている職場の場合、全体にアナウンスし、禁止を周知徹底することも必要である。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例52】 「区分所有建物における共同利益違反行為とその解消策」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 区分所有建物であるマンションの1室は空き家となっており、ベランダや居室内にごみがあふれ苦情が出ています。また、敷地内の駐車場には、使用細則に反して当該空き家の区分所有者のものと思われる車検切れの自動車が放置されています。 管理組合から空き家の区分所有者に対して改善を申し入れましたが、応じてもらえません。そこで、管理組合では、法的手続を講じるとともに、使用細則に駐車場の不正使用を理由に違約金を発生させる条項を定めることも検討しています。この場合、どのような点に留意して対応すればよいでしょうか。 1 はじめに 一部の区分所有者が区分所有建物を区分所有者の共同の利益に反して使用すると、様々な不都合や実害が生じるため、管理組合としては適切かつ迅速に対応する必要がある。本事例では、ごみや自動車が放置されているような事案の対応策を検討することにしたい。なお、建物の区分所有等に関する法律を「区分所有法」として表記する。 2 共同利益違反行為に対する法的措置 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為(以下「共同利益違反行為」という)をしてはならない義務を負う(区分所有法第6条第1項)。この「建物の管理又は使用に関し」は広く解釈されており、建物そのものの管理又は使用に関する事項だけでなく、敷地や付属施設の管理又は使用に関する事項も含まれる。 共同利益違反行為に当たるかどうかは、当該行為の必要性の程度、これによって他の区分所有者が被る不利益の態様、程度等の諸事情を比較衡量して判断するものとされている(東京高判昭和53年2月27日・下民集31-5~8-658)。例えば、専有部分や共用部分に大量のごみが放置され、異臭やゴキブリの発生等の具体的被害が発生しているような場合や、規約等に反して敷地の一部の駐車場に車検切れの自動車を長期間放置しているような場合には、共同利益違反行為に当たりうる。 共同利益違反行為に当たる場合やそのおそれがある場合、管理組合は、区分所有法第57条に基づいて、当該違反をしている区分所有者に対して、裁判外又は裁判によって行為の停止、行為の結果の除去、予防措置を請求することができる。また、共同利益違反行為による共同生活上の障害が著しく、同条による請求によっては共同生活の維持が困難である場合には、同法第58条に基づく専有部分の使用禁止裁判の請求や、これらによる方法では共同生活維持が困難である場合には同法第59条に基づく競売請求も講じうる。なお、規約において、共同利益違反行為以外の事項であっても規約に定める措置を講じる権限を付与していることもあるため(マンション標準管理規約(単棟型)(以下「標準管理規約」という)第67条)、事前に区分所有建物の規約を確認しておくべきであろう。 3 違約金条項の追加と「特別の影響」の有無 区分所有建物の駐車場の利用関係には様々な形態があるところ(標準管理規約第15条)、駐車場の利用方法等は、「建物又はその敷地(略)の管理又は使用に関する区分所有者相互間の事項」(区分所有法第30条第1項)であるから規約事項に当たると考えられる。駐車場の利用が適正に行われないと、区分所有者間の公平を害し、管理組合の管理責任が生じるおそれもある(マンションの戸数に対して駐車場の数が足りない場合に特に顕在化する)。そこで、規約や使用細則に、違約金条項(1日当たり◯◯円等)を追加して違反状態の解消を促すことが考えられる。 問題は、特定の違反者への適用を念頭に、違約金条項を追加するため規約や使用細則を変更することが区分所有法第31条第1項後段に規定する「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」に当たり、当該区分所有者の同意を要するかである。 まず、違約金条項は、区分所有者全員に等しく適用されるものであるから、「一部の区分所有者の権利」に関する規約の変更ではないとも考えられる。しかし、区分所有法第31条第1項後段の趣旨は、多数者による決定から少数者の利益を保護する点にあることからすれば、特定の区分所有者への適用を念頭に違約金条項を導入しようとする場合も、「一部の区分所有者の権利」に関する規約の変更に当たると解するべきである(東京地判平成30年3月13日・判タ1467号225頁)。 次に、「特別の影響を及ぼすべきとき」に当たるかどうかは、規約の変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の区分所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該区分所有関係の実態に照らして、その不利益が区分所有者の受忍すべき限度を超えると認められるかどうかによって判断される(最判平成10年10月30日・民集52巻7号1604頁)。管理組合にとって、違約金条項は、規約等違反の状態を是正して区分所有者相互間の公平な駐車場の利用を実現するために必要なものであり、合理的なものと考えられる。一部の区分所有者が被る不利益は個別に判断せざるを得ないが、前掲・平成30年東京地判は、管理組合が催告した日の翌日から違約金が発生するものであり、違反者に予見可能性が担保されていることを理由に合理性を認定し、1日当たり5,000円とする違約金条項を2,500円の限度で有効と評価した上で、特別の影響がない旨結論付けており、同種の事案の参考になりうる。 4 本件について ごみや自動車の放置が共同利益違反行為に当たる場合、管理組合は区分所有者が管理組合からの請求に応じないことを踏まえ、当該区分所有者に対して、区分所有法第57条第1項に基づいて、ごみの撤去及び放置自動車の移動を求める裁判を提起することが相当である。なお、規約により理事長等に共同利益違反行為に至らない程度の行為に対する法的措置の権限を付与していることもあるので、これも検討するべきである。 放置自動車に対する違約金条項を規約等に設ける場合、違約金を自動車の放置の始期にさかのぼって発生させると高額になる可能性があるため、違反者の同意が必要となる可能性もある。適切な違約金の単価設定は個別判断にならざるを得ないが、違約金の発生時期を管理組合が催告した日の翌日とするなど、自動車を放置し続ければ違約金が発生する予見可能性を違反者に与えるような内容にすることなどに留意するべきであろう。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第71話】 「副業(ギグワーカー)の所得区分」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・君は・・・まだ、マスクをしているのか?」 中尾統括官は、マスクをしている浅田調査官の顔を見て言う。 「ええ、もう3年もマスクを付けていると・・・何となく外すのが恥ずかしいような気がして・・・」 浅田調査官は、マスクの下で、照れ笑いをしている。 「・・・マスクを付けることに慣れたせいか、マスクは、顔の一部のようになったと・・・女子職員も言っていました・・・」 浅田調査官は、付け加える。 「そうか」 中尾統括官は、憮然と答える。 「ところで・・・中尾統括官・・・ギグワーカーって・・・知ってますか?」 「ギグワーカー?」 突然の質問に、中尾統括官は真剣な顔になる。 「・・・インターネットを通じて・・・仕事を受注し・・・自分の好きな時間に働くという・・・最近話題になっている職業だな・・・」 中尾統括官は、以前、新聞で読んだ記事を思い出しながら言う。 「そうです・・・単発の仕事を請け負う人のことなんですが・・・社会のデジタル化が進むにつれて、会社員が副業で行うケースが増えているらしいのです・・・」 「最近では、上場企業なども社員の副業を認めているケースが多いからな・・・もっとも、税務職員の副業は禁止されている」 中尾統括官は、苦笑する。 「この副業については、申告漏れが多いという報道があります」 浅田調査官の言葉に、中尾統括官は大きく頷く。 「そうだなあ・・・会社員の副業をすべて把握することは難しいかもしれない・・・獲得する金額が少額のケースも多いと思われるし・・・」 中尾統括官は、諦め顔である。 「・・・そして、この副業について、事業所得とするか、雑所得とするかは・・・社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する・・・と所得税基本通達35-2(業務に係る雑所得の例示)の(注)で述べられています・・・」 そう言うと、浅田調査官は、同通達の(注)を読み上げる。 「これって・・・帳簿書類の保存の有無によって、所得を事業所得と雑所得に分けているのですが・・・この基準でよいのでしょうか?」 浅田調査官は、首を傾げる。 「・・・帳簿書類の保存の有無については・・・次のように解説されている」 そう言うと、今度は、中尾統括官が、通達の解説文を読み上げる。 「・・・しかし、これだと・・・事業所得とする理由にはならないと思うのですが・・・」 浅田調査官は、解説文を見ながら、呟く。 中尾統括官は、机の上で、おもむろに図を描く。 「・・・ただ、帳簿書類の保存がなくても、収入金額が300万円を超え、事業所得と認められる事実がある場合には、事業所得に該当し、逆に、帳簿書類の保存があっても、収入金額が僅少な場合やその所得を得る活動に営利性が認められないときには、雑所得に該当するとなっています・・・」 浅田調査官は、上記の図の下に、新たな図を付け加える。 「本通達の(注)の前段では、事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動を、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定するという取扱いを明らかにしています・・・そして、具体的に、東京地裁昭和48年7月18日判決では社会通念について、次のように述べています」 浅田調査官は、東京地裁の判示を読み上げる。 「・・・令和2年度の税制改正で、業務に係る雑所得について、前々年の収入金額が300万円を超える場合には、取引に関する書類の保存を義務付ける改正が行われており、本通達の収入金額300万円については、この改正において、収入金額300万円以下の小規模な業務を行う納税者について、取引に関する書類の保存を求めないこととされたことを踏まえたものだ」 中尾統括官は、机の上に置かれている税務六法から、所得税法232条2項を探し出し、令和2年度の税制改正を説明する。 (つづく)
《編集部レポート》 日本税理士会連合会第17代会長に太田直樹氏が就任 ~価値観の多様性への対応に向け「都市圏と地方の連携・融合」を提唱~ Profession Journal 編集部 日本税理士会連合会は2023年7月27日(木)、帝国ホテルにおいて第67回定期総会を開催し、第17代会長として太田直樹氏を選任した。 (第17代会長に就任した太田直樹氏) 総会後に行われた記者会見の席において、太田氏は会長就任に伴う挨拶を述べ、今後の重点施策や日税連のインボイス対応等に係る質問に答えた。 太田氏は、価値観の多様性へ対応できる税理士会の構築のため「都市圏と地方の連携・融合」を提唱し、これを支える3つの柱として、①国民・納税者との更なる信頼関係の構築、②民主的な会務運営及び都市圏と地方の連携・融合、③組織的、戦略的な施策を積極的に実施することを掲げるとともに、実現のための重点施策として、以下の8項目を明らかにしている。 * * * なお、既報のとおり、先般創設された「日本税理士会連合会・金子宏賞」及び第46回「日税研究賞」の贈呈式も行われた。 (令和5年度「日本税理士会連合会・金子宏賞」の贈呈式の様子) (了)
《速報解説》 監査役協会より「主要監査業務のポイントと事例研究 (中間報告)」が公表される ~監査の実効性と効率性の向上を目指し、実務上の課題に対応した工夫事例にも言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年7月20日付で(ホームページ掲載日は2023年8月1日)、日本監査役協会 本部監査役スタッフ研究会は、「主要監査業務のポイントと事例研究-監査の実効性と効率性の向上を目指して-(中間報告)」を公表した。 これは、監査役スタッフの誰もが関わる重要業務を対象にして、その趣旨・目的、業務上のポイント及び留意点、実務上の課題に対応した工夫事例について研究したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 次のテーマを取り扱っている。 以下では、主なものについて解説する。 1 役職員からの定例報告聴取 趣旨・目的として、監査役等は、取締役の職務の執行を監査するため、代表取締役と定期的に会合し、監査役等の監査に必要な情報収集を行うほか、経営上の懸念事項を伝達し対処を求め、相互に意見交換を行う必要があることなどを記載している。 業務上のポイント及び留意点として、事業部門役職員からの定例報告聴取の例が記載されており、例えば、善管注意義務・忠実義務、法令遵守、株主からの受託責任についての認識が記載されている。 実務上の課題に対応した工夫事例として、例えば、事前に質問事項を知らせずに、当日その場で回答させることで、対象者の生の声を聞きだすようにしていることが記載されている。 2 重要書類等の閲覧 重要書類等の閲覧は、会社法381 条2項の業務財産調査権に基づく、監査役の基本的かつ重要な監査の方法の1つであるとし、重要な決裁書類等について取締役会等へ付議すべき事項が稟議・決裁だけで済まされていないかを確認することなどが記載されている。 実務上の課題に対応した工夫事例として、例えば、稟議・決裁手続がシステム化されており、承認後に常勤監査役及び監査役スタッフに通知メールが届くようになっている報告体制について記載されている。 3 社外取締役との連携 監査役と社外取締役との連携の目的について、業務執行に対する監督機能を担う社外取締役との間で、監査上の重要課題等に関する認識共有を図り、監査役監査活動に活かすことをあげている。 一方、監査役にとっては社外取締役も監査役監査の対象であり、監査役は社外取締役の監督義務の履行状況の監査を行う必要があり、その点からも意見交換の実施は重要であるとしている。 実務上の課題に対応した工夫事例として、例えば、社外取締役、社外監査役は常勤監査役と比較して業務執行状況の情報取得機会が少ないため、常勤監査役と監査役スタッフが中心となって情報共有を進めていることが記載されている。 4 内部監査部門との連携 内部監査部門のレポートラインを、業務執行ラインだけではなく、監査役も報告先とすること(デュアルレポートライン)も推奨されるとしている。 特に、経営陣の関与が疑われる問題が生じた場合には、監査役への報告を優先するように社内規程に定めておくことが望ましいとしている。 実務上の課題に対応した工夫事例として、例えば、内部監査部門から監査役に往査の報告をする際には、部門長だけではなく往査担当者からも現地で見聞きしたこと、雰囲気等を報告してもらい、報告書に記載されない情報を得るようにしていることが記載されている。 5 会計監査人の監査報酬等の同意 実務上の課題に対応した工夫事例として、例えば、次のことが記載されている。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「上場会社等における会計不正の動向」の2023年版を公表 ~スタンダード及びグロース市場の会社において会計不正の発覚が増加傾向~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 日本公認会計士協会(経営研究調査会)は、2023年7月28日付けで経営研究調査会研究資料第10号「上場会社等における会計不正の動向(2023年版)」を公表した。 「上場会社等における会計不正の動向」(以下「研究資料」と略称する)は、2018年から毎年公表されているものであり、研究資料における分類項目を当初から変化させることなく、比較可能性が維持されている。 本稿では、公表された研究資料の概要を紹介するとともに、2018年3月期以降の会計不正の動向の変化について検討をしたい。 1 会計不正の定義 研究資料では、過去の研究資料と同様に、会計不正(Accounting fraud)の類型を、主に「粉飾決算」と「資産の流用」に分類したうえで、「粉飾決算」と「資産の流用」とに明確に区分できないものは「粉飾決算」に含めて集計している。 巻末に【参考】として記載されているそれぞれの定義の一部を引用する。 なお、定義については、2018年版から変更されていない。 2 会計不正の動向 研究資料で集計、分析を行っている項目は次の9つに分類されている、この分類についても、上述のとおり、2018年版以降、変更はない。 3 集計・分析結果の特徴 (1) 会計不正の公表会社数 会計不正を公表した会社の数は、2019年3月期から2023年3月期までの5年間で171社となっている。当該5年間では、2020年3月期の46社が最大であり、2023年3月期における会計不正の公表社数は34社で、前年同期の33社を上回った。 (2) 会計不正の類型と手口 会計不正を「粉飾決算」と「資産の流用」に分類した場合、2023年3月期までの5年間の平均で「粉飾決算」の割合が79.4%となっている。2023年3月期においては、件数ベースでは75.0%が「粉飾決算」で、前年同期の80.4%から減少しており、年度によってばらつきが見られるものの、75.0%から83.5%の範囲内に分布している。 粉飾決算の公表割合が80%程度で推移していることについて、研究資料では、「資産の流用による影響額よりも、粉飾決算による影響額の方が多額になる」ことから、「上場会社等が適時開示基準にのっとって公表する数は、粉飾決算の方が多くなると考えられる」と分析しており、この分析は2018年版以降、ほぼ同じ表現となっている。 不正の手口としては、収益関連の会計不正(売上の過大計上、循環取引、工事進行基準)の割合については5年間平均で37.6%、2023年3月期は38.1%であり、前年同期の48.9%を大きく下回っている。 (3) 会計不正の主要な業種内訳 2023年3月期までの5年間で、会計不正が行われた事業を基に分類した業種別の公表件数では、サービス業が31社でトップ、以下、卸売業22社と上位2業種の順位に変動はなかったものの、3番目に情報・通信業17社と続き、前年までは3番目であった電気機器は14社で、建設業の16社に続き5番目となった。 (4) 会計不正の上場市場別の内訳 会計不正を公表した会社が上場している市場別に分類したところ、2023年3月期においては、東証プライム市場10社(前年同期15社。以下括弧内の数字が前年同期を示す)、東証スタンダード市場16社(11社)、東証グロース市場7社(4社)、その他1社(3社)となり、前年度と比較すると、スタンダード市場及びグロース市場に分類される会社において、会計不正の発覚が増加傾向にある。 また、東証において市場区分の見直しが行われた後の上場会社数の割合と会計不正発覚会社の割合を図示すると、次のとおりである。 昨年までは、東証第1部及び東証第2部(本則市場)と新興市場との間で、上場会社数の市場別内訳の割合と会計不正の市場別内訳の割合が近似しているという分析が記されていたが、この記述は、2023年版では削除されている。 (5) 会計不正の発覚経路 2023年3月期までの5年間における会計不正の発覚経路は、内部統制等が38社、当局の調査等が32社、取引先からの照会等が24社、内部通報が22社、公認会計士監査が18社となっていて、前年との比較では、取引先からの照会等が17社から24社に増加している。また、内部通報により発覚するケースは、2022年3月期までの4年間平均が13.7%であったのに対して、2023年3月期は26.1%と増加しており、研究資料は、「内部通報制度は、職制ルートによらない不正の早期発見、未然防止の有効な手段とされており、今後も一層の利用促進が望ましい」としている。 (6) 会計不正の関与者 2023年3月期までの5年間における会計不正の主体的な関与者、共謀の有無などを分析した結果、関与者の役職や共謀の有無については年度ごとのバラつきが見られるものの、役員と管理職については、共謀して会計不正を行うことが多く(共謀が89社、単独が31社)、非管理職については、共謀17社、単独28社と、単独での会計不正が共謀を上回っていることが明らかになった。 (7) 会計不正の発生場所 2023年3月期までの5年間における会計不正の発生場所を上場会社(本社)、国内子会社及び海外子会社の別に分類して集計した結果、上場会社本体が85社、国内子会社が61社、海外子会社が31社となった(複数の場所で発生している会社については、それぞれ集計している)。2021年3月期及び2022年3月期は、上場会社本体での会計不正の発生社数(8社及び15社)を国内子会社(14社及び17社)が上回った状態が続いていたが、2023年3月期は上場会社本体が18社、国内子会社が10社と逆転している。一方、海外子会社における会計不正の件数は、2021年3月期以来、少ない状態が続いている。 会計不正が発覚した海外子会社の所在地については、中国が46.9%、北米・南米が21.9%、中国を除くアジアが18.8%となっている。 (8) 会計不正の不正調査体制の動向 2023年3月期までの5年間における会計不正発生時の調査委員会の組成を、「社内のみ」「社内+外部専門家」「外部専門家のみ」の3つに分類して集計したところ、それぞれ、21社、71社、72社となった。2022年3月期及び2023年3月期は、「外部専門家のみ」の調査委員会設置数が61社中32社と過半数を超えている。 会計不正の分類別に不正調査体制を比較すると、「粉飾決算」では「外部専門家のみ」で組成されている調査体制を採用する会社が多く(47.5%)、「資産の流用」では「社内のみ」または「社内+外部専門家」で調査に当たる会社が多くなっている(それぞれ39.1%)ことがわかる。 (9) 会計不正と内部統制報告書の訂正の関係 2023年3月期までの5年間において、会計不正の発覚に伴って、過年度の内部統制報告書を訂正した上場会社は71社であった。訂正を行った会社のうち65社は、会計不正の類型が「粉飾決算」であった。 内部統制報告書の訂正割合の変化に注目すると、2019年3月期の48.5%をピークに、2021年3月期は28.0%まで減少していたものの、2022年3月期には42.4%に増加していた。2023年3月期は38.2%となり、前年よりは4.2%減少している。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2023年7月27日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.529を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第28回】 「課税要件としての「帰属」の意義」 -冒用登記事件・最判昭和48年4月26日民集27巻3号629頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 本連載は、基本的には、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)で参照している(あるいは参照する予定の)判例の中から、同書における叙述の順に従って「税法基本判例」を取り上げ検討するものであるが(第1回Ⅰ参照)、前回までで同書第1編(税法の基礎理論)の参照判例の検討を一先ず終えて、今回からは同書第2編(税法通則)の参照判例の中から「税法基本判例」を取り上げ検討していくことにする。 今回は、前掲拙著第2編第1章(租税実体法)においていわゆる課税要件総論として検討した課税要件としての「帰属」の意義(前掲拙著【92】参照)に関して、冒用登記事件・最判昭和48年4月26日民集27巻3号629頁(以下「本判決」という)を検討することにする。 Ⅱ 課税要件としての「帰属」の意義 1 自己責任の原則との関係 「帰属」という言葉は、税法では、所得概念に関して「帰属所得」(前掲拙著【185】以下参照)、期間税の課税時期に関して「課税物件の年度帰属」(所得税・法人税については同【334】以下、【403】以下参照)といった概念の中でも用いられることがあるが、課税要件としての「帰属」は、「課税要件としての納税義務者と課税物件の結びつき」(同【92】)を意味する概念である。これを単に「課税物件の帰属」というと、「年度帰属」と混同されるおそれがあること(その「混同」には理由があり、むしろ両者を関連づけて理解すべきことについては前掲拙著【232】【336】参照)から、「人的帰属」ということもある。 ところで、税法はなぜ課税要件(その種類については前掲拙著【89】参照)の1つとして帰属(人的帰属)を要求するのであろうか。税法は帰属という課税要件についてはそれ自体に関する独立した明文の規定を定めておらず、それを法文中で「の」(格助詞/連体修飾格)・「有する」・「取得した」等の所有関係を示す語によっていわば「ひっそりと」定めているにすぎないが、このような規定態様ないし規定振りに鑑みると、帰属を納税義務者及び課税物件と並ぶ独立の課税要件とすることに、どのような意味があるのであろうか。 この点について、「いわゆる帰属の関係を主体的要件[=納税義務者]および客体的要件[=課税物件]のほかに存する第三の要件であるとするヘンゼルの説は誤りである」(須貝脩一『税法総論Ⅰ』(有信堂高文社・1978年)142頁)と説く論者もいるが、しかし、その論者も「所得税法の場合についても、課税物件は、実は、所得の所有、所得の帰属ということである」(同)との理解を前提にしてそのように説いていることからすると、実質的には、帰属が課税要件であることを否定するものではないと考えられる。 ともかく、税法において納税義務の成立を観念するには、納税義務の主体と客体との間に、当該客体に対する納税義務を当該主体に対して成立させることを根拠づける一定の「結びつき」が存在しなければならないことが「暗黙の前提」となっているように思われる。それは、現代の税法も近代法の基盤の上に構築された法であることを「暗黙の前提」としているからであるように思われる。 「近代法の構造というものは、すべて個人の意思を中心に構成されている」(伊藤正己『近代法の常識〔第3版〕』(有信堂・1992年)163頁)といわれるが、「すべての人は・・・・・・自己の自由な意思にもとづいて行動したことについては、その責任をとらなければならない」(石井金一郎『近代法入門』(法律文化社・1963年)18-19頁)という考え方が、現代の税法においても「暗黙の前提」となっているように思われるのである。 そのような考え方は「近代法の意思主義」(石井・前掲書19頁)から導き出されるものであり「自己責任の原則」と呼ぶことができようが、それは、自己の行為に関しては過失責任主義と重なるが、より広く、他人の行為その他の原因によって生じた結果については責任を負わないという原則を含むものである(波多野敏「近代法史からみた『自己責任』」法学セミナー561号(2001年)40頁のほか、拙著『税法創造論』(清文社・2022年)145頁[初出・2021年]参照)。なお、ここでいう「責任」には、今日では、自己の行為に基因・関連して法律によって課される責任も含まれ、これには納税義務も含まれると考えることができよう。 税法の定める課税要件は「私法上の債務関係の成立に必要な意思の要素に代わるもの」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)156頁)であるが、税法は租税法律主義の下で、納税義務を意思主義に基づく約定債務ではなく課税要件に基づく法定債務として構成する(前掲拙著『税法基本講義』【88】参照)一方で、自己責任の原則についてはこれを排除せず「暗黙の前提」として、帰属(人的帰属)を課税要件として要求したものと考えられる。 要するに、課税要件としての帰属は、近代法上の自己責任の原則の、税法における現れであり、その意味で「課税要件の根幹」ともいうべきものである(本判決は、後でみるとおり、「課税要件の根幹についての重大な過誤」を問題にしたものである)。 2 財産権保障との関係 帰属が「課税要件の根幹」であることは、憲法の財産権保障(29条)の観点からも、いえることである(前掲拙著『税法基本講義』【92】参照)。このことは、大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁における谷口正孝裁判官の補足意見の次のような考え方の中で、示唆されているように思われる。 この考え方は、いわゆる「所得なきところに所得課税なし」の原則を憲法の財産権保障から導き出すものと解されるが(前掲拙著『税法基本講義』【25】参照)、この原則は所得概念に関してだけでなく所得の帰属(人的帰属)に関しても重要な意味をもつものと考えられる(前掲拙著『税法創造論』450-451頁[初出・2007年]参照)。つまり、所得が担税力の増加をもたらす経済的利得を意味する以上、これが帰属しない者に対して所得税を課税することは、不当・不合理な財産権侵害に該当することになろう。 このことは、所得という課税物件についてだけでなく課税物件一般についていえることである。すなわち、課税物件は一般に「担税力の存在を推認させる対象物、行為または事実」(前掲拙著『税法基本講義』【91】)であるから、これが帰属しない者に課税すれば、その者の財産権に対する不当・不合理な侵害をもたらすことになるといえるのである。 Ⅲ 冒用登記事件=人違い課税事件 さて、今回取り上げる「冒用登記事件」については、筆者は別の機会に、「人違い課税事件」と称して「事実は小説より奇なり」との副題の下でその事案を簡略化し、次のように述べたことがある(共著『基礎から学べる租税法〔第3版〕』(弘文堂・2022年)87頁)。 本判決は、下記のとおり判示し(下線・傍点筆者)、課税処分の無効に関する規範を定立し(ⓐ)、本件課税処分について当該規範を適用して(ⓑ)、「原審認定の事実関係のみを前提とするかぎり」においては本件課税処分の無効(当然無効)を認め、もって原判決(東京高判昭和42年4月17日民集27巻3号653頁)を破棄した上で、原審に差し戻した。なお、差戻原審・東京高判昭和49年10月23日行集25巻10号1262頁は原判決を取り消し本件課税処分の無効を確認した。 本判決は、このように、課税処分の無効の判断について、「一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと等」(前記ⓐの第1下線部)を一般的考慮事由として、「課税要件の根幹についての重大な過誤をおかした瑕疵」(前記ⓑの第1下線部)を(取り消し得べき瑕疵と区別される)無効の瑕疵と認め、課税処分の無効を根拠づける「例外的な事情」(前記ⓐの第2下線部)とこれを阻却する「特段の事情」(前記ⓑの第2下線部)とで構成する判断枠組み(前掲拙稿『税法基本講義』【146】参照)を示した。 ここで上記の一般的考慮事由にいう「等」については、「租税実体法上理由のない利得の保有を国および地方団体に認めることは正義・公平の観点から見て適切でないこと」(金子・前掲書921頁)ないし「その[課税処分の]公定力を否認しないと、租税債権という金銭債権の不存在による不当利得の享受を国に認容することになり、正義・公平の原則に反すること(『未必所得』課税額不当利得返還請求事件・最判昭和49年3月8日民集28巻2号186頁も参照)」(前掲拙稿『税法基本講義』【146】)が、これに当たると考えられる。 本判決に関する調査官解説(可部恒雄「判解」最判解民事編(昭和48年度)532頁)は行政処分の無効の瑕疵について判例の立場を次のとおり述べ(544-545頁。下線筆者)、その上で、本判決の結論(破棄差戻)について「その理由は、当該課税処分を無効とすべき『例外的事情のある場合』にあたるか否か、さらに本判決指摘の〝特段の事情〟の有無につき審究すべきものと見たが故である。」(545頁)と述べている。 この調査官解説によれば、「本判決によって、形式的、カテゴリー的『重大明白』理論は退けられたみることができる」(塩野宏「判批」別冊ジュリスト120号(1992年)・租税判例百選〔第3版〕156頁、157頁)が、とはいえ、「この事件は、やや特別な事情の下にあるものなので、最高裁判所が一般的に明白性の要件の必要性を否定したということはできない」(同『行政法Ⅰ〔第6版〕行政法総論』(有斐閣・2015年)182頁)とみるべきであろう。 このようにみてくると、「瑕疵の明白性につき真にリーディング・ケースの名に値するもの」(可部・前掲「判解」541頁)とされる最判昭和36年3月7日民集15巻3号381頁は、「いわば悪意の者による無効主張を排除しようとする文脈で、瑕疵の明白性に言及している・・・・・・、『不可争的効果による不利益を甘受させること』が著しく酷であるとはいえない場面についての判示」(中川・丈久「判批」別冊ジュリスト178号(2005年)・租税判例百選〔第4版〕200頁、201頁)であると解されることから、この判決と本判決とを「統合的に捉える見方」(同頁)により、「本件昭和48年最判こそが、無効の判断基準の全体像を示したものであり、昭和36年最判はその1つの現れ方であると位置付ける」(同頁。下線筆者)のが妥当であろう。このような理解によれば、本判決の立場はいわゆる「重大説」ではなく「明白性補充要件説」(塩野・前掲書181頁)というのがより正確であろう。 本判決を以上のように理解すると、熊本ネズミ講[法人税]事件・最判平成16年7月13日訟月51巻8号2116頁が次のとおり判示して(下線筆者)、本判決の立場に従ったものと解される原審判断を否定したのも、本判決にいう「特段の事情」(前記ⓑの第2下線部)の存在を認定したからであると解される。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、課税要件としての「帰属」について、その意義を明らかにした後、これに関して本判決の判断枠組み及び位置づけを検討した。 帰属(人的帰属)は、課税要件の1つとされながら実定税法上はいわば「ひっそりと」定められているにすぎないが、「課税要件の根幹」として重要な意義を有するものと考えられ、判例上、帰属に関する判断の過誤は「課税要件の根幹についての重大な過誤」として課税処分を無効ならしめる瑕疵(無効の瑕疵)であるとされている。 ただ、本判決が課税処分の無効を根拠づける「例外的な事情」がある場合を認めつつも、同時に、これを阻却する「特段の事情」を認めたのは、課税要件としての帰属を、近代法上の自己責任の原則の、税法における現れとして(前掲拙著『税法創造論』146頁参照)、無効の瑕疵の明白性をめぐる「相対立する要請の調和、利益衡量」(可部・前掲「判解」544-545頁)の中で、考慮した結果であるとも解される。このことも、本連載において重視する「税法の基礎理論」的思考(第1回Ⅰ参照)の成果であると考えるところである。 (了)
〈事例で学ぶ〉 法人税申告書の書き方 【第45回】 「別表6(26) 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」及び「別表6(26)付表一 給与等支給額及び比較教育訓練費の額の計算に関する明細書」 税理士 柴田 知央 Ⅰ はじめに 今回は、実務でも適用する企業が多いと思われる、いわゆる「賃上げ促進税制」のうち中小企業向けの記載の仕方を取り上げる。 令和5年度税制改正では、当該制度内容の改正は行われていないが、別表番号がそれぞれ「6(31)、6(31)付表一」から「6(26)、6(26)付表一」に変更され、「連結事業年度」の文言が削除されている。 Ⅱ 制度の概要 本制度は、青色申告書を提出する法人が、令和4年4月1日から令和6年3月31日までの間に開始する各事業年度において、国内雇用者に対して支給する給与等を増額した場合、一定の要件を満たすときは、その増加額の一部を法人税額から控除することができる制度である(措法42の12の5)。 租税特別措置法第42条の12の5では、大企業向けの措置である第1項と中小企業向けの措置である第2項が規定されている。 (1) 適用対象者 中小企業向けの措置の適用対象者は、青色申告書を提出する中小企業者又は農業協同組合等である(措法42の4④、⑲七・八・九、措令27の4㉕)。 中小企業者とは、下記に掲げる法人をいう。 また、中小企業者に該当することとなっても、前3事業年度の所得金額の平均額が15億円超である適用除外事業者に該当する場合には、中小企業向けの措置は適用できない。 (2) 適用要件 適用要件は、下記の①及び②の要件である。 「雇用者給与等支給額」は、適用年度の損金の額に算入される国内雇用者に対する所得税法第28条第1項に規定する給与等の支給額から給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金額を除く)を控除した金額をいい、「比較雇用者給与等支給額」は、前事業年度における雇用者給与等支給額をいう。 (3) 税額控除限度額 税額控除限度額は、下記により計算した金額が法人税額から控除される。ただし、控除額の上限は法人税額の20%相当額となる。 「控除対象雇用者給与等支給増加額」は、雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を差し引いた金額である。ただし、調整雇用者給与等支給増加額が上限となる。 また、控除率は、雇用者給与等支給額の増加割合及び教育訓練費の額の増加割合により、控除率が上乗せされる。 なお、本制度の詳細は、中小企業庁ウェブサイトの「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」を参照いただきたい。 Ⅲ 「別表6(26)」及び「別表6(26)付表一」の書き方と留意点 (1) 設例 (2) 今回の別表が適用される事業年度 令和5年4月1日以後終了する事業年度。 (3) 別表の記載例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (4) 別表の各記載欄の説明 〇適用可否の判定 まず、別表6(26)〔1欄〕から〔3欄〕までに本制度が適用できる法人か否かの判定を行う。 〇適用事業年度の雇用者給与等支給額等の計算 続いて、別表6(26)付表一の〔1欄〕から〔5欄〕で適用事業年度の雇用者給与等支給額等を計算する。 〇比較雇用者給与等支給額等の計算 別表6(26)付表一の〔6欄〕から〔12欄〕で比較雇用者給与等支給額等を計算する。 〇比較教育訓練費の額の計算 別表6(26)付表一の〔20欄〕から〔24欄〕で比較教育訓練費の額を計算する。 ちなみに、〔13欄〕から〔19欄〕までは、租税特別措置法第42の12の5第1項を適用する場合に記入。 〇雇用者給与等支給増加割合の計算 別表6(26)に戻り、〔4欄〕から〔7欄〕で雇用者給与等支給増加割合を計算する。 〇調整雇用者給与等支給増加額の計算 別表6(26)〔8欄〕から〔10欄〕で調整雇用者給与等支給増加額を計算する。 〇教育訓練費増加割合の計算 別表6(26)〔15欄〕から〔18欄〕で上乗せ措置の適用を受けるための教育訓練費の増加割合を計算する。 〇税額控除限度額の基礎となる差引控除対象雇用者給与等支給増加額を計算 別表6(26)〔19欄〕から〔21欄〕で、税額控除限度額の基礎となる差引控除対象雇用者給与等支給増加額を計算する。 〇中小企業者等税額控除限度額の計算 租税特別措置法第42条の12の5第2項の適用を受ける場合には、別表6(26)〔25欄〕から〔27欄〕で税額控除限度額を計算する。 〔25欄〕と〔26欄〕は、それぞれ上乗せ措置の適用がある場合に記入。 〇法人税額の特別控除額の計算 別表6(26)〔28欄〕から〔32欄〕で、特別控除額を計算する。 〇適用額明細書の記載 本措置を適用した場合の適用額明細書への記載は次のとおりである。 (了)