《速報解説》 「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」が公布される ~監査報告書の報酬関連の記載事項に係る改正~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和5(2023)年3月27日、「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第21号)が公布された。「「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令」の取扱いに関する留意事項について(監査証明府令ガイドライン)」も改正されている。 これにより、令和4(2022)年12月23日から意見募集されていた内閣府令(案)等が確定することになる。内閣府令(案)等に対するコメントはなかったとのことである。 これは、監査報告書の記載事項に公認会計士又は監査法人が被監査会社等から受領する報酬に関連する事項を追加するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 監査証明を受けようとする会社その他の者を「被監査会社等」と規定する。 「「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令」の取扱いに関する留意事項について(監査証明府令ガイドライン)」も改正する。 1 監査報告書の記載事項の追加 監査報告書の記載事項として、次の規定を設ける(「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令」4条1項1号リとして追加)。 2 記載不要となる報酬関連事項 報酬関連事項は、次の有価証券届出書・有価証券報告書に係る監査報告書には記載不要となる。 3 省略できる報酬関連事項 次の場合には、参照文言を記載することなどの要件を満たすことにより、報酬関連事項の記載を省略できる。 Ⅲ 施行期日等 令和5(2023)年4月1日から施行する。 この府令による改正後の「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令」4条の規定は、この府令の施行の日以後に開始する事業年度又は連結会計年度に係る財務諸表等の監査証明について適用し、同日前に開始した事業年度又は連結会計年度に係る財務諸表等の監査証明については、なお従前の例による。 ただし、当該財務諸表等の監査証明のうち同日以後に終了する事業年度又は連結会計年度に係るものについて適用することを妨げない。 (了)
《速報解説》 令和5年3月期以降の有報の作成・提出に際しての留意事項及び有報レビューを金融庁が公表 ~令和5年度の重点テーマ審査は「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和5(2023)年3月24日、金融庁は次のものを公表した。 令和5(2023)年3月期以降の有価証券報告書の作成に当たっては、これらに記載されている事項に特に注意し、適切に作成する必要があると考えられる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項について 令和5(2023)年3月期以降の事業年度に係る有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項として、以下のことを述べている。 1 新たに適用となる開示制度に係る留意すべき事項 2023年3月期以降に適用される開示制度に係る公表・改正のうち、主なものは次のとおりである。 2 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項 令和4(2022)年度の有価証券報告書レビューに関して、現在(2023年3月24日時点)までの実施状況を踏まえ、複数の提出会社に共通して識別された事項に関し、今後の有価証券報告書の作成にあたって留意すべき事項について述べている。 当該事項を記載している別紙1は、表紙を含めて33ページある。 記載内容が不十分であると認められた事項には、会計監査の対象となる財務諸表等に関わるものも含まれているため、留意すべき事項等については、提出会社だけでなく、監査を実施する公認会計士又は監査法人においても、十分に留意いただきたいと記載されているので、改めて有価証券報告書の作成に際しては注意が必要である。 令和4(2022)年度の有価証券報告書レビューでは、以下の事項に着目して審査を実施している。 3 法令改正関係審査関係 4 重点テーマ審査関係(「収益認識に関する会計基準」関係) 「収益認識に関する会計基準」関係について、全般的な留意事項として、次の問題が識別されている。 付録として、「収益認識に関する会計基準の主な好開示例」が記載されている。 個別の留意事項は、次のとおりである。 Ⅲ 重点テーマ以外の主な項目に関する留意事項 Ⅳ 有価証券報告書レビューの実施について(令和5年度) 1 法令改正関係審査 次の法令改正事項について、令和5(2023)年3月期以降の事業年度に係る有価証券報告書の全提出会社を対象として審査を行う。 有価証券報告書提出会社は、別添の「調査票」に回答することが求められているので、有価証券報告書の作成に際して注意が必要である。 2 重点テーマ審査 次のテーマに着目し、令和5(2023)年3月期以降の事業年度に係る有価証券報告書の提出会社の中から審査対象会社を選定するとのことである。 令和5(2023)年1月に施行された企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令の適用に伴い、有価証券報告書において開示される「サステナビリティに関する考え方及び取組」に関する記載内容について自主的な改善に資するよう審査するとのことである。 財務局等からの質問状には、次の観点も反映していると述べられており、本3月期の有価証券報告書の作成に際しても、下記の観点を十分に考慮し、開示の要否を判断すべきものと解される。 (了)
《速報解説》 金融庁、「記述情報の開示の好事例集2022」を更新 ~新たに求められる「コーポレート・ガバナンスに関する開示」の参考となる開示例も記載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023(令和5)年3月24日、金融庁は、「「記述情報の開示の好事例集2022」の更新」を公表した。 これは、新たに「コーポレート・ガバナンスの概要」、「監査の状況」、「役員の報酬等」及び「株式の保有状況」に関する開示の好事例を追加するものである。 2023(令和5)年1月31日に公布された「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第11号)により、新たに求められている「コーポレート・ガバナンスに関する開示」の参考となる開示例も記載されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ コーポレート・ガバナンスの概要(取締役等の活動状況を含む)の開示例 1 主な開示のポイント 例えば、次のことが記載されている。 2 好事例として取り上げた企業の主な取組み 投資家に自社の取組みを理解してもらえるような開示を意識し、取締役会の実効性評価について、評価手法及び評価結果、それらを踏まえた今後の取組みをナラティブな形で丁寧に開示することを心掛けたことなどが記載されている。 3 好事例のポイント 例えば、次のことが記載されている。 Ⅲ 監査の状況の開示例 1 主な開示のポイント 例えば、次のことが記載されている。 2 好事例のポイント 例えば、次のことが記載されている。 Ⅳ 役員の報酬等の開示例 1 主な開示のポイント 例えば、次のことが記載されている。 2 好事例として取り上げた企業の主な取組み 長期インセンティブ型報酬のKPI及び評価ウェイトについて、近年の外部事業環境の変化等を踏まえ、どのようなESG関連指標を採用するかを含め、その設定や変更について投資家に説明していく必要があったことなどが記載されている。 3 好事例のポイント 例えば、次のことが記載されている。 Ⅴ 株式の保有状況の開示例 1 主な開示のポイント 例えば、次のことが記載されている。 2 好事例として取り上げた企業の主な取組み 投資家及び取引先との対話を行い、政策保有株式の持ち合いの解消は、取引先との関係維持、買収防衛等にほとんど影響を与えることはなく、資本効率の改善等を通じて、企業価値の向上に繋がると理解したことなどが記載されている。 3 好事例のポイント 例えば、次のことが記載されている。 Ⅵ 記述情報の開示に関する充実化の動向 1 開示の充実を期待するポイント 例えば、次のことが記載されている。 2 好事例として取り上げた企業の主な取組み 経理担当役員が、外部の研究会等に参加し、有価証券報告書を含め、ESG課題への取組みについて価値創造ストーリーとの繋がりを開示することが投資家から強く求められていることを認識したことなどが記載されている。 3 開示の充実化が進展している企業の事例 例えば、次の事例が紹介されている。 4 開示の充実化が進展していない企業の事例 (了)
《速報解説》 金融庁が「監査法人のガバナンス・コード」の改訂を公表 ~監査品質の持続的向上に向け、独立性を有する第三者の知見の活用にも言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和5(2023)年3月24日、監査法人のガバナンス・コードに関する有識者検討会は、「「監査法人の組織的な運営に関する原則」(監査法人のガバナンス・コード)の改訂について」を公表した。 これにより、令和4(2022)年12月26日から意見募集されていたパブリック・コメント案が確定することになる。パブリック・コメント案に対するコメントの概要及びコメントに対する考え方も公表されている。 これは、令和3年11月に「会計監査の在り方に関する懇談会(令和3事務年度)」で取りまとめた論点整理や、令和4年1月に「金融審議会公認会計士制度部会」で取りまとめた報告書などを受けて検討したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 上場企業等の財務書類について監査証明業務を行う監査事務所に関する登録制度の導入等を内容とする「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律」が令和4年5月に成立・公布されている。 また、これに伴う関連政府令が令和5年1月に公布・施行され、上場企業等を監査する監査事務所は、監査法人のガバナンス・コードに沿った業務を実施する体制や充実した情報開示を行うための体制を整備することなどが義務づけられている。 1 監査法人が果たすべき役割 上場企業等の監査を行う監査法人には、その規模にかかわらずより一層高い会計監査の品質を確保するための組織的な体制整備が求められる。 また、法人の構成員による職業的懐疑心が十分発揮されるよう、適切な動機づけを行う人材育成の環境や人事管理・評価等に係る体制の整備に留意する。 グローバルネットワークへの加盟や他の法人等との包括的な業務提携等については、会計監査の品質の確保への効果が期待される反面、監査法人の意思決定に影響を与え得ることなどにより、会計監査の品質の確保やその持続的向上に支障をきたすリスクを生じさせる可能性もある。 指針において次のことが記載されている。 2 組織体制 上場企業等の監査を担う監査法人は、無限責任監査法人や有限責任監査法人といった法人形態その他の形式的又は実質的な違いにかかわらず、会計監査の品質の確保及びその持続的向上を図る観点から実効的な経営機能を有することが必要である。 例えば、監督・評価機関を設け、独立性を有する外部の第三者の知見を活用することが記載されている。 指針において次のことが記載されている。 3 透明性の確保 指針において、監査法人は、品質管理、ガバナンス、IT・デジタル、人材、財務、国際対応の観点から、規模・特性等を踏まえ、以下の項目について説明することを示している。 また、グローバルネットワークに加盟している監査法人や、他の法人等との包括的な業務提携等を通じてグループ経営を行っている監査法人は、以下の項目について説明することを示している。 (了)
《速報解説》 会計士協会が「監査ツール」の改正案を公表 ~倫理規則の改正等に対応して多数の様式を変更・新設~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年3月20日、日本公認会計士協会は、「監査基準報告書300実務ガイダンス第1号「監査ツール(実務ガイダンス)の改正」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、2022年6月の「監査事務所における品質管理」(品質管理基準報告書第1号)などの改正や、2022年7月の倫理規則の改正に対応するものである。多くの様式が見直されている。 意見募集期間は2023年4月21日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 重要な虚偽表示リスクの識別と評価の区別、固有リスクと統制リスクの評価を、様式上、より明確にするなど、次の様式の見直し又は新設が行われている。 (了)
2023年3月23日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.512を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第24回】 「租税回避の否認と租税法律主義」 -土地相互売買[岩瀬]事件・東京高判平成11年6月21日訟月47巻1号184頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 本連載では、第1回の冒頭で述べたとおり、基本的には拙著『税法基本講義』(弘文堂。当時は第6版[2018年]、現在は第7版[2021年])における叙述の順に、税法に関する基本判例を取り上げ検討することにしているが、第20回以降ここ4回は租税回避に関する基本判例を取り上げて検討してきた。今回は、租税回避をめぐる基本的かつ重要な論点の1つであるその否認に関する明文の規定の要否(この問題については前掲拙著【72】参照)について、判例の立場を検討することにする。 上記の論点について、かつては、否認規定不要説の立場に立つ裁判例がみられた。例えば、大阪高判昭和39年9月24日訟月10巻11号1597頁は次のとおり判示していた(下線筆者。以下「昭和39年大阪高判」という)。 これはいわゆる実質主義ないし実質課税の原則に基づき否認規定不要説を説くものと解されるが(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第20回Ⅲ参照)、このような考え方は学説においても次のとおり説かれていた(田中二郎『租税法〔第3版〕』(有斐閣・1990年)89頁。下線筆者。なお、初版[1968年]では字句が若干異なる箇所があるが85頁参照)。 しかし、実質課税の原則は税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)4頁で国税通則法における制度化の方針が示されたものの結局その制度化は見送られ(大蔵省主税局「国税通則法の制定について」税法学132号(1961年)27頁、28頁参照)、その後、税法の解釈適用においても租税法律主義を重視する傾向が強まってくるに伴って、実質課税の原則それ自体として議論されることは徐々に少なくなってきたが(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)215-216頁[初出・2015年]参照)、それとともに同原則に基づく否認規定不要説も影を潜めていった。 Ⅱ 租税法律主義による否認規定不要説の克服 さて、話を再び前記の昭和39年大阪高判に戻し、それ以降の裁判例の展開を概観しておこう。その展開は、次の見解(中川一郎編『税法学体系総論〔第6版〕』(三晃社・1974年)128-129頁[中川一郎執筆]。太字原文・下線筆者)において簡潔にまとめられているので、少し長くなるがその部分をそのまま引用しておくことにする。 この見解はまさに「達見」というべきものであり、特に上記引用の最後の下線部で説いたところは、20年近い年月を経て、下級審レベルではあるが、土地相互売買[岩瀬]事件・東京高判平成11年6月21日訟月47巻1号184頁(以下「岩瀬事件東京高判」という)によって実現されたといえよう。この判決は、次のとおり判示し(下線筆者)、租税法律主義を重視し否認規定不要説を克服し、否認規定必要説の立場を示したが、これが前記の論点に関する「一応の到達点」となったと考えられるのである(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第29回Ⅲ参照)。 なお、前記の見解において否認規定不要説の克服の先駆けとなった裁判例として引用されている東京高裁昭和47年4月25日判決の翌年に刊行された教科書の中で次の見解が示されたことも注目される(清永敬次『税法〔初版〕』[ミネルヴァ書房・1973年]49-50頁。下線筆者。なお、《》内は新版(全訂)(1990年)45頁での加筆部分である。また、若干の表記の修正はあるが新装版(2013年)では43頁参照)。 Ⅲ 租税法律主義による否認規定必要説の確立 1 私法上の法律構成による否認論 岩瀬事件東京高判は高裁判決であるが故に、これが示した否認規定必要説の立場は前記の論点に関する「一応の到達点」にとどまるといわざるを得ないが、同東京高判は別の観点からみると、否認規定必要説を確立したものといってもよいように思われる。その別の観点というのは、否認規定不要説と否認規定必要説との対立のいわば「間隙」を縫って1990年代に唱えられるようになった私法上の法律構成による否認論を否定することによって、後に最高裁が同否認論を含め広く事実認定による否認論に対して慎重ないし否定的な態度をとること(拙著『租税回避論』(清文社・2014年)210-215頁[初出・2011年]参照)に道筋を示した、というような観点である。 私法上の法律構成による否認論の主唱者によると、「租税回避行為の否認の方法を類型化すると、①租税法上の実質主義による否認、②私法上の法律構成による否認、③個別否認規定による否認の三つの類型に分けることができよう。」(今村隆『租税回避と濫用法理-租税回避の基礎的研究-』(大蔵財務協会・2015年)60頁[初出・1999年])とされるが、否認規定不要説と否認規定必要説は上記の「否認の三類型」(同56頁)のうち①を認めるか否かをめぐって対立してきたところ、私法上の法律構成による否認論は、その対立の射程外にある考え方として唱えられたものであり、その内容は次のとおりである(同57-58頁。下線筆者)。 要するに、私法上の法律構成による否認は、「私法上の事実認定あるいは契約解釈の方法によるもの」であり、「税法固有のもの」ではないので、そのための租税法律の明文の規定は必要ないと説かれたのである。上記の引用文中にいう「通説」は、次のとおり説いていた(今村・前掲書57頁脚注8では金子宏『租税法〔第7版〕』(弘文堂・1999年)130-131頁。下線筆者。なお、最新版(第24版・2021年)では148-149頁参照)。 この引用文の2つ目の下線部の前半(「・・・・・・に止まり」まで)で述べられている考え方は法的実質主義、後半で述べられている考え方は経済的実質主義と呼ばれることがあるが(前掲拙著『税法基本講義』【57】参照)、私法上の法律構成による否認論では、これは法的実質主義に属する考え方であり、「他の法分野におけると同様に、租税法においても」、地方税法343条2項(台帳課税主義)のような特段の規定がある場合は格別、そうでなければ「当然のこと」(今村・前掲書58頁)として許容されると説かれたのである。 ただ、私法上の法律構成による否認論の説くところを更に読み進めていくと、次のとおり説かれている(今村・前掲書100頁[初出・2000年]。下線筆者)。 この説示によれば、私法上の法律構成による否認論は、要件事実論を租税回避に係る課税要件事実の認定の場面に応用して、課税要件事実に係る真実の法律関係を主要事実(要件事実)として捉えた上で租税回避目的を、当事者がその目的で選択した法形式が真実の法律関係と異なることを強く推認させる重要な間接事実と捉える、租税回避事案における「契約の法的性質決定に当たっての裁判上のルール」(今村・前掲書98頁)であると解される。 このように主要事実の捉え方だけからすると、私法上の法律構成による否認論は、課税要件事実の認定基準とされる「実体」ないし「実質」を私法上の真実の法律関係とする法的実質主義の単なる言い換えにすぎず、特に問題のある考え方でないようにも思われる。しかし、法的実質主義では、私法上の法律関係が真実であるということは、それが仮想でないということを意味するにとどまる(べきである)。租税回避事案においては、仮装行為(前掲拙著『税法基本講義』【62】)の場合と異なり、租税回避目的に相応する真実の法律関係が形成される以上、租税回避目的を、その目的で形成された法律関係が仮装であること(法的実質主義からいえば、真実でないこと)の重要な間接事実とすることはできない。したがって、私法上の法律構成による否認論を法的実質主義の単なる言い換えとみることはできないであろう。 このように間接事実をも視野に入れ訴訟における事実認定に関する「間接事実から要件事実を推認する判断の構造」(伊藤滋夫『事実認定の基礎-裁判官による事実判断の構造-〔改訂版〕』(有斐閣・2020年)71頁)に照らしてみると、私法上の法律構成による否認論は、租税回避目的を、当事者の選択した法形式が真実の法律関係と異なることの重要な間接事実と捉える以上、裁判官が租税回避目的に対する一定の税法的評価を念頭に置きながら、これを訴訟における課税要件事実の認定(ここでは契約解釈)に反映させる考え方(租税回避目的混入論)をも含んでいると解される。 しかし、そのような税法的評価は、租税法律主義の下では、事実認定それ自体とは切り離して、課税要件法(の解釈によって定立された規範)への包摂(当てはめ)の際に行うべきものである(租税法律主義の下における事実認定と法的評価との峻別・遮断)。その点を曖昧にして包摂の際の税法的評価をいわば先取りして事実認定固有の問題として税法的評価に従って目的論的に行うような「事実認定」は、目的論的事実認定というべきものであり、事実認定における経済的実質主義と同じく、租税法律主義の下では、そのような事実認定を認める明文の規定がない限り、許容されない。 以上を要するに、私法上の法律構成による否認論は、要件事実論の観点からみれば、その主唱者が説く「否認の三類型」のうち「①租税法上の実質主義による否認」を認める否認規定不要説と実質的には同じ考え方に帰結する裁判上のルールというべきものであり、また、従来からの議論の枠組みをも踏まえて表現すれば、「訴訟法のレベルにおける法的実質主義の衣を着た経済的実質主義」といってもよかろう(以上の私見について詳しくは、前掲拙著『租税回避論』35-43頁[初出・2004年]、128-130頁[初出・2005年]、同『税法創造論』220-223頁[初出・2015年]、340-345頁[初出・2016年]、同『税法基本講義』【73】~【75】、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第8回、本連載第21回Ⅳ等参照。なお、私法上の法律構成による否認論の主唱者による「法的実質主義と経済的実質主義の区別」については、今村・前掲書105-107頁参照)。 2 岩瀬事件東京高判の意義 私法上の法律構成による否認論に対する以上の私見からすると、岩瀬事件東京高判は、前記1の冒頭で述べたように同否認論を否定した点で、高く評価されるべきものである。この点について、まず、岩瀬事件の原審・東京地判平成10年5月13日訟月47巻1号199頁の判断からみておくと、この判決は次のとおり判示した。 この判示が私法上の法律構成による否認論を採用したものであるかどうかについては議論のあるところであるが(今村・前掲書65-66頁[初出・2000年]、金子・前掲書131頁[前記1の引用文]、前掲拙著『租税回避論』128頁[初出・2005年]参照)、ともかく、本件取引をこれと異なり「交換」ではなく「売買」として性質決定した岩瀬事件東京高判については、現在では、私法上の法律構成による否認を認めなかった裁判例という理解が定着しているといってよく、筆者自身も次のとおり評価しているところである(拙稿「判批」中里実ほか編『租税判例百選〔第7版〕』(別冊ジュリスト253号・2021年)38頁、39頁)。 そうすると、岩瀬事件東京高判は、前記1の冒頭で述べたように、後に最高裁が私法上の法律構成による否認論を含め広く事実認定による否認論に対して慎重ないし否定的な態度をとることに道筋を示したという意味で、否認規定必要説の立場を確立したものといってもよかろう。 Ⅳ おわりに 租税回避の否認に関する明文の規定の要否について、かつては、実質主義の立場から否認規定不要説が説かれ、これを支持する裁判例もみられたが、租税法律主義が重視されるようになってきたのに伴って否認規定必要説を支持する傾向が裁判例でも強まってきたところ、その過程で両説の対立の「間隙」を縫って、実質的には経済的実質主義の系譜に属する私法上の法律構成による否認論が唱えられたものの、岩瀬事件東京高判は同否認論を否定し、広く事実認定による否認論に対する最高裁判例の慎重ないし否定的な態度に道筋を示したと考えるところである。 そのような最高裁判例の1つである住所国外移転[武富士]事件・最判平成23年2月18日訟月50巻3号864頁は次のとおり判示しているが(下線筆者)、これは否認規定必要説を前提とする判断を示したものと解される(須藤正彦裁判官の補足意見については第21回Ⅲ参照)。 最後に、租税法律主義を重視する筆者の立場から付言すると、最高裁が正面から否認規定必要説の立場を認める判断を示すことを強く望むものである。 (了)
令和5年以後の 国外居住親族に係る扶養控除等の適用ポイント 【第2回】 「提出等要する確認書類の詳細と留意点」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 【第1回】で解説したとおり、国外居住親族について扶養控除の適用を受けるには、扶養控除等申告書を提出する際、その親族に係る一定の確認書類を提出又は提示する必要がある(所法194④)。 〈確認書類一覧〉 以下、各確認書類について解説する。 【1】 親族関係書類 親族関係書類とは、次の①又は②のいずれかの書類で、国外居住親族が居住者の親族に該当することを証するものをいう(所令316の2②、所規73の2②)。 (注) 居住者の親族であることを1つの親族関係書類で証明できない場合には、複数の書類を組み合わせることにより親族であることを確認する。 なお、親族関係書類の組み合わせについては、国税庁から公表されている「令和5年1月からの国外居住親族に係る扶養控除等Q&A(源泉所得税関係)」(以下「Q&A」という)の[Q28]において詳しく示されているので、そちらも参照いただきたい。 【2】 留学ビザ等書類 留学ビザ等書類とは、次の①又は②のいずれかの書類で、国外居住親族が外国における留学の在留資格をもって外国に在留することにより国内に住所又は居所を有しなくなったことを証するものをいう(所令316の2②、所規73の2②)。 【3】 送金関係書類 送金関係書類とは、次の①又は②のいずれかの書類で、その年において国外居住親族の生活費又は教育費に充てるため支払をしたことを明らかにするものをいう(所令316の2③、所規73の2③)。 【4】 38万円送金書類 38万円送金書類とは、【3】の送金関係書類のうち、居住者から国外居住親族へのその年の支払の合計額が38万円以上であることを明らかにする書類をいう(所令316の2③、所規73の2④)。 【5】 各確認書類についての留意点 各確認書類について、主な留意点をまとめると次のとおりである。 (1) 原本の提出又は提示が必要な確認書類 【1】から【4】の書類のうち、原本の提出又は提示が求められる書類は、親族関係書類のうちパスポートの写し以外の書類である(所規73の2)。 (2) 確認書類が外国語で作成されている場合 各確認書類が外国語で作成されている場合には、その翻訳文も提出又は提示する必要がある(所規73の2)。 (3) 確認書類の保存義務(参考:Q&A[Q17]) 確認書類の保存義務を定めた法令上の規定はない。しかし、扶養控除等申告書等は、給与等の支払者において7年間保存することとされている(所規76の3)。確認書類も扶養控除等申告書等と併せて保存することが求められる。 (4) 確認書類の有効期限(参考:Q&A[Q18]) 親族関係書類及び留学ビザ等確認書類について、書類の発行日に関する法令上の規定はない。よって、1年以上前に発行された書類であっても有効である。しかし、親族関係や留学の状況に変更がないかを確認することにより、扶養控除等申告書提出日の現況を正しく判定しなければならない。 なお、パスポートの写しや在留カードに相当する書類の写しについては、有効期間中のものであることを確認する必要がある。 (5) 前年と異動がない場合の取扱い(参考:Q&A[Q21][Q24][Q27]) 前年と異動がない場合であっても、原則として、毎年親族関係書類や留学ビザ等書類の提出又は提示を受ける必要がある。 しかし、国外居住親族との親族関係や親族の住所又は留学の事実等に異動がない場合には、前年と変更がないことを確認した上で、前年以前に提示を受けた親族関係書類や留学ビザ等書類を再度提示してもらうことや、前年以前に提出を受けた書類による確認(再提出は省略)も可能である(※)。 (※) パスポートの写しや在留カードに相当する書類の写しについては、(4)と同様に有効期間中のものであることが確認できる場合に限られる。 (6) 送金関係書類と38万円送金書類 送金関係書類と38万円送金書類は、各親族別に送金していることを明らかにするものとされている(所規73の2③)。よって、まとめて代表者へ送金している場合には、その代表者に対する送金関係書類又は38万円送金書類(以下、送金関係書類等という)とされ、他の親族への送金関係書類等には該当しないこととなる。また、共同名義口座への送金の場合も、個々の親族の名義が明らかでなければ、送金関係書類等には該当しない。 なお、複数年分をまとめて送金している場合には、送金した年分の送金関係書類等とされ、それ以外の年分の送金関係書類には該当しない。また、現金を手渡ししている場合等には、送金関係書類等の提出又は提示ができないため、扶養控除等を適用することはできない。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例120(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆仕入れに係る消費税額の控除(消法30①) 事業者が、国内において行う課税仕入れ若しくは特定課税仕入れ又は保税地域から引き取る課税貨物については、次の①~③に掲げる場合の区分に応じそれぞれ①~③に定める日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から、その課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額、その課税期間中に国内において行った特定課税仕入れに係る消費税額及びその課税期間における保税地域からの引取りに係る課税貨物につき課された又は課されるべき消費税額の合計額を控除する。 (※) 保税地域から引き取る課税貨物につき特例申告書を提出した場合には、その特例申告書を提出した日 ◆課税貨物を引き取った日の意義(消基通11-3-9) 仕入れに係る消費税額の控除に規定する「課税貨物を引き取った日」とは、関税法第67条《輸出又は輸入の許可》に規定する輸入の許可を受けた日をいう。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第25回】 「年の途中で死亡した場合の固定資産税等は、被相続人の必要経費になるか、相続人の必要経費になるかで争われた事例」 税理士 菅野 真美 ▷必要経費と認められる条件 個人の不動産所得の金額の計算上、必要経費となるのは、所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く)の額(所法37①)とされている。 債務が確定しているというのは、原則的には次の条件を満たす必要がある(所基通37-2)。 固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」という)は、その年1月1日に土地、家屋を所有している者に市町村等が賦課決定する税金である(地法343、359、702、702の6)。 不動産所得の起因となる土地、家屋に係る固定資産税等は必要経費にできるが、所得税においては、いつ必要経費になるかというと、賦課決定のあった日の属する年が原則である。しかし、固定資産税等は分納が可能であり、各納期の税額をそれぞれ納期の開始の日又は実際に納付した日の属する年分の必要経費に算入することができるとされている(所基通37-6)。 不動産所得を生ずべき者が年の中途において死亡した場合、不動産所得については、死亡日までは被相続人、その後は相続人に帰属することになる。この場合、死亡年度の固定資産税等については、誰の所得の計算上、必要経費になるのであろうか。 ちなみに相続税において、債務控除の対象となる固定資産税等の未納部分については、相続人等の相続税の計算上、債務控除が可能となる(相法13、14)。 所得税法上、固定資産税等の必要経費について、被相続人の準確定申告に含めるべきか、相続人の申告に含めるべきかで争われた裁決事例を今回は検討する。 ▷どのような事案か 本事案について、時系列で並べると次のようになる。 ▷事案の争点と当事者の主張 争点は、Aの不動産所得の計算上、固定資産税等は必要経費に算入されるか否かであり、当事者の主張は次のようなものである。 〈納税者の主張〉 〈課税庁の主張〉 ▷審判所の判断 審判所は、以下のように、課税庁側の主張に沿った裁決をしてXの主張を取り消した。 このように、所得税においては固定資産税等の納税通知書の交付日が相続開始日の後の場合は、被相続人に係る準確定申告の必要経費に算入できない。相続税の債務控除の取扱いと、準確定申告の取扱いが異なることから注意したい。 (了)