貸倒損失における税務上の取扱い 【第44回】 「貸倒損失の法律論①」 公認会計士 佐藤 信祐 第5回から第14回までは子会社支援のための無償取引、第15回から第31回までは貸倒損失に関する判例分析、第32回から第43回までは法人税基本通達改正の歴史について解説を行った。これまでの議論を踏まえ、法人税法上、貸倒損失をどのように捉えるのかをまずは整理したい。 まずは、法人税法22条における根拠規定について解説し、どのような場合に貸倒損失として認められるべきであるのかについて解説を行う。 1 総論 法人税法には貸倒損失に係る規定は存在せず、法人税法22条3項柱書において、「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる額とする。」として、同項3号において、「当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの」を掲げたうえで、同条4項において、「第2項に規定する当該事業年度の収益の額及び前項各号に掲げる額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする。」と規定されているに過ぎない。 すなわち、貸倒損失を認識することができる事由が生じたのであれば、別段の定めに該当しない限り、貸倒損失を損金の額に算入することができるという整理になる。 企業会計上は、金融商品会計に関する実務指針(日本公認会計士協会 会計制度委員会報告第14号)123項において定められており、債権の回収可能性がほとんどないと判断された場合に計上するものとされているため、それまでは、貸倒引当金として処理することとなる。 この場合において、債権の回収可能性がほとんどないと判断された場合とは、 の2つが挙げられる。 このうち、(1)法的に債権が消滅した場合には、企業会計においても、法人税法においても、貸倒損失を認識するという点については論じるまでもなく、法人税法37条に規定する寄附金に該当しない限り、法人税の課税所得の計算上、貸倒損失を損金の額に算入することができるという整理になる。なお、寄附金に該当する場合とは、回収可能であるにもかかわらず債権放棄を行った場合を意味する。 これに対し、(2)実質的に回収不能である場合については、企業会計においては「債権の回収可能性がほとんどないと判断された場合」としているだけで、具体的な基準が示されているわけでないことから、法人税法上もどのように判断するのかという点が問題になる。 法人税基本通達9-6-2においては、「その全額が回収できないことが明らかになった場合」としているため、債権の一部について回収可能性が僅かながらもある場合を想定すれば、「その全額が回収できないことが明らか」とは言えず、企業会計よりも厳格な基準が定められていると考えられており、前回までで解説した法人税基本通達改正の歴史を振り返っても、一貫して、現在における企業会計の基準よりも厳しい対応がなされている。 このように、(1)法的に債権が消滅した場合には、①本当に債権が消滅しているのか否か、②消滅した債権は回収不能であったのかという点が問題とされ、(2)実質的に回収不能である場合には、法的に存在する債権が実際には回収不能なのか否かという点が問題とされる。 すなわち、法人税法上、貸倒損失として損金の額に算入するためには、いずれにしても回収可能性がないという点が要件とされるが、興銀事件の控訴審判決(東京高裁平成14年3月14日判決)において、 と判示されていることから、(1)法的に債権が消滅した場合と、(2)法的には残っているものの実質的に回収不能である場合における回収可能性の判断はやや異なるのかもしれない。この点についても、この連載で触れてみたいと思う。 以下においては、法人税基本通達の個別具体的な事例に入る前に、貸倒損失の法律論に触れたうえで、法人税基本通達との関連について解説していく予定である。 2 法的に債権が消滅する場合 (1) 貸倒損失の確定とその具体例 法人税法22条3項2号においては、「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」としており債務確定主義が明確に規定されているものの、貸倒損失の根拠規定である同項3号においては、債務確定主義が明確に規定されていない。 この点については、第19回で触れさせていただいたが、貸倒損失についても「確定」という要素が必要になるという説と、特に必要ないという説がそれぞれ存在するが、実務的には、「確定」という要素が必要になるという考え方を採用せざるを得ないと考えられる。 それでは貸倒損失が「確定」するためには、法的に債権が消滅しなければならないが、法人税基本通達9-6-1においては、その具体例として、以下のものを掲げている。 なお、法的に債権が消滅したのであれば、その時点において損失が確定していることから、その時点において損金の額に算入しなければならず、翌事業年度以降で損金の額に算入することができない。 上記には、破産が含まれていないが、これは、破産法に規定する破産債権については切り捨てという制度がないためである。すなわち、法人の破産手続終結の決定に至った場合には法人格がなくなってしまうことから分かりにくいが、自然人を債務者とする場合には、免責されたとしても、債務者の弁済する義務、債権者の請求する権利がなくなったというだけであり、債権は自然債権として残っていることから、法人税基本通達9-6-1の対象からは除外され、同通達9-6-2で判断することになるからである。 このように、法人税基本通達9-6-1においては、法的に債権が消滅する場合について規定しており、これらに該当するのであれば、債権の消滅が仮装であったり、後ほど債権の消滅が取り消されたりすることが前提となっているような特殊なケースを除き、貸倒損失については確定していると言える。 上記のうち、①②については法的整理であることから、③については合理性があることが前提であることから、それぞれ寄附金には該当せず、④については「その金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合において」と規定していることから、回収不能部分についての放棄であることから、これも寄附金には該当しないため、損金の額に算入することができるという整理になる。 このように、法人税基本通達9-6-1については、法的に債権が消滅していることが前提であるため、興銀事件のように解除条件や停止条件を付するような特殊なケースでもなければ、実務上、寄附金に該当するか否かという点のみが主要な論点となることが一般的であると考えられる。 次回においては、法人税基本通達9-6-1、9-4-1、9-4-2について、より細かな論点について解説を行う予定である。 (了)
《編集部レポート》 東京税理士会が報道関係者との懇談会(2015・春)を開催 ~配偶者控除、マイナンバー制度、消費税軽減税率に対し意見表明~ Profession Journal 編集部 東京税理士会は2015年5月29日(金)、日本記者クラブにおいて「報道関係者との懇談会」を開催し、税をめぐり今後議論の中心となる3つのテーマ(配偶者控除、マイナンバー制度、消費税軽減税率)に関し、意見発表を行った。 〇配偶者控除をめぐる問題点を整理 田口絢子広報部長及び山田和江広報部委員からは、平成28年度税制改正での動向が注目される配偶者控除について発表があった。 具体的には、配偶者控除を要因とする就労調整(いわゆる「103万円の壁」)によって、女性の社会進出が妨げられているといわれる問題について、企業の人材不足とあいまって、この問題が一層重要性を増している現状について説明があった。 この問題については、世帯の類型等の多様化により、現制度自体が時代に合わなくなっており、配偶者控除の廃止も視野に入れた人的控除の全体的な見直しを図った上で解決すべきとする論調の一方で、配偶者控除は「担税力を持たない者」への救済措置としての役割を担っており、廃止論については慎重な意見もあるとのことであった。 さらに、現在の個人単位に課税を行う方法から、夫婦を単位として課税を行う「世帯単位課税」とすることで、合計所得の等しい世帯に等しい税負担を求めることとなるとの紹介があったが、単身者や共働き夫婦に不利に働く可能性がある点についても触れた。 〇マイナンバー制度に関する取組みを紹介、改正要望も 宮本雄司規制改革・納税環境整備等対策室長より、10月の個人番号付与へ向けて企業対応の遅れが指摘されているマイナンバー制度について、税理士会としての取組みの紹介があった。 税理士は一事業者として従業員等の特定個人情報(個人番号を含む個人情報)を取り扱う以外にも、クライアントから特定個人情報を取得し適正に取り扱い、税務関係書類に記載し、税務署長等に提出することとなるため、税の専門家としてマイナンバー制度に深く関わる役割を担う。このためクライアントが特定個人情報を適正に取り扱えるよう、マイナンバー制度を熟知し、制度の周知から具体的な実務のアドバイスを行うことも税理士の重要な役割となるとの説明があった。 東京税理士会としては、4月にマイナンバー対応プロジェクトチームを設置し、マイナンバー制度に関する情報収集・分析・研究、税理士業務の環境整備に関する検討、関係官庁等への要望の検討等について取り組んでいるとの紹介があった。 東京税理士会がマイナンバー制度に関する改正要望事項として掲げているのは以下の4点。 その後、報道関係者からの質問に対する説明があり、税理士事務所やクライアント企業への指導等の対応については、日本税理士会連合会が4月に策定した「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック~特定個人情報の適正な取扱いに向けて~」をもとに対策を進めている旨、説明があった。 〇軽減税率については反対の立場を継続 平井貴昭調査研究部長からは平成27年度税制改正を踏まえた平成28年度税制改正について、特に消費税の軽減税率に対する意見発表があった。 一般的に低所得者対策とされる消費税の軽減税率制度は、制度設計上、低所得者以外にも恩恵を与えることから、税収を大きく減収させることとなり、さらなる税率引上げを要することとなる点。さらに軽減税率が適用される対象品目をどのように線引きするかという問題について、与党税制調査会での検討事項を踏まえ、「酒類を除く飲食料のみ」「生鮮食料品のみ」「精米のみ」の3案いずれにおいても、複合的なサービスへの判定を原価構成割合で行う現対策案では、どうしても実態に合わないものが出てくる点などを挙げ、合理的に決めるのは困難であるとした。さらに食品表示法といったこれまでの税理士業務では関わらなかった法律規定についても注視しなければならなくなる点について懸念を示した。 なお、軽減税率導入に際し、品目ごとに軽減税率の適用が記されるEU型のインボイス制度の導入が検討されているが、特に零細企業の事務負担の増加や免税事業者が経済取引から除外される可能性などを指摘し、単一税率の維持と低所得者に対しては給付付き税額控除制度(マイナンバー制度定着までは簡易な給付制度)の導入を行うべきとの説明があった。 (了)
〈検証〉IFRS適用レポート ~IFRS導入企業65社の回答から何が読み解けるか?~ 【第4回】 「決算日統一・決算早期化への対応」 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 CFO サービスユニット シニアマネジャー 大木 和俊 (当該記事は執筆者の私見であり、執筆者が所属する組織の公式見解ではない旨、ご了承いただきたい。) 1 IFRS適用の負担 IFRS適用における決算早期化というと、拙著『新版・成功する!IFRS導入プロジェクト』(清文社 著者:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社)でも述べているが、決算報告日統一や追加的なIFRS組替作業に伴って必要となる取組みであると考えるのが一般的だろう。 IFRS適用レポートの68ページに記載されている、IFRSへの移行に伴うデメリット、実務負担の増加という項目を読むと、IFRS適用企業から次のような意見が出ているという。 「一時的な実務負担の増加」とは、IFRS導入のための取組みにおける負担増、「継続的な実務負担の増加」とは、IFRS導入後の実務における負担増のことを、それぞれ述べているものと思われる。 ここにある「報告日(決算期)の統一」には、決算早期化が含まれていると考えてよいだろう。報告日(決算期)が異なるグループ会社は、自社の報告日(決算期)に応じて最大3ヶ月前の財務情報を連結すればよく、親会社への報告まで余裕のある準備期間を得ていたものが、そのような余裕がなくなるためである。 この取組みに対する負担は、報告日が異なるグループ会社が多いほど、また業務標準化ができていない企業グループほど、大きくなる。 2 何のためのIFRSか? こうした負担増を考えると、決算早期化が必要だとしても、とりあえず現状の決算作業や開示の所要日数を維持すべきという考えに陥りやすい。 ここで改めてIFRS適用のメリット、つまり「何のためにIFRSを適用するのか?」について考えてみたい。 IFRS適用レポートにおいては、「経営管理への寄与」「(同業他社との)比較可能性の向上」「海外投資家への説明の容易さ」等を目的とする企業が多かったと述べている。 【IFRSの任意適用を決定した理由又は移行前に想定していた主なメリットとして1位に順位付けした項目別の回答数】 (出所「IFRS適用レポート」27ページ) そして、実際のメリットとしても、同じような項目が上位にあがっている。 【IFRSへの移行による主な実際のメリットとして1位に順位付けした項目別の回答数】 (出所「IFRS適用レポート」66ページ) 各社のコメントを見ると、IFRSという「統一的なモノサシ」を適用すること自体がこうしたメリットにつながると解される。 しかし、経営管理やIRの高度化を目的とするのであれば、IFRS適用により自然発生するメリットを狙った「受動的」な対応だけでなく、より積極的にメリットを享受するための「能動的」な取組みが必要である、と筆者は考える。 ここで、経営管理やIRを高度化する施策は様々なものが考えられるが、今回は「決算早期化」というキーワードに焦点を当ててみよう。 それを考えるためには、まずは経理部門、経営企画部門、IR部門といった「CFO組織」がIFRSに対してどう向き合うべきかを理解しなければならない。 3 CFO組織におけるIFRS 先ほど、より「能動的」にメリットを追求する必要があると述べたが、もちろん統一のモノサシたるIFRSを適用すること自体にも価値がある。それを最大限に活用するための仕掛けを作ることが重要である。 例えば、経営者から「IFRS適用できた。今月から意味ある情報を持って来い。」と言われて対応できる経理部門(または経営企画部門)がどれくらいあるだろうか。 経営管理(内部報告)にせよIR(外部報告)にせよ、標準化された数字そのものの価値は限定的であり、それらを様々な視点から分析し、導出されたメッセージにこそ大きな価値がある。IFRSという統一的なモノサシは、その分析精度の高度化と導出されるメッセージの意味合いを高めるツールに他ならない。 筆者の所属するデロイト トーマツ コンサルティング合同会社では、従前よりCFO組織の役割として、「カタリスト」「ストラテジスト」という[攻めの役割]と、「スチュワード」「オペレーター」という[守りの役割]があると定義している(4 Faces of CFO)。 日本企業の多くは、守りの役割に対する業務割合が高く、攻めの役割への転換が課題であると考えている。 【図表1 CFO組織の持つ4つの役割(4 Faces of CFO)】 参考:『4 Faces of CFO』 (Deloitteが世界中の様々なプロジェクト活動をもとに提唱しているCFOの役割論) 前述のIFRS適用レポートに示されている「継続的な実務負担の増加」に見られるように、IFRS適用によって、さらに守りの業務割合が増加する可能性がある。 すなわち、IFRSのメリット・デメリットをCFO組織の視点から言い換えると、社内外の利害関係者の意思決定を高度化するためのポテンシャルが増加する一方で、報告者におけるさらなる(守りの)業務負担を強いられ、活用するための(攻めの)工数が減少するというジレンマがあるのではないか。 4 IFRS適用において決算早期化をどう考えるか IFRS適用における決算早期化は、このジレンマを解消するための打ち手と位置づけるべきであると筆者は考える。 報告期日を維持するか早めるかは会社としての意向に依拠すると思われるが、重要なことは、財務情報が集計されてから報告・開示までの分析に充てられる時間と工数の確保である。 そのためにはIFRS組替えを含め、財務情報の作成作業については極力省力化と時間短縮が必要になる。場合によっては単体決算や連結決算の所要日数をIFRS適用前以上に早期化することも検討すべきだろう。 【図表2 業務負担割合の改善イメージ】 (※) 筆者作成 IFRS適用における決算早期化についての推進アプローチや施策の具体的な説明については、先述の拙著『新版・成功する!IFRS導入プロジェクト』に譲るが、例えば、IFRS適用レポート上でもIFRS適用上の課題認識が大きいとされ、これまでにも述べた「連結決算プロセス・システム」の改善に注力することが有効な場合が多い。 連結決算プロセスを省力化・早期化するポイントとしては、 といった観点で、最新の連結会計システムの導入も含めた検討が必要となる。 また、最終的なレポーティングにも直結するプロセスであるため、管理連結についてもあわせて検討することが手戻りなく進めるために重要であると考える。 (了)
会計上の『重要性』 判断基準を身につける ~目指そう!決算効率化~ 【第4回】 「ふるいの目の粗さと重要性の話」 公認会計士 石王丸 周夫 今回は、重要性の基準値の設定方法を取り上げます。 まず手始めに、以下の問題にチャレンジしてみてください(解答は問題のすぐ下にあります)。 いかがでしたか? 正解できたでしょうか。 イの文章に述べられているとおり、重要性の基準値にはいくつか種類があります。その中に、企業の経理実務で利用できそうなものはあるでしょうか。以下、この解答について触れながら、解説していきます。 《重要性判断は実務上の要請》 これまで見てきたように、経理業務における重要性判断というのは、事務負担の軽減等の実務的要請から必要とされています。誤解を恐れずに言えば、これは会計理論の話ではないのです。 したがって、重要性の基準値について、はっきりとした定義は会計基準にはありません。 定義のネックになっているのは、あらゆるケースに当てはまる具体的な金額基準を一律に示すことができないという点です。企業会計原則でも、その他の会計基準でも、基本的にはそうした金額基準を明示していません。これが会計の基本的スタンスです。 ただし、例外もあります。たとえば、リース会計における300万円基準というものです。くわしくは回を改めて取り上げますが、他にも数値基準を明示している会計基準は存在しています。 このように、すべての会計基準が重要性の金額を具体的に定めていないわけではないということは覚えておいてよいでしょう(⇒したがって、問題4のアの記述は誤りです)。 《監査における重要性判断を利用するとよい》 一方で、会計監査の基準では、重要性の基準値というものをある程度具体的に定めています。 会計監査では、監査で検出された決算書の問題点について、重要性の程度を評価するために重要性判断が行われます。そこで使用される重要性の基準値をどう算定するかについて、公認会計士協会から公表されている指針に一応の記載があります。また、各監査事務所では、それに則った形で実務マニュアル等を定めて運用しています。 そうした監査実務のルールを経理実務に利用することは何の問題もありません。むしろ、監査を受けている会社であれば、監査人と同じモノサシで会計上の判断をすることは合理的です(⇒したがって、問題4のウの記述は誤りです)。 《監査における「重要性の金額」は“ふるい”と同じ》 会計監査では3種類の「重要性の金額」を使います。「重要性の基準値」「手続実施上の重要性」「明らかに僅少な額」です(⇒したがって、問題4のイの記述は正しいです)。 上記の3つの重要性には、以下のような大小関係があります。 といっても、監査をやったことがないとイメージがわかないと思います。 どういうことかというと、上記3つの重要性を、目の粗さの異なる3つの“ふるい”にたとえるとわかりやすいでしょう。 今、①②③という3つのふるいがあるとします。 ①は「目が粗く」、②は「普通」、③は「目が細かい」ふるいです。 これらのふるいを使って、砂場の砂をきれいにします。 目的は、①のふるいにひっかかるほどの石を取り除くことです。それよりやや小さな石は、多少混じっていてもよいとします。ただし、それがあまりたくさん砂に混じっているのは困ります。やや小さな石といえども、いくつもあれば砂場の砂が砂利になってしまうからです。 その場合どうするかというと、慎重な人なら、①ではなく、あえて②のふるいにかけるという作業を行うのではないでしょうか。 監査において②の「手続実施上の重要性」を設定するのも同じ理由からです。 最終的には①の「重要性の基準値」で判断するつもりでも、監査手続を実施する際は、念のため、少し小さな金額を基準にして判断していくというアプローチです。 ③のふるいの意味は、もうおわかりだと思います。 このふるいにも引っかからないような微小な粒は、砂に混じっていてもまったく問題ないというわけです。監査ではこれを「明らかに僅少な額」と呼んでいます。 以上、3つのふるいのうち、経理実務に利用したいのは①と③です。②は監査手続のための道具としての性格が強く、最終判断に使われるものではありません。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第83回】 繰延資産① 「株式交付費」 仰星監査法人 公認会計士 薄鍋 大輔 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) ① X1年10月(株式交付費支出時) (*1) 繰延資産として計上 ② X2年3月31日(決算時) (*2) 6,000×6ヶ月/36ヶ月=1,000 ③ X3年3月31日(決算時) (*3) 6,000×12ヶ月/36ヶ月=2,000 ④ X4年3月31日(決算時) (*4) 6,000×12ヶ月/36ヶ月=2,000 ⑤ X5年3月31日(決算時) (*5) 6,000×6ヶ月/36ヶ月=1,000 〈会計処理の解説〉 (1) 繰延資産とは 将来の期間に影響する特定の費用は、次期以後の期間に配分して処理するため、経過的に繰延資産として、資産の部に計上することができるとされています(企業会計原則 第三・一・D)。 ここでいう、「将来の期間に影響する特定の費用」とは、既に代価の支払が完了し又は支払義務が確定し、これに対応する役務の提供を受けたにもかかわらず、その効果が将来にわたって発現するものと期待される費用をいいます(同注解 注15)。 会社法上は、繰延資産の項目は限定されていませんが(会社計算規則74条3項5号)、当面の取扱いでは、繰延資産を以下の5項目に限定しています(実務対応報告第19号 繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い(以下、実務対応報告という)2(2))。 (2) 繰延資産の会計処理 ① 繰延資産の償却 計上された繰延資産については、その効果が及ぶ期間にわたって、償却を行わなければなりません(実務対応報告3)。償却期間の上限、償却方法、償却額の計上区分については(1)で掲げた項目ごとに規定されています(この点については、今回及び次回以降で説明します)。 ② 支出の効果が期待されなくなった繰延資産の会計処理 支出の効果が期待されなくなった繰延資産は、その未償却残高を一時に償却しなければなりません(実務対応報告3(6))。 ③ 繰延資産に係る会計処理方法の継続性 同一の繰延資産項目については、その性質は一般的に同質のものと考えられるため、繰延資産に適用する会計処理方法は、原則として、同一の方法によらなければなりません(実務対応報告3(7)①)。 また、同一の繰延資産項目についての会計処理が前事業年度にも行われている場合において、当事業年度の会計処理方法が前事業年度の会計処理方法と異なるときは、原則として、会計方針の変更に当たることに留意が必要です(実務対応報告3(7)②)。 (3) 本事例の解説 「株式交付費」とは、株式募集のための広告費、金融機関の取扱手数料、証券会社の取扱手数料、目論見書・株券等の印刷費、変更登記の登録免許税、その他株式の交付等のために直接支出した費用をいいます。 株式交付費の会計処理は次の通りです。 (*) 企業規模の拡大のためにする資金調達などの財務活動(組織再編の対価として株式を交付する場合を含む)に係るものに限る 繰延資産として計上することができる株式交付費は、上記(1)で述べた繰延資産の性格から、企業規模の拡大のためにする資金調達などの財務活動に係る費用を前提としているため、株式の分割や株式無償割当てなどに係る費用は、繰延資産には該当せず、支出時に費用として処理する必要があります。また、この場合には、これらの費用を販売費及び一般管理費に計上することができます(実務対応報告3(1))。 本事例における株式交付費は、企業規模の拡大に必要な資金の調達を目的とした株式の発行に係るものであることから、繰延資産の計上要件を満たしています。このため、株式交付費を繰延資産として計上し、その効果の及ぶ期間に配分する会計処理を行っています。 〈按分計算のイメージ〉 * * * 次回は、社債発行費・開発費について解説します。 (了)
「専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法」を 活用するポイント 【第1回】 「特例の内容と効果」 社会保険労務士 佐藤 信 1 はじめに 平成25年4月に施行された改正労働契約法において、同一の使用者との有期労働契約が5年を超えて繰り返し更新された場合に、労働者の申込みにより、無期労働契約に転換する制度が導入された。 この無期転換ルールに対する特別な措置として、「専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法(有期雇用特別措置法)」が公布され、平成27年4月から施行されている。 5年を超えるプロジェクトで有期契約の高度専門職を雇用する企業や定年後5年を超えて継続雇用を行う企業にとっては、この法律の施行がどのような影響を与えるのか、興味のあるところと思われる。 そこで本稿では、特例制度の概要や、特例の適用に必要な手続、留意事項等について、2回に分けて紹介していくこととする。 (1) 労働契約法との関係 労働契約法第18条には、有期労働契約が反復更新されて通算5年を超えたときに、労働者の申込みにより、無期労働契約に転換するルール(下図参照)が定められている。 (※) 通算する労働契約期間は、改正労働契約法が施行された平成25年4月1日以後に開始(または更新)された有期労働契約が対象とされる。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (厚生労働省「高度専門職・継続雇用の高齢者に関する無期転換ルールの特例について」P5より) 後述する一定の要件を満たした場合、その労働者については無期転換申込権が発生せず、引き続き有期労働契約を締結することができる。 なお、労働契約法第18条の無期転換ルールについては、当連載第2回の後半に参考情報として掲載する予定である。 (2) 対象労働者 次の①または②に該当する者が対象とされている。 ①の対象者の要件として、さらに次のものが定められている。 以下、①の高度な専門的知識等を持つ有期雇用労働者を「高度専門職」、②の定年到達後に継続雇用される有期雇用労働者を「継続雇用の高齢者」と表記することとする。 2 特例の内容と効果 (1) 特例の内容 有期雇用特別措置法により、労働契約法の無期転換ルールに対する次の特別な措置が採られることとなる。 労働契約法の無期転換ルールにおいては、有期労働契約を反復更新した場合、雇入れから5年経過後に無期転換申込権が生じ、無期転換を申し込んだ者についてはその後に、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日の翌日から無期労働契約へと移行することとなる(プロジェクトが終了しても労働契約は終了とならない)。 これに対し、有期雇用特別措置法上の所定要件を満たした場合は、雇入れから5年を経過した後においても無期転換申込権が発生せず(前記①の高度専門職は上限10年)、引き続き有期労働契約を締結できることとされた。 (2) 特例の効果 都道府県労働局長より、計画が適当である旨の認定(次回解説)があった場合、認定された日より前の一定の期間(注1)(注2)についても特例の対象となる。 (注1) 特例の適用は、改正労働契約法の施行日(平成25年4月1日)以後に開始する有期労働契約が対象となる。 (注2) 特例の効果は、事業主が認定を受けた時点がいずれの場合であっても発生する。 具体的に述べると、 ・高度専門職については、プロジェクトの開始後に認定を受けた場合であっても、プロジェクトの開始前に認定を受けた場合と同様に、特例の効果が発生する。 ・継続雇用の高齢者については、定年を既に迎えている者を雇用している事業主が認定を受けた場合、既に定年に到達している者も特例の対象となる。 ただし、労働者が既に無期転換申込権を行使している場合は対象から除かれる(特例の対象とならず、無期労働契約に転換することとなる)ため、引き続き有期労働契約を締結するには、無期転換申込権が生じる前に認定を受けておく必要がある。 3 終わりに 「高度専門職」については、対象となる資格や経験年数等が明確にされているため、対象者の判断をすることは比較的容易であるが、上記2(1)の【注意点】で触れたとおり、プロジェクトの途中で無期転換申込権が生じることもある点には注意を要する。 5年を超えるプロジェクトに従事する労働者との有期労働契約は、事前に労働条件の明示をし、プロジェクトに必要な期間や無期転換申込権が生じない期間の長さを労使双方が確認したうえで、締結を行っておきたい。 次回は、有期雇用特別措置法を有効に実施するための手続きについて触れていくこととする。 (了)
非正規雇用の正社員化における留意点と労務手続 【第5回】 (最終回) 「正社員登用後の就業規則の留意点と正社員化の助成金」 特定社会保険労務士 池上 裕美 正社員登用制度を導入し、非正規社員を正社員として雇い入れを行った時には、前回紹介した書式を用いて手続を行っていくこととなるが、その他に当該従業員向けの就業規則を整備しておく必要があると考える。 最終回となる今回は、正社員登用し無期転換となった従業員のための就業規則の整備の必要性と留意点、正社員登用する際の助成金制度を紹介する。 (1) 無期転換社員のための就業規則の必要性 労働契約法18条は、無期転換を申し出た労働者の労働条件について、正社員と同等の取扱いや処遇の変更までは求めていない。つまり契約期間を除いて、それまでの有期の労働契約内容と同一の労働条件としても問題はないのである。 だが、一般的な就業規則には、冒頭に適用範囲が記載されており、期間の定めのない労働契約で雇用された正社員に適用するとしたものが多くみられる。仮にそのような記載であれば、期間の定めのない労働者、つまり有期労働契約から正社員登用され無期雇用となった労働者も、既存の就業規則の適用となる恐れがある。 また、既存の就業規則の適用とならないのであれば、無期転換社員に適用される就業規則を別に定める必要ある。なぜなら、有期労働契約時に定めがない事項があり、次のような問題が起こる可能性があるからである。 そこで、無期転換社員に適用される労働条件を明確にするため、既存の正社員に適用されている就業規則とは別に、無期転換社員に適用される就業規則を整備することが望ましいと考える。 (2) 無期転換社員用の就業規則の留意点 ① 勤続年数 既存の正社員就業規則内には、勤続年数によって異なる労働条件を定めている場合が多くみられる。無期転換社員の就業規則においては、無期転換前の勤続年数をどう考えるかを明確にしておく必要がある。 例えば退職金制度である。有期労働時は、退職金制度の適用がなかったであろうが、無期転換社員となり、退職金制度を適用するとしても、どの時点からの勤続年数をカウントするのか、有期労働契約の期間が長期にわたるのであれば、その期間を全く考慮せずにゼロからスタートさせるというのも望ましいとはいえないであろう。 ② 配置転換 一般的に有期労働契約社員は、特定の場所で特定の業務に特化して雇用されていることが多い。無期転換後の労働条件で、期間の定めがなくなること以外の労働条件の変更がなければ、職種転換、配置転換を命じることはできない。無期転換後は、職種変更や配置転換、さらには出向、転籍と人事異動も可能とする条件を定めておくことが、人事配置の弾力性という観点からも必要と考える。 ③ 休職・休暇 有期労働契約者に対して、当然のことながら期間雇用なので、休職制度を適用していることはない。無期転換社員となると、長期において勤務することが前提となるので、正社員同様に休職制度を適用し、規定を整備することとなる。また、冠婚葬祭等の慶弔休暇も正社員に適用されているのであれば同様に設定することが望ましい。 ④ 賃金制度 契約期間内に賃金の変更がない有期労働契約社員と違って、無期転換社員には、賃金に変化をもたせ、その能力や役割等を賃金に反映させるために、賃金制度を設定する必要がある。既存の正社員の賃金制度に無期転換社員も組み込むのか、新たな賃金制度を設定するのかも検討が必要である。 ⑤ 研修制度・福利厚生 正社員に対して、一般的な知識や技術習得のための教育研修制度や、会社設備や保養施設の利用の福利厚生等があるのであれば、無期転換社員に対しても区別なく平等にその機会を与えることが望ましい。 ◆ ◆ ◆ 上記の項目やその他の労働条件で、無期転換社員に新たな労働条件を設定する場合に、その規定が有利な変更であれば、有期労働契約者との差異が合理的なものである必要がある。また、不利益な変更であれば、他の部分でそれ相応の労働条件の引上げを行い、労働条件の変更について合理的なものとする必要がある。さらに、既存の正社員との均衡がとれた労働条件とすることにも留意する必要がある。 (3) 正社員登用する際の助成金制度 有期労働契約社員を正社員登用する際に申請できる助成金として、「キャリアアップ助成金」の次のコースがある。 この助成金は非正規社員のキャリアアップを促進するために設けられたものである。一般的には、人材育成コースを経て、正規雇用に転換する計画で助成金申請するパターンが多くみられる。 * * * 以上、5回にわたって非正規雇用の正社員化における留意点と労務手続を紹介してきた。 昨今、次々と労働法が改正され、有期労働契約者の雇用の安定が図られている。企業は今までのように、安価な労働力を利用していくことは困難となっている。 今後は有期雇用、無期雇用を問わず、少ない労働人口の中で、一人一人の能力を高めて発揮させ、付加価値を創出することができるかが重要である。そのためにも、労働条件を明確に定め、モチベーションアップにつながる人事制度の構築が必要である。 今まで以上に「人」の力を大切にしていくことが必要となるであろう。 (連載了)
コーポレートガバナンス・コードのポイントと 企業実務における対応のヒント 【第7回】 「取締役会等の責務④」 ~取締役会の実効性評価(4-11③)~ あらた監査法人 シニアマネージャー 公認会計士 宇塚 公一 〔取締役会等の責務〕 東京証券取引所(東証)は、2015年5月13日、「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」が取りまとめた「コーポレートガバナンス・コード(原案)」(以下「CGコード」)を東証の有価証券上場規程の別添として定めるとともに、関連する上場制度の整備を行った。 引き続き本稿においても、CGコード第4章「取締役会等の責務」から、「補充原則4-11③ 取締役会の実効性評価」について、経営の意思決定過程の合理性確保が取締役会全体の実効性確保を通じて担保されていることを分析・評価し、開示することが求められている点の実務上の留意点を解説する。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りしておく。 〔取締役会の実効性評価〕(補充原則4-11③) 取締役会等の実効性評価は、いかに取締役会が実質的に機能しているかを評価するところに重要なポイントがあり、「取締役会構成メンバーのダイバーシティが進んでいる」などという説明だけでは、傍証とはなっても、実効性に関する決定的な説明にはならないと考えられる。 しかし、経営上の暗黙知であった実効性を対外的に説明する実務は、我が国では浸透しておらず、これを説明することは、経営者やこれを支える担当者にとって頭の痛いところである。 他方、取締役会等の実効性について改めて熟考することは、経営者にとって株主から受託した経営責任を果たすための手順をこれまで以上に真剣に考えることになり、透明性の高い経営を実現し、中長期的な企業の存続を支える基礎体力作りのプロセスとも言える。 上場基準をクリアし、一定の内部管理構造を持つ上場会社であれば、このようなテーマに対して徒手空拳で立ち向かうことはないと考えられるが、本稿では、海外で先行する取締役会評価の実務を参考にしながら、自社にとって適切な取締役会等の評価を導入するアプローチを紹介する。 〔図表1〕 導入アプローチ (※) 筆者作成 〔取締役会の実効性評価フレームワークの整理〕 日本のガバナンスコードには、 (補充原則4―11③) とある。 つまり、実効性評価は、 の3点を少なくとも実効性評価のフレームワークを構成する要素として考えていることがわかる。 〔図表2〕は、各取締役の自己評価および取締役会全体の実効性評価を含むBHP BillitonでのEvaluation Processを記載しているが、この会社では実効性評価を「Assessment」と「Review」に分け、外部評価も活用しながら実効性評価を行っている様子が伺える。 〔図表2〕 BHP BillitonのEvaluation Process (※) 内部もしくは外部主導の評価。いずれかの評価は外部主導で少なくとも2年に一度実施。いずれの評価も3年に一度は外部主導で実施する手法を採用。 (BHP Billiton Annual Report 2014 p.158を筆者抄訳) 日本のガバナンスコードでは「毎年」取締役会全体の実効性について分析・評価を求めているため、数年に一度の取締役会全体評価を予定しているこの会社の例を単純には参考とできない(注)が、毎年レビューする項目と定期的に評価する項目を分けて検討しているところは、一方でルーティンをおさえつつ、他方で環境変化も踏まえた評価を行うことができ、参考になるものと考える。 (注) BHP Billitonは米国およびオーストラリアの規制に服している。 〔評価項目とツールの準備〕 実際に評価を行うためには、評価フレームワークの整理と並行して評価項目を検討していくことが必要となってくる。また、各種ツールも準備しなくてはならない。 この際、重要なポイントは、「評価者が具体的な評価をする際の目線をそろえる」というところにある。 BHP Billitonのように定期的に外部評価を活用することも、外部の環境変化を客観的に織り込む手法としては有益と考えられる。内部で実施する際の工夫としては、各評価項目に関する「あるべき姿」を定義しておき、そのような姿と現在の姿を比較した場合の差異を評価として取りまとめるようなことが考えられる。 〔図表3〕では、英国FRC(Financial Reporting Council)が公表している取締役会評価の観点に関するガイダンスを示したが、外部評価を利用しない場合には、参考情報として、このような情報を活用することも考えられる。 〔図表3〕 評価の観点に関するFRCガイダンス (※1) 筆者分類 (※2) FRCガイダンス(2011年3月)Evaluating the Performance of the Board and Directorsを筆者抄訳 〔実際の運用を通じた継続的な改善を〕 取締役会の実効性を評価する実務は緒に就いたところであるが、日本のコーポレート・ガバナンスに対する関係者の関心の高さに鑑みれば、実際に運用を始めた際に開示を見た株主等から多くのフィードバックが予想される。 このようなフィードバックを事前に想定しておき、効率的に意見を汲み取れるような窓口を設け、組織的に継続的な改善を行っていくことが、日本のガバナンスコードが求める外部規律に対する適切な姿勢であると考えられる。 本稿内の引用和訳部分は抄訳であり、正確な開示は原文を参照いただきたい。 (了)
〔小説〕 『東上野税務署の多楠と新田』 ~税務調査官の思考法~ 【第9話】 「調査官の意地」 税理士 堀内 章典 共通の思い 11時過ぎ、東上野署に肩を落としながら帰ってきた多楠調査官を見て、田村統括官が驚いた。 「どうしたの多楠君、1人で帰って来たみたいだけど・・・」 「・・・・。」 「さっき小泉調査官から連絡があって、社長は捕まらなかったけど、社長の妹さんに協力してもらって、調査を進めていると報告を受けたばかりだよ・・・」 田村が心配そうに多楠のもとに来て、肩を落としている多楠の顔を覗きこんだ。 多楠は消え入りそうな声で、すし勢の出来事を田村に報告した。 「僕が悪いんです。みすみす社長を取り逃がしてしまい、調査担当者の小泉調査官に迷惑をかけ、指導役の新田調査官に恥をかかせたんですから・・・」 田村もさすがに何と言って慰めてよいか困りきった表情で 「多楠君、そんなに自分を責めないで、とにかく調査は進んでいるみたいだから、とりあえず今日は署内で仕事をしたらどうかね。」 うなずく多楠、自席に戻ると部門の皆が調査で出払っている中、一人机の中から書類を出し始めた。 多楠の目は虚ろ、そんな多楠を見つめる田村は、 “いやはや大変な一日になったものだ” と内心頭を抱えていた。 ▼ ▲ ▼ 場面をすし勢に戻そう。 逃げた社長の藤田に替わって、取締役である妹ミキを粘って説得し、何とか調査を続行した小泉調査官と新田調査官であったが、ランチが始まる11半前までには、何としても店舗内の確認調査を終了させたかった。調査権限はあるとはいえ、極力調査先の営業を妨げないように配慮するのが任意調査の基本である。 小泉と新田は手際よく店、特に厨房奥の小部屋と会計を行う古いレジの周りを中心に調べた。 2人はまったく言葉を交わしていないが、調査官としての勘は同じものであった。 “確かに多楠が社長を取り逃がしたのは手痛いミスであった。しかし、社長が税務調査を察知して店から逃げ出したのには何らかの理由があるハズ。かなりの確率で不正、おそらく売上を誤魔化しているに可能性が高い。” 11時過ぎに確認が終了、奥の小部屋で小泉と新田がミキを相手に、簡単に事業概況の説明を求め、いくつかの質問をした。 聴けば、社長の藤田は根っからの寿司職人で、朝築地にネタを仕入れに行き、帰ってきて仕込みを行いランチ、そして休憩をはさんで夜のカウンターに立ち寿司を握る日々を送っているらしい。 仕事ぶりは真面目で、職人としての腕もなかなかのようであったが、一日一升以上は飲むという酒と2箱は吸うというタバコがたたり、昨年38歳の誕生日前、脳梗塞を起こして倒れたらしい。緊急入院後、幸い一命は取り止めたものの右半身にマヒが残った。 一方、ミキは小さい子供がいるので、ランチの時間帯と夜の8時から店に出て、接客と店を閉めた後の売上代金の集計を行い、釣り銭を除いた現金と売上伝票を兄に渡しているという。 兄は3年前に離婚した後生活が乱れ、体を壊したようで、兄の体を気遣うミキがしんみりと言う。 「兄にもしもの事があったら大変、若い職人さんじゃこの店はもたない。・・・残念だけど、店は閉めるしかないわね。」 ▼ ▲ ▼ しばらくの沈黙の後、間合いを計りながら小泉がミキに質問した。 「小部屋の中にあったゴミ箱に、売上伝票のような紙が破られ捨てられていました。これがそうです。」 小泉は、ごみ箱に捨ててあった紙のかたまりをミキに見せた。 「・・・それは昨日とかの売上の伝票でしょう?」 すかさず小泉が聴く。 「ではなぜ、ごみ箱に捨ててあったんでしょう。」 ミキ 「さぁ?私にはちょっと・・・。たぶん兄が捨てたのでは? それ以上のことは・・・」 小泉は質問を続ける。 「ところで帳簿はどこにあるのですか。どなたが付けていますか。」 ミキが答える。 「現金出納帳や売上帳などの帳簿は私が付けています。」 小部屋にあるはずと、古く汚れた机の中を探すミキであったが、どこにも見当たらない。 「あらいやだわ、兄さんが持って行ったのかしら・・・」 そんなに大きい部屋ではない。何度かミキが辺りを探したが現金出納帳、売上帳はどこにも見当たらなかった。 時刻は11時半に近づいていた。とりあえず午前中の調査はこれまでということで、紙のかたまりを用意していた紙袋に詰めながら、小泉はミキに声をかけた。 「この捨てられた紙はお預かりいたします。いったん調査を中断しますが、社長とはいつ会えるでしょうか。」 調査がいったん終了と聞いてホッとしながらも困り顔のミキは 「携帯も忘れて行ったみたいだし、連絡の取りようがないわ。どうしましょう。」 小泉は冷静な表情のまま 「ではランチが終わる2時過ぎにもう一度こちらに参ります。税理士先生も見えるかもしれませんし。」 ミキ 「まだ何か調べるんですか・・・。兄に会わないといけないのですね。」 うなずく小泉にミキが言う。 「わかりました。2時までに兄が戻って来るようでしたら引き留めておきます。」 店を辞した2人は、あうんの呼吸で昭和通りまで走り、タクシーを捕まえるなり、文京区白山の社長の自宅に向かった。ひょっとしたら社長が自宅にいるのではと考えたからだ。 マンションが立ち並ぶ大通りから少し入った狭い道路沿いに、昭和の終わりごろに建てられたとみられるひっそりとした住宅街の一角に社長の自宅があった。自宅の場所は小泉が事前に現地確認をしていたので、タクシーは迷うことなく自宅前に着いた。社長の家のベルを鳴らす小泉、だが中から応答はない。外から見る限り家の中に人の気配はない。しばらく目立たないところで待機する2人であったが、結局出入りする者は現れなかった。 新田と小泉はひと言も言葉を交わさなかったが、心の内では共通の思いがあった。 “このまま社長に会わずに引き上げるわけには行かない。今日はどんなに遅くなっても、絶対に社長に会い、逃げた理由やごみ箱に捨ててあった売上伝票について問いたださなくてはいけない。そして、現金出納帳や売上帳の行方についても・・・” まさにそれは、調査官の意地であった。 (次ページへ) (前ページへ) 社長の帰還 小泉と新田は社長の自宅から引返して食事をとった後、30分ほど前から店の前で様子をうかがっていた。その間、藤田社長らしき人物は戻って来なかった。 時間になり2人が店に入ると、ミキと税理士の林が待っていた。 いかにも育ちが良さそうな感じの林税理士に対し、小泉は調査に入った経緯、午前中の調査の経過を説明した。聞けば林の父親も税理士で、息子の林は3年ほど前に税理士試験にやっと合格したらしい。現在37歳で父親と二人三脚で税理士事務所の業務をしているとのこと。無予告調査について苦情を言うこともなく、小泉と談笑をしながら、社長の藤田が戻るのを奥の小部屋で待っていた。 ミキも林税理士が来たからか、午前中に比べ少し落ち着きを取り戻していた。2人の調査官と林にコーヒーを出し、店の出入り口を気にしながら言った。 「早く帰って来ないかしら、いったいどこに行ったんでしょう。兄さんったら・・・」 林税理士が預かっていたすし勢の総勘定元帳を調べたり、午前中の続きで聴取り調査を行っているうちに、時計は4時を回っていた。そろそろ調べることもなくなり、話も尽きかけたころ、店の出入り口に右足を引きずる一人の男がヌッと現れた。 昼間から酒を飲んでいるのか顔が赤黒く光っている、とにかく尋常な顔色ではない。 「・・・ミキ、今帰った。」 驚くミキ 「兄さん!どこに行っていたの? 税務署の人がお待ちかねよ。」 小泉と新田はすかさず藤田社長に来意を告げ、身分証明証を提示した。 藤田は身分証明証に目をやることもなくソッポを向きながら 「税務署? 何しに来たんだ。俺は何も悪いことなんてしちゃいない。」 ミキが言う 「だって兄さん、急にいなくなるんだもの。なぜ逃げたの?」 藤田 「何、逃げた?俺が?? 俺は逃げてなんかいない。急に用を思い出したから出かけただけだ。それの何が悪い。」 酒臭い息を吐きながら我を張る藤田を前に、先行きが怪しまれた。 たしかに藤田社長はどう見ても体の具合が悪そうだ。現在39歳のはずだが、多楠が言っていたように、60歳代、しかも後半の老人に見える。長年の飲酒や喫煙が招いた結果なのか。 小泉調査官は思った。 “多楠君がこの社長を老人に見誤ったのもよくわかる。この間、内偵調査のときに社長はカウンターの中ですしを握っていたはず。あのとき、一見老人に見えるこの目の前の男が39歳の社長だとは自分ですら考えも及ばなかった。ベテランの寿司職人くらいの感じで見ていた。” “カウンター越しの藤田は、はつらつと元気に寿司を握っているように見えた。それが職人気質なのか。” そんな思いを巡らせながら、小泉が切り出した。 「社長、現金出納帳と売上帳はどうしましたか。」 藤田 「出納帳? そんなもの知らねぇ。」 そんなはずはないと食い下がる小泉に、知らないと言い続ける藤田、ここで新田が口を開いた。 「知らないわけがないでしょう。妹さんは今朝までこの小部屋にあったと言っています。」 それを聞いた藤田は、シワだらけの顔の中にあって埋もれそうな小さな目を、これ以上開けられないぐらい大きく見開いて言った。 「そうだ! 捨てた、捨てたんだよ!」 新田は表情を変えずに続ける 「どこに?」 藤田社長 「・・・忘れた。酔っぱらってたから・・・」 このやり取りに呆れ顔のミキと林税理士であったが、小泉と新田はけっしてあきらめない。2人して懸命に社長を諭す。 「捨てるはずがない。社長、ちゃんと答えてください。」 実は、一般的に藤田のような職人が調査で最も手強い相手なのだ。怖いもの知らず、まして酔っぱらっているからまともな会話にならない。 ▼ ▲ ▼ 東上野税務署、庁舎の外はすっかり日が暮れていた。 4時過ぎに小泉調査官から藤田社長が店に現れたといったん連絡が入り、一度は安堵した田村と多楠であったが、その後5時半ごろ再び田村の携帯電話に小泉から連絡が入った。 「お疲れ様、田村です。」 「何? これから社長と一緒に自宅に帳簿を取りに行くだって? 自宅は文京区白山・・・わかった。気をつけて、夜も遅くなるし、調査先の営業もあるから早めに切り上げて、ご苦労様。」 多楠は田村の電話でのやり取りを聞いて思った。 “どうやら新田さんと小泉さんは帳簿を確認するために、藤田社長の自宅に向かうらしい。・・・これは長期戦になるな。” 6時ごろまで2人を気遣っていた淡路調査官であったが、子供の保育園のお迎えがあるからと帰って行った。三浦は所用があるとのことで5時過ぎに早々と帰っていた。 時刻はとうに午後8時を回っていた。昼は狭い庁舎の中で大勢の人がひしめく東上野税務署であったが、今は閑散としている。3階の法人課税部門には田村統括官と多楠、あとわずかの職員しか残っていない。副署長室で待機している安倍、法人課税部門の総責任者である法人課税第1部門の柳沢統括官と部下数名、あとは2階の総務課の職員ぐらいである。 田村も多楠も、夕食をとっていない。多楠はというと、今日一日、まったく仕事が手につかなかった。 新田の鬼のような顔が脳裏に焼きついて離れない。 社長の自宅に向かった2人はその後どうなったんだろうと気がかりな多楠、長い沈黙と静寂が続く。 人気がなくなった税務署の庁舎はすっかり静まり返っていた。 そのとき、田村の携帯電話が鳴った。 それは小泉からの電話であった。 (続く)
《速報解説》 外形標準課税の拡大等、平成27年度税制改正に対応した 「地方税申告書」の新様式が明らかに ~地方版・所得拡大促進税制に係る明細書が新設~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 平成27年5月29日、官報号外第120号において「地方税法施行規則の一部を改正する省令」(総務省令第54号)が公布され、地方税申告書の様式が一部改正された。これは、地方税に係る平成27年度税制改正に対応するものである。 そこで本稿では、地方税に係る平成27年度税制改正の概要を解説するとともに、地方税申告書様式の変更箇所について解説を行う。 なお、退職年金等積立金に係る地方税申告書の様式改正については省略する。 2 地方税に係る平成27年度税制改正の概要 (1) 所得割の税率引下げと外形標準課税の段階的拡大 法人事業税については、外形標準課税を2事業年度にかけて段階的に拡大させるとともに、所得割(地方法人特別税を含む)の税率を段階的に引き下げることとなった(下表参照)。 (2) 事業税の欠損金に係る控除限度額の見直しと繰越期間の延長 法人税と同様の改正が行われた。 すなわち、平成27年4月1日から平成29年3月31日までの間に開始する事業年度に係る欠損金の控除限度額は控除前所得の65%とされ、平成29年4月1日以後開始事業年度に係る欠損金の控除限度額は控除前所得の50%とされるとともに、繰越期間が10年に延長された。 (3) 所得拡大促進税制の外形標準課税への適用 所得拡大促進税制(雇用者給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)の適用のある法人については、事業税付加価値割の計算上、雇用者給与等支給増加額を付加価値額から控除することとされた(地方税法附則9⑬)。 付加価値額から控除される金額は、以下の算式により計算される。 (4) 事業税の負担軽減措置 改正後の税率を適用することによって、外形標準課税の割合が拡大することに伴い、所得水準次第ではむしろ税負担が増加する可能性があることから、経過的に負担軽減措置が定められた。 具体的には、平成27年度及び平成28年度の2事業年度に限り、適用年度の付加価値額が30億円以下である企業については、適用年度の前年度の税率で計算した事業税額(所得割+付加価値割+資本割)との差額(税率見直しによる税負担の増加額)について、その2分の1相当額について納付すべき事業税額から控除するというものである(改正地方税法附則8②~⑤)。 この経過措置は、付加価値額が40億円未満の企業まで段階的に適用される。付加価値額が30億円超40億円未満の企業については、段階的に控除割合が引き下げられ、付加価値額40億円のとき控除率がゼロとなる(同9②~⑤)。 図解すると以下の通りとなる。 (経済産業省「平成27年度税制改正について」より) (5) 「資本金等の額」の見直し 法人住民税均等割の判定基礎として用いられるとともに、法人事業税資本割の課税標準となる「資本金等の額」について、以下の調整が加えられるとともに、会計上の資本金及び資本準備金の合計額を下限とする規定が設けられた。 3 地方税申告書の様式改正 地方税法施行規則の一部を改正する省令によって変更された申告書の主な内容をまとめると、以下の通りとなる。 4 添付書類について 資本金等の額の調整計算を行った場合、その加減算の態様に応じて、以下のとおり書類を添付する必要があるので留意が必要である。 (了)