『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)』への 対応ポイント 【第2回】 「企業の分類の見直しと 監査委員会報告第66号との比較(その1)」 公認会計士 阿部 光成 今回は、「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)」(企業会計基準適用指針公開草案第54号。以下「公開草案」という)における企業の分類について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 企業の分類に関する考え方 公開草案は、「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(日本公認会計士協会。以下「監査委員会報告第66号」という)における企業の分類に応じた取扱いの枠組みを基本的に踏襲した上で、当該取扱いの一部について必要な見直しを行っている(公開草案15項、16項、63項)。 Ⅱ 企業の分類に関する公開草案と監査委員会報告第66号の比較(分類1から分類3) 企業の分類に関して、公開草案と監査委員会報告第66号を比較すると次のようになる(公開草案17項から25項)。 要件の一つである「重要な税務上の欠損金が生じていない」ことについては、実務上、重要性の判断について適切に行う必要があると考えられる。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第87回】 金融商品会計⑨ 「一般債権における貸倒引当金」 仰星監査法人 公認会計士 上村 治 日本公認会計士協会準会員 永井 智恵 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) 【一般債権に係る貸倒引当金の計上】 (*1) 一般債権に分類された売掛金3,000千円×過去の貸倒実績率2%(*2)=60千円 (*2) X0期の売掛金残高を基準とする貸倒実績率:40千円÷4,000千円=1% X1期の売掛金残高を基準とする貸倒実績率:90千円÷3,000千円=3% X2期の売掛金残高を基準とする貸倒実績率:40千円÷2,000千円=2% X0~X2期における貸倒実績率の平均:(1%+3%+2%)÷3=2% 〈会計処理の解説〉 金融商品会計基準では、一般債権について債権全体又は同種・同類の債権ごとに、債権の状況に応じて求めた過去の貸倒実績率等の合理的な基準により貸倒見積高を算定することとしています(金融商品会計基準 第28項(1))。この貸倒見積高の算定方法を「貸倒実績率法」といいます。 貸倒実績率は、ある期における債権残高を分母として、翌期以降における貸倒損失額を分子として算定します。貸倒損失の過去のデータから貸倒実績率を算定する期間(以下、「算定期間」)は、一般には債権の平均回収期間が妥当であるとされており、当該期間が1年を下回る場合には1年とします。なお、当期末に保有する債権について適用する貸倒実績率を算定するには、当期を最終年度とする算定期間を含むそれ以前の2~3算定期間に係る貸倒実績率の平均値を用います(会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」第110項)。 本事例において、当期(X3期)の期末における一般債権に分類された売掛金について適用する貸倒実績率を算定するには、過去3年間(X0~X2期)に係る一般債権に分類された売掛金の貸倒実績率の平均値を用います。 過去3年間の期末残高はX0期:4,000千円、X1期:3,000千円、X2期:2,000千円であり、当該売掛金のうち回収不能となった金額はそれぞれ40千円、90千円、40千円であるため、X0~X2期における貸倒実績率はX0期:1%、X1期:3%、X2期:2%となり、平均すると2%となります。 そして、当期(X3期)の期末における一般債権に分類された売掛金3,000千円に貸倒実績率2%を乗じることで、貸倒見積高を算定します。 * * * 次回は、貸倒懸念債権における貸倒引当金について解説します。 (了)
確定拠出年金制度の改正をめぐる今後の展望」 【第6回】 (最終回) 「今後検討されること」 特定非営利活動法人確定拠出年金総合研究所(NPO DC総研) 理事長 秦 穣治 最後に、厚生労働省企業年金部会の議論で整理が行われ、今般は法制化されずに引き続き検討されることになった項目について記述する。 これらの項目は、税務当局(財務省)との折衝があり、厚生労働省の頑張りが期待されるところだが、今改正では見送られた拠出限度額の引上げなど非常に重要な項目が残されている。 一部は以前に説明しているが、非常に重要な部分なので形を変えて説明する。 1 DB・DC合算での拠出限度額 ここで注目されるのは、限度額を絶対額ではなくて、例えば給与比例にして、現行DCの難点である重要な仕事を担う給与水準の高い加入者の拠出額が上限を超える問題を解決したい、という考えがあることある(DBでは上限の思想がなくこの問題はない)。 同様に、拠出上限を現行の大企業の退職給付総額を参考にして決め、かつ、それを公的年金の給付水準下落に合わせて逆に自動的に増額していきたいとの思いが伝わってくる。要すれば、常に財務省との厳しい折衝をせずに済むよう、自動調整する仕組みを入れるということで、公的年金がマクロ経済スライドで自動調整される以上、筆者は真っ当な議論だと考えている。 2 DB・DC共通の給付ルール 現在、DBでは、会社を辞める時にはいつでも退職一時金受給が可能であり、かつ、50歳から年金受給可能となっているが、DCに併せて、いわば窮屈な運用に改悪される。先に述べたように、基本的に年金受給とし、一時金受給は認めない方向であることがはっきり出ている。 ただ、DB・DCとも困窮時、災害時など一定の条件下で例外的な一時金支給が認められる可能性がある。その場合には、例えば10%程度のペナルティ・タックスを支払って受給されることになる模様だが、10%支払えば無条件に一時金支給を受けられるわけではなく、相応の上限(過去に東日本大震災のケースでは最大100万円)が設定される見込みである。 先に、日本では「一時金での受給が多い」と述べたが、それを助長しているのが“退職一時金税制”であり、大企業のサラリーマンが大卒後定年まで勤め上げれば、平均2,100万円程度の一時金について税金がかからない(退職一時金控除)。非常に有利に見えるが、今後、一時金受給を認めないとなれば、この税制は意味がなくなるため、結果として何らかの他の税制上のメリットへ代替される必要がある。筆者の全くの私見だが、企業年金受給時の公的年金等控除拡大や、特別法人税無税化ではなく、拠出上限の大幅引上げなど、現在の制度比、大幅に使い勝手の良くなるもので代替してもらいたい、と思っている。 3 新DC個人型の問題 見出しにあえて“新”DC個人型としたのは、現在のDC個人型とは決定的に異なるからである。前述したように加入者範囲が大幅に広がり、日本国民の老後資金積立の主力商品に仕立てようという意図があるように見受けられる。加入者範囲の拡大は喜ばしいことであり、今改正の大ヒットの部分だが、一方で、残念ながら、拠出限度額が全く拡大していない。 せいぜい、月2万円程度の拠出上限では、商売しようとする運営管理機関にとっても、口座を開設しようかと思っている人にとっても全く魅力がない。加入者サイドに立ってみると、年間4,000~5,000円の運営管理手数料を支払って個人型DCを開設しようとした場合、高々月2万円程度の拠出で何パーセントの運用益があれば投資元本を守れるだろうか。いくら拠出額には所得控除があるからと言っても、納得するのは難しいのではないだろうか(NISAと比較しても魅力がない)。 この議論には一つの前提があって、「運営管理手数料が1人当たり年間4,000~5,000円の定額」であるということが問題なのである。筆者は、日本でDCが発足以来、ずっとこの問題を指摘してきたのだが、運営管理手数料を1人当たりで定額化するほうが、運営管理機関にとってシステム開発等の収支計算をしやすかった名残りが今も残っている。しかし、考えればすぐ分かることだが、1人当たりいくらの手数料は、一見公平そうだが、実はそうではない。残高が多い人も少ない人も一律であるため、運営管理機関手数料控除後の運用結果のネット換算時、残高の多い人には極めて低率の手数料で、一方、残高の少ない人には非常に高率となる。これではとても公平な仕組みとは言えない、というのが筆者の論点である。 現在、運営管理機関では今回の法改正案を受けて、真剣に運営管理機関手数料の定率化を検討し始めたようなので、筆者にとっては積年の夢?が一つ実現するのではないか、と期待している。 DC個人型について、もう一つの論点がある。それは、制度上、現在のところ難点はあるが将来の拡張を見て積極的に商売したいと運営管理機関が考えたとしたら、運営管理機関は拡販セールスのためにどう動いたらよいだろうか、という点である。企業型DCであれば、企業の担当者を攻めることになるわけだが、個人型ではリーチのしようがない。仕方なく、NISA同様にマスコミに打って出るか、ということになるが、先に述べたごとく、あまりに商品性に魅力がなくインパクトに欠ける。 DC個人型の拡販は国を挙げた事業になると言ってもよいほど重要だが、商品性に難があるわけだから、少しでも効率的にセールスできるように、仲介者としての事業主を積極的に利用できる仕組みを案出するべきであろう。 個人型でも事業主と折衝し、事業主がまず前提となる運営管理機関選定を行い、運営管理機関の力を借りて 従業員に適正な商品選定 従業員への制度説明、場合によっては投資教育 を行う、いわば“職域NISA”ならぬ“職域DC個人型”を認めていくべきだと考えている。このような方策を採らないと、DC個人型を実施する加入者が少なく、せっかくの制度改正が泣くことになるのではないか、と危惧している。 4 商品除外問題 商品除外については、当該商品の投資者の3分の2の賛成で除外できるということになっているが、賛成でない人はどうするのか、という問題が残る。特に、既に受給者となって年金受給を開始している場合が厳しいわけである。運営管理機関では、除外する場合のこのような事態を予想して、新規受付停止の形で対処しようとしている(追加システム開発)。 新規受付停止した運用商品は商品数上限にカウントされないことにしてもらう必要があるが、それとは別に、そもそも商品除外はその投資している人の賛否で実施するのが相応しいのか、という議論があると考えている。 すなわち、商品除外は、当該商品のみならず、事業主が選定した商品メニューのすべてに精通した人が行うべきではないであろうか。当初厚生労働省が想定したように「労使合意で実施するべきだ」というのは正論だと思われる。確かに、今はまだ新規受付停止のシステムがないために厳しいが、筆者の聴いているところでは、ほぼすべての運営管理機関がシステム開発を予定しているということで、システムができた暁にはぜひ労使合意で商品除外する方向で対処してほしい、と思っている。 5 指定運用方法の設定(デフォルト設定) デフォルト設定は、DC運用関係の改正の目玉であることは事実だが、ここで指摘しておきたいことは、法制化すればどの企業もすぐにデフォルト設定するだろう、と考えるのには無理があるということである。 日本の企業の場合、DBは運用リスクをはじめあらゆるリスクは事業主持ち、一方、DCは運用をリスクはじめあらゆるリスクは全て加入者持ちで、事業主は何のリスクも負わない制度と思い込んでいる。 デフォルト設定すれば、事業主は、最終的には訴追を免れるにしても デフォルトに設定した商品の運用実績が悪い場合、仮に、マーケット全体が悪い場合であっても、従業員のモラルダウンを引き起こさないか? デフォルト設定は、いわば最大の大口投資投信になるため、主力金融機関の意向を無視できないが、運用が上手くいかない場合、従業員との板挟みで困ったことになるのではないか? など、相応のリスクを負うことになるため、事業主としては簡単にデフォルト設定になびくとは思えない。 日本経団連関連企業など日本を代表する企業群がまず先陣を切って導入に走ってもらうなど何らかの誘導策が必要になるのではないか、と考えられる。 おわりに 以上、6回にわたって、今回の企業年金改正法案に関し私見を交えつつ、その背景にある論点を述べてきた。今般筆者が指摘した論点以外にも、給与切り出し型選択制DCとの公平性など、課題はいくつも挙げることができる。またの機会があれば、と考える。 筆者は今回の厚生労働省の描く“企業年金の将来像”は全く正しい、と考えている一人である。ただ一方で、実施部隊である事業主及び運営管理機関等の意見を聴取しながら、より使い勝手の良い、かつ、経済合理性のある仕組みに早期に改定してほしいと切に願っている。 今後の企業年金部会における一層の議論の深まりと、税制関連項目の前向きな解決を期待して本連載を締め括りたい。 (連載了)
中小企業事業主のための 年金構築のポイント 【第8回】 「特別支給の老齢厚生年金と在職老齢年金」 特定社会保険労務士 古川 裕子 1 在職老齢年金 老齢厚生年金を受給している人が在職し厚生年金保険に加入した場合、老齢厚生年金の額と報酬(総報酬月額相当額(*))により受け取る年金額の全部または一部が停止される。この年金を「在職老齢年金」という。なお、60歳台前半の在職老齢年金と65歳台後半の在職老齢年金とでは、支給停止の計算方法が異なる。 (*) 総報酬月額相当額=該当月の標準報酬月額+該当月以前1年間の標準賞与額÷12 2 60歳台前半の在職老齢年金の支給停止額の計算式 在職老齢年金は、基本月額(*)と総報酬月額相当額に応じて、次の①から④のいずれかの計算方法により調整される。 (*) 基本月額=60歳台前半の老齢厚生年金の年金額(報酬比例部分+定額部分の額)÷12 〈事例1〉 4月(★)の在職老齢年金の総報酬月額相当額の求め方(下図) 〈事例2〉 老齢厚生年金が120万円、総報酬月額相当額が25万円の場合のその月の在職老齢年金 したがって、その月の在職老齢年金=10万円-3.5万円=6.5万円になる。 〈在職老齢年金早見表〉 (例) 年金月額10万円、総報酬月額相当額30万円の場合は、年金は4万円になる。 3 手続 総報酬月額相当額が変動すると、変動後の総報酬月額相当額により支給停止額が再計算されるが、この場合、特に届出の必要はない。 在職老齢年金を受給していた人が退職した場合、1ヶ月経過すると、支給停止が解除され、年金が全額支給される。 《おさらいQ&A》 (了)
養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第3回】 「普通養子縁組の手続と虚偽縁組の回避策」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 [1] はじめに 今回は、普通養子縁組の手続について解説を行う。 現行法における普通養子縁組は、戸籍法の定めるところにより届け出るだけで、その効力(前回参照)が生じる(民799・739・801)。市町村長は、届出の審査に当たって形式的審査権しか有しないため、その審査は戸籍法が定める証明資料、戸籍簿の記載、及びこれに準ずる資料によるほかは、届出自体によって行いうる範囲に限定される。 そのため、実際には当事者間に縁組意思がないにもかかわらず、届出が受理されてしまう事態も生じ得る。現行法下の手続規定やその解釈もそれに拍車をかける要因となっている。昨今、高齢者の資産を狙った虚偽の養子縁組届事件が多発しているのもこのような事情が背景にある。 そこで本稿では、虚偽届の一因となっている普通養子縁組の手続規定・解釈等を中心に解説を行い、その回避策についても触れる。以下、〈具体例〉として、偽造者Aが高齢者Bの養子となるべく虚偽の縁組届を行う場合を想定する。 [2] 署名 養子縁組の届出には養親、養子の署名押印が必要である(民799・739②、戸法29)。「署名」はかつて自署を意味したが、実際には代署が多く行われたため、現行法では氏名の代書と押印が認められている(戸則62①)。押印は実印であることを要しない。 そのため、〈具体例〉の場合でも、偽造者Aが高齢者Bの署名を勝手に代書した上で、高齢者Bの押印を三文判にて行ったとしても、それを秘してなされた届出は受理されてしまうこととなる。 高齢者Bの筆跡と異なる場合であっても、その後の縁組無効確認訴訟にて、高齢者Bの意思に基づき代署したとの偽造者Aの反論を許容することとなり、高齢者Bが認知症となっていた場合には、高齢者Bの真意を本人から確認することも困難となる。 なお、代署がなされた場合には縁組届出書に代署である旨記載しなければならないが(戸則62②)、代署が本人の意思に基づくものである限り、その記載を欠いても届出が受理された以上、縁組は有効に成立するとの最高裁昭和31年7月19日判決が存在する。そのため、偽造者Aが縁組届書に高齢者Bの代署である旨の記載をしなかったとしても、それだけでは縁組無効を立証することはできない。 [3] 証人 養子縁組の届出には、成年の証人2人以上による署名押印を必要とする(民799・739②、戸法33)。証人の資格は成年であること以外に制限はない(中川善之助・山畠正男編『新版注釈民法(24)親族(4)』有斐閣、2002年、258頁)。養親及び養子の縁組意思の存否に関し、市町村役場が証人に対して確認することも求められていない。 そのため、〈具体例〉の場合でも、偽造者Aが第三者2名の署名を勝手に代書し、三文判を押印したとしても、それを秘してなされた届出は受理されてしまうこととなる。 なお、証人は遺言の証人のような立会人である必要はなく、単に届出人の届出が真正なものであることを確認すれば足りるとされている(中川善之助・山畠正男編『新版注釈民法(24)親族(4)』有斐閣、2002年、259頁)。 その結果、その後に縁組無効確認訴訟にて争う場合においても、縁組意思に関し、証人が偽造者Aによる一方的な虚偽の説明を信じ込んでいたような場合や、偽造者Aと口裏を合わせるような場合には、証人尋問による成果は得られにくい。 [4] 添付書類 養子縁組の届出に添付すべき書類として、養親及び養子の戸籍謄本が必要となるが(戸規63)、養子縁組届を提出する市町村が養子縁組前の本籍地である者については、その者の戸籍謄本は不要である。 そのため、〈具体例〉の場合でも、高齢者Bの本籍地にて養子縁組届を行えば、高齢者Bの戸籍謄本を入手する必要はない。偽造者Aの養子縁組前の本籍地と届出先となる本籍地とが異なる場合にのみ、偽造者Aの戸籍謄本を提出することとなる。 その他、添付書類としては、①未成年者を養子とするに当たり家庭裁判所の許可を要する場合には家庭裁判所の許可の審判書の謄本、②後見人が被後見人を養子とする場合には同じく許可の審判書の謄本、③15歳未満の者を養子とする場合には、その者に代わって縁組の代諾をする者の代諾資格を証明する書類(戸籍の謄抄本もしくは特別代理人選任の審判書の謄本)が必要となるが、〈具体例〉においては偽造者Aと高齢者Bが後見人、被後見人の関係でない限り、いずれも不要である。 唯一、偽造者Aに配偶者がいる場合に、その配偶者の同意書(配偶者の養子縁組に関する同意書)が必要となる程度である(もしくは縁組届出書の「その他」の欄に同意の旨記載)。 [5] 届出 普通養子縁組届を市町村役場に届け出る者は、養子縁組の当事者である養親及び養子である(民799・739、戸法66)。届出人が縁組届に必要事項を記載した上で届出人以外の者が使者として市町村役場に届け出ることも許容されている。 そのため、〈具体例〉の場合においても、偽造者Aが高齢者Bの使者として、縁組届を提出することは可能である。15歳未満の者が養子となる場合には、届出人は養子縁組を代諾する法定代理人となり(戸法68)、父母共同親権の場合には、父母双方が届出人となるものの、〈具体例〉の場合にはいずれも関係はしない。 もっとも、平成20年5月1日から縁組届出の際の本人確認が必要となった(戸法27の2①)。本人であることを特定するために、運転免許証、パスポート、住民基本台帳など官公署発行の顔写真付きの証明書のうち1点、または国民健康保険証、国民年金手帳、恩給証書、印鑑証明書などのうち2点以上の提示が求められる(戸則53の2・11の2①一~三)。 これら本人確認書類を持参しなかった場合であっても受理はなされるが、本人確認できなかった届出人の住所地に届出受理の通知書が発送される(戸法27の2②)。 そのため、〈具体例〉の場合でも、高齢者Bとしては、届出受理の通知書によって偽造者Aにより勝手に縁組届がなされたことを認識することができるものの、高齢者Bが認知症であるような場合には、実効性がない。 [6] 回避策 上述したような事態を防ぐためには、定期的に戸籍を入手してチェックすることがまず考えられる。もっとも身寄りのない高齢者の場合には、高齢者自らチェックすることは考えにくい。 そこで、事前の回避策として、届出人本人が市町村役場に出頭した上で、上記証明書にて本人確認がなされない限り、縁組届出を受理しないよう、あらかじめ本籍地の市町村長に申し出る方法が存在する(不受理申出・戸法27の2③)。 従前は、その有効期限は6ヶ月であったが、平成20年5月1日からは有効期間の定めがなくなった。不受理申出のみならず、その申出を取り下げる場合にも届出人本人が自ら市町村役場に出頭する必要がある(戸則50の4⑥・①)。 〈具体例〉の場合でも、高齢者Bとしては、意識が明確である間に、自ら本籍地の市町村役場に出頭した上で不受理申出を行うことにより、その後の偽造者Aによる虚偽届出を可及的に防ぐことが可能である。 (了)
常識としてのビジネス法律 【第25回】 「会社法《平成26年改正対応》(その6)」 弁護士 矢野 千秋 6 取締役と会社との関係 (1) 善管注意義務と忠実義務 取締役と会社との間の関係は委任に関する規定に従う(330条)ので、取締役は会社に対して善良な管理者としての注意義務を負担する(民644条)。善管注意義務とは、会社の業務および経理等に対して相当程度の知識、経験および能力を有する標準型の人が職務を行うにあたり通常払うであろう注意の程度を指す。 これを具体的に示せば、取締役は法令および定款ならびに総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を行う義務を負うことになる(355条)。したがって、忠実義務は善管注意義務を明確にしたもので、これとは別の高度の義務を規定したものではない(最高裁昭和45年6月24日判決)。 しかし、これだけでは不十分なので、競業及び利益相反取引の制限(356条1項)がある。これらはいずれも取締役の職務外の行為であり、職務遂行上の注意義務である善管注意義務などの範囲に入らないものだからである(入るとする考え方もある)。 (2) 競業避止義務 取締役(執行役も。以下(2)(3)において同じ)は、会社の内部情報や営業の機密に通じ、また取引先と個人的な信頼関係を築いている場合も多い。したがって、取締役Aが自己または第三者のために甲会社の事業の部類に属する取引(目的物、市場が競合する取引)を自由にできることにすると、会社の取引先を奪うなど、会社の利益を害する危険が大きい。しかし、子会社に類似の事業を行わせるなど、競業が必要な場合も当然考えられる。 そこで、取締役が競業を行うためには、その取引について重要な事実を開示して、株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の承認を事前に得ることを要することとし、この義務に違反すれば、損害賠償責任を負うほか(423条)、解任の正当事由にもなりうる(339条1項)。さらに、取締役会設置会社ではこうした取引に対する取締役会の監視を強めるため、事後の報告も要求している(365条2項)。 (3) 自己取引(利益相反取引)の制限 甲会社の取締役Aが自ら当事者としてまたは他人乙の代理人もしくは代表者として、甲会社と取引をする場合には、その取締役Aが自ら甲会社を代表するときはもちろん、他の取締役Bが甲会社を代表するときも、AB容易に結託して甲会社にとって不利益な取引をするおそれがあるため、このような場合には甲の株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の承認を事前に得ることを要することとし(356条1項2号3号、365条1項)、この義務に違反すれば、損害賠償責任を負うほか(423条)、解任の正当事由にもなりうる(339条1項)。さらに、取締役会設置会社ではこうした取引に対する取締役会の監視を強めるため、事後の報告も要求して会社の利益保護を図っている(365条2項)こと、競業取引と同様である。 取締役が自己または第三者のために会社と取引をなす直接取引(356条1項2号)のみならず、会社と取締役以外の第三者との取引において、実質的に会社取締役間に利害の衝突を生ずる間接取引についても、株主総会(取締役会)の承認が必要である(同項3号、365条1項)。たとえば、会社が取締役の債務を保証するような場合が例示されている。 7 取締役の責任 (1) 取締役の責任 会社法は、取締役の会社に対する責任は、過失責任を原則とした(423条1項)。すなわち、違法配当、株主への違法な利益供与および利益相反取引については、過失責任として取締役が過失のなかったことを立証したときは賠償義務を負わないものとされた(462条2項、120条4項、423条1項)。ただし、利益供与を行った取締役については無過失責任とし、また利益相反取引について自己のために株式会社と直接利益相反取引をした取締役も無過失責任を負うものとされた。 (2) 免責 ① 総論 取締役の責任を免除するには、原則として総株主の同意が必要である(424条、462条3項但書等)。しかし、大会社などでは実質上これらの免責は不可能である。 そこで取締役の任務懈怠責任(423条1項)については、株主総会の特別決議、定款の定めに基づく取締役の過半数の同意(取締役会設置会社の場合には取締役会決議)、または定款の定めに基づく事前の責任限定契約により、一部免除できることとしている(425条、309条2項8号、426条、427条)。特別責任と構成されている利益供与(120条4項)や、違法配当(462条1項)等には適用されない。 ② 任務懈怠責任の一部免除 ⅰ 第423条第1項の責任は、役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、株主総会に責任原因の事実、賠償すべき責任額等を開示し、賠償の責任を負う額から以下の合計額(最低責任限度額)を控除して得た額を限度として、株主総会の特別決議によって免除することができる(425条1項2項)。なお、責任免除の議案を株主総会に提出するには監査役設置会社においては監査役(複数なら各監査役)、監査等委員会設置会社においては各監査等委員(425条3項2号)、指名委員会等設置会社においては各監査委員の同意が必要である(同条3項)。 以下の金額および当該役員等が有利な条件で取得した新株予約権の財産上の利益額の合計額(最低責任限度額。425条1項)を超える部分の役員等の責任を、免除することができる。 ⅱ 第423条第1項の責任は、監査役設置会社(取締役が2人以上ある場合に限る)、監査等委員会設置会社または指名委員会等設置会社は、定款をもって、役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がない場合において、責任の原因となった事実の内容、職務執行の状況、その他の事情を勘案して特に必要と認めるときは、免除することができる額を限度として、取締役(当該責任を負う取締役を除く)の過半数の同意(取締役会設置会社にあっては、取締役会の決議)をもって、これを免除することができる旨を定めることができる(426条1項)。各監査役・監査等委員・監査委員の同意は、定款変更議案を株主総会に提出する場合、定款の定めに基づく責任の免除についての取締役の同意を得る場合および責任の免除に関する議案を取締役会に提出する場合について必要である(同条2項)。 この取締役(会)の免除の決議に対しては、総株主の議決権の100分の3以上を有する株主は異議を申し立てることができる。その場合、免除はできない(同条5項)。しかし、さらに株主総会の特別決議があれば免責が可能である。 ⅲ 会社法は、非業務執行取締役と同様、会計参与、監査役、会計監査人の地位の社外性から、責任の一部免除を認めるとともに、定款の定めに基づく責任限定契約による責任の一部免除を認めた。 定款をもって、非業務執行取締役、会計参与、監査役または会計監査人との間において、第423条第1項の行為により会社に損害を加えた場合において、その非業務執行取締役等が職務を行うにつき、善意にして重大な過失がないときは、定款に定めた範囲内においてあらかじめ定める額と最低責任限度額とのいずれか高い額を限度として、賠償の責任を負う旨の契約をすることができる旨を定めることができる(427条1項)。免責契約の議案を株主総会に提出するには各監査役等の同意が必要である(同条3項)。 非業務執行取締役等に、こうした形での免責契約を認め、人材を得やすくしているものである。 ③ 剰余金の配当等に関する責任 会社法では、分配可能額を超えて剰余金の配当等をなした場合には、その行為により金銭等の交付を受けた者ならびにその行為に関する職務を行った業務執行取締役・執行役および株主総会議案提案取締役(取締役会議案提案取締役)は、会社に対し、連帯して、金銭等の交付を受けた者が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負うものとされた(462条1項)。そして過失責任とされた(同条2項)。そして行為の時における分配可能額を限度として義務を免除することについて総株主の同意がある場合を除き、これらの者の負う義務は、免除することができない(同条3項)。剰余金の配当等を行い、その事業年度末に欠損が生じた場合も同様(462条1項)。一部免除なし。 ④ 株主の権利行使に関する利益供与に係る責任 会社法は、利益供与をした取締役または執行役に加え、当該利益供与に関与した取締役または執行役は、当該株式会社に対して、連帯して、供与した利益の価額に相当する額を支払う義務を負う(120条4項)が、ただしその者(当該利益の供与をした取締役・執行役を除く)がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合はこの限りではないとして、利益供与に関する取締役または執行役の責任を、利益供与を行った取締役または執行役に限り無過失責任とし、その他の取締役または執行役については過失責任とした。一部免除なし。 ⑤ 任務懈怠に係る責任 役員等は、任務懈怠により会社に損害を与えた場合には、会社に対して損害賠償責任を負う(423条)。商法266条1項5号にあたる責任は任務懈怠責任とされた。取締役は会社に対して善良な管理者としての注意義務を負い(330条、民644条)、また忠実義務を負う(355条)。この注意義務等に違反して任務を怠ることが任務懈怠である。責任の一部免除が認められる。 ⑥ 利益相反取引に係る責任 会社法は取締役・執行役の利益相反取引に係る責任を過失責任とした(423条1項3項)。ただし、自己のために株式会社と直接に利益相反取引をした取締役らは無過失責任を負う(428条1項)。 利益相反取引にかかる責任を過失責任としたことで、他の任務懈怠責任と同様に、総株主の同意がなければ免除できない(424条)が、責任の一部免除を認めることとした(425条等)。ただし、自己のために株式会社と直接に利益相反取引をした取締役らについては、無過失責任であるし、責任の一部免除も認めない(428条2項)。 ⑦ 取締役の競業行為に係る責任 取締役・執行役が、自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をするには、株主総会(取締役会設置会社では取締役会。365条1項)において重要な事実を開示してその承認を受けなければならないとされている(356条1項1号)。 これを得ないで取引を行ってしまった場合、取締役らまたは第三者が得た利益の額は、会社の被った損害の額と推定され、損害賠償責任を負うことになる(432条2項、1項)。 株主総会等の決議で競業の承認を得ても、取締役らの会社に対する責任が完全に免除されたわけではなく、その競業により会社に損害が生ずれば当該競業行為に関して任務懈怠のある取締役らは責任を免れない。責任の一部免除が認められる。 (3) 役員等の責任追及の訴え(株主代表訴訟) 会社に対する取締役らの責任は、本来からいえば会社自身が追及すべきものであるが、取締役間の特殊関係からその追及がなされず、その結果、会社すなわち株主の利益が害されることにもなりかねない。そこで株主に、会社の権利を代表して行使して、取締役らに対して訴えを提起することを認めた。6ヶ月前(定款で引き下げ可能。非公開会社では「6ヶ月前より」の制限はない)より引き続き1株以上(定款で単元未満株主の訴権を制限した場合は1単元以上)を保有する株主が、会社に対して書面により取締役らの責任追及の訴えを提起するよう請求し、請求のあった日から60日以内に会社が訴えを起こさないときは、その請求をした株主は自ら取締役らに対して訴えを提起できる。また、この60日の経過によって会社に回復不能の損害を与えるおそれがあるときは、直ちに訴えを提起できる(847条1項3項5項)。 なお、株主が代表訴訟によって求め得る「取締役の責任」は、取締役の地位に基づく責任のほか、取締役の会社に対する取引債務についての責任も含まれる(最高裁平成21年3月10日判決)。 株主は、責任追求の訴えが、当該株主もしくは第三者の不正な利益を図りまたは株式会社に損害を加えることを目的とする場合には、役員等の責任追求の訴え(212条1項、285条1項)を提起するよう、株式会社に請求することができない(847条1項)。 株式会社が株主から提訴請求を受けた場合において、請求の日から60日以内に株式会社が訴えを提起しないときは、株式会社は、提訴請求をした株主等からの請求により、遅滞なく、当該請求をした者に対し、訴えを提起しない理由を、書面その他法務省令で定める方法により通知しなければならない(847条4項)。「請求対象者の責任又は義務の有無についての判断」のみならず「その理由」も含まれることを明確化した(平成21年改正・規218条)。 (4) 取締役の違法行為の差止め 取締役・執行役が法令定款違反行為をした場合には、任務懈怠として会社に対して損害賠償責任を負うが(423条1項)、このような事後の救済よりも事前にそのような行為を防止できることが望ましい。 会社としては取締役らの行為を差し止める権利を、当然、有するが、会社がそれを怠る場合に備え、6ヶ月前(定款で引き下げ可能。非公開会社では「6ヶ月前から引き続き」の制限はない)から引き続き株式を有する株主に、取締役らが会社の目的の範囲外の行為、法令定款違反行為をし、またはこれらの行為をするおそれがある場合において、その結果、会社に著しい損害(監査役設置会社、監査等委員会設置会社または指名委員会等設置会社においては回復することができない損害)を生ずるおそれがある場合には、当該取締役らにその行為をやめることを請求することができる(360条1項2項3項)。 8 取締役と第三者との関係 (1) 総説 取締役・執行役がその任務に違反した場合は、本来からいえば会社に対する関係で責任を負わされるにすぎない。取締役らは会社の受任者であり、第三者に対しては、直接、なんらの契約関係にもないからである。しかしその結果、株主や会社債権者が損害を被ることを考慮し、取締役らがその職務を行うについて悪意または重過失があった場合には、第三者に対する直接の権利侵害や故意過失の有無を問うことなく、取締役らに第三者に対しその損害を賠償する責任を負わせた(429条1項)。 取締役らは、本来、第三者に対しては不法行為の要件を備えない限り責任を負わないはずであるが、取締役らの権限が強大であり、場合によっては完全に会社を左右していることに鑑み、第三者保護のために特則を置いたものである。 (2) 第三者の損害 第三者の損害には、取締役らがあまりに過大な設備投資をして会社が倒産し、その結果、取引相手などの第三者が損害を被ったような間接損害と、取締役らが会社が窮状にあるのに第三者を騙して取引に入らせ、その結果第三者に損害が発生したような直接損害がある。 いずれにしても、取締役らの任務懈怠と第三者の損害の間に相当因果関係があることが必要である。 9 取締役の報酬・賞与・退職慰労金 (1) 総説 取締役は報酬を受けるが、その額の決定を取締役会に委ねるとお手盛りの危険があるので、定款の定めによるかまたは株主総会の決議によることが要求される(361条)。 本来、報酬決定は業務執行に関する事項であり、理論的には取締役会が決定権を有するはずであるが、自分たちが自分たちの報酬を決めたのでは、会社の利益のために行為すべしとする受任者性に反するおそれがあるので、政策的にこの規定を設けたものである。執行役の報酬は、個人別の報酬(退職慰労金を含む)を報酬委員会が決定する(404条3項、409条)。 (2) 報酬の範囲 報酬、賞与その他の職務執行の対価(報酬等)として受ける利益をいう。対価としての利益であるかぎり、給与、手当てなどの名称のいかんを問わない。 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額を、報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法を、報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容を定めねばならない(361条1項)。 しかし、株主総会では、個々の取締役への具体的支給額まで決定する必要はなく、取締役全体としての総額または最高限度額を定めれば足り、取締役間の具体的配分は取締役会に委ねてよい。 なぜなら、総額や最高限度額が決定されていれば会社の利益保護という会社法第361条の趣旨に反しないし、逆に同条は取締役間の公平を実現するための規定ではないからである。 (3) 退職慰労金 退職慰労金は在職中の職務執行の対価、すなわち報酬の後払いとしての性格と、功労加算金としての性格とが不可分に結びついた特殊な性格の給付金と解され、商法第269条(会社法第361条)の「報酬」に含まれる(通説。最高裁昭和44年10月28日判決)。 したがって、定款に定めのある場合はそれにより、ない場合は株主総会の決議によって、監査役の報酬とは別にその額を定める(387条)。 わが国では、退職慰労金については株主総会で支給することだけを決め、一般の報酬のように最高限度額を定めることもなく、具体的金額・支払期日・支払方法などを取締役会に一任するのが通例である。最高限度額を決めてしまうと、実際上、個々の取締役に支給する金額も明らかになってしまい、公開の場で取締役個人の功績の論議を引き起こすことにもなるからである。 この問題につき判例は、支給基準(会社業績、地位、勤続年数、功労等)を株主が推知し得る状況において、当該基準に従い決定すべきことを委任する趣旨の決議であれば有効としている(最高裁昭和39年12月11日判決等)。 (続く)
此の国にも『日本企業』! 【第7回】 「《エチオピア》 アフリカで見つけた競争力の源泉 ~(株)ヒロキ~」 中小企業診断士 西田 純 アフリカの北部・エチオピアは、日本からずいぶんと遠い国です。日本でよく知られていることといえば、「ケニアと並ぶマラソン強国だ」ということくらいでしょうか。 今回は、そんなエチオピアで競争力の源泉となる強みを見出し、そしてついには日本企業としては初の製造工場を現地に作ってしまった会社のお話です。 〈天然皮革へのこだわり〉 (株)ヒロキは、皮革衣料・鞄の製造小売業を営む会社で、1952年に横浜で創業しました。 プロでも天然の皮革と合成皮革とを見分けることが困難と言われる中、天然素材の質感にこだわった製品作りを志向する経営方針によって、競合他社との差別化を図ってきました。 近年では2005年から中国・北京で直営の縫製工場を稼働させたことに加えて、2014年からは材料の原産地であるエチオピアでも新たに製造工場を立ち上げ、材料供給と製造プロセスを近づけることでより一層の品質向上を目指しています。 〈さらなる品質を求めてエチオピアへ〉 では、そもそも「なぜエチオピアか?」という疑問について、社長の権田浩幸さんは同社にとって「エチオピアで産出される羊革の品質」が決定的な要因であるということを説明してくれました。 他の皮革原料に比べて圧倒的に薄くて柔らかく、しかも丈夫なエチオピア産の羊革は世界一と評されており、丁寧に加工すれば大変優れた衣料素材になるのです。 また、ここ10年ほどは、エチオピアで買い付けた原材料(羊革)を中国の工場に運んで縫製するというプロセスを採用していましたが、さらに品質を良くするために、原材料についてさまざまなリクエストを出せる製造プロセスを少しでも原材料供給地に近づけたい、という思いでエチオピアでの工場建設を決定したとのことです。 さらに、「エチオピアは物を安く作るための国ではなく、良い物をもっと良くするために時間をかけられる国である」という認識のもと進出を決めた、とも話してくれました。 〈新天地での苦労を乗り越え〉 進出に当たっては、様々なご苦労がありました。 例えば許認可手続き一つとっても、役人一人ひとりの言うことが違ったり、担当者が休むと仕事がそのまま滞ったりと、日本では全く考えられないトラブルに何度も悩まされることがあったそうです。 それでも(株)ヒロキにとって競争力の源泉たる高品質な素材を求め、エチオピア当局とは粘り強い調整を続けました。 また労働者教育・技術移転の場面でも、日本には「優れた職人で、英語のできる人」が皆無といっても過言ではなく、効率的な指導者派遣が進めづらいこともあったそうです。 〈素材の持つ難しさが逆に強みになる〉 競合他社にとっては、柔らかくて伸縮性がある分だけ加工のしづらいエチオピア産羊革は「使いたくても難しい素材」ということで、欧米を含めて現在のところ(株)ヒロキ以外に「エチオピア産のシープ(羊革)で勝負できる衣料メーカーは存在しない」のだそうです。 さすがにそれだけ加工の難しい素材ということもあって、現在エチオピアの現地法人には日本人指導者が3名常駐しており、さらには中国工場から技術指導のための応援も出しており、通常のビジネスモデルだと製造コストが膨らんでしまうことが懸念されます。 しかし(株)ヒロキの場合は、値下げ要請の厳しい卸売業者などへの販売を一切行わず、自社で最終消費者に製品を供給する「製造・小売業」であることと、競合他社が存在しない市場を切り開く、いわゆる「ブルー・オーシャン戦略」を採用していることが、このビジネスモデルを可能にしています。 〈未来に見据えるもの〉 さらに同社の目指すものについて、 と、社会貢献への意欲もにじませて夢を語る権田社長の言葉は、非常に示唆に富むものでした。 (了)
《速報解説》 国税庁より「平成27年分用の相続税申告書」新様式が公表 ~基礎控除の引下げ等に対応。小規模宅地等特例適用者の提出様式が明瞭に~ Profession Journal編集部 本年の1月1日より相続税の基礎控除額が引き下げられ最高税率が引き上げられる等、いわゆる“相続増税”が施行されたわけだが、このたび国税庁ホームページにおいて、これらの改正を反映した「相続税の申告書等の様式一覧(平成27年分用)」が公表された。 〇平成25年度税制改正に対応した新様式改正の概要 本年1月1日より施行された相続税に係る平成25年度税制改正事項は以下のとおりである。 上記のように大幅な改正が行われたわけだが、様式の改正をみると①~③については、数値の変更によるもののため、様式に大きな変更はなく、第2表(相続税の総額の計算書)なども表内の数値が一部変更されている程度である。 〇小規模宅地等特例の適用者は自己申告も見据えた配慮 小規模宅地等の評価減特例については、今回の基礎控除額の引下げにより、税理士に頼ることなく自己申告をする納税者の増加を見込んで、提出書類の誤りが起きないような配慮が伺える。 具体的には、小規模宅地等特例を適用する際、改正前の様式では に加えて次の3つの明細書を提出することが求められていたため、小規模宅地等特例のみを適用するケースでは、馴染みのない特定計画山林又は特定事業用資産についての課税価格の計算特例の欄で混乱が生じるケースがみられた。 こうした状況を踏まえて、改正様式では、小規模宅地等特例のみを適用する場合(特定計画山林・特定事業用資産特例を適用しない場合)は、次の3つの付表を提出すれば足りることとされたため、提出書類の明確化が図られた形となっている。 ただし、上述した④の改正により、居住用と事業用の宅地等を選択する場合の適用面積が拡大(それぞれの限度面積まで適用可能)されたことにより、「限度面積要件の判定」の計算が複雑となっているため、記載に当たっては十分に注意したい。 なお、今回の申告書類の公表に合わせて、一般納税者に向けた下記のパンフレットが公表されている。 〇「結婚・子育て資金の贈与税非課税特例」への対応 平成27年度改正で創設され4月1日に施行された「結婚・子育て資金の贈与税非課税特例」への対応としては、対象期間中に贈与者が死亡した場合に、その残額が相続税の課税価格に加算されるものの、2割加算の対象とならないことなどを受け、 第4表 相続税額の加算金額の計算書・暦年課税分の贈与税額控除額の計算書 第14表 純資産価額に加算される暦年課税分の贈与財産価額及び特定贈与財産価額・出資持分の定めのない法人などに遺贈した財産・特定の公益法人などに寄附した相続財産・特定公益信託のために支出した相続財産の明細書 はそれぞれ平成27年4月1日以後の相続等ついて、別途「平成27年4月分以降用」の様式が用意されているため留意しておきたい。 〇マイナンバーは平成28年分以降から~すでに様式案が公表済み 話題のマイナンバーであるが、本制度は平成28年1月からスタートするため、相続税申告実務においては平成28年1月1日以後の相続開始分から適用されることとなる。このため今回公表された新様式には反映されていない。 なお、確定様式ではないが、国税庁のマイナンバー関連のホームページにおいて、事前情報提供として6月30日付けで、「個人番号又は法人番号」欄が追加された「相続税の申告書第一表(平成28年分以降用)」が掲載されているので、参考までに確認しておきたい。 (了)
《速報解説》 国税不服審判所「公表裁決事例(平成26年10月~12月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、平成26年6月23日、「平成26年10月から12月分までの裁決事例の追加等」を公表した。今回追加されたのは表のとおり、全14件の裁決である。今回の公表裁決では、国税不服審判所によって課税処分等が全部又は一部取り消された事例が10件、棄却又は却下された事例が4件であった。税法・税目としては、国税通則法が6件となっており、以下、法人税法関係が3件、所得税法関係が2件、相続税法関係、消費税法関係及び印紙税法関係が各1件であった。 【公表裁決事例平成26年10月~12月の一覧】 ※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された14件の裁決事例のうち、注目される事例を紹介したい。なお、毎回のことであるが、論点を簡素化するため、複数の争点がある裁決については、その一部を割愛させていただいていることを、あらかじめお断りしておきたい。 1 更正又は決定等(更正決定通知における処分の理由)・・・① (1) 争点 審査請求における争点は次のとおりであり、収益の帰属が最大の争点であり、それに付随する形で、推計課税の合理性や隠ぺい又は仮装した事実があったかが争点となっていた。 (2) 審判所の判断 これらの争点のうち、収益の帰属等について、審判所は以下のように判示して、原処分が適法であるとした。 その一方、請求人が主張していない「青色取消処分」について、処分そのものは適法であるとしたものの、原処分庁は、青色取消処分に伴い、青色欠損金の繰越控除が適用されないことから、控除金額を所得金額に加算して更正処分を行っているが、その理由を示していないことが認められるとした。 これに対し、原処分庁は、以下のとおり主張した。 しかし、審判所は、行政手続法第14条第1項本文の趣旨を説示したうえで、更正処分をする際は当該更正通知書自体に処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与えるという法の要求にかなう程度に理由を示す必要があるというべきであるから、理由の提示に不備があったとの判断が妨げられることはないと結論づけた。 2 調査手続(事前通知)・・・⑥ (1) 争点 争点は次の4つであるが、本稿では、これらのうち、①の「調査手続に処分を取り消すべき程度の違法事由があったか否か」について、審判所の判断を確認したい。 (2) 事前通知が行われたか否かの判断 原処分庁の「平成24年分の所得税の調査は、平成25年1月1日前から引き続き行われている調査に該当し、平成23年法律第114号附則第39条第3項により通則法第74条の9第1項の適用はない」という主張に対して、審判所は、「調査は、納税義務者について税目と課税期間によって特定される納税義務に関してなされるものである」として、「請求人に対する平成24年分の所得税の調査は、独立した一の調査となり、平成25年1月1日前から引き続き行われている調査には該当」しないとして、これを斥けた。 一方、請求人の主張に対しても、「調査担当職員は、通則法第74条の9第1項に基づく事前通知である旨を明示的に通知することなく、請求人と電話による応答を行い、請求人の事務所に臨場していることが認められる」とはしたものの、「調査担当職員は通則法に規定する事前通知事項のうち、調査の対象税目及び調査の対象期間に加えて、調査の開始時期、調査の場所、調査の目的及び調査の対象となる帳簿書類を請求人に対し通知していると認められ」るとして、請求人の主張には理由がない、と判断した。 (3) 調査理由の開示 上記(2)に加えて、請求人は、調査理由の説明を求めたにもかかわらず、調査担当職員が具体的な調査理由を説明しなかったことは違法であるという主張をしたが、審判所は、「税務職員が調査に際し、納税者に対して具体的な調査理由を開示することは法律上の要件とされて」いないこと、「質問検査権に基づいて行う税務調査は適正な租税負担の実現のために行うものである」から、過少申告の疑いが明らかでない場合でも、「申告の真実性や正確性を確認するために行い得ると解するのが相当である」としたうえで、「調査担当職員は、調査に当たり、申告内容の確認のための調査である旨を請求人に通知していると認められるから、それ以上の具体的な調査理由の開示がなかったとしても、本件調査が違法となるものではない」と判断している。 3 仕入税額控除(課税仕入れ等の経費区分)・・・⑬ (1) 争点 大きな争点としては、請求人が締結した賃貸借契約が、「賃貸借期間の中途において解除をすることができないもの」又は「これに準ずるもの」に該当するとした場合(争点②)には、売買があったものとされるリース取引に該当することとなるが、その課税仕入れの用途区分が非課税売上にのみ要するものか否か(争点③)であった。 審判所は、請求人の事由により解約する場合の条件等の定めがない賃貸借契約(裁決中では「L契約」)については、法人税法第64条の2第3項第1号の規定に該当すると認定したうえで、個別対応方式の計算上、非課税売上(具体的には住宅の貸付け)のみに要する課税仕入れに区分すべきであるという原処分庁の主張を斥けた。 (2) 審判所の判断 請求人が営む老人ホーム事業について、審判所は以下のように認定した。 そのうえで、結論として、本物件の「リース取引に係る課税仕入れについての個別対応方式の適用に当たって、その課税仕入れの用途区分については、課税売上げと非課税売上げに共通して要する課税仕入れに区分するのが相当である」としている。 (了)
《速報解説》 東京国税局より「所得拡大促進税制」に関する文書回答事例が公表 ~出向者に係る給与負担金の取扱いについて確認~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 平成27年7月1日、国税庁ホームページにおいて「租税特別措置法第42条の12の4の適用における給与負担金の取扱いについて」(東京国税局・事前照会に対する文書回答事例)が公表された。 本件は、適用法人(事前照会者)が出向者を受け入れている場合において、その出向者が出向元において雇用保険の一般被保険者に該当するときには、その出向者に係る給与負担金を平均給与等支給額(及び比較平均給与等支給額)の算定基礎となる「継続雇用者給与等支給額(及び継続雇用者比較給与等支給額)」に含まれると解してよいか、という事前照会に対し、その通り解して差し支えないとの回答を得た事例である。 そこで本稿では、この文書回答事例のポイントについて解説を行う。 ただし、本事例は平成27年3月期の法人税申告に係る取扱いに対するものであり、平成27年度税制改正前の規定によっていることに留意されたい(以下の参照条文は当時のものである)。 2 制度の概要と適用要件(平成27年度税制改正前) 所得拡大促進税制(雇用者給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)は、以下の3つの要件を満たす場合に、雇用者給与等支給増加額の10%相当額を法人税額から控除することができるというものである(ただし法人税額の10%〈中小企業者等は20%〉を限度とする。措法42の12の4①)。 平均給与等支給額は、適用年度の継続雇用者給与等支給額(雇用者給与等支給額のうち、雇用保険一般被保険者に該当する者に対して支給したものに限り、継続雇用制度適用対象者に対して支給したものを除く)を、給与等月別支給対象者の合計数で除して算定される(措法42の12の4②六、措令27の12の4⑫⑬)。 この制度の適用対象となる「雇用者給与等支給額」に関し、出向先法人が出向元法人へ出向者に係る給与負担金を支出する場合において、その出向者が出向先法人の賃金台帳に記載されているときには、その給与負担金は出向先法人の「雇用者給与等支給額」に含まれる(措通42の12の4-3)。 3 事前照会の要旨 本照会は、所得拡大促進税制の適用を受ける法人(適用法人)が出向者を受け入れている場合において、「継続雇用者給与等支給額」の算定対象として、出向元法人において雇用保険一般被保険者とされている者を含めて計算すると解してよいかを確認するものである。 4 東京国税局からの回答(H27.6.17 東京国税局審理課長) 5 事前照会に係る取引等の事実関係 6 事前照会者の求める見解の内容及びその理由 7 筆者補足(一般被保険者に限定した趣旨について) 制度創設当初、平均給与等支給額は、雇用者給与等支給額から「日雇い労働者に係る給与等支給額を控除した額」に基づき算定されていた。しかしこの計算によると、月給の高い社員が退職する一方で新入社員を採用する場合など、構造的に平均給与が引き下がる場合に適用要件を満たすことができないといった問題が指摘されていた。 そこで、平成26年度の税制改正において、「一人当たりの給与等支給額」をより適切に算定するために、「継続雇用者に対する給与等支給額(継続雇用者給与等支給額)」を対応する支給人員数で除して計算することとされたのである。 継続雇用者(2期にわたり給与等の支給を受けている者)という概念を導入することによって、前期比較可能な国内雇用者のみが集計されることとなり、1人当たりの給与等支給額が前期に比べて増加しているかどうかの適切な判断が可能となった。 さらに、継続雇用者に対する給与等支給額のうち、雇用保険一般被保険者に該当する者に対する支給額のみを集計することとしたのは、一般被保険者の要件を満たす程度の継続的な雇用関係が存在する者のみを対象とすることで、一人当たり給与等支給額の増加の有無をより一層適切に判断し、本税制の制度趣旨(個人の可処分所得の増加を通じた経済活性化へのインセンティブ付与)を踏まえた一層適切な運用が可能となる、との思考によるものと考えられる。 (了) ↓お勧め記事↓