〔小説〕
『東上野税務署の多楠と新田』
~税務調査官の思考法~
【第10話】
「新田の思い」
税理士 堀内 章典
《前回までの主な登場人物》
◆多楠調査官
東上野税務署に入って2年目、今回初めて調査部門である法人課税第5部門に配属。
◆新田調査官
多楠の調査指導役、調査はできるが、なぜか多楠には冷たく当たる、近づきがたい先輩調査官。
◆田村統括官
法人課税第5部門の責任者である統括官、定年まであとわずか、小太りで好人物。
◆法人課税第5部門のメンバー
・三浦上席調査官(淡路の調査指導役)
・小泉調査官(調査経験4年目、寡黙な調査官)
・淡路調査官(多楠と同じ調査1年目の女性調査官)
京子ママの勘
(前回までのあらすじ)
新田・多楠調査官は、急きょ田村統括官から御徒町駅の近くにあるすし屋を調査するよう指令される。初めての無予告調査で多楠は社長をみすみす取り逃がしてしまうが、新田と小泉調査官が店に戻ってきた藤田社長を粘りに粘って説得、夜6時過ぎに社長の自宅に確認調査に行くのであった。
- 会社名:有限会社 すし勢
- 納税地:台東区上野3丁目(店舗所在地)
- 社長:藤田 茂男(39歳)
- 自宅:文京区白山1丁目
- 業種:寿司業
- 決算:3月決算
- 売上:最終期 9,000万円
- 申告所得:最終期 ▲200万円(累積欠損金750万円)
- 役員報酬
社 長:藤田 茂男 年間600万円
取締役:今泉 ミキ(妹) 年間360万円 - 税理士:林 肇
夜8時を過ぎたころ、静寂を破って、東上野税務署法人課税第5部門田村統括官の携帯電話が鳴った。
電話をかけてきた小泉調査官からの連絡によれば、新田調査官と小泉は粘りに粘って藤田社長の協力を取り付け、社長の自宅に行き、現在記帳している現金出納帳や売上帳だけでなく過去何年間かの古い帳簿も押さえることに成功したらしい。
新田と小泉は、押さえた帳簿書類を借用してこれから東上野署に引き上げて来るとのこと。
ホッとした表情の田村が多楠調査官に声をかけた。
「多楠君、遅くまでお疲れ様、小泉君と新田君はまもなく署に戻って来るそうだ。調査の方も一段落したみたいだから今日のところは帰っていいよ。」
「田村統括、それは・・・」
「いや、いいんだよ。2人には“多楠君は私が先に帰るように指示した”と言っておくから。」
多楠を気遣う田村に、多楠はしばし無言であったが、田村の言うとおりにした方が良さそうだと納得し、すごすごと机の上の書類を片づけ始めた。
田村統括官はヤレヤレという感じで、老眼鏡を片手にもう一方の手で目頭を押さえながら、安倍副署長に今日の調査がようやく終了したことを報告に行った。
▼ ▲ ▼
税務署を出た多楠であったが、とてもこのまま家に帰る心境にはならない。しばらく上野駅前の喫茶店で気を落ち着かせようと思った多楠は、ほろ苦いコーヒーをすすりながら今日一日の出来事を回想していた。
“あのときの老人が藤田社長だなんて思いもしなかった。新田さんや小泉さんが僕の立場だったら、どのように対応したのだろうか。”
あれこれ考えを巡らせているうちに時間は過ぎていったが、どうしても家に帰る気にはならなかった。1時間近く喫茶店で過ごしたのち、その足は自ずとある所に向かっていた。
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