〈税務ライター・鈴木まゆ子の〉
ここがヘンだよ日本の税制
第1回
基礎控除の上乗せがナゾすぎる・・・
納得いかない2つの理由

税理士・税務ライター 鈴木 まゆ子
-はじめに-
今回から連載を担当します税理士・税務ライターの鈴木まゆ子です。皆様どうぞよろしくお願いいたします。
この連載では、日々の実務で私が感じる現行税制への「違和感」や「疑問」をストレートに投げかけていきます。複雑怪奇な条文、場当たり的に見える改正、建前と実態が乖離した制度・・・。税務の最前線にいる皆様なら、きっと「そうそう、それが言いたかった!」と共感していただけるはずです。
単なる「税金の文句」に留まらず、「なぜこの制度はこうなっているのか?」「実務と乖離していないか?」「本当に公平か?」といった視点で、日本の税制の「ヘン」な部分を深掘りし、読者の皆様とともに「あるべき税制の姿」を考えるきっかけを提供できればと思っています。
さて1回目のテーマは「基礎控除の上乗せ」。
「基礎控除に・・・ えっ? 上乗せ?」
そう感じる税理士の先生方は非常に多いのではないでしょうか。事実、私も違和感を覚えました。
今回は、基礎控除の上乗せの中身をつまびらかにし、なぜ私たちが「何かヘン」と感じるのかを明らかにしてまいります。
基礎控除の上乗せとは何か
基礎控除の上乗せとは、所得が一定額以下の納税者につき「本来の基礎控除に加えてさらに基礎控除を受けられるようにしよう」というものです。
令和7年度税制改正で創設されました・・・と言いたいところですが、正しく言うならば「令和7年度税制改正大綱に基づく法律の改正案を審議する国会の最中に登場しました」です。
当初、大綱ベースだと「基礎控除は従来の48万円から58万円に引き上げ」となっていました。
しかし国会審議中、野党からも与党からも修正案が提出されたのです。これを折衷させる形で登場したのが、最大37万円の基礎控除の上乗せだったと言われています。
基礎控除の上乗せの制度概要
この制度のポイントは、以下の通りです。
●合計所得金額132万円以下はずっと「基礎控除37万円上乗せ」
上乗せ額の構造は次のようになっています。
| 合計所得金額 | 加算額 | |
| 令和7年・8年 | 令和9年以降 | |
| 132万円以下 | 37万円 | |
| 132万円超 336万円以下 | 30万円 | 0円 |
| 336万円超 489万円以下 | 10万円 | |
| 489万円超 655万円以下 | 5万円 | |
引用元:令和7年 税制改正の解説(所得税法等の改正)|財務省
合計所得金額132万円以下(給与年収だと200万4,000円未満)であれば恒久的に基礎控除の上乗せが受けられます。元々の基礎控除は改正で58万円になったので、この所得層の基礎控除は総額で95万円となったのです。
引用元:令和7年分 年末調整のしかた|国税庁
●合計所得金額132万円超655万円以下は「2年間だけ基礎控除上乗せ」
合計所得金額132万円を超えても655万円までは基礎控除の上乗せがあります。ただし上乗せ額は所得額に応じて減少します。加えて、加算措置は令和7年・令和8年の2年間限定です。
つまり令和9年以降、この所得層の基礎控除は上乗せナシの一律58万円となります。
●基礎控除の上乗せ規定は租税特別措置法
引き上げの対象となった基礎控除は、所得税法に規定されています。しかし、基礎控除の上乗せは、租税特別措置法(以下「措置法」)に定められています。
●基礎控除の上乗せは非居住者に適用なし
基礎控除の上乗せは非居住者に適用されません。なぜなのか。それは条文を読み解いていくと分かります。
非居住者に適用される所得控除は雑損控除・寄付金控除・基礎控除だけです。いずれも所得税法に規定されています。
【基礎控除の上乗せが非居住者に適用されるのか? 〈読み解き(その1)〉】
※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。
引用元:所得税法|e-gov (左記を基に筆者が加工して作成)
基礎控除の上乗せは、一見「別段の定め」として非居住者にも適用されそうです。しかし、この上乗せを規定している措置法規定は、対象を居住者に限定しています。
【基礎控除の上乗せが非居住者に適用されるのか? 〈読み解き(その2)〉】
※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。
引用元:租税特別措置法|e-gov(左記を基に筆者が加工して作成)
ゆえに、基礎控除の上乗せは非居住者にはなく、58万円の基礎控除を適用するのみとなります。
●源泉徴収税額表にも基礎控除の上乗せは適用なし
令和7年度税制改正による基礎控除の引き上げは、令和8年1月1日以降の給与所得の源泉徴収税額(甲欄)にも影響します。
ただし、基礎控除の上乗せは、源泉徴収税額に反映されません。
以上が基礎控除の上乗せの概要ですが、納得のいかない点が2つあります。
「基礎控除の上乗せ」ここがヘン①
生存権を措置法で規定する愚
1つ目が「基礎控除を措置法に規定してしまう」点です。
「基礎控除とは何か」「措置法とは何か」を考えると、どうしてもしっくりこないのです。
●基礎控除とは何か
基礎控除とは、基礎的人的控除の1つとされます。
基礎的人的控除とは
「この金額までは、この人が生活して生きているためのどうしても必要な所得だから課税しないでおこう」
という最低生活費を所得全体から差し引くことです。
憲法25条の生存権「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」に由来するとされています。人間の権利でもっとも尊重されるべきものです。
●措置法とは何か
措置法とは、特定の政策や社会的な課題を解決するために、通常の法律では対応しきれない特定の事項に限定して優遇や制限、手続きなど特別な措置を定めた法律をいいます。
租税特別措置法であれば、特定の政策を達成するために税負担を軽減するなどの規定が設けられます。
令和6年に話題になった定額減税や住宅借入金等特別控除がこれに当たります。通常は期間限定です。
●基礎控除は特定の政策実現のためのものなのか
このように並べてみると「基礎控除」と「措置法」の性質がまったく別のものであることが分かります。
- 基礎控除:置かれた状況に関係なく恒久的な権利にもとづくもの
- 措置法:特定の政策のための期間・対象者限定のもの
時限立法である措置法で不変の権利にもとづく基礎控除を規定することがそもそもおかしいのです。
「基礎控除の上乗せ」ここがヘン②
中所得者層の上乗せが2年限定である理由が不明
基礎控除の上乗せは所得132万円以下の低所得者層だけでなく、所得132万円超655万円以下の中所得者層にも適用されます。
しかし中所得者層については、上乗せ額が切り下げられるだけでなく、2年間限定です。
改正内容の意図については財務省が毎年公表している「税制改正の解説」に示されていますが、基礎控除の引き上げ・上乗せについては「改正の趣旨」で次のように書かれています。
所得税については、基礎控除の額が定額であることにより、物価が上昇すると実質的な税負担が増えるという課題があります。
わが国経済は長きにわたり、デフレの状態が続いてきたため、この間こうした問題が顕在化することはありませんでしたが、足元では物価が上昇傾向にあります。一般に指標とされる消費者物価指数(総合)は、最後に基礎控除の引上げが行われた平成7年から令和5年にかけて10%程度上昇し、令和6年も10月までに3%程度上昇しており、今後も一定の上昇が見込まれています。また、生活必需品を多く含む基礎的支出項目の消費者物価は平成7年から令和5年にかけて20%程度上昇しています。こうした物価動向を踏まえ、所得税の基礎控除の額を最高48万円から最高58万円に10万円、20%程度引き上げることとされました。
そのうえで、低所得者層の税負担に対して配慮する観点や、物価上昇に賃金上昇が追いついていない状況を踏まえ、中所得者層を含めて税負担を軽減する観点から、所得税の基礎控除の特例を創設することとされました。
引用元:令和7年 税制改正の解説(所得税法等の改正)|財務省
この趣旨説明は、行政学でいうところの「行政の説明責任」によるものです。
行政機関としては十分に説明を果たした、となるのでしょうが、国民としてはイマイチ納得いきません。
「中所得者層の基礎控除の上乗せが逓減するのはなぜ? なぜ2年間限定なの?」という疑問は残ります。
「『物価上昇に賃金上昇が追いついていない状況を踏まえ、中所得者層を含めて税負担を軽減』という表現があるだろう? すでに所得制限だって税制上で行われているだろう? そこから行間を読みなさい」と言うのが行政の言い分なのかもしれません。
しかし、その税制の影響を直接受けるのは国民です。2年間限定の制度で年末調整と確定申告、さらには還付申告と更正の請求と修正申告が振り回されるのだから、もっと説明してほしいところです。
もっともこれは、財務省に説明を求めるのではなく、立法機関である国会の議員たちに求めるべきことかもしれません。
国民の理解を得られるような税制改正を
基礎控除の上乗せは基礎控除の引き上げ・給与所得控除の最低保障額の拡大と併せ「物価上昇にあえぎ苦しむ国民の生活を救済するため」のものです。
それゆえに令和7年度税制改正では与野党の攻防が激しく行われることとなりました。
その結果、給与年収160万円の壁が実現したわけですが、所得控除の所得要件が給与年収ベースで123万円以下となるなどのチグハグ感も否めません。
「国民生活は一部分でラクになるかもしれないけど、制度が複雑すぎて理解できず、年末調整と確定申告で混乱し、国民が税制に面従腹背する」ことになると予想されます。
国民は立法機関と行政機関の奴隷ではなく、日本という国の主権者です。
ゆえに税制は国民のものであり、国民が理解できるものでなくてはなりません。
国民生活への配慮と同時に「国民が1人で申告書を書いて納税額に納得できる」税制を国会にいらっしゃる方々には考えていただきたいものです。
(了)
今回の記事は、令和8年度税制改正大綱が公表されるより前に執筆・校了となっております。
次回は2/19に公開予定です。




