公開日: 2015/04/02 (掲載号:No.113)
文字サイズ

〔小説〕『東上野税務署の多楠と新田』~税務調査官の思考法~ 【第7話】「無予告調査」

筆者: 堀内 章典

カテゴリ:

(前ページへ)

澤村トッカンとの出会い、そして次の試練

暖かい日差しの中、足元でじゃれ合う2匹のミニチュアダックスフンドをあやしながら、昨日までの中身の濃い出来事を整理する多楠から、ふと大きなあくびが出た。

「しかし、なんて眠いんだ・・・。」

昨年法人課税第1部門に配属になったばかりのときも仕事に慣れるまでは毎日眠くて仕方がなかった多楠であったが、調査部門に配属になって・・・いや、新田さんと組んでいるからか、そのときの3倍くらい眠い日々が続いていた。

いつしか多楠は、公園で読もうと思って自宅から持ってきた法人税法のコンメンタールを枕に、ベンチで横になり居眠りをし始めた。コンメンタールの厚さが枕の替わりに、適度な硬さが快感へ。いくら休日とはいえ、現職の税務職員が公園のベンチで横になる様は何とも行儀の良いものではないが・・・・襲い来る・・・睡魔には・・・勝て・・・なかった・・・。

▼   ▲   ▼

夢の中、多楠の脳裏に現れたシーンは、昨日の夜、スナック『かわばた』であった。

京子ママ
「澤さん、本当に久しぶりね。今も竹橋税務署なの?」

“澤さん”と呼ばれている澤村トッカンは爽やかに笑って言った。

「そう3年目、もう完璧な窓際族だよ! はいこれ、ママにお土産!」

「あら“魚八の京粕漬け”、わたし大好物なの、うれしい!」

澤村は京子ママと少し話をした後、スタスタと奥のテーブルに向かった。
そこで待っていたのはもちろん新田である。

多楠からは暗くて新田たちの顔が見えないが、ときどき2人の笑い声が聞こえる。奥には2人しかいない。

多楠は驚いた。

“新田さんの笑い声、初めて聞いたな・・・”

入り口近くのカウンターに1人座り、奥の方を盛んに気にしている多楠を見て、京子ママが笑いながら言った。

「あの2人、仲がいいのよね。」

「2人は昔、三田税務署の特調のときの統括官と部下の調査官で、新田チャンを最初にこの店へ連れてきたのが澤さんなの。当時は毎日のようにこのお店に来ていたわ。今座っている席でいつもおしゃべりして、カラオケを歌っていたの。もう何年前になるかしら。」

京子ママから、特別調査部門の略称で税務職員しか知らないはずの“特調”という言葉があまりにも自然に飛び出したのにはびっくりした。

しかし、何よりも驚いたのは

“新田さんが笑うなんて・・・そんなこともあるんだ。”

▼   ▲   ▼

それから1時間もたたないうちに、奥から澤村が出てきて多楠の元へやってきた。

多楠は硬直した。

「やぁ、初めまして! 僕は竹橋署のトッカンで澤村と言います。君が多楠君だね。新田君とペアなんだって? 勉強になるだろう。諦めないで新田君について行けば、きっといいことがあるはずだよ。」

「は、はぁ・・・ありがとうございます。」

とうなずくしかない多楠であった。

澤村は人懐っこい笑顔を浮かべると

「じゃあママ、悪いけど、俺帰るね。」

京子ママ
「あらいやだ、せっかく来たのにもうお帰り?」

照れた様子の澤村。

「カナダに留学している娘にこれから電話しなきゃならないんだよ。あんまり酔っぱらってから電話すると叱られるからね。」

京子ママ
「あら、本当に娘さんなの?これからどこかの美女とデートじゃないの?」

澤村は照れくさそうに笑って言った。

「いやだな。本当だよ。また今度ゆっくり来るね。多楠君、ガンバって!じゃあ!」

多楠は、澤村が出て行く様子を呆然と見ていた。

“何ともせわしい人だ・・・”

残された新田がまた一人、カラオケを歌いはじめる声が聞こえた。

▼   ▲   ▼

多楠がまどろみから戻ると、公園の林を抜けて少し風が吹いてきた。頬を舐める2枚の生温かい舌にビックリして目を開ける多楠。魚眼レンズで見たように、2匹のダックスフンドの顔が目の前に大きく現れた。

多楠はあまりの可愛さに2匹の犬を一度に抱きしめると、むくっとベンチから起き上がり、公園内のジョギングコースへと向かって歩きはじめた。

県立公園である行田公園の隣には、広大な敷地に税務大学校東京研修所が建っている。
公園を抜け、研修所前の一方通行の小路を歩いて、里山の雰囲気がそこかしこに残っている船橋市近郊の畑の中の道を、多楠と短い脚の2匹のミニチュアダックスフンドがちょこちょこと歩いて行った。

▼   ▲   ▼

翌週の月曜日、淡路と昼食を終え席に戻った多楠は、田村統括官に呼ばれた。
田村の側には、すでに新田と小泉調査官が立っていた。

多楠はニヤけた表情を浮かべている田村を見て、少しの緊張を覚えた。最近わかってきたことだが、こんなときの田村は、たいてい何やら企てをしている。

田村は多楠が席までやって来るとおもむろに言った。

「多楠君、御徒町駅の近くにあるすし屋を調査してほしいんだ。小泉調査官の事案なんだけど、1人で無予告調査は難しいから、新田・多楠ペアに手伝ってほしいんだよ。」

「ハイ?・・・・・」

急な話で戸惑う多楠、

「多楠君、無予告調査は初めてかな。無予告調査も経験しておかないとネ。2人の先輩からよく教わるといいよ。じゃぁ新田君、小泉君の支援を頼むね。」

普段から物静かな小泉調査官が、2人に深々と頭を下げた。

「新田さん、多楠君、よろしくお願いします。」

3人はさっそく調査の打ち合わせに入った。

急に舞い込んできた事案、着手は明日の10時、なにやら気忙しく、緊迫した感じがしてきた。

多楠にとって初めてとなる無予告調査。

実は大きな試練が、多楠を待ち構えていた。

(続く)

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

〔小説〕『東上野税務署の多楠と新田』は、毎月第1週に掲載されます。

〔小説〕

『東上野税務署の多楠と新田』

~税務調査官の思考法~

【第7話】

「無予告調査」

税理士 堀内 章典

 

前回までの主な登場人物》

多楠調査官
東上野税務署に入って2年目、今回初めて調査部門である法人課税第5部門に配属。

新田調査官
多楠の調査指導役、調査はできるが、なぜか多楠には冷たく当たる、近づきがたい先輩調査官。

田村統括官
法人課税第5部門の責任者である統括官、定年まであとわずか、小太りで好人物。

法人課税第5部門のメンバー
・三浦上席調査官(淡路の調査指導役)
・小泉調査官(調査経験4年目、寡黙な調査官)
・淡路調査官(多楠と同じ調査1年目の女性調査官)

 

多楠の休日

前回までのあらすじ)

多楠調査官は、株式会社関東貿易商会への単独調査で調査1年目の調査官としてまずまずの事績を上げることができた。田村統括官をはじめとする部門の皆が不正を見つけた多楠を称え、自分のことのように喜んだが、新田はそんな多楠を誉めるわけでもなく、いつものようにスナック“かわばた”に誘うのであった。

休みの日、多楠は両親が可愛がっているミニチュアダックスフンドの“キチ”と“ララ”を連れて、近所の行田公園へ散歩に来ている。10月下旬とはいえ、この日は小春日和の暖かさ。

多楠は公園のベンチに腰を下ろすと、大いに盛り上がった昨日の飲み会を思い出していた。

▼   ▲   ▼

単発とはいえ、多楠調査官が100万円の売上除外を自ら考え、提示を求めた領収証控から発見したことについて、すでにほろ酔い気味の淡路調査官はいつものように顎の尖った小顔に眉をひそめながら言った。

「よく領収証控を見る気になったわよね。売上と合っていて当然だと思うから、私はまず見ないと思うわ。」

多楠に不正発見で先を越されたせいか、少し悔しそうな様子の淡路。
多楠は少々優越感に浸りながら

「たまたまですよ。何か予感めいたものがあって、領収証控を確認したんですが、結局1回こっきりの不正で、広がらなかったのが残念でした。」

2人の話を聞いていた田村統括官が満面の笑みを浮かべながら

「いやいや、“合っていて当たり前”と先入観を持たずに調べたところが素晴らしい!」

さらに安倍副署長が田村統括官の言葉に相槌を打ちながら

「多楠調査官、結果はまた別、そうやって常に問題意識を持って調査に臨むことが大事さ。その心構えがあれば、おのずと成果は上がって来るもんだよ。」

安倍副署長は、東京国税局資料調査課(リョウチョウ)の課長補佐から昨年7月の異動で東上野署に配属になった、資料調査課のエースである。

調査のプロ中のプロである安倍副署長の一言に、その場にいた全員が納得の表情を浮かべた。

▼   ▲   ▼

公園の大きな広場では、小学校の低学年と思われる男の子たちが歓声を上げながらサッカーに興じている。公園のベンチに腰かけている多楠はそんな子供たちを笑顔で眺めながら、“なんとか幸先の良いスタートが切れてよかった。”と、しみじみと安堵した。

実は昨日から、多楠の中に、大きな気持ちの変化が起きていた。

この記事全文をご覧いただくには、プロフェッションネットワークの会員(プレミアム
会員又は一般会員)としてのログインが必要です。
通常、Profession Journalはプレミアム会員専用の閲覧サービスですので、プレミアム
会員のご登録をおすすめします。
プレミアム会員の方は下記ボタンからログインしてください。

プレミアム会員のご登録がお済みでない方は、下記ボタンから「プレミアム会員」を選択の上、お手続きください。

連載目次

筆者紹介

堀内 章典

(ほりうち・あきのり)

税理士
株式会社SKC代表取締役
堀内税理士事務所所長
東京新宿相続サロン主宰

昭和54年3月学習院大学経済学部卒
昭和54年4月東京国税局採用
33年間、国税局及び税務署に勤務
税務署24年(うち特別国税調査官7年)
国税局資料調査課6年
税務大学校簿記会計担当教育官3年
平成24年9月税理士開業
株式会社SKC設立、現在に至る。

◆株式会社SKC&堀内税理士事務所公式サイト
http://skc.jp.net/
~会社の節税、税務調査対策情報が満載~

◆東京新宿相続サロン
http://souzoku-salon.net/
~相続税の節税、納税、税務調査対策情報が満載~

新着情報

もっと⾒る

記事検索

メルマガ

メールマガジン購読をご希望の方は以下に登録してください。

#
#