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〈徹底分析〉租税回避事案の最新傾向 【第7回】「株式譲渡損と受取配当の両建て」

〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第7回】 「株式譲渡損と受取配当の両建て」   公認会計士 佐藤 信祐     9 株式譲渡損と受取配当の両建て (1) 問題の所在 被買収会社の株主等が内国法人である場合には、株式譲渡前に剰余金の配当を行うことにより、株式譲渡益を受取配当に付け替えることができる。受取配当等の益金不算入が二重課税の排除を目的にしていることを考えれば、その範囲内で行われる限り、租税回避として認定することはできない。 これに対し、下記のように、株式譲渡損と受取配当が両建てになる場合には、二重課税の排除という制度趣旨を逸脱していることから、租税回避として認定される余地がある。具体的には、以下の事例を参照されたい。 【特殊なケース】 〈前提条件〉 ※ 純資産の内訳 このようなケースにおいて、P氏からX社にS社株式を譲渡した後に、X社から買収会社(Y社)にS社株式を譲渡するものと仮定する。この場合に、X社が受取配当等の益金不算入のメリットを享受するために、株式譲渡前にS社からX社に対して剰余金の配当を行うものと仮定する。具体的には、以下の仕訳がX社において生じることになる。 〈S社株式の取得〉(単位:百万円) 〈配当金の受領〉(単位:百万円) 〈S社株式の譲渡〉(単位:百万円) このように、X社を経由することにより、X社において株式譲渡損(2,900百万円)と受取配当(2,900百万円)が両建てになっている。その結果、短期所有株式等に該当する場合を除き、原則として、株式譲渡損を損金の額に算入しながらも、受取配当等の益金不算入(法法23)を適用することにより、X社における法人税の負担を軽減することが可能になる。 本件取引では、X社を経由する経済合理性がなく、これら一連の取引については、X社において株式譲渡損と受取配当の双方を認識するためだけの行為であったと考えられる。さらに、S社から受け取る配当等の額はS社において課税済みの利益であるものの、X社からS社に対する投資が9,000百万円であることから、S社からX社が受け取る配当等の額については当該投資の回収に過ぎず、受取配当等の益金不算入の適用を受けることは、制度趣旨から逸脱しているとも考えられる。 そのため、平成22年度税制改正では、グループ法人税制が導入されることにより、完全支配関係のある内国法人の株式等に対するみなし配当事由に該当するときは、株式譲渡損益を損金の額又は益金の額に算入できないことになった(法法61の2⑰)。そして、自己株式の取得により生じたみなし配当のうち、みなし配当の生ずる基因となる事由が生ずることを予定して株式等を取得した場合には、受取配当等の益金不算入が適用されないことになった(法法23③)。 さらに、令和2年度税制改正では、特定関係子法人から受ける配当等の額が株式等の帳簿価額の100分の10に相当する金額を超える場合には、その対象配当金額のうち益金不算入相当額をその株式等の帳簿価額から引き下げることになった(法令119の3⑩~⑯)。 このように、株式譲渡損と受取配当の両建てを防ぐための規定が設けられているものの、すべての事案に対応したものではなく、未だに株式譲渡損と受取配当の両建てが可能になっている。 本稿では、このような規制を免れたものに対して、同族会社等の行為計算の否認(法法132)が適用されるかどうかについて検討を行うものとする。 (2) 特定関係子法人から除外されている事案 令和2年度税制改正により、受取配当等の益金不算入(法法23)、外国子会社から受ける配当等の益金不算入(法法23の2)又は適格現物分配による益金不算入(法法62の5④)の規定により益金の額に算入されない金額があるときに、特定関係子法人から配当等の額を受け取った場合における株式等の帳簿価額の引下げに係る制度の適用を受けることになった。 この制度は、ソフトバンクグループが行った海外取引により、株式譲渡損と受取配当の両建てを行うことにより、株式譲渡損を損金の額に算入しながらも、外国子会社から受ける配当等の益金不算入を適用することにより、法人税の負担を減少させたことをきっかけに導入されたといわれている(※20)。そのため、国際課税を強く意識したものとなっており、内国普通法人である特定関係子法人の設立の時から特定支配関係発生日までの期間を通じて、その発行済株式又は出資の総数又は総額の100分の90以上の株式又は出資の数又は金額を内国普通法人若しくは協同組合等又は居住者が有している場合には、この制度の対象から除外されている(法令119の3⑩一)。その結果、設立以後の株主等に外国法人、非居住者又は公益法人等が含まれていない場合には、この制度は適用されないことになる。 (※20) heukocpa「【令和2年税制改正】ソフトバンクグループ対策税制(特定支配配当の簿価減額規定)の最速詳細分析」、大勝英輔「子会社からの配当と子会社株式の譲渡が『租税回避』?」辻・本郷税理士法人、朝長英樹「第4回子会社株式の帳簿価額を修正する租税回避防止措置の改正」TKCグループHP。 このように、発行法人及び株主等の全てが内国普通法人又は居住者である場合には、特定関係子法人に係る規定は適用されないものとされている。このような制度になっている理由として、「配当法人、旧株主及び現株主のすべてが内国法人である場合には、我が国において、配当法人が稼得した利益に対して課税が行われたうえで、旧株主においても配当法人の留保利益の蓄積に対応する部分に対して株式譲渡益課税が行われます。そのため、平成13年度税制改正におけるみなし配当に係る改正の経緯・考え方等を踏まえると、配当法人、旧株主及び現株主のすべてが内国法人等である場合に、旧株主における譲渡益課税を現株主における譲渡損失と相殺することにより我が国における法人段階の重複課税を排除するために、現株主における譲渡損失の計上を認めるという現行の取扱いには、一定の合理性があるものと考えられます。」(※21)と説明されている。 (※21) 瀧村晴人ほか「国際課税関係の改正」『令和2年度税制改正の解説』482頁(令和2年)。 すなわち、①被買収会社の株主等が居住者であることから、配当所得よりも譲渡所得が有利であるという理由により株式譲渡方式を採用した場合、②被買収会社の株主等が内国法人であるものの、繰越欠損金を多額に有することから、株式譲渡方式でも構わない場合には、前述の事例にあるように、他の内国法人(X社)を経由することにより、当該他の内国法人において株式譲渡損と受取配当等の両建てを行ったとしても、被買収会社の株主等において株式譲渡益が生じていることから、制度趣旨には反しないという結論になってしまう。 本来であれば、グループ通算制度にあるように、被買収会社の株主等が保有している株式等に対する投資簿価修正(法令119の3⑤~⑧)を行うことにより、被買収会社の株主等において、被買収会社の利益積立金額に相当する金額が株式譲渡損益を構成させないようにすることで、二重課税が生じないようにすることが望ましいと考えられる。しかしながら、現行法上、このような制度になっていないことから、被買収会社(S社)、被買収会社の既存株主等(P氏)及び他の内国法人(X社)の3者で総合的に二重課税にならないようにしたため、他の内国法人(X社)だけをみれば、株式譲渡損と受取配当の創出により、法人税の負担が減少してしまっているということがいえる。 それでは、現行法上、株式譲渡損と受取配当の創出により法人税の負担を減少させることが租税回避に該当するのかという点を検討すると、たしかに、他の内国法人だけをみれば、二重課税の排除という受取配当等の益金不算入の制度趣旨を逸脱しているといえるが、上記のような解説がある以上は、制度趣旨に反しているとまではいえなくなるため、租税回避に該当しないという結論になる。おそらく、ソフトバンクグループが行った節税(※22)に対して、同族会社等の行為計算の否認(法法132)又は包括的租税回避防止規定(法法132の2)を適用することができなかった理由も、そのような背景があったと推定される。 (※22) heukocpa「ソフトバンクのARM再編によるタックスプランニング徹底解剖」 そのため、現行法上、株式譲渡損と受取配当の創出により法人税の負担を減少させることに対して、租税回避として否認することは難しいと考えられる。 (3) グループ法人税制の対象から除外されている事案 前述のように、平成22年度税制改正によるグループ法人税制が導入され、完全支配関係のある内国法人との間で自己株式を買い取らせた場合には、株式譲渡損益を損金の額又は益金の額に算入させず(法法61の2⑰)、資本金等の額の増減項目として取り扱うこととされた(法令8①二十二)。この取扱いは、その他資本剰余金の配当、残余財産の分配、非適格合併又は非適格分割型分割のように、みなし配当が生じる他の事由についても同様である。さらに、現金交付型合併における抱き合わせ株式の処理についても、株式譲渡損益を認識せず(法法61の2③)、株式譲渡損益に相当する部分の金額が資本金等の額として取り扱われることになった(法令8①五)。 そのため、グループ法人税制が適用されない①完全支配関係のない法人の株式等又は②完全支配関係のある外国法人の株式等について、それぞれ株式譲渡損とみなし配当が両建てになるケースが存在し得るということになる(※23)。 (※23) ただし、現金交付型合併に係る抱き合わせ株式については、完全支配関係のない法人の株式等に係るものであっても、株式譲渡損益を認識することはできない。 さらに、極端な事例を考えると、被買収会社の発行済株式総数の100分の99に相当する数の株式を取得し、当該被買収会社から事業を譲り受けた後に、当該被買収会社を解散した場合には、残余財産の分配により株式譲渡損とみなし配当の両建てが生じやすく、かつ、グループ法人税制の対象外となりやすい。このような事案については、わざわざ少数株主を残していることの経済合理性が問題となりやすく、かつ、現金交付型合併を選択しなかったことの経済合理性も問題となり得る(※24)。 (※24) このような場合には、まずは名義株であるという点が疑われやすいが、残余財産の分配が少数株主に対して行われているなどの形式的な外観が整備されている限り、名義株であるという認定は難しいと思われる。 そのため、本来であれば、同族会社等の行為計算の否認又は包括的租税回避防止規定を検討すべきであるように思われる。しかしながら、前述のように、株式譲渡損と受取配当の両建てについては、必ずしも制度趣旨に反するとはいい難く、実務上は、租税回避であるという認定は難しいと思われる。 (了)

#No. 515(掲載号)
#佐藤 信祐
2023/04/13

〔疑問点を紐解く〕インボイス制度Q&A 【第25回】「美容師が適格請求書発行事業者の登録をすべきか検討するポイント」

〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第25回】 「美容師が適格請求書発行事業者の登録をすべきか検討するポイント」   税理士 石川 幸恵   【Q】 美容業は消費者向けのサービスなので、適格請求書発行事業者の登録は必要ないと思っています。 美容師が適格請求書発行事業者の登録をすべきかどうか、検討にあたってのポイントを教えてください。 〔ポイント〕 (1) 美容師には様々な働き方があり、一概に「美容業=消費者向けのサービス」とまとめることはできません。例えば業務委託契約で働く美容師(いわゆるフリーランス)は、対事業者のサービスとなります。 (2) 業務委託の委託側は、フリーランスの美容師への支払いについて仕入税額控除をしています。このためフリーランスの美容師は、適格請求書発行事業者の登録について検討する必要があります。 *  *  * 【A】 美容師の働き方には、「自身で店舗を経営する」「従業員として働く」「業務委託で働く」など、様々な形態があります。以下ではこれらの働き方ごとに、インボイス制度への対策の必要性を検討します。 (1) 独立して店舗を経営 美容師自身が営業施設を設け、消費者を主な顧客として美容室経営をしている場合、インボイス発行事業者の登録をしなくても、売上への影響はほぼないと考えられます。 ただし、芸能人やホステスなど職業上の必要性から美容室を利用している顧客は、美容代について仕入税額控除の対象としている可能性があります。 このため、インボイス制度の施行前である本稿公開時点で、顧客から「適格請求書(インボイス)発行事業者ですか」といった問い合わせがある場合は、適格請求書発行事業者の登録について検討が必要です。 (2) 従業員として働く 美容室の経営者と雇用契約を締結し従業員として働いている場合は、インボイス制度の影響はありません。担当した顧客へのサービスの対価が年間1,000万円を超えていたり、1年分の給与収入が1,000万円を超えていたとしても、給料としてもらっている限り、影響はありません。 (3) 業務委託(フリーランス) 美容業界では、「フリーランスの美容師が美容室の経営者と業務委託契約を結んで働く」という形態があります。 このような形態では、美容室経営者とフリーランスの美容師は、経理上、次のようになっていると考えられます。 業務委託契約では、美容室経営者が課税事業者か免税事業者か、原則課税か簡易課税かによって、次のような検討が必要です。 (4) 面貸し 美容室の一部を借り、個人事業主として独立した形でサービス提供する形態です。美容室には時間や売上額に応じて使用料を支払います。メニューは独自のものとなりますので、1つの店に別の店があるようなイメージです。 面貸しの場合、顧客へのサービスの対価が自身の売上となりますので、適格請求書発行事業者の登録に対する考え方は、上記「(1)独立して店を経営」する場合と同じです。 (了)

#No. 515(掲載号)
#石川 幸恵
2023/04/13

事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第52回】「資産管理会社における多額の借入金の返済方法」

事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第52回】 「資産管理会社における多額の借入金の返済方法」   太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕   相談内容 私Jは、製造業(Z社)の社長をしています。私は父からZ社の経営を引き継ぎましたが、父が所有していたZ社株式は私を含む兄弟4人が分散して相続したことから、その株式の処理に頭を悩ませてきました。私以外の3人の兄弟はZ社の経営に関与しておらず、その3人からは以前より株式の買取りを求められていました。 そこで昨年、私は一大決心をして、総額60億円で3人が持つ全株式の買取りを実行することにしました。 顧問税理士の提案の通り、私が出資する資産管理会社(P社)を設立し、Z社からP社へ60億円を年利1%で貸し付け、P社にて3人が持つ全てのZ社株式を購入しました。 株式購入から1年が経過し、P社では60億円の支払利息として6,000万円を未払計上しました。しかし、この支払利息はZ社からの配当では充当できず、毎年未払金が積み重なっていくことに違和感があります。 顧問税理士に相談しましたが、Z社はキャッシュリッチな会社であり60億円の貸付金の返済がなくても無借金で運営できるため、P社から急いで借入金の返済や未払利息の支払いをしてもらう必要はないとの回答でした。 経営者としては、せめてZ社からの配当金(総額4,000万円程度/年)でP社への利息を支払える程度の借入金にしたいと考えていますが、何か良い方法はないでしょうか。 ちなみにZ社は財産評価基本通達による会社の規模区分では「大会社」に該当します。したがって、相続時においては類似業種比準価額にて評価しますが、今回の株式買取りにおいては顧問税理士より類似業種比準価額と純資産価額の合計の2分の1の価額で取引するようアドバイスを受けたので、その価額で実行しました。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 個人から法人への株式譲渡に係る時価 今回のご相談のように、公開途上でもなく、株式の売買実例もない法人の同族株主間において、個人から法人へ株式を譲渡する場合の株価は、所得税、法人税の観点から注意する必要があります。 J社長の兄弟たちからP社への株式の譲渡については、それぞれが中心的な同族株主に該当することから、類似業種比準価額及び純資産価額の合計の2分の1の価額で取引を実行したものと考えられます。 (1) 所得税の取扱い(所基通59-6) 原則として、以下の条件付きで「財産評価基本通達」178から189-7による株価の算定が認められています。 (2) 法人税の取扱い(法基通9-1-14) 課税上の弊害がない限り、以下の条件付きで「財産評価基本通達」178から189-7による株価の算定が認められています。   [2] 株式交換 J社長は株式交換実行前にP社を100%支配しており、他の株主がいないことから、P社の株主総会では、株式交換に係る議案は確実に決議できます。 また、株式交換時点でJ社長はP社株式を他の株主へ譲渡する計画はありませんので、税務上は適格株式交換となり、J社長に譲渡所得税の課税は生じません。なお、株式交換についての詳細は本連載の【第18回】・【第50回】をご参照ください。   [3] 現物配当 会社の債権を現物配当することは可能ですが、会社法上の分配可能額の範囲内である必要があります。今回のケースで現物配当とすることのメリットは、資金を実際に移動させる必要がないということです。 また、P社においては、現物配当は全額益金不算入となり、課税が生じません。 現物配当についての詳細は本連載の【第33回】をご参照ください。   [4] 結論 ご相談内容である「P社の支払利息(Z社側では受取利息)の負担を減らしたい」との意向は、合理的な経営判断だと考えますので、上記スキームは解決策の1つとなる可能性があります。ただし、このスキームの実行よってP社の株価が大幅に上昇してしまっては、J社長の事業承継に支障をきたす可能性があります。 したがって、スキームの実行前と実行後の株価評価を行い、もし実行後に株価が大幅に上昇する可能性がある場合は、STEP①実行後(非適格株式交換とならないよう留意しながら)に一部でも株式を次世代へ承継することも検討すべきでしょう。 なお、具体的な対策については、税理士等の専門家と相談のうえ、実行されることをお勧めします。   (了)

#No. 515(掲載号)
#太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会
2023/04/13

さっと読める! 実務必須の[重要税務判例] 【第85回】「タワマン節税事件」~最判令和4年4月19日(民集76巻4号411頁)~

さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第85回】 「タワマン節税事件」 ~最判令和4年4月19日(民集76巻4号411頁)~   弁護士 菊田 雅裕   (了)

#No. 515(掲載号)
#菊田 雅裕
2023/04/13

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第15回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第15回】 「NFTに関する税務上の取扱いに係るFAQ詳解⑥」   東洋大学法学部准教授 泉 絢也     問8 ブロックチェーンゲームの報酬としてゲーム内通貨を取得した場合   【ゲームと所得課税】 FAQの解説では、ブロックチェーンゲームをプレイし、その報酬として、ゲーム内通貨(トークン)を取得した場合、収入等の形で新たに経済的価値を取得したと認められることから、所得税の課税対象となるが、「そのゲーム内通貨(トークン)が、ゲーム内でしか使用できない場合(ゲーム内の資産以外の資産と交換できない場合)」には、所得税の課税対象とならないとされている。 大規模同時参加型のオンラインゲームであるMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)のSecond Lifeというゲームが流行したころに、米国でMMORPGの課税関係に関する議論が盛り上がり、いくつかの論文が発表されて、意見の応酬があった(代表的な論文として、Bryan T. Camp, The Play’s the Thing: A Theory of Taxing Virtual Worlds, 59 HASTINGS L.J. 1(2007)、Leandra Lederman, Stranger than Fiction: Taxing Virtual Worlds, 82 N.Y.U. L. REV. 1620(2007)などがある。上記議論については、吉村政穂「仮想現実の世界と課税」東京税理士界1236号11頁参照)。 法定通貨と交換できるようなゲーム内通貨は経済的価値が認められるため、たとえゲーム内で獲得したとしてもそれは所得として課税の対象になるという見解がある一方、ゲーム内取引や仮想空間内取引を推奨したり、税務行政や税務申告上の便宜に配慮したりする観点から課税時期を遅らせるべきであるという政策論ないし立法論の議論もあった。 現在のブロックチェーンゲームでは、活発に市場取引されている暗号資産と交換できるゲーム内トークン(暗号資産やNFT)を取得できることが多く、これらを取得すれば、所得課税の対象になることはやむを得ない面がある。 ただし、実際には、納税者が、適切な証拠資料・データに基づいて、適切な時期に、適切な金額で損益計算や税額計算をできるか、エビデンスとしての記録を得ることができるか、残せるか、あるいは、営利目的で継続的にプレイしている者について消費税はどうなるか、という疑問があった。特に、所得課税の対象になるとしてもいつの時点で収入を計上するか、ゲーム内トークンを獲得した都度、その時点のトークンの時価で収入を計上することは現実的か、という問題もあった。 このFAQはこれらの疑問に正面から回答するものではないが、(法的根拠をどのように説明すべきかは措くとしても)後で見る簡便法を認めたことは実務的に影響が大きいといえよう。   【原則的計算方法とゲーム内通貨(トークン)に対する課税】 解説によれば、ブロックチェーンゲームの報酬は、雑所得に区分され、雑所得の金額は、次のとおり求めるとしている。 上記によれば、ブロックチェーンゲームの収入金額は、そこで得たゲーム内通貨(トークン)の総額であり、取得の都度、その評価を行うことになるが、月末又は年末に一括で評価することも認めている。 暗号資産の相場の状況を見て、取得の都度評価する方法と月末又は年末に一括で評価する方法を使い分ける者が出てくることも予想されるが、文面上は、一度採用した評価方法を継続的に採用することを求めてはいない。 他方、「暗号資産に直接交換できないなどの理由により、ゲーム内通貨(トークン)の時価の算定が困難な場合には、時価を0円として差し支え」ないが、その「ゲーム内通貨(トークン)」を「暗号資産と交換できる他のトークン」に交換した時には、そこで所得税が課されるとしている。 なお、市場性のある暗号資産と間接的に交換できるのであれば、通常は、時価の算定が困難であるとはいえないと指摘されるかもしれない。 もっとも、もう少し検討を進める余地は残る。 上記のとおり、解説では、「そのゲーム内通貨(トークン)が、ゲーム内でしか使用できない場合(ゲーム内の資産以外の資産と交換できない場合)」には、所得税の課税対象とならないと説明されている。 ゲーム内通貨であるAトークンはゲーム内資産であるB以外の資産と交換できないが、そのゲーム内資産Bが暗号資産などゲーム外の資産と交換できる場合には、通常、そのAトークンの時価はそのゲーム内資産Bの時価を基準として算定できるであろう。 仮に、このようなAトークンに対して課税がなされないとすれば、ブロックチェーンゲームが課税回避ツールとして利用されかねない。この点に関する国税庁の見解は必ずしも明らかではないが、暗号資産に直接交換できないとしても、「ゲーム内通貨(トークン)の時価の算定が困難な場合」に該当しないため、ゲーム内通貨(トークン)の時価を0円とすることは認められない可能性はあるであろう。 ブロックチェーンゲームのプレイヤーの課税関係はそのゲームの人気や普及に影響を及ぼすため、上記はブロックチェーンゲーム事業者にとっても重要な論点である。   【その他雑所得該当性】 FAQの解説は、ブロックチェーンゲームの報酬は雑所得に区分されるとするが、「業務に係る雑所得」と「その他雑所得」のいずれに該当するかについて明言していない。 「その他雑所得」に該当すれば、業務に係るものではないため、所得税法37条1項の「販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」の必要経費算入が認められなくなる、すなわち雑所得の計算上、認められる必要経費の範囲が狭くなる可能性がある(本連載【第10回】 問1「4 一次流通の場合の所得区分」参照)。 この点に関して、上記(注2)は「ブロックチェーンゲームの必要経費は、ブロックチェーンゲームの報酬を得るために使用したゲーム内通貨(トークン)の取得価額の総額となります。」としているため、所得税法37条1項の「総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額」のみを必要経費として認め、「販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」は認めないという立場のようである。 すなわち、国税庁は、ブロックチェーンゲームの報酬は「その他雑所得」に該当することを前提として回答していることが推察される。そうすると、例えば、税理士報酬などは、「総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額」に該当しないため、必要経費として認められない可能性が出てくる。国税庁の実際の運用を注視しておく必要がある。   【簡便法】 FAQの解説では、ブロックチェーンゲームにおいては、ゲーム内通貨(トークン)の取得や使用が頻繁に行われ、取引の都度の評価は、煩雑と考えられることから、ゲーム内通貨(トークン)ベースで所得金額を計算し、年末に一括で評価する方法(簡便法)で雑所得の金額を計算して差し支えないとしている。 簡便法では次のとおり雑所得の金額を計算する。 ただし、ゲーム内通貨以外のアイテム等(FTやNFT)に適用があるのか、ゲーム内通貨をゲーム外の自分のウォレットに移した場合にどうなるのか、ゲームごとに原則的な計算方法と簡便法を使い分けていいのかなど、細かい疑問は残されている。簡便法の濫用的な事例が出現し、紛争になる可能性もある。   (了)

#No. 515(掲載号)
#泉 絢也
2023/04/13

「人的資本可視化指針」の内容と開示実務における対応のポイント 【第1回】「指針の役割と人的資本の開示に関する国内外の規制動向」

「人的資本可視化指針」の内容と 開示実務における対応のポイント 【第1回】 「指針の役割と人的資本の開示に関する国内外の規制動向」   PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター 公認会計士 北尾 聡子   -はじめに- 企業が事業環境の変化に対応しながら、持続的に企業価値を高めていくためには、イノベーションや付加価値を生み出す人材を「資本」としてとらえ、経営戦略と適合的な人材の確保・育成といった『人材戦略』を策定し実践していくことが重要となる。企業が人材戦略に紐づく指標・目標を開示することに対する、投資家のニーズも高まってきている。 そのような中で、企業が、非財務情報を企業開示の枠組みの中で可視化することにより、投資家との対話を促進するための参考となる指針をまとめるため、伊藤邦雄氏を座長とする「非財務情報可視化研究会」が2022年2月1日より開催され、その結果として、2022年8月30日に、「人的資本可視化指針」が公表された。 本稿は、この「人的資本可視化指針」(以下「指針」という)の内容と実務における人的資本開示対応のポイントを、3回にわたって解説する。2023年3月期の有価証券報告書よりサステナビリティ開示の記載欄が設けられ、従業員の状況での人的資本指標の開示が要請されるなど、実務において人的資本の開示への対応が急務となっている中、本稿が参考になれば幸いである。 なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りしておく。   第1章 人的資本の可視化を通じた人的投資の推進にむけて   1 本指針の役割、「人材版伊藤レポート」との相乗効果 本指針は、人的資本に関する情報開示の在り方に焦点を当てて、既存のさまざまな基準やガイドラインの活用方法を含めた対応の方向性について、包括的に整理した手引きとなっている。各企業が、自社の業種やビジネスモデル・戦略に応じて積極的に活用することが推奨される。 前述のとおり、可視化の前提となる「人材戦略」の策定とその実践については、「人材版伊藤レポート(2020年9月)」及び「人材版伊藤レポート2.0(2022年5月)」を参照されたい。本指針と両レポートを併せて活用することで人材戦略の実践(人的資本への投資)とその可視化の相乗効果が期待できる。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 内閣官房「人的資本可視化指針」や経済産業省「人的資本経営~人材の価値を最大限に引き出す~」等をもとにPwCあらた有限責任監査法人作成   2 人的資本の開示に関する国内外の規制動向 人的資本の可視化のベースとなる任意の開示フレームワークはさまざま存在するが、国内外において、人的資本開示を義務付ける規制の整備が進められている。 (1) 日本 日本では、2023年3月31日以後終了する事業年度の有価証券報告書において、下図のとおり、人的資本(多様性を含む)の開示を含めることが求められることとなった。プライム市場上場企業においては、既に2021年6月改訂後のコーポレートガバナンス・コードにおいて、以下が織り込まれている。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 金融庁「ディスクロージャーワーキング・グループ(令和3年度)」 第7回及び第9回の資料をもとにPwCあらた有限責任監査法人作成 有価証券報告書の「従業員の状況」の中で、個社別の追加開示が求められた上記3つの人的指標については、「女性活躍推進法」等の規定による公表をしない場合は、有価証券報告書における記載を省略することができるとされているものの、連結ベースでの開示に努めることが推奨されている。 (2) 米国 米国SECは、2020年8月、非財務情報に関する規則を改正し、新たに人的資本についての開示を義務付けることを公表し、2020年11月から適用している。事業を理解する上で重要(material)な範囲で、会社の①人的資本についての説明(従業員の人数を含む)、②会社が事業を運営する上で重視する人的資本の取組みや目標に関して、プリンシプル・ベースでの開示を求めている。 実際の開示の調査において、Safety、Health、Diversity and Inclusionといったカテゴリーを設けて開示している例が見られた(※)。 (※) 金融庁「ディスクロージャーワーキング・グループ(令和3年度)」第3回の資料 さらに、2021年6月に「「人材投資の開示に関する法律」(Workforce Investment Disclosure Act)」が米国連邦議会の下院を通過して上院で審議されている。本法案は具体的かつ強制力もあるため、今後の動きに十分留意する必要がある。 (3) EU EUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive、以下「CSRD」という)の対象企業は、EUの官民の会計関係機関等で組織する「欧州財務報告諮問グループ」(European Financial Reporting Advisory Group、以下「EFRAG」という)が策定した欧州サステナビリティ報告基準(ESRS(European Sustainability Reporting Standards))に基づいてサステナビリティ情報を開示する必要がある。 CSRDは、欧州議会及び欧州理事会による採択後、2023年1月5日に発効し、EU加盟国は、発効から18ヶ月以内に国内で法制化することを義務付けられている。 ➤ CSRD対象企業:CSRDの対象企業は、NFRDの対象企業(Non-Financial Reporting Directive、以下「NFRD」という)の「従業員500名以上のEU域内の上場企業等」よりも拡大され、全ての大企業と上場企業(一部例外を除く)が対象となり、日本企業を含むEU域外企業についても、一定の条件の下で適用の対象となる。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 経済産業省「信頼性のあるサステナビリティ情報の効率的な収集・集計・開示の在り方について(事務局資料②)」をもとにPwCあらた有限責任監査法人作成 ➤ ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)の公開草案(セクターにとらわれない基準、2022年11月15日まで)で提案されている開示内容   3 実務上の対応ポイント 〈可視化において意識すべき重要ポイント(視点)〉 〈人的投資と企業価値向上のつながりをイメージすること〉 (出典:内閣官房「人的資本可視化指針」P.6コラム①) 〈ステップ・バイ・ステップでの開示(最初から完成型を求めるものではない)〉 (出典:内閣官房「人的資本可視化指針」P.2) ◆まとめ◆ 企業は、人的資本の可視化を推進することにより、投資家の理解を得ながら、中長期的に企業価値の向上を実現することが期待されている。【第2回】においては、人的資本の可視化の方法について、参考となるフレームワークや考え方を紹介するとともに、可視化を行う際の開示実務における対応のポイントを解説する。   (了)

#No. 515(掲載号)
#北尾 聡子
2023/04/13

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第140回】株式会社東京衡機「第三者委員会調査報告書(2023年3月3日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第140回】 株式会社東京衡機 「第三者委員会調査報告書(2023年3月3日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社東京衡機第三者委員会の概要】   【株式会社東京衡機の概要】 株式会社東京衡機(以下「東京衡機」と略称する)は、1923(大正12)年3月、合資会社東京衡機製作所として創立。株式会社への改組、社名変更を経て、2013(平成25)年9月、現社名に変更。試験機事業、商事事業及びエンジニアリング事業を主たる事業とし、国内連結子会社3社を有している。売上7,449百万円、経常利益259百万円、資本金500百万円。従業員数141名(2022年2月期訂正前連結実績)。本店所在地は神奈川県相模原市。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人はアスカ監査法人、2022年5月から監査法人アリア。 Dream Bridge株式会社(東京都渋谷区)が、発行済み株式の30.03%を有する筆頭株主で、同社前代表取締役の石渡隆生氏(報告書上の表記は「B1」氏)は、2017年5月に東京衡機の取締役に就任し、2022年2月に退任している。現在の代表取締役は小塚英一郎氏で、同氏は2022年2月から東京衡機の取締役に就任している。同社と東京衡機の間に取引関係はない(※)。 (※) 東京衡機「支配株主等に関する事項について」   【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 東京衡機は、2022年11月、外部機関から、東京衡機及びその連結子会社である株式会社東京衡機エンジニアリング(以下「東京衡機エンジニアリング」と略称する)が2019年2月期より展開していた商事事業につき、実質的には東京衡機(又は東京衡機エンジニアリング)が取引の主体となっていない代理人取引や金融的取引等が含まれている疑義のほか、商事事業の主要な取引先であるG1社を東京衡機の連結子会社として取り扱うべきかどうかを検討する必要性がある旨の指摘を受けた。 東京衡機は、このような指摘を受けたことから、前記疑義等についての客観的な事実関係を明らかにするとともに、本件疑義が認められた場合にはその原因等を明確にする必要があると考え、東京衡機及びその連結子会社と利害関係のない外部の有識者で構成される第三者委員会を設置して、本件疑義についての調査を委嘱した。 2 商事事業の概要 (1) 商事事業発足の経緯 2018年5月に竹中洋氏(報告書上の表記は「A2氏」。以下「竹中前社長」と略称する)が東京衡機代表取締役に就任し、創業100周年(2023年)を視野に入れ、就任5年で東京衡機グループの売上100億円、利益5億円を達成することを目指したが、東京衡機は、2018年2月期決算において、連結で404百万円、単体で990百万円の大幅赤字(当期純損失)を計上していたことから、財務の健全性の向上と、業績改善に向けて売上及び利益の拡大を図るべく、新たに商事事業を開始することを決定した。 (2) 取締役会による承認 東京衡機が商事事業を開始するときの取締役会(2018年7月13日開催)では、商事事業の概要について、 などの説明がされたものの、直接海外の販売先(香港等)に輸出することは難しかったことから、海外向けの商品を日本国内で仕入れ、日本国内の仲介業者に販売することとなった。 (3) 第三者委員会による調査 第三者委員会が調査の対象とした商事事業に係る取引は、東京衡機において、2019年5月から2022年11月にかけて実施された228件と、東京衡機エンジニアリングにおいて2018年12月から2019年12月にかけて実施された11件、合計239件であった。 3 商事事業の取引に関する第三者委員会の判断 第三者委員会は、調査の結果、国内商事取引の一部については、商取引の形態を採ってはいるものの実質的には金融取引であるもの(以下「実質金融取引」という)と認定するとともに、実質金融取引と認定した以外の国内商事取引については、「介入取引」(仕入先と販売先の間で取引商品や金額・決済条件等がおおむね決定されている取引であって、目的物の引渡し等に対する関与の程度が小さく、代金の立替払いをすることを主な役割として手数料を得る取引であり、以下「介入取引」という)に該当する取引であると判断している。 第三者委員会が、「実質金融取引」と認定したG1社との取引の例は、以下の図のとおりである。 (※) 上図は報告書37頁より抜粋 図の左上の「5」は東京衡機によって附番された取引番号であり、「TKS」は東京衡機を意味する。東京衡機から仕入先であるH5社に支払われた金員は、同日のうちに、H5社が10千円を残して全額をG1社に送金して資金が還流し、G1社は東京衡機への代金支払日である8月20日までの期間、資金を融通されているに等しい効果を得ていたことがわかる。 同様に、G1社への資金還流が確認された取引を中心に、第三者委員会は、実質金融取引であるという判断をしたものである。 一方、第三者委員会は、実質金融取引と認定した以外の国内商事取引について、介入取引に該当する取引であると判断しているが、その根拠を次のように列挙している。 そのうえで、第三者委員会は、本件その他商事取引は、既存の商流において、既に取引商品や金額・決済条件等がおおむね決定されている取引であって、東京衡機は目的物の引渡等に対する関与の程度が小さく、代金の立替払いをすること等を主な役割として手数料を得る取引にすぎないといえることから、本件その他商事取引は、取引商材の販売価格ではなく、仕入価格と販売価格の差額(純額)を売上高として計上すべきであったと結論づけた。 こうした認定の結果、第三者委員会が、過年度の決算修正が必要であると認定した金額は次のとおりである。 4 G1社を連結子会社として扱うか否かの判断 東京衡機は、外部機関から、G1社を連結子会社として取り扱う可能性についても指摘を受けているが、G1社は代表取締役であるF1氏が100%の株式を保有する会社であるので、東京衡機はG1社の議決権を所有していない。そこで、第三者委員会は、G1社が東京衡機の連結子会社に該当するか否かについて、実質的な判断、具体的には、G1社の一人株主であるF1氏が東京衡機の「緊密な者」と評価できるかについて検討を行った。 その結果、第三者委員会は、G1社の事業的な観点及び財務的な観点の両面において東京衡機が、F1氏の経営意思決定を支配するほどの影響を与えているとは考えられず、同氏は東京衡機の「緊密な者」とは評価できないと判断し、G1社は東京衡機の連結の範囲に含まれないという結論に至った。 5 発生原因の分析(報告書109ページ以下) 第三者委員会による発生原因の分析は、調査結果に基づき、会計処理を訂正すべきとの結論を出した商事事業に関する問題点の原因と、前回調査との関係に起因する原因とに分けて論じている。なお、前回調査とは、2017年3月の内部告発を契機として、中国子会社である無錫三和塑料製品有限公司の元役員及び元幹部従業員が不正行為を行っていた疑いが発覚し、2018年2月期第1四半期の決算が確定できない状況となったことから、2017年7月14日に外部の有識者等を構成員に含む調査委員会を設置して調査を行い、同調査委員会より、12月26日付けで調査報告書を受領した件を指す。 はじめに、商事事業に関連して発生した問題点に関する原因分析は次のとおりである。 次いで、前回調査を踏まえた対応状況として、次のように原因を分析した。 東京衡機は、再発防止策・改善策として、具体的に以下のような対応を行ったことが改善報告書等に記載されている。 しかし、今回の第三者委員会の調査では、こうした再発防止策・改善策は、その実行が一過性のものとして徹底されないままに終わってしまっていたり、策定された制度の枠だけを埋め合わせて本当に有効に機能するために意味があるのかが考えられていなかったりしたことが明らかになり、こうした東京衡機の対応が、今回の商事事業における問題取引につながったと分析している。 6 再発防止策の提言(報告書124ページ以下) 第三者委員会は、発生原因の分析を踏まえ、次のとおり、大きく8項目の再発防止策を提言している。 ここでは、第三者委員会が提言する②「業務実態(特に国内商事取引)の見直し等」及び⑧「前回調査報告書における再発防止策を踏まえた検討」について、具体的に見ておきたい。 ②「業務実態(特に国内商事取引)の見直し等」について、第三者委員会は、国内商事取引の業務実態に種々の問題点があった結果、国内商事取引の多くが実質金融取引・介入取引と判断されることとなったことを踏まえると、東京衡機として、国内商事取引をどのような方向性に持っていくのか、国内商事取引を継続するとして抜本的に問題点を排除した形で運営できるよう、業務実態の見直し作業に取り組むことが再発防止策として望まれるとした。 また、⑧「前回調査報告書における再発防止策を踏まえた検討」として、第三者委員会は、前回調査を踏まえた対応状況には不十分な点があり、これが本件問題事象の発生原因に繋がったとも評価し得るとしたうえで、前回調査報告書等が掲げた再発防止策の実行が一過性のものとして徹底されないままに終わってしまっていたことを指摘して、本報告書の提出を受けて実行する再発防止策についても、形式どおりに実行する姿勢をとるのではなく、常に有効に機能する仕組みなのかを考えながら実行し続ける姿勢が重要であることを付言して、再発防止策の提言を締め括っている。   【報告書の特徴】 2023年に創業100周年を迎える老舗の試験機メーカーである東京衡機は、2018年5月、新社長に就任した竹中前社長が、就任5年で東京衡機グループの売上100億円、利益5億円を達成することを目指すと宣言したものの、本業である試験機事業は新型コロナウイルス感染症の市場への影響による顧客企業における設備投資の中止等の発生等により、減収減益で、予算目標を達成できない状況となっており、売上拡大策として参入した商事事業の業績に対する依存が高まっていく。商事事業の売上高は本業を超える3,421百万円に達し、連結売上高の約46%を占めるまでになっていた。しかも、この売上高を担う従業員数は4人であった(いずれも2022年2月期訂正前連結実績)。 中国子会社での不正を受けて新体制での出直しを図っていたはずの東京衡機であったが、実際に売上拡大策として行われていた取引は、資金循環取引であり、介入取引であったことが判明した結果、前回の不正発覚時よりもより厳しい処分を課されることとなった。第三者委員会の調査により、東京衡機が国内商事取引により得ていた利益は、期間中合計でも35,676千円に過ぎない。一方、後述のように、第三者委員会による調査費用と過年度決算停止に係る監査費用は276百万円と見積もられ、さらに、未回収債権に対する貸倒引当金を計上することもあって、業績予想を公表できない事態に陥っている。「販売先からの売上資金回収リスク」は、商事事業参入時の取締役会で検討されたはずなのであるが、当時の経営陣が安直な売上拡大策に飛びついてしまった結果、老舗の試験機メーカーとしての企業価値は大きく棄損されたと言っていいだろう。 1 前任の会計監査人による度重なる指摘 報告書には何度となく、前任の会計監査人であるアスカ監査法人が、東京衡機における国内商事取引を問題視している場面が登場する。たとえば、2022年2月期の会社法監査結果報告では、次のような指摘があったことが明らかにされている。 また、一部の取引については、総額での売上計上を認めず、純額での売上計上に訂正させるなど、一定の牽制機能が働いていたことは間違いないが、東京衡機側の非協力もあって、高額の取引を繰り返してきたG1社との取引が資金循環取引であると断じるまでの監査を行うことができなかったものである。 その結果、アスカ監査法人は、2022年2月16日、会計監査人を辞任したいと申し出て、同年5月26日開催の第116回定時株主総会終結の時をもって退任し、監査法人アリアが後任の会計監査人に就任した。 第三者委員会は、監査法人アリアが会計監査人に就任した以降は、稟議書の回付方法を検討し、事後決裁のないようにすること、国際部における業務記述書の内容を更新することなど、アスカ監査法人から指摘を受けていた東京衡機グループの内部統制整備・運用状況について、一定の改善がなされており、国内商事取引の会計処理も、総額表示から純額表示に変更されていることを確認している。 2 特別損失の発生 東京衡機は、2023年3月8日、「特別損失の発生および業績予想の修正に関するお知らせ」をリリースして、特別損失の発生として、第三者委員会の報酬及び調査費用並びに過年度決算訂正に係る監査費用として、訂正関連費用引当金繰入額276百万円を計上するとともに、商事事業の販売先に対する売掛代金等の未回収債権405百万円については回収懸念が生じていることからその全額を貸倒引当金繰入額に計上することを公表した。 3 東京衡機による再発防止策と商事事業からの撤退 同じく3月8日、東京衡機は、「第三者委員会の提言を受けた再発防止策の策定等に関するお知らせ」をリリースして、以下の再発防止策を公表した。 合わせて、商事事業について、今後は事業を継続すべきではないと判断したことから、撤退することを決定したことも公表した。 さらに、経営責任を明確にするため、役員報酬の減額を決定したことも公表した。 4 代表取締役及び役員の異動 3月20日、東京衡機は、「代表取締役およびその他の役員の異動に関するお知らせ」をリリースして、同日開催の取締役会で、代表取締役社長の石塚智士氏が代表取締役を辞して取締役となり、後任の代表取締役社長として取締役の小塚英一郎氏が就任することを公表した。小塚英一郎氏は、東京衡機の発行済み株式の30.03%を有する筆頭株主であるDream Bridge株式会社(東京都渋谷区)の代表取締役であり、2022年2月から東京衡機の取締役に就任している。 同リリースでは、小塚氏を代表取締役社長に選定した理由を次のように説明している。 また、同リリースでは、専務取締役平田真一郎氏が、同日付で取締役を辞任する旨を申し出て、取締役会が受任したことも合わせて公表された。 5 特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求 東京証券取引所(東証)は、3月29日、「特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求について」をリリースして、東京衡機の株式を、3月30日付で特設注意市場銘柄に指定すること及び東京衡機に対して、1,440万円の上場違約金を徴求することを公表した。 その理由として、東証は、東京衡機では、商事事業担当取締役らの関与によって、商事事業において販売価格と仕入価格の純額を手数料収入として会計処理すべき取引を、取引商材の販売価格で売上高に総額計上するなどの不適切な会計処理を行っていたことが明らかになった結果、同社は、2019年2月期から2023年2月期第2四半期までの決算短信等において、上場規則に違反して虚偽と認められる開示を行い、それに伴う決算内容の訂正により、同社の主たる事業である商事事業に係る売上高の大半が取り消され、2020年2月期、2021年2月期及び2022年2月期の連結売上高が10%以上減少し、特に2021年2月期において約53%、2022年2月期において約45%の減少を伴う連結売上高の訂正が生じていることなどが判明したことを挙げた。 そのうえで、本件は、投資者の投資判断に重要な影響を与える虚偽と認められる開示が行われたものであり、同社の内部管理体制等について改善の必要性が高いと認められることから、同社株式を特設注意市場銘柄に指定すると同時に、投資判断情報として重要性の高い決算情報について長期間にわたり誤った情報を公表し続けたものであり、当取引所市場に対する株主及び投資者の信頼を毀損したと認められることから、同社に対して、上場契約違約金の支払いを求めることとしたと説明している。 これに対して、東京衡機は、3月30日、「特設注意市場銘柄の指定および上場契約違約金の徴求に関するお知らせ」をリリースして、東証による上記のリリースを引用したうえで、今後の対応を次のように結んでいる。 (了)

#No. 515(掲載号)
#米澤 勝
2023/04/13

〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2023年3月】

〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2023年3月】   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2023年3月1日から3月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。   Ⅱ 有価証券報告書関係 金融庁から次のものが公表されている。 ① 「記述情報の開示の好事例集2022」の更新(内容:「コーポレート・ガバナンスの概要」、「監査の状況」、「役員の報酬等」及び「株式の保有状況」に関する開示の好事例の追加) ② 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項及び有価証券報告書レビューの実施について(令和5年度)(内容:重点テーマ審査として「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」を示す)   Ⅲ 企業内容等開示関係 次の法令が公布されている。 ① 「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第21号)(内容:監査報告書の記載事項に公認会計士又は監査法人が被監査会社等から受領する報酬に関連する事項を追加するもの) ② 「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第22号)(内容:「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号)等の改正を受けたもの)   Ⅳ 東京証券取引所関係 東京証券取引所から「IPOに関する上場制度等の見直しに係る有価証券上場規程等の一部改正について」が公表されている。 これは、スタートアップにおける新規上場手段の多様化を図る観点から、新規上場プロセスの円滑化やダイレクトリスティングの環境整備などについて、所要の上場制度等の見直しを行うものである。   Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「監査基準報告書300実務ガイダンス第1号「監査ツール(実務ガイダンス)」の改正」(公開草案)(内容:「監査事務所における品質管理」(品質管理基準報告書第1号)、倫理規則の改正などに対応) ② 「監査法人の組織的な運営に関する原則」(監査法人のガバナンス・コード)の改訂について(内容:「会計監査の在り方に関する懇談会(令和3事務年度)」、「金融審議会公認会計士制度部会」などの議論を受けて改訂) (了)

#No. 515(掲載号)
#阿部 光成
2023/04/13

ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応 【第37回】「就活ハラスメント対策における注意点」

ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第37回】 「就活ハラスメント対策における注意点」   弁護士 柳田 忍   【Question】 就活シーズンが始まり、当社でも会社説明会や採用選考の準備などが進められていますが、いわゆる就活ハラスメントについて、注意するべきポイントがあれば教えてください。 【Answer】 基本的には、従業員に対するパワハラやセクハラにおける注意点と同様ですが、特にセクハラについて注意する必要があります。また、就活生からの申告や相談により就活ハラスメントが発覚することは期待できないことが多いため、採用担当者と就活生との間のコミュニケーションを適宜監視したり、口コミサイトをチェックしたりして、就活ハラスメントの把握に努める必要があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ●   1 はじめに 近年、求職者の保護を企図した規制などが強化される傾向が見られる。例えば、リクナビ事件を受けた職業安定法の改正などが挙げられるが(※1)、ハラスメントの分野においても、いわゆる就活ハラスメントへの防止対策の強化に向けた動きが見られている。 (※1) 就活サイト「リクナビ」の運営企業が就活生の内定辞退率を予測して有償で企業に提供していた問題を契機に、2022年10月施行の改正職業安定法により、募集情報等提供事業者(求人情報・求職者情報等を提供する事業者)に対する規制が強化された。 いわゆる「パワハラ指針」及び「セクハラ指針」は、「労働者」に対するパワハラやセクハラを対象としており、就活ハラスメントについては、就職活動中の学生等の求職者等に対する言動についても、職場におけるパワハラ・セクハラを行ってはならない旨の方針を示すことが望ましいとするに留まっている。しかし、その一方で、厚生労働省は、2022年3月29日、就活ハラスメントの被害にあった学生へのヒアリングの実施や就活セクハラを起こした企業に対する指導を徹底する方針などを打ち出し、2023年3月7日には「就活ハラスメント防止対策企業事例集」(以下「企業事例集」という)等を公表するなどしており、これらの動きは就活ハラスメント防止の強化の一環といえよう。 会社においては就活シーズンの開始に伴い就活生と接触する機会が増えるであろうことから、本稿においては就活ハラスメントの対応策や注意点を取り上げるものであるが、特に、就活生の選考にインターンシップを活用する企業においては、就活シーズンに限らず就活ハラスメントに気をつけるべきであることはいうまでもない。   2 就活ハラスメントの定義と傾向 就活ハラスメントとは、「就職活動中やインターンシップの学生等に対するセクシュアルハラスメントやパワーハラスメント」のことをいう(企業事例集1頁等)。 「令和2年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(厚生労働省)は、2017年から2019年度卒業で就職活動(転職活動を除く)又はインターンシップを経験した男女を対象としたものであるが、これによると、就活ハラスメント(セクハラ)を経験したと回答した人の割合は約4人に1人(25.5%)に上り、就活ハラスメント(セクハラ)を受けた場面として回答が多かったのは、インターンシップに参加したとき(34.1%)や、企業説明会やセミナーに参加したとき(27.8%)、就職採用面接を受けたとき(19.2%)である。また、就活ハラスメントのタイプとしては、インターンシップについては別として、採用活動においては基本的には業務指導がなされる場面が想定されないことから、業務指導に伴いなされることが多いパワハラよりも、業務指導とは関係なくなされるセクハラが問題とされることが多い。もっとも、圧迫面接やオワハラ(就活終われハラスメント)(※2)のように、パワハラに該当し得る就活ハラスメントも見られる。 (※2) 企業が内定や内々定を出した学生に対して就職活動を終えて自社に入社するよう圧力をかける行為。 上記のとおり、パワハラ指針やセクハラ指針は就活ハラスメントを措置義務の対象としていないが、措置義務の対象となっているか否かと行為者等が法的責任を負うか否かは別問題であり、就活ハラスメントの行為者や企業は民事責任や刑事責任を負う可能性があることに注意する必要がある。   3 就活ハラスメントの防止対策 就活ハラスメントについても、パワハラやセクハラと同様、ハラスメントの防止のための体制整備を行うことが重要である。具体的には、ハラスメント防止の方針の明確化及びその周知・啓発、相談体制の整備、適切かつ迅速な事後的対応等である(厚生労働省のウェブページ「会社を揺るがす大きなリスク 今すぐ始めるべき就活ハラスメント対策!」においても、就活ハラスメントの防止策として、「ハラスメント防止の方針の明確化」及び「ハラスメント防止体制の整備」が挙げられている)。   4 就活ハラスメント防止にかかる具体的な取り組み 就活ハラスメント防止にかかる具体的な取り組みとして、前掲「会社を揺るがす大きなリスク 今すぐ始めるべき就活ハラスメント対策!」は、以下(1)ないし(3)を挙げている。 (1) 基本的な対策:「公正な採用選考」に基づいた面接実施 「公正な採用選考」とは、厚生労働省が示す「公正な採用選考の基本」等に掲載された基準のことであり、同基準においては、本籍・出生地や家族に関すること、人生観など、適性や能力に関係がない事項を尋ねたり、身元調査などを実施したりすることは就職差別に繋がるおそれがあるとして注意喚起がなされている。 上記「公正な採用選考」に挙げられた事項の中にはプライバシーに関わる事項などが含まれており、これらをしつこく尋ねるなどするとパワハラやセクハラにも該当し得ることから、「公正な採用選考」を遵守することは就活ハラスメントの防止にも資するものである。 (2) 効果的な対策:リクルーターの行動指針やマニュアル策定 前掲「会社を揺るがす大きなリスク 今すぐ始めるべき就活ハラスメント対策!」によると、就活ハラスメントの中でも特にセクハラは、若手の社員がリクルーターとして活動するOB・OG訪問や面接時などに起こりやすいことから、リクルーターの行動指針やマニュアルを策定することが、就活ハラスメントの防止に有効であるとのことである。 「リクルーター」の定義は各社によるであろうが、上記のとおり、就活ハラスメントはOB・OGなどによるものには限られないことから、OB・OGや面接担当者を含む採用担当者全てを対象とした行動指針やマニュアルを策定するべきである。また、採用活動の一環としてインターンシップを利用する場合は、採用担当者以外においても(全社的に)就活生と接する可能性があるのであるから、場合によっては全社員を対象とする行動指針やマニュアルを策定したうえで、研修などを実施することが望ましい。 (3) 一歩踏み込んだ対策:応募者の個人情報の限定利用 就活ハラスメントが発生しない状況を作るため、面接官等に対し、学生の個人情報を一部非公開にして、個人情報の悪用(学生への正当な理由のない接触のための個人情報の利用)を防止するなどの対策を取り入れるものであり、有効であると思われる。   5 就活ハラスメント特有の注意点 (1) インターンシップ参加者に対する就活ハラスメント インターンシップの参加者は基本的には「労働者」に該当せず、よって、パワハラやセクハラの措置義務の対象にもならない。しかし、以下のような場合には、インターンシップの参加者も労働者に該当し、措置義務の対象になり得ることから、注意が必要である。 (2) 就活ハラスメントの存在を把握することは困難であること 就活生から就活ハラスメントの被害の相談や申告がなされることはあまり期待できないと思われる。なぜなら、既に企業に所属しており容易に転職できない従業員とは異なり、(特に昨今の買い手市場においては)就活生は、就活ハラスメントを行うような企業への就活を取りやめて他の企業に入社すればよいだけであり、わざわざ就活ハラスメントの事実を当該企業等に相談・申告するインセンティブに乏しいからである(※3)。すなわち、就活ハラスメントは、就活生の口コミなどを通じて、企業が気づかないうちに企業の評判を傷つけるおそれのあるものであり、その意味では、従業員に対するパワハラやセクハラより、企業にとってリスクが高いものともいえる。 (※3) 前掲「令和2年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(厚生労働省)によると、就活ハラスメント(セクハラ)に対して何もしなかったとの回答が24.7%であり、その理由は「何をしても解決にならないと思ったから」との回答が47.6%であるとのことである。「何をしても解決にならないと思った」との趣旨は、相談・申告しても適切な対応を期待できないから、という意味の他に、相談・申告したからといって特段のメリットはないからだという意味も含まれるものと思われる。 よって、企業においては、採用担当者と就活生との間のコミュニケーションを適宜監視したり、口コミサイトをチェックしたりして、就活ハラスメントの把握に努めたうえで、就活ハラスメントが発覚した場合には厳重に処罰を行い、これを社内に公表するなどして、抑止力を働かせるべきである。 (了)

#No. 515(掲載号)
#柳田 忍
2023/04/13

《速報解説》 金融庁より「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」が公表される~「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」等の改訂に対応~

《速報解説》 金融庁より「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」が公表される ~「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」等の改訂に対応~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2023(令和5)年4月10日、金融庁は、「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」等を公表し、意見募集を行っている。 これは、2023年4月7日に改訂された「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」(企業会計審議会)を受けて、所要の改正を行うものである。 意見募集期間は2023年5月12日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 1 内部統制報告書 前年度に開示すべき重要な不備を報告した場合には、内部統制報告書において、付記事項として、当該開示すべき重要な不備に対する是正状況を記載する。 2 訂正内部統制報告書 事後的に内部統制の有効性の評価が訂正される際には、訂正内部統制報告書において、具体的な訂正の経緯や理由等を記載する。 3 内部統制監査報告書 企業が内部統制報告書の内部統制の評価結果において内部統制は有効でない旨を記載している場合には、監査人はその旨を内部統制監査報告書において監査人の意見に含めて記載する。   Ⅲ 施行期日等 2024(令和6)年4月1日から施行する予定である。 改正後の財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令6条、11条の2及び17条の規定並びに第一号様式及び第二号様式は、この府令の施行の日以後に開始する事業年度に係る内部統制報告書に係るものについて適用し、同日前に開始した事業年度に係る内部統制報告書に係るものについては、なお従前の例によるとする予定である。 (了)

#阿部 光成
2023/04/12
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