〔小説〕
『東上野税務署の多楠と新田』
~税務調査官の思考法~
【第6話】
「崖っぷちの男」
税理士 堀内 章典
《前回までの主な登場人物》
◆多楠調査官
東上野税務署に入って2年目、今回初めて調査部門である法人課税第5部門に配属。
◆新田調査官
多楠の調査指導役、調査はできるが、なぜか多楠には冷たく当たる、近づきがたい先輩調査官。
◆田村統括官
法人課税第5部門の責任者である統括官、定年まであとわずか、小太りで好人物。
◆法人課税第5部門のメンバー
・三浦上席調査官(淡路の調査指導役)
・小泉調査官(調査経験4年目、寡黙な調査官)
・淡路調査官(多楠と同じ調査1年目の女性調査官)
多楠の奮闘
(前回までのあらすじ)
田村統括官の発案で株式会社関東貿易商会への単独調査を行うことになった多楠。不安を抱えながら10月のある日、同社に1人で臨場した。
会社に着くなり多楠は社長の武淵から、会社の資金繰りがあまりよくないので、気心の知れた業者仲間と“融通手形”をしていることをうち明けられる。
〈株式会社関東貿易商会の概要〉
- 会社名:株式会社関東貿易商会
- 社長:武淵逸男(48歳)
- 業種:バッグ、革製品輸入販売
- 決算:3月決算
- 売上(最終期):1億8,000万円
- 申告所得(最終期):800万円
- 税理士:鷺沼信雄(非OB、試験組)
- BS上やたら手形が多く資金繰りが悪いようだ。ここ5年間で売上は緩やかな右肩上がり、毎年申告所得500~800万円とそこそこの業績をあげている。
さらに武淵社長は眉間に深いしわを寄せ話し続ける。
「なので私は・・・業者仲間から“崖っぷちの男”・・・そう呼ばれているんです。」
多楠は鬼気迫る顔で話す武淵社長に何と言葉を返していいかわからない。
「調査官、私は所用があってしばし席を外しますが、経理部長の吉本が経理全般をやっておりますのでどうぞ調査を進めてください。」
武淵社長はそう言い残すと、会議室を出て行った。
社長が残した余韻が消え去るまでのしばらくの間、会議室内は沈黙が続いた。
“だ、黙っていても調査にならない!”
多楠は気を取り直して経理部長の吉本に対し、いつも新田の前でやっていたように事業の概況から聴き始めた。
武淵社長はもともとバッグの大手輸入商社に勤務、輸入業務を20年ほど担当していた。イタリアやフランスのメーカーと繋がりができたため、商社を辞めて独立し起業した。現在、会社の店舗はこの本店所在地のほか原宿に小さな支店が1店舗あるが、武淵社長は営業力もあるので、どちらかというと卸売をメインに経営をしているとのこと。
先ほど武淵社長が言ったように、イタリアやフランスのメーカーと繋がりがあるといっても、取引はシビアで、会社を作って間もないので信用がなく、常に製品の輸入(仕入)に当たっては前払で代金を支払わなくてはならず、資金繰りは厳しいとのことであった。
この会社が営業に力を入れ売上を伸ばし、利益を上げて資金を蓄え、L/C(信用状)で輸入取引ができるようになることが会社の目標であると吉本は語った。
ここで税理士の鷺沼が口を開いた。
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