企業の香港進出をめぐる実務ポイント
【第1回】
「進出形態の選択から会社設立手続まで」
アースタックス税理士法人
アースタックス・ビジネスコンサルティング(香港)有限公司
税理士 白水 幹範
本連載では、これから香港への進出を目指す日系企業に対し、実務面でのポイントについて解説する。
まず、今回から2回に分けて、香港に進出する際の各事業フェーズにおける主要な論点について、以下にまとめたい。
1 進出時
香港に進出して事業を行う形態としては、以下のものがある。
(1) 香港会社法に基づく現地法人
① 株式有限責任会社及び保証有限責任会社
(Limited Company by Share or by Guarantee)
株式有限責任会社とは、会社の債務に対する株主の法的責任を株式(出資額)に限定する会社であり、日本の株式会社に相当する。
保証有限責任会社とは、資本金の払込みは不要であるが、会社清算時に予め合意した額までの債務につき責任を負う形態の会社である。
② 無限責任会社(Unlimited Company)
無限責任会社とは、株主の会社の債務に対する法的責任が無制限である会社をいう。
会社がその債務を完済できなくなった場合、株主がその債務を連帯して弁済する責任を負う。
③ 私的会社(Private Company)
私的会社とは、会社の定款に、以下の3項目につき制限を定めている会社をいう。
・株主の株式譲渡に制限がある
・株主数が50人以下に限定されている
・株式・社債の公募が禁止されている
④ 公開会社(Public Company)
上記「私的会社の3条件」を定款に定めない会社は、自動的に公開会社となる。
公開会社は、私的会社に比べると開示の範囲が広く、より厳格な規制の対象となる。
例えば、登記局への監査報告書の提出が必要となり、この監査報告書は誰でも閲覧可能となる。
⑤ 上場会社(Listed Company)
上場会社とは、証券取引所にて株式・社債の取引がなされる会社である。
私的会社を上場会社に転換する場合、まず公開会社に転換する必要がある。それから証券取引所へ上場を申請し、許可が下りると上場会社となる。
(2) 香港支店(Branch)
外国法人がその支店を香港に開設する形態であり、会社登記局と商業登記所への登記が必要となる。
香港支店には会計監査の義務はないが、会社登記局に対し、支店開設時と毎年の年次報告書提出時において、本社の決算書(英文又は翻訳必須)の提出が求められる。
(3) 香港駐在員事務所(Representative Office)
外国法人が、香港での情報収集などを目的として、駐在員事務所を設置する形態である。
駐在員事務所は、香港における営業活動や契約の締結などは一切行うことができない。
商業登記所への登記は必須であるが、会社登記局への登記は不要。
(4) 個人事業(Sole Proprietorship)
事業主が個人事業の形態で資本や技能などを事業運営に提供し、利益もリスクもすべて個人が背負う事業体である。
債務に対する事業主の責任は無制限となる。商業登記所への登記は必須であるが、会社登記局への登記は不要。
(5) パートナーシップ(Partnership)
パートナーシップの形態で各パートナーが資本を提供し、利益はパートナーシップ契約で規定した利益の分配割合に基づき分配される。債務については連帯で責任を負い、パートナーシップを組むためには最低2名が必要となる。
主に法律事務所や会計事務所が採用している形態である。
2 香港法人の設立手続
香港に進出する日系企業が一般的に採用するのは、私的会社で、株式による有限責任会社である。
株式有限責任私的会社の設立手続及び留意点をまとめると、以下のとおりである。
① 会社名
会社名は、「英語社名のみ」、「中国語社名のみ」、もしくは「英語・中国語社名の併記」のいずれかで登記することができる(英語・中国語の混合社名は不可)。
英語社名には“Limited”、中国語社名には“有限公司”を最後につける必要がある。
また、中国・香港政府と関係があるかのような名称は、実際に関連性があり、また香港行政長官の承認がない限り、使用することができない。
既に会社登記局に登記されている名称及び類似している名称は登記することができないため、会社登記局にて類似商号の確認を行う必要がある。
② 登記住所
登記住所は、香港内に定めなければならない。
しかし、設立登記するまでに住所が決定しない、もしくは事業所の賃貸もしくは売買契約の締結が間に合わない場合、業者から登記住所を借りて登記することもできる。
なお、その場合、住所の決定後に登記住所の変更の手続を行うことになる。
③ 資本金
授権資本金、払込資本金、一株当たりの額面金額、表示通貨、株式の種類を定款で定める。
発起人(株主)が、最低一株(HK$1から可)を引き受けることで設立できる。
授権資本金についての最低金額の規定はない。授権資本金の全額を発行しなければならないという規定はないが、実務上は、払込資本金は授権資本金と同額にするのが一般的である。
④ 発起人(株主)
発起人は最低1名必要で、国籍、居住地、個人・法人は問わない。
発起人は、最低一株を引き受ける必要がある。
⑤ 会社定款
会社の定款は、「基本定款(Memorandum of Association)」と「通常定款(Articles of Association)」から成り、英語又は中国語のどちらかで作成・印刷する。定款には1名以上の発起人が署名することとされている。
「基本定款」には、会社社名、登記住所が香港にあること、株主の責任が有限であること、授権資本金額・株主数・額面金額などの資本金について、発起人の氏名、住所、職位、引受株式数などが記載される。
「通常定款」には、株主総会、取締役の就任、株主の義務、上述した私的会社の3項目の制限など、会社の運営上の社内規定が記載される。
実務上は、会社設立手続を依頼する業者が作成する必要事項を網羅した定型の定款を採用することが多い。
⑥ 取締役の任命
私的会社は、最低1名の取締役を任命する必要がある。
18歳以上の個人で、国籍・居住地の制限はない。また、上場会社を含む企業グループに属していない私的会社であれば、法人でも取締役になることができる。
会社登記局で登記される職位は取締役(Director)のみで、香港では代表取締役(Managing Director)という法的地位があるわけではないが、任意で選任することは可能である。
⑦ 会社登記局への書類提出
会社設立に際し決定すべき事項を確定し、申請書などの必要書類を作成する。
【参考】 私的会社設立のチェックリスト ※PDFファイル
発起人及び取締役が必要書類に署名をした上で、同書類に会社登記料(1,720香港ドル(2012年12月現在))及び商業登記料(450香港ドル(2012年12月現在))を添えて提出する。
会社登記局の審査を経て承認が下りると、約4~5営業日後に会社設立証明書(Certificate of Incorporation)及び商業登記証(Business Registration Certificate)が発行される。
香港法人の設立記念日は、この会社設立証明書に記載された日となる。
⑧ 取締役会の開催
会社設立の承認後、すぐに第1回の取締役会を開催し、通常以下の事項について決議を行う。
・株式の割当て、株式証明書の発行
・最初の取締役の任命
・会社秘書役の任命
・登記住所の設置
・コモンシールの作成及び印影
・法定監査人、税務代理人の任命
・決算日の決定 など
⑨ 会社秘書役の選任
私的会社には、会社秘書役(Company Secretary)の選任が義務付けられている。
年次報告書(Annual Return)、取締役会や株主総会の議事録・書面決議書などの法定書類の作成、登記、保管が役割となる。
会社秘書役になれるのは、香港居住者又は香港にて設立された会社である。
⑩ 会計監査人の任命
香港のすべての会社は、会社の事業や規模にかかわらず、毎年の年次株主総会において会計監査人を任命し、会計監査を受けなければならない。
⑪ コモンシールの作成
香港のすべての会社は、コモンシール(Common Seal)を作成する必要がある。
コモンシールは必ず金属製であり、日本の会社実印に相当する重要なものである。
株式証明書や重要文書作成の際に押印を求められ、使用する場合には取締役会の承認が必要となる。
⑫ シェルフカンパニー
会社設立を急ぐ場合、すでに会社設立が完了しており、会社設立証明書、商業登記証、定款等が既に発行されているシェルフカンパニーを業者から購入して使用することもできる。
社名変更や増資が必要な場合はその手続、及び新規会社設立と同様の会社設立後の手続を完了すると、事業が開始できる。
次回は、会社設立後の運営、組織再編、撤退までのポイントを取り上げる。
(了)
【参考】 香港における日系企業の最新情報については、下記をご覧ください。
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「企業の香港進出をめぐる実務ポイント」は、毎月第2週に掲載します。