〔小説〕
『東上野税務署の多楠と新田』
~税務調査官の思考法~
【第11話】
「調査官への道」
税理士 堀内 章典
《前回までの主な登場人物》
◆多楠調査官
東上野税務署に入って2年目、今回初めて調査部門である法人課税第5部門に配属。
◆新田調査官
多楠の調査指導役、調査はできるが、なぜか多楠には冷たく当たる、近づきがたい先輩調査官。
◆田村統括官
法人課税第5部門の責任者である統括官、定年まであとわずか、小太りで好人物。
◆法人課税第5部門のメンバー
・三浦上席調査官(淡路の調査指導役)
・小泉調査官(調査経験4年目、寡黙な調査官)
・淡路調査官(多楠と同じ調査1年目の女性調査官)
多楠の決意
(前回までのあらすじ)
多楠調査官は「すし勢」の無予告調査で大失態を犯し新田の怒りを買うことに。結局、調査は新田と小泉が調査官の意地を見せ、多額の売上除外を把握し調査は成功に終わる。一方の多楠は“スナックかわばた”の京子ママの言葉に救われ、新田との関係も何とか修復することができた。
年が明けた1月半ば、その日、多楠調査官と淡路調査官の2人は青砥税務署で行われた調査1年目の研修を受けていた。研修の帰り、めずらしく淡路が青砥駅前にあるコーヒーショップに多楠を誘った。
「良太の保育園のお迎えまで少し時間があるから、ちょっと寄って行かない?」
淡路は国税局人事課に勤めるご主人と一人息子の3人で川崎市内の宿舎に住んでいる。青砥駅からは京成線、都営浅草線、京急の直通運転があるため、帰宅は思ったほど時間がかからないという。
先輩ながら、しっかり「割り勘でね!」とブレンドコーヒーを頼む淡路は、やや混雑している手狭なコーヒーショップの奥の席に腰を掛けた。席に着くなり、淡路は周りを見回しながら小声で話はじめた。
「今日の事案発表、多楠君の発表が一番目立ってたわ。そう、例のカバン屋・・・」
淡路の言う「カバン屋」とは、昨年、多楠が単独で調査をした株式会社関東貿易商会の調査のことである(くわしくは第5話を参照)。
淡路が辺りを見回したのは、自分たちの会話に聞き耳を立てている者がいないか、確認するためである。どこで誰が話を聞いて調査の内容が漏れるかわからない。外で話をするときは常に周りに注意を払いながら、具体的な名前や名称を出さずに話をするのが、淡路に限らず、調査官の習いである。
その淡路が続ける。
「それに比べて、ウチのペアは全然ダメ。いつも最初だけ花火が上がったように三浦上席が大騒ぎするけど、結局思い込みが激しすぎて尻つぼみに終わってしまうの。上期(※)部門の事績には全然貢献していないし、完全な敗戦処理班っていう感じよ。しかも件数もそんなに上がっていない・・・、ホント、イヤになるわ。」
(※) 上期とは、7月から12月までのこと(税務署の年度は毎年7月から翌年の6月)。
昨年から城東ブロック9署が持ち回りで数回にわたり行われていた会社調査1年目の調査官研修は、今日が最終日であった。今回は各自が上期で実際に着手した事案を持ち寄り発表することになっていた。
発表した事案についてどこが良かったとか、ここはこうすべきであったとか、青砥署のベテラン上席調査官の岩井が進行役とまとめ役を兼ねてディスカッションを行い、1年目調査官のスキルアップを図るのが、この研修のねらいである。
国税当局は調査ベテラン職員の大量退職による調査能力の低下を防止するため、若手調査官の育成に躍起になっている。今日のような集合研修をはじめOJT研修なども実施され、多大な時間と先輩調査官たちの労力を費やして、調査ノウハウの伝承や調査能力の向上を図っているのだ。
淡路が発表したのは、昨年最初に着手した仏壇屋であった。他の1年目調査官の発表事案も同じように、調査に同行した先輩調査官、ときには統括官が同行し、不正の端緒からまとめまで行った事案ばかりであった。
各自の話している事案の内容を聞いていれば、とても1年目調査官が端緒を見つけたり、まとめられるはずがないといったものばかりであった。
そのような事案の中で、多楠が発表したカバン屋の事案は明らかに異彩を放っていた。誰が聞いても多楠が一人で調査に行き、調査の展開を考え、不正を見つけた事案であることが明らかだった。多楠の説明を聞いていた進行役の青砥署の岩井上席も、多楠の話に聞き入り、その後、事案について熱心にコメントをした。
しかし、多楠には「あの日」以来、頭にこびりついて離れない思いがあった。それは
“今年こそ、すし勢の汚名を絶対に晴らしたい。このまま終わるわけには行かない!”
まさにその一心であった。
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話を昨年に戻そう。
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