公開日: 2015/09/03 (掲載号:No.134)
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〔小説〕『東上野税務署の多楠と新田』~税務調査官の思考法~ 【第12話】「明かされた真実」

筆者: 堀内 章典

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1年目調査官が残した大きな結果

丸誠を辞して1時間ほどが過ぎたころ、署に戻った多楠に丸野専務から電話が入った。どこから電話しているのか、携帯電話の周りからはひっきりなしに車の走る音が聞こえ、かなり騒々しい。聴き取りにくい中、多楠は懸命に耳を凝らして聴き取ろうとした。

電話越しの声は、丸誠で会ったときの専務とは打って変わり、弱々しく、心なしか涙声、うろたえている様子で、まったく別人のようであった。

その電話で、専務は行っていた売上除外の事実、すべてを認めた。

そのあと、専務が必死になって多楠に懇願する。

「社長や妻にバレたら大変なことになります。何とか、何とかしてください、多楠調査官! 自分が悪いことしたのは・・・重々わかってますが、そこを何とか! お願いします、上司の方に相談してみてください!!」

結局、専務は三村税理士にすべてを打ち明け、調査の終結と社長への弁明も三村に任せた。専務が営業でまわっている得意先のうち、現金で支払う先の売上をごまかしていたらしい。現金売上のみをごまかしたのは、振込や小切手の売上を漏らすと預金から足がついてしまうからである。

金の使い道はまさに岩井説のとおり、自分の自由になる金欲しさ、飲食代や趣味である海釣りに使っていたものらしい。

三本木商会の第2営業部の売上、他の現金売りの得意先について隔月で売上をごまかしていたのは、次のような理由からである。それは、丸々売上をごまかしてしまうと、得意先から注文があるのに売上がないことが社長や社員にバレるので、一部だけを漏らしていたというもの。シンプルな手口だが、専務1人が営業にまわっている先なので、社内的にもバレにくいのは確かである。

肝心の社長や奥さんのへの弁明だが、修正申告の時、1人やって来た三村税理士から聞いた話によると、社長には相当お目玉を食らったが、そこは同族会社。専務は元商社マンで営業力があり、丸誠にとって貴重な戦力である。ヒラの取締役に降格という形で収束、首になることはないようだ。ただ、しばらくは奥さんに頭が上がらないであろうとのこと。

こうして丸誠の調査は、4期不正所得2,200万円、処分(売上の相手科目)は全額専務への貸付金という形で終了したのであった。

▼   ▲   ▼

新年は早くも3月に入っていた。

ポカポカ陽気の日曜日、多楠は久々に愛犬のキチとララを引き連れて行田公園に来ていた。

春の陽気のせいか、今日の行田公園はやたらカップルが多い。いわゆる「税大カップル」と言われる、昨年4月から行田公園に隣接する税務大学校東京研修所で研修を受けている普通科採用の研修生たちだ。

淡路とご主人、10年以上前の新田、かなり前の安倍も、そしてさらにその前の田村も通称“東研”と言われている、この東京研修所の卒業生である。

高校を卒業し、普通科採用(初級)で税務職員になるルートと、多楠、小泉、三浦のように大学卒で採用になる専科採用と、税務職員になるには2つの採用経路がある。財務省(旧大蔵省)や国税庁に採用されるキャリアと呼ばれる上級採用とは別で、いわいるノンキャリと呼ばれる採用である。

多楠の家を訪れる親戚の人々は、いつも閑散として静かなこの施設を見て、年配の人は昔の陸軍中野学校、そうでない人はCIAのスパイ養成所のような施設と思ってしまうようだ。多楠も国税の職場に入る前は同じような印象を持っていたが、調査1年目研修などをこの研修所で受けたとき、その印象はまるで違っていた。

ここにいる研修生たちは、研修施設内で人とすれ違うとき、相手が見知らぬ人であっても“おはようございます”、“こんにちは”と礼儀正しくあいさつをする。もちろんそういう教育訓練を受けているからだ。

その光景に、専科生で初めてこの研修所に来た人は皆が面食らう。普通科生で久々に東研を訪れた人ですらも、現場に出て久しいため、研修生当時、自分もあいさつしていたことをすっかり忘れていて、いきなり研修生から

「こんにちは。」

と声をかけられ、慌ててあいさつを返すのであった。

高校を卒業し、普通科生として採用され、約1年間の税大教育で短大卒業並みの学力を身に付け、第一線の税務署に配属になる。80年近くなるこの普通科採用制度は、約1年間の全寮制生活の中、同じ釜の飯を食うことで強い連帯意識と結束力がもたらされ、長く国税の屋台骨を支えてきた。

40年ほど前から女子も採用になり、女性の方が学業も優秀と聞く。どこの職場でも同じように、女性が活躍する時代の波がここにも来ている。

18歳から20歳の年ごろの男女が親元を離れ、1年以上も全寮制でひとつ屋根の学寮で生活をし(もちろん男女の仕切りはしてある)、研修施設で学業を共にするのであるから、カップルがたくさんできても不思議ではない。

この手の情報は決まって淡路から入る。その淡路はあるとき多楠に言った。
「税大カップルは税大を卒業するまでよ。税務署に配属になってからも交際を続けて結婚に至るカップルは1割も満たないようね。」

淡路とご主人も同じ普通科生だが、同期ではない。ご主人の方が2つ上だから、税大カップルではないのだ。
多楠は冷やかし半分に、淡路に聞いてみた。

「淡路さん、税大にいたときはたいそうモテたでしょう。何人ぐらいの人と付き合ったんですか。」

「何バカなことを言ってるの、そんなにはモテなかったわよ。私の期は特に美人が多くて、“当たり年”なんて言われてね。」

と、言葉とは裏腹にまんざらでもない様子の淡路であった。

▼   ▲   ▼

多楠の目の前でイチャイチャする税大カップル数組を尻目に、多楠は散歩をおねだりする2匹の犬に誘われて公園のベンチを立った。

“もうすぐ卒業だね。税大カップルさん。卒業後もご縁が続くといいね。”

と妬み半分の気持ちを抑えながら、いつもの散歩道を歩き出す多楠であった。

歩きながら思い出す。

“それにしても昨日の飲み会は凄かったなぁ。法人課税第5部門に来て、あんなに飲んだのは初めてだ。”

まず、一次会。安倍副署長を筆頭に、田村統括官以下部門の全員で多楠の署長報告会ご苦労さん会を行った。本当に飲み会の好きな部門である。部門の全員、そして安倍までもが多楠の労苦をねぎらってくれた。多楠の署長報告会とは、言わずもがな“丸誠紙業”の報告会のことである。

報告会で多楠の説明を聞いた署長の源田は、思わず田村や多楠に聞いた。

「この事案、本当に多楠調査官が1人でまとめたのかい? なぜ、新田調査官に手伝ってもらわなかったんだ?」

源田がいぶかるのも不思議ではない。
普通いくらデキる1年目調査官でも、実のところ、ここまでできる者はまずいないのだ。

ガラッパチ系でざっくばらんな源田は続けた。
「俺なんか、局の総務部が長いもんだから、調査に出てもまったく使い者にならんよ。ぜひ機会があったら多楠調査官に調査方法を教わらないといけないなぁ。」

と、さかんに多楠を褒めちぎる。そんな機会あるわけはないが、源田も今年の7月で定年退職の身である。税理士を開業するにしても、調査経験、特に会社の調査経験がないと、OB税理士としての迫力は少々辛いものがある。

一次会では、田村が酔った勢いでおどけながら源田署長のガラッパチ風の物言いのマネをした。安倍以下部門の皆が腹を抱えて大笑いした。

“俺なんか、局の総務部が長いもんだから~”

多楠が事績を挙げたことで、これだけ盛り上がってくれる上司や先輩たち。だが一方で、新田はニコリともせず、小泉は表情を崩していたがいつものように寡黙。

しかし、2次会でこの2人が主役に替わることになるのだった。

▼   ▲   ▼

上野駅で散会した面々のうち、新田と多楠、そしてこの日は小泉もタクシー乗り場に集合、すっかり酔いがまわった3人だったが、当たり前のように“スナックかわばた”へ向かった。

タクシーを降り、かわばたのドアを開けて店の中に入る。今日はほかの客はいない貸切り状態だ。3人を見て京子ママ、
「あら新田ちゃんとタクちゃん、いらっしゃい。あら“こいさん”まで一緒なの!?」

え! あの “鯉さん? 恋さん?”

前に京子ママが言っていた、このスナックに新田と仲良く一緒に来ていた“こいさん”とは、小泉のことだったのだ。

“確かに言われてみれば、“こいさん”と呼んでもおかしくはないけど・・・”

京子ママは続ける。
「こいさん、久しぶりね~。今日は皆さんおそろいで、いったいどうしたの?」

その“こいさん”が京子ママに言う。
「ママ、お久しぶり。僕は去年から新田さんと多楠君と、東上野税務署で同じ部門なんですよ。今日は多楠君が調査で手柄を立てたので、部門の皆でお祝いをしたんです。」

京子ママは“あら!それは良かった。”とうれしそうな顔をして多楠を見つめた。昨年11月、1人でしょんぼりして来たなんて野暮なことは一切触れず、新田と多楠の関係が修復したんだと思いながら
「やったわね、タクちゃん! 新田ちゃんの言うとおりにすれば間違いなく成績が上がるのよ。何しろ東京国税局で新田ちゃんより右に出る調査官はいないんですもの!」

そんな会話で盛り上がっていると、5分も経たないうちに、もう一人、強烈なメンバーが店にやって来た。

「やぁやぁやぁ。」

新田、小泉の元上司、澤村特別調査官(トッカン)であった。

店で待ち合わせをしていたかのような絶好のタイミングでやって来た澤村であったが、単なる偶然、鉢合わせのようだ。

すでにかなり酔っているらしく呂律が少々怪しい澤村
「よっ! 東上野の精鋭の皆さんがおそろいだね! おや珍しい、こいさんまで。」

小泉が照れくさそうに言う。
「澤村トッカン、ご無沙汰しております。相変わらずお元気そうで何よりです。」

少々目も座り気味の澤村
「元気? ちっとも元気じゃないよ。「是認」が3回も続いたんで、池袋の“前田屋”で憂さ晴らしをしてきた帰りさ。ハァー、「付き上席」のデキが悪いもんだから、本当は飲みながら説教をしたいところなんだけど、素直に言うことを聞くような奴じゃないし、飲みに誘っても、危険を察知して絶対来ない。仕方ないからトッカン同士でヤケ酒さ。」

税務調査で何も問題がなかったときのことを「是認」と言う。「付き上席」とは、特別調査官に部下として付いている上席調査官を指すのだ。

奥の席で4人と京子ママによるカラオケ大合戦が始まった。

新田と小泉は一次会とは別人のように飲み歌い、大声で話し始めた。やがて、新田と京子ママがデュエットを歌い始めたところで、澤村がこっそり多楠にたずねた。

「多楠君、何か良いことがあったのかな? ずいぶん盛り上がっているみたいだけど。」

これには多楠でなく、横で聞いていた小泉が答えた。

「多楠君が大きな事績を挙げたんです。 不正2,200万円、1年目調査官が、しかも自力で。それで今日、署長報告会があって、そのお祝いの二次会なんです。」

澤村は何やら思い出した風に
「東上野の署長? あぁ源さんね、局の会計課長だった。あの人は会計畑で局の総務部が長かったから、調査にはあまり詳しくないはずだ。源田さんはガラッパチだけど人柄も良いから説明はしやすいはずだよ。マルサやリョウチョウ出身の署長だと、知ったかぶりして何やかんやうるさいし、必ずと言っていいくらい、昔自分がやった事案の自慢話になるからな。」

国税局の経験も長い澤村、やたら局署幹部の人事に詳しい。多楠にとって源田署長はそんなに親しい間柄ではないが、澤村にあけすけに言われて、何と言っていいか言葉に窮した。

澤村は続ける。
「多楠君、このあいだ君に会ったとき、僕は言ったよね。“新田に必死に食らいついて行けば、必ず良いことがある”って。新田という男は、そういう奴なんだ。」

京子ママと同じようなことを言い出したが、ここで澤村の表情は一変、今度はこめかみに怒りを込めながら、人が変わったように
「ただ、上が新田をきちんと評価しないのが悪いんだ。残念でならない・・・」

▼   ▲   ▼

カラオケも一段落した後、今度は新田と澤村が話に夢中になっていた。京子ママも一人でやって来たなじみ客の相手をしている。

このタイミングで小泉は多楠を手招きして、店のカウンターへと誘った。

「多楠君、実は前から君に話しておきたかったことがあるんだ。良い機会だから、今話すね。」

「えっ・・・な、何の話ですか?」

そのあと小泉の口から出てきた話は、多楠の想像をはるかに超えるものだった。

それは、新田の過去だった。

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〔小説〕

『東上野税務署の多楠と新田』

~税務調査官の思考法~

【第12話】
(最終回)

「明かされた真実」

税理士 堀内 章典

 

前回までの主な登場人物》

多楠調査官
東上野税務署に入って2年目、今回初めて調査部門である法人課税第5部門に配属。

新田調査官
多楠の調査指導役、調査はできるが、なぜか多楠には冷たく当たる、近づきがたい先輩調査官。

田村統括官
法人課税第5部門の責任者である統括官、定年まであとわずか、小太りで好人物。

法人課税第5部門のメンバー
・三浦上席調査官(淡路の調査指導役)
・小泉調査官(調査経験4年目、寡黙な調査官)
・淡路調査官(多楠と同じ調査1年目の女性調査官)

 

多楠が見せた意地

前回までのあらすじ)

年明け、多楠調査官は株式会社丸誠紙業の調査に着手する。すし勢の雪辱を心に期す多楠は、一人果敢に丸誠の得意先に反面調査を実施するも、思ったような成果が挙がらない。不正が見つからず諦めかけていた多楠は、最後の反面先として選んだ三本木商会株式会社に臨場する。

  • 会社名:有限会社 丸誠紙業
  • 納税地:台東区上野4丁目(アメ横)
  • 社長:丸野 誠(78歳)
  • 専務:丸野 繁(45歳)、社長誠の娘婿
  • 業種:事務用品の業務用小売
  • 決算:9月決算
  • 売上:最終期 1億9,000万円
  • 申告所得:最終期 130万円の黒字
  • 税理士:三村一成

反面調査2日目、4時過ぎに臨場した三本木商会で、経理課長の峰岸から提示を受けた経費帳をさっそくチェックする多楠。手元にある丸誠の売上管理用Excel写しと入念に突合したが、すべての売上と経費帳の計上額が合致した。

“やはりダメか・・・丸誠は岩井上席が言うところの「例外の会社」だったのか。”

多楠はガックリと肩を落とした。

多楠がその場から引き上げようとカバンに手をかけたとき、峰岸がポツリ、
「そうそう、今見せた帳簿は第1営業部のもの。5年前にできた第2営業部も確か丸誠と取引があったはずだよ。確か4年ぐらい前からかなぁ。」
と記憶をたどるように話をした。

「えっ!」

驚く多楠、体内に稲妻が走ったような衝撃を受けた。

そしてこの峰岸の機転が、思わぬ展開をもたらすことになった。

▼   ▲   ▼

丸誠のExcelには毎月三本木商会の売上が計上されている。先ほど峰岸から提示された第1営業部の経費帳の計上額と丸誠の売上がすべて合致していることをすでに確認している。

“まだほかに売上があるというのか・・・”

心がはやる多楠であったが、肝心の峰岸は気になる発言をした後、事務室に戻ったきり一向に姿を現そうとしない。

イラ立つ多楠であったが、協力してもらっている以上、下手に事務室に踏み込んで不興を買い、協力を得られなくなったら元も子もなくなる。ここはひたすら我慢を決め込むと腹を決めた多楠であったが、5分が30分、10分が1時間にも感じていた。

やがて峰岸が帳簿を抱えてパーティション内に戻ってきた。

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連載目次

筆者紹介

堀内 章典

(ほりうち・あきのり)

税理士
株式会社SKC代表取締役
堀内税理士事務所所長
東京新宿相続サロン主宰

昭和54年3月学習院大学経済学部卒
昭和54年4月東京国税局採用
33年間、国税局及び税務署に勤務
税務署24年(うち特別国税調査官7年)
国税局資料調査課6年
税務大学校簿記会計担当教育官3年
平成24年9月税理士開業
株式会社SKC設立、現在に至る。

◆株式会社SKC&堀内税理士事務所公式サイト
http://skc.jp.net/
~会社の節税、税務調査対策情報が満載~

◆東京新宿相続サロン
http://souzoku-salon.net/
~相続税の節税、納税、税務調査対策情報が満載~

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