公開日: 2015/09/03 (掲載号:No.134)
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〔小説〕『東上野税務署の多楠と新田』~税務調査官の思考法~ 【第12話】「明かされた真実」

筆者: 堀内 章典

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新田調査官の過去

澤村が統括官、部下に新田、小泉調査官がいた当時の三田税務署の特調部門は、国税局管内でもダントツ1位の事績を挙げた部門であった。素晴らしい事績を挙げた新田は、その年の異動で国税局の法人課税課に行くのではと、もっぱらの噂だった。

しかしその結果は、残留。

理由は不明。澤村は墨田税務署の法人課税第1統括官に栄転、小泉も渋谷西税務署の総務課に異動した。

部門に残った新田は翌年も素晴らしい事績を挙げ、国税局入りが確実視されていたが、ここで事件に遭遇する。

2月に着手した不動産会社の事案でトラブルが発生。
この会社の女性社員が、自殺したのである。

当時新田は、その会社の調査で給与がおかしいと目をつけ、徹底的に調べ上げた。新田は勤務実態のない、社長より30歳も若い女性社員に給与を支払っていることを発見したのだ。実はその女性社員、社長の特殊関係人(つまり愛人)であった。

結局、架空の給与ということで事案は終了したが、その社員の存在が社長の妻に発覚し、妻は厳しくその女性を追及、大学生や高校生など多感な社長の子供たちを巻き込んで家庭内トラブルへと発展した。その挙句、女性は自殺したそうだ。

本来であれば、新田は調査で不正を見つけただけで、直接このトラブルには関係ないはずだが、社長が新田を逆恨みして、三田署の幹部にプレッシャーをかけてきた。そのような事態において、幹部は慌てることなく冷静に対応すればよかったのだが、社長が知合いの代議士に話を入れるという脅しに屈して結局謝罪。新田の栄転は取り消されてしまった。

多楠が先ほど見た澤村の怒りは、この当時を思い出してのものだったのだ。

さらに時を同じくして、プライベートで新田と妻の確執がピークに達しており、子供の親権をめぐる離婚調停と重なっている時期だった。小泉は離婚の理由について語ろうとしなかったが、結局公私ともにダメージを受けた新田は2年間、築地署の特調部門で待機、ほとぼりが冷めたころ国税局に送り込むという内々の約束で、事態の収拾が図られたのだった。

しかし、2年経っても新田は国税局に異動しなかった。

その理由は、その当時の担当統括官と折り合いが悪かったせいだ。

小泉が言う。
「だから一昨年、東上野署、しかも特調部門でなく一般部門に配属になったことで、新田君の怒りはピークに達したようだ。「約束が違う」って。悪いことに、いつもひょうきんな田村統括との組み合わせも良くなかったと聞いている。」

昨年の7月、東上野署に転勤した小泉が久しぶりに見た新田は、全くの別人のようになっていた。かなり荒れていたのだ。

見かねた小泉は、昔の上司である澤村に相談をした。

幸い澤村と安倍副署長は昔、リョウチョウで主査と実査官のコンビとなって一緒に仕事をしており、かなりの事績を挙げた間柄であった。

またこれも偶然だが、リョウチョウの主査になる前年、澤村が国税局の実査官から小岩税務署の新任統括官に昇任した時、隣の部門の統括官が田村で、その頃すでに統括官7年目だったベテランの田村に澤村はいろいろと教えを乞い、それ以来の飲み友達で大の仲良しとの情報をつかんだのだ。

小泉は新田の近況を異動直後、澤村に伝え、その後、澤村が安倍と田村に手をまわしたようである。どおりで昨年あれだけ口論ばかりしていた田村と新田が、今年は1回もぶつかっていない。

▼   ▲   ▼

“なるほど・・・新田さんにはそんな過去があり、小泉さんはそんな新田さんのことを思いやって、澤村トッカンを動かしたんだ。”

“なんとその3人が偶然、『スナックかわばた』に集まるなんて。”

小泉はさらに多楠に言った。
「去年の7月、新田君は僕にこうも言った。」

『久々に活きの良い、若い奴と組むことになった。』

『昔の自分を見ているような生意気な奴だけど、見どころがありそうだ。ああいう生意気な奴こそ、伸びシロがあるんだ。』

『アイツとなら、面白い調査ができそうだ。』

多楠は言葉が出なかった。

“京子ママの言うとおり、新田さんは僕に好意というか、それ以上の思いを持っていたんだ・・・”

そして小泉はきっぱりと言った。
「僕は信じている。新田君が立ち直るきっかけを作ったのは多楠君、君とペアを組んだからだ。新田君は少しずつ、昔の彼に戻りつつある。」

意外な真実が明らかになった。

▼   ▲   ▼

その晩、京成電車に揺られ、夜遅く帰宅したが、多楠は興奮のあまり眠ることができなかった、というより眠くならなかった。

去年7月、念願の調査部門に配属になったものの、言葉少なくやたら厳しい新田と組むことになり、毎日が憂鬱で仕方がなかった。新田の調査振りには目を見張るものがあったが、新田は調査に同行しても、多楠に対しては調査について何ひとつ教えようとしない。

“いったいこの人は何なんだ?”

そう多楠が思うのも当然である。そしてすし勢の事件。今思えば、あのときが一番苦しい時期だった。今はどうだろう。それらの出来事ははるか昔の懐かしい思い出になりつつある。

そして丸誠の事案で、多楠は1年生ながら調査官の意地を見せた。
新田のおかげで多楠は、「一人の調査官」として歩み始めることができたのだ。

人と人が織りなす生き様は、何とドラマチックで逆説的なドラマを生み出すのだろう。禍福はあざなえる縄のごとしともいう。

まさか苦しい境遇の新田に立ち直りのきっかけを作ったのは紛れもない、新人で右も左もよくわからない、未熟で生意気な、自分だったとは。

▼   ▲   ▼

多楠は自宅近くのいつもの散歩道を“キチ”と“ララ”と歩きながら、心の内で思った。多楠の今の部門への配属を決めたのは安倍副署長だが、それはまったくの偶然だ。部門がこのような組織になるなんて、さすがの安倍もそこまで読んでいたわけではないであろう。小泉の心遣いもあったが、まさに運としか言いようがない。

“しかし、5部門に配属になって本当に良かった。”

多楠は感じた。良い上司、先輩たちに囲まれて自分は幸せだと。ユーモアたっぷりの田村、温厚で思いやりのある小泉、いつも話相手になってくれる美形の人妻淡路、そして厳しい敏腕調査官新田。そんな皆への感謝の気持ちが湧き出してやまない。

安倍、田村、小泉そして新田も気づいているが、多楠はまだ気づいていない。

1年足らずの間に他の1年目調査官の誰よりも多楠が成長していることを。

「調査」というものについて一切語ることがなかった新田とのコンビが、多楠に化学反応ともいえる劇的な成長をもたらしたことを。

そして、新田さえもまだ気づいていないことがあった。

多楠との化学反応は、腐りかけていた新田を心の闇から解放させ、諦めかけていた次の大きな飛躍が間近に迫っていることを。

多楠は数えきれないくらいたくさんの失敗をした。部門の皆にも迷惑をかけ、一方でお世話にもなった。しかし、新田と一緒に調査をすることで、多楠自身が考え、行動する癖が自然に身についていたのだ。そして三本木商会の峰岸経理課長がもたらしたラッキーもあったが、年明けついに、すし勢の雪辱も果たした。

「一人前の調査官になるには、もっともっといろいろなことを学ばなければならない。よし!これからも奢らずに、気を引き締めて頑張るぞ!」

わがままな子犬たち“キチとララ”に引っ張られながら、心も新たに誓う多楠がそこに立っていた。

(終わり)

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

〔小説〕

『東上野税務署の多楠と新田』

~税務調査官の思考法~

【第12話】
(最終回)

「明かされた真実」

税理士 堀内 章典

 

前回までの主な登場人物》

多楠調査官
東上野税務署に入って2年目、今回初めて調査部門である法人課税第5部門に配属。

新田調査官
多楠の調査指導役、調査はできるが、なぜか多楠には冷たく当たる、近づきがたい先輩調査官。

田村統括官
法人課税第5部門の責任者である統括官、定年まであとわずか、小太りで好人物。

法人課税第5部門のメンバー
・三浦上席調査官(淡路の調査指導役)
・小泉調査官(調査経験4年目、寡黙な調査官)
・淡路調査官(多楠と同じ調査1年目の女性調査官)

 

多楠が見せた意地

前回までのあらすじ)

年明け、多楠調査官は株式会社丸誠紙業の調査に着手する。すし勢の雪辱を心に期す多楠は、一人果敢に丸誠の得意先に反面調査を実施するも、思ったような成果が挙がらない。不正が見つからず諦めかけていた多楠は、最後の反面先として選んだ三本木商会株式会社に臨場する。

  • 会社名:有限会社 丸誠紙業
  • 納税地:台東区上野4丁目(アメ横)
  • 社長:丸野 誠(78歳)
  • 専務:丸野 繁(45歳)、社長誠の娘婿
  • 業種:事務用品の業務用小売
  • 決算:9月決算
  • 売上:最終期 1億9,000万円
  • 申告所得:最終期 130万円の黒字
  • 税理士:三村一成

反面調査2日目、4時過ぎに臨場した三本木商会で、経理課長の峰岸から提示を受けた経費帳をさっそくチェックする多楠。手元にある丸誠の売上管理用Excel写しと入念に突合したが、すべての売上と経費帳の計上額が合致した。

“やはりダメか・・・丸誠は岩井上席が言うところの「例外の会社」だったのか。”

多楠はガックリと肩を落とした。

多楠がその場から引き上げようとカバンに手をかけたとき、峰岸がポツリ、
「そうそう、今見せた帳簿は第1営業部のもの。5年前にできた第2営業部も確か丸誠と取引があったはずだよ。確か4年ぐらい前からかなぁ。」
と記憶をたどるように話をした。

「えっ!」

驚く多楠、体内に稲妻が走ったような衝撃を受けた。

そしてこの峰岸の機転が、思わぬ展開をもたらすことになった。

▼   ▲   ▼

丸誠のExcelには毎月三本木商会の売上が計上されている。先ほど峰岸から提示された第1営業部の経費帳の計上額と丸誠の売上がすべて合致していることをすでに確認している。

“まだほかに売上があるというのか・・・”

心がはやる多楠であったが、肝心の峰岸は気になる発言をした後、事務室に戻ったきり一向に姿を現そうとしない。

イラ立つ多楠であったが、協力してもらっている以上、下手に事務室に踏み込んで不興を買い、協力を得られなくなったら元も子もなくなる。ここはひたすら我慢を決め込むと腹を決めた多楠であったが、5分が30分、10分が1時間にも感じていた。

やがて峰岸が帳簿を抱えてパーティション内に戻ってきた。

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連載目次

筆者紹介

堀内 章典

(ほりうち・あきのり)

税理士
株式会社SKC代表取締役
堀内税理士事務所所長
東京新宿相続サロン主宰

昭和54年3月学習院大学経済学部卒
昭和54年4月東京国税局採用
33年間、国税局及び税務署に勤務
税務署24年(うち特別国税調査官7年)
国税局資料調査課6年
税務大学校簿記会計担当教育官3年
平成24年9月税理士開業
株式会社SKC設立、現在に至る。

◆株式会社SKC&堀内税理士事務所公式サイト
http://skc.jp.net/
~会社の節税、税務調査対策情報が満載~

◆東京新宿相続サロン
http://souzoku-salon.net/
~相続税の節税、納税、税務調査対策情報が満載~

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