公開日: 2015/02/05 (掲載号:No.105)
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〔小説〕『東上野税務署の多楠と新田』~税務調査官の思考法~ 【第5話】「単独調査」

筆者: 堀内 章典

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危険な調査先

多楠が調査に行くことになった株式会社関東貿易商会の概要は次のとおりである。

  • 会社名:株式会社関東貿易商会
  • 社長:武淵逸男(48歳)
  • 業種:バッグ、革製品輸入販売
  • 決算:3月決算
  • 売上(最終期):1億8,000万円
  • 申告所得(最終期):800万円
  • 税理士:鷺沼信雄(非OB、試験組)
  • BS上やたら手形が多く資金繰りが悪いようだ。ここ5年間で売上は緩やかな右肩上がり、毎年申告所得500~800万円とそこそこの業績をあげている。

いよいよ初めての単独調査が始まった。

調査初日、多楠調査官は10時に会社へ着くと、1階の小さなショールームの横から奥の会議室に案内され、緊張する面持ちで部屋に入った。

そこにはすでに社長の武淵、経理部長の吉本、税理士の鷺沼が多楠を待っていた。

名刺交換、そしてしばし雑談をした後、小柄であまり顔色が良くない社長の武淵が勢いよく話し始めた。

「弊社はカバンや革製品の輸入販売を行っています。設立5期目の新しい会社なのでまだあまり信用がありません。ですから輸入をする際、代金を前払して製品を仕入れています。先に支払いがあるので資金繰りがあまりよくないのです。」

ひと呼吸おいた武淵は、少し声を落として言った。

「・・・多楠調査官、ここからは秘密です。気心の知れた業者仲間と手形のやり取りをしてお金の工面をしています。いわゆる“融通手形”です。このことが銀行に知れたら取引停止になってしまうので、絶対に口外しないでください。」

“しない、しない!!”

と言わんばかりに慌ててうなずく多楠

“確か『融通手形』は大学の簿記会計で習ったはずだ。お互いに手形を振り出し合い、銀行で割り引く危険な手形。まさか初めての税務調査でそんな危ない手形に遭遇するなんて!”

武淵は話し続ける。

「毎回何千万円も前払いしてイタリアやフランスから空輸されてきたコンテナの中身を見るときが一番心臓に良くない。相手先は弊社より信用はあるのですが、万が一コンテナの中身が空だったりまがい物であった場合、弊社は即・・・倒産です。」

武淵から発せられる言葉には、何回もきわどい取引をやっている当事者しか出し得ない緊迫した重みがあった。さらに眉間に深いしわを寄せ話し続ける。

「毎月末、一般の手形と融通手形で2,000万円から3,000万円の手形の決済があります。12月や3月末はその倍くらいになります。今までは何とかピンチを乗り越えてきましたが、今後どうなるかわかりません。資金の手当てがつかず、夜も眠れないときもあります。崖から誤って足を滑らせるか、もうこれまでと諦めて自ら崖から飛び降りるか・・・」

多楠は心の内で叫んだ。

“おいおい、そんな物騒な話は止めてくれ!初めての調査で大変な所に来てしまった!”

“でも、これって調査を何とか逃れようとする芝居なのか?いやいや、この社長、決して嘘は言っていない!”

武淵は多楠の顔をじっと見つめ、少し間をおいて、ゆっくり言った。

「なので私は・・・」

(続く)

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

〔小説〕『東上野税務署の多楠と新田』は、毎月第1週に掲載されます。

〔小説〕

『東上野税務署の多楠と新田』

~税務調査官の思考法~

【第5話】

「単独調査」

税理士 堀内 章典

 

前回までの主な登場人物》

多楠調査官
東上野税務署に入って2年目、今回初めて調査部門である法人課税第5部門に配属。

新田調査官
多楠の調査指導役、調査はできるが、なぜか多楠には冷たく当たる、近づきがたい先輩調査官。

田村統括官
法人課税第5部門の責任者である統括官、定年まであとわずか、小太りで好人物。

法人課税第5部門のメンバー
・三浦上席調査官(淡路の調査指導役)
・小泉調査官(調査経験4年目、寡黙な調査官)
・淡路調査官(多楠と同じ調査1年目の女性調査官)

 

孤独な調査官

前回までのあらすじ)

新人調査官である多楠は、新田が調査指導役として自分に何も教えてくれないのは、異動直後から毛嫌いされているからだと思い込んでいる。

その後、多楠は有限会社金杉商店の法人税調査において、新田の神業的な調査を目の当たりにした。“よし、新田さんが教えてくれないなら自分から新田さんの調査のやり方を盗んでやろう”と決意する多楠であった。

 

「“できる調査官”のオーラ、か・・・」

カーブの多い京成電車に揺られ、町屋税務署での調査1年目研修を終えて帰宅する多楠は、つり革につかまり外の景色を見ている。

金杉商店の調査から1月ほど経った10月半ば、城東ブロックの税務署数署が持ち回りで行う調査1年目研修も上期は今日の町屋署で終了、年明けに行う1年目調査官各人が実際に調査した事案を持ち寄る発表会を残すのみとなっていた。

多楠は同じ部門で調査1年目の女性調査官淡路と今日昼食を共にしたときの会話を思い出していた。

▼   ▲   ▼

「多楠君も大変よね。新田さんと多楠君が会話をしているの見たことないもの。」

小顔で細い眉をひそめながら、淡路がテーブルを挟んで対面の多楠にささやく。2人は食事を終えコーヒーを飲んでいた。

「新田さんとは異動してから何回くらい話をしたの?」

笑いながら多楠
「さすがに何回ということはないけど、もう少し話をしてほしいというか・・・。正直いろいろ教えてほしいですよね。」

淡路
「そうよね。金杉では大きな不正を出したんでしょう。新田さんって、自慢はしないけど“できる調査官”のオーラは何となく感じるわよね。もっともっと多楠君に教えるべき調査のノウハウを持っていると思うんだけど。」

多楠は黙ってコーヒーを飲んだ。

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連載目次

筆者紹介

堀内 章典

(ほりうち・あきのり)

税理士
株式会社SKC代表取締役
堀内税理士事務所所長
東京新宿相続サロン主宰

昭和54年3月学習院大学経済学部卒
昭和54年4月東京国税局採用
33年間、国税局及び税務署に勤務
税務署24年(うち特別国税調査官7年)
国税局資料調査課6年
税務大学校簿記会計担当教育官3年
平成24年9月税理士開業
株式会社SKC設立、現在に至る。

◆株式会社SKC&堀内税理士事務所公式サイト
http://skc.jp.net/
~会社の節税、税務調査対策情報が満載~

◆東京新宿相続サロン
http://souzoku-salon.net/
~相続税の節税、納税、税務調査対策情報が満載~

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