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〈Q&A〉税理士のための成年後見実務 【第31回】「本人が亡くなったら?」

〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第31回】 「本人が亡くなったら?」   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   【Q】 成年後見人として業務を行ってきましたが、本人の体調が悪化し残念ながらあまり長くないと医師から連絡がありました。 本人が亡くなるとどのようなことをしなければならないのでしょうか。 【A】 原則として成年後見人の権限は本人の死亡により消滅します。 あとは死亡時点での財産目録を作成し、東京法務局へ終了の登記を申請、財産を相続人に引き渡し、家庭裁判所に報告を行えば業務完了となります。 ただし、実際には本人の死亡後に発生する様々な事務を成年後見人が担わなければならないケースが多く、頭を悩ませることになります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 本人が死亡すれば原則として業務が終わる 成年後見人の権限は本人の死亡により消滅します。成年後見人であった者としては、死亡時点の財産目録を作成し、東京法務局への後見の終了の登記申請、相続人への財産の引き渡し、家庭裁判所への報告を行えば業務が終了します。 本人の遺体の引き取りや、火葬や葬儀の手配、病院代などの債務の支払いの仕事は本来相続人が行うことです。しかし、相続人と連絡が取れない、あるいは連絡は取れても協力的でないケースも少なくないため、事実上本人の死亡直後に発生する様々な事務を成年後見人が担う必要に迫られることがあります。   2 事務を行う法的根拠 成年後見人が本人の死亡後に発生する事務を担うといっても、成年後見人ではなくなっているため、どのような根拠で事務にあたっているのかを理解しておく必要があります。 成年後見の実務では、民法上の「事務管理」(民法697条~702条)と委任契約における「応急処分義務」(民法654条、874条において後見に準用)に根拠を求めて死後事務が行われてきました。 「事務管理」とは、依頼を受けるなどして義務が生じているわけでないけれども、他人の事務を始めたケースに適用される規定です。事務管理の規定が適用される事例としてよく紹介されるのは、隣家の留守中に窓ガラスが破損した場合に、親切心で補修をしてあげた場合などがあります。事務管理の規定のなかでは、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務管理を行い、本人またはその相続人もしくは法定代理人が管理をすることができるようになるまで、事務管理を継続しなければならないとされています。 「応急処分義務」とは、委任が終了した場合において急迫の事情があるときは、受任者が委任者やその相続人等が事務処理を行えるようになるまで必要な対応をとることを義務付けている規定です。委任契約に関する規定ですが、後見人にも準用がされています。 実務の現場ではこれらの規定を根拠に試行錯誤しながら対応が行われてきましたが、正面から成年後見人が行う死後事務について定めた規定ではないため、根拠として弱い面があることは否めませんでした。善意で対応したにもかかわらず、のちに相続人から権限外の行為であるとしてクレームを言われるリスクにも慎重に気を配る必要がありました。 そこでこうした状況を改善するため法律が改正され、以下に定める死後事務については成年後見人の権限に含まれることが明記されました。 【民法で定められた成年後見人の死後事務(民法873条の2)】 ① 個々の相続財産の保存に必要な行為 ② 弁済期が到来した債務の弁済 ③ 死体の火葬または埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為 ①の「個々の相続財産の保存に必要な行為」の具体例としては、本人が所有していた不動産に雨漏りが生じている場合に修繕することが挙げられます。 ②の「弁済期が到来した債務の弁済」の具体例としては、本人が入院していた病院の費用の支払いや、公共料金の支払いが挙げられます。 ③の「死体の火葬または埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為」の具体例としては、明記されている遺体の火葬に関する契約の締結のほか、本人の居室に関する電気やガスの契約の解約が挙げられます。 ただし、成年後見人がこれらの死後事務を行うためには、(ⅰ)成年後見人が死後事務を行う必要があること、(ⅱ)相続人が相続財産を管理することができる状態に至っていないこと、(ⅲ)成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかな場合でないこと、という要件を満たしている必要があります。③の「死体の火葬または埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為」を行うためには家庭裁判所の許可が必要とされていることにも注意が必要です。 なお、この規定は成年後見人を対象にしたものであり、保佐や補助には適用がありません。 (了)
#672(掲載号)
#北詰 健太郎
2026/06/11
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PJ Bookmark-June 2026- 「税務調査への『備え』、どこから手をつけますか?」

B PJ Bookmark ── June 2026 ── ◇ 税務調査への『備え』、 どこから手をつけますか? 7月は税務署の事務年度の始まりであり、税務調査が本格化する時期です。調査の連絡はある日突然やってきますが、そのときになって慌てるのではなく、日頃からの備えが結果を左右するのかもしれません。 今回は「税務調査への備え」をテーマに、調査の全体像から日常業務で気をつけたいポイントまで、5本の記事をご紹介します。   〇 税務調査に備えて、何を確認しておくか   税務調査への備えといっても、まず調査がどのような流れで行われるのかを把握していなければ、準備の方向は定まりません。相続税の調査を例に、事前通知から実地調査、終了手続までの流れと近年の動向を確認しておくことは、法人税の調査への備えにも通じるところがあります →1本目。 経営 事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第46回】「相続税の税務調査の流れと最近の動向」 執筆:太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会 相続税の税務調査について、事前調査の段階で税務当局が何を確認しているか、実地調査ではどのようなことが聞かれるかを、相談事例を通じて解説した記事です。実地調査の非違割合が8割を超える高水準にあること、富裕層プロジェクトチームや海外資産への調査強化の動向なども紹介されており、相続税に限らず「税務当局がどのような視点で調査先を選定するか」を知る手がかりになります。相続案件を扱う機会がある方だけでなく、調査の全体像を把握しておきたい方にも参考になる内容です。 この記事を読む 調査の流れを知ったうえで、次に押さえておきたいのは、調査官が行使する質問検査権の法的な位置づけです。国税通則法における「調査」の単位はどう画されるのか、一度終わった調査が再開されるのはどのような場合か、こうした論点を整理しておくと、調査の場面で冷静に判断する手がかりになります →2本目。 税務 〔弁護士目線でみた〕実務に活かす国税通則法 【第2回】「改めて『税務調査とは何か』を理解する」 執筆:下尾裕 弁護士 「税務調査とは何か」という問いを、国税通則法の条文と通達に即して整理した記事です。国税通則法上の「調査」は質問検査権の行使と位置づけられ、一般にイメージされる「実地の調査」はその一態様にすぎないこと、「調査」の単位は「納税義務者・税目・期間」の3つで画されること、再調査制限規定はどこまで及ぶのかといった論点が、2つの具体事例をもとに解説されています。再調査が認められる「新たに得られた情報」の解釈など、実務で争点になりうる場面については筆者の私見も示されており、税務調査の法的な枠組みを改めて整理しておきたいときの手がかりになりそうです。 この記事を読む 制度の理解と並行して考えたいのが、そもそも臨場調査を受けないための予防策です。書面添付制度を徹底して活用することで、意見聴取の段階で調査が終了するケースもあり、税理士と税務当局の協力関係を前提とした制度として改めて検討してみる余地がありそうです →3本目。 税務 〔書面添付を活かした〕税務調査を受けないためのポイント 【第1回】「税務調査が来ない企業とは」 執筆:田島龍一 公認会計士・税理士 書面添付制度を徹底活用することでクライアントがほとんど税務調査を受けていないという、中堅税理士事務所の事例を紹介しながら、「税務調査が来ない企業」はどのように育てられているのかを考察した記事です。金額の重要性が乏しいものも手を抜かず処理しておくこと、書面添付によって税務職員の疑問を事前に解消することで、意見聴取の段階で調査が終了するケースがあることが示されています。書面添付は虚偽記載があれば罰則の対象となるため慎重な運用が求められますが、税務調査の予防策として書面添付を改めて位置づける際の入り口になりそうです。 この記事を読む 調査を受けた後の事後対応も見逃せません。過年度の申告漏れを指摘されて修正申告を行った場合、指摘事項が過去の誤謬に起因するものか、税務署との見解の相違によるものかで会計処理の方向が分かれます。遡及処理(修正再表示)や訂正報告書の提出が必要かどうか、判断の流れを確認しておきたいところです →4本目。 会計 〔経営上の発生事象で考える〕会計実務のポイント 【第6回】「税務調査により過年度の申告漏れについて修正申告を行った場合」 執筆:仰星監査法人 渡邉徹 公認会計士・永井智恵 日本公認会計士協会準会員 税務調査で過年度の申告漏れを指摘され修正申告を行った際に、会計上どのような処理が必要になるかを、上場企業を想定した事例を通じて整理した記事です。出発点は「指摘事項が過去の誤謬に起因するものか、税務署との見解の相違か」の判断で、前者であれば遡及処理(修正再表示)や訂正報告書の提出、後者であれば過年度法人税等の計上へと分岐する流れが、キャビネットの耐用年数を題材とした具体例とフローチャートで示されています。巻末のチェックリストは、修正申告を受け入れる判断を顧問先と共有する場面でも役立ちそうです。 この記事を読む そして、調査当日だけでなく、日常の記帳業務にも落とし穴があります。会計ソフトで仕訳を修正する際の操作ひとつで、悪意がなくても隠蔽又は仮装を疑われる可能性があるという点は、オンラインツールの利用が進むなかで改めて意識しておきたいポイントです →5本目。 税務 《税務必敗法》 【第7回】「振替伝票を削除した」 執筆:森智幸 公認会計士・税理士 仕訳を修正する際に振替伝票を削除してしまうと、たとえ悪意がなくても隠蔽又は仮装を疑われる可能性がある。この問題を、会計ソフトの操作レベルから実務的に解説した記事です。削除や上書き修正によって生じる5つの問題点(隠蔽・仮装の疑義、修正過程の不明化、過去の試算表との不整合、顧問先からの信用失墜、不正の温床化)が整理されており、対策としてのロック機能の活用や優良な電子帳簿への移行も紹介されています。国税庁がオンラインツールの利用を進めていることにも触れられており、帳簿データの取扱いをスタッフや顧問先に指導する際の材料としても活用できる内容です。 この記事を読む Afterword 今回は「税務調査への備え」を切り口に5本の記事をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。プロフェッションジャーナルには税務調査に関する記事がこのほかにもたくさん掲載されています。今回紹介できませんでしたが、米澤勝税理士・公認不正検査士(CFE)の連載「企業不正と税務調査」なども面白い記事がたくさん掲載されていますので、ぜひご一読ください。 Profession Journal (了)
#672(掲載号)
#Profession Journal 編集部
2026/06/11
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《速報解説》 国税庁、R8改正における基礎控除の引上げ等のQ&Aを公表~令和8年12月以後の源泉徴収事務に関する事項を取りまとめ~

《速報解説》 国税庁、R8改正における基礎控除の引上げ等のQ&Aを公表 ~令和8年12月以後の源泉徴収事務に関する事項を取りまとめ~   公認会計士・税理士 篠藤 敦子   5月29日、国税庁より「令和8年度税制改正(所得税の基礎控除の引上げ等関係)Q&A」が公表された。 令和8年度税制改正では、所得税の基礎控除の引上げ、給与所得控除の最低保障額の引上げ及び扶養親族等の所得要件の改正が行われている。本Q&Aには、これらの改正のうち令和8年12月に行う年末調整など、令和8年12月以後の源泉徴収事務に関する事項がまとめられている。 なお、所得税の基礎控除の引上げその他の改正内容の詳細は、下記拙稿をご参照いただきたい。 以下、本Q&Aに記載されているもののうち、本稿では、実務上のポイントとなるものを取り上げ、解説を行う。   (1) 改正事項の適用時期(Q1-1) 以下の改正事項は、令和8年分以後の所得税に適用されるが、法律の施行日は令和8年12月1日である。 よって、これらの改正事項は、令和8年11月までの給与の源泉徴収事務には影響を及ぼさない。令和8年12月1日以後に行う年末調整の際に適用することとなる。 なお、年末調整は、その年最後の給与等の支払の際に行うこととされているため、死亡退職や海外転勤等により令和8年分の最後の給与等が令和8年11月30日以前に支払われる場合には、その年末調整において①から③の改正内容は適用されない(※)(Q1-3)。 (※) 確定申告等により改正後の控除等の適用を受けることができる(Q6-1~6-3)。   (2) 年末調整関係書類の記載事項(Q2-1~2-4) 上記(1)の①②③の改正は令和8年12月1日に施行されるため、令和8年12月1日以後に行われる年末調整にかかる関係書類については、次の対応が必要となる。 ① 扶養控除等申告書 上記(1)の②及び③の改正により、新たに扶養控除等の対象となる扶養親族等を有することとなった場合には、その旨を記載した「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」(以下、「扶養控除等申告書」という)を給与支払者に提出する必要がある。この場合には、扶養控除等申告書の「異動月日及び事由」欄に「令和8年12月1日 改正」などと記載する。 ② 基礎控除申告書 合計所得金額に応じた改正後の基礎控除額を記載する。 ③ 配偶者控除等申告書 配偶者に給与所得がある場合には、改正後の給与所得控除額を適用した合計所得金額を算出し、その合計所得金額に応じた配偶者(特別)控除額を記載する。 ④ 特定親族特別控除申告書 特定親族に給与所得がある場合には、改正後の給与所得控除額を適用した合計所得金額を算出し、その合計所得金額に応じた特定親族特別控除額を記載する。   (3) 令和9年1月以後の源泉徴収事務(Q1-1) 令和8年度税制改正事項を反映した「源泉徴収税額表」の改正は、令和9年1月1日に施行される。よって、改正後の「源泉徴収税額表」は、令和9年1月1日以後に支払うべき給与等から適用される。 (了)
#篠藤 敦子
2026/06/09
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《速報解説》 非上場株式評価改正に係る第3回有識者会議が開催~日本商工会議所・日本税理士会連合会・会計学者(櫻井委員)の三者三様の視点~

 《速報解説》 非上場株式評価改正に係る第3回有識者会議が開催 ~日本商工会議所・日本税理士会連合会・会計学者(櫻井委員)の三者三様の視点~   税理士 柴田 健次   国税庁は令和8年6月4日、「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の第3回を開催し、その資料が公開された。   1 はじめに 第1回有識者会議が評価額の著しいかい離の実態整理と圧縮スキームの開示に、第2回有識者会議が学術・実務家による評価通達本体への根本的問題提起に充てられたのに対し、第3回有識者会議では、日本商工会議所、日本税理士会連合会、櫻井久勝委員(昭和女子大学グローバルビジネス学部特命教授・神戸大学名誉教授)の3者からの提出資料を中心に、中小企業の立場・実務家の視点・会計学の理論という三者三様の観点から議論がなされた。本稿では、各提出資料の要点を整理し、第3回会議で明らかになった論点を読み解く。   2 日本商工会議所-中小企業の立場からの提言 日本商工会議所は、阿部貴明特別顧問・税制委員長(丸源飲料工業株式会社代表取締役社長)と玉越賢治税制専門委員会学識委員(税理士法人ゆいアドバイザーズ代表社員)の連名で提出資料を提示した。中小企業がわが国の企業数の99.7%、雇用の約7割を担い、地域経済の中核的存在となっているという基本認識のもと、中小企業の現場からの強い問題意識が示された。 基本的考え方として、「中小企業の株式を相続する際、ゴーイングコンサーンとして存在しているにも関わらず、解散価値で評価されることは大きな問題である」「中小企業は地域経済を支える公器である」とし、「『中小企業の円滑な事業承継』の視点を最も重要視すべき」と強調された。他方、「租税回避を目的とした極端な事例に対しては、徹底的な対策を講じるべき」とし、「こうした極端な事例と一般の事例とは明確に区別して議論すべき」とも指摘された。 特に注目すべきは、第2回会議までで指摘された「評価通達による評価額と時価との著しいかい離」への対応について、商工会議所は次のような独自の解決方向を提示した点である。すなわち、「会計検査院報告における評価方法の違いによる価額の乖離については、むしろ割高となっている純資産価額方式について、在庫等の換価コストを加味した評価減や退職給付引当金・賞与引当金等の計上を認めることなどによる評価額の引下げにより対応すべき」とした。これは類似業種比準方式の評価額を引き上げる方向ではなく、純資産価額方式の評価額を引き下げる方向で乖離を是正すべきという、第2回会議までの議論とは方向性を異にする主張である。 時価概念についても、「『時価』とは、通常『不特定多数で成立する価格』のことであり、取引相場のない株式の取引は、不特定多数で成立するものはないことを重視すべき」とし、「事業承継の場面における取引相場のない株式の価格を、解散価値で評価することに大きな違和感」が表明された。さらに、上場企業においても「PBR1倍割れ」が常態化していることから、「将来の収益性が資本コストを賄えない場合に、時価(企業の解散価値)が純資産を下回ることは経済学的に正当な結果」であることを裏付けるとの指摘もなされた。 また、2025年以降の日経平均株価が会計検査院による調査期間と比較して2倍以上に上昇していることから、「類似業種比準方式における評価額と純資産価額方式における評価額との乖離は、縮小していると推測される」との分析も示された。 結論として、「事業承継税制の特例措置を拡充・恒久化したうえで、事業承継に悩む全ての中小企業が低コストで簡便に利用できるよう、猶予・免除のあり方や評価減も含め、制度の見直しが不可欠。一方的に評価方法のみを議論することには断固反対」とし、「円滑な事業承継の促進には評価と措置の両方からの支援が必要不可欠」と明確に主張された。   3 日本税理士会連合会-客観的交換価値の追求と実務的課題 日本税理士会連合会調査研究部は、令和7年6月25日付け「令和8年度税制改正に関する建議書」を踏まえ、「客観的交換価値の追求(実際の取引で用いられる算定方法や実例を重視する)」を基本方針として提出資料を提示した。建議書では3点が指摘されている。すなわち、①継続企業の前提(換金性が乏しいことのほか、通常、株式取得者は事業を継続することから、継続企業を前提とした評価の在り方について併せて考慮すべき)、②会社実態の適正な反映(純資産価額方式について確実な退職給付債務や資産除去債務等を負っている場合の一定の控除、類似業種比準方式における非経常的な損失金額の計上等の恣意性への留意、比準要素数1の会社等の特殊な評価方法の見直し)、③納税者の予測可能性の担保(評価通達6項の多用は予測可能性を損なうため、財産評価方法の不断の見直しが必要)の3点である。 実務的に困っている点として、6項目が指摘された。まず第1に「類似業種比準価額と純資産価額の評価の乖離」が指摘された。具体的には、「取引相場のない株式の評価上の区分(評価通達178)の大会社と中会社で評価が逆転(大会社の評価<中会社の評価)するケースがある」「『会社規模が小さくなったが評価が上昇した』というような場合も散見」され、「納税者の理解が得られ難い」状況が明示された。 また、「評価乖離が節税スキーム開発を誘発し、財産評価基本通達『総則6項』の適用を巡る争訟が激化している(令和4年4月19日最高裁判決以降顕著)」として、仙台薬局事件、配当・増資の実施事案、決算期変更と配当事案が下記のとおり表形式で整理された。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年6月4日(第3回)日本税理士会連合会調査研究部提出資料」の3頁より抜粋 第2に、「算定作業の過度な負担と複雑性」が指摘された。「大会社以外の中会社・小会社では純資産価額の算定が必要」であり、「評価の都度、膨大な資料収集が必要」「特に中・小会社ほど相対的な手間とコストが甚大」「純資産価額が限度額となる仕組みが負担を助長」する状況である。さらに、類似業種比準価額算定でも「評価会社がどの類似業種に該当するかの判定が極めて困難」「業種判定誤りによる重大な税務リスクを内包」する点が課題として挙げられた。 第3に、「類似業種比準価額の在り方、算定に係る問題点」が指摘された。特に「制度の穴」として、「1株当たりの年利益金額の計算において、『非経常的な利益』は控除されるが、『非経常的な損失』は加算されない(非経常的な利益損失が共にある場合は通算)」点が挙げられ、「固定資産売却損や役員退職慰労金の意図的な計上により、利益要素を圧縮可能」となる構造的問題が示された。 第4に、「課税時期の会社の状況等によって評価方法が変更になること」の問題が指摘された。下記の図のとおり、「特定の評価会社」に該当した瞬間に評価方式が変更される「不連続で不合理な時価評価」の問題であり、「赤字続きでの株価急騰(比準要素数1の会社の株式)」や「資産の一時的変動による特定会社化(土地保有特定会社等)」が困りごととして挙げられた。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年6月4日(第3回)日本税理士会連合会調査研究部提出資料」の6頁より抜粋 第5に、「今後の議論の俎上に上がることが想定されるもの」として、「子会社への利益集約スキーム(類似業種比準方式の死角)」が指摘された。これは、グループ法人税制を活用し、親会社の評価を不当に引き下げるスキームの構造であり、具体的には、下記の図のとおり3段階の手順で構成される。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年6月4日(第3回)日本税理士会連合会調査研究部提出資料」の7頁より抜粋 第1段階として、親会社から100%子会社へ会社分割等により収益事業・資産を移転する「利益集約」段階(譲渡損益繰延等のグループ法人税制を活用)、第2段階として、親会社単体の利益のみで類似業種比準価額が算定されることで「親会社単体の利益のみで過小評価=株価過小評価」となる「過小評価・承継」段階(その評価額で次世代への株式承継を実施)、第3段階として、相続後に配当・子会社株売却により親会社の「利益・純資産急増し、株価が一気に上昇」する「復元」段階、というものである。これは第1回会議で国税庁から「圧縮スキーム」の一類型として指摘された「グループ法人税制を活用した親会社株式の評価圧縮」を、税理士会の立場から類似業種比準方式の構造的「死角」として整理したものであり、現行評価通達がグループ全体としての企業価値を捕捉できていない構造的欠陥を示すものである。 第6に、「持株会と無配当会社における制度と実態の乖離」も今後の論点として指摘された。前者の従業員持株会の問題については、持株会の取得価格である「固定価格」と税務上の「通達評価額」との間に「二重構造」が発生する点が問題とされた。すなわち、「税務評価額との乖離により、従業員の取得価格が低すぎる場合は『給与課税(経済的利益)』、高すぎる場合は『従業員の不利益(損失的状態)』が発生」する。さらに「退会・譲渡時の買取価格トラブルの原因」にもなっており、「固定価格での買取が適正なのかどうか」が論点として明示されている。後者の無配当会社における最低価格の問題については、「同族株主以外の者で評価において、無配当というだけで形式的に配当還元価額が最低額(2.5円)となる不合理」が指摘された。「配当未計上会社が約80%を占める中、資本金が巨大でも極端に低い株価が算定され、適正な企業価値を反映していない」状況であり、加えて「少数株主の判定の困難性」という問題点も挙げられた。これらはいずれも、現行の配当還元方式(評価通達188-2)が前提とする経済環境(昭和39年当時の金利水準を反映した還元率10%の据置き等)と、現代の経済実態との乖離が根本原因となっており、配当還元方式自体の構造的見直しに直結する論点である。 見直しの具体案・方向性として、税理士会は次の4点を提示した。 特に税理士会は、「評価制度と事業承継税制は趣旨が異なるが、実務上は不可分」「基礎となる『評価』が正しく機能しなければ、いかに『猶予』を整備しても、中小企業を守ることはできない」とし、「非上場株式の評価見直し」と「新たな事業承継税制の創設」の「一体的改革」を提言した。   4 櫻井久勝委員-会計学から見た企業価値評価の理論 会計学者である櫻井委員(昭和女子大学特命教授・神戸大学名誉教授)の提出資料は、「会計学における企業価値評価の研究状況」と題し、現行の類似業種比準方式に代わりうる具体的な評価モデルを理論的に提示した点で画期的である。 櫻井委員はまず、株主からみた企業価値の源泉を「保有する純資産(貸借対照表)+その増殖能力(損益計算書)」と定義した上で、伝統的経営では有形資産が重視されてきたが、「貸借対照表に反映されない無形項目(研究開発投資、従業員の勤労意欲など)の重要性が増加」しているため、「企業価値評価には、無形項目がもたらす企業業績の反映が不可欠」とし、企業業績を反映できるインカム・アプローチが必要であるとした。 インカム・アプローチの3つのモデルとして、配当割引モデル(DDM)、割引キャッシュフローモデル(DCFM)、残余利益モデル(RIM)が紹介され、仮設例による試算により、「評価モデルが必要とする将来期間のデータ(配当、キャッシュフロー、純利益)が正しく予測されている限り、どのモデルを用いても同じ評価額に到達する」ことが示された。 3つのモデルの定性的な優劣比較において、櫻井委員は、①適用が不可能または無意味なケース、②モデルが必要とする将来データの予測の難易度、③ターミナル価値への依存度、という3つの判断基準に照らして「残余利益モデルが最も優れているという定性的判断が可能」と結論付けた。 残余利益モデルの基本的な考え方は、「企業価値=現時点の自己資本簿価+将来生み出される『残余利益』の現在価値」というものである。ここでいう「残余利益」とは、会計上の当期純利益から株主資本コストを控除した「超過利益」を指す。すなわち、自己資本簿価に対する期待収益(資本コスト)を上回って稼ぎ出した部分のみが、簿価を超える企業価値の源泉となるという発想である。 純利益が毎期一定額Aで永続すると仮定した場合の算式は次のとおりである。 櫻井委員の仮設例(自己資本簿価800、純利益204、自己資本コスト10%)に当てはめると、まず残余利益は204-(800×10%)=124となる。これは、当期純利益204のうち、株主が期待する最低限の収益(800×10%=80)を超えて稼ぎ出した超過利益分である。この超過利益124が毎期永続するとすれば、その現在価値は124÷10%=1,240となり、現在の自己資本簿価800と合算した2,040が企業価値として算定される。 櫻井委員資料では、同じ仮設例について配当割引モデル、割引キャッシュフローモデル、残余利益モデルの3つで試算した結果、いずれも企業価値2,040という同一の評価額に到達することが示されている。3つのモデルは予測データが正確である限り理論的には同等であるが、現実には予測精度や適用可能性の差から、残余利益モデルが実務適合性において最も優れているということになる。 残余利益モデルを適用する場合の検討事項として、①現在の自己資本簿価の把握(資産・負債の時価評価を行うか否か)、②将来期間の当期純利益の予測値(恣意的な予測値は不可、過去の損益計算書の実績値との紐付けが必要、法人税の節税を狙って利益圧縮された過年度分の損益計算書を是認するか矯正するか)、③自己資本コスト(株主の期待収益率)を何%とするか、その画一的な設定方法の合理性が論点となる。 櫻井委員の提案は、現行の類似業種比準方式(マーケット・アプローチ)に対する具体的な代替案として示唆に富む。   5 総括(私見) 筆者としては、日本商工会議所が示した中小企業の現場からの声も重要な視点であるとしつつ、相続税法22条の時価とは何かという原点に立ち返れば、時価は時価として適正なあるべき評価方法を構築し、事業承継への配慮は事業承継税制等の特例措置によって税負担の軽減を図ることが肝要であると考える。 類似業種比準方式に関する過去の数次の改正(昭和47年改正のしんしゃく率0.7の導入、昭和58年改正の小会社への併用方式(類似業種の適用割合0.5)の導入等)は、いずれも事業承継への政策的配慮を評価通達の中で実現しようとしたものであるが、結果として時価と評価通達との乖離を恒常化させ、昨今の時価と評価通達の乖離を利用した相続対策スキームの温床ないし引き金となっている以上、今回の改正において、再び事業承継への政策的配慮を評価方法の中に組み込むような安易な評価の引下げを行えば、同じ轍を踏むことになりかねない。 今回の改正は、昭和39年の評価通達制定以来の抜本的な改正であり、かつ、時価評価の観点から納得のいく評価ルールを構築するとともに、円滑な事業承継を下支えする軽減措置も併せて整備されるべきものであるとの認識のもと、評価通達と事業承継税制の役割分担を明確にした制度設計こそが、今回の改正の核心となるべきである。 今後の有識者会議の議論を引き続き注視していきたい。 (了)
#柴田 健次
2026/06/08
お知らせ その他お知らせ

プロフェッションジャーナル No.671が公開されました!~今週のお薦め記事~

2026年6月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.671を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
#Profession Journal 編集部
2026/06/04
税務 税務・会計 解説 解説一覧

monthly TAX views -No.160-「給付付き税額控除の導入がもたらす変化」

monthly TAX views -No.160- 「給付付き税額控除の導入がもたらす変化」   東京財団 シニア政策オフィサー 森信 茂樹   引き続き給付付き税額控除の話題で恐縮だが、長年研究してきた筆者としてはなかなかこの話題から離れられないので、もう少しお付き合い願いたい。 *  *  * 5月20日の社会保障国民会議実務者会合に「中間とりまとめに向けた議論の整理」(以下、「議論の整理」)が、5月27日の会合には「給付付き税額控除のイメージ(制度設計)」が公表された。 (※) 内閣官房ホームページ「社会保障国民会議 給付付き税額控除等に関する実務者会議(第12回) 議事次第」の資料2より抜粋。 勤労性の所得に応じた支援額として、「定額 ⇒ 逓増 ⇒ 定額 ⇒ 逓減・消失」の4段階で個人単位での給付をする。単身者、自営業者、フリーランス、就労する高齢者も対象とする。給与所得に加え、事業所得、業務で雑所得を得る者も対象に加える。 支援額については、恒久財源の確保のめどが立つ範囲で設定するとされ、その実施に当たっては恒久的な財源を確保する必要があるとされた。したがって、支給額の上限やどの所得まで支給するのかなどは今後の課題となる。 給付の始まりは給与所得控除最低保障額の74万円を超えたライン、もしくは被用者保険の適用が始まる収入106万円で、年収の壁を越えたところで一定の支援額を上乗せして働き止めを防止する。 この上乗せをすると、前回述べた東京財団で我々が公表した台形と同じ形になる。異なるのは、「非課税ラインの者」に定額の給付をするという飛び出た部分だ。想像するに、「低所得者にも給付を」という政治的要求に応じたものだろう。 給付付き税額控除の執行には国民の正確な所得データが不可欠だが、このイメージ通りの制度となった場合の影響、変化について私見を述べてみたい。 *  *  * まず、「非課税ライン以下」の低所得者の所得把握(勤労性収入)が必要となる。給与所得者は給与支払報告書で対応できるが、問題となるのはギグワーカーやフリーランスなどの個人事業者だ。彼らには税負担が生じなくても、給付を受けるためには税務申告が必要になるということだろう。 このことは、低所得者のタックスコンプライアンスの向上をもたらし、タックス・ギャップの解消に向かう。そのためには、法定調書の充実やデジタルを活用した情報連携、とりわけマイナポータルの活用による申告利便の向上が必要となる。ギグワーカーやスポットワーカーはプラットフォーマーを通じたデジタルでの情報連携システムを進めていく必要がでてくるだろう。さらに副業の所得情報もマイナポータルを通じた情報連携などで利便性の向上を図る必要がある。 また低所得者の所得実態が解明されれば、それに応じた社会保障の効率化も進んでいくだろう。英国のように、低所得者の職業訓練に結び付けることも可能になる。 次に、情報インフラだ。「議論の整理」では「既存の情報インフラを十分に活用しつつ」となっており、想定されているのは地方自治体の持つ住民税の「前年所得」だ。しかしこの情報は、現在の経済状況を反映したものではないので、コロナ禍などの緊急支援策として使うには問題がある。将来的には、リアルタイム(毎月)での所得把握に向けた検討を進めることが必要だと考える。 「議論の整理」には、「新型コロナウイルス感染症蔓延時の対応の経験も踏まえ、デジタル基盤やマイナンバー等、長年課題とされてきたインフラや制度の整備が進められてきた。こうしたインフラを最大限に活用する。」としつつ、「さらに、将来的な制度設計や最終的なあるべき姿も考慮しながら、まずは既存の情報インフラを十分に活用しつつ、更なる情報連携やDX化等による業務効率化を図り、安定的かつ迅速な対応が可能となる社会インフラの整備を図ることが重要である。こうしたインフラが整えば、緊急時に迅速な給付を行うことも可能となる。」と記述されている。 最後に、将来の給付付き税額控除の制度の拡充が、社会保障・税一体改革2.0の議論を生じさせることだ。財政ポピュリズムが蔓延する中で時期は見渡せないが、いずれ、「給付付き税額控除を充実させるためなら消費税の増税もやむを得ない」という見解が出てくることが考えられる。 「骨太の方針」の公表までに、より具体的な制度設計が進んでいくと思われるが、2年間消費税食料品ゼロの帰趨とも絡んでおり、その先は現段階では不明だ。 (了)
#671(掲載号)
#森信 茂樹
2026/06/04
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《税務必敗法》 【第12回】「議事録の内容を確認しなかった」

《税務必敗法》 【第12回】 「議事録の内容を確認しなかった」   公認会計士・税理士 森 智幸   【事例】 X会計事務所の顧問先である創業4年目のスタートアップA社は、業績が好調のため、×8年度から定期同額給与に加えて、初めて役員賞与を支給することにした。なお、役員賞与はすべて金銭で支給予定である。 A社は3月決算で、定時株主総会は6月に開催される。また、A社は同族会社ではなく、役員はすべて常勤である。 X会計事務所の担当税理士甲は、毎月A社から取締役会議事録の写しを受領している。×8年5月の取締役会では、招集手続の決定において、×8年6月19日開催予定の定時株主総会の議案に役員賞与の支給も含まれ、その議事録も提出された。 定時株主総会では役員賞与は総額のみが決議され、具体的な支給対象者・支給額・支給時期は、同年6月24日の臨時取締役会において確定した。また、定時株主総会と臨時取締役会の議事録の写しは同年6月30日に甲に提出された。 しかし、甲は議事録を受け取るだけで全く見ておらず、役員賞与の支給の決定を把握していなかった。そのため、甲は「事前確定届出給与に関する届出書」(以下「届出書」という)を提出していなかった。 一方、A社の経理部長は、法人税法上、役員賞与を損金算入するには、事前確定届出給与として届出が必要であることを知らず、甲へ事前相談をしていなかった。 翌年の×9年2月に税務調査が入った。この調査において、届出書が提出されていないことから、役員賞与は損金算入することができないことを指摘され、A社は法人税等の追加納付をすることになった。 驚いたA社は「届出書が提出されていなければ役員賞与が損金算入されないなんて知りませんでした。なぜ教えてくれなかったのですか。」と甲に説明を求めた。すると、甲は「事前に告知がなかった」と反論した。 しかし、A社は「毎月、先生には取締役会議事録を提出していました。株主総会議事録も提出しました。それらを読んでいただければ事前に把握できたのではないですか」と再反論し、損害賠償を請求することになった。 結局、両者の主張は平行線のままとなり、X会計事務所はA社の信頼を失い、×9年6月の確定申告を機に契約解除となった。   1 はじめに 本連載は、税務を行う上で「これをやったら失敗する」という必敗法を紹介するものである。今回は「議事録の内容を確認しなかった」である。 税務においては、事前に届出書を提出していないと認められない制度が多数ある。本事例で取り上げた役員賞与に関する「事前確定届出給与に関する届出書」もそのひとつである。 しかしながら、株式会社等の経理担当者の中には、このような損金算入の要件を知らない人も少なくない。そのため、事例のように事前に会計事務所に相談がないケースも想定される。 とはいえ、取締役会議事録等を確認して顧問先の事業計画などを把握できていれば、それに基づいて制度の案内や税務の対応をすることも可能である。 逆に、事例のように、議事録を入手していても内容を確認していなければ、税務の事故にもつながることもある。 そこで、今回は会計事務所が顧問先の議事録を入手して内容を確認することの重要性を解説する。 なお、本稿は私見であることにご留意いただきたい。   2 事前確定届出給与の損金算入要件 法人税法上、役員に役員賞与を支給する場合、届出書が提出期限までに所轄税務署に提出されていなければ、各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入できない(法人税法34条1項2号)。 この届出書は、原則として株主総会等の決議をした日(同日がその職務の執行を開始する日後である場合にあっては、当該開始する日)から1月を経過する日、又はその職務執行期間開始の日の属する会計期間開始の日から4月を経過する日のいずれか早い日までに提出しなければならない(法人税法施行令69条4項1号)。 したがって、必要事項が正確に記載された届出書が期限内に提出されていることが損金算入の要件となる。 なお、税理士職業賠償責任保険の引受保険会社の担当者によると、近年、事前確定届出給与に関する届出書の提出もれに関する損害賠償が増えているという。税理士職業賠償責任保険の事故事例にも、この事故が毎年のように紹介されているので参照されたい。   3 届出書の提出失念の影響 (1) 損害賠償責任リスク 届出書を期限内に提出しなかった場合や、提出していても記載内容に不備がある場合には、役員賞与を損金の額に算入できなくなる。その結果、法人税、地方法人税、事業税、住民税などの負担が本来より過大となれば、損害賠償責任を負うリスクがある。 (2) 過少申告加算税などの発生 過少申告加算税、延滞税、過少申告加算金、延滞金が発生する可能性がある。 (3) 契約解除のリスク 税理士のミスで法人税等の負担が本来より過大となった場合、顧問先からの信用を失い、契約解除となるリスクがある。   4 議事録閲覧で事前に予測可能性が高くなる事項 取締役会議事録などを閲覧することで、事前の予測可能性が高まり、税務リスクを低減できる。本事例では事前確定届出給与を例に挙げたが、多額の設備投資や土地の譲渡計画についても早期に把握できる可能性が高まる。そうすれば、消費税簡易課税制度選択不適用届出書や消費税課税売上割合に準ずる割合の適用承認申請書の提出失念リスクも低くなるであろう。 また、増資や減資、有価証券の売却、事業の売却、組織再編、重要な契約など会計や税務に関わる重要な事項もある。あらかじめ知っておけば、適切なアドバイスや税務上の対応も早く行うことができる。   5 対策 予測可能性を高めて税務上のミスを低減するには以下の対策が考えられる。 (1) 議事録を入手する まず、取締役会議事録や株主総会議事録の写しを入手することである。経理担当者が自社の計画をすべて把握しているとは限らない。しかし、議事録を入手すれば、顧問先の事業計画や経営の方向性を把握できる可能性が高まる。 (2) 議事録を閲覧する 議事録は必ず閲覧し、顧問先の事業計画や経営の方向性を把握しておく必要がある。事例のように、入手しただけで全く読まないのでは意味がない。 (3) 議事録内容の一覧表を作成する 議事録の内容を要約した一覧表を作成することも有効である。筆者も、この一覧表を作成している。このような一覧表にまとめておくと決議内容を一目で把握しやすくなる。 なお、このような要約表は生成AIを使って作成すれば時間と労力を大幅に削減できる。ただし、議事録には顧問先の機密情報が含まれていることから、税務必敗法第6回「守秘義務を怠った」でも触れたように、データプロテクト機能が付いた生成AIを使用する必要がある。 【一覧表の例】   6 おわりに 今回は、議事録を入手しているにもかかわらず、議事録を読んでいなかったため、税務上の対応を失念するケースを紹介した。 会計事務所は、単に顧問先の税務申告書を作成するだけでなく、顧問先の重要な意思決定を把握し、それに必要な税務対応をいち早く提案することが望まれる。これにより、税務リスクを低減できると同時に、会計事務所の付加価値も高まるといえよう。 そのためには、顧問先の議事録の入手とその内容の把握が必要である。 本稿が皆様の実務の参考になれば幸いである。 (了)
#671(掲載号)
#森 智幸
2026/06/04
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法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例86】「水産物の現金仕入れに係る損金性と重加算税の賦課」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例86】 「水産物の現金仕入れに係る損金性と重加算税の賦課」   拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、北陸地方のとある地方都市に本社がある水産加工品製造販売業を営む株式会社X(資本金4,000万円で3月決算)において、総務経理部長を務めております。 わが社は魚介類や海藻などの水産物を仕入れて加工し、缶詰、冷凍食品、干物、加工珍味、魚肉練製品などを製造して販売しております。わが社の属する水産加工品業界は、近年、国内での漁獲量の減少により、輸入原料に依存する傾向が高まっています。特に、ノルウェーやチリ、インドネシアなどの海に囲まれた国から輸入される養殖魚や水産物は、わが業界における原材料の重要な供給源となっております。また、漁業の持続可能性を考慮した漁獲量管理が求められる一方で、安定した供給とコスト削減のバランスを取ることや、MSC(Marine Stewardship Council、「海のエコラベル」とも称される)認証などに代表されるトレーサビリティ(traceability、生産・流通・加工の追跡可能性)の明示が、現在業界の課題となっています。 さて、そのような中、先日来税務署の税務調査を受けていますが、水産物の仕入れに係る経理処理に関し激しい議論が交わされています。税務署の調査官によれば、わが社の仕入れ先の中に実態不明の会社や個人が含まれており、しかも支払いは現金ということで、そんなものは売上原価にならないと息巻いております。確かに、倒産しそうな会社から水産物を安く買いたたいたり、市場を通さずに漁師から直接仕入れたりしているため、仕入れ先が個人になっているケースがあるのも事実ですが、水産物を仕入れているのは事実ですし、ただで買えるわけがないのもビジネスの常識ですから、仕入れを否認できるわけがないと憤慨しているのですが、税法上どのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 水産物加工業界においては、水産物の仕入れルートの中に、倒産した企業等の商品を現金で仕入れる取引(いわゆる「バッタ買い」)及び市場を通さずに漁師等から水産物を現金で仕入れる取引(いわゆる「浜買い」)が含まれるケースがあるようですが、そのような現金商売に関し、その取引を客観的に裏付けるような証憑書類が残っていない場合には、架空の取引とされ、法人税法上、原価性・損金性が否認されるのみならず、重加算税が課されるリスクも否定できないところです。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 税務調査手続きの法定化 平成23年12月の税制改正は、租税実務における(特に税理士にとっての)重要性が極めて高い税務調査について、大きな改正がなされた。一つは、質問検査権の規定が個別税法から国税通則法に移されて基礎的な内容が統一されたことである。もう一つは、税務調査の手続きが整備・法定化され、納税者の権利の保護に関し一定程度の進歩があったということである。 後者については、従来、質問検査(税務調査)の日時、場所、理由等を事前に相手方に通知ないし開示しなければならないかについて争いがあり、裁判例では概ね消極的であった。しかし、質問検査権が公権力の行使であることを勘案すれば、その透明性を高めるため、税務調査の手続きについて法定化し課税庁がそれに従って実施することが強く望まれていたため、ようやく立法化されたと評価できるものと考えられる(※)。 (※) 金子宏『租税法(第二十四版)』(弘文堂・2021年)1001頁参照。   (2) 現金商売と税務調査 民主党政権下の国税通則法改正で税務調査手続きの法定化がなされ、適正手続きの保障(憲法31)の観点から、調査開始時においては原則として納税者・税務代理人(税理士)に対して事前通知がなされることとされたが、それには例外がある。事前通知なしで開始される調査を一般に「無通知(無予告)調査」というが、課税庁がこのような無通知調査を行うのは、多くの場合、現金商売等で帳簿書類の保管状況が十分でないため、現金有高と売上伝票、領収書の控え、レジペーパー等とを突き合わせることで売上高等を把握する「現況調査」を行うべき業態の納税者に対してである。 現金商売は銀行口座を通じての取引と異なり、申告情報の核となる金銭のやり取りが証拠として残らず、取引の当事者以外の外部から、又は、取引があってから一定期間経過後において当該取引の実態を掴もうとしてもそれが非常に難しいという特性がある。そのため、課税庁は、納税者により取引の実態を裏付けるような様々な証憑書類が事前に破棄・隠蔽等をされないように、無通知調査によって「不意打ち」的に調査を開始するのである。   (3) 水産物の現金仕入れに係る損金性と重加算税の賦課の妥当性が争われた事例 それでは本件と同様に、水産物の現金仕入れに係る損金性と重加算税の賦課の妥当性が争われた事例(福岡地裁令和6年2月7日判決・判例集未搭載、TAINSコード:Z888-2690)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 水産物の加工販売等を目的とする株式会社である原告は、倒産した企業等の商品を現金で仕入れた取引(いわゆる「バッタ買い」)及び市場を通さずに漁師等から水産物を現金で仕入れた取引(いわゆる「浜買い」)を損金の額に算入して、法人税等の確定申告をしたところ、処分行政庁(熊本西税務署長)から、本件バッタ買い及び本件浜買いの一部は、仕入れの事実が存在しない架空の取引であり、損金の額に算入することはできないなどとして、法人税(平成25年2月期~平成31年2月期)、復興特別法人税(平成26年2月課税事業年度及び平成27年2月課税事業年度)及び地方法人税(平成28年2月課税事業年度~平成31年2月課税事業年度)の更正処分、法人税及び復興特別法人税の過少申告加算税及び重加算税賦課決定処分並びに地方法人税の重加算税賦課決定処分、法人税の青色申告の承認の取消処分を受けた。 本件は、原告が、被告に対し、本件各更正処分のうち、原告が確定申告又は修正申告の際に申告した納付すべき税額を超える部分並びに本件各賦課決定処分及び法人税の青色申告の承認の取消処分の取消しを求める事案である。 ② 事案の争点 本件の争点は、本件各処分の適法性に関し、損金の額に算入された本件否認仕入れが存在するか否か(【争点1】)、国税通則法第68条に定める仮装又は隠蔽に当たるか否か(【争点2】)である。 ③ 裁判所の判断 【争点1】 【争点2】 なお、本件は控訴されず確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本件は仕入れに係るいわゆる「現金取引」について、その取引の実態を裏付けることが可能な証憑書類がない申告に関し、その仕入れに係る損金算入が否認され、かつその行為について仮装隠蔽があったものとして、重加算税が賦課された事案についての裁判例である。従来から周知のとおり、現金取引は銀行口座のような取引当事者以外の第三者が介在した客観的な証拠が残らないため、取引後において課税庁の調査官などがその正確な内容をトレースすることは非常に困難であり、不正行為を許す温床となりかねないという側面は、残念ながら否めない。現金取引の実態を掴むためには、無通知(無予告)による「不意打ち」の調査開始は、過少申告把握のための有効な手法となるだろう。 それでは、現金取引は即「重加算税」賦課につながると言えるのであろうか。この点について裁判所は、「重加算税を課するためには、納税者のした過少申告行為そのものが隠蔽、仮装に当たるというだけでは足りず、過少申告行為そのものとは別に、隠蔽、仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要する」としており、「隠蔽、仮装と評価すべき行為」の存在を必須としている。そのような「行為」について、本事例においては、証拠書類となり得る「領収証」は存在するものの、それは課税庁職員に名前等を明かすことはできない仲介者から入手したものであり、その取引についても納税者が直接関与等しておらず、面識のない者との取引であることから、納税者の行為は全体として、取引の「実態」を隠す方向にしか向かっていないと評価されるものである。そのため、裁判所から本件は重加算税の賦課要件となる「隠蔽又は仮装」があったと判断されたわけである。本件は、現代社会において、現金取引は、よほどのことがない限り「真っ当な」商売とみられることはないと再認識させられる事例ということになるであろう。   (4) 本件へのあてはめ 水産物加工業界においては、水産物の仕入れルートの中に、倒産した企業等の商品を現金で仕入れる取引(いわゆる「バッタ買い」)及び市場を通さずに漁師等から水産物を現金で仕入れる取引(いわゆる「浜買い」)が含まれるケースがあるようであるが、そのような現金商売に関し、その取引を客観的に裏付けるような証憑書類が残っていない場合には、残念ながら架空の取引とされ、法人税法上、原価性・損金性が否認されるのみならず、重加算税が課されるリスクも否定できないところである。   (了)
#671(掲載号)
#安部 和彦
2026/06/04
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金融・投資商品の税務Q&A 【Q105】「暗号資産に関する財産債務調書への記載」

金融・投資商品の税務Q&A 【Q105】 「暗号資産に関する財産債務調書への記載」   PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美   ●○ 検 討 ○●   1 財産債務調書制度と暗号資産 (1) 提出義務者 下記のいずれかに該当する場合、保有する財産の種類、数量及び価額などを記載した財産債務調書を提出することが義務付けられています。財産債務調書は、12月31日における財産及び債務の状況を記載し、翌年6月30日までに提出することとされています。 (2) 記載すべき財産の定義 財産債務調書に記載すべき財産とは、金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものをいうこととされています。そして、資金決済に関する法律第2条第14項に財産的価値として規定されている暗号資産も、財産債務調書へ記載することとされています。また、暗号資産は所有者の住所地に所在するものとされているため、「所在」欄の記載は必要ありません。 (3) 暗号資産の記載方法 財産債務調書には、暗号資産の種類別及び用途別に、12月31日における時価又は見積価額を記載することとされています。 具体的には、活発な市場(暗号資産取引所又は暗号資産販売所において十分な数量及び頻度で取引が行われていて、継続的に価格情報が提供されているもの)がある暗号資産については、暗号資産交換業者が公表する取引価格を記載します。 時価の把握が困難な場合には、合理的な方法で算定した価額を見積価額として記載することとなりますが、例えば、下記の方法により算定した価額が認められています。   2 本件へのあてはめ 確定申告書を提出し、各種所得金額の合計額が2,000万円を超えるとのことですので、その年の12月31日において3億円以上の財産又は有価証券など1億円以上の国外転出特例対象財産を有する場合には、翌年6月30日までに財産債務調書を提出する必要があります。そして、保有する暗号資産については、暗号資産を預けている暗号資産取引所が国内であるか否かにかかわらず、財産債務調書に記載する必要があります。 暗号資産取引所で活発に取引されている暗号資産である場合には、暗号資産交換業者が公表する12月31日における取引価格を時価として記載し、そうでない場合には、合理的な方法により見積もった価額を記載する必要があります。   (了)
#671(掲載号)
#西川 真由美
2026/06/04
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租税争訟レポート 【第85回】「所得区分と損益通算/給与所得を有する社会保険労務士の相談業務に係る損失(さいたま地方裁判所令和6年12月11日判決)」

租税争訟レポート 【第85回】 「所得区分と損益通算/給与所得を有する社会保険労務士の相談業務に係る損失 (さいたま地方裁判所令和6年12月11日判決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【判決の概要】 〈さいたま地方裁判所令和6年12月11日判決の概要〉   【事案の概要】 青色申告の承認を受けている、社会保険労務士である原告が、平成28年分から令和2年分までの所得税及び復興特別所得税について、社会保険労務士として行った相談業務から生じた所得は事業所得に該当するとの前提に立って他の所得金額と損益通算する内容の確定申告をしたのに対し、処分行政庁である上尾税務署長は、相談業務から生じた所得は事業所得には該当せず、雑所得に該当するから、他の所得との損益通算はできないなどとして、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした。 本件は、原告が、①相談業務から生じた所得は雑所得ではなく事業所得に該当する、②上尾税務署長による各処分の前提となる調査に各処分の取消原因となる瑕疵があった、③各処分の理由の付記に不備があったから、各処分は違法であると主張して、被告に対し、その取消しを求めるとともに、原告が各処分に従って令和4年3月18日に納付した37万800円につき、各処分の取消しがされたときは債務不履行となると主張して、同金員に対する令和4年3月18日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。   【争点】   【さいたま地方裁判所の判断】 本稿では、原告が相談業務に従事したことによって生じた所得が、事業所得又は雑所得のいずれの所得に区分されるかが中心的な争点であるため、まずは、前掲の争点(2)に対する原告と被告双方の主張を確認した上で、裁判所の判断を検討したい。 裁判所が判決の中で認定した原告の平成28年分から令和2年分までの収入金額と必要経費をまとめると次のとおりである。 原告は、相談業務で生じた所得を「事業所得」として申告していることから、給与所得金額と事業所得に係る損失金額を損益通算して申告したところ、処分行政庁は、相談業務で生じた所得は「事業所得」ではなくて「雑所得」であるから、損益通算はできず、雑所得は「0円」として更正処分を行ったものである。 (参考)   1 争点(2)に対する主張 (1) 被告の主張 被告である国・処分行政庁は、まず、特定の経済的活動から生じた所得が事業所得又は雑所得のいずれに該当するかは、①営利性、有償性の有無、継続性、反復性の有無のほか、②自己の危険と計画による企画遂行性の有無、③当該経済的行為に費やした精神的・肉体的労力の有無、④人的、物的設備の有無、⑤当該経済的行為をなす資金の調達方法、⑥その者の職業、経歴、社会的地位及び生活状況並びに当該経済活動をすることにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するかどうか等の諸般の事情を総合的に検討して、社会通念に照らして判断すべきであるところ、原告については、次のアからカまでの事情によると、相談業務から生じた所得は、社会通念に照らして事業所得に該当するとは認められず、その他の種類の所得にも該当しない以上、雑所得に該当するとした。 (2) 原告の主張 被告の主張に対し、原告は、被告の主張は否認し争うとした上で、次のアからカまでの事情によると、本件業務から生じた所得は事業所得に該当するとした。   2 さいたま地方裁判所による判決の概要 さいたま地方裁判所は、原告の請求について、処分行政庁による課税処分の取消しについてはこれを却下し、各処分にしたがって納付した金員の返還を求める請求については棄却する判断を行っている。 各争点に関する裁判所の判断について、見ておきたい。 (1) 平成28年分更正処分から令和2年分更正処分までの取消しを求める部分の適法性 裁判所は、申告納税方式によるものとされている所得税等の国税においては、納付すべき税額は、原則として納税者のする申告により確定し(国税通則法15条1項、16条1項1号、2項1号)、納税者が申告の内容を自己の利益に変更するためには、更正の請求(国税通則法23条)によらなければならないものとされており、申告納税方式が採られている国税において、確定申告書に記載された事項の過誤の是正につき更正の請求という特別の制度が設けられたのは、課税標準等の決定については、最もその間の事情に通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に認めた場合に限るものとすることが、租税債務を可及的速やかに確定させるべき国家財政上の要請に応ずるものであり、納税者に対しても過度の不利益を強いるおそれがないと考えられるからであると解されると述べる。 その上で、裁判所は、更正の請求の制度の趣旨に照らせば、申告に係る納付すべき税額等を更正する処分を受けた納税者は、申告の過誤が客観的に明白かつ重大であって更正の請求以外に是正を許さないならば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がない限り、当該更正処分のうち申告に係る納付すべき税額を超えない部分については、上記更正の請求の手続を経ない限り、取消訴訟において取消しを求めることはできないというべきであると判示した。 こうした判示事項を踏まえて、裁判所は、本件においては、特段の事情があるとはうかがわれないから、原告の訴えのうち、①平成28年分更正処分のうち、総所得金額44万288円、納付すべき税額マイナス18万3,872円を超えない部分、②平成29年分更正処分のうち、総所得金額70万4,665円、納付すべき税額マイナス16万1,424円を超えない部分、③平成30年分更正処分のうち、総所得金額マイナス14万7,296円、納付すべき税額マイナス15万3,451円を超えない部分、④令和元年分更正処分のうち、総所得金額64万1,319円、納付すべき税額マイナス16万3,910円を超えない部分、⑤令和2年分更正処分のうち、総所得金額121万9,408円、納付すべき税額マイナス21万3,766円を超えない部分の取消しを求める部分は、いずれも不適法であるという判断を示した。 (2) 相談業務から生じた所得は事業所得又は雑所得のいずれに該当するか 裁判所は、事業所得とは、所得税法27条1項ないし所得税法施行令63条に列挙された事業から生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く)をいい、より一般的には、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいうと、最高裁判決を引用して定義した。 その上で、裁判所は、認定した事実によれば、原告においては、各年分において、社会保険労務士法において作成や保存が義務付けられている帳簿は作成されておらず、総勘定元帳等によっても、相談業務による個別の売上金額がいくらであったか、その相手方が誰であったかを確認することができない以上、各年分として申告された売上金額が正確であるか定かでない上、仮に正確であるとしても、相談業務においては、その売上金額に比して著しく多額の経費を要しており、営利性が極めて乏しいといわざるを得ず、また営業活動や広告活動もその効果は限定的であり、業務拡大、収益改善のための取組みもあまり見られず、原告は勤務先からの給与所得によって十分生活できる程度の所得を得ており、むしろ、かかる給与所得によって本件業務の経費の大半を補填していたこと等を踏まえれば、本件業務は営業面でも経理面でも事業実態に乏しい空疎なものであって、それ自体で安定的な収益を発生させるような独立した業務とは評価できないとして、相談業務から生じた所得は事業所得には該当しないというべきであるとする判断を行った。 そして、裁判所は、雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう(所得税法35条1項)ところ、原告による相談業務から生じた所得が雑所得を除くその他の種類の所得のいずれにも該当しないことは明らかであるから、相談業務から生じた所得は雑所得に該当するというべきであると結論づけた。 (3) 処分行政庁による調査に各処分の取消原因となる瑕疵があったか 裁判所は、税務調査の手続は、租税の公平、確実な賦課徴収のため課税庁が課税要件の内容をなす具体的事実の存否を調査する手段として認められた手続であって、調査手続の単なる瑕疵は更正処分に影響を及ぼさないものと解すべきであり、調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合に限り、その処分に取消原因があるものと解するのが相当であると一般論を述べる。 その上で、裁判所は、本件における処分行政庁の調査については、反面調査を含め、職員をして基本的には所定の手続を必要かつ相当な範囲で履践させていたものと認められ、わずかに瑕疵といえるのは令和3年11月19日の面接の際に職員が原告に対して延滞税について誤った説明をした点に限られるという事実認定に基づき、原告が延滞税のことはあまり気にかけることなく修正申告には応じられないとの意思決定をしたことに照らせば、少なくとも調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反する、社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなどと評価することはできず、原告の主張する信義則違反、行政手続法32条2項違反、裁量の逸脱・濫用があったなどということもできないことから、処分行政庁の職員による調査に各処分の取消原因となる瑕疵があったとはいえないと判断した。 (4) 処分行政庁による各処分の理由の付記に不備があったか 裁判所は、理由付記について、青色申告制度を採用し、青色申告書に係る所得の金額の計算については、当該計算が法定の帳簿書類による正当な記載に基づくものである以上、その記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障した趣旨に鑑み、更正をする処分行政庁の判断の慎重さや合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与える趣旨に出たものと解されると述べた。 その上で、帳簿書類の記載自体を否認することなく更正をする場合においては、更正通知書記載の更正の理由が、更正の根拠を前記の処分行政庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由付記の制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、所得税法の要求する更正の理由の付記として欠けるところはないと解するのが相当であると判示した。 そして、本件について、裁判所は、各年分の更正処分に係る通知書に付記された処分理由は、いずれも処分理由として、事業所得がどのようなものかを説明した上、処分行政庁が本件業務の態様、本件業務に係る人的・物的設備、原告の経歴・社会的地位等について認定した具体的な事実を指摘して、それらによれば相談業務から生じた所得が事業所得に該当するとはいえないこと、そして相談業務から生じた所得は雑所得に該当することになること、申告されていた必要経費は当年分の雑所得に係る必要経費に算入されること等が記載されており、理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示されているものと認められ、裁判における全証拠によっても、この認定を覆すに足りる事情はうかがわれないことから、本件各処分の理由の付記に不備があったとはいえないと結論を述べた。 (5) 結論 裁判所は、原告が種々主張するところは、上記で認定、判示したところに照らして、いずれも採用することができないとした上で、本件訴えのうち、平成28年分更正処分から令和2年分更正処分までについて、取消しを求める部分はいずれも不適法であるから、これを却下し、原告のその余の請求は、各処分の取消しがされたことを前提とする金銭請求を含め、いずれも理由がないから、これを棄却するという判決を行った。   【判決の特徴】 前回に引き続き、「士業」である個人に対する課税処分をめぐる判決を取り上げた。ただ、本判決に注目したのは、「士業」である個人に対する課税処分というだけではなく、近年、副業を事業所得として損失計上して、給与所得など他の所得と損益通算をすることによる節税策が広く人口に膾炙した結果、課税庁側の「事業所得」認定が厳しくなって、「雑所得」として更正処分を受ける事案が増加しているのではなないかという、筆者の問題意識にも起因するものである。 なお、本判決は、国家資格を有し、士業として正式に登録をしている者であっても、それだけでは「事業所得」の要件を具備していないという判断が下されたという点で注目される判決であり、控訴審による審議中ということもあって、引き続き注視していきたい。   1 雑所得と損益通算の可否 商品先物取引から生ずる所得が事業所得か雑所得かの区分が争われた福岡高等裁判所昭和54年7月17日判決の評釈(※)で、弁護士の大石篤史氏は、雑所得については、もともと損益通算が認められていたものの、昭和43年度税制改正により損益通算の対象から除外されたという歴史的経緯を述べた上で、当時の解説を引用する形で、損益通算から除外された理由について、①雑所得については必要経費がほとんどかからない、かかっても収入を上回ることのないものが大部分であり、また、②ある程度支出を伴うものについても、その支出内容に家事関連費的な支出が多く、損益通算を存置する場合にはかえって本来の所得計算のあり方について混乱を招くおそれがあるためと説明している。 (※) 「51 雑所得と損益通算の可否」別冊ジュリスト207号『租税判例百選[第5版]』有斐閣、2011年、88-89頁 このような理由には一部で批判はあるものの、課税実務では、前提条件として受容されており、本稿で取り上げた訴訟でも、所得区分は争点となっているが、雑所得がなぜ損益通算できないかという論点は争点となっていない。 (参考:改正前の所得税法第69条第1項)   2 「事業所得」と認定させるためには何が必要だったか 裁判所の事実認定から、本件において、「雑所得」と認定されたポイントについて、「事業所得」と認めさせるために必要な条件を検討してみたい。   (了)
#671(掲載号)
#米澤 勝
2026/06/04

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