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プロフェッションジャーナル No.624が公開されました!~今週のお薦め記事~

2025年6月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.624を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
#Profession Journal 編集部
2025/06/26
New 税務 税務・会計 解説 解説一覧

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第50回】「実質所得者課税の原則に関する費用収益対応の原則の意義」-逆パターン養老保険事件・最判平成24年1月13日民集66巻1号1頁のもう1つの意義-

谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第50回】 「実質所得者課税の原則に関する費用収益対応の原則の意義」 -逆パターン養老保険事件・最判平成24年1月13日民集66巻1号1頁のもう1つの意義-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 今回は、所得税法における一時所得の金額の計算上一時所得に係る総収入金額から控除する「その収入を得るために支出した金額」(34条2項)の意義が争われたいわゆる逆パターン養老保険事件を取り上げ裁判所の判断を検討する。 本件では、第一審・福岡地判平成 21年1月27日判タ1304号179頁(民集6巻1号 30頁参照。以下「本件福岡地判」という)及び控訴審・福岡高判平成21年7月29日税資259号順号11251(民集 66巻1号64頁参照。以下「本件福岡高判」という)と上告審・最判 24年1月13日民集66巻1号1頁(以下「本件最判」という)とが結論だけでなく理由の点でも鋭く対立した。まず、本件の事案の概要をみておこう。 本件は、納税者X(原告・被控訴人・被上告人)らが代表取締役等として経営していた訴外株式会社等(以下「本件会社等」という)が契約者となり締結した養老保険契約に基づきXらが受け取った満期保険金及び割増保険金(以下「本件保険金等」という)に対する所得税の課税事案である。 養老保険契約とは、一般に、「生存保険と定期保険を組み合わせた典型的な生死混合保険」(山下友信=米山高生編『保険法解説―生命保険・傷害疾病定額保険』(有斐閣・2010年)60頁)をいい、「一定の保険期間中に死亡した場合、あるいは高度障害状態になった場合には死亡保険金あるいは高度障害保険金が支払われ、当該保険期間の満了時に生存していた場合には生存保険金が支払われる。生存保険金は保険期間の満了時(満期時)に生存していた場合に支払われることからとくに満期保険金と呼ばれる。死亡保険金・高度障害保険金と満期保険金の金額は同額である。死亡保障が上乗せされている場合には『定期付養老保険』となる。」(同頁)と解説されている。 本件における複数の養老保険契約(以下「本件各契約」という)は、福利厚生目的で全従業員を被保険者とし死亡保険金の受取人を従業員の遺族、満期保険金の受取人を契約者である法人とするいわゆるハーフタックスプランによる契約ではなく、死亡保険金の受取人を契約者である本件会社等、満期保険金の受取人をXらとするいわゆる逆ハーフタックスプランによる契約(逆パターン養老保険契約)であるが(袁雪婷「判批」法学論叢 180巻3号(2016年)135頁、147-148頁注⑥参照)、本件会社等はその保険料(以下「本件保険料」という)を支払うに当たって、その2分の1の部分についてはXらに対する貸付金として経理処理をし(以下「本件貸付金経理部分」という)実質的にXらが負担した扱いとされ(後にXらは本件保険金等を受領した際に本件貸付金経理部分に相当する金額を返済した)、その余の部分については本件会社等において損金経理をしていた(以下「本件保険料経理部分」という)。 Xらは、本件保険金等の金額を一時所得に係る総収入金額に算入した上で、本件保険料の全額が「その収入を得るために支出した金額」(所税34条2項)に該当するとして、これを一時所得の金額の計算上控除して確定申告書を提出したところ、各所轄税務署長は、本件保険料のうち本件保険料経理部分はこれに該当せず一時所得の金額の計算上控除することができないなどとして、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を行った。これを不服として、Xらは不服申立てを経て本訴を提起した。 なお、本件と類似の事案(契約者が医療法人である事案)に関する裁判所の判断として最判平成24年1月16日判時2149号58頁がある。   Ⅱ 「その収入を得るために支出した金額」の解釈 1 問題の所在 本件が特に注目を集めたのは、「その収入を得るために支出した金額」(所税34条2項)という文言について「法律から導かれる解釈と政令における文理との間に不整合の疑いが生じたため」(藤谷俊之「判批」行政判例研究会編『平成24年行政関係判例解説』(ぎょうせい・2014年)119頁、127頁)である。 すなわち、所得税法34条2項は「その収入を得るために支出した金額」を一時所得の金額の計算上控除する旨を定めており本件当時も同様であったが、同法施行令(平成23年6月30 日政令第195号による改正前のもの)183条2項2号は、「生命保険契約等に基づく一時金」に係る一時所得の金額の計算上「当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金」の「総額」を「支出した金額」に算入する旨を定め、この規定に関する所得税基本通達(平成24年2月10 日改正前のもの)34-4は、上記の「総額」には、「その一時金又は満期返戻金等の支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額」も含まれる旨を規定していたことから、前記の引用文にいう「不整合の疑い」が生じたのである。 2 裁判所の解釈 本件福岡地判は、まず、前記1の「問題の所在」で取り上げた所得税法34条2項、同法施行令183条2項2号及び所得税基本通達34-4の各規定について次のとおり判示した。 その上で、次のとおり判示し(下線筆者)、「その収入を得るために支出した金額」には「所得者以外の者が負担した保険料等」が含まれると判断した。 本件福岡高判も基本的には本件福岡地判の判決理由を引用し、これと同じく法令の文言を重視する見地から「その収入を得るために支出した金額」を解釈する旨を述べ、これに加えて次のとおり判示した(下線筆者)。 本件福岡高判については、後でみる本件最判と比較すると、次のとおり判示して「所得税法における所得の本来的意義」の見地からの国側の主張を認めなかった点も注目される。 これに対して、本件最判は、次のとおり判示して(下線【A】【B】【C】筆者)、「その収入を得るために支出した金額」は「当該収入を得た個人において自ら負担して支出したもの」に限られると判断した。 なお、本件最判は、所得税法施行令183条2項2号及び所得税基本通達34-4についても、次のとおり、所得税法34条2項に関する「以上の理解と整合的に解釈されるべきもの」と説示した。 この説示について、須藤正彦裁判官の補足意見(以下「須藤補足意見」という)は次のとおり述べている。 3 解釈のアプローチ及び方法の整理・検討 以上でみてきたように、本件福岡地判及び本件福岡高判と本件最判とでは、「その収入を得るために支出した金額」の解釈に関するアプローチの仕方に違いがあることは明らかである。この点について次の見解(高橋祐介「判批」ジュリスト1441号(2012年)8頁、9頁)は正鵠を射たものである。 この見解は、本件福岡高判を「いわば、法律よりも下位の規範である政令及び通達の文言によって、上位にある法律の解釈をしようとするもの」(藤谷・前掲「判批」124頁)、本件最判を「上位規範である所得税の趣旨から所得税法 34条2項が何を定めているか解釈し、下位規範である政令及び通達についてそれと整合的に解釈されるべきであるとした」(同頁)ものと位置づける見解と、解釈アプローチに関する理解の点では同じものと解される。 これらの見解を前提にして、本件最判が採用した解釈方法を検討すると、それは要するに「所得税法34条2項の趣旨と文言を踏まえつつ、上記の解釈を導いたもの」(小林宏司「判解」最判解民事篇(平成24年度(上))1頁、10頁)といえよう。 この点については、「本判決[=本件最判]が趣旨と文言に言及しているのは、いずれの点からも、判示の結論が根拠付けられることを示すものとも考えられる。」(小林・前掲「判解」10頁)と解説されているが、本件最判の前掲判示のうち「趣旨」は下線部【B】にいう「一時所得に係る収入を得た個人の担税力に応じた課税を図る趣旨」を意味し、「文言」は下線部【C】にいう「収入を得る主体と支出をする主体が同一であることを前提としたもの」を意味するものと解される。 上記の「趣旨」は、所得税法が各種所得の金額の計算方法を定める趣旨、すなわち、下線部【A】にいう「個人の収入のうちその者の担税力を増加させる利得に当たる部分を所得とする趣旨」から導き出されたものであり、後者の「趣旨」は純資産増加説に基づく担税力の観念(拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)【170】参照)を前提とする、所得課税法の体系を支える根本原則である担税力原則から導き出されたものであると解されることからすると、結局のところ、担税力原則の下位原則としての純所得課税の原則あるいは純額主義(同【311】参照)に基づく趣旨であると解される。 そうすると、本件最判が所得税法34条2項の「趣旨」と「文言」を踏まえて行った「解釈」は、所得税法の体系的解釈により「趣旨」を解明しその「趣旨」に照らして「文言」の規範的意味内容を確定する「客観的-目的論的解釈」(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)183頁以下[初出・1998 年]参照)であるといえよう(前掲拙著『税法基本講義』【294】参照)。 「租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではな[い]」と判示して文理解釈を原則とする厳格な解釈方法を確立したホステス報酬源泉徴収事件・最判平成22年3月2日民集64巻2号420頁(以下「平成22年最判」という。同判決について差し当たり佐藤英明「最高裁判例に見る租税法規の解釈手法」山本敬三=中川丈久編『法解釈の方法論―その諸相と展望』(有斐閣・2021年)341頁、347頁以下参照)も、「ホステス報酬に係る源泉徴収制度において基礎控除方式が採られた趣旨は、できる限り源泉所得税額に係る還付の手数を省くことにあったことが、立法担当者の説明等からうかがわれるところであ[る]」として基礎控除方式規定の「趣旨」に言及していることからすると、本件最判も「最判平成22年判決[=平成22年最判]と同様の解釈手法を採ったもの」(藤谷・前掲「判批」127頁)とみてよかろう。 ただ、平成22年最判と本件最判とでは「趣旨」に対するウェートの置き方・程度が異なるように思われる。前者は「期間」という明文の文言を解釈の対象としたのに対して、後者は「その収入を得るために支出した金額」という明文の文言を解釈の対象としながらも、その文言を「収入を得る主体と支出をする主体が同一であることを前提としたもの」という不文の文言(立法者が明文の文言の「前提」とした文言)として理解した上でこれを解釈の対象としたものと解されるが、文理解釈の対象に関する両者のこのような捉え方の違いが、「趣旨」に対する両者のウェートの置き方・程度の違いに帰結したように思われる。 このことを法の解釈に関する下記の「富士山理論」(長尾龍一『法哲学入門』(講談社学術文庫・2007年)171-172頁。下線筆者。第4回Ⅲ3参照)によって整理すると、前記の平成22年最判は「期間」という文言を「頂上」(「法の言葉の中心的意味」)において解釈したのに対して、本件最判は「その収入を得るために支出した金額」という文言を「裾野」(「言葉の中心的意味から離れ」たところ)において解釈したものと整理することができるように思われる。 この整理によれば、本件最判が「趣旨」を「大きく考慮している」(占部裕典「判批」平成24年度重判解・ジュリスト1453号(2013年)206頁、207頁)のは、本件最判が「その収入を得るために支出した金額」という文言を「言葉の中心的意味から離れ」たところにおいて解釈した結果、その解釈結果の「実質的正当化」が強く要請されると判断したためであろう。もしかすると、そのような要請に適切に応えなければ、本件最判の「文理解釈」(占部・前掲「判批」207頁によれば「緩やかな文理解釈」)が、本件福岡高判により許容されないとされた「解釈の名の下に規定されていない要件を付加すること」といわば「紙一重」の微妙な解釈としてその妥当性が疑問視されるおそれがあることを考慮したからかもしれない。 また、そうであるからこそ、須藤補足意見は、「租税法の趣旨・目的に照らすなどして厳格に解釈し、そのことによって当該条項の意義が確定的に明らかにされるのであれば、その条項に従って課税要件の当てはめを行うことは、租税法律主義(課税要件明確主義)に何ら反するものではない。」と説示して、目的論的解釈が厳格な解釈であることを強調したのかもしれない。   Ⅲ 実質所得者課税の原則における費用収益対応の原則の意義 以上でみてきたように、本件最判は税法の解釈論上重要な意義を有するとはいえようが、本件最判にはもう1つ重要な意義があると考えられる。それは、今回の連載のタイトルである「実質所得者課税の原則に関する費用収益対応の原則の意義」を明らかにした点にあると考えるところである。 本件最判は、前記Ⅱの2でみたとおり、所得税法34条2項の解釈によって「その収入を得るために支出した金額」は「当該収入を得た個人において自ら負担して支出したもの」に限られるとの規範を定立したが、これに本件の事実関係を当てはめるに当たって、次のとおり判示して(下線筆者)、本件保険料のうち本件保険料経理部分については「その収入を得るために支出した金額」該当性を否定した。 以上の判示によれば、本件貸付金経理部分はXらが支払を受けるべき満期保険金の「原資」、本件保険料経理部分は本件会社等が支払を受けるべき死亡保険金の「原資」、とされているが、「原資」に関するこの区分を前提にして所得税法34条2項の適用を考えると、この規定は、本件最判がその「趣旨」として説示した純所得課税の原則(前記Ⅱ3参照)に基づき、「原資」(投下資本)に基因する収入から「原資」の回収部分を控除することを定める規定として、適用することになろう。このことを控除される金額の側から表現すれば、「その収入を得るために支出した金額」は、「収入を得るために必要な支出」という意味で広義の必要経費(前掲拙著『税法基本講義』【312】参照)であるといってもよかろう。 そうすると、本件最判の前記判示は、「原資」(投下資本)の回収部分を、「収入を得るために必要な支出」(広義の必要経費)として、「原資」に基因する収入と対応させてこれから控除するという考え方を示したものと解される。この考え方は、広義の費用収益対応の原則と呼ぶことができようが、資本主義経済を前提とする所得税に、これを支える土台として、組み込まれていると考えられる(前掲拙著『税法基本講義』【333】参照)。 以上を要するに、本件最判は、広義の費用収益対応の原則に基づき、本件保険料のうち本件貸付金経理部分についてのみ「その収入を得るために支出した金額」該当性を肯定し、本件保険料経理部分についてはこれを否定したと解されるのである。 ただ、費用収益対応の原則は、従来は、企業会計上は費用に関して(企業会計原則第2の1のC参照)、所得税法上は狭義の必要経費(37条1項)及び広義の必要経費に関して、計上時期ないし年度帰属を判定するルールとして論じられてきたが(前掲拙著『税法基本講義』【333】参照)、本件最判はこの原則を、「原資」を支出した者に収入が帰属するという意味で、所得の人的帰属の判定についても妥当し得る考え方として展開する解釈論の余地を切り開いたものとしても、重要な意義を有すると考えるところである(この点については、袁・前掲「判批」141頁以下が「人の原資」の概念について説くところも参照)。 そもそも、所得の人的帰属と所得の年度帰属とは所得課税上密接に関連する(前掲拙著『税法創造論』471-472頁[初出・2007 年]、前掲拙著『税法基本講義』【232】参照)。確かに、両者は課税要件法の体系上異なる領域(課税要件としての帰属と課税標準)に位置づけられるが、しかし、所得が「誰」に帰属するかの判定は、その者に「いつ」帰属するかの判定と相俟って初めて、課税要件としての納税義務者と課税物件との結びつきという意味での帰属の関係について、その存否の判定を完結的に可能にすることになるから、両者は所得課税上密接に関連するといえるのである。 費用収益対応の原則に基づく本件最判の解釈論は、とりわけ実質所得者課税の原則(所税12条、法税11条)の解釈適用において重要な意義を有する。実質所得者課税の原則は「収益」という文言だけを用いて規定されているが、その規定においては、それに対応する「費用」も「これ[=収益]を享受する者」に帰属することが前提とされていると解される(前掲拙著『税法基本講義』【235】参照)。そうすると、本件最判は実質所得者課税の原則と費用収益対応の原則を結合して、「同項の『その収入を得るために支出した金額』という文言も、収入を得る主体と支出をする主体が同一であることを前提としたものというべきである。」(前掲判示の下線部【C】)と判示したものであるという理解も成り立ち得るように思われるのである。   Ⅳ おわりに 本件最判が「所得税法34条2項を具体的な題材としつつ租税法規の解釈の在り方を示したもの」(小林・前掲「判解」13頁)として重要な意義を有することは大方の認めるところであろうが、今回は、本件最判のもう1つの意義として、「実質所得者課税の原則に関する費用収益対応の原則の意義」を明らかにした点をも取り上げ検討した。 前記Ⅲの最後に述べたように、所得税法34条2項の解釈適用上(担税力原則及びこれに基づく純所得課税の原則から導き出される)費用収益対応の原則を実質所得者課税の原則と結合すると、「同項の『その収入を得るために支出した金額』という文言も、収入を得る主体と支出をする主体が同一であることを前提としたものというべきである。」(本件最判の前掲判示の下線部【C】)といえようが、この点について、須藤補足意見は、「同条項で、収入を得た者と支出をした者が同一でなければならないとの前提が採られているという点は、一般的な常識に合致するものであろう」(下線筆者)と述べている。 ここで須藤補足意見が「一般的な常識」を援用したのは、本件福岡高判により許容されないとされた「解釈の名の下に規定されていない要件を付加すること」といわば「紙一重」の微妙な解釈を、「趣旨」による実質的正当化に加えて、補強するためであったかもしれない。ただ、そのこと自体は一般論として妥当であるとしても、そういえるのは「一般的な常識」が税法の明示的な要件に反しない限りにおいてである。この点については、一時所得が「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」(所税34条1項)として定められていることとの関係をどのように考えるかが問題になる。 この問題については次の見解(岩﨑政明「判批」ジュリスト1407号(2010年)173頁、175頁。下線筆者)が(この見解と異なる結論を支持する筆者にとっても)有益な示唆を与えてくれるように思われる。 この見解は上記の理解に基づき本件福岡高判の結論を支持しているが、この見解のいう「一定の行為又は原因との個別対応関係」を、狭義の必要経費(所税37条1項)のうち「当該総収入金額を得るため直接要した費用の額」に係る個別対応関係(前掲拙著『税法基本講義』【314】参照)と同様の意味に理解するならば、所得税法34条2項は「その収入を得るために支出した金額」を括弧書でもって「一般的な常識」に適合するように限定的に(いわば「堅めに」)定めたものと理解することもできるであろう。筆者としては、このような理解に立って、費用収益対応の原則のうち費用と収益との個別対応関係の観点から、本件最判の理由及び結論を支持しておきたい。 (了)
#624(掲載号)
#谷口 勢津夫
2025/06/26
New 法人税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

「税理士損害賠償請求」頻出事例に見る原因・予防策のポイント【事例147(法人税)】 「令和6年4月1日以後の譲渡について「特定資産の買換えの圧縮記帳」の適用を受けるためには、同一年中の買換えであっても届出書の提出が必要になったことを知らなかったため、圧縮記帳の適用ができなくなってしまった事例」

「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例147(法人税)】   税理士 齋藤 和助     《基礎知識》 ◆特定の資産の買換えの場合の課税の特例(措法65の7) 法人が、昭和45年4月1日から令和8年3月31日までの間に、その所有する棚卸資産以外の特定の資産(譲渡資産)を譲渡し、譲渡の日を含む事業年度において特定の資産(買換資産)を取得し、かつ、その取得の日から1年以内に買換資産を事業の用に供した場合または供する見込みである場合に、買換資産について圧縮限度額の範囲内で帳簿価額を損金経理により減額するなどの一定の方法で経理したときは、その減額した金額を損金の額に算入する圧縮記帳の適用を受けることができる。 ◆買換資産を取得すべき時期 特定資産の買換えの圧縮記帳の適用を受けるためには、原則として買換資産を譲渡した日を含む事業年度において取得する必要があるが、特例として買換資産を先行取得した場合、又は翌事業年度以後に取得した場合にも適用が認められる。 ◆「特定の事業用資産の買換えの場合の課税の特例の適用に関する届出書」の提出 (1) 譲渡した年中に取得した場合(措法65の7①⑨、措令39の7②) 譲渡資産を譲渡した日又は買換資産を取得した日のいずれか早い日を含む3月期間(事業年度をその開始の日以後3か月ごとに区分した各期間(最後の3か月未満の期間を生じたときは、その3か月未満の期間)をいう。)の末日の翌日から2か月以内に、課税の特例の規定の適用受けること及び次の事項を記載した届出書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。 【参考】3月決算の場合 (※) 提出期限が土・日曜・祝日等に当たる場合は、これらの日の翌日が期限となる。 (2) 譲渡した年の前年に取得した場合(措法65の7③、措令39の7⑩) 先行取得した資産を買換資産として「特定資産の買替えの圧縮記帳」の適用を受ける場合には、その先行取得した資産を取得した事業年度終了の日の翌日から2か月以内に課税の特例の規定の適用受けること及び次の事項を記載した届出書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。       (了)
#624(掲載号)
#齋藤 和助
2025/06/26
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学会(学術団体)の税務Q&A 【第18回】「学会誌を電子化する場合の税務上の留意点」

  学会(学術団体)の税務Q&A 【第18回】 「学会誌を電子化する場合の税務上の留意点」   公認会計士・税理士 岡部 正義   ▲▼▲[解説]▲▼▲ 近年、学会誌を電子化するというケースがよく見受けられるが、その際における税務上の留意点は、次の通りである。   1 法人税 (1) 収益事業か否か 会員以外に学会誌を有償頒布する場合は、原則として、法人税法上の収益事業(出版業)に該当する(【第4回】「学会誌と出版業(法人税)」参照)。 出版業というと、通常、紙の印刷物を制作・頒布することが想定されるが、仮にデジタルコンテンツとして制作されたとしても、著作物を流通させるという意味において、紙媒体と本質的な事業内容は変わらないと考える。また、税務大学校論叢第89号「デジタルコンテンツの提供事業等と収益事業の判定について」(平成29年6月)によれば、電子書籍は出版業に該当するという考え方が示されている。 そのため、学会誌に関しては、電子媒体であったとしても、紙媒体の場合と同様に、法人税法上の収益事業を判断することになると考える。すなわち、会員以外に学会誌を有償頒布する場合は、原則として法人税法上の収益事業(出版業)に該当することになるが、公益法人の学会が、公益目的事業の一環として、学会誌を会員以外に有償頒布する場合は、法人税法上の収益事業から除外されることになる(法令5②一)。 (2) 収益事業の原価 法人税法上の収益事業に該当する場合、課税所得を計算するためには、収益事業に対応する原価を計算する必要がある。紙媒体であれば、1冊あたりの制作原価×有償頒布数で収益事業の原価を計算することになるが、電子媒体の場合、1冊あたりの制作単価というものを算出することは困難である。 収益事業の原価を計算するにあたっては、合理的な基準に基づき按分計算する必要があるが、実務上は、次のような計算により、按分計算する方法が考えられる。   2 消費税 紙媒体の学会誌の場合、国内の有償頒布は課税売上となり、国外への有償頒布は免税売上となるが、電子媒体の場合、国外への有償頒布は、国外売上となる。なぜなら、電子化した学会誌の提供は、消費税法上、電気通信利用役務の提供に該当すると考えられるためである。 そのため、電気通信利用役務の提供に関しては、購入者の住所が国内にあるかどうかで内外判定を行い、仮に国外からの購入者がいる場合、当該有償頒布は、国外売上(不課税)とする必要がある。そして、学会の消費税の計算においては、特定収入に係る仕入税額控除の調整計算が必要になる例が多いが、特定収入割合及び調整割合の計算の際は、当該国外売上を分母に含める点に留意が必要である。 〈学会誌の消費税の取扱い〉   (了)
#624(掲載号)
#岡部 正義
2025/06/26
New 固定資産税・都市計画税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第50回】「鶏舎や牛舎は完全な周壁がないとしても一部を除いて「建物」として登記され、大規模で資産価値も相当高いから「構築物」ではなく「建物」であるとされた事例」

固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第50回】 「鶏舎や牛舎は完全な周壁がないとしても一部を除いて「建物」として登記され、大規模で資産価値も相当高いから「構築物」ではなく「建物」であるとされた事例」   税理士 菅野 真美   ▷建物の定義 建物がどういうものかについては、税法において定義されていない。 固定資産税の評価基準となる家屋(建物)は「住家、店舗、工場(発電所及び変電所を含む。)、倉庫その他の建物」(地法341三)と定められている。「家屋とは不動産登記法の建物とその意義を同じくするものであり、したがって登記簿に登記されるべき建物をいうものであること」(「地方税法の施行に関する取扱いについて(市町村税関係)」第3章第1節第1二)とされている。 そこで、不動産登記法における建物の意義とは、「建物は、屋根及び周壁又はこれらに類するものを有し、土地に定着した建造物であって、その目的とする用途に供し得る状態にあるものでなければならない」(不動産登記規則111)とされている。この建物の意義を簡単な言葉で置き換えると、外気分断性、定着性、用途性といわれ、これが建物を登記する際の認定基準とされている。 このうち外気分断性について、「令和6基準年度東京都固定資産(家屋)評価事務取扱要領」第1章第1節第2の1によると、「外気分断性とは、建物の内部に外気が自由に出入りすることを防止するための屋根及び周壁等の存在をいう。これは、建物の用途に見合った空間が屋根及び周壁等によって確保されていることを必要とするものであるが、これらは、必ずしも物理的なものに限定する趣旨ではなく、用途に応じて判断することになる。つまり、仮に周壁のない建造物であっても、その使用目的、利用状況等に鑑み、概ね下界から区画された空間を形成し、またある程度の風雨等から人や物品を保護するに足るものであれば、外気分断性を満たすものとして差し支えない。」 とされているように、周壁については柔軟な取扱いが示されている。 ところで、家屋(建物)の定義において、家屋(建物)に該当しないものとして、「例えば、鶏舎、豚舎等の畜舎、堆肥舎等は一般に社会通念上家屋とは認められないと考えるので、特にその構造その他からみて一般家屋との権衛上課税客体とせざるを得ないものを除いては、課税客体とはしない」(「地方税法の施行に関する取扱いについて(市町村税関係)」第3章第1節第1二)とされている。 他方、耐用年数の適用等に関する取扱通達(耐用年数通達)では、「家畜、家禽、毛皮獣等の育成、肥育、採卵、採乳等の用に供する建物については、別表第一の『建物』に掲げる『と畜場用のもの』に含めることができる」(耐用年数通達2-1-8)とされている。 上記のような規定ぶりから家畜小屋について、建物に該当するか否かは一律に判断するのではなく、実体をみて判断することになると考えられる。今回は、牛舎、鶏舎が建物に該当するのかについて争われた事案を検討する。   ▷どのような事案か これは畜産業を営む納税者が、保有する鶏舎等、牛舎等について、「構築物」として定率法で申告したところ、課税庁が、いずれも「建物」に該当するものとして定額法で更正処分を行った。この処分に不服な納税者が訴えたものである。ちなみに訴えた事業年度は、平成26年3月期から平成28年3月期までであるが、構築物について定額法のみで償却することとなったのは、平成28年4月1日以後に取得した構築物である。 構築物として減価償却した鶏舎等、牛舎等であるが、柱と屋根はあるが周壁が四面にあるものもあれば二面しかないものもある。 床面積で明らかなものは370㎡から6,609.58㎡まであり、一部を除いて建物として表題登記がなされていた。   ▷争点 争点は、構築物として定率法に基づき減価償却をすべきか否かである。   ▷判決内容 地裁は、以下のように判示して納税者の請求を棄却した。 建物の認定基準について求めている土地の定着性、外気遮断性、用途性のうち、外気遮断性については、必ずしも完全な外気遮断性があることまでを要求するものではなく、完全な周壁を設けないことがその建造物の効用上合理的であり、完全な周壁を設けるとかえって不都合が生じると認められる場合には、同要件を緩和して認定することを妨げないという考えは、耐用年数省令における建物についても同様と解すべきである。 本件各物件は、いずれも完全な周壁を有してはいないものの、構造は、これらの物件が鶏及び牛を収容して飼育するための畜舎等として使用されている関係から、その通気性を確保するなどが必要なものであって、その用途に照らし、合理的なものというべきである上、いずれも、一定の堅固な構造を有する大規模なものであり、その資産価値は相当に高いと認められることや一般家屋との権衡からしても、耐用年数省令別表第一に規定する建物というべきであり、このことは、一部を除いて、それぞれ建物として表題登記されていることとも整合する。 納税者は、他の特定の市町村における課税上の取扱いとして、牛舎や鶏舎等を建物ではなく構築物として課税する運用を行っている旨の記載のあるホームページを引用して、本件各物件を構築物として扱うべきと主張している。しかし、これらが一般的とはいえないのに対し、本件各物件の取扱いにつき、不動産登記法上の概念を用いて建物に該当するとした認定は何ら不合理なことがないから、納税者の主張には理由がない。 本件各物件は耐用年数省令別表第一の建物に該当するから、定額法による減価償却を前提とした課税庁の各処分については適法である。 *   *   * このように構築物として定率法で償却できるという納税者の請求は棄却された。建物として判断された大きな要因は、やはり、問題となった物件の多くが家屋として登記されていたことだろう。税法においては建物の定義がなく、不動産登記規則等から建物の定義を借用して判断していることから、建物として登記されたものを、税法上は建物ではないと判断することは難しい。 (了)
#624(掲載号)
#菅野 真美
2025/06/26
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暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第70回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第70回】   東洋大学法学部教授 泉 絢也   28 DeFi取引と課税③:トークンのラップは課税イベントか (1) ラップとブリッジ ブロックチェーンが異なり互換性がないため、BTC(ビットコイン)を、これとは異なる種類の暗号資産であるETH(イーサ)を独自のトークンとして擁するイーサリアムブロックチェーンで直接利用することはできない。 しかし、WBTC(Wrapped Bitcoin:ラップドビットコイン)のようなラップドトークンを利用すれば、あたかもBTCをイーサリアムブロックチェーン上で取引や運用できるようなポジションを得ることができる。後述するロック・アンド・ミントを行っているにすぎないため、ラップ後にイーサリアムブロックチェーン上で取引されるのは、BTCそのものではなく、BTCと同様の経済的ポジションを有するWBTCであることに注意が必要である。 (※) Napkin AIを利用して筆者作成 また、イーサリアムブロックチェーン上には、スマートコントラクトを用いたERC-20規格(※)のトークンを取引できるDEXが多数存在するが、ETH自体はERC-20規格に準拠していないため、このようなDEXで直接的に取引することはできない。 (※) イーサリアムブロックチェーンで使用されているトークンの共通規格のうちファンジブルトークンを実装する際に広く用いられているもの ただし、WETH(Wrapped Ether:ラップドイーサ)を利用することで、あたかもETHをERC-20準拠のトークンとしてDEXで利用できるようなポジションを得ることができる。後述するロック・アンド・ミントを行っているにすぎないため、ラップ後にERC-20準拠のトークンとしてDEXで取引されるのは、ETHそのものではなく、ETHと同様の経済的ポジションを有するWETHであることに注意が必要である。 (※) Napkin AIを利用して筆者作成 このような事情から、特定のトークンを別のブロックチェーンで利用するため、あるいは同じブロックチェーン上で利用される別のトークンに変換するためにトークンのラップ(ラッピング)が行われる(以下、ラップするトークンを「原トークン」という)。 変換されたトークン、ラップによって新たに入手したトークンは「ラップドトークン」と総称され、暗号資産の種類ごとに頭に「W(Wrapped)」を付けてWBTC(ラップドビットコイン)、WETH(ラップドイーサ)などと呼ばれる。WBTCとWETHは、それぞれ、BTC、ETHと1対1の割合で裏付けされている。 ラップドトークンの保有者は、基本的にいつでもこれを原トークンに戻すことができる。これをアンラップ(アンラッピング)という。 ユーザーがあるチェーンから別のチェーンへ、トークンないしその価値を移動することは(クロスチェーン)ブリッジといわれる。トークンのラップは、このようなブリッジに係る技術的手段の1つであり、異なるブロックチェーン間の橋渡しをするものである。 最も一般的なブリッジの実装は、ロック・アンド・ミントのデザインである。 原トークンは送信側のスマートコントラクトにロックされ、送信者はアンラップしない限り、原トークンを動かすことができない。また、受信側のチェーンはその原トークンのレプリカのようなトークンをミント(発行)する。 このロック・アンド・ミントにより、原トークンは受信側のチェーンにブリッジされたことになるが、新たにミントされた受信側のラップドトークンは原トークンをラップしたものにすぎず、原トークンそのものではない。この点でブリッジという語の使用は誤解を招く可能性がある(Hiroki Kotabe, Web3:2022 Overview, 2023 Outlook, in DIGITAL ASSET OUTLOOK REPORT 2023 124, 128-129(The Block Research, 2022))。 ラップドトークンの保有者は、原トークンの経済的状態を保持できるといわれる(NYSBA, Report on Cryptocurrency and Other Fungible Digital Assets, Report No.1461, at 37(2022))。 また、ラップすることにより、DeFiでの運用機会の獲得、トランザクション処理速度の向上、ガス代(トランザクション利用料)の節約など、ラップしなければ利用できなかった新たな機能や利点を得ることができる。 他方で、ラップすると、原トークンをそのまま利用する場合と比べて制約が生じる。 例えば、ETHをWETHにラップすると、ETH建てのNFTをWETHでは直接的には購入することができなくなるなど、ラップすることによって原トークンのブロックチェーンで利用できなくなるし、ネットワークの利用手数料の支払に充てることもできなくなる。 また、ラップすることで、原トークンが保管されているコントラクトが脆弱な単一障害点となり、ハッキングされ、ラップドトークンが無価値となるリスクなど、スマートコントラクトに原トークンを預け入れておくというリスクを負担することになる。 このように、ラップドトークンは暗号資産の流動性や相互運用性を向上させるが、その一方で、スマートコントラクトのリスクやブリッジに関連するセキュリティ上の懸念も伴う。 このほか、ラップドトークンによっては中央集権的な管理者(他人のためにトークンを管理するカストディアン)が介在する可能性や、市場の需給の関係等により1BTC≠1WBTCなど原トークンとラップドトークンの価値が完全には1対1にならないリスクなどもある。   (了)
#624(掲載号)
#泉 絢也
2025/06/26
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〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第74回】「外国税額控除権の行使(地判平25.11.19、高判平26.3.26、最判平26.12.18)(その2)」~旧所得税法95条2項、同条6項(平成21年改正前)~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第74回】 「外国税額控除権の行使 (地判平25.11.19、高判平26.3.26、最判平26.12.18)(その2)」 ~旧所得税法95条2項、同条6項(平成21年改正前)~   税理士 水野 正夫     3 検討 (1) 外国税額控除制度の趣旨及び仕組み 外国税額控除制度の意義とその趣旨について、被告は、「国家は、国家主権の派生としての課税権を有しており、国際的二重課税にいかに対処するかは本来的にはそれぞれの国家の立法政策、租税政策に属する事柄であって、国際的二重課税排除のために外国税額控除を認めなければならないものではなく、これを認めるとしても、政策目的の実現のために課税を減免するという、国家による一方的な恩恵的措置にすぎない」と主張し、一方、原告は、「外国税額控除制度は、課税の公平と中立性の原則に基づき、国際的二重課税を排除し、国際取引に対する経済的中立性(資本輸出中立性)の維持を目的とする制度であり、所得課税の基本的構造の性格を有するものと解すべきであり、政策的課税減免規定や一方的な恩恵的措置であるなどとする被告の主張は誤りである。」と主張した。 この点について、本判決は、「当該居住者の国外所得について国外において課税される場合には、我が国の課税との間でいわゆる国際的二重課税の問題が生じるところ、同法は、我が国の国際的競争力の維持発展を図るという政策的要請の下に、国際的二重課税を防止し、海外取引に対する課税の公平と税制の中立性を維持することを目的として、外国所得税の額を一定の限度で我が国の所得税の額から直接控除することを認める外国税額控除の制度(同法95条)を採用したものと解される」として、外国税額控除制度の意義とその趣旨を判断している。 判決は、「国家による一方的な恩恵的措置にすぎない」という判断(※3)はとらず、「我が国の国際的競争力の維持発展を図るという政策的要請の下に、国際的二重課税を防止し、海外取引に対する課税の公平と税制の中立性を維持することを目的」とした制度であると位置づけた(※4)。この判断は、現在では外国税額控除が所得課税の基本的構造の性格を有していることからすると、外国税額控除を中立性の観点から説明する通説(※5)に沿ったものとして評価できる。 (※3) そのような判断をしたものとして、東京地判平16.7.14税資254号順号9697、大阪地判平22.7.29税資260号順号11488、名古屋地判平24.11.29税資262号順号12100がある。 (※4) 同旨の判断をしている判例として、東京地判平25.11.19判例時報2219号33頁、東京地判平27.5.28(裁判所HP、東京地裁平成25年(行ウ)第36号)がある。 (※5) 例えば、村井正『国際金融革命と法(第3巻)』関西大学法学研究所(2005)119頁参照。一連の銀行事件判例において、国は外税控除規定を課税減免規定と構成し、限定解釈論を展開したが、これに対する消極的見解として、村井正の他、水野忠恒『大系租税法第4版』中央経済社(2023)821頁脚注(6)及び志賀櫻『注解国際租税法の理論と実務』民事法研究会(2011)14頁がある。 (2) 外国税額控除に係る手続要件の趣旨 被告は、外国税額控除の制度は、国家による恩恵的な措置であって、その要件をどのように定めるかも立法政策に属し、このような観点から、所得税法95条5項及び6項は、確定申告書に所定の金額等の記載があり、かつ、財務省令で定める書類を添付した場合に限って、外国税額控除を認めることとしたものである、とし、このような限定がされたのは、外国税額控除制度において控除限度額が設けられるとともに、税額の計算の安定を確保し、もって租税法律関係の明確化を図るためである、と主張した。 これに対し、原告は、「同条6項については、繰越控除限度額が発生しない年の確定申告書に当該年の控除限度額及び外国所得税の額を記載させることは、税額の計算の安定や租税法律関係の明確化に何ら資するものではない」とし、「さらに、同条2項の適用に当たっては、同項の適用を受けようとする年分の確定申告書及び当該年分の所得税から控除しようとする控除余裕額が発生した年の確定申告書に所定の事項が記載されていれば、同項の適用を受けようとする納税者の意思内容は明確に示されているといえ、課税実務上の不都合も生じない」と反論している。 判決は、外国税額控除の制度が国家による恩恵的な措置かどうかについての明言は避けつつ、所得税法95条5項及び6項は、外国税額控除の規定の適用には確定申告の段階で外国税額控除を受けること及びその計算関係等を明示することを要するものとすることによって、税額の計算の安定を確保し、もって租税法律関係の明確化を図る趣旨であるとし、被告の主張の文言をそのまま認めている。 ただし、被告の主張の前段部分のように、外国税額控除制度における手続要件規定は、外国税額控除の制度が国家による「恩恵的」な措置であって、「厳格」な手続要件を要求するべきものとして理解すべきではない。 原告が主張するように、繰越控除限度額が発生しない年の確定申告書に当該年の控除限度額及び外国所得税の額を記載させても税額の計算の安定や租税法律関係の明確化に何ら資するものではなく、課税実務上の不都合は生じないとする原告の主張もあながち理由がないものではないと思われる。 このことは、判決が「所得税法95条1項が適用されずに外国税額控除が行われない年については確定申告書への控除限度額及び外国所得税の額の記載を要求せず、後に同条2項に基づく控除余裕額の繰越使用により控除を受けようとする年に、それ以前の各年に係る控除限度額及び外国所得税の額をまとめて確定申告書に記載することを要求するという手続上の仕組みも、立法政策としては考え得るところである」とわざわざ言及していることからも明らかである。 過度あるいは不合理な手続要件を付すことは、外国税額控除制度の複雑性にも鑑み、課税の公平性の観点からも控えるべきであり、納税者の納得感や税務行政への信頼にも影響が出る可能性もある。上記の(※3)及び(※4)に掲げた判例も含め、外国税額控除の手続要件を満たさず救済を求める判例は数多くある。この争訟の多さ自体が手続要件を充足しないことによる外国税額控除の不適用に対する納税者の「納得感のなさ」を示している。二重課税を排除し、中立性を確保するという外国税額控除制度の目的を中心に据え、税額の計算の安定を確保し、もって租税法律関係の明確化を図るという本判決が示した外国税額控除の趣旨に照らして、納税者に対して過度な負担とならぬよう、立法は柔軟に行うべきである。 なお、この点については、平成23年12月税制改正において、所得税法95条5項に、確定申告書のみならず、「修正申告書又は更正請求書」が追加され(申告書等)、また、同条6項については、「各年について」とされていたものが「各年分の申告書等に」という文言に変更され、外国税額控除の手続要件が緩和された(※6)。また、平成29年度税制改正においては、適用金額の計算の基礎となる控除対象外国法人税の額等が 納税者の立証すべき事項として明確化されるとともに、一定の要件の下、税務署長が本税の増額更正をする場合、連動的に税額控除額を増加できる改正が行われている。 (※6) この改正については、「当初申告時に選択した場合に限り適用が可能な『当初申告要件が設けられている措置』については、事後的な適用を認めても問題がないものも含まれていることを踏まえ、更正の請求を認める範囲を拡大します」(平成23年度税制改正大綱7頁)とされている。 本件も、平成23年12月改正後の所得税法の適用関係であれば、更正の請求が認められ、争訟に発展していなかったものと思われる。この改正後、筆者の確認する限り外国税額控除の手続要件を争った事例は、確実に減っており、この改正は、外国税額控除制度を海外取引に対する課税の公平と中立性を維持することを目的とした制度と理解する立場に沿った改正として評価に値するものと思われる。 (3) 所得税法95条6項の「各年」の意義 判決は、「所得税法95条6項にいう「各年」とは、「繰越控除限度額に係る年のうち最も古い年」、すなわち、同条2項に基づく控除を受けようとする年の前年以前3年以内であって同法施行令224条1項に基づきその年の控除限度超過額に充てられることとなる国税の控除余裕額の存在する年のうち最も古い年を始まりとして、それ以後同法95条2項に基づく控除を受けようとする年までの各年を意味するものと解すべきである。また、このような解釈は、「各年」につき開始時点以外には明確な限定を付していない同項の文理に照らしても自然なものということができる」とした。 また、判決は、所得税法95条6項に規定する「繰越控除限度額に係る年のうち最も古い年以後の各年について」との文言について、「繰越控除限度額に係る年のうち」が直後の「最も古い年」のみならずそれを超えて「各年」まで直接修飾するという解釈をする原告の主張は、「特に文言上の手掛かりがないにもかかわらずこのような解釈を採ることは、文理上困難といわざるを得ない」として原告の主張を退けている。 判決は、「繰越控除限度額に係る年のうち最も古い年以後の各年」について、租税法律主義の要請である文理解釈を重視し、判断を下している。この点については、「繰越控除限度額に係る年」を「繰越控除限度額が発生した年」のみに限定する原告の解釈は、文理上、いささか無理があるように思われる。判決が同法95条6項を文理解釈し、「控除限度超過額に充てられることとなる国税の控除余裕額の存在する年のうち最も古い年を始まりとして、それ以後同法95条2項に基づく控除を受けようとする年までの各年を意味するものと解すべき」であるとする本判決の解釈には異論はない。 問題は、その文理解釈の結果が納税者にとって不合理な結果となっていないかどうかである。というのも、従来の税法判例においては、裁判所が、正当かつ合理的な理由に基づくのであれば、租税法規の文理を離れて個別的救済を図ってきたという経験があるからである(※7)。 (※7) 谷口勢津夫「租税法律主義と司法的救済保障原則-裁判官による文理解釈の「適正化」のための法創造根拠理由の研究-」税法学586号377頁~402頁(2021年)参照。 本件においては、平成20年分の所得税について、国税庁は確定申告書の書式と併せて「外国税額控除に関する明細書」の書式を作成して提供されていること、原告が平成20年分の確定申告において、外国税額控除の書式を提出しなかったこと、原告自身も平成19年分の所得税については外国税額控除に関する明細書を提出し、外国税額控除を受けていることからすれば、平成20年分確定申告書に所得税法95条6項所定の事項を記載しなかったことは、所得税法95条7項(※8)に規定する「やむを得ない事情」に該当しない、と判断されている。実際には、平成23年12月改正前には、納税者が事後的に書類を添付して外国税額控除を認めてもらうことは、かなり困難なケースが多かったものと思われる。 (※8) この宥恕規定は平成24年度の税制改正により廃止されている。   4 おわりに 所得税法95条6項の要件充足の有無が争われた本件は、外国税額控除の手続要件という「課税要件法に組み込まれた手続法」(※9)の適用が争われた事例である。 (※9) 谷口・前掲(※7)、391頁参照。 課税要件法に組み込まれた手続法の適用については、タックス・ヘイブン対策税制の適用除外要件規定の適用に関して確定申告書へのいわゆる適用除外記載書面の添付をしなかった場合について、その書面添付を「適用除外規定の適用要件を定めたもの」として、適用除外要件の充足の有無に関する実態判断に立ち入ることなく、適用除外規定の適用を否定する裁判例(サンリオ事件)(※10)がある。 (※10) 東京高判令3.11.24税資271号順号13633。 この判決に対しては、「当時の措置法66条の6第7項を文理解釈すると、『確定申告書への適用除外記載書面の添付が本件各適用除外規定の適用要件とされていることは明らかといえる。』という裁判所の判断は正しいと考える」(※11)としながらも、「適用除外記載書面の添付漏れという理由のみにより適用除外要件の対象外となってしまうということは、本来外国子会社合算税制の適用を受ける必要がない納税者に対してまで課税を拡大することとなり、国際的二重課税を助長し、納税者に不当な負担を生じさせるという一面もある。外国子会社合算税制の趣旨を鑑みれば、法の建付けそのものが納税者に対して厳しすぎるものであるように感じられる」(※12)という指摘の通り、納税者の法的安定性及び予測可能性をその機能とする租税法律主義の要請である文理解釈が、一方では書面の添付がないという一事をもってその適用を否定されてしまうという「違和感」を生み出してしまうこともまた事実として認識すべきであろう。 (※11) 吉村優「一角塾【第53回】サンリオ事件-外国子会社合算税制における適用除外規定の適用-(地判令3.2.26、高判令3.11.24)(その2)」プロフェッションジャーナル583号。 (※12) 吉村・前掲(※11)。 解決の途は2つある。1つは租税回避が行われた際に立法によってその抜け穴を防ぐのと同じように、このような事例が出た場合には、手続要件を緩和する方向で見直すことである。本件はそのようなケースに該当する。もう1つは、訴訟になった場合に裁判所が納税者を救済するという方法である。裁判所が租税回避に対して文理解釈を離れてそれを否認する場合がある(※13)のと同様、文理解釈の結果が不合理な結果となる場合には、納税者を救済する方向で文理解釈から離れた判断をすべき場合もあるということである(※14)。 (※13) 西川浩史「一角塾【第18回】りそな外税控除否認事件(地判平13.12.14、高判平15.5.14、最判平17.12.19)(その1)」プロフェッションジャーナル531号、畠山和夫「一角塾【第22回】「住友銀行外税控除否認事件-受益者条項からみたケース別否認類型の検討-(地判平13.5.18、高判平14.6.14、最判平17.12.19)(その1)」プロフェッションジャーナル531号参照。 (※14) この点に関する先行研究として、谷口・前掲(※7)参照。 私見では、本件は必ずしも文理解釈から離れた判断をすべき事案というわけではないが、「課税要件法に組み込まれた手続法」の適用関係を争う事例は今後も増加してくるものと思われ、判例及び研究の蓄積が待たれるところである(※15)。 (※15) 本件は、課税要件法に組み込まれた手続法の適用の問題であり、納税者が外国税額控除を適用するかどうかの選択を手続要件の下で認めている規定であると理解できる。納税者による選択の錯誤無効の判断基準について検討したものとして、例えば、谷口勢津夫「課税要件法上の選択手続と法的救済」『税法創造論』清文社(2022)821頁[初出、2000年]参照。 (了)
#624(掲載号)
#水野 正夫
2025/06/26
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有価証券報告書における作成実務のポイント 【第12回】

有価証券報告書における作成実務のポイント 【第12回】   史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋   今回は、有価証券報告書のうち、【経理の状況】の【注記事項】退職給付関係とストック・オプション関係までの作成実務ポイントについて解説する。 なお、本解説では2025年3月期の有価証券報告書(連結あり/特例財務諸表提出会社/日本基準)に原則、適用される法令等に基づき解説している。   1 退職給付関係 退職給付制度がある場合、確定給付制度、確定拠出制度、複数事業主制度について注記が求められている。連結の注記であるため、連結子会社についても注記が必要であることから、連結子会社の退職給付制度についても情報を収集する必要がある。 また、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表においては注記不要である。 (1) 確定給付制度 確定給付制度については、以下の1から10を注記する。 【事例:旭有機材(株) 2025年3月期の有価証券報告書】 (2) 確定拠出制度 確定拠出制度については、以下の1から3を注記する。 【事例:岩谷産業(株) 2025年3月期の有価証券報告書】  (省略)  (省略) (3) 複数事業主制度 複数事業主制度については、以下の1から2を注記する。 【事例:フジオーゼックス(株) 2025年3月期の有価証券報告書】  (省略) 2 ストック・オプション関係 ストック・オプションの情報について注記を記載する。親会社が付与したストック・オプションのみならず、連結子会社が付与したストック・オプションも注記対象である。 実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」に従って会計処理する場合、従業員等に対して付与された権利確定条件付き有償新株予約権も注記対象である。 なお、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表においては注記不要である。 (1) ストック・オプション、自社株式オプション又は自社の株式の付与又は交付に関する注記 (2) ストック・オプションに関する注記 【事例:(株)ノジマ 2025年3月期の有価証券報告書】 (了)
#624(掲載号)
#西田 友洋
2025/06/26
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税理士事務所の労務管理Q&A 【第26回】「職場における熱中症対策義務」

税理士事務所の労務管理Q&A 【第26回】 「職場における熱中症対策義務」   特定社会保険労務士 佐竹 康男   熱中症の重篤化を防止するため、労働安全衛生規則が改正され、令和7年6月1日から施行されています。特定の条件下で働く労働者を対象とした熱中症対策が事業者の法的義務となります。 今回は、義務化された熱中症対策について、解説します。 * * 解 説 * * 1 労働安全衛生規則改正 労働安全衛生法では、「事業者は高温などによる健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない」と規定されています(労働安全衛生法22条2号)。 その必要な措置は労働安全衛生規則で定めるものとされ、今回の改正は、この規定を受けて、熱中症対策の具体的な内容が明記されました(労働安全衛生規則612条の2)。   2 義務化の対象となる作業条件 熱中症対策を義務とする作業について、作業環境と作業時間における条件が示されています。対象となるのは、以下の条件に該当する作業です。 〈作業条件〉 (※) 「WBGT値」とは、単位は気温と同じ摂氏度(℃)で示されますが、気温だけでなく、湿度や輻射熱(地面や建物からの照り返しなど)も考慮して計算される数値のことです。より人体が感じる暑さに近い指標と言われており、WBGT値がWBGT基準値を超えると熱中症のリスクが高まり、身体作業強度の低い作業への変更、作業場所の変更などの対策が必要になります。WBGT値の実況と予測が環境省の熱中症予防サイトで確認でき、参考値を得ることができます。   3 事業者に義務付けられた措置 上記条件に当てはまる作業を行う事業者には、熱中症の重篤化を防止するため、「報告体制の整備」「実施手順の作成」「関係者(労働者)への周知」をすることが義務付けられました。 (1) 報告体制の整備 熱中症を生ずるおそれのある作業を行う際に、「熱中症の自覚症状がある作業者」及び「熱中症のおそれがある作業者を見つけた者」がその旨を報告するための体制(連絡先や担当者)を事業場ごとにあらかじめ定めなければなりません。 (2) 実施手順の作成 熱中症のおそれがある労働者を把握した場合に、熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置に関する内容や実施手順を、事業場ごとにあらかじめ定めておかなければなりません。 実施手順には、次の事項を盛り込む必要があります。 〈実施手順の内容(例)〉 (3) 作業従事者への周知 事業者は、上記(1)の報告体制と(2)の実施手順を、作業に従事する者に確実に周知しなければなりません。 周知の方法については、法令では直接定められていませんが、厚生労働省の資料では、下記の方法が例示されています。 〈作業者への周知(例)〉   4 違反した場合の罰則等 義務化される熱中症対策を怠った場合、事業者には6ヶ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科されます(労働安全衛生法119条)。 また、重篤化した場合等は、安全配慮義務違反として民事上の損害賠償責任を問われる可能性もあります。   5 結びに 前述のとおり、熱中症対策義務は、企業規模・業種や作業内容が屋内か屋外かなどは問われません。条件に該当する作業を行う事業者は全てその対象となります。 そのため、建設業などの屋外作業が多い業種だけでなく、製造業等の工場や倉庫での作業を中心とする業種や、外出が多い営業職なども、作業条件に該当すればその対象となります。したがって、事業所の業務内容を確認する必要があります。 また、熱中症は重篤化すると命にかかわります。今回の義務化の対象となっていない作業であっても、熱中症対策は必要ですので、その予防や労働環境の現状把握(作業環境及び作業時間)に留意することが大切です。 (了)
#624(掲載号)
#佐竹 康男
2025/06/26
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〔業種別Q&A〕労使間トラブル事例と会社対応 【第5回】「外国人労働者を雇用する際の留意点」

〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第5回】 〈製造業〉 〔Q5〕 「外国人労働者を雇用する際の留意点」   弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 中野 博和   【Q】 当社では、新たに外国人労働者を雇用しようと考えています。外国人労働者を雇用する場合の留意点を教えてください。 【A】 外国人を雇用する場合、不法就労助長罪が成立しないように在留資格を確認する必要があるなど、以下の解説にて紹介するとおり、様々な法規制がありますので、注意が必要です。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 ハローワークへの届出等 外国人、すなわち日本国籍を有しない者の雇入れ及び離職の際には、その氏名、在留資格、在留期間、生年月日、性別、国籍・地域、資格外活動許可又は報酬活動許可の有無及び在留カード番号をハローワークに届け出ることが必要である(労働施策総合推進法28条、同法施行規則10条~12条)。ただし、外国人であっても、特別永住者、又は在留資格が外交、若しくは公用である場合には、届出の必要はない。 ハローワークへ届け出る事項については、在留カードやパスポートなどにより確認することになる。   2 在留カードの確認 実際には当該外国人が必要な在留資格を有していないにもかかわらず、在留資格があること等を十分に確認しないまま雇い入れてしまったような場合、不法就労助長罪(入管法73条の2第1項)が成立し得る。 不法就労助長罪は、故意がある場合だけでなく、過失がある場合にも処罰の対象となる上(入管法73条の2第2項)、確認に当たって尽くすべき手段を全て尽くさなかった場合には、同罪における過失が認められるため、非常に過失が認められやすくなっている。 外国人の在留資格には、①就労が認められ、かつ活動範囲に制限がないもの、②就労が認められるが、活動範囲に制限があるもの、及び③就労が認められないものがある。ただし、就労が認められない在留資格についても、資格外活動許可(入管法19条1項、2項)を得れば、1週について原則として28時間以内(在籍する教育機関が学則で定める長期休業期間にあるときは、1日について8時間以内)といった活動時間の制限等、一定の範囲内で就労が認められる(入管法施行規則19条5項)。なお、この資格外活動許可(包括許可)については、副業等も含めて1週について28時間以内である必要があるため、副業の有無やその就労時間についても確認する必要がある。 そのため、在留期間の徒過により不法滞在となっているような場合だけでなく、適法な在留資格自体はあるものの、就労が在留資格に基づく活動範囲外である場合にも、その確認を怠れば、不法就労助長罪が成立し得る。 不法就労助長罪が成立する場合、3年以下の拘禁刑若しくは300万円以下の罰金又はその両方が科される可能性がある。なお、令和6年の入管法改正により、法定刑の上限が引き上げられ、5年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金又はその両方が科されることになる。この入管法改正は、令和6年6月21日から3年以内に施行される予定である。 在留カードを見慣れていないため、どのように確認をすればよいのかが分からない場合もあるかもしれない。そのような際には、法務省の「「在留カード」及び「特別永住者証明書」の見方」において、在留カード番号や在留資格などの項目や偽造・変造の有無の確認方法が紹介されており、参考になる。また、在留カード等読取アプリケーションを活用することでも、偽造・変造の有無等を確認することができる。 なお、使用者が、外国人労働者の在留カードやパスポートを預かって保管することは、損害賠償請求の対象になる可能性がある(損害賠償請求事件・熊本地判令和3年1月29日判時2510号33頁など)ほか、当該外国人労働者が技能実習生の場合、本人の意思に反して在留カード、パスポートを保管したときは、技能実習法48条1項、111条5号、(育成就労制度に移行後は、育成就労法48条1項、111条5号)により6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処される可能性があるため、注意が必要である。   3 分かりやすい労働条件の明示 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない(労働基準法15条1項)。 厚生労働省の「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」(平成19年8月3日厚労告276号)では、労働条件の明示にあたり、モデル労働条件通知書やモデル就業規則を活用する、母国語等を用いて説明する等、当該外国人労働者が理解できる方法により明示するよう努めることと記載されている。この点については、あくまで努力義務にすぎないため、必ずこれに従わなければならないというわけではないが、日本語が不慣れな外国人を雇い入れる場合には、後のトラブルを未然に防止する観点から、厚生労働省のモデル労働条件通知書やモデル就業規則を活用するなど、労働条件等に関し労使双方に認識の違いが生じないようにしておくことが肝要である。 なお、モデル労働条件通知書及びモデル就業規則については、それぞれ厚生労働省のHPに掲載されている。   4 技能実習計画認定等の取消し 技能実習生を受け入れるためには、技能実習計画が認定される必要がある(技能実習法8条1項)ところ、技能実習計画が認定された後、「出入国又は労働に関する法令に関し不正又は著しく不当な行為をしたとき。」(技能実習法16条1項7号)に該当する事実が認められた場合、技能実習計画の認定が取り消されてしまうので注意が必要である。 なお、令和6年の法改正により、技能実習法は育成就労法へ改正されたが、育成就労法は、令和6年6月21日から起算して3年以内に施行されることとなっており、育成就労法においても、育成就労計画認定の欠格事由として、「出入国又は労働に関する法令に関し不正又は著しく不当な行為をした日から起算して5年を経過しない者」(育成就労法10条9号)と規定されていることから、「出入国又は労働に関する法令に関し不正又は著しく不当な行為」が認められる場合には、同様に、育成就労計画の認定が取り消されることとなるものと考えられる。 実務上は、労働安全衛生法違反や労働基準法違反により罰金等の刑罰が科された場合に、技能実習法16条1項7号の取消事由に該当するとして、技能実習計画の認定を取り消す事例が多いが、ここで注意が必要なのは、この法令に関する不正行為等は、技能実習生を含む外国人労働者との関係に限らず、日本人労働者との関係において労働関係法令に関して不正行為等を行った場合にも、技能実習法16条1項7号の取消事由に該当するとして、技能実習計画の認定を取り消されてしまうという点である。 例えば、外国人労働者に対しては賃金の未払いはないものの、日本人労働者に対しては賃金の未払いが発生しており、この点について労働基準法違反として処罰された場合にも、技能実習法16条1項7号の取消事由に該当するとして、技能実習計画の認定を取り消されてしまうこととなる。 また、技能実習計画の認定が取り消されてしまった場合、5年間は、再度、技能実習計画の認定を受けることができない(技能実習法10条9号)。 技能実習法は、人材確保の手段ではなく、人材育成を通じた国際貢献を目的とするものではある(一方で育成就労法は、我が国の人手不足分野における人材の育成・確保を目的としている)が、多数の技能実習生を受け入れている場合には、技能実習計画認定が取り消されれば、同等の労働力の確保が課題となり得るため、技能実習計画認定が取り消されないように気を付ける必要がある。 (了)
#624(掲載号)
#中野 博和
2025/06/26
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