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従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第14回】「私傷病休職と解雇・退職の有効性」
従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第14回】 「私傷病休職と解雇・退職の有効性」 弁護士 柳田 忍 【Question】 メンタル不全により私傷病休職中で近々休職期間が満了となる当社のフルタイム従業員Xから、「総合職として復職可能」とする診断書の提出と復職の申出を受けました。当社はXを技術職としての経歴を重視して中途採用したものですし、昨今の業務のAI化に伴い総合職のニーズが減少していることなどから、総合職の人員はここ数年補充していません。 Xを総合職として復職させなければならないでしょうか。それとも、休職期間満了時に復職可能とならなかったものとして解雇ないし退職扱いとしてよいでしょうか。 【Answer】 Xについて、総合職の業務は「その従業員が配置される現実的な可能性のある他の業務」には該当しない可能性が高いため、Xを復職させる必要はないと思われます。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 1 はじめに 私傷病休職制度を採用する多くの企業において、休職期間満了時において復職可能な健康状態に回復していないことを解雇事由ないし退職事由とすることが一般的である。復職可能な健康状態に回復していることについては従業員が立証責任を負うが、その立証手段として、私傷病休職中の従業員から、「週〇日勤務であれば復職可能」、「〇〇業務であれば復職可能」といった、条件付きで復職を可能とする医師の診断書が提出されることがある。このような診断書を受けて、私傷病休職者が提示する条件をどこまで受け入れなければならないのかと頭を悩ませた会社等は少なくないであろう。 そこで、本稿においては、私傷病休職者の解雇・退職のポイントについて説明する。 (※) なお、以下においては触れていないが、産業医の意見などを得て、上記のような主治医の診断書の内容について争うことも考えられる。 2 復職可否の判断基準 会社等は、私傷病休職者が以下①ないし③のいずれかに該当する場合は、復職可能な健康状態に回復したものとして、復職を認めなければならない(片山組事件・最1小判平成10年4月9日)。すなわち、このような場合に、復職可能な健康状態に回復していないとして私傷病休職者を解雇や退職扱いとすると、それらの措置が無効となる。 実務上しばしば問題になるのが、どのような作業が②の「軽微作業」に該当し、どのくらいの期間が「ほどなく」に当たるのか、また、どのような業務が③の「現実的な可能性のある他の業務」に当たるのか、といった点である。以下、それぞれについて説明する。 3 上記判断基準②について 私傷病休職中の従業員から「週〇日勤務であれば復職可能」などと、業務量の軽減等を条件として復職可能である旨の診断書が提出される場合がある。このような診断書を受け取った会社等においては、どこまで業務量を軽減しなければならないのか。また、どのくらいの期間業務量を軽減しなければならないのか。 この点、あくまで目安ではあるが、以下のように考えられるのではないかと思われる。 以下、独立行政法人N事件によると、従前の半分程度の業務量では実質的には休職しているようなものであるということなので、従前の半分以下の業務量の場合は「軽微業務」には当たらないと解釈することができると思われる。 また、以下独立行政法人N事件および北産機工事件によると、職務に従事しながら2~3か月程度の期間をみることによって完全に復帰できるような場合には「ほどなく」に当たるものの、半年も待つ必要はない、ということになるのではないかと思われる。 4 上記判断基準③について 私傷病休職者から「〇〇業務であれば復職可能」などと、従前の業務と異なる業務での復職の申出がなされることがあるが、会社等においては当該休職者に就かせることを想定していなかった業務への申出であったりして、困惑することも少なくない。このような場合、どのような業務が「現実的に可能性のある他の業務」に当たるのかが問題となる。 (1) 「現実的な可能性のある他の業務」の判断要素 「現実的な可能性のある他の業務」か否かの判断にあたっては、以下の点が考慮される(前掲片山組事件)。 以上の判断要素を踏まえたうえで、「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高い業務の例は以下のとおりである。 (2) 「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高い業務の例 ① 採用時に想定されていない業務 以下の裁判例に照らすと、専門職として採用された従業員等について、採用時に従事させることが想定されていなかった非専門職は「現実的な可能性のある他の業務」には当たらないと判断される可能性が高い。 もっとも、採用時に想定されていない業務であっても、採用後に従事させたことがある業務については「現実的な可能性のある他の業務」に該当すると判断される可能性があることに注意が必要である。 ② 前例のない配転先の業務 以下の裁判例に照らすと、申出がなされた業務への配転が前例のないものである場合も、「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高いと思われる。 ③ その時点で会社等に存在しない業務 以下の裁判例に照らすと、外注に出している業務について外注先との契約を解消して私傷病休職者に提示するとか、空きがなく、空きが生じる見込みもない業務につき私傷病休職者のために空きを作り出して提示するといったことまでは求められない可能性が高いと思われる。 (了)
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〈Q&A〉税理士のための成年後見実務 【第23回】「成年後見制度の改正」~任意後見制度の見直し~
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第23回】 「成年後見制度の改正」 ~任意後見制度の見直し~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 成年後見制度の改正議論では、任意後見制度について見直しがされると聞きました。どのような改正になるのでしょうか。 【A】 任意後見制度については、任意後見監督人の選任を必須としない案や、任意後見制度の開始の申立権者を広げる案、一定の申立権者にその申立てを義務付ける案など、任意後見制度の利用をしやすくし、より実効性を持たせる方向で改正議論が行われています。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 任意後見制度とは 任意後見制度とは、本人が元気なうちに任意後見人となって欲しい人(任意後見受任者)と任意後見契約を締結しておき、実際に本人の判断能力が衰えた場合には家庭裁判所に申立てを行って任意後見契約を発効させて、任意後見人が本人のために活動を行う制度です。法定後見制度では、本人が希望した候補者が成年後見人に選任されるとは限りませんが、任意後見制度の場合はほとんどの場合、任意後見受任者が任意後見人として活動することができます。いわば「後見人の予約」のような制度です。 任意後見制度は本人の希望する人に財産の管理等を任せることができるため、本人の意思を尊重するという観点からは好ましいといえます。 今回の改正では、任意後見制度の課題とされてきた点の見直しを行い、より利用しやすい制度への改正が議論されています。税理士は顧問先等の特定の顧客との信頼関係が構築されているため、顧客から「任意後見人になって欲しい」と依頼を受けることも多いと思われます。特に注目すべき改正点といえるでしょう。 2 任意後見監督人についての見直し 任意後見契約を発効させるためには、任意後見人の事務を監督する「任意後見監督人」の選任申立てを家庭裁判所に行う必要があります。よって、任意後見制度を利用するためには、任意後見監督人が必須です。これは家庭裁判所が直接監督を行うよりも、家庭裁判所の事務負担を軽減しつつ、実効性のある監督を実現することが可能となることなどが理由とされています。 しかし、任意後見監督人に支払う報酬が負担となることなどが任意後見制度の普及が進まない一因ともいわれていることから、家庭裁判所の判断により任意後見監督人を必須としないこともできるようにする改正が検討されています。 (※) 令和6年12月末時点の任意後見制度の利用者は、成年後見制度の全体の利用者が253,941人であるのに対して、2,795人に留まります。 3 申立権者の拡大と義務付け 任意後見制度の課題として任意後見契約を締結しているにも関わらず、本人の判断能力が衰えてからも申立権者が任意後見監督人の選任の申立てがなされず効力が生じないままになっている事例が少なくないといわれています。 これは、任意後見受任者の制度理解が不十分であることや、任意後見監督人に支払う報酬を考えて躊躇しているなど様々な理由が考えられますが、適切なタイミングで任意後見制度の利用が開始されなければ本人の意向に反することにもなりますし、十分に保護ができなくなる可能性もあります。 そこで改正議論では、申立権者を現行法の定める「本人」、「配偶者」、「四親等内の親族」、「任意後見受任者」から拡大し、任意後見契約書において指定した者を申立権者に加える案や、市町村長等の公的機関に申立権を認める案などが議論されています。また、任意後見受任者等の一部の申立権者に申立てを義務付けることなども検討されています。 4 任意後見制度と法定後見制度の併存 現行法では任意後見制度を利用している者が、法定後見制度を同時に利用することはできません。現行法では任意後見制度を利用している場合において、任意後見契約で設定した任意後見人の権限が不足しているときは、任意後見制度を終了させて法定後見制度の利用に切り替えを行うケースがあります。 今回の改正では法定後見制度を特定の法律行為について保護者に権限を付与する仕組みとする案も検討されていますが(本連載【第21回】参照)、この案が採用された場合には任意後見人の不足する権限について、法定後見制度において保護者に付与することも可能となるため、任意後見制度と法定後見制度の併存を可能とすることも議論されています。 【現行法】 【改正議論】 (了)
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プロフェッションジャーナル No.638が公開されました!~今週のお薦め記事~
2025年10月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.638を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
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monthly TAX views -No.152-「自民党再生の道」
monthly TAX views -No.152- 「自民党再生の道」 東京財団 シニア政策オフィサー 森信 茂樹 自民党の総裁選挙が終盤を迎えているが、候補者の話にそれほど新味はない。筆者は、参議院選挙に自民党がなぜ大敗したのかということへのきちんとした反省がなければ、誰が新総裁に選ばれてもこれまでと変わらないと考える。 * * * 自民党が大敗した原因は何か。 9月2日に公表した自民党の総括報告書「国民政党としての再生に向けて」をもとに考えてみたい。 報告書は概要以下のような敗因についての記述をしている。 その理由として、「自民党は共働き世代に何もしてくれていない」、「自民党は高齢者優先で若年層を置き去りにしている」といったシルバーデモクラシーへの批判を挙げている。 * * * 次は選挙公約の経済政策についての記述である。 野党の掲げる財政ポピュリズムに乗る形で、つまり「野党の土俵」で勝負しようと国民全員へのバラマキ給付案を打ち出したことが敗因であった。 責任与党として、なぜ消費税減税ができないか、財政への影響をわかりやすく説明し、消費税減税は物価高対策として逆効果になることをSNSで分かりやすく説明すべきではなかったか。 * * * ガソリン暫定税率の協議では、各党ともそれなりの代替財源を提示して議論し始めている。このことは、野党にも財源問題にきちんと向き合わなければ政策の実現が難しいという責任感が出てきたことを示しているといえよう。 今後野党との政策協議や連携の議論が行われるが、責任ある立場として、ポピュリズムに乗っかるのではなく、各党の主張する財源の中身の吟味をしっかりすることだ。 先ほどの報告書は、次のことも記述している。 その通りである。筆者には、安倍総理が官邸主導の経済政策をとり始めて以来、自民党の政策立案能力が大いに低下したという実感がある。 * * * 今になって高市候補や林候補が給付付き税額控除やユニバーサルクレジットを主張し始めたが、このような骨太の提言をなぜ選挙公約としなかったのだろうか。 ユニバーサルクレジット(給付付き税額控除)は、単に減税と給付を結び付けるだけの政策ではない。次回改めて解説するが、勤労インセンティブを高め人的資本の向上を図るトランポリン型の積極的労働政策と組み合わされ、労働移動の円滑化を支える成長戦略である(財務省財務総合政策研究所 フィナンシャル・レビュー「ベーシックインカムと給付付き税額控除」参照)。 デジタルを活用し、バラマキ的な給付をやめ、細かいセーフティネットを構築することなど、政策立案能力を磨き上げ具体案を提言することこそが支持回復の近道だ。 (了)
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《税務必敗法》 【第5回】「提出すべき別表等を誤った」
《税務必敗法》 【第5回】 「提出すべき別表等を誤った」 公認会計士・税理士 森 智幸 【事例】 X会計事務所の甲は、前任の乙が×7年5月末で退職したことに伴い、3月決算であるA社を新たに担当することになった。甲が同年6月に入り、A社の確定申告書を閲覧すると、×6年度の確定申告において「中小企業者等が機械等を取得した場合の法人税額の特別控除」を受けるために別表6(15)を添付すべきところ、誤って別表6(23)が添付されていたことに気づいた。 驚いた甲が所轄税務署に電話をかけ「期限後だが、別表の差替えはできるか?」と問い合わせたところ、「確認はしてみるが、確定申告でこの特別控除の適用を受けていない場合は、更正の請求によって特別控除の適用は受けることはできないこととされているので、その点はご理解いただきたい。」と回答された。 1 はじめに 本連載は、税務を行う上で「これをやったら失敗する」という必敗法を紹介するものである。今回は「提出すべき別表等を誤った」である。 一部の法人税等の特別控除は別表や付表の提出が適用要件となっている。また、消費税等においても届出書等の提出が要件となっているものがある。 書類の提出を失念したことによる事故事例はよくあるが、今回は提出したものの、誤って別の書類を提出してしまったケースについて紹介する。 2 提出すべき別表等の誤り事例 (1) 中小企業投資促進税制と中小企業経営強化税制 冒頭の事例は、株式会社日税連保険サービスの『税理士職業賠償責任保険事故事例(2022年7月~2023年6月30日版)』の事例13を参考にしたものである。 (株式会社日税連保険サービス『税理士職業賠償責任保険事故事例(2022年7月1日~2023年6月30日版)』の事例13より) この事例は、「中小企業投資促進税制(中小企業者等が機械等を取得した場合の特別償却又は税額控除)」における税額控除を受けるために別表6(15)を添付すべきところ、誤って「中小企業経営強化税制(中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除)」における税額控除にかかる別表6(23)を添付してしまったというものである。 この特別控除は、いわゆる当初申告要件に該当するものであり、国税庁の「申告書作成上の留意点」(令和6年版)においても、別表6(15)について「確定申告でこの特別控除の適用を受けていない場合、修正申告・更正の請求によりこの特別控除の適用を受けることはできませんのでご注意ください」と明記されている。 (2) 消費税課税事業者選択届出書と消費税課税事業者届出書 免税事業者が消費税等の還付を受けるために「消費税課税事業者選択届出書」を提出すべきところ、誤って「消費税課税事業者届出書(基準期間用)」を提出してしまった事例もある。 (株式会社日税連保険サービス『税理士職業賠償責任保険事故事例(2019年7月1日~2020年6月30日版)』事例5より) 3 別表等の提出を誤った場合の影響 (1) 過大納付・還付不能による損害賠償 提出する別表等を誤ると、法人税等や消費税等の過大納付となる可能性がある。また、消費税の還付不能の可能性もある。過大納付や還付不能になれば、損害賠償責任を負う可能性が生じる。 (2) 契約解除 提出すべき別表等を誤るという単純なミスをすれば、顧問先の信頼を大きく失い、契約解除となる可能性もある。 4 取り違える原因 (1) 名称が似ていることによる勘違い 提出すべき別表等を誤る原因は、書面の名称が似ているためである。法人税等の場合、例えば別表6は種類が多く、しかも名称が似ているものも多い。また、税制改正により似た名称の別表が追加されるときもある。消費税の届出書や申請書も種類が非常に多く、名称が似ているものが多い。 (2) 会計事務所内のチェック体制の不備 会計事務所において、税務関係書類の作成を担当者任せにし、上長がチェックしていないことも原因として挙げられる。 (3) 税務申告ソフトの操作ミス 税務申告ソフトには、別表や届出書等の名称がずらりと並んでいる。特に別表については、税制改正により並び替えや新しい様式が追加されることもある。そのため、税務申告ソフトの操作ミスによって選択を誤る可能性もある。 (4) 旧年度の税務申告ソフトを使用 旧年度の税務申告ソフトを使用し、旧様式で提出する誤りも想定される。例えば「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」は別表6(24)だが、以前は別表6(26)であった。 5 取り違えを防止するための対策 (1) 似た名称の別表等は注意する 似た名称の別表等はあらかじめ注意しておくことが基本となる。 例えば、別表については、国税庁の「法人税及び地方法人税の申告(法人税申告書別表等)」で、別表の一覧を確認するとよい。 (2) 経験の浅い職員に丸投げしない 会計事務所では、経験の浅い職員に税務関係書類の作成を丸投げしないようにすべきである。 前述の「消費税課税事業者選択届出書」と「消費税課税事業者届出書(基準期間用)」の提出誤りは、一定の税務経験を積んだ会計事務所職員であれば、誤ることはまず考えられないミスである。推測だが、税務経験の浅い職員に担当させ、しかも誰もチェックしなかったのではないだろうか。 (3) 税理士会の研修を受講する 税理士会では、新しい制度に関する研修が必ず行われる。別表の書き方や注意点の説明もあるので、新制度に関する研修は受講すべきである。 (4) 実際の様式を確認する 税務申告ソフトによっては、別表等の画面が実際の様式とは一致していないものもあり、誤って選択していても気づきにくい可能性がある。 この対策としては、国税庁のサイトで実際の様式を確認するとよいであろう。また記載要領や留意事項も目を通しておくべきである。 (5) 条文に目を通す 適用しようとする制度に関する条文にも目を通しておくことが望まれる。条文番号と概要をつかむことで、前述の記載要領とあわせて確認することも可能となる。 (6) 税務申告ソフトは最新版を使用する 税務申告ソフトは最新版を使うことである。別表の様式は制度改正によって変わることがあり、番号も変わることがある。 6 おわりに 今回は、提出すべき別表等の誤りについて解説した。特別控除に関しては、制度改正により新しい別表が設けられることが多いので、最新の知識を身につけておく必要がある。また、複数人でチェックし、勘違いを防止することも必要である。 本稿が実務の参考になれば幸いである。 (了)
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法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例79】「土地と建物を競売により一括取得した場合における建物の取得価額」
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例79】 「土地と建物を競売により一括取得した場合における建物の取得価額」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、関東地方のとある県における中堅都市に本社を置き、中華料理を提供する店舗を県内及び近隣県に十数軒展開する飲食業を営むX株式会社(資本金3,000万円の3月決算法人)において経理部長を務めております。 飲食業界はご承知の通り2020年から数年にわたって人類を苦しめたコロナ禍で大変な苦境に陥り、同業他社の多くが廃業や倒産の憂き目に遭ったところでしたが、わが社は政府や自治体からの補助金等の効果もあってか、お陰様でなんとか生き延びることができました。とはいえ、コロナ禍の時期は不採算店をいくつも閉店するなど後ろ向きのリストラを実施しておりましたが、コロナ禍が開けた後は再び攻めに転じて、同業他社が手放した店舗を中心に買収し、業務拡大に努めております。 そんな中、先日来、所轄税務署の税務調査を受けていますが、その中で買収した店舗の経理処理について、調査官と見解の相違が生じています。わが社は、店舗に係る土地建物の取得の際、当該建物の上層階に引き続き残ることとなる賃借人がいるため、当該賃借人から預かった敷金の返還債務を差し引いて建物の取得価額とし、それをもとに毎期の減価償却費を算定して損金計上していました。 ところが、税務調査の席で調査官いわく、当該敷金の返還債務は未だ確定していないため、建物の取得価額に算入できない、したがって減価償却費として損金算入できる金額に誤りがある、とのことでした。この場合、敷金の返還債務は確定していないと断ずることはできるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人の有する減価償却資産は、当該減価償却資産の取得価額を一定の償却方法により計算した金額に基づき、耐用年数にわたり徐々に費用化していくのですが、その場合重要となるのが、取得価額をどのように算定するのかという点です。 当該取得価額は、原則として取得時に係る事業年度の終了の日までに確定していなければなりませんが、建物の賃借人に対する敷金返還債務は、賃借人が当該物件の明渡時までに賃借人の置かれている様々な状況により変動し得るものであるため、賃貸人が建物の所有権を取得した時(及び取得に係る事業年度の終了の日)には、当該賃貸人が将来支払うべき敷金の額は確定していなかったといえます。 したがって、建物の賃借人に対する敷金返還債務は、当該減価償却資産の取得価額に算入することはできないと言えます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 減価償却の意義 減価償却資産は企業利益の主要な源泉となる資産であるが、同時に、企業において長期間にわたって収益を生み出す源泉となるという性質を有する。そのような資産は、企業会計における費用収益対応の原則にのっとり、その取得費は、取得の年度に一括して費用に計上するのではなく、使用又は時間の経過によってそれが減価するのに応じて徐々に費用化するのが理論的と言える。そのため、租税法においても、企業会計の考え方に依拠しつつ、法律関係の画一的な処理を図るため、所得税法及び法人税法に必要な定めを置いている(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)390頁参照。 減価償却に関する定めの中で、減価償却費の計算に関し重要な要素は、取得価額、耐用年数、残存価額及び償却方法である。 (2) 減価償却資産の取得価額 減価償却資産は、減価償却資産の取得価額を一定の償却方法により計算した金額に基づき徐々に費用化していくのであるが、法人税法上、減価償却資産の取得価額は、以下の通り算定することとなっている(法令54)。 ① 購入した資産(法令54①一) 当該資産の購入の代価(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税その他当該資産の購入のために要した費用を加算する)に、当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となる。 ② 自己の建設、製作又は製造に係る資産(法令54①二) 当該資産の建設等のために要した原材料費、労務費及び経費の額に、当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となる。 ③ 自己が成育させた牛馬等(法令54①三) 成育させるために取得をした牛馬等に係る種付費及び出産費等の額、取得をした牛馬等の成育のために要した飼料費、労務費及び経費の額に、成育させた牛馬等を事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となる。 ④ 自己が成熟させた果樹等(法令54①四) 成熟させるために取得をした果樹等に係る種苗費等の額、取得をした果樹等の成熟のために要した肥料費、労務費及び経費の額に、成熟させた果樹等を事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となる。 ⑤ その他の資産(※2)(法令54①六) その取得の時における当該資産の取得のために通常要する価額に、当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となる。 (※2) ほかに、適格合併等により移転を受けた減価償却資産についての規定がある(法令54①五)。 (3) 土地と建物を競売により一括取得した場合における建物の取得価額が争われた事例 それでは本件と同様に、土地と建物を競売により一括取得した場合における建物の取得価額が争われた事例(東京地裁令和2年9月1日判決・税資270号-84(順号13444)、TAINSコード:Z270-13444)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、飲食店の経営等を目的とする会社である原告が、競売により一括取得した東京都港区六本木所在の土地、建物及び附属設備について、その落札金額を按分してそれぞれの取得価額を算出し、これを基に、法人税に係る減価償却費の額及び消費税の課税仕入れに係る支払対価の額を計算して、原告の平成22年12月1日から平成23年11月30日までの事業年度に係る法人税の申告並びに平成22年12月1日から平成23年11月30日までの課税期間に係る消費税及び地方消費税の確定申告をしたところ、船橋税務署長(処分行政庁)から、上記建物及び附属設備の取得価額の計算が誤っているとして、法人税及び消費税等の各更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、被告を相手に、これらの処分の取消しを求める事案である。 原告は、担保不動産競売の対象とされた土地及び建物につき、25億8,975万5,895円で買受けの申出をし、平成23年5月20日付けで売却許可決定を受け、同年6月1日、本件不動産の所有権を取得し、同月2日、その所有権移転登記をした。 本件競売においては、裁判所に選任された評価人が作成した評価書における本件不動産の評価額(合計17億2,193万円。評価日は平成22年12月29日)を踏まえ、売却基準価額が定められた。本件競売評価書においては、本件不動産の積算価格を24億2,476万円(うち本件土地が19億7,174万円、本件建物等が4億5,302万円)、収益価格を29億5,091万円とした上、これらの価格を同等に評価して調整した後の合計価格を26億8,784万円とし、マイナス30%の競売市場修正等を行って、本件不動産の評価額を17億2,193万円と評価した。なお、本件競売評価書においては、上記26億8,784万円から評価額を導くに当たり、「引受債務相当額」(本件不動産の競落人が賃貸人の地位を承継することにより引き受ける敷金返還債務の額)として、本件建物等の価格から1億5,957万円を控除している。 原告は、平成24年1月31日、本件事業年度の法人税及び本件課税期間の消費税等についてそれぞれ確定申告をしたが、その中で本件土地及び本件建物等の価額を、本件土地については路線価に基づき、本件建物等については類似物件を参考とした再調達価格に基づき算出して、これらの価格比により本件落札金額を按分し、本件土地を13億1,925万5,895円、本件建物等を12億7,050万円(そのうち本件建物は6億8,010万円)と算出した上で、本件建物等に係る減価償却費を合計1億6,588万2,000円と計上し、これを損金に算入して法人税の確定申告を行うとともに、本件建物等の取得価格12億7,050万円を本件課税期間の課税仕入れに係る支払対価の額に含めて控除対象仕入税額を計算し、消費税等の確定申告をした。 ② 事案の争点 本件不動産の取得価額として本件落札金額(25億8,975万5,895円)のほかに本件敷金債務相当額(1億5,957万円)を加算すべきか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁令和4年12月22日判決・税資272号(順号13794)、TAINSコード:Z272-13794)、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 上記③の裁判例の控訴審(東京高裁令和4年12月22日判決・税資272号(順号13794))において、裁判所は、本件敷金債務相当額につき、「この「購入のために要した費用」に該当するか否かについては、「購入の代価」としての性質を有するものである必要があるほか、当該資産の耐用年数にわたって徐々に費用として計上するという減価償却費の性質上、その費用化の前提となる当該資産の取得価額が、取得時に係る事業年度の終了の日までに確定的に算定されている必要がある。そのため、取得時に係る事業年度の終了の日までに支出されない将来の費用について「購入のために要した費用」に該当するといえるためには、その額が同日までに確定的に算定可能でなければならない。(下線部筆者)」と判断し、取得価額に算入することはできないとして、一審同様に納税者の主張を斥けている。一審では取得価額に算入するためには、「確定していること」を求めているが、控訴審ではその金額が具体的に「算定可能」であることを求めている。控訴審の判断は、一審でいう「確定していること」の内容をより具体的に示しているものと解することができるだろう。 一方で、競売により一括して所有権を取得した本件不動産は、非減価償却資産である本件土地と、減価償却資産である本件建物等に区分する必要があるが、その按分方法につき、課税庁は固定資産税評価額の価額比を用いていたが、裁判所は、「本件落札金額の按分の基礎となる本件不動産に係る各資産(本件ディスプレイ設備及び本件内部造作を除く。)の価額については、本件鑑定(筆者注:本件訴訟手続において、原告の鑑定の申出により裁判所が採用したもの)による各資産の評価額によることが相当である。」として、その鑑定評価額による価額比を用いて按分するのが合理的であると判断した。この点も実務の参考となるであろう。 (4) 本件へのあてはめ 法人の有する減価償却資産は、当該減価償却資産の取得価額を一定の償却方法により計算した金額に基づき耐用年数にわたり徐々に費用化し損金に算入されるものであるが、その場合重要となるのが、取得価額をどのように算定するのかという点である。 当該取得価額は、原則として取得時に係る事業年度の終了の日までに確定していなければならないが、建物の賃借人に対する敷金返還債務は、賃借人が当該物件の明渡時までに賃借人の置かれている状況により変動し得るものであるため、賃貸人が建物の所有権を取得した時(及び取得に係る事業年度の終了の日)には、当該賃貸人が将来支払うべき敷金の額は確定していなかったといえる。 したがって、建物の賃借人に対する敷金返還債務は、当該減価償却資産の取得価額に算入することはできないと言える。 (了)
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租税争訟レポート 【第81回】「役員給与「勤務実態のない者に給与として支払った金員に対する課税関係」(札幌地方裁判所令和6年1月29日判決)」
租税争訟レポート 【第81回】 「役員給与「勤務実態のない者に給与として支払った金員に対する課税関係」 (札幌地方裁判所令和6年1月29日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 本件は、原告が、その従業員であると主張する乙に対する給与の額及び当該給与に係る法定福利費の額(本件各支給金員)を損金の額に算入して法人税等の確定申告をしたところ、札幌中税務署長(処分行政庁)が、乙には原告における勤務実態がなく、同人を原告の従業員であるかのように見せかけて損金の額に算入した給与の額等は、原告の前代表取締役であった亡甲が個人的に負担すべき乙ヘの生活費の援助であり、亡甲に対する役員給与に該当するなどとして、以下の各処分を行ったところ、原告が、被告に対して、請求の趣旨の限度で、これらの処分を不服としてその取消しを求める事案である。 〈札幌中税務署長による処分〉 【争点】 【〔争点1〕に対する主張】 1 被告の主張 被告は、〔争点1〕について、次のように主張した。 (1) 乙の雇用契約書は、原告が経理事務を委託していた社の従業員が、亡甲から指示を受けたものと考え、乙に確認することなく、作成したものであり、雇用契約締結には、使用者・労働者双方の合意が必要であるにもかかわらず、乙は、札幌中税務署職員に対し、「実際に働く意思を伝えたこともありませんし、働くよう言われたこともなかったですし、働いたことがないのも事実です」と供述して、原告との雇用契約の合意を直接的に否定しているのであるから、乙には原告との間で雇用契約を締結する意思があったとは認められない。 (2) 原告の代表取締役及び監査役が、平成29年7月又は8月頃まで、乙に対して給与及び賞与が支払われていることを知らなかった旨供述していること、雇用契約書のみならず、出勤簿、源泉徴収簿兼賃金台帳、更には退職届に至るまで、乙の関知しないところで、同人の意思や実際の行動とは別に作成されていたことからすれば、原告と乙との間に雇用契約が締結された事実がなかったことは明らかである。 (3) 原告が乙との間に雇用契約が締結された事実がないにもかかわらず、乙に対し給与及び賞与を支給していたのは、平成6年以降、乙が原告の代表取締役であった亡甲と交際関係にあり、平成7年3月に無職となったことを契機として、亡甲から継続的に生活費の援助を受けていたという経緯に照らせば、亡甲による乙に対する生活費の援助の趣旨であると考えざるを得ないこととなり、これは、亡甲が個人として負担すべき費用を原告が負担することによって乙に経済的利益が付与されたとみるべきであり、本件各支給金員のうち亡甲の死亡前に係る金額は、法人税法34条4項の「その他の経済的な利益」に該当し、亡甲に対する役員給与であると認められる。 2 原告の主張 原告は、〔争点1〕について、次のように主張した。 (1) 乙は、平成11年6月頃に締結された原告との間の雇用契約に基づき、原告又は原告からの出向により原告グループの業務に従事していたものであり、乙に支給された給与及び賞与は、原告と乙との間の雇用契約に基づいて支給されたものである。 (2) 乙が原告の代表取締役であった亡甲の指揮命令に従って提供した労務は、具体的には、次のとおりである。 (3) 乙に対して支給した給与及び賞与は、原告と乙との間の雇用契約に基づいて支給されたものであるから、これが亡甲に対する役員給与であることを前提とした本件各更正処分等には、誤った法解釈に基づく違法性が存在する。 【〔争点2〕に対する主張】 1 被告の主張 被告は〔争点2〕について、原告と乙との間には雇用契約が認められず、乙が原告に対して労務を提供した事実も認められないにもかかわらず、原告が経理事務を委託していた社の従業員が、亡甲の指示に基づき、原告から乙に対する給与を支給しているものとして処理するため、雇用契約書、出勤簿、源泉徴収簿兼賃金台帳及び退職届を、乙に無断で作成した上、支給した給与及び賞与について、総勘定元帳の給料手当勘定又は賞与勘定に計上したものであり、原告のこれらの行為は、存在しない課税要件事実(乙が原告の従業員として給与を支給される事実)が存在するかのように見せかけたことに他ならないことから、通則法68条1項の「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を仮装し」たものであり、また、原告は、これに基づき法人税及び復興特別法人税の各確定申告書を提出しているのであるから、仮装行為と過少申告行為との間に因果関係があることは明らかであるとして、重加算税が課されると主張した。 2 原告の主張 原告は、〔争点2〕について、仮に原告と乙との間に雇用契約がないと判断されたとしても、それは、原告の法的見解に誤りがあったにすぎず、架空名義の利用又は証拠資料の廃棄・隠匿等の行為そのものが明らかに「隠蔽」又は「仮装」と評価できるような積極的行為は行っていないし、雇用契約書、出勤簿、源泉徴収簿兼賃金台帳及び退職届は、雇用保険・社会保険の手続のために作成されたものであり、過少申告行為のために作成されたものではないから、これらの作成が「隠蔽」又は「仮装」と評価されるとしても、過少申告行為との間に因果関係が認められないとして、重加算税は課されるべきではないと主張した。 【札幌地方裁判所の判断】 札幌地方裁判所は、結論として、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却するという判決を言い渡している。争点ごとの裁判所の判断を見ておきたい。 1 本件各支給金員は、原告と乙との間の雇用契約に基づいて支給されたものではなく、亡甲に対する役員給与に該当するかに関する裁判所の判断〔争点1〕 札幌地方裁判所は、事実認定に基づき、〔争点1〕について、乙に対する給与及び賞与の支給の趣旨は、亡甲による乙に対する生活費の援助であると認められることからすれば、給与及び賞与のうち亡甲の死亡前に係る金額の支給により、亡甲が個人として負担すべき費用を原告が負担し、乙に経済的利益が付与されたとみることができるとして、こうした経済的利益は、法人税法34条4項の「その他の経済的な利益」に当たり、同条1項ないし同条3項までの適用上、原告がその役員である亡甲に対して支給する給与に含まれると解するのが相当であるとの判断を示した。 原告による、乙による会合への同行等は、原告の代表取締役である亡甲の指揮命令に従った労務の提供であったという主張に対して、札幌地方裁判所は、乙に支給された金員の趣旨が給与ではなく、生活費の援助であったとしても、乙が亡甲の求めを断りにくい立場にあることに変わりはなく、乙の札幌中税務署職員に対する回答は、認定事実と整合するものであることに照らすと、その信用性を肯定することができるというべきであるとして、その主張を斥けた。 2 本件各支給金員は、事実を仮装して経理をすることにより支給されたものであるかに関する裁判所の判断〔争点2〕 札幌地方裁判所は、事実認定に基づき、〔争点2〕について、原告と乙との間に雇用契約は存在せず、乙に支給した金員は、乙の原告における労務の対価には当たらないところ、原告は、これを乙に対する給料手当又は賞与として経理処理し、原告が経理事務を委託していた社の従業員が、亡甲の指示を受けて、乙に無断で、雇用契約書を作成するなどして、乙が原告の従業員であるかのように装って給与及び賞与として支給し、支給した金員及び法定福利費を、各事業年度の所得金額の計算上、損金の額に算入したものであることから、乙に支給した金員は、乙が原告の従業員であるとの事実を仮装して経理をすることにより支給されたものと認められるから、通則法68条1項の重加算税の賦課要件に欠けるところはなく、重加算税各賦課決定処分が違法であるとは認められないという判断を示した。 原告による、雇用契約書等は、雇用保険・社会保険の手続のために作成されたものであり、過少申告行為のために作成されたものではないから、これらの作成が「隠蔽」又は「仮装」と評価されるとしても、過少申告行為との間に因果関係が認められないという主張に対して、札幌地方裁判所は、雇用契約書等の作成の直接の目的が雇用保険・社会保険の手続のためであったとしても、原告は、乙が原告の従業員であるとの仮装された事実に基づき、乙に支給した金員及び法定福利費を、各事業年度の所得金額の計算上、損金の額に算入しているのであるから、仮装行為と過少申告行為との間の因果関係はあるというべきであり、原告の上記主張を採用することはできないとして、その主張を斥けた。 【判決の特徴】 手広く会社経営をしていた甲は、スナックの経営者乙と知り合い交際を開始、乙がスナックを閉店したのを機に、生活費を援助するとともに、乙の自宅としてマンションを購入している。その後、乙の銀行預金口座には、原告から毎月一定の金員が振り込まれるようになる。原告の経理事務を担当している社(原告グループの別会社であろう)の担当者は、甲の指示を受け、乙の健康保険等の手続きを行い、出勤簿を整理して、外見上は、乙が原告で勤務しているよう体裁を整えていたところ、甲が死亡する。 甲の死亡後、これ以上、原告から金員を受け取ることはできないと考えた乙は、甲の娘である原告の監査役に対して、甲が死亡した以上、原告から金員を受け取ることはできない旨を申し入れ、監査役から、甲の息子である原告の代表取締役にも、乙の意向が伝えられる。甲の息子も娘も、原告から乙に対して給与が支給されていたことを知らなかったが、乙が亡甲の送迎等をしてくれたことに対する感謝の気持ちがあったことなどから、決算期である平成29年9月までは乙に対する給与名目の金員の支給を継続することとした。 このような事実関係だけを見れば、甲、乙、甲の子供たち、甲の指示を受けた担当者のいずれにも、法人税を免れようとか、書類を偽造しようとかいった意図はどこにもうかがわれない。しかし、裁判所は、重加算税の賦課決定処分を適法とする判決を言い渡した。原告に顧問税理士がいたのかどうかは、判決文からは読み取れないが、仮に顧問税理士がいたとしても、甲と乙が交際しており、甲が乙の生活費の援助をしていたという事実を知らされていなければ、甲に対して、役員給与と認定されるリスクがあり、重加算税を課されるかもしれないという助言をすることは困難であったかもしれない。 1 国税不服審判所の裁決 原告は、本件訴訟を提起する前に、国税不服審判所に対して不服申立てを行っている。国税不服審判所の裁決要旨検索システムから、その裁決の要旨を引用しておきたい。裁決要旨検索システムによれば、裁決の争点は6項目である。 本判決における〔争点1〕と〔争点2〕について、国税不服審判所は、以下の裁決(1)及び(2)に係る判断で、札幌地方裁判所と同様の判断を示して、請求人の審査請求を棄却している。 2 給与の支給に付随して発生する法定福利費の取扱い 上記の国税不服審判所の裁決で注目したいのは、本件訴訟では争点にならなかった、役員給与と認定された乙に対する給与支給に係る法定福利費の取扱いである。原処分庁は、審査請求人(原告)が負担した法定福利費に相当する額の経済的利益は、乙に対する寄附金の額に該当し、法人税基本通達9-4-2の2《個人の負担すべき寄附金》の定めにより、亡甲が個人的に負担すべきものとして、亡甲に対する役員給与に該当するとして納税告知処分を行ったが、国税不服審判所は、法定福利費は代表者が個人的に負担すべきものではなく、また、法定福利費の支出により代表者が享受した経済的な利益があったとも認められないから、代表者に対する役員給与とは認められないとして、原処分庁の主張を斥け、納税告知処分の一部を取り消す裁決をしている。 もっとも、国税不服審判所は、請求人による、法定福利費は、健康保険法等の規定により請求人に負担義務のある支出であるから、請求人の損金の額に算入されるという主張に対しては、法人の所得の金額の計算上損金の額に算入すべき販売費、一般管理費その他の費用の額とは、当該法人の業務との関連性を有し、業務の遂行上必要と認められるものでなければならないから、本件支出に伴い計上された法定福利費を損金の額に算入することはできないという裁決を行っている。 (了)
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金融・投資商品の税務Q&A 【Q98】「株式の譲渡益が生じた翌年に特定中小会社が発行した株式を取得した場合(エンジェル税制による繰戻し還付)」
金融・投資商品の税務Q&A 【Q98】 「株式の譲渡益が生じた翌年に特定中小会社が発行した株式を取得した場合(エンジェル税制による繰戻し還付)」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 特定中小会社が発行した株式を取得した場合のエンジェル税制による繰戻し還付制度 (1) 令和7年度税制改正により創設された繰戻し還付制度の概要 エンジェル税制とは、スタートアップ企業への投資を促進するために、投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を講じることを目的とした税制です。このなかには、株式の譲渡益からスタートアップ企業への投資額を控除する制度がありますが、株式の譲渡益が生じた年中にスタートアップ企業が発行する株式を取得する場合にのみ適用があり、再投資に係る期間に制約がありました。 そこで、令和7年度税制改正において、再投資をより促進する観点から、株式の譲渡益が生じた年の翌年にスタートアップ企業への投資を行った場合にも譲渡益が発生した年に遡って投資額に相当する金額を譲渡益から控除し、譲渡益が発生した年に納付した所得税の一部を還付(繰戻し還付)する措置が講じられました(2026年1月1日以降に取得した株式から適用されるため、2025年に発生した株式譲渡益に係る所得税から繰戻し還付の対象となります)。 また、この制度を適用した場合には、その適用を受けた年の翌年以後の各年分において同一銘柄の株式の取得価額からこの制度の適用を受けた金額を控除するという取得価額に係る一定の調整計算が必要となります(つまり、取得価額が切り下がった分、将来の譲渡所得が増加することにより、課税の繰延べ効果が生じることになります)。ただし、特定株式の発行企業が設立後5年未満の株式会社であることなど一定の要件を充足する場合(特例控除対象特定株式)で、制度の適用金額が20億円以下であるときは、この調整計算が不要とされています(つまり、課税の繰延べではなく、税負担の軽減)。 なお、この繰戻し還付制度の適用を受けるためには、下記の確定申告書等の提出が必要です。 (2) 還付請求額の計算 下記①の金額から②の金額を控除した金額に相当する所得税の還付を請求することができます。 (※) 特定株式控除未済額とは、その年分の適用前の株式等に係る譲渡所得等の金額の合計額がその年中における控除対象特定株式(その年中に払込みにより取得をした特定株式)の取得に要した金額の合計額に満たない場合におけるその満たない部分の金額のうち一定の金額をいいます。 (3) 繰戻し還付制度の対象となる株式 繰戻し還付制度の対象となる株式(特定株式)とは、次の株式とされています。 2 本件へのあてはめ 前年においてA株式の譲渡益があり、さらに、当年(2026年1月以降)において3年前に設立したスタートアップ企業Bに投資をしたとのことですので、当該スタートアップ企業Bの株式を払込みにより取得した場合には、前年のA株式の譲渡益を含む一般株式等に係る譲渡所得等の金額及び上場株式等に係る譲渡所得等の金額に係る所得税額の一部につき、繰戻し還付制度が適用される可能性があると考えられます。 この制度は、原則として、課税を繰り延べるものであるため、翌年以降におけるB株式の取得価額を調整(この制度の適用を受けた金額を控除する)する必要がありますが、当該B株式が特例控除対象特定株式に該当するものである場合には、この取得価額の調整計算が不要となる(上限20億円)可能性があります。 この特例が適用されるか否かを判定するためには、B株式が上記1(3)のいずれかに該当することを確認する必要があります。また、取得価額の調整計算が不要となる要件についても確認する必要がありますが、これらの要件の詳細については、経済産業省が公表しているガイドラインが参考になります(※)。 (※) 経済産業省「エンジェル税制申請ガイドライン」 (※) 復興特別所得税は考慮していません。 (了)
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暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第77回】
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第77回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 30 暗号資産と税務調査① (1) 問題意識と方向性 暗号資産に係る税務執行、特に所得税の税務調査の場面において税務当局が直面する問題やその要因を検討する(※)。 (※) 以下、「暗号資産と税務調査」の記述は、泉絢也「暗号資産(仮想通貨)の税務調査と税務執行上の課題-ブロックチェーン分析と損益計算の重要性-」税大ジャーナル38号掲載予定によるところが大きい。 世界初の暗号資産であるビットコインが2009年に誕生して以来、暗号資産は、その後の成長と普及により、各国の政策立案者にとって、マネーロンダリングのみならず課税の文脈においても種々の重要かつユニークな問題を提起している。 これは、暗号資産の次のような特徴に起因する(See e.g. OECD, TAXING VIRTUAL CURRENCIES: AN OVERVIEW OF TAX TREATMENTS AND EMERGING TAX POLICY ISSUES 7, 41, 54(2020))。 これらの特徴は、個別に見れば技術的・制度的な課題に過ぎないが、相互に連関し複雑に絡み合うことで、マネーロンダリング、国際課税制度のあり方、税務調査など、各国の行政や法制度にとってきわめて困難でユニークな問題を引き起こしている。 分散性と匿名性によって情報取得が困難となり、ボラティリティとハイブリッド性によって課税所得の算定が不確実となる。さらに、制度設計が完成する前に技術が変容する。このような状況は、これまで構築してきた税制を根本から揺るがすおそれがある。 自由でボーダレスな技術や取引の発達と、国家による統制や課税という枠組みとの間には、今後も緊張関係が続くことが見込まれる。 これは、単なる「制度整備の遅れ」ではなく、統治の論理とテクノロジーの論理の衝突という現代的課題の一断面であると理解すべきかもしれない。 このような問題意識の下で、本稿では、暗号資産に係る税務執行、特に所得税の税務調査の場面において税務当局が直面する問題を考察する。 ここでは、本稿が具体的にどのような問題を射程に収め、それに対していかなる分析と解決の方向性を提示しようとしているのか、そのアウトラインを簡潔に示しておく。 まず、本稿では、暗号資産の匿名性と分散性が引き起こす税務執行上の問題として、次の点に着目する。 その上で、次の点を指摘する。 このような理解に従って、暗号資産の匿名性と分散性に起因する税務執行上の問題に対処するために、暗号資産の追跡可能性・透明性に加えて、仮名性を生かした調査手法であるブロックチェーン分析に着目し、国税庁においては、高性能な分析ツールを積極的に開発又は利用し、国税調査官をトレーニングする必要があることを論じる。 また、最も重要な税務執行上の問題として、次の点を論じる。 上記の問題は損益計算の困難性という暗号資産のユニークな特徴によってもたらされる。 そこで、その困難性の要因を明らかにした上で、国税庁は、性能等が税務調査に最適な損益計算ソフトを開発又は利用し、国税調査官をトレーニングする必要があることを論じる。 以下、暗号資産やブロックチェーンに関する記述は、ビットコインやイーサなど一般的な暗号資産に係るものを念頭に置いており、例外的なものがあることを否定するものではない。 (了)
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〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第57回】「クロスボーダーの信託に対する外国子会社合算税制の適用」
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第57回】 「クロスボーダーの信託に対する外国子会社合算税制の適用」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国の私法により決定された法律関係が我が国の信託法上の信託の概念に該当するか否かについて、どのように判断するのでしょうか。 〔A〕 信託該当性については、(1)一定の財産が存在し、当該財産が受託者となるべき特定の者に帰属すること、(2)その特定の者が達成すべき目的(専らその特定の者の利益を図る目的を除く)が定められていること、及び(3)その特定の者が、上記(2)で定められた目的に従って、当該財産につき、管理又は処分及びその他の当該目的の達成に必要な行為をする義務を負うことが定められていることが必要であるという判断枠組みが示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 信託税制と外国子会社合算税制(控除対象配当等) (1) 信託税制 信託とは、委託者が受託者に対して財産の移転等をし、受託者が信託目的に従って、受益者のために信託財産の管理、処分等を行うことをいう。平成18年12月に新しい信託法が制定されたことに伴い、平成19年の税制改正において、信託税制の所要の整備が行われ、そこでは信託について、課税方法ごとに5つ(※1)に区分された。 (※1) 受益者等課税信託(法法12①)、集団投資信託(法法2二十九)、法人課税信託(法法2二十九の二)、退職年金等信託(法法12④一)、及び特定公益信託等(法法12④二)の5つをいう。 このうち、受益者等課税信託とは、財産の管理又は処分を行う一般的な信託で他の4つの区分以外のものをいう。受益者等課税信託の受益者等は、その信託財産の属する資産及び負債を有するものとみなされ、また、その信託財産に帰属する収益及び費用は、その受益者の収益及び費用とされ、当該受益者の所得金額が計算される(法法12①)。なお、他の区分の説明は割愛する。 (2) 外国関係会社の受取配当に係る外国子会社合算税制適用上の取扱い 合算課税の適用を受ける外国関係会社が同じく合算課税の適用を受ける他の外国関係会社に配当を支払った場合、配当を支払った外国関係会社において支払配当控除前でその適用対象金額を計算する一方、配当を受けた他の外国関係会社においてその受取配当込みで適用対象金額を計算すると、同一配当を巡って二重の合算課税が行われることとなってしまう。そこで、合算課税の対象となる外国関係会社から配当を受領した他の外国関係会社は、その受領した配当等の額のうち、控除対象配当等の額とされる金額がある場合には、当該金額はその他の外国関係会社の適用対象金額の計算上、その計算の基礎となる基準所得金額から控除することとされる。 すなわち、外国関係会社の各事業年度において、控除対象配当等の額がある場合の基準所得金額は、本邦法令基準又は現地法令基準により計算した金額から、当該控除対象配当等の額を控除した残額となる(措令39の15①~③。連結の場合は、措令39の115①~③)。 以下では、クロスボーダーの取引が我が国法人税法上の信託に該当し、その判断が外国子会社合算税制にどのように反映されるかが問題となった裁決事例について検討する。 2 裁決例 《国税不服審判所裁決令和6年3月14日(東裁(法)令5-80)》(※2) (※2) TAINSコード:J134-3-06 (1) 事案の概要 本件は、内国法人であるX(審査請求人)が、外国子会社合算税制の基準所得金額の計算上、外国関係会社が子会社から受ける配当等の額があるとして、当該金額を控除して法人税等の連結確定申告等をしたところ、原処分庁Yが、当該控除した金額は、外国関係会社が子会社から受ける配当等の額に該当しないなどとして更正処分等を行ったのに対し、Xが、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 Xの100%子会社である米国法人K社は、英領ケイマンに子会社2社(M社及びN社)を保有していたところ、オランダで設立されたP財団との間で、オランダ法準拠の預託証券発行契約(以下「DR(※3)発行契約」といい、発行された証券を「DR証券」という)を締結し、その保有するN社株式全部をP財団に譲渡し、引き換えにDR証券の発行を受けた。当該DR証券は、その直後にM社に譲渡された(ここでの譲渡に係る契約を「DR移転契約」という)。P財団の設立証書(以下「本件設立証書」という)には、その目的として、①N社株式を保有・管理するためその所有権を取得すること、②N社株式に係る議決権を行使すること、③N社株式に係る配当を受領し、そのままDR証券の保有者に引き渡すこと、④適用される管理条項を遵守した上で、これらの目的を達成するためのあらゆる行動をすることが規定されていた。オランダ法の下、P財団は上記内容の管理条項(以下「本件管理条項」という)を採択し、K社及びM社は本件管理条項の受諾をした。その後、N社の100%子会社であるQ社は、86百万米ドルの配当決議を行い、上記に従い、当該金額(以下「本件配当」という)をM社に支払った。 (※3) Depositary Receiptsの略。 Xは、連結確定申告に当たり、M社が外国子会社合算税制における特定外国関係会社に該当するとした上で、M社の基準所得金額の算定上、本件配当は、措置法施行令39条の115第1項4号に規定する子会社から受ける配当の額に該当するとして控除し、その結果M社については、連結所得の金額に加算すべき個別課税対象金額はないものとして申告したところ、Yは、M社はN社株式を保有していないため、本件配当の額を控除することはできないとして、上記のとおり更正処分を行った。 本件の一連の取引を図示すると、以下のとおりとなる。 (2) 争点 本件配当に相当する額は、M社の基準所得金額の計算上、措置法施行令39条の115第1項4号に規定する子会社から受ける配当等の額として控除できるか。 (3) 審判所の判断 国税不服審判所は、以下のとおり、DR発行契約等により成立した法律関係は、法人税法12条1項に規定する受益者等課税信託に該当すると説示し、原処分の一部を取り消した。 ① 信託法上の信託の意義 (※4) 信託法第3条柱書は、信託は、同条各号に掲げる方法のいずれかによってする旨規定した上で、同条第1号は、特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(以下「信託契約」という)を締結する方法を掲げている。 ② 我が国の法人税法上の信託の該当性 ③ 合算税制の適用における法人税法第12条第1項の規定の適用について (4) 検討 ① 本判決の意義 本裁決の意義は、外国法に基づく法律関係の下、わが国税法上の信託該当性に係る要件を提示し、その当てはめについて、実態面を重視した解釈を示したことにあろう(※5)。 (※5) 中村真由子「外国子会社合算税制における外国の法律関係の『信託』該当性」(ジュリスト・2025年2月/No.1606)11頁は、「本判決は、外国法に基づく法律関係が我が国の税法上の信託に該当するための要件を示し、その該当性につき法形式にとらわれず当事者の合意内容を踏まえて柔軟に判断を行った点において参考となるものと考えられる。」と述べている。 本件において、判断の分かれ目となったのは、一連の法律文書(①本件設立証書、②DR発行契約、③DR移転契約、及び④本件管理条項の4文書)に対する評価についてである。Yは、上記①及び④について、いずれもオランダ公証人の面前で関係者が宣言するという法形式で成立したことから、二者以上の法的人格による2個以上の相対立する意思表示の合致(合意)が行われているものではないことから「契約」に該当しないと主張した(※6)。一方審判所は、上記4文書を詳細に検討し、「DR発行契約等に定められた内容については、その定められた限りにおいて、K社、M社及びP財団の間において合意がされたものと認めら」る、と判断した(※7)。公証人の面前で宣言するという法形式を採るにせよ、①の場合はM社及びN社の親会社であるK社の正当な代理人、④の場合は、P財団、K社及びM社の正当な代理人が出席しており、審判所のように解釈するのが自然であるし、実際各当事者も一連の法律文書のとおり行動している。Yの主張はいかにも近視眼的である。 (※6) 青山慶二「外国子会社合算課税における特定子会社の信託を利用した受取配当の取扱い事案」(TKC税情・2025年6月)47頁脚注4は、「処分庁の調査においては、本件合意を構成する外国語で記載された4点の法的文書の内容を審査して『信託非該当』の結論を出したが、その理由について処分庁は、契約当事者により契約の前提条件等を承認する旨宣言する2つの文書は関係者間の合意の効果を持たない単独行為であるとして、信託の要件である参加者間の権利・義務関係が成立していないとしている。」と述べている。 (※7) 青山・前掲(※6)47頁は、「本件裁決では、諸文書間の連携の存在を認め、4件の法律文書は、全体として一体をなす信託の権利義務を表象した契約であると認定した。」と述べている。 ② 配当を非控除とした場合の原処分における調整 上記(1)のとおり、Xは、M社が受領した配当につき、特定外国関係会社の基準所得金額の計算上控除したことで、結果的に、M社については、連結所得の金額に加算すべき個別課税対象金額はないものとして申告した。一方で、Yが行った更正処分では、上記配当非控除の判断の下、Xが外国子会社合算税制の適用上外国関係会社に含めていたQ社の100%子会社である外国法人3社を除外し、Xへの合算課税の適用がないものとして調整が行われていた。要は、更正処分では、合算課税の二重負担とならないようバランスが取られていたということである(※8)。 (※8) 青山・前掲(※6)48頁参照。 (了)