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税務 税務・会計 解説 解説一覧 財産評価

Q&Aでわかる〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第53回】「〔第5表〕貸付金債権の評価」-債務者が相続税の申告期限までに清算結了していた場合-

Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第53回】 「〔第5表〕貸付金債権の評価」 -債務者が相続税の申告期限までに清算結了していた場合-   税理士 柴田 健次   Q 経営者甲(令和7年4月1日相続開始)が100%保有している甲株式会社の株式を長男乙が相続しています。甲株式会社は令和2年4月1日に乙が100%保有している乙株式会社に100,000,000円の貸付(金利1%、30年間の元利均等返済、毎月月末払い)を行い、乙株式会社は3年間は予定通り借入返済を行いましたが、業績不振により令和5年4月1日以降については、元金は据え置き、甲株式会社に利息のみを支払っていました。 甲株式会社及び乙株式会社はそれぞれ3月決算であり、乙株式会社の損益の状況については、下記の通りです。また、乙株式会社は、令和5年3月期以降、債務超過となっています。 令和5年3月末時点における貸付金債権の金額は、91,294,677円であり、令和5年4月1日以降は利息の支払のみで債権金額の変動はないので、令和7年3月末時点の貸付金債権の金額も同額となっています。 相続後、甲株式会社を承継した乙は乙株式会社を解散させ、相続税の申告期限までに清算結了を行っています。また、清算手続きにおいて甲株式会社は貸付金のうち50,000,000円を回収し、残額41,294,677円については債権放棄を行っています。なお、乙株式会社の残余財産の分配はないものとします。乙株式会社の借入状況をまとめると下記の通りです。なお、乙株式会社の借入は甲株式会社のみであり金融機関からの借入はありません。 甲株式会社の株式価額の算定上、乙株式会社の貸付金債権の相続税評価について第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の資産の部に計上する相続税評価額は、相続税の申告期限までに返済を受けた50,000,000円として計上することは可能でしょうか。 なお、純資産価額の計算においては、直前期末方式(直前期末の資産及び負債の帳簿価額に基づき評価する方式)により計算するものとします。甲株式会社の直前期末時点(令和7年3月31日)における貸借対照表における資産の部には、乙株式会社の貸付金として91,294,677円が計上されています。 A 第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の貸付金債権の相続税評価額として50,000,000円を計上することは認められず、下記の通り額面で評価することになります。  ◆  ◆  ◆ 1 貸付金債権の評価 貸付金債権の評価については、財産評価基本通達204及び205において下記の通り定められています。 財産評価基本通達204(貸付金債権の評価) 財産評価基本通達205(貸付金債権等の元本価額の範囲) (下線部は筆者による) 上記の通り、貸付金債権の評価は、貸付金の元本の価額と利息の価額との合計額により評価する旨を定めています。 そして、貸付金債権の評価を行う場合において、その債権金額の全部又は一部が、課税時期において上記の財産評価基本通達205(1)から(3)までに掲げる金額に記載されている金額(以下、「法令等に基づく回収不能額」という)その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に算入しない旨を定めています。 本問の場合には、「法令等に基づく回収不能額」に該当するものはないので、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するかどうかが問題となります。   2 「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の意義 「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の意義については、財産評価基本通達で明示されていないので、過去の裁判例や裁決事例を確認する必要があります。 令和3年1月13日の大阪地裁判決(TAINSコード:Z271-13503)では、貸付金債権の評価が争点となりました。納税者(原告)は、被相続人が代表者を務めていた同族会社A社に対する被相続人の貸付金債権について、「法令等に基づく回収不能額」はありませんでしたが、原告は相続開始時点においてA社が債務超過であり、短期に多額の利益を得ることも現実的に不可能であるから、本件貸付金が回収される見込みはほとんど皆無であり、その実質的価値は全くないとして貸付債権の評価は零円で評価するべきであると主張しました。 本裁判例においては、「法令等に基づく回収不能額」に該当するものはないので、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の意義の解釈が重要となりますが、これについて原告(納税者)と被告(課税庁)の主張は、下記の通りとなります。 【その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときの解釈】 大坂地裁では、貸付債権の時価について下記の通り判示しています。 (下線部は筆者による) 上記の大阪地裁の判決により「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するためには、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白である必要があります。これに該当しない場合には、原則通り額面通り評価することになります。   3 本問の場合の当てはめ 本問の場合には、相続開始時点において、「法令等に基づく回収不能額」に該当するものはなく、債務者である乙株式会社が経済的に破綻していることが客観的に明白である事実もないので、原則通り、貸付金の元本の価額と利息の価額との合計額により評価します。 乙株式会社の損益の状況は、過去4年間赤字で相続開始前から債務超過の状態に陥ってはいますが、一般的に債務超過の状態で事業を継続している会社は多数存在し、過去の赤字から業績を回復させ、借入返済をすることも可能であると考えられるため、乙株式会社の損益の状況及び債務超過の事実をもって、経済的に破綻しているとはいえないことになります。 また、乙株式会社は、相続税の申告期限までに解散及び清算結了をしているので、回収不能額があるのではないかという疑問もあるかと思います。しかしながら、相続税法22条及び財産評価基本通達において、評価時点は課税時期とされていることから、相続開始時点において財産評価基本通達205(1)から(3)までの事由又はこれと同視し得る事態が生じていない場合には、原則通り額面で計上することになります。 令和3年11月1日の裁決事例(TAINSコード:F0-3-732)は、相続により取得した同族会社であるM社(本件法人)に対する貸付金(本件貸付金)の一部を元本価額に算入しなかったところ、原処分庁が、同通達の定めに該当しないとして更正処分を行ったのに対し、請求人がその全部の取消しを求めた事件となります。この事件では、相続後に解散及び清算をしていますが、国税不服審判所は下記の通り判断し、相続開始日において本件貸付金の回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときに該当しないとし、更正処分を適法としました。   ☆実務上のポイント☆ 貸付金債権の評価を行う際に回収不能額として認められるためには、課税時期において、財産評価基本通達205の(1)から(3)の法令等に基づく事由又はこれと同程度の事由により、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白である必要があります。単に債務超過や営業損失が継続しているのみでは、経済的に破綻しているとは認められませんので、注意する必要があります。 (了)
#614(掲載号)
#柴田 健次
2025/04/10
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事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第68回】「公益活動を行う際の法人選択における留意点」

事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第68回】 「公益活動を行う際の法人選択における留意点」   太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 佐藤 達夫   相談内容 私は、製造業を行っているX社(非上場会社)の社長です。X社の株式はすべて私が所有しています。 また、X社の経営に携わる傍ら、税法上の非営利型に該当する一般社団法人を設立して研究者の育成を目的とする研究助成事業を行っています。一般社団法人を選択したのは、一般財団法人のように設立時資金300万円を用意する必要がなく、また、社員や理事の人数も少なくて済むなど、容易に設立できるためです。 今後、研究助成事業のみならず、将来の研究者の担い手の増加につなげたいと思い、理数系学部の大学生・大学院生向けの奨学金事業も行っていきたいと考えています。また、公益認定を受けて公益社団法人へしていきたいとも考えています。事業の拡大のためには資金が必要となるため、X社からの寄附のみならず、私が所有しているX社株式の配当金を活用したいと思い、X社株式の30%を公益社団法人へ寄附することを考えています。 X社株式の寄附は、X社の将来的な経営にも関わってくるため、あらためて、公益活動を行う法人として一般社団法人でよいのか、他の法人として一般財団法人あるいはNPO法人がよいのかなどを悩んでいます。公益活動を行う法人の選択にあたっての留意点をご教示ください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 公益活動を行う法人選択にあたってのポイント (1) 各法人のメリット・デメリット (2) 選択のポイント 選択のポイントとしては、次の点が挙げられます。 ① 法人の性質 一般社団法人とNPO法人は、人の集まりを前提とした性質を持ちます。一方、一般財団法人は財産の集まりを前提とした性質を持ちます。そのため、同じ目的を持った者の集まりとして、一般社団法人は同業者団体や学術団体などに活用され、NPO法人は市民活動の器として活用されることが一般的です。 一方、一般財団法人は一定の財産を管理・運用し、主に財産から得られる収益をもって一定の公益活動を行うために利用されています。法人の性質と自身が行おうとする事業や収支、財産構成を勘案して、法人選択を行う必要があります。 ② 社員総会又は評議員会の運営のしやすさ 一般社団法人又はNPO法人における社員は、会社企業における従業員ではなく、理事・監事の選任や解任、計算書類の承認、定款の変更などを決定する最高意思決定機関である社員総会の構成員になります。また、一般財団法人における評議員も同様で、最高意思決定機関である評議員会の構成員になります。 一般社団法人は、社員総会により理事・監事の選任や解任、計算書類の承認、定款の変更など、一般社団法人の組織、運営、管理その他一般社団法人に関する一切の事項を決議することができます(法人法35)。また、NPO法人では、定款で理事その他の役員に委任したものを除き、すべて社員総会で決議すべきこととされています(NPO法14の5)。そのため、一般社団法人、NPO法人ともに、社員総会における社員の資格が重要になります。 一般社団法人では、社員の資格について特段制限はありませんが、公益社団法人においては、社員の資格の得喪に関して不当に差別的な取扱いが禁止されているため、公益社団法人の社員の要件を充たした者は理事会の承認を受ければ、誰でも社員になることが可能です(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「認定法」)5十七イ)。そのため、公益社団法人の事業目的や事業内容に合致する者から入社の申込みがあった場合には、理事会では、その申込みを拒むことはできません。 また、一般社団法人の社員総会において、社員は1人につき1個の議決権を有し、公益社団法人では社員が法人に提供する財産額に応じて社員の議決権数に差異を設けることが禁止されています(認定法5十七ロ)。NPO法人においても同様に社員の資格の得喪に関して不当に差別的な取扱いが禁止されているとともに、社員の社員総会における議決権は社員1人につき1個とされています(NPO法12四)。 一方、一般財団法人では、評議員の選任方法として、次の2つの方法が認められています。 多くの一般財団法人は、「(ア)評議員会により選任する方法」を選択しており、また、理事会で評議員候補者を選任することができるため、比較的、理事会の意向に沿った者を評議員に選任できる傾向にあります(法人法153①八)。ただし、公益財団法人の評議員は、理事と同様に、評議員の配偶者や3親等内の親族等、同一団体の者が評議員総数の3分の1を超えてはなりません(認定法5十・十一)。 結論として、公益社団法人やNPO法人では、社員総会における社員の資格に関して差別的な取扱いが禁止されているため、定款で定めた社員の資格要件に合致した者であれば社員になれるのに対し、一般・公益財団法人では理事会で評議員候補者を選任する仕組みを前提とすれば、法人の意思に関係なく、評議員が増加することはありません。そのため、公益事業の運営やX社株式の所有にあたっては、一般・公益財団法人が望ましいと考えられます。   [2] 一般財団法人への移行 (1) 一般財団法人への移行方法 奨学金事業やX社株式の寄附は、一般財団法人を設立し、公益財団法人へ移行してから実施することが望ましいと考えます。また、現在、一般社団法人で行っている研究助成事業も一般財団法人で一本化して行うことが、管理運営コスト等の面から望ましいと言えます。 一般社団法人が所有する資産を一般財団法人へ移行する方法は、次のとおりありますが、①が簡便な方法です。 (2) 一般社団法人で資産を使い切ってから清算する方法 法人法においては、事業目的に沿っていれば、財産の寄附先に制限はありませんが、非営利型一般社団法人では、定款に次の定めがあるため、寄附先には一定の制約があります。 そのため、解散前に、公益活動により財産を費消してから解散・清算手続きをすることが望ましいと考えられます。 一般社団法人の解散・清算の手続きや税法上の留意点は、一般財団法人の解散・清算と同じであるため、本連載の【第61回】「一般財団法人の清算」をご参照ください。   [3] 結論 公益事業を行う法人の選択にあたっては、税金面では一般社団法人、一般財団法人、NPO法人のいずれも収益事業課税に限定した課税方式とすることができ、大差はありません。ただし、法人の最高意思決定機関である社員総会又は評議員会の運営という面では、評議員会が設置される一般・公益財団法人のほうが安定感があるといえます。 したがって、X社株式を寄附することを考えた場合、公益社団法人やNPO法人より、一般財団法人を選択し、公益財団法人へ移行して運営していくことをお勧めします。 具体的な対策については、弁護士、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。   (了)
#614(掲載号)
#太陽グラントソントン税理士法人 事業承継対策研究会
2025/04/10
国際課税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

国際課税レポート 【第13回】「金融資産としての暗号資産振興と課税制度の現状の国際比較」

国際課税レポート 【第13回】 「金融資産としての暗号資産振興と課税制度の現状の国際比較」   税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員   トランプ国際課税のその後 2025年1月20日に大統領に復帰したトランプ氏は、ベッセント財務長官に対し、OECDのタックス・ディールからの離脱に加え、外国による差別的・域外適用的な税制をリストアップし、米国の利益を守るための「保護的措置」の選択肢とあわせて、60日以内に大統領へ「報告」するよう命じた。 大統領令が念頭に置いている外国の税制には、欧州のデジタルサービス税(DST)や、OECDの軽課税所得ルール(UTPR)が含まれる。日本はDSTを導入していないものの、UTPRについては、令和7年度税制改正により「国際最低課税残余額に対する法人税」(法人税法82条の11)として3月31日に立法されており、2026年4月以降に開始する事業年度から適用される。 このため、財務長官が大統領に提出する「報告」で日本の措置について言及があるかどうかが注目されたが、期限の3月22日を過ぎても米国からの情報発表はなされていない。 4月8日時点の情報を総合すると、財務長官は「報告書」をホワイトハウスに提出している。しかし、内部報告書という位置付けであり、ホワイトハウスは当初は公表しないようだ。内容が対外的に明らかになるのは、米国が具体的な措置を取る際となりそうだ。 この問題は、多国籍企業大国である日本にとって重要な問題であり、新たな情報が入り次第改めて報告することとしたい。   トランプ政権と暗号資産振興 トランプ政権は、2025年1月23日に「デジタル金融技術」に関する大統領令を発表し、ブロックチェーン技術の成長と利用を支援する方針を明らかにした。また、3月6日に暗号資産(暗号通貨)を政府で備蓄することについての大統領令に署名、3月7日には暗号資産業界の著名な創業者等をホワイトハウスに招いて「暗号資産サミット」を開催し、トランプ氏は米国を「ビットコイン・スーパーパワーにする」と挨拶したほか、米ドルに連動して価値を安定させるステーブルコインの支援に前向きな姿勢を示すなど、暗号資産業界に対する支持を強化する動きをみせている。 ただし、その具体的な内容については必ずしも明らかでないとの指摘もある。米政府が暗号資産を購入することで価格が上昇することを期待していた市場関係者の間では、そのことに言及がなかったことに落胆したと伝えられる。   暗号資産課税を巡る日本の動き 一方、昨年から今年にかけて日本でも暗号資産を巡って重要な動きがあった。 ◆令和7年度税制改正大綱(2024年12月) 2024年12月20日に公表された与党(自民党・公明党)による令和7年度税制改正大綱は、将来の税制改正項目として、暗号資産取引の課税について次のように踏み込んでいる(与党大綱106頁)。 これは、雑所得として現在最高55%(国・地方)の累進税率で課税されている暗号資産の課税について、今後上場株式の課税と同様20%(国・地方)の税率で分離課税される方向が示唆されたものと受け止められ、暗号資産市場関係者や投資家からは歓迎する声も聞かれている。 ◆自由民主党ワーキンググループ案(2025年3月) 2025年3月6日、自民党デジタル社会推進本部web3ワーキンググループは、他の金融商品と同様に暗号資産を分離課税の対象とすべきことを具体的に提案している。 〈自民党緊急提⾔の要旨〉   暗号資産を巡る制度と税制(日米) 暗号資産(暗号通貨)を巡る日米の制度の骨子を表にまとめる。 【表1】 暗号資産(暗号通貨)を巡る制度と税制(日米) (※1) 資金決済法2条5項 (※2) 国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」(以下「NTA-FAQ」)」問2-2 (※3) 暗号資産交換業者の登録。資金決済法63条の2 (※4) 法令上の義務ではないが、国税庁から暗号資産交換業者(取引所)に対して「年間取引報告書」を顧客に交付するよう要請している(NTA-FAQ問2-7)。納税者はこれに基づいて申告することが可能になっている(NTA-FAQ問2-8)。 (※5) IRS「Notice 2014-21」(以下「IRS-Notice」)Q1、Q2参照 (※6) 暗号資産の売却や交換に関する取引について、取引所等取引業者によりデジタル資産の取引についての包括的な新報告様式1099-DAによりIRS及び納税者に情報提供する義務を負う。 (※7) 金額は最高税率が適用される所得(単身者の場合) (出所) 筆者作成 ◆日本の制度 日本では、資金決済法2条5項において、物品の購入対価等の支払手段としての財産的価値であり、電子的に記録されているものであり通貨を除くと規定されている。 また、「暗号資産取引により生じた損益は、邦貨又は外貨との相対的な関係により認識される損益と認められますので、原則として雑所得(その他雑所得)に区分されます。」とされている(NTA-FAQ問2-2)。 ただし、その年の暗号資産取引に係る収入金額が300万円を超える場合、帳簿書類の保存がある場合は原則として事業所得になり、保存がない場合には原則として雑所得(業務に係る雑所得)となる。 ◆米国の制度 米国では、暗号資産(通貨)は「資産」(デジタル資産)である以上の分類はなく、規制当局の間で資産区分は異なっている。 株式や公社債などの証券取引を監督・監視する連邦政府の機関である証券取引委員会(SEC)は暗号通貨を「証券」とみなしているが、先物取引やオプション取引を監督・規制する連邦政府の独立行政機関である商品先物取引委員会は「商品」としている。また、国税当局(IRS)は、Q&Aで「財産(property)であること」、「通貨ではないこと」(IRS-Notice Q1、Q2)としている。 ◆日米以外の制度 その他主要国の制度について【表2】にまとめる。 【表2】 暗号資産(暗号通貨)を巡る制度と税制(その他主要国) (出所) 一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会「資料1 暗号資産の各国税制比較表」等から筆者作成   米国において暗号資産がキャピタルゲイン課税の対象となる根拠 前述したように、日本での暗号資産の課税見直しの方向性としては、株式等他の金融資産同様、また、米国同様、累進課税より低い税率が適用されるキャピタルゲイン課税の対象とすべきという主張になっている。 それでは、米国で暗号資産の損益をキャピタルゲイン課税の対象としている根拠は何か。また、適正課税担保のための方法はどのようになっているか確認しておきたい。 米国の課税上の取扱いは、IRSが2014年に示した暗号資産の課税処理に関する指針(IRS-Notice)に由来する。   投資対象としての暗号資産 米国では暗号資産の定義について必ずしも包括的でなく、管轄官庁によって「証券」「商品」「デジタル資産」となっている。一方、日本では「支払手段」として法令上に統一的に定義されてきていることを述べた。 暗号資産は、わが国では「支払手段」という位置付けで統一されてきているが、それでは暗号資産は投資対象として国民に幅広く受け入れられているのか、データを確認してみたい。 下記【図1】に年齢階級別の証券投資口座数(ここではNISA)と暗号資産取引口座数を示す。 【図1】 年齢階級別NISA(証券投資口座)及び暗号資産取引口座数(2024年3月) (出所) NISA口座数については、金融庁「NISA口座の利用状況に関する調査結果の公表について(2024年3月末時点)」、暗号資産口座数については、一般社団法人日本暗号資産取引業協会「暗号資産取引についての年間報告(2023年度)」25頁を基に筆者作成 【図1】からは、暗号資産取引には30~40歳代が積極的である一方、多額の金融資産を保持する傾向にある60歳以上の高齢者層にはまだまだ普及していないように見受けられる。   おわりに 急速に普及・拡大している暗号資産取引の米国における課税ルールについて、租税法学者として幅広く活躍しているミンディ・ハーツフェルド教授は、IRS(税務当局)にとっては、ルールを整備する必要性が急務である一方、時代遅れのルールや市場の現実を反映しないルールが策定されるリスクも抱えており、板挟みになっていると指摘している(※8)。また、暗号資産という新しい資産を包括的に取り扱うことは市場とコンプライアンスの両方にとって望ましいことであるが、納税者がすぐに答えを求めている状況では包括的な指針を策定することは難しいとも指摘している。 (※8) Mindy Herzfeld「Beyond Digital: Is Crypto currency the New Tax Fronteer?」(2020,June 15)Tax Notes International この点、日本は暗号資産の法的性格(資産としてのクラス)について法令上(資金決済法)において統一的な定義を設け、それに基づいて課税上の取扱いを規定しており、包括的・統一的なアプローチとなっているといえる。 一方、適正課税担保のための事業者の情報義務(第三者からの情報)については、業界団体への要請により事実上担保されているが、法令上の義務とされてはおらず、この点については制度上の検討課題として残されているといえる。 今後、暗号資産を巡る課税関係を見直す際には、国際的な経験を参考するにあたっても、税率の問題に過度に注目するのではなく、資産の性格についての定義の在り方や情報義務等を含めた包括的な視点から参考にしていく必要があるだろう。 (了)
#614(掲載号)
#岡 直樹
2025/04/10
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暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第65回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第65回】   東洋大学法学部教授 泉 絢也   26 DeFi取引と課税①:DeFiとDEX (1) DeFiとは ネットワーク上でデータを記録し、共有する分散型技術の1つであるブロックチェーン技術に基づく分散型金融システムでは、仲介者や中央集権化されたプロセスの必要性を低減又は排除したピアツーピア、つまりコンピュータ同士が直接的につながり、データを送受信するネットワークモデルの金融取引が可能となる。 主として、誰でも許可を得ることなく自由に参加できるパブリック型又はパーミッションレス型のブロックチェーン上で後述するスマートコントラクトを活用して構築される分散化された金融サービスは、DeFi(Decentralized Finance:分散型金融)と呼ばれている。 DeFi Llamaによると、令和7年1月末時点で、代表的なDeFiサービスに預けられた(ロックされた)暗号資産の時価総額であるTVL(Total Value Locked)は約1,100億ドルである(※)。 (※) DeFi Llamaトップページ参照 DeFiには次のような特徴がある(OECD, Why Decentralised Finance(DeFi) Matters and Policy Implications 18(2022) ; Edoardo Prandin, Decentralized Finance: A New Challenge for Regulators, 16 Bocconi Legal Papers 51, 58(2021))。 DeFiには金融機関等の仲介者が不在であるといわれるが、そのような仕組みを支える技術は分散型台帳(とりわけブロックチェーン)やスマートコントラクトである。 分散型の金融システムは、典型的には、権限、責任等が異なる参加者が共通の台帳を保有し、プロセスがいつ実行されたかという情報が、特定又は不特定の者の間における合意の下でその台帳に記録される分散型台帳を活用している。 分散型台帳は、単一障害点の除去、改ざん耐性のほか、実行されたトランザクションやプログラムが公開される透明性や事後検証の容易さという利点を有する。台帳によっては、スマートコントラクトを搭載し、一定の条件を満たした場合にプロセスが自動的に実行される仕組みを採用している(デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会「中間論点整理」2~3頁参照)。 DeFiは仲介者が不在の分だけコストが抑えられ、パソコンやスマートフォンさえあれば、基本的に本人確認や書類審査などを経ずに、誰でも、規制や国境等による制限を受けずに、デジタル資産の貯蓄や投資、価値の移転等を行うことができる。 もっとも、DeFiを利用するためには一定のリテラシーが必要となるため、実際には、金融包摂とは真逆の金融排除の側面もあるといえよう。 また、DeFiはハッキングを受けるリスクもあるため、利用には注意が必要である。 なお、日本の暗号資産利用者もDeFiを通じて取引を行っている。この点について、日本における暗号資産活動のプラットフォームタイプ別のシェアは、CEXと様々な種類のDeFiプロトコルの間でほぼ均等に分散しているという調査結果がある(Chainalysis「The 2023 Geography of Cryptocurrency Report(日本語版)」63~64頁(2023))。 (2) スマートコントラクトとは スマートコントラクトとは、一般に、「ある条件で作動するプログラムをブロックチェーンに登録し、条件が満たされた際に自動的に作動させ、その結果をブロックチェーンに自動的に記録する仕組み」であり、いわば「自動化された手段を用いて契約を強制的に執行する仕組み」といわれる(北條真史=鳩貝淳一郎「暗号資産における分散型金融」日銀レビューNo.21-J-3、1頁及び8頁の脚注(2)参照)。 ただし、スマートコントラクト外で当事者間の契約がない場合に、契約を執行するという表現が適切ではないケースもありうるし、スマートコントラクトの法律関係をどのように捉えるかという点は必ずしも確立されていない。 いずれにせよ、一定の条件が満たされた場合に自動的・強制的に所定のプログラムを作動させ、その結果をブロックチェーンに自動的に記録する仕組みであるスマートコントラクトは、仲介者の存在を排除するDeFiを支える重要なツールである。 (※) Napkin AIを利用して筆者作成 (3) DEXとは DEX(Decentralized Exchange:分散型取引所)は、DeFiの主たる構成要素であり、仲介者に頼ることなしに、暗号資産の交換取引を行うことを可能にしている。 仲介者を介さずに暗号資産の交換取引を行う場合、利用者同士が直接交換するピアツーピア方式が利用される場合もあるが、この方式では不特定多数の利用者間での取引は進まず、交換対象となる暗号資産の流動性の確保等が課題となる。 そこで、DeFi の中心的な存在であるDEXは、スマートコントラクトを介して利用者間の取引を実現し、仲介者に頼らない仕組みないしサービスを提供し、利用者間における暗号資産の交換や貸借等の取引を促進させている。 (※) Napkin AIを利用して筆者作成 2023年の暗号資産市場の調査によると、取引量の約90%が上位10の取引所によって占められていた。その中でDEXはUniswapの1つだけであり、その市場シェアはわずか3%にとどまった(European Securities and Markets Authority, Crypto Assets: Market Structures and EU Relevance, ESMA50-524821-3153 (2024)。 他方、最近では、DEXとCEXの取引高比率が過去最高の20%に達したというデータがあり、このことは、ユーザーがDEXの透明性、セキュリティ及び強化された資産管理に魅力を感じていることを反映したものであって、CEXに対する規制当局の監視が厳しくなる中、規制の厳しい地域のトレーダーがDEXの提供する自由なアクセスを求める傾向が強まっているという見解も示されている(Bitcoinworld, DEX-to-CEX Volume Ratio Reaches Record 20%, Reflecting Growing Decentralized Adoption, BINANCE SQUARE)。 CEXは、本人確認(KYC:Know Your Customer)規制やマネーロンダリング・テロ資金供与規制に従っている一方、DEXはそもそも規制すべき「者」が存在するか、特定できるかという点が問題となることに注意が必要である。 DEXは、ユーザーの資産を預かることなく、ブローカーが関与することもなく、アルゴリズムで取引価格を決定する。このため、結局DEXは、ソフトウェアにすぎず、マーケットプレイスや装置を構成し、維持し、提供する組織、団体、個人のグループは存在せず、そこに存在するのはコードだけであるといわれる(Samantha Altschuler, Should Centralized Exchange Regulations Apply to Cryptocurrency Protocols?, 5 STAN. J. BLOCKCHAIN L. & POL’Y 92, 97(2022))。 (※) NapkinAIを利用して筆者作成 ここでは簡述するにとどめるが、このようなDEXは「DAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)」と自称し、通常、法人格を有しないと解されている。 DAOについては、外国法で法人格を認められている場合や税人格のない社団等に該当する場合を含めて税法上の法人に該当するケースを検討する余地はあるが、本稿では、それ自体は税法上の法人に該当しないDAOを想定して、考察を進める。   (了)
#614(掲載号)
#泉 絢也
2025/04/10
会計 監査 税務・会計 解説 解説一覧 財務諸表監査

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第167回】株式会社ナ・デックス「特別調査委員会調査報告書(公開版)(2025年2月14日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第167回】 株式会社ナ・デックス 「特別調査委員会調査報告書(公開版)(2025年2月14日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社ナ・デックス特別調査委員会の概要】   【株式会社ナ・デックスの概要】 株式会社ナ・デックス(以下「ナ・デックス」と略称する)は、1950(昭和25)年10月設立。設立時の社名は株式会社名古屋電元社。1992(平成4)年5月、現社名に商号変更。接合機器の開発、製造、販売、取付工事及び接合材料の販売を主たる事業とし、子会社15社、関連会社3社を有して、日本国内、北米、中国及び東南アジアで事業展開を行っている。 連結売上高34,436百万円、連結経常利益1,213万円、資本金1,028百万円。従業員数835名(訂正前の2024年4月期連結実績)。本店所在地は愛知県名古屋市中区。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人は、有限責任監査法人トーマツ名古屋事務所。   【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 (1) ナ・デックス北九州営業所は、2024年11月14日、仕入先のC社から、6,517万200円の売掛代金の請求を受け、北九州営業所長は、事務職員からの報告により、上記請求の事実を知り、C社関係者と面談したところ、商品の流通経路がC社→ナ・デックス→A社であることを確認した上で、A社に対し、注文書の発行と商品の検収を依頼した。 (2) 当初、A社の担当者からは、遅くとも2024年12月中には検収できるよう対応する旨の回答があったところ、11月19日になって、同担当者よりC社からの請求に対応したナ・デックスとA社との取引はまったく実態がなく、商品がA社に納品された事実はないとの連絡があり、不正な疑いのある取引の存在が発覚した。 (3) そこで、ナ・デックスは、A社向けの仕入に関し、C社以外の仕入先との取引についても調査したところ、C社の他にもD社及びB社からの仕入も実態がない不正な取引である可能性が浮上したため、取引を担当していた北九州営業所の業務委託社員であるXにヒアリングを実施したところ、A社向けの取引については、循環取引であることを認めた。 (4) ナ・デックスは、本件循環取引の発覚によって2024年度の事業実績の一部に疑義が生じたことを受け、実態解明等を目的とした特別調査委員会を立ち上げ、外部の委員も含む当委員会のメンバー主導で調査を行うこととした。 (5) 疑惑の詳細の把握や、その他の類似事案の有無の調査を進めていく中で、新たに、Xによる架空の在庫(原価)の正規取引への付替や、仕入商品の領得疑惑などが発覚したことから、ナ・デックスは当初の2025年4月期第2四半期の決算発表を延期(2025年2月14日提出期限)し、これら新たに発覚した疑惑についても、特別調査委員会による追加調査を行うこととした。 2 特別調査委員会が認定した事実関係による調査結果の概要 (1) 調査対象行為 特別調査委員会が調査の対象であると認定したXが関与した案件は、次のとおり区分されている。 (2) Xによる領得行為(上記(1)②) 特別調査委員会は、Xによる領得行為の発覚経緯として、ナ・デックスからの情報提供の要請に対し、B社から、同社内部で作成された対象会社向けの売上明細データと、システムにより印字された正規の納品書及びXの指示を受けて書き替えた納品書の提供があり、これをナ・デックスの売上データと突き合わせた結果、B社から対象会社に納品されたはずのPC等が、対象会社内部では機械部品類を仕入れたかのように偽装されていたことが判明したものであると説明したうえで、調査の結果、B社が、2020年1月31日以降にナ・デックス向けに販売したPC等の取引件数は120件、金額にして合計1億4,867万1,436円であり、これに対応するナ・デックスの仕入件数は818件であり、仕入額は合計1億4,547万4,436円であった。 (3) Xによる循環取引(上記(1)①) 調査委員会は、Xは、領得行為によって発生した架空の仕入の発覚を遅らせるため、当初はN社案件の仕入に付け替える方法をとっていたが、N社案件が減少したことにより、2020年2月頃、循環取引を企図し、遅くとも同年7月頃、G社を介してA社に対し、ナ・デックスとG社との間に取引口座がないのでA社に間に入ってほしいと持ち掛け、A社は、ナ・デックスから仕入れる商品は、G社に直送されているという認識のもと、伝票を通す過程で10%の利益を乗せることを条件に、これを承諾したものと認定し、その一方で、Xは、G社に対し、G社が仕入れた商品に10%の利益を乗せた上でC社、B社又はD社に販売するよう指示しており、循環取引を成立させた。 (4) Xによる付替行為(上記(1)③) 特別調査委員会は、Xは、領得行為や循環取引により生じた架空の仕入の一部を、N社向けの仕入として計上し(付替行為)、ナ・デックス内部では仕入先から商品をN社に直送したことにして、納品処理を行い、循環の解消を図っていたと認定している。 調査の結果、N社案件に付け替えられたと思われる取引は、合計197件4,239万2,636円と算定されている。 (5) A社に対する預け在庫(上記(1)④) 特別調査委員会はXの行為について、当初は領得行為により発生した架空在庫を付替行為によって解消していた可能性が高いが、N社向け案件への付替が困難になったことから循環取引を開始したものの、循環取引により各社の利益が上乗せされることから、金額が増加していくこととなるため、すべての架空在庫を循環取引で処理することが困難となったため、ナ・デックス社内では商品をいったんはA社向けの預け在庫として計上し、その一部を順番に循環取引の対象とし、預け在庫の対象商品を入れ替えることで同一商品が長期の預け在庫となることを回避するとともに、ナ・デックスの棚卸の際には、A社に依頼し、虚偽の預かり証を受領して預け在庫が実際に存在するかのような外観を作出していたものと認定した。 預け在庫の金額は、直近の決算期である2024年4月期には9,533万1,355円に達していた。 (6) Xの動機 特別調査委員会は、Xが各取引を始めた動機について、ナ・デックスで発生したO社案件での赤字の穴埋めをするためだったと述べていることについて、赤字の発覚を防ぐという目的のために領得行為を行う必要はまったくないとして、明らかに不合理であると断じている。 さらに、領得行為によりXが着服したと推定される約1億5,000万円の使途が、Xは合理的に説明できていないとして、Xには赤字隠し以外の目的があり、O社の案件において付替が比較的容易にできたという経験をもとに、付替を利用した領得行為を考えついた可能性は存すると述べている。 また、特別調査委員会は、Xが使用していた社有携帯電話のメールデータを基にL社の代表者氏にヒアリングを行ったところ、XがL社代表者から160万円の金員を借り入れていた事実が判明し、Xは、借入の約1年後に100万円を、2024年12月に残額の60万円を返済していた事実が判明したことから、Xが領得行為に至る背景には、まとまった額の金銭を必要とする個人的事情があったのではないかとの疑いを指摘するにとどめ、それ以上の動機の解明については捜査機関等に委ねるほかないとの結論に至ったとしている。 3 不正な取引が生じた原因分析(調査報告書39ページ以下) 特別調査委員会は、北九州営業所において不正な取引が行われた原因分析として次の7項目を挙げている。 特別調査委員会が複数の項目で繰り返し指摘しているのは、ナ・デックス北九州営業所の管理体制の不備である。まず、北九州営業所長は西部営業部長が兼務しており、普段は大阪市に勤務していることから、北九州営業所に常駐する管理者は存在していなかったうえ、唯一の正社員であるn氏はXの子であるうえに、事務を一手に担っているp氏は派遣社員であり、実質的に、Xには上司による監督も、従業員間の相互監視も機能していなかった。 さらに、派遣社員p氏は、A社との商談や多額の預け在庫について、取引内容それ自体に不整合、辻褄が合わないといった違和感を有していたにもかかわらず、決裁者である北九州営業所長による決裁処理は形骸化しており、また、北九州営業所長は、現場従業員とのコミュニケーションをとっておらず、p氏からの訴えについても真摯に受け止めなかった。 さらに、特別調査委員会は、「在庫に対する危機意識の不足」として、北九州営業所長をはじめとするナ・デックスの従業員も、ナ・デックスが同一の得意先に対して恒常的に在庫が存在していることはかなりのレアケースであることを認識していたにもかかわらず、在庫商品が現に存在するか否かの調査を徹底して行えば、Xによる架空取引を早期に発見することは可能であったと考えられるが、現実には、Xの要請に応じてA社から対象会社の在庫商品を預かっている旨の虚偽の預かり証が発行されていたという想定し難い事情があったため、A社に赴いて現物を確認する等の踏み込んだ調査が実施されることはなかったことを指摘している。 そのうえで、特別調査委員会は、「虚偽の証憑類作成に対する取引先の関与」として、Xによる領得行為では、B社から仕入れたPC等を対象会社内では機械部品類を仕入れたかのように見せかけ、それをN社案件の仕入に付け替えたり、A社向け案件の仕入商品として計上したりすることにより成立するものであり、仕入業者であるB社の協力なくして実行不可能であったこと、Xによる循環取引では、A社という対外的に大きな信用力を有する法人が循環取引に関与していたこと、A社のa氏が、仕入商品を一切受領・保管していなかったにもかかわらず、Xの要請に応じて対象会社の在庫商品を預かっている旨の虚偽の預かり証を発行したことなど、取引先がXの不正を認識していたか否かにかかわらず、その協力があってはじめて成立するものであったという点に大きな特徴があったとしている。 最後に、特別調査委員会は、「その他」として、ナ・デックスでは、かつては、利益率が一定割合を下回る場合の申請や赤字の場合の稟議を上げにくい雰囲気があり、これが付替や仕入先との貸し借りの原因の1つとなっていたが、2018年2月に、案件で赤字が出た場合でも積極的に申告するよう全社宛てに周知してからは、そのような雰囲気はなくなり、むしろ、付替行為や仕入先との貸し借りをすることは慎むべきであるとの認識が相当程度醸成されたと評価し得るとしながら、北九州営業所のXの直属の上司であった営業所長が派遣社員の進言に耳を傾けなかったり、決裁制度の本来の意義を理解していたとはいえない対応をとっていたりしたことからすれば、すべての管理職に高いコンプライアンス意識が浸透していたとは言い難いと評価している。 4 特別調査委員会による再発防止策(調査報告書46ページ以下) 特別調査委員会は、再発防止策として、次の9項目を挙げている。 特別調査委員会は、「管理・監督体制の実効化」の観点から、拠点の責任者の兼務は避けるべきであるが、兼務がやむを得ない場合には、その拠点の管理にリスクがあることを十分に認識した上で、決裁制度がより機能するようにしなければならないとして、「決裁処理の実効化」に言及した後、さらに、上司が常駐しない場合には、「上司と部下とのコミュニケーションの機会の確保」するため、意識的に機会を設ける必要性から、定期的な面談の設定を制度化して、真摯に話を聞く機会を確保すべきであると提言している。 さらに、特別調査委員会は、「預け在庫の確認制度の拡充」として、ナ・デックスでは、期末の棚卸時を除き、一部の商品以外は在庫の保管場所について管理しておらず、営業担当者のみが把握しているに過ぎないと現状を分析したうえで、同一の得意先向けに継続して長期にわたる在庫が存在し、預け在庫があるような不自然な取引については、注意が喚起されるシステムが必要であり、預け在庫の金額や期間について一定の基準を超える場合には、営業担当者以外の者が現物確認を実施することを義務づける制度を設けるべきであると提言している。 そして、本件の特徴でもある取引先従業員の関与に関して、特別調査委員会は、長期間にわたり同一の者に特定の取引先を担当させることにより、業務が属人的になったり取引先との馴合いが生じたりすることを防止するため、可能な範囲でのジョブローテーションの実施や複数人の業務遂行といった措置を講じ、業務の透明性を高めることが望ましいとしながら、ジョブローテーションや複数人の業務遂行が困難である場合には、不正の兆候の有無にかかわらず、上司が定期的に取引先を訪問したり、不定期に前述した取引内容の調査及び確認を実施すべきであると再発防止策をまとめている。   【調査報告書の特徴】 特別調査委員会は、Xによる領得行為によりナ・デックスが損害を受けた金額が145百万円を超えると算定した。ナ・デックス北九州営業所の売上規模がどの程度であるのか、報告書に記載がないため、業務委託社員であるXの業績への貢献も不明であるが、営業所長が大阪常駐で不在、唯一の正社員は自分の子であり、他に派遣社員が事務作業を行っているだけという、まったく内部統制も相互監視も効かない環境を奇貨として、5年あまりで145百万円を横領できてしまったことに驚かされる報告書である。 ナ・デックスの国内拠点を見ると、大阪にある西部営業部以西の拠点は広島と北九州のみであり、本社の名古屋から遠く離れて、しかも周囲にまったく拠点がない状態で、北九州営業所は存在していたことがわかる。こうした立地や固定された顧客(上場会社の子会社であるA社沖縄支店)との継続的な取引が中心であったことなどから、内部統制が甘くなっていたと推測することは可能だが、2025年4月第3四半期決算短信によれば、特別調査費用として182百万円が計上されており、Xにより横領された金額も含め、ナ・デックスは、不正を防止又は早期に発見するための費用に比して、多大な損失の負担を強いられてしまったことを附記しておきたい。 1 派遣社員p氏による不正取引の疑いに基づく調査 特別調査委員会による報告書の中で存在を際立たせていたのが、北九州営業所で伝票処理等の事務を担当していた派遣社員であるp氏であった。 p氏は、特別調査委員会のヒアリングに対し、受注登録した案件の売上計上(正式注文書の受領)までに1年もかかっていたので、おかしいと思った、B社の見積書の書式や体裁が変わり、角印が楕円形になっていたため、画像処理しているのではないかと疑いを持った、A社の仮注文書の個人認印の位置と形状が常に同じだったので、使いまわしではないかと思ったなどと述べ、証憑類の不備を認識していたのみならず、仕入の対象製品が、出荷までに時間を要する製作品であり、しかも、その納入先が沖縄であるにもかかわらず、発注日の翌日が納入日となっており、取引内容に整合性がなくおかしいとして、取引内容それ自体にも疑いを有していたうえ、A社沖縄支店の建物をGoogleストリートビューで確認したが、長期預かり在庫になっている商品を保管できるような倉庫は見当たらず、おかしいと思ったとも供述し、A社取引が不合理であることに気付いていたということである。 特別調査委員会のヒアリングに対し、派遣社員p氏は、複数回にわたり北九州営業所長に対しこうした事情を訴えていたと述べているのに対し、北九州営業所長は、p氏からの訴えは、X氏による不正が発覚する1、2ヶ月前であったと説明しており、両者の説明は食い違っているのだが、ただ、北九州営業所長はp氏の訴えを聞いてからも、実際には何も行動に移しておらず、特別調査委員会は、北九州営業所長が、定期的にp氏を含む現場従業員との面談の時間を設け、業務遂行上の問題点を真摯に聴き取る姿勢を示していれば、p氏から不正行為の兆候について情報を得ることができ、その結果、より早期にXによる不正行為を発見することが可能であったと考えられるとコメントしている。 調査報告書では、ナ・デックスの内部通報制度の運用状況についての記述はないが、社内だけではなく、社外にも内部通報窓口は設置されていたようである。派遣社員p氏がこうした内部通報窓口の利用を考えたのかどうか、何らかの事情により内部通報制度を使うことにためらいがあったのかについては、特別調査委員会のヒアリング項目に内部通報に関する質問があったのかどうかも含めて、報告書に記載はない。 なお、再発防止策で、特別調査員会は、内部通報制度をより充実させるために、経営陣において「不適切行為を明らかにすることは正しいことである」とのメッセージを発信したり、有用な通報について人事考課の考慮要素としたりするなどして、通報を奨励していくべきであり、また、社外の内部通報窓口を今以上に周知させ、通報をよりしやすくする環境を整えることが望ましいという提言をしているが、派遣社員のように身分が不安定な立場の者であっても安心して内部通報ができるような環境整備、すなわち通報者の保護の徹底と周知が必要であることは言うまでもないだろう。 2 ナ・デックスによる再発防止策 ナ・デックスは、2025年2月26日、「特別調査委員会の調査結果を受けた再発防止策の策定に関するお知らせ」をリリースして、特別調査委員会の提言を受けて、大きな項目として7項目からなる再発防止策を公表した。 特別調査委員会による提言より突っ込んだ内容となっている項目として、「監督体制・牽制機能の強化」と「複層的なレポートラインの整備」について、詳細を引用しておきたい。 まずは、営業部長と営業課長(営業所長)の原則兼任禁止を明文化することによって、兼任により脆弱になっていた監督体制を強化するためのルール整備を行うとともに、営業部に業務課を設置することによって、営業担当者への牽制機能の強化を図り、牽制機能を期待される業務担当者が、営業課に1人しかいないことにより脆弱になっていた従業員間の相互監視機能を強化するとしたうえで、業務課の設置により、複層的なレポートラインの整備を行うことを明言している。 3 関係者の処分 ナ・デックスは、報告書公表と同日(2025年2月14日)に、「役員報酬の減額に関するお知らせ」をリリースして、元業務委託社員による不正行為に関し、管理監督責任の観点から、役員報酬を減額することについて取締役会において決議したとして、代表取締役社長の進藤大資氏については、月額報酬の20%を2か月、常務取締役経営企画室長の横地克典氏については月額報酬の10%を2か月、それぞれ減額することを公表した。 一方、ナ・デックスが本稿執筆時点までに公表している適時開示情報からは、本件の首謀者である業務委託社員X氏及びX氏の派遣元であるC社に対する法的措置がどのように検討されているのか、明らかではない。X氏については刑事告訴を行うとともに不当利得返還請求訴訟を提起することが考えられ、C社に対しても使用者責任に基づく損害賠償請求を提起することが考えられる。また、X氏を管理監督する立場にあった北九州営業所長(西部営業部長o氏が兼務)に関する社内処分についても、公表はされていない。 (了)
#614(掲載号)
#米澤 勝
2025/04/10
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〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2025年3月】

〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2025年3月】   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2025年3月1日から3月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。   Ⅱ 新会計基準関係 次のものが公表されている。 ① 実務対応報告公開草案第70号「非化石価値の特定の購入取引における需要家の会計処理に関する当面の取扱い(案)」(内容:いわゆるバーチャル電力購入契約(Virtual Power Purchase Agreement(バーチャルPPA))に関する会計上の取扱いを示すもの。意見募集期間は2025年5月30日まで) ② 2024年年次改善プロジェクトによる企業会計基準等の改正(内容:包括利益の表示、特別法人事業税及び種類株式の取扱いについて改正するもの) ③ 改正移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」(内容:ベンチャーキャピタルファンドに相当する組合等の構成資産である市場価格のない株式の時価評価に関するもの)   Ⅲ 企業内容等開示関係 次のものが公布・公表されている。 ① 「記述情報の開示の好事例集2024」の最終版(内容:重要な契約等、経営方針等、MD&A及び中堅中小上場企業の開示例について議論したものであり、「記述情報の開示の好事例集2024」の最終版として公表するもの) ② 「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則及び連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第20号)(内容:「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)等を受けたもの)   Ⅳ 法務省令関係 次のものが公布・公表されている。 〇 「会社計算規則の一部を改正する省令」(法務省令第14号)(内容:「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)等を受けたもの)   Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 〇 期中レビュー基準報告書第1号「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」、期中レビュー基準報告書第2号「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー」及び期中レビュー基準報告書第2号実務ガイダンス第1号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める四半期財務諸表等に対する期中レビューに関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正(内容:特定の事業体の財務諸表監査に特有の独立性に関する規定が期中レビューにも適用される点の明確化など) (了)
#614(掲載号)
#阿部 光成
2025/04/10
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従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第8回】「経歴詐称は解雇事由となるか」-採用時の留意事項-

従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第8回】 「経歴詐称は解雇事由となるか」 -採用時の留意事項-   弁護士 柳田 忍   【Question】 採用応募者が経歴を詐称するケースをよく耳にしますが、採用後に経歴詐称が明らかになったからといって、必ずその社員を解雇できるわけではないと聞きました。 当社においては、重要な事柄について嘘をつくような方には入社してほしくありませんし、万が一そのような方を採用してしまった場合は辞めていただきたいと考えています。 この点を踏まえて、採用時に注意すべき点を教えてください。 【Answer】 貴社において採用にあたって重視している事項を明示し、応募者に対して申告を求めるべきです。 その際には、抽象的・主観的な聞き方ではなく、具体的で客観的な事項について申告を求めるよう注意するのがよいでしょう。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 1 経歴詐称と解雇事由 (1) 経歴詐称 「経歴詐称」とは、労働者が、採用応募の際に会社に提出する履歴書や面接等において、学歴、職歴、犯罪歴などについて虚偽の申告をし、又は、意図的に真実を告げないことをいい、多くの企業の就業規則等において懲戒事由として定められている。 「雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができるから、使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う」(真実告知義務)と考えられており(東京高判平成3年2月20日(炭研精工事件))、経歴詐称はこれに違反するものとして、懲戒事由に該当するものと解されている。 (2) 解雇事由に該当する経歴詐称 もっとも、経歴詐称が常に懲戒解雇の対象になるわけではなく、「その前歴詐称が事前に発覚したとすれば、使用者は雇入契約を締結しなかったか、少なくとも同一条件では契約を締結しなかったであろうと認められ、かつ、客観的にみても、そのように認めるのを相当とする」もの(重要な経歴)について経歴詐称がなされることが必要であると解されている(東京高判昭和56年11月25日(日本鋼管鶴見造船所事件))。 ポイントは、「客観的にみても、そのように認めるのを相当とする」ものでなければならないという点である。 多くの会社において、採用時点で経歴詐称があるとわかっていたとしたら、例えどのような内容のものであっても採用しない(すなわち、「その前歴詐称が事前に発覚したとすれば、使用者は雇入契約を締結しな」い)のではないかと思われるが、裁判例においては、「その前歴詐称が事前に発覚したとすれば、使用者は雇入契約を締結しなかったか、少なくとも同一条件では契約を締結しなかったであろう」とは認められないと判断される場合は多い。 このような会社と裁判所の認識の差異は、裁判所が「客観的にみても、そのように認めるのを相当とする」といえるかどうかという観点から、判断を行っているためであると思われる。 また、経歴詐称が解雇事由として認められるか否かについては、「使用者が当該労働者のどのような経歴等を採用に当たり重視したのか、また、これと対応して、詐称された経歴等の内容、詐称の程度及びその詐称による企業秩序への危険の程度等を総合的に判断」する必要があると解されている(東京地判平成27年6月2日(KPIソリューションズ事件))。 以上を踏まえて、以下、採用の際に注意すべきポイントを挙げる。   2 採用時の注意点 (1) 採用に当たり重視している事項について明示して申告を求めること 上記のとおり、労働者に真実告知義務が認められているのは、あくまで使用者が「必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合」である。よって、まずは、採用に当たり重視している事項について明確に申告を求めるべきである。 学歴詐称等を理由とした懲戒解雇の有効性が問題となった西日本アルミニウム工業事件(下記【参考①】参照)においては、使用者が、募集広告に当たって学歴に関する採用条件を明示せず、採用面接において労働者に対して学歴に対して尋ねることがなかったことなどが重視されて、懲戒解雇が無効とされている。 また、学校法人尚美学園事件(下記【参考②】参照)においては、採用を望む応募者が、告知すれば採用されないことなどが予測される事項について、告知を求められたり、質問されたりしなくても、自発的に告知する法的義務があるとはいえない、と判示されている。 さらに、経歴詐称が解雇事由に該当するかに際しては、上記のとおり、「使用者が当該労働者のどのような経歴等を採用に当たり重視したのか、また、これと対応して、詐称された経歴等の内容、詐称の程度及びその詐称による企業秩序への危険の程度等を総合的に判断」する必要があると解されている。 採用に際して重要視している事項がある場合、採用時に応募者に対してこれを伝えて記録化しておくと、後に争いになった場合にその事項を会社が重要視していたことを裏付けやすくなる。また、ある事項について、応募者が採用に当たって重要ではないだろうと思って申告しなかった場合と、使用者が重視していることを認識しながら敢えて申告を避けた場合とでは、「詐称の程度」が異なるであろう。 よって、重要な事項について申告を求める際には、その事項を重要視している理由とともに、その旨を説明しておくのがよい。 (2) 申告を求める事項は「的確・具体的かつ客観的な事項」とする 例えば、履歴書には「賞罰」や「健康状態」の欄が設けられていることが多いが、「賞罰」は一般に確定した有罪判決を指すと考えられており(前掲炭研精工事件)、公判係属中の事件や懲戒処分歴は含まれていないことに注意する必要がある。 また、履歴書の「健康状態」の欄には、総合的な健康状態の善し悪しや労働能力に影響し得る持病がある場合にはこれを記載するのが通常であると考えられているが、視力障害について、総合的な健康状態の善し悪しには直接には関係せず、持病とも直ちには言い難いなどとして、これを告げずに雇用されたことは解雇事由には当たらないと判断されている(札幌高判平成18年5月11日(サン石油(視力障害者解雇)事件))。よって、健康状態のうち特に重視する項目がある場合には、特定して申告を求めるべきである。 また、会社が中途採用応募者に対して退職や転職の理由を尋ねることも多いが、これらは主観的な事項であるから、申告が虚偽であることを立証することは難しい。 前掲学校法人尚美学園事件において、被告学校法人が運営する大学Yの教授として任用されたXが、採用時にYから転職の理由を尋ねられて、「役所の仕事がもう限界である。」と回答し、前職においてセクハラやパワハラを行ったとして問題にされたことを申告しなかったことについて、裁判所は、「転職の理由は、その本質からして主観的であり、仮に客観的には辞職しなければ更に責任を追及されるような状況にあったとしても、これを虚偽と言い切ることは困難である。」と判示している。 よって、退職や転職の理由を尋ねることにより応募者の前職における不祥事等の有無の確認を試みる場合、功を奏しない可能性があることに留意する必要がある。 (了)
#614(掲載号)
#柳田 忍
2025/04/10
労務・法務・経営 法務

〈Q&A〉税理士のための成年後見実務 【第17回】「成年被後見人の遺言の撤回はできるのか」

〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第17回】 「成年被後見人の遺言の撤回はできるのか」   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   【Q】 成年後見人を務めていますが、成年被後見人が遺言を作成していたことがわかりました。内容が遺産をすべて外部の団体に遺贈するという内容であったため、成年被後見人の家族から「撤回できないか」という相談が寄せられました。成年後見人は成年被後見人の遺言を撤回できるのでしょうか。 【A】 成年後見人は、成年被後見人の財産の管理・処分等について包括的な代理権を有していますが、成年後見人が成年被後見人の遺言を撤回することはできません。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 遺言の撤回について 成年被後見人であっても一定の要件のもと遺言を作成することができることは、前回解説したとおりです。民法では「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる(民法1022条)」と定められており、一度書いた遺言でも撤回することが認められています。 遺言の撤回方法は下図のとおり、遺言の作成方式によって異なります。 【遺言の作成方式と撤回方法】 (※1) 法務省「自筆証書遺言書保管制度」 遺言の撤回は、作成した遺言を撤回する旨の遺言を別途作成して行うことになります。ただし、自宅で保管している自筆証書遺言については、物理的に破棄することで撤回することも可能です(民法1024条)。公正証書遺言や法務局における保管制度を利用している自筆証書遺言は、遺言の原本が公証人役場や法務局に保管されているため、自宅で保管している自筆証書遺言のように、物理的に破棄をすることができません。よって、遺言を作成して撤回をする必要があります(※2)。 (※2) 自筆証書遺言保管制度については自筆証書遺言の「保管の申請の撤回」という制度があり、法務局で保管されていた自筆証書遺言の原本を返還してもらうことができます。また手元に返ってきた遺言を破棄することで撤回することは可能です。なお、「保管の申請の撤回」はあくまで法務局で遺言の原本を保管してもらうことを取りやめるという意味であり、遺言自体の撤回ではないことに注意をする必要があります。 【遺言を撤回する旨の記載例】 実務では、遺言の撤回のみを行うことは少なく、一旦遺言を作成した後に家族関係に変化等があり、遺言の書き直しをするために撤回をするということがよく行われています。なお、公正証書遺言を自筆証書遺言の方式で撤回したり、自筆証書遺言を公正証書遺言の方式で撤回することは可能です。   2 成年後見人は遺言の撤回ができるか 成年被後見人の作成した遺言を成年後見人が撤回することは、認められていません。あくまで成年被後見人が自ら撤回を行う必要があります。一見して不合理な内容の遺言書であったとしても、成年後見人の職務は生前における成年被後見人のサポートであるため、成年被後見人の死後に効力が発生する遺言は、基本的に職務の範囲外であるともいえます。 なお、遺言で遺贈の対象とされていた財産でも、成年被後見人の生活費を捻出するためなどの正当な理由がある場合には、成年後見人において売却などを行うことは可能であるとされています。 (了)
#614(掲載号)
#北詰 健太郎
2025/04/10
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《速報解説》 国税庁、生物多様性法の施行に伴い、「生物多様性維持協定が締結されている土地の評価」方法に係る質疑応答事例を公表~要件を満たす協定区域内の土地につき2割評価減~

《速報解説》 国税庁、生物多様性法の施行に伴い、 「生物多様性維持協定が締結されている土地の評価」方法 に係る質疑応答事例を公表 ~要件を満たす協定区域内の土地につき2割評価減~   Profession Journal 編集部   令和7年4月1日、国税庁は、同日施行の「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」(以下「生物多様性法」という)に伴い、「生物多様性維持協定が締結されている土地の評価」方法を示した質疑応答事例を公表した。 生物多様性維持協定制度とは、認定連携増進活動実施計画の実施のため必要があると認めるとき、①認定連携市町村は、②認定連携活動実施者及び③その認定連携増進活動実施計画に係る区域(海域を除き、生物の多様性が維持されている区域に限る)内の土地の所有者等と協定を締結して、当該土地の区域内の連携地域生物多様性増進活動を行うことができることとする制度である。 《生物多様性維持協定のイメージ》 ※環境省「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律について」8頁より一部抜粋 なお、生物多様性法及び生物多様性維持協定制度について詳しくは下記参照。 ただし、この協定を締結した場合、土地所有者は、協定締結期間内は協定区域の土地を生物多様性が豊かな状態で維持し続けなければならないこととなり、土地の利用方法が制限されることから、協定区域の土地を相続等する場合、利用制限がかかった土地を相続することとなる。そのため、相続人等が承継時に負担する相続税等について、協定区域内の土地に対する評価減を講じる必要性があるとされていた。 この必要性を受け、令和7年度税制改正大綱においてこの評価減の明確化が織り込まれており(大綱32頁)、今回、質疑応答事例においてその旨が確認された。 質疑応答事例によれば、次の要件の全てを満たす生物多様性維持協定が締結されている土地については、生物多様性維持協定区域内の土地でないものとして財産評価基本通達の定めにより評価した価額から、その価額に100分の20を乗じて計算した金額を控除して評価するとしている。 (了)
#Profession Journal 編集部
2025/04/04
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《速報解説》 金融庁、「有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等及び有価証券報告書レビューの実施について(令和7年度)」を公表~「株主総会前の適切な情報提供」に関する調査実施を表明~

《速報解説》 金融庁、「有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等及び有価証券報告書レビューの実施について(令和7年度)」を公表 ~「株主総会前の適切な情報提供」に関する調査実施を表明~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2025(令和7)年4月1日、金融庁は、「有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等(識別された課題への対応にあたって参考となる開示例集を含む)及び有価証券報告書レビューの実施について(令和7年度)」を公表した。 2025年3月期以降の有価証券報告書の作成に当たっては、これらに記載されている事項に特に注意し、適切に作成する必要があると考えられる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等(識別された課題への対応にあたって参考となる開示例集を含む)について 「令和6年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項等」として、以下に述べる課題が指摘されている。 今後の提出会社による自主的な改善に資するよう、有価証券報告書レビューで識別された課題への対応にあたって参考となる開示例が「別紙2」として取りまとめられている。 1 サステナビリティに関する考え方及び取組 2 コーポレート・ガバナンスの状況等 3 訂正内部統制報告書における記載事項についての審査 経営者による財務報告にかかる内部統制の評価の範囲、基準日及び評価手続に関する記載がない又は不明瞭である。   Ⅲ 有価証券報告書レビューの実施について(令和7年度) 1 法令改正関係審査等 次の法令改正事項等について、有価証券報告書及び内部統制報告書の記載項目を対象に審査を実施する。 2025(令和7)年3月に金融担当大臣より発出された「株主総会前の適切な情報提供について(要請)」に関する調査を併せて実施するとのことである。 有価証券報告書及び内部統制報告書提出会社は、別添の「調査票」に回答することが求められているので、有価証券報告書及び内部統制報告書の作成に際して注意が必要である。 主な調査項目の概要は次のとおりである。 2 重点テーマ審査 次のテーマに着目し、2025(令和7)年3月31日以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書の提出会社の中から審査対象会社を選定するとのことである。 有価証券報告書において開示される「サステナビリティに関する考え方及び取組」及び「コーポレート・ガバナンスの状況等」に関する記載内容について提出会社による自主的な改善に資するように審査するとのことである。 また、2025(令和7)年3月に金融担当大臣より発出された「株主総会前の適切な情報提供について(要請)」に関する法令改正等関係審査の調査票の回答を勘案し、重点テーマ審査において深度ある調査を実施するとのことである。 財務局等からの質問票には、次の観点も反映していると述べられており、本3月期の有価証券報告書の作成に際しても、下記の観点を十分に考慮し、開示の要否を判断すべきものと解される。 (了)
#阿部 光成
2025/04/04

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