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〔令和6年度税制改正〕中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長 【第2回】
〔令和6年度税制改正〕 中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長 【第2回】 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 (3) 積立限度額 (※7) 合併により合併法人に移転するものを除く(措法56①)。 《図表8》積立率 (※8) 前回の(※6)参照 なお、特定株式等の取得価額に90%(100%)を乗じて計算した金額は、その適用事業年度においてその特定株式等の帳簿価額を減額した場合には、その減額した金額のうちその適用事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入された金額に相当する金額を控除した金額とする(措法56①)。 財務省「令和6年度 税制改正の解説」によれば、《図表8》に示されている「その認定特別事業再編計画に基づいて行う最初の特別事業再編のための措置として取得した株式等」に該当するかどうかの判定において、以下の留意点が挙げられている。 (※) 財務省「令和6年度 税制改正の解説」を参考に筆者加工 本措置が産競法2条18項6号に掲げる措置に限られる点についての留意点である。これは、M&Aによって他社株式の議決権の過半数を取得する場合に、(ア)のカウントの対象となる旨の記載である。(ア)の記載を参考にすると、特別事業再編のための各措置に応じた積立率は次のようになる。 (※) 財務省「令和6年度 税制改正の解説」を参考に筆者加工 本制度の適用要件を満たす措置を行っても、必ずしも本制度の適用を受けない場合がある。そのような場合に、2回目の措置での積立率が何%になるかについての留意点である。(イ)の記載を参考にすると、特別事業再編のための措置を行い、1回目の措置で本制度の適用を受けなかった場合の積立率は次のようになる。 (4) 準備金の積立て(損金算入) (※9) 合わせて前回の(※4)参照。 特定保険契約を締結している場合、損金算入はできないとされている(措法56①)。特定保険契約についての詳細は、後述の「5 経営力向上計画に係る措置の見直し及び期限延長」で説明する。 (5) 準備金の取崩し(益金算入) 中小企業事業再編投資損失準備金の取崩しについては、租税特別措置法の改正に基づく規定が、国税庁の「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」において次のとおり示されている。 《図表9》中小企業事業再編投資損失準備金の取崩し (出典) 国税庁「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」18頁 中小企業事業再編投資損失準備金の取崩し事由については、租税特別措置法56条2項から4項で以下の事由が示されている。 ① 10年経過後5年均等による準備金の取崩し なお、前回の「《図表1》本制度の概要」は拡充枠の据置期間後の均等取崩事由を示している。 ② 特定の事由に該当することとなった場合における準備金の取崩し 次の(イ)から(ク)までは、現行制度に関連する措置と同様である(財務省「令和6年度 税制改正の解説」)。 (※) 国税庁「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」、財務省「令和6年度 税制改正の解説」を参考に筆者作成 ③ 青色申告書の提出の承認を取り消された場合等における準備金の取崩し 上記のうち、「その承認の取消しの基因となった事実のあった日」は、次の条件に従って定められている(措法56④)。 (※10) 法人税法64条の10第4項から6項までの規定により同条の9第1項の規定による承認(通算承認)の効力を失った日をいう(財務省「令和6年度 税制改正の解説」)。 (6) 申告要件等 4 拡充枠を利用するために必要な特別事業再編計画に関する手続き等 2024年8月27日、「産業競争力強化法等の一部を改正する法律」の施行期日を2024年9月2日と定める閣議決定が行われ、施行された。中小企業庁の「中小企業事業再編投資損失準備金(中堅・中小グループ化税制)」によれば、拡充枠の利用に必要な産競法に基づく特別事業再編計画の手続きなどについては、産競法等改正法の施行後に公表された経済産業省の「事業再編の促進(産業競争力強化法)」において記載されている。したがって、【第3回】以降では、法令施行日後に更新されたこれらの情報を踏まえて解説する予定である。 5 経営力向上計画に係る措置の見直し及び期限延長 本制度の延長に関連する内容については、租税特別措置法の改正に基づく規定が、国税庁の「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」において次のとおり示されている。 《図表10》本制度の延長の概要 (出典) 国税庁「令和6年度法人税関係法令の改正の概要」17頁 財務省「令和6年度 税制改正の解説」では、「経営力向上計画に係る措置の見直し及び期限延長」の項目において、本制度の見直し及び延長内容の詳細が解説されている。なお、以下の(1)の改正は、法人が令和6年4月1日以降に取得する株式等に適用される。また、以下の(2)の改正は、法人が令和6年4月1日以降に締結する特定保険契約に適用される。 (1) 特定保険契約を締結した場合の準備金の積立て 各法令と財務省「令和6年度 税制改正の解説」によれば、「特定保険契約とは、事業承継等又は特別事業再編のための措置に基因し、又は関連して生ずる損害を塡補する保険で事業承継等又は特別事業再編のための措置として取得をした株式等の売買契約における売主表明事項(売主から表明された当該売主又は当該株式等を発行した法人の法務に関する事項、財務に関する事項、税務に関する事項、労務に関する事項その他の事項をいいます。)につき正確でない、又は真実でない事実があり、その売主表明事項と異なる事実が生じたことによってその取得をした法人に損害が生じた場合に保険金を支払う定めのある保険(その損害により支払われることとされている保険金の限度額が5億円を超えるものに限ります。)の契約」をいう(措法56①、措規21の2①)。いわゆる「表明保証保険で保険金の支払限度額が5億円超の契約」である。 (2) 特定保険契約を締結した場合の準備金の取崩し また、本項目と合わせて、前述の3の(5)の②も参照されたい。 (3) 認定期限の延長 (4) その他 (【第3回】に続く)
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暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第52回】
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第52回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 22 ビットコインETFと分離課税(その6):本信託の仕組み (1) 設定と償還(指定参加者による買注文と売注文) ア バスケット単位による設定と償還 イ 発行プロセス ウ 償還プロセス (2) 資金の使途 (3) ハードフォークによって生ずる付随的権利等の取扱い (4) 持分所有者に対する分配 (5) 本信託の終了 (了)
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〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第45回】「外国法人に対する渡航費等の支払に係る所得税等の源泉徴収義務」
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第45回】 「外国法人に対する渡航費等の支払に係る所得税等の源泉徴収義務」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国芸能法人等に対し、報酬とは別に支払われる渡航費等は所得税等の源泉徴収の対象とされるのでしょうか。 〔A〕 人的役務の提供に係る対価について、「対価」という文言は、「所得」という文言とは異なり、通常の用語法としては、収入金概念に属するものといえ、人的役務の提供をした者にとって、同人的役務の提供に対して支払を受けた収入金額の総額を意味するものであることから、支払額の中に、同支払に係る収入を得るための犠牲として支出され、当該収入の一部をもって充当されるべき対応関係にある費用相当額が含まれていたとしても、同費用相当額は収入金額の一部として「対価」に含まれる、という判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 外国法人等による人的役務の提供と源泉徴収義務 国内における非居住者・外国法人による人的役務の提供、具体的には、映画若しくは演劇の俳優、音楽家その他の芸能人又は職業運動家の役務の提供の対価は、国内源泉所得に該当し(所法161①六、所令282、法法138①四、法令179)、当該対価の支払をする者は、その支払の際、当該国内源泉所得について所得税を源泉徴収することとなる(所法164、212①)。 外国から芸能人等を招へいする場合、その往復の旅費、国内滞在費等を依頼主が負担する(すなわち、芸能人等が支払った経費を精算する)ことが一般的に行われているが、この場合、その芸能人等の人的役務を提供する非居住者・外国法人が収受するこれらの旅費、滞在費等の負担額も人的役務に係る対価に含まれるかどうかが問題となる。 この点、人的役務の提供に係る対価には、その名目のいかんにかかわらず、その対価たる実質を有するもの全てが含まれることは当然であるから、上記のような場合の旅費、滞在費等の全部又は一部を当該対価の支払者が負担する場合におけるその負担する費用も、人的役務提供の対価に含まれることとなる(所基通161-19第1文、法基通20-2-10)。 この場合、依頼主が支払う金銭は、その役務を提供する非居住者・外国法人の収入金額となり、しかる後に費用の支払に充てられた段階でその者の経費となる。ただし、依頼主が、非居住者・外国法人の旅費、滞在費等を航空会社、ホテル、旅館等に直接支払い、人的役務を提供する非居住者・外国法人に対価又は報酬として金銭を交付しない場合はこの限りではない(所基通161-19第2文)。 つまり、その対価又は報酬の支払者から航空会社、ホテル、旅館等に直接支払われるものについて源泉徴収の対象にしなくても差し支えないとされている(所基通212-4)。これは、人的役務の提供に係る対価の支払者が交通機関、宿泊施設等を提供する場合も、金銭の支払に代わる経済的利益(サービス)の提供が行われるという意味で、基本的には変わらないが、そのサービスは、むしろ、人的役務の提供を受ける者がその提供者を自己の支配下に置くためのものであって、それによって人的役務の提供者に経済的利益が生じたと見ることは必ずしも妥当ではない(※1)という考え方によるものである。 (※1) 今井慶一郎ほか編『所得税基本通達逐条解説(令和6年版)』(大蔵財務協会・2024年)1129頁 なお、人的役務の提供に係る対価につき源泉徴収の対象とされた非居住者・外国法人は、経費を控除した純所得についての課税を受けるため、所得税(総合課税)又は法人税の確定申告を行い、当該純所得を課税標準とする税額から源泉所得税額を控除し、控除しきれない残額があるときは、還付を受けることができる(所法166等、法法144の6①五等)。 以下では、外国の芸能法人等に支払われた渡航費等に対する源泉徴収の要否が争われた事例について検討する。 2 過去の裁決例 《東京地裁令和4年9月14日判決》(※2) (※2) TAINSコード:Z272-13756 (1) 事案の概要 イベントプロモート事業等を営む内国法人である原告Xは、平成27年2月から平成30年10月までの間、日本国外に居住する複数の音楽家(以下「外国音楽家」という)を国内で行われる公演に招いた際に、Xとの間で出演契約を締結するなどしてその音楽活動のマネジメントを行っていた非居住者又は外国法人(以下「外国芸能法人等」という)に対し、外国音楽家の出演料とは別に、渡航費、機材の運送費その他の諸雑費(以下「渡航費等」という)を支払った(以下「本件各支払」という)。 Xは、本件各支払を行った際に、所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という)の源泉徴収をしなかったところ、所轄税務署長から、本件各支払額は「国内において人的役務の提供を主たる内容とする事業で政令で定めるものを行う者が受ける当該人的役務の提供に係る対価」(平成26年改正後所法161①六(同改正前は同②))に該当するとして、源泉所得税等の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたため、その各取消しを求める事案である。 (2) 争点及びXの主張の要旨 争点は、Xが、本件各支払の際に、本件各支払額について所得税等の源泉徴収義務を負っていたか否かであり、Xは①会計上、報酬等と区別された実費相当額の支払を受けても、これを収入として計上しないのが通常であり、税務上も収入とはされない、②仮に、税務上の収入であるとされたとしても、立替払された経費の精算として支払われたものであれば、結局、課税所得は生じないことになるから、国税の徴収を確実なものとする等の源泉徴収制度の趣旨が当てはまらず、源泉徴収の対象とされることはないなどと主張した。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、以下のように判示し、Xの請求を棄却した(※3)。 (※3) 東京高判令和5年4月26日(判例集未登載)による控訴棄却にて、本件は確定した(週刊税務通信No.3773(令和5年10月16日)51頁)。 ① 「人的役務提供に係る対価」の意義について ② 所得税基本通達161-19第2文との関係について 3 検討 本件は、外国の芸能法人等が行う人的役務提供事業に対する「対価」の中に、当該者にとっての諸経費相当分を含むか否かについて、裁判所が下した初めての判断である。ここに本判決の意義がある。 ところで、本件における渡航費等に係るサービス(経済的利益)の真の受益者は外国芸能法人等であることは疑いの余地もないが、それらを依頼主が負担することの意味をどのように理解したらよいであろうか。そもそもの人的役務の提供の対価が国内での興行に対するものである以上、日本への渡航や宿泊等も一連の外国芸能法人等の活動に包含されるといえることから、それら全体が対価を構成し、役務提供の依頼者が負担すると考えることもできよう(※4)。 (※4) もっとも、長島弘「国外芸能法人等に対して支払われた渡航費等に対する源泉徴収の要否が争われた事例」月刊税務事例(Vol.56 No.5)2024年5月号54頁は、「国内に渡航してくることも契約内容に含まれるのであるから『対価』を構成するということに一定の説得力はあるが、とはいえ、実額清算(ママ)をしているなら、渡航費としての支払額と受領額に差異が生じず自己の計算となる部分はない。(中略)果たしてこれが『人的役務提供』の『対価』として相応するかは疑問無しではない。」と問題提起している。 ただし、依頼主が渡航費を負担する方法には、①本件のように、外国芸能法人等が自らにとって最も利便性の高い条件で渡航や運送等のサービスの内容を決定して料金を支払い、同サービスの料金について人的役務の提供を受ける者が立替金精算払(※5)を行う方法、②人的役務の提供を受ける者が宿泊施設、交通機関等に対して直接、滞在費、旅費等を支払う方法の2種類がある。 (※5) この表現につき、森照雄「報酬と別に支払われた渡航費に対する源泉徴収義務」月刊税理(Vol.67 No.1)2024年1月号188頁は、「地裁は判決の中で『立替金精算払い』という文言を使用しているが、これは外国芸能法人等が実費相当額を請求しXがこれを支払ったものを指しており、『Xが契約者として本来支払うべきものを外国芸能法人が立替えて支払った』という意味ではないだろう。」と述べている。 ②は所得税基本通達161-19第2文に定める方法であり、地裁も、所得税基本通達逐条解説を引用し、「人的役務の提供を受ける者がその役務の提供者を自己の支配下に置くためのものであって、それによって人的役務の提供をする者に経済的利益が生じたとみることが必ずしも妥当しない場合(下線筆者)」と判示し、②の場合に源泉徴収しないことの理由付けとしている。 これに対し、①の同通達161-19第1文に定める方法について地裁は、「人的役務の提供を受ける者がその役務の提供者を自己の支配下に置くためにされたものであるとはいいきれない部分が少なからず生ずるから、一旦、人的役務の提供をする外国芸能法人等又は外国音楽家自身にサービス相当額の経済的利益が生じたものとして扱い、その後の純所得の計算上、人的役務の提供に要した費用を控除すべき経費と扱うことが、経済的な実態にそぐわない扱いであるということはできない(下線筆者)」と判示し①と②の関係を整理している(※6)。もっとも、実務的には①のケースと②のケースで判断に迷うことはなく、その意味で本判決の結論は極めて正当といえる。 (※6) 西中間浩「『人的役務の提供の対価』(所得税法161条1項6号)の支払には、報酬と明確に区分された渡航費等の支払も含まれるとして、所得税等の源泉徴収義務が認められた事例」税経通信(Vol.78 No.8)2023年8月号162頁は、「この種の渡航費等は理論的に見ればどこまでが『対価』に含まれるものなのか、その外縁を示すことは難しい問題である。(中略)現金の交付と同等の経済的利益を与えているかどうかはケースバイケースの個別判断が必要であると考えていることがみてとれる。上記通達はこのような個別判断を避けるために設けられた納税者有利の税務行政の運営指針という見方もできよう。」と述べている。 なお、経費の支払者と負担者が異なる場合の精算取引の税務上の取扱いは、居住者間でも起こり得る問題であり、源泉徴収の対象となる報酬、料金又は契約金と旅費、日当とを区分して支払っている場合であっても、当該旅費、日当等については源泉徴収義務がある(所基通204-3)。もっとも、交通機関やホテル等から「役務提供を受ける者」宛の領収書を受け取って精算している場合には、実態として直接支払われたものと同視できるから、源泉徴収不要として取り扱われる余地がある点指摘しておきたい(※7)。 (※7) 前掲(※5)参照。 (了)
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決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第7回】「3ヶ月超の定期預金に要注意」
◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第7回】 「3ヶ月超の定期預金に要注意」 公認会計士 石王丸 周夫 キャッシュ・フロー計算書は、企業のキャッシュの増減を示す財務諸表です。一般に、キャッシュといえばおカネが思い浮かびます。たとえば、銀行のキャッシュカードはATMでおカネ(現金)を引き出すためのカードです。 しかし、キャッシュ・フロー計算書のキャッシュは、現金だけを示しているわけではありません。では、貸借対照表の「現金及び預金」のことかというと、結果的にそれと同額になることはあっても、定義としてはそれとも異なります。 このように、キャッシュ・フロー計算書のキャッシュの範囲というのは、一般的な感覚と少し違うためか、これに関する誤処理がしばしば見られます。早速、決算短信の訂正事例を見ていきましょう。 訂正事例の概要 決算短信の連結キャッシュ・フロー計算書において、次のような訂正事例があります。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示(以降同様)) 連結キャッシュ・フロー計算書の投資活動によるキャッシュ・フローの区分において、「定期預金の預入による支出」という項目を追加し、キャッシュの減額を行ったという訂正です。 この結果、投資活動によるキャッシュ・フローの合計金額がその分減少し、これに連動して「現金及び現金同等物の増減額(△は減少)」と「現金及び現金同等物の期末残高」も減少しています。 連結キャッシュ・フロー計算書のこれらの数値が訂正になったことから、決算短信のサマリー情報や「経営成績等の概況」の記載においても、その引用箇所が訂正になっています。 定期預金はキャッシュに含まれるのか 定期預金というのは、通常、連結貸借対照表では「現金及び預金」の残高に含まれています。上掲の連結キャッシュ・フロー計算書のように、「定期預金の預入による支出」としてキャッシュから減額した場合、連結キャッシュ・フロー計算書の「現金及び現金同等物の期末残高」は連結貸借対照表の「現金及び預金」と不一致になります。 有価証券報告書には、そのことを示す注記があります。上掲の訂正事例に対応した注記としては、次のようなものです。 これは、連結貸借対照表の「現金及び預金」の残高と連結キャッシュ・フロー計算書の「現金及び現金同等物」の残高の関係を示したものです。この例では、両者の差は「預入期間が3ヶ月を超える定期預金」だとわかります。 「連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準注解」(注2)では、定期預金は、預け入れてから満期日までの期間が3ヶ月以内であれば現金同等物に含まれるとされています。3ヶ月超の定期預金は「現金及び現金同等物」には含まれないというわけです。 ただし、会計制度委員会報告第8号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」では、「現金同等物として具体的に何を含めるかについては、各企業の資金管理活動により異なることが予想されるため、経営者の判断に委ねることが適当と考えられている」と記載されており、上記のような注記でその点を明らかにしているわけです。実際、6ヶ月以内の定期預金を現金同等物に含めている企業もあります。要は、現金同等物とは何かということを、各企業が実質的に判断すべきということです。 ここはある意味、キャッシュ・フロー計算書の理解で1番難しいところかもしれません。実務では、こういった部分は素通りして、「3ヶ月以内ならばキャッシュ」というルールを機械的に当てはめておけば間違いないのですが、本来はここまで考えるべきでしょう。 会計方針の記載も確認 連結キャッシュ・フロー計算書において、「現金及び現金同等物」の範囲をどう決定するかということは、意外に大事なことだとわかったと思います。 有価証券報告書の連結財務諸表では、その点を重要な会計方針として開示しなければなりません。前掲の訂正事例に対応した記載例としては、次のようになります。 開示前のチェックポイント 決算短信の連結キャッシュ・フロー計算書では、本稿で紹介した訂正事例がよく見られます。しかも、決算短信を公表してから1ヶ月以上経過してから、この訂正がなされていたりします。おそらく、有価証券報告書作成段階で気がついたということなのでしょう。 有価証券報告書では、前掲の「連結キャッシュ・フロー計算書関係」の注記が開示されます。この注記を作成するとなれば、そこでキャッシュの範囲について考える機会が確保されます。決算短信作成段階においても、誤処理の発見のためにはこれを作成しておきたいところです。 (了)
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〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第53回】「売り手企業の価額はどうやって決まるか・決めるか(後編)」~価額視点の相手の見方~
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第53回】 「売り手企業の価額はどうやって決まるか・決めるか(後編)」 ~価額視点の相手の見方~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの価額を前提に売り手を見る際の手がかりを得る。 売り手企業 ⇒M&Aの価額を前提にM&Aに備えた企業活動をする際のヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒M&Aの価額の視点を頼りに買い手・売り手に対する助言に活かす。 その他の対象者 ⇒M&Aの価額の視点から買い手・売り手の見方を知る。 前回に続き、中小M&Aの「価額」視点で、相手の見方・見られ方を考えます。 1 価額視点の相手の見方 前回見たように、中小M&Aの価額は、ほぼ決算書から何らかの影響を受けます。そして、バランスシート(貸借対照表)と損益計算書の両方の影響を受ける可能性があるわけですが、意外とバランスシートの影響を受ける手法が多いことも、中小M&Aの際に価額を求める手法の特徴といえます。 ですから、売り手企業としては、M&Aを控える場合には、価額に影響しやすい項目に注意する必要があります。裏を返せば、価額に影響しやすい項目ほど、買い手企業や第三者機関は見ているということになります。 2 価額に影響しやすい項目の例 価額に影響しやすい項目は、以下のとおりです。 (1) 帳簿価額の純資産の額 帳簿価額の純資産の額は、中小企業の場合、基本的に、損益計算書の当期純利益から配当金額を差し引いた額が毎期蓄積されていきます。社歴が長くて、過去に大きな利益を計上した経験のある中小企業ですと、帳簿価額の純資産の額が大きくなっているケースが多いです。 帳簿価額の純資産の額が大きいということは、簿価純資産法ではダイレクトに売値になり、時価純資産法の場合でも簿価純資産が売値の基本になりますので、「売り手企業のビジネスは、過去にどれだけ多くの当期純利益を獲得してきたか」は売値を決める重要な要素の1つだといえます。 中小企業の場合、「株主=経営者」であるケースが多く、投資家からの配当要請が上場会社ほどにはありませんので、配当金額の多寡が簿価純資産に与える影響はさほど考慮しなくてもよい場合が多いです。 (2) 時価評価の対象となりやすい資産 売買や取引が行われる市場がある資産は、時価評価の対象となりやすい傾向にあります。前回取り上げた有価証券、保険、不動産のほか、ゴルフ会員権などの会員権、為替の変動を受ける可能性のあるデリバティブ取引などが代表例です。これらの資産を有している場合は、日頃の経営でも注意が必要です。 なぜかというと、多くの中小企業の決算書は、帳簿価額で計上しており、時価評価をしません。すなわち、取引をした金額のまま帳簿価額を据え置いているケースが多いので、時価の存在に気づかないままM&Aに至り、その時に初めて時価を意識することも少なくないからです。時価の変動がありそうな資産は、比較的多額で取得するケースが多いものばかりですから、時価に置き換えた場合の影響も大きくなります。 このほかにも、時価というと少し語弊があるかもしれませんが、その他の資産、負債、純資産のうち、変動する可能性のある項目にも注意します。中小M&Aで価額を求める際には、バランスシートの資産、負債、純資産を1つ1つ細かくチェックしていきます。その際、売掛金、未収入金、貸付金、買掛金、未払金などのように、回収相手がいる取引、支払相手がいる取引の場合のうち、特に回収相手がいる売掛金、未収入金、貸付金などは、回収が困難なのにもかかわらず、バランスシートに計上されたままの状態となっていることがよくあります。その場合も、M&Aでバランスシートの時価を求める際に調整が行われますが、これらは、資金繰りに大きく影響する項目ですので、M&Aの有無に限らず、日頃の経営でも気を付けたいものです。 (3) 簿外の取引 簿外の取引を、M&Aの際に調整してバランスシートに計上したとみなす手続きは、M&Aだけに存在する特別なルールではありませんし、いい加減に計上を迫るものではなく、根拠があります。その根拠とは、会計のルールです。本来、会計のルールは、どの会社であっても厳格に適用されるべきものですが、実際には、上場企業は会計のルールに厳格に則る一方で、非上場企業の多くは、会計のルールを一部適用するか、ほぼ適用しないか、のケースが多いようです。 ですから、これまで会計のルールを特段意識してこなかった経営者が、M&Aを機に、会計のルールに則った処理を目の当たりにしてはじめて、時価評価の存在や簿外の取引を計上する必要性に気づきます。たとえば、簿外の取引は、会計のルールに則れば、引当金などの名称で明確に存在しています。中小企業が今まで、厳密にルールを適用してこなかったために、顕在化していなかったにすぎません。端的にいえば、中小M&Aを迎える今の今まで、会計のルールを適用してこなかった影響です。 でも、多くの中小企業は、会計のルールをご存じないのも無理はありません。顧問をお願いしているのが税理士だとすると、税理士は税務の専門家であって、会計ルールにはほとんどの方が精通していないと思われるためです。 ただし、この状況が問題だと言いたいわけではありません。なぜかというと、税の領域は広く深く、会計の領域も同様です。そのため、税務の専門家である税理士が、税務の領域に加えて、会計の領域もパーフェクトに押さえること自体が困難な話だからです。これは、反対に公認会計士にもいえることで、会計中心に論点を押さえようとする公認会計士が、税務の領域までパーフェクトに押さえるのは非常に難しい側面があると思います。 結論から申し上げますと、もし今後M&Aを検討される余地があるのなら、どこかの段階で公認会計士を頼るのをお勧めします。これは、既存の顧問契約を変えるべきだという話では全くなく、M&Aに限った論点の洗い出しや、簿外の取引の把握についてだけでも聞いて理解しておく価値があるので、部分的にアドバイスをもらえばよいということです。 会計のルールに基づけば、基本的に、バランスシートには、いまだ反映されていないが将来企業から支出ないしは流出されうる項目や、そもそも会計のルールでオンバランスをしなければならない取引が計上されます。その存在可能性に日頃の経営で触れておくことは、管理(マネジメント)上も有益だと思います。 (4) EBITDA マルチプル法では、営業利益の額が株式価値に影響するとわかりました。大体の場合において、中小M&Aは直近の営業利益が重要な要素となりますので、売り手企業の稼ぐ力は、買い手企業や第三者機関から見られています。 また、ガイドラインでは、EBITDAを求めるために、営業利益に減価償却費を加えていました。減価償却費が大きければ、EBITDAを押し上げますので、感覚的には、「ならば、固定資産への設備投資を思い切って、EBITDAを高める経営をしていれば、M&Aの際に有利ではないか?」と思うのは当然です。 しかし、減価償却費が大きいことは、過大な設備投資によって、固定比率(固定資産/自己資本)、固定長期適合率(固定資産/(自己資本+長期負債))の悪化の原因となりやすいだけでなく、手元のキャッシュの流出か、資金調達によって固定資産の取得資金を賄うことになりますので、キャッシュフローの悪化、自己資本比率(自己資本/総資産)の低下、支払利息の増加による経常利益の悪化といった懸念が広がる原因を作ってしまいます。 固定資産は流動性が低い資産の1つなので、回収プランのない投資をしてしまうと、取り返しがつきません。中小M&Aを期待するからといって、EBITDAを高める手段に安易に飛びつかず、堅実な経営によって、中長期の成長を目指すのが賢明といえます。 (5) 現預金と有利子負債 (4)と同じくマルチプル法に関係する項目です。キャッシュが多く、借入に代表される有利子負債が少ないと、株式価値にプラスの効果があります。 キャッシュが多いのがよいのであれば、キャッシュリッチ企業になることを目標に経営すればよいですが、手元キャッシュは、ただそれだけでは、経営上の価値を生み出すのに貢献しません。何らかの形で投資をして売上を生むなど、新たな価値を生み出すために使うのがキャッシュなので、現預金の多さには惑わされないのがよいと思います。 また、有利子負債は株式価値を求める際のマイナス項目になりますが、借入に代表される資金調達を控えればよいかといえば、そうともいえません。有利子負債でキャッシュを得て、そのキャッシュを事業活動に回して、価値を生み出し、さらに売上や利益を生み出すというサイクルを回すために、有利子負債は不可欠な要素の1つであり、特に、中小企業では事業活動の源泉になりえます。 よって、これらの要素はマルチプル法における株式価値を構成しますが、普段の経営では、あまり意識しすぎずに取り組むことを勧めます。 (6) 価額に影響しやすい項目のまとめ (1)から(5)のうち、決算書に影響が表れやすい項目を以下にまとめました。記載した科目名称や取引の種類は、M&Aの譲渡価額にも影響しやすいと思われますので、買い手企業や第三者機関が注視します。売り手企業の視点に立てば、買い手企業や第三者機関が何を考え、何を見ているかわからないよりは、多少なりとも想定できる方が、心構えができると思います。 〈価額に影響しやすい項目の例示〉 3 価額を求める手法に関する相手の見方の留意点 前回は、ガイドラインより、簿価純資産法、時価純資産法、マルチプル法を見てきました。 このうち、簿価・時価の純資産法は、過去に、この企業が行ってきた経営の蓄積と現状がわかる反面、将来の経営状況を保証できない弱点があります。もし、純資産法によって譲渡価額が高いとしても、それは過去の経営の結果であって、将来的な成長も約束されるビジネスかはわからないということです。この意味で、静的な手法といえます。 極端な例ですが、ビジネスは下火なので最近は稼げていないが、過去の利益の蓄積のおかげで純資産が大きいケースは中小企業でもよくあります。なので、買い手企業や第三者機関からすれば、純資産の大きさに過度の期待を抱くことはなく、別のアプローチで売り手企業の価値を見てくると思った方がよいでしょう。 別のアプローチの1つが、マルチプル法のように、現在の業績を拠り所とする手法です。業績は直近だけでなく、過去数年間の推移を追うことで、傾向がわかります。すると、上昇傾向か否かで、その企業の置かれているビジネスの現状がわかり、上昇トレンドか下降トレンドかを把握することが可能です。 ただし、こちらも過信は禁物で、ビジネス自体が持続可能か、つまり、衰退したり斜陽になったりする可能性までは教えてくれません。この見極めのためには、決算書から離れたマーケット環境や、その企業の戦略性、使える資源といった、別の要素も合わせて確認しなければいけません。 こうした観点からすれば、価額を求める手法に関する相手の見方は便利な反面、万能ではないことがわかると思います。 (了)
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電子書類の法律実務Q&A 【第23回】「顧客からの悪質クレームに対して、電子メールで対応すべきか」
電子書類の法律実務Q&A 【第23回】 「顧客からの悪質クレームに対して、電子メールで対応すべきか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 顧客からの悪質クレームに対して、電子メールで対応すべきでしょうか。 〔A〕 電子メール(以下「メール」といいます)での対応は、お勧めできません。メールの一部が切り取られ、SNSで拡散されるリスクがあるためです。また、即時の回答が求められ、返信が遅れた場合、さらなる苦情につながる可能性も高いです。最終的には、書面対応に切り替えることを検討してください。 脅迫的なメールについては、脅迫罪、偽計業務妨害罪、威力業務妨害罪などの刑法上の犯罪が成立する可能性があります。躊躇せず、警察に相談すべきです。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 カスハラとは カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」という)とは、顧客からの不当なクレームや言動の中で、その要求内容が社会通念上不相当であり、労働者の就業環境に悪影響を及ぼす行為を指す。2024年のUAゼンセンによる調査では、労働者の46.8%が直近2年間にカスハラの被害を経験している。 カスハラの背景要因として、以下が指摘されている。 2023年9月に、カスハラによる労災認定の基準が明確化された。また、企業には労働契約法5条に基づき、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務がある。この義務を安全配慮義務という。安全配慮義務に違反した場合、従業員との関係で賠償義務を負う。実際に、安全配慮義務違反に基づき企業に損害賠償責任を認めた裁判例も存在する(東京地判平成25年2月19日)。 2 メールでの対応は避けるべき メールでの対応は避けるべきである。メールやLINEでの対応では、回答内容の一部が切り取られ、SNSで拡散されるリスクが高い。また、メールでのやり取りは、顧客から即時の返信を求められることが多く、返信が遅れた場合、さらなるクレームを招くこともある。 どうしてもメール対応が必要な場合でも、やり取りが延々と続くのを避けるために、即時の返信は控えるべきである。また、やり取りの際には、第三者をCCに入れることは避けるべきだ。担当者名を記載すると、担当者個人が攻撃されるリスクがあるため、個人名を明示せず、部署として対応することも検討したい。 同じ内容のメールを繰り返してくるなど、メール対応が難しい場合は、書面での最終回答を行うことが望ましい。書面で最終回答を行う際には、①これ以上の対応はしないこと、②これ以上の要求が続く場合は弁護士に対応を引き継ぐことを明確に伝えることが重要だ。これに対して相手方がさらに対応を求めてきた場合でも、「書面で回答させていただいたとおりです」と繰り返し伝え、不必要な応酬を避けるべきである。 3 警察に相談すべき事案 送信されたメールが脅迫的な内容である場合は、直ちに警察に相談すべきである。「脅迫罪」(刑法222条1項)、「偽計業務妨害罪」(刑法233条)、「威力業務妨害罪」(刑法234条)が成立する可能性がある。 以下は、最近の裁判例である。 (了)
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〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第85話】「金融所得課税と富裕層の税負担」
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第85話】 「金融所得課税と富裕層の税負担」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・金融所得課税は・・・自民党の総裁選の論点に浮上しているが・・・」 中尾統括官は、新聞を広げながら、渋い顔をしている。 「・・・それは・・・無理でしょう・・・」 中尾統括官の持っている新聞を覗きながら、浅田調査官が言う。 「しかし、格差是正のためには、富裕層の税負担を重くしなければならないだろう」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「・・・ところで、富裕層というのは、どんな人をいうのですか?」 浅田調査官が尋ねる。 「富裕層というのは・・・野村総合研究所は、預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険、年金保険など、世帯として保有する金融資産の合計額から負債を差し引いた純金融資産保有額をもとに、総世帯を5つの階層に分類しているが、2021年においては、次のようになっている」 そう言うと、中尾統括官は罫紙に富裕層の区分をまとめる。 「この①の超富裕層は9万世帯あり、保有資産規模は105兆円といわれている・・・そして、②の富裕層は、139.5万世帯で259兆円、③の準富裕層は、325.4万世帯で258兆円といわれている・・・この①から③までの範囲を富裕層ということができると思うのだが・・・」 中尾統括官は、富裕層の区分を見ながら、呟く。 「・・・資産家であるとの噂の中尾統括官は、②に入るのですか?」 浅田調査官は、ニヤニヤしながら尋ねる。 「馬鹿を言え、俺なんか貧乏な公務員だから、⑤の部類に入って、老後資金のために、政府の言う2,000万円を目指して、せっせと働いているのだ」 中尾統括官の言葉に、浅田調査官は、肩をすくめる。 「・・・要は、富裕層を対象として、金融所得についてもっと高い税率を適用すれば良いということなのだけど・・・」 中尾統括官は、思案顔になる。 「・・・例えば、この純金融資産保有額をベースとした富裕層に対しては、株式の配当や譲渡益といった金融所得の税率を30%や40%にするとか・・・課税を強化するというのはどうだろうか・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「これで、一体どれぐらいの税収増になるのでしょうか・・・」 浅田調査官は、電卓を持ちながら、考える。 「例えば・・・①から③の世帯の保有している金融資産の合計額の10%のキャピタルゲイン等が発生したと仮定すると・・・」 浅田調査官は、電卓を叩きながら、罫紙に計算式を書く。 「この62.2兆円に対して、現行の20%の税率を30%(10%アップ)にすると、6.22兆円の税収入が増加することになります・・・更に、40%(20%アップ)にすると、税収入が12.44兆円増加します」 「・・・しかし・・・この増加する税収入の金額は大きいな・・・消費税は、税率1%が約2兆円の税収入になることから、この数字が本当であれば、消費税を3%又は6%アップしたのと同じことになる・・・」 中尾統括官は、腕を組んで、考える。 「ただ、金融所得課税を強化すると、株式市場は敏感に反応し・・・そして、株価が急落すると、政治家は慌てて、金融所得課税の強化を撤廃します」 浅田調査官は、苦笑する。 「だから、金融所得課税の強化は、難しい・・・」 「金融所得は逃げ足が早いから・・・」 中尾統括官の言葉に、浅田調査官は頷く。 「平成20年度の税制改正によって、『上場株式等の譲渡損失と配当所得との間の損益通算及び繰越控除の特例(措置法37の12の2)』が創設されたが、金融所得の一律分離課税は、高い累進税率の適用を避けるために、金融資産が国外に移され、それによる税収入が失われるのを防ぐことを目的として設けられた制度といわれている・・・もっとも、その効果があるかどうかは、不明であるが・・・」 中尾統括官は、更に、言葉を続ける。 「ところで、令和5年度の税制改正で、『極めて高い水準の所得(所得30億円超)に対する負担の適正化』(措法41の19)の措置が講じられているけれど・・・これは、1億円の壁(所得税の負担率が低下する傾向)の解決をするために改正したとされている」 中尾統括官は、令和5年度税制改正の冊子を読む。 「これを算式にすると、次のようになる」 そう言うと、中尾統括官は、罫紙に算式を書く。 (注) 22.5%は、所得税の最高税率45%の2分の1である。 中尾統括官は、机の引き出しから、新聞の切り抜きのスクラップブックを取り出して、記事(日本経済新聞2022年12月17日掲載)を確認する。 「しかし、これは、所得が年間30億円超の人に対する課税の強化であるが、この対象となる人は、報道によると200~300人くらいということだから、税収入としてはあまり大きくないのでは・・・」 中尾統括官は、算式を見ながら、付け加える。 「そうすると、やっぱり、税収入の増加という観点からは、先ほどの①から③までの473.9世帯の富裕層に対して、株式や配当等の金融所得の課税強化(税率のアップ)を行わなければならないということですね」 浅田調査官は、大きく頷く。 (つづく)
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《速報解説》 国税不服審判所「公表裁決事例(令和6年1月~3月)」~注目事例の紹介~
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(令和6年1月~3月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、2024(令和6)年9月25日、「令和6年1月から令和6年3月までの裁決事例の追加等」を公表した。追加で公表された裁決は表のとおり、国税通則法関係が3件、法人税法関係、相続税法関係及び国税徴収法関係が各2件に加え、所得税法関係が1件で、合計10件となっている。 【表:公表裁決事例令和6年1月から3月分の一覧】※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された10件の裁決事例のうち、財産債務調書における重要なものの記載が不十分であるか否かが争われた事例(前掲表①)、従業員による仮装行為が請求人の行為と同視できるか否かが争われた事例(前掲表②)及び不動産の譲渡に際して買主から売主に支払われた未経過固定資産税等相当額が、譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入されるか否かが争われた事例(前掲表④)について、国税不服審判所の判断内容を概説したい。 なお、複数の争点がある裁決については、下記の概要の中で、その一部を割愛して、中心的な争点のみについて絞らせていただいたことを、あらかじめお断りしておく。 1 請求人による財産債務調書における重要なものの記載が不十分であるか否か・・・① (1) 事案の概要 本件は、審査請求人が、令和3年分の所得税等について、上場株式等に係る譲渡所得等の申告漏れがあったとして修正申告書を提出したところ、原処分庁が、当該修正申告に係る過少申告加算税について、財産債務に係る過少申告加算税の特例による加重措置を適用した賦課決定処分等をしたのに対し、請求人が、当該過少申告加算税については、同特例による軽減措置を適用すべきであるとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 請求人に対する過少申告加算税賦課決定処分における過少申告加算税の計算において、加重措置又は軽減措置が適用されるか否か。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、財産債務調書の提出制度は、所得税等の申告の適正性を確保するため、納税者の保有する財産及び債務に関する情報につき納税者本人から提出を求める制度であり、財産債務調書の提出及び適正な記載を確保するためのインセンティブとして、加算税の軽減措置及び加重措置が設けられているとその趣旨を説示したうえで、内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律(以下「国送法」と略称する)では、財産債務調書には「財産の種類、数量及び価額並びに債務の金額その他必要な事項」を記載することが規定され、さらに、法施行規則において、有価証券については、種類別、用途別及び所在別の数量及び価額並びに取得価額(種類別は、株式、公社債等の別のほか、銘柄の別)を記載することが規定されていることから、国送法が規定する「重要なものの記載が不十分であると認められる場合」とは、「財産の種類、数量、価額及び所在並びに債務の金額その他必要な事項」といった記載すべき事項について誤りがあり、又は記載すべき事項の一部が記載漏れとなり、修正申告等の基因となる財産又は債務の特定が困難である場合をいうものと述べた。そのうえで、加算税の軽減措置及び加重措置が財産債務調書の提出及び適正な記載を確保するためのインセンティブとして設けられていることに鑑みると、加算税の軽減措置及び加重措置の適用の可否の判断は、財産債務調書の記載内容自体から行うべきであるという法令解釈を示した。 そのうえで、国税不服審判所は、請求人が提出した財産債務調書には、財産の価額又は債務の金額欄に合計額の記載はあるものの、請求人が譲渡したE株式及びG債券については、各銘柄及び各数量の記載がなく、財産債務調書の記載から、請求人の保有するE株式及びG債券を特定することは困難であると認められるとして、「重要なものの記載が不十分であると認められる場合」に該当するというべきであるから、過少申告加算税の計算において、加重措置が適用されるという判断を示した。 また、請求人による、財産債務調書に国内株式等及び債券等として一括して記載されている価額は、残高報告書の国内株式等の残高及び月次報告書の債券等の残高と一致しており、E株式及びG債券は、残高報告書及び月次報告書によって容易に特定することができるうえ、「重要なものの記載が不十分であると認められる場合」に該当するか否かの判断は、税務調査に基づき行われるものであるから、調査の際に、銘柄ごとの区分が確認でき、銘柄ごとの残高が一致することが容易に確認できれば、少なくとも、加重措置が適用されるべき理由はないとの主張について、国税不服審判所は、加重措置の適用の可否の判断は、提出された財産債務調書の記載内容自体から行うべきであって、財産債務調書以外の書類の記載や調査の際に容易に確認できる事項を加味して判断すべきものではないとしてこれを斥けている。 2 従業員による仮装行為が請求人の行為と同視できるか否か・・・② (1) 事案の概要 本件は、製造販売を目的とする法人である審査請求人が、請求人の従業員が工事業者と通謀して作成した虚偽の工事完了日を記載した納品書等に基づき、工事費用の額を課税仕入れに係る支払対価の額に含めて消費税等の申告をしたことから、原処分庁が、消費税等の更正処分を行うとともに、従業員による納品書等の作成行為は、事実の仮装と認められ、請求人の行為と同視することができるとして、消費税等に係る重加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、当該従業員による上記納品書等の作成行為は請求人の行為と同視することができないとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 請求人の保全チーム従業員(本件従業員)が、実際の完成・引渡日が令和3年4月3日であった工事の完成・引渡日を同年3月31日とする完了報告書等を業者に作成させた行為(本件行為)は、請求人の行為と同視することができるか否か。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、重加算税の制度は、納税者が過少申告をするにつき隠蔽又は仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を課すことによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものであると述べたうえで、本来的には、納税者自身による隠蔽又は仮装する行為の防止を企図したものと解されるものの、納税者以外の者が隠蔽又は仮装する行為を行った場合であっても、それが納税者本人の行為と同視することができるときには、形式的にそれが納税者自身の行為でないというだけで重加算税の賦課が許されないとすると、重加算税制度の趣旨及び目的を没却することになると説示して、納税者が法人である場合、法人の従業員など納税者以外の者が隠蔽又は仮装する行為を行った場合において、その従業員の行為を納税者本人の行為と同視することができるか否かについては、①その従業員の地位・権限、②その従業員の行為態様、③その従業員に対する管理・監督の程度等を総合考慮して判断するのが相当であり、納税者本人の行為と同視することができる場合には、納税者本人に対して重加算税を賦課することができると解するという法令解釈を述べた。 そして、国税不服審判所は、事実認定に基づき、本件従業員の地位・権限は、請求人の一使用人として限定されたものであったものの、本件行為は、本件従業員が請求人から付与された権限の範囲内において行われた行為であり、また、本件従業員の上長らは、本件各工事が令和3年3月31日までに完成していないことを認識することができ、本件行為による不正の事実を把握し、申告期限までにその是正措置を講じることが可能であったことからすれば、請求人における管理・監督が、本件行為のような不正を防止するうえで十分であったとは認められないものであり、これらの点を総合考慮すれば、本件従業員による本件行為は、納税者たる請求人の行為と同視することができると判断するのが相当であるとの判断を示して、請求人による審判を棄却した。 3 譲渡所得の収入金額(未経過固定資産税等相当額)・・・④ (1) 事案の概要 本件は、D社に土地及び建物を譲渡した審査請求人が、①所得税等については、未経過固定資産税等相当額を譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入せずに申告をし、②消費税等については、課税売上割合が100%であるとして申告をしたところ、原処分庁が、①未経過固定資産税等相当額は、譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入すべきであるとして所得税等の更正処分等を行い、②課税売上割合の計算において非課税売上額を資産の譲渡等の対価の合計額に含めるべきであるとして消費税等の更正処分等を行ったことに対し、請求人が、これらの処分の全部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 請求人がD社から受け取った未経過固定資産税等相当額は、請求人の譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入されるか否か。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨であり、売買等によりその資産の移転が対価の受入れを伴うとき、その資産の増加益が対価のうちに具体化されることから、これを課税の対象として捉えたものと解すべきであるから、資産の譲渡の対価として収入すべき金額については、その名目いかんにかかわらず、譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入されるべきであると解するのが相当であるという法令解釈を示した。 そのうえで、固定資産税等は、その賦課期日である毎年1月1日現在における固定資産の所有者に対して課されるものであって、その所有期間に対応して課されるものではなく、賦課期日後に固定資産の所有者に異動が生じたとしても、新たな所有者が固定資産のその年の固定資産税等の納税義務を負担するものではないことから、請求人とD社と間の売買契約における固定資産税等の負担及び清算に関する定めは、新たな債権債務関係を発生させる合意内容の1つであって、未経過固定資産税等相当額は、その合意内容に基づいて支払われた、土地建物の譲渡の対価の一部であると認められるから、資産の譲渡の対価として収入すべき金額となり、請求人の譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に算入されるという判断を示した。 (了)
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《速報解説》 中小企業庁、R6改正に対応した「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」等を公表~繰越控除措置の適用には確定申告時に明細書の添付を要する旨示す~
《速報解説》 中小企業庁、R6改正に対応した 「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」等を公表 ~繰越控除措置の適用には確定申告時に明細書の添付を要する旨示す~ Profession Journal 編集部 中小企業向けの賃上げ促進税制は、令和6年度改正において、教育訓練費の増加要件に係る見直し措置や厚生労働省の認定制度(「くるみん」、「えるぼし」)の適用による上乗せ措置の創設、繰越控除措置の創設等が手当されている(賃上げ促進税制の改正全容については下記の速報解説を参照)。 中小企業が賃上げ促進税制を適用した場合の改正前後の税額控除率等の相違については次のとおり。 (※) 財務省「「令和6年度税制改正」(令和6年3月発行)」5頁の図を一部加工。 上記改正を受け、当初8月下旬に公表との予告がなされていた「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック(令和6年9月20日更新)」(以下「中小企業向けガイドブック」という)及び「中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A集(令和6年9月20日更新)」だが、去る9月20日に公表のはこびとなった。 なお、令和6年度改正による賃上げ促進税制の拡充・延長等に伴い、すでに今年8月には「全企業向け・中堅企業向け「賃上げ促進税制」御利用ガイドブック(令和6年8月5日公表版)」が経済産業省から公表されている。 今回公表された中小企業向けガイドブックでは、基本となる「制度概要」や「用語の説明」、「制度の詳細」、「よくあるご質問」等がまとめられている。 このうち「制度の詳細」において、子育てと仕事の両立支援・女性活躍推進の取組みを後押しする観点から令和6年度改正で新たに手当された厚生労働省の認定制度(「くるみん」、「えるぼし」)の適用による上乗せ措置について確認する中で、対象となる各認定の取得時期によって適用関係が異なることから、参考として「認定時期ごとの適用判定の例」をそれぞれのケースに応じて示している。 なお、対象となる各認定の取得時期による適用関係の違いをまとめると次のとおり。 そのほか「制度の詳細」では、同様に令和6年度改正で創設された、赤字の中小企業にも賃上げインセンティブとなるよう、賃上げを実施した年度に控除しきれなかった金額の5年間の繰越が可能となる措置(繰越控除措置)について、次のイメージとともに内容を確認している。 (※) 中小企業庁「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック(令和6年9月20日更新)」21頁の図を一部加工 なお、繰越控除措置を適用する場合、確定申告時に次の①及び②を添付して提出する必要があるとしている。 また、上記①の明細書が提出されていない場合、未控除額は繰り越されず、繰越税額控除が適用できないことを留意事項としてあげている。 (了)
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《速報解説》 国税庁、定額減税Q&A(概要・源泉所得税関係)を改訂~令和6年分年末調整に係る様式等の公表に伴い既存7問を修正~
《速報解説》 国税庁、定額減税Q&A(概要・源泉所得税関係)を改訂 ~令和6年分年末調整に係る様式等の公表に伴い既存7問を修正~ Profession Journal 編集部 9月24日、国税庁は「令和6年分所得税の定額減税Q&A(概要・源泉所得税関係)」を改訂した。8月にも同Q&Aの改訂は行われたばかりだが、令和6年分年末調整に係る様式等の公表に合わせて既存問の修正が行われている。 今回の改訂では新問の追加は行われず、既存7問の修正となった。修正が行われた設問は次のとおり。 上記のうち設問2-1では、年調減税(年末調整時における年調所得税額からの控除)の適用が受けられる給与所得者に関して次の注書きが追加された。 また、設問8-1及び9-1では、基礎控除申告書などの提出がなく、給与所得者の合計所得金額の見積額の確認ができない場合の取扱いを、次のとおり新たに注書きとして追加している。 そのほか、設問8-1、8-3、8-9、8-11、9-3では、令和6年分の年末調整に係る様式等が同日に公表されたことに伴い、基礎控除申告書、配偶者控除等申告書及び所得金額調整控除申告書と「年末調整に係る申告書」との兼用様式(「令和6年分 給与所得者の基礎控除申告書 兼 給与所得者の配偶者控除等申告書 兼 年末調整に係る定額減税のための申告書 兼 所得金額調整控除申告書」)や年調減税額の計算に対応した「令和6年分年末調整計算表」が国税庁ホームページに掲載されている旨を示す修正が行われている。 (了)