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労務・法務・経営 法務

〈Q&A〉税理士のための成年後見実務 【第18回】「任意後見契約における「3つの類型」」

〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第18回】 「任意後見契約における「3つの類型」」   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   【Q】 私(税理士)は顧客から、「将来自分が認知症になった場合に、後見人になってほしい」と依頼を受けています。顧客とはかなり長い付き合いがあるため、私が後見人として活動することが、ご本人やそのご家族にとっても良いように思えます。 そこで任意後見契約を提案しようと思いますが、どのような形で契約を締結すべきでしょうか。 【A】 税理士の仕事は、特定の顧客と継続的な関係が生じやすい仕事であるため、信頼関係が構築されている場合には顧客から税理士に「後見人になってほしい」という依頼が寄せられることがあります。 任意後見契約を締結しておけば、顧客の希望通り税理士が後見人として活動することができますが、契約の内容を検討する上で、任意後見契約には3つのパターンがあることを理解する必要があります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 任意後見契約とは 「任意後見契約」とは、将来自らが認知症等により判断能力が不十分になった場合に備えて、本人と、あらかじめ後見人になってほしいと考える人(任意後見受任者)との間で締結する契約です。いわば「後見人の予約」ともいえます。 任意後見契約は財産の管理など後見人の権限等を定めて、公正証書により締結をすることになりますが、任意後見契約を締結しても直ちにその効力が発生するわけではありません。任意後見契約の締結時点では、本人に一定程度の判断能力は残っているのであり、契約締結時点では任意後見人によるサポートが必要とは限らないからです。 任意後見契約の効力は、本人の判断能力が衰えたときに、本人や任意後見受任者が家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申立て、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで生じます。   2 任意後見契約における3つのパターン 任意後見契約は締結時点では即効力が生じないことから、締結の在り方として以下の3パターンがあります。 税理士が顧客との間で任意後見契約を締結する場合は、任意後見契約をしていなくても本人と継続的な交流があるのであれば、①(将来型)でもいいでしょうが、そうでなければ②(移行型)を選択するとよいでしょう。 本人の意向をしっかりヒアリングしながら進めることが求められます。 (了)
#618(掲載号)
#北詰 健太郎
2025/05/15
お知らせ 所得税 税務 税務・会計 税務情報の速報解説 速報解説一覧

《速報解説》 国税庁、所得税の基礎控除の見直し等に係る特設ページを開設~令和7年分及び8年分以後の給与の源泉徴収事務等に関する留意事項を示す~

 《速報解説》 国税庁、所得税の基礎控除の見直し等に係る特設ページを開設 ~令和7年分及び8年分以後の給与の源泉徴収事務等に関する留意事項を示す~   公認会計士・税理士 篠藤 敦子   令和7年度税制改正では、所得税の基礎控除及び給与所得控除に関する見直し、特定親族特別控除の創設が行われた。これらの改正は、原則として、令和7年12月1日に施行され、令和7年分の所得税から適用される。よって、令和7年12月以後の源泉徴収事務に変更が生じることとなる。 このほど国税庁より上記基礎控除の見直し等に関する特設ページが開設され、特設ページ内のパンフレットには、令和7年分の年末調整及び令和8年分以後の源泉徴収事務における留意事項がまとめられている。 以下、留意事項を中心に解説を行う。   【1】 令和7年度税制改正における基礎控除の見直し等の概要 令和7年度は、所得税について以下の改正が行われた。 各改正の詳細については、以下の記事をご参照いただきたい。   【2】 令和7年分の源泉徴収事務における留意事項 【1】の改正は、令和7年分の所得税から適用されるが、その施行は、原則として、令和7年12月1日である。よって、令和7年11月までの給与及び公的年金等の源泉徴収事務に変更は生じない。給与の源泉徴収事務において改正の内容を反映するのは、令和7年12月1日以後に行う年末調整からとなる(※1)。 (※1) 公的年金等の源泉徴収事務においては、基礎控除について改正前と改正後の控除額に基づいて令和7年12月の支払の際に精算が行われる。公的年金等の受給者が、令和7年分の所得税について、特定親族特別控除の適用を受ける場合や、扶養親族等の所得要件の改正により扶養控除等の適用を受けることができることとなった場合には、原則として確定申告をする必要がある。   【3】 令和7年分の年末調整における留意事項 令和7年12月1日以後に行う年末調整における留意事項は、以下のとおりである。 (※2) 「特定親族特別控除申告書」は、「基礎控除申告書」、「配偶者控除等申告書」及び「所得金額調整控除申告書」との兼用様式が予定されている。国税庁ホームページに令和7年6月末頃掲載される予定である。 なお、現在国税庁ホームページに掲載されている令和7年分の各種様式には、改正後の内容が反映されていない。改正後の様式は、令和7年6月末頃から順次掲載される予定である。   【4】 令和8年分以後の給与の源泉徴収事務における留意事項 令和8年分以後の給与の源泉徴収事務における留意事項は、以下のとおりである。 (※3) 国税庁ホームページに、令和7年8月末頃掲載される予定である。 特定親族特別控除の創設に伴い、令和8年分以後の「扶養控除等(異動)申告書」には、源泉控除対象親族を記載することとなった(所法194①五)。源泉控除対象親族とは、次の①又は②のいずれかに該当する人をいう(所法2①三十四の五)。 【参考:親族の範囲】 (出典) 国税庁「令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について(源泉所得税関係)」の7頁より抜粋 なお、給与や賞与からの源泉徴収税額は、「扶養控除等(異動)申告書」に記載された扶養親族等の数により求めることとされている。令和8年分以後における扶養親族等の数は、源泉控除対象配偶者及び源泉控除対象親族の数に基づいて算定する(所法185①、186①②)。   (※) 本稿では、給与の源泉徴収事務に関連する各申告書を以下のように記載します。 (了)
#篠藤 敦子
2025/05/09
お知らせ その他お知らせ

プロフェッションジャーナル No.617が公開されました!~今週のお薦め記事~

2025年5月8日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.617を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
#Profession Journal 編集部
2025/05/08
税務 税務・会計 解説 解説一覧

monthly TAX views -No.147-「デジタル民主主義ではポピュリズムは防げない」

monthly TAX views -No.147- 「デジタル民主主義ではポピュリズムは防げない」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   AIエンジニアの安野貴博氏は、昨年の東京都知事選で、子育て政策など具体的な政策とそれにかかる財源を示し、AI活用の有用性を説いた。この目新しさが有権者の注目を浴び、候補者中4番目の投票を得た。 そこで彼の『1%の革命』(文藝春秋社)を読んでみたのだが、具体的な提言には賛同しつつも、違和感を覚えざるを得なかったので、そのことについて書いてみたい。 *  *  * 氏は、AIの活用によって多様な人々の声を救い上げ、高速で可視化する仕組みを構築し、収集された大量のテキストデータをAIで解析し、今人々が何に関心があり、どんな声を上げているのか概要をとらえ、それを意思決定の参考にすることを「デジタル民主主義で社会をアップデートする」としている。 わが国の政策は“シルバー民主主義”と呼ばれ、有権者の中で高い割合を占め投票率も高い高齢者の声が優先される政治や政策が存在している。年金、医療、介護など高齢者向けの支出が増える一方で、子育て世代や経済的に不安定な勤労世代への支援やセーフティネットは進んでいない。したがって、これまでとは異なるAIの活用により多様な声を拾い上げ政策につなげるということには、大きな意味がありそうだ。 実際に東京都知事選の投票率は60.62%と、前回(2020年)の選挙より5.62ポイント高くなり、30代、40代の投票率の増加は顕著であった。 *  *  * しかし、世の中にあふれるSNSなどネットの声は、「投票」に代わる民主主義の声になりうるのだろうか。 東京財団では2022年に、経済学者と国民全般を対象として、経済・財政についてのアンケート調査を行った。 これによると、「財政赤字の原因は何だと思いますか」という問いに対して、経済学者は「社会保障費」(72.0%)をトップに挙げたが、国民は「政治の無駄遣い」(71.5%)を挙げた(複数回答)。 このように、国民の考えと専門家の考えは相当異なっており、ネットの声を救い上げるだけでは専門家の声が無視され、政策が大衆迎合(ポピュリズム)になっていく可能性が高い。 *  *  * もう1つは、最近の財務省解体デモに関することだ。財務省解体の声は日に日に大きくなりつつあるが、当事者である財務省は一切反論していない。 官庁が国民に対して、「その考えには問題がある」と個別に指摘や反論をすることは現実的ではない。そうなるとネットの世論は、人々の耳目を集めることにより経済的な利益も得られるアテンションエコノミーの下で、財務省解体など極端な論調一色になっていく。果たしてそれでいいのだろうか。 デジタル民主主義は、「膨大かつ多様な意見を収集し、自動的に要約・可視化し、それをもとに議論したうえで政策を作る(ブロードリスニング)」ということである。しかし「多様な意見」を収集し政策を作るためには、ネットの声だけでなく、発信は少ないが専門家や表に出ない当事者の声を拾い上げる必要がある。ネットにはない、リアルな声をどのように収集するのか容易ではない。 また、あふれるフェイクニュースを誰がどのようにファクトチェックしていくのかも不明である。データに頼りすぎるデジタル民主主義には、大きな落とし穴がありそうに思えてならない。 *  *  * 今ネットには消費税減税の声があふれている。一方で減税した場合に生じるかもしれない様々な問題を指摘する専門家の声はほとんど見られない。消費税減税の声を民意ととらえ政策に反映するとなれば、政策ははてしなく財政ポピュリズムに向かう。 耳障りのよいデジタル民主主義の是非については、あらためてじっくり考える必要がありそうだ。 (了)
#617(掲載号)
#森信 茂樹
2025/05/08
消費税・地方消費税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

仕入税額控除制度における用途区分の再検討-ADW事件最高裁判決から考える- 【第1回】

仕入税額控除制度における用途区分の再検討 -ADW事件最高裁判決から考える- 【第1回】   森・濱田松本法律事務所 外国法共同事業 パートナー 弁護士・税理士 栗原 宏幸   1 はじめに 本稿は、消費税の仕入税額控除制度における用途区分の解釈適用が争われたエー・ディー・ワークス事件の最高裁判決(最高裁令和5年3月6日判決・民集77巻3号440頁、以下「ADW事件最高裁判決」)を紹介し、同判決の内容を踏まえ、用途区分の考え方や納税者が注意すべきポイントを5回にわたって検討・整理するものである。なお、筆者は同事件の納税者代理人であったが、同事件に関する本稿の記述は全て公開情報に基づくものである。   2 消費税の仕入税額控除制度の概要 検討に先立ち、消費税の仕入税額控除制度についてその概要を紹介する(※1)。なお、その他の点も含めた消費税の仕組み全般については、いわゆる税大講本や佐藤英明ほか『スタンダード消費税法〔第2版〕』(弘文堂、2025年)などを参照されたい。 (※1) いわゆるインボイス(適格請求書)の保存などの手続的な要件については割愛する。 (1) 仕入税額控除とは 消費税法は、国内において事業者が行った資産の販売・貸付けやサービス提供(資産の譲渡等)などを消費税の課税対象として定めた上で(同法4条)、それらの取引(厳密には、後述する非課税取引を除いたもの)の対価の額の合計額(課税標準額)に適用税率を乗じ、消費税の額を算出することとしている(同法28条、29条、45条)。 もっとも、そのようにして算出された消費税額を各事業者にそのまま納付させると、生産、流通等の各段階で二重、三重に消費税が課税され、税負担の累積を生じてしまう。そこで、かかる税負担の累積を排除するため、各事業者が納付する消費税額は、上述の課税標準額に対する消費税額から、当該事業者がした課税仕入れに係る消費税額を控除した額とするものとされている(同法30条)。つまり、各事業者は、売上げに係る消費税額と仕入れに係る消費税額の差額のみを納付することとなる。この仕入れに係る消費税額の控除のことを「仕入税額控除」という。 (2) 控除税額の計算方法 上記(1)で述べた考え方からすれば、仕入税額控除により控除すべき税額(控除税額)は、その事業者がした課税仕入れに係る消費税額の合計額をそのまま用いることで良いようにも思われるが、話はそう単純ではない。 その理由は非課税取引の存在である。すなわち、消費税の課税対象(国内において事業者が行った資産の販売・貸付けやサービス提供)に該当する取引であっても、消費税の性格や政策的見地から、例外的に消費税が課されない取引(非課税取引)がある(消費税法6条、別表第2)。そして、法は、この非課税取引に関しては上記(1)で述べた税負担の累積がそもそも生じないとして、非課税取引に対応する課税仕入れには仕入税額控除の適用を認める必要がないとの考え方を採用し、事業者がした課税仕入れを「課税取引(課税資産の譲渡等)に対応する課税仕入れ」と「非課税取引に対応する課税仕入れ」に区分し、前者に区分される課税仕入れに限って仕入税額控除の適用を認めることとしている(本則課税)。 ただし、法は、本則課税を行う場合に事業者に生じる事務負担等を考慮し、簡易な方法による控除税額の計算方法も定めている。 法の具体的な仕組みは以下に図示されたとおりである。 【仕入控除税額の計算方法の区分】 (出典) 税務大学校講本『消費税法(基礎編)令和7年度版』の47頁より抜粋 (3) 個別対応方式による控除税額の計算方法 個別対応方式により控除税額を計算する場合、課税仕入れを以下の3つに区分し、それぞれ以下の税額を控除することになる。この区分のことを一般に「用途区分」という。 なお、消費税の課税対象ではない取引(不課税取引。法人からの受取配当など。)に要する課税仕入れは、共通対応課税仕入れと取り扱うというのが国税庁の見解である(消費税法基本通達11-2-16)。 (4) 課税売上割合と「課税売上割合に準ずる割合」 共通対応課税仕入れの控除税額の計算などに用いられる「課税売上割合」とは、その事業者の全売上に対して課税売上が占める割合のことである(消費税法30条6項、同法施行令48条)。 この課税売上割合を共通対応課税仕入れの控除税額の計算に用いるという意味は、共通対応課税仕入れについては、個々の取引内容にかかわらず、その事業者の全社的な課税売上の割合分だけ課税売上に対応するとみなすものであるということができる。 もっとも、個々の課税仕入れに関する事情によっては、全社的な課税売上の割合を用いて控除税額を計算することが適当とはいえない場合があり得る。例えば、全社的には課税売上の割合が低い事業者(金融機関、不動産事業者など)であっても、特定の事業や部署における課税売上の割合が高い場合がある。その場合にそれらの事業や部署に関して行われた共通対応課税仕入れに係る控除税額を課税売上割合を用いて計算すると、控除税額が経済実態よりも少額となってしまう。 そこで、法は、特定の共通対応課税仕入れについて、課税売上割合に代えて、事業者自身が考案した「課税売上割合に準ずる割合」(以下「準ずる割合」)を用いて控除税額の計算を行うことを認めている(同法30条3項)。ただし、準ずる割合を適用するためには、予め所轄税務署長の承認を得ることが必要とされている(同項2号)。 (続く)
#617(掲載号)
#栗原 宏幸
2025/05/08
法人税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例74】「海外の保険業を営む子会社へ支払う地震保険再保険料の損金性」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例74】 「海外の保険業を営む子会社へ支払う地震保険再保険料の損金性」   拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、東京都内に本社を置き損害保険業を営む東証プライム市場に上場する株式会社で経理部長を務めております。 保険業界は就職する学生の人気が高く、高給で福利厚生が整っているホワイトな企業といったイメージを持たれがちですが、業界内にいる人間からすると損害保険業界で働くことは決して楽ではないということを強調したいと思います。 そもそも保険というものは、将来起こり得る様々なリスクに備えるため、同じような不安を抱える方から一定の保険料を支払ってもらい、その貯まった金額から将来の支払いに充てるという機能を有するものです。当社も顧客の抱える多様なリスクに備えるため、様々な保険商品を開発し顧客の要望に応えようと努力しておりますが、近年、企業活動のグローバル化や気候変動等により、そのリスクが予想外に多額になることも珍しくなく、当社1社でその支払いに対応するというのは、極めて困難なケースもみられるところです。 そこで、当社1社では抱えきれないリスクに備えるため、従来からある再保険というスキームを活用して、そのような事態に備えようとしております。 さて、わが社の場合、ほぼ毎年税務調査を受けておりますが、今回は再保険について課税庁との間で激しい議論が交わされております。すなわち、国税局の主査は、わが社が引き受け、海外子会社に再保険に出した保険契約につき、再保険料のうち一部は海外子会社を利用した単なる「預け金」に過ぎず、租税回避目的のスキームであるため、損金性はないと主張しております。 わが社としては、契約の解釈上、再保険料を預け金とその他のものとに合理的に区分することなどそもそもできず、主査の主張は課税せんがための無理筋の理屈と反論しておりますが、税法上どのように考えるべきでしょうか、教えてください。 【A】 本件の場合、海外の子会社との間で締結した再保険契約について、その内容を具体的に検討する必要があります。 仮に、当該再保険料が、契約上、保険事故が発生したときのリスクに備えるために全額費消されるのであれば、それ以外の「預け金」としての性格の部分の金額が生じる余地はないことから、全額損金に算入されるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 再保険契約の意義 「再保険」とは、保険会社が引き受けた保険のうち、高額の契約などに関し、保険契約のリスク(高額保険金の支払いリスク)を分散するため、国内外の保険会社(再保険引受会社)と締結する保険契約をいう。保険者が、保険の引受けにより自己が負担するリスクが想定以上となり、損害を被るようなケースに備え、その損害を填補するための保険が再保険であるといえる(※1)。 (※1) 山下友信他『保険法(第3版補訂版)』(有斐閣・2015年)225頁参照。 損害保険の分野でいえば、例えば、巨大タンカーや石油コンビナートのような保険金額の高額な契約を引き受けている場合、ひとたび事故が起こると高額の保険金を支払う可能性がある。また、近年わが国においても現実味が高くなっているが、地震や台風といった大規模な自然災害が発生した場合も、保険金の支払総額が高額となる可能性がある。 このように、損害保険は発生するか否か不確実な災害や事故に対して備えるために締結する契約であることから、それを引き受ける損害保険会社は、このような自社の事業成績を不安定にする要因を常に抱えているといえる。 そこで損害保険会社は、高額の保険金支払いを余儀なくされる場合に、どの程度までの損害であれば経営に影響がないのかを判断した上で、引き受けた保険契約上の責任の一部又は全部を他の保険会社に引き受けてもらう工夫が必要となってくるが、それが再保険契約である。同様の再保険契約の仕組みは、生命保険契約においても採用されている(ただし、この場合、再保険自体は損害保険である(※2))。 (※2) 山下前掲(※1)書225-226頁。 再保険契約の基本的な仕組みは以下の図の通りで、再保険契約の出し手を「出再者」、受け手を「受再者」という。 〇再保険契約の仕組み (2) 支払保険料の損金性 法人税法上、法人の支払う保険料(支払保険料)は、原則として損金に算入される。具体的には、「長期の損害保険契約」以外の保険契約に係る保険料は、全額損金に算入される。ここでいう「長期の損害保険契約」とは、保険期間が3年以上で、かつ、当該保険期間満了後に満期返戻金を支払う旨の定めのある損害保険契約をいうものとされている(法基通9-3-9)。 上記の長期の損害保険契約に係る保険料のうち、損金に算入されない部分の金額が存在する理由は、当該保険料には満期返戻金に充てるための積立保険料が含まれており、貯蓄性のある満期返戻金に対応する積立保険料は、掛捨ての保険料(未経過分を除き全額損金算入)とは性格が異なるためである。 なお、長期の損害保険契約に係る保険料のうち、 とされている(法基通9-3-9)。 (3) 海外の保険業を営む子会社へ支払う地震保険再保険料の損金性が争われた事例 それでは本件と同様に、海外の保険業を営む子会社へ支払う地震保険再保険料の損金性が争われた事例(東京地裁平成20年11月27日判決・判時2037号22頁、TAINSコード:Z258-11085、ファイナイト(※3)再保険事件)について、以下で確認してみたい。 (※3) “Finite”とは「限られた・限りある」という意味であり、ファイナイト保険は、保険により移転するリスクが「限られる」保険契約であるとされる。具体的には、保険を引き受けることに伴う本来的なリスク(アンダーライティング・リスク)は移転せず、保険金支払いのタイミングに関するリスク(タイミング・リスク)のみ移転するという契約であるとされる。渡辺裕泰『ファイナンス課税(第2版)』(有斐閣・2012年)226-227頁参照。 ① 事案の概要 本件は、損害保険業等を営む原告が、アイルランドに設立されたその海外子会社との間で締結した再保険契約(掛捨型の保険契約で、超過損害再保険契約(Excess of Loss Cover,ELC再保険契約)を指す)に基づき支払った再保険料を損金の額に算入して法人税の確定申告を行ったところ、処分行政庁が、上記再保険料には「預け金」に当たる部分があるとして当該部分を損金の額に算入することを認めず、また、預け金に係る運用収益が益金の額に計上されていないとして更正処分をし、原告が預け金部分を上記再保険契約に基づく再保険料であるかのように装って損金の額に算入し、預け金に係る運用収益を益金の額に計上しなかったことが、国税通則法68条1項所定の「隠蔽」又は「仮装」に当たるとして重加算税賦課決定処分をし、過少申告加算税賦課決定処分をしたことから、原告がこれらの各処分の取消しを求めた事案である。 原告のアイルランド子会社は、再保険会社2社との間で、それぞれアイルランド子会社を出再者、同2社を受再者とし、アイルランド子会社が受再者となった再保険契約で本件ELC再保険契約を再保険の対象とした、ファイナイト(Finite)型再保険契約を締結した。 また、本件ファイナイト再保険契約には、成績勘定残高(Experience Account Balance,EAB)に関する取り決めがあり、アイルランド子会社が支払う再保険料のうち一定部分は、成績勘定残高に積み立てられ、再保険契約が終了したときに、保険事故が想定よりも少なかった場合には、一定の金額がアイルランド子会社に払い戻されることとなっていた。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 争点1 争点2 なお、本件は控訴されたが(東京高裁平成22年5月27日判決・訟月58巻5号2194頁、TAINSコード:Z260-11447)棄却され、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本件は、争点1のうち、特にファイナイト再保険契約のEAB繰入額に相当する部分は本来の再保険部分と明確に区分して、単独でその損金該当性を判断するのか、またその場合、その性格は預け金に該当するもの(損金算入不可)なのかについての判断が焦点となった。 課税庁は、実体のないアイルランド子会社を経由してファイナイト再保険契約を締結したことは、専ら「租税回避目的」であり経済的な合理性はないと主張し、その結果上記のような課税関係になると主張したが、裁判所は契約の内容につき詳細に検討した上で、「本件ELC再保険契約及び本件ファイナイト再保険契約等によって原告らが行った法律上の行為には経済的な合理性があり、これらが専ら租税回避等の目的で外形を作出したものにすぎないと認めることは到底できないのであるから、本件においては、原告らが行った法律行為に従った法的効果が生じると解すべき」と判断して、課税庁の主張を斥けている。 そもそも本件において論点となるべき事項は、上記のような租税回避目的の有無という「事実認定」の問題というよりはむしろ、ファイナイト保険のようにリスクの移転が限定的な契約を「保険」とみるべきなのか、仮にそうでないとした場合、課税関係はどのように解するべきなのか、という点であるはずである(※4)が、課税庁がその点について特に主張しなかったため、一審において検討されることはなかった。仮に、課税庁がその点について主張した場合、リスクの移転がない部分については、預け金等の資産勘定の科目となり、損金算入が認められなかった可能性も否定できないところである。 (※4) 渡辺前掲(※3)書230頁もその点につき指摘する。 もっとも、本件控訴審(東京高裁平成22年5月27日判決)においては、「ファイナイト再保険料は保険事故が生じた場合、常に全額が保険リスクを負担する部分とされ、返還されない場合があること」という理由で、「EAB繰入額相当部分(事後調整部分)を預け金と断ずることはできない」としており、いずれにせよ課税庁の主張は認められていないが、保険リスクにかかる課税関係の判断として妥当なのか、特に、ファイナイト再保険料が常にその全額が保険リスクを負担する部分とされているという点(ファイナイト保険の法的性格)については、さらなる検討が必要ではないかと考えるところである。   (4) 本件へのあてはめ 本件の場合、海外の子会社との間で締結した再保険契約について、その内容を具体的に検討する必要があるが、仮に、当該再保険料が、契約上、保険事故が発生したときのリスクに備えるために全額費消されるのであれば、それ以外の「預け金」としての性格の部分の金額が生じる余地はないことから、全額損金に算入されるものと考えられる。   (了)
#617(掲載号)
#安部 和彦
2025/05/08
所得税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

金融・投資商品の税務Q&A 【Q93】「相続で取得した非上場株式を発行会社に譲渡する場合のみなし配当課税の特例」

金融・投資商品の税務Q&A 【Q93】 「相続で取得した非上場株式を発行会社に譲渡する場合の みなし配当課税の特例」   PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美   ●○ 検 討 ○● 1 株式をその発行会社に譲渡する場合のみなし配当 個人が保有する株式をその発行会社に対して譲渡する場合(発行会社による自己株式の取得)、発行会社による金融商品取引所の開設する市場における購入等を除き、みなし配当が生じる可能性があります。 具体的には、発行会社から交付される金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額が当該発行会社の資本金等の額のうちその交付の基因となった当該発行会社の株式に対応する部分の金額を超えるときに、その超える部分の金額が配当とみなされます(詳細は、Q38参照)。   2 相続により取得した非上場株式の特例 相続又は遺贈による財産の取得をした個人でその相続又は遺贈につき納付すべき相続税額があるものが、その相続の開始があった日の翌日からその相続の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に、その相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された上場株式等以外の株式(非上場株式)をその発行会社に譲渡した場合には、次の特例的な取扱いが認められています。 つまり、みなし配当(配当所得)が生じる場合には、株式を譲渡した個人にとっては他の所得と合算した上で、総合課税の対象となるのに対して、譲渡に伴い交付される金銭の額のうち本来であればみなし配当として取り扱われる部分の金額も譲渡収入として取り扱い、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率による申告分離課税の対象とすることで、税負担を軽減しようとするものです。 この特例は非上場株式についてのみ認められるものですが、非上場会社の事業承継の円滑化を図り、相続税に係る納税資金の確保のために自己株式の売却を容易にすることで、経営権の分散を防止することがその背景にあります。 この特例を適用する場合には、対象となる非上場株式を譲渡する時までに、その適用を受ける旨及び一定の事項を記載した書面(相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書)を、発行会社に提出します。そして、発行会社側でも、買い取った自己株式の数及び対価の額等を記載した書類を、買い取った年の翌年の1月31日までに上述の書面と合わせて所轄税務署長に提出する必要があります。   3 本件へのあてはめ 相続により取得した非上場株式を発行会社に対して譲渡するということですので、当該発行会社の資本金等の金額の状況によっては、みなし配当が生じる可能性があります。 ただし、当該相続につき納付すべき相続税額がある場合には、当該相続の開始があった日の翌日から当該相続の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に譲渡することで、当該発行会社から交付を受ける金銭のうち本来であればみなし配当として取り扱われる部分の金額も株式等に係る譲渡所得等に係る収入金額として取り扱う特例を適用することができます。 この特例を適用する場合には、譲渡時までに、発行会社に対して、相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書を提出する必要があります。 なお、相続により取得した非上場株式の譲渡であっても、当該相続に伴い納付すべき相続税額が生じない場合には、この特例の適用はありませんので、原則どおり、みなし配当が生じる可能性があります。   (了)
#617(掲載号)
#西川 真由美
2025/05/08
国際課税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第52回】「外国関係会社の決算書の事後的な修正の是非」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第52回】 「外国関係会社の決算書の事後的な修正の是非」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 税務調査において外国関係会社の租税負担割合の計算誤り、具体的には損金算入されない保険準備金の計上ミスを指摘された内国法人が、事後的に外国関係会社の決算書を修正して、外国子会社合算税制の適用がないと主張することは認められるでしょうか。 〔A〕 本稿で取り上げる東京地裁判決では、外国関係会社が引受けをしている賠償責任保険について保険準備金が積み立てられることとなったとみるのが自然であり、外国関係会社の(訂正前の)収入計算書は、同社における保険準備金の積立状況を正確に反映したものであり、「誤記」であるとはいえないから、これを基礎として租税負担割合を算定するのが相当であるという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 租税負担割合の算定 外国子会社合算税制において、租税負担割合は、外国関係会社の各事業年度の所得に対して課される租税の額を当該所得の金額で除して計算した割合とされる(措令39の17の2①)。具体的には、次の算式に基づき計算される。 (1) 税法令がある国又は地域に所在する場合の外国関係会社の租税負担割合の算式(※1) (※1) 平成30年度税制改正において、無税国に所在する外国関係会社の租税負担割合は、決算に基づく所得の金額(会計上の利益)を基に、税法令がある国に所在する外国関係会社の租税負担割合の計算における調整と同様の調整を加えて計算することとされた(財務省「平成30年度 税制改正の解説」709~710頁)。 (2) 保険準備金を調整する趣旨 租税負担割合の計算における保険準備金の繰入限度超過額及び取崩不足額の調整については、平成5年度の税制改正で導入されたが、その趣旨については、「諸外国の中では、保険会社に対して著しく高率の準備金の繰入を認めている国があることが明らかとなり、準備金であっても、その繰入限度額が不相応に高額な場合には、課税所得が長年にわたって繰延べられ、実質的に非課税措置と同様の効果を有する場合があり、このような措置が設けられた。」(※2)と説明されている。 (※2) 『平成5年版 改正税法のすべて』(大蔵財務協会・1993年)228~229頁 以下では、賠償責任保険準備金が措置法57条の5にいう異常危険準備金に類する準備金に該当するかが争われた事例について検討する。   2 過去の裁判例 《東京地裁令和5年1月27日判決(令和2年(行ウ)第211号)》(※3) (※3) TAINSコード:Z888-2552 (1) 事案の概要 本件は、内国法人である原告Xが、平成28年4月1日から平成29年3月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という)の法人税の確定申告(以下「本件確定申告」という)をしたところ、所轄税務署長から、Xがマレーシアの連邦領ラブアンに設立した再保険を事業とする完全子会社A社は平成29年改正前の措置法66条の6第1項に規定する特定外国子会社等に該当し、課税対象金額に相当する金額をXの益金の額に算入すべきであるとして、更正処分(以下「本件更正処分」という)を受けたことから、その取消しを求める事案である。 Xは、針、灸、あんま、マッサージ、指圧及び柔道整復の治療等を目的とする内国法人である。X及びXのグループ7社は、平成27年3月31日、損害保険会社V社との間で、被保険者をX及びXのグループ7社の従業員とする傷害保険契約(以下「本件傷害保険契約」という)を締結し、さらに同日付で、X及びXのグループ7社中3社は、V社との間で、被保険者を同3社のセラピストとする賠償責任保険契約(以下「本件賠償保険契約」という)(※4)を締結したところ、V社はこの2つの契約を再保険会社S社に出再(※5)し、S社はこれを受再(※6)した上で、A社に出再した(※7)。A社の28年3月期に係る財務報告書(※8)には、本件収入計算書(訂正前)が含まれており、そこには下記のような記載があった。 (※4) 判決文では、「被保険者のセラピストの業務遂行に起因して第三者の身体に損害を与えて第三者が死亡した場合に被保険者が負うべき法律上の損害賠償責任を補償するもの」と説明されている。 (※5) 再保険に出すことをいう。 (※6) 再保険を引き受けることをいう。 (※7) A社は、A社27年3月期までは、傷害保険契約に係る再々保険契約のみを受再していたが、そのことを理由に、A社が特定外国子会社等に該当すると判定されることはなかった。 (※8) A社の28年3月期の最初の株主総会承認日は2016(平成28)年5月27日である。 Xは、平成29年6月29日、本件事業年度の確定申告をしたところ、その後の東京国税局の税務調査において、同局職員が本件収入計算書の存在を把握したことから、その記載内容について指摘されたため、A社は、2018(平成30)年2月2日、傷害保険に係る保険準備金の積立額を本件収入計算書で費用として経理した額と本件賠償責任準備金積立額との合計額である120万米国ドルとする訂正をした(※9)。なお、A社は、本件訂正後収入計算書(※10)につき、2019(平成31)年4月23日、取締役会及び株主総会による承認決議を行い、同月25日付で、同計算書をラブアン金融庁に提出した。 (※9) 収入計算書の実際の作成者はA社の会計監査法人である甲社であり、本件訂正後収入計算書の作成についても、甲社が、X及びA社の要請に応えるべく行ったものとされている。 (※10) A社はさらに収入計算書の勘定科目の訂正も行い、判決文では、2回目の訂正後の収入計算書を「本件再訂正後収入計算書」と定義している。 〈収入計算書のイメージ〉 (※) 判決文より筆者が作成 (2) 争点及びXの主張の要旨 本件の争点は、本件更正処分の適法性について、賠償責任保険準備金積立額が、「異常危険準備金に類する準備金の額」に該当するかである。 Xの主張を要約すると以下のとおり。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、以下のように判示し、Xの請求を棄却した。   3 検討 本件は、外国子会社合算税制において、いわゆる「後出しじゃんけん」をどこまで認めるかの問題と捉えることができる。東京地裁は、事後的な訂正につき、「訂正後収入計算書(中略)は、決算として確定したものを合理的理由に基づかず事後的に修正したものである(下線筆者)」と、一刀両断に切り捨てている。その上、訂正版の承認手続きについて、「再訂正後収入計算書がA社の取締役会及び株主総会による承認決議を経た上、ラブアン金融庁に提出されたことを考慮しても、租税負担割合の算定の基礎とすることはできない」と判示した。外国子会社合算税制に抵触すると指摘されて慌てて訂正したとしても、外国の当局が受領したというような事情は考慮に値しないということであろう。 また、Xの主張するように、A社が積み立てた保険準備金が、傷害保険のみを対象とするものであったとした場合、A社は、賠償責任保険については全く保険準備金を積み立てない一方、傷害保険については、その総収入保険料84万米国ドル余りを大幅に超える120万米国ドルもの保険準備金を積み立てることになってしまい明らかに不自然である。このことにつき、東京地裁は、「保険準備金の積立てに関しては、我が国の法令上のものでマレーシアにおいて直ちに妥当するものではないとはいえ、毎決算期に、保険の種類ごとに、収入保険料に基づき計算した金額を積み立てるものとされていること(保険業法116条、保険業法施行規則70条1項1号ロ、同項2号参照)からすると、上記のような保険準備金の積立ては、その相当性に疑問を抱かざるを得ない。」と判示している。 ところで、本件で東京地裁は、本件賠償責任保険準備金が措置法施行令39条の14第2項1号ニに規定する「異常危険準備金に類する準備金の額」に該当するか否かについて、A社が締結する賠償責任保険契約の中身を特に検討することをせず、単に措置法施行令33条の2第3項7号に定める「賠償責任保険」の文言一致をもって判断しているように思われる。果たしてそれで十分か、この点につき、問題なしとしない。   (了)
#617(掲載号)
#霞 晴久
2025/05/08
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決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第14回】「「本人⇒代理人」の訂正がインフレ下で意味すること」

◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第14回】 「「本人⇒代理人」の訂正がインフレ下で意味すること」   公認会計士 石王丸 周夫   「収益認識に関する会計基準」が適用されてから、4年が経過しました。 公表された当初は“極めて難解”という印象が強かったこの会計基準も、今ではすっかり実務に定着したかのようです。 それでも、この会計基準が扱っている論点に関して、時折、誤処理が発生し、決算短信が訂正になるケースがみられます。 しかも、そうした論点のなかには、「収益認識に関する会計基準」が公表された当時においては予想されていなかった経済環境の変化により、新たな意味合いを帯びてきたものもあります。 その「経済環境の変化」とは、インフレです。 そして「新たな意味合いを帯びてきた論点」とは、本人と代理人の区別です。 ではさっそく、訂正事例を見ていきましょう。   訂正事例の概要 ある企業(A社という)が、第3四半期決算短信の四半期連結損益計算書について、次のような訂正をしています。 売上高と売上原価を同額ずつ減らしたという訂正です。収益と費用を同額ずつ減らしているので、売上総利益への影響はありません。 A社の説明によると、訂正前においては、一部取引について、顧客からの受注額を売上高に計上するとともに、当該受注に係る財・サービスの提供を行う外注先への発注額(外注額)を売上原価に計上していました。そして、訂正後においては、それらを相殺した純額で売上高に計上することにしたとのことです。 総額計上から純額計上への訂正ということです。 簡単に図示してみます。 企業が顧客に財・サービスを提供するに際して、他の当事者(ここでは外注業者)が関与する場合、企業が主体的に財・サービスを提供するかどうかにより、収益の計上方法が変わってきます。 主体的に行っている場合は「本人による取引(本人取引)」、そうでない場合は「代理人による取引(代理人取引)」と呼ばれます。 本人取引の場合は売上高を契約金額(受注額)により総額で計上しますが、代理人取引の場合は純額(受注額-外注額)で売上高を計上します。A社の訂正は、本人取引だと認識していた取引について、代理人取引との判断に変更したというものです。 以上の会計処理に関しては、企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、企業会計基準適用指針第30号という)第39項から47項に定めがあります。厳密な内容については、そちらを確認してください。   「収益の質」という視点 「本人取引」から「代理人取引」への変更は、決算への影響という点ではそれほど深刻ではないかもしれません。損益への影響がないからです。数字の見せ方の違いにすぎないともいえます。 しかし、代理人取引と判定されたことには、数字には表れない別の意味合い・・・・・・もあります。 企業が本人と代理人のいずれに該当するのかということは、特定の事柄に着目して機械的に判定するのではなく、総合的に判断します。その際に考慮されるポイントの1つに、価格決定の裁量権というものがあります。企業が財又はサービスの価格を交渉する際に、自らの主張を反映させることができるのかどうかということです。 もちろん、価格決定権があれば本人、なければ代理人という単純な構図ではありません。しかし、代理人取引と判定された場合は、価格設定の裁量権がその企業にはない、もしくは弱い可能性があります。 したがって、本人ではなく代理人として収益を計上しているということは、価格転嫁力のない収益を獲得していることを意味する可能性が比較的高いと考えられます。 自社の販売価格について値上げの交渉ができず、外注先から言われた価格で取引を継続するという状態です。 昨今のインフレ下において、価格設定は企業経営上、極めて重要となっています。川上からの値上げを川下に価格転嫁できなければ、自社の利益が縮小します。財・サービスの原価だけでなく、間接費もじわじわと上がり続けています。インフレ下で生き残るためには、価格転嫁力は不可欠だといってよいでしょう。 つまり、一般論としてですが、代理人取引は、価格転嫁力を伴う可能性が高い本人取引に比べて、収益の質が低いというわけです。 もちろん、これは一面的なことです。逆に、本人取引には在庫リスクがあると考えられるので、たとえば流行に左右されやすい財・サービスの場合、代理人取引に比べて撤退しにくいというデメリットも考えられます。そのことをもって、本人取引の質は低いという人もいるかもしれません。しかし、インフレ下においては、価格転嫁力に関係する要素が重視されると思います。 以上は、企業会計基準適用指針第30号第47項(3)に基づいた考察です。現実の取引では、代理人だからといって立場が弱いとは言いきれないので、解釈は難しいかもしれません。 なお、「収益認識に関する会計基準」が公表されたのは、2018年のことです。この年の消費者物価指数(総合)の前年比は1.0%でした。2024年の同指標が2.7%であることと比べてみても、物価上昇率が低い時代でした。 物価が安定していた時代にあっては、本人と代理人の区別について、こうした議論はあまり聞かれなかったと記憶しています。   開示前のチェックポイント ある取引が本人取引なのか代理人取引なのかというのは、一度結論を得れば、その後、間違うことは少ないはずです。ただし、会計監査人の見解が企業の見解と異なってしまうリスクを考えると、企業のみの判断で議論を進めるのは得策ではありません。 これまでになかった取引が始まった場合は、会計監査人の見解を確認して、開示書類公表前に結論を得ておく必要があります。 (了)
#617(掲載号)
#石王丸 周夫
2025/05/08
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リース会計基準を学ぶ 【第8回】「貸手のリースの会計処理①」

リース会計基準を学ぶ 【第8回】 「貸手のリースの会計処理①」   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 今回(第8回)と次回(第9回)にわたって、貸手のリースの会計処理ついて解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 基本的な考え方 貸手の会計処理については、IFRS第16号「リース」及びTopic 842ともに抜本的な改正が行われていないため、次の点を除いて、基本的に、「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)及び「リース取引に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第16号)の定めを踏襲している(リース会計基準BC13項、BC53項、リース適用指針BC98項)。 このため、貸手におけるリースは、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースとに分類した上で、ファイナンス・リースについてはさらに所有権移転ファイナンス・リースと所有権移転外ファイナンス・リースとに分類することになる(リース会計基準43項~48項、リース適用指針BC98項)。   Ⅲ ファイナンス・リース 1 ファイナンス・リースの定義 ファイナンス・リースとは、契約に定められた期間(以下「契約期間」という)の中途において当該契約を解除することができないリース又はこれに準ずるリースで、借手が、原資産からもたらされる経済的利益を実質的に享受することができ、かつ、当該原資産の使用に伴って生じるコストを実質的に負担することとなるリースをいう(リース会計基準11項)。 すなわち、次の(1)及び(2)のいずれも満たすリースをいう(リース適用指針59項)。 2 解約不能 解約不能のリースに関して、法的形式上は解約可能であるとしても、解約に際し、相当の違約金(以下「規定損害金」という)を支払わなければならない等の理由から、事実上解約不能と認められるリースを解約不能のリースに準ずるリースとして扱う(リース会計基準BC26項、リース適用指針60項)。 リースの条件により、このような取引に該当するものとしては、次のようなものが考えられる。 次のことに注意する(リース適用指針BC99項)。 3 フルペイアウト リース適用指針59項(2)の「原資産からもたらされる経済的利益を実質的に享受する」場合とは、当該原資産を自己所有するとするならば得られると期待されるほとんどすべての経済的利益を享受する場合をいい、また、「当該原資産の使用に伴って生じるコストを実質的に負担する」場合とは、当該原資産の取得価額相当額、維持管理等の費用、陳腐化によるリスク等のほとんどすべてのコストを負担する場合をいう(リース会計基準11項、BC26項、リース適用指針61項、BC100項)。 4 具体的な判定基準 リースがファイナンス・リースに該当するかどうかについては、リース適用指針59項の要件をその経済的実質に基づいて判断すべきものであるが、次の(1)又は(2)のいずれかに該当する場合には、ファイナンス・リースと判定される(リース適用指針62項、BC101項~BC104項)。 次のことに注意する(リース適用指針63項~65項、BC103項、BC104項、BC107項)。 5 現在価値の算定に用いる割引率 現在価値の算定を行うにあたっては、貸手のリース料の現在価値と貸手のリース期間終了時に見積られる残存価額で残価保証額以外の額(「見積残存価額」という)の現在価値の合計額が、当該原資産の現金購入価額又は借手に対する現金販売価額と等しくなるような利率を用いる(リース適用指針66項、BC106項)。 当該利率を「貸手の計算利子率」という。 貸手の計算利子率については、企業会計基準適用指針第16号の定めを踏襲しており、IFRS第16号におけるリースの計算利子率とは主に貸手の当初直接コストを考慮しない点が異なる(リース適用指針BC106項)。 6 不動産に係るリースの取扱い 土地、建物等の不動産のリースについても、リース適用指針59項から67項に従って、ファイナンス・リースに該当するか、オペレーティング・リースに該当するかを判定する(リース適用指針68項)。 ただし、土地については、リース適用指針70項の(1)又は(2)のいずれかに該当する場合を除いて、オペレーティング・リースに該当するものと推定する(リース適用指針68項)。 また、土地と建物等を一括したリース(契約上、建物賃貸借契約とされているものも含む)は、原則として、貸手のリース料を合理的な方法で土地に係る部分と建物等に係る部分に分割した上で、建物等について、リース適用指針62項(1)に定める現在価値基準の判定を行う(リース適用指針69項)。   (了)
#617(掲載号)
#阿部 光成
2025/05/08

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