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Q&Aでわかる〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第45回】「〔第5表〕直前期末の直前に土地の売買契約を締結した場合の売主法人における資産の部及び負債の部の計上金額の留意点」
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第45回】 「〔第5表〕直前期末の直前に土地の売買契約を締結した場合の 売主法人における資産の部及び負債の部の計上金額の留意点」 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲(令和6年8月1日相続開始)が100%所有している甲株式会社の株式を長男が相続していますが、甲株式会社の資産の中に駐車場として賃貸していたA土地があります。A土地は令和6年3月1日に売買契約を締結し、同日に10,000千円の手付金を受領し、令和6年6月1日に引渡しを行っています。 甲株式会社は3月決算で直前期末は令和6年3月31日となり、売買契約の内容及び時系列の詳細は下記の通りです。 この場合に、甲の相続税の甲株式会社の株式価額の算定上、第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」のA土地の売却に関連する資産の部及び負債の部に計上する相続税評価額及び帳簿価額はそれぞれいくらになりますか。 なお、純資産価額の計算においては、直前期末方式(直前期末の資産及び負債の帳簿価額に基づき評価する方式)により計算するものとします。 A土地の帳簿価額、路線価に基づく相続税評価額は、下記の通りとなります。 A 第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の資産の部及び負債の部に計上する相続税評価額及び帳簿価額は、下記の通りとなります。土地売却益に対する法人税額等の負債計上については、明確な根拠があるわけではありませんが、仮決算方式との整合性の観点から認められるものと考えられます。 ◆ ◆ ◆ ① 仮決算方式と直前期末方式 第5表の純資産価額の計算は、原則として仮決算方式で評価するべきこととされていますが、評価会社が課税時期において仮決算を行っていないため、課税時期における資産及び負債の金額が明確でない場合において、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しく増減がなく評価額の計算に影響が少ないと認められるときは、直前期末方式により計算することができるものとされています。 したがって、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しく増減がある場合については、直前期末方式により計算ができません。 仮決算方式と直前期末方式を比較すると下記の通りとなります。 (※) 帳簿価額は、会計上の帳簿価額ではなく税務上の帳簿価額となります。 ② 売買契約締結後に課税時期が到来した場合の相続財産の種類と相続税評価 売買契約締結後、引渡しの前に売主に相続が発生した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、土地及び建物ではなく、その売買契約に基づく残代金請求権となります。 昭和61年12月5日の最高裁判決(TAINSコード:Z154-5840)は、被相続人が生前に行った農地の売買契約が履行されている中で相続が発生した場合に、相続財産が農地であるのか債権であるのか、その評価はどうするかが争われた事例となります。 納税者は、被相続人が売買契約を締結した農地について、所有権移転が完了していないことから、土地として路線価により評価し、相続税の申告を行ったことに対して、課税庁は、所有権移転登記は完了していないものの、所有権は移転しており、未収債権が存在するとして、相続財産は売買残代金債権であるとした更正処分を行いました。 これに対して、最高裁は次の通り判示し、納税者の請求を棄却しました。 上記の判決を踏まえて、国税庁の取扱いにおいても、土地等又は建物等の売買契約締結後、売主から買主への引渡しの日(農地法所定の許可又は届出を要する農地等である場合には、その許可の日又はその届出の効力の生じた日後にその土地等の所有権が売主から買主へ移転したと認められる場合を除き、その許可の日又は届出の効力の生じた日)前に売主に相続が開始した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、その売買契約に基づく相続開始時における残代金請求権とされました(国税庁資産税課情報第1号(平成3年1月11日付))。 ③ 本問への当てはめ 本問の場合には、令和6年3月1日の売買契約の締結時において手付金10,000千円を受領していますので、会計上及び税務上の仕訳は下記の通りとなり、令和6年3月31日の決算において前受金が負債の部に計上されています。 そして、上記②の取扱いにより、土地の売買契約締結後、引渡しの日までの間に課税時期が到来した場合には、土地としての評価ではなく残代金請求権となります。これを直前期末方式の場合に準用すると土地の売買契約締結後、引渡しの日までの間に直前期末が到来した場合には、土地としての評価ではなく残代金請求権となります。考え方として直前期末時点において土地の引渡しが行われた場合の仕訳を考えると分かりやすいかと思います。 上記の通り、土地の引渡しがあったものとして、残代金請求権を計上し、前受金は消滅したものとして考えます。 なお、土地売却益に対する法人税額等相当額18,500千円(50,000千円×37%)を負債に計上することができるかとの疑問が生じますが、帳簿価額をどのように処理するかによって、控除の可否が決定します。 すなわち、下記《A案》の場合には、土地売却益に対する法人税額等相当額を負債計上できませんが、下記《B案》の場合には負債計上が認められると考えられます。 《A案》 《B案》 上記《A案》の場合には、相続税評価額と帳簿価額の差額50,000千円(90,000千円-50,000千円+10,000千円)が生じていますので、第5表の⑧欄で法人税額等相当額の控除がされます。 上記《B案》の考え方は、評価会社が仮決算を行っていないため、課税時期の直前期末における資産及び負債を基として1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)を計算する場合における土地売却益に対応する法人税額等は、仮決算方式との整合性を図るため、負債に計上することが相当となります。考え方としては本連載【第25回】で解説した保険差益に対する法人税額等の計上と同様です。 本問の場合には、課税時期前に土地の引渡しが完了していますので、仮決算方式との整合性を考慮し《B案》が相当かと考えますが、仮に課税時期後に土地の引渡しがある場合には、《A案》が相当かと思料されます。 ☆実務上のポイント☆ 土地売却益に対する法人税額等相当額の負債計上の考え方を理解するためには、直前期末方式を採用する場合であっても、仮決算方式ではどのように処理がされるかを考えることが重要です。 (了)
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事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント 【第64回】「合同会社の事業承継における留意点」
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第64回】 「合同会社の事業承継における留意点」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 佐藤 達夫 相談内容 私は、電子部品の製造・販売を行っているX社(上場会社)の社長です。X社の株式については、資産管理会社所有分を含めて4%(内訳:個人2%、資産管理会社2%)所有しています。 10年ほど前に、X社が株主還元を目的に自己株式取得を進め、その自己株式を消却したことをきっかけに、私のX社株式の所有比率が3%以上となりました。そのため、X社からの配当金が総合課税になることを避けるため、私個人で所有しているX社株式の一部を資産管理会社へ現物出資しました。 現物出資財産であるX社株式の時価が10億円でしたので、設立時の登録免許税を節約するため、資産管理会社の会社形態を合同会社とし、現在も私1人が社員である合同会社の運営を行っています。 私には2人の子供がいるため、合同会社の持分を2人の子供に承継させたいと考えていますが、承継にあたり、合同会社のままでよいのか、株式会社へ組織変更した方がよいのか悩んでいます。その選択にあたっての留意点をご教示ください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 持分の相続による承継について (1) 会社法 合同会社は、社員の死亡が法定退社事由とされているため、原則として相続により持分を承継することはできません(会607①三)。また、社員が1名の場合には、その社員の死亡により合同会社は解散することになります(会641四)。この解散に伴い社員へ出資額及び帰属する損益額の払戻しが行われます。 ただし、定款に、「社員が死亡した場合には、社員の相続人その他の一般承継人は、社員の持分を承継する」旨を定めておくことにより、相続人は、合同会社の社員の持分を相続により承継することができます(会608①)。そのため、合同会社の持分を子供に承継させるためには、定款にこの規定を設ける必要があります。 (2) 税法 定款に、相続による持分の承継ができる旨の記載があるかどうかにより、合同会社(法人税課税)や社員(所得税課税)への課税、及び持分の評価方法(相続税申告時)が変わります。 [2] 合同会社の承継方法の検討 子供に合同会社を承継させる場合、次の2つの方法が考えられます。 定款変更を行う場合など、合同会社の運営においては総社員の同意が必要になる事項がいくつかあります。子供同士の意見が対立しないのであれば、上記①が考えられますが、子供同士が協力して会社運営を継続できない場合は、会社運営に支障をきたすことになるため、上記②が望ましいと考えられます。 [3] 合同会社の会社分割 (1) 会社法 合同会社においては分割型の新設会社分割を行うことができないため、税負担を考慮すると、合同会社から株式会社へ組織変更を行ったうえで、分割型の新設会社分割を行うことが適切と考えられます。なお、組織変更にあたっては、原則として総社員の同意が必要となり、また、最低1ヶ月間の債権者保護手続きが必要になります。 (2) 税法 ① 合同会社から株式会社への組織変更 (ア) 合同会社の取扱い 組織変更は法人格が同一であるため、法人税の事業年度及び消費税の課税期間は継続され、特段課税は生じません(法基通1-2-2、消基通3-2-2)。また、組織変更前の繰越欠損金においても、組織変更後も同様に使用できます。 (イ) 社員の取扱い 組織変更を行った合同会社の社員に対して、株式会社の株式のみが交付される場合には、旧株式の帳簿価額が維持されるため、組織変更にあたり、社員側で特段課税は生じません(所令115)。 ② 会社分割 新たに分割承継法人を設立する分割型の会社分割である場合で、今回のケースのように分割会社の株主がX社社長1人であるときは、会社分割時にX社社長が新たに新設する分割承継法人の株式のすべてを継続して所有する見込みであれば、税制適格要件を充足することになり、会社分割による課税は生じません(法令4の3⑥二ハ(1))。 [4] 結論 資産管理会社として合同会社を活用し、次世代に承継させるには、定款に「社員が死亡した場合には、社員の相続人その他の一般承継人は、社員の持分を承継する」旨を定めておくことをお勧めします。この規定があることにより、社員の死亡による合同会社の解散を免れるとともに、子供へ合同会社の持分を承継させることができます。 合同会社は、設立時のコストも安く、現物出資時の検査役の検査が求められないなどメリットが多い半面、組織再編の当事者になることが制限されるデメリットもあるため、株式会社と比較検討して、どちらの会社形態が望ましいか検討する必要があります。 ご相談の場合、二次相続まで考慮すると子供1名につき1つの会社を承継させる方が望ましいと考えられるため、事業承継の前準備として、合同会社を株式会社へ組織変更し、分割型の会社分割により子供に承継させる会社を2つ準備しておくことをお勧めします。 具体的な対策については、弁護士、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
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〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2024年7月】
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2024年7月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年7月1日から7月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 企業会計基準委員会は次のものを公表している。 〇 移管指針「移管指針の適用」等(内容:日本公認会計士協会の実務指針等について、会計に関する指針のみを企業会計基準委員会に移管するもの) Ⅲ 企業内容等開示関係 次のものが公表されている。 〇 「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)(内容:「有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い」について改正するもの。意見募集期間は2024年8月2日まで) Ⅳ 経済産業省による企業情報開示関係 経済産業省に設置された企業情報開示のあり方に関する懇談会から、次のものが公表されている。 〇 「企業情報開示のあり方に関する懇談会 課題と今後の方向性(中間報告)」(内容:有価証券報告書、コーポレート・ガバナンスに関する報告書及び統合報告書などの日本企業の情報開示について検討したもの) Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「2024年度品質管理レビュー方針」(内容:品質管理レビューの方針を示すもの) ② 「2023年度 品質管理レビュー事例解説集Ⅰ部・Ⅱ部」(内容:のれんを含む固定資産の減損会計に係る改善勧告事項などを解説している) ③ 「倫理規則」の改正(定期総会に付議する予定の改正案の公表)及び「倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」」の改正(内容:国際会計士倫理基準審議会の倫理規程の改訂等を踏まえた対応。2024年7月18日に開催された第58回定期総会において、「倫理規則の一部変更案」が承認されている) ④ 中小事務所等施策調査会研究報告第9号「第1種中間連結財務諸表等を含む半期報告書に関する表示のチェックリスト」(内容:表示の確認を実施する際の参考となるチェックリスト) ⑤ 中小事務所等施策調査会研究報告第10号「第1四半期又は第3四半期の四半期決算短信に含まれる四半期連結財務諸表等に関する表示のチェックリスト」(内容:表示の確認を実施する際の参考となるチェックリスト) ⑥ 「四半期開示制度の見直しに伴う監査基準報告書等の改正及び品質管理基準報告書の改正」(公開草案)(内容:今般の四半期開示制度の見直しを受けたもの。意見募集期間は2024年7月29日まで) ⑦ 「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」の改正(内容:倫理規則、四半期開示制度の見直しなどに対応するもの) ⑧ 「監査事務所検査結果事例集(令和6事務年度版)」(内容:公認会計士・監査審査会による監査事務所の検査で確認された指摘事例等を取りまとめたもの) Ⅵ 監査役等の監査関係 監査役等の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」の改正(内容:倫理規則、四半期開示制度の見直しなどに対応するもの) ② 改定版「会計監査人との連携に関する実務指針」(内容:倫理規則、四半期開示制度の見直しなどに関連し、監査人との適切な連携について記載) ③ 「主要監査業務のポイントと事例研究-監査の実効性と効率性の向上を目指して-(最終報告)」(内容:監査役スタッフの誰もが関わる重要業務を対象にして、その趣旨・目的、業務上のポイント及び留意点、実務上の課題に対応した工夫事例について研究したもの) (了)
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〔会計不正調査報告書を読む〕 【第158回】ENECHANGE株式会社「外部調査委員会調査報告書(2024年6月21日付)」
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第158回】 ENECHANGE株式会社 「外部調査委員会調査報告書(2024年6月21日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【ENECHANGE株式会社外部調査委員会の概要】 【ENECHANGE株式会社の概要】 ENECHANGE株式会社(以下、「ENE社」と略称する)は、2015年4月設立。設立時の社名はエネチェンジ株式会社。2018年5月、現商号に変更。2013年6月、日本の電力自由化を契機とした規制緩和後の市場における事業開発及びスマートメーターデータの研究開発を目的に、イギリスで設立されたCambridge Energy Data Lab Limitedを前身とする。エネルギープラットフォーム事業、EV充電事業及びエネルギーデータ事業を主たる事業とする。売上高4,379百万円、経常損失2,404百万円、資本金47百万円。従業員数285名(2023年12月期実績)。本店所在地は東京都中央区。東京証券取引所グロース市場上場。会計監査人は、有限責任あずさ監査法人東京事務所(以下、「あずさ監査法人」と略称する)。 【外部調査委員会による調査報告書の概要】 1 外部調査委員会設置の経緯 ENE社は、EV充電事業において活用するSPCスキーム(以下「本スキーム」といい、本スキームで用いられるSPCを「本SPC」という)をENE社の連結の範囲に含めず非連結として取り扱うことを前提とした会計処理を継続して進めていたが、2024年2月19日、あずさ監査法人より、本スキームについての会計処理に疑義を呈する外部通報があった旨の共有を受けた。 通報を受け、ENE社は、ENE社グループが採用する会計方針及びそれに関連する会計処理、具体的には①本SPCをENE社の連結範囲に含めるべきか否か、②本SPCの出資者が有するENE社に対するプットオプション(ENE社又はENE社が指定する第三者に対する出資持分の買取請求権をいう)の将来的な行使に備えて引当金の計上をすべきか否かについて、あずさ監査法人との協議を行った。協議を継続する中で、あずさ監査法人から、当初は、本SPCの連結要否の検討に必要な情報が十分に開示されていなかったが、追加的に開示された情報を踏まえると、本SPCをENE社の連結範囲に含めるべきであるとの結論に至った旨の連絡を受けた。あずさ監査法人の指摘を検討した結果、ENE社は、連結財務諸表等を可及的早期に確定させるために、指摘を受け入れ、本SPCをENE社の連結範囲に含めるための対応を行うこととした。 また、あずさ監査法人は、協議において、本スキームの遂行及び会計処理を行うに当たって、本SPC連結要否の検討に必要な情報が取締役会等に適時かつ十分に報告又は共有がされていなかった等の内部統制上の問題点があるのではないかと指摘した。これを踏まえ、ENE社は、本SPCを非連結とした従来の会計処理について、公正性を確保した調査により、前提となる事実関係を明らかにするとともに、本件会計処理の検討過程の検証、本件会計処理と類似する事案の存否、事実関係の調査及び評価、並びに ENE社の内部統制上の課題を評価する必要性を認識し、2024年3月27日、取締役会決議をもって、外部調査委員会を設置し、同日、外部調査員会による調査の実施及びこれに伴う2023年12月期有価証券報告書の提出期限延長申請の検討について適時開示を行った。 2 外部調査委員会による調査結果の概要 まず、外部調査委員会調査報告書16ページ記載のSPCスキームを単純化した図を下記に示したい。 外部調査委員会は、本スキームの性格について、本SPCがENE社の子会社に該当せず連結対象外の企業であるとの前提に立ち、ENE社グループが本SPCから収受するEV充電機器等の売買代金、工事代金及び運営委託料を、ENE社の連結財務諸表において売上として計上するというものであったと認定したうえで、本スキームにおいて、仮に ENE社が本 SPCの意思決定機関を支配していると評価される場合には、本SPCは、ENE社の子会社に該当することとなり、原則として ENE社の連結対象の企業となり、本件会計処理は妥当でないこととなるという前提で、調査を行った。 外部調査委員会の調査によれば、あずさ監査法人は、スポンサーによる本SPCへの出資前である2023年4月時点において、当時におけるENE社からの説明内容その他の協議内容を踏まえ、本件会計処理(SPCを連結の対象外とする)を是認する判定を一旦は行っていたものの、2023年度通期の監査手続において、本SPCにおける意思決定の状況を確認する等、本件会計処理についての監査を行っていた中で、2024年2月に本件会計処理に関する外部通報を受けた。あずさ監査法人は、これを契機として、ENE社にデジタル・フォレンジックの実施を求め、その報告を受けるなどした結果、本件会計処理に関して、従前、ENE社から受けていた説明とは異なる事項、又は、説明を受けていない事項として、以下のような差異があると指摘した。 外部調査委員会は、ENE社役職員によるあずさ監査法人に事実誤認等を生じさせるような言動の有無及び内容並びにそれらの問題点について、検証を実施し、代表取締役CEOである城口洋平氏(以下「城口氏」と略称する)及び2名の執行役員の言動について調査を行った結果、あずさ監査法人に対して隠蔽したり虚偽の内容を伝えたりしようとした事実及びあずさ監査法人に対する説明と実態とを意図的に乖離させたり、そのような乖離を認識しながらそのことを隠蔽したりしたとは認定できなかったと結論づけたものの、内部統制、経営者の誠実性・不適切な言動及び会計監査人とのコミュニケーションに問題があると指摘している。 3 外部調査委員会による問題点に係る原因分析(調査報告書77ページ以下) 外部調査委員会は、調査及び検証の結果、認められた問題点を踏まえ、発生原因と評価した事項を次のようにまとめている。 外部調査委員会は、原因分析の中で、何度となく、ENE社が手掛けているEV充電事業は、ビジネスの難易度が高く、会計・法務コンプライアンス等の観点から十分な事前検討を行いつつ進めていく必要があったにもかかわらず、経営メンバーの会計・法務コンプライアンス面が弱く、本スキームの会計上のリスク認識が不十分であったことを指摘している。 ENE社では、本件会計処理に関する諸論点につき、経営メンバー内部での慎重な事前相談、情報共有、相互の事後フォローが不十分となり、経営メンバー相互間で認識ギャップが生じており、意思統一がなされていないまま社債権者や会計監査人への説明がなされたことにより、オプション行使条件や本金銭消費貸借契約の説明につき、社内、対社債権者、対会計監査人で差異が生じることとなったと分析している。 さらに、ENE社においては、役員(社外・執行役員を含む)における株価との連動性が高い報酬体系を背景に、プライム上場を目標として、売上確保のために本スキームを非連結で実施するインセンティブが強く生じている状況にあったところから、本件会計処理に関わった経営メンバーにおいては、ルールを表面的に充足すればよいとの姿勢での検討に終始する、コンプライアンス軽視の姿勢がみられたことを指摘し、その一例として、本件の発覚後、経営メンバーのうち、経営トップ及び担当執行役員において、本件会計処理に関連するコミュニケーションデータの削除を行い、外部調査委員会に指摘されるまで報告しなかったことを挙げ、コンプライアンス軽視の表れといわざるを得ないと評価している。 外部調査委員会は、ENE社の経営トップ及び本件会計処理に関わった経営メンバーにおいては、株価の上昇を強く志向する一方でコンプライアンスを軽視する姿勢が見られ、これらが、本スキームの実施という結論優先で検討が進む方向に拍車をかける一方、会計・法務コンプライアンスの観点からの歯止めが効かず、本SPCの非連結化にとって不利な要素の検討・確認が不十分となり、また、本SPCへの出資者を募るに当たって不利な要素となるオプション行使条件について曖昧な内容とし、さらには不適切な説明を行うといった事態を生じさせたと結論づけるとともに、創業経営者である城口氏の経営判断には社内からの牽制が働きにくく、本来であれば、城口氏に牽制を及ぼすことができる執行側の社内人材が通常より強く求められる状況であったにもかかわらず、城口氏を牽制できる役割をもった執行側の人材や部署が十分に機能しているとはいい難かったことは否めないと原因分析をまとめている。 4 外部調査委員会による再発防止に係る提言(調査報告書79ページ以下) 外部調査委員会は、ENE社が検討すべき再発防止策について、次の4つの観点から提言を行っている。 外部調査委員会は、「コンプライアンス意識の向上」として、まず、「経営トップを筆頭とした役職員の意識改革と企業文化の改革」を強調し、上場企業として求められる程度のコンプライアンス意識を徹底することが不可欠であるとして、法令等について明確に違反していなければ問題はない、会計監査人に露見しなければ問題はない、といった安易なコンプライアンス意識によって判断する姿勢を改める必要があるとしている。 次いで、外部調査委員会は、創業経営者である城口氏に権限が集中しているENE社の現状を改め、「権限分散による牽制機能の強化」を提言している。具体的には、社外取締役や監査役による監督だけではなく、日常的に適切な牽制や抑制を図ることができる業務執行サイドにおける相互監視の態勢を見直す必要があるとして、現在、城口氏のみとなっている社内取締役を複数名として相互に牽制を図り、城口氏に集中している権限を適切に分有させること、さらに、執行サイドの経営メンバーと社外役員との連携を強化する措置を講じることが必要であるとしている。 続いて「取締役会の監督機能の強化」としては、外部調査委員会は、取締役会でのリスクマネジメントに関する議論を高度化し、オペレーショナルリスクのほか、事業戦略に起因するリスク等について、取締役、監査役、担当執行役員等の間で徹底した議論を行うことで、役員間でリスク認識を共有し、経営課題と一体的に取り組めるようにすることを提言し、また、指名・報酬委員会の権限を強化すること等は取締役会の監督機能の強化に繋がるものという考えを示している。ENE社においては、執行役員と社外取締役の報酬体系において、固定金銭報酬よりもストックオプションによる変動報酬の比率が著しく高いため、短期的な業績の向上と株価上昇に傾注した業務執行に陥りかねず、これに伴うコンプライアンス軽視に及ぶリスクも想定されると指摘して、こうしたリスクを可及的に防止するためにも、指名・報酬委員会の権限を強化することの必要性を強調している。 最後に、「法務コンプライアンス及び会計・経理に係る機能の強化」として、外部調査委員会は、法務コンプライアンスを担う専門的知見と相応の経験を有する人材を採用し、社内の重要なプロジェクトに前広に関与させ、かつその業務執行の独立性が尊重される態勢を併せて整備することを第一に挙げ、さらに、社内に在籍する公認会計士有資格者を活用し、会計リスクの洗い出し、会計論点の専門的かつ慎重な検討の実施を事業部門から独立した立場からできる態勢を作ったうえで、会計判断が必要な事象については、事業部門だけで判断することを防ぎ、会計基準の趣旨に即して、適切かつ客観的な会計問題の検証プロセスを確立することが必要であると続けている。 外部調査委員会は、こうした態勢整備及びその他の再発防止措置を講じたENE社においては、改めて、会計監査人との十分な信頼関係を構築し、コミュニケーションの充実を図ることが必要不可欠であるとして、提言を結んでいる。 【調査報告書の特徴】 SPC(Special Purpose Company:特別目的会社)を利用した不正といえば、古くは、山一證券が含み損をペーパーカンパニーに移動させて粉飾決算を続けた挙句に破綻した、「飛ばし」を想起する方も多いかもしれない。その後の法改正で、SPCを連結決算対象に含めることが求められてきたため、現在では、「飛ばし」などの粉飾決算は難しくなっていると言われているが、本件では、SPCを連結する必要があるかどうかで、会社と会計監査人の見解が対立する中、経営陣が会計監査人に対して十分な説明を怠ったことを原因として、外部調査委員会の調査が求められることとなった。 外部調査委員会は「再発防止策の提言」の最後で、「会計監査人との信頼関係の再構築」を挙げたが、残念ながら、これまで会計監査を担当してきたあずさ監査法人は、ENE社に対し、7月29日、監査契約の終了と会計監査人の退任を通知している。 外部調査委員会による報告書の特徴を検討したい。 1 特別損失の計上 2024年7月9日、ENE社は、「営業外費用及び特別損失の計上に関するお知らせ」をリリースして、2023年12月期決算における特別損失として、2,554百万円を計上し、このうち、決算訂正関連費用引当金として、外部調査委員会の調査費用及び追加の監査手続きに係る監査報酬等の発生に伴い、919百万円(課徴金引当金185百万円を含む)を計上したことを公表した。 会計不正が発覚した会社で、調査費用及び追加の監査費用を特別損失として引き当てることは多いが、証券取引等監視委員会による課徴金納付命令勧告が出ていない状況で、課徴金相当額を見積もって引き当てを行うというのは異例である。 2 財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備 同日、ENE社は、「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備に関するお知らせ」をリリースして、関東財務局に提出した2023年12月期の内部統制報告書に、開示すべき重要な不備があり、ENE社の財務報告に係る内部統制は有効でない旨を記載したことを公表した。 リリースでは、問題となったSPCを連結範囲に含めるかどうかの判断の誤りについて、次のとおり、信頼性のある財務報告を実現するための内部統制が有効に機能していなかったとしている。 ENE社は、「コンプライアンスを軽視した代表取締役及び一部の執行役員の姿勢」として、役員(常勤・非常勤取締役並びに執行役員を含む)における株価との連動性が高い報酬体系を背景に、将来的なプライム市場への上場を目標として、売上確保のために本スキームを非連結で実施するインセンティブが強く生じている状況にある中、代表取締役及び一部の執行役員においては、株価の上昇を強く志向する一方でコンプライアンスを軽視する姿勢があったと説明している。 3 代表取締役CEO城口洋平氏の退任 7月29日、ENE社は、「代表取締役の異動(退任)に関するお知らせ」をリリースし、城口氏が、7月30日開催予定の定時株主総会継続会終結時をもって代表取締役CEO及び取締役を退任する予定であることを公表した。 退任理由について、同リリースでは、外部調査委員会調査報告書で指摘された、SPCを非連結とした会計処理に関して会計監査人に事実誤認等を生じさせるに至った、①内部統制上の問題点、②上場企業の連結財務諸表の作成に責任を負うべき経営者としての不適切な言動、③会計監査人とのコミュニケーション上の問題点などの事実認定とともに、あずさ監査法人から、連結の範囲の判定に影響を与えうる重要な事実(①城口氏の個人貸付が連結の範囲に与える影響、及び、②プットオプションの行使条件に関する出資者への説明内容が連結の範囲に与える影響)に関し、調査報告書の内容を踏まえてもなお、重要な虚偽表示の原因となる不正があるとの見解が示されている事実を重く受け止め、城口氏の代表取締役CEOとしての責任を明確化する必要があると判断したと説明されている。 4 ENE社による再発防止策 城口氏の退任のリリースと同日、ENE社は、「再発防止策の策定等に関するお知らせ」をリリースして、次のとおり、再発防止策を公表した。 外部調査委員会による再発防止策の提言のなかには、「責任の明確化」は含まれていなかったが、城口氏の退任に伴って、複数代表取締役制を採用することによって、権限分散と経営トップに対する牽制機能を強化するという方針を明確に示した内容となっている。 5 会計監査人の異動 さらに同日、ENE社は、「公認会計士等の異動に関するお知らせ」をリリースして、会計監査人であるあずさ監査法人から、書面により、監査契約を終了するとともに会計監査人を退任することの通知を受けたことを公表した。 その翌30日、ENE社は、「一時会計監査人の選任に関するお知らせ」をリリースして、監査法人アヴァンティアを一時会計監査人に選任し、2024年9月3日に開催予定の臨時株主総会において、同監査法人会計監査人として選任することを諮る予定であることを公表した。 (了)
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〈Q&A〉税理士のための成年後見実務 【第9回】「任意後見制度と民事信託の比較」
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第9回】 「任意後見制度と民事信託の比較」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 顧問先の事業承継対策を進めるなか、認知症による意思能力の喪失に対する備えとして「任意後見制度」と「民事信託」の利用が選択肢に挙がっています。大株主は現経営者の母親であり、認知症になって議決権行使ができなくなることを懸念しています。どちらを選択したらよいのでしょうか。 【A】 民事信託は高齢者の財産管理の手法の1つとして10年ほど前から注目が集まり、普及してきました。後見制度と比較した場合の民事信託の強みを中心に紹介されることが多いですが、後見制度と民事信託はどちらかを選択するという二者択一のものではありません。両制度を組み合わせるなど、それぞれの特性を生かした利用が必要になります。本稿では、よく比較の対象とされる任意後見制度と民事信託について解説します。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 民事信託の基本的な仕組み まず、民事信託の基本的な仕組みについて簡単に解説します。任意後見制度については本連載【第8回】において解説しているので、ご参照ください。 民事信託とは、主に家族間で利用される信託のことで、親の財産を子供が管理等をするために利用されます。親が「委託者(財産を預ける人)」、子供が「受託者(財産を預かる人)」、そして親が「受益者(信託から利益を受ける人)」となり(自益信託)、親と子供の間で対象とする財産を特定し、信託契約を締結して利用します。信託契約を締結したら、委託者(受益者)となった親の財産の名義を受託者となった子供の名義に変更します。 このときあくまで信託から利益を受けるのは、受益者である親であるため、財産の名義を子供に変更しても、原則として贈与税はかからないということになります。子供としては、財産が自分の名義になったため、管理が行いやすくなるというメリットがあります。 【民事信託のイメージ図】 【不動産を信託した場合の登記記録例(甲区)】 2 任意後見制度と民事信託の比較 (1) 利用方法~任意後見契約は公正証書によることが必須~ 任意後見制度と民事信託は、ともに当事者間において契約を締結することで利用できます。ただし、任意後見制度の場合は、必ず公正証書で契約締結しなければならないとされているところ、民事信託の場合は、原則として当事者で作成した契約書でも差し支えないとされています。 もっとも、民事信託の場合でも、後々、信託契約締結の事実や内容について疑義が生じることを防ぐため、筆者の経験上は公正証書によることが多いといえます。 (2) 家庭裁判所の監督に服するか 任意後見制度の場合は、利用を開始するにあたっては任意後見監督人の選任を家庭裁判所に申立て、選任された任意後見監督人を通じて、家庭裁判所の監督に服することになります。任意後見監督人への報告を行う手間や、任意後見監督人に支払う報酬も発生します。 民事信託の場合は、受託者はあくまで当事者間で締結した信託契約の内容に従って財産を管理していくことになるため、こうした手間やコストはかからないことになります。 「任意後見制度は家庭裁判所の監督に服し、なにかと財産管理についての自由度が低いが、民事信託はこうした制約がないから優れている」と民事信託が紹介されることがありますが、筆者はどちらも一長一短ではないかと考えています。民事信託の場合、親が亡くなった後に、受託者であった子供の財産管理について他の相続人から疑義が呈され、紛争に発展することがあります。任意後見制度の場合は、家庭裁判所の監督が入っている分、こうしたトラブルが生じにくいといえます。 (3) 契約締結までの時間 任意後見制度の場合、誰に任意後見人になってもらうかが決まれば、契約締結まではスムーズに進むことが多いといえます。民事信託の場合、契約締結にあたって受託者にどのような権限を与えるのか、親(受益者)が死亡した後、信託財産を誰に帰属させるのかなどの検討に時間を要し、思うように契約締結まで進まないということもよくあります。契約内容を検討している間に親の認知症が進んでしまい、財産管理に支障が生じるようになってしまうこともあります。親の体調等も考慮して、もし早期に手当てをする必要があれば、まず任意後見契約を締結したうえで、民事信託の内容を検討するという方法もあるでしょう。 顧客自身では自分にどの財産管理手法が適しているか判断をするのは難しいといえます。客観的に状況を判断できる顧問税理士の助言が重要といえるでしょう。 (了)
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プロフェッションジャーナル No.580が公開されました!~今週のお薦め記事~
2024年8月1日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.580を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
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monthly TAX views -No.138-「年金財政検証、正面から議論する政権の誕生を期待する」
monthly TAX views -No.138- 「年金財政検証、正面から議論する政権の誕生を期待する」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 7月3日、5年に1度の年金の財政検証結果が公表された。「公的年金の長期にわたる財政の健全性を定期的にチェック」することにより、制度の持続可能性を担保する目的で行われているものだ。あわせて、2025年に予定されている年金制度改正の項目や政策効果も示された。 * * * 内閣府の中長期試算のベースラインケースに相当する「過去30年投影ケース」(人口は中位推計)では、基礎年金は、2057年度にマクロ経済スライドによる調整が終了し、その時点のモデルケースの所得代替率は50.4%と、なんとか50%以上を確保できるという見通しが示された。 所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合には所要の措置を講じる必要があるが、「過去30年投影ケース」でその条件をクリアできるということは、国民に年金に関する最低限の安心感を与えることになる。マスコミの評価も心なしか好意的である。 一方で、少子高齢化が進む中で必要な年金制度の改革は行わなければならない。そこで、制度改正に結びつく下記5つの「オプション試算」(※)が示された。 (※) 下記5つのオプションについて、見直した場合の効果などの試算。 ところが、「基礎年金の保険料拠出期間を現行の40年(20~59歳)から45年(20~64歳)に延長し、拠出期間が伸びた分に合わせて基礎年金が増額する」内容である上記②は、議論が行われる前に、来年度の改正項目から落とされてしまった。 国民の健康寿命が延び、2021年からは65歳までの雇用確保が義務づけられ、60歳を超えて働く高齢者が増加する中、基礎年金の拠出期間を5年延長するという考え方は、年金制度の支え手を増やすという意味で当然ともいえる選択肢である。少なくとも国民的な議論は行う必要がある。 事務当局の試算では、第1号被保険者(自営業者、厚生年金に加入していない非正規雇用者、農業者、学生、無職者など)が「5年間で約100万円の追加納付」を行えば、「年約10万円の給付増が終身で受け取れる」ことになる。社会保険料控除を考慮すれば、実質的なお得額はもっと増えるはずだ。 また低所得で納付できない人には、保険料納付免除の仕組みがあり、免除期間に応じた受取額は半分になるが、追加負担はしなくてもよい。一方、会社員など厚生年金の加入者は、60歳を超えても雇用されていれば追加負担はない(今と変わらない)。 きちんと時間をかけて説明すれば、国民も受け入れ可能な改正のはずだ。 制度改正を諦めた理由について年金局長は、7月3日の年金部会で、「法律案にまとめて国会で成立させられるのか見通しを持てない」という説明をした(2024年7月3日付日本経済新聞。なぜか7月3日付の年金部会の議事録はいまだ公開されていない(本稿公開時点))ようだが、おそらく官邸と相談した結果の結論だろう。 そもそも期間延長については、SNSで、5年間の負担増部分だけが切り取られ、感情的な反発が広まっていた。「増税メガネ」というSNSでのレッテルを極端に気にする官邸が法改正は難しいと判断したのではないだろうか。 もう1つ理由がある。基礎年金の2分の1は税財源が投入されているので、5年間拠出期間が延びるとそれに伴う国庫負担が増加する。つまり、延長する5年分の給付に見合う税財源が必要となる。この財源規模は1兆円程度と試算されており、国民の受益と負担の問題を惹起させる。官邸はこれを恐れたのではないかと筆者は推察している。 * * * 目先の支持率にこだわりひたすら負担増の議論を避けるのではなく、正面から受益と負担を議論する政権が待ち望まれる。 (了)
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令和6年度税制改正における『グループ通算制度』改正事項の解説 【第4回】
令和6年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第4回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 Ⅲ 交際費課税の特例の拡充・延長 交際費等の損金不算入制度について、次の措置を講じた上、その適用期限が3年(令和9年3月31日までの間に開始する事業年度まで)延長されている(新措法61の4①、令6改所法等附1、38)。 なお、下記①の改正は、その法人の決算日に関係なく、令和6年4月1日以後に支出する飲食費について適用される(令6改措令附1、16)。 通算法人に対する交際費等の損金不算入制度の適用については、次の点において単体法人と取扱いが異なるが、今回の改正においてこれらの取扱いに変更はない。 (1) 接待飲食費に係る損金算入の特例の対象法人の範囲 通算法人のその適用年度終了の日においてその通算法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人のうちいずれかの法人の同日における資本金の額等が100億円を超える場合におけるその通算法人は、接待飲食費に係る損金算入の特例の対象法人から除かれる(新措法61 の4①)。 (2) 中小法人に係る定額控除限度額の特例の対象法人の範囲 通算法人が中小法人等に該当する場合、交際費等の損金算入限度額の計算における定額控除限度額の特例において、通算定額控除限度分配額を定額控除限度額として適用することとなる(新措法61の4②③)。 ここで、通算法人が中小通算法人に該当する場合、その通算法人は、中小法人等に係る定額控除限度額の特例を適用することができる中小法人等に該当する(新措法61の4②、新法法66⑤二・三)。 中小通算法人とは、大通算法人以外の通算法人をいう。 大通算法人とは、通算法人又はその通算法人のその適用年度終了の日においてその通算法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人のうち、いずれかの法人が「資本金の額又は出資金の額が1億円を超える法人」又は「みなし大法人」に該当する場合におけるその通算法人をいう。 (3) 通算子法人の適用年度 交際費等の損金不算入制度の適用期間は、改正後は、平成26年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度となるが、通算子法人の事業年度にこの制度の適用があるかどうかの判定は、通算親法人の事業年度による(新措法61の4③)。 ただし、通算親法人の事業年度の中途において離脱した通算子法人の離脱日の前日に終了する事業年度(離脱直前事業年度)については、その通算子法人の事業年度が平成26年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する事業年度であるかどうかによって判定する。 (4) 中小通算法人の定額控除限度額の計算 通算法人に対する中小法人等に係る定額控除限度額の特例については、通算定額控除限度額(年間800万円)を通算グループ内の各通算法人が支出する交際費等の額の比で按分した金額(通算定額控除限度分配額)を各通算法人の定額控除限度額とする(措法61の4②③④)。 (続く)
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法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例65】「公益法人等が普通法人に移行した後有価証券を譲渡した場合における当該有価証券の取得価額」
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例65】 「公益法人等が普通法人に移行した後有価証券を譲渡した場合における当該有価証券の取得価額」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、九州地方のある県庁所在地に本拠を置く一般財団法人において、理事長補佐を務めております。当法人は、もともとある地元の事業家が成した財産を元手に美術品を管理する目的で設立された財団法人(法人税法上は公益法人等)でしたが、いわゆる公益法人制度改革により、約10年前に一般財団法人(法人税法上は非営利型法人ではなく普通法人扱い)に移行しております。 財団法人は一般に、財産の集合体と捉えられ、設立者から拠出された財産を管理運用する目的で運営されていますが、当法人も現金預金ばかりでなく、有価証券や不動産を相当数所有しており、その効果的な運用も常に重要な任務となっております。中でも有価証券への投資はリスクもあり相当慎重に行ってきたところですが、金融機関出身者が理事に就任してからは、その者が専門知識を生かして堅調な投資実績を上げてきており、ひとまず安心といったところです。 ところが、先日、当法人が設立後初めて受けた税務調査で過年度の有価証券への投資が問題となり、困惑しております。すなわち、一般財団法人に移行する前から所有していた有価証券の一部を移行後に譲渡したのですが、その際の譲渡原価の額及び譲渡損益が当法人の申告内容と異なるというのです。当法人は、以下の表のとおり、当該有価証券を移行前に非収益事業に属する資産として40,000,000円で取得し、移行後に25,000,000円で譲渡していることから、譲渡損を15,000,000円計上したのですが、課税庁は、譲渡原価は移行日における税務上の帳簿価額(時価)であり、それは24,000,000円であるとして、譲渡益1,000,000円を計上すべきと主張しております。移行前からずっと保有し続けている有価証券に関し、その譲渡原価を移行日における時価(税務上の帳簿価額)とするのは到底納得がいかないのですが、法人税法上はどのように考えるのでしょうか、教えてください。 〇 有価証券譲渡損益(円) 【A】 公益法人等が非収益事業に属する資産として有価証券を取得する場合であっても、かかる取得は法人税法施行令第119条の2第1項1号にいう「有価証券の取得」に該当し、当該公益法人等が普通法人に移行した後、同一銘柄の有価証券を追加取得せずに当該有価証券を譲渡したときには、同施行令第119条第1項に基づき計算されるその取得価額をもって、同施行令第119条の2第1項1号にいう「その取得をした有価証券の取得価額」として、移動平均法を適用すべきものと解するのが相当といえます。したがって、本件の場合、移行前から保有し続けている有価証券に関しては、その取得時の価額(40,000,000円)が譲渡原価になるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 公益法人制度改革 2006年の公益法人制度改革により、一般法人法、公益認定について定める公益法人認定法及びこれら2つの法律の施行に伴う関係法律の整備法(いわゆる公益法人3法)が新たに立法され、旧民法における法人の規定(38~84条)が削除された。当該公益法人制度改革の趣旨は以下の問題点を解決するという点にあった(※1)。 (※1) 内田貴『民法Ⅰ(第4版)』(東京大学出版会・2008年)211-212頁参照。 上記の問題点を解決するため、当初、1998年に特定非営利活動促進法(NPO法)が制定され、また、2001年には中間法人法が制定されるといった対策がとられたが、かえって法人制度が複雑化するというデメリットが生じた。そのため、公益法人制度改革では発想を転換し、非営利法人一般について法人の設立を準則主義(※2)とし、公的規制を外す代わりに、運用上の問題に対しては、法人の活動に対するガバナンスの仕組みを取り入れる改革がなされた。また、活動の実態についての透明性を確保し、公益法人として扱うのは有識者の委員会での審査を通ったものだけにすることとなった(※3)。 (※2) 法律の定める要件を備えて登記すれば法人となれる仕組みをいう。 (※3) 内田前掲(※1)書212-213頁参照。 (2) 公益法人に対する課税 上記の公益法人制度改革に伴う新制度における公益法人に対する課税は、おおむね以下の通りまとめられる(※4)。 (※4) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)460-463頁参照。 (3) 公益法人等が普通法人に移行した場合における有価証券の取得価額が争われた事例 それでは本件と同様に、特例民法法人だった原告が、一般財団法人へ移行した際において、移行前から保有していた有価証券を譲渡した場合におけるその取得価額が争われた事例(東京地裁令和5年2月17日判決・判タ1514号144頁、TAINSコード:Z888-2511)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、B寺伝承の文化等を興隆する事業を行い、広く国民の教化善導を図ること等を目的とする一般財団法人である原告が、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」)42条2項に定める特例民法法人から、整備法45条に基づく内閣府の認可及び移行の登記を経て、平成23年2月3日に一般財団法人へと移行した上で、処分行政庁に対し、平成23年4月1日から平成24年3月31日までの事業年度又は課税事業年度(平成24年3月期)から平成30年3月期までの法人税、復興特別法人税及び地方法人税の確定申告をしたところ、 1)処分行政庁から、平成25年3月期、平成26年3月期、平成27年3月期及び平成29年3月期の法人税等について、有価証券譲渡益の計上漏れを理由とする更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、同各更正処分のうち同理由による増額更正部分及び同各賦課決定処分の取消しを求め、 2)処分行政庁に対し、本件各事業年度の法人税等について、減価償却額の計上の誤りを理由とする更正の請求をしたが、いずれについても更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから、同各通知処分の取消しを求めるとともに、 3)上記1)の各更正処分のうち有価証券譲渡益の計上漏れを理由とする増額更正部分及び減価償却額の計上の誤りを理由とする減額更正処分がされるべき部分並びに上記1)の各賦課決定処分の取消しを求め、 4)上記2)の各通知処分のうち、上記1)の各更正処分の対象とされていない平成24年3月期、平成28年3月期及び平成30年3月期の法人税等の更正の請求に係る更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消しを求めている事案である。 なお、原告の一般財団法人へと移行前後の有価証券に関する会計処理は以下のとおりである。 ② 事案の争点 有価証券の譲渡原価に関する移動平均法の計算において、原告が普通法人移行前において当該有価証券を取得したことが、法人税法施行令第119条の2第1項第1号にいう「取得」に該当するとして取得時に計上した帳簿価額を考慮すべきか、それとも評価損の計上により減額した後の帳簿価額を考慮すべきか。 ③ 裁判所の判断 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例のポイントは、法人税法施行令第119条の2(有価証券の一単位当たりの帳簿価額の算出の方法)第1項第1号に規定される移動平均法における「取得」の意義である。当該規定の条文では、有価証券の「取得」とは何を指すのかにつき、特に明文の定めがあるわけではなく、単に取得の度に平均単価を算出すると言っているのみである。そうなると、当該条文の「取得」にかかる文理解釈においては、取得に至った事情、例えば本件のように、公益法人等(特例民法法人)から普通法人(非営利型法人ではない一般財団法人)に移行したというようなことは、移動平均法の算定方法には何ら影響を及ぼさないということになるだろう。 ところで、公益法人等が普通法人に移行する場合には、普通法人であったならば課税対象となっていた金額を移行年度の益金又は損金に算入する必要がある(法法64の4①)。しかし、特例民法法人は、公益目的で有する財産の帳簿価額は課税対象(累積所得金額)から除かれる。したがって、特例民法法人が保有する有価証券につき評価損を計上した場合、その後普通法人に移行した場合であっても、有価証券の帳簿価額が当該評価損の分だけ下がるのではなく、取得価額のまま維持される。そのため課税庁は、本件に関し、譲渡原価は移行前取得価額ではなく、移行に伴い移行前に評価損を計上し減額した後の価額にすべきと主張したが、その理由として、以下の事例で見るような「二重の所得減少」が生じるため不合理であることを挙げていた。 〈事例〉 二重の所得減少? 上記課税庁の主張は、政策論としては理解できないものではなく、実際裁判所も「評価損の額相当額は、公平な課税の観点からは、一度に限り所得の金額から控除されるのが相当であり、二重の所得減少が生ずるのも、又は一度も控除されないのも、いずれも望ましくない」としており、一定の理解を示しているようにみえる(※5)。しかし、裁判所が「二重の所得減少を防ぐために、評価損の額相当額につき、一度も所得の金額を減少させないという事態を招来することは、法律上の根拠なく当然に正当化されるものではない」と指摘する通り、法人税法施行令第119条の2の解釈論としては無理があるだろう。当該政策論ないし課税上の不合理は、公益法人制度改革に伴う課税上の措置で対応すべきものだったといえるかもしれない。 (※5) 藤間大順「公益法人等が普通法人に移行した場合における、有価証券の取得価額」『令和5年度重要判例解説』(有斐閣・2024年)177頁参照。 (4) 本件へのあてはめ 公益法人等が非収益事業に属する資産として有価証券を取得する場合であっても、かかる取得は法人税法施行令第119条の2第1項1号にいう「有価証券の取得」に該当し、当該公益法人等が普通法人に移行した後、同一銘柄の有価証券を追加取得せずに、当該有価証券を譲渡したときには、同施行令第119条第1項に基づき計算されるその取得価額をもって、同施行令第119条の2第1項1号にいう「その取得をした有価証券の取得価額」として、移動平均法を適用すべきものと解するのが相当といえる。したがって、本件の場合、移行前から保有し続けている有価証券に関しては、その取得時の価額(40,000,000円)が譲渡原価になるものと考えられる。 (了)
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租税争訟レポート 【第74回】「所得税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分取消請求事件~裁判上の和解に基づき支払いを受けた金員の非課税所得該当性(国税不服審判所令和4年12月13日裁決)」
租税争訟レポート 【第74回】 「所得税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分取消請求事件~裁判上の和解に基づき支払いを受けた金員の非課税所得該当性 (国税不服審判所令和4年12月13日裁決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【裁決の概要】 【事案の概要】 審査請求人(以下「請求人」という)は、平成29年3月1日、A社に雇用されたが、同年8月16日付の解雇予告通知書により、同年9月15日付でA社を解雇(本件解雇)された。 請求人は、平成29年11月23日、A社を被告として、裁判所に対し、本件解雇が無効であるとして雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求(地位確認請求)、賃金支払請求及び本件解雇によって請求人が精神的苦痛を被ったことを理由に慰謝料として不法行為に基づく損害賠償請求に係る訴訟(第一審訴訟)を提起した。 第一審裁判所は、令和元年5月23日、地位確認請求及び賃金支払等請求を認容し、損害賠償等請求を棄却する旨の判決(第一審判決)をした。 A社は、令和元年5月28日、控訴審裁判所に対し、第一審判決で地位確認請求及び賃金支払等請求を認容した部分の取消し等を求めて、控訴した(控訴審訴訟)。 控訴審訴訟において、令和元年10月4日、裁判上の和解が成立し、同日付和解調書が作成された。和解調書の和解条項の要旨は、下記のとおりである。 A社は、請求人に係る令和元年分の給与所得について、源泉徴収票を作成し、請求人に交付した。源泉徴収票の給与の支払金額には、令和元年分の未払賃金の額に、A社が負担したとする未払賃金に係る源泉徴収税額及び社会保険料の合計金額を賞与として加算した金額が記入されている。 原処分庁は、令和3年10月20日付で、原処分庁所属の職員の調査に基づき、請求人の令和元年分の所得税等について、解決金10,000,000円から、本件解雇の日の翌日から労働契約解除の日までの間の未払賃金の額5,541,532円を控除した残額4,458,468円のうち、その一部の額(本件一部額)が当該未払賃金に係る年6分の割合による遅延損害金としての金員であり、本件金員と本件一部額との差額(本件差額)が本件解雇を巡る紛争を解決するための性質を有する金員であるとして、本件一部額が雑所得に、本件差額が一時所得に該当するとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行った。 本件は、請求人が勤務先であったA社から裁判上の和解に基づき支払を受けた金員について、原処分庁が、当該金員のうち未払賃金相当額以外の金員につき、未払賃金に対する遅延損害金に相当する金員は雑所得に、残余の金員は一時所得に該当するとして所得税等の更正処分等を行ったのに対し、請求人が、未払賃金相当額以外の金員は非課税所得である旨主張して、その一部の取消しを求めた事案である。 【関係法令の抜粋】 【争点と当事者の主張】 1 本件金員は、所得税法第9条第1項第17号に規定する非課税所得に該当するか否か〔争点1〕 (1) 原処分庁の主張 原処分庁は、和解条項には、これまでの未払賃金を含む旨の記載があり、A社が解雇の日の翌日から労働契約解除の日までの未払賃金に対する遅延損害金の金額を計算した本件一部額は、未払賃金に対する遅延損害金として発生しているのであるから、非課税所得に該当せず、雑所得に該当するとしたうえで、第一審訴訟及び控訴審訴訟の事件記録上、本件金員のうち本件差額の内容は明確ではないところ、A社が請求人に対して損害賠償責任を負っていること及び請求人が主張する損害額との対応関係が明らかではないのであるから、本件差額は非課税所得に該当しないと主張した。 さらに本件差額の所得区分については、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得には該当せず、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものであるから、一時所得に該当するとした。 (2) 請求人の主張 これに対し、請求人は、A社は、請求人に対するパワー・ハラスメント及び本件解雇によって請求人の心身に損害を加えた事実を認めたうえで、和解を成立させ、請求人に対し、本件金員を支払ったのであるから、本件金員は、所得税法第9条第1項第17号に規定する「心身に加えられた損害」に基因して取得する慰謝料及び損害賠償金であり、非課税所得に該当すると主張した。 2 本件更正請求には、国税通則法第23条第1項第3号の規定に該当する事由があるか否か〔争点2〕 (1) 請求人の主張 請求人は、令和元年分の給与等の収入金額にA社が賞与として算定した金額を含めて確定申告書を提出しているが、この給与等の収入金額は、労働基準監督署の是正勧告による賃金台帳の訂正により、A社の賃金台帳に記載されていないのであるから、給与等の収入金額に該当しないと主張し、確定申告書に記載した課税標準等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったことにより、確定申告書に記載した還付金の額に相当する税額が過少となるから、請求人による更正の請求には、国税通則法第23条第1項第3号の規定に該当する事由があるとした。 (2) 原処分庁の主張 原処分庁は、A社は、本来請求人が負担すべき未払賃金に対する所得税等及び社会保険料の金額を負担しているのであるから、請求人は経済的利益を得たことになり、その経済的利益である本件請求額は、請求人とA社との間の雇用契約に基づき生じたものであるから、給与等の収入金額に該当すると主張し、確定申告書に記載した課税標準等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにはならず、確定申告書に記載した還付金の額に相当する税額が過少とならないから、請求人による更正の請求には、国税通則法第23条第1項第3号の規定に該当する事由がないとした。 【国税不服審判所による裁決の概要】 国税不服審判所は、各争点について、いずれも請求人の主張を認めず、請求を棄却する裁決を言い渡した。 1 本件金員は、所得税法第9条第1項第17号に規定する非課税所得に該当するか否か〔争点1〕 国税不服審判所は、本件金員の性質について、控訴審訴訟では、地位確認請求及び賃金支払等請求に係る内容が争われ、賃金支払等請求には、未払賃金に加えて、それに対する遅延損害金に係る内容が含まれていたことからすると、請求人及びA社は、本件金員に、解雇の翌日である平成29年9月16日から和解の成立日である令和元年10月4日までの間の未払賃金に対する遅延損害金に相当する金員である本件一部額を含むことを合意したものと認めるのが相当であるとの判断を示したうえで、本件差額については、控訴審訴訟においては、請求人のA社に対する損害賠償請求権の存否は審理の対象となっておらず、請求人及びA社とも、これが審理の対象であると認識していたとは認められないし、和解に至る経過から、A社としては、本件金員に損害賠償金を含むことを否定したうえで、和解条項によって和解を行っており、請求人もこれを認識のうえで、和解に応じたものという事実認定を行った。 さらに、不調に終わった当初和解案では7,000,000円とされていた和解金が、特段の理由もなく10,000,000円に上積みされていること、A社が未払賃金の支給総額を5,541,532円と計算していること及び第一審訴訟及び控訴審訴訟において、請求人が退職金の支払を求め、又は和解に至る経緯の中で退職金相当額を考慮して本件金員の額を算定しているような事情が認められないことを勘案すると、本件差額は、労務の提供に対する対価とはいえず、未払賃金の性質を有する給与所得相当額及び退職所得相当額が含まれているものとみることはできないという判断を示した。 そして、A社が請求人に支払った金員のうち、未払賃金と未払賃金に対する遅延損害金を除く本件差額について、国税不服審判所は、地位確認請求及び賃金支払等請求に係る争いを解決するための金員とすることを合意したものと認めるのが相当であるとして、心身に加えられた損害に基因して取得する損害賠償金が含まれているものとは認められないことから、所得税法第9条第1項第17号に規定する非課税所得に該当しないとして、請求人の主張には理由がないとして、これを斥けた。 なお、本件差額の所得区分について、国税不服審判所は、地位確認請求及び賃金支払等請求に係る争いを解決するための金員であり、労務の対価ではないから、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得には該当せず、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものに当たることから、所得税法第34条第1項に規定する一時所得に該当すると判断して、原処分庁による更正処分は適法であると結論づけた。 2 本件更正請求には、国税通則法第23条第1項第3号の規定に該当する事由があるか否か〔争点2〕 国税不服審判所は、請求人が主張するようにA社が賞与として算定した金額が給与等の収入金額に該当しないとした場合、請求人のA社についての令和元年分の給与所得に係る源泉徴収税額は、賞与に係る徴収税額を除く各月の徴収された所得税等の額の合計額となることを前提として、請求人の令和元年分の所得税等の還付金の額に相当する税額を算定すると、請求人による確定申告書に記載した還付金の額に相当する税額を下回ることから、確定申告書に記載した還付金の額に相当する税額が過少とはならないと認定したうえで、A社が賞与として算定した金額が給与等の収入金額に該当するか否かを検討するまでもなく、請求人による更正の請求には、国税通則法第23条第1項第3号の規定に該当する事由はないこととなると判断して、請求人の主張を斥けた。 【解説】 本件のような労働訴訟を始め、法人が被告となった損害賠償請求訴訟では、本件のように、第一審の判決を不服として控訴した後、控訴審で和解するという訴訟戦術をとるケースが多い。これは、裁判所の判断を聞かずに第一審で和解してしまうと、後日、和解内容に関して、株主から責任追及の訴え(会社法第847条。いわゆる株主代表訴訟)を提起されて、和解を判断した経営陣が訴訟リスクにさらされることを回避するためであると説明されているようである。本件でも、A社及び会社側代理人が「未払賃金」という文言を外すことにこだわり、「損害賠償金」との表現を用いさせなかったのも、株主代表訴訟対策であったかもしれない。 請求人としては、和解金の全額が非課税所得であるという主張を認めさせたかったのであろうが、国税不服審判所は原処分庁による更正処分を適法であると判断した。 1 和解条項をめぐる双方の代理人のやり取り 控訴審で、会社側代理人が示した和解金は7,000,000円だったが、これを請求人側代理人は拒否した。そこで、控訴審裁判所は、双方の代理人に対し、未来志向に立ち、請求人及びA社の両者間の関係を解消する方向で、解決を図るべきであるとして、A社が請求人に対して10,000,000円を支払う旨をはじめとする和解条項案を示した。 会社側代理人は、請求人側代理人に対し、「未払賃金を含めた解決金として」との文言を「解決金として」に変更することを依頼し、一方、請求人側代理人は請求人に対し、「未払賃金を含めた解決金として」との文言を「本件解雇に伴う損害賠償金としての解決金として」に変更することをA社に持ちかけること及び会社側代理人が「損害賠償金」との記載を入れることについてA社の説得を試みると述べたメールを送っていた。 こうしたやり取りはあったものの、裁判上の和解に伴う和解条項は、当初のとおり、A社に、「未払賃金を含めた解決金として」10,000,000円の支払い義務があるという文言となった。 2 請求人側代理人が控訴しなかった理由はないか? 裁決書によれば、請求人は、第一審訴訟では、解雇無効と地位確認請求に加えて、解雇によって請求人が精神的苦痛を被ったことを理由に慰謝料として不法行為に基づく損害賠償を請求しているが、地位確認請求及び賃金支払等請求は認容されたものの、損害賠償等請求を棄却する判決を受けている。 その後、A社は、第一審判決で地位確認請求及び賃金支払等請求を認容した部分の取消し等を求めて控訴しているが、請求人は、第一審判決に対する控訴及び附帯控訴を行わなかったとのことである。 請求人及び請求人側代理人が、損害賠償請求を求めて控訴しなかった理由は定かではないが、和解金が所得税法に規定する非課税所得であると主張するためには、控訴審の審理の中でも、解雇によって請求人が精神的苦痛を被ったことを理由に不法行為に基づく損害賠償を請求しておく必要があったことは言うまでもないことであろう。 3 国税不服審判所裁決要旨検索システムにおける裁決要旨 国税不服審判所が公表している裁決要旨検索システムで、この裁決がどのように紹介されているかを見ておきたい。裁決要旨では、請求人の主張を引用した後、次のような判断を示している。 (了)