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国税通則 税務 税務・会計 解説 解説一覧

谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」 【第35回】「国税通則法97条(87条~96条・97条の2~97条の4)」-国税不服審判所の調査審理手続と争点主義的運営の要請-

谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第35回】 「国税通則法97条(87条~96条・97条の2~97条の4)」 -国税不服審判所の調査審理手続と争点主義的運営の要請-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   国税通則法97条(審理のための質問、検査等)   1 はじめに 第32回では、国税不服審判所創設の経緯及び背景を検討し、その創設の核心が「納税者の自主性と個別性の尊重という方向」にあり、ここにこそ、裁判所による権利救済制度とは別に国税不服審判所による権利救済制度を設ける意義があることを確認した上で、国税不服審判所制度を、「納税者の自主性と個別性の尊重」に方向づけられ民主主義的租税観によって支持される権利救済制度として位置づけた(1~2)。 今回は、国税不服審判所の調査審理手続に関して争点主義的運営の要請を検討するが、その検討を始めるに当たって、国税不服審判所の創設をめぐる議論の過程でその要請がどのようにして形成されてきたのかをみておくことにしよう。   2 争点主義的運営の要請の形成 第32回でみたように、国税不服審判所創設の直接の基礎となったのは税制調査会『税制簡素化についての第三次答申』(昭和43年7月。以下「税制簡素化第三次答申」という)であるが、この答申は、国税不服審判所の審理手続については、次のとおり述べていた(同答申51頁)。 このうち特に(ニ)で述べられていることは総額主義による審理を意味するものと解される。そのような審理方式は、国税不服審判所の前身である協議団(以下「旧協議団」という)において採用されていたものであるが、旧協議団における審理方式については、総額主義及び争点主義の用語法も含め、次のような理解が示されていた(松沢智『租税争訟法』(中央経済社・1977年)55-56頁。下線筆者)。 税制簡素化第三次答申において旧協議団時代の総額主義による審理が継承されていたことは、その答申を踏まえた「国税通則法の一部を改正する法律案」に関する第61回国会参議院大蔵委員会での次の質問及び答弁(第61回国会参議院大蔵委員会会議録第27号(昭和44年7月8日)。国立国会図書館国会会議録検索システムによる参照。下線筆者)からも、読みとることができる。 その後、前記法律案は第61回国会では審議未了(廃案)となったが、第63回国会に提出された「国税通則法の一部を改正する法律案」は第63回国会で可決された(その経緯については、国税不服審判所のホームページに掲載されている国税不服審判所「国税不服審判所の50年」(令和2年5月)23頁以下参照)。同法律案については衆議院でも参議院でも大蔵委員会がともに附帯決議を付して可決し本会議も可決したが、ここでは、争点主義的運営の要請を明示的に決議した参議院大蔵委員会の附帯決議(第63回国会参議院会議録第7号・官報号外(昭和45年3月27日)7頁)の全文を次のとおり引用しておく(下線筆者)。 この附帯決議は、第63回国会参議院大蔵委員会での次の質問及び答弁(第63回国会参議院大蔵委員会会議録第8号(昭和45年3月17日)。国立国会図書館国会会議録検索システムによる参照。下線筆者)を踏まえたものと考えられる(南博方『租税争訟の理論と実際〔増補版〕』(弘文堂・1980年)57頁参照)。 上の最後の国務大臣答弁で述べられている「考え」が争点主義的運営の要請であり、その「考え」が前記の参議院大蔵委員会附帯決議において宣明されたものと考えられるのである。 ここで、旧協議団における審理方式を継承した税制簡素化第三次答申から前記の参議院大蔵委員会附帯決議に至る過程において、「争点主義」の性格・位置づけが次のように変化してきたこと(松沢・前掲書127頁。下線筆者)を確認しておく。 以上の経緯をみると、争点主義的運営の要請は、とりわけ、旧協議団における総額主義による審理の「たてまえ」と「審査制度の本質」とをめぐる参議院大蔵委員会での真摯な質問及び答弁、、、、、、、、、を通じて形成され、同委員会の附帯決議、、、、によって実質的に国税通則法の内容に組み込まれたといってよかろう。このような立法過程は、議会制民主主義における租税立法過程についてそのあり方を検討する上で、わが国の議会制民主主義の状況に鑑みると、貴重な成功事例として位置づけることができよう(筆者のそのような問題関心からの研究として拙著『租税回避論』(清文社・2014年)第4章第2節[初出・2008年]も参照)。 この点に関連して、議会制民主主義は租税法律主義の民主的正統性を支える政治原理であるが、租税立法が「タックス・ポリシーの受け皿」であるだけでなく「法律問題の解決のための受け皿」であること(金子宏『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)416頁[初出・1978年])を考慮すると、議会制民主主義における租税立法過程の改革・改善は、納税者の権利保護の要請を含む租税法律主義の実効性を確保するために不可欠であること(拙稿「租税法律主義の課題と展望」税研226号(2022年)39頁、40頁も参照)を指摘しておきたい。   3 争点主義的運営の要請の展開と課題-行政原理と司法原理との調和の追求- さて、以上のような経緯により形成された争点主義的運営の要請は、国税不服審判所の創設以来「国税不服審判所における事務運営の基本方針」として、「合議の充実」及び「納得の得られる裁決書の作成」と並んで重きが置かれてきた(差し当たり、久米眞司「国税不服審判所の概要及び特色」国税不服審判所編『国税不服審判所の現状と展望』(判例タイムズ社・2006年)12頁、21頁、国税不服審判所・前掲「国税不服審判所の50年」39頁参照)。 不服審査基本通達(国税不服審判所関係)97-1も、いわゆる留意通達すなわち「租税法の規定からみて当然にそのように解釈できるものを解釈の統一(課税の公平)を図るために,確認的に当該解釈を示すもの」(品川芳宣『租税法律主義と税務通達』(ぎょうせい・2003年)39頁)の形式で、次のとおり争点主義的運営の要請を確認的に示している(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)1205頁、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)4624-4625頁、4695頁等参照)。 このように、国税不服審判所の調査審理手続において争点主義的運営は定着してきたとみてよいであろう。その比較的初期の段階で、南博方教授は争点主義的運営を「新たな調査は争点で、審理は総額で」と定式化されたが、南教授の見解はその定式でもって争点主義的運営の本質的意義を的確に明らかにしていると考えられる(久米・前掲論文21-22頁参照)ので、以下では、南教授の見解を少し長くなるが引用しておくことにする(南・前掲書58-59頁。下線筆者。同208-209頁も同旨)。 南教授の見解は、「理論上、判例上は総額主義が妥当するとしても、そのことから当然に、審判所の運営においても総額主義で行うということにはならない。理論と運営とは別個の問題である。」(南・前掲書208頁。下線筆者)という立場に立って、争点主義的運営の本質を、審理のための調査の問題(「調査の入り方、調査の範囲とその程度の問題」)として捉えるものと解される(南・前掲書35頁も参照)。同様の見解は、松沢智教授も次のとおり説かれていたところである(同・前掲書128頁。下線筆者。なお、同頁は同書「第二章 審判の法理」の一部であるが、その章の副題は「国税不服審判所における争点主義的運営の本質」(同書125頁。下線筆者)である)。 争点主義的運営の本質のこのような捉え方は、前記の参議院大蔵委員会附帯決議において争点主義的運営と並んで不服審査における質問検査権の濫用防止が要請されていたことからして、その決議の趣旨に適合したものといえよう。この点について、南教授も「衆議院大蔵委員会の附帯決議には、直接、争点主義に関する決議はないが、・・・・・・、質問検査権の行使に関する決議など、その趣旨を窺わしめるものがある。」(同・前掲書57頁)と述べておられるところである(同附帯決議(案)に関する広瀬秀吉委員の趣旨説明(第63回国会衆議院大蔵委員会会議録第8号(昭和45年3月4日)。国立国会図書館国会会議録検索システムによる参照)も参照)。 ここで不服審査における質問検査権の濫用というのは、国税不服審判所の機能に関する「見直し機能説」に基づく質問検査権の行使について問題になるものと解される。すなわち、この説は、「国税不服審判所も国税庁に属している以上は、単に納税者の権利保護を目的とするのみならず、むしろ上級庁の監督権の行使としての原処分の見直しの性格をもつものである」(松沢智『租税手続法』(中央経済社・1997年)336頁)と説き、「総額を探索しようと意図するから、積極的に争点外事項をも調査して、その結果原処分を上回る所得を発見したとして現に審査請求を棄却することも少なくない。」(同339頁)と説くが、そのように「総額を探索しよう」として「積極的に争点外事項をも調査」することが、不服審査における質問検査権の濫用を意味するものと解されるのである。 不服審査における質問検査権の濫用防止の要請は、国税通則法97条1項が平成26年6月改正前は、調査申立権を審査請求人にのみ認め原処分庁には認めていなかったことによっても担保されていたと考えられるが、同改正後は、原処分庁を含む審理関係人(92条の2括弧書)に認められることになったので、この改正を上記要請との関係でどのように評価すべきかが問題となる。この問題については以下のように考えるところである。 上記の改正については次の説明(宇賀克也『解説 行政不服審査法関連三法』(弘文堂・2015年)205-206頁。太字原文・下線筆者)がされている。 この説明は、「改正行政不服審査法には、かかる規定[=原処分庁の調査申立権に係る規定]はないが、これは、処分庁が審査庁となる場合はもとより、処分庁に上級庁がある場合にも最上級行政庁が審査庁となるのが原則であるため、あえて処分庁による調査申立権を規定する必要はないと考えられたからである。処分庁による調査申立権にかかる規定が整備法で新設されたのは、改正後の国税通則法97条1項のみであるが、これは、・・・・・・[=上記引用文]」(宇賀・前掲書205頁)との叙述に続く説明であることからすると、国税通則法97条1項の前記改正は、国税不服審判所が原処分庁の上級行政庁ではなく、原処分庁の属する執行機関としての国税庁からは一定の独立性を有する裁決機関であることを考慮した改正であると解される。その改正では、争点主義的運営との関係は考慮されていなかったように思われる。 とはいえ、原処分庁が審査請求人の主張する争点及び争点関連事項とは異なる争点及び争点関連事項について調査を申し立てた場合には、国税通則法97条1項がその申立権を原処分庁にも認めている以上、担当審判官としては、当該争点及び争点関連事項について質問検査権を行使しないわけにはいかないであろうが(不服審査基本通達(国税不服審判所関係)97-1も参照)、そうすると、国税不服審判所の審理が「新たな調査は争点で、審理は総額で」という方式ではなく「新たな調査も審理も総額で」という方式で運営されることになりかねない。このような結果は、争点主義的運営の要請に対する制約、場合によってはその放棄につながるおそれがあるといえよう。 確かに、前記の平成26年改正前の国税通則法97条1項は調査申立権の点で「一方審理手続的色彩」(南・前掲書38頁)を帯びた規定であり、同改正はこのことを「審理手続における当事者間の公平の確保等の観点」(前掲囲み内引用文)という当事者主義の観点から是正したとはいえよう。しかもこのような当事者主義の拡充が、国税不服審判所の独立性の強化(これについては次回検討する)と相俟って、国税不服審判所の準司法機関的な性格を強め納税者の権利救済に寄与するものであるとはいえよう(松沢・前掲『租税手続法』336頁参照)。その意味及びその限りで、「特に審理手続においては、行政機関としての審判所に司法原理を導入せしめて行政原理と司法原理を妥当に調和させ理想的な審判制度を確立させようとした[国税不服審判所創設]当初の意図」(同334頁。下線筆者)が達成されたといってよいかもしれない。 しかし、そもそも、「職権主義・当事者主義の問題は審理の主体性に関するものであるから、これも両者[=職権主義・当事者主義と総額主義・争点主義]に相似性があるからといって、適用上争点主義をとって調査の範囲・限界を画することとは、次元を異にする問題とおもわれる」(松沢・前掲『租税争訟法』58頁。下線筆者)という指摘は正鵠を射たものであろう。これに加えて、国税通則法97条1項の平成26年改正が争点主義的運営の要請に対する制約、場合によってはその放棄につながることになれば、その意味及びその限りでは、同改正は審理手続において「行政原理と司法原理を妥当に調和させ」たとはいえないことになろう。同改正後も、争点主義的運営の要請の実現のためには、やはり不服審査における質問検査権の濫用防止の要請を担保する必要があることに変わりはないと考えるところであるが、その担保措置については行政原理の観点からの検討が重要であるように思われる。 「争点主義的運営とは、争点及び争点関連事項以外には調査を差し控えるという運用上の制約を審判所自ら課しているのであるから、これを否定することは審判所の自殺、、といえよう。」(松沢・前掲『租税手続法』339頁。傍点原文)という松沢智教授の警鐘は、今日においても傾聴すべきものである。その意味で、南教授や松沢教授の前記の見解は今日においても妥当な見解として支持すべきものである。両教授は争点主義的運営の本質を、審理のための調査の範囲・限界の問題として捉えられた上で、担当審判官による質問検査権の行使が原処分のいわば「見直し調査」になることを防止すべきであるという問題意識に基づき、争点主義的運営の要請を行政原理の観点から展開されたものと解することができよう。 なお、前回は最後に、再調査の請求について、再調査の制限(税通74条の11第5項)という行政原理の観点から、一種の争点主義的運営の要請を定立し、再調査の請求と国税不服審判所に対する審査請求を争点主義的運営による権利救済手続という同一平面上に位置づける考え方を述べたが、筆者のこのような考え方は、「審査請求段階の国税不服審判所のみならず、異議申立て段階の税務署等の不服申立てにおいても」不服審査における質問検査権の濫用防止を要請していた前記の参議院大蔵委員会附帯決議の趣旨に適合するものであろう。また、南教授や松沢教授の前記の見解の延長線上に位置づけることもできるように思われる。 (了)
#610(掲載号)
#谷口 勢津夫
2025/03/13
国際課税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

国際課税レポート 【第12回】「先行き不透明なデジタル国際課税(利益A・デジタルサービス税)の動向」

国際課税レポート 【第12回】 「先行き不透明なデジタル国際課税 (利益A・デジタルサービス税)の動向」   税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員   1月公表「米国大統領令」のインパクト 先月の国際課税レポートでは、本年1月20日に大統領に返り咲いたトランプ氏が、就任して直ちに公表した国際課税についての前例のない大統領令を取り上げた。そこではOECDのグローバルタックスディールからの離脱と、財務長官に対し、外国による差別的・域外適用的な税制をリストアップし、かかる課税から米国の利益を守るための「保護的な措置」の選択肢とともに、大統領に報告することを命じている点について述べた。 これにより、残念ながら2021年10月のOECD/G20・BEPS包摂的枠組みによる「2つの柱」実施への試みは、停滞ないし将来不安に見舞われることとなった。 当面のヤマ場はスコット・ベッセント財務長官がトランプ大統領に報告する差別的・域外適用的な税制リストであり、特に、そこに日本の措置の名前があるかどうかだ。報告期限は60日後の3月22日だが、実際には4月2日になるという情報もある。この点については米国からの追加の情報発表を待つ必要がある。 それでは、第1の柱「利益A」多国間条約によって一定の解決がなされるはずだったデジタル企業の利益に対する課税(施設がなくても事業展開できる問題があった)と、欧州等で導入国が拡大し米国の隣国であるカナダも導入したデジタルサービス税(DST)の廃止は、今後どうなるのだろうか。 今回はこの点について、あらためて状況を整理してみたい。   BEPSプロジェクトに向けた各国の温度差 2013年にOECDがBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを立ち上げた背景には、デジタル化経済において、物理的な存在を必要としないテクノロジー企業への国際課税ルールを見直したいという各国の意向があった。デジタル経済への税の対応は、15のテーマの1番目に位置付けられた(Action1:Addressing the Tax Challenges of the Digital Economy)。 しかし、すべての国がこのプロジェクトに対して前向きだったとは言い難い。つまり、米国のテクノロジー企業・多国籍企業によるアグレッシブな租税回避スキームが報道され、市民の関心を集めていた欧州各国が意欲的であった。 こうした各国の温度差も背景に、2015年のBEPS最終報告書はデジタル経済についての課税について合意には至らなかった。合意に失敗した背景の1つには、民主党オバマ政権下(当時)の米財務省が、米国企業が生み出した利益に対する課税権を渡すことを拒否したことにあった(米専門誌報道による)。   利益AとDST 「利益A」と「デジタルサービス税」は、互いに共存できないペアだ。 【表1】に、第1の柱「利益A」多国間条約とデジタルサービス税をめぐる動きをまとめた。 【表1】第1の柱「利益A」多国間条約とデジタルサービス税をめぐる動き(未定稿) (出所)財務省資料、OECD資料等から筆者作成 上表で分かるように、第1の柱「利益A」をめぐる国際的な議論の進展の背景には、欧州を中心とする各国が「独自の措置」として導入したデジタルサービス税(DST)の動きがある。 デジタルサービス税は、欧州各国が租税条約に抵触しないよう、「売上税」(間接税)という外形をまとい、国際協調によるのではなく、「独自の措置」として導入された税制である。課税の根拠についての理論はあるが(※1)、EUやOECDの議論において、こうした理論やポリシーをめぐり突っ込んだ議論が行われた形跡をうかがうことはできない。 (※1) 渡辺徹也「BEPS多国間条約の進展とデジタルサービス税に関する動向」参照(東京財団政策研究所「【政策研究】具体化する国際課税改革の展望・提言」収録)。 第1次トランプ政権(2017-2021年)は、フランスが導入したデジタルサービス税に対し、米国企業を狙い撃ちにした差別的な税であるとして、関税による報復に動いた。 その後、2021年1月に誕生した民主党バイデン政権は2021年10月、G20/OECD包摂的枠組みにおいて「2つの柱による解決策」に合意し、その後「利益A」実施のための多国間条約の作成・署名・発効に向けた努力が続けられてきた。 しかし、2025年3月現在、利益Aのための多国間条約は、条文すら採択することができていない。   今後の展望ー米国抜きの進展や修正の可能性はあるか 2025年1月、OECD(BEPS包摂的枠組み共同議長)が公表したステートメントによると、利益Aの多国間条約の条文の採択に反対したのは1ヶ国のみであり、その理由も条文に問題があるというものではなく、利益B(移転価格税制の簡素化のためのマトリクス)の適用をめぐる意見の相違であった(1ヶ国は、名指しはされていないが米国のことだ)。 それでは、米国の参加がなくても利益Aの条約に各国が参加し、進展する可能性はあるだろうか。 これはあり得ないことが明確といえよう。 それには次の3つの理由がある。 1つ目が、デジタル経済で大きな存在感をもつ米国多国籍企業の存在だ。 多国間条約ドラフト(合意未済)第48条において、条約の発効には30ヶ国、600ポイント以上のポイントを持つ国の批准(議会による承認)が必要とされており、ポイントの合計は999なので、仮にポイントを割り当てられている米国以外のすべての国が批准したとしても、486ポイントを持つ米国が承認しなければ、条約は発効しない。 なぜこのようなバランスを欠いた規定が採用されたのか。背景には、デジタル経済の課税において、米国多国籍企業の存在が大きいことがある。米国が対象にならなければ、利益Aの多国間条約によるデジタル企業の課税利益再配分の意味はない。このことは米国、そして多くの大規模多国籍企業(ここではグループの売上規模7.5億ユーロ超の多国籍企業を指す)を擁する国が参加しない国際課税ルールは意味をなさないし、「国際合意」と呼ぶこともできないことを意味している。 2つ目として、利益Aが、いわゆるグローバルサウスの国々の支持を得られる見込みが薄いという点である。 税収の観点からみると、仏、英など欧州各国においては利益Aの方がデジタルサービス税より有利であり、インドやケニアにおいてはデジタルサービス税の方が大きい可能性があるからだ。【図1】に欧州の研究機関であるEU Tax Observatoryの推計を示す。「青」は利益Aによる税収の推計額を、「オレンジ」は各国が導入したデジタルサービス税の税収を表す(税収をめぐる問題については本連載【第5回】を参照)。 【図1】主要国にとっての利益Aとデジタルサービス税の税収(推計) (注) 税収への貢献の観点からDSTとAmount A(推計)を比較すると、英、仏ではAmount Aの方が大幅に有利であり、伊、スペインも小幅だが同様。インド、トルコはAmount Aは税収的に不利。また、インドのDST(平衡税)税収は2.35億ユーロ(2021)である一方、Amount Aでは▲0.23億ユーロ(2020)と見積もられている。 (出所) Kane Borders et al(2023)「Digital Service Taxes」EU Tax Observatory,Figure 10、15頁 そして、最も大きな3つ目の問題は、「利益A」を米国が多国間条約に参加しないまま課税することは、米国との租税条約違反になるという点である。   デジタルサービス税をめぐる重い宿題 「利益A」多国間条約の停滞(失敗と呼んだ方が実態に近いという有力な指摘がある)(※2)の影響は、国際合意に基づくテクノロジー企業の課税の停滞を招くだけにとどまらない。「既存のデジタルサービス税をどう扱うのか」という、直ちに対応を迫られる重い宿題も残ることになる。 (※2) 包摂的会合共同議長やOECD関係者は、各国は金額Aの詳細(範囲、基準値、計算式、配分)について合意していると説明している。しかし、条約のテキストの公表には至っていない。また、廃止すべきデジタルサービス税の定義について、米国企業等を納得させることに十分成功していない。 欧州等のデジタルサービス税に対する米国の具体的な対応は、冒頭紹介した3月末における米国財務長官から大統領へのレポートで明らかにされる見込みだ。 【図2】「第1の柱」の多国間条約案による廃止対象の既存措置 (出所) 財務省資料   現時点での教訓 デジタル経済に対応した国際課税ルールの変更に向けた努力について、現状は黄色信号がともったどころではなく、先が見通せない厳しい状況にある。 米国国際課税の教科書の執筆者であり、議会証言等でも活躍しているハーツフェルド教授は、「利益Aは、米国のテクノロジー企業の利益に対する課税権を歳入獲得に飢えている(hungry for a revenue)国々を満足させるための政治的妥協案にすぎず、どのようなルールが理にかなっているかという原則とポリシーに根差した議論が欠けていた」(※3)と指摘する。 (※3) Herzfeld, Mindy「Amount A Revise, Restart or Ditch?」Tax notes誌Mar.3, 2025 また、ハーツフェルド教授は次のような問題提起をしており、より深刻な内容といえよう。 利益Aの多国間条約の失敗や、米国が第2の柱のグローバルミニマム課税を拒否した現状を考えると、OECDがデジタル経済への課税に関する新たな計画を主導する組織としてふさわしいかどうかについて懐疑的な見方が強い。 EU以外の国が、米国が参加していない合意に達するための手段として、欧州主導の組織を利用することに疑いをもたないのかも疑問である。 OECD統計によれば、規模の大きな多国籍企業は世界に8,000社あり、うち米国に1800、日本に900、中国に760、香港に230存在している。一方、欧州のG7国(独、仏、伊)を合計しても800社程度にしかならない。長期間安定する必要がある国際課税ルールの策定には、多数の多国籍企業を擁する国々の参加が重要だ。 筆者は、市場も資源も限られている日本にとっては、多国籍企業がグローバルかつ自由に活躍できることが重要であり、国際課税の安定はそのために極めて重要であると考えている。このため、国際課税ルールの安定や予測可能性、そして、コンプライアンスコストが過重なものとならないことが大切であると訴えてきた。 しかし、現状を鑑みると、残念ながら、そのような安定的な課税ルールを作ることに適した環境とは言い難い。利益Aをめぐる停滞は、これまで多くの時間を費やし、努力してきた各国関係者、そしてOECDのスタッフにとっては、個人レベルでも残念な出来事だろう。 しかし、当面は新たな成果を目指すより、現状を維持することに注力すべきだ。そうすることが、現時点においては多国籍企業に最低限の予測可能性を保証することにつながるのではないか。 (了)
#610(掲載号)
#岡 直樹
2025/03/13
税務 税務・会計 解説 解説一覧 財産評価

Q&Aでわかる〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第52回】「〔第5表〕個人と法人との間で権利金及び地代の授受がない場合における土地及び借地権の計上金額」

Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第52回】 「〔第5表〕個人と法人との間で 権利金及び地代の授受がない場合における 土地及び借地権の計上金額」   税理士 柴田 健次   Q 経営者甲(令和7年3月15日相続開始)が100%保有している甲株式会社の株式を長男乙が相続していますが、甲株式会社は昭和50年に甲からA土地を使用貸借により借り受け、A建物(店舗)を建築し、自己の事業の用に供しています。甲株式会社はA土地の固定資産税相当額を甲に支払っています。 また、甲は平成30年に甲株式会社からB土地を使用貸借により借り受け、甲名義でB建物(アパート)を建築し、第三者に賃貸しています。甲はB土地の固定資産税相当額を甲株式会社に支払っています。 A土地及びB土地の概要及び相続開始年における自用地としての相続税評価金額は、下記の通りです。 ■A土地及びB土地の概要 ■相続開始年における土地の自用地としての相続税評価金額 ・A土地及びB土地は普通住宅地区であり、借地権割合は60%の地域に該当します。 ・A土地及びB土地の地域は、昭和40年ぐらいから権利金の授受が行われています。 ・A土地及びB土地はそれぞれ使用貸借ですが、無償返還に関する届出書は提出されていません。 甲株式会社の株式価額の算定上、上記A土地及びB土地の相続税評価について第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の資産の部に計上する相続税評価額は、いくらになりますか。 A 第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の相続税評価額は、下記の通りとなります。  ◆  ◆  ◆ (1) 使用貸借取引の意義 使用貸借は、当事者の一方がある物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって、その効力を生じ(民法593)、使用貸借において借主は、借用物の通常の必要費を負担します(民法595①)。固定資産税は通常の必要費となりますので、A土地及びB土地については、私法上は使用貸借取引となります。   (2) 借地権の認定課税 ① 借地人が「法人」の場合 法人が土地を賃借する場合において、借地権の取引慣行があるにもかかわらず権利金を支払わないときは、次のイ・ロに掲げる場合を除き、その法人に対して借地権の認定課税が行われます(法法22、法令137、法基通13-1-2、13-1-3、13-1-7)。 ② 借地人が「個人」の場合 個人が法人から土地を無償で賃借する場合には、上記①と同様に、借地権の認定課税の問題が生じます。すなわち、借地権の取引慣行があるにもかかわらず、個人が法人に権利金及び相当の地代を支払わず、かつ、無償返還に関する届出書の提出もない場合には、その個人は法人から借地権相当額の贈与を受けたものとみなされ、法人との関係性により給与所得、一時所得等が課税されることになります(所法36①②)。 なお、個人が個人から土地を無償で賃借する場合には、借地権相当額の贈与税課税(相法9)の問題が発生しますが、個人間の場合には、土地の使用貸借に係る使用権の価額はゼロとして取り扱われますので(「使用貸借に係る土地についての相続税及び贈与税の取扱いについて(昭和48年11月1日直資2-189(例規)等(最終改正:令和3年4月1日課資2-2)」通達1)、課税関係は発生しません。   (3) 借地権の認定課税をめぐる改正経緯 法人の借地権の認定課税は、昭和30年の前半から問題とされるようになりましたが、当時は、権利金に種々の性質のものがあること、権利金の慣行が一様ではないことから、どのような場合に認定課税が行われるのか明確ではなく、個々の取引に応じて審理がなされていました。 親子会社等の間で権利金を収受しない場合の権利金課税の問題等が昭和36年12月の税制調査会においても審議され(「税制調査会答申及びその審議の内容と経過の説明」)、昭和37年の法人税法施行規則の改正及びその取扱通達により、借地権課税が整理されました。 その内容は、相当の地代を収受している場合には借地権の認定課税がされない一方、権利金等の取引上の慣行がある場合において通常収受するべき権利金又は相当の地代を収受していない場合には、借地権の認定課税を行うことが明確化されました。 ところで、個人から法人への使用貸借があった場合には、昭和55年の法人税基本通達の改正で土地の無償返還に関する届出書の制度が導入される以前においては、「営利を追求する法人を当事者とする使用貸借はありえず、使用貸借を擬制とする賃貸借取引において賃料が免除された」という解釈により、借地権の認定課税の対象とされていました。 これが昭和55年における法人税基本通達の改正により、通常収受するべき権利金又は相当の地代を収受しない土地の賃貸借取引又は使用貸借取引がある場合において、借地権の設定等に係る契約書において将来借地人等がその土地を無償で返還することが定められており、かつ、その旨を借地人等との連名の書面により遅滞なく土地所有者の納税地の所轄税務署長(国税局の調査課所管法人にあっては、所轄国税局長)に届け出たときは、借地権の認定課税は行われないこととなりました(法基通13-1-7)。 この通達は、昭和55年12月25日以後の土地の賃貸等に適用されていますが、同日前の土地の賃貸等については経過的な取扱いとして、借地権の認定課税が行われていない場合(認定課税の除斥期間を経過しているものを含む)において、この通達の適用を受けることにつき遅滞なくその旨の届出を行っている場合には、上記の通達の適用を受けることができるものとされています(法基通の経過的取扱い(8)借地権の設定等に伴う所得の計算に関する改正通達の適用時期等(1))。   (4) 借地権の財産評価 借地権の価額は、その借地権の目的となっている宅地の自用地としての価額に借地権割合を乗じて計算した金額によって評価します(財産評価基本通達27)。 この借地権割合は、国税庁ホームページの路線価図や評価倍率表に表示されています。   (5) 貸宅地の財産評価 借地権の目的となっている宅地の価額は、自用地としての価額から借地権の価額を控除した金額によって評価します(財産評価基本通達25)。   (6) 本問への当てはめ ① A土地について 借地契約を設定した昭和50年当時は権利金収受の慣行があるため、本来であれば相場の権利金を支払うか又は相当の地代を支払う必要があり、いずれも該当しない場合には、借地権の認定課税の問題が発生します。 借地権を認識しない場合には、その後の昭和55年の法人税基本通達の改正により土地の無償返還に関する届出書を提出するべきところ、その提出もされていないことから、法人に借地権があるものとして財産評価を行うことになります。 したがって、A土地の借地権の価額は「自用地評価額(50,000千円)×借地権割合(60%)」により評価します。 ② B土地について 借地契約を設定した平成30年当時は権利金収受の慣行があるため、本来であれば相場の権利金を支払うか又は相当の地代を支払う必要があり、いずれも該当しない場合で使用貸借であれば、土地の無償返還に関する届出書を提出する必要があります。 本問の場合には、その届出書の提出もされていないため、個人に借地権があるものとして財産評価を行います。個人は借地権を有するものとして財産評価を行いますので、法人では貸宅地評価を行うことになります。 したがって、B土地の貸宅地の価額は「自用地評価額(40,000千円)-借地権価額(40,000千円×60%)」により評価します。   ☆実務上のポイント☆ 無償返還に関する届出書の提出期限は遅滞なくとされており、相続開始前に無償返還に関する届出書の提出を検討することが重要です。 無償返還に関する届出書を後日提出した場合の有効性については、本連載の【第22回】で解説しています。 (了)
#610(掲載号)
#柴田 健次
2025/03/13
消費税・地方消費税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〈適切な判断を導くための〉消費税実務Q&A 【第7回】「国内事業者に対するプラットフォーム課税の影響」

〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第7回】 「国内事業者に対するプラットフォーム課税の影響」   税理士 石川 幸恵   【Q】 令和7年4月よりプラットフォーム課税が導入されると聞きました。国内の事業者にはどのような影響があるでしょうか。 【A】 国内の事業者にとって主に以下の点が関係します。 プラットフォーム課税は、国外事業者がデジタルプラットフォームを介して行う消費者向け電気通信利用役務の提供で、かつ、特定プラットフォーム事業者を介してそのサービスの対価を収受する取引を対象としています。令和7年4月1日以後、その特定プラットフォーム事業者がその取引を行ったものとみなして申告・納税を行うことになります。 本稿執筆現在、4社が特定プラットフォーム事業者と指定されており、国税庁のホームページで公表されています。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ 平成27年度の税制改正で電気通信利用役務の提供に関する課税関係が整備された。電気通信利用役務の提供の受け手の立場から、今回のプラットフォーム課税の導入と併せて課税関係等を整理しておきたい。   1 電気通信利用役務の提供の例示 電気通信利用役務の提供とは、電気通信回線(インターネット等)を介して国内の事業者・消費者に対して行われる電子書籍の配信等の役務の提供をいう。 電気通信利用役務の提供に該当する取引の具体例は以下のとおりである。 これらの取扱いは「事業者向け」か、いわゆる「消費者向け」(事業者向け以外)かにより次のように分けられている。 クラウド上のソフトウェア利用やデータベース利用、電子データ保存については、契約の内容を確認して事業者向けか消費者向けかを判断する必要があろう。   2 プラットフォーム課税の仕組み プラットフォーム課税は、消費者向け電気通信利用役務の提供が対象となる。国外事業者が行った日本国内へのアプリ配信等につき、プラットフォーム事業者が行った取引とみなして、プラットフォーム事業者に消費税の申告・納税義務を課す。 本稿執筆現在、特定プラットフォーム事業者として登録されているのは次の指定要件(制度開始時につき経過措置あり)に該当した4社のみである。 該当した事業者は、その課税期間の消費税の確定申告書の提出期限までに指定届出書を提出する必要がある。指定届出書の提出があった場合、国税庁長官はプラットフォーム事業者として指定し、提出期限から6ヶ月を経過する日の属する月の翌月の初日に指定の効力が生ずる。   3 国内事業者への影響 プラットフォーム課税の国内事業者への影響は限定的と考えられる。 ただし、これまで国外事業者からの電気通信利用役務の提供としてインボイスの交付がなかった取引では今後、特定プラットフォーム事業者からインボイスが交付される可能性がある。サブスクリプション等、継続的に支払っているものについて課税仕入れへの変更がないか確認されたい。 (了)
#610(掲載号)
#石川 幸恵
2025/03/13
税務 税務・会計 解説 解説一覧

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第63回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第63回】   東洋大学法学部准教授 泉 絢也   24 ビットコインETFと分離課税(その8):まとめ これまで、米国のビットコインETFのうちBitwise Bitcoin ETFを取り上げ、日本の居住者が本信託に係る本件持分を米国の市場で購入し、譲渡した場合(冒頭の第3のルートを通った場合。本連載第49回参照)に、分離課税に係る本件分離課税特例が適用される可能性があるという見解を述べた。 このような見解が正しいとすると、米国のビットコインETFが日本の分離課税の議論に与える影響は過小評価できない。特に、現物の暗号資産と国内で組成等される暗号資産ETFの譲渡も同様に分離課税の対象とすべきという観点、あるいは、逆に、いずれも分離課税の対象とならないように法整備するという観点から議論がなされる可能性が高まるのではないか。暗号資産デリバティブへの分離課税の適用や、現物の暗号資産、暗号資産ETFの取扱いとの整合性も議論になりうる。 もっとも、これまで考察してきたところによれば、上記のルートは決して平坦なものではなく、特に、本信託が「受益権を表示する証券を発行する旨の定めのある信託」(法法2二十九の二イ)に該当するかという点が課題となりうる。ここでいう証券を「財産法上の権利義務に関する記載のされた紙片」に限定する解釈を採用するならば、受益権を表示する「紙片」を発行する旨の定めがない本信託は上記信託に該当しないことになる。 他方で、本連載では、そのような解釈を採用することには問題があること及び「受益権を表示する証券を発行する旨の定めのある信託」には、少なくとも社債等振替法の振替制度に類似した振替式を採用し、(電磁的方式により)受益権を発行する定めのある外国信託も含まれるとする見解が解釈論として検討に値することを指摘してきた。 このような指摘が正しいことを前提とするならば、本信託は法人課税信託に該当し、本件分離課税特例が適用されるという第3のルートの視界が開けてくる。 もっとも、次のような点に議論の発展性を見いだすことが可能であるし、さらに検討すべき余地も存在することを見過ごすことはできない。 ③に関連して、本信託の日本法における信託、外国投資信託、外国投資法人等該当性について参考となる議論を紹介する。 外国のファンドが、投信法上の外国投資信託と、同法2条25項の外国投資法人(外国の法令に準拠して設立された法人たる社団又は権利能力のない社団で、投資証券、新投資口予約権証券又は投資法人債券に類する「証券」を発行するもの)の中間的性格を持っている場合、いずれに該当するかが問題となる。 この点について、明確な指針があるわけではないため、どちらに、より似ているかという観点から判断するほかないが、米国マサチューセッツ州のビジネストラストや米国デラウェア州の法定信託は、投資法人に類するガバナンス組織を有しているものの、信託として組成されていることなどから伝統的に外国投資信託として取り扱われているという指摘がある(本柳祐介「外国ETF・外国ETFJDRの上場に関する法的論点と実務」商事法務2034号39頁参照)。 また、次のような見解も示されている(長島・大野・常松法律事務所編『アドバンス 金融商品取引法〔第3版〕』19~20頁(商事法務、2019)参照)。 また、次のような指摘もある(平川雄士「借用概念論に関係する国際的企業租税実務上の諸問題」金子宏編『租税法の発展』361~362頁(有斐閣、2010)参照)。 なお、財務省のホームページでは、振替国債等の利子の課税の特例(措法5の2)の適用要件を満たす適格外国証券投資信託に、このFonds Commun de Placementが含まれることが明らかにされている。同特例の外国投資信託も投信法2条24項の外国投資信託である。 上記のような指摘や見解に触れると、本信託の日本法における信託、外国投資信託、外国投資法人等該当性については、さらに精査をする余地があるのではないかという疑念が強まる。特に、本信託が信託ではなく、法人又は人格のない社団等に該当することにより本件分離課税特例の適用が肯定されるようなルートの探索も必要かもしれない。   (了)
#610(掲載号)
#泉 絢也
2025/03/13
会計 税務・会計 解説 解説一覧 財務会計

2025年3月期決算における会計処理の留意事項 【第2回】

2025年3月期決算における会計処理の留意事項 【第2回】   史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋   Ⅲ 法定実効税率 2024年12月27日に閣議決定された令和7年度税制改正大綱に、2026年4月1日以後に開始する事業年度から防衛特別法人税の創設が明記され、2025年2月4日に防衛特別法人税の導入を盛り込んだ税制改正法案が国会に提出された。 防衛特別法人税の導入が盛り込まれた税制改正法案が2025年3月31日までに国会で成立した場合には、2025年3月期決算から、当該防衛特別法人税を考慮して法定実効税率を算定する必要がある。 また、2025年3月31日に決算日を迎える企業の税効果会計に関する取扱いを明らかにするため、2025年2月20日にASBJより「補足文書「2025年3月期決算における令和7年度税制改正において創設される予定の防衛特別法人税の税効果会計の取扱いについて」(以下、「補足文書」という)」が公表された。 防衛特別法人税は2026年4月1日以後に開始する事業年度から適用される予定のため、一時差異等の解消時期に応じて、法定実効税率を使い分ける必要がある。具体的には、①2026年4月1日前に開始する事業年度中に解消する見込みの一時差異等については改正前の税率で計算した法定実効税率を使用し、②2026年4月1日以後に開始する各事業年度中に解消する見込みの一時差異等については改正後の税率で計算した法定実効税率(防衛特別法人税を織り込んだ法定実効税率)を使用することになる。   1 防衛特別法人税 防衛特別法人税は、以下のように計算される。 (※1) 基準法人税額とは、以下の制度を適用しないで計算した法人税額をいう。 (※2) 税額控除は、以下のとおりである。   2 補足文書「2025年3月期決算における令和7年度税制改正において創設される予定の防衛特別法人税の税効果会計の取扱いについて 防衛特別法人税は2026年4月1日以後に開始する事業年度から適用される予定であるため、2025年3月31日に終了する事業年度の決算にあっては、当期税金に係る影響はない(補足文書7)。 改正税法が2025年3月31日までに成立した場合、同日に決算日を迎える会社は、税効果会計の適用における2026年4月1日以後に開始する事業年度に解消が見込まれる一時差異等に係る繰延税金資産及び繰延税金負債の計算に際して、防衛特別法人税の影響を反映する必要がある(補足文書11)。また、法定実効税率は、以下の算式により算定する(補足文書13)。 防衛特別法人税の課税標準の計算において法人税額から基礎控除額として500万円を控除することが予定されているが、上記算式においては考慮されていない(補足文書13(注))。   3 法定実効税率 2026年4月1日以後に開始する事業年度から防衛特別法人税が適用される予定である。上述のとおり、一時差異等の解消時期に応じて法定実効税率を使い分ける必要がある。 ◎東京都で外形標準課税適用法人の場合 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ◎東京都で外形標準課税「不」適用法人の場合 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。   4 注記 (1) 影響額の注記 法人税等の税率が変更された場合、有価証券報告書において以下の注記が必要である(財務諸表等規則8の12③、連結財務諸表規則15の5③)。修正額を注記する必要があるため、改正前と改正後の法定実効税率による繰延税金資産及び繰延税金負債の金額を算定する必要がある。 なお、計算書類では、会社計算規則において、必ずしも上記の注記は求められていない。 (2) 負担率の注記 有価証券報告書においては、法定実効税率と負担率の差異の注記が必要である(財務諸表等規則8の12②、連結財務諸表規則15の5②)。そして、防衛特別法人税により、例えば、以下の差異が生じることから、これからの差異の影響について、差異の内訳項目として注記が必要か検討する必要がある。   Ⅳ 税制改正 2025年3月期決算における留意すべき税制改正として、以下が挙げられる。   1 賃上げ促進税制の見直し 令和6年度税制改正において、以下のとおり、賃上げ促進税制の見直しが行われている(財務省「令和6年度税制改正(令和6年3月発行)」3 法人課税(1)賃上げ促進税制の強化)。 (1) 賃上げ要件等 (2) 教育訓練費 人材投資や働きやすい職場づくりへのインセンティブを付与するため、教育訓練費を増やす企業への上乗せ措置の要件を緩和するとともに、子育てとの両立支援や女性活躍支援に積極的な企業への上乗せ措置が創設された(財務省「令和6年度税制改正(令和6年3月発行)」3 法人課税(1)賃上げ促進税制の強化)。 (3) 改正前後の概要 改正前と改正後の概要は、以下のとおりである。 (出所:財務省「令和6年度税制改正(令和6年3月発行)」P.5)   2 税制適格ストックオプションの適格要件の見直し 令和6年度税制改正において、スタートアップの人材獲得力向上のため、税制適格ストックオプションについて利用がしやすいように以下のとおり、改正が行われている。 (1) 年間権利行使価額の限度額の引上げ (2) 発行会社自身による株式管理スキーム 譲渡制限株式について、発行会社による株式の管理がされる場合には、証券会社等による株式の保管委託に代えて発行会社による株式の管理も可能となった。 (出所:経済産業省「ストックオプション税制」) (3) 社外高度人材に対するストックオプション税制 ストックオプション税制の適⽤対象者が、社内の取締役及び従業員等に加えて、⾼度な知識⼜は技能を有する社外の高度人材(外部協力者)にまで拡⼤された。 (出所:経済産業省「社外高度人材に対するストックオプション税制」) (4) 税制適格ストックオプションのまとめ 税制適格ストックオプションの適用を受けるためには、以下の要件を満たす必要がある。 (出所:経済産業省「ストックオプション税制」)   3 特定税額控除規定の不適用措置の見直し 令和6年度税制改正において、特定税額控除規定の不適用措置について、以下の見直しが行われた上で、その適用期限が3年延長された。 〈特定税額控除規定の不適用措置の判定フロー〉 (出所:国税庁「令和6年度 法人税関係法令の改正の概要」P.14)   4 交際費等の損金不算入制度の見直し 交際費等は平成18年度税制改正により、会議費相当とされる1人5,000円以下の飲食費は交際費等の範囲から除外され、全額損金算入されている。この5,000円以下の飲食費の金額基準について、会議費の実態等を踏まえ、令和6年度税制改正において、10,000円以下まで引き上げられた。 (出所:財務省「令和6年度税制改正(令和6年3月発行)」P.8)   5 第三者保有の暗号資産の期末時価評価課税の見直し 法人が保有する暗号資産のうち、活発な市場が存在するものについては、期末に時価評価し、評価損益は課税対象とされている。このうち、「自己」が発行した暗号資産で一定のものについては、期末時価評価課税の対象外とされているが、令和6年度税制改正において、「発行者以外の第三者」が継続保有する暗号資産についても、一定の要件の下、期末時価評価課税が不要とされた。 (出所:財務省「令和6年度税制改正(令和6年3月発行)」P.8)   6 グローバル・ミニマム課税 2021年10月にOECD/G20の「BEPS包摂的枠組み」において国際的に合意されたグローバル・ミニマム課税への対応が求められた。グローバル・ミニマム課税とは、年間総収入金額が7.5億ユーロ以上の多国籍企業を対象に、一定の適用除外を除く所得について各国ごとに最低税率15%以上の課税を確保する仕組みをいう。また、グローバル・ミニマム課税には、以下の3つのルールがある。 そして、令和5年度税制改正において、「各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税額」が創設され、IIRが法制化された。令和6(2024)年4月1日以後開始する事業年度の国際最低課税額に対する法人税から適用される。 他のルールであるUTPR及びQDMTTについては、OECDにおいて令和5年以降詳細が議論されるものは、国際的な議論を踏まえた結果、検討されることになり、令和7年度税制改正大綱に記載(下記、「Ⅴ 令和7年度税制改正大綱」参照)されている。 (出所:財務省「令和5年度税制改正(令和5年3月発行)」P.11) 国際最低課税額確定申告書を最初に提出すべき場合(一定の場合に限る)には、その対象会計年度終了の日の翌日から1年3ヶ月以内(適用初年度は1年6ヶ月以内)に国際最低課税額確定申告書を提出する。 また、特定多国籍企業グループ等に属する構成会社等である内国法人は、その特定多国籍企業グループ等の特定多国籍企業グループ等報告事項等(※)を各対象会計年度終了の日の翌日から1年3ヶ月以内(適用初年度は1年6ヶ月以内)に、e-Taxを使用する方法で、所轄税務署長に提供する。 (※) 特定多国籍企業グループ等に属する構成会社等の名称、国別実効税率、グループ国際最低課税額等の事項を税務当局に提供する制度として、情報申告制度が創設されている。具体的には、特定多国籍企業グループ等に属する構成会社等の名称、その構成会社等の所在地国ごとの国別実効税率、その特定多国籍企業グループ等のグループ国際最低課税額、特定の規定の適用を受けようとする旨及び特定の規定の適用を受けることをやめようとする旨等の事項を提供する。   7 外国子会社合算税制の見直し グローバル・ミニマム課税の導入により追加的な事務負担が生じること等を踏まえ、令和5年度税制改正において、外国子会社合算税制(CFC税制)について、①特定外国関係会社(ペーパーカンパニー等)の適用免除要件である租税負担割合の引下げ(30%⇒27%)、②書類添付義務の緩和等が行われた。   Ⅴ 令和7年度税制改正大綱 令和7年度の税制改正大綱のうち、特に重要なものとして以下が挙げられる。なお、防衛特別法人税については、「Ⅲ 法定実効税率」を参照されたい。   1 新リース会計基準に関する税制改正 (1) オペレーティング・リース 各事業年度にオペレーティング・リース取引によりその取引の目的となる資産の賃借を行った場合に、その取引に係る契約に基づきその法人が支払う金額があるときは、その金額のうち債務の確定した部分の金額は、その確定した日の属する事業年度に損金算入することとされた。つまり、従来から実質変更はない。 新リース会計基準では、オペレーティング・リースも原則、資産計上される。そして、会計上、期間に応じて減価償却費及び支払利息で費用計上されるが、税務上は、支払時に損金算入される。 そのため、会計と税務で差異が生じるため、税務調整が必要であり、かつ、税効果にも影響する。 〈オペレーティング・リースの処理〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) 所有権移転外ファイナンス・リースの減価償却 2027年4月1日以後に締結された所有権移転外リース取引に係る契約に係るリース資産の減価償却について、リース期間定額法の計算において取得価額に含まれている残価保証額を控除しないこととし、リース期間経過時点に1円(備忘価額)まで償却できる。 ただし、2027年3月31日までに締結された所有権移転外リース契約に係るリース資産(その取得価額に残価保証額が含まれているものに限る)については、2025年4月1日以後に開始する事業年度の償却方法につき改正後のリース期間定額法により償却できる。 (3) リース譲渡に係る収益及び費用の帰属事業年度の特例の廃止 リース譲渡に係る収益及び費用の帰属事業年度の特例は、廃止される。改正後は、リース資産の引渡し時に一括で譲渡損益を計上する。 ただし、2025年4月1日前にリース譲渡を行った法人の2027年3月31日以前に開始する事業年度において行ったリース譲渡について、延払基準の方法(同日後に開始する事業年度にあっては、リース譲渡に係る利息相当額のみを同日後に開始する各事業年度の収益の額とする方法に限る)により収益の額及び費用の額を計算することができる。また、2025年4月1日から2027年3月31日までの間に開始する事業年度において延払基準の適用をやめた場合の繰延リース利益額を5年均等で収益計上する(消費税は10年均等で資産の譲渡等の対価の額とする)ことができる。   2 グローバル・ミニマム課税 令和5年度税制改正において、以下のIIRは法制化されており、残りのUTPRとQDMTTについて、令和7年度税制改正大綱に記載された。 (出所:経済産業省「令和7年度(2025年度)経済産業関係 税制改正について」P.22)   3 外国子会社合算税制の見直し グローバル・ミニマム課税の更なる法制化により、対象企業への追加的な事務負担が生じること等を踏まえ、合算時期の見直しと申告書添付書類の簡素化が令和7年度税制改正大綱に記載された。 (出所:経済産業省「令和7年度(2025年度)経済産業関係 税制改正について」P.21) (了)
#610(掲載号)
#西田 友洋
2025/03/13
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〔会計不正調査報告書を読む〕 【第166回】株式会社ジェイ・エス・ビー「特別調査委員会調査報告書(開示版)(2024年11月21日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第166回】 株式会社ジェイ・エス・ビー 「特別調査委員会調査報告書(開示版)(2024年11月21日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社ジェイ・エス・ビー特別調査委員会の概要】   【株式会社ジェイ・エス・ビーの概要】 株式会社ジェイ・エス・ビー(以下「JSB」と略称する)は、1990(平成2)年7月、前身である株式会社京都学生情報センターで行っていた学生を主な対象とした物件の仲介業を引き継ぐ形で、設立。不動産賃貸管理事業を主たる事業とし、国内連結子会社9社を有する。 元代表取締役会長であり、調査時点では相談役である岡靖子氏(報告書上の表記はXa氏)。以下、「岡靖子相談役」と略称する)が自身の資産管理会社と合わせて発行済み株式の39.30%を有する大株主である。連結売上高69,529百万円、連結経常利益7,886万円、資本金4,336百万円。従業員数1,156名(2024年10月期実績)。本店所在地は京都府京都市下京区。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人は、有限責任監査法人トーマツ京都事務所(以下、「監査法人トーマツ」と略称する)。   【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 2024年5月頃、JSB常勤監査役の岡田健一氏(報告書上の表記は「Xk氏」。以下「岡田常勤監査役」と略称する)に、当時、専務取締役であった小菅香織氏(報告書上の表記は「Xd氏」。以下「小菅元専務」と略称する)が海外視察・研修に家族を同伴し、その費用を会社に負担させているとの情報が入った。岡田常勤監査役は当該情報を監査役会で共有し、調査を開始したところ、7月には、別途、同趣旨の通報もあったことから更に調査を行い、8月30日の臨時監査役会において、9月13日に開催される定時取締役会において調査内容の報告を行うことを決議した。 9月13日開催の定時取締役会の席上、岡田常勤監査役は、会社法382条に基づく監査役の報告として、小菅元専務が親族の旅行代金等の私的な費用のために経費を不正に使用した疑いが生じた旨を述べ、出席者に対して「専務取締役による経費不正使用の疑いについて」と題する資料を用いて説明を行った。 次に、事前に情報共有を受けていた取締役会議長で、代表取締役社長の近藤真彦氏(報告書上の表記は「Xc氏」。以下、「近藤社長」と略称する)は、JSBから独立した中立かつ公正な外部専門家並びに独立社外取締役及び独立社外監査役で構成される調査委員会を設置し、小菅元専務の経費使用に関する事実調査を実施する旨を内容とする議案を上程し、上記疑いに関し、小菅元専務に意見・反論を求めた上で採決した。 採決の結果、利害関係を有することから決議に参加しなかった小菅元専務のほか、鈴木康之社外取締役(報告書上の表記は「Xh氏」。以下「鈴木社外取締役」と略称する)及び同日の取締役会を欠席した白石徳生社外取締役(報告書上の表記は「Xg氏」。以下「白石社外取締役」と略称する)以外の取締役が上記議案に賛成し、同議案は承認可決され、特別調査委員会が設置された。 2 特別調査委員会が認定した事実関係による調査結果の概要 (1) 調査結果の概要 特別調査委員会は、調査の結果、2019年8月から2024年8月までの期間において、小菅元専務の家族の旅費をJSBが負担した出張、視察旅行、慰安旅行等が計18件あり、JSBが負担した金額は総額で1,600万円にあがること、また、18件のうち6件では、他の取締役の家族の旅費についても、JSBが負担した金額が総額で300万円であったとした。 さらに、特別調査委員会は、JSBが保管している金券類及びワインセラーの在庫棚卸しを実施した結果、小菅元専務が管掌する秘書室において、簿外資産として、総額1,300万円(計4,900枚)の旅行券・QUOカード・商品券等及び総額3,200万円(計784本)のワインが存在していたことを確認した。 (2) 小菅元専務の家族の交通費及び宿泊費としてJSBが支出した金額 特別調査委員会が、小菅元専務の家族の交通費及び宿泊費をJSBが負担したと認定した18の事案は、次表(筆者作成)のとおりである。うち3事案については、秘書室が簿外資産として管理していた旅行券を使用したため、JSBの稟議起案や経費申請は存在しておらず、1事案については、第三者の航空券を購入すると偽った稟議起案が行われている。なお、稟議申請には、取締役の家族が参加するという事実にはまったく触れていない。 小菅元専務以外の取締役等で、家族を帯同した記録が残っているのは、岡靖子相談役、元代表取締役社長の田中剛氏(報告書上の表記は「Xb氏」。以下、「田中元社長」と略称する)、近藤社長、林健児取締役(報告書上の表記は「Xe氏」。以下、「林取締役」と略称する)、山本貴紀取締役(報告書上の表記は「Xe氏」。以下、「山本取締役」と略称する)及び元取締役の金井宏之氏(報告書上の表記は「Xn氏」。以下「金井元取締役」と略称する)の合計7名であり、白石社外取締役は、事案18において、小菅元専務による家族分の航空券購入を隠蔽するために、名前が利用されていたことが判明している。 〈表:特別調査委員会により小菅元専務による経費の私的使用が認められた事案〉 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (3) 簿外資産として保管していた金券類 特別調査委員会が、JSB経理部の協力を得て、秘書室による旅行券・商品券・QUOカード等の金券類の購入データを抽出したところ、調査対象期間において合計20,357,498円の金券類の購入履歴があるとの報告を受けた。これら購入履歴に関する会計上の勘定科目は、主に接待交際費(手土産・お歳暮・お中元等)、福利厚生費(社員旅行や懇親会等の社内行事の景品等)、広告宣伝費(CSR活動の景品等)等である。 調査期間中、JSB事務局により、秘書室の執務室の戸棚内に保管している金券類の在庫棚卸しを実施した結果、総額13,213,500円(枚数合計4,900枚)の簿外在庫の存在が確認された(2024年9月25日時点)。 特別委員会の調査によれば、秘書室において簿外の金券類が発生した主たる要因として、秘書室が、接待交際費、福利厚生費、広告宣伝費等として金券類を購入する際に、小菅元専務の指示又は意向を受けて、実際に必要と見込まれる数量を大きく上回る過剰な数量を申請して購入していたため、使用されなかった分が簿外資産となっていた。こうした簿外の金券類のうち一部の旅行券は、上記(2)の18事案のうち3事案で、小菅元専務の家族が帯同した出張等の費用に充当されていた。 (4) 簿外資産として保管していたワイン 特別調査委員会の指示を受けて、JSB事務局が、JSBが所有しているワインセラー6箇所について、ワイン在庫の棚卸しを実施した結果、JSBが所有するワイン在庫の本数は合計2,783本であり、購入価格にして合計39,656,867円分であることが確認された。このうち、JSBの帳簿に計上されているのは1,999本(合計7,274,302円分)のみであり、それ以外の784本、購入価格にして合計32,382,565円分が、簿外の資産となっていることが判明した(2024年10月31日時点)。 特別調査委員会の調査によれば、秘書室において簿外のワイン在庫が発生した要因として、接待・贈答に際して必要と見込まれる数量を上回る数量を申請して購入したり、接待先・贈答先が具体的に決まっていないにもかかわらず、特定の接待・贈答に使用することを前提に稟議申請して購入したりしていたため、実際には使用されなかったワインが簿外の在庫として蓄積していったものである。 3 特別調査委員会による発生原因・要改善点(調査報告書96ページ以下) 特別調査委員会は、発生原因を次の5項目にまとめている。 ここでは、JSBに特有の事情である、「(3)オーナー企業意識の残存によるコーポレートガバナンス上の問題」に関する特別調査委員会の指摘事項を確認しておきたい。 まず、「(3)オーナー企業意識の残存によるコーポレートガバナンス上の問題」について、特別調査委員会は、小菅元専務が取締役になる以前から、家族同伴の旅行等について決裁資料にその旨を記載することなく損金処理する運用が存在し、家族同伴について会社法上及び税法上とるべき手続をとっていないなど、小菅元専務に限らず過去及び現在の常勤取締役らの対応に一様に問題があったといわざるを得ないとしたうえで、その原因は、JSBのかつての代表取締役兼大株主(報告書上の表記は「u氏」。2013年5月に逝去した元代表取締役会長兼社長の岡正人氏。以下「岡元会長兼社長」と略称する)との約束や、その後継となった者による容認があれば、あるいは他の常勤取締役が承認していれば、会社法・税法上問題があるとしても許されるというコーポレートガバナンスを軽視する意識が、2017年7月の上場から7年以上を経過した現在においても、JSBの常勤取締役らに色濃く残存していることに由来するものと思われると断じている。 さらに、特別調査委員会は、調査開始後の9月17日及び10月29日において、岡靖子相談役が、社内調査を中心的に実施した岡田常勤監査役を社外のホテルや喫茶店に呼び出し、近藤社長を除く常勤取締役(小菅元専務、林取締役及び山本取締役)同席の上で面談を行った事実を確認するとともに、10月29日の面談では、岡靖子相談役が、岡田常勤監査役に対して、小菅元専務の家族同伴での出張等は全取締役の共通認識であり不正ではなく、監査役会の調査は不十分であったことを指摘し、その経緯の確認、あるいは反省を求める趣旨の発言をしたことを確認したとして、相談役の肩書きを有するとはいえ、大株主である岡靖子相談役がこうした介入を行うこと自体、コーポレートガバナンス上適切でないことは論を俟たないと批判したうえで、会合に出席した小菅元専務、林取締役及び山本取締役においては、法令の規定を詳細に検討せずとも、JSBの多くの一般株主の存在を念頭に置けば、少なくとも取締役の家族同伴に伴う支出が、岡元会長兼社長との約束、あるいはその家族の意向のみで正当化し得るものか、また、会社法上の監査役の権限と責務に思いを致せば調査実施中にこのような面談を行うことが適切かについては、自ら疑問を抱くことになると思われるところ、そのような思いを抱き行動に移すことができなかったことについては、コ―ポレートガバナンスの尊重とコンプライアンスから乖離した意識が露呈したものと評価せざるを得ないとの判断を示している。 また、JSBでは、小菅元専務が、2024年5月15日開催の取締役会で、それまでの常務取締役から専務取締役に昇格することが可決されているが、それに先立つ4月22日に岡靖子相談役と小菅元専務がホテルで面談し、同日付で、組織変更案の書面に記載された小菅元専務の役職が「常務」から「専務」に変更され、岡靖子相談役の押印があることから、この専務取締役の選定手続きにも、岡靖子相談役の意向が尊重されていることがうかがえるという見解を表明している。 4 特別調査委員会による再発防止策(調査報告書101ページ以下) 特別調査委員会による再発防止策は次のとおり、大きく6項目からなっている。   【調査報告書の特徴】 特別調査委員会による調査報告書作成日付は2024年11月21日。JSBが「2024年10月期決算発表の延期に関するお知らせ」と題するリリースで、調査報告書の要約を公表したのが2024年12月13日。そして、調査報告書の全文公開は、年が明けて2025年1月15日であった。開示が遅れた理由について、JSBは、特別調査委員会による調査の後、外部専門家による追加調査を実施し、その結果、特別調査委員会による調査結果以外の新たな事実等はないことを確認していたためであると説明している。 JSBは、判明した事実が過去の各期の業績に与える影響は軽微であり、過年度有価証券報告書及び四半期報告書並びに2024年10月期の各四半期報告書の訂正はしないと言明しているが、金額的な影響はともかく、特別調査委員会調査報告書は、JSB取締役の倫理観の欠如を暴き、衝撃的であった。 1 監査法人トーマツによる会計監査 特別調査委員会による「ヒアリング対象者」リストには、JSBの会計監査を担当する監査法人トーマツの名称がない。また、報告書の中でも、監査法人と意見交換をしたことをうかがわせる表現も見当たらない。 監査法人トーマツの担当者が、会計監査の過程において、小菅元専務の家族の旅費が出張費として稟議申請された中に含まれていることを発見するのは、秘書室の担当者がそれを隠蔽するために策を弄していたこともあって難しかったことは納得できるが、多額の金券類や大量の高価なワインの購入について、その使途をきちんと調べていたのかどうか、少し気になるところである。 2 JSBによる再発防止策 JSBは、調査報告書の公開に先立つ2025年1月14日、「再発防止策の策定に関するお知らせ」をリリースし、特別調査委員会が提言した再発防止策を受けて、会社としての再発防止策を公表した。 A4用紙で8ページに及ぶ再発防止策につき、まず、その項目をまとめておきたい。 次いで、再発防止策の筆頭に挙げられている「支配的株主との適正な距離の確保」について、詳細を確認したい。 JSBは、大株主である岡康子相談役について、残存するオーナー企業意識を払拭するために、2024年12月に開催した臨時取締役会において、岡康子相談役に対し、2024年12月31日の雇用期間満了をもって退任することを求める決議を行い、岡康子相談役は、同日をもって相談役を退任した。 さらに、JSBは、支配的株主の意向を過度に尊重する傾向からの脱却を図り、緊張感ある経営を行うためにも、支配的株主の影響力低減に向けた取組みを検討し、支配的株主とも協議すること、「支配的株主と当社及び当社子会社の役職員との間における個人的な金品、その他経済的価値のある役務等の授受、提供」ならびに「支配的株主と当社及び当社子会社の役職員との間における饗応接待」を禁止した。 重ねて、支配的株主との面談については、面談時は「社外役員の同席」を必須とし、面談時期についても、「半期ごと及び定時株主総会前とし、その他取締役会で必要と認めた場合」とするとともに、支配的株主との面談については、時期・目的・内容について可能な限り取締役会に事前報告を行うとともに、面談後は次回取締役会にてその内容(結果)を報告するものと決めたことを公表した。 また、関係者の処分等として、JSBは、私的経費の弁済について、現任の常勤取締役3名(近藤社長、林取締役及び山本取締役)については、既に全額の弁済が終わっていること、退任をした過去の取締役4名(岡靖子相談役、田中元社長、金井元取締役及び小菅元専務)に対しても私的な経費の弁済を求めており、その内1名については既に全額の弁済を終えており、その他3名についても2025年1月20日までに全額弁済を求め、弁済に応じない場合は厳正に対応することを表明するとともに、現任の常勤取締役3名については、2024年10月期に関する業績連動報酬の受給を辞退するとともに、月額報酬50%の減額を2025年1月より2ヶ月間、実施することとしている。 3 開示すべき重要な不備 JSBは2025年1月29日、「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備に関するお知らせ」をリリースして、同社の内部統制の開示すべき重要な不備について公表した。 同リリースで説明されている不備について、引用しておきたい。 4 取締役の異動 JSBは、2024年12月19日、「代表取締役の異動(内定)に関するお知らせ」をリリースして、近藤社長が2025年1月28日開催の定時株主総会の終了をもって代表取締役社長を退任し、後任の代表取締役には山本取締役が就任することを公表した。 さらに翌20日には、「取締役の辞任に関するお知らせ」をリリースし、小菅元専務(専務の役職は9月13日に辞任)が、一身上の理由により、取締役を辞任することを公表した。 2025年1月28日に開催された定時株主総会においては、会社側が提案した9名の取締役候補者のうち、林取締役及び山本取締役を含む4名が否決され、監査役候補者3名についても、岡田常勤監査役を含む2名が否決された。一方、JSBが定時株主総会の継続会を2月27日に開催して、事業報告や計算書類の内容報告を行うことが可決されたため、近藤社長は継続会の終結をもって、代表取締役社長を退任することとなった。 その後、2025年2月14日、JSBは「代表取締役の異動(内定・開示事項の変更)に関するお知らせ」をリリースし、1月28日開催の定時株主総会で取締役に選任された、執行役員企画開発本部長兼中日本事業部長である森高広氏を代表取締役社長に内定したことを公表した。 一連の取締役の異動、株主総会における否決によって、家族の旅費をJSBに負担させていた取締役等は一掃された結果となった。 (了)
#610(掲載号)
#米澤 勝
2025/03/13
会計 税務・会計 解説 解説一覧

〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2025年2月】

〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2025年2月】   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2025年2月1日から2月28日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。   Ⅱ 新会計基準関係 次のものが公表されている。 ① 会計制度委員会研究報告「補助金等の会計処理及び開示に関する研究報告」(公開草案)(内容:補助金等に関する会計処理及び開示について研究したもの。日本公認会計士協会。意見募集期間は2025年4月19日まで) ② 補足文書「2025年3月期決算における令和7年度税制改正において創設される予定の防衛特別法人税の税効果会計の取扱いについて」(内容:改正税法が2025年3月31日までに成立した場合を想定し、主として2025年3月31日に決算日を迎える企業における防衛特別法人税の取扱いを明らかにするもの。企業会計基準委員会)   Ⅲ 企業内容等開示関係 次のものが公布・公表されている。 ① 「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第6号)(内容:政策保有株式の開示について改正するもの) ② 「記述情報の開示の好事例集2024(第4弾)」(内容:コーポレート・ガバナンスに関する開示(コーポレート・ガバナンスの概要、監査の状況、株式の保有状況)に関する好事例集。金融庁)   Ⅳ 法務省令関係 次のものが公布・公表されている。 ① 「会社計算規則の一部を改正する省令案」(内容:「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)の公表等を受けたもの。意見募集期間は2025年3月6日まで) ② 「会社計算規則の一部を改正する省令」(法務省令第5号)(内容:「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第46号)を受けたものなど)   Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 法規・制度委員会研究報告第5号「インサイダー取引に関するQ&A」(内容:インサイダー取引事案の発生を受けて、今回、会員に対して改めて注意喚起するもの) ② 監査基準報告書700実務ガイダンス第1号「監査報告書に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正(内容:報酬依存度に関する取扱いが十分に理解されていないことなどについて補足するもの) ③ 財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正(内容:監査基準報告書(序)「監査基準報告書及び関連する公表物の体系及び用語」に基づく要求事項と適用指針の明確化などを行うもの) ④ 期中レビュー基準報告書第1号「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」、期中レビュー基準報告書第2号「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー」及び期中レビュー基準報告書第2号実務ガイダンス第1号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める四半期財務諸表等に対する期中レビューに関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正(公開草案)(内容:特定の事業体(Public Interest Entity(PIE)等)の財務諸表監査に特有の独立性に関する規定が期中レビューにも適用される点の明確化など。意見募集期間は2025年2月28日まで) (了)
#610(掲載号)
#阿部 光成
2025/03/13
労働基準関係 労務 労務・法務・経営

従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第7回】「職種限定合意の効果」

従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第7回】 「職種限定合意の効果」   弁護士 柳田 忍   【Question】 当社はAさんを技術職として雇用しましたが、Aさんの業績が低いため、Aさんに対してその旨を説明し、「退職してほしい」と伝えました。しかしAさんは、「他の仕事だったらできるのだから、配転すべきだ」と主張して、退職を拒んでいます。 当社としては、Aさんを技術職以外で勤務させるつもりはないため、困惑しています。 このようなことが生じないよう、雇用契約締結時点でできることはあるでしょうか。 【Answer】 「職種限定合意」をすることが考えられます。 もっとも、職種限定合意があるからといって、当該職種に適さない従業員を必ず解雇できるとは限りません。 その職種が高度な専門性を有すること、かかる専門性に着目して雇用契約を締結することなどを雇用契約締結時に明示しておくべきものと考えます。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 1 職種限定合意とは 職種限定合意とは、職種や業務内容を特定する合意を指す。 従前は、雇用契約書や労働条件通知書等において職種限定合意が明示されることは多くはなく、裁判例において黙示の合意が認められることも少なかった。 しかし、2024年4月1日施行の改正労働基準法施行規則により、雇入れ時の労働条件明示義務の対象事項に「就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲」を記載することになったため、これにより職種限定合意が認められる場面が増えると思われる。   2 職種限定合意の効果 職種限定合意がなされた場合、使用者は、合意した職種や業務内容を超えて配転命令を行うことができず、その結果、当該従業員を解雇することが(比較的)容易になる、とも解されている。 すなわち、業務成績等の不良を根拠とした解雇が有効と認められるためには、①雇用契約上の労務提供義務の不履行に至っているといえるほどに労務提供能力や適格性が欠如している、ないし、雇用契約を継続することが困難なほどに信頼関係を破壊する程度の規律違反がある、といえる場合で、②指導や教育訓練、配置転換や休職などによっても改善等が期待できず、解雇を回避することが難しいといえる必要があるが(本連載【第2回】参照)、このうち「配置転換・・・によっても改善等が期待でき」ないことを立証する必要がなくなり、解雇が容易になる、というロジックのようである。 また、整理解雇においても、整理解雇の4要素のうちの1つである解雇回避努力(本連載【第4回】参照)が緩和されるのではないかとも言われている。 職務限定合意は、近年のジョブ型雇用(※1)への関心の高まりもあって、注目を集めている。 (※1) 職務内容や職種(ジョブ)に基づいて雇用契約を締結する雇用形態。内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針(令和6年8月28日)」参照。 しかし、職種限定合意が認められれば必ず解雇が容易になるのかというと、必ずしもそうではない。 東京地判平成20年9月30日(東京エムケイ事件)は、以下のとおり判示している。 上記を簡単に表に示すと、以下のとおりとなる。 以上によると、職種限定合意が認められる場合には、職種に高度の専門性があるか否かを問わず、当該合意に反する配転命令は認められず(※2)、また、職種限定合意の結果、解雇が容易になるのは職種に高度の専門性がある場合に限られることになる。 ただし、以下の点に注意が必要である。 (※2) 職種限定合意がある場合であっても、他の職種への配転命令に正当な理由があるとの特段の事情が認められる場合や解雇もあり得る状況のもとこれを回避するためになされる場合には認められるとする裁判例も存在する(前者は東京地判平成19年3月26日(東京海上日動火災保険事件)、後者は大阪高判令和4年11月24日(社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件))。一方、最判令和6年4月26日(前掲大阪高判の上告審判決)は、職種限定合意があるのであれば、使用者はこれに反する配転命令をする権限を有しないなどと判示している。  「職種限定合意」としてどのような内容の合意がなされたかにもよるが、基本的には上記最判令和6年のように、職種限定合意がなされた以上は、命令により一方的に配転させることはできないと整理するべきであると思われる。 (了)
#610(掲載号)
#柳田 忍
2025/03/13
労務・法務・経営 法務

〈Q&A〉税理士のための成年後見実務 【第16回】「成年被後見人は遺言書を作成できるのか」

〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第16回】 「成年被後見人は遺言書を作成できるのか」   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   【Q】 成年後見人を務めていますが、成年被後見人の家族から「本人の遺言書が作成できないだろうか」という相談を受けました。家族としては、被後見人が亡くなった場合には遺言書を用いて、できるだけスムーズに相続手続を進めていきたいという意向のようです。 もともと私が成年後見人に就任したのも、被後見人の兄が亡くなり、遺産分割協議が必要になったことがきっかけでしたので、家族の気持ちも理解できます。 成年被後見人が遺言書を作成することはできるのでしょうか。 【A】 成年被後見人が遺言書を作成することができるかについての相談は、少なくありません。 結論からいうと一定の要件のもと、成年被後見人が遺言書を作成することは可能です。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 遺言能力とは 民法では、15歳以上の者であれば、遺言書作成に必要な「遺言能力」があるとされています(民法961条)。遺言能力とは、遺言の内容やその効果を理解する能力といわれています。 成年被後見人は「事理を弁識する能力を欠く常況にある」とされていますが(民法7条)、成年被後見人であれば遺言能力がなく、作成ができないと一律に取り扱われるわけではありません。   2 成年被後見人は遺言書を作成できるか 民法973条では、以下の要件のもと、成年被後見人も遺言書を作成することが可能であるとされています。 遺言の作成方式には特に制限はありませんが、成年被後見人の遺言能力に疑義が付きやすいことを考慮すると、公正証書遺言によることが望ましいといえるでしょう。   3 実例は少ない 上記で解説した通り、成年被後見人でも遺言書を作成することは可能です。では、実例があるのかといえば筆者の知る限り、あまり多くはないと思われます。 成年被後見人の方であっても意思がはっきりしている状態になることはあり得ますが、遺言作成に協力してくれる医師が見つかるかなど、ハードルがあるためと思われます。   4 被保佐人・被補助人による遺言書作成は? 成年被後見人だけではなく、被保佐人や被補助人が遺言書を作成したいと相談が寄せられることがあります(それぞれの職務、権限については本連載【第2回】を参照)。 被保佐人や被補助人が遺言書を作成する場合、成年被後見人のような要件は求められていないため、遺言能力があれば自由に遺言書を作成することは可能です。 ただしこの場合でも、遺言書の作成方式としては後々に紛争になることを防ぐために、公正証書遺言によるとよいでしょう。   5 遺言の内容はシンプルなものに 成年被後見人等が遺言書を作成する場合、内容が複雑なものは避けた方がよいと思われます。 公正証書遺言の作成の実務では、公証人が遺言者に対して遺言の内容を理解しているかの確認をしっかりと行うため、遺言書自身がしっかりと説明ができないような内容の遺言を作成することはできません。 税理士としてもこの点を認識をしておくとよいでしょう。 (了)
#610(掲載号)
#北詰 健太郎
2025/03/13

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