2022年6月16日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.474を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第104回】 「「新しい資本主義」実現に向けた“人への投資”」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 6月7日、「新しい資本主義のグランドデザインおよび実行計画」(以下、「実行計画」)が閣議決定された。 岸田政権の掲げる「新しい資本主義」のコンセプトについて、今回の「実行計画」では、市場だけでは解決できない外部性の大きい社会的課題を障害物ではなくエネルギー源と捉え、官民連携によって解決を進め、包摂的で新たな成長を図ることと説明されている。 この実現に向けて、①人への投資、②科学技術・イノベーションへの投資、③スタートアップへの投資、④GX及びDXへの投資の4本柱に投資を重点化するとし、これらの政策を実行するため、事業の性質に応じて基金等を活用して予算単年度主義の弊害を是正するとともに、税制改正においてその将来にわたる効果を見据えた動的思考を活用することとし、財政措置や税制改正が施策の中心に据えられていることが注目される。 「実行計画」の「人への投資」に関しては、税やディスクロージャーに関して多くの課題が提示されている。 〇賃上げ税制の一層の活用 人への投資については、今年の春闘においては、ここ数年低下してきている賃金引上げの水準が反転したところであるが、引き続き、賃金の引上げを実現するために、令和4年度税制改正で抜本的な拡充が図られた賃上げ税制の一層の活用が掲げられた。 経団連が5月20日に公表した「2022年春季労使交渉・大手企業業種別回答状況」の第1回集計結果によれば、大手企業81社(製造業75社、非製造業6社)、約54万人の平均で、引上げ額は7,430円、アップ率は2.27%で、昨年(引上げ額5,544円、アップ率1.70%)と比べて額・率とも大きく上昇し、ここ3年間続いていた低下傾向から一気に反転した。しかも、業績がコロナ前の水準を回復した26社、約15万人について集計したところでは、引上げ額9,748円、アップ率3.02%で、3%を超えるアップ率となっており、賃上げ税制の適用が期待されている。 また、賃上げ税制の適用要件ともなっているパートナーシップ構築宣言の実効性強化をはじめとする中小下請取引適正化を進め中小企業等が賃金引上げの原資を確保できるよう、労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇分の適切な転嫁に向けた環境整備を進めることとされている。パートナーシップ構築宣言を公表した社数は本稿執筆時点で9,695社に上っている。 〇資産所得倍増 ストック面からの人への投資の強化策として、本年末に、総合的な「資産所得倍増プラン」を策定することとされている。具体的には、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的な改革や高齢者に向けたiDeCo(個人型確定拠出年金)の改革など、資産形成を行いやすい環境整備を行うこととされた。2014年に創設されたNISAは、2024年以降、一般NISAの非課税対象及び非課税投資枠が見直され、2階建ての制度となるが、その投資可能期間は2028年までと期限付きの制度となっている。 〇多様性の確保 多様性の確保と選択の柔軟性の観点から、男女間の賃金格差の開示義務化(女性活躍推進法及び金融商品取引法)を図るとともに、女性就労の制約となっている社会保障や税制について働き方に中立的なものとしていくこととされ、被用者保険の適用拡大による130万円の壁の解消や最低賃金の引上げによる106万円の壁の解消が挙げられている。 特に、男女間の賃金格差については、女性活躍推進法に基づき、常時雇用する労働者301人以上の事業主に対して開示の義務化を行うこととされている。具体的には、①情報開示は、連結ベースではなく、企業単体ごと(持株会社も、当該企業について開示)、②男女の賃金の差異は、全労働者について、絶対額ではなく、男性の賃金に対する女性の賃金の割合で、正規・非正規雇用に分けて開示、③説明を追記したい企業のために説明欄を設けることとされている。 一方、6月13日に公表された金融審議会のディスクロージャーワーキンググループの報告書では、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差を有価証券報告書の「従業員の状況」の中の開示項目とすることとされている。 〇非財務情報の開示強化 実行計画では、「人的資本をはじめとする非財務情報を見える化し、株主との意思疎通を強化していくことが必要である」ことから、「本年内に、金融商品取引法上の有価証券報告書において、人材育成方針や社内環境整備方針、これらを表現する指標や目標の記載を求める等、非財務情報の開示強化を進める」こととされた。 これを受け、前述のディスクロージャーワーキンググループの報告書では、有価証券報告書において、サステナビリティ情報を一体的に提供する枠組みとして、独立した「記載欄」を創設し、「記載欄」には、国際的なフレームワークと整合的な「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの構成要素に基づく開示を行うこととされ、特に人への投資に関しては、中長期的な企業価値向上における人材戦略の重要性を踏まえた「人材育成方針」や「社内環境整備方針」を「記載欄」の「戦略」の枠の開示項目とするとともに、それぞれの企業の事情に応じ、これらの「方針」と整合的で測定可能な指標(インプット、アウトカム等)の設定、その目標及び進捗状況について、「記載欄」の「指標と目標」の枠の開示項目とすることとされている。 また、実行計画では、企業側が、モニタリングすべき関連指標の選定と目標設定、企業価値向上との関連付け等について具体的にどのように開示を進めていったらよいのか、参考となる「人的資本可視化指針」を本年夏に公表することが示されている。すでに政府の「非財務情報可視化研究会」5月19日の第5回会合で指針のたたき台が提示されているところである。 (了)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第3回】 「国税通則法2条」 -納税者の意義・範囲と源泉徴収の法律関係- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法2条(定義) 1 序説 国税通則法2条は、「国税通則法の各条の規定の平易化と解釈の明確化を図るため、同法中において特別の意義をもって用いられる基本的な用語を定義したもの」(志場喜徳郎=荒井勇=山下元利=茂串俊共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)136頁)であるが、今回は、同条5号における納税者の定義を取り上げて検討することにする。 納税者の定義を取り上げるのは、そこに国税通則法の「実定的構造」と「体系的構造」の違い(第1回3参照)が明確に現れており、その違いを納税者の定義に関して検討しておくことは、本連載における今後の検討にとって有益であると考えるからである。 2 納税者の意義・範囲 国税通則法2条5号によれば、納税者は①「国税に関する法律の規定により国税(源泉徴収等による国税を除く。)を納める義務がある者(国税徴収法(昭和34年法律第147号)に規定する第二次納税義務者及び国税の保証人を除く。)」と②「源泉徴収等による国税を徴収して国に納付しなければならない者」から成り、通常、①は納税義務者、②は源泉徴収義務者等又は単に徴収義務者と呼ばれる(志場ほか共編・前掲書141頁参照。金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1017頁は②を徴収納付義務者と呼んでいる)。後者の呼称は、「源泉徴収等による国税」が「源泉徴収に係る所得税及び国際観光旅客税法(平成30年法律第16号)第2条第1項第7号(定義)に規定する特別徴収に係る国際観光旅客税(これらの税に係る附帯税を除く。)」(税通2条2号)とされていることによるものである。 一般に、「納税義務者」という語は文脈・場面によって異なる意味で用いられるが、憲法30条にいう「法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」という意味での納税義務者には、講学上は、ⓐ「法律の定めるところにより」当該租税を納める義務を負う地位にある者(納税義務者たり得る地位にある者)という意味での納税義務者とⓑ「法律の定めるところにより」現に当該租税を納める義務を負っている者という意味での納税義務者が含まれる。ⓐが課税要件としての納税義務者であり、その者につき他の4つの課税要件(課税物件・帰属・課税標準・税率)が具備された場合に、納税義務が成立したその者がⓑの意味での納税義務者(納税義務の成立した納税義務者)である(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)66頁、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【90】参照)。 前記①の納税義務者は、上記ⓑの意味での納税義務者のうち、国に対して直接自己の租税を納付する義務を負っている者をいうが、そこでいう「義務」は、納税義務の成立ではなく納税義務の確定を前提として観念されるものであると解される。この理解は、少なくとも以下の2つの観点からみて、成り立つものであると考えられる。 1つには、前記①の納税義務者について定められている「国税」からは、「源泉徴収等による国税」(税通2条2号)が除外されている。後者の国税すなわち源泉徴収に係る所得税及び特別徴収に係る国際観光旅客税は「納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税」(税通15条3項2号・4号)である。これらが前記①の納税義務者に対する「国税」から除外される以上、前記①の納税義務者について定められている「国税」に係る納付義務も、「源泉徴収等による国税」に係る納付義務と同じく、納付すべき税額(納税義務)の確定を前提として観念されるものであると解されるのである。 もう1つには、前記①の納税義務者から「第二次納税義務者及び国税の保証人」が除外されている。「第二次納税義務者及び国税の保証人」は、前記ⓑの意味での納税義務者すなわち自己に納税義務の成立した納税義務者(本来の納税義務者。この語については清永・前掲書61頁参照)ではなく、国税徴収法及び国税通則法が国税の徴収・納付の確保のために、他者の納付すべき税額(納税義務)の確定を前提としてその納付義務を負担させる者である。そうすると、前記①の納税義務者から「第二次納税義務者及び国税の保証人」が除外されている以上、前記①の納税義務者の「義務」も、それらの者の「義務」と同じく、納付すべき税額(納税義務)の確定を前提として観念されるものであると解されるのである。 もっとも、前記①の納税義務者は、概念上は、前記ⓑの納税義務者(本来の納税義務者)のうちその納税義務が既に確定された者ではなく、「国税に関する法律の規定により」納税義務の確定のための「特別の手続」(税通15条1項)が要求される者であると解される。すなわち、納税義務の成立した納税義務者のうち、申告納税方式(同16条1項1号)による国税については納税者の申告(納税申告)又は課税庁の処分(更正・決定)により、賦課課税方式(同項2号)による国税については課税庁の処分(賦課決定)により納税義務が確定するものとされている者が、前記①の納税義務者の概念に該当すると解されるのである。 このような理解によれば、前記①の納税義務者について定められている「国税」から「源泉徴収等による国税」が除外されていることに着目すると、前記①の納税義務者から前記②の源泉徴収義務者及び特別徴収義務者が除外されるとはいえても、前記①の納税義務者から「源泉徴収等による国税」の納税義務者(本来の納税義務者)が一般的に除外されるとまではいえないことになる。すなわち、確かに、給与所得者等のうち㋐納税申告義務を免除される者(所税121条が定める「確定所得申告を要しない場合」の給与所得者等)は除外されるが、しかし、㋑それ以外の給与所得者等(同条参照)は除外されないのである。㋑の給与所得者等については申告納税方式による納税義務の確定が所得税法上排除されず、国税通則法もこのことを想定しているのである。要するに、㋑の給与所得者等は前記①の納税義務者に含まれ、したがって「納税者」(税通2条5号)に含まれるのである。 以上の理解は、国税通則法が前記①の納税義務者と前記②の徴収義務者とを一括して「納税者」として規定していることの趣旨にも適合すると考えられる。その趣旨については次のとおり解説されている(武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)632頁。志場ほか共編・前掲書141-142頁、金子・前掲書1017頁も参照)。 つまり、前記㋑の給与所得者等は、これについて申告納税方式による納税義務の確定及びそれに基づく納付等の手続が予定されている以上、「国税の納付、猶予、還付、課税調査、更正決定等、不服審査、犯則調査等の各税に共通する手続規定」(税通1条のほか第2回2も参照)が適用されることになるので、前記①の納税義務者に含まれ、したがって「納税者」(同2条5号)に含まれるのである(武田監修・前掲書632頁も参照)。 3 国税通則法のタイブレーク制的構造 以上で述べてきたことを「野球の試合」に喩えていえば、納税者は、バッターボックスに立ってヒットを打って《=納税義務の成立。勿論、打った瞬間は打球がヒットになるかどうか[納税義務の成立の有無]及び何塁打であるか[その義務内容]は誰にも判らないが》走って〈=納税申告〉塁審の判定〈=課税処分〉を経て出塁し《=納税義務の確定》その後の展開により本塁に生還する《=納税義務の履行》ことができるプレーヤー(本来の納税義務者)ではなく、タイブレーク制の下で塁(日本の高校野球のタイブレーク制では1塁と2塁)に置かれ《=納税義務の自動確定》その後の展開により本塁に生還する《=納税義務の履行》ことができるランナーのようなものである。さらにいえば、国税通則法は、「タイブレーク制」のような部分ルールとしての租税手続法であり、租税実体法(納税義務の成立)との関係(目的従属的関係)を基礎にする構造(体系的構造。第1回3参照)を定める、「通常の試合ルール」のような全体ルールを採用してはいないのである。 これに関連して付言しておくと、「納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税」(税通15条3項)ないし納税義務の確定に関する自動確定方式(自動的確定方式)の観念が成り立つのも、国税通則法の実定的構造(第1回3参照)がタイブレーク制的構造となっていることの現れであるといってもよかろう。 また、国税通則法のタイブレーク制的構造は、前記②の徴収義務者についてだけでなく、前記①の納税義務者についても、認められる。国税通則法15条1項は「納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定」について、次の(ⅰ)のとおり(下線筆者)定めているが、その下線部にいう「成立」については、次の(ⅱ)のような理解が示されている(金子・前掲書886頁)。 この(ⅱ)の理解によれば、国税通則法は租税実体法(課税要件法)の領域における納税義務の成立の観念を「暗黙の前提」としていることになるが、このことは、国税通則法がタイブレーク制的構造を採用することによって、納税義務の確定の観念及びそのための手続を出発点(「1塁」や「2塁」)とし、そこに至る過程は視野の外に置いていることをも意味するものと考えられるのである。 4 源泉徴収の法律関係 以上で納税者の意義・範囲を明らかにしたが、判例もそのような納税者の概念を前提として源泉徴収の法律関係を明らかにしていると解される。 最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁は、源泉徴収の法律関係という「判例としてなお未開拓の分野に属する」(可部恒雄「判解」最判解民事篇昭和45年度(下)1093頁、1097頁)問題について「やや異例ともいうべき長文の見解を表示した」(同頁)先例的価値のある判断である。長くなるが、その問題に関する判示の全文を次のとおり引用しておこう(下線筆者)。 以上の判示において、源泉徴収の法律関係を明らかにするために直接必要な判示は1~3である。そこでは、源泉徴収の法律関係の当事者である「課徴権者(国)と徴収義務者(支払者)と源泉納税義務者(受給者)の三者」(可部・前掲「判解」1098頁)相互の法律関係を、❶国と支払者との法律関係と❷支払者と受給者との法律関係とに厳格に二分する考え方(法律関係二分法)が貫徹されている(前掲拙著【152】のほか金子・前掲書1022頁参照)。ここで「厳格に」というのは、「源泉徴収による所得税は、いかなる場合においても、支払者のみから徴収され、受給者が課徴権者から直接に追求されることはない。」(可部・前掲「判解」1098-1099頁。下線筆者)あるいは「源泉所得税の徴収に関して、課徴権者と直接の対立当事者関係に立つのは、徴収義務者たる支払者のみであって、租税負担者たる受給者は、徴収の法律関係の当事者とならない。」(同1099頁。下線筆者)ということを意味する。つまり、「源泉徴収に関する法律関係の基本」(可部・前掲「判解」1099頁)は法律関係二分法によって構築されているのである。 このような法律関係二分法において、前記❶の法律関係は、源泉徴収すべき税額(源泉徴収義務)の自動確定を基礎として「支払者の『徴収すべき税額』と受給者の『徴収されるべき税額』との一致」(可部・前掲「判解」1102頁)の想定の下で、法定されており、したがって、「法15条の規定をまつまでもなく、源泉徴収制度の当然の前提として、法の予定するところ」(前掲判示第2下線部)であるから、その性質は公法上の債権債務関係であると解される。 これに対して、前記❷の法律関係の基本的性質は私法上の債権債務関係であると解される。ただし、支払者の源泉徴収権がその行使に関して、受給者の源泉納税義務と「表裏をなす関係」(前掲判示第3下線部)にある義務(源泉徴収義務)の側面を前面に出して、法律上構成されている点、及び受給者の源泉納税義務が「期間計算主義による所得税一般の『納税義務』」(可部・前掲「判解」1101頁)ではなく「都度計算主義による当該源泉徴収かぎりでの、租税負担義務」(同頁)を受忍する義務(源泉徴収受忍義務)として法律上予定されている点では、私法上の債権債務関係という性質は修正を受け公法的色彩を帯びているといってよかろう。 以上の2つの、性質を異にする法律関係のいわば「結節点」に置かれているのが、納税者の概念である。前掲判示の第4下線部の説示は、このような意味に解されるところ、そこでいわれる「納税者」は、前記3で述べたように、納税義務の自動確定に基づくタイブレーク制的構造の中で想定される「ランナー」のような存在といえよう。その「ランナー」は、バッターボックスに立ってヒットを打って《=納税義務の成立》走って〈=納税申告〉塁審の判定〈=課税処分〉を経て出塁することを要せず、当然のこととして1・2塁に置かれ《=納税義務の自動確定》本塁生還《=納税義務の履行》を目指すだけの存在である。 ただ、前掲昭和45年最判については、この判決が納税者の救済の観点から法律関係二分法に小さいながら「風穴」を開け(前掲判示の4)、さらに、そこから源泉徴収の法律関係においても受給者の本来の納税義務(前記「期間計算主義による所得税一般の『納税義務』」)を考慮する「新風」を吹き込んでいる(前掲判示の5)ことも、見落としてはならない。ここに、国税通則法においても体系的構造(第1回3参照)を観念する余地を見出すことができるように思われる。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第39回】 「現物による役員退職給与支給と消費税の関係」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 現物支給を検討すべき場面 役員に対し支給する役員報酬は、大多数が金銭による支給であることに疑いはないだろう。これに対し、少数派として、例えば法人が所有する不動産を役員に安価で賃貸させた場合等の経済的利益の供与がある(※1)。また、同じく少数派として、役員に対して金銭ではなく、自社製品や不動産等による、現物を支給する、いわゆる現物給与として支給を行うこともあり得る。 (※1) 役員に対する経済的利益の供与については、【第9回】参照。もっとも、このような場合には、実務上は適正賃料を当該役員から徴収することで、税務上の問題をクリアすることが多い。 不動産の現物による支給は、中小企業を対象としたM&Aの場面において、特に検討が必要になることがある(※2)。一般的には、株主を兼ねる役員が法人所有の不動産に居住していた場合において、買手にとっては当該不動産が不要であり、かつ当該役員は引き続き居住を希望するというケースが多い。この場合において、役員退職給与として、金銭ではなく当該不動産を現物で支給する方法が選択肢の1つとなる。 (※2) なお、M&Aの場面で役員退職給与を支給する場合の主な留意点については、【第38回】参照。 役員退職給与を支給する場合、功績倍率や源泉所得税等に留意するのは当然として、このような不動産の現物支給が消費税法上において問題となり得るか否かについて、以下に確認したい。 (2) 消費税法の取扱い 消費税法上、課税の対象とされるのは、「国内において事業者が行った資産の譲渡等」とされている(消法4①)。ここで、「資産の譲渡等」とは、「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供」と定義されており、代物弁済も含まれる(消法2①八)。 これに対して、消費税法上の課税仕入れの定義では、役務の提供の範囲から、所得税法上の給与等を対価とする役務の提供を除くことが示されている(消法2①十二)(※3)。すなわち、役員給与や役員退職給与を支給する場面において、消費税法上、その支給が所得税法上の「給与」の性質を持つものであれば、原則的にその全てが課税の対象とはならないということになる(※4)。 (※3) 消費税法基本通達11-1-2では、過去の労務の提供を給付原因とする退職金、年金等も課税仕入れの範囲から除かれる旨が示されている。 (※4) なお、消費税法基本通達11-2-2にて、使用人等に支給する通勤手当のうち、通常必要であると認められる部分のみ、課税仕入れに係る支払対価の額に該当する旨が示されている。 つまり、消費税法上、労務の対価として給与の性質を有すれば不課税取引に該当し、代物弁済としての性質を有すれば資産の譲渡等に該当するため、取扱いが二分されることとなる。 (3) 代物弁済に該当するかどうかの判断 「代物弁済」とは、民法482条にて以下のように定義されている。 そして、消費税法基本通達においても「債務者が債権者の承諾を得て、約定されていた弁済の手段に代えて他の給付をもって弁済する場合の資産の譲渡をいう」と示されている(消基通5-1-4)。 つまり、代物弁済に該当するか否かは、役員退職給与を金銭支給するとして法人の債務が既に確定していて、その後に当該金銭支給に代える形で不動産等を支給するような事実があるかどうかで判断することとなる。そして、代物弁済に該当した場合には、不動産を譲渡したものとして消費税法上の資産の譲渡等として課税の対象となる。 問題はこの判断である。法人側にとって、役員退職給与が支給すべき債務として確定するのは株主総会等による支給決議の時であり、その決議内容によって確定すると一般に認識されている。したがって、株主総会等で不動産を現物にて支給する旨を決議して議事録に明記することで、当初から不動産を支給するという債務が確定するため、消費税の課税対象となることを避けることができると考えられる。 もっとも、役員に役員給与や役員退職給与を現物支給する場合には、低額譲渡判定等の論点も存在し、消費税法上、役員に対する贈与や低額譲渡を行った場合には、資産の譲渡とみなされる(消法4⑤二、消法28①ただし書き及び③、消基通10-1-1(注))(※5)。 (※5) 法人税法上の低額譲渡については、役員に対する経済的利益の供与となる。この点については【第9回】参照。 これらを総括すると、役員に対する不動産の現物支給は、代物弁済に該当せず、かつ贈与や低額譲渡にも該当しない場合に、消費税法上の課税の対象とはならないということとなる。更には、不動産を現物支給する場合、不動産取得税等にも留意する必要があるため、本稿で触れた論点は留意すべき論点の1つに過ぎない。 このように、不動産を現物にて支給する場合に検討すべき事項は多いため、実行の際は慎重な判断が必要となる。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第41回】 「適格現物出資があった場合の繰越欠損金の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、適格現物出資があった場合の繰越欠損金の取扱いについて解説します。 1 繰越欠損金の引継ぎ 適格合併があった場合には、原則として被合併法人の未処理欠損金額は合併法人に引き継がれますが、適格現物出資があった場合には、現物出資法人の未処理欠損金額は被現物出資法人に引き継がれません。 2 被現物出資法人の繰越欠損金額の使用制限 (1) 内容 適格現物出資の場合、現物出資法人の資産を簿価で引き継ぐことにより、含み損益が被現物出資法人に移転します。そのため、移転を受けた含み益を有する資産を譲渡することにより含み益を実現させ、被現物出資法人の欠損金を使用することができます。したがって、そのような租税回避を防止するために、被現物出資法人の欠損金について一定の使用制限が課されています。 完全支配関係又は支配関係がある適格現物出資のうち、次のいずれにも該当しない適格現物出資については、被現物出資法人の未処理欠損金額の使用が制限されます(法法57④、法令112⑨⑩)。 (※) 欠損金利用を目的に法人を設立する等一定の場合が除かれています(法令112④⑨)。 (2) みなし共同事業要件 「みなし共同事業要件」とは、次の①から④又は①と⑤の要件の全てを満たすことをいいます(法令112③⑩)。 なお、みなし共同事業要件については、適格分割があった場合と同様となるため、解説は省略します。詳しくは、本連載の【第35回】をご参照ください。 3 繰越欠損金の使用制限の対象金額 (1) 内容 被現物出資法人の繰越欠損金額について使用制限が課された場合には、以下の繰越欠損金額を使用することができません(法法57④、法令112⑤⑪)。 (※) 平成30年4月1日前に開始した事業年度において生じた欠損金額については、前9年内事業年度とされています。 制限対象金額をまとめると、下図のとおりです。 (2) 特定資産譲渡等損失額 「特定資産譲渡等損失額」とは、支配関係事業年度開始の日において被現物出資法人が有していた資産の譲渡損失等のことをいいます。なお、特定資産譲渡等損失額については、次回詳しく解説します。 4 時価評価した場合の特例 (1) 内容 被現物出資法人において、含み益が生じている資産を多額に有しており、かつ、欠損金が生じているケースでは、仮に含み益を実現させても、欠損金のうち含み益部分は自社で利用することが可能であり、租税回避とはいえないため、欠損金を制限する必要はないと考えられます。 したがって、支配関係事業年度の前事業年度終了時の資産及び負債について時価評価した場合には、欠損金の制限対象金額の計算について特例が設けられています(法令113)。 (2) 時価純資産超過額 「時価純資産超過額」とは、時価純資産価額(資産の時価評価額の合計から負債の時価評価額の合計を減算した金額)が簿価純資産価額(資産の帳簿価額の合計から負債の帳簿価額の合計を減算した金額)を超える場合のその超える部分の金額をいいます。 (3) 簿価純資産超過額 「簿価純資産超過額」とは、時価純資産価額(資産の時価評価額の合計から負債の時価評価額の合計を減算した金額)が簿価純資産価額(資産の帳簿価額の合計から負債の帳簿価額の合計を減算した金額)に満たない場合のその満たない部分の金額をいいます。 (4) 時価純資産超過額がある場合の特例 被現物出資法人の支配関係事業年度の前事業年度終了時における時価純資産超過額が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額以上の場合には、欠損金の制限はありません。 被現物出資法人の支配関係事業年度の前事業年度終了時における時価純資産超過額が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額に満たない場合には、支配関係前欠損金額のうち、その満たない部分の金額のみ欠損金が制限され、支配関係事業年度以後の未処理欠損金額については制限されません。 (5) 簿価純資産超過額がある場合の特例 簿価純資産超過額が支配関係事業年度以後に生じた特定資産譲渡等損失額に満たない場合には、支配関係事業年度前の未処理欠損金額については、全額が制限対象となり、支配関係事業年度以後の事業年度の未処理欠損金額については、簿価純資産超過額のみ制限されます。 時価評価した場合の特例を適用したときの制限対象金額をまとめると、下図のとおりです。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 5 事業の移転がない場合の特例 (1) 内容 事業を移転しない適格現物出資の場合には、移転資産の含み益に対応する欠損金の使用を制限すれば、租税回避行為に十分対応できます。 したがって、事業の移転がない場合には、欠損金の制限対象金額の計算について特例が設けられています(法令113)。 (2) 移転資産に含み損がある場合の特例 移転資産に含み損がある場合には、欠損金の制限はありません。 (3) 移転資産に含み益がある場合の特例 移転資産の含み益が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額に満たない場合には、移転資産の含み益に相当する金額のみ欠損金が制限され、支配関係事業年度以後の未処理欠損金額については制限されません。 移転資産の含み益が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額を超える場合には、支配関係事業年度前の未処理欠損金額については、全額が制限対象となり、支配関係事業年度以後の事業年度の未処理欠損金額については、移転資産の含み益から支配関係前欠損金額を控除した金額に達するまでの金額のみ制限されます。 事業の移転がない場合の特例を適用したときの制限対象金額をまとめると、下図のとおりです。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 今回詳しく説明できなかった「特定資産譲渡等損失額」については、次回解説します。 ◆適格現物出資があった場合の繰越欠損金の取扱いのポイント◆ 合併と違い、現物出資法人の欠損金は引き継ぎません。 租税回避防止のため、被現物出資法人の欠損金について使用制限規定が設けられています。 欠損金の制限対象金額の計算には、時価評価した場合の特例が設けられています。 適格合併と違い、適格現物出資の場合には、欠損金の制限対象金額の計算に、事業の移転がない場合の特例が設けられています。 (了)
相続税の実務問答 【第72回】 「相続開始直前に銀行借入れにより 不動産を取得していた場合の当該不動産の評価」 税理士 梶野 研二 [答] 一般的には、相続税の計算上、相続により取得した財産の価額は、国税庁長官が定めた財産評価基本通達(以下「評価通達」といいます)によって評価しますが、評価通達の定めによって評価した額が著しく不適当と課税当局が認める場合には、国税庁長官の指示を受けて、他の合理的な方法により評価し、課税処分がされます。 評価通達の定めによって評価することが著しく不適当であるかどうかについては、個別に判断をすることとなりますが、令和4年4月19日最高裁第三小法廷は、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合に限って、評価通達に定める方法以外の方法により評価することができると判示しました。 お父様のマンションの取得は、余裕資金の運用、あるいは不動産投資として不自然なものではなく、相続税の負担の回避のみを目的としたものではないと思われますので、この「事情」があると判断される可能性は低いと思われます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 評価通達総則6項 相続税の計算において、相続又は遺贈により取得した財産の価額は、その取得の時の時価によることとされていますが(相法22)、納税者間の公平、納税者の便宜、効率的な税務行政などの観点から、実務上、その価額は、評価通達の定めによる画一的な評価方法によって評価することとされています (評基通1(2))。 しかしながら、評価通達の定める方法によって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて別の方法で評価することとされています。この取扱いは、財産評価基本通達総則第6項に定められていることから、一般に「総則6項」といわれています。 令和4年4月19日最高裁第三小法廷判決は、この時価の評価に関して、課税庁が特定の者の相続財産の価額についてのみ「総則6項」を適用して評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、合理的な理由がない限り、平等原則に違反するものとして違法となるが、相続税の課税価格に算入される財産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは平等原則に違反するものではないと解するのが相当であると判示しました。 2 実質的な租税負担の公平に反するというべき「事情」 (1) 最高裁の判示 上記判決に係る事件では、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」について以下のように判示されました。 (2) 「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を判断するポイント 「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」とはどのような事情をいうのかは、必ずしも明らかではありませんが、この最高裁判決や他の評価通達総則6項の適用が争点とされた判決及び裁決からは、ご質問のようなケースにおいては、この「事情」の有無は次の表に記載したようなポイントから総合的に判断されることとなると考えられます。 特に、次表の右欄に該当することから租税回避行為と判断されるならば、総則6項が適用されるリスクは高くなると考えられます。 3 ご質問の場合 お尋ねのマンションは、お父様がお亡くなりになる1年前に購入したもので、その購入資金の一部は金融機関からの借入金によっていること、及びマンションの購入価額と通達の定めによって評価した価額との間に開差があることから、総則6項の適用を心配されているのだと思います。 しかしながら、ご質問の内容を前提とする限り、その取得はお父様が経営していた会社の株式の譲渡代金の運用として投資物件を取得したものと考えられ、相続開始後も購入したマンションを賃貸の用に供していること、近い将来相続が開始することを考慮して取得したとは考えられないことなどから、専ら租税回避を目的として行われたと認定される可能性は低いでしょう。 また、マンションの購入価額と通達の定めによって評価した価額との間に開差があるとはいえ、それが評価の安全性に配慮した固めの評価額が算出されるように評価通達が定められていることに起因するもので、評価通達が想定する程度の開差であると思われます。そうしますと、あなたが相続により取得するマンションの評価に総則6項が適用される可能性は低いと考えられます。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第41回】 「砂利敷きやアスファルト舗装の駐車場がある場合の 貸付事業用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は令和4年6月10日に相続が発生し、その所有するA駐車場、B駐車場、C駐車場を配偶者である乙が相続し、引き続き、貸付事業の用に供しています。 不動産の利用状況は、下記のとおりです。 小規模宅地等の特例は、建物又は構築物の敷地の用に供されていることが要件となっていますので、被相続人が構築物を所有しているA駐車場とB駐車場が小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の対象になり、C駐車場は特例の対象にならないと考えていいでしょうか。 [A] A駐車場及びB駐車場は、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の対象になりませんが、C駐車場は特例の対象になります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 構築物の敷地の用に供されている宅地等の要件 小規模宅地等の特例は、相続開始の直前において被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等で建物又は構築物の敷地の用に供されているものに適用されます(措法69の4①)。すなわち、建物又は構築物の敷地の用に供されている宅地等が共通の要件として定められています。 本問の場合のように駐車場の貸付事業に供されている宅地等である場合には、構築物の敷地の用に供されている宅地等に該当するかどうかが問題となります。条文上は、構築物の敷地の用に供されている宅地等から除外されるものとして「暗渠その他の構築物で、その敷地が耕作の用又は耕作若しくは養畜のための採草若しくは家畜の放牧の用に供されるもの」が定められています(措規23の2①)が、構築物とはどのようなものが該当するかについては、明文化されていません。 2 構築物の敷地の用に供されている宅地等に該当するかどうかの判断 構築物の敷地の用に供さている宅地等に該当するかどうかについて明確な基準があるわけではありませんので、過去の裁判事例等を基に判断をしていく必要があります。駐車場の敷地について、構築物の敷地の用に供されている宅地等に該当するかどうかが争われた事件として下記の2つを確認しておきましょう。 (1) 平成21年1月29日の札幌地裁判決(TAINSコード:Z259-11129) 駐車場敷地が、金属製のパイプを組み合わせたフェンスが設置され、一部にアスファルト舗装がされているものの全敷地の約8%であり、その敷地の大部分は、薄い砂利が敷かれていた状況である場合に「構築物」の敷地の用に供されているか否かが争われましたが、札幌地裁は、下記の通り判示しています。 (2) 平成20年11月27日の静岡地裁判決(TAINSコード:Z258-11086) 駐車場敷地が、地面に駐車位置を指定するためのロープが敷設され、道路に面した南側面の一部に駐車場であることを示す野立看板が設置されているのみで、それ以外に設置物はなく、いわゆる青空駐車場として利用されている状況である場合に「構築物」の敷地の用に供されているか否かが争われましたが、静岡地裁は、下記の通り判示しています。 * * * 上記の裁判事例から構築物の敷地の用に供されている宅地等に該当するかどうかを考察すると、下記の点に留意する必要があります。 3 本問への当てはめ 駐車場ごとに特例の適否を判断した場合には、下記の通りとなります。 〔A駐車場〕 駐車場の砂利敷きは、舗装路面の石敷の構築物に該当します(耐用年数の適用等に関する取扱通達2-3-13)ので、所得税で減価償却をするべき構築物に該当することになります。しかしながら、上記2①で記載のとおり、所得税における減価償却資産に構築物が計上されているのみでは要件は充足しないことになります。砂利を利用した貸付事業には該当するものの相続開始時点においては、砂利は埋没していることから容易に処分が可能であると考えられます。したがって、処分面での制約が非常に少ないため、特例は適用できないことになります。 なお、砂利でも埋没しておらず、敷地全体にしっかりと敷かれている場合には、特例の適用も可能であると考えられます。 〔B駐車場〕 アスファルトは、所得税で減価償却をするべき構築物に該当することになりますが、アスファルト舗装は土地全体の面積の5%部分になりますので、アスファルト舗装を利用した貸付事業とはいえず、容易に処分可能ともいえますので、特例は適用できないと考えられます。容易に処分可能であるか否かについては、明確な基準はありませんが、アスファルト舗装は、課税実務上の取扱いとして、特例を認めていますので、仮に敷地全体についてアスファルト舗装がされている場合には、特例の対象になります。 なお、フェンスや看板については、通常、容易に撤去が可能と考えられますので、構築物の敷地の用に供されている宅地等には該当しないことになります。 〔C駐車場〕 T社がアスファルト舗装をしていますが、条文上は構築物の所有者は被相続人に限定していません。あくまでも被相続人の所有している敷地が構築物の用に供されていれば問題ありません。アスファルト舗装もされており容易に処分することができない状況となりますので、特例の対象になります。 ★実務上のポイント★ 駐車場については特例の適否の判断が難しい場合もありますので、過去の裁判例等を基に慎重に検討する必要があります。特に砂利敷きについては、明確な判断が難しいため、納税者にリスクを十分に説明する必要があります。 (了)
給与計算の質問箱 【第30回】 「小規模会社における住民税納付回数の削減方法」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 当社は社長1人の会社です。5月に区役所から住民税の特別徴収の納付書が届きました。6月分~翌年5月分までの納付書12枚を使い毎月10日までに銀行に行って住民税を納付する予定です。しかし、1年で12回銀行に行くのは手間がかかりますので、どうにか納付回数を減らす方法はないでしょうか。 A 以下のとおり、住民税の納付回数を削減する方法がある。 * * 解 説 * * 1 0回にする方法 総従業員数が2人以下の会社は、住民税の納付を特別徴収から普通徴収に変更することができる。会社は、来年1月に給与支払報告書個人別明細書及び給与支払報告書総括表と一緒に普通徴収切替理由書を区市町村の役所に提出する。普通徴収になれば会社に住民税の納付書は送付されず、社長の自宅に住民税の納付書が送付される。普通徴収の納期限は6月30日、8月31日、10月31日、翌年1月31日で一括納付や口座振替もできる。 ただし、来年度から普通徴収に変更できるのであって、今年度は特別徴収となる。また、今年度中に従業員が入社して2人以下の条件を満たさなくなることも考えられる。 2 1回にする方法 会社は、6月分の住民税の納期限である7月10日までに1年分の住民税の納付書12枚を使い銀行に行って納付する。また、会社は、6月分の役員報酬から1年分の住民税を天引きする、又は、通常通り毎月の役員報酬から1ヶ月分の住民税を天引きするなどして住民税を徴収する。 3 2回にする方法 常時10人未満の会社は、区市町村に納期の特例の申請を行い承認を受けることにより住民税を年2回の納付に変更することができる。会社は、6月分~11月分の住民税を12月10日までに、12月分~翌年5月分の住民税を翌年6月10日までに納付する。また、会社は、毎月の役員報酬から1ヶ月分の住民税を天引きして住民税を徴収する。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第126回】 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社 「第三者委員会調査報告書(2022年4月11日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【アジャイルメディア・ネットワーク株式会社第三者委員会の概要】 【アジャイルメディア・ネットワーク株式会社の概要】 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社(以下「AMN」と略称する)は、2007(平成19)年2月設立。インターネットによる広告配信代理、情報提供サービスを主たる事業とする。連結売上高632百万円、連結経常損失96百万円、従業員数60人(いずれも、2021年12月期実績)。東京証券取引所グロース上場。本店所在地は東京都港区。会計監査人は、2020年12月期まで、有限責任監査法人トーマツ東京事務所。2021年3月26日にかなで監査法人が会計監査人に就任するが、2022年3月4日に辞任し、代わりに監査法人アリアが就任している。なお、提出期限を大幅に遅れて5月11日に提出された2021年12月期の有価証券報告書については、監査法人アリアが監査報告書を作成している。 本連載【第117回】は、AMNが2021年5月17日付で設置した第三者委員会(以下「第一次調査委員会」と略称する)の「最終調査報告書」の内容を分析するとともに、同年8月19日に発出された、東京証券取引所による「改善報告書の徴求及び公表措置」及びこれを受けてAMNが提出した「改善報告書」までを対象としている。 【AMN石動力元取締役の逮捕】 第一次調査委員会による調査の結果、多額の資金流用が指摘された石動力元取締役(調査報告書上の表記は元取締役B、以下「石動元取締役」と略称する)は、2022年2月14日に業務上横領の疑いで逮捕され(※1)、さらに、3月10日には、特別背任の疑いで再逮捕された(※2)ことを、AMNもそれぞれリリースしている。 (※1) 「当社元役員の逮捕に関する報道について」 (※2) 「当社元役員の再逮捕に関する報道について」 【調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 AMNは、第一次調査委員会による調査結果の公表後、外部の公的機関からの指摘を受けて、AMN内部で調査したところ、2022年1月21日、前回の調査では発覚しなかった不適切な会計処理が存在することを新たに認識するに至ったため、改めて、外部専門家による第三者委員会を立ち上げて不適切な会計処理の疑義について調査を進めていくことを決定し、外部専門家の人選を開始した。 AMNは、2022年2月1日の取締役会において、不適切な会計処理の疑義として「2018年12月期から2019年12月期に至るまでの期間において、台湾の取引先からAMN台湾子会社を経由してAMNに入金され、売上として計上されていた約4,500万円について、実際にはAMNまたはAMN台湾子会社から役務の提供を行っていた事実が確認できなかったにもかかわらず、売上として計上されていたという疑義(疑義①)」、「同期間において、国内の取引先への売上約500万円が本来計上すべき期とは異なる期に計上されていたという疑義(疑義②)」、「広告宣伝費等の費用約300万円が、本来計上すべき期とは異なる期に計上されていたという疑義(疑義③)」を特定したうえで、当委員会を設置し、同日、第三者委員会(以下「第二次調査委員会」と略称する)を設置したことを公表した。 2 第二次調査委員会による調査結果 第二次調査委員会は、AMNが特定した3件の疑義について、それぞれ、次のような判断を示した。 (1) 台湾で複数の支店を設置して美容クリニックを営むY社との取引(疑義①) ① 取引の概要 AMNは、Y社との取引に関し、2018年12月31日付で2018年12月期に納品(役務提供)があったとしてY社各支店に対する合計約4,500万円を売上として計上したが、当該取引は、実際には納品(役務提供)を伴わない架空取引であった。 AMNが計上した売上に対する代金は、納品(役務提供)に対する対価としてY社から支払われたものではなく、石動元取締役が、AMNの小口現金から現金を引き出し、それを台湾に持ち込んだうえ、Y社の責任者を通じてY社名義でAMNの台湾子会社の銀行口座に振り込ませ、それをAMNにおける売上金の回収と偽装したものであった。 ② 関与者及び架空取引の認識を有していた者 第二次調査委員会は、AMNの代表取締役社長である上田怜史氏(調査報告書上の表記は代表取締役A、以下「上田代表取締役」と略称する)及び石動元取締役は、架空取引を行ったことに関与していたことを認定するとともに、架空取引の売上が計上された後に、架空取引に関与し、それが架空であると発覚しないようにしていた者として、従業員H及び元従業員Lを挙げている。さらに、架空取引であることを知りながら、それを是正しようとしなかった者として、常勤の社外監査役である本庄孝充氏(調査報告書上の表記は社外監査役E、以下「本庄監査役」と略称する)及び社外監査役櫻井英哉氏(報告書上の表記は元社外監査役F、以下「櫻井元監査役」と略称する。2022年1月31日付で辞任(※3))を挙げたうえで、社外協力者としてはY社の責任者が関与していたと認定した。 (※3) 「監査役の辞任及び補欠監査役の監査役就任に関するお知らせ」 ③ 動機 第二次調査委員会は、上田代表取締役、石動元取締役としては、2018年12月期の業績予想の修正(下方修正)を避けることを主たる目的として架空取引を行ったものと推認している。 (2) 不適切な収益認識等(疑義②) ① 取引の概要 AMNは、2018年5月頃、取引先であるZ社のWEBサイトリニューアル業務の発注を受け、同年11月頃にWEBサイトをリニューアルしてリリースを予定していたものの、Z社からセキュリティ上の機能不備等を指摘されるなどしたことから、同年11月頃までに予定していた工程を終えることができず、WEBサイトのリニューアルは完了しなかった。実際に、リニューアル(役務提供・納品)が完了したのは2019年3月頃であった。元従業員Iは、2018年11月、役務提供(納品)が完了していないにもかかわらず、請求書をZ社に送付するとともに、約500万円の売上を計上し、さらに2018年12月から翌年3月まで毎月46万円の運用費用相当額を売上として計上するなど、当初の予定通りの会計処理を行っていた。 その後、AMNとZ社との協議が行われ、2019年5月には、当初予定の金額から値引きした額で合意し、その支払いを受けることとなり、事実に基づいた会計処理を行う場合には2018年の決算を訂正しなければならないこととなったが、石動元取締役、元従業員J、元従業員Lらの協議によって、「AMNからの役務提供(納品)は2018年12月中に行われた。その後2019年1月にZ社から、当初の要件とは異なる部分の修正依頼を受け、それに対応した結果、リリース時期が当初の予定より大幅に遅れ、値引きするに至った」という報告が会計監査人に対して行われ、2019年1月分以降の売上だけを訂正し、2018年決算の訂正をしなかった。 ② 関与者 第二次調査委員会は、疑義②に関与した者として、Z社から受注したWEBサイトリニューアル業務の制作を担当した元従業員I、2019年3月頃には、Z社との取引等の経緯について、実際の経緯を把握した石動元取締役、元従業員J、元従業員Lを挙げるとともに、その他にも、Z社との取引に関する実際の経緯を把握した者も複数名いたが、それらの者は決算訂正の必要性がある旨の認識までは有していなかったと推測している。 ③ 動機 第二次調査委員会は、元従業員Iの動機について、自らの不手際や独断で値引きすることをZ社に約束したことを隠蔽しようとしたことにあったと推測しているが、売上計上時期が不適切であったことに関しては、2018年12月期の業績予想の修正(下方修正)を回避する目的を疑いながらも、元従業員Iが当該目的を有していたことを認定することは困難であると判断している。 一方で、Z社に対する売上計上時期を訂正しなかったことについては、石動元取締役、元従業員J、元従業員Lが決算の訂正を回避しようとしたからであると認定し、その背景には、石動元取締役及び元従業員Lが他の不正行為を行い、AMNの資金を不正に流用、着服していた事実があったことから、仮に決算の訂正を行うことになれば、その過程で、不正行為が判明してしまう可能性を考えていたものと推測している。 (3) 不適切な費用の繰延べ(疑義③) AMNでは、2018年9月支払いの広告関連費約315万円について、本来2018年12月期に費用として計上すべきであったが、それを翌2019年6月及び9月に費用として計上していた。 第二次調査委員会は、疑義③について、石動元取締役とその指示を受けていた元従業員Lによって、費用を当該年度に計上せず、翌年に計上したものであり、この両名は、頻繁にかつ意図的に、費用を本来計上すべき時期に計上しないという処理(期ずれ)を生じさせていたことを認定している。 その動機として、石動元取締役が不正行為の発覚を回避するために、取締役会への報告において、業績予想との乖離を最小限に押さえるなどして、他の役員や会計監査人の注意や関心を引かないようにするためであったと推測している。 (4) その他の不適切な会計処理(カラ出張による出張費の不正受給) 第二次調査委員会の調査により、AMNの部長職にある従業員Gは、主として関西方面に出張したことを装い、実際には必要ない分まで新幹線のチケット等を購入したうえで、その領収書をもって旅費交通費等としてAMNに対して申告し、領収書記載の金額相当額の資金を不正に流出させていたことが判明した。 調査報告書では、従業員Gが着服した金額についての記載はないが、その動機としては、自らが自由にできる金銭を確保することであるとまとめている。 3 原因分析に関する調査の結果(報告書29ページ以下) 第二次調査委員会は、AMNにおけるコンプライアンス体制の課題として、次の5点を指摘した。 基本的に、第一次調査委員会による指摘と大差はない。ただ、社外取締役と社外監査役の不作為に対する追及の言葉が厳しくなっているのが特徴といえる。 例えば、社外取締役で、公認会計士・税理士資格を有する吉田茂氏(報告書上の表記は社外取締役D、以下「吉田取締役」と略称する)については、「会計の専門的知識を有する者でありながら、2018年12月後半に突如約4,500万円もの売り上げがたち、その後、同売上金の回収が遅れているという事態が発生していたにも拘わらず、同取引について何ら疑問を抱くこともなく、疑義事案①に全く気づくことができなかった」と批判し、3名の取締役のうち2名が関与していた架空売上事案に関して、取締役会の監視・監督機能が発揮されることはなかったと結論付けている。 また、本庄監査役については、石動元取締役から直接、同氏による資金流用や架空売上について告白されていたにもかかわらず、取締役会や監査役会、会計監査人のいずれにも報告せず、個別に代表取締役に相談することもせず、さらには自身においても何らの調査も行っていないと断じている。さらに、櫻井元監査役についても、第一次調査委員会が設置される直前に、石動元取締役から架空売上を打ち明けられたにもかかわらず、その事実を上田代表取締役に仄めかして伝えたのみで、第一次調査委員会の調査終了後に報告したものの、取締役会や監査役会に報告したり、会計監査人に伝えたり、自ら調査するといった対応を一切していないとして、AMNでは、監査役が不適切な会計処理や疑義①を知りながら、何ら対応せずに放置しており、監査役による監査が完全に機能不全に陥っていたといえると断定している。 4 再発防止に向けた提言(報告書35ページ以下) 第二次調査委員会による再発防止策の提言の骨子は、次のとおりである。 第二次調査委員会は、第一次調査委員会による再発防止策の提言を受けて、 AMNが、表面上、「役職員のコンプライアンス意識の向上」という再発防止に取り組んでいるように装っているだけで、実際には、その意識が向上したとは言い難いと断じたうえで、次のような非常に重い提言を述べている。 また、第一次調査委員会の提言を受けて、AMNが策定した「社外役員選定基準」については、独立性・監督機能を十分に有する社外役員を選定する基準として適切なものとは言い難く、AMNにおいて、改めて社外役員選定基準やその方法を再検討するべきであるとしており、ここでも、AMNの再発防止に向けた取り組みを批判している。 【調査報告書の特徴】 第一次調査委員会は、石動元取締役が約3億5,000万円もの資金を流用していたことは認定したが、その資金使途の詳細までは把握できていなかったようで、流用された資金の一部は、架空売上に係る売掛金の回収に偽装されて、AMNに還流していた可能性があることが「外部の公的機関(おそらくは証券取引等監視委員会であろうかと推察される)」からの指摘で判明し、AMNは再度、第三者委員会を設置して調査を行った結果、3名の取締役のうち石動元取締役は不正を主導し、上田代表取締役は架空売上の計上を容認していたこと、複数の社外監査役も、不正に気づいていながら、見て見ぬふりをしていたことが判明する。 AMNが、2022年4月28日に「特別損失の計上および業績予想の修正に関するお知らせ」をリリースして、2021年12月期決算で訂正関連損失引当金の繰入額として特別損失に計上する金額は423百万円であることを公表した。2021年12月期の有価証券報告書によれば、同期の税引前純損失は739百万円に達し、AMNは債務超過となっている。 1 AMNが提出した改善状況報告書 2022年3月16日、AMNは、東京証券取引所に「改善状況報告書」を提出している。その末尾に記載のある「改善措置の実施状況及び運用状況に対する上場会社の評価」では、次のように改善状況を自己評価している。 これまで見てきたように、こうした自己評価は、第二次調査委員会による調査の結果、ことごとく覆されており、結果的には、東京証券取引所に対して事実と異なる報告をしていることになるわけだが、本連載でも何度か指摘してきたとおり、再発防止策の実施状況が自己評価にとどまっている限り、不正が繰り返される可能性は否定できないと言わざるを得ない。 再発防止策の履行状況を監視し、報告する仕組み作りが必要であることを、あらためて認識させられた調査報告書である。 2 会計監査人による指摘とAMNの対応 第一次調査委員会による報告書を読む限り、不正が行われていた当時の会計監査人である監査法人トーマツの担当者にヒアリングを行ったり、監査調書の提出を求めたりといった記載はないものの、第一次調査委員会は、監査の問題点として、次のように言及していた。 第二次調査委員会は、こうした点について、 と、会計監査人である監査法人トーマツは問題点を指摘していた事実を述べたうえで、AMNは、このような指摘を受けながら、内部監査が実施されておらず、上田代表取締役も監査の実施の指示等をしていなかったのであり、このことが石動元取締役の不正や、当委員会が調査・認定した不適切な会計処理の原因のひとつとなっていたことは否定できないとして、第一次調査委員会とは異なる見解を表明している。 3 代表取締役の異動 AMNは、2022年5月9日、「代表取締役の異動に関するお知らせ」をリリースして、上田代表取締役に代わって、取締役である荒木哲也氏が代表取締役社長に就任することを公表した。異動の理由を引用しておきたい。 (了)
マスクと管理会計 ~コロナ長期化で常識は変わるか?~ 【第5回】 「コストの把握方法に正解はあるの?」 公認会計士 石王丸 香菜子 〔登場人物〕 【「スリム弁当箱」データ概要】 ● ● ● 「全部原価計算」とは、製造活動によって生じる原価(=製造原価)の全てを製品原価として集計する方法です。 製造原価には、売上高に比例して生じる変動費と、売上高には比例せず一定額が生じる固定費とがありますが、全部原価計算では変動費も固定費もいったん全て製品原価に集計された後、製品が販売された期間に売上原価として費用化されます。 【全部原価計算】 全部原価計算によると、一定額が生じる固定製造原価も製品原価となるため、生産量の多寡によって1個当たりの製品原価が変動してしまいます。 ● ● ● 【「スリム弁当箱」固定費】 (※1) 実際原価計算:実際に発生した原価を用いて製品原価を計算する方法 (※2) 標準原価計算:原価の目標値である標準原価を設定し、これを用いて製品原価を計算する方法 【「スリム弁当箱」データ詳細】 (※1) 予算差異:実際操業度における予算額と実際発生額のズレ (※2) 操業度差異:実際操業度と基準操業度とのズレにより配賦しきれなかった固定費部分 ● ● ● 「スリム弁当箱」を生産する能力(基準操業度)を1,000個分とします。前期は、実際生産量も1,000個でフル操業だったので、操業度差異はゼロです。 当期は、実際生産量が600個だったので、1,000個-600個=400個分の固定費が割り当てきれずに、(1個当たり固定費@360円×400個=)144,000円(不利)の操業度差異が生じています(ファーストステップ管理会計【第5回】参照)。 ● ● ● ● ● ● 全部原価計算に対して、「直接原価計算」という方法があります。原価を変動費と固定費に分解し、変動費だけで製品原価を計算する方法です。 【直接原価計算】 直接原価計算では、固定費部分は製品原価に含めず、期間原価としてダイレクトに費用処理します。製品原価は変動費のみからなるため、生産量が変動しても1個当たり製品原価には影響を与えません。売上高(販売量)と限界利益との比例関係が常に保たれることから、利益管理に役立つ方法です。 ● ● ● 【「スリム弁当箱」データ/直接原価計算】 ● ● ● 標準原価計算では、原価の目標値である標準原価を設定し、これを用いて原価を集計します。標準原価と実際原価を比較することで、先述のような「差異」を把握し分析できるため、原価管理に役立つ方法です。特に製造業では、多くの企業が標準原価計算を採用しています。 ● ● ● ● ● ● 「実際原価計算もしくは標準原価計算」は集計する原価の種類の違い、「全部原価計算もしくは直接原価計算」は集計する原価の範囲の違いで、両者は分類の切り口が異なるので、標準原価計算かつ直接原価計算という組み合わせを行うことも可能です。 原価管理に役立つ標準原価計算と利益管理に役立つ直接原価計算を組み合わせることで、両者の“いいとこどり”が実現できます。 直接標準原価計算では、変動費部分についてのみ標準を設定し、次のような構造で損益計算を行います。 【「スリム弁当箱」データ/直接標準原価計算】 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 直接原価計算は、旧東証1部上場企業の製造業のうち半数超が利用しているという調査結果があります。直接標準原価計算(もしくはそれに近い形態)を活用している事例も多いようです。 特に、昨今の企業環境では操業度にバラつきが生じやすいため、直接原価計算の有用性が高いケースが増えていると考えられます。また、直接原価計算の仕組みは直感的にわかりやすく、こうした仕組みで管理資料を作成することで、企業の各メンバーが利益確保に向けて足並みを揃えて行動することにつながります。 ただし、直接原価計算は外部報告用としては認められないので、企業内部で直接原価計算を利用する場合、外部報告用としては、直接原価計算による利益を全部原価計算による利益に修正する必要があります。 両者の利益が異なるのは、固定費が費用化するタイミングのズレに起因するので、直接原価計算による利益に、期首・期末の在庫に含まれるはずだった固定費部分を減算・加算すれば、全部原価計算による利益に修正することができます(「固定費調整」)。 現在では、大半の企業で何らかのシステムやERPパッケージなどを利用しており、複数の形式での資料作成や、データの集計・処理などが容易に行える環境にあります。それらの機能を活用して自社に適した管理方法を検討してみるとよいでしょう。 ● ● ● ● ● ● 直接原価計算は新しい考え方ではなく、1930年代にアメリカで発表されたもので、大戦後に直接標準原価計算などへと発展していきました。1930年代にこうした方法が生み出された背景には、大恐慌の発生とその後の操業度の乱高下により、不確実な環境で利益管理を行う必要性が高まっていたことがあったと推察されます。 感染症の流行や国際紛争などにより不確実性の高まっている現代と、共通項があると考えることもできそうです。「故きを温ねて新しきを知る」、これはコストの把握方法にも当てはまるのかもしれません。 (了)