2022年8月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.480を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.115- 「「国の借金は国民の資産」というのは本当だろうか」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 本年6月、経団連のシンクタンクである21世紀政策研究所は、「中間層復活に向けた経済財政運営の大転換」と題する、主に以下の内容の報告書を公表した。 わが国経済低迷の根本原因が需要不足にある。それが消費や貯蓄の不足を招き、中間層の衰退を引き起こしている。これはわが国の財政政策がプライマリーバランス黒字化目標にとらわれた財政運営をしてきたことにある。そこでこれを改め、わが国のGDPギャップ(38兆円)を埋めるべく、イノベーションの創設やインフラ整備のための長期計画に基づいて2030年に向けて100兆円の財政を活用した投資が必要だ。国が投資を拡大するためには、国の債務を増加しなければならないが、「債務と同額が国民の資産になるので財政は破綻しない。」仮にインフレが生じれば、政府はインフレが行き過ぎないように財政支出を抑制しなければならない。 「国の借金は国民の資産」という考え方は、明らかにMMT(現代通貨理論)に基づいており、それに対する筆者の考え方は本連載のNo,111で示したとおりであるが、ここでは本当に「国の借金は国民の資産」なのだろうかという点に注目して議論してみたい。 * * * 第1に、仮にそうだとしても、国民全員が国債という資産を持つわけではない。国債の大量発行により資産(国債)を持つ者と持たない者との格差が拡大することはどう考えているのだろうか。このような政策は、ますますわが国の所得・資産格差を拡大し、社会を二分化していく。 第2に、膨らんだ国の借金はいずれ(全額でなくとも)増税して返さなければならないと国民が考えれば、国民は、将来の増税に備えて消費を控え貯蓄に回すので、消費拡大にはつながらない。マクロ拡大政策を打ち消す力が働くのである。 第3に、これが筆者の最大の論点だが、国が主体となる投資は、民間に比べて非効率で、国債を発行して投資をしたものの、その後有効活用されず、その資産価値が毀損しているという例が多く見受けられるという点である。 バブル崩壊後1990年代のわが国は、総額60兆円の公共投資を実行してきた。その間行われた地方の高速道路建設や空港整備などの需要創出効果は少なく、維持費だけがかさむ結果となっている。このような有効活用されていない国の資産は、価値が毀損しているわけで、国の借金(国債発行)によって建設された国の資産は、借金に見合うだけの価値をもたらしていないのである。 さらなる問題は、GDPギャップを埋めるためのカンフル剤が常態化し、財政支出依存体質ができあがり、民間のアニマルスピリッツが低下し、潜在成長力の弱体化につながったという事実で、多くの経済学者が指摘している(例えば、河野龍太郎著『成長の臨界』(慶應義塾大学出版会・2022年))。 また、戦時下の隣組読本『戦費と国債』を見ると、「国債は国家の借金、つまり国民全体の借金ですが、同時に国民がその貸し手であります」という記述がある。国民に戦費を賄う国債の購入を奨励したが、戦後ハイパーインフレにより紙切れ同然になったという歴史的事実は重い。 * * * 資源高や円安を通じてわが国にも欧米のインフレが押し寄せている。怖いのは「財政破綻」ではなく「インフレーション」である。そのような中、100兆円規模の投資を奨励することがもたらすインフレ懸念への対応も書かれていないこの提言を、経団連は本気で担ぐつもりであろうか。 (了)
令和4年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第1回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 ~はじめに~ 令和4年度税制改正では、令和4年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるグループ通算制度についても改正が行われている。 この改正については、グループ通算制度が施行される前の最後の手直し(一応できあがったあとで、不完全な部分を直すこと)といえる改正であるが、その中でも、特に、M&Aの障害になると懸念されていた投資簿価修正制度の見直しが行われたことはサプライズといえる。 そこで、本稿では、グループ通算制度に関する改正法令を読み解くことで、その内容と想定される実務への影響を解説したい。 また、本稿の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りする。 Ⅰ グループ通算制度改正の概要 令和4年度税制改正では、グループ通算制度の施行に伴い、次の見直しが行われている。 (※) 画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 次回以降、適用期限の延長で初めてグループ通算制度の取扱いが明確となった「交際費等の損金不算入制度」とグループ通算制度の実務に大きな影響を与える「投資簿価修正制度の見直し」について詳細を解説することとする。 (続く)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例43】 「関係会社へ支払った追加傭車費の寄附金該当性」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、都内において運送業を営む株式会社X(3月決算法人)で経理部長を務めております。わが社は高度成長期に会社を設立して以来、自動車部品等の工業製品のほか、法人契約の引越業務等に関し、50年に渡り地道に業務を拡大してきており、現在ではお陰様で営業エリアは関東一円をカバーし、支店網も20店舗以上展開してきているところです。 しかしながら、今年で3年目となるコロナ禍の影響の下で、特に初年度は当社の取引先は軒並み操業停止に追い込まれ、貨物需要が大幅に落ち込みました。このままどうなるのかと大いに心配しておりましたが、お陰様で翌年度はその反動で多くの業種で業績が回復し、貨物需要もコロナ禍前の水準まで持ち直すこととなりました。コロナ初年度はわが社の業績が落ち込み、リストラが不可避となったため、やむを得ず従業員の早期退職を募ることにより危機を乗り切りましたが、翌年度は前年度の反動で、リストラ後の事業体制ではさばききれないほどの業務が舞い込んできたため、わが社の代表取締役が役員(代表権を有する)を務めるY株式会社(3月決算法人)からドライバーを派遣してもらうことで、何とか顧客の要請に応えることができました。コロナ3年目である今年度は、新規のドライバーを雇用して体制の充実に努めていますが、底堅い貨物需要に応じるためにはそれだけでは足りないため、昨年度から引き続きY社からのドライバー派遣に頼っているところです。 ところが、先日来受けている税務調査において、調査官から、わが社からY社に対して支払われている傭車費は、その算定基準が不明確であり、特に決算月である3月に多額の一時金が支払われているが、これはY社がギリギリ黒字にならない程度の水準となるよう調整した金額となっており、対価性が不明で恣意性が強い金銭の支払いであることから、寄附金である旨指摘されました。実際は、上記で説明したとおり、当社において賄えない顧客からの要請に応えるため、Y社からドライバーを派遣してもらった分に対する支払いであるから対価性はあり、年度末に支払いが偏ったのは、Y社からの情報提供が遅延したためであって、何ら他意はないところです。したがって、課税庁の指摘は不当と考えますが、税法に照らせばどのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 本件については、Y社からのドライバーの派遣に係る傭車費の支払いが、Y社からX社に対して実際になされた役務提供の内容に見合ったものであり、対価性があるかどうかが重要であるといえます。したがって、仮にそれに反するような支払い、例えば、X社・Y社共に同一の者が代表取締役を務めることを利用して、専らX社やY社の収支額に照らして期末に調整金額を支払うという方法をとっている場合には、サービスに対する対価としての意味合いが薄いと考えられることから、課税庁が指摘するように、Y社に対する当該支払いは寄附金であるものと解されます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 運送業における傭車費の支払い 傭車とは一般に、繁忙期や人員不足などといった理由で、運送業を営む荷主が、荷物を運搬するトラック等の車両や人員が不足しているときに、他の運搬業者に委託して荷物の配送を行ってもらうことを指し、また、その場合において、人員やトラック等を供給することとなる他の業者への支払いを傭車費という。運送業においては、このような傭車を利用することは珍しくないが、その理由は主として以下の理由が挙げられる。 ① 経費の削減 貨物の種類にもよるが、一般に、貨物の需要には波があり、貨物需要が極大値となるときに備えて人員やトラック等を自社で準備しておくと、需要が落ち込んだ時期には当該人員や車両の相当部分が稼働せず、維持費が無駄にかかってしまうこととなる。このような高コスト体質の企業風土を打開し、固定費を抑えた企業運営を行うことで、コンスタントに利益を稼得でき、運送業界内の競争にも勝ち残ることができる。傭車という一種のアウトソーシングにより、経費(特に固定費)を削減できるということが、運送業において傭車が活用される大きな理由の1つといえる。 ② 緊急時・突発的な業務への対応 上記の通り、貨物の需要には波があるだけでなく、その波がいつ高くなるのか、必ずしも事前に読むことができるとは限らない。しかも、そのような緊急時や突発的な業務の場合、どれだけの人員やトラック等が必要となるのかを把握することは非常に困難である。そこで、当該業務への対応には、傭車を利用するのが非常に合理的な選択であるといえる。 ③ 配送に関し専門性のある荷物の取扱い 普段扱っていない荷物、例えば冷凍食品、美術品、液体物、石油、ガソリン、ガスといった特殊な貨物は、それを運搬するのに専用のトラック(タンクローリーなど)を要したり、専門の資格(危険物取扱者)を有するドライバーが運ぶことが求められたりするケースがある。このような場合、当該業務に関し専門性のある業者に配送を依頼すれば、突発的な業務への対応が可能となるばかりでなく、新規事業への足掛かりとなることも期待できる。 (2) 関係会社に対して支払う金銭の損金性と寄附金課税 法人間に資本関係や同一の役員が存在する場合で、当該法人間で金銭のやり取りがなされるときには、その金銭のやり取りに対価性があるかどうかが問題となる。当該金銭のやり取りに対価性がない場合、それは一般に金銭等の資産の贈与又は経済的利益の無償の供与とされ、寄附金に該当することとなる(法法37⑦)。ここでいう「無償」とは、学説上、対価又はそれに相当する金銭等の流入を伴わないことを意味していると解されている(※)。 (※) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)418頁。 また、資産の譲渡又は経済的利益の供与がその時価相当額よりも低い対価で行われた場合において、その差額のうち実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額は、寄附金の額に含まれる(法法37⑧)。 〇 関係会社間の金銭のやり取り (3) 関係会社への追加傭車費の支払いに係る損金性が争われた事例 本件のように、関係会社への傭車費の支払いに係る損金性や寄附金該当性が争われた事例(札幌地裁令和2年1月14日判決・TAINSコード:Z270-13362)があるので、以下でみていきたい。 ① 事案の概要 本件は、原告が、平成22年3月期から平成26年3月期までの事業年度の法人税等について、B有限会社(B)に対する傭車費を計上してこれを損金額に算入するなどした上で申告をしたところ、処分行政庁からこれを否認され、更正処分及びこれに伴う重加算税賦課決定処分を受けたことから、被告に対し、本件各処分(更正処分については各申告額を超える部分)の取消しを求める事案である。 原告は、組合員の行う貨物運送の共同受注及び共同配車等の事業を行うこと等を目的とする、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合である。 Cグループは、原告、C株式会社(C社)、B、D株式会社、E株式会社、株式会社F、G有限会社など合計12法人で構成される企業集団である。C社は、Bの全株式を保有している。 甲(原告代表者)は、原告の代表理事であるとともに、C社の全株式を保有する代表取締役である。原告代表者は、Bの事実上のオーナーであり、原告、C社及びBの経営上の重要事項を決定している。 原告は、本件各事業年度において、Bに運送業務を委託した。原告とBとの間では、原則として、原告が受注した運送価格からおおむね5%を引いた額をBの運送料金(傭車費)とすることとされ、Bは、月末締めで、営業所ごとに請求金額等を集計した請求明細及び請求書を作成し、原告は、Bに対し傭車費を支払っていた。ところが、原告は、これに加え、Bに対し、追加傭車額として各金員を支払った。 これに対し処分行政庁は、本件各金員は法人税法第37条7項に規定する「寄附金」の額に該当し、かつ、消費税法30条1項に規定する「課税仕入れに係る支払対価」の額に該当しないとして、原告に対し、更正処分及びこれに伴う重加算税賦課決定処分を行った。 ② 事案の争点 本件各金員は、法人税法37条7項に規定する「寄附金」に該当するか。 ③ 裁判所の判断 〈上記②「対価性の欠如」についての検討〉 〈上記③「合理性の欠如」についての検討〉 なお、本件は納税者側が不服であるとして控訴している。 ④ 本裁判事例からいえること サービスの提供に対する対価の支払いは、そのサービス提供の内容に沿ったものであれば、対価性ありとされ、支払った側の損金性が問題となることはない。しかし、予め契約等で定められた基準と異なる支払いがある場合には、税務調査において損金性が問題とされる可能性があり、寄附金該当性が検討されることとなる。 本事例の場合、対価性に重大な疑義を抱かせる以下のような事実が認められる。 すなわち、Bが行う予定の運送業務の内容や費用等に基づいてあらかじめ料金や料率を定め、実際に行った業務に基づき支払いを行えば問題とならないが、利益調整の手段として、いわば「掴み金」を配るようなやり方では、損金性は否認されてもやむを得ないであろう。 (4) 本件へのあてはめ 本件については、Y社からのドライバーの派遣に係る傭車費の支払いが、Y社からX社に対して実際になされた役務提供の内容に見合ったものであり、対価性があるかどうかが重要であるといえる。したがって、仮にそれに反するような支払い、例えば、X社・Y社共に同一の者が代表取締役を務めることを利用して、専らX社やY社の収支額に照らして期末に調整金額を支払うという方法をとっている場合には、いわば「掴み金」としての色彩が強く、サービスに対する対価としての意味合いが薄いと考えられることから、課税庁が指摘するように、Y社に対する当該支払いは寄附金であるものと解される。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第96回】 「電子取引における印紙税の注意点①」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 印紙税の課税文書となる請負契約を結ぶにあたり、打合せ時に書面で仮契約を結んでおいて、後日、電子契約にて本契約を結ぼうと考えています。 電子契約には印紙税がかからないと聞きました。この場合、本契約を電子契約で結ぶため、事前に書面で作成した仮契約書には収入印紙の貼付は必要ないのでしょうか。 電子契約を締結する前に書面にて作成した仮契約書は、たとえ後日、電子契約で正式な契約を結ぶこととされていても、一時的にそれに代わるものであり、内容が印紙税の課税文書となるものである場合は、収入印紙の貼付が必要となる。 [検討] 印紙税とは、日常における経済取引に伴って作成される契約書や領収書等の文書を作成した場合、印紙税法に基づき、その文書に課税される税金で、一般的に「流通税」の一種であるとされている。また、流通取引そのものに対して課税しようとするものではなく、文書に対して課税することから「文書税」とも言われている。 したがって、印紙税は文書を作成しなければ課税されることはなく、逆に1つの取引に際して契約書を数通又は数回作成すれば、何通、何回でも課税されることとなる。 事例の場合は1つの請負取引に際し、事前に仮契約書として書面にて取り交わし、後日、電子契約を結ぶこととされている。上記のとおり、複数作成された場合においては、その都度課税されることとされる。 当初書面で作成した仮契約書は印紙税の要件を満たしているものであり、課税文書として収入印紙の貼付が必要となる。なお、電子契約については課税文書の「作成」には該当せず、印紙税は課税されない。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第21回】 「米国LPSは我が国租税法上の法人に該当するか」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 米国LPSのような外国事業体は我が国租税法上どのように取り扱われるのでしょうか。 〔A〕 設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、当該組織体が当該外国の法令において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるか否かを検討した上、これができない場合には、当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かについて、当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から、当該組織体が自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が当該組織体に帰属すると認められるか否かという点を検討して判断するとされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 問題の所在 パートナーシップとは、英米法において、2名以上の者(パートナー)が金銭や役務等を出資して共同して事業を行う組織体をいう。パートナーシップ黎明期には、無限責任のパートナーから成るジェネラル・パートナーシップのみであったが、その後大陸法の合資会社の影響を受け、19世紀から20世紀初頭にかけて、米国及び英国において、無限責任のパートナーと有限責任のパートナーからなるリミテッド・パートナーシップ(LPS)が導入された。その後20世紀末になると、さらに進んで、全パートナーの責任が限定されたリミテッド・パートナーシップ(LPS)が導入され現在に至っている。 我が国では、明治期の近代法の導入過程において大陸法の影響が強かったため、我が国で成立した私法(民法・商法)においては、英米法の概念を大陸法の類似するものに読み替え、パートナーシップを「組合」と呼び、その構成員であるパートナーを「組合員」と呼んできた。現在では、我が国の組合は、民法上の組合(任意組合)、匿名組合及び特別法で規定される有限責任組合の3つに分類される。これらには法人格がなく、又、人格のない社団等にも該当しないので、それ自体が所得の帰属主体とはならない。 組合事業の結果生じた損益は、一定の割合に従って各組合員に分配(利益の場合)ないし負担させる(損失の場合)ので、組合自体が納税義務者になることはない。いわば、組合自体を導管(Conduit)として、その構成員たる組合員に課税が行われるため、「パススルー課税」と呼ばれる。 以下では、日本の居住者が米国のLPSに出資した場合の所得区分の問題及びLPSの我が国でいう法人該当性が争点とされた事例について検討する。 2 過去の裁判例 《米国デラウェア州LPS事件》(※1) (※1) (第一審) 名古屋地裁平成23年12月14日判決・TAINSコード:Z261-11833 (控訴審) 名古屋高裁平成25年1月24日判決・TAINSコード:Z263-12136 (上告審) 最高裁平成27年7月17日第二小法廷判決・TAINSコード:Z265-12700 (1) 事案の概要 本件は、米国デラウェア州の法律に基づいて設立されたリミテッド・パートナーシップ(以下「本件LPS」)が行う米国所在の中古集合住宅の賃貸事業に係る投資事業に出資したXらが、当該賃貸事業により生じた所得がXらの不動産所得(所法26①)に該当するとして、その所得の金額の計算上生じた損失の金額を同人らの他の所得の金額から控除して所得税の申告又は更正の請求をしたところ、所轄税務署長から、当該賃貸事業により生じた所得はXらの不動産所得に該当せず、上記のような損益通算(同法69①)をすることはできないとして、それぞれ所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分又は更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから、Xらが上記各処分の取消しを求めた事案である。 第一審の名古屋地裁、及びその控訴審である名古屋高裁も、本件LPSが我が国の租税法上の法人には該当せず、人格のない社団等にも該当しないとした上で、LPSが行う不動産賃貸事業により生じた所得は出資したXらの不動産所得に該当するものであるから、損益通算をすることはできないとしてされた本件各処分は違法であるとして、Xの請求を認容したため、国が上告受理申立てをした。 (2) 最高裁の判断 最高裁は、以下のとおり、不動産賃貸事業により生じた所得は、本件各LPSに帰属するものと認められ、不動産賃貸事業による所得の金額の計算上生じた損失の金額を各自の所得の金額から控除することはできないと結論付けた(以下、下線筆者)。 ① 外国法人該当性の判断枠組み ◆判示〔1〕 ◆判示〔2〕 ② 本件の当てはめ (3) 検討 本判決の意義は、租税法における外国組織体の取扱いに関し、我が国の租税法上の納税義務者としての適格性を基礎付ける属性を備えているか否かの観点で判断するという枠組みを示したことにある(※2)。 (※2) 田中啓之「〈23〉リミテッド・パートナーシップ(LPS)の租税法上の扱い」(『租税判例百選[第7版]』有斐閣、2021年)49頁参照。 判決では、まず、より客観的かつ一義的な判定が可能か、という観点(上記(2)①判示〔2〕)から、「当該組織体に係る設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、当該組織体が当該外国の法令において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるか否かを検討する」とし、これができない場合に、当該組織体の属性に係る観点(上記(2)①判示〔1〕)から、「当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かを検討して判断すべきものであり、具体的には、当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から、当該組織体が自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が当該組織体に帰属すると認められるか否かという点を検討する」という二段階のアプローチを提示したのである。 具体的な当てはめにおいて、州LPS法や関連法令の他の規定の文言からは我が国内国法人に相当する法的地位が与えられているかについて判断できなかったため、同法の定めから、各LPSは、自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が本件各LPSに帰属する点を重視し、本件各LPSを、所得税法2条1項7号等に定める外国法人に該当するという結論を導いたのである(※3)。 (※3) 本件が起きた直後の平成17年度税制改正によって、構成員課税される外国事業体(組合)に投資した場合、当該組合事業から生じた不動産所得の損失については、他の所得との損益通算が認められなくなった(措法41の4の2)。したがって、現在では、外国の組合型の事業体が外国法人であるか否かは重要でなくなった(増井良啓=宮崎裕子『国際祖税法[第4版]』(東京大学出版会、2019年)253頁参照)。 (4) 租税条約上の対応 Xらによる米国LPSへの出資行為は、パススルー課税を利用して、意図的にマイナスの不動産所得を作出し、他の所得と損益通算するという、節税というより一種の租税回避行為ともいうべきものである。そのような行為を阻止する結果を導くものという意味で、本件最高裁判決は説得的といえよう。他方、本判決の結論に従えば、本件LPSの課税上の取扱いは、日本と米国では全く別ということなる(※4)。仮に米国でLPSに所得が発生した場合は、Xらには、米国での納税義務が発生するが、当該所得が分配されない限り日本では課税されないことになる(「ハイブリッド・ミスマッチ」と呼ばれる)。 (※4) 本判決の結果、米国デラウェア州LPSを通じて投資を行っていた日本の年金基金が日米租税条約上の特典を受けられないという事態が生じてしまった。これに対処するため、我が国国税庁は、本件最高裁の判示にかかわらず、米国デラウェア州LPSについてパススルー課税とする取扱いを争わないという内容の見解を英文で公表している。しかしながら、この対応につき、「最高裁判決が示した判断基準はもはや死に体になり、あたかも国税庁英文発表によって立法がなされたかのような印象すら受けます」(増井・宮崎前掲(※3)253-254頁)との批判がなされている。 米国は、ハイブリッド・ミスマッチへの対応を含むBEPS防止措置実施条約(※5)に参加していないが、現行の日米租税条約4条6項(a)は、以下のとおり、BEPS防止措置実施条約3条1項類似の規定を置いており、いずれか一方の締約国において、「課税上存在しないもの」(Transparent Entities)として取り扱われる組織体等によって生じた所得は、源泉地国側が相手国側の取扱いに合わせ、相手国の居住者の所得として課税上取り扱われる限りにおいて、当該居住者の所得として取り扱われることになる(※6)。 (※5) 本連載【第7回】参照。 (※6) 藤枝純=角田伸広『租税条約の実務詳解』(中央経済社・2018年)71頁参照。 ◆日米租税条約4条6項(a) (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第47回】 「法人の事業の用に供されていた宅地等の範囲 (特定同族会社事業用宅地等の特例の適否)」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲の相続発生に伴い、甲の所有していたA土地及びB土地を長男乙が取得した場合には、乙が適用できる小規模宅地等に係る特定同族会社事業用宅地等の特例の適用面積は何㎡でしょうか。 乙は乙社(相続開始の直前において100%の株式を乙が保有しています)の代表取締役として不動産販売・管理・賃貸の事業を行っています。 甲が所有していたA土地及びB土地は、いずれも乙社に賃貸しており、乙社が建物を建築し、事業の用に供しています。乙社は固定資産税及び都市計画税の合計の3倍程度の地代を甲に支払い、所轄税務署に無償返還に関する届出書の提出を行っています。建物の相続発生前の利用状況は、下記のとおりです。 [A] 小規模宅地等に係る特定同族会社事業用宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の適用面積は、A土地の200㎡のみとなります。B土地は、他の要件を満たせば小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例を受けることができますが、A土地を優先的に特例適用した場合の残りの適用面積は100㎡(200㎡ - 200㎡ × 200㎡/400㎡)となります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 法人の事業の用に供されていた宅地等の範囲 特定同族会社事業用宅地等の要件については、【第45回】で解説していますが、「法⼈の事業の⽤に供されていた宅地等であること」が要件の1つとなっています。 法人の事業の用に供されていた宅地等とは、次に掲げる宅地等のうち法人の事業(貸付事業を除く)の用に供されていたものをいいます(措通69の4-23)。 法人の事業から、貸付事業が除かれていますが、貸付事業の範囲は、下記のとおりとなります(措令40の2①⑦⑲)。 したがって、法人が貸付事業を営んでいる場合には、特例の適用を受けることができません。なお、法人が貸付事業と貸付事業以外の事業を行っている場合には、それぞれの宅地等の利用状況に基づき判断を行うこととされています。また、本社宅地等のように貸付事業と貸付事業以外の事業の用に供されている宅地等がある場合には、それぞれの建物の利用状況、従業員数、売上高等の合理的な基準で按分して貸付事業と貸付事業以外の用に供されていた宅地等の面積を算出することになります。 2 貸付事業の具体的な範囲 貸付事業は、上記に記載のとおり、不動産貸付業その他駐車場業、自転車駐車場業及び準事業とされていますが、具体的な事業の詳細については、記載されていませんので、1つの基準として日本標準産業分類を基にその範囲を確認しておきましょう。下記の日本標準産業分類(平成25年10月改定・平成26年4月1日施行)の小分類における691、692及び693については、貸付事業に該当するものと考えられます。 (※) 総務省ホームページ「日本標準産業分類(平成25年10月改定)(平成26年4月1日施行)」より一部抜粋、下線は筆者による。 上記の分類によれば、中分類の68(不動産取引業)や小分類の694(不動産管理業)は、貸付事業には該当しないものとなります。 3 社宅の事業の用に供されていた宅地等の適否 法人の社宅等の敷地の用に供されていた宅地等は、次に掲げる場合を除き、その法人の事業の用に供されていた宅地等に該当するものとされています(措通69の4-24)。 4 本問への当てはめ 法人の事業(貸付事業を除く)の用に供されていた宅地等に該当するか否かについて、土地ごとに検討すると下記のとおりとなります。 〔A土地について〕 上記2に記載のとおり、不動産の販売・管理の事業は貸付事業ではありせんので、法人の事業(貸付事業を除く)の用に供されていた宅地等に該当することになります。したがって、A土地200㎡については他の要件を満たせば特例の対象になります。 〔B土地について〕 1階部分は、法人の貸付事業の用に供されている宅地等に該当しますので、特例の対象になりません。2階部分についても被相続人等の親族のみが利用している社宅になりますので特例の対象になりません。 なお、他の要件を満たせば、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の対象になります。限度面積については【第6回】で解説していますが、A土地で200㎡の特例を適用した場合には、残りの貸付事業用宅地等の適用面積は、100㎡(200㎡-200㎡×200㎡/400㎡)となります。 ★実務上のポイント★ 宅地等ごとに法人のどのような事業の用に供されていた宅地等であるかを確認することが重要となります。 (了)
租税争訟レポート 【第62回】 「更正の請求に係る事実関係の立証責任 (第1審:東京地方裁判所令和2年1月30日判決、 控訴審:東京高等裁判所令和2年12月2日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第1審判決の概要〉 〈控訴審判決の概要〉 【事案の概要】 本件は、福岡市内において診療所を経営することを目的として設立された医療法人社団である原告が、処分行政庁に対して、平成23年4月1日から平成24年3月31日までの事業年度の法人税に係る更正の請求並びに平成23年4月1日から平成24年3月31日まで及び同年4月1日から平成25年3月31日までの課税期間の消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という)に係る各更正の請求をしたのに対し、処分行政庁から平成29年7月20日付けでいずれについても更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから、これらの各通知処分の取消しを求める事案である。 【第1審判決の概要】 1 原告による修正申告と更正の請求 原告による法人税及び消費税等に係る申告内容については、下記の表のとおりである。 ◆原告による法人税の申告経緯 〔平成24年3月期〕 〔平成25年3月期〕 ◆原告による消費税等の申告経緯 〔平成23年4月1日から平成24年3月31日までの課税期間〕 〔平成24年4月1日から平成25年3月31日までの課税期間〕 (1) 原告による法人税の修正申告 原告は、平成28年1月13日、平成24年3月期及び平成25年3月期の各法人税について、修正申告書を提出し、平成24年3月期の修正申告では、当初申告においてC社に支払ったとして経費に計上していた業務委託費4,650万円を自己否認したものであり、平成25年3月期の修正申告では、当初申告において同社に支払ったとして経費に計上していた広告宣伝費8,214万2,858円を自己否認したものであって(以下、これらの自己否認した経費を「本件広告宣伝費等」という)、本件各法人税修正申告においては、これらと同額を各事業年度の所得金額にそれぞれ加算している。また、原告は、C社が自己の名義において支出していた広告宣伝費について、平成24年3月期においては1,085万6,476円を、平成25年3月期においては1,665万7,280円を原告の広告宣伝費の金額に算入することで、これらと同額を本件各事業年度の所得金額からそれぞれ減算している。 (2) 原告による消費税等の修正申告 同じく、原告は、平成28年1月13日、本件各課税期間の消費税等について、修正申告書を提出し、課税仕入れに係る支払対価の額について、上記(1)の法人税の修正申告で加算した金額の税抜金額に仮払消費税額を加算した金額である、4,882万5,000円(平成24年3月課税期間)、8,625万円(平成25年3月課税期間)をそれぞれ減算した。 (3) 原告による更正の請求 原告は、平成29年5月18日付けで、平成24年3月期及び平成25年3月期に係る法人税並びに平成24年3月課税期間及び平成25年3月課税期間に係る消費税等について、それぞれ更正の請求書を提出した。 (4) 更正をすべき理由がない旨の通知 処分行政庁は、平成29年7月20日付けで、上記(3)各更正の請求に対してそれぞれ更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。 2 争点に対する原告の主張 (1) 更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟において、納税者が確定した申告書の記載が真実と異なることについての主張立証責任を負うか〔争点①〕 原告は、「更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、納税者は、申告により確定した税額等を自己にとって有利に変更することを求めるのであるから、確定した申告書の記載が真実と異なることについて主張立証責任を負うと解するのが相当であり、納税者は、真実の所得が確定申告額(本件においては修正申告額)を下回ることの立証責任を負う」という被告の主張に対して、被告は、原告の関連法人であり、医院のコンサルティング事業、広告代理店業等を目的とする法人であるC社に対する新宿税務署長による各更正処分において、C社の売上高のうち架空取引であるとした部分とそのように判断しなかった部分の各詳細を明らかにしていないから、原告において真実の所得額を明らかにすることは不可能であることから主張立証責任を負わず、さらに、原告は、当初の確定申告の内容が正しかったものであると主張した。 (2) 本件各法人税修正申告書における所得金額等(本件計上漏れ広告宣伝費に係る部分を除く)に誤りがあるか否か〔争点②〕 原告は、新宿税務署長がC社に対して、過大計上された売上高があるとして、平成28年3月25日付けで、平成23年3月1日から平成24年2月29日までの事業年度の法人税の更正処分及び同年3月1日から平成25年2月28日までの事業年度の法人税の更正処分をしたところ、これらの処分の中には、C社の原告に対する売上高が架空のものであることによる減額部分が含まれていたにもかかわらず、本件各法人税修正申告書における本件各加算金額は、C社各更正処分におけるC社の原告に対する売上高に係る減額更正額と当然同額になるべきであるが、両金額は一致していないことから、C社に対する支払を経費として認めないこととして計算された本件各法人税修正申告書における所得金額等の計算には誤りがあると主張した。 また、被告による、①原告とC社では法人税の確定申告等に係る期間が異なること、②両者の消費税等の経理方式も異なること、③原告の総勘定元帳に計上されていた業務委託費及び広告宣伝費とC社が総勘定元帳に計上していた売上金額の計上日及び計上金額が一致していないことから、本件各加算金額とC社各更正処分において認容された経費が必ずしも一致しない旨の主張についても、この①~③では説明することができない金額の不一致があると反論し、結論として、C社各更正処分において過大計上であるとされた原告に対する売上高は、架空のものではなく、本件広告宣伝費等は経費として認容されるべきであるから、これを経費としなかった本件各法人税修正申告書における所得金額等の計算には誤りがあると主張した。 (3) 本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額に誤りがあるか否か〔争点③〕 原告は、争点②に対する原告の主張のとおり、本件各法人税修正申告書における所得金額等(本件計上漏れ広告宣伝費に係る部分を除く)には誤りがあるから、本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額には誤りがあると主張した。 3 第1審である東京地方裁判所の判断 東京地方裁判所は、以下のとおり、3つの争点について、原告の主張を斥ける判断を示したうえで、原告は確定した申告書(修正申告書)に記載された事実が真実と異なることを主張立証すべきところ、本件各法人税修正申告書における所得金額等、本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額には、いずれも誤りがあるとは認められず、ほかに上記各修正申告書記載の事実が真実と異なることをうかがわせる具体的な事情があるともいえないから、本件各通知処分に違法な点はないというべきであり、原告の請求はいずれも理由がないから、棄却するという判決を導いている。 (1) 更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟において、納税者が確定した申告書の記載が真実と異なることについての主張立証責任を負うか〔争点①〕 東京地方裁判所は、申告納税方式による国税に係る税額は、その後に更正がされない限り、納税者の納税申告のとおり確定するものであること、納税申告の前提となった事実関係及びそれを誤りであるとする事実関係は更正の請求をする納税者が熟知していること等に照らせば、更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、更正の請求に係る事実関係は納税者たる原告において主張、立証すべきものと解するのが相当であるとする一般論を述べたうえで、本件においては、原告の真実の翌期へ繰り越す欠損金の額が平成24年3月期法人税修正申告書における翌期へ繰り越す欠損金の額を上回ること、また真実の控除対象仕入税額が本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額を上回ることを、原告が立証すべきこととなるという結論を述べて、原告の主張を斥けた。 (2) 本件各法人税修正申告書における所得金額等(本件計上漏れ広告宣伝費に係る部分を除く)に誤りがあるか否か〔争点②〕 裁判所は、まず、原告の関係法人であるBが法人税法違反、民事再生法違反で起訴される前に行われた、東京国税局査察部所属の担当職員による国税犯則取締法に基づく調査において、原告の理事であり確定申告書に税理士として記名押印のある乙の供述を次のように引用している。 そのうえで、原告による、本件各法人税修正申告書において、平成24年3月期においては業務委託費4,650万円を自己否認し、平成25年3月期においては広告宣伝費8,214万2,858円を自己否認して、これらと同額(本件各加算金額)を本件各事業年度の所得金額にそれぞれ加算していることは、法人税の所得金額の過少算出を是正するものであるから、適正な処理であるといえるという判断を示した。 一方、原告による、本件各法人税修正申告書における本件各加算金額は、C社各更正処分におけるC社の原告に対する売上高に係る減額更正額と同額でなければならないところ、これが一致していないという主張について、裁判所は、原告の事業年度は毎年4月1日から翌年の3月31日であるのに対し、C社の事業年度は毎年3月1日から翌年の2月末日であり、それぞれ法人税の確定申告等に係る期間が異なっていること、また、原告の総勘定元帳に計上されていた架空の業務委託費及び広告宣伝費と、C社がその総勘定元帳に計上していた原告との架空取引に係る売上金額(業務受託料)は、その計上日及び計上金額が一致していないことからすれば、原告の法人税の確定申告における所得金額に加算すべき金額(広告宣伝費の過大計上額)と、C社各更正処分で所得金額から減算された金額(売上高の過大計上額)が当然に一致するものである旨をいう原告の主張を採用することはできないとして、原告の主張を斥ける判断を示した。 (3) 本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額に誤りがあるか否か〔争点③〕 裁判所は、原告が平成24年3月期及び平成25年3月期の法人税の各確定申告書において計上していたC社に対する本件広告宣伝費等は、架空の経費であったところ、消費税等の計算においては、当該架空の経費は、本件各課税期間の課税仕入れに係る支払対価の額とは認められないことから、本件各加算金額に仮払消費税を加算した金額、すなわち平成24年3月課税期間においては4,882万5,000円を、平成25年3月課税期間においては8,625万円を、それぞれ課税仕入れに係る支払対価の額から減算することになるという判断に基づき、本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額に誤りがあるとは認められないとして、原告の主張を斥けた。 【控訴審判決の概要】 1 控訴審における控訴人の主張 2 控訴審である東京高等裁判所の判断 東京高等裁判所は、原審と同じく、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきものと判断するという結論を述べたうえで、控訴審における控訴人の主張について、以下のように判断を示したうえで、控訴人は確定した申告書(修正申告書)に記載された事実が真実と異なることを主張立証すべきところ、本件各法人税修正申告書における所得金額等、本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額にはいずれも誤りがあるとは認められず、ほかに上記各修正申告書記載の事実が真実と異なることをうかがわせる具体的な事情があるとはいえないから、本件各通知処分に違法な点はないというべきであることから、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却するという判決を下した。 【解説】 原告・控訴人である医療法人社団が、関連法人C社などに対し架空の業務委託費、広告宣伝費などを計上し、医療法人の所得金額を少なくして関係会社に資金を移した上で、医療法人の実質経営者、E社の代表取締役が自由に使える資金を捻出したほか、本来は医療法人に計上すべき経費を関係会社で計上するなど、粉飾決算を重ねてきたところ、関係法人Bに対する東京国税局査察部所属の担当職員による国税犯則取締法に基づく調査において、医療法人の理事で税理士でもある乙は、こうした粉飾決算を供述して、医療法人は、乙の供述に基づく修正申告書で業務委託費や広告宣伝費を自己否認して所得金額に加算し、C社を介して広告業者に支払っていた医療法人の広告宣伝費を同じ修正申告で所得金額から減算した。 その後、C社に対する新宿税務署長による更正処分の内容が、必ずしも、医療法人の修正申告と一致していないことから、医療法人は処分行政庁である福岡税務署に更正の請求を行うが、更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから、その取消しを求めた訴訟を提起したところ、原審である東京地方裁判所、控訴審である東京高等裁判所は、ともに原告・控訴人の訴えを棄却する判断を示し、控訴審判決が確定した。 1 更正の請求 更正の請求を規定する国税通則法第23条第1項の規定は次のとおりである(括弧書きを一部省略している)。 更正の請求は、申告内容を自己の利益に変更しようとする場合のために設けられた手続きであり、申告が過大である場合には、原則として、他の救済手段に寄らずに更正の請求手続きによらなければならないと解されている(更正の請求の原則的排他性)(※)。 (※) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年、968ページ) 2 国税通則法施行令における規定 実務上、いわゆる税額の減額更正を求める更正の請求書には、更正の請求をする納税者が一定の書類を添付することが求められており、国税通則法施行令第6条第2項に、更正の請求について、次のような定めが設けられている。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第128回】 グレイステクノロジー株式会社 「特別調査委員会調査報告書(公表版)(2022年1月27日付)」 「役員責任調査委員会調査報告書(公表版)(2022年5月17日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【グレイステクノロジー株式会社特別調査委員会の概要】 【グレイステクノロジー株式会社役員責任調査委員会の概要】 【グレイステクノロジー株式会社の概要】 グレイステクノロジー株式会社(以下「グレイス」と略称する)は、松村幸治氏(報告書上の表記はA氏。以下「松村元会長」と略称する)が、2000年8月に設立。2008年3月には設立母体である株式会社日本マニュアルセンターの営業を譲り受けるなど業容を拡大し、2016年12月東証マザーズ上場(2018年8月に東証一部へ市場変更)。MMS(マニュアルマネージメントシステム)事業、マニュアル・コンサルティング事業などを主たる事業とする。連結売上高2,691百万円、連結経常利益1,178百万円、資本金246百万円。従業員数155名(いずれも修正前の2021年3月期実績)。本社所在地は東京都港区。会計監査人はEY新日本有限責任監査法人(以下「EY新日本監査法人」と略称する)。 【役員等の状況】(役員の肩書は2021年3月期有価証券報告書記載のもの) ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (注) 上表で2つある「報告書」の欄については、左欄が「特別調査委員会調査報告書(1月27日付)」、右欄が「役員責任調査委員会調査報告書(5月17日付)」を表している。 【特別調査委員会調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 グレイスは、2021年4月から同年10月にかけて、過年度財務諸表において売上計上していた取引に不適切な取引が含まれている旨の指摘を外部機関から受け、社内における調査を行ったところ、翌期以降に計上すべき売上を前倒して計上していた事例(売上の前倒し事案)が複数存在していたことを認識したほか、前記外部機関から、不正な架空取引(架空売上事案)が存在し、これに経営者の関与が疑われる旨の指摘を受けたため、11月9日、独立した立場の専門家による客観的な調査を実施する必要があると判断し、特別調査委員会を設置して調査を行うこととした。 2 特別調査委員会の調査により判明した不正の概要 グレイスの営業部では、東証マザーズに上場する前の2016年3月期から期をまたぐ売上の前倒しや、売上の前倒しが転じての架空売上が開始されていた。松村元会長は、営業担当役職員に過剰な売上目標を課し、経営会議・取締役会など社外役員もいる面前で営業成績の芳しくない営業担当役員を激しく罵倒・叱責し、営業担当役員もその部下に対して、同様の手法で売上目標の必達を厳命していた。 一方、グレイスにおいては、納品が完了していなくても、顧客から納品を証する「受領書」を回収しさえすれば、その時点で売上として計上して差し支えないという誤った実務慣行が存在していた。そこで、営業担当役職員は、達成困難な過剰なノルマを期末や四半期末に達成するため、期末や四半期末になると、実際には未だ納品が完了していないにも関わらず、顧客に依頼して「受領書」にサインをもらい、これを経理担当者に提出することでノルマを達成し、その後も制作部は、制作作業を継続し、後日最終納品する案件が数多く存在していた。 営業部のこのような実情は、営業担当役員である取締役営業部長木ノ下俊弘氏(報告書上の表記はD氏。以下「木ノ下元取締役」と略称する)はもとより、松村元会長、代表取締役社長飯田智也氏(報告書上の表記はB氏。以下「飯田元社長」と略称する)、取締役制作部長の田邉明子氏(報告書上の表記はC氏。以下「田邉元取締役」と略称する)も認識・認容していた。 その後、売上の前倒しによる売上目標の達成が困難になり、経営陣も関与する大規模な架空売上が開始される。架空売上は、経営陣である松村元会長、飯田元社長、田邉元取締役と営業担当職員であるL氏(2020年12月22日退職)によって計画・立案・実行されていた。架空売上は、顧客から正式な受注がないにもかかわらず、受注があったものとして売上を計上する不正である。その売掛金は、その後に何とか正式な受注にこぎつけることにより事後に顧客から受領する場合もあったが、それ以外の場合は、松村元会長、飯田元社長、田邉元取締役、L氏が、自己資金(主として新株予約権の行使で得たグレイス株式の売却益を原資とするもの)を顧客名義でグレイスに振込入金することで正常な入金を偽装していた。 架空売上に関与していた営業担当職員のL氏は、グレイス株式売却益を原資として数千万円単位の自己資金を顧客名義での銀行振込みによりグレイスに入金しており、退職時、松村元会長から、和解金名目でその返還を受けていた。また、L氏は、会計監査人であるEY新日本監査法人から取引に関する説明を求められた場合には虚偽の説明を行っていたほか、会計監査人が顧客に対して実施する残高確認に際しては、顧客から残高確認状を回収して顧客名義を騙って回答を行う等、偽装工作までも実施していた。 2016年3月期から2021年3月期までの架空売上の総合計は2,347百万円に上り、架空売上が本格化した2018年3月期から2021年3月期までの架空売上は、同期間の売上高6,554百万円の約36%にも達した。 3 原因(特別調査委員会報告書105ページ以下) 特別調査委員会は、松村元会長が死亡し、架空売上に関与していたL氏も既に退社しており、架空売上に関与していた飯田元社長及び田邉元取締役が、委員会のヒアリングに対して真実を述べず、その供述を変遷させていると前置きしたうえで、可能な限りの原因分析を行うとして、次のようにまとめている。 ここでは、(8)松村元会長の「動機・目的」の分析に注目したい。 特別調査委員会は、役職員らのヒアリングでは、松村元会長が「日本のマニュアルを変える」という強い信念をもち、その信念を実現するためにはグレイスが社会的に認知されることが重要であると考えていたため、グレイスの上場や東証一部への市場変更を重視していた、との意見が複数あったと紹介したうえで、これを否定する。 その理由として、調査で明らかになった私財を投じての架空売上などは、それ自体、「日本のマニュアルを変える」という信念とは全く相容れないものであり、松村元会長は、上場後、M&Aの推進による業容拡大を志向するようになっていたことや、経営会議・取締役会において、マニュアル事業へのこだわりがないことや、その品質を軽視するかのような発言を行っていたという事実を列挙し、結論として、松村元会長が、上場後においても、「日本のマニュアルを変える」という信念の実現を目的として、過度な予算設定や架空売上を行っていたといえるのか大いに疑問があると結んでいる。 4 再発防止策の提言(特別調査委員会報告書116ページ以下) 特別調査委員会は、再発防止策の提言に先立ち、次のように述べている。 そのうえで、提言された再発防止策は以下のとおりである。 【役員責任調査委員会調査報告書の概要】 1 役員責任調査委員会設置の経緯 グレイスは、2022年1月27日、特別調査報告書を公表するとともに、特別調査委員会の調査結果を真摯に受け止め、再発防止策の提言に沿って具体的な再発防止策を策定し、取り組む旨を発表するとともに、同年2月18日、本事案に関し、グレイスの現在及び過去の役員がその職務執行につき善管注意義務違反等によりグレイスに対する損害賠償責任を負うか否か等について法的な側面から調査及び検討を行うため、調査対象役員と利害関係を有しない中立かつ公正な外部の弁護士で構成される役員責任調査委員会を設置した。 2 取締役の責任に関する検討 役員責任調査委員会は、取締役の任務懈怠責任を、法令遵守義務違反(具体的法令違反に係る責任)、経営判断に係る責任(具体的法令違反がない場合であって将来予測に亘る専門的かつ総合的な経営上の判断に係る責任)、監視・監督義務違反に係る責任及び内部統制システム構築・運用義務違反に係る責任に区分することができるとしたうえで、本件では、経営判断に係る責任は問題とならないことから、調査対象役員のうち取締役について、法令遵守義務違反、監視・監督義務違反及び内部統制システム構築・運用義務違反の有無を検討しており、その調査の対象を「売上前倒事案」「架空売上事案」及び「w事案」としている。 なお、w事案については、特別調査委員会は、実質的には融資取引であると判断し、売上と外注費の計上を取り消すとともに、入金額と支出額との差額については営業外収益(又は特別利益)として計上すべきであるとしている。 判断の結果は以下のとおりである。 3 監査役の責任に関する検討 役員責任調査委員会は、監査役の善管注意義務について、会社の不適切・不適法行為等の存在にかかわらず、監査役の監査の対象範囲における、通常の監査業務を適法・適切に行う必要があり、これに反した場合には善管注意義務違反の責任を負うとしたうえで、監査役がその業務の過程で、会社の不適切・不適法行為等に該当する具体的事実又はこれを疑わせる事実を認識した場合には、自らの権限を行使してその是正を図り、又は不適切・不適法行為等の存在又は不存在を調査・確認すべきであり、これに反した場合には善管注意義務違反の責任を負うものと考えられるという判断基準を述べている。 こうした判断基準に基づき、役員責任調査委員会は、常勤監査役坂元重治氏、非常勤の社外監査役である小林冬海氏及び尾関真一郎氏については、いずれも、善管注意義務に違反しているとまでは判断できないと結論づけている。 4 善管注意義務違反による損害 役員責任調査委員会は、本事案に関して生じた損害について、次のとおりとしている。 そのうえで、上記2で「善管注意義務違反」が認められた各取締役の責任については、それぞれ、次のように判断している。 (1) 松村元会長 松村元会長は、売上前倒し事案、架空売上事案及びw事案のいずれについても善管注意義務違反が認められるのみならず、役職員らに実現困難な予算達成を強要し、そのための手段としての不正会計を指示ないし強要し、制止しようとした役員らに聞く耳を持たず不正会計を実行させたことから、本事案を遂行させた中心人物として本事案によってグレイスに生じた全ての損害について損害賠償責任を負う。 (2) 飯田元社長、田邉元取締役 飯田元社長及び田邉元取締役は、売上前倒し事案、架空売上事案及びw事案のいずれについても善管注意義務違反が認められるため、原則として本事案によってグレイスに生じたいずれの損害についても損害賠償責任を負うものであるが、具体的な損害賠償額に関しては、過失相殺に関する規定の類推適用の有無及び損益相殺の適用の有無が問題となり得る。 (3) 木ノ下元取締役、井上元取締役 木ノ下元取締役及び井上元取締役は、売上前倒し事案について善管注意義務違反が認められ、その余の事案について善管注意義務違反は認められないものの、本事案について内部統制システム構築・運用義務違反による善管注意義務違反が認められる。 しかしながら、両氏が、仮に内部統制システム構築・運用義務を尽くして特段の対応をとっていたとしても、本架空売上事案及びw事案については関係書類やメールの偽造等の巧妙な偽装が施されていたことからすると、これらを察知し予防することができたと断定することはできないことから、木ノ下元取締役及び井上元取締役は、本事案によってグレイスに生じた損害のうち本売上前倒事案と相当因果関係を有する損害について損害賠償責任を負うものであるが、具体的な損害賠償額に関して、相当因果関係の範囲のほか、過失相殺に関する規定の類推適用の有無が問題となり得る。 【調査報告書の特徴】 創業者でカリスマ経営者でもあった松本元会長が主導して行われてきた粉飾決算は、同氏の逝去後、約半年で露見し、2つの調査委員会によってその全容が明らかにされる。日本経済新聞は、2022年1月26日付で「グレイスの不正会計発覚、見抜けぬ監査に『制度疲労』」という記事を配信して、昨年秋以降に相次いで発覚している「重大な不正会計」について、特定の監査法人ではなく、大手監査法人全般で起きていることが特徴であると報じた。 1 架空売上の隠蔽工作に見る過去の会計不正との類似 グレイスによって行われた架空売上の偽装工作、①松村元会長ら首謀者が、主として新株予約権の行使で得たグレイス株式の売却益を原資とする自己資金を顧客名義でグレイスに振込入金していたこと、②会計監査人が顧客に対して実施する残高確認に際しては、顧客から残高確認状を回収して顧客名義を騙って回答を行っていたことなどは、株式会社シニアコミュニケーション「外部調査委員会調査報告書(2010年6月4日付)」で活写されていた隠蔽工作と驚くほど一致している。EY新日本監査法人の担当者が、株式会社シニアコミュニケーションの不正事案をどこまで知っていたかはわからないものの、売掛金残高確認書の金額が一致しているにもかかわらず、売掛金の回収遅延が頻発しているという「不正の兆候・端緒」が、架空売上の隠蔽工作の結果生じたものであるということへの想像力が働かなかったのは残念である。 2 特別調査委員会による調査結果の提供(役員責任調査委員会報告書3ページ以下) 役員責任調査委員会は、本事案に関し、原則として特別調査委員会調査報告書において認定された事実関係を前提として、調査及び検討を進めるため、特別調査委員会に対し、ヒアリング結果を記載した議事録等の資料を含む、特別調査委員会の保有する調査資料の提供を受けるべく、資料提供に関する資料に関係する当事者の意向の確認を実施し、同意が得られたものについて資料の提供を依頼したものの、特別調査委員会によるヒアリングは、対象者に対してその結果を責任追及のために用いない旨を伝えて実施しているものであること等を理由として、資料の提供及び資料に関する当事者の意向の確認はいずれも困難である旨の回答を受けた。 そこで、役員責任調査委員会は、調査及び検討に関し、特別調査委員会の協力を得ることを断念し、公表資料の記載、特別調査委員会調査報告書の記載、ヒアリング対象者及び内部関係者から提供を受けた資料、役員責任調査委員会が独自に行ったヒアリングの結果のみを基礎として、役員の善管注意義務違反等の有無を検討し判断することとしている。 3 課徴金納付命令勧告 証券取引等監視委員会は、2022年2月22日、「グレイステクノロジー株式会社における有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付及び訂正報告書の提出命令勧告について」をリリースして、金融商品取引法に基づく開示規制の違反について検査した結果として、内閣総理大臣及び金融庁長官に対して、①課徴金(2,400万円)納付命令、②訂正報告書の提出命令を発出するよう勧告を行ったことを公表した。 なお、法令違反の事実関係としては、グレイスが「売上の架空計上及び売上の前倒し計上等の不適正な会計処理を行った」ことから、関東財務局長に対し、金融商品取引法に規定する「重要な事項につき虚偽の記載」がある有価証券報告書及び四半期報告書を提出したと説明している。 これを受けて、関東財務局は、同年3月10日、「グレイステクノロジー株式会社に対する有価証券報告書等の訂正報告書の提出命令について」を発出して、有価証券報告書及び四半期報告書の訂正報告書の提出を命じた。 しかし、これらの訂正報告書はいまだ提出されておらず、EDINET(金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム)トップページには、「必ず御確認ください」として、関東財務局の発出した上記の命令に誘導する記事が掲載されている(本稿執筆時点(2022年7月25日))。 4 上場廃止 東京証券取引所は、2022年1月14日、グレイス株式を「監理銘柄(確認中)」として指定する旨のリリースを出し(※1)、監理銘柄(確認中)指定期間を、同日から上場廃止基準に該当するかどうかを認定した日までとしている。 (※1) 「監理銘柄(確認中)の指定:グレイステクノロジー(株)」 その理由として「グレイスが、2022年1月17日を提出期限とする延長承認を受けていた四半期報告書について、延長承認を受けた法定提出期限までに四半期報告書を提出できる見込みのない旨の開示を行ったことから、1月27日までに提出しなかった場合には、同社株式の上場廃止を決定するため、同社株式について、監理銘柄(確認中)に指定し、上場廃止となるおそれがあることを投資者に対して注意喚起する」と記載している。 グレイスは、1月27日までに四半期報告書の提出ができなかったことから、東京証券取引所は、同日、上場廃止及び整理銘柄への指定を公表し(※2)、グレイス株式は整理名柄指定期間の終了の翌日である2月28日をもって上場廃止となることが決まった。 (※2) 「上場廃止等の決定:グレイステクノロジー(株)」 5 会計監査人の異動 グレイスは、2022年3月9日、「公認会計士等の異動及び一時会計監査人選任に関するお知らせ」をリリースして、EY新日本監査法人が同日付で退任し、南青山監査法人を一時会計監査人として選任することを決議したと公表した。 異動に至った理由及び経緯について、グレイスは「上場廃止を受けてEY新日本監査法人と今後の監査対応等について協議した結果、監査及び四半期レビュー契約を合意解除することにした」としか説明していない。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第29回】 「「中小PMIガイドライン」を積極活用しよう」 ~その4:案件規模別に活用しよう~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 売り手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 支援機関(第三者) ⇒支援先の企業が円滑に事業を引き継ぎ、M&Aの目的やシナジー効果等を実現するために必要な助言ができるように、「中小PMIガイドライン」を参照する。 その他の対象者 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 1 「中小PMIガイドライン」の位置づけ 【第28回】まで3回にわたり、「中小PMIガイドライン」にもとづいて、主に中小M&Aの当事企業である買い手・売り手企業がM&A全般、PMI(※)の段階で遭遇する失敗事例を取り上げ、M&Aの成功に欠かせない対応策のポイントを紹介しました。 (※) Post Merger Integrationの略語で、狭義には、「M&A成立後の一定期間内に行う経営統合作業」を指しますが、本ガイドラインでは、M&A成立前後の「継続的な取組を含めたプロセス全般(PMIプロセス)」を中小PMIと定義しています(中小企業庁「中小PMIガイドライン」7ページ)。 失敗事例に基づくPMIの取組ポイントの紹介は、本ガイドラインの柱となっており、買い手・売り手が知りたいPMIにおける対応策はこれだけで十分に盛り込まれていますが、本ガイドラインには、これ以外にも実際のPMI実務において活用できる内容が豊富に用意されています。そこで、今回は、本ガイドラインの構成を踏まえて、案件の規模に着目して本ガイドライン活用のポイントを紹介します。 ちなみに、本ガイドラインは「買い手(譲受側)がM&A後のPMIの取組を適切に進めるための手引き」とされていることから、主に買い手による活用が期待されます。 売り手には「中小M&Aガイドライン」が別途用意されていますので、併せて活用することで、買い手・売り手双方のM&Aにおける手続きがより円滑に進むようになっています。無論、売り手からすれば、買い手が売り手をどう見るか、という点に気づけますので、売り手にとっても本ガイドラインを参照するのは有益です。 支援機関などにとっては、各ガイドラインを活用することで、対象企業の規模やM&Aのステージに沿った助言に役立てられます。 2 案件(企業)規模による活用 本ガイドラインは、対象企業や案件の規模に応じて参照、活用できるように、大きく基礎編と発展編に分けられています。 【案件のイメージ】 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」29ページを参考に筆者作成。 ①小規模案件については主に基礎編を、②中規模・大規模案件については基礎編に加えて発展編の参照が推奨されています。ただし、①と②の中間に位置する規模の案件の場合は参照箇所の判断に迷いますし、買い手が中規模・大規模であっても売り手が小規模の場合もありますから、必ずしも画一的な適用が当てはまるわけではありません。 一例ですが、上表のようにM&A対象の各企業の規模感を本ガイドラインが想定するパターンに当てはめた上で各社の状況によりフィットする箇所を参照・活用する方法や、統合後の組織が目指す規模感を考慮して参照箇所を探す方法などが考えられます。 上表の場合、買い手が小規模と中規模・大規模の間の売上高に位置し、売り手は小規模案件という想定ですから、基本的には基礎編を参照して、必要に応じて統合後の組織が目指す規模感を勘案しつつ発展編も併せて参照する、といった活用法が考えられます。 この点、本ガイドラインには、利用シーン別に該当箇所が示されており(中小企業庁「中小PMIガイドライン」2~4ページ)、対象企業の規模を問わず参照したい「PMIとは何かを理解したい方へ」に分類される各該当箇所のほか、「比較的小規模なM&AにおいてPMIに取り組もうとする方、及び支援を行おうとする方へ」「比較的大規模なM&AにおいてPMIに取り組もうとする方、及び支援を行おうとする方へ」といった案件規模に応じた該当箇所が示されています。 ですから、対象企業の規模感をある程度絞り込めれば、最短距離で効果的な対応策の紹介、説明にたどり着けるように構成されています。 また、支援機関には、これらとは別に「PMIへの支援を行おうとする方へ」とする該当箇所が示されており、各機関に応じた対応のポイントが見つけられるようになっています。 3 中小PMIガイドラインの構成 本ガイドラインの目次などから、案件規模別にどこを参照すればよいかを示しました。私見を含みますが、グレーの部分が参照を勧める箇所です。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 第1章では、案件規模や対象企業の別なく「中小PMIの全体像」を確認することで、M&A全体の流れや、流れの中での対応のポイントを整理できますので一読をお勧めします。 そのうえで、第2章で案件規模や対象企業に応じたPMI推進体制を確認すると、M&Aの成功に向けて、PMIにあたってどのような体制を構築すればよいかを把握できます。 その後は、案件規模に応じて、基礎編・発展編のどちらか、あるいはどちらも参照すれば、PMIの取組に向けたポイントが効果的につかめる構成となっています。支援機関は、関わる案件規模に応じた該当箇所を参照すればよいでしょう。 4 【基礎編】と【発展編】の構成 (1) 基礎編の小目次 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」40ページ 基礎編では、関係者との信頼関係の構築の中でも譲渡側(売り手)の経営者・従業員への対応をメインに説明しています。小規模案件では、売り手の経営者あってのM&Aになりやすく、優先順位も「経営者 > キーパーソン > 従業員」となることが多いですから、「誰に」「いつ」「何を」すればよいかを本ガイドラインによって押さえるのがポイントです。 抜け落ちやすいポイントとして、取引先や取引先以外の外部関係者との関係構築を疎かにしないという点が挙げられます。 本ガイドラインでは、この点もフォローしていますので、取引先、取引先以外の外部関係者に対するアプローチを怠らないようにしましょう。会社を買ったのはよいが取引先との取引継続が困難になり期待した売上や利益を得られない、といった状況になるべくならないようにしたいものです。 (2) 発展編の小目次 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」58ページ 発展編では、基礎編で「事業の円滑な引継ぎ」のみの記載にとどまっている業務統合の領域に関して、シナジーを生み出すための事業機能のあり方と、「人事・労務分野」「会計・財務分野」「法務分野」「ITシステム分野」それぞれの管理機能ごとの統合後の仕組みづくりのポイントを網羅的に説明しています。 経営統合の領域においても、基礎編の「経営の方向性の確立」に加えて「経営体制の確立」「グループ経営の仕組みの整備」が示されており、より組織的な経営が行われるためのポイントが書かれています。 これらのことから、発展編では基礎編に比べて、より成長志向型のM&Aを想定しているのがよくわかります。このため、たとえ、小規模案件のM&Aであっても、持続型のM&Aではなく成長型のM&Aを志向するならば、発展編を活用した対応が有効です。 * * * 「中小PMIガイドライン」は、これまで対策の必要性が認識されながらも、さほど重視されてこなかったPMIについて体系化を果たした指針です。単に、M&A成立後に活用するのではなく、自社のM&Aの目的にかなった相手先を探すためのヒントにもなるものですから、M&Aの前段階、M&Aの相手探しの段階から活用することも大いに考えられます。 (了)