税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第30回】 「用途によって異なることもある大規模画地の価格」 ~マンション用地と戸建用地~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 【第18回】では、「規模の大きな土地ほど単価が低いのはなぜか」ということについて解説しました(もちろん、これには例外的なケースもありますが、話を煩雑にさせないために、一般的な傾向を基に説明を行いました)。 今回も規模の大きな土地に関する内容を取り上げますが、【第18回】とは視点を変え、同じ規模の土地でも用途によって価格が変わり得ることを、マンション用地と戸建用地を例に考えてみます。 2 規模の大きな住宅地と価格の捉え方 住宅街にある大きなグラウンドが閉鎖され、所有者がいざこれを売却しようとした場合、その買い手として誰が思い浮かぶかが問題となります。過去の高度成長期のように余裕のある企業や法人が厚生施設として買収し、同じような用途で使用してくれれば何らの不安はありませんが、昨今ではなかなかこのようにはいかなくなっているのが実情です。 ところで、鑑定評価では、買い手候補として予想される人を指して「市場参加者」と呼んでいますが、住宅街にある大規模な土地(=大規模画地)の市場参加者としては、マンションの開発分譲業者又は戸建住宅の分譲業者が、現在では主な候補にあげられます。そのため、不動産鑑定評価基準では、大規模画地に関しては取引事例比較法等のほかに、開発法という手法も規定し、分譲業者がその土地を購入するとすれば、いくらくらいまでであれば採算が合うかという視点から逆算して土地の試算価格を求めることとしています。 なお、一概に開発法といっても、マンション業者と戸建業者では事業の仕組みも異なることから、適用に当たっての算定要素も以下のように異なっています。 3 マンション開発前提と戸建分譲前提で土地価格が異なる理由とは 大規模画地に戸建住宅を建築して分譲しようとする際には、〈資料2〉のように対象地内に新しく道路を敷設する必要があります。そうすると、道路部分は潰つぶれ地となって有効宅地面積は減少し、その分だけ宅地の販売価格も減少します。そこで、戸建分譲業者としては、道路新設によって生ずる潰地の価格をゼロとみて、その分だけ少ない金額で土地を購入しなければ採算が合わないことになります。 さらに、諸々の費用や経費、業者利潤も差し引いた金額で採算的に購入可能な土地価格を試算するという考え方が事業の基本的な仕組みとなっています。不動産鑑定士が戸建分譲を前提とする開発法を適用して土地価格を求める際には、このような考え方を背景として評価しているのが通常です。 これに対し、マンション開発の場合には戸建分譲のような道路新設による潰地は発生しません。ただし、自治体の定めた開発指導要綱等により、敷地内に新たに公共公益的施設用地(公園等)の提供を求められる場合があり、その分だけ有効宅地面積が減少することがあります(自治体の定めた上記要綱等により、開発対象面積が一定規模を超えない場合は公共用地の提供が不要なことも多くありますが、扱いは自治体ごとに異なっています)。このような点を除き、不動産鑑定士が開発法を適用する際の考え方は戸建住宅の場合と共通しています。 それでは、マンション開発前提と戸建分譲前提で土地価格が異なるのはどのような理由によるのでしょうか。端的にいえば、対象となる敷地内に道路等の潰地が発生するかどうかという点に行き着きます。マンション開発の場合は敷地の一体利用が前提となるため、道路等の新設に伴う潰地は発生せず、購入可能土地価格を検討する際には潰地による価値の減少を考慮する必要はないからです。 また、マンション用地の場合、その需要が高く容積率も大きい地域であれば、分譲可能戸数をそれだけ多く確保でき、販売総額面からしても採算的に十分な計画が見込まれれば、大規模画地であることによる減価を考慮する必要のないケースもあります。このようなことから、大規模画地の価格は用途により異なることがしばしばあるというのが実情です。 4 留意点 鑑定評価の対象となる大規模画地がマンション適地であるか戸建住宅の適地であるかについて、不動産鑑定士は近隣地域の土地利用状況や市場動向から判断して分析を行っています。その上で、開発法の適用に先立ち、対象地にどのような建物(マンションか戸建住宅か等)を建築することが最も有用(=最有効使用)であるかを前提に評価額を求めているのが通常です。 なかには、容積率が200%活用できる地域にありながら(例えば、用途地域が第一種中高層住居専用地域内に指定されていながら)、実際に建築されている住宅のほとんどが戸建住宅であるといった地域も珍しくはありません。このような地域は往々にして最寄り駅から離れており、都市計画法や建築基準法の上ではマンション建築が可能であるものの、その需要がきわめて少ないなど、共通する特徴が見受けられます。このような地域内にある大規模画地にマンション開発を前提とする開発法を適用して土地価格を求めてみても、その結果は絵に描いた餅に過ぎないことは経験則からしても明らかです。 (了)
〈エピソードでわかる〉 M&A最前線 【第2回】 「物流企業のM&Aによる後継者不在問題解決」 株式会社日本M&Aセンター 提携統括事業部 東日本会計部 シニアチーフ 中小企業診断士 豊田 元幹 【第2回】から、実際のM&A事例を紹介しながら、具体的にM&Aに対するニーズや落とし穴についてご説明いたします。今回は、物流業のM&A事例を様々なポイントと具体的なエピソードと共にご紹介します。 【売り手企業データ】 ※具体的企業名などを伏せるため、一部内容を変更しています。 1 事業の先行きの不透明さ、後継者のいない状況への不安 社長が日本M&Aセンターのセミナーに参加されてから数日後、私は上席と共にご自宅にお伺いしました。当日は奥様も交え、約3時間のご面談の中で創業の経緯とその後の事業展開、対象会社の強み、現在抱えている経営課題、譲渡後の展望などについて詳細にヒアリングしていきました。 同社は、社長が50代で創業したこともあり、創業から20年を超え、社長のみならず従業員も高齢化してきていることから、運送業にとって重要な体力面・運転時の瞬時の判断力などが低下し、事故やクレームの頻度が上がっていました。また、取引先からのサービスに対する要望が日に日に厳しくなり、多頻度小口配送への対応や、配送時間帯の指定に対しての待機時間、逆に遅配に対するペナルティが頻発。その他にも、道路交通法の厳格化による配送時の駐車場所確保など、山積する問題に日々対応していました。 社長は経営者兼ドライバーとして、率先垂範で対応される一方、事務関係を対応されていた奥様が、度重なる負担から精神的に参ってしまったため、一時勤務できない状態となり、経営状態の悪化に拍車がかかりました。外から見る限りでは平穏に見えますが、内情はかなり厳しいものでした。 このような状況ですが、社長は自身が創業者であることの責任感と、自分から仕事を取られると何も残らないといった考えに加え、役員報酬もご夫婦でそれなりに取られていたため、M&Aで譲渡することに対しては懐疑的でした。一方、奥様はすでに自身の能力の限界を感じておられ、一刻も早く経営から退きたいとの意向でしたが、後継者として子息がやってくれるのではないか、とこの時はまだ期待をしている様子でした。社長も、子息への承継を考えつつ、並行してM&Aで第三者へ譲渡することを進める意向を固められ、日本M&Aセンターへ正式に仲介を依頼いただきました。2020年2月下旬のことです。 2 元従業員からの未払残業代請求、社長になりたい子息、従業員の事故 その後、何度も対象会社の自宅へ訪問し、企業評価に必要な資料の回収と、ヒアリングを重ねていきましたがなかなか資料が集まりませんでした。基本的な会計業務は顧問の税理士へ依頼していたため、社長夫妻と相談の上、会計事務所へM&Aを検討している旨を開示し、資料提供の協力を求める対応で解決していきました。 ようやく資料回収に目処がついてきた4月上旬、ある一通の手紙が社長夫妻へ送られてきました。内容は、元従業員の代理人からの未払残業代支払の通知に関するものでした。そこには、約2年間の勤務の間で、450万円の支払いを求める内容となっていました。結局、社長夫妻も弁護士を立て、最終的には示談金を支払い解決しました。 その後、企業評価と企業概要書が概ね完成したため、5月のゴールデンウィーク中に社長夫妻へ確認いただくためご自宅へ伺いました。その日は他企業に勤める子息(30歳)が休暇で実家に帰ってきておられました。社長夫妻に求められ、彼にM&Aの件をお話しすると、突然その子息が「自分が継ぐ」と言い出したのです。社長夫妻としては嬉しそうでしたし、もちろん子息が継ぐのも良い選択肢ではあるのですが、私共から継いだ後のリスクについて説明すると、最終的にはM&Aで第三者へ受け継いでほしい、と意見が翻りました。 その大きな理由は、 といった点でした。 事業承継が全国で進まない理由に、同じような問題を抱える企業が数多あるのだと思います。当日は評価書の説明と希望の譲渡価格を設定し、お相手探しが始まりました。 それから約1ヶ月後の6月初旬、同じく関東近郊の運送業を営む法人より、買収意向を提示いただきました。トップ面談を実施し、お互いの相性を確認の上、買い手から提示された条件で合意。買収監査は売り手・買い手双方の休日でスケジュール調整の上、6月中旬に実施しました。事前に周到に準備した効果もあり、特段大きな問題が出ることなく、最終契約へ進めていく手筈となりました。 その矢先、ある問題が発生しました。従業員が人身事故を起こしてしまったのです。買い手からはどの程度の賠償金額となるのかが未確定の中ではM&Aが進められない、とのことでM&Aの話はストップしたいとの要望が提示されました。社長夫妻としても、さすがに納得せざるを得ませんでした。その2週間後、幸いお相手の方は軽傷で済んだとの連絡が社長夫妻に入ったのですが、将来的な障害の発現などは確定できないとの診断が医師よりなされたことにより、買い手からは株価の減額で対応いただきたいとの条件提示がなされました。 3 条件合意、株式譲渡契約から従業員発表へ 社長夫妻にとって非常に難しい判断となりましたが、今後の自社の成長発展と社員の雇用継続を考え、条件に合意する運びとなりました。そして、その事故発生から約1ヶ月半後の7月下旬、無事に株式譲渡契約書への調印・資金の決済を確認し、従業員への開示を実施しました。 社長夫妻と買い手企業の新社長から従業員への説明がありましたが、従業員からの質問は1つ、「社名は変わりますか?」とのことでした。日本M&Aセンターが仲介するM&Aでは、社名はそのままであることがほとんどで、本件も変更なく継続して社名を使用することとなりました。現在では、社長・奥様ともに引き継ぎを終了し、ご退任されています。従業員もイキイキと勤務され、若手の社員も徐々に増えてきている、とのことです。 ◆売り手企業のM&Aによる効果◆ 後継者不在問題の解決 廃業の回避と従業員の雇用の継続 M&Aによる経営基盤の強化 従業員の勤務環境の改善 買い手企業のリソースを活用した若手社員の採用 (了)
2022年6月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.473を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第108回】 「節税商品取引を巡る法律問題(その2)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅱ 節税商品取引を抽出する研究の試み 前回(その1)では、節税商品取引における「投資者保護」の必要性について述べた。今回は、節税商品取引を抽出して研究する意義について、次の①②を前提に整理しておくこととしよう。 1 米国訴訟との比較による節税商品過誤訴訟の今後の趨勢 米国では、租税専門家の意見を信じて投資をした者が、爾後の課税庁の調査によって税務否認されるなどして被った不測の損害の回復を求めて、節税商品の販売者や租税専門家に対して損害賠償請求をする事案が多い。これをタックスシェルター・マルプラクティス(Tax Shelter Malpractice)訴訟などと呼ぶが、米国におけるかような訴訟の頻発に比べれば、我が国の節税商品過誤訴訟は格段に少ない。 しかしながら、発生する事案についての全体的な傾向は概ね近似しており、問題発生の傾向は、米国におけるタックスシェルター・マルプラクティス訴訟が示唆するものと大きく異なるところはないと考えられる。 今後、節税商品過誤訴訟が増加するかという観点からタックスシェルター・マルプラクティス訴訟を検討するに当たっては、その発生原因を観察することが肝要であろう。 2 米国におけるタックスシェルター・マルプラクティス訴訟の状況 Tax Shelterとは、「租税裁定取引を用いてタックス・ポジションの変更を行うことを目的とする取引を法的に定型化し、それにファイナンス取引に代表されるような投資商品等の装いをほどこして、納税者に対して販売するもの」であるとされる(中里実『タックスシェルター』13頁(有斐閣2002))。 米国においては、弁護士や公認会計士といった専門家の助言に従ってTax Shelterに投資した者が課税処分を受けたことに起因して不測の損害を被ったことで、かかる助言を行った専門家等に対する説明義務違反を問う事件は非常に多く、これがタックスシェルター・マルプラクティス訴訟の典型例であるといえる。 米国における過誤の発生原因は、大きく次の2つに分類することができる。 (※1) Renovitch v. Kaufman, 905 F. 2d. 1040(1990). (※2) Pasternak v. Sagittarius Recording Co., 617 F.Supp. 1514(Mich. 1985). (※3) Adell v. Sommers, Schwartz, Silver and Schwartz, P.C., 170 Mich. App. 196, 428 N.W.2d 26(Mich. 1988). (※4) Eriks v. Denver, 118 Wash. 2d 451, 824 P.2d 1207(Wash. 1992). (※5) Gould v. Sachnoff & Weaver, Ltd., 240 Ⅲ. App.3d 243, 607 N.E.2d 1318(1992). 我が国の節税商品過誤訴訟のほとんどが第一類型に分類される事例であるのに対して、米国におけるタックスシェルター・マルプラクティス訴訟では、第二類型の事例が豊富かつ多様であることを指摘できよう。 なお、Turtur v. Rothschild Registry lnternational, Inc.事件(※6)のように、上記の第一類型、第二類型の両方に分類されるような、過誤の発生原因が混在している事例もある。同事件は、コンピュータ設備リースを利用したTax Shelterが、内国歳入庁により否認されたことに加えて、コンピュータ設備自体がインフレとなり、リースによる節税効果が減殺されたという経済情勢の観測の誤りも過誤の発生原因とされたものである。 (※6) Turtur v. Rothschild Registry lnternational, Inc., 26 F.3d 304(2d Cir. 1994). その他、米国では多様なTax Shelterの態様に応じて、様々なタックスシェルター・マルプラクティス訴訟が発生している。 3 我が国の節税商品過誤訴訟の状況 我が国における節税商品過誤訴訟も、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟と同様に、第一に節税商品の構造自体に欠陥があるケースと、第二に課税庁に否認されるケースに分類することができる。 第一に、商品それ自体に商品構造上の欠陥があり、節税効果がそもそも認められるものではなかったとする事例として以下のような事例を挙げることができよう。 なお、多くの変額保険訴訟や匿名組合契約を利用した不動産投資事件(大阪地裁平成9年5月29日判決)に見られるような、当初の経済情勢に関する観測の誤りによる商品設計に過誤原因が認められる事例はこの第一類型に分類される。 第二に、課税庁からの否認により節税効果が減殺されたとする事例もある。 4 節税商品取引を巡る環境の変化 このように、Tax Shelterの構造や販売方法の多様性などから、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟には様々な態様が認められるものの、基本的には我が国における節税商品過誤訴訟も同様の傾向にあるといえる。 米国においても我が国においても、過誤訴訟における被害の発生原因は概ね類似したものと解される。そうであるとすると、我が国の節税商品取引においても、米国と同様の被害発生原因が解決されず、節税商品取引を巡る環境が米国のように変化するのであれば、節税商品過誤訴訟は米国と同様に増加するものと推察される。 そこで、次に、米国における節税商品取引を巡る環境の特徴を見ると、次のような傾向を指摘することができる。 このような傾向について、我が国の状況を概観すると、最近では、①我が国においても、単純なものから国際的ストラクチャーを利用した極めて複雑なものまで、多様な節税商品が次々と登場していること(窪田悟嗣「資産の流動化・証券化をめぐる法人課税等の諸問題」税大論叢37号191頁(2001))、②これに対して課税庁における新たな租税回避否認理論による否認攻勢の動きも活発化していること(中里実・前掲書221頁)、③我が国においても訴訟社会の到来を迎え、税理士補佐人制度が創設されるなどして訴訟の活用の利便が図られていること、といった環境変化が認められる。 このようなことを考えると、今後、我が国における節税商品過誤訴訟が増加することは想像するに難くない。 5 タックスシェルター・マルプラクティス訴訟と節税商品過誤訴訟の相違点 もっとも、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟と、本稿で検討を試みる節税商品過誤問題とは次のような理由から同一に論じることはできないとする見解も想定される。 すなわち、まず、Tax Shelterというものの定義が暖昧であることを挙げることができよう。Tax Shelterは課税逃れのみを目的とするものと捉える見方が通説的な見解であるところ、ここでは、広く課税逃れ商品をも含めて「節税商品」として検討を試みようとするものであり、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟を節税商品過誤訴訟の趨勢を占う素材として捉えるのは相当ではないとの見解が想定される。 しかし、節税商品取引における販売者と投資者との間の情報格差の問題は、一般的金融商品取引に比して一層顕著であり、より説明義務の要請は高いという見地からこの点を議論するものであり、課税逃れ商品と純粋な節税商品とを区別して検討する根拠は乏しいと考える。厳然たる情報格差の問題は、節税商品取引においても課税逃れ商品取引においても介在することを看過してはならない。 次に、一般的に、マルプラクティスとは、医師、弁護士、公認会計士などの専門家が、その業務を正しく行わず、患者や依頼人に損害を負わせることをいい、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟は、専門家責任を取り上げるものであるから、専門家責任に限定しない広域な節税商品過誤訴訟の趨勢を検討する素材として捉えるのは相当ではないとの見解が想定される。 ここでも販売者の専門的知識の問題や専門家責任の議論を取り上げるものであるが、本稿の議論はそこに止まるものではない。節税商品過誤における投資者の被害の多くは情報格差にその原因があると解されるのであって、情報格差に基づく自己決定権侵害の問題、すなわち説明義務の問題を中心に捉えることができると考えている。 この点、租税の専門家の負う忠実義務の中心は、自己決定権を納税者に留保した上での高度な説明義務であると理解でき、広く説明義務の問題の一環として専門家責任の問題を議論することができると考える。 このようなことから、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟を検討することは、射程範囲を完全に重ね合わせることはできないとしても、節税商品過誤訴訟の趨勢をみるに有用であると理解する。 (続く)
〈判例評釈〉 相続マンション訴訟最高裁判決 -相続税の節税目的で取得したマンションに対する評基通6項適用の可否が問われた事例- 【後編】 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 3 本件判決への評価と実務対応 (1) 抜かないが故の「伝家の宝刀」 本件判決に接して真っ先に思ったのは、課税庁は日頃から「伝家の宝刀」を抜かないで済むための対応を怠るべきでないということである。ここでいう伝家の宝刀とは評基通6項のことであるが(※4)、なぜ抜くべきでないかといえば、評基通6項とは通達による評価の「否認」、すなわち自らが規定した評価方法(本件の場合は路線価による評価、評基通11)に「欠陥」があることを認めることにつながりかねず、その行為は「自己矛盾」というべきものであるからである。 (※4) 新聞でも、独自に評価をやり直せる例外規定である評基通6項のことを「伝家の宝刀」と称している。2022年4月19日付朝日新聞及び2022年2月28日付日本経済新聞参照。 本件においてなぜ伝家の宝刀を抜いたかと課税庁に問えば、恐らく、目に余る租税回避行為に対処するためであり、路線価による評価に欠陥があるわけではないからとの回答があるだろう。確かに、財産評価基本通達における土地の評価は、それがストックの状態であることが前提に定められているため(※5)、売買がなされているケースのようなフローの状態の評価額とで差異が生じるのはやむを得ず、それに乗じて納税者が租税回避行為を行った場合には、適切に対処するのが課税庁の役割という見解にも一理あるだろう。 (※5) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)740頁参照。 しかし、後述するように、本件のようなマンションの評価方法に構造的な欠陥がある場合、その欠陥を是正せずに評基通6項を用いて課税処分を行うのは、執行機関のあり方として妥当とは到底思えないところである。残念ながら、この点については最高裁までの判決文において一切触れられていないのである。 (2) 路線価評価の構造的な問題点 上記(1)の観点からいえば、本件の本質的な問題点として、例えばタワーマンションの事例(※6)のように、路線価による敷地の評価額が売買実例等に基づく「時価」よりも相当程度低いという状況が一定年数持続している事例が少なからず存在するという点(※7)が挙げられよう。 (※6) この問題点については、例えば、拙著『相続税調査であわてない「名義」財産の税務(第3版)』(中央経済社・2021年)293-303頁参照。 (※7) マンション評価の困難性については、品川芳宣・緑川正博『徹底討論 相続税財産評価の論点』(ぎょうせい・1997年)107-111頁及び大淵博義「著名税務判決の判例理論とその不整合性(Ⅰ)」『租税訴訟』第13号82-84頁参照。 国税庁によれば、路線価は原則として「時価(公示価格水準)」の8割程度を目途に評価されている(※8)ことから、それを上回るような乖離が生じることは(高い場合も低い場合も)望ましくないといえる。仮にそのような乖離が生じている場合には、課税庁はその乖離を縮減すべく速やかに適切な路線価を設定すべき責任を負っているものと考えられる。 (※8) 品川・緑川前掲(※7)76頁。なお、地価税の実施を機に従来の70%から引き上げられたとされる。金子(※5)739頁脚注8参照。 そうすると、例えば、特定の年度において路線価と売買実例等に基づく「時価」との間にたまたま乖離が生じていても、それをもって直ちに路線価の設定に問題があるということはできないものの、それが数年にわたって継続しているような場合には、課税庁による路線価の設定に問題があるということになるのではないだろうか。 これが正しいとすれば、時価の8割という水準から相当程度乖離した「問題のある」路線価を是正せず放置している課税庁は、妥当な路線価を設定するという責任を果たさなかったという意味において、不作為の責めを負うこととなるものと考えられる(※9)。特に本件においては、甲・乙不動産共に路線価に基づく評価額は鑑定評価額(時価)のわずか25%程度にすぎず、その乖離の程度は著しいといわざるを得ないことから、路線価の設定そのものに不備があるという指摘は、課税庁に対して決して酷なものとはいえないであろう。 (※9) 筆者はこの点について既に別稿にて指摘している。拙稿「路線価と時価とが乖離した不動産に対する評基通6項の適用基準」『税理』2020年11月号147-148頁参照。 最高裁は、「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する」という旨を指摘しているが、それでは、本件のような場合、いずれも借入れによる取得をしているケース(※10)で、取得後一定期間を経過している者には路線価による評価額を認める一方で、相続直前(※11)に取得した者には路線価による評価額を認めないことも十分あり得るのであるが、そのような場合の公平性は無視してよいといえるのであろうか(※12)。 (※10) そもそも、借入れによる取得を殊更に問題視するのも妥当とはいえないのではないだろうか。相続税の財産評価で問われるべきは、評価額そのものの妥当性であり、評価額の乖離が借入れによる取得という租税回避行為の「呼び水」となっているのであるから、取得の経緯を過大視すべきではないと考えられる。 (※11) 「直前」をいつまでとみるのかも問題となり得る。私見では、長くて精々1年程度とみるべきであろう。拙稿前掲(※9)論文147頁参照。 (※12) 以前にも指摘したことであるが、マンションと一戸建てとの間の評価の公平性も考慮されなければならないであろう。拙稿前掲(※9)論文148頁注11参照。 私見では、このような場合、路線価を迅速に引き上げるといった対応(※13)により、両者間の公平性についても十分重視すべきであるし、それが課税庁の責務であると考えるところである。本件において、この点が裁判所において特に審理されることがなかったのは、残念としかいいようがない。 (※13) タワーマンションの場合、路線価を引き上げることで低層階の評価額につき時価の8割水準まで持っていくことができても、高層階は引き続き時価を相当程度下回る水準にとどまるケースも想定される。ここではまず、第一段階において早急に路線価を引き上げ、第二段階として低層階と高層階の較差を是正する評価法を検討するというステップを経ることでよいのではないかと考えられる。 (3) 収益還元法の位置づけ 本件において注目されるのが、課税庁が通達に拠らない課税を行う際の評価額として採用したのが、不動産鑑定士による鑑定評価額であり、当該評価額は収益還元法(DCF法及び直接還元法)による収益価格を用いたという点である。 相続税法上の不動産の「時価(相法22、客観的交換価値)」を算定する際、土地の収益性に着目して評価する収益還元法を採用することは、近年、裁判例においても認められているところである。例えば、東京地裁平成15年2月26日判決・税資253号順号9292(TAINSコード:Z253-9292)では、「土地の客観的な交換価値を算定する際には、当該土地によりどの程度の収益が得られるかを考慮することは意義のあるものであり、土地の収益性に着目してその価値を算定する収益還元法は、その算定に著しい困難性や不合理性がない限りにおいて、できる限り斟酌されるのが相当であるというべき(下線部筆者)」と判示されている。 これは、不動産鑑定士が不動産の鑑定評価を行う際に参照される「不動産鑑定評価基準」において、収益還元法は、「文化財の指定を受けた建造物等の一般的に市場性を有しない不動産以外のものには基本的にすべて適用すべきものであり、自用の不動産といえども賃貸を想定することにより適用されるもの(※14)」と位置付けられていることを反映しているためと考えられる。また、平成14年7月3日に全面改正された同評価基準においては、収益性を重視した鑑定評価をさらに充実させるために、従来の直接還元法に加え、DCF法が導入されるに至っており、収益還元法は、土地の客観的交換価値を的確に把握する評価の手法として、確固たる地位を築いているものと考えられる。 (※14) 国土交通省「不動産鑑定評価基準(平成26年5月1日)」27頁。 そのため、本件のような時価と路線価との乖離を利用した租税回避事案に対して、課税庁は、まずは調査において相続開始直前の取引価格が路線価と乖離していることを把握しそれを問題視するのであろうが、課税処分に当たっては、相続開始時点と直前の取引のあった時点とが1年を超えているような場合(※15)には、取引価格をもって「時価」とすることは困難であるため、より妥当な時価を算定するため、当該収益還元法による評価額を採用することとなるだろう。そのため、相続税を扱う税理士は、今後、不動産鑑定評価における収益還元法の基本的な手法についても知識を仕入れておくことが必要になるのではないかと考えられる。 (※15) 前掲(※11)参照。 さらにいえば、商業地にあるビルの敷地やタワーマンションの敷地など、収益性が高く(現行の)路線価との乖離が生じやすい不動産については、財産評価基本通達においても収益還元法による評価を基本とすべく改正を行うべきものと考えられる。 (4) 通達による評価の問題点 相続税実務において、財産評価基本通達による財産の評価は広く定着しており、それによる評価額が明らかに「時価」よりも高いといえる場合のような例外的なケースを除き、当該通達により評価額を算定するのが通例である。 このような財産評価基本通達は、上級行政庁が法令の解釈を下級行政庁に対してなす命令(法令解釈通達)であるため、一般には、裁判所や裁判官を拘束し判決理由となり得る「法源」には該当しないと考えられているが、例えば、市街地的形態を形成する地域にある宅地には路線価を適用するなどというケース(評基通11(1)参照)は、その内容が長きにわたり不特定多数の納税者に対し継続的・反覆的に適用されている実態があることから、法源としての「行政先例法」に該当すると解される余地がある(※16)。 (※16) 金子前掲(※5)740頁参照。 そうなると、そのような機能を持ち、かつ実務上の重要度が極めて高い財産評価基本通達が、そもそも法源や裁判規範としての地位が曖昧な「通達」のままでよいのかという疑問が生じ得る。租税実務においては、リース通達(※17)や債権償却特別勘定(※18)など、かつては通達の規定であったものが、その後法令に「昇格」するケースも稀ではない。財産評価基本通達の主要な規定が行政先例法といえるような内実を伴っているといえるのであれば、むしろ積極的に法令への昇格を真剣に検討すべきであるといえる。 (※17) リース通達は平成10年度の税制改正で政令化し、さらに平成19年度の税制改正で法律(所法67の2、法法64の2)となった。 (※18) 従来通達によって認められてきた個別の金銭債権についての貸倒引当金をこのように呼んでいたが、平成10年度の税制改正で法制化されている(法法52①)。 仮に、法令化後の財産評価に関する規定に基づく評価額(※19)と「時価」との間に乖離が生じた場合には、なぜ現行の規定では時価との間に乖離が生じることとなるのかにつき、本件よりもさらに突っ込んだ審理がなされたのではないかと考えられ、これこそが本件において裁判所が果たすべき役割だったものと考えられる。 (※19) 仮に法令化がなされたとしても、路線価等の設定には現在と同様に課税庁の職員の関与があるものと想定される。 (5) 実務上の留意点 本件最高裁判決は、上記でみてきたような重要な事項に関し判断を下していないという意味で、問題があるといえよう。しかし、仮にそうだとしても、最高裁の判決が実務に与える影響は小さくなく、実務家としては、それへの対処を怠ってはならない。さしあたり、以下が留意点となるだろう。 まず評基通6項の適用要件であるが、売買価格等の時価と乖離している路線価が付されているマンションの敷地については、今後も当該条項の適用可能性は十分にあると覚悟すべきである。その場合、税理士として、以下の点が検討項目となるであろう。 ① 不動産を取得してから相続発生時までの経過期間 不動産を取得した時点が相続発生時に近接していればいるほど、土地がフローの状態に入っていると考えられることから、現行の評価通達に基づく路線価ではなく取引価額(ないしそれに類する収益還元法等)によるべきとの判断に傾くであろう(※20)。 (※20) 金子前掲(※5)740頁。 ② 被相続人が不動産を取得した経緯 これは、最高裁が「被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる」という旨指摘している通り、相続税負担軽減の意図の有無が問われるということである。 ③ 時価と路線価による評価額との乖離度合 路線価が時価の8割程度ということを踏まえると、8割を下回ったら直ちに問題となるというのは少し行き過ぎであり、あえて数値を示せば、路線価が時価の50%以下となった場合というのが1つの目安となるのではないだろうか(※21)。 (※21) 拙稿前掲(※9)論文146-147頁参照。 ④ 不動産鑑定評価及び収益還元法の採用 次に評価方法であるが、上記①~③の要件に当てはまりそうな不動産については、現行通達の評価方法以外に、収益還元法による評価方法も「押え」で行っておく必要があるだろう。その場合、残念ながら現状、税理士の行った収益還元法による評価方法により相続税の申告を行ったとしても、課税庁がそれを容認する可能性は低いと思われるため、代替的に、不動産鑑定士の鑑定評価額に基づき申告を行うしかないであろう。税の専門家でありながら、税理士が課税物件の価額算定の枠外に押しやられてしまうのは誠に残念な事態ではあるが、今回の最高裁判決を踏まえた実務対応という観点からは、やむを得ないといえよう。 ただし、一方で、これまでも不動産鑑定士の評価額が時価と認められなかった裁判例は少なくない(※22)。税理士としても、本件のような事例への対応の観点から、不動産鑑定士に評価を丸投げするのではなく、評価方法の妥当性について検証できるよう、収益還元法による評価方法(※23)についての基礎知識を習得すべきといえそうである。 (※22) 例えば、名古屋地裁平成16年8月30日判決・判タ1196号60頁では、いずれも不動産鑑定士の評価に関し、1つ目の土地において課税庁側の鑑定には、道高架の隣接による減価要因の無視や容積率の認定誤りという重大な問題点があり、2つ目の土地においても課税庁側の鑑定には、接道条件の誤認ないし無視という重大な問題点があったが、裁判所側の鑑定評価にはいずれの問題点もなかったため、課税庁側の評価方法は採用されず、納税者勝訴となった。なお、納税者側の鑑定評価が斥けられた裁判例として、東京地裁平成28年7月15日判決・税資266号-104順号12882がある。 (※23) DCF法のような将来キャッシュフローベースの評価方法は、相続税のみならずM&Aや移転価格税制に関する法人税の取扱いにも応用できるため、その技法の取得は有意義といえよう。 (連載了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第42回】 「取引先の上場会社が持つ株式の買取り」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私(L)は70歳で製造業(R社)を経営しています。私が所有するR社株式については、後継者である私の子供へ承継する目途がつきました。ところで、今般、取引先のF社(上場会社)より、F社が所有する私の会社(R社)の株式を買い取ってほしいとの相談がありました。 F社には、関係強化を目的に30年間にわたってR社株式の4%を保有してもらっていました。10年前までは多くの取引がありましたが、近年の取引額は減少傾向にあります。当時の簿価純資産価額が1株当たり約600円だったR社株式を、私から額面金額(50円)でF社へ売却したので、私としては額面金額でR社に自己株式として買い戻したいと思っています。どのように交渉すればよいでしょうか。 ちなみに、R社は額面金額の10%前後の安定配当を毎年出してきたので、F社は投資額を十分に回収できているはずです。例えば、時価純資産価額ということになると額面金額の50倍以上になり、全く経営に関与していない少数株主にその金額を支払うことには納得できません。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 株価の考え方 (1) 評価方法 非上場株式の株価については、様々な算定方法がありますが、原則として第三者間で協議して合意した金額は「時価」となります。 税法においては相続発生時に非上場株式の評価ができるよう、財産評価基本通達にその評価方法が定められています。 財産評価基本通達による評価方法では、決算書や法人税の申告書があれば計算できますので、株価の交渉前に通達に沿って配当還元価額、時価純資産価額、類似業種比準価額を算出してみるのがよいと考えます。 一方、会社のM&Aなどにおいて一般的に用いられるディスカウントキャッシュフロー法(DCF法)は、通常、将来にわたるキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算出した後に、純有利子負債利子を控除して算出します。 この手法は会社の将来予測に全面的に依存しているため、株価を交渉する当事者が計算するのではなく、通常は第三者機関である外部のコンサルタント等が計算を行います。 外部のコンサルタントが計算すると当然ながら報酬が発生しますので、当初から外部のコンサルタントに依頼するのではなく、まずは会社自身又は顧問税理士が財産評価基本通達上の計算をする方がコストを抑えられます。 実務上も、財産評価基本通達による株価で取引が成立することは多々あります。 (2) 上場会社のスタンスの変化 東京証券取引所により公表されたコーポレートガバナンスコードにより、上場会社が保有する政策保有株式について、以下の通り対応すべき原則が公表されています。また、ホームページにおいて政策保有株式の取扱い方針を掲載している大手企業も見受けられます。 2010年頃までは「今までお世話になったので」ということで、配当還元価額のような安い株価で買い戻せる事例もあったように思います。 しかし、近年、上場会社は株主、社外取締役へ取引価額の説明が求められるようになりましたので、非上場株式であっても会社の財務内容を反映しない価額での取引はできないと考えたほうがよいでしょう。 [2] 裁判ではどのような結果となるか 株価について両社が折り合わずに裁判になったとき、どのように判断されるかについて、ご相談の場合と類似した裁判例があります(札幌高等裁判所平成16年(ラ)第88号株式価格決定に対する抗告事件(抗告棄却)【判例タイムズ1216号272頁】、TAINSコード:Z999-6030)。 [3] 結論 ご相談の場合、例えば、配当還元価額をベースにして、純資産・類似業種比準価額等を一部加味した低い金額から先方と交渉するのはいかがでしょうか。F社も自らが少数株主ということは理解していると思いますので、交渉のテーブルにはつくと予想されます。 今回は買取義務が生じていないようなので、価格で折り合わない場合は無理に買い取る必要はないと考えます。一方で、どうしても今回買い取りたいときは、従業員持株会を設立してそこへ配当還元価額で譲渡してもらうという方法もあります(従業員持株会への譲渡の場合には配当還元価額での売却に応じてくれる可能性があります)。 注意点としては、交渉は従業員任せにせずL氏がしっかりコミットすることです。 実際の手続きに際しては、税理士等の専門家に相談することをお勧めします。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第40回】 「準事業と特定貸付事業を相続した場合の貸付事業用宅地等の判定 (新たに貸付事業の用に供された宅地等がある場合の判定手順)」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は令和4年6月3日に相続が発生し、その所有するAマンション、Bマンション、Cマンションを配偶者である乙が相続しました。 不動産の利用状況は、下記のとおりです。 なお、甲は所得税の確定申告において令和2年まで青色申告特別控除10万円の適用を受けていましたが、Bマンションを相続により取得した後は、5棟10室基準を満たすことになったため、令和3年以後は、事業的規模として65万円の青色申告特別控除の適用を受けています。 平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から、被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等(相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた被相続人等の当該貸付事業の用に供されたものを除く)」が除かれることになりましたが、Bマンション及びCマンションは、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当し、かつ、甲が相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていないため、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の対象にならないと考えていいでしょうか。 Bマンション8室が事業的規模以外であった場合と事業的規模であった場合のそれぞれについて、Bマンション及びCマンションの小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の適否を教えてください。 [A] ① Bマンションが事業的規模以外であった場合 Bマンションの敷地は、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当しませんので、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の対象となります。 Cマンションの敷地は、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当し、かつ、被相続人が相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていないため、特例の対象になりません。 ② Bマンションが事業的規模であった場合 Bマンションの敷地は、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当しませんので、特例の対象となります。 Cマンションの敷地は、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当し、かつ、被相続人が相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた場合の被相続人の貸付事業の用に供されていた敷地に該当しますので、特例の対象になります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 貸付事業用宅地等の意義 貸付事業用宅地等とは、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(不動産貸付業その他駐⾞場業、⾃転⾞駐⾞場業及び準事業(事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うもの)とする。以下「貸付事業」という)の⽤に供されていた宅地等で、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たすその被相続⼈の親族が相続⼜は遺贈により取得したもの(特定同族会社事業⽤宅地等を除く)をいいます。 なお、平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等を除くこととされました。ただし、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち、準事業以外のものをいう)を行っていた被相続人等の貸付事業の用に供されたものは、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③四、措令40の2①⑦⑲)。 2 相続開始前3年以内に相続又は遺贈により貸付事業を承継していた場合 被相続人が相続開始前3年以内に開始した相続又はその相続に係る遺贈により貸付事業の用に供されていた宅地等を取得していた場合には、下記の2つの取扱いがありますので、注意する必要があります。 (1) 新たに貸付事業の用に供された宅地等の判定 被相続人が相続開始前3年以内に開始した相続又はその相続に係る遺贈により貸付事業の用に供されていた宅地等を取得し、かつ、その取得の日以後その宅地等を引き続き貸付事業の用に供していた場合におけるその宅地等については、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当しないこととされています(措令40の2⑨⑳)。 (2) 特定貸付事業を行っていた期間の合算の取扱い 特定貸付事業を⾏っていた被相続⼈(以下「第⼀次相続⼈」という)が、その第⼀次相続⼈の死亡に係る相続開始前3年以内に相続⼜は遺贈(以下「第⼀次相続」という)によりその第⼀次相続に係る被相続⼈の特定貸付事業の⽤に供されていた宅地等を取得していた場合には、その第⼀次相続⼈の特定貸付事業の⽤に供されていた宅地等に係る特例の適用については、その第⼀次相続に係る被相続⼈がその第⼀次相続があった⽇まで引き続き特定貸付事業を⾏っていた期間は、その第⼀次相続⼈が特定貸付事業を⾏っていた期間に該当するものとみなされます(措令40の2㉑)。これを図式化すると下記の通りとなります。 3 「新たに貸付事業の用に供された宅地等」がある場合の判定手順 相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」がある場合には、下記の手順で特例の対象になるかどうかを判定することになります。 【上記❶の判定の留意点】 相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当するかどうかの判定の留意点は、【第37回】で解説しています。 なお、貸付事業用宅地等の特例対象から除外する平成30年度の税制改正は、平成30年4月1日以後に新たに貸付事業の用に供された宅地等から適用されます。同日前に新たに貸付事業の用に供された宅地等については改正前の要件のみ確認することになりますので、上記の判定は不要となります(附則118④、措通69の4-24の8) 【上記❷の判定の留意点】 特定貸付事業の3年超の判定は、被相続人の貸付事業、生計一親族の貸付事業ごと(被相続人の生計一親族が2人以上ある場合には、それぞれの生計一親族の貸付事業ごと)に判定を行い、期間は相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていたかどうかを確認することになります(措通69の4-24の6、本連載【第38回】で解説)。 なお、特定貸付事業に該当するのか準事業に該当するかについては、本連載【第39回】で解説しています。 4 本問への当てはめ 上記の判定手順に従い判定すると、Bマンション及びCマンションの特例の適否は、下記の通りとなります。 〔Bマンションについて〕 上記2(1)の取扱いにより、Bマンションは被相続人の父から相続により承継していますが、父の相続時点においては「新たに貸付事業の用に供された宅地等」とは考えず、父の貸付事業開始時点(平成10年6月1日)まで遡って3年の判定を行うことになります。したがって、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当しないことになりますので、事業的規模であるか否かに関わらず、特例の対象になります。 〔Cマンションについて〕 Cマンションは、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当しますので、甲が相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていたかどうかを確認することになります。甲が特定貸付事業を行っていたかどうかは、Bマンションが事業的規模であるか否か(被相続人の父が特定貸付事業を行っていたか否か)で下記の通り、取扱いを異にします。 ★実務上のポイント★ 相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」がある場合には、本問で解説した判定手順を踏まえて、【第37回】から【第39回】の各論の留意点も確認して判定を行いましょう。複雑である場合には、被相続人、生計一親族ごとに線表を書くといいでしょう。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第15回】 「請求書に税抜価額と税込価額が混在する場合のインボイスの記載方法」 税理士 石川 幸恵 【Q】 当社はIT関連の事業をしていて、大手システムインテグレーター(SIer)の協力会社という位置付けです。SIerと取り交わした準委任契約に基づき、当社のシステムエンジニアがSIerに常駐してシステム開発に従事しています(いわゆるSystem Engineering Service = SES)。 SIerのオフィスに常駐で作業しているため、エンジニアの通勤費もSIerに請求する契約となっています。当社が作成する請求書には、慣習上、エンジニアによる役務提供の税抜価額の合計額とそれに対する消費税額を記載、交通費は税込価額のみを記載しています。 インボイス制度導入にあたって、請求書の書き方を変えなければいけないのでしょうか。 〔ポイント〕 エンジニアによる役務提供の対価は税抜価額で記載、交通費は税込価額で記載しているので、インボイス制度導入後は、一の適格請求書に税抜価額と税込価額が混在することになります。 このような場合は、いずれかに統一して「課税資産の譲渡等の税抜価額又は税込価額を税率ごとに区分して合計した額」を記載するとともに、これに基づいて「税率ごとに区分した消費税額等」を算出して記載する必要があります。 * * * 【A】 (1) SESにおける区分記載請求書 ① SESとは? システム開発では、システムそのものの作成を受注して納品する契約のほか、SESというエンジニアの労働の提供をする契約があります。 スキルごとに1ヶ月当たりの単価をSIerと協力会社の間で取り決め、SIer側からの求めに応じた各スキルの人員を供給する契約を交わして、月締めなどで請求します。 SESでは、エンジニアがSIerの指定する場所に常駐することがほとんどで、筆者の経験上ですが、交通費もSIerが負担する契約となっていることが多いです。 ② SESにおける区分記載請求書等の例 SESにおける請求書(区分記載請求書)では、エンジニアによる役務提供の税抜請求額、その合計額に対する消費税額、交通費の実費を税込金額で記載して請求合計額を算出しているものが多くなっています。 (2) SESにおける適格請求書 インボイスQ&A問57では、 とされています。問57は適格簡易請求書を対象としていますが、適格請求書でも違いはないと考えられます。 また、令和4年4月のQ&Aの改正で、 という部分が追記されました。 交通費が「法令・条例の規定で定められているか」についてですが、運賃については鉄道事業法に規定があり、上限を定めて、国土交通大臣の認可を受けなければならないとされています。また、地方自治体で運営されている交通機関については条例にて定められているのでやや悩ましいところではありますが、「『税込みの小売定価』が定められている商品」とまでは言えないと思われます。 そこで、SESの適格請求書では、 の記載が必要となると考えられます。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (3) 立替金を請求する場合の手続き SIerの地方出張に協力会社のリーダーがSIerの一員として同行し、電車代、宿泊費を協力会社側が立て替えて後日精算するというケースもあります。 この場合、SIerにおいては、電車代や宿泊費の適格請求書と協力会社が作成した立替金精算書を保存しなければ仕入税額控除ができませんので、協力会社はこれらを提出できるよう用意しておく必要があります。 ただし、令和4年4月のインボイスQ&A問92の改訂で、3万円未満の公共交通機関の利用については、適格請求書と立替金精算書は必要ないことが明記されました。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第76回】 「旭川市国民健康保険条例事件」 ~最判平成18年3月1日(民集60巻2号587号)~ 弁護士 菊田 雅裕 ※本稿では、本件賦課処分に関する論点に絞って解説を行う〔追記:2022/6/9〕。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第14回】 「請求人提出証拠の提出の仕方」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 弁論主義と職権探知主義 (1) 請求人証拠の提出の規定 国税不服審判所が裁決をするに当たり、事実関係を明らかにするために証拠を評価することになるが、この証拠の提出について、国税通則法は以下のように規定している。 第96条は当事者である審査請求人又は原処分庁が証拠を提出することを、第97条は担当審判官が職権で証拠を収集することを規定しているが、この証拠収集の主体については、訟務において「弁論主義」と「職権探知主義」の両者の考え方がある。 (2) 弁論主義 必要な証拠の申出を当事者(審査請求人及び原処分庁)の権能と責任とする考え方をいう。これによると、判断機関は、権利関係を直接に基礎付ける事実は当事者による主張がなされない限りこれを判決の基礎とすることができず、職権で証拠調べをすることができないことになる。 (3) 職権探知主義 判断の基礎となる事実の確定に必要な資料の探索を当事者の意思のみに委ねず、判断機関も職責を負う考え方をいう。これによると、判断機関は、証拠調べをする際に、当事者の申し出た証拠のほかにも、職権で他の証拠を調べることができる。 (4) 職権探知主義を採用する根拠 国税を含む我が国の行政不服審査においては職権探知主義が採用されており、これを具現化した規定が国税通則法第97条である。 職権探知主義を採用する根拠について、学説は以下の点を挙げている。 (出典) 伊藤吉美「審査請求における対審制の在り方について-職権探知主義との関連を中心に-」『税大論叢』72号(2012)41頁 (5) 受け身の姿勢では救済は受けられない たとえ国税の不服申立てが職権探知主義によるといっても、「審査請求書さえ提出すれば、後は国税不服審判所が自らの権利救済のために自己に有利な証拠を職権で提出してくれるだろう」と構えているだけでは、満足な救済を受けることができない。 担当審判官の職権で自己に有利な証拠を収集してほしい場合には、【第7回】において解説した「質問、検査等を求める旨の申立書」の提出を検討したい。 また、自己に有利な証拠については、早期に自発的に提出することによって、積極的な主張立証活動を行うべきである。 2 証拠説明書 審査請求人が自己の主張を裏付けるため又は原処分庁の主張の反論のために証拠を提出する場合には、以下の「証拠説明書」を表紙に添付することになる。 (出典) 国税不服審判所「提出書類一覧」 3 証拠の提出場面 (1) 審査請求書の提出時 審査請求書の様式には添付書類を明記する欄があり、下記の「3 審査請求の趣旨及び理由を計数的に説明する資料」が証拠に当たる。 文言からすると帳簿などが想定されるところ、それにこだわることなく、自己の主張を裏付けるため又は原処分通知書に記載された「処分の理由」に対する反論のために有用な資料を積極的に添付すべきであろう。 例えば、法人税の使用人兼務役員の賞与の損金不算入に係る審査請求事件の場合には、審査請求書に、関係者(代表者と該当役員)に対して行ったヒアリングの録取書を添付するといったことが想定される。 (出典) 国税不服審判所「提出書類一覧」 (2) 反論書・意見書の提出時 審査請求書を提出すると、原処分庁がその回答である答弁書を提出し、その中で「調査の結果、次の事実が認められる。」として、原処分庁が認定した事実が記載されるが、その反証となる証拠があれば、反論書とともに提出することになる。 また、反論書に対する原処分庁からの意見書に対してなお反論がある場合には、審査請求人意見書とともに必要な証拠を提出することになる。 (3) 担当審判官による「質問事項」の回答時 ① 質問事項の例 上記は審査請求人が自らの判断で自主的に提出する証拠であるが、担当審判官がその職権調査の一環として、審査請求人が保有しているであろう証拠の提出を求めることがある。 担当審判官による「質問事項」について、上記(1)の法人税事件を例にすると、以下のような形式が考えられる。 ② 担当審判官の着眼点を窺う 担当審判官は、審査請求事件の全体的把握のために質問事項を発することもあるが、例えば、上記①の「質問事項」の例の3.のようにピンポイントで照会する場合もある。 担当審判官は、請求人面談時に口頭で仔細な事項を確認することとは異なり、上記のように書面で質問事項を発する場合、敢えて関係が薄いと想定される質問はしないことが通常であり、書面で質問を発すること自体、その質問の回答が事件審理にある程度の影響を与えるかもしれないと考えているものと想定される。 その点で、審査請求人は、担当審判官の一挙手一投足に敏感になるべきであり、以下の事項を代理人と検討しながら応答していくことが望まれる。 (了)