〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第9回】 「売り手が託すに相応しい買い手とは」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒売り手が望む買い手像を理解する。 売り手企業 ⇒買い手に期待するレベルの整理に役立てる。 支援機関(第三者) ⇒売り手の特性を理解してM&A当事者への支援に活かす。 その他の対象者 ⇒売り手側の立場からM&A対象企業の見方のポイントをつかむ。 1 良い買い手とのめぐり逢い 中小企業のM&Aでは、売り手企業は経営者や経営者親族そのものといってよいほど、親族経営で成り立っているケースが少なくありません。経営者が自ら創業した場合はなおのこと、長年共に過ごし認め合ってきたかけがえのないパートナーと言い切れるくらい、経営者自身と企業は不可分の関係にあります。こうした関係が、M&Aによってある日突然解消する場合もあるわけですから、現れた買い手がどういう人物なのか、売り手としては意識しないはずがありません。 上記の売り手の想像は一例ですが、M&Aは売り手にとって大きな決断になりますので買い手に対する信頼なくしては取引が成立しないことは確かでしょう。 そこで今回は主に売り手目線に立ち、今後の売り手企業を託すに相応しい買い手かどうかを判断する際のヒントになる視点をご紹介します。 2 買い手は売り手の後継者 M&Aというと株式や事業を売却(譲渡)して対価のキャッシュを手にすることから“身売り”にたとえられることもあると思います。しかし、中小企業のM&Aの場合には、身売りよりも、自分の(売り手の)事業の今後を託す後継者として買い手を指名する“後継者探し"の側面が強くなっているように思います。広い意味での事業承継手段の1つとしてM&Aが活用されるようになって久しいからです。 売り手の事業を引き継ぐ相手が親族でも従業員でもM&Aの買い手でも、キーマンは後継者たる次の経営者です。加えて、M&Aでは買い手企業自身の姿勢も判断材料になります。売り手としては売買価格なども気になるところですが、まずは買い手を後継者として託すに相応しいかを検討するのが効果的です。 網羅できているわけではありませんが、売り手が買い手に次の経営を任せられると判断できるポイントを以下に挙げましたので参考にしてください。 上記のような判断ポイントを確認していくことは重要ですが、売り手から買い手に対して直接確認することができない内容や尋ねにくいこともあります。この場合には、売り手に関わる第三者(M&A仲介業者、金融機関、顧問など)が率先して売り手の気持ちを酌んで、第三者として気になること(実際は売り手が気にしていること)を確認したいというスタンスで情報収集に努めると、売り手から第三者への信頼も高まります。 M&Aは統合後に思うような成果がなかなか上がらないのが常です。この意味では、買い手が他社との間でM&Aの実績があり、経験値を積み、“慣れている”ことは大抵のケースでプラス要素になります。可能であれば、買い手の経験値や経験者の有無などについても事前に確認しておきます。 3 買い手は売り手にない視点を持つ良き助言者 実際の中小企業M&Aの場面でも、「売り手のビジネスが買い手にとってこれほど評価の高いものだとは思わなかった」といったことはよくあります。売り手が売り手自身の魅力に気づかぬまま経営し、M&Aの際に買い手からの助言によってはじめてその魅力に気づくのです。 売り手が自分のことを客観視することが難しいなかで、M&Aという機会は、買い手をはじめ他のM&A当事者が新鮮な見方で売り手を判断します。多くの場合、各当事者には先入観もありませんので、売り手が他人からどう見えているかを客観的に知るチャンスでもあります。 以下では、普段売り手が感じていないかもしれない要素で、買い手の視点や助言で気づくことがあるものの一例を挙げました。売り手の魅力発見や頼れる買い手探しのためにお役立てください。 自社にはない新たな視点が入ることによる相乗効果はM&Aで期待される効果の1つですが、売り手が買い手の視点を活かして強くなるという心構えでM&Aを迎えることができるようになれば、単純な売り買いにはとどまらないM&Aの思わぬ効果が次々と現れるかもしれません。 売り手は買い手との譲渡(売買)価格のことや、買い手に提示する資料準備に追われてしまうことが多いですが、買い手をどのように見て、買い手から見られていることをどのように活用するかを事前に知っておくだけでも実践に活かせることが多く、取引の幅や選択肢を広げます。 (了)
税効果会計を学ぶ 【第18回】 「連結会社間における資産の売却に伴い生じた売却損益を 税務上繰り延べる場合の連結財務諸表における取扱い」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、次のものについて解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 連結会社間における資産(子会社株式等を除く)の売却に伴い生じた売却損益を税務上繰り延べる場合の連結財務諸表における取扱い 1 取引例 下記のように、連結会社間において資産の売却が行われ、それによって売却損益が計上されているケースについて考える。 2 会計処理 上記の連結会社間における資産の売却のケースで、当該売却損益について、税務上の要件を満たし課税所得計算において当該売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の13)、繰り延べられた当該売却損益は売却元の連結会社の財務諸表上の一時差異に該当する。 財務諸表上の一時差異に該当することから、当該資産を売却した企業の個別財務諸表では、税効果適用指針16項に従って当該売却損益に係る一時差異に対して繰延税金資産又は繰延税金負債を計上する。 このとき、連結決算手続上、当該売却損益は消去されることから、売却元の連結会社の財務諸表上の一時差異(子会社株式等の売却に伴い生じた一時差異を除く。税効果適用指針39項)に係る繰延税金資産又は繰延税金負債を計上している場合、当該売却損益の消去に係る連結財務諸表固有の一時差異に対して、個別財務諸表において計上した繰延税金資産又は繰延税金負債と同額の繰延税金負債又は繰延税金資産を計上する。 これらの繰延税金資産又は繰延税金負債は相殺されるため、結果として、連結財務諸表において当該売却損益に関連する繰延税金資産又は繰延税金負債は計上されないこととなる(税効果適用指針38項、142項)。 Ⅲ 連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益を税務上繰り延べる場合の連結財務諸表における取扱い 1 取引例 税効果適用指針の「設例8」をもとに、下記のように、連結会社間において子会社株式等の売却が行われ、それによって売却損益が計上されているケースについて考える。 2 会計処理 上記の連結会社間における子会社株式等の売却のケースで、当該売却損益について、税務上の要件を満たし課税所得計算において当該売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の13)、当該子会社株式等を売却した企業の個別財務諸表において、税効果適用指針17項に従って当該売却損益に係る一時差異に対して繰延税金資産又は繰延税金負債が計上されているときは、連結決算手続上、当該一時差異に係る繰延税金資産又は繰延税金負債の額は修正しない(税効果適用指針39項)。 次のことに注意する(税効果適用指針39項)。 3 基本的な考え方 上記の会計処理に関する基本的な考え方は、連結税効果実務指針に示されていた次の考えを踏襲している(税効果適用指針143項)。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例29】 「破産手続と空き家の管理責任」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私の自宅の隣には、誰も住まなくなって何年も経つ空き家があります。管理がされていないため、屋根瓦が今にも落下しそうな状態で、雨どいも外れています。最近、この空き家の様子を見に来た方がいるので声をかけてみると、空き家の所有者の破産管財人とのことでした。 1 はじめに 空き家を所有している者が破産手続を申し立てた場合、裁判所によって破産管財人が選任され、当該空き家を含む財産の換価業務を行うことになる。しかし、老朽化した空き家のように不動産の中には換価できないものもあり、破産管財人による管理や破産手続の対象外となった後の管理が問題となる場合もある。 そこで、今回は、破産手続に関係する空き家の管理問題について検討することとしたい。 2 破産手続における不動産の取扱い 破産手続を申し立てた者が不動産を所有している場合、破産管財人が選任され、破産者の財産管理権限は、破産者から破産管財人に移る。破産管財人は、当該不動産の任意売却によって換価を試みることとなるが、不動産の中には、立地条件や老朽化等が原因となって買い手がつかないものもあり、このような不動産は、管理を継続しても固定資産税等の負担等が増えるため、破産財団から放棄されることとなる(ここでいう放棄とは、破産財団からの放棄の意味である)。 なお、放棄する場合に、その前提として破産者に一定額を破産財団に組み入れさせることを条件とする場合もある。 破産財団から不動産が放棄されると、当該不動産の管理権限は、破産管財人から破産者に戻ることになる。もっとも、個人が破産した場合は、当該破産者個人が現実に管理することになるのに対して、法人が破産した場合は、破産開始決定によって法人と代表者との委任契約が当然に終了するため、清算法人のために当該不動産を実際に管理する者がいない事態が生じることになる。 3 破産管財人の管理義務と破産財団から放棄された後の管理責任 破産管財人は、職務の執行について利害関係人に対して善管注意義務を負っていることから、当該不動産が老朽化等によって屋根瓦が剥離し、外壁が崩れる等して第三者に損害を与えるおそれがあるような場合には、任意売却を進めるにあたっても当該不動産の安全措置を講じておく必要がある(破産管財人によって告知文などが当該危険な不動産に掲載されることもあるため、これによって周辺住民は、破産手続が開始したことを事実上認識できる)。 一方、当該危険な不動産が破産財団から放棄された場合、上記のとおり、管理権限は破産者に復帰するため、それ以降、破産者が管理責任を負い、破産管財人は管理責任を負わないことになる。しかし、個人破産の場合は、当該破産者が当該危険な不動産を実際に管理するかどうかは別の問題として残り、法人破産の場合は、当該危険な不動産の管理をさせるために、当該清算法人の清算人選任を申し立てなければならない問題が残る(予納金の負担等もあるため、利害関係人による申立てを期待することも現実的ではない場合もある)。 上記のように、危険な空き家を安易に破産財団から放棄すると、その後、周辺住民等に損害が生じる可能性があることから、破産管財人の善管注意義務や破産者の社会的責任を理由に、破産管財人は、放棄後に発生することが予想される危険について、安全措置を講じた上で放棄するべきであると解されている。 具体的には、老朽化した危険な空き家が破産財団から放棄される場合には、破産管財人に、フェンスや防護ネットの設置等を講じることが期待されるが、その費用は破産財団から支出されることになるため、破産財団に十分な資力がない場合には講じうる措置にも限界がある。 4 その他の問題 本事例は空き家の周辺住民を主体とした設問であるが、破産者側の問題についても若干言及しておきたい。たとえば、数次相続が度重なって発生した結果、相続人である破産者が認識していない遺産分割未了の空き家が存在したような場合である。 この場合、破産者が空き家を財産目録に記載することなく裁判所に提出し、破産管財人に対しても、所有物件はない旨説明した後に、破産管財人の調査によって、空き家の存在が発覚することもありうる。破産者が事実と異なる説明などをしたことは、形式的には、説明義務違反等を理由とする免責不許可事由に該当する場合もあるため留意が必要である。 5 本件の場合 (1) 設問①について 空き家の隣地の所有者は、管理不十分な空き家の存在によって自己所有地や建物に被害が生じる具体的な危険が生じているのであれば、所有権に基づく物権的妨害予防請求権を行使しうる。隣地の所有者は、破産管財人の管理によってもなお状況が改善されないようであれば、破産管財人に対して、空き家の安全措置を講じるよう求めることができる。 (2) 設問②について 破産管財人が当該不動産の任意売却を試みても売却できない場合には、一定の安全措置が講じられた上で、破産財団から放棄される可能性がある。これによって管理権限が破産者に戻るため、それ以降、更なる空き家の安全管理を講じるよう請求する相手方は、破産者となる。 もっとも、破産者が法人である場合は、利害関係人の資格で清算人選任の申立てを行うことが考えられるが、予納金の負担があること、清算人による空き家の売却や除却にも時間を要する可能性があること等に留意が必要である。 (了)
〔これなら作れる ・使える〕 中小企業の事業計画 【第9回】 (最終回) 「個別計画の作成手順(その4)」 税理士・中小企業診断士・ITストラテジスト 高畑 光伸 最終回となる第9回では、個別計画における経費計画のうち、設備計画とその他の計画のポイントについて確認する。 6 設備計画 (1) 固定資産台帳(減価償却資産台帳)の現状把握 設備計画の前提となるデータを収集する。計画年の数値を試算するため、事業者が管理している固定資産台帳(Excelで作成した管理表など)を入手する。そして、固定資産台帳の未償却残高と、会計システム上の未償却残高(計画年度の期首残高)が一致しているかどうかを確認する。両者の残高が一致していない場合は、当該年度以降で税務調整が必要になる(金額が僅少であれば、事業計画の作成時に影響はない)。 《残高比較》 《固定資産台帳》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 なお、会計システム(あるいは税務申告用ソフトウェア)上で固定資産台帳を管理している場合には、会計システム上の未償却残高(計画年度の期首残高)と一致するはずである。 (2) 設備計画の作成手順 計画年度に、固定資産の購入予定、廃棄予定がないかどうかを確認する。たとえば、オフィスの移転などに伴う内装工事費用、移設費用などは事業計画に大きく影響することになる。 また、購入予定の見積書・請求書があれば事前に入手するのがよい。見積書・請求書から当該固定資産が資産計上すべきものか、経費計上すべきものかを把握することができる。見積書・請求書から値引きがある場合は、各固定資産に配賦するなどの処理が必要になる。事業計画の段階で、固定資産台帳を整備することができれば、計画年度の税務申告時の作業負荷の軽減につながる。 《見積書・請求書より》 また、青色申告書を提出している場合、取得価額30万円未満の資産を取得して事業の用に供した場合には、一定の要件のもとに、その取得価額に相当する金額を損金の額に算入することができる。ただし、その取得価額の合計額のうち300万円に達するまでの少額減価償却資産の取得価額の合計額が限度となる。 (3) 償却資産税(租税公課)の資産 租税公課の試算として、償却資産税の概算値を把握する。土地や建物、車両以外の固定資産(建物付属設備、器具備品、機械設備など)にかかる税金が償却資産税である。また、市区町村が課税する地方税であるため、該当資産が設置されている所在地を把握する。償却資産税は、課税標準額に標準税率1.4%(市区町村によっては1.5%)を乗じて求める。 7 借入計画 (1) 借入金返済計画の現状把握 借入計画についても、設備計画と同様に、計画年の数値を試算するため、会計システム(あるいは税務申告用のソフトウェア)から借入金の補助残高試算表をCSVデータにエクスポートする。そして、事業者より金銭消費貸借契約書を入手する。金銭消費貸借契約書上の返済予定額と計画年度の貸借対照表の期首残高が一致しているかどうかを確認する。 《残高比較》 《借入金の返済予定表》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) 借入計画の作成手順 計画年度に、新たな借り入れがないかどうかを確認する。たとえば、新規事業の展開により新たな借り入れが生じるなどは事業計画に大きく影響することになる。また、借入金の返済予定表より、支払利息の支払額を試算する。社債も発行している場合は社債利息の支払額を試算する。 《支払利息の予定表》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 8 その他の計画 貸借対照表上、長期前払費用の残高(借入時の保証額、税務上の繰延資産など)や繰延資産の残高がある場合は、償却費が確定しているため、事業計画上反映することができる。 (1) 長期前払費用 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) 繰延資産償却 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 9 納税計画 事業計画で策定した利益に税率を乗じて、納税額を試算する。なお、欠損金の繰越控除がある場合は、納税額に反映する。 (1) 税率の確認 国税、及び地方税ごとに税率を確認する(以下では東京都23区内を所在地とする法人と仮定して確認する)。 ① 国税(法人税・地方法人税) ➤資本金1億円以下の法人(中小法人)の法人税 ➤地方法人税 ② 地方税 ➤住民税(法人税割) 地方法人税の創設及び税率の引き上げにより、法人税割の税率が引き下げられている。詳細については以下を参照されたい。 ➤住民税(均等割) 均等割は、資本金・従業員数により金額が設定されている。詳細については以下を参照されたい。 ➤資本金等の額1億円以下等の法人の事業税 ➤特別法人事業税 (2) 税率の試算 ① 年所得800万円以下の場合における税率 ② 年所得800万円超の場合における税率 (3) 消費税等の試算 予想損益計算書の課税区分より、仮受消費税等、仮払消費税等を計算し、消費税等の納税額を試算する。なお、税込経理方式を採っている場合は、予想納税額を租税公課に反映する必要がある。 10 おわりに 事業者からの要望に応じて、事業計画を作成する際は、そのスピードが求められる。そのためには事前に必要資料を入手し、計画年度以前の過去の推移を確認しなければならない。顧問契約を締結している事業者の場合には、ある程度の状況を予測することが可能であるが、新規の事業者の場合には状況を把握することに時間がかかり、かつ確認事項も多くなる。 他のタスクを抱えながら、事業者の事業計画を作成することは非常に難しいが、計画年度のスタート地点(事業年度期首、あるいは進行期の期中)を早めに確定させることが必要である。計画年度のスタート地点を確定させることで、そこに向けて作業を進めることができる。事業計画の作成において精度を高めようとすれば切りがないが、最終的には、予想貸借対照表の残高が現実的な数値になっているか、事業者が想定する範囲に収まっているかなどを確認しつつ、事業者に報告することが求められる。 (連載了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第39話】 「経済的利益に対する課税」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「最近ではほとんどのお店で、買い物をするといろいろなポイントをもらうのですが・・・これって、経済的利益として課税されないのですか?」 昼休みに、浅田調査官は、中尾統括官のところに来て尋ねる。 椅子に座って新聞を読んでいた中尾統括官は、顔を上げる。 「・・・ポイント?」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「ええ、ポイントです・・・中尾統括官もスーパーのポイントカードとか持っているでしょう?」 浅田調査官は、髪の毛の薄くなった中尾統括官の頭を横目で見ながら言う。 「私は・・・そんなポイントは使ったことがない。」 中尾統括官は憮然と答える。 「えっ・・・そうですか・・・でも、ポイントがたまれば結構な商品がもらえるので・・・使わないのはもったいないですよ。」 浅田調査官は、子供を諭すように言う。 「ところで・・・問題は、このポイントに対する課税なんですが・・・」と浅田調査官が言うと、中尾統括官はパソコンを開き、タックスアンサーのNo.1907「個人が企業発行ポイントを取得又は使用した場合の取扱い」の「問」を見せる。 「このタックスアンサーでは、通常の商取引における値引きを受けたことによる経済的利益は課税対象とならないので、『原則として、確定申告をする必要はない』と答えている。」 中尾統括官は、パソコンの画面を見ながら言う。 「ええ、そのポイントが『値引き』に該当するものであれば、経済的利益に該当しないものとしていますが・・・そうでないポイントも多くあると思います。」 浅田調査官は、真面目な顔になる。 「それについても、このタックスアンサーNo.1907の(注)で、次のように書いてある。」 「・・・このポイントが『値引き』に該当しなければ、企業から贈与を受けたとして、一時所得で課税されることになるだろう」 そして、中尾統括官は、「ただし、一時所得の場合、50万円の特別控除があるから、その範囲内であれば、結局、課税はされないが」と付け加える。 「そういえば、昔、城南信用金庫のスーパードリームという『懸賞金付きの定期預金』が利子所得に該当するのか、一時所得になるのかという議論があったと思うが・・・」 中尾統括官は、懐かしそうに言う。 「・・・それについては、現在、租税特別措置法41条の9等で、次のように規定されています。」 浅田調査官が応じる。 「この要件を満たせば、利子所得として20.315%(国税15.315%、地方税5%)の源泉分離課税となりますが、そうでなければ、一時所得になります。」 浅田調査官は、税務六法を見ながら、説明する。 「そうか・・・」 中尾統括官は納得した様子でうなずく。 「しかし、もらったポイントが『値引き』なのかどうか、判断の迷うようなものもあると思います・・・」 浅田調査官は、首を傾げる。 「まぁ・・・資産の無償又は低額譲渡、用益の無償又は低額提供、債務負担等については、所得税基本通達36-15で、経済的利益と定めています・・・ですから、ポイントの提供がこれらの経済的利益の原因とリンクするのであれば、『値引き』のように課税の対象から外れることはないでしょう。」 そう言うと、浅田調査官は中尾統括官を見る。 「『値引き』を経済的実質から見ると、経済的利益と解するのが妥当と思うけれど・・・しかし、『値引き』の結果として、安く販売した事業者と安く購入できた消費者は、両者の間で通常の商取引をしたにすぎないのだから、それについて課税を行うというのも、いかがなものかと思うがな・・・」 中尾統括官は、苦笑いをする。 「そうですねぇ・・・」 浅田調査官は、小さくうなずく。 (つづく)
《速報解説》 会社法改正に伴う会社法施行規則等の改正が確定 ~コメントを受け、改正案からの一部修正も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年11月27日、「会社法施行規則等の一部を改正する省令」(法務省令第52号)が公布された。これにより、2020(令和2)年9月1日から意見募集されていた案が確定することになる。 2020(令和2)年11月20日には、「会社法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」等が公布されている。 これは、「会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)及び「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(令和元年法律第71号)の施行に伴い、会社法施行規則などについて改正するものである。 「会社法の改正に伴う法務省関係政令及び会社法施行規則等の改正に関する意見募集の結果について」も公表されており、コメントを受けて、案から修正されているものもある。 本稿では、会社法施行規則及び会社計算規則の改正に関する主な事項について解説する。 以下で引用する法令の条番号は、特に断らない限り、改正会社法、改正整備法又は改正後の法務省令のものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 会社法施行規則 1 定義規定の改正 社外取締役を置くことが義務付けられること(会社法327条の2)、業務執行の社外取締役への委託に関する規定が設けられたこと(会社法348条の2)から、次の定義規定を改正する。 2 株式交付子会社に関する規定の新設 「株式交付」(会社法2条32号の2)について、同号の委任に基づき、株式交付により他の株式会社を子会社としようとする場合における子会社(株式交付子会社)の範囲を定める規定(会社法施行規則4条の2)を新設する。 3 全部取得条項付種類株式の取得及び株式の併合における事前開示事項に関する規定の改正 全部取得条項付種類株式の取得又は株式の併合を利用し、現金を対価として少数株主の締出しをする場合における端数処理手続(会社法234条及び235条)について、開示事項を拡充する改正を行う(会社法施行規則33条の2第2項4号及び33条の9第1号ロ)。 4 株主総会参考書類に関する規定の改正 5 取締役等の報酬等に関する規定の新設 6 役員等賠償責任保険契約に関する規定の新設 「役員等賠償責任保険契約」(会社法430条の3第1項)に該当しない保険契約を定める規定を新設する(会社法施行規則115条の2)。 7 事業報告に関する規定の改正 次の改正を行うとともに、所要の規定の整備を行う(会社法施行規則133条3項1号など)。 8 社債に関する規定の改正 9 株式交付に関する規定の新設及び改正 株式交付に関する規定の新設(会社法774条の2から774条の11まで、816条の2から816条の10まで等)に伴い、株式交付計画の承認に関する議案を株主総会に提出する場合における株主総会参考書類に記載すべき事項に関する規定(会社法施行規則91条の2)を新設するほか、次の改正を行う。 10 株主総会資料の電子提供制度に関する規定の新設及び整備 株主総会資料の電子提供制度(会社法325条の2から325条の7まで)の新設に伴い、電子提供措置をとる方法に関する規定(会社法施行規則95条の2)、電子提供措置をとる場合における招集の通知の記載事項に関する規定(会社法施行規則95条の3)及び書面交付請求をした株主に対して交付する書面(電子提供措置事項記載書面)に記載することを要しない事項に関する規定(会社法施行規則95条の4)を新設するほか、所要の規定の整備を行う(会社法施行規則41条7号、54条7号等)。 Ⅲ 会社計算規則 1 株式交付に関する規定の新設及び整備 株式交付に関する規定の新設(会社法774条の2から774条の11まで、816条の2から816条の10まで等)に伴い、次の改正を行うほか、所要の規定の整備を行う(会社計算規則54条2項及び55条2項10号)。 2 株式引受権 株式引受権とは、取締役又は執行役がその職務の執行として株式会社に対して提供した役務の対価として当該株式会社の株式の交付を受けることができる権利(新株予約権を除く)をいう(会社計算規則2条3項34号)。 取締役等が株式会社に対し会社法202条の2第1項(同条3項の規定により読み替えて適用する場合を含む)の募集株式に係る割当日前にその職務の執行として当該募集株式を対価とする役務を提供した場合には、当該役務の公正な評価額を、増加すべき株式引受権の額とする(会社計算規則54条の2第1項)。 株式会社が会社計算規則54条の2第1項の取締役等に対して会社計算規則54条の2第1項の募集株式を割り当てる場合には、当該募集株式に係る割当日における会社計算規則54条の2第1項の役務に対応する株式引受権の帳簿価額を、減少すべき株式引受権の額とする(会社計算規則54条の2第2項)。 貸借対照表等の純資産の部及び株主資本等変動計算書等において、株式引受権を表示する(会社計算規則76条1項1号ハ及び2号ハ、96条2項1号ハ及び2号ハ、105条4号、106条3号)。 3 取締役等の報酬等として株式を交付する場合に関する規定の新設及び整備 取締役又は執行役の報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式を発行することができる(会社法202条の2、205条3項から5項まで、209条4項、445条6項等)ことに伴い、その場合に増加する資本金の額等について定める規定(会社計算規則2条3項34号、42条の2、42条の3及び54条の2)を新設するほか、所要の規定の整備を行う。 4 株主総会資料の電子提供制度に関する規定の新設 株主総会資料の電子提供制度(会社法325条の2から325条の7まで)の新設に伴い、連結計算書類に係る監査報告又は会計監査報告に記載され、又は記録された事項に係る情報についての電子提供措置に関する規定を新設する(会社計算規則134条3項)。 Ⅳ 施行時期及び経過措置 改正後の法務省令は、「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号)の施行の日(令和3年3月1日)から施行する。 ただし、1条2表に係る改正規定、2条中会社計算規則2条2項15号の次に1号を加える改正規定及び134条の改正規定並びに3条中一般社団法人及び一般財団法人に関する法律施行規則7条の次に2条を加える改正規定及び51条の改正規定は、会社法改正法附則1条ただし書に規定する規定の施行の日から施行する。 経過措置に注意する。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 日本監査役協会、KAM早期適用24社のアンケート回答結果を公表 ~強制適用初年度に向けた分析も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年11月30日、日本監査役協会 会計委員会は、「監査上の主要な検討事項(KAM)の早期適用に関する実態と分析-強制適用初年度に向けて-」(以下「報告書」という)を公表した。 これは、KAMの来年以降の強制適用に向けて、監査役等がどのようにしてKAM の検討プロセスに関与していくべきかを考える上での参考となるよう、早期適用の実例に基づいて分析を行ったものである。 報告書は、実際にKAMの実務を経験された各社(2020年9月までにKAM を記載した有価証券報告書を提出した48社のうちの日本監査役協会会員法人)を対象にアンケート調査を実施し、24件の回答を得ているとのことである。 2020年6月8日、日本監査役協会 会計委員会は、「監査上の主要な検討事項(KAM)に関するQ&A集・統合版」を公表している。 また、2020年10月8日付けで(ホームページ掲載日は2020年10月12日)、日本公認会計士協会は、「「監査上の主要な検討事項」の早期適用事例分析レポート」(監査基準委員会研究資料第1号)を公表している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ KAM(候補)の個数の変遷 報告書は、期初から期末に至るまでの各段階における状況を考察する前提として、次の4つの段階に分けて、早期適用各社における検討プロセス全体を通じたKAM(候補)の個数の変遷に着目して分析している。 半数以上の会社では監査契約締結段階からKAM(候補)の個数が明らかとなっており、監査契約における監査時間及び費用の見積り算定に当たってKAM(候補)の個数を考慮要素としている事情がうかがえる。 ただし、この段階ですでにKAM(候補)に関する具体的な議論が先行していたためというわけではなく、前年度以前の状況をベースにした想定を基にしているケースが多いものと思われるとのことである。 また、約半数の会社において、年間を通じてKAM(候補)の個数に変化が生じているとのことである。 Ⅲ 監査契約締結段階 次のアンケート結果が記載されている。 Ⅳ 監査計画策定段階 次のアンケート結果が記載されている。 KAM候補について記載の案文は、期初でなくとも可能な限り早期の段階で当該項目がKAMとして記載された場合にどのような表現となるかが示されることが望ましいと記載されている。 Ⅴ 期中における検討 次のアンケート結果が記載されている。 Ⅵ 期末(監査報告書作成段階)における検討 監査報告書の作成段階に至るまで十分な協議が行われていない場合には、監査報告書作成段階で初めてKAMの項目や記載内容・詳細さの程度について見解の相違が顕在化するおそれがあると記載されている。 早期適用を実施した各社では、前年度のトライアルに加え、年間を通じての検討プロセスにおいて適宜ドラフトが示され、議論の経過に応じてアップデートがなされた例が多く、スムーズな導入に向けた先行事例として参考になるとのことである。 Ⅶ 定時株主総会における状況 次のアンケート結果が記載されている。 KAMが強制適用となる2021年以降は、株主総会終了後に開示されるKAMについて質問がなされることを想定した準備を進めておく必要があろうとし、想定問答の例が紹介されている。 また、会社法上の会計監査人の監査報告書へのKAMの記載は行わなかったものの、記載の可能性について検討していた会社があったのかについて調査したところ、次の結果であった。 ほとんどの会社では検討すらも行っていない状況であり、日本特有の会社法と金商法の二元的な開示制度を前提とすると、両制度のスケジュールや開示内容の差異から、現実的には対応は困難といわざるを得ない状況であるとのことである。 (了)
《速報解説》 国税庁、質疑応答事例を更新 ~居住用賃貸建物に係る仕入税額控除の制限等、新たに12事例を追加~ Profession Journal編集部 国税庁は11月25日付けで質疑応答事例を更新。所得税、相続税、財産の評価、法人税、消費税に関し、新たに12事例を追加した。 なお、新設12事例は以下の通り。 まず所得税関係では営農型太陽光発電(営農を適切に継続しながら上部空間に太陽光発電設備を設置することにより、農業と発電を両立する仕組み)によって発電した電力をビニールハウス内の暖房等に使用し、その余剰電力を電力会社に売却した場合の売却収入に係る所得区分を事業所得(農業の付随収入)とした事例を含む3事例が追加された。 相続税関係では、相続人乙が遺贈によって取得した宅地について小規模宅地等特例を適用して期限内申告をしたところ、相続人丙から遺留分侵害額の請求がなされたため、申告期限後に、金銭の支払いに代えて乙から丙へこの宅地を移転した場合の乙・丙それぞれの小規模宅地等特例の適用可否を問う事例が追加された。なお回答では、この宅地は相続によって乙が取得したものを申告期限後に丙へ譲渡(代物弁済)したものと考えられるため、丙は特例の適用を受けることができず(相続税の修正申告が必要)、また乙については特例が適用できなくなることはない(更正の請求が可能)とした。 財産の評価では、地積規模の大きな宅地の評価に関し、地積規模の判定に関する基本的な事例及び、これまでの計算例①~⑥に加え「⑦市街地農地の場合」が追加された。 法人税関係では、株式売渡請求を行う法人との間に完全支配関係がある者から対象法人の株式を取得しなかった場合に、株式交換等に該当するかが問われた事例や、今年度改正で手当てされた居住用賃貸建物に係る仕入税額控除の制限(下記連載を参照)に関し、この規定が適用され仕入税額控除ができない建物に係る課税仕入れ等の税額に相当する金額は、法人税法上、資産に係る控除対象外消費税額等として損金の額に算入できるか等が問われた事例など4事例を追加。 なお居住用賃貸建物に係る仕入税額控除の制限については、消費税関係においても、建物の一部が店舗用となっている場合の「居住用賃貸以外の部分」と「居住用賃貸部分」との合理的な区分方法として使用面積割合や使用面積に対する建設原価の割合などが示された事例(を含む2事例)が追加されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2020年11月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.396を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第77回】 「GDPの増加を喜んでよいのか」 税理士 山本 守之 1 GDP4.7%増を考える 今年の7月~9月のGDP(国内総生産)が年率21.4%増と発表されました。内容は個別消費で4.7%増となっていますが、これは前期(4月~6月の8.1%減)で消費が控えていたことへの反発とみられます。自動車や家電の販売の伸びは1人10万円の給付も後押ししているともいえます。一方、企業の設備投資に関する支出は前期比3.4%減となっており、これは先行き不安の表れでしょう。 7月~9月期の急反発を回復の兆しと考えるべきではありません。下記のグラフでみると実質GDP成長率は急反発していますが、新型コロナ前の水準(金額では半分程度までしか戻っていません)にはまだほど遠いのです。 (※) 内閣府ホームページ「2020年7~9月期四半期別GDP速報(1次速報値)」の図を一部筆者加工 2 世界と比べると日本は 米国(世界全体のGDPのうち4分の1を占める)では、実質成長率が7月~9月期で年率33.1%増と戦後最高を記録しましたが、前期の落ち込みを補いきれていません。また、英国でも同期で年率78%増となっています。 国際通貨基金は、今年の世界の成長率予想をマイナス4.4%と発表しています。中国だけが新型コロナ前の水準まで回復しており、1人勝ちといえるでしょう。 日本は「GO TO トラベル」で浮かれている場合ではないのではないでしょうか。新型コロナの第三波を考えると、もっと現状を厳しくとらえるべきです。 3 中小企業のM&Aに税優遇 来年度の税制改正で中小企業のM&Aに対する税優遇を行うことが検討されています。これは、従業員への賃金不払いなどの不測の事態に備えて積み立てていた準備金を、税務上の費用とするというもので、一定の期間経過後に段階的に戻して課税します。 最終的に支払う税金は変わりませんが、企業の買収時には多額のお金が必要となるため、その際の法人税の負担を軽くするものです。 4 伸ばしたGDPの原点 中小企業に勤めるAさんは1人10万円の給付金をもらったので、自動車の買い替えの足しにし、Bさんは電化製品を買いました。集計上は年率21.4%のGDPが伸びたという形になりましたが、これの一部は赤字国債からの資金によるもので、全てが企業の収益によるものというわけではありません。 現在、新型コロナの第三波による患者が出てきています。そのため、年末に向けGDPは落ち込んでいくでしょう。7月~9月期の数字を見て喜んでいてはいけません。 また、上述した検討中の中小企業のM&Aに対する税優遇策についても減税だと考えるわけにはいきません。これは、税によって中小企業を救うわけではなく、借金で救済しようとしているに過ぎず、その借金の返済の目途は立っていないのです。 赤字国債を元手とする給付金で買ったものがGDPを押し上げましたが、その返済のための手当は何一つ行われていません。これから国民全体が借金の返済に向かっていかないといけないでしょう。一時的なGDPの増加(四半期分)に浮かれ、ウキウキと「GO TO トラベル」などと騒いでいては問題です。 (了)