〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例55】 株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス 「大原孝治前代表取締役の逮捕について」 (2020.12.3) 公認会計士/事業創造大学院大学准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下「ドンキ」という)が2020年12月3日に開示した「大原孝治前代表取締役の逮捕について」である。タイトルどおり、同社の前代表取締役である大原孝治氏(以下「大原氏」という)が逮捕されたという内容である。 なお、「パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス」という社名は馴染みが薄いかもしれないが、ディスカウントストアのドン・キホーテの運営を主たる事業としている会社である。2019年に「株式会社ドンキホーテホールディングス」から現在の社名に商号を変更している(2018年10月11日に「商号の変更のための定款の一部変更及び役員の異動に関するお知らせ」を開示)。 2 なぜ逮捕されたのか? 大原氏は、金融商品取引法で定められたインサイダー取引規制(金融商品取引法166条~167条の2)に違反した疑いで逮捕された。インサイダー取引とは、会社の重要情報が公表される前に、その情報を知っている者がその会社の有価証券を取引することである(対象となる「重要情報」は適時開示の対象情報に含まれ、「公表」はTDnetへの掲載なので、適時開示によりインサイダー取引規制は解除されることになる)。 ということは、大原氏は、代表取締役でありながら、適時開示の前にドンキの有価証券の取引を行ったのだろうか。そうではない。大原氏は、適時開示の前に知人に対してドンキの株式の取引を推奨した疑いで逮捕されたのである。 2010年頃、公募増資を実施する会社の株価が、それに関する開示が行われる前から下がり始めるということが問題となっていた。公募増資は株式の希薄化を生じさせ、投資家はそれを嫌うため、公募増資の実施に関する開示を行った会社の株価は下がる傾向がある。しかし、不思議なことに、その開示を行う前から株価が下がるという事象が生じていたのである。 なぜそうした事象が生じていたかというと、証券会社から機関投資家に対して公募増資の情報が漏れていたのである。公募増資の情報をつかんだ機関投資家は、それが開示された後、その会社の株価は下がるだろうと見込んで、開示の前から空売りを行っていたのである。 しかし、当時、そうした重要情報を漏らす行為はインサイダー取引規制の対象とされていなかった。そこで、金融商品取引法が改正されて、適時開示の前に重要情報を他人に伝達したり、有価証券の取引を推奨する行為も対象とされるようになったのである(金融商品取引法167条の2。2014年4月施行)。 3 法律を知らなかったのか? 大原氏は、改正されたインサイダー取引規制の内容を知らなかったのだろうか。新聞の取材に対して、次のような回答をしている(2020年10月30日付日本経済新聞朝刊)。 この回答は、「そんな法律を知るわけがない」とも読めるし、「知っているが、そんな誰も知らない法律は無効だ」とも読めるだろう。いずれにしろ、上場会社の代表取締役であった方の発言とは到底思えない。 インサイダー取引規制を犯すリスクが最も高いのは、自社の重要情報を最もよく把握している上場会社の経営者である。上場会社の経営者がインサイダー取引規制の内容を知らないでは済まされない。改正があれば、それを把握するよう努めなければならない。法律を無効と考えるのは論外である。 「これでは自分のIR(投資家向け広報)活動は全て違法になってしまう」という発言からは、それまで、適時開示の前に、特定の投資家に対して重要情報を漏らしていたのであろうことがうかがえる。インサイダー取引規制の趣旨を全く理解していないのだろう。 同じ新聞の取材に対して、次のような回答もしている。こうした行為も問題であるという認識がないようである。上場会社の経営者は、インサイダー取引規制の違反を疑われるような行為は完全に排除するよう努めなければならないはずである。 大原氏は、ドンキの株式に対するTOB(株式公開買付け)が公表される前に、知人に対してドンキの株式の取引を推奨した疑いがかけられているのだが、そのTOBに関する開示は2018年10月11日に行われている(ドンキは同日に「ユニー株式会社の株式取得(子会社等の異動)及びユニー・ファミリーマートホールディングス株式会社の完全子会社による当社株式に対する公開買付けの開始予定に関する意見表明のお知らせ」を開示)。そのTOBに関する検討が8月16日時点で全くなされていなかったとは思えない。 なお、その情報が適時開示の前日の10月10日にマスコミで報道されたため、ドンキは同日に「本日の一部報道について」を開示している。その情報も大原氏が漏らしたのだろうか。 4 ドンキの企業統治 大原氏は、本稿執筆時点(2021年1月13日)では未だ被疑者である。しかし、仮にインサイダー取引規制に違反していなかったとしても、上場会社の経営者としての資質には疑問が残る人物であると言わざるを得ないだろう。ドンキは、そうした人物を代表取締役としていたのである。今回の開示の中に次のような記載がある(「同氏」は大原氏)。 自社が代表取締役に据えていた人物による在任中の行為に疑いがかけられているのである。「個人に対する被疑事実」で片付けていいのだろうか。これは会社の問題と捉えなければならない。同社の企業統治に問題があったのだ。開示の最後は次のように締めくくられているのだが、果たして真に受けていいのだろうか。 (了)
《速報解説》 コロナ禍による地価下落により令和2年10~12月分の路線価補正予定地域(大阪・名古屋)が明らかに ~大阪府(3地域)では7~9月分についても地価変動補正の対象に~ Profession Journal編集部 既報のとおり国税庁はコロナ禍を受けた地価下落により路線価の補正が必要な「路線価等が時価を上回る(大幅な地価下落の)可能性がある地域」を調査、令和2年1月から6月までの期間については補正を見送り、令和2年7月から9月までの期間の対応については、令和3年1月下旬に公表することが告知されていた。 さらに令和2年10月から12月までの期間の対応については、令和3年4月の公表を予定したうえで、令和2年分の贈与税の申告・納付期限が令和3年3月15日とされていることから、先行して令和3年1月下旬に「路線価等が時価を上回る可能性がある地域」を公表、該当地域の土地等について令和2年10月から12月に贈与を受けた場合には、「個別の期限延長」により、令和2年10月から12月までの路線価の補正に係る公表の日(令和3年4月頃)から2ヶ月間、贈与税の申告・納付期限の延長を認めるとしていた。 このたび大阪国税局及び名古屋国税局は1月26日付け、それぞれホームページで令和2年7~9月までの路線価等の補正の有無について明らかにした上、令和2年7~9月における地価の状況が1月1日時点と比較して15%を超える下落となっていることを理由に、令和2年10~12月分において路線価を補正する可能性がある地域を公表した。 令和2年10~12月分において路線価を補正する可能性がある地域は下表のとおり。 〔令和2年10~12月分において路線価を補正する可能性がある地域(大阪・名古屋)〕 なお、上表のうち大阪府(大阪市中央区)の「心斎橋筋2丁目」「宗右衛門町」及び「道頓堀1丁目」については、令和2年1月以降7~9月までの間に大幅な地価下落状況が確認されたとして、路線価の補正が行われることが決まった。 具体的には、令和2年7~9月に、相続等により、これらの地域において土地等を取得した場合には、路線価に次の「地価変動補正率」を乗じた価額に基づき評価額を算出することになる(ちなみに名古屋国税局管内では、大幅な地価下落状況は確認できなかったとして、令和2年7~9月までの路線価等について、補正は行われない)。 〔令和2年7~9月分の地価変動補正率(大阪)〕 なお、令和2年1月から9月までの間に贈与を受けた場合の申告・納付期限は、個別の期限延長は認められず、原則通り令和3年3月15日(月)とされているため注意されたい。 (了)
《速報解説》 会計士協会、東証の有価証券上場規程に定める レビュー業務に関する2つの実務指針案を公表 ~被合併会社等の財務諸表等及び部門財務情報に対するレビュー業務について留意事項等示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年1月22日、日本公認会計士協会は、次の公開草案を公表し、意見募集を行っている。 これは、保証業務実務指針2400「財務諸表のレビュー業務」(2016年1月26日)等の公表を受けたものであり、従来の東証意見表明業務に関する従来の監査・保証実務委員会研究報告第12 号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める被合併会社等の財務諸表等に対する意見表明業務(中間報告)」及び同第14号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める部門財務情報に対する意見表明業務(中間報告)」に代わるものである。 意見募集期間は2021年2月22日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 東京証券取引所の有価証券上場規程に定める被合併会社等の財務諸表等に対するレビュー業務 1 適用範囲 株式会社東京証券取引所の「有価証券上場規程」及び有価証券上場規程施行規則に基づいて、新規上場申請会社が、上場前の一定期間に重要な合併、子会社化・非子会社化等を行った場合における当該被合併会社、子会社化・非子会社化された会社等(以下「被合併会社等」という)の財務諸表及び連結財務諸表に対して、公認会計士又は監査法人が業務実施者として実施するレビュー業務に係る実務上の指針である。 2 レビュー業務を実施する上での留意事項 次の事項に関する留意点が記載されている。 Ⅲ 東京証券取引所の有価証券上場規程に定める部門財務情報に対するレビュー業務 1 適用範囲 株式会社東京証券取引所の有価証券上場規程及び有価証券上場規程施行規則に基づいて、新規上場申請会社が作成する部門財務情報に対して、公認会計士又は監査法人が業務実施者として実施するレビュー業務に係る実務上の指針である。 「部門財務情報の作成基準」は、東京証券取引所における確立された透明性のあるプロセスに従って作成され、東京証券取引所の規則として定められているものである。また、承継する事業又は事業の譲受けもしくは譲渡の対象となる部門の財政状態及び経営成績を表示するために我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準を基礎として必要な修正を加えたものとなっている(21項)。 このため、「部門財務情報の作成基準」は、特別目的の財務報告の枠組み及び準拠性の枠組みとして受入可能なものとして推定される(21項)。 2 レビュー業務を実施する上での留意事項 次の事項に関する留意点が記載されている。 (了)
《速報解説》 経産省、「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示FAQ(制度編)」を公表 ~一体的開示・一体開示を進めるに際してのメリット・課題等をとりまとめる~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年1月18日、経済産業省は、「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示FAQ(制度編)」を公表した。 これは、2018年12月28日に公表した「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組の支援について」を踏まえたものであり、一体的開示に関して、企業からの質問が多かった事項を整理したものである。 なお、同日、日本公認会計士協会から、「監査・保証実務委員会研究報告「事業報告等と有価証券報告書の一体開示に含まれる財務諸表に対する監査報告書に関する研究報告」」(公開草案)が公表され、意見募集が行われている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主な項目は次のとおりである。 以下では主なものについて解説する。 1 一体的開示と一体開示 「一体的開示」とは、 会社法に基づく事業報告及び計算書類と金融商品取引法に基づく有価証券報告書という2つの開示書類を、 開示を行うことをいう。 「一体開示」とは、会社法に基づく事業報告等と金商法に基づく有価証券報告書を一体の書類として、同時に開示を行う方法であり、事業報告等と有価証券報告書が1つの書類として一体化することであり、一体的開示の最終形である。 なお、一体開示の取組について検討中の企業はあるが、現時点で一体開示を行っている企業はないとのことである。 2 現行法制下での一体開示 現行法制下でも、会社法と金商法の両方の要請を満たす書類(以下「一体書類」という)を作成して、事業報告等として株主総会に報告するとともに、有価証券報告書として提出する一体開示を行うことができる。 この場合、開示書類は「有価証券報告書兼事業報告書」という書類名にすることが考えられる。 3 一体開示の課題 事業報告等と有価証券報告書を一体の書類として作成する一体開示を行う場合、現状の開示書類(法定開示・任意開示)作成のスケジュールや業務分担の見直しが必要になり移行コストが追加的に発生すること、スケジュール見直しの結果、特定の期間に作業が集中し、株主総会招集通知発送前の作業負荷が増大する懸念などがあげられている。 一方、一体開示のメリットとして、開示書類作成の効率化、合理化により、非財務情報の充実等のより質の高い開示に人材と時間を活用することが可能となることなどがあげられている。 (了)
《速報解説》 事業報告等と有価証券報告書の一体開示に含まれる財務諸表に対し、 監査人が作成する監査報告書の文例を示す研究報告案が、 会計士協会から公表される 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年1月18日、日本公認会計士協会は、「監査・保証実務委員会研究報告「事業報告等と有価証券報告書の一体開示に含まれる財務諸表に対する監査報告書に関する研究報告」」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組の支援について」(2018年12月28日)が公表されている。これを踏まえて、研究報告は、一体書類に含まれる財務諸表に対して、監査人(会社法監査における会計監査人を含む)が作成する監査報告書の文例を示すものである。 意見募集期間は2021年2月1日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 一体書類に含まれる財務諸表は、会社法上の計算書類等と金融商品取引法上の財務諸表を一体的に開示する際の最終形として、会社法の計算書類等と金融商品取引法の財務諸表の双方の要求を満たす一体の書類として作成されている。 これに対応して、監査報告書に関しても一体の書類としての監査報告書(以下「一体監査報告書」という)として作成することが考えられる。 1 一体監査報告書 研究報告は、一体監査報告書を作成する場合の考察及び文例を示しているが、文例は1つの例示である。 一体監査報告書においては、会社が作成した一体書類に含まれる財務諸表を不可分なものとして取り扱い、それぞれの監査においても財務諸表全体に対して監査意見を述べることとしている。 2 一体監査報告書と内部統制監査報告書 有価証券報告書提出会社が内部統制報告書を提出している場合には、監査人は内部統制報告書に対する監査意見を表明するために内部統制監査報告書を作成する。 作成方式には財務諸表監査に係る監査報告書と一体として作成する方式と個別に作成する方式があるが、通常は、一体として作成している。 有価証券報告書提出会社が会社法及び金融商品取引法に基づき一体書類を作成する場合であっても、財務諸表監査に係る監査報告書と内部統制監査報告書を一体として作成することを妨げる重要な理由が見当たらないことから、研究報告では一体として作成している。 (了)
《速報解説》 会計士協会から「監査報告書の文例」等の改正案が公表される ~「その他の記載内容」につき監査人の手続の明確化と監査報告書に必要な記載を求める~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年1月19日、日本公認会計士協会は、「監査・保証実務委員会実務指針第85号「監査報告書の文例」等の改正」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、「監査基準の改訂に関する意見書」(2020年11月6日、企業会計審議会)及び「監査基準委員会報告書720「監査した財務諸表が含まれる開示書類におけるその他の記載内容に関連する監査人の責任」の改正について(公開草案)」(2020年10月21日)等を受けたものである。 意見募集期間は2021年2月19日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 「監査基準の改訂に関する意見書」において、監査した財務諸表を含む開示書類のうち当該財務諸表と監査報告書とを除いた部分の記載内容、すなわち「その他の記載内容」について、監査人の手続を明確にするとともに、 監査報告書に必要な記載を求める改訂が行われた。 監査報告書では、「その他の記載内容」又は他の適切な見出しを付した区分を設けて記載する(監基報720第20項)。 「その他の記載内容」には、監査報告書日以前に監査人が入手したその他の記載内容、監査意見の対象にはその他の記載内容は含まれておらず、監査人は意見を表明するものではなく、また、表明する予定もない旨などの所要の事項を記載する。 各文例において、「その他の記載内容」の文例を示すとともに、文例6として、「監査報告書日以前に全てのその他の記載内容を入手し、またその他の記載内容に関して重要な誤りが存在すると結論付けた場合における、無限定適正意見の監査報告書」が追加されている。 Ⅲ 適用時期等 2022年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度に係る監査から適用する。 ただし、2021年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度に係る監査から適用することができる。 (了)
2021年1月21日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.403を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第87回】 「2度目の緊急事態宣言下での対応」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 新年早々、11都府県(対象都府県)に緊急事態宣言が発出された。まず、1月8日から2月7日の31日間が、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、続いて1月14日から2月7日の25日間が、栃木県、岐阜県、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県、福岡県である。これらの対象都府県では、本稿執筆時点(2021年1月19日)において新規感染報告が過去最多を記録し続け、医療体制がひっ迫している状況である。 1月18日に招集された第204回国会の菅総理の施政方針演説では、次のような方針が表明された。 一方、企業のうち、12月決算会社においては、すでに年度決算作業が開始しており、また3月決算会社においても第3四半期の作業が行われているところである。昨年の経験も踏まえ、現状、決算作業に著しい滞りは見られないが、政府においては制度的対応が着実に進められている。 〇有価証券報告書等の提出期限の延長 金融庁は、1月8日、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が発出されたことを受け、「新型コロナウイルス感染症に関連する有価証券報告書等の提出期限について」を公表した。 金融商品取引法に基づく開示書類(有価証券報告書及び内部統制報告書、四半期報告書、半期報告書等)について、やむを得ない理由により期限までに提出できない場合は、財務(支)局長の承認により提出期限を延長することが認められていること等が示されている。 〇みなし提供 法務省は、昨年12月4日、株主総会資料としての単体計算書類等のWEB開示によるみなし提供を可能とする「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令案」を公表した。 昨年の定時株主総会においては、新型コロナウイルス感染症の影響で監査等の作業に遅れが生じる可能性を考慮し、時限的措置として株主総会資料としての単体計算書類貸借対照表及び損益計算書並びに事業報告の一部記載事項のWEB開示によるみなし提供を可能とする措置がなされたが、この措置はすでに昨年11月15日に失効となっており、昨今の新型コロナウイルス感染症の拡大の状況等を踏まえ、再度同措置を可能とするための会社法施行規則及び会社計算規則の改正を行うものである(本年9月30日までの時限的措置)。 〇ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施事例集の公表 経済産業省は、昨年12月23日、ハイブリッド型バーチャル株主総会の更なる実務への浸透を図るため、株主総会における実施事例や実際の運用における考え方等を示した「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド(別冊)実施事例集(案)」を公表した。 この事例集では、映像通信なしの音声通信のみによる開催の事例、役員や議長のオンラインでの出席の事例、総会の録音・録画・転載の禁止の事例の他、通信障害が発生した場合でも、通信障害の防止のために合理的な対策を取っていた場合には、決議取消事由には当たらないと解することも可能であるとして具体的な対応策を例示し、第三者によるなりすましへの対応については、基本的にはID、パスワード等を用いたログイン方法が相当としその他の方法についても例示をする等、コロナ禍での今年の株主総会運営に参考となる考え方が示されている。 〇テレワーク補助金の所得税法上の取扱い 国税庁は、1月15日、在宅勤務に係る費用を会社が負担した場合に、従業員に対する給与として課税する必要があるか否か等の取扱いを示したFAQを公表した。 FAQによると、従業員が家事部分を含めて負担した通信費・電気料金のうち、「業務のために使用した部分」として合理的に計算した金額を精算する方法により従業員に対して支給する一定の金銭については、従業員に対する給与として課税する必要はないこととされている。 その「業務のために使用した部分」の合理的な計算方法として、次の算式が、通信費、電気料金それぞれについて示されている。 【通信費】 【電気料金】 〇税務手続きのデジタル化 令和3年度税制改正では、国・地方公共団体を通じたデジタル・ガバメントの推進による行政手続コストの削減、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により顕在化した課題への対応等の観点から、納税環境のデジタル化が一挙に進められることとなった。 税務署長に提出する国税関係書類において、実印及び印鑑証明書を求めている手続(例えば、担保提供関係書類、遺産分割協議書)を除き押印義務が廃止される。 また、電子帳簿保存制度における手続きが抜本的に簡素化される。 税務署長の承認制度が廃止されるとともに、これまで必要とされた記録の真実性及び可視性の確保に係る次の要件のうち、訂正等履歴要件・相互関連性要件・検索要件は不要となる一方、ダウンロード要件(国税庁等の当該職員の質問検査権に基づくその国税関係帳簿書類に係る電磁的記録のダウンロードの求めがある場合には、これに応じることとすること)が加えられる。 地方税においても、地方税共通納税システムの対象税目に固定資産税・都市計画税・自動車税種別割・軽自動車税種別割が追加され(令和5年度分以後)、給与所得者に係る特別徴収税額通知(納税義務者用)の電子的送付も可能となる(令和6年度以後の年度分の個人住民税について適用)。 (了)
令和2年分 確定申告実務の留意点 【第3回】 (最終回) 「令和2年分からの適用で判断に迷う事項Q&A」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 最終回は、令和2年分の確定申告から適用される事項のうち、判断に迷う事項を中心として5項目を取り上げ、Q&A形式でまとめることとする。なお、本稿では特に指定のない限り、令和2年分の確定申告を前提として解説を行う。 〈ひとり親控除、寡婦控除の適用〉 【Q1】 次の居住者は、ひとり親控除又は寡婦控除の適用を受けることができるか。なお、表中の「合計所得金額」は令和2年分の金額であり、「子」及び「扶養親族」は居住者と生計を一にしているものとする。 【A1】 ①のケースは寡婦控除、③のケースはひとり親控除の適用を受けることができる。 -解説- 第1回【5】で解説したとおり、令和2年度税制改正により、ひとり親控除が創設され、寡婦控除の見直しが行われた。 居住者がひとり親又は寡婦である場合には、ひとり親控除(35万円)又は寡婦控除(27万円)の適用を受けることができる(所法80、81)。 ひとり親、寡婦とは、次の要件を満たす人をいう(所法2①三十、三十一、所令11、11の2)。 〈ひとり親の要件〉 (※) 総所得金額等が48万円以下で、他の人の同一生計配偶者又は扶養親族となっていない子に限られる。 〈寡婦の要件〉 以上より、①から⑤のケースについて、ひとり親又は寡婦に該当するか検討する。 〈所得金額調整控除の適用〉 【Q2】 夫(個人事業主)の合計所得金額は1,100万円、妻(給与所得者)の合計所得金額は900万円である。夫婦の子(17歳、所得なし)は、夫の控除対象扶養親族とされている。妻は年末調整で所得金額調整控除(子ども等を有する場合の調整)の適用を受けていない。妻は、確定申告により所得金額調整控除(子ども等を有する場合の調整)の適用を受けることができるか。 【A2】 妻は、年齢23歳未満の扶養親族を有しているので、確定申告において所得金額調整控除(子ども等を有する場合の調整)の適用を受けることができる。 -解説- 第1回【4】で解説したとおり、令和2年分の所得税から所得金額調整控除が適用される。 2つの所得金額調整控除のうち、「子ども等を有する場合の調整」は、給与等の収入金額が850万円を超える居住者のうち、次の(ア)から(ウ)のいずれかに該当するものに適用される(措法41の3の3①)。 2人以上の居住者の扶養親族に該当する者がある場合には、その者は、いずれか1人の居住者の扶養親族にのみ該当するものとみなされる(所法85⑤)。よって、本ケースでは、年齢17歳の子は、夫の控除対象扶養控除とされているので、妻の控除対象扶養親族には該当しない(妻は扶養控除の適用を受けることはできない)。 一方、所得金額調整控除(子ども等を有する場合の調整)の適用では、上記と異なり、いずれか1人の居住者の扶養親族にのみ該当するとはみなされず、2人以上の居住者がいずれも扶養親族を有することとなる(措通41の3の3-1)。 したがって、年齢17歳の子は、夫と妻いずれの扶養親族にも該当するので、妻は所得金額調整控除(子ども等を有する場合の調整)の適用を受けることができる。 〈助成金等に対する課税〉 【Q3】 飲食業を営む個人事業主である。新型コロナウイルス感染症の影響を受け経営状況が大幅に悪化し、持続化給付金と雇用調整助成金の支給を受けた。これらは、所得税の課税対象となるのか。 【A3】 個人事業主が支給を受けた持続化給付金と雇用調整助成金は、いずれも所得税の課税対象となる。 -解説- 新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、国や地方公共団体から個人に対して助成金や給付金(以下、「助成金等」という)が支給されることがある。 給付された助成金等の課税関係は、次のとおりである。 (1) 所得税が非課税となる助成金等 (2) 所得税が課税される助成金等 なお、国税庁ホームページに、助成金等の課税関係が例示されているので参考にされたい。 〈白色申告者の災害による損失の取扱い〉 【Q4】 飲食店を営む白色申告者である。緊急事態宣言の発令に伴い臨時休業を実施したこと等により、食材の廃棄損が多額に計上された。また、感染を防止するため消毒液や空気清浄機等を多数購入しており、事業所得は大幅な損失となった。この損失は、所得税の計算においてどのように扱われるのか。 【A4】 純損失の金額(損益通算をしても、なお控除しきれない部分の金額)のうち、「被災事業用資産の損失の金額」に該当するもの(食材の廃棄損、感染を防止するための物品の購入費等)については、翌年以後3年間にわたって繰越控除することができる。 -解説- 青色申告書を提出している場合、純損失の金額は翌年以後3年間にわたって繰越控除することができる(所法70①)。一方、白色申告の場合、純損失の金額のうち繰越控除できるのは、「変動所得の金額の計算上生じた損失の金額」と「被災事業用資産の損失の金額」のみである(所法70②)。 「被災事業用資産の損失の金額」とは、棚卸資産又は事業用の固定資産等に生じた災害による損失の金額をいい、その災害に関連するやむを得ない一定の支出も含まれる(所法70③、所令203)。 新型コロナウイルス感染症に関連した「被災事業用資産の損失の金額」については、次のとおり取り扱って差し支えないものとされている。 (参考1)事業用資産に生じた災害による損失等の取扱い 今般の新型コロナウイルス感染症に関連した「事業用資産に生じた災害による損失等」については、次のとおり、取り扱って差し支えありません。 〔災害により生じた損失等(翌年以後に繰り越される損失等)に該当する・・例〕 ・飲食業者等の食材(棚卸資産)の廃棄損 ・感染者が確認されたことにより廃棄処分した器具備品等の除却損 ・施設や備品などを消毒するために支出した費用 ・感染発生の防止のため、配備するマスク、消毒液、空気洗浄機等の購入費用 ・イベント等の中止により、廃棄せざるを得なくなった商品等の廃棄損 ※ 「災害により生じた損失等」とは、棚卸資産や固定資産に生じた被害(損失)に加え、その被害の拡大・発生を防止するために緊急に必要な措置を講ずるための費用が該当します。 〔災害により生じた損失等(翌年以後に繰り越される損失等)に該当しない・・・例〕 ・客足が減少したことによる売上げ減少額 ・休業期間中に支払う人件費 ・イベント等の中止により支払うキャンセル料、会場借上料、備品レンタル料 ※ 上記のように、棚卸資産や固定資産に生じた被害の拡大・発生を防止するために直接要した費用とは言えないものについては、「災害により生じた損失等」に該当しません。 (※) 国税庁「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」38ページより抜粋。 したがって、本ケースの場合、食材の廃棄損や感染を防止するための物品の購入費は、「被災事業用資産の損失の金額」に該当するものとして、繰越控除の対象となる。 なお、白色申告の場合、純損失の繰戻しによる還付の請求をすることはできない(所法140①)。 〈確定申告書の記入方法〉 【Q5】 2社から支給されている給与等の収入金額を合計すると900万円である。夫の控除対象扶養親族となっている年齢17歳の子がいることから、確定申告において所得金額調整控除(子ども等を有する場合の調整)の適用を受ける。確定申告書第二表の「配偶者や親族に関する事項」はどのように記入するのか。 【A5】 子(扶養親族)の氏名、続柄、生年月日を記入し、「その他」欄の「調整」に〇をつける。なお、子のマイナンバーを記入する必要はない。 -解説- 第2回【2】(2)で解説したとおり、令和2年分の第二表には、「配偶者や親族に関する事項」欄が設けられている 。 「その他」欄の「調整」に〇をつけるのは、所得金額調整控除(子ども等を有する場合の調整)の適用がある場合で、「配偶者(特別)控除の対象とならない同一生計配偶者で特別障害者に該当する人がいる場合」と「控除対象扶養親族、16歳未満の扶養親族の対象とならない特別障害者又は23歳未満の扶養親族がいる場合」である。 具体的には、次のようなケースが想定される。 (連載了)
給与計算の質問箱 【第13回】 「テレワークの費用負担の取扱い」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 当社ではテレワークをする従業員の携帯代や自宅の水道光熱費等の一部を負担することを検討しています。 在宅勤務手当として一定額を支給する方法と経費精算する方法が考えられますが、所得税が課税となるか非課税となるかご教示ください。 A それぞれの方法に係る課税関係について計算例を交えて、以下解説する。 * * 解 説 * * 1 在宅勤務手当として一定額を支給する方法 この場合、所得税は課税(給与所得課税)となる。 〈例:25歳、扶養親族0人、在宅勤務手当20,000円(2021年1月から支給)のケース〉 2 経費精算する方法 (1) 消耗品 会社が従業員に仮払いし、従業員が消耗品を購入し、領収書を会社へ提出して仮払いとの差額を精算する場合や、従業員が消耗品を購入し、領収書を会社へ提出して精算する場合、所得税は非課税である。 (2) 通信費 下記の算式により計算した通信費を支給する場合や、算式によらずにより精緻な方法で業務に使用した通信費を算出して支給する場合、所得税は非課税である。 (出典:国税庁「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ(源泉所得税関係)」) 〈例:25歳、扶養親族0人、2021年1月の在宅勤務日数15日、従業員の携帯代8,000円のケース〉 (3) 水道光熱費 下記の算式により計算した水道光熱費を支給する場合や算式によらずにより精緻な方法で業務に使用した水道光熱費を算出して支給する場合、所得税は非課税である。 (出典:国税庁「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ(源泉所得税関係)」) 〈例:25歳、扶養親族0人、2021年1月の在宅勤務日数15日、従業員の自宅の電気代8,000円、業務に使用した部屋の床面積10㎡、自宅の床面積30㎡のケース〉 (了)