「企業価値評価ガイドライン」 改正のポイント 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成25年7月3日、日本公認会計士協会は、「経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」の改正について」を公表した。 主な改正内容は次のとおりである。 本稿では改正点を中心に、企業価値評価ガイドライン(以下「ガイドライン」という)のポイントについて解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 改正の概要 1 位置付け ガイドラインは、公認会計士が株式の価値を評価する場合の実施、報告について取りまとめた研究報告である。 企業価値評価は、依頼人の意思決定を補助するための参考資料として利用されるものであって、当該業務は保証業務ではない。 ガイドラインは、公認会計士が企業価値評価を実施するために準拠しなければならない「基準」や「マニュアル」ではないという位置付けにある。 しかしながら、企業価値評価業務については、不正や企業価値評価を巡る紛争の原因となる可能性も懸念されることから、実際に評価業務を行う際には、ガイドラインを参照することが期待されている。 2 対象会社 ガイドラインは、基本的に、株式の評価が困難な非上場会社を対象としている。 上場会社の株式であっても、株価の推移等から判断して、市場の完全性や株価の操作性の点を考慮し、場合によっては非上場会社と同様に、ガイドラインを参照する必要があることに留意すると述べられている。 3 不正や企業価値評価を巡る紛争への対応 公認会計士は、次の事項に留意する必要がある。 4 企業価値など ガイドラインは次表のように企業価値概念を整理している。 ガイドラインの評価対象は、株主に帰属する価値(株主価値)であり、評価対象会社が継続的に事業活動を行うことで獲得される利益やキャッシュ・フロー等から生み出される価値を評価することになる。 【企業価値概念】 【評価業務の分類】 (※) 一般に鑑定は、様々な意味で使用されている。ガイドラインでは、鑑定を、上表の内容欄に記述しているとおり、裁判所からの鑑定命令によって行われる業務に限定し、裁判目的で実施されるものとして使用している。 算定人は、企業価値評価の結果を、原則として依頼人のみに報告し、算定書は依頼人の意思決定を支援するために取りまとめられるものである。 算定書に利用制限が付されたとしても、算定結果に対して、個別・具体的に、また、批判的にその結果を検討する検討人が存在することを、算定人は強く意識して、業務を行う必要があるとガイドラインは述べている。 検討人としては、M&A当事会社のうち相手方当事会社、当事会社の反対株主、両当事会社の監査役や監査委員会、ステークホルダー、不正が発覚した際に設置される不正調査のための内部調査委員会や外部調査委員会などがあげられている。 【評価アプローチ】 (※) ガイドラインでは、コスト・アプローチに関して、特に時価純資産法といった評価法とイメージが合致しにくいことから、これに代えてネットアセット・アプローチという呼称を使用している。 5 ガイドラインを利用する際の留意点と価値評価の限界 今回の改正により、「(2) 提供される情報の検証」として、提供された情報は、無批判に使用するのではなく、ガイドラインに記述されているような慎重さや批判性等を発揮して、その情報の検討・分析が必要であることが明記されている。 提供された情報については、詳細な調査、証明、保証といった検証作業に代えて、当該情報が利用可能かといった観点からの検討・分析を行い、非常識・非現実的な情報を受け入れることがないように留意すると述べられている。 また、「(3) 将来予測数値の不確実性」として、提供される情報の中には、将来予測数値が含まれる場合があるが、不確実性の高い状況にあっても、それを評価で採用するかの判断に際しては、検討・分析が必要である点に留意が必要であると述べられている。 その際、次の事項を検討・分析し、提供された非常識・非現実的な将来情報を無批判に受け入れ、機械的にそれを評価に使用するのではなく、批判性を発揮して、基礎資料としての有用性及び利用可能性の判断を行うことが重要であると述べている。 6 取引目的の業務受嘱等で留意すべき点 公認会計士の資質、独立性・中立性及び正当な注意義務等についての留意点が述べられている。特に、株式譲受・譲渡、合併などの取引目的の場合には、企業価値評価業務を円滑に進めるだけでなく、不正や企業価値評価を巡る紛争の予防や回避に配慮を払う必要があり、専門性、全体観、慎重さなどの留意点が述べられている。 これらの留意点が十分に発揮できない場合には、業務を受嘱しないか、又は業務委託契約の途中解約などの対応が必要となる。 Ⅲ 企業価値評価における価値形成要因 1 企業価値等形成要因 企業価値評価は、機械的に行うのではなく、個々の事情に応じて、その特殊性を適切に把握し、判断しながら業務を進める必要がある。 そのためには、価値等形成の源泉に加えて、マネジメント・リスクについても検討・分析する必要があると述べられている。 企業価値等形成要因は、「一般的要因」、「業界要因」、「企業要因」、「株主要因」、「目的要因」の5つに大別される。 2 マネジメント・インタビューの実施 評価対象会社のマネジメントに対するインタビューは、入手した基礎資料に表れていない会社の実態を知り、資料の有用性及び利用可能性を裏付ける手続として重要である。 ただし、マネジメント・インタビューは、評価業務を適切に行う上で有効な手続であるが、不正に対しては、必ずしも有効ではない場合もある。企業価値評価が不正に利用される場合、経営者や上位管理者が関わっている場合が多いためである。 評価人はこのような不正の可能性についても留意して評価業務を行う必要がある。 (了)
林總の 管理会計[超]入門講座 【第8回】 「費目別計算は奥が深い」 公認会計士 林 總 「管理可能費」と「管理可能支出」 材料費はいつ計上すべきか (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第15回】 ソフトウェア会計② 「製品マスター完成後に発生するコストの会計処理」 ─バグ取りや保存媒体のコストなど 仰星監査法人 公認会計士 大川 泰広 〈事例による解説〉 製品マスター完成後に発生したコストは、以下のとおりです。 〈会計処理〉 ① 機能の強化・改良に係るコスト (*1) 諸口には材料費、労務費、経費等が該当します。 ② バグ取り・ウイルス対策等の保全コスト ③ CD-ROM等の保存媒体の取得・制作に係るコスト 〈会計処理の解説〉 前回解説したとおり、市場販売目的のソフトウェアの改良等のコストは、製品マスター完成までに発生したものを研究開発費として費用処理し、製品マスター完成後に発生したものを無形固定資産として計上します。 製品マスター完成後は、改良等のコスト以外にもさまざまなコストが発生しますが、そのすべてを無形固定資産として計上できるわけではありません。 製品マスター完成後に発生するコストには以下のようなものがあり、その内容によって会計処理方法が異なります。 製品マスター完成後、その機能を改良・強化するために発生したコストは無形固定資産として計上します。 ただし、製品マスター完成後であっても、研究開発活動と考えられるような大幅な改良コストについては、研究開発費として処理しなければなりません。例えば、主要なプログラムの過半部分を再制作する場合や、ソフトウェアのオペレーションシステムなど、動作環境を大幅に修正する場合は、これに係るコストを無形固定資産ではなく、研究開発費として処理することとなります。 バグ取り、ウイルス対策等にかかるコストは、あくまでソフトウェアの機能維持が目的であるため、資産として計上するのではなく、発生時に費用として処理します。 保存媒体の取得・制作コスト、利用マニュアル等の制作コストは、製品マスターの制作にかかるコストではなく、製品として販売するために必要なコストであるため、無形固定資産ではなく製造原価として処理します。 以上をまとめると、下図のようになります。 次回は、自社で利用しているソフトウェアの会計処理について解説します。 (了)
有効な解雇手続とは 【第2回】 「解雇に関する法規制」 社会保険労務士 井下 英誉 1 はじめに 前回では、解雇トラブルを予防するには、「対象者」「理由」「手続」の3つの要素が適正であることが重要であるとお伝えした。 今回は、解雇に関する法律を取り上げて、それぞれの法律がどの要素の判断基準になっているかを解説する。 2 労働基準法の規定 労働基準法19条は、上記3つの要素のうち「対象者」に関する規定である。また、同法20条と21条は「手続」に関する規定である。 労働基準法は強行法規であるため、19条に定める労働者を解雇した場合は、その解雇は無効となる。また、労働基準監督署長の認定を受けず20条に定める予告手当も支払わない即時解雇は無効となる。 3 労働契約法の規定 労働契約法16条は、上記3つの要素のうち「理由」に関する規定である。本規定を具体化するために、就業規則等に解雇事由を定める会社が多い。 しかしながら、この「理由」を判断するにあたっては、そこに至るまでの経過も評価されるため、会社としての義務を怠っていれば「解雇権の濫用」とされる可能性が高くなる。 4 男女雇用機会均等法の規定 男女雇用機会均等法9条は、上記3つの要素のうち「対象者」と「理由」に関する規定である。 5 育児・介護休業法の規定 育児・介護休業法10条は、上記3つの要素のうち「対象者」と「理由」に関する規定である。 次号では、「就業規則における解雇ルール」を解説する。 (了)
新たな高速バスの法規制と労働問題 【第2回】 「過労運転防止対策としての 交替運転者の配置基準の見直し」 特定社会保険労務士・運輸安全コンサルタント 山田 信孝 Ⅰ 新高速乗合バスの特性 新高速乗合バスは、乗合バス事業の許可を受けた事業者に限り運行が認められるが、国土交通大臣の許可を受けた場合には、その運行の一部の便数(事業計画の原則1/2)を、他の貸切バス事業者に委託することができる。 つまり、道路運送法35条に定められた「事業の管理の受委託」としての許可を取得した貸切バス事業者だけしか、新高速乗合バスの運行に携わることができないことから、高速ツアーバスに見られた取引の多重構造はなくなることになる。 【図1】 新たな高速乗合バスの安全規制の強化 高速ツアーバスを運行していた事業者は、平成24年9月時点では、286事業者(旅行業者58、貸切バス事業者228)であったが、新高速乗合バス事業に移行した事業者は79事業者(うち、管理の受委託の許可を得た貸切バス事業者30)であり、約72%の事業者が撤退したことになる。 その原因としては、自社バスの所有や停留所の確保が義務付けられたことに加え、過労運転防止対策や運行管理体制の強化を求められたことが大きいと考える。 また、平成24年7月より、柔軟な運賃・料金の設定及び運行計画、運賃・料金の事前届出期間が30日前から7日前に短縮されたことから、バス事業者の自由度は増えたものの、運行委託できる貸切バス事業者が少なくなったこと及び停留所の共同利用などにより、バスの運行便数に制約を受けた場合がある。 さらに、過労運転防止の対策として、一定の長距離・夜間運行の場合には、交替運転者を配置する義務を負うことになった。 そこで、次に、交替運転者の配置基準について、触れることにする。 Ⅱ 交替運転者の配置基準 1 「勤務時間等基準告示」 バス事業者には、「過労の防止を十分考慮して、国土交通大臣が告示で定める基準に従って、事業用自動車の運転者の勤務時間及び乗務時間を定め、当該運転者にこれらを遵守させなければならない。」(旅客自動車運送事業運輸規則(以下「運輸規則」という)21条第1項)義務がある。 そして、その運転者の勤務時間及び乗務時間の基準については、「事業用自動車の運転者の勤務時間及び乗務時間に係る基準」(平成13年国土交通省告示)(以下「勤務時間等基準告示」という)に基づき「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成元年労働省告示)(以下「改善基準告示」という)によることとされる。 つまり、バス運転者の勤務時間及び乗務時間の基準については、厚生労働省告示に基づくとされているわけである。 2 「交替運転者を配置する場合」とは 「運転者が長距離運転又は夜間の運転に従事する場合であって、疲労等により安全な運転を継続することができないおそれがあるときは、あらかじめ、交替するための運転者を配置しておかなければならない」(運輸規則21条6項)。 交替運転者の配置義務がある場合とは、「勤務時間等基準告示」で定められた条件を超えて、引き続き運行する場合をいう。 具体的には、 である。 しかし、関越道高速ツアーバス事故を受け、平成24年5月、過労運転の防止策を検討する目的で設置された「高速ツアーバス等の過労運転防止のための検討会」において、交替運転者の配置基準が審議され、「夜間の高速ツアーバス等の配置基準」(平成24年7月20日適用)及び「夜間の貸切バスの配置基準」(平成24年12月1日適用)に定められた条件を超えて、引き続き運行する場合にも、交替運転者の配置義務を負うことになった。 そして、平成25年8月1日からは、「新高速乗合バスの交替運転者の配置基準」及び「貸切バスの交替運転者の配置基準」が全面的に適用されることになり、それぞれの配置基準に定める条件を超えて、引き続き運行する場合にも、交替運転者を配置することが義務付けられた。 なお、これに伴い、前回述べた総務省の勧告において、運転者の健康面や生理学的な面での検討が行われていないと指摘された、2日平均で1日当たりの運転時間の上限(9時間)に相当する乗務距離の上限を670kmとしていた、「一般貸切旅客自動車運送事業に係る乗務距離による交替運転者の配置の指針について」(平成20年6月27日)は、平成25年8月1日付けで廃止となった。 3 「新高速乗合バス」の交替運転者の主な配置基準 ① 実車距離(乗客の乗車の有無にかかわらず、乗客が乗車可能な区間として設定した距離をいう。以下、同じ) ワンマン運行できる実車距離は、夜間(最も眠気が生じやすいとされる、午前2時から午前4時までの間にある運行又は当該時刻を跨ぐ運行をいう。以下、同じ)は400kmまで、昼間(夜間以外の運行をいう。以下、同じ)は500kmまでする。 ただし、特別な安全措置を講ずる場合は、夜間は500kmまで、昼間は600kmまでとする。 ② 1日の運転時間 ワンマン運行できる運転時間は、原則、9時間以内とする。 ③ 連続乗務 夜間ワンマン運行の連続乗務は、連続4夜(往復2回)までとする。 ただし、実車距離が400kmを超える場合には、連続2夜(往復1回)までとする。 (注) 1 新高速乗合バスには、貸切バス事業者の受託運行も含まれる。 2 自社運行の場合には、例外措置がある。 【図2】 高速乗合バス及び貸切バスの交替運転者の配置基準 (出典:「高速ツアーバス等の過労運転防止のための検討会」(平成25年4月2日)) 4 「貸切バス」の交替運転者の主な配置基準 ① 実車距離 ワンマン運行できる実車距離は、夜間は400kmまで、昼間は500kmまでする。 ただし、特別な安全措置を講ずる場合は、夜間は500kmまで、昼間は600kmまでとする。 ② 1日の運転時間 ワンマン運行できる運転時間は、原則、9時間以内とする。 ③ 連続乗務 夜間ワンマン運行の連続乗務は、連続4夜(往復2回)までとする。 ただし、実車距離が400kmを超える場合には、連続2夜(往復1回)までとする。 (注)1時間以上のまとまった休憩を入れる場合には例外措置がある。 なお、交替運転者の配置基準の詳細については、下記国土交通省のホームページを参照。 (了)
民法改正(中間試案) ─ここが気になる!─ 【第7回】 「賃貸借」 弁護士 中西 和幸 民法改正のスケジュールについては、法制審議会において、平成26年7月末までに「要綱仮案」の取りまとめを行うこととされ、平成27年2月頃に法制審議会の答申をすることが予定された旨が法務省から公表された。 また、法制審議会民法(債権関係)部会第74回会議(平成25年7月16日開催)のウェブサイトでは、先日締め切られたパブリックコメント手続で得られた意見の速報版が掲示され、そもそも民法改正は不要であるという見解から、個々の論点に関する様々な立場からの様々な意見が寄せられている。 民法改正自身は行われるであろうが、どの程度の規模でどのような内容の改正が行われるかは、今後の法制審議会の議論と各関係者の意向によるであろう。引き続き注目していきたい。 1 賃貸借契約の現状等 現行法では、民法が賃貸借契約一般について定め、借地借家法が特別法として規定されている。 これは、従前は、我が国の国土のうち居住や事業のための建物の所有等の利用に適した不動産が限られており、貸し手が非常に有利な立場にあったことから、「借り手保護」という社会政策的な見地から借地借家法(従前は借地法と借家法であった)という特別法が制定されたという経緯があった。 もっとも、近時は、土地利用の高度化等による供給過剰や景気変動等の理由から、従来ほど貸し手が有利とは言い切れない状況がある。 また、賃貸借契約も、現在の民法や借地借家法では考えられていなかったスキームが広がっている。例えば、不動産の流動化スキームにより形式的な所有者と損益が帰属する実質的所有者が分離し、また、家賃保証の実質を備えるため集合住宅を一棟丸ごと所有者から借り、これを個々の居住者に転貸する等のスキームなどがある。 そのような時代背景も踏まえた民法改正の中間試案と考えられる。 2 中間試案の要点 (1) 存続期間の廃止 賃貸借契約の存続期間は最長20年であると、民法604条にて定められている。 ゴルフ場の敷地やプラントなど、借地借家法の適用がない契約において、20年以上の利用を想定している契約もあることから、かかる存続期間の規程を廃止するという改正案である。 なお、特別法である借地借家法の賃貸借契約期間に関する各規定については、改正の範囲とはなっていない。 (2) 賃貸人たる地位の移転 民法上、賃貸人たる地位の移転に関する明文の規定はなかった。そして、賃貸物件の所有権が移転すれば、民法上の原則では、「売買は賃貸を破る。」という法格言のとおり、賃貸借契約は終了すると解されていた。 しかし、そもそも賃貸借契約を継続したまま所有権の移転を求める譲受人からすると、自動的に賃貸借契約が終了するのは望まない結果となる。そのため、売買が賃貸借を破らない取扱いも実務上は必要である。 その一方、借り手保護の観点から、借地借家法の保護を受けられる賃借人は、所有権が移転されても賃貸借契約は解除されず、譲受人が新たな賃貸人となる必要がある。 こうした点については、民法605条に定めがあるとはいえ、賃借権の登記は賃貸人が優位である状況の下ほとんど行われていなかったことから、ほとんど適用の余地はなく、借地借家法上の対抗力があれば登記に準ずるものとして対抗力が判例上認められ、現在に至っている。 このように、判例上ほぼ整理され実務もほとんど固まっているところであるが、今回の中間試案では、こうした賃貸人たる地位の移転を明文化して整理している。 ① 賃借人が賃貸人に対して賃借権を対抗できる場合 中間試案では、賃借人が、登記等により賃借権を所有権に対抗できることを規定し、対抗できる場合に、賃貸人たる地位が移転することを原則としている。 そして、この賃貸人たる地位の移転を賃借人に対抗するためには、新所有者は所有権移転登記を受けなければならないことが明確にされた。もっとも、賃借人が賃貸人の地位の移転を認めて賃料を支払うことは否定していない。 さらに、中間試案では、上記の賃貸人たる地位の移転により、敷金と費用の償還請求権も新所有者に移転することを明確にしている。 これらは、いずれも判例法を明記したものであり、実務上もほぼ定着していると言ってよいであろう。 また、例外として、賃貸人たる地位の移転を留保することを認め、その場合、新所有者を賃貸人とし、旧所有者を賃借人とする賃貸借契約を締結することを要件とし、旧賃借人は旧所有者から物件を借りる転借人としての地位を有することになる。無論、賃借人の転借権は従前と同様の内容が継続することから、新所有者と旧所有者の間の賃貸借契約は、転借権の内容をすべて含まなければならないことになろう。 ② 賃借人が賃貸人に対して賃借権を対抗できない場合 賃借人が賃貸人に対して賃借権を対抗できない場合、賃貸借契約は所有権の移転により当然終了し、新所有者は賃貸人たる地位を取得しないことが原則である。 ただし、新所有者と旧所有者が合意した場合は、賃借人の同意を得ないで賃借権を譲渡できるものとした。 この場合の敷金や費用の償還請求権については、賃借権が対抗力を有する①と同様の規律としている。 (3) 妨害排除請求権 通常、妨害排除請求権が認められるのは、所有権についてである。 賃借権の場合は占有訴権(民法198条、200条)により救済を求めることができるが、1年の期間制限や、占有を開始する前(例えば、賃貸借契約をしたものの、使用開始前に既に当該物件を第三者が占有していた場合)の第三者に対しては行使することができなかった。また、二重賃貸借がなされた場合、その解決が容易ではなかった。 そこで、中間試案では、妨害排除請求権を不動産賃貸借について独自に認め、登記や借地借家法上の対抗要件を備えた場合には、第三者に対する妨害停止の請求又は返還請求を認めることとした。 これらも判例を明確化したものであり、特段新しい改正というものではない。 (4) 敷金 敷金については、中間試案では、まずこれを定義し、返還時期を賃借物の返還又は適法な賃借権の譲渡後として物件の返還等と敷金の返還が引換給付にならないことを明記し、さらに、賃貸人から賃料に充当できることと賃借人から賃料に充当するよう請求できないことを明確にした。 こうした点は、判例や実務を整理したものであり、基本的には特段の影響はないものと思われる。 (5) 賃貸物の修繕等 現行法が整理され、明文化されることとなり、以下のような内容となった。 (6) 賃料の減額 まず、収入減の一事をもって賃料減額請求や解除ができる旨の規定(民法609条、610条)を削除することとされている。もっとも、借地借家法11条や32条は削除されないため、賃料減額請求そのものが不可能とはならず、経済事情の変動等の理由による賃料の増減額は否定されないことになる。 そして、賃借物の一部滅失等による賃料減額についての規定を整理し、 とされている。 なお、賃借物の全部滅失は、賃貸借契約の終了となることも明確化されている。 (7) 転貸の効果の整理 適法な転貸借(賃貸人が承諾した場合等)については、転貸借により賃貸人と転借人が直接権利義務関係を持つことになることが明記され、賃貸人は転借人の使用収益を妨げてはならないことが明記された。 また、賃料についても明記され、転貸借が開始された時期に転借人が転貸人に賃料を前払いしていたとしても、その前払いは賃貸人には対抗できないものと明記された。 そのため、二重払いとなる賃料について、転借人は転貸人に対して返還を求めることになるが、回収できないリスクも考えられ、転貸借となる場合、賃料の前払いについては注意が必要である。 また、転貸借の基礎となる賃貸借契約が合意解除されても、その時点で債務不履行がない限り適法な転借人には対抗できないことなども明確にされている。 (8) 収去義務及び原状回復義務 契約終了時の収去義務及び原状回復義務について、以下の通り明確化された。 そして、賃借人は受領後に賃借物に損傷があった場合は、これを回復する義務を負うが、契約の趣旨に照らして賃借人の帰責事由とならない場合は、原状回復義務を賃借人は負わないものとされた。 (9) 短期消滅時効 中間試案では、契約の趣旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償は、賃貸人が賃貸物の返還を受けた時から1年以内に請求しなければならず、賃貸人が賃貸物の返還を受けた時から1年を経過するまでの間は、消滅時効は、完成しないものとされた。 この規定は新設の規定であり、従前は10年間の消滅時効(民法167条1項)とされていたものが短期消滅時効とされたものである。 実質的な改正がなされた部分ではあるが、比較的限定された場面で適用されることになる。 3 実務への影響 (1) 不動産賃貸借契約への影響 上記のとおり、中間試案のうち賃貸借契約については、ほとんどが従前の判例を明確化したものである。そして、その内容は、不動産賃貸借を中心にまとめられたものと思われる。 また、明確にされた判例も、個々の事案の妥当な解決を指向したいわゆる「事例判決」ではなく、多くの事例に適用できる判例と解されるものの明確化であり、実際、実務等もその判例に沿って行われている。 例えば、原状回復義務との関係で、従前の実務は居住用不動産の多くで退去時の壁紙の張替えや清掃については賃借人の負担であったが、近時、賃借物の通常の使用収益により生じた賃借物の劣化又は価値の減少については原状回復義務を負わない裁判例が積み重なり、こうしたことが明記されたものと解される。 こうした判例の積み重ねが明文化されることにより、多くの人や会社等の法人が関わる不動産賃貸借において、賃貸人及び賃借人の双方が「知らなかった」という事態を回避できると考えられるかもしれない。しかし、通常は、法律の条文の一つ一つを確認する者は少なく、実務における契約書のひな形、監督官庁の指導や業界団体のリード等により法令改正が広がっていくものと思われる。 もっとも、今回の法令改正自身はほとんど実質的な改正はなく、改正の意義も実務への影響も薄いものと思われる。 (2) 複雑化した不動産取引への影響 近時は、大規模不動産については資金調達等の関係から流動化され、また、維持・管理等の関係から、転貸等がなされることが多い。 中間試案では、こうした取引についても配慮したものと思われる。 しかし、流動化が伴うことも少なくない大規模な不動産の賃貸借契約やその所有権の移転等においては、十分なコストをかけて慎重に検討された賃貸借契約書等の各種契約が締結されており、改めて民法が規定する必要はほとんどないように思われる。 こうした契約に対し、改正された民法が強行法規とされて個々の契約より優位に立つとなると、契約実務への影響が一定程度生じる可能性がある。この場合、さらに契約条項の検討が必要となるなど、実務上の混乱を招く可能性があるものと思われる。 (3) まとめ 中間試案における賃貸借については、問題は少ないが既に実務が先行し実益も少ない改正であると思われる。そして、改正部分が強行法規であるとするならば問題を検討しなければならないことになる。筆者としては、改正をしない方がよいと考えているが、はたしてどうなるであろうか。 (了)
会計事務所 “生き残り” 経営コンサル術 【第8回】 「全社員が売上を最大に、 経費を最小にすれば、 利益は後からついてくる」 株式会社 経営ステーション京都 代表取締役 京セラ株式会社 元監査役 公認会計士・税理士 田村 繁和 経営は、何も難しいことではありません。要するに、この標題のようなことを実行すれば、自然と利益が出てくるのです。これをおっしゃたのが京セラの稲盛さんです。 パナソニックの創業者の松下さんは、入るを増やし、出を制すれば利益が出ると言っておられたようです。どちらも同じ考え方のようです。 しかし、この簡単なことを難しくしているのが私たち会計人なのです。経営分析とか損益分岐点分析を使って、より複雑にしているのです。 この利益の方程式の言葉は誰だって分かります。しかし、この言葉を会社の中でどのように使っていくのかをご存知の方は、あまりおられないようです。 仮に、社長が全社員を集めてこの言葉を叫んでみたとしても、なかなか社員に理解してもらえません。それは、社員自身の行動が数値化されていないので、売上も経費もよく分からないからです。そのため、いくら社長が叫んでも、社員は行動を起こしようがないのです。 仮に、部門別損益計算書を作っていたとしましょう。しかし、製造部門の社員がこう叫びます。“社長、私たちには、売上がありません。社長の言葉を実現しようにも不可能です”と。 そうなのです。普通の会社では、製造部門には売上が計上されていません。そこで、ほとんどの会社では“営業は売上最大、製造は経費最小を目指せ”と叫ばれているのです。 これでは利益の方程式とは少し異なります。ここに、この言葉の簡単なようで難しいところがあるのです。 要するに、この方程式を実現するには、経営システムを変える必要があります。まず各部門ごとに損益の数字まで出すことです。次に、製造部門にも、営業部門への売上を計上するようなシステムに変える必要があるのです。 つまり、各部門の部長を町工場の社長さんに変えるのです。何も別会社にする必要はないのですが、気持ちも行動も社長さんになってもらうのです。 この標題の利益の方程式の言葉は簡単ですが、実務的には深い意味があるのです。これが本当の実学だと私は思っています。 (了)
〔知っておきたいプロの視点〕 病院・医院の経営改善 ─ポイントはここだ!─ 【第14回】 「総合入院体制加算を算定する意義」 東京医科歯科大学医学部附属病院 特任講師 井上 貴裕 1 総合入院体制加算とは 総合入院体制加算は、総合的かつ専門的な入院医療を24時間提供する体制を有する病院を評価した加算であり、1日につき120点(14日を限度)として算定することができる。 当該加算を届出する病院は、2010年7月1日現在で、全国で206と少なく、非常にハードルが高い(なお、参考までに同日付で特定集中治療室管理料(いわゆるICUに関する加算)を算定する病院は、624病院・5,215病床であり、その門戸の狭さを確認することができる)。 当該加算は、DPC/PDPSにおける機能評価係数Ⅰで0.0291と評価されており、500床規模の病院であれば当該加算だけで年間1億円程度の真水の増収が期待できる。 なお、急性期看護補助体制加算50対1が、機能評価係数Ⅰにおいて同じ係数である0.0291と評価されているが、こちらは人員を配置してはじめて算定ができるのに対して、総合入院体制加算は体制を整備することに対する報酬であるという点で決定的な違いがある。 なお、当該加算は2010年度診療報酬改定以前は、「入院時医学管理体制加算」と名付けられていた。昨今、東京医科大学茨城医療センターが保険医療機関指定取消しの話題が出ているが、当該加算において治癒等について虚偽報告をしたことが1つの理由であったとされている。 当該加算に関しては、急性期病院として地域の中での立ち位置を明確化するためにも、“経済性の向上”という観点からも積極的に算定したいところではある一方で、慎重な対応が求められている。 2 積極的な逆紹介の推進 総合入院体制加算を算定するためには、入院医療に注力する体制を整備しながら、積極的に逆紹介を推進しなければならない。ここでいう逆紹介の基準としては、図表1の④にあるように、総退院患者の40%以上を診療情報提供料Ⅰ退院時情報添付加算あるいは治癒患者としなければならない。 診療情報提供料Ⅰは、保険医療機関が、診療に基づき、別の保険医療機関に対して、患者の同意を得て、診療状況を示す文書を添えて患者の紹介を行った場合に、紹介先保険医療機関ごとに患者1人につき月1回に限り250点を算定することができる。 さらに、診療情報提供料Ⅰの退院時情報添付加算は、保険医療機関が、患者の退院日の属する月又はその翌月に、添付の必要を認め、患者の同意を得て、別の保険医療機関、精神障害施設又は介護老人保健施設に対して、退院後の治療計画、検査結果、画像診断に係る画像情報その他の必要な情報を添付して紹介を行った場合は、所定点数に200点を加算することができる。 つまり、逆紹介を行い、画像や検査データ等を適切に添付した場合には、450点を算定することができる。 図表2は、総合入院体制加算を算定する病院の病床規模ごとの退院時における診療情報提供料Ⅰ及び退院時情報添付加算の算定状況である。 図表2 診療情報提供料Ⅰ及び退院時情報添付加算の算定状況 これらの病院の特徴として、退院時情報添付加算(200点)の算定割合が概ね90%程度であり、適切に算定されていることがあげられる(総合入院体制加算を算定しない病院では、同割合が低いことが多い)。 責任のある逆紹介を行うためには、画像や検査データの添付は必須であることから、ぜひともこれらの病院の取組みを見習いたいところである。 さらに、退院時情報添付加算は、退院の月あるいはその翌月でも算定することができる。 退院後に少なくとも一度は外来でフォローアップする患者も多いことであろう。その際に、退院の翌月までに退院時情報等を添付した上で逆紹介が行えるか、そのような院内外のオペレーションが構築できるかがポイントになる。 なお、少々細かい論点ではあるが、退院時情報添付加算を算定するためには、心電図、脳波、画像診断の所見等診療上必要な検査結果、画像情報等及び退院後の治療計画等を添付することが求められている。 退院後の治療計画等を添付していない医療機関も散見されるため、この点については留意することが望ましい。また、添付した写し又はその内容を診療録に貼付又は記載する必要がある。 3 治癒は慎重な運用が期待される 総合入院体制加算を算定するために、正攻法である逆紹介を行うのではなく、“治癒”の解釈によって当該加算を算定する病院もあるという噂を耳にする。 治癒とは、当該又は他の保険医療機関で外来受診の必要がない患者のことであり、退院後に同様の疾患で当該保険医療機関を外来受診した場合には治癒には含まれない。“治癒”の状況については、モニタリングされていると捉えるべきであり、いたずらな過大解釈を行う治癒を乱発することは控えるべきである。 一部の心無い医療機関の対応が、総合入院体制加算の存在意義に疑問を投げかけられる恐れもある。 なお、全国の病院の状況をみると、退院患者に対する治癒患者の割合が0%~62.5%とバラつきがある。産婦人科や小児科では、治癒になりやすい傾向があるなど病院・診療科特性も大きく関係する。ただし、適切に実態を表すように留意しなければ、コンプライアンス違反というレッテルを貼られる危険性もある。 なお、当該データは、DPCのデータ提出を行う病院に関しては、病院ごとにその推移も含めて開示されている。それらをDPC算定病床規模別で集計したところ、300~599床の病院で治癒率が高かった(図表3)。 図表3 病床規模別 退院患者に占める治癒患者の割合 また、都道府県別でみると治癒率が最も多かった岩手県と最も低かった茨城県には約6.5倍の差があった(図表4)。 これらが患者要因であるのか、医療提供側の要因であるのか等、さらなる検証を進めていかなければならない。 図表4 都道府県別 退院患者に占める治癒患者の割合 総合入院体制加算は、総合病院が入院医療に注力するためには算定することが望ましい。 しかし、地域性によっては、逆紹介を行うことが困難であり、ともすれば不採算となる外来診療についても一定の責任を果たさなければならない医療機関も存在する。 点数の多寡ばかりにとらわれるのではなく、自院が地域の中でどのような役割を果たすべきなのかを最優先した議論を行うことが期待される。 (了)
顧問先の経理財務部門の “偏差値”が分かる スコアリングモデル 【第10回】 「売上・売掛債権管理のKPI (その① 新規・継続審査)」 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 前回まで9回にわたり、スコアリングモデルの総論として、その意義や特徴、使用方法等、全体的なイメージについて解説してきたが、今回からスコアリングモデルの各論に入る。 スコアリングモデルは、経理財務を構成する18種類の業務(前掲図表4)について、137個のKPIを使って、経理財務部門のサービスレベルを評価する。 そこで、各論では、137個からいくつかのKPIを抜粋し、個々のKPIが何を意味するのか、なぜ重要なのか、会社の経営者が着目すべきポイントは何かという点について、KPIごとに解説を試みたい。 各論の初回は、売上・売掛債権管理を構成する複数の業務プロセスのうち、新規・継続審査を評価するKPIを取り上げる。 KPIが設定された業務プロセスの確認 KPIの解説に入る前に、経済産業省スタンダードで整理された業務プロセスを引用しながら、このKPIに対応する業務プロセスを確認しよう。 経済産業省スタンダードによれば、売上・売掛債権管理において、会社が担う一般的な機能として、「売上業務」、「債権残高管理」、「滞留債権対応」、「値引・割戻」という4つの機能が挙げられる。 これらの4つの機能のうち、売上業務に着目してその機能を分解すると、売上業務は、「与信管理」、「契約(受注)」、「売上計上」、「請求」、「決済」という5つの機能から構成される。 今回解説するKPIは、売上業務のうち、与信管理に関連する業務プロセスにおいて設定されている。 〈経済産業省スタンダード:売上・売掛債権管理で会社が担う機能〉 (経済産業省「経理・財務サービス スキルスタンダード」より) 次に、与信管理に関連する業務プロセスをまとめると、次のような業務プロセスが考えられる。 今回のKPIは、与信管理に関連する業務プロセスを前提に、販売先に対する与信判断を見直す頻度を問うものである。 〈経済産業省スタンダード:1.1.2【継続】限度設定〉 (経済産業省「経理・財務サービス スキルスタンダード」より) 定義を理解する KPIの定義を確認しよう。以下、KPIの項目を再掲する。 まず、調査項目の文言に、「与信判断の見直し」とあることに注意いただきたい。 「与信判断の見直し」とは、販売先の信用状況、与信残高の現況を確認して、与信限度、格付分類、格付別に引当率等を見直すことをさす。 次に、「頻度」に注意いただきたい。 「頻度」とは、販売先に対して定期的に与信見直しの検討を行う頻度であり、実際に個別販売先の与信判断を見直す頻度ではない。なぜなら、与信限度、格付分類、格付別に引当率等の与信判断を見直すという行動に移すかどうかは、販売先の信用状況、与信残高の現況によって変わってくるからである。 むしろ重要なのは、一定の頻度で与信判断の見直しを検討するという業務プロセスが、売上・売掛債権管理に組み込まれていることである。 KPIの背景にある価値判断 スコアリングモデルにおいて、このKPIを設定したのはなぜか。 スコアリングモデルでは、売上・売掛債権管理において、会社が売掛債権にかかる信用リスクを事前に把握し、適正に管理することが望ましいと考えている。そのため会社において、定期的に、販売先に関する情報を取得し、与信判断を見直すことが重要であると考えている。 そこで、会社の経理財務部門でそのような対応が採られていることを確認し、会社同士でサービスレベルを比較するため、その頻度をKPIとした。頻度は日数で表されるが、日数が短い会社が長い会社よりも相対的に望ましいと考えている。 ここで重要なのは、どの程度の日数が望ましいのかという問題である。 本連載の第5回で述べたとおり、スコアリングモデルの特長は、KPIデータに基づく相対評価を採用し、コンサルタント等の人による絶対評価を採用しないことにある。 そのような立場を前提にすれば、望ましい日数の目安を誰かがあらかじめ決めることはできず、むしろその目安となるのは、各会社が競争の過程で一定のレベルに収斂すると想定される日数、すなわち、各会社が提供したKPIデータ群によって形成されるベンチマークであることに留意いただきたい。 では、もし会社の中で、このようなKPIを設定した価値判断が共有されない場合、どういう事態が想定されるのか。 会社が販売先に関する情報の定期的な入手を怠って与信限度額以上の取引を継続する結果、売掛債権が滞留し、信用リスクが高まるだろう。そして、最悪の場合、回収不可能になって会社が損失を被るという事業リスクが考えられる。 さらに、財務報告の信頼性の観点からは、販売先に関する情報を定期的に入手しない場合、万一販売先が実体を伴わない幽霊会社となっていてもそれを見過ごしてしまい、結果として、実在性や発生という財務報告の信頼性が損なわれた架空の売上に基づく架空の資産を計上してしまう事態が懸念される。 スコアリングモデルでは、経理財務部門が、このようなリスクをあらかじめ想定し、必要な対応を講ずることが望ましいと考えているのである。 顧問先のKPIを測定してみる では、実際にどのような手続でKPIを測定するのか。 まず、読者は、顧問先の経理財務業務を観察し、与信管理に関連する業務プロセスが売上・売掛債権管理に組み込まれていることを確認していただきたい。 次に、重要なのは、KPI測定のときに、実際に読者が目視した文書やデータ等の証拠を具体的に特定し、日数を確認することである。 例えば、顧問先に存在する可能性のある証拠として、与信管理規程と与信限度変更履歴一覧表等が考えられる。それらを閲覧し、顧問先が半年に一度の頻度で販売先の財務情報を定点観測的に入手し与信判断の見直しを検討していることが確認できる場合、「180日」となるのである。 読者の顧問先において、販売先に対する与信判断を見直す頻度は何日になっただろうか。 * * * 次回は、売上・売掛債権管理を構成する複数のKPIのうち、売上計上に関連する業務プロセスを評価するKPIを取り上げる。 (了)
《速報解説》 「租税特別措置法(株式等に係る譲渡所得等関係)の取扱いについて」等の一部改正(7/12公表)について 【その2】 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 平成25年7月1日付で国税庁ホームページに「租税特別措置法(株式等に係る譲渡所得等関係)の取扱いについて」(法令解釈通達)が公表された(公表日は7/12)。 今回の改正の趣旨は、所得税法等の一部を改正する法律(平成25年法律第5号)等の施行に伴い、譲渡所得等に関する取扱いの整備を行ったものである。 【その1】では株式等に係る譲渡所得に関する改正を取り上げたが、本稿【その2】では、株式等に係る譲渡所得に関するもの以外の改正について、主な内容を解説する。 (1) 措法37の9の2「認定事業用地適正化計画の事業用地の区域内にある土地等の交換等の場合の譲渡所得の課税の特例」廃止に伴う改正 措法37の9の2「認定事業用地適正化計画の事業用地の区域内にある土地等の交換等の場合の譲渡所得の課税の特例」が、平成25年3月31日までの交換等をもって廃止された。 それに伴い、同条に関する通達が廃止され、関連する通達については同条に関する文言が削除された。 (2) 措法39「相続財産に係る譲渡所得の課税の特例」関係の取扱い(新設) 「山林についての相続税の納税猶予」(措法70の6の4)の規定の適用を受ける林業経営相続人が、相続財産を一定期間内(相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで)に譲渡した場合、譲渡した資産の取得費に加算する相続税額は、納税猶予分の税額を含む相続税額を基礎として計算することが示された(措通39-7の3)。 (3) 措法40の3の2「債務処理計画に基づき資産を贈与した場合の課税の特例」関係の取扱い(新設) 平成25年度税制改正において、中小企業再生の円滑化を図るため、合理的な再建計画に基づいて再生企業の保証人となっている経営者が行う事業用資産の私財提供については、一定の要件を満たす場合に限り譲渡所得を非課税とする特例が新設されている(措法40の3の2)。 この特例の新設に伴い、特例適用に関する留意点が示された。 ① 中小企業者の範囲 適用の対象となる中小企業者(内国法人に限る)は、次のいずれかに該当する法人であることが示された(措通40の3の2-1)。 ② 中小企業者又は取締役等である個人に該当するかどうかの判定時期 この特例は、保証債務の一部の履行があった時点及び贈与(負担付贈与を除く:措通40の3の2-6)があった時点のそれぞれにおいて、贈与を受けた法人及び贈与をした個人が次の要件に該当する場合に適用があることが示された(措法40の3の2-2)。 ③ 特例の対象となる贈与財産 特例の対象となる贈与財産は、対象法人への貸付けの用に供しているものであり、かつ、当該資産に設定された権利が当該法人の事業の用に供されているものをいうことが示された(措通40の3の2-3)。 なお、貸付けの用に供している建物等の敷地の用に供されている土地を贈与した場合も、特例の対象となる。 また、贈与した資産のうちに法人の事業の用に供されている部分とそれ以外の部分がある場合には、床面積等を基礎とした一定の算式で計算した部分(割合)が特例の対象となることが示されている(措通40の3の2-4)。 ④ 債務処理計画の要件 特例の対象となる債務処理計画とは、法令24の2①に掲げる要件を満たすものをいい、次の2つの計画は含まれないことが示された(措通40の3の2-5)。 ⑤ 保証債務の一部の履行の範囲 特例の対象となる「保証債務の一部を履行している場合」について、保証人の債務又は連帯保証人の債務の履行があった場合の他、次に掲げるものも対象となることが示された(措通40の3の2-7)。 (了)