《速報解説》 リース会計基準等の修正を受けた「財務諸表等規則等の一部を改正する内閣府令(案)」が公表される ~リースの借手・貸手の定義を会計基準に合わせて改正~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025(令和7)年6月6日、金融庁は、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)」等を公表し、意見募集を行っている。財務諸表等規則ガイドラインも改正する。 これは、「金融商品会計に関する実務指針」(改正移管指針第9号)、「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)等の修正を公表したこと等を受けたものである。 意見募集期間は2025年7月7日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 財務諸表等規則等の主な改正 1 リース会計基準関係 リースの借手の定義を「リースにおいて原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に獲得する企業をいう」から、「リースにおいて原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に獲得する者をいう」と改正するなど、「企業」から「者」に改正する(貸手も同様。財務諸表等規則8条の6、連結財務諸表規則15条の24、67条の2)。 2025年4月23日に、企業会計基準委員会が公表した「企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」等の修正について」では、2025年2月5日に公表された「会社計算規則の一部を改正する省令案に関する意見募集について」に対して寄せられた意見への対応として、「借手」の定義に企業以外の者が含まれることの明確化が図られていることを契機としてリース会計基準における「借手」及び「貸手」の定義を見直した結果、リース会計基準においても同様の対応を行うこととしたとしている。 2 金融商品実務指針関係 「金融商品に関する注記」において、組合等の構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者である企業の子会社株式及び関連会社株式を除く)について時価をもって評価し、組合等への出資者の会計処理の基礎とする取扱いを行っている場合には、その旨、当該取扱いを行う組合等の選択に関する方針及び当該取扱いを行っている組合等への出資の貸借対照表計上額の合計額を併せて注記するものとする(財務諸表等規則8条の6の2、138条、連結財務諸表規則15条の5の2、111条)。 Ⅲ 施行日等 公布の日から施行する予定である(経過措置に注意)。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 東京国税局、非財務指標を組み入れた 業績連動型株式報酬の税務上の取扱いに係る文書回答事例を公表 ~業績連動指標と非業績連動指標が混在している場合の取扱い示す~ 税理士 坂井 晴行 令和7年6月5日、国税庁ホームページにおいて、東京国税局による令和7年5月20日付文書回答事例「非財務指標を組み入れた業績連動型株式報酬の税務上の取扱いについて」が公表された。 (1) 要旨 業績連動型株式報酬制度に係る報酬として各業務執行役員に対して交付する株式の数を、業績連動指標と非業績連動指標であるESG対応状況を示す指標を組み合わせて算定した場合には、全額を否認するのではなく、業績連動指標を基礎として客観的に算定された部分は損金算入業績連動給与の額として取り扱って差し支えがないとする回答を公表した。 (2) 事前照会の内容 次の算式で算定される交付株式数による株式報酬を業務執行役員に対して支給することとしている。 [算式] (注1) 役位ごとに定められた交付株式数の基準となる株式の数 (注2) 当社の株式成長率を示す指標(0~150%)(株式交付割合Ⅰは、業績連動指標) (注3) 対象役員のESG対応状況を示す指標(80~120%)(株式交付割合Ⅱは、非業績連動指標) (注4) 役務提供期間における在任月数の割合 照会者は業績連動指標を基礎として客観的に算定された部分がある場合における当該部分、すなわち、本件株式報酬のうち上記[算式]の「株式交付割合Ⅱ」を80%(最小値)として算定するとしたならば算定される部分(以下「本件業績連動部分」という)(下記[算式a])の額については、損金算入業績連動給与の額として取り扱っても差し支えないかを照会した。 [算式a]本件株式報酬のうち本件業績連動部分 [算式b]本件株式報酬のうち本件業績連動部分以外の部分 (3) 見解 東京国税局は、照会者の見解で差し支えない旨を示した。 今回の事例により、業績連動指標と非業績連動指標が混在していたとしても、その株式報酬のうち、業績連動指標を基礎として客観的に算定された業績連動部分の額は、損金算入業績連動給与の額として取り扱って差し支えないことが明らかにされた。 (了)
《速報解説》 日本監査役協会、四半期開示制度の改正など各種制度改正を反映した「監査役監査実施要領」の改定版を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年6月3日、日本監査役協会は、改定版「監査役監査実施要領」を公表した。 これは、2024年4月の金融商品取引法における四半期開示制度の改正などの各種制度改正を反映したものであるが、全体にわたって記載内容を修正しているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改定内容 次のとおりである。 (了)
2025年6月5日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.621を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.148- 「石破総理の「国債発行による消費税減税」への警鐘は間違っていない」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 筆者は常々、日本の政治家はマーケット(市場)にあまりにも関心が低い、と思ってきた。このことが、野党政治家が安易に財源なき消費税減税を主張する要因の1つではないかとも考えている。 このような中、国会で興味深い論戦が行われた。石破総理は5月19日の参議院予算委員会で、「日本の財政状況はギリシャよりも悪い」とし、「財源を示すことなく国債発行で減税するという考え方は賛同しかねる」と答弁した。 これに対し国民民主党の玉木代表は翌日の記者会見で、「日本国の首相が、自国の国債市場に影響を与えるような発言を平気でするのは信じられない」と批判した。 産経新聞の阿比留記者もコラムで、「石破首相の『財政、ギリシャより悪い』は江藤発言より危険」という見出しを付け、総理の財政はよくないとの発信が、対外的に投資は控えた方がいいということにつながると非難した。 このやり取りはどこか滑稽だ。質問者(国民民主党)が財源なく15兆円もの財源を失う消費税5%への減税を主張したのに対し、総理は「大規模な減税をすれば財政危機を招く」として批判した。財源なき減税論を主張する方が、それを否定する方に「自国の国債市場に悪影響を与える」と批判するのは、全くの筋違いと言えよう。 国民民主党の質問者のよって立つ論理は、いわゆるMMT(現代貨幣理論)で、「自国通貨を発行する政府は財源に制約されることなく、財政支出を拡大し貨幣を供給することができる」という考え方である。この考え方は、本場米国でもすでに「終わった理論」でいまだに唱えている経済学者はごく少数である。 総理が「ギリシャ」を持ち出したのがおかしいという批判があるが、ギリシャ危機発生時のストックベースの債務残高GDP比は128%で現在のわが国は同240%であるため、数字を見る限り的外れではない。日本国民は、財政破綻のイメージとして、テレビで繰り返し放映されたギリシャ国民の暴動の場面を思い浮かべるので、総理はそれを例に出したのではないだろうか。 問題の本質は、ギリシャの財政状況が日本の現状に類似しているかどうかではない。国民民主党の主張する「国債発行による消費税5%への引下げ」が市場に与える不測の影響への危機感を持つことの重要性を述べたものだ。 筆者は、「財政破綻」するかどうかが問題の本質であるとは思わない。国民にとって重要なことは金利の上昇や加速するインフレで、こちらはすでに目の前に生じている。これ以上の急激な金利上昇や加速度的なインフレは国民生活に大きなマイナスを与えるので、それを引き起こす財政規律なき減税論には警鐘を鳴らす必要がある。 * * * 国債市場は、日本銀行が金融正常化を進め国債買入れ額を減額し、国内機関投資家や銀行が国債購入を控える中、外国人投資家頼みになっている。とりわけ30年物日本国債の利回りは2004年以来の高値を記録した。日本国債の格付けの引下げもささやかれている。国民民主党のよって立つMMTの主張がいかに空想的か、市場の動向を見れば明白だ。 政治家はもっと市場の動向に注意を向け、安易な減税論からくる市場の警鐘を知る必要がある。石破総理はその役割を果たしたまでである。 (了)
仕入税額控除制度における用途区分の再検討 -ADW事件最高裁判決から考える- 【第5回】 (最終回) 森・濱田松本法律事務所 外国法共同事業 パートナー 弁護士・税理士 栗原 宏幸 8 用途区分に関する近時の裁決例の検討 本稿の最後に、用途区分の判定に関連する近時の裁決事例を2件取り上げ、若干の検討を行う。いずれも金融機関のATMの相互利用に関する課税仕入れが問題となった事案である。 (1) 国税不服審判所令和5年9月1日裁決・データベース未登載(※5)(結果:棄却) (※5) 裁決書は筆者のnoteの記事のリンクから入手可能である。 ① 事案の概要・争点 納税者(請求人)は金融機関であり、提携金融機関と契約を締結し、提携金融機関のATM等(提携ATM等)を自行の顧客が請求人との取引に関して利用した場合に、提携金融機関に対し、取扱件数1件当たりにつき、契約で定められた所定の手数料を支払っていた。この顧客が提携ATM等を利用して行う請求人との取引には、預金(ないし貯金)の引出しなどのほか、請求人から顧客に対する貸付(本件貸付)に係る取引も含まれていた(裁決書がマスキングされているため詳細は不明であるが、定期預金(ないし定期貯金)を担保とする担保貸付と推測される。)。 本件では、請求人が提携金融機関に対して支払う上記の手数料のうち、本件貸付を伴わない取引に係る手数料(本件支払手数料)の用途区分が争われた。 請求人は、顧客が提携ATM等を利用して行った請求人との取引に関し、請求人は顧客からATM利用手数料(課税売上)を収受することから、本件支払手数料は、ATM利用手数料のみに対応する課税仕入れであるとして、課税対応課税仕入れに当たると主張した。 これに対し、課税庁(原処分庁)は、請求人が本件貸付の受取利息(非課税売上)を収受することに着目し、本件支払手数料は、納税者の顧客に対する役務提供から生じるATM利用手数料(課税売上)と受取利息(非課税売上)に係る収入全体に寄与する費用であるとして、共通対応課税仕入れに該当すると主張した(※6)。 (※6) 上記のとおり、本件で用途区分が争われたのは、請求人が提携金融機関に対して支払った手数料全てではなく、顧客が提携ATM等を利用して行った請求人との取引のうち、本件貸付を伴わない取引に係る手数料(本件支払手数料)に限られており、本件支払手数料に係る取引から直接生じるのは課税売上(ATM利用手数料)だけであり、非課税売上(本件貸付の受取利息)は生じない。そのため、原処分庁は、顧客が提携ATM等で行った個々の取引単位で対応関係を判断するのではなく、提携ATM等を利用した取引全体との対応関係に基づいて共通対応を主張したのではないかと解される。 ② 審判所の判断(裁決)の概要 審判所は、用途区分の判断枠組みとして、ADW事件最高裁判決の判示内容(【第3回】の4(2)①)と同旨を述べた上で、㋐本件支払手数料の用途区分について、納税者と提携金融機関との間の契約書の記載内容から、本件支払手数料は、請求人がその顧客に提携ATM等を利用させてサービスを提供することにより生じる収益全体に寄与するものであり、これに対応する収益は、各取引の種類ごとに区別されるものではなく、請求人がその顧客に提携ATM等を利用させてサービスを提供することを通じて得られるもの全体、すなわち、ATM利用手数料(課税売上)及び本件貸付の受取利息(非課税売上)というべきであるとして、本件支払手数料は共通対応に区分されると判断した(原処分庁の主張と同旨)。 さらに、請求人が、提携ATM等の取引に係る情報から個々の取引単位で用途区分の判定ができると主張していたことから、審判所は、㋑仮に当該主張を前提とした場合に、契約書上は本件貸付を伴う取引に係る課税仕入れと本件貸付を伴わない取引に係る課税仕入れとに区別されていないとしても、本件支払手数料の内容及び性質等から用途区分上の区別ができるかどうかを検討し、請求人が提携金融機関に支払う手数料の額がATM利用手数料の額を上回るケースがあることに着目して、本件支払手数料は、その内容等に照らし、提携ATM等の利用を通じた既存の顧客の維持あるいは新規顧客の獲得という効果がある支出であり、具体的な収入と直接的な対応関係がない支出ともいえるなどと述べて、課税対応課税仕入れに該当するとはいえないとして請求人の主張を排斥した。 ③ 検討 裁決が共通対応への区分の論拠として掲げた㋐と㋑の関係性は必ずしも明確ではない。㋐が直接の論拠であり、㋑は請求人の主張する事実関係(提携ATM等の取引に係る情報から個々の取引単位で用途区分の判定ができること)が認められると仮定した場合の仮定的判断にすぎないようにも思われるが、仮定的判断とはいえ、㋑は㋐と矛盾する内容である上(㋐は対応関係が認められる売上を積極的に認定しているのに対し、㋑は、むしろ対応関係が認められる売上を積極的に認定することは困難であることを前提とするものである。)、契約書の定め方というある種形式的な理由のみに基づいて対応関係を判断することが合理的とも思われない。 このように裁決の論理構成には疑問がある上、全般的な印象として、提携ATM等に関する提携金融機関との提携の内容や請求人のビジネスモデルに照らし、フラットな視点で用途区分を判断しているというよりも、「本件支払手数料が課税取引のみに対応している(純度100%で課税取引に対応している)」という請求人の主張が正しいかどうかという観点で検討し、その主張が成り立たないこと(純度100%の対応関係とは言い切れないこと)を理由に共通対応という結論を導いているように見える。「審判所」の判断であることからやむを得ないという評価もあり得るが、この裁決のように、あたかも請求人が用途区分の立証責任を負っているかのような判断手法が果たして妥当かどうかは、今後、租税法学者や租税実務家の間で真摯に議論されるべき問題であると考える。 (2) 国税不服審判所令和5年3月16日裁決(※7)・TAINSコードF0-5-390(結果:全部取消し) (※7) 本裁決はADW事件最高裁判決の10日後の裁決であり、同判決の内容を前提にしてはいないと考えられる。 ① 事案の概要・争点 請求人は、提携金融機関との間でのATMの相互利用に関し、提携に係る経費の分担金と、自行の顧客の提携ATMの利用件数に応じた提携金融機関に対する手数料(本件支払手数料等)を負担しており、本件支払手数料等が共通対応に区分されることを前提に、本件支払手数料等に係る控除税額の計算に用いる準ずる割合として、大要、以下の内容の割合の適用を申請し、所轄税務署長(原処分庁)の承認を受けた。 ところが、原処分庁は、請求人に対する税務調査の結果に基づき、準ずる割合の承認を取り消す旨の処分をした。 裁決書がマスキングされているため詳細は不明であるが、原処分庁は、請求人が恒常的に実施していた顧客に対するATM利用手数料のキャッシュバックに着目し、提携ATMにおける課税取引は実質的には課税取引とはいえず、上記の計算方法は合理的な算定方法ではないとして取消処分を行ったようである。 ② 審判所の判断(裁決)の概要 審判所は、本件支払手数料等は共通対応に区分されると述べた上で(本件では元々用途区分の判定は争われていなかった。)、本件支払手数料等の額がいずれも取引件数を基礎として算定されることを指摘し、このことから上記の準ずる割合は合理的であると判断した。 そして、キャッシュバックに関する原処分庁の主張に対しては、上記の準ずる割合の計算方法は、キャッシュバックの対象取引が計算式中の課税取引の件数に含まれることを前提にするものではなく、対象取引が課税取引の件数に含まれるかどうかは準ずる割合を具体的に計算する際の適用上の問題であって、その計算方法自体の合理性に影響を及ぼす事情とはいえないと述べて、原処分庁の主張を排斥し、処分を取り消した。 ③ 検討 本裁決は、事業者が準ずる割合の申請を検討する際に参考になるものと考えられる。本件の計算方法について合理性が認められたのは、本件支払手数料等の額が取引件数を基礎として算定されることを踏まえ、取引件数を用いて準ずる割合を計算するものであったからであろう。 他方、本裁決が指摘するように、「計算方法自体の合理性」と「その計算方法を用いた実際の計算の妥当性」は別の問題であり、その計算方法自体に合理性が認められて承認を受けることができたとしても、その具体的な適用を誤る場合には、その計算方法に基づく控除税額が過大であるとして否認される可能性があるため注意を要する。 9 おわりに 本稿で検討したとおり、ADW事件最高裁判決は、今後の用途区分の判断のあり方に多大な影響を与えるものであるといえる。事業者としては、同判決の内容を踏まえ、取引の商流や契約書の内容などを吟味してこれまでの用途区分の取扱いを見直すとともに、必要に応じて準ずる割合などを活用し、税務調査での否認リスクに備えておく必要があろう。 また、同判決は、用途区分以外の仕入税額控除に関する諸問題(帳簿やインボイスの保存要件など)において、納税者に不利な形で援用される可能性があり、課税庁や今後の裁判例等の動向を注視する必要がある。 (連載了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例75】 「医療法人の理事長に対する貸付金に係る利率の水準」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、今年で創業50周年を迎える、東北地方のある県の県内第二の都市に病院や診療所、訪問看護ステーション等を開設する医療法人社団X(3月決算法人)において、事務長を務めております。 医療業界はご承知の通り、ここ数年はコロナ禍に振り回されており、現場が疲弊して多数の離職者が出るなど、散々な有様でした。当医療法人においても、コロナが猛威を振るっていた2020年春から2022年末までの時期には、医療スタッフがそれへの対応にかかりっきりとなったため、管理部門のスタッフもそれにより手薄となった業務へのバックアップに入るなど、両者が一体となってただ走り続けることによりなんとかその嵐の中を潜り抜けてきたといったところでした。幸いなことにその時期は、国からコロナ関連の様々な補助金を交付されていたことから、法人の経営状況は意外に悪くなったのですが、コロナが感染症の5類に分類された2023年5月以降は、一転して補助金で上げ底となっていた収益性が一気に落ち込み、病院経営の体質改善への取り組みが待ったなしとなりました。そのため、現在、法人を挙げて業務の効率化、収益性の向上に取り組んでいるところです。 さて、そのような中、先週から所轄税務署の税務調査を受けております。そこで現在問題となっているのは、法人の理事長に対する貸付金に関してです。すなわち、医療法人傘下の診療所の建物を建て替える際、その2階及び3階部分を理事長の自宅としたのですが、その部分の建設費用相当額(約1億円)及び生活費充当金額(約2,000万円)につき一旦、銀行から法人に対し融資を受け、さらに法人から理事長個人に転貸するという方法を採っています。当該貸付金につき、法人は銀行から受けた融資と同等の金利で理事長に貸し付けていることとして、当該利息相当分に係る経済的利益につき源泉徴収を行っていますが、調査官は、建設費用相当額はともかくとして、生活費充当金額に対する貸付金利は低すぎるとして、利子税の特例基準割合によるべきと主張しております。法人としては、当該貸付金につき得も損もしていないため、銀行融資に係る金利と同等の金利で貸し付けることに何の問題もないと考えておりますが、税法上はどのように考えるべきなのでしょうか、教えてください。 【A】 医療法人からその理事長への貸付金については、それに係る利率が、法人以外の第三者から貸付を受けた場合の通常の利率(第三者利率)よりも低い場合には、法人が理事長に対してその差額相当分に係る利息金額の経済的利益を供与したことになり、理事長側においては当該経済的利益が給与所得に該当するため、法人は源泉徴収義務者として源泉徴収する必要があります。 この場合、ここでいう「第三者利率」は、当該貸付金につき、法人が銀行から受けた融資を原資に貸し付けたものであることが明確である場合には、一般に、当該融資に適用されている金利によることとなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 法人からその役員へ貸付金 本件は、医療法人からその役員(理事長)に対して貸付を行った場合、その貸付金利息に係る利率が問題となった事案である。本件取引を図示すると以下の通りとなる。 〇貸付金に係る取引関係図 銀行からの融資は、医療法人の経営する診療所の建物の建替資金という名目のものであったようであるが、その一部は理事長個人に転貸され、同人が個人的に使用した費用(約1億2,000万円)に充てられることとなった。当該転貸融資金のうち、理事長の自宅に該当する診療所の2階・3階部分のものは約1億円であり、残りの約2,000万円は理事長の生活費充当額である。 (2) 法人からその役員への貸付金に係る利率 さて、上記(1)のような医療法人からその役員である理事長への貸付金については、税務上、それに係る利率が、法人以外の第三者から貸付を受けた場合の通常の利率(第三者利率)よりも低い場合には、法人が理事長に対してその差額相当分に係る利息金額の経済的利益を供与したことになり、理事長側においては当該経済的利益が給与所得に該当するため、法人は源泉徴収義務者として源泉徴収する必要がある。それでは、当該貸付金に係る金利(第三者利率)はどのように設定されるのであろうか。 これについては、所得税法の原則に従えば、そのような経済的利益を享受するときの価額(すなわち時価)により評価することとなり(所法36②)、通常は、理事長が他の金融機関等から借り入れた時の金利をベースに評価するのが妥当ということになるのであろうが、それを把握することは実際には困難である場合が多い。そのため、所得税基本通達において、源泉徴収義務者の予測可能性を高めるといった目的から、当該貸付金が法人において他から借り入れて貸し付けた(転貸した)ことが明らかである場合には、その借入金の利率によることとされている(所基通36-49)。上記(1)で示した本件のような貸付金については、正に当該規定が適用されることとなる。したがって、その利率は、当該貸付金につき法人が銀行から受けた融資を原資に貸し付けた(紐づけ可能な、転貸した)ものであることが明確であることから、当該融資に適用されている金利によることとなる。 ただし、銀行が建物部分と生活費相当分とに同一の金利を適用しているのかどうかについては、融資条件によることとなるであろう。しかし、そもそも、建物向けの融資を生活費に流用していると捉えられる場合には、融資条件違反となる可能性が否めない。 なお、同通達では、転貸融資のように紐づけられるものではない場合には、貸付を行った日の属する年の租税特別措置法第93条第2項(利子税割合の特例)に規定する特例基準割合(2025年中は0.9%)による利率で評価することとされている(所基通36-49)。 (3) 医療法人の理事長に対する貸付金に係る利率の水準が争われた事例 それでは本件と同様に、医療法人の理事長に対する貸付金に係る利率の水準が争われた事例(東京地裁平成27年9月15日判決・税資265号-137(順号12720)、TAINSコード:Z265-12720)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、平成5年7月21日に設立された医療法人社団であり、その理事長である甲の所有する建物において診療所を開設している原告が、処分行政庁から、(ア)平成21年7月から平成22年6月までの事業年度の所得に対する法人税に関し、更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けるとともに、(イ)平成18年1月から平成22年6月までの理事長の給与等について源泉徴収をすべき所得税に関し、納税の告知及び不納付加算税の賦課決定を受けたのに対し、その税額が過大であるから違法であるなどと主張して、上記各処分の取消しを求めている抗告訴訟(処分の取消しの訴え)である。 原告は、その設立以来、随時、甲に対して金銭を貸し付けてきた。なお、本件貸付金に関しては、契約書は作成されていない。本件貸付金の利息は、原告の総勘定元帳の「受取利息」勘定及び「未収入金」勘定において、以下の表の通り計上されていた。 〇貸付金利息の内訳 (注) 平成22年6月30日の837万6,435円は、帳簿上、当初は918万9,835円と記載されていた。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 《争点1について》 《争点2について》 なお、本件は控訴されずに確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例については、本件との関連で、専ら争点2についてみていきたい。法人(特に同族会社)がその役員(代表取締役等)に金銭を貸し付けるケースは珍しくないが、その際には当然のことながら、法人は当該貸付金に係る利息を貸付先である役員から徴収する必要がある。その利率はどの程度であると税務上問題ないといえるのかというのは、実務上、地味に重要な問題である。 これについては本裁判例でも挙げられた通り、所得税基本通達に目安が示されている。すなわち、給与等とされる経済的利益の評価方法が定められたもののうち、使用者から役員等に貸し付けられた金銭に係る利息の評価方法を定めた所得税基本通達36-49において、法人が貸し付けた資金が金融機関から受けた融資を原資としていることが明らかな(紐づけが可能な、転貸融資の)場合には、法人が受けた当該融資に係る金利を用いればよいとされ、また、それ以外の場合には、法人が役員等に対して貸付を行った日の属する年の租税特別措置法第93条第2項(利子税割合の特例)に規定する特例基準割合による利率で評価することとされている。裁判例のケースは、後者に該当し、通達が利子税の特例基準割合をもって利率として定めている点は、経済的利益の供与の額の算定方法として必ずしも不合理ではないというべきである、と判示している。 本件の場合は、前者の紐づけが可能な転貸融資に該当することから、法人が受けた当該融資に係る金利を用いればよいということになるであろう。ただし、当該転貸融資が、元の融資である金融機関から法人への融資条件に反する場合、すなわち、建物の取得資金として融資した金額の一部を理事長がその生活資金に充てたとされる場合には、金融機関から即時返済を求められるといったペナルティーが科される可能性が否めない。 建物への融資と生活費への融資とではリスク等の条件が異なるため、金利も異なる(生活費の方が高い)と考えられる。実際に、本裁判例においても、「使用者の役員等に対する貸付金は、一般に、使用者と役員等との特殊な関係を反映して、担保権を設定せず、その使途及び返済期限も特に定めない形態をとることも少なくないということができ、客観的にみれば貸倒れのリスクが比較的高い類型のものであるところ、そのような類型の貸付けにおける金利は一般に必ずしも低廉なものとはいえず」とされている。しかし、これは第一義的に金融機関と法人との間の融資条件の問題であり、それが直ちに税務上の取扱いに影響を及ぼすか(すなわちリスクの違いに応じた金利を設定すべきか)どうかについては、必ずしも明確ではない。 (4) 本件へのあてはめ 医療法人からその理事長への貸付金については、それに係る利率が、法人以外の第三者から貸付を受けた場合の通常の利率(第三者利率)よりも低い場合には、法人が理事長に対してその差額相当分に係る利息金額の経済的利益を供与したことになり、理事長側においては当該経済的利益が給与所得に該当するため、法人は源泉徴収義務者として源泉徴収する必要がある。この場合、ここでいう「第三者利率」は、当該貸付金につき、法人が銀行から受けた融資を原資に貸し付けたものであることが明確である場合には、一般に、当該融資に適用されている金利によることとなる。 (了)
租税争訟レポート 【第79回】 「法人税等の更正処分及び加算税の賦課決定処分の取消請求事件 ~事前確定届出給与/届出額より減額した給与の支給 (第1審:東京地方裁判所令和6年2月21日判決、 控訴審:東京高等裁判所令和6年10月2日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第1審判決の概要〉 〈控訴審判決の概要〉 【事案の概要】 本件は、各種土木工事の設計、施工及び管理等を目的とする内国法人である原告が、原告代表者2人に対して支払った令和元年7月1日から令和2年6月30日までの事業年度(以下「本件事業年度」という)の賞与につき、法人税法34条1項2号イ所定の給与(以下「事前確定届出給与」という)に該当するとして、本件事業年度における原告の法人税に係る所得の金額の計算上、上記賞与の金額を損金の額に算入して法人税の確定申告等をしたところ、処分行政庁から、上記賞与の金額は原告が法人税法34条1項2号イ及び法人税法施行令第69条4項1号に基づいて届け出た金額と異なることなどから、上記賞与は事前確定届出給与に当たらず、損金の額に算入されないなどとして、法人税及び地方法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という)を受けたため、本件各処分の取消しを求めた事案である。 原告による賞与支給に係る経過は次のとおりである。 【争点】 本件の主たる争点は、事前確定届出給与の額より減額して支給した賞与の額は損金の額に算入されないとされた本件各処分の適法性であり、より具体的には、上記の賞与支給額の事前確定届出給与該当性である。 【争点に対する第1審での主張】 1 被告の主張 第1審被告は、事前確定届出給与の制度は、役員給与の金額決定の恣意性の排除を図り、もって課税の公平を確保するという趣旨に基づいて規定されていることから、実際に支給された役員給与が法令の要件を満たして事前確定届出給与に該当するというためには、当該役員給与の支給が事前確定届出給与に関する届出のとおりにされたものであることを要すると解すべきであるとしたうえで、支給された賞与の額(2,500万円)は、届出給与額(2,800万円)と異なり、決議の内容を変更する株主総会等の決議は存在せず、かつ、原告は、処分行政庁に対し、変更後の定めの内容に関する届出をしていないことから、支給された賞与の額は、事前確定届出給与に関する届出のとおりにされたものということはできないから、法令の要件を満たさず、事前確定届出給与に当たらないと主張した。 2 原告の主張 第1審原告は、まず、法人税法34条1項の規定について、役員給与は職務執行の対価であり、企業会計上は費用として処理されるのであるから、その額は原則として損金の額に算入されるべきであって、このような原則に反し、会社法等の実体法や企業会計上の原則を実質的な理由なく変容する規定は、憲法29条に違反する疑いがあり、これを憲法の規定に反しないように解釈適用するためには、納税者である法人が事前確定届出給与に関する届出をすれば、納税者が支給した役員給与が損金性を有することを立証しなくても損金の額に算入して計算することを課税当局が認めるものとするという、手続上の便宜を与えたにすぎないものと解すべきであると、法人税法上の役員給与の取扱いに異議を述べた。 さらに、原告は、事前確定届出給与に関する届出がされており、所定の時期に確定額を支給する旨の定めに基づいて給与が支給されていれば、事前確定届出給与に関する届出書に記載された額と異なる額の役員給与が支給された場合であっても、課税の公平を害するような実質的な理由がない限り、実際に支給された役員給与の額は、法人税法34条1項2号に基づき、法人税の所得の計算上、損金に算入されると解すべきであると主張した。 そのうえで、原告は、処分行政庁に対して事前確定届出給与の届出をしており、決議による事前の定めに基づいて、代表者2人に対して賞与を支払ったものであるが、原告の経理部門等における過誤により、届出給与額の一部(合計600万円)が未払になっているだけであり、原告には租税回避の意図はなく、本件賞与の額を損金に算入したとしても、納税者間の課税の公平は害されないことから、賞与として支給された額は、法令の要件を満たし、事前確定届出給与に該当すると主張した。 【東京地方裁判所の判断】 第1審である東京地方裁判所は、結論としては、原告の請求はいずれも理由がないから棄却するという判決を言い渡した。判決の根拠となった裁判所の判断は次のとおりである。 1 事前確定届給与制度の趣旨 第1審東京地方裁判所は、役員給与は、企業会計上は費用とされるが、法人と役員との関係に鑑みると、役員給与の額を無制限に損金の額に算入することとすれば、法人が役員給与の額をほしいままに決定し、法人の所得の金額を殊更に少なくすることにより、法人税の課税を回避するなどの弊害が生ずるおそれがあり、課税の公平を害することから、法人税法は、「別段の定め」である法34条1項各号のいずれにも該当しないものの額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しないこととしていると現行の法人税制を説明したうえで、事前に支給時期及び支給額が株主総会等において確定的に定められ、所轄税務署長に対して届出(事前確定届出給与に関する届出)がされた給与については、給与の支給額をほしいままに決定し、法人税の課税を回避する弊害がないため、これを損金に算入することを認めたものと解されると制度の趣旨を述べた。 そのうえで、事前に支給時期及び支給額が株主総会等において確定的に定められ、事前確定届出給与に関する届出がされたにもかかわらず、届けられた金額と異なる金額の役員給与が支払われた場合に無制限に損金への算入を認めることとすれば、届出をした金額より減額した額を支給するなどして損金の額をほしいままに操作し、法人税の課税を回避するなど、事前確定届出給与制度を設けた趣旨を没却し、課税の公平を害することになりかねないことから、法人税法施行令において、法人の財務状況等により、事前に確定及び届出をした額の給与を支給することを相当としない事態が生じた等の一定の事由に該当する場合に限り、変更後の定めの内容に関する届出をすることにより、支給額を変更した上で損金に算入することを認めているとしたという法令解釈を示した。 そして、第1審裁判所は、各規定の趣旨、内容及び文言に照らすと、法人税法34条1項2号の「確定した額の金銭等を交付する旨の定めに基づいて支給する給与」とは、株主総会等の決議において役員給与が確定的に定められ、その決議に基づき、所轄税務署長に対して事前確定届出給与に関する届出がされた場合において、金額を含め、所定の手続に従って届出がされたとおりに支給する給与のみをいうものと解するのが相当であるという判断を示したうえで、事前確定届出給与に関する届出がされた金額と異なる金額の役員給与が支給されたときは、同号の要件を満たさないから、法人税額の計算上、実際に支給された役員給与の額を損金の額に算入することはできないと結論づけた。 そして、本件について第1審裁判所は、支給された賞与の額は届出給与額と異なり、しかも、原告は、変更後の定めの内容に関する届出をしていないのであるから、支給された賞与の額は、「確定した額の金銭等を交付する旨の定めに基づいて支給する給与」に当たらないことから、原告の本件事業年度の法人税額の計算上、支給した賞与の合計額(5,000万円)を損金の額に算入することはできないとして、原告の請求を棄却した。 2 第1審原告の主張に対する判断 第1審裁判所は、原告の主張について、内国法人の法人税額の計算上、役員給与を原則として損金に算入すべきであるとか、法人税法34条1項が会社法等の実体法や企業会計上の原則を実質的な理由なく変容するものということはできないとして、原告の主張は、その前提において理由がないとして斥けた。 また、原告による「届出給与額の一部(合計600万円)が未払になっている」という主張について、第1審裁判所は、原告は、本件事業年度に係る総勘定元帳の「役員賞与」勘定に支給した賞与の額を計上し、本件事業年度の損益計算書においても支給した賞与の合計額を「販売費及び一般管理費」として計上している一方、少なくとも本件各処分時に至るまで、上記差額を「未払賞与」として計上していないことから、このような会計処理に照らしても、代表者2人に対する役員給与の一部が未払であるとはにわかに認め難いうえ、仮に、役員給与の一部が未払の状態にすぎないとしても、法人税法34条1項2号の要件を満たすとはいえないとして、原告の主張を斥けた。 【東京高等裁判所の判断】 控訴審である東京高等裁判所も、結論としては、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却するという判決を下したが、控訴人による補充主張と補充主張に対する控訴審裁判所の判断を含め、判決理由を見ておきたい。 1 控訴審における控訴人の主張(補充主張) 控訴人(第1審原告)は、法人税法34条1項2号の解釈は、「所定の時期に、確定した額の金銭を交付する旨の定め」があることとそれに基づいて「支給する給与」であれば足りるのであり、定めた額と比較して一部未納であっても、「定めに基づき支給する」という要件を充足するものと解すべきであり、令和元年9月30日における定時株主総会において、令和2年6月30日(所定の時期)に各取締役に賞与として各2,800万円という確定した額の金銭を交付する旨の決議がされ、それに沿って、令和2年6月30日に各2,500万円が支給されたといえ、賞与のうち、各300万円は未払であるが、法人税法34条1項2号の要件は充足されるというべきであることから、本件各届出給与額である各2,800万円の全額について、損金として計上されるべきであるところ、控訴人は、法人税の確定申告において、各2,800万円ではなく、各2,500万円を損金として計上しているものであると主張した。 さらに、控訴人は、法人税法34条1項2号イが、政令に委任しているのは、納税地の所轄税務署長にその定めの内容に関する届出についてであり、委任されているのは、税務署長に対する届出に関する細則に限られており、下位の法令の定め方から逆に遡って、法人税法の法文の解釈をすることは不合理であるから、原判決が法人税法及び法人税法施行令の各規定の趣旨、内容、文言に照らし、法人税法34条1項2号を事前確定届出給与に関する届出がされた金額と異なる金額の役員給与が支給された場合、同号の要件を満たさないと解釈することは、租税法律主義の意味を正解しないものであって不当であると主張した。 2 控訴審における東京高等裁判所の判断 控訴審裁判所は、控訴人の請求はいずれも理由がなく、棄却すべきものであると判断するとしたうえで、原判決の一部を補正し、引用している。 重要な補正としては、原判決が、「会計処理に照らしても、本件各代表者に対する役員給与の一部が未払であるとはにわかに認め難い。また、仮に、役員給与の一部が未払の状態にすぎないとしても、前記1で説示したとおり、法34条1項2号の要件を満たすとはいえない」とした判断について、控訴審裁判所は、「会計処理に照らせば、本件各代表者に対する役員給与の一部が未払の状態にあるといえるのかは判然としない。この点を措いて、仮にそうであったとしても、本件各支給給与額は、株主総会決議において確定的に定められ、それに基づいて所轄税務署長に対して事前確定届出給与に関する届出がされた本件各届出給与額と異なるのであって、法34条1項2号の「確定した額の金銭等を交付する旨の定めに基づいて支給する給与」に該当しないのであるから、同号の要件を満たすとはいえない」と理由を補正して述べている。 3 控訴審における控訴人の主張(補充主張)に対する東京高等裁判所の判断 控訴審裁判所は、控訴人による補充主張について、まず、事前に支給時期及び支給額が株主総会等において確定的に定められ、事前確定届出給与に関する届出がされたにもかかわらず、届けられた金額と異なる金額の役員給与が支払われた場合、無制限に損金への算入を認めることとすれば、支給額を高額に定めて事前確定届出給与に関する届出を行い、その後、届出をした金額より減額した額を支給して損金の額を操作し、法人税の課税を回避するなど、事前確定届出給与制度を設けた趣旨を没却し、課税の公平を害するおそれが生ずるから、法人税法34条1項2号の「確定した額の金銭等を交付する旨の定めに基づいて支給する給与」とは、株主総会等の決議において役員給与が確定的に定められ、その決議に基づき、所轄税務署長に対して事前確定届出給与に関する届出がされた場合において、金額を含め、所定の手続に従って届出がされたとおりに支給する給与をいうものと解するのが相当であって、事前確定届出給与に関する届出がされた金額と異なる金額の役員給与が支給されたときは、要件を満たさず、法人税額の計算上、損金の額に算入することはできないと解すべきであることは先に原判決を補正の上引用して認定説示したとおりであり、控訴人の主張はこれを左右するものではないとして斥けた。 さらに、控訴人による法人税法34条1項2号イが、政令に委任しているのは、納税地の所轄税務署長に対する届出に関する細則に限られているから、下位の法令の定め方から逆に遡って、法人税法の法文の解釈をすることは不合理であるという主張に対して、控訴審裁判所は、法人税法施行令及び法人税法施行規則の定めは、法人税法34条1項2号イの趣旨(支給における恣意性の排除)、事業活動や給与支給の反復性、課税関係の明確化及び画一的処理等の観点に照らし、同号の委任の範囲内における合理的なものであることは原判決を補正の上引用して認定説示したとおりであって、法の内容のみならず、このような委任の範囲内にある合理的な施行令の規定内容等も踏まえて、法人税法34条1項2号の「確定した額の金銭等を交付する定めに基づいて支給する給与」の文言について、事前確定届出給与に関する届出がされた金額と異なる金額の役員給与が支給されたときは、法律の要件を満たさないと解することが不合理であるとはいえないとして斥けた。 【判決の特徴】 法人税法上の役員給与について、損金算入が認められているのは、(1)定期同額給与、(2)事前確定届出給与、(3)業績連動給与の3種類であり、いずれも定められた要件を満たすことが必要とされている。また、役員給与のうち、不相当に高額な部分の金額は、損金の額に算入されないこととなっている(法人税法34条2項)。 第1審原告(控訴人)は、2人の代表者にそれぞれ2,800万円の賞与を支給することを株主総会で決議しておきながら、実際には、1人につき2,500万円しか支給しなかったものであるが、判決文からは、減額支給した理由はわからない。第1審原告が主張するように単なる「事務処理ミス」であれば。残額の300万円の2人分である600万円を「未払役員賞与」などの名目で損金に計上したうえで、後日、追加で支給することも考えられるのだが、そうした会計処理もされていない(なお、未払賞与として計上しても「事前確定届出給与」に該当しないことは、控訴審裁判所の判示によって明確にされている)。 結論として、国税不服審判所、第1審の東京地方裁判所及び控訴審である東京高等裁判所ともに、第1審原告の訴えを斥け、「事前確定届出給与」の規定は、事前に届け出た給与支給額と実際の支給額が一致しない場合には適用できなという判断を示したものである。 1 国税不服審判所の裁決 第1審原告(控訴人)は、本件訴訟を提起する前に、国税不服審判所に対して不服申し立てを行っている。国税不服審判所の裁決要旨検索システムから、その裁決の要旨を引用しておきたい。 2 取締役の報酬等に係る会計処理会社法の規定 判決でも触れられているように、取締役に対する報酬については、会社法及び企業会計基準委員会が定めており、それらの規定を確認したい。 (1)会社法 会社法は361条1項で、次のように取締役の報酬等を規定している。 (2)役員賞与に関する会計基準 企業会計基準委員会は、平成17年11月29日付で公表した企業会計基準第4号「役員賞与に関する会計基準」の中で、役員賞与の会計処理について、「役員賞与は、発生した会計期間の費用として処理する」ことを明言するとともに、その理由について、次のように説明している(一部抜粋)。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q94】 「外貨建て未収債権を回収した際の為替差益」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 為替差益を認識すべき事象 所得税法上、外貨建取引(外国通貨で支払が行われる資産の販売及び購入、役務の提供、金銭の貸付け及び借入れその他の取引をいいます)を行った場合には、その外貨建取引の金額の円換算額は、「その外貨建取引を行った時における外国為替の売買相場により換算した金額として、その者の各年分の各種所得の金額を計算するもの」とされています。 ただし、外国通貨で表示された預貯金を受け入れる金融機関を相手方とする当該預貯金に関する契約に基づき預入が行われる場合、当該預貯金の元本に係る金銭により引き続き同一の金融機関に同一の外国通貨で行われる預貯金の預入は、外貨建取引に該当しないこととされています。 例えば、保有しているドル建ての普通預金を同一銀行のドル定期預金に預け入れる場合は、外貨建取引に該当しないことになります。このように整理されているのは、外国通貨を保有し続けているという実質的に変化がない場合にまで為替差損益を認識するのは、実情に即さないためと解されます。 これに対して、国税庁の質疑応答事例(「預け入れていた外貨建預貯金を払い出して外貨建MMFに投資した場合の為替差損益の取扱い」)でも示されているように、新たな経済的価値をもった資産が外部から流入したと取り扱われる場合には、それまでは評価差額にすぎなかった為替差損益に相当するものが所得として実現したものとして、所得税法第36条第1項における収入金額として取り扱うこととされています。 つまり、例え同一の通貨であったとしても、異なる性質の資産に変わる場合(質疑応答事例では、預貯金から株式へ)には、資産を「継続して保有し続けているという実質的に変化がない場合」としては取り扱われず、実際に円への転換が行われたか否かにかかわらず、為替差益が実現したものとして取り扱われます。 2 本件へのあてはめ 米国法人A社の株式を100,000ドルで譲渡し、譲渡代金は1年後に受領したとのことですので、譲渡の段階では100,000ドルの未収債権が生じることになります。当該未収債権の決済により、100,000ドルの金銭を受領し、ドル預金として銀行に預け入れたとのことですが、株式譲渡時と未収債権の決済時(ドル預金の預入時)とで為替相場が変動する場合、為替差損益を認識する必要があるのか疑義が生じます。 この点、ドル建ての未収債権が同一通貨のドルで決済され、そのまま銀行に預け入れたに過ぎませんが、保有する債権の種類が譲渡先法人を相手方とする未収債権から銀行の預金債権という異なる性質のものに変化していることから、実質的な変化を伴わない外国通貨の継続保有には該当せず、債権に係る為替差益が所得として実現したものと考えられます。 したがって、譲渡代金の預入時(150円/ドル)と株式譲渡時(140円/ドル)との為替レートの差額に基づいて計算される為替差益(10円×100,000ドル=1,000,000円)が、雑所得として総合課税の対象となるものと考えられます。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第53回】 「タックス・シェルターに対する我が国の対応」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 我が国でタックス・シェルターが利用され、課税上問題となったことはあるのでしょうか。 〔A〕 タックス・シェルターの課税関係が問題となった映画フィルムリース事件では、我が国の民法上の組合が取得した資産の減価償却費の計上を否認することにより、その対応が図られました。 ●●●〔解説〕●●● 1 タックス・シェルターとは (1) 租税回避行為の一形態 例えば、航空機リース事件(※1)や船舶リース事件(※2)のような、費用・損失控除等の租税利益を人為的あるいは殊更に発生させ、これによって課税所得を打ち消す(shelter)ことを目的とする投資はタックス・シェルターと呼ばれ(※3)、租税回避行為の一形態として、従来から、立法・行政及び司法がどのように取り組むべきかが課題とされてきた。 (※1) 名古屋高判平成17年10月27日 (※2) 名古屋高判平成19年3月8日 (※3) 谷口勢津夫『税法基本講義[第4版]』(弘文堂・2014年)66頁参照。 租税回避行為について金子宏教授は、「私法上の形成可能性を異常または変則的な態様で利用すること(濫用)によって、税負担の軽減または排除を図る行為のこと」と定義し、租税回避には2つの類型があるとして、①合理的又は正当な理由がないのに、通常用いられない法形式を選択することによって、通常用いられる法形式に対応する税負担の軽減又は排除を図る行為、及び②租税減免規定の趣旨・目的に反するにもかかわらず、私法上の形成可能性を利用して、自己の取引をそれを充足するように仕組み、もって税負担の軽減又は排除を図る行為とし、「この取引の2つの類型は、いずれも、私法上の形成可能性を濫用することによって税負担の軽減・排除を図る行為である。」としている(※4)。 (※4) 金子宏『租税法 第24版』(弘文堂・2021年)133~135頁参照。 タックス・シェルターには、国内法令や租税条約を含む租税法規が予定しているところに従って税負担の減少を図る行為、すなわち「節税」の範囲内のものもあるが、一部には、上記特徴が見られる「濫用的タックス・シェルター」というべきものが存在する。 「濫用的タックス・シェルター」を国際的に組成する場合の目的について、本庄資教授らは、「課税の排除(exclusion of tax)」の3要件である、①所得の源泉地で所得税を課されないこと、②所得の海外送金にあたって源泉地国で源泉徴収税を課されないこと、及び③所得を受け取る国で所得税を課されないことを挙げている(※5)。 (※5) 本庄資ほか『タックス・シェルター 事例研究』(税務経理協会・2004年)91頁参照。 租税回避スキームとしてタックス・シェルターを構築し、それを実行するため、タックス・シェルターを考案し、それを商品化し販売するプロモーターは、主に次のような手段を利用している(※6)。 (※6) 中里実『タックス・シェルター』(有斐閣・2002年)144頁参照。 (2) 我が国の対応 我が国の租税法上、タックス・シェルターの定義はなく、「濫用的タックス・シェルター」の概念について、課税当局から何らかの解説が公表されているわけでもない。 したがって、租税法上の「濫用」という概念について法的に捉えるのであれば、濫用的租税回避に係る税務訴訟事案の判決から、「濫用」についての判示を読み取ることになる(※7)。そして、若干の包括的否認規定(※8)しかない我が国租税法の下では、「濫用的タックス・シェルター」を税務上否認するためには、個別の否認規定により対応するほかないとされている。 (※7) 居波邦泰『タックス・シェルターに対する税務行政のあり方―日本版LLPへの対応を考慮に入れて』(税大論叢第52号・平成18年6月28日)436頁参照。 (※8) 具体的には、「同族会社等の行為又は計算の否認」(所法157,法法132及び相法64)、「組織再編税制に係る行為又は計算の否認」(法法132の2)及び「通算法人に係る行為又は計算の否認」(法法132の3)が規定されている。 本稿では、タックス・シェルターによる課税関係が問題となった、映画フィルムリース(パラティーナ)事件を採り上げる。 2 過去の裁決例 【上告審】最高裁平成18年1月24日判決(平成12年(行ヒ)第133号)(※9) 【控訴審】大阪高裁平成12年1月18日判決(平成14年(行コ)第10号)(※10) 【第一審】大阪地裁平成10年10月16日判決(平成8年(行ウ)103号ないし第107号)(※11) (※9) TAINSコード:Z256-10278 (※10) TAINSコード:Z246-8559 (※11) TAINSコード:Z238-8259 (1) 事件の概要及び争点 不動産業を営むX(原告・控訴人・上告人)は、メリルリンチが組成した日本の民法上の組合エンペリオン(以下「本件組合」という)に出資した。 本件組合は、組合員の自己資金及び銀行借入金を原資として米コロンビア映画が制作した2本の映画(以下「本件映画」という。)を米国ジェネシスから約85億円で購入(以下「本件売買契約」という。)し、オランダのIFDにその配給権を付与した。IFDはその後当該配給権を米国CPIIに譲渡した。かかる関係を図示すると以下のとおりである。 なお、エンペリオンは、本件映画の取得に係る一連の契約(図中①~⑧の契約)を同日(平成元年5月19日)に行った(以下①~⑧の契約に係る一連の取引を「本件取引」という)。 Xは自身の法人税の確定申告にあたり、本件映画のうち、Xの本件組合に対する出資割合相当額約4億5千万円を器具備品に計上し、耐用年数2年で減価償却した(※12)。これに対して、処分行政庁は、本件映画の実質的な所有者はエンペリオンではなくIFDであるとし、Xが行った本件映画に係る減価償却費の損金算入を否認する更正処分(以下「本件更正処分」という。)を行った。 (※12) 本件取引の動機につき、渕圭吾『タックス・シェルター(租税判例百選[第7版])』(有斐閣・2021年)43頁は、「本件では、ハリウッド映画の制作にあたり、CPIIがメリルリンチを通じて日本の投資家からの出資を仰いだ。そして、本件映画の著作権、ネガフィルムの所有権等の本件映画に関する諸権利をエンペリオンに帰属させ、映画の購入代金相当額を減価償却費として2年にわたって損金の額に算入することで、上記諸権利がCPIIに帰属したままであったとしたら映画の興行成績が悪い場合には(益金の額を相殺しない=税額を減らすことに使えないという意味で)無駄になりかねない損金の額を確実に税額減少のために利用しようとしたわけである。」と分析している。 Xがこれを不服として、国側Y(被告・被控訴人・被上告人)を相手取り訴訟を提起した。 本件の争点は、本件組合が本件映画の所有者といえるか否かである。 (2) 当事者の主張と裁判所の判断 ① 第一審及び控訴審 ➤第一審 本件第一審において、Xは、「映画フィルムへの投資による利益の獲得を目的として、本件組合契約を締結し、映画フィルムの所有権を取得した上で、本件映画を賃貸事業の用に供しているから、減価償却費の損金算入を否認した課税庁の更正処分は違法である」と主張したのに対し、Yは、「本件取引は、Xが、単に本件映画に係る費用を出資ないし融資した取引にすぎず、本件取引によって、本件映画に係る権利がXの出資したエンペリオンに移転したと解すべきではない。すなわち、エンペリオンとジエネシスとの間で締結したとされる本件売買契約は、本件映画の売買契約としては不成立ないし無効というべきである。」と主張した。 大阪地裁は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。 Xは、かかる判示を不服として、控訴した。 ➤控訴審 控訴審である大阪高裁は、原審を概ね踏襲し、Xは本件取引により本件映画に関する所有権その他の権利を真実取得したものではないと判示した(※13)が、控訴審においてYが、「私法上の法律構成による否認」という視点から新たな主張を展開したことを受け、「課税庁が租税回避の否認を行うためには、原則的には、法文中に租税回避の否認に関する明文の規定が存する必要があるが、仮に法文中に明文の規定が存しない場合であっても、租税回避を目的としてされた行為に対しては、当事者が真に意図した私法上の法律構成による合意内容に基づいて課税が行われるべきである(下線筆者)。」と述べ、「CPIIは、ジェネシス(中略)を単なる履行補助者として、本件映画等の根幹部分の処分権を保有したままで、資金調達を図ることを目的として、また、エンペリオン(ないしXら組合員)は、専ら租税負担の回避を図ることを目的として、原始売買契約(引用者注:ジェネシスがCPIIからメディバルを通じて本件映画等を取得した当初の取引)ないし本件売買契約を締結したと認めるのが相当である。」と判示した。Xは、かかる判示を不服として、上告した。 (※13) 渕・前掲(※12)43頁は、本件映画が減価償却資産としてXに帰属したかという点について、「第一審は、(中略)本件配給契約を検討することにより、Xが本件映画の所有権を含む本件映画に関する権利を喪失していることを認定した。原審(引用者注:控訴審のこと)は、これに加えて、本件売買契約も分析した上で、Xが本件映画の所有権を含む本件映画に関する権利を取得していないことを認定した。」と述べている。 ② 最高裁の判断 最高裁は、控訴審による私法上の法律構成による否認論には与せず、控訴審の判断は、結論において是認することができるが、論旨は採用することができないと述べ、具体的には以下のように判示して、Xの敗訴が確定した。 3 検討 (1) 本件組合が取得した本件映画の範囲 本件組合が当初取得した本件映画は、有体物としての映画フィルムと無形資産としての著作物等に分解することができる。 前者は「器具及び備品」(法令13⑦)のうち、「映画フィルム」(耐用年数省令別表第1)として減価償却資産(耐用年数2年)に該当するが、後者は償却不可の無形資産に分類される。 Xは、本件映画全体を前者と捉え、その所有権を取得した上で、賃貸事業の用に供していると主張していることから、処分行政庁も裁判所も、著作権を分離して検討していないところに本件の問題点がある(※14)。 (※14) この点につき、細川健『任意組合を用いた租税回避行為の否認とその問題点(その2)』(税務弘報・2006年10月)161頁は、「映画フィルムの減価償却の損金算入を争う本件では、まずエンペリオンが取得した本件映画が減価償却資産である映画フィルムと非償却資産である著作権とを区別して検討することが必要であったとも考えられるが、課税当局はこのような検討を行わなかった。理由としては、スキーム全体に焦点を当て、民法上の任意組合を利用したタックス・シェルターに対していかに減価償却資産の損金算入の否認を行うかに重点を置いて検討したことによると考えられる。」と述べている。 上告審は、本件映画が減価償却資産に該当しないという結論を導くため、本件映画に関する権利のほとんどが、本件配給契約により移転しており、本件映画についての使用収益権限及び処分権限を喪失していると認定しているが、本件映画の所有権を構成する権利のうち使用収益権限及び処分権限はそのほとんどが著作権に関するもののはずである。 何故なら、映画フィルムの著作権の内容は、複製権、上映権、広告・宣伝・普及等を行う権利などであり、それらは個別に処分が可能であり、本件では、配給会社であるIFDに付与された権利は、配給契約の執行・終了によっても影響を受けず、IFDの債務不履行によってすら剥奪されない契約となっているからである。 すなわち、本件配給契約により、本件組合に残余する権利は、著作権の移転してしまった有体物としての「フィルム」の所有権にすぎず、いわば実体のない「抜け殻」(※15)を所有していたというのが実情ではなかったかと思われる。この点に着目すれば、上告審の結論はむしろ逆で、本件映画が減価償却資産に該当しないという結論を導くことができなくなる(※16)。 (※15) 増田晋『映画フィルムリース事件に関する最高裁判決の検討』(税理・2006年7月)33頁参照。 (※16) 細川健=黒住茂雄『任意組合を用いた租税回避行為の否認とその問題点』(税務事例(Vol.38 No.9)・2006年9月)34頁は、「本件組合が本件映画について使用収益権限及び処分権限を失っているものは、無形固定資産である著作権等の権利であって有体物である映画フィルムの所有権ではない。この点に限定すれば、上告審の理由は合理性に欠けると考えられる。」と述べている。 ところで、最高裁は、上記結論を導くに当たり、本件映画に関する権利のほとんどが喪失していると述べることに止まらず、①本件組合は借入金の返済について実質的な危険を負担しないこと、②組合員は本件映画の収益について関心がないという2点を挙げているが、敢えてこの2点を付加しなくても、権利のほとんどを本件組合が保有していないのであれば、減価償却費の計上を否認できるはずであるし(※17)、そもそもこの2点は減価償却の要件である「事業の用に供している」か否か(法令13)とも関連性が乏しい(※18)といえ、何故、最高裁がこのような理由付けをしたかは不明である。 (※17) 増田・前掲(※15)32~33頁参照。 (※18) 岡村忠生『民法上の組合がリースした映画フィルムの減価償却資産該当性』(ZEIKEN・2009.11(No.148))35頁は、「最高裁判決文は、本件映画が『本件組合の事業の用に供しているものということはできない』ことを理由としている。しかし、上のことからは、本件映画そのものを『事業の用に供していないもの』(略)ということはできない。通常、この要件によって損金算入が制限されてきたのは、未稼働や稼働休止の場合であるが、本件映画は、そうではない。」と述べている。 (2) 最高裁が私法上の法律構成による否認論を採用しなかった理由 第一審も控訴審もその結論において「(本件組合が)本件映画の所有権を取得するという形式、文言が用いられたにすぎないものと解するのが相当(下線筆者)」と同一の文言で結論付けていることからすると、第一審の裁判官も私法上の法律構成による否認論を意識していたことが窺われる。 控訴審では、Yの主張に沿い、より明示的に、私法上の法律構成による否認の方法により、当事者の選択した法形式を否定し、真実の法律関係に即して当事者の締結した契約の法的性質を決定しようとしたものと解される。 しかしながら、最高裁は、私法上の法律構成による否認論を採用しなかった。 何故なら、私法上の法律構成による否認論については、当事者が選択した法形式が有効に存在しているにもかかわらず、課税庁が事実認定によりこれを否定し他の法形式に引き直して課税することは、私法上の事実認定を逸脱するものであり、明文規定のない租税回避行為の否認を行うものとして許されないというのが通説であること(※19)、また、本件について見れば、控訴審が用いた、「私法上の真の意図」というような主観的な要素を持ち出して判示することに賛同し得なかったからと思われる(※20)。 (※19) 金子・前掲(※4)139頁は、「租税法律主義のもとで、法律の根拠なしに、当事者の選択した法形式を通常用いられている法形式にひきなおし、それに対応する課税要件が充足されたものとして取り扱う権限を租税行政庁に認めることは、困難である。」と述べている。 (※20) 増田・前掲(※15)32頁は、「最高裁判所は、原審のような『私法上の真の意思』なる主観的かつ不透明な概念や、本件組合員の租税負担の回避という動機・目的の類いにより、当事者が締結した本件売買契約を含む各契約を否定することを認めなかったと考えるのが合理的である。」と述べている。 (了)