《速報解説》 非上場株式評価改正に係る第3回有識者会議が開催 ~日本商工会議所・日本税理士会連合会・会計学者(櫻井委員)の三者三様の視点~ 税理士 柴田 健次 国税庁は令和8年6月4日、「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の第3回を開催し、その資料が公開された。 1 はじめに 第1回有識者会議が評価額の著しいかい離の実態整理と圧縮スキームの開示に、第2回有識者会議が学術・実務家による評価通達本体への根本的問題提起に充てられたのに対し、第3回有識者会議では、日本商工会議所、日本税理士会連合会、櫻井久勝委員(昭和女子大学グローバルビジネス学部特命教授・神戸大学名誉教授)の3者からの提出資料を中心に、中小企業の立場・実務家の視点・会計学の理論という三者三様の観点から議論がなされた。本稿では、各提出資料の要点を整理し、第3回会議で明らかになった論点を読み解く。 2 日本商工会議所-中小企業の立場からの提言 日本商工会議所は、阿部貴明特別顧問・税制委員長(丸源飲料工業株式会社代表取締役社長)と玉越賢治税制専門委員会学識委員(税理士法人ゆいアドバイザーズ代表社員)の連名で提出資料を提示した。中小企業がわが国の企業数の99.7%、雇用の約7割を担い、地域経済の中核的存在となっているという基本認識のもと、中小企業の現場からの強い問題意識が示された。 基本的考え方として、「中小企業の株式を相続する際、ゴーイングコンサーンとして存在しているにも関わらず、解散価値で評価されることは大きな問題である」「中小企業は地域経済を支える公器である」とし、「『中小企業の円滑な事業承継』の視点を最も重要視すべき」と強調された。他方、「租税回避を目的とした極端な事例に対しては、徹底的な対策を講じるべき」とし、「こうした極端な事例と一般の事例とは明確に区別して議論すべき」とも指摘された。 特に注目すべきは、第2回会議までで指摘された「評価通達による評価額と時価との著しいかい離」への対応について、商工会議所は次のような独自の解決方向を提示した点である。すなわち、「会計検査院報告における評価方法の違いによる価額の乖離については、むしろ割高となっている純資産価額方式について、在庫等の換価コストを加味した評価減や退職給付引当金・賞与引当金等の計上を認めることなどによる評価額の引下げにより対応すべき」とした。これは類似業種比準方式の評価額を引き上げる方向ではなく、純資産価額方式の評価額を引き下げる方向で乖離を是正すべきという、第2回会議までの議論とは方向性を異にする主張である。 時価概念についても、「『時価』とは、通常『不特定多数で成立する価格』のことであり、取引相場のない株式の取引は、不特定多数で成立するものはないことを重視すべき」とし、「事業承継の場面における取引相場のない株式の価格を、解散価値で評価することに大きな違和感」が表明された。さらに、上場企業においても「PBR1倍割れ」が常態化していることから、「将来の収益性が資本コストを賄えない場合に、時価(企業の解散価値)が純資産を下回ることは経済学的に正当な結果」であることを裏付けるとの指摘もなされた。 また、2025年以降の日経平均株価が会計検査院による調査期間と比較して2倍以上に上昇していることから、「類似業種比準方式における評価額と純資産価額方式における評価額との乖離は、縮小していると推測される」との分析も示された。 結論として、「事業承継税制の特例措置を拡充・恒久化したうえで、事業承継に悩む全ての中小企業が低コストで簡便に利用できるよう、猶予・免除のあり方や評価減も含め、制度の見直しが不可欠。一方的に評価方法のみを議論することには断固反対」とし、「円滑な事業承継の促進には評価と措置の両方からの支援が必要不可欠」と明確に主張された。 3 日本税理士会連合会-客観的交換価値の追求と実務的課題 日本税理士会連合会調査研究部は、令和7年6月25日付け「令和8年度税制改正に関する建議書」を踏まえ、「客観的交換価値の追求(実際の取引で用いられる算定方法や実例を重視する)」を基本方針として提出資料を提示した。建議書では3点が指摘されている。すなわち、①継続企業の前提(換金性が乏しいことのほか、通常、株式取得者は事業を継続することから、継続企業を前提とした評価の在り方について併せて考慮すべき)、②会社実態の適正な反映(純資産価額方式について確実な退職給付債務や資産除去債務等を負っている場合の一定の控除、類似業種比準方式における非経常的な損失金額の計上等の恣意性への留意、比準要素数1の会社等の特殊な評価方法の見直し)、③納税者の予測可能性の担保(評価通達6項の多用は予測可能性を損なうため、財産評価方法の不断の見直しが必要)の3点である。 実務的に困っている点として、6項目が指摘された。まず第1に「類似業種比準価額と純資産価額の評価の乖離」が指摘された。具体的には、「取引相場のない株式の評価上の区分(評価通達178)の大会社と中会社で評価が逆転(大会社の評価<中会社の評価)するケースがある」「『会社規模が小さくなったが評価が上昇した』というような場合も散見」され、「納税者の理解が得られ難い」状況が明示された。 また、「評価乖離が節税スキーム開発を誘発し、財産評価基本通達『総則6項』の適用を巡る争訟が激化している(令和4年4月19日最高裁判決以降顕著)」として、仙台薬局事件、配当・増資の実施事案、決算期変更と配当事案が下記のとおり表形式で整理された。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年6月4日(第3回)日本税理士会連合会調査研究部提出資料」の3頁より抜粋 第2に、「算定作業の過度な負担と複雑性」が指摘された。「大会社以外の中会社・小会社では純資産価額の算定が必要」であり、「評価の都度、膨大な資料収集が必要」「特に中・小会社ほど相対的な手間とコストが甚大」「純資産価額が限度額となる仕組みが負担を助長」する状況である。さらに、類似業種比準価額算定でも「評価会社がどの類似業種に該当するかの判定が極めて困難」「業種判定誤りによる重大な税務リスクを内包」する点が課題として挙げられた。 第3に、「類似業種比準価額の在り方、算定に係る問題点」が指摘された。特に「制度の穴」として、「1株当たりの年利益金額の計算において、『非経常的な利益』は控除されるが、『非経常的な損失』は加算されない(非経常的な利益損失が共にある場合は通算)」点が挙げられ、「固定資産売却損や役員退職慰労金の意図的な計上により、利益要素を圧縮可能」となる構造的問題が示された。 第4に、「課税時期の会社の状況等によって評価方法が変更になること」の問題が指摘された。下記の図のとおり、「特定の評価会社」に該当した瞬間に評価方式が変更される「不連続で不合理な時価評価」の問題であり、「赤字続きでの株価急騰(比準要素数1の会社の株式)」や「資産の一時的変動による特定会社化(土地保有特定会社等)」が困りごととして挙げられた。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年6月4日(第3回)日本税理士会連合会調査研究部提出資料」の6頁より抜粋 第5に、「今後の議論の俎上に上がることが想定されるもの」として、「子会社への利益集約スキーム(類似業種比準方式の死角)」が指摘された。これは、グループ法人税制を活用し、親会社の評価を不当に引き下げるスキームの構造であり、具体的には、下記の図のとおり3段階の手順で構成される。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年6月4日(第3回)日本税理士会連合会調査研究部提出資料」の7頁より抜粋 第1段階として、親会社から100%子会社へ会社分割等により収益事業・資産を移転する「利益集約」段階(譲渡損益繰延等のグループ法人税制を活用)、第2段階として、親会社単体の利益のみで類似業種比準価額が算定されることで「親会社単体の利益のみで過小評価=株価過小評価」となる「過小評価・承継」段階(その評価額で次世代への株式承継を実施)、第3段階として、相続後に配当・子会社株売却により親会社の「利益・純資産急増し、株価が一気に上昇」する「復元」段階、というものである。これは第1回会議で国税庁から「圧縮スキーム」の一類型として指摘された「グループ法人税制を活用した親会社株式の評価圧縮」を、税理士会の立場から類似業種比準方式の構造的「死角」として整理したものであり、現行評価通達がグループ全体としての企業価値を捕捉できていない構造的欠陥を示すものである。 第6に、「持株会と無配当会社における制度と実態の乖離」も今後の論点として指摘された。前者の従業員持株会の問題については、持株会の取得価格である「固定価格」と税務上の「通達評価額」との間に「二重構造」が発生する点が問題とされた。すなわち、「税務評価額との乖離により、従業員の取得価格が低すぎる場合は『給与課税(経済的利益)』、高すぎる場合は『従業員の不利益(損失的状態)』が発生」する。さらに「退会・譲渡時の買取価格トラブルの原因」にもなっており、「固定価格での買取が適正なのかどうか」が論点として明示されている。後者の無配当会社における最低価格の問題については、「同族株主以外の者で評価において、無配当というだけで形式的に配当還元価額が最低額(2.5円)となる不合理」が指摘された。「配当未計上会社が約80%を占める中、資本金が巨大でも極端に低い株価が算定され、適正な企業価値を反映していない」状況であり、加えて「少数株主の判定の困難性」という問題点も挙げられた。これらはいずれも、現行の配当還元方式(評価通達188-2)が前提とする経済環境(昭和39年当時の金利水準を反映した還元率10%の据置き等)と、現代の経済実態との乖離が根本原因となっており、配当還元方式自体の構造的見直しに直結する論点である。 見直しの具体案・方向性として、税理士会は次の4点を提示した。 特に税理士会は、「評価制度と事業承継税制は趣旨が異なるが、実務上は不可分」「基礎となる『評価』が正しく機能しなければ、いかに『猶予』を整備しても、中小企業を守ることはできない」とし、「非上場株式の評価見直し」と「新たな事業承継税制の創設」の「一体的改革」を提言した。 4 櫻井久勝委員-会計学から見た企業価値評価の理論 会計学者である櫻井委員(昭和女子大学特命教授・神戸大学名誉教授)の提出資料は、「会計学における企業価値評価の研究状況」と題し、現行の類似業種比準方式に代わりうる具体的な評価モデルを理論的に提示した点で画期的である。 櫻井委員はまず、株主からみた企業価値の源泉を「保有する純資産(貸借対照表)+その増殖能力(損益計算書)」と定義した上で、伝統的経営では有形資産が重視されてきたが、「貸借対照表に反映されない無形項目(研究開発投資、従業員の勤労意欲など)の重要性が増加」しているため、「企業価値評価には、無形項目がもたらす企業業績の反映が不可欠」とし、企業業績を反映できるインカム・アプローチが必要であるとした。 インカム・アプローチの3つのモデルとして、配当割引モデル(DDM)、割引キャッシュフローモデル(DCFM)、残余利益モデル(RIM)が紹介され、仮設例による試算により、「評価モデルが必要とする将来期間のデータ(配当、キャッシュフロー、純利益)が正しく予測されている限り、どのモデルを用いても同じ評価額に到達する」ことが示された。 3つのモデルの定性的な優劣比較において、櫻井委員は、①適用が不可能または無意味なケース、②モデルが必要とする将来データの予測の難易度、③ターミナル価値への依存度、という3つの判断基準に照らして「残余利益モデルが最も優れているという定性的判断が可能」と結論付けた。 残余利益モデルの基本的な考え方は、「企業価値=現時点の自己資本簿価+将来生み出される『残余利益』の現在価値」というものである。ここでいう「残余利益」とは、会計上の当期純利益から株主資本コストを控除した「超過利益」を指す。すなわち、自己資本簿価に対する期待収益(資本コスト)を上回って稼ぎ出した部分のみが、簿価を超える企業価値の源泉となるという発想である。 純利益が毎期一定額Aで永続すると仮定した場合の算式は次のとおりである。 櫻井委員の仮設例(自己資本簿価800、純利益204、自己資本コスト10%)に当てはめると、まず残余利益は204-(800×10%)=124となる。これは、当期純利益204のうち、株主が期待する最低限の収益(800×10%=80)を超えて稼ぎ出した超過利益分である。この超過利益124が毎期永続するとすれば、その現在価値は124÷10%=1,240となり、現在の自己資本簿価800と合算した2,040が企業価値として算定される。 櫻井委員資料では、同じ仮設例について配当割引モデル、割引キャッシュフローモデル、残余利益モデルの3つで試算した結果、いずれも企業価値2,040という同一の評価額に到達することが示されている。3つのモデルは予測データが正確である限り理論的には同等であるが、現実には予測精度や適用可能性の差から、残余利益モデルが実務適合性において最も優れているということになる。 残余利益モデルを適用する場合の検討事項として、①現在の自己資本簿価の把握(資産・負債の時価評価を行うか否か)、②将来期間の当期純利益の予測値(恣意的な予測値は不可、過去の損益計算書の実績値との紐付けが必要、法人税の節税を狙って利益圧縮された過年度分の損益計算書を是認するか矯正するか)、③自己資本コスト(株主の期待収益率)を何%とするか、その画一的な設定方法の合理性が論点となる。 櫻井委員の提案は、現行の類似業種比準方式(マーケット・アプローチ)に対する具体的な代替案として示唆に富む。 5 総括(私見) 筆者としては、日本商工会議所が示した中小企業の現場からの声も重要な視点であるとしつつ、相続税法22条の時価とは何かという原点に立ち返れば、時価は時価として適正なあるべき評価方法を構築し、事業承継への配慮は事業承継税制等の特例措置によって税負担の軽減を図ることが肝要であると考える。 類似業種比準方式に関する過去の数次の改正(昭和47年改正のしんしゃく率0.7の導入、昭和58年改正の小会社への併用方式(類似業種の適用割合0.5)の導入等)は、いずれも事業承継への政策的配慮を評価通達の中で実現しようとしたものであるが、結果として時価と評価通達との乖離を恒常化させ、昨今の時価と評価通達の乖離を利用した相続対策スキームの温床ないし引き金となっている以上、今回の改正において、再び事業承継への政策的配慮を評価方法の中に組み込むような安易な評価の引下げを行えば、同じ轍を踏むことになりかねない。 今回の改正は、昭和39年の評価通達制定以来の抜本的な改正であり、かつ、時価評価の観点から納得のいく評価ルールを構築するとともに、円滑な事業承継を下支えする軽減措置も併せて整備されるべきものであるとの認識のもと、評価通達と事業承継税制の役割分担を明確にした制度設計こそが、今回の改正の核心となるべきである。 今後の有識者会議の議論を引き続き注視していきたい。 (了)
2026年6月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.671を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.160- 「給付付き税額控除の導入がもたらす変化」 東京財団 シニア政策オフィサー 森信 茂樹 引き続き給付付き税額控除の話題で恐縮だが、長年研究してきた筆者としてはなかなかこの話題から離れられないので、もう少しお付き合い願いたい。 * * * 5月20日の社会保障国民会議実務者会合に「中間とりまとめに向けた議論の整理」(以下、「議論の整理」)が、5月27日の会合には「給付付き税額控除のイメージ(制度設計)」が公表された。 (※) 内閣官房ホームページ「社会保障国民会議 給付付き税額控除等に関する実務者会議(第12回) 議事次第」の資料2より抜粋。 勤労性の所得に応じた支援額として、「定額 ⇒ 逓増 ⇒ 定額 ⇒ 逓減・消失」の4段階で個人単位での給付をする。単身者、自営業者、フリーランス、就労する高齢者も対象とする。給与所得に加え、事業所得、業務で雑所得を得る者も対象に加える。 支援額については、恒久財源の確保のめどが立つ範囲で設定するとされ、その実施に当たっては恒久的な財源を確保する必要があるとされた。したがって、支給額の上限やどの所得まで支給するのかなどは今後の課題となる。 給付の始まりは給与所得控除最低保障額の74万円を超えたライン、もしくは被用者保険の適用が始まる収入106万円で、年収の壁を越えたところで一定の支援額を上乗せして働き止めを防止する。 この上乗せをすると、前回述べた東京財団で我々が公表した台形と同じ形になる。異なるのは、「非課税ラインの者」に定額の給付をするという飛び出た部分だ。想像するに、「低所得者にも給付を」という政治的要求に応じたものだろう。 給付付き税額控除の執行には国民の正確な所得データが不可欠だが、このイメージ通りの制度となった場合の影響、変化について私見を述べてみたい。 * * * まず、「非課税ライン以下」の低所得者の所得把握(勤労性収入)が必要となる。給与所得者は給与支払報告書で対応できるが、問題となるのはギグワーカーやフリーランスなどの個人事業者だ。彼らには税負担が生じなくても、給付を受けるためには税務申告が必要になるということだろう。 このことは、低所得者のタックスコンプライアンスの向上をもたらし、タックス・ギャップの解消に向かう。そのためには、法定調書の充実やデジタルを活用した情報連携、とりわけマイナポータルの活用による申告利便の向上が必要となる。ギグワーカーやスポットワーカーはプラットフォーマーを通じたデジタルでの情報連携システムを進めていく必要がでてくるだろう。さらに副業の所得情報もマイナポータルを通じた情報連携などで利便性の向上を図る必要がある。 また低所得者の所得実態が解明されれば、それに応じた社会保障の効率化も進んでいくだろう。英国のように、低所得者の職業訓練に結び付けることも可能になる。 次に、情報インフラだ。「議論の整理」では「既存の情報インフラを十分に活用しつつ」となっており、想定されているのは地方自治体の持つ住民税の「前年所得」だ。しかしこの情報は、現在の経済状況を反映したものではないので、コロナ禍などの緊急支援策として使うには問題がある。将来的には、リアルタイム(毎月)での所得把握に向けた検討を進めることが必要だと考える。 「議論の整理」には、「新型コロナウイルス感染症蔓延時の対応の経験も踏まえ、デジタル基盤やマイナンバー等、長年課題とされてきたインフラや制度の整備が進められてきた。こうしたインフラを最大限に活用する。」としつつ、「さらに、将来的な制度設計や最終的なあるべき姿も考慮しながら、まずは既存の情報インフラを十分に活用しつつ、更なる情報連携やDX化等による業務効率化を図り、安定的かつ迅速な対応が可能となる社会インフラの整備を図ることが重要である。こうしたインフラが整えば、緊急時に迅速な給付を行うことも可能となる。」と記述されている。 最後に、将来の給付付き税額控除の制度の拡充が、社会保障・税一体改革2.0の議論を生じさせることだ。財政ポピュリズムが蔓延する中で時期は見渡せないが、いずれ、「給付付き税額控除を充実させるためなら消費税の増税もやむを得ない」という見解が出てくることが考えられる。 「骨太の方針」の公表までに、より具体的な制度設計が進んでいくと思われるが、2年間消費税食料品ゼロの帰趨とも絡んでおり、その先は現段階では不明だ。 (了)
《税務必敗法》 【第12回】 「議事録の内容を確認しなかった」 公認会計士・税理士 森 智幸 【事例】 X会計事務所の顧問先である創業4年目のスタートアップA社は、業績が好調のため、×8年度から定期同額給与に加えて、初めて役員賞与を支給することにした。なお、役員賞与はすべて金銭で支給予定である。 A社は3月決算で、定時株主総会は6月に開催される。また、A社は同族会社ではなく、役員はすべて常勤である。 X会計事務所の担当税理士甲は、毎月A社から取締役会議事録の写しを受領している。×8年5月の取締役会では、招集手続の決定において、×8年6月19日開催予定の定時株主総会の議案に役員賞与の支給も含まれ、その議事録も提出された。 定時株主総会では役員賞与は総額のみが決議され、具体的な支給対象者・支給額・支給時期は、同年6月24日の臨時取締役会において確定した。また、定時株主総会と臨時取締役会の議事録の写しは同年6月30日に甲に提出された。 しかし、甲は議事録を受け取るだけで全く見ておらず、役員賞与の支給の決定を把握していなかった。そのため、甲は「事前確定届出給与に関する届出書」(以下「届出書」という)を提出していなかった。 一方、A社の経理部長は、法人税法上、役員賞与を損金算入するには、事前確定届出給与として届出が必要であることを知らず、甲へ事前相談をしていなかった。 翌年の×9年2月に税務調査が入った。この調査において、届出書が提出されていないことから、役員賞与は損金算入することができないことを指摘され、A社は法人税等の追加納付をすることになった。 驚いたA社は「届出書が提出されていなければ役員賞与が損金算入されないなんて知りませんでした。なぜ教えてくれなかったのですか。」と甲に説明を求めた。すると、甲は「事前に告知がなかった」と反論した。 しかし、A社は「毎月、先生には取締役会議事録を提出していました。株主総会議事録も提出しました。それらを読んでいただければ事前に把握できたのではないですか」と再反論し、損害賠償を請求することになった。 結局、両者の主張は平行線のままとなり、X会計事務所はA社の信頼を失い、×9年6月の確定申告を機に契約解除となった。 1 はじめに 本連載は、税務を行う上で「これをやったら失敗する」という必敗法を紹介するものである。今回は「議事録の内容を確認しなかった」である。 税務においては、事前に届出書を提出していないと認められない制度が多数ある。本事例で取り上げた役員賞与に関する「事前確定届出給与に関する届出書」もそのひとつである。 しかしながら、株式会社等の経理担当者の中には、このような損金算入の要件を知らない人も少なくない。そのため、事例のように事前に会計事務所に相談がないケースも想定される。 とはいえ、取締役会議事録等を確認して顧問先の事業計画などを把握できていれば、それに基づいて制度の案内や税務の対応をすることも可能である。 逆に、事例のように、議事録を入手していても内容を確認していなければ、税務の事故にもつながることもある。 そこで、今回は会計事務所が顧問先の議事録を入手して内容を確認することの重要性を解説する。 なお、本稿は私見であることにご留意いただきたい。 2 事前確定届出給与の損金算入要件 法人税法上、役員に役員賞与を支給する場合、届出書が提出期限までに所轄税務署に提出されていなければ、各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入できない(法人税法34条1項2号)。 この届出書は、原則として株主総会等の決議をした日(同日がその職務の執行を開始する日後である場合にあっては、当該開始する日)から1月を経過する日、又はその職務執行期間開始の日の属する会計期間開始の日から4月を経過する日のいずれか早い日までに提出しなければならない(法人税法施行令69条4項1号)。 したがって、必要事項が正確に記載された届出書が期限内に提出されていることが損金算入の要件となる。 なお、税理士職業賠償責任保険の引受保険会社の担当者によると、近年、事前確定届出給与に関する届出書の提出もれに関する損害賠償が増えているという。税理士職業賠償責任保険の事故事例にも、この事故が毎年のように紹介されているので参照されたい。 3 届出書の提出失念の影響 (1) 損害賠償責任リスク 届出書を期限内に提出しなかった場合や、提出していても記載内容に不備がある場合には、役員賞与を損金の額に算入できなくなる。その結果、法人税、地方法人税、事業税、住民税などの負担が本来より過大となれば、損害賠償責任を負うリスクがある。 (2) 過少申告加算税などの発生 過少申告加算税、延滞税、過少申告加算金、延滞金が発生する可能性がある。 (3) 契約解除のリスク 税理士のミスで法人税等の負担が本来より過大となった場合、顧問先からの信用を失い、契約解除となるリスクがある。 4 議事録閲覧で事前に予測可能性が高くなる事項 取締役会議事録などを閲覧することで、事前の予測可能性が高まり、税務リスクを低減できる。本事例では事前確定届出給与を例に挙げたが、多額の設備投資や土地の譲渡計画についても早期に把握できる可能性が高まる。そうすれば、消費税簡易課税制度選択不適用届出書や消費税課税売上割合に準ずる割合の適用承認申請書の提出失念リスクも低くなるであろう。 また、増資や減資、有価証券の売却、事業の売却、組織再編、重要な契約など会計や税務に関わる重要な事項もある。あらかじめ知っておけば、適切なアドバイスや税務上の対応も早く行うことができる。 5 対策 予測可能性を高めて税務上のミスを低減するには以下の対策が考えられる。 (1) 議事録を入手する まず、取締役会議事録や株主総会議事録の写しを入手することである。経理担当者が自社の計画をすべて把握しているとは限らない。しかし、議事録を入手すれば、顧問先の事業計画や経営の方向性を把握できる可能性が高まる。 (2) 議事録を閲覧する 議事録は必ず閲覧し、顧問先の事業計画や経営の方向性を把握しておく必要がある。事例のように、入手しただけで全く読まないのでは意味がない。 (3) 議事録内容の一覧表を作成する 議事録の内容を要約した一覧表を作成することも有効である。筆者も、この一覧表を作成している。このような一覧表にまとめておくと決議内容を一目で把握しやすくなる。 なお、このような要約表は生成AIを使って作成すれば時間と労力を大幅に削減できる。ただし、議事録には顧問先の機密情報が含まれていることから、税務必敗法第6回「守秘義務を怠った」でも触れたように、データプロテクト機能が付いた生成AIを使用する必要がある。 【一覧表の例】 6 おわりに 今回は、議事録を入手しているにもかかわらず、議事録を読んでいなかったため、税務上の対応を失念するケースを紹介した。 会計事務所は、単に顧問先の税務申告書を作成するだけでなく、顧問先の重要な意思決定を把握し、それに必要な税務対応をいち早く提案することが望まれる。これにより、税務リスクを低減できると同時に、会計事務所の付加価値も高まるといえよう。 そのためには、顧問先の議事録の入手とその内容の把握が必要である。 本稿が皆様の実務の参考になれば幸いである。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例86】 「水産物の現金仕入れに係る損金性と重加算税の賦課」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、北陸地方のとある地方都市に本社がある水産加工品製造販売業を営む株式会社X(資本金4,000万円で3月決算)において、総務経理部長を務めております。 わが社は魚介類や海藻などの水産物を仕入れて加工し、缶詰、冷凍食品、干物、加工珍味、魚肉練製品などを製造して販売しております。わが社の属する水産加工品業界は、近年、国内での漁獲量の減少により、輸入原料に依存する傾向が高まっています。特に、ノルウェーやチリ、インドネシアなどの海に囲まれた国から輸入される養殖魚や水産物は、わが業界における原材料の重要な供給源となっております。また、漁業の持続可能性を考慮した漁獲量管理が求められる一方で、安定した供給とコスト削減のバランスを取ることや、MSC(Marine Stewardship Council、「海のエコラベル」とも称される)認証などに代表されるトレーサビリティ(traceability、生産・流通・加工の追跡可能性)の明示が、現在業界の課題となっています。 さて、そのような中、先日来税務署の税務調査を受けていますが、水産物の仕入れに係る経理処理に関し激しい議論が交わされています。税務署の調査官によれば、わが社の仕入れ先の中に実態不明の会社や個人が含まれており、しかも支払いは現金ということで、そんなものは売上原価にならないと息巻いております。確かに、倒産しそうな会社から水産物を安く買いたたいたり、市場を通さずに漁師から直接仕入れたりしているため、仕入れ先が個人になっているケースがあるのも事実ですが、水産物を仕入れているのは事実ですし、ただで買えるわけがないのもビジネスの常識ですから、仕入れを否認できるわけがないと憤慨しているのですが、税法上どのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 水産物加工業界においては、水産物の仕入れルートの中に、倒産した企業等の商品を現金で仕入れる取引(いわゆる「バッタ買い」)及び市場を通さずに漁師等から水産物を現金で仕入れる取引(いわゆる「浜買い」)が含まれるケースがあるようですが、そのような現金商売に関し、その取引を客観的に裏付けるような証憑書類が残っていない場合には、架空の取引とされ、法人税法上、原価性・損金性が否認されるのみならず、重加算税が課されるリスクも否定できないところです。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 税務調査手続きの法定化 平成23年12月の税制改正は、租税実務における(特に税理士にとっての)重要性が極めて高い税務調査について、大きな改正がなされた。一つは、質問検査権の規定が個別税法から国税通則法に移されて基礎的な内容が統一されたことである。もう一つは、税務調査の手続きが整備・法定化され、納税者の権利の保護に関し一定程度の進歩があったということである。 後者については、従来、質問検査(税務調査)の日時、場所、理由等を事前に相手方に通知ないし開示しなければならないかについて争いがあり、裁判例では概ね消極的であった。しかし、質問検査権が公権力の行使であることを勘案すれば、その透明性を高めるため、税務調査の手続きについて法定化し課税庁がそれに従って実施することが強く望まれていたため、ようやく立法化されたと評価できるものと考えられる(※)。 (※) 金子宏『租税法(第二十四版)』(弘文堂・2021年)1001頁参照。 (2) 現金商売と税務調査 民主党政権下の国税通則法改正で税務調査手続きの法定化がなされ、適正手続きの保障(憲法31)の観点から、調査開始時においては原則として納税者・税務代理人(税理士)に対して事前通知がなされることとされたが、それには例外がある。事前通知なしで開始される調査を一般に「無通知(無予告)調査」というが、課税庁がこのような無通知調査を行うのは、多くの場合、現金商売等で帳簿書類の保管状況が十分でないため、現金有高と売上伝票、領収書の控え、レジペーパー等とを突き合わせることで売上高等を把握する「現況調査」を行うべき業態の納税者に対してである。 現金商売は銀行口座を通じての取引と異なり、申告情報の核となる金銭のやり取りが証拠として残らず、取引の当事者以外の外部から、又は、取引があってから一定期間経過後において当該取引の実態を掴もうとしてもそれが非常に難しいという特性がある。そのため、課税庁は、納税者により取引の実態を裏付けるような様々な証憑書類が事前に破棄・隠蔽等をされないように、無通知調査によって「不意打ち」的に調査を開始するのである。 (3) 水産物の現金仕入れに係る損金性と重加算税の賦課の妥当性が争われた事例 それでは本件と同様に、水産物の現金仕入れに係る損金性と重加算税の賦課の妥当性が争われた事例(福岡地裁令和6年2月7日判決・判例集未搭載、TAINSコード:Z888-2690)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 水産物の加工販売等を目的とする株式会社である原告は、倒産した企業等の商品を現金で仕入れた取引(いわゆる「バッタ買い」)及び市場を通さずに漁師等から水産物を現金で仕入れた取引(いわゆる「浜買い」)を損金の額に算入して、法人税等の確定申告をしたところ、処分行政庁(熊本西税務署長)から、本件バッタ買い及び本件浜買いの一部は、仕入れの事実が存在しない架空の取引であり、損金の額に算入することはできないなどとして、法人税(平成25年2月期~平成31年2月期)、復興特別法人税(平成26年2月課税事業年度及び平成27年2月課税事業年度)及び地方法人税(平成28年2月課税事業年度~平成31年2月課税事業年度)の更正処分、法人税及び復興特別法人税の過少申告加算税及び重加算税賦課決定処分並びに地方法人税の重加算税賦課決定処分、法人税の青色申告の承認の取消処分を受けた。 本件は、原告が、被告に対し、本件各更正処分のうち、原告が確定申告又は修正申告の際に申告した納付すべき税額を超える部分並びに本件各賦課決定処分及び法人税の青色申告の承認の取消処分の取消しを求める事案である。 ② 事案の争点 本件の争点は、本件各処分の適法性に関し、損金の額に算入された本件否認仕入れが存在するか否か(【争点1】)、国税通則法第68条に定める仮装又は隠蔽に当たるか否か(【争点2】)である。 ③ 裁判所の判断 【争点1】 【争点2】 なお、本件は控訴されず確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本件は仕入れに係るいわゆる「現金取引」について、その取引の実態を裏付けることが可能な証憑書類がない申告に関し、その仕入れに係る損金算入が否認され、かつその行為について仮装隠蔽があったものとして、重加算税が賦課された事案についての裁判例である。従来から周知のとおり、現金取引は銀行口座のような取引当事者以外の第三者が介在した客観的な証拠が残らないため、取引後において課税庁の調査官などがその正確な内容をトレースすることは非常に困難であり、不正行為を許す温床となりかねないという側面は、残念ながら否めない。現金取引の実態を掴むためには、無通知(無予告)による「不意打ち」の調査開始は、過少申告把握のための有効な手法となるだろう。 それでは、現金取引は即「重加算税」賦課につながると言えるのであろうか。この点について裁判所は、「重加算税を課するためには、納税者のした過少申告行為そのものが隠蔽、仮装に当たるというだけでは足りず、過少申告行為そのものとは別に、隠蔽、仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要する」としており、「隠蔽、仮装と評価すべき行為」の存在を必須としている。そのような「行為」について、本事例においては、証拠書類となり得る「領収証」は存在するものの、それは課税庁職員に名前等を明かすことはできない仲介者から入手したものであり、その取引についても納税者が直接関与等しておらず、面識のない者との取引であることから、納税者の行為は全体として、取引の「実態」を隠す方向にしか向かっていないと評価されるものである。そのため、裁判所から本件は重加算税の賦課要件となる「隠蔽又は仮装」があったと判断されたわけである。本件は、現代社会において、現金取引は、よほどのことがない限り「真っ当な」商売とみられることはないと再認識させられる事例ということになるであろう。 (4) 本件へのあてはめ 水産物加工業界においては、水産物の仕入れルートの中に、倒産した企業等の商品を現金で仕入れる取引(いわゆる「バッタ買い」)及び市場を通さずに漁師等から水産物を現金で仕入れる取引(いわゆる「浜買い」)が含まれるケースがあるようであるが、そのような現金商売に関し、その取引を客観的に裏付けるような証憑書類が残っていない場合には、残念ながら架空の取引とされ、法人税法上、原価性・損金性が否認されるのみならず、重加算税が課されるリスクも否定できないところである。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q105】 「暗号資産に関する財産債務調書への記載」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 財産債務調書制度と暗号資産 (1) 提出義務者 下記のいずれかに該当する場合、保有する財産の種類、数量及び価額などを記載した財産債務調書を提出することが義務付けられています。財産債務調書は、12月31日における財産及び債務の状況を記載し、翌年6月30日までに提出することとされています。 (2) 記載すべき財産の定義 財産債務調書に記載すべき財産とは、金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものをいうこととされています。そして、資金決済に関する法律第2条第14項に財産的価値として規定されている暗号資産も、財産債務調書へ記載することとされています。また、暗号資産は所有者の住所地に所在するものとされているため、「所在」欄の記載は必要ありません。 (3) 暗号資産の記載方法 財産債務調書には、暗号資産の種類別及び用途別に、12月31日における時価又は見積価額を記載することとされています。 具体的には、活発な市場(暗号資産取引所又は暗号資産販売所において十分な数量及び頻度で取引が行われていて、継続的に価格情報が提供されているもの)がある暗号資産については、暗号資産交換業者が公表する取引価格を記載します。 時価の把握が困難な場合には、合理的な方法で算定した価額を見積価額として記載することとなりますが、例えば、下記の方法により算定した価額が認められています。 2 本件へのあてはめ 確定申告書を提出し、各種所得金額の合計額が2,000万円を超えるとのことですので、その年の12月31日において3億円以上の財産又は有価証券など1億円以上の国外転出特例対象財産を有する場合には、翌年6月30日までに財産債務調書を提出する必要があります。そして、保有する暗号資産については、暗号資産を預けている暗号資産取引所が国内であるか否かにかかわらず、財産債務調書に記載する必要があります。 暗号資産取引所で活発に取引されている暗号資産である場合には、暗号資産交換業者が公表する12月31日における取引価格を時価として記載し、そうでない場合には、合理的な方法により見積もった価額を記載する必要があります。 (了)
租税争訟レポート 【第85回】 「所得区分と損益通算/給与所得を有する社会保険労務士の相談業務に係る損失 (さいたま地方裁判所令和6年12月11日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈さいたま地方裁判所令和6年12月11日判決の概要〉 【事案の概要】 青色申告の承認を受けている、社会保険労務士である原告が、平成28年分から令和2年分までの所得税及び復興特別所得税について、社会保険労務士として行った相談業務から生じた所得は事業所得に該当するとの前提に立って他の所得金額と損益通算する内容の確定申告をしたのに対し、処分行政庁である上尾税務署長は、相談業務から生じた所得は事業所得には該当せず、雑所得に該当するから、他の所得との損益通算はできないなどとして、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした。 本件は、原告が、①相談業務から生じた所得は雑所得ではなく事業所得に該当する、②上尾税務署長による各処分の前提となる調査に各処分の取消原因となる瑕疵があった、③各処分の理由の付記に不備があったから、各処分は違法であると主張して、被告に対し、その取消しを求めるとともに、原告が各処分に従って令和4年3月18日に納付した37万800円につき、各処分の取消しがされたときは債務不履行となると主張して、同金員に対する令和4年3月18日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 【争点】 【さいたま地方裁判所の判断】 本稿では、原告が相談業務に従事したことによって生じた所得が、事業所得又は雑所得のいずれの所得に区分されるかが中心的な争点であるため、まずは、前掲の争点(2)に対する原告と被告双方の主張を確認した上で、裁判所の判断を検討したい。 裁判所が判決の中で認定した原告の平成28年分から令和2年分までの収入金額と必要経費をまとめると次のとおりである。 原告は、相談業務で生じた所得を「事業所得」として申告していることから、給与所得金額と事業所得に係る損失金額を損益通算して申告したところ、処分行政庁は、相談業務で生じた所得は「事業所得」ではなくて「雑所得」であるから、損益通算はできず、雑所得は「0円」として更正処分を行ったものである。 (参考) 1 争点(2)に対する主張 (1) 被告の主張 被告である国・処分行政庁は、まず、特定の経済的活動から生じた所得が事業所得又は雑所得のいずれに該当するかは、①営利性、有償性の有無、継続性、反復性の有無のほか、②自己の危険と計画による企画遂行性の有無、③当該経済的行為に費やした精神的・肉体的労力の有無、④人的、物的設備の有無、⑤当該経済的行為をなす資金の調達方法、⑥その者の職業、経歴、社会的地位及び生活状況並びに当該経済活動をすることにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するかどうか等の諸般の事情を総合的に検討して、社会通念に照らして判断すべきであるところ、原告については、次のアからカまでの事情によると、相談業務から生じた所得は、社会通念に照らして事業所得に該当するとは認められず、その他の種類の所得にも該当しない以上、雑所得に該当するとした。 (2) 原告の主張 被告の主張に対し、原告は、被告の主張は否認し争うとした上で、次のアからカまでの事情によると、本件業務から生じた所得は事業所得に該当するとした。 2 さいたま地方裁判所による判決の概要 さいたま地方裁判所は、原告の請求について、処分行政庁による課税処分の取消しについてはこれを却下し、各処分にしたがって納付した金員の返還を求める請求については棄却する判断を行っている。 各争点に関する裁判所の判断について、見ておきたい。 (1) 平成28年分更正処分から令和2年分更正処分までの取消しを求める部分の適法性 裁判所は、申告納税方式によるものとされている所得税等の国税においては、納付すべき税額は、原則として納税者のする申告により確定し(国税通則法15条1項、16条1項1号、2項1号)、納税者が申告の内容を自己の利益に変更するためには、更正の請求(国税通則法23条)によらなければならないものとされており、申告納税方式が採られている国税において、確定申告書に記載された事項の過誤の是正につき更正の請求という特別の制度が設けられたのは、課税標準等の決定については、最もその間の事情に通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に認めた場合に限るものとすることが、租税債務を可及的速やかに確定させるべき国家財政上の要請に応ずるものであり、納税者に対しても過度の不利益を強いるおそれがないと考えられるからであると解されると述べる。 その上で、裁判所は、更正の請求の制度の趣旨に照らせば、申告に係る納付すべき税額等を更正する処分を受けた納税者は、申告の過誤が客観的に明白かつ重大であって更正の請求以外に是正を許さないならば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がない限り、当該更正処分のうち申告に係る納付すべき税額を超えない部分については、上記更正の請求の手続を経ない限り、取消訴訟において取消しを求めることはできないというべきであると判示した。 こうした判示事項を踏まえて、裁判所は、本件においては、特段の事情があるとはうかがわれないから、原告の訴えのうち、①平成28年分更正処分のうち、総所得金額44万288円、納付すべき税額マイナス18万3,872円を超えない部分、②平成29年分更正処分のうち、総所得金額70万4,665円、納付すべき税額マイナス16万1,424円を超えない部分、③平成30年分更正処分のうち、総所得金額マイナス14万7,296円、納付すべき税額マイナス15万3,451円を超えない部分、④令和元年分更正処分のうち、総所得金額64万1,319円、納付すべき税額マイナス16万3,910円を超えない部分、⑤令和2年分更正処分のうち、総所得金額121万9,408円、納付すべき税額マイナス21万3,766円を超えない部分の取消しを求める部分は、いずれも不適法であるという判断を示した。 (2) 相談業務から生じた所得は事業所得又は雑所得のいずれに該当するか 裁判所は、事業所得とは、所得税法27条1項ないし所得税法施行令63条に列挙された事業から生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く)をいい、より一般的には、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいうと、最高裁判決を引用して定義した。 その上で、裁判所は、認定した事実によれば、原告においては、各年分において、社会保険労務士法において作成や保存が義務付けられている帳簿は作成されておらず、総勘定元帳等によっても、相談業務による個別の売上金額がいくらであったか、その相手方が誰であったかを確認することができない以上、各年分として申告された売上金額が正確であるか定かでない上、仮に正確であるとしても、相談業務においては、その売上金額に比して著しく多額の経費を要しており、営利性が極めて乏しいといわざるを得ず、また営業活動や広告活動もその効果は限定的であり、業務拡大、収益改善のための取組みもあまり見られず、原告は勤務先からの給与所得によって十分生活できる程度の所得を得ており、むしろ、かかる給与所得によって本件業務の経費の大半を補填していたこと等を踏まえれば、本件業務は営業面でも経理面でも事業実態に乏しい空疎なものであって、それ自体で安定的な収益を発生させるような独立した業務とは評価できないとして、相談業務から生じた所得は事業所得には該当しないというべきであるとする判断を行った。 そして、裁判所は、雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう(所得税法35条1項)ところ、原告による相談業務から生じた所得が雑所得を除くその他の種類の所得のいずれにも該当しないことは明らかであるから、相談業務から生じた所得は雑所得に該当するというべきであると結論づけた。 (3) 処分行政庁による調査に各処分の取消原因となる瑕疵があったか 裁判所は、税務調査の手続は、租税の公平、確実な賦課徴収のため課税庁が課税要件の内容をなす具体的事実の存否を調査する手段として認められた手続であって、調査手続の単なる瑕疵は更正処分に影響を及ぼさないものと解すべきであり、調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合に限り、その処分に取消原因があるものと解するのが相当であると一般論を述べる。 その上で、裁判所は、本件における処分行政庁の調査については、反面調査を含め、職員をして基本的には所定の手続を必要かつ相当な範囲で履践させていたものと認められ、わずかに瑕疵といえるのは令和3年11月19日の面接の際に職員が原告に対して延滞税について誤った説明をした点に限られるという事実認定に基づき、原告が延滞税のことはあまり気にかけることなく修正申告には応じられないとの意思決定をしたことに照らせば、少なくとも調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反する、社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなどと評価することはできず、原告の主張する信義則違反、行政手続法32条2項違反、裁量の逸脱・濫用があったなどということもできないことから、処分行政庁の職員による調査に各処分の取消原因となる瑕疵があったとはいえないと判断した。 (4) 処分行政庁による各処分の理由の付記に不備があったか 裁判所は、理由付記について、青色申告制度を採用し、青色申告書に係る所得の金額の計算については、当該計算が法定の帳簿書類による正当な記載に基づくものである以上、その記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障した趣旨に鑑み、更正をする処分行政庁の判断の慎重さや合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与える趣旨に出たものと解されると述べた。 その上で、帳簿書類の記載自体を否認することなく更正をする場合においては、更正通知書記載の更正の理由が、更正の根拠を前記の処分行政庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由付記の制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、所得税法の要求する更正の理由の付記として欠けるところはないと解するのが相当であると判示した。 そして、本件について、裁判所は、各年分の更正処分に係る通知書に付記された処分理由は、いずれも処分理由として、事業所得がどのようなものかを説明した上、処分行政庁が本件業務の態様、本件業務に係る人的・物的設備、原告の経歴・社会的地位等について認定した具体的な事実を指摘して、それらによれば相談業務から生じた所得が事業所得に該当するとはいえないこと、そして相談業務から生じた所得は雑所得に該当することになること、申告されていた必要経費は当年分の雑所得に係る必要経費に算入されること等が記載されており、理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示されているものと認められ、裁判における全証拠によっても、この認定を覆すに足りる事情はうかがわれないことから、本件各処分の理由の付記に不備があったとはいえないと結論を述べた。 (5) 結論 裁判所は、原告が種々主張するところは、上記で認定、判示したところに照らして、いずれも採用することができないとした上で、本件訴えのうち、平成28年分更正処分から令和2年分更正処分までについて、取消しを求める部分はいずれも不適法であるから、これを却下し、原告のその余の請求は、各処分の取消しがされたことを前提とする金銭請求を含め、いずれも理由がないから、これを棄却するという判決を行った。 【判決の特徴】 前回に引き続き、「士業」である個人に対する課税処分をめぐる判決を取り上げた。ただ、本判決に注目したのは、「士業」である個人に対する課税処分というだけではなく、近年、副業を事業所得として損失計上して、給与所得など他の所得と損益通算をすることによる節税策が広く人口に膾炙した結果、課税庁側の「事業所得」認定が厳しくなって、「雑所得」として更正処分を受ける事案が増加しているのではなないかという、筆者の問題意識にも起因するものである。 なお、本判決は、国家資格を有し、士業として正式に登録をしている者であっても、それだけでは「事業所得」の要件を具備していないという判断が下されたという点で注目される判決であり、控訴審による審議中ということもあって、引き続き注視していきたい。 1 雑所得と損益通算の可否 商品先物取引から生ずる所得が事業所得か雑所得かの区分が争われた福岡高等裁判所昭和54年7月17日判決の評釈(※)で、弁護士の大石篤史氏は、雑所得については、もともと損益通算が認められていたものの、昭和43年度税制改正により損益通算の対象から除外されたという歴史的経緯を述べた上で、当時の解説を引用する形で、損益通算から除外された理由について、①雑所得については必要経費がほとんどかからない、かかっても収入を上回ることのないものが大部分であり、また、②ある程度支出を伴うものについても、その支出内容に家事関連費的な支出が多く、損益通算を存置する場合にはかえって本来の所得計算のあり方について混乱を招くおそれがあるためと説明している。 (※) 「51 雑所得と損益通算の可否」別冊ジュリスト207号『租税判例百選[第5版]』有斐閣、2011年、88-89頁 このような理由には一部で批判はあるものの、課税実務では、前提条件として受容されており、本稿で取り上げた訴訟でも、所得区分は争点となっているが、雑所得がなぜ損益通算できないかという論点は争点となっていない。 (参考:改正前の所得税法第69条第1項) 2 「事業所得」と認定させるためには何が必要だったか 裁判所の事実認定から、本件において、「雑所得」と認定されたポイントについて、「事業所得」と認めさせるために必要な条件を検討してみたい。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第64回】 「外貨建取引における為替差益の発生の時期、外貨取得時の円換算額」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国に所在する不動産の購入費用の支払いとして、保有していた同国通貨建て外貨預金を充当した場合、外貨建取引として為替差損益は計上されるのでしょうか。 〔A〕 国外資産の取得等のために払い出された外貨の払出時における円換算額から当該外貨の取得時の円換算額を控除した差額が正である場合には、当該外貨が当該資産に置き換わったことにより、為替差益に相当する経済的価値が確定し、所得として実現したといえるという考え方が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 所得税法における為替差損益の算定方法について 本連載【第41回】の解説を参照されたい。 近年、個人の為替差損益に対する課税が直接又は間接に問題となる事例が増えている(※1)が、以下では、外貨建取引における所得の把握について争われた事例について検討する。 (※1) 本連載【第58回】で取り上げた東京地裁判決及びその控訴審である東京高裁令和5年5月24日判決(TAINSコード:Z273-13852)、その他東京地裁令和4年7月14日判決(TAINSコード:Z272-13732)及びその控訴審である東京高裁令和5年4月19日判決(TAINSコード:Z273-13843)等がある。 2 裁判例 《東京地裁令和7年2月5日判決(TAINSコード:Z888-2740)》 (1) 事案の概要 原告Xは、複数の預金口座において外国通貨(以下「外貨」という)である米ドル及びユーロを保有していたところ、平成29年から平成30年にかけて、米国に所在する不動産(以下「本件各不動産」という)をドル建てで購入するなどの複数の外貨建取引を行ったが、Xは、これらの取引につき、為替差益に係る所得はないとの前提で平成29年分及び平成30年分(以下「本件各年分」という)の所得税等の確定申告を行ったところ、所轄税務署長Yは、それらの外貨建取引につき為替差益が生じており、当該為替差益が雑所得に該当するとして、本件各年分の所得税等について各更正処分等をした。本件は、Xが、上記各処分が違法であると主張して、各更正処分等の取消しを求める事案である。 Xは平成17年から同28年まで、8の金融機関にX名義の外貨建預金口座(以下「本件外貨建預金口座」という)を順次開設し、各年分においてドル及びユーロを保有し、さらに平成29年9月15日から同30年7月10日にかけ、計4回ドルを借り入れた(以下「本件各借入れ」といい、各借入金を「本件各借入金」という)。その間、下表のとおり、平成29年10月4日、及び同30年2月13日から7月10日までの間、計4回にわたり不動産を購入した(以下「本件各不動産取引」という)。下表中「外貨払出時為替レート」とは、本件外貨建預金口座へ入金(本件各借入金による入金額を含む)した都度総平均法により計算した為替レートで、本件各不動産購入直前のものを示している。Xは平成24年3月から同年9月にわたり、本件外貨建預金口座に多額のドル(約4,580万ドル)を入金しており、当時の為替レートは1ドル80円前後であったため、下表の「外貨払出時為替レート」も80円台という水準のものとなっており、各不動産取得時の実勢レートと30%前後の乖離が生じていたため、右欄のとおりの為替差益が生じていた。 なお、Yにより雑所得とされた為替差益の金額は、不動産購入時だけでなく、外貨出金時及び本件各借入金に係る利息支払時にも、総平均法に基づき計算されているため、更正処分の対象となった雑所得の金額は、上記を含み、平成29年分が113,388,472円、平成30年分が257,705,765円とされた。 (2) 争点とXの主張 本件の争点は、①本件各不動産取引によってXに為替差益に係る所得が発生し、実現したといえるか、②為替差益の額を算定する際の外貨の取得時の円換算額の算定方法、の2点である。 本件に係るXの主な主張は次のとおり(※2)。 (※2) Yの主張はほぼ裁判所に採用されているため省略。 ① 争点1について 所得税法36条1項は所得の実現について権利確定主義を規定しているところ、権利確定主義における「権利の確定」があったといえるためには、(イ)当該権利が発生したこと、及び(ロ)当該権利の実現の可能性が増大したことを客観的に認識できるようになったことが必要である。 (イ) 権利の発生について Xは、本件各借入れによって一時的に調達したドルを使用して本件各不動産を取得したにすぎず、本件各不動産の取得によっても、X個人の資産として計上される資産の勘定科目が手段である外貨預金から本来の目的である不動産に変化しただけであり、取引の前後でXの純資産の増加はなく、資産状況に実質的な変化はないから、新たな経済価値は流入しておらず、人の担税力を増加させる経済的価値は生じていない。 (ロ) 権利の実現について 本件各不動産の取得は、当初から想定されていた取引にすぎず、本件各不動産の取得のタイミングでドルからドル建て資産に転換しただけであって、為替差益に係る所得の実現可能性が高まったものではない。 ② 争点2について 所得税法上、外貨と暗号資産は、いずれも不特定の者に対して使用することができる財産であり、かつ、譲渡所得の基因となる資産に該当しないという共通した性質を持つものであるところ、為替差益の額を算定する際の外貨の取得時の円換算額の算定においても、取得価額を平均化することが実態に合わないといえるような場合には、所得税法119条の2第2項が採用する個別法によることが相当である。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、次のとおり、Xの請求はいずれも理由がなく、これらを棄却すると判示した。 ① 争点1について (イ) 為替差益に係る所得の把握において基準とすべき通貨について (ロ) 為替差益に係る所得の発生ないし実現について ② 争点2について (4) 検討 ① 所得の発生ないし実現について 所得税法は、包括的所得概念を前提としながらも、未実現の利得には原則課税しないという立法政策を採用しているため、資産の所有期間中の価値の増加には課税されず、その所有者が当該資産を手放したとき、過去の値上がり分に対し課税される(譲渡所得に係る清算課税説)(※3)。 (※3) 佐藤英明『スタンダード所得税法〔第2版補正版〕』(弘文堂、2018年)85~86頁参照 本件で、東京地裁は、「単に外貨を保有し続けている状況において、為替レートの変動により当該外貨につき為替差益が生じたとしても、そのことだけでは、当該為替差益は所有資産の価値の増加(評価差額)にすぎず、未実現の利得であって、『収入すべき金額』に該当しない。」と述べており、この判示は、所得区分は異なるとはいえ、清算課税説と整合的である。ここでいう資産を手放したときとは、他の資産と交換したときと等価であり、本件においては、外貨預金が不動産に変容したときがそのタイミングとなろう。 ② 為替差益の計上時期 判決文に添付される別表によれば、本件各借入れの時期と借入金額は、上記(1)の表中の本件各不動産取引の時期及び購入金額と概ね符合しており、それが、上記(2)①(イ)のXの主張の前提となっている(※4)。 (※4) 藤岡裕治「為替差損益による所得の把握において基準とすべき通貨」(ジュリスト、2025年11月)11頁は、「Xは、(中略)その借入金に相当する現金で不動産を購入したため、純資産に増減はなく、為替差益による所得はないという認識であったと考えられる。両者の隔たりの原因は、国境を越えて経済活動を行う納税者が経済的利益を複数の通貨を基準として把握するのに対し、課税実務が経済的利益の発生を円という単一の通貨のみで把握しようとすることにある。本判決は、為替差益による所得の把握において邦貨である円を基準とすることを初めて示した点に意義がある。」と述べている。 Xはその主張を補強するため、日本公認会計士協会「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」(※5)、及び所得税基本通達57の3-2の注書きの4を引用している。 (※5) 外貨建債券等に係る受取外貨額を、円に転換することなく当初から予定されていた外貨による資産の取得に充てた場合、当該換算差額は繰り延べるとの取扱いが規定されている。 東京地裁は、前者について、同実務指針の取扱いが所得税法の法解釈を拘束する根拠はないとし、後者については、同通達が「本邦通貨により外国通貨を購入し直ちに資産を取得し若しくは発生させる場合の当該資産、又は外国通貨による借入金に係る当該外国通貨を直ちに売却して本邦通貨を受け入れる場合の当該借入金については、現にその支出し、又は受け入れた本邦通貨の額をその円換算額とすることができる。」と定めるところ、「これは、外貨建取引の直前又は直後において外貨と邦貨との交換がされた場合には、一般に、為替差損益がほとんど発生していないことを踏まえ、簡素化の観点から、実際に外貨と交換した邦貨の額を円換算額とするとの例外的な取扱いを認めたものと解され、本件各不動産取引のように、取引の直前又は直後において外貨と邦貨との交換がされていない事例において参考になるものではない。」と判示し、通達が想定する適用場面が本件とは異なるとしてXの主張を排斥している。 仮に、上記(1)にいう、Xによる平成24年3月から同年9月にわたる多額のドルの本件外貨建預金口座への入金がなかったとしたら、入金時と払出時の為替レートがほぼ等しくなって入居時と払出時の為替レートがほぼ等しくなって為替差益の計上は不要とされた可能性がある。もとより「お金に色はついていない」のであり、本判決では、外国通貨と有価証券との性質の同一性に鑑み、2回以上にわたって取得した同一種類の外国通貨に対し為替差益の額を算定する際の取得時の円換算額の算定においては、単価を平均する総平均法に準ずる方法を適用するのが最も合理的であると判示した。 ③ 為替差損の取扱い 本件において多額の為替差益が計上されたのは、平成24年上半期当時、1ドル80円前後という著しい円高局面にあったということが背景にある。現在は1ドル150円台という(当時から見て)相当の円安局面にあるが、仮に為替レートが本件とは真逆の動きを見せたとしたらどうなるのだろうか。為替差益が雑所得である以上、為替差損はマイナスの雑所得となり、雑所得の金額の計算上生じた損失の金額は、損益通算の対象とはならず打ち切られる(所法69①)。外国不動産への投資を一体のものとして見た場合、為替差益は所得として課税されるのに対し、為替差損は損益通算できないというのは、現行制度上やむを得ないとはいえ、いかにもバランスが悪いといえないだろうか。 (了)
連結会計を学ぶ(改) 【第22回】 「持分法の意義」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 持分法に関する会計処理等は、「持分法に関する会計基準」(企業会計基準第16号。以下「持分法会計基準」という)及び「持分法会計に関する実務指針」(移管指針第7号。以下「持分法実務指針」という)において規定されている。そのほか、「持分法適用関連会社の会計処理に関する当面の取扱い」(実務対応報告第24号)も公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 持分法の意義 1 持分法の適用範囲 非連結子会社及び関連会社に対する投資については、原則として持分法を適用する(持分法会計基準6項)。 「関連会社」とは、企業(当該企業が子会社を有する場合には、当該子会社を含む)が、出資、人事、資金、技術、取引等の関係を通じて、子会社以外の他の企業の財務及び営業又は事業の方針の決定に対して重要な影響を与えることができる場合における当該子会社以外の他の企業をいう(持分法会計基準5項)。 「子会社以外の他の企業の財務及び営業又は事業の方針の決定に対して重要な影響を与えることができる場合」については、持分法会計基準5-2項に規定されており、より詳細には、「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第22号)を参照していただきたい。 重要性の原則の適用については、「連結の範囲及び持分法の適用範囲に関する重要性の原則の適用等に係る監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第52号)を参照していただきたい。 2 基本的な会計処理 「持分法」とは、投資会社が被投資会社の資本及び損益のうち投資会社に帰属する部分の変動に応じて、その投資の額を連結決算日ごとに修正する方法をいう(持分法会計基準4項)。 持分法適用会社の純資産又は資本には、資本連結手続の対象となる子会社の資本と同様、新株予約権は含まれないことに留意する(持分法実務指針2項、「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準等の適用指針」(企業会計基準適用指針第8号)6項等)。 3 持分法と連結の関係 前回までの本連載では、連結財務諸表の作成に関する会計処理等について解説してきた。 連結は、連結会社の財務諸表を勘定科目ごとに合算することによって企業集団の財務諸表を作成するので、完全連結(ライン・バイ・ライン・コンソリデーション又はフル・ライン・コンソリデーション)といわれる(持分法実務指針2項)。 一方、持分法による処理は、被投資会社の資本及び損益に対する投資会社の持分相当額を、原則として、貸借対照表上は投資有価証券の修正、損益計算書上は「持分法による投資損益」によって連結財務諸表に反映することから、一行連結(ワン・ライン・コンソリデーション)といわれる。 連結と持分法による処理との間には、連結財務諸表における連結対象科目が全科目か一科目かという違いはあるが、その親会社株主に帰属する当期純利益及び純資産に与える影響は、持分法実務指針2-2項に記載する事項を除いて、同一である。 4 持分法と連結の会計処理の相違 持分法と連結の会計処理の相違として次のことが規定されている(持分法実務指針2-2項)。 項目 内容 (1) 時価により評価する子会社の資産及び負債の範囲 ① 連結の場合、時価により評価する子会社の資産及び負債の範囲については、非支配株主持分に相当する部分を含めてすべてを時価評価する方法(全面時価評価法)のみとされている(「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号)20項。以下「連結会計基準」という)。 ② 持分法の場合、投資会社の持分に相当する部分に限定する方法(部分時価評価法)により、原則として、投資日ごとに当該日における時価によって評価する(持分法会計基準 26-2項)。 (2) 段階取得の会計処理 ① 連結の場合、支配獲得日における時価と支配を獲得するに至った個々の取引ごとの原価の合計額との差額は、当期の段階取得に係る損益として処理する。 ② 持分法において、投資が段階的に行われている場合には、原則として、投資日ごとの原価とこれに対応する被投資会社の資本との差額は、のれん又は負ののれんとして処理する(連結会計基準 23項(1)、「企業結合に関する会計基準」(企業会計基準第21号)25項(2)、持分法会計基準26-3項)。 (3) 取得関連費用 ① 取得した会社が連結の範囲に含まれる場合、連結財務諸表上、取得関連費用を発生した連結会計年度の費用として処理する(「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(移管指針第4号)8項)。 ② 被投資会社が持分法の適用範囲に含まれる場合、連結財務諸表上、個別財務諸表上で株式の取得原価に含まれた付随費用は投資原価に含まれる(持分法実務指針36-4項)。 (4) 資本剰余金 ① 連結の場合、子会社株式の追加取得や一部売却等(親会社と子会社の支配関係が継続している場合に限る)の際に生じる追加取得持分と追加取得額との差額又は売却(減少)持分と売却価額(払込額)との差額は資本剰余金として処理する(連結会計基準28~30項)。 ② 持分法の場合、持分法適用会社株式の追加取得や一部売却等の場合に、追加取得持分と追加取得額との差額又は売却(減少)持分と売却価額(払込額)との差額は、のれんもしくは負ののれん又は売却損益の調整として処理する(持分法実務指針16~18項)。 (了)
税理士事務所のためのストレスチェック制度導入Q&A第1回 小規模事業場のストレスチェック義務化にあたっての罰則の有無社会保険労務士富山 直樹 ― 連載開始にあたって ―「ただでさえ通常業務だけで忙しいのに、また新しい義務が増えて・・・」 法改正により、これまで努力義務であった50人未満の小規模事業場にもストレスチェックが義務化されることになり、従業員を抱える経営者の皆様にとってはそんな感想が正直なところではないでしょうか。 余計な手間や費用が増え、億劫なのはごもっとも。しかし、これを「優秀な従業員が定着するための投資」と考えてみてはいかがでしょうか。労働者が心身とも健康的に働ける環境を整えることは、企業の生産性向上や離職防止にも寄与すると考えられます。 本連載では来る全事業所への義務化に向けて、経営者が感じるであろう疑問をQ&A形式で解説してまいります。「やらされる義務」から「攻めの経営戦略」へのヒントになることを願って、執筆していけたらと思います。 QUESTION 労働安全衛生法の改正により小規模事業場においてもストレスチェック制度が義務化されると聞きましたが、税理士事務所の所長である私とスタッフ2名の小規模な事務所においてもストレスチェックの実施を怠ると罰則はあるのでしょうか。 ANSWER ストレスチェックの実施を怠ることでの直接的な罰則は定められていません。 しかし、次の観点において罰則等が発生する可能性があるので注意が必要です。 ① 報告義務違反 ② 安全配慮義務違反 ③ 労働基準監督署からの是正勧告 ― 解 説 ― 1小規模事業場のストレスチェック義務化 2015年より始まったストレスチェックは、これまで労働者数50人以上という比較的中規模以上の事業者に実施義務が課されてきた。50人未満の事業場に関しては努力義務であったが、2025年5月の法改正により今後は全事業所に実施義務が課せられることになる。 (※) 2026年5月18日、厚生労働省より「2028年4月から全事業所義務化の方針」と具体的な実施時期が示された。 義務化拡大におけるポイントについては、ぜひ過去の拙稿も参照いただければ幸いである。 関連記事 〈労働安全衛生法の一部改正に伴う〉ストレスチェック義務化対象拡大等のポイント 2罰則等の発生可能性 ①報告義務 ストレスチェックを行った場合、実施結果を労働基準監督署へ報告する義務があるが、この報告義務は「労働者数50人以上の事業場」に義務付けられており、50人未満は不要となる。今回のストレスチェックの全事業所への義務化に伴い、50人未満の事業所にも報告が義務化される可能性も考えられたが、令和8年2月に公開された実施要項でも「不要」のままとなっていた。 ストレスチェックに関しては一般的な健康診断と異なり、労働者に受験義務が課されていない。できる限り対象者全員の受験が望ましいとされているが、使用者が業務命令のような形で受験を強要することはできない。そのため、推測ではあるが少人数の事業所において、労働者が受験を拒んだケースへの配慮として、50人未満は引き続き報告不要となった可能性も考えられる(なお、未受験者に対して委託先の外部機関が受験を勧奨する等の方法で、配慮を行なった上で、「受験の勧奨」を行うことはできる)。 そして、報告義務がある事業所が報告義務を怠った場合、最大で50万円以下の罰金が課せられる可能性がある(労働安全衛生法第120条第5号「第百条第一項又は第三項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者」)。 また、人数のカウント等については、次の点にも注意が必要である。 CHECK POINT 常時使用している労働者数「常時使用している労働者」とは、契約期間や労働時間ではなく、常態として使用されているかどうかで判断される。そのため、短時間労働者、パートタイマー/アルバイト、派遣労働者であっても、継続して雇用している状態としていればカウントされることになる(※なお、派遣労働者についての実施義務は派遣元にある)。 CHECK POINT 事業場工場、事務所、店舗など同一事業所にあるものを一の事業場と考える。そのため、企業として総従業員が50人を超えていたとしても、事業場単位で見た場合に50人を超えていなければ不要となる。逆に50人を超えるような事業場が複数あるような企業であれば、事業場ごとに報告義務が発生する。 ②安全配慮義務 労働契約法において、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められており、これが一般的に言われる「安全配慮義務」というものである(労働契約法第5条)。 条文に定められている「生命、身体等の安全」には「心身の健康」も含まれている。 そして、労働安全衛生法等に定められている、事業主が講ずべき具体的な措置は当然に遵守されなければならないものであり、この観点からストレスチェックを怠ると「安全配慮義務」を怠ったとみなされる可能性が考えられる。 この労働契約法第5条は義務として規定されているものの、違反には直接的な罰則は明記されていない。 しかし、ストレスチェックを実施せずに放置した結果、労働者がメンタル不調に陥るような事態になった場合、使用者が安全配慮義務違反として損害賠償を請求される恐れも考えられ、金銭的もさることながら、社会的信頼の失墜というリスクも抱えることになる。 ③労働基準監督署からの是正勧告 労働基準監督署の調査が行われた際に未実施が発覚した際には、是正勧告の対象となる可能性が高いと考えられる。 労働基準監督署では、労災事故が発生した場合や通報があった場合などに行われる調査のほか、管轄内の事業所を定期的に無作為に選出され行われる調査がある。後者は無作為であり、筆者の顧問先でも開業以来まだ実施されたことがない会社もあれば、開業から間もないにもかかわらず調査が行われた会社も存在する。 こうした調査の際には、就業規則や労働条件通知書は勿論、出勤簿や賃金台帳、健康診断の実施記録の提出も求められる。こうしたチェック項目の中に「ストレスチェックの実施記録」が含まれるようになる可能性は高い。 仮に実施を怠り是正勧告を受けた場合は、期日を指定され、是正(ストレスチェックの実施)のうえ、労働基準監督署への報告を行う必要がある。 ― あ と が き ― 本連載執筆にあたり、筆者は他士業や経営者の仲間に「ストレスチェックが義務化されるにあたり、どのような質問があるか?」と投げかけてみたところ、結果、最も多かった質問がこの罰則に関する質問であった。「義務化」と言われ「罰則」が気になるのは当然ではあるが、本稿で述べた通り、ストレスチェックに関する罰則は直接的なものはなく、間接的なものとなっている。 しかし、「直接的な罰則がない」からと言って対応が後手に回ったり、実施を怠ったりという安易な判断は、コンプライアンス的な側面でも、経営的な側面でもリスクを抱えることになる。 通常業務だけで忙しい中、さらなる対応も求められる使用者の心中は察するに余りあるが、労働者のメンタルヘルスケアは、コストではなく投資と考えてはいかがだろうか。労働者が心身ともに健康的に働ける環境を整えることは、生産性の向上や離職防止という企業の成長にもつながる。前向きに取り組んでいただければ幸いである。 (了)