《速報解説》 JICPA、「倫理規則」の改正案を公表 ~タックス・プランニング業務に係る規定を新設~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年11月20日、日本公認会計士協会は、「倫理規則」の改正に関する公開草案を公表し、意見募集を行っている。 これは、国際会計士倫理基準審議会(The International Ethics Standards Board for Accountants:IESBA)がタックス・プランニング業務及び関連業務に関して倫理規程を改訂したことを受けたものである。 意見募集期間は2025年1月6日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 タックス・プランニング業務は、所属する組織/依頼人が実務を税効率の高い方法で計画又は構築することを支援する目的で行う助言業務である(280.5 A1/380.5 A1)。 我が国では公認会計士が税理士登録をすることによって税務業務を行うことができるため、タックス・プランニング業務を行う税理士資格を持つ公認会計士に対して一定の規律を示すことが社会的にも期待されている。 日本公認会計士協会の会員が行うタックス・プランニング業務は、税額の最小化を図る特定の対策を伴う可能性があり、基本原則の遵守に対する阻害要因が生じる可能性がある。 このため、倫理規則において、所属する組織に対するタックス・プランニング業務及び関連業務(セクション280)と依頼人に対するタックス・プランニング業務及び関連業務(セクション380)に関する規定を設けることを提案している。 タックス・プランニング業務は、幅広いトピック又は分野を対象としている。例えば、次のものが含まれる(280.5 A2/380.5 A2)。 なお、所属する組織/依頼人の税務関連の法令等に基づく税務申告書の作成、申告、報告、納税及びその他の義務の履行を支援する業務は、タックス・プランニング業務には含まれない(280.5 A3/380.5 A3)。 会員は、タックス・プランニングについて法令等に照らして信頼できる根拠(Credible Basis)があると判断できなければ、当該タックス・プランニングについて所属する組織/依頼人に提言又は助言をしてはならない(R280.12/R380.12)。 Ⅲ 適用時期等 2026年4月1日から施行する。 なお、会員の判断において早期適用することを妨げるものではない。 (了)
2024年11月21日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.595を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第133回】 「「103万円の壁」の見直し」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 11月11日、石破総理大臣は、衆議院本会議で行われた総理大臣指名選挙の決選投票を経て、第103代の総理大臣に選出され、少数与党政権としてのスタートとなった。同月14日に自民党と公明党と国民民主党の政務調査会長、税制調査会長がそれぞれ会談を行い、税制について3党の税制調査会の会長間で協議を開始することとされた。なかでも注目されているのが、いわゆる「103万円の壁」の見直しである。 〇所得税 所得税の課税対象となる「給与所得の金額」は、その年中の「給与等の収入金額」から、その「給与等の収入金額」に応じた給与所得控除額を控除した残額である。「給与等の収入金額」とは、いわゆるグロス給与(額面給与:給与所得の源泉徴収票の支払金額)である。他の所得がなければこの残額が「合計所得金額」となる。なお、「給与等の収入金額」が162万5,000円までは、給与所得控除の額は一律55万円である。「合計所得金額」からさらに基礎控除(そのほか、各人の状況により、扶養控除、配偶者控除、社会保険料控除などの人的控除等と呼ばれる控除も適用される)を控除した上で課税所得が算出される。 平成30年度税制改正では、働き方の多様化を踏まえ、働き方改革を後押しする観点から、給与所得控除等の見直しを行いつつ、一部を基礎控除に振り替えること等の改正が行われた。これらの改正は、令和2年分以後の所得税について適用されている。 この改正では、まず、給与所得控除額を一律10万円引き下げ(最低額は、65万円 ⇒ 55万円)、その上限額が適用される「給与等の収入金額」が850万円 (改正前:1,000万円)とされるとともに、その上限額を195万円(改正前:220万円)に引き下げることとされた(所法28③)。 一方、基礎控除については、控除額を一律10万円引き上げる(38万円 ⇒ 48万円)とともに、所得再分配機能の回復の観点を踏まえつつも、基礎控除が最も基本的な控除であり、より広い所得階層に適用されるべきものであることを勘案し、「合計所得金額」が2,400万円を超える個人についてはその「合計所得金額」に応じて控除額が逓減し(2,400万円超2,450万円以下は32万円、2,450万円超2,500万円以下は16万円)、「合計所得金額」が2,500万円を超える個人については基礎控除の適用はできないこととされた(所法86①)。 こうした改正の結果、現行制度では、給与所得者(単身)の場合、給与所得控除の最低額(55万円)と基礎控除額(48万円)の合計額である103万円を上回る「給与等の収入金額」がある場合に、所得税が課税される可能性があるということとなる(社会保険料や生命保険料、損害保険料の支払いがある場合には、実際に課税が発生するのはさらに高い「給与等の収入金額」を得ている場合となる)。これが、いわゆる「103万円の壁」である。 国民民主党の選挙公約では、この103万円を178万円まで、75万円引き上げることが提示されており、仮に基礎控除を単純に75万円引き上げた場合には、報道によれば、所得税で3兆円強の減税となるとされている。もっとも、所得税の33.1%は地方交付税として地方財源となることから、このうち約1兆円は地方財政への影響が生じることとなる。 〇個人住民税 地方税(道府県・市町村)である個人住民税(所得割)の計算も基本的には、所得税と同様である。 給与所得控除については、所得税の計算の例によることとされており、所得税と同じである(最低55万円)。 一方、基礎控除については、所得税における基礎控除とは異なる金額となっている。所得税と同様、平成30年度税制改正で見直しが行われ、控除額を一律10万円引き上げる(33万円 ⇒ 43万円)とともに、「合計所得金額」が2,400万円を超える個人についてはその「合計所得金額」に応じて控除額が逓減し(2,400万円超2,450万円以下は29万円、2,450万円超2,500万円以下は15万円)、「合計所得金額」が2,500万円を超える個人については基礎控除の適用はできないこととされた。これらの改正の施行期日は、令和3年1月1日とされ、令和3年度以後の年度分の個人住民税(所得割)について適用されている。 こうした改正の結果、現行制度では、給与所得者(単身)の場合、給与所得控除の最低額(55万円)と基礎控除額(43万円)の合計額である98万円を上回る「給与等の収入金額」がある場合に、個人住民税(所得割)が課税される可能性があるものの、所得税とは異なり、個人住民税(所得割)においては、低所得者層の負担を考慮し、生活保護基準額(生活扶助基準額+住宅扶助+教育扶助)を勘案して、非課税限度額が設けられている(昭和56年度創設)。合計所得金額が「35万円×世帯人数+10万円+同一生計配偶者又は扶養親族を有する場合の加算額32万円」に達するまでは課税が生じない。単身者の場合、給与所得控除(55万円)の後の「合計所得金額」が35万円+10万円=45万円に達するまでは課税が生じない。つまり「給与等の収入金額」が55万円+45万円=100万円までは課税されないこととされている。個人住民税(所得割)においては、「100万円の壁」があるともいえよう。 仮に個人住民税(所得割)の基礎控除を単純に75万円引上げ118万円とした場合には、報道によれば約4兆円の減税となるとされている。 (了)
〈令和6年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第2回】 「定額減税適用の留意点と源泉徴収票への記載」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 第1回に引き続き、第2回(本稿)も定額減税について取り上げる。本稿では、定額減税を適用する際の留意点と源泉徴収票への記載について解説する。 【1】 定額減税の対象者の判定 年末調整において定額減税の対象となるのは、年末調整の対象者のうち令和6年分の合計所得金額が1,805万円以下の納税者本人である(措法41の3の8①)。納税者本人が定額減税の対象となるかどうかは、基礎控除申告書に記載された合計所得金額から判定する(※1)。 (※1) 基礎控除申告書の提出がなく合計所得金額の見積額を確認できない場合には、納税者本人から当該金額の通知(口頭やメールも可)を受けることにより判定する(措法41の3の8⑨)。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 なお、「合計所得金額」であることから、2ヶ所以上から給与等の支払いを受けている場合にはすべてを合計した給与所得により判定し、給与所得以外にも所得がある場合にはそれらも含めて判定する。 【2】 同一生計配偶者の有無及び扶養親族の人数の把握 (1) 原則的な取扱い 年調減税額の計算において、同一生計配偶者(居住者)の有無や扶養親族(居住者)の人数を把握する必要がある。この場合、役員や従業員(以下、「従業員等」という)から新たな申告書を提出してもらう必要はない。従業員等から提出を受けた「配偶者控除等申告書」や「扶養控除等申告書」の記載により把握する(措法41の3の8②一、二)。 (2) 「年末調整に係る定額減税のための申告書」の提出を受ける場合 合計所得金額の見積額が1,000万円を超える従業員等は、配偶者控除の適用を受けることができないので、同一生計配偶者がいる場合でも「配偶者控除等申告書」は提出しない。 このように「配偶者控除等申告書」を提出しない従業員等が、同一生計配偶者を年調減税額の計算に含める場合には、同一生計配偶者について記載された「年末調整に係る定額減税のための申告書」の提出を受けることになる(措法41の3の8②三)。 なお、令和6年分の「配偶者控除等申告書」は、「年末調整に係る定額減税のための申告書」との兼用様式となっている。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 また、16歳未満の扶養親族も含め、一般に「扶養控除等申告書」にはすべての扶養親族が記載される。しかし、扶養控除の対象にならない16歳未満の子を「扶養控除等申告書」に記載していないケースもある。このように「扶養控除等申告書」に記載されていない扶養親族を年調減税額の計算に含める場合には、その扶養親族について記載された「年末調整に係る定額減税のための申告書」の提出を受けることになる(措法41の3の8②四)。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (注) 配偶者控除の適用対象とならない同一生計配偶者については、配偶者控除等申告書との兼用様式又は本様式のいずれかに記載する。 ※国税庁「《記載例》年末調整に係る定額減税のための申告書」より抜粋 〈同一生計配偶者の有無及び扶養人数を把握する申告書〉 【3】 同一生計配偶者に関する留意点 減税額計算の人数に含める配偶者は、同一生計配偶者(居住者のみ)である(措法41の3の3②)。同一生計配偶者とは、納税者と生計を一にする合計所得金額48万円以下の配偶者(青色事業専従者等は除く)をいう(所法2①三十三)。 合計所得金額については、【1】と同様、2ヶ所以上から給与等の支払いを受けている場合にはすべてを合計した給与所得により判定し、給与所得以外にも所得がある場合にはそれらも含めて判定する。 〈減税額計算の人数に含める配偶者〉 (注) 令和6年の中途で死亡した配偶者の場合には、死亡時の現況で判定する。 なお、同一生計配偶者の定義には、納税者本人の所得に関する要件はない。よって、納税者本人の合計所得金額が1,000万円を超えるため、同一生計配偶者について配偶者控除の適用を受けることができない場合でも、その配偶者が居住者であれば減税額計算の人数に含まれることとなる。 【4】 扶養親族に関する留意点 減税額計算の人数に含める親族は、扶養親族(居住者のみ)である(措法41の3の3②)。扶養親族とは、納税者本人と生計を一にする合計所得金額48万円以下の配偶者以外の親族(青色事業専従者等は除く)をいう(所法2①三十四)。 合計所得金額については、【1】及び【3】と同様、2ヶ所以上から給与等の支払いを受けている場合にはすべてを合計した給与所得により判定し、給与所得以外にも所得がある場合にはそれらも含めて判定する。 〈減税額計算の人数に含める親族〉 (注) 令和6年の中途で死亡した扶養親族の場合には、死亡時の現況で判定する。 なお、扶養親族の定義には、親族の年齢に関する要件はない。よって、扶養控除の対象とならない年齢15歳以下の扶養親族も減税額計算の人数に含まれることとなる。 【5】 年調減税額を引ききれない場合の対応 定額減税は、令和6年分の所得税について措置された制度である。よって、年末調整の結果、控除しきれない年調減税額が生じたとしても、令和7年1月以後に支給する給与等に係る源泉徴収税額から控除することはできない。 なお、控除しきれない年調減税額が生じた場合には、源泉徴収票(※2)に「控除外額」としてその金額を記載する。 (※2) 給与支払報告書にも同様の記載を行う。 【6】 源泉徴収票の記載方法 (1) 年末調整を行った従業員等の場合 年末調整を行った従業員等の源泉徴収票には、定額減税についての記載が必要である。具体的には、摘要欄に次のように記載する。 (※3) 控除しきれなかった年調減税額がない場合は、「控除外額0円」と記載する。 また、合計所得金額が1,000万円を超える従業員等が同一生計配偶者を年調減税額の計算に含めた場合には、上記の記載に加え「非控除対象配偶者減税有」と記載する。 なお、年末調整の対象となる従業員等のうち、年末調整の対象となる給与等以外に収入があるため令和6年分の合計所得金額が1,805万円を超える人は、定額減税の対象とならない(※4)。このような場合には、源泉徴収票に控除した年調減税額及び控除しきれなかった年調減税額がともに0円であることを記載する。 (※4) 月次減税事務においては減税額が控除されているが、年末調整で精算されている。 (2) 年末調整を行わなかった従業員等の場合 支払った給与等が収入金額ベースで2,000万円を超えるなどの理由により、年末調整の対象とならなかった従業員等も、月次減税事務では定額減税の適用を受けている。これらの人は、確定申告で定額減税についての最終的な精算を行うこととなるため、源泉徴収票には定額減税に関して何も記載する必要はない。 なお、源泉徴収票の源泉徴収税額欄には、月次減税額を控除した後の実際に源泉徴収した税額を記載する。 * * * 最終回(第3回)は、年調減税事務に関し、実務上判断に迷う事項等をQ&A方式で解説する予定である。 (了)
給与計算の質問箱 【第59回】 「年末調整書類の書式の前年からの変更点」 ~簡易な扶養控除等申告書及び定額減税に伴う対応~ 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 年末調整書類の書式について前年から変更がありましたら教えてください。 A 年末調整書類の書式の変更点は以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書 令和5年分と令和6年分の書式は同じである。また、令和6年分と令和7年分の書式も同じである。令和7年分から簡易な扶養控除等申告書が提出できることになった。 令和6年分に記載した事項から異動がない場合には、申告書の右上の「前年の申告内容からの異動」のチェックボックスにチェックを入れる。または、チェックボックスのない申告書については「前年から異動なし」と記載する。ただし、氏名、個人番号、住所(下記申告書の上段の赤枠、下段の赤字の箇所)は記入が必要である。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「【簡易対応様式】令和7年分扶養控除等(異動)申告書」より抜粋のうえ筆者作成 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「簡易な扶養控除等申告書に関するFAQ(源泉所得税関係)」7頁より抜粋 2 給与所得者の保険料控除申告書 令和5年分と令和6年分の書式は同じである。 3 給与所得者の基礎控除申告書兼給与所得者の配偶者控除等申告書兼所得金額調整控除申告書 令和5年分の書式と比べて、令和6年分の書式には「年末調整に係る定額減税のための申告書」が追加された。下記申告書の赤枠部分が新たに追加された箇所である。 給与所得者の基礎控除申告書について、令和5年分では判定欄の「1,000万円超2,400万円以下」の箇所が、令和6年分では判定欄が「1,000万円超1,805万円以下」、「1,805万円超2,400万円以下」に区分された。これは、本人の合計所得金額が1,805万円以下の方が定額減税の対象だからである。判定欄の(A)~(D)にあてはまる場合は、「本人定額減税対象」のチェックボックスにチェックを入れる。 給与所得者の配偶者控除等申告書兼年末調整に係る定額減税のための申告書において、定額減税の対象となる同一生計配偶者の合計所得金額は48万円以下であるから、判定欄の(A)~(D)かつ、①・②にあてはまる場合は、「配偶者定額減税対象」のチェックボックスにチェックを入れる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「令和6年分給与所得者の基礎控除申告書兼給与所得者の配偶者控除等申告書兼年末調整に係る定額減税のための申告書兼所得金額調整控除申告書」より抜粋のうえ筆者作成 〈令和5年分 給与所得者の基礎控除申告書の一部〉 (※) 国税庁「令和5年分給与所得者の基礎控除申告書兼給与所得者の配偶者控除等申告書兼所得金額調整控除申告書」より一部抜粋のうえ筆者作成 (了)
〔令和6年度税制改正における〕 賃上げ促進税制の拡充及び延長等 【第5回】 (最終回) 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 ←(前回) 7 中小企業者等向けの賃上げ促進税制 (1) 制度の概要 中小企業者等が、適用年度(※22)(平成30年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度)中に国内雇用者に対して給与等を支給する場合において、一定の適用要件を満たすときは、その給与等支給増加額の15%相当額(中小企業者等、、、、、、税額控除限度額)を法人税額(当該法人の当該事業年度の所得に対する調整前法人税額)から控除する(措法42の12の5③)。 (※22) 大企業向けの賃上げ促進税制又は中堅企業向けの賃上げ促進税制の適用を受ける事業年度を除く。 さらに「上乗せ控除のための要件」が定められており、それらの要件の充足度合いに応じて控除率は5%~30%上乗せされる(税額控除限度額は最大45%相当額まで拡大する)。 ただし控除上限は調整前法人税額の20%相当額である。 また、税額控除限度超過額が生じた場合には、最長5年間の繰越しが認められている(措法42の12の5④)。 (2) 適用要件 中小企業者等向けの制度における適用要件は下表のとおりである(措法42の12の5③)。 (3) 上乗せ控除のための要件 上乗せ控除(税額控除率の上乗せ)措置としては、「雇用者給与等支給額の増加に伴う上乗せ措置」、「教育訓練費の増加に伴う上乗せ措置」及び「厚生労働省の認定制度の適用による上乗せ措置」の3つがあり、それぞれに応じて下表のとおり上乗せ控除率が定められている(措法42の12の5③一~三、措規20の10②③)。 すべての上乗せ控除の適用を受けることができる場合、最大の税額控除率は調整前法人税額の45%(=本則15%+上乗せ①15%+上乗せ②10%+上乗せ③5%)相当額となる。 【上乗せ①:雇用者給与等支給額の増加に伴う上乗せ措置】 【上乗せ②:教育訓練費の増加に伴う上乗せ措置】 【上乗せ③:厚生労働省の認定制度の適用に伴う上乗せ措置】 「プラチナくるみん認定」又は「プラチナえるぼし認定」については、適用事業年度終了日において認定を取得していればよいため、適用事業年度前に認定を取得していた場合であっても、適用事業年度における要件を満たすこととなる。 それ以外の認定(「くるみん認定」「くるみんプラス認定」「えるぼし認定(2段階目・3段階目)」)については、適用事業年度中に認定を取得した場合に限り、上乗せ控除の要件を満たすこととなる。 さらに、「くるみん認定」及び「くるみんプラス認定」については、令和4年4月1日から適用される改正後の基準を満たした認定を取得した場合に限り適用できることとされているので留意が必要である(下図参照)。 出典:経済産業省・中小企業庁『中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック(令和6年9月20日更新版)』p.17より抜粋 以下の認定は本税制の対象外である。 (4) 税額控除限度額の繰越し 中小企業者等に限り、ある適用年度における税額控除限度額がその年度の控除上限を超える場合、その超過額を最長5年間繰り越して翌年度以降の税額控除に使用することができる措置が講じられている。具体的には、青色申告書を提出する法人の適用年度に「賃上げの要件」を満たしている場合において「繰越税額控除限度超過額」を有するとき、これをその適用年度の法人税額から控除するというものである(措法42の12の5④)。 ここで「繰越税額控除限度超過額」とは、法人の適用年度開始の日前5年以内に開始した各事業年度(当該適用年度まで連続して青色申告書の提出をしている場合の各事業年度に限る)における中小企業者等税額控除限度額のうち控除上限を超える額(控除しきれない金額。既に繰越控除された金額があれば、これを控除した残額)の合計額をいう(措法42の12の5⑤十二)。 繰越控除が可能なのは、その適用年度における税額控除限度額が控除上限額を下回る場合(控除余裕が生じている場合)に限られ、さらにはその適用年度における控除上限(調整前法人税額の20%相当額)に達するまでの額となる。 繰越税額控除限度超過額は中小企業者等向けの賃上げ促進税制を適用することで生じるものであるが、中小企業者等はすべての賃上げ促進税制(大企業向け・中堅企業向け・中小企業者等向け)を適用することができる関係上、いずれの税制を適用した場合にも使用(充当)することができる。 繰越控除の適用を受けるためには、税額控除の適用を受けた事業年度以後の各事業年度の確定申告書に繰越税額控除限度超過額の明細書(別表6(24)付表一)の添付がある場合で、かつ、繰越控除の適用を受けようとする事業年度の確定申告書等に、繰越控除に関する計算明細書(別表6(24))を添付することが必要である(措法42の12の5⑧)。 ここで重要なのは、繰越税額控除限度超過額の明細書(別表6(24)付表一)は、繰越税額控除限度超過額が生じた事業年度以降、繰越可能期間内のすべての事業年度の「確定申告書」に添付しなければならないという点である。確定申告書への明細書の添付を失念した時点で繰越控除の適用要件を満たさなくなるため、仮に法人税額が発生しない事業年度(税額控除の適用を受けれられない事業年度)であっても、繰越税額控除限度超過額の明細書を作成し添付しなければならない(下図参照)。 出典:経済産業省・中小企業庁『中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック(令和6年9月20日更新版)』p.21より抜粋 (5) 被合併法人等が有する繰越税額控除限度額の取扱い 繰越税額控除限度超過額を有する中小企業者等を被合併法人等とする合併等が行われた場合には、その合併等が適格合併等に該当するときであっても、被合併法人等が有する繰越税額控除限度超過額を合併法人等に引き継ぐことは認められない(措通42の12の5-5)。 (連載了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第67回】 「海外勤務役員への給与支給が源泉徴収不要となる判断要素」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 海外で勤務する役員に対する源泉徴収 海外で勤務する役員に対して役員給与を支給した場合には、源泉徴収をする必要があるかどうかを確認しなければならない。この点、非居住者の所得にかかる源泉徴収について定めている所得税法212条1項では、同法161条1項4号~16号に定める国内源泉所得に対してのみ源泉徴収を行う旨が規定されている。そして、役員への給与に関しては、法人の経営に関与するという役務提供の性質に鑑みて、同法1項12号イ括弧書きにて「内国法人の役員として国外において行う勤務・・・」であれば国内源泉所得であると示されているため、海外で勤務する役員に役員給与を支給する場合、通常は20.42%の税率にて源泉徴収が必要となる(※1)。 (※1) 非居住者としての税率の方が居住者としての税率より低率であることが、非居住者への役員給与の額が増大するインセンティブが働いた要因であると指摘された事例として、【第59回】参照。 なお、この取扱いには以下のような例外規定も存在している。 〈所得税法施行令285条1項1号〉 〈所得税基本通達161-42(内国法人の使用人として常時勤務を行う場合の意義)〉 これらの条文や通達は、海外勤務役員が海外支店の支店長等として勤務している場合に、内国法人からその役員に対して支給する報酬については国内源泉所得とはならず、つまりは支給に伴う源泉徴収が不要であるということを示しており、これらが【第32回】で簡単に触れている内容の根拠である。また、国税庁タックスアンサーにおいても、役員が海外に出国した後の源泉徴収についての取扱いとして、「その役員が、海外支店の支店長など使用人としての立場で常時海外において勤務している場合には、源泉徴収の必要はありません」との記載がある(※2)。 (※2) 国税庁タックスアンサー「No.2517 海外に転勤する人の年末調整と転勤後の源泉徴収」。 このように、役員が海外に赴任等した場合、支店長等の使用人としての立場で勤務するのであれば源泉徴収も不要となるが、上記通達が示すように、対象となる役員の海外における勤務形態やその実態によっては、これに該当しないような可能性も考えられる。 (2) 海外で勤務する役員に対する源泉徴収義務の是非について争われた事例 実際に、海外で勤務する役員について源泉徴収していなかったケースにおいて課税庁に指摘され、国税不服審判所に持ち込まれた事例として、国税不服審判所平成25年3月22日裁決があるため(※3)、以下に概要を紹介する。 (※3) 裁決事例集等未登載、TAINS:F0-2-534。 本件裁決例は、所得税等の源泉徴収が不要となる場合の判断を国税不服審判所が示したという面で注目したい裁決例である。納税者は、当該役員は納税者の経営に関与していないこと、米国の取引先との交渉等を行っていたこと、納税者と代理業務契約を締結する米国会社が事実上納税者の支店として認識されていたこと、米国会社の代表に就いた当該役員は納税者の米国支店で仕事をしていると認識されていたこと等を主張しているが、すべて退けられている。 国税不服審判所は、所得税法施行令285条1項1号の趣旨について「給与、人的役務の提供に係る報酬等が国内源泉所得に該当するというためには、原則として、その基因となる勤務その他の人的役務の提供が国内において行われることが必要であるが、経営判断による企業経営という役員の職務については、役務提供地との関係が希薄なことなどを踏まえ、内国法人の役員として国外において行う勤務を国内源泉所得の対象としているものの、内国法人の役員であっても国外において内国法人の使用人として常時勤務を行う場合には、経営判断による企業経営といった職務内容とは異なる業務を国外において常時行っていることから、原則どおり、国内源泉所得に該当しないとした趣旨による」として、上記(1)で触れた通達にも合理性があるとしている。 (3) 本件裁決例の意義 本件裁決例において国税不服審判所が注目したのは、支店の有無や対象となった役員の勤務実態に尽きるといえる。支店としての登記等がないこと、納税者と米国会社の間に存在した代理業務契約があるために米国会社が納税者の米国における業務を行っていたとして、納税者の支店は存在しないと認定している。そして、雇用契約書がないことから当該役員の使用人としての職制が不明であること、納税者からのメールは米国会社宛に送信されていたこと、当該役員が米国会社の名刺を使用していたこと、関係者への聴取にて納税者と米国会社の業務を区分することは難しい旨の答述等があったこと等から、当該役員は米国会社の代表者としての業務に従事していたことを認定している。 上記に鑑みると、本件裁決例は、役員が海外で勤務する場合において、(2)で触れた例外に該当するためには、海外支店が存在することを明らかにできるエビデンスの有無に加え、契約書の有無や対象役員の現地での業務上の役割を示すもの、例えば活動実態を示すメールや名刺等が存在しているか否かが検討のポイントとなることを示唆していると考えられる。また、課税庁側は、当該役員が現地で使用人として勤務しているのであれば通常生じるべき各種経費の支出も認められないと主張しているため、この点も注目すべきであると思われる。 なお、この「源泉徴収不要」の取扱いは、法人税法上使用人兼務役員とされない代表取締役等にも適用されるが、代表取締役等が常時使用人として勤務するケースが現実的に少なく、対象となる役員の海外における勤務実態をよく検討する必要がある旨を説く解説もあるため(※4)、この点にも留意したい。 (※4) 柳沢守人編『令和6年版 問答式 源泉所得税の実務』(納税協会連合会、2024)756頁。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第70回】 「スクイーズアウトの概要」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、スクイーズアウトの概要について解説します。 1 スクイーズアウトと組織再編税制 「スクイーズアウト」とは、少数株主の株式を強制的に買い取り、少数株主を排除することをいいます。株式交換によりスクイーズアウトを行う際には、適格要件に該当しなければ、完全子法人について時価評価課税がされる一方で、全部取得条項付種類株式、株式併合、株式売渡請求によるスクイーズアウトの場合は、時価評価課税がされず、経済的な効果が似ているにもかかわらず、課税上の取扱いが異なるものとなっていました。 平成29年度税制改正により、株式交換と同様の経済効果を生じる3つのスクイーズアウトの手法を組織再編行為として位置づけ、課税上の取扱いを統一することとなりました。 全部取得条項付種類株式、株式併合、株式売渡請求によるスクイーズアウト全てを株式交換と同様に取り扱うのではなく、経済的な効果が類似するものだけを「株式交換等」と定義し、株式交換と同様に取り扱います。 2 全部取得条項付種類株式によるスクイーズアウト (1) 全部取得条項付種類株式 全部取得条項付種類株式とは、種類株式発行会社が株主総会の特別決議によってその全部を取得することができる株式のことをいいます。少数株主が保有する全部取得条項付種類株式に1株未満の端数しか交付されないようにすることで、少数株主を排除します。 (2) 「株式交換等」に該当する全部取得条項付種類株式の取得 全部取得条項付種類株式に係る取得決議が、次の要件を全て満たす場合には「株式交換等」に該当します。 株式交換等完全親法人と株式交換等完全子法人の定義は、下記5をご参照ください。 3 株式併合によるスクイーズアウト (1) 株式併合 株式併合とは、複数の株式を合わせて1株とする手続きをいい、スクイーズアウトの際には、少数株主の保有株式が1株未満の端数となる割合で株式の併合が行われます。 (2) 「株式交換等」に該当する株式併合 株式併合が、次の要件を全て満たす場合には「株式交換等」に該当します。 株式交換等完全親法人と株式交換等完全子法人の定義は下記5をご参照ください。 4 株式売渡請求によるスクイーズアウト (1) 株式売渡請求 株式売渡請求とは、株式会社の特別支配株主(総株主の議決権の90%を保有する株主)が、少数株主全員に対し株式の全部を特別支配株主に売り渡すよう請求し、少数株主が有する株式を強制的に全て取得することができる制度のことをいいます。 (2) 「株式交換等」に該当する株式売渡請求 株式売渡請求が、次の要件を全て満たす場合には「株式交換等」に該当します。 株式交換等完全親法人と株式交換等完全子法人の定義は、下記5をご参照ください。 5 株式交換等完全親法人と株式交換等完全子法人 (1) 株式交換等完全親法人 「株式交換等完全親法人」とは次の①~④の法人のことをいいます(法法2十二の六の四)。 (2) 株式交換等完全子法人 「株式交換等完全子法人」とは次の①~④の法人のことをいいます(法法2十二の六の二)。 6 全部取得条項付種類株式、株式併合、株式売渡請求によるスクイーズアウトが「株式交換等」に該当しないケース 上記のような個人株主が最大株主となるスクイーズアウトは「株式交換等」には該当しないため、組織再編税制の適用を受けません。 7 「株式交換等」に該当する全部取得条項付種類株式、株式併合、株式売渡請求によるスクイーズアウトの課税関係 (1) 株式交換等完全子法人の取扱い 「株式交換等」に該当する全部取得条項付種類株式、株式併合、株式売渡請求によるスクイーズアウトについて、適格要件を満たさない場合には、非適格株式交換があった場合の時価評価課税の規定が適用されることとなります。 (2) 株式交換等完全親法人と少数株主の取扱い 組織再編税制の適用がない場合の通常のスクイーズアウトと同様の課税関係となります。 ◆スクイーズアウトの概要のポイント◆ 全部取得条項付種類株式、株式併合、株式売渡請求によるスクイーズアウトのうち、「株式交換等」に該当するものは組織再編税制の適用を受けます。 「株式交換等」に該当する全部取得条項付種類株式、株式併合、株式売渡請求によるスクイーズアウトで、適格要件を満たさない場合には、株式交換等完全子法人の一定の資産を時価評価する必要があります。 (了)
相続税の実務問答 【第101回】 「遺産を取得しない相続人が受け取った生命保険金の一部を他の相続人に支払った場合」 税理士 梶野 研二 [答] お母様が相続することとなった1億2,000万円の遺産及びあなたが取得した保険金5,000万円のうち非課税金額1,500万を控除した残額3,500万円について相続税が課されます。 また、あなたから妹さんに支払われた1,000万円については、妹さんに贈与税が課されることとなります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続税の課税対象 相続税は相続又は遺贈(以下「相続等」といいます)により取得した財産に課されますが、相続税法では、相続等により取得した財産ではないものの、実質的に相続等により取得したものと同様にみることのできる財産については、個別の規定により、相続等により取得したものとみなして相続税の課税対象とされています。 例えば、相続税法第3条第1項第1号は、被相続人が被保険者となっていた生命保険契約の保険料を被相続人自身が負担していた場合において、被相続人の相続開始により相続人に生命保険金が支払われたときには、当該相続人は被相続人から当該生命保険金を相続により取得したものとみなして相続税が課される旨を規定しています(注)。 (注) 相続人が取得した生命保険金のうち一定金額(相続税法第15条第2項に規定する相続人の数×500万円)までは非課税とされます(相法12①五)。 生命保険金は、保険契約者と保険会社との契約により、保険事故が発生したときに保険金受取人に支払われるものであって、保険金受取人が被相続人から相続等により取得するのではありませんが、相続税法に上記の規定が設けられていることにより、保険金受取人に相続税が課されることとなるわけです。 2 遺産分割 2名以上の相続人又は包括受遺者(以下「相続人等」といいます)がいる場合には、これらの相続人等は遺産分割の協議をすることとなります。遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して行われます。相続人等の自由な意思に基づいて行われたものであれば、たとえ民法に定められた法定相続分の割合とは異なる割合で遺産を取得する内容の分割がされたとしても、そのことによって法定相続分の割合よりも多くの割合の財産を取得することとなった相続人等に対して贈与税が課されることはありません。 遺産分割は、通常は、被相続人に帰属していた個々の財産そのものを相続人等のうちの特定の者に分属させる現物分割の方法により行われます。しかしながら、現物分割をすることが困難である場合や、現物分割をすることにより相続財産の価値が低下してしまうような場合には、相続財産の全部又は一部を売却して、その売却代金を各相続人等に分配する換価分割の方法や、相続財産の全部又は一部を相続人等のうちの1人又は数人に相続させるとともに、その者から他の相続人等に対して一定の金銭等の支払いをさせる代償分割の方法により行うこともあります。 3 ご質問の場合 (1) 相続税 お母様が遺産分割協議の結果に従い取得するお父様の遺産の額1億2,000万円(ただし、ご自宅の敷地については、小規模宅地等の特例(措法69の4①)を適用することにより相続税の課税価格に算入される金額は減額されます)と、あなたが取得した生命保険金5,000万円のうち非課税金額1,500万円を控除した残額3,500万円が相続税の課税対象となります(注)。お母様は、法定相続分である2分の1を超えてお父様の遺産を取得することとなりますが、そのことによってお母様に贈与税が課されることはありません。なお、ご質問の場合、お母様については、相続税の申告は必要ですが、お母様の取得される財産の価額の合計額が1億6,000万円を下回ることから、配偶者の税額軽減の規定(相法19の2①)により納付すべき相続税額は算出されないと思われます。 (注) 生命保険金に係る非課税規定(相法12①五)は、「相続を放棄した者」には適用されませんが、この場合の「相続を放棄した者」とは、民法の規定に基づき家庭裁判所に申述をして相続の放棄をした者をいい、正式にこの放棄の手続をとらないで事実上相続により財産を取得しなかったにとどまる者はこれに含まれません(相基通3-1)。あなたは、遺産分割協議の結果、お父様の遺産を取得しませんでしたが、「相続を放棄した者」ではありませんので、生命保険金に係る非課税規定を適用することができます。 (2) 贈与税 あなた方が行った遺産分割協議においては、お父様の遺産の全てをお母様が取得することとのことです。また、あなたは、お父様の死亡により5,000万円の生命保険金を取得しましたが、妹さんはお父様の財産を取得せず、あなたのように生命保険金を取得することもありませんでした。そこで、あなたが受け取った生命保険金の中から1,000万円を妹さんに支払うことで妹さんも納得されて遺産分割協議が成立することとなったと考えられます。 この分割協議は、遺産分割の方法の1つである代償分割の方法によって行われたように見えます。しかしながら、あなたが受け取った生命保険金は、相続税の課税対象とはなりますが、お父様の財産を取得したことにより相続税が課されるのではなく、相続税法の規定により相続税の課税対象とされるものです。あなたはお父様の財産を取得していませんので、遺産分割としての代償分割の前提を欠いていると言えます。あなたから妹さんへの1,000万円の支払いは、遺産分割協議を成立させる過程の中で合意されたことかもしれませんが、遺産分割協議の内容とは別のものと言わざるを得ません。すなわち、あなたから妹さんへの1,000万円の支払いは対価性のあるものではありませんので、その合意はあなたから妹さんへの1,000万円の贈与の合意(贈与契約)と認められます。したがって、妹さんは贈与税の申告が必要になります。 なお、あなたが妹さんに支払うこととなった1,000万円を、あなたの相続税の課税価格から控除することはできません。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第59回】 「ファイナイト再保険事件 (地判平20.11.27、高判平22.5.27)(その1)」 ~法人税法22条3項、法の適用に関する通則法7条・42条~ 公認会計士・税理士 西川 浩史 1 はじめに 本件は、損害保険会社からアイルランドの海外子会社に対して支払った再保険料の損金性について、当該海外子会社が第三者と締結したファイナイト再保険契約との関連性から争われた事案である。地裁・高裁ともに再保険料の損金性が認められ納税者勝訴となり、敗訴した国側が最高裁に上告せずにそのまま確定した。本件訴訟の規模は本税部分で約34億円、最終的に納税者が還付を受けた金額は還付加算金等を含めて総額約67億円という大規模なものであった(※1)。 (※1) 弘中聡浩「ファイナイト再保険租税訴訟の解説-国際的な再保険取引に関する課税処分を争って勝訴した事例」租税研究(2011)249頁。弘中氏は本件の納税者側の弁護人であり、当該論文にておいて詳細な事実関係や裁判内容を記載している。 2 事案の概要及び背景 (1) 事案の概要 〈契約内容〉 損害保険業を営む内国法人X社(原告、被控訴人)は、保険契約者との間で企業向け地震保険契約を締結し、この契約に伴うリスクを社外に移転させるため、100%出資のアイルランド子会社S社並びにX社グループに属しない外国の再保険会社4社(A社・B社・C社・D社)との間で、掛捨て型のELC再保険契約(※2)を締結した。なお、当該契約には準拠法を日本法とする指定がある。 (※2) ELC再保険契約とは、損害額が一定額を超過した場合に、その超過部分(Excess of Loss Cover)について一定の限度額までの部分を再保険金として受領できるというタイプの再保険(石井隆『再保険の基礎とチャレンジ』保険毎日新聞社(2024)30頁)。 S社は、さらにX社グループに属しない第三者である再保険会社2社(A社・E社)との間で、ファイナイト再保険契約(※3)を締結した。なお、当該契約には準拠法をイングランド法(以下「英国法」という)とする指定がある。 (※3) ファイナイト再保険契約とは、移転されるリスクが制限されている(Finite)再保険で、成績勘定方式と呼ばれる保険料の算定方式をとっている(渡辺裕泰 『ファイナンス課税』有斐閣(2006)204-208頁、石井前掲(※2)書174-187頁)。 ファイナイト再保険契約には、成績勘定残高(Experience Account Balance,EAB)に関する取り決めがあり、S社が支払う再保険料のうち一定部分は普通の掛捨てであるが、残り部分は一定の算式に従って成績勘定残高に積み立てられ(積立額を以下「EAB繰入額」という)、再保険契約が終了した時に、保険事故が当初想定されたものより少なかった場合には、一定の額がS社に払い戻されることになっていた。逆に、保険事故が当初想定されたものより多かった場合には、追加の再保険料を支払うことになっていた。 〈X社の税務処理〉 X社は、平成10年3月期から平成13年3月期までの各4事業年度の法人税の申告において、本件ELC再保険契約に基づく再保険料としてS社に支払った額を、損金算入して確定申告を行った。なお、当時、S社は当期利益を計上していたが、アイルランドの法人税等の税率は26%(※4)であったため、タックス・ヘイブン対策税制の対象にならなかった(※5)。 (※4) 日本企業に適用される特別税率(ただし、適用に際して当局の認可取得が必要)。 (※5) 平成4年度改正にてタックス・ヘイブン対策税制の対象となる軽課税国の指定が廃止され、租税負担割合が25%以下である国又は地域が対象になっていた。その後、トリガー税率は平成22年度改正で20%に引き下げられた。また、平成29年度改正で、トリガー税率は廃止され、ぺーバーカンパニー等の「特定外国関係会社」に該当する場合には、会社単位の合算課税が適用されることになった。 〈本件取引後の事実〉 本件ファイナイト再保険契約期間中に大地震が起きなかったので、平成14年7月に当該契約は終了し、A社・E社はS社に対してプロフィット・コミッションを支払っている。その後、S社は、アイルランドの会社法による利益処分の手続きを経て、プロフィット・コミッションその他を原資とする留保利益をX社に配当として支払った。 〈課税庁の処分〉 課税庁Y(被告、控訴人)は、上記再保険料には預け金に当たる部分があるとして当該部分の損金算入を認めず、また、預け金に係る運用収益が益金に計上されていないとして更正処分を行った。合わせて、わざわざS社を介在させた一連の取引が租税回避を目的とするものであるとして重加算税賦課決定及び過少申告加算税賦課決定をした。 〈争点〉 裁判での争点は以下の3点であるが、本稿では主たる争点①に絞って検討を行う。 (2) 事案の背景 当時の事案の背景には、①阪神・淡路大震災を契機とした国からの企業向け地震保険の開発要請、②国内保険市場の自由化や規制緩和の動きの加速化、③ファイナイト再保険料の会計上及び税務上の処理(アイルランドでは保険として認められていたが、日本では取扱いが明確ではなかった)、④香港の中国返還に伴う海外拠点の変更(香港子会社からアイルランド子会社への変更)があった(※6)。 (※6) 弘中前掲(※1)書250-251頁及び高裁判決文から内容を要約している。 [当時の取引関係図(※7)] ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※7) 取引関係図の年間保険料の金額については、望月文夫「最新裁判例の要点・国際課税 ファイナイト再保険事件」国税速報6063号(2009)40頁を参照した。 3 納税者と課税庁の主張 4 高裁の判断(判決文の一部及び筆者要約。下線及び「法の適用に関する通則法」は筆者追加) ((その2)へ続く)