令和7年度税制改正に関する 《資料リンク集》 このページでは「令和7年度税制改正」に関し各府省庁・主な団体等から公表された情報ページへのリンク先をまとめています。 新たな情報の公表により、随時更新します。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
2025年7月3日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.625を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.149- 「所得に応じた給付のできる仕組みの構築を急げ」 東京財団 シニア政策オフィサー 森信 茂樹 参議院選挙を前に、「消費税減税」か「給付」かというおなじみのテーマでの議論が、国会やSNSで行われている。 これまでバラマキはしないと言っていた石破総理だが、選挙を前に「物価高対策としてすべての国民に、1人2万円の給付金を配り、子どもと所得の低い世帯(住民税非課税世帯)の大人には2万円を上乗せする。財源は3兆円台半ばと見込まれており、24年度税収の上振れを当てる」とした。 これに対する国民の反応は芳しくない。朝日新聞社の世論調査(電話、6月14、15日実施)では、石破総理の現金給付案を「評価する」は28%、「評価しない」が67%となっている。一方、消費税率を「いまのまま維持するほうがよい」は41%(4月は36%)で、「一時的にでも引き下げるほうがよい」は51%(同59%)で、4月と比べると「維持」派は少し増えている。とりわけ70歳以上では「維持」派が48%(同34%)に増えた。一方、消費税率を引き下げることで、社会保障に悪い影響が出る不安については、「大いに感じる」は19%(同18%)、「ある程度感じる」は45%(同42%)、「あまり感じない」は23%(同25%)であった。 * * * 消費税減税と給付金の問題点はそれぞれ以下のとおりである。 まず消費税減税だが、一度減税すれば元に戻すことは難しく恒久減税になるので社会保障財源に大きな悪影響を及ぼすこと、高所得者の多く消費する人ほど恩恵が大きいこと、時期を限定した消費税減税は諸外国の例を見ても価格低下の効果が薄いこと、ゼロ税率にすると食料品生産者は還付事務が増え煩雑になることなどの問題がある。 一方、給付(現金給付)の問題点は、一時的で継続性がない給付は貯蓄に回ることが多く持続的な景気刺激にはなりにくいこと、対象者の選定や振込手続きなどに時間やコストがかかり地方自治体の事務コストが高いこと、加えて「国民全員と住民税非課税世帯への上乗せ」という大雑把な基準ではバラマキ感が強いことなどである。 そこで、バラマキと批判されないよう、所得に応じたきめ細かい給付制度やシステムを作り新たなセーフティネットにつなげることが必要となる。そのためには、「所得データと給付の情報連携システム」を構築する必要がある。英国では、給与所得者について、企業が毎月の給与、源泉徴収税、社会保険料等を税務当局にデータで報告するリアルタイムインフォメーション(RTI)制度が導入されている。 なぜわが国でそのようなシステムが構築されないのだろうか。わが国ではマイナンバー制度により国民全員の所得は把握されている。またデジタル庁が、2025年度を目標に自治体システムの標準化とガバメントクラウドを活用した情報連携の基盤整備を進めており、個人の所得データと給付を連携させる仕組みはそれを活用すればできるはずだ。 構築が進まない原因は、システムを作るのはデジタル庁の仕事だが、制度を作るのは別の官庁なので、双方の連携が行われていないということではないかと筆者は考えている。もっと言えば、双方を連携させた制度作りを行う総理の指示がないということである。 いずれにしても、今回の給付への国民の不満を機に、早急に連携システムの構築と制度設計を決める必要がある。そうでなければ、いつまでたっても「システムがないから制度はできない」結果、バラマキの繰り返しになってしまう。 都議選で大敗した自由民主党は参議院選挙に向けて打つ手がないと言っているようだが、今からでも「セーフティネットにつながる給付を」と打ち出せば支持率は上がるだろう。 * * * ちなみに筆者は、企業が民間クラウドに提出した従業員などの所得情報のデータを、国税庁や社会保障官庁、地方自治体が共同で活用できる「ガバメント・データ・ハブ」の構築を提唱している。令和臨調が取り上げてくれたので興味のある方は参照してほしい。 (了)
令和7年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第1回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 ~はじめに~ 令和7年度税制改正では、グループ通算制度独自の税制(※1)についての改正は行われていないが、単体制度(※2)及び通算制度に共通の税制(※3)について、グループ通算制度特有の取扱いの改正が行われている。 (※1) グループ通算制度独自の税制とは、損益通算、欠損金の通算、通算承認に係る時価評価、通算承認に係る繰越欠損金の切捨て、通算承認に係る特定資産譲渡等損失額の損金算入制限、投資簿価修正など単体制度に存在しない税制を意味している。 (※2) 単体制度とは、グループ通算制度を適用しない法人(以下、「単体法人」という)の課税制度をいう。 (※3) 単体制度及び通算制度に共通の税制とは、研究開発税制、外国税額控除、特定税額控除規定の不適用措置、通算特定税額控除規定の不適用措置等を意味している。 具体的には、令和7年度のグループ通算制度に係る改正事項は次のとおりとなる。 本稿では、令和7年度税制改正における『グループ通算制度』に係る改正事項について解説する。 なお、本稿の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りする。 Ⅰ 「中小法人等の法人税の軽減税率の特例」の適用除外 1 改正の概要 中小法人等の法人税の軽減税率の特例(中小法人等の所得金額のうち年800万円以下の金額に適用される税率について、本則税率19%を特例税率15%とする特例措置)の適用期限が2年間延長されるとともに、所得金額が年10億円を超える事業年度において特例税率を17%(改正前15%)に引き上げることとなった(措法42の3の2①)。 ただし、この軽減税率の特例措置について、通算法人が適用対象から除外された(措法42の3の2①)。 (出典) 経済産業省「令和7年度(2025年度)経済産業関係 税制改正について(令和6年12月)」16頁(赤の下線は筆者による) この改正は、令和7年4月1日以後に開始する事業年度から適用される(令7改所法等附39)。 (続く)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例76】 「関係会社の実質的な費用収益の帰属主体」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、中部地方のとある県の県庁所在地に本社を置き、土木建築工事の設計、施工等を行うX株式会社(資本金5億円の3月決算法人)において、経理部長を務めております。 地方の土木・建築系の企業はどこでも同じかと思いますが、21世紀に入って国・地方問わず公共事業が減少し続けているあおりを受け、その発注に頼ってきたところの業績はどこも厳しい状況だと思われます。わが社もご多分に漏れず10年くらい前まで厳しい状況が続き、高齢の先代社長が引退する機会に関連会社も含めすべての事業を畳もうという方向で話が進んでいました。ところが、ここ数年、個人が所有する比較的広めの宅地に、戸建て住宅レベルの品質と住み心地を提供する低層の賃貸住宅の建設需要が高まっており、わが社は中部地方においてそのような賃貸マンション建設事業を手広く受注することとなり、業績が一気に上向きとなりました。そのため、先代社長の後を東京に出て銀行員をしていた息子さんが継いで、現在さらなる事業拡大を目指して頑張っているところです。 さて、そのような中、赤字の時は見向きもされなかったのですが、黒字転換した途端なのでしょうか、先週から久方ぶりに国税局の税務調査を受けております。最初は和やかな雰囲気で始まったのですが、調査開始3日目から突如関連会社との取引関係につき厳しいやり取りが続き、かなり険悪な雰囲気となっております。国税局の主査が言うことには、わが社の関連会社がそれぞれ売上や所得を稼得しているとした法人税の申告につき、それらはすべて実質的にその親会社であるわが社に帰属しているとして、修正申告をするよう迫ってきているのです。連結納税を行っているわけでもないのに、法人格が異なる関連会社の損益につき、その法人格を否認して本社で取り込むような主査の主張には全く納得がいかないのですが、税法上はどのように考えるべきなのでしょうか、教えてください。 【A】 事業に係る費用収益の帰属主体及び資産の譲渡等の帰属主体については、仮に名義と実質が一致しない場合においては、実質的にこれらを享受する者に対して課税されることとなります。 これは法人税において法人格を否認して課税するものではなく、あくまで法人格が別の企業(各子会社)がその親会社を中心にグループとして一体で運営されており、例えば親会社の代表者がその各子会社の経営を行っているような実態がある場合においては、当該各子会社の実質的な費用収益及び資産の譲渡等の帰属主体は、親会社であるということになることから、それに合わせて課税を行うこととなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 課税物件の「帰属」 納税義務は、特定の者に対して課税物件(課税の対象となる物や行為、事実を指す)が帰属することによって成立し、課税物件が帰属した当該者が納税義務者となる。このような課税物件と納税義務者との関係を一般に、課税物件の「帰属」の問題という(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)180頁参照。 課税物件と納税義務者との関係は、通常、外形的に判断しやすく、その帰属が問題となるケースも限られている。しかし、中には外形的な判断が必ずしも容易ではなく、その帰属が問題となるケースがあり、それは、名義と実体、形式と実質が一致しないケースである。例えば、サラリーマンの夫が稼得した給与を原資に、その妻(専業主婦)に株式の売買を委託し、妻名義でそれを行っている場合の株式譲渡益や配当金といった所得は夫に帰属するのか、それとも妻に帰属するのかというのがその典型例である。 (2) 実質所得者課税の原則:法律的帰属vs経済的帰属 (1)で示した「帰属」の問題については、所得税法第12条において、資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用するという「実質所得者課税の原則」の規定があることが注目される。同様の規定は、法人税法(法法11)及び地方税法(地法24の2の2、72の2の3、294の2の2)にも存する。 上記規定の「文言」をみるに、課税物件の法律上(私法上)の帰属につき、その形式と実質とが相違している場合には、法的実質に即して帰属を判定すべきであるという趣旨であるものと解する(法律的帰属説)のが素直であるようにみえる。しかし、当該規定は、課税物件の法律上(私法上)の帰属と経済上の帰属が異なる場合に、経済上の帰属に即してその帰属を判定すべきという趣旨であると解する(経済的帰属説)ことも可能である。これについては、学説・判例ともに、法的安定性を重視する立場から、前者の法律的帰属説が妥当であると解されている(※2)。 (※2) 金子前掲(※1)書182-183頁参照。 (3) 親会社から引き継いだ代理店契約に係る手数料の支払いの損金性が争われた事例 それでは本件と同様に、関係会社の実質的な費用収益の帰属主体が争われた事例(岡山地裁平成23年10月25日判決・税資261号-208(順号11798)、TAINSコード:Z261-11798)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、平成元年8月2日に設立され、岡山市中区に本店を置き、土木工事の設計、施工、監理及びその請負等を目的とする株式会社である原告A及び原告の関係会社4社(原告A及び関係会社4社(C、D、E及びF)を合わせて「Bグループ」と称する)が、平成13年8月期から平成17年8月期までの法人税、平成13年8月課税期間から平成17年8月課税期間までの消費税及び地方消費税について、それぞれの名義で確定申告を行ったのに対し、処分行政庁である岡山東税務署長が、そのすべての費用収益及び資産の譲渡等が原告に帰属するとし、また、経費として申告された費用の一部については損金の額に算入できない等として、上記各期の法人税、上記各課税期間の消費税等について更正処分及びこれらに伴う重加算税賦課決定処分を行ったところ、原告が上記各処分を不服としてその取消しを求めた事案である。 本件はもともと査察案件であった。すなわち、広島国税局調査査察部は、平成17年2月2日、原告に対する国税犯則取締法に基づく犯則調査に着手した。 原告代表者は、平成17年12月、建設業法違反により逮捕され、その後、法人税法違反により再逮捕されたところ、岡山地方検察庁は、平成18年2月7日、Bグループの所得金額がすべて原告の所得金額であるにもかかわらず、原告が関係会社4社の所得金額に係る課税を免れたとして、法人税法違反等の罪で、原告、D、E及び原告代表者を岡山地方裁判所に起訴した。 岡山地方裁判所は、平成19年3月30日、上記起訴に係る原告、D、E及び原告代表者を被告人とする法人税法違反被告事件等(以下「別訴刑事事件」)について、原告及び原告代表者は、Bグループの所得金額がすべて原告の所得金額であるにもかかわらず、関係会社4社の所得金額を原告の所得金額としない虚偽の法人税確定申告書を提出する不正の行為により、正規の法人税額と虚偽の申告税額との差額を免れたとして、法人税法違反の罪等で有罪とする判決を言い渡し、同判決は確定した。 なお、岡山東税務署長は、平成18年4月26日付けで、原告の平成14年8月期以後の各期に係る法人税について、青色申告承認を取り消している。 ② 事案の争点 関係会社4社の費用収益及び資産の譲渡等の帰属主体は原告Aとなるのか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(広島高裁岡山支部平成24年7月26日判決・税資262号-163(順号12013)、TAINSコード:Z262-12013)、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 実質所得課税の原則は所得税のみならず、法人税や地方税、消費税(「実質行為者課税の原則」とされる(※3))においても適用がある規定であるが、本件のように、法人格が異なる企業グループに所属する法人間で、親会社の所得を他の法人に移転させることにどのような意味があるのだろうか。個人の所得税のように、累進課税が適用される場合には、所得水準が高く、高い累進税率の適用を受ける者から所得を移転し、相対的に低い税率の適用を受けることで、全体の租税(所得税)負担を減少させる、いわゆる所得分割は租税回避の手段として有効であり、それに対処するために、所得税法には家族構成員に支払った対価を必要経費に算入することを否定する規定が存在する(所法56、夫婦弁護士事件(最高裁平成16年11月2日判決・訟月51巻10号2615頁)等を参照)。 (※3) 金子前掲(※1)書183頁参照。 しかし、法人は原則として適用される税率(法人税率)は比例税率(23.2%)であり、所得税のような累進課税ではないため、法人企業グループ間による所得分割のインセンティブはないはずである。ところが、法人が中小法人等に該当する場合には、その所得の金額のうち800万円以下部分については15%(措法42の3の2①)に軽減されており、8ポイント以上も低いため、法人間で所得分割すれば一定の租税軽減効果が表れる。このようなケースについては、法人税についても実質所得者課税の原則が適用される余地がある。 なお、本件については、所得分割により軽減税率の適用を受けるために親会社の所得を関連会社に移転させたというよりはむしろ、親会社と関連会社との間で虚偽の取引等を行い、専ら親会社の所得を過少に計上して法人税の課税回避を行っていたと認められる。そのような会計操作につき、実態に即した形で法人所得を再計算すると、すべての所得が親会社である原告Aに帰属すべきということとなり、実質所得者課税の原則が適用されたというわけである。その際、顧問税理士がそのような仮装経理に関与していたことがうかがわれるが、当然のことながら税理士の当該行為は厳しく指弾されるべき事柄である。 (4) 本件へのあてはめ 事業に係る費用収益の帰属主体及び資産の譲渡等の帰属主体については、仮に名義と実質が一致しない場合においては、実質的にこれらを享受する者に対して課税されることとなる。これは法人税において法人格を否認して課税するものではなく、あくまで法人格が別の企業(各子会社)がその親会社を中心にグループとして一体で運営されており、例えば親会社の代表者がその各子会社の経営を行っているような実態がある場合においては、当該各子会社の実質的な費用収益及び資産の譲渡等の帰属主体は、親会社であるということになることから、それに合わせて課税を行うものである。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q95】 「特定中小会社が発行した株式の取得 (エンジェル税制による譲渡所得の優遇)」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 特定中小会社が発行した株式を取得した場合に適用できるエンジェル税制 (1) 制度の概要 エンジェル税制とは、ベンチャー企業への投資を促進するために、投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を講じることを目的とした税制です。投資額の一部を総所得金額から控除(寄附金控除)するもの、投資額をその年の株式譲渡益から控除するもの、また、譲渡損が生じた場合の特例等さまざまな措置が設けられています。 これらの措置の中には、居住者(同族会社の判定の基礎となる株主として一定の者に該当する者や自らが営んでいた事業の全部を承継させた個人等を除きます)が設立の日以後10年を経過していない中小企業者など一定の要件を充足する株式会社が発行する株式(特定株式)を、その発行に際して払込みにより取得した場合に適用があるものとして、一般株式等に係る譲渡所得等の金額又は上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算をする際に、その年中に払込みにより取得をした当該株式の取得に要した金額の合計額を控除する特例があります。 また、この特例を適用した場合には、その適用を受けた年の翌年以後の各年分において同一銘柄の株式の取得価額からこの特例の適用を受けた金額を控除するという取得価額に係る一定の調整計算が必要となります(つまり、取得価額が切り下がった分、将来の譲渡所得が増加することにより、課税の繰延べ効果が生じることになります)。 ただし、特定株式の発行企業が設立後5年未満の株式会社であることなど一定の要件を充足する場合(特例控除対象特定株式)で、特例の適用金額が20億円以下であるときは、この調整計算が不要とされています(つまり、課税の繰延べではなく、税負担の軽減)。 なお、この特例の適用を受けようとする場合には、その年分の確定申告書に、特例の適用を受けようとする旨を記載し、かつ、控除対象特定株式取得金額等一定の事項を記載した明細書(特定中小会社が発行した株式の取得に要した金額等の控除の明細書)その他の書類を添付する必要があります。 (2) 特例の対象となる株式 特例の対象となる株式(特定株式)とは、次の株式とされています。 2 本件へのあてはめ 当年においてA株式の譲渡益があり、さらに、3年前に設立したスタートアップ企業Bに投資をしたとのことですので、当該スタートアップ企業Bの株式を払込みにより取得した場合には、A株式の譲渡益を含む一般株式等に係る譲渡所得等の金額又は上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算をする際に、当該B株式の取得に要した金額の合計額を控除する特例が適用される可能性があります。 この特例を適用すると、当年における一般株式等に係る譲渡所得等の金額又は上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上、B株式の取得に要した金額を控除することができるため、当年における譲渡所得等の金額に係る所得税が軽減されることになります。 この特例は、原則として、課税を繰り延べるものであるため、翌年以降におけるB株式の取得価額を調整(この特例の適用を受けた金額を控除する)する必要がありますが、当該B株式が特例控除対象特定株式に該当するものである場合には、この取得価額の調整計算が不要となる(上限20億円)可能性があります。 この特例が適用されるか否かを判定するためには、B株式が上記1(2)のいずれかに該当することを確認する必要があります。また、取得価額の調整計算が不要となる要件についても確認する必要がありますが、これらの要件の詳細については、下記の経済産業省のウェブサイトでの解説が参考になります。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第54回】 「第三者割当増資による持分の希釈化と課税機会の喪失」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 100%子会社の第三者割当増資による保有株式の希釈化に伴う資産価値の移転は、法人税法22条2項にいう無償による資産の譲渡等に該当するのでしょうか。 〔A〕 オウブンシャホールディング事件の最高裁判決では、保有株式の希釈化による資産価値の移転は、既存株主の支配の及ばない外的要因によって生じたものではなく、既存株主において意図し、かつ、第三者割当増資の引受先において了解したところが実現したものということができるから、法人税法22条2項にいう取引に当たるという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 無償の資産譲渡及び役務提供 (1) 適正所得算出説 法人税法22条2項は、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入すべき金額として、①資産の販売、②有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、③無償による資産の譲受け、及び④その他の取引で資本等取引以外のものを挙げている。ここで問題となるのが、外部からの経済的価値の流入がない②及び③の「無償」による資産譲渡及び役務提供であろう。 企業会計では、無償による資産の譲渡や役務の提供があった場合に時価相当額の収益を認識することはない(※1)ため、税法においてのみ、外部からの経済的価値の流入がないにもかかわらず益金を計上することについて、その理論的根拠が問われることとなる。 (※1) 「税法と企業会計との調整に関する意見書」(昭和41年10月17日) 金子宏教授は、無償の資産譲渡等に係る理論的根拠につき、適正所得算出説(※2)の立場に立ち、「収益とは、外部からの経済的価値の流入であり、無償取引の場合には経済的価値の流入がそもそも存在しないことにかんがみると、この規定は、正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持し、同時に法人間の競争中立性を確保するために、無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的規定であると解すべきであろう」(※3)と述べている。 (※2) 適正所得算出説を採用した裁判例として、南西通商事件(最判平成7年12月19日)がある。 (※3) 金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)346頁 すなわち、適正所得算出説は、税負担の公平を重視し、無償譲渡等からも通常の対価相当額の収益が生じることを擬制した創設的規定であることを特徴としている。 (2) 二段階構成説 一方、経済的な観察の視点に立ち、無償譲渡等について、資産等を有償でいったん譲渡して、当該資産の含み益をそこで実現させ、次にその対価を相手方に贈与したことと経済的効果は同じであることから、その対価を収益の額とみなす(※4)という、二段階構成説も唱えられている(※5)。二段階構成説(※6)は、そもそも無償取引等からの収益は発生し得ると考え、法人税法22条2項における無償譲渡等に関する規定は確認的規定であると解するものである。 (※4) 酒井克彦『二訂版 裁判例からみる法人税法』(大蔵財務協会・2017年)177頁 (※5) 太田洋=伊藤剛志共編著『第2版 企業取引と税務否認の実務』(大蔵財務協会・2022年)456頁脚注16によれば、「二段階説は、法人税法22条2項の無償譲渡に関する規定が初めて成文化された昭和40年の法人税法改正の立法担当者である吉牟田勲教授が述べているもの」とのことである。 (※6) 二段階構成説を採用した裁判例として、清水惣事件(大阪高判昭和53年3月30日)がある。 (3) 公正処理基準との関係 法人税法は、原則的な所得計算のルールについて、いわゆる公正処理基準に従う(法法22④)以上、本来別段の定めがあって初めて、課税の対象とされることになることから、法人税法22条2項は、別段の定めとして、無償取引についても益金の額に算入すべきとしたものと位置付けられている。 以下では、法人税法22条2項の適用の是非が争われたオウブンシャホールディング事件を採り上げる。 2 過去の裁判例 【第一審】東京地裁平成13年11月9日判決(平成12年(行ウ)第69号)(※7) 【控訴審】東京高裁平成16年1月28日判決(平成14年(行コ)第1号)(※8) 【上告審】最高裁平成18年1月24日判決(平成16年(行ヒ)第128号)(※9) (※7) TAINSコード:Z251-9020 (※8) TAINSコード:Z254-9531 (※9) TAINSコード:Z256-10279 (1) 事案の概要 本件は、X(原告・被控訴人・上告人)が100%出資してオランダに設立したB社の株主総会において、B社が新たに発行する新株全部をオランダに所在するXの他の関連会社C社に著しく有利な価額で割り当てる決議を行い、Xが保有していたB社株式の資産価値を何らの対価も得ずにC社に移転させたとして、所轄税務署長Y(被告・控訴人・被上告人)が、その移転した資産価値相当額をC社に対する寄附金と認定し、Xの法人税の更正処分等をしたところ、Xが、その処分等はいずれも違法であるとしてその取消しを求めた事案である。 XはB社設立に際し、保有するテレビ朝日株式等(以下「本件株式等」という。なおその簿価15億円に対し、時価は280億円であった)及び現金1億円を現物出資し、当該現物出資については、旧法人税法51条の圧縮記帳(特定現物出資)を適用し、株式等の含み益をオランダ法人B社に合法的に無税で移転させた。その後B社が新たに発行する新株(以下「本件増資」という)全部をC社が引き受けた(払込額は約2億円)ことで、XのB社に対する持株割合は、100%から6.25%に低下し、本件株式等の含み益255億円が、B社からC社に移転することとなった(かかる含み益の移転についてオランダで課税されることはなかった)。C社は、その株式の100%をA財団に保有されており、同財団はXの株式の49.6%を保有していた。 以上の取引を図示すると、下記のとおりとなる。なお、本件増資の当時、Xの取締役相談役はA財団の理事長、B社の代表取締役及びC社の取締役を兼任しており、またXの代表取締役がA財団の評議員、B社の代表取締役及びC社の取締役を兼任していた。 その後、B社に現物出資された本件株式等は、B社設立約3年半後にA財団の関連会社J社に時価で売却され(オランダでは資本参加免税制度の適用により株式譲渡益に課税なし)、さらに、Xの子会社である日本法人OM社に同額で転売(譲渡益ゼロ)された。すなわち、本件株式等の含み益は、我が国の現物出資の圧縮記帳制度及びオランダの資本参加免税制度を利用することで、税務上の簿価が時価まで無税でステップアップされたことになる(※10)。本件が完璧なタックス・プランニングである(※11)といわれるゆえんである。 (※10) 太田=伊藤・前掲(※3)449頁 (※11) 細川健=藤田章「現物出資と第三者割当の税務(上)」(税務弘報・2008年7月)161頁 (2) 主な争点 Yは原処分において、法人税法132条を適用して寄附金認定をしたが、第一審において、主位的主張として法人税法22条2項適用の是非を追加したため、それらの点が争われることとなった。 (3) 裁判所の判断 ① 第一審及び控訴審 ➤第一審 第一審である東京地裁は、「本件増資は、B社自体による本件増資の実行という行為とそれに応じてC社がB社に対して新株の払込をするという行為により構成されており、本件増資の結果、C社の払込金額と本件増資により発行される株式の時価との差額がC社に帰属することとなったことを取引的行為としてとらえるとすれば、本件増資をして新株の払込を受けたB社と有利な条件でB社から新株の発行を受けたC社の間の行為にほかならず、XはC社に対して何らの行為もしていないというほかない。」と判示し、法人税法132条の適用に関しては、「(法132条を適用すべきという)Yの主張は、X自らの行為によりその保有するB社株式の資産価値がC社に移転したとの事実を前提として、同資産価値の移転について法132条を適用して課税しようとするものである。しかしながら、Xの保有するB社株式の資産価値がC社に移転したことが、X自らの行為によるものとは認められないことは、上記2に判示のとおりである。従って、Yの同主張については、その余の点について判断するまでもなく理由がない」として、Yの主張を斥けた。これを不服としてYが控訴した。 ➤控訴審 東京高裁は、一転、次のように判示し、法人税法22条2項の適用を是認した。 Xは、控訴審の判断には法人税法22条2項の解釈適用の誤りがあり、移転した資産価値を算定する基礎となったB社の保有する株式の評価方法にも違法がある(※12)として上告した。 (※12) 控訴審及び上告審においては、本件株式等の評価方法についても争われた。東京高裁は、当時の法人税基本通達9-1-14(4)に基づき、時価純資産価額方式に従って評価すべきであり、企業の継続を前提とした客観的交換価値を求めるものであるから、法人税額等相当額を控除しないのが相当であるとした。他方最高裁は、平成7年2月当時において、一般には通常の取引における当事者の合理的意思に合致するものとして、同通達にいう「1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」に当たるというべきであり、これを前提に法人の収益の額を算定することは、法人税法の解釈として合理性を有すると判示し、B社の価額のうちC社に移転した部分を算定し直すために、本件を原審に差し戻した。差戻し控訴審は、法人税額相当額を控除するのが相当と判断した。 ② 最高裁の判断 最高裁は、以下のように判示し、法人税法22条2項の適用を認め、本件を原審に差し戻した。なお、株式の評価方法が違法であるというXの主張は肯定した(前掲(※12)参照)。その後の東京高裁平成19年1月30日判決により本件は確定した。 3 検討 (1) 「取引」概念の拡張と本判決の意義 本件では、新株の有利発行となったB社の第三者割当増資の当事者は、あくまでB社とC社であり、Xの行為が、法人税法22条2項にいう、「無償による資産の譲渡」、又は「無償による・・・その他の取引」に該当するということはできない。それゆえ第一審が、「実質的にみてXの保有するB社株式の資産価値がC社に移転したとしても、それがXの行為によるものとは認められない」と判示して、法人税法22条2項を適用すべきというYの主張を排斥したのも、この事実関係のハードルを越えることができなかったものと思われる。 これに対し東京高裁は、「両社間における無償による上記持分の譲渡は、(中略)同項(引用者注:法人税法22条2項)に規定する『資産の譲渡』に当たるとすることに疑義を生じ得ないではないが、『無償による・・その他の取引』には当たる」と判断した(※13)。これは、「Xが上記資産に係る株主として有する持分をC社からなんらの対価を得ることもなく喪失し、同社がこれを取得した事実は、それが両社の合意に基づくと認められる以上、両社間において無償による上記持分の譲渡がされたと認定することができる」との事実認定をその根拠としている。しかしながら、法人税法22条2項の文理が、「無償による・・その他の取引」としている以上、ここでいう「取引」という概念の意義が問題となり得る。控訴審は、「『取引』は、その文言及び規定における位置づけから、関係者間の意思の合致に基づいて生じた法的及び経済的な結果を把握する概念として用いられている」としており、「取引」概念を比較的広いものとして捉えている(※14)。 (※13) 本件最高裁判決は、この点について明確に判示していない。しかしながら、論者によれば、含み益の9割以上がXの手を離れると評価されるからには、「無償による資産の譲渡」があったと解さざるを得ないという見解もある(渕圭吾「租税判例百選[第5版]」100頁)。 (※14) 金子・前掲(※2)347頁は、「(本件最高裁判決は)取引の意義をそれ(引用者注:取引は法的取引を意味しているという見解)よりも広く解し、子会社に対する支配力ないし影響力の行使をもそれに含めている。」と述べている。 他方、本件最高裁判決は、上記2(3)②のとおり、「Xの保有するB社株式に表章された同社の資産価値については、Xが支配し、処分することができる利益として明確に認めることができるところ、Xは、このような利益を、C社との合意に基づいて同社に移転した」というに止まり、法人税法22条2項における「取引」の意義及び「取引」に該当するための要件を明確に判示していない。仮に最高裁も控訴審の考え方を踏襲しているとすれば、最高裁判決における「取引」という用語の解釈は違法な拡大解釈であるという批判もある(※15)。 (※15) 金子宏=中里実=J.マーク.ラムザイヤー編『租税法と市場』(有斐閣・2014年)23~24頁 いずれにせよ、本判決の意義は、私法上直接の取引当事者でない者の間において資産価値の移転があった場合には、当該価値を移転した者に対し法人税法22条2項を適用して、資産の含み益に対する課税を認めたことにあると思われる(※16)。本判決は、課税当局にとって、同項が単なる個別否認規定ではなく、一般的否認規定として用いられることを可能とした。 (※16) 太田洋「「租税判例百選[第7版]」106頁 (2) 法人税法132条の適用可能性 上記2(3)①のとおり、第一審では法人税法22条2項の適用及び同法132条の適用のいずれもが否定されたが、控訴審では前者が肯定されたため。後者については「判断を要しない」こととされ、最高裁では何らの言及もなかった。しかし、本件に法人税法22条2項を適用することは同項の「取引」概念を違法に拡大解釈するものであって許されないという立場からは、「本件の解決としては、法人税法132条の適用の問題として争う方がオーソドックスであった」との指摘がある(※17)。ちなみに、本件について、132条に基づく否認が可能とする見解もある(※18)。 (※17) 金子ほか・前掲(※13)24頁参照 (※18) 品川芳宣「第四版 重要租税判決の実務研究」(大蔵財務協会・2023年)541頁 (了)
◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第16回】 「退職給付会計の簡便法から原則法への移行時のミス」 公認会計士 石王丸 周夫 退職給付会計の処理方法には、原則法と簡便法の2つがあります。 原則法は、文字通り、退職給付会計の原則的な処理方法です。 一方、簡便法は、退職給付に係る負債及び退職給付費用を簡便に計算する方法で、従業員数が比較的少ない小規模な企業等に認められています。 会社の規模が拡大するなど、状況が変化すると、簡便法を適用していた会社が原則法に移行することがあります。今回の事例は、連結子会社が簡便法から原則法へ移行した際に発生した誤処理の訂正事例です。 連結財務諸表では、親会社が原則法を適用している場合でも、連結子会社が簡便法を採用していても構いません。簡便法の適用は、退職給付の制度ごとに判断するため、連結子会社の処理方法を親会社に合わせて原則法に変更する必要はありません。今回の事例は、おそらく子会社固有の状況変化により、簡便法から原則法に移行したものと考えられます。 それでは、訂正事例を見ていきましょう。 訂正事例の概要 訂正後の連結貸借対照表及び連結包括利益計算書では、退職給付会計関連の新たな勘定科目と金額が追加されました。具体的には、連結貸借対照表に「退職給付に係る調整累計額」、連結包括利益計算書に「退職給付に係る調整額」が計上されています。ほとんど同じような名称ですが、連結貸借対照表の方には「累計」と記載されています。 連結貸借対照表の「その他の包括利益累計額(退職給付に係る調整累計額)」は、連結包括利益計算書で計上された「その他の包括利益(退職給付に係る調整額)」の累計残高を示しています。訂正後の状態は、この年度にその他の包括利益として計上された5,730千円が、連結貸借対照表のその他の包括利益累計額に計上されたことを示しています。つまり、両項目の発生要因は同じであることがわかります。 この5,730千円が、訂正前には計上されていなかったのですから、その他の包括利益の「退職給付に係る調整額」が計上漏れとなっていたということになります。 簡便法から原則法への移行 「退職給付に係る調整額」とは何かというと、簡単にいってしまうと、原則法による退職給付計算に伴う見積り差異です。本事例の場合は、退職給付債務に係る数理計算上の差異と呼ばれる見積り差異であることが、この会社の有価証券報告書から読み取れます。つまり、数理計算上の差異の計上漏れが原因だったということになります。 では、どうしてこれが計上漏れになってしまったのでしょうか? 実は、数理計算上の差異の計上漏れは他社でも時折見られます。ただし、理由は様々で、この会社の場合は冒頭に述べたように、簡便法から原則法への移行がなされたという背景があったようです。 本事例について、訂正対象年度の前年度の有価証券報告書をみると、連結財務諸表の会計方針として、次の記載があります。 「簡便法を適用しております」という記載が確認できますね。 ところが、当年度の有価証券報告書では、この会計方針が次のように変更されています。 難しい言い回しに変わっていますが、これは原則法を適用していることを示しています。したがって、簡便法から原則法に変更されたことがわかります。 当年度の会計方針の記載には、先に述べた数理計算上の差異という用語も出てきています。実は、数理計算上の差異というのは、原則法特有の概念であり、簡便法にはこの概念がありません。 つまり、簡便法から原則法に移行したことにより、数理計算上の差異というものが新たに認識され、これを計上しなければならないところ、漏らしてしまったというのが本事例の誤処理であったようです。 簡便法の本質 この訂正事例から、退職給付会計の簡便法の本質を学ぶことができます。 簡便法の場合、退職給付制度が退職一時金のみであれば、退職給付に係る負債の期首と期末の残高は、次のようにつながっています。 本事例の会社でも、前年度まではこの関係が、一部の調整を除いて成立していたようです。算式のうち期首残高と期末残高は、毎期末において、「退職給付に係る期末自己都合要支給額を退職給付債務とする方法」(会計方針参照)で算定されていました。そして、上記の式の2項目の期中の退職金支払額は、実際の支払額を集計することで把握できます。すると、当期の退職給付費用は、次の式で算定されます。 仮に、期中の退職金支払額の実績が0だったとすると、退職給付費用は、期末残高と期首残高の差額になります。 つまり、簡便法では、退職給付費用は差額概念なのです。この概念では、数理計算上の差異は発生しません。強いていえば、差額のなかに吸収されているということです。ここが簡便法を理解するうえで最も重要な点です。 なお、本事例の場合、簡便法を採用していたのは在外連結子会社だったようなので、連結時に為替換算を行うことから、為替換算差額も発生します。実際には、上記の退職給付費用の算定式に、為替換算差額も加味していたはずです。 開示前のチェックポイント 退職給付会計について、簡便法を採用する場合、数理計算上の差異は発生しません。これに対して、原則法を採用する場合は、数理計算上の差異が発生し、連結財務諸表で計上されるということを理解しておきましょう。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例68】 「第三者が参加した共有関係の解消に関する留意点」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、父から相続した土地建物を兄弟2名と共有しています。兄は、兄弟間で遺産分割を行わないまま居住していましたが、現在は認知症のため施設に入所しており、成年後見人も選任されています。 ある日、弟から遺産分割の提案を受け協議を行っておりますが、現時点では条件面で合意に至っていません。弟は、不動産業者への共有持分の売却も示唆していますが、どのような法的問題があるでしょうか。 1 検討の視点 本事例では、相続された土地建物について遺産分割協議が未了のまま、相続人である兄弟3名の共有状態が継続し、そのうち1名(兄)が認知症のため施設に入所し、成年後見人が選任されているという状況にある。また、別の相続人(弟)が、自らの共有持分を第三者(不動産業者)に売却する意向を示している。 このような場合、①共有関係の解消方法、②成年後見制度の規律、③第三者の介入による影響などを踏まえた対応が求められる。特に、共有持分が第三者に移転すると、親族関係を前提とした遺産共有関係から、経済合理性が重視されやすい通常の共有関係へと変化することにも留意しながら対応する必要がある。 2 共有関係の解消と遺産分割の整理 遺産共有関係(民法第898条第1項)にある場合、相続人間で遺産分割協議を行い、協議が整わない場合には、家庭裁判所に遺産分割調停又は審判を申し立てることになる。もっとも、現在の判例によれば、遺産共有も物権法上の共有(民法第249条以下)と同様の性質を有するものとされているため、遺産分割が完了していない状態でも、相続人がその共有持分を第三者に譲渡することは法的に可能である。 また、一般論として、共有不動産は市場での流動性が低く、共有持分単独での需要は限られる傾向にある。そのため、共有持分の譲渡が行われることは必ずしも多くないと考えられるが、相続人に早期の資金需要があるような場合には、不動産の利活用を目的とする不動産事業者に譲渡されることも生じうる。 3 第三者が参加した共有関係の解消 相続により共有持分を取得した第三者は、共有者として共有物の分割を請求することができる(民法第256条)。このとき、残る共有者、特に成年後見人が関与する相続人の生活保障・財産保全との関係で以下の点が問題となりうる。 まず、共有物分割請求がなされた場合、最終的には裁判所が競売による換価分割(民法第258条3項)を命じる可能性がある。現物分割や代償分割が困難な場合、競売による処分が現実的な選択肢となり、かつて兄が施設転居前に居住していた建物が売却される結果となる。 当該建物が成年被後見人の「居住用不動産」に該当し、成年後見人が居住用不動産を処分する場合には、事前の家庭裁判所の許可(民法第859条の3)を通じて、成年被後見人の利益が保護されているところ、このような場合に比べて、競売による処分が行われる場合には、成年被後見人の利益が十分に保護されないおそれもある。 また、共有持分が著しく廉価で譲渡された場合、第三者である共有者からの分割請求が権利濫用と評価される余地もある。もっとも、実務上、共有持分の市場価格は低く評価される傾向があるため、廉価で取得したことのみをもって権利濫用とまでは認められない。 仮に親族間の不和に乗じた共有持分の売却であったとしても、持分譲渡の自由は尊重されるため、たとえ当該建物が成年被後見人の「居住用不動産」に該当するとしても、持分譲渡の動機をもって、権利濫用と評価することも難しいと考えられる(東京地判令和5年2月22日等)。 4 遺産分割禁止による事前対策 相続人による共有持分の譲渡が遺産分割を実質的に進める交渉手段として用いられることが見込まれる場合、それが他の相続人(特に成年被後見人)の不利益になることもありえる。このような場合、以下のような対策を講じることも考えられる。 5 本件において 本件において、兄がすでに施設入所中であり、建物が空き家となっていることを踏まえると、当該不動産は「居住用不動産」と評価されない可能性はある。もっとも、将来的な退所可能性等も考慮すべきであり、兄にとって生活基盤としての価値が残っているか否かは、後見人の判断も踏まえた丁寧な検討が必要となる。 まずは、成年後見人の意向も踏まえて、弟との間で、代償分割、換価分割、将来的な分割を前提とした現状維持等の遺産分割協議を行っていくことになろう。弟が第三者に対し共有持分を譲渡することも見込まれるような場合には、あらかじめ遺産分割禁止や譲渡禁止の合意も検討しておきたいところである。 本件のような事案では、成年被後見人の生活保障と不動産処分の希望とのバランスをいかに取るかが鍵となる。形式的な権利論にとどまらず、後見人や他の共有者との調整を図りながら、現実的な合意形成を目指すことが期待される。 (了)
《税務必敗法》 【第2回】 「不真正の税務書類を作成した」 公認会計士・税理士 森 智幸 【事例】 税理士Aは、顧問先から「資金繰りが大変厳しいので、法人税と消費税の納付額を減らしたい。売上の一部を翌事業年度に繰り延べてもらえないか?」と強く依頼された。 税理士Aはこれを断り切れず、「そのような処理を行っても、税務調査が入ればすぐに見つかりますよ。税務調査で指摘された場合は、修正申告を行ってくださいね。」と忠告した上で、売上の一部を繰延べた計算書類に基づいた確定申告書を作成して提出した。 1 はじめに 本連載は、税務を行う上で「これをやったら失敗する」という必敗法を紹介するものである。今回は「不真正の税務書類を作成した」がテーマである。 税理士であれば、自分が不真正の税務書類を作成するわけがないと思っている方がほとんどであろう。しかし、実務においては無自覚のうちに不真正の税務書類を作成してしまうことがあり得るのである。 そこで、今回は、どのようなことを行うと不真正の税務書類の作成に至ってしまうのかを解説する。 2 故意によるケース (1) 指摘されたときに修正すればよいと思った これは【事例】で紹介したものである。しかしながら、税務調査で指摘されたときに修正申告で対応すればよいという考えは誤りである。 このケースは「故意による不真正の税務書類の作成」に該当し、6月以上2年以内の税理士業務の停止又は税理士業務の禁止となる可能性がある(財務省告示第49号「税理士等・税理士法人に対する懲戒処分等の考え方」)。 実は、この【事例】は、国税庁の「税理士制度のQ&A」における「6.税理士法違反行為 問6-13」の「(3)関与先からの依頼を受け、不真正の申告書を作成した場合」で紹介されている(事例6)を参考にしたものである。 (出典:国税庁「税理士制度Q&A」、下線は筆者) そして、この(事例6)については【解説】として次のように記載されている。 このように、顧問先から泣きつかれて断り切れず、会計操作を行って所得金額等を圧縮した場合、「故意による不真正の税務書類の作成」に該当する。 繰り返すが「税務調査で指摘されたときに修正すればよい」という考えは誤りである。また「事前に忠告はした」と説明しても、全く理由にならない。 実は、最近、大阪国税局は「税理士法違反とならないために」というリーフレットを作成し、この(事例6)を紹介して、注意を促している。 大阪国税局によると、(事例6)のケースにより懲戒処分となった税理士たちは「税務調査で指摘されたときに修正すればよいと思った」と言っている人が非常に多いという。そのため、「この考えは誤りであるので十分に注意してほしい」ということであった。 読者の中にも、この論点において認識誤りをしていた方もいらっしゃるのではないだろうか。このケースには十分に注意していただきたい。 (2) 粉飾決算による申告を行う 粉飾決算によって、利益を不正に増額させた計算書類に基づいて税務申告書を作成した場合も、不真正の税務書類の作成に該当する。利益が増えて税金が増える方向であれば問題ないであろうという考えは誤りである。粉飾決算に基づいて申告書を作成すれば、それは仮装・隠蔽に当たるといえよう。この点についても、大阪国税局から注意喚起があったので注意されたい。 なお、日税連「税理士の専門家責任を実現するための100の提案」(以下「100の提案」)にも「39.粉飾決算に加担しない」が掲載されているので、併せて確認していただきたい。 (3) その他 「税理士制度のQ&A」では以下のケースも紹介している。これらのケースにも加担しないよう、ご注意いただきたい。 3 過失によるケース (1) 「相当の注意を怠り」とは 税理士が、相当の注意を怠り、不真正の税務書類の作成を行ったときは、戒告又は2年以内の税理士業務の停止の処分となる可能性がある(税理士法45条2項)。 ここで「相当の注意を怠り」とは、「税理士が職業専門家としての知識経験に基づき通常その結果の発生を予見し得るにもかかわらず、予見し得なかったこと」をいう(税理士法基本通達45-2)。 簡単に言えば、プロフェッショナルであれば当然気づくはずのものを見逃した場合、相当の注意を怠ったと判断されるということである。 (2) 確認すべき証憑を確認していなかった 確認すべき証憑を確認しないで、不真正の税務書類を作成した場合も、過失によるものとなる可能性があるので、注意していただきたい。 例えば、顧問先が、架空の輸出売上を計上して消費税の不正還付を行っていたとする。このとき、税理士が輸出許可書の確認を全く行っていなかったとなると、確認すべき証憑を確認していなかったと判断される可能性が高いのではないだろうか。 提示された帳簿等の内容を全くチェックしないで税務申告書の作成を行うと、過失による不真正の税務書類の作成となる可能性があるので注意する必要がある。 4 対応策 (1) 助言義務と契約の解除 もし、不真正の税務書類の作成の事実を知った時、あるいは相談を受けた時は、助言義務に基づき、それを止めるように助言しなければならない(税理士法41条の3)。 しかし、この助言を行っても、顧問先が従わない場合は、契約の解除を検討する必要がある。 この点は「100の提案」の「38.不正な処理を把握したら(助言義務)」にも詳しく記載されているので、ぜひ読んでいただきたい。 (出典:日税連「100の提案」38より) (2) 特定の顧問先の報酬に依存しない 特定の顧問先の報酬に依存しないという点も重要である。特定の顧問先の報酬に依存していると、その報酬を失うと会計事務所の経営が傾いてしまう恐れがあることから、不正依頼を断り切れない、契約の解除に踏み切れないといった恐れがあるからである。 税理士の使命である、独立した公正な立場の堅持についても併せて確認していただきたい(税理士法1条)。 (3) 財務分析、証憑チェックを行う 過失による不真正の税務書類の作成を防止するには、少なくとも前期比較分析レベルの財務分析は行うことが望まれる。また、重要書類のチェックも行う必要がある。 5 おわりに 今回は、不真正の税務書類の作成について誤りやすいケースとその対応策を解説した。 本稿で紹介したように、思い違いや見逃しによって、自分で意識していないうちに税理士法45条に抵触することは十分ありうる。 不真正の税務書類の作成については、十分注意していただきたい。 (了)