2025年3月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.609を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.145- 「「103万の壁」をめぐる議論を振り返る」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 少数与党になった自公政権は、予算の年度内成立をめぐって政党間での政策協議を行ってきた。日本維新の会との間では教育無償化などの協議が整い、2025年度予算案の修正で正式に合意した。一方、国民民主党とは所得税の「103万円の壁」の引上げをめぐり協議が決裂した。本稿では、No.143に続き「103万円の壁」の問題について、改めて筆者の考えを述べてみたい。 * * * 国民民主党が若者を中心に支持を得たのは、基礎控除48万円と給与所得控除55万円の合計である「103万円の壁」を崩し「手取りを増やす」という公約の存在が大きい。最初はパート主婦を念頭に置いた話で、配偶者控除が103万円であった時代の逆転現象はすでに解決済みということに同党は気が付いた。 そこで大学生アルバイト(特定扶養控除)の話に比重が移った。自公との協議でこれの手当てがなされると、今度は「生存権」の話を展開した。憲法25条に規定する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は生活保護と深く関連しているが、基礎控除と連動しているという議論は政府税制調査会でも行われていない。 国民民主党は、このように論点をずらしてきたように思われる。そして自公との協議で「バナナのたたき売り」が行われたのだが、彼らの賛同は得られず、中途半端で複雑な所得税制だけが残ってしまった。 そもそも国民民主党の最初の主張から考えてみたい。 与党・財務省がこだわったのは財源の問題だ。国民民主党の主張する基礎控除103万円から178万円へ75万円の引上げは、機械的計算で7~8兆円の減収を招く。これは納税者数のブラケットごとに単純計算して減収額を積み上げたもので、減税の経済効果まで見込んだものではない。 なぜ国民民主党は財源としての代替案を提示しなかったのか、筆者には不思議に思える。もう1つの壁である「1億円の壁」、つまり金融所得税制の見直しで数千億単位の財源を見つけることは可能なはずだ。玉木代表が一度ネットテレビで金融所得税制に触れた際には多くの反対が寄せられ、このテーマから早々に手を引いたようである。しかし、わが国で総資産1億円を超える人は全世帯の約2.7%ほどであり、国民民主党の支持者においても金融所得を含め1億円の申告所得を得ている者は限られると思われる。最後まで財源提示なし、所得制限なしの無責任な対応だったのではないだろうか。 わが国の財政赤字は国債で賄われているわけだが、国債マーケットを見ると日本銀行が金融政策正常化を進め、国債買入れ予定額を毎四半期0.4兆円程度減額しつつある状況で、国債を買ってくれる投資家は先細りつつある。すでに昨年末には1.1%だった10年債の金利は、2月20日には1.4%を超える水準になっている。7~8兆円の恒久財源を失うことになれば金利は更に上昇し、国民生活に大きな影響を与えたであろう。 筆者が問題と考えるのは税制のあり方だ。所得控除を拡大することは、高所得者の減税が多くなる(これを逆累進性と呼ぶ学者もいる)という点で、格差拡大の方向に働く。インフレ調整分の引上げの必要性は認められるが、それを超えての所得控除の大幅な引上げは所得再分配に逆行する。 この点を、先進諸外国の所得税制を参考に考えてみたい。 米国や英国では、人的控除や基礎控除の控除額に一定の上限を設け、所得の増加に応じて控除額を逓減・消失させる仕組みを採用している。わが国もこの例に習い、2018年度税制改正で、基礎控除について所得金額2,400万円から逓減し2,500万円で消失する制度を導入した。 カナダでは、低所得者部分について所得控除を税額控除して負担を軽減している。ドイツ、フランスでは、同様のことを課税所得の一部にゼロ税率を適用して行っている。所得控除という累進機能・所得再分配機能を強化するため、基礎控除などには所得制限がついているのである。 このことについては、平成27年11月の税制調査会答申「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する論点整理」の7~8頁に詳しく記載されている。 今回の103万円の壁の問題は、現行の所得控除は維持しつつ、カナダ型の税額控除を導入すれば、壁が右に移動する一方で、高所得者への課税(税負担)は現行のままに維持できる。こちらの方が税制は簡素になるし、執行も容易なはずだ。 * * * 最後に、このような財政ポピュリズムが国民の支持を増やした背景は、アベノミクス以降社会保障の手薄なギグワーカーの増加など中間層が二極分化し格差問題が深刻化していることや、わが国の社会保障が高齢者に手厚く偏るというシルバー民主主義への若者世代の抵抗がある。 前者については、リスキリングなど人的資本向上とセットでの低所得者へのセーフティネットの拡充を行うことが必要だ。 後者については、医療・介護保険における金融所得や金融資産の勘案、医療・介護の3割負担(「現役並み所得」)の判断基準の見直しなどの対応を進め、社会保険料負担の基準に資産や資産所得も含めることなど応能負担の徹底を進めていく必要がある。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q91】 「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 導入の背景 所得税は累進課税により所得水準が高くなるほど負担が大きくなることが知られていますが、累進課税が適用される総合課税の対象とならず、分離課税の対象となる株式の譲渡による所得などを多額に有するような高所得者層にあっては、結果として所得に対する税負担率が累進税率と比較して低くなる傾向があります。いわゆる、「1億円の壁」といわれる問題です。 これに対応して税負担の公平性を確保する観点から、令和7年分の所得税より、概ね30億円を超える所得水準の個人に対して、最低限の負担を求める措置(特定の基準所得金額の課税の特例)が導入されました。 2 極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置の概要 極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置とは、その年分の基準所得金額が3億3,000万円を超える個人について、その超える部分の金額の22.5%に相当する金額からその年分の基準所得税額を控除した金額に相当する所得税を課すという制度です。この22.5%は、累進税率による最高税率である45%の2分の1が根拠であるとされています。 基準所得金額とは、所得税法第2条第1項第30号で規定される「合計所得金額」と異なり、制度の潜脱を防ぐことを目的として、確定申告を要しない上場株式等の配当等に係る配当所得等及び源泉徴収を選択した特定口座で保有することにより確定申告を要しない上場株式等の譲渡による譲渡所得等を含めて計算することとされています。 また、基準所得税額とは、本措置の適用がないものとして計算した所得税の税額をいいます。そして、本措置の適用によって上記の超過額に係る税額が生ずる場合は、基準所得金額の計算をする際に適用しないこととした上場株式等の配当等や譲渡所得等の特例(申告不要制度)は、確定申告の際にも適用されないことになります。 なお、復興特別所得税は本措置適用後の所得税を課税標準とすることとなりますが、住民税は所得金額が課税標準となるため本措置の影響は受けないこととなります。 3 本件へのあてはめ 非上場株式の譲渡に係る譲渡益は、一般株式等に係る事業所得、雑所得及び譲渡所得として、申告分離課税の対象となり、適用税率は20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)です。 したがって、令和7年以降に、経営する会社の株式をファンドに譲渡して譲渡益が生じるときは、当該譲渡益に対して20.315%の税負担となると考えられます。しかしながら、その譲渡した年分の課税所得の状況によっては、極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置が適用される可能性があります。 具体的には、役員報酬、株式の譲渡益などすべての所得を合計した基準所得金額から3億3,000万円を控除した金額に22.5%を乗じて計算した金額が、本措置の適用がないものとして計算した所得税額(基準所得税額)を上回るかどうかを確認し、上回る場合には、確定申告により当該上回る部分に係る税額を納付する必要があります。 なお、株式の譲渡益など分離課税の対象となる所得の割合が高くなく、総合課税の対象となる所得(役員報酬など)が多い場合は、そもそも累進税率の適用により22.5%よりも高い税負担となりますので、本措置の対象にはならないと考えられます。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例72】 「事前確定届出給与の届出額と支給額が異なるときの損金性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、関東地方のある県庁所在地に隣接する市に本社を置き自動車部品等製造業を営む株式会社X(資本金20億円で3月決算法人)において、経理部長を務めております。 わが国の経済は戦後一貫して製造業が牽引してきたものと考えられますが、バブル崩壊後の失われた30余年を経過する中で、それにもだいぶ陰りが見えてきたのは、至極残念なところです。その中でも、世界に名だたるトヨタをはじめとするわが国の自動車メーカー各社は、今でも比較的好業績を維持しており、わが社もその恩恵にあずかっているところですが、将来展望は必ずしも明るくありません。 その原因の1つはEV化の波が一気に押し寄せて、アメリカのテスラや中国のBYDといった新興メーカーが市場を席巻しているという点です。日本の自動車メーカーの強みは次世代自動車の中のハイブリッド車や燃料電池車で、EV市場では正直出遅れていますが、今後EV化が一気に進むのかについては、まだ予断を許さないと考えております。 もう1つは、アメリカにおいて第二次トランプ政権が誕生したことです。ご承知の通り、トランプ大統領は予測不可能な言動を繰り返し、諸外国との軋轢をいとわず取引(ディール)により主張を通そうとします。その際活用するのは関税で、わが国の自動車業界は追加関税の発動によりどれほどの悪影響を被るのか、戦々恐々としています。 さて、そのような国際情勢の中、先週より税務調査を受けておりますが、役員給与について問題となっております。すなわち、わが社の場合、役員に対しても従業員と同様に賞与を支払うため、事前確定届出給与によりその支払った役員給与につき損金算入しています。 ところが、調査官は事前確定届出給与の届出額と実際の支給額が異なるため、支払った金額の全額が損金不算入と主張しております。 確かに賞与の支給分につき一部届出額と異なる金額がありますが、それはあくまで未払分に過ぎず、遅れて支払ったものだから問題ないと思われます。また、届出通り実際に支払った金額さえも損金算入を認めないのは、どう考えてもやりすぎかと思いますが、税法上はどう考えるのが適切なのでしょうか、教えてください。 【A】 役員給与のうち事前確定届出給与については、仮に事前確定届出給与に関する届出がされたにもかかわらず、届けられた金額と異なる金額の役員給与が支払われた場合に無制限に損金への算入を認めることとすれば、支給額を高額に定めて事前確定届出給与に関する届出を行うことによりあらかじめ「枠取り」をしておき、その後、届出をした金額より減額した額を支給するなどして損金の額を操作し、法人税の課税を回避するなど、事前確定届出給与制度を設けた趣旨に反し、課税の公平を害することになりかねません。 そこで、臨時改定事由及び業績悪化改定事由に該当しない限り、その支給額全額が損金不算入となるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 役員給与の損金性 法人の役員は、法人に対して使用人とは異なる特殊な関係、すなわち使用人の場合のような雇用関係ではなく委任類似の関係(会社法330)に立っている。これが、法人税法上、役員給与が使用人に対する給与と異なる取扱いとされる根拠である。 伝統的に、わが国では、法人税法上、役員への報酬のうち賞与は損金不算入とされてきた(平成18年度改正前の法人税法)。これは、商法及び企業会計の取扱いにおいて役員賞与は利益の処分であると考えられていたことに基づくものである。しかし、商法から会社法が切り離されて立法されるときに、賞与を取締役の職務執行の対価であると位置づけられるようになる(会社法361①)など、役員賞与の取扱いに変動が生じることとなった。 このような動きの中で、法人税法における役員報酬や賞与の取扱いの「再考」が求められ、平成18年度の税制改正では、以下に掲げる3種類の「役員給与」については損金算入を認めるように整理されることとなった(法法34①)。 (2) 事前確定届出給与の損金性 上記(1)でみたとおり、平成18年度の税制改正で、役員給与として損金算入されることとなった類型の1つが、事前確定届出給与である。 事前確定届出給与とは、その役員の職務につき所定の時期に確定額を支給する旨の「定め」に基づいて支給する給与(定期同額給与及び業績連動給与を除く)で、一定の届出期限までに所定の事項を記載した書類を納税地の所轄税務署長に届け出ることにより損金算入が認められる役員給与である(法法34①二)。事前確定届出給与を用いることにより、あらかじめ定められた役員報酬の一部を一定の時期(使用人に対する賞与と同時期等)に支給する賞与についても、損金算入が認められるというメリットがある(従来の役員賞与に該当する(※1))。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)403頁。 ところで、仮に、事前に届け出た役員給与の内容(金額)と実際に支給された内容(金額)とが異なる場合には、一般に事前確定届出給与には該当せず、損金算入も認められないものと考えられる(※2)。しかし、以下の事由が生じたときには、変更の届出を行うことにより損金算入が認められることとなる(※3)。 (※2) 年2回賞与を支払う旨事前に届け出たが、冬期分は届出通りであったものの、夏期分は届出分より少額だった場合において、その全額が損金に算入できないとされた裁判例(東京地裁平成24年10月9日判決・訟月59巻12号3182頁、控訴審東京高裁平成25年3月14日・訟月59巻12号3217頁も同旨)がある。 (※3) さらに宥恕規定がある(法令69⑦)。 (3) 事前確定届出給与の届出額と支給額が異なるときの損金性が争われた事例 それでは本件と同様に、事前確定届出給与の届出額と支給額が異なるときの損金性が争われた事例(東京地裁令和6年2月21日判決・TAINSコード:Z888-2700)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、原告が原告代表者らに対して支払った本件事業年度の賞与につき、法人税法第34条第1項第2号イ所定の給与(以下「事前確定届出給与」という)に該当するとして、本件事業年度における原告の法人税に係る所得の金額の計算上、上記賞与の金額を損金の額に算入して法人税の確定申告等をしたところ、処分行政庁から、本件各支給給与額は原告が法人税法第34条第1項第2号イ及び法人税法施行令第69条第4項第1号に基づいて届け出た金額と異なることなどから、上記賞与は事前確定届出給与に当たらず、本件各支給給与額は損金の額に算入されないなどとして、本件各処分を受けたため、本件各処分の取消しを求めた事案である。 役員給与の支払い等に関する事実関係は以下のとおりである。 ② 事案の争点 本件の主たる争点は、本件各支給給与額は損金の額に算入されないとしてされた本件法人税更正処分の適法性であり、より具体的には、本件各支給給与の事前確定届出給与(法法34①二)該当性である。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴され係属中である。 ④ 本裁判例から学ぶこと 前述(2)の通り、事前に届け出た役員給与の内容(金額)と実際に支給された内容(金額)とが異なる場合には、一般に事前確定届出給与には該当せず、損金算入も認められないものと考えられる。それでは、例えば、冬の賞与につき未払計上した場合、形式的には事前確定届出給与に関する定めの通り支給したことにはならないが、損金算入もできないといえるのであろうか。これについては、役員給与が未払いとなった経緯が判断のポイントとなるものと考えられる。 すなわち、例えば、支給額を(実際に支払う予定の金額より)高額に定めて事前確定届出給与に関する届出を行うことで、あらかじめ損金算入額の「枠取り」をしておき、その後、利益の出具合や資金繰りにより届出通り支給するかどうかを調整するようなケースにおいては、裁判所が言うように「損金の額をほしいままに操作し、法人税の課税を回避するなど、事前確定届出給与制度を設けた趣旨を没却し、課税の公平を害することになりかねない」ことから、損金算入を認めるような合理性に乏しいといえる。他方で、取引先の倒産により資金繰りが大幅に悪化し、従業員の賞与の支払いを優先して役員への支給を遅らせ、その分をいったん未払計上するといったケースにおいては、客観的に見てやむを得ない事情であると考えられ、資金繰りの都合がついたタイミングで実際に支給していれば、損金算入が認められる余地があるものと考えられる。 本件はそもそも未支給の差額分を未払計上しておらず、また、変更後の定めの内容に関する届出(法令69⑤)も行っていないことから、裁判所が判断する通り、損金算入が認められることはないものと考えられる。 (4) 本件へのあてはめ 役員給与のうち事前確定届出給与については、仮に事前確定届出給与に関する届出がされたにもかかわらず、届けられた金額と異なる金額の役員給与が支払われた場合に無制限に損金への算入を認めることとすれば、支給額を高額に定めて事前確定届出給与に関する届出を行うことによりあらかじめ「枠取り」をしておき、その後、届出をした金額より減額した額を支給するなどして損金の額を操作し、法人税の課税を回避するなど、事前確定届出給与制度を設けた趣旨に反し、課税の公平を害することになりかねないところである。 したがって、臨時改定事由及び業績悪化改定事由に該当しその旨の届出を行わない限り、その支給額全額が損金不算入となるものと考えられる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第50回】 「国外関連者に対する寄附金」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 法人税法37条の寄附金規定と移転価格税制はどちらが優先して適用されるのでしょうか。 〔A〕 寄附金の額に該当する場合には、まず、法人税法37条の規定の適用があるものとして取り扱い、寄附金の額に該当しないものについては、移転価格税制上損金算入させないという条文構造とされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 国外関連者に対する寄附金と移転価格税制 (1) 国外関連者に対する資産の贈与又は経済的利益の無償の供与 法人が資本等取引以外の取引を行った場合には、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引に係る収益の額を益金の額に算入することとされている(法法 22②)。このため、法人が国外関連者に対して資産の販売や金銭の貸付け、役務の提供等を行ったにもかかわらず、収益の額とすべき金額の計上がない場合には、租税特別措置法(以下「措置法」という) 66条の4第3項(国外関連者に対する寄附金の損金不算入)の規定の適用を受けることとなるか、あるいは移転価格税制に基づく課税の対象となるかについて検討し、適切に処理を行う必要がある。 すなわち、法人が国外関連者との取引に係る収益を計上していない場合において、当該取引につき「金銭その他の資産又は経済的な利益の贈与又は無償の供与」に該当する事実が認められるときには、当該法人が収益として計上すべき金額は国外関連者に対する寄附金となり、措置法66の4第3項(国外関連者に対する寄附金の損金不算入)の規定の適用を受けることとなる(事務運営指針3-20イ)(※1)。 (※1) 国税庁「移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」【事例28】114~116頁 さらに、上記移転価格の事務運営指針3-20は、当事者間で対価の支払があるものについても措置法66条の4第3項の規定が適用される場合として、次に掲げるロ及びハの事実を挙げている。 なお、「法人が国外関連者に対して財政上の支援等を行う目的で国外関連取引に係る取引価格の設定、変更等を行っている場合において、当該支援等に基本通達9-4-2(※2)の相当な理由があるときは、措置法第66条の4第3項の規定の適用がないことに留意する」こととされている(事務運営指針3-20(注))。 (※2) 子会社等を再建する場合の無利息貸付け等について相当の理由があると認められるときは、当該経済的利益の額につき寄附金の額に該当しないと規定されている。 (2) 寄附金規定と移転価格税制の関係 措置法66条の4第4項は、国外関係取引の対価の額と当該国外関連取引に係る「独立企業間価格との差額(寄附金の額に該当するものを除く。)は、法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に該当しない。」と規定し、括弧書きの記載で、寄附金の額に該当する場合には、まず、法人税法37条の規定の適用があるものとして取り扱い、寄附金の額に該当しないものについては、移転価格税制上損金算入させないという条文構造になっている(※3)。すなわち「金銭その他の資産又は経済的な利益の贈与又は無償の供与」に該当する事実が認められない場合には、当該取引は移転価格税制に基づく課税の対象として取り扱うこととなることになる(※4)。 (※3) 藤枝純=角田伸広『移転価格税制の実務詳解』(中央経済社・2017年)128頁は、「条文上は、国外関連取引についてまず寄附金課税の適用の有無を検討し、その適用が認められない場合に初めて移転価格税制の適用の有無を検討するものと理論的に整理できます。但し、上記法人税法37条8項の寄附金課税の適用の有無は『実質的に』贈与(寄附)したと認められるか否かによるので、実務上は、その適用の場面と移転価格税制の適用場面の区分は必ずしも明確ではないように思われます。」と述べている。同様の指摘として、増井良啓=宮崎裕子『国際租税法[第4版]』(東京大学出版会・2019年)243頁は「取引の対価の一部が寄附金かもしれないという場合には、独立企業間価格の決定がなかなか一義的にはできないことも相俟って、法人税法37条の7項、8項と租税特別措置法66条の4(特に3項)との関係をめぐって、実務上は非常に困った問題が起きることもある。」と述べている。 (※4) 前掲(※1)参照 なお、法人及び国外関連者が、国外関連取引に係る取引時の価格を事後的に変更、確定等して国外関連取引に係る対価の額を遡及して調整し、当該調整に係る金額を価格調整金等の名目で授受、又は当該国外関連取引に係る費用、収益等として計上することがある。かかる価格調整金等についても、それが合理的でないと判断されるときには、措置法66条の4第3項の規定の適用があり得る。具体的には上記参考事例集の【事例29】(※5)を参照されたい。 (※5) 前掲(※1)117~119頁 以下では、措置法66条の4第3項適用の有無が問題となった、寄附金課税事件を取り上げる。 2 過去の裁判例 《【第一審】東京地裁平成21年7月29日判決(税資第259号-139(順号11252))》(※6) 《【控訴審】東京高裁平成22年3月25日判決(税資第260号-49(順号11405))(確定)》(※7) (※6) TAINSコード:Z259-11252 (※7) TAINSコード:Z260-11405 (1) 事件の概要 本件は、内国法人X(原告・控訴人)が、オランダ法人C社に対する貸付債権のうち約238億円を放棄し、この金額を「子会社株式整理損」として損金に算入したのに対し、所轄税務署長が、上記債権放棄の額は、国外関連者に対する寄附金に該当するから損金算入は認められないとして更正処分等をした事案である。Xはこれを不服として東京地裁に提訴した。 C社はXの元代表者乙が全額出資する外国法人であり(※8)、C社が外部の金融機関から融資(以下「本件各借入れ」という)を受けた自動車レース(以下「本件F1事業」という)のための資金について、Xが債務保証し、X所有の株式を同金融機関に差し入れた(以下「本件各担保提供」という)ところ、当該株式の株価が下落したため、同金融機関から担保の追加を求められた。そこでXは、所有株式を売却する等して資金を調達し、C社に金銭を貸し付けた(以下「本件各資金提供」という)が、当該貸付を含むXのC社に対する債権が回収不能になったとして、C社のXに対するすべての債務の弁済を免除することを合意し(以下「本件債権放棄」という)、その回収不能とされた額を損金の額に算入した上で確定申告をした。 (※8) 国側Yの主張によれば、XとC社との間には資本関係はなく、C社は乙個人がF1事業を行うために設立した法人である一方で、Xが、F1事業に関して受領することができる経済的利益は、債務保証契約に基づく債務保証手数料のみであったとのことである。 (2) 主な争点 本件各資金提供又は本件債権放棄により給付又は供与された金銭その他の資産又は経済的利益が措置法66条の4第3項及び旧法人税法37条6項(現同条7項)に定める「寄附金」に該当するか否か(他の争点は省略)。 (3) 当事者の主張の要旨 ① Yの主張 Xは、本件各担保提供の時点で、本件F1事業が失敗し、C社の債務を終局的に肩代わりすることを想定しており、Xが貸付けの形で本件各資金提供を行い、その後本件債権放棄をしたことは、実質的にみれば、C社の債務を無償で引き受けたか、又はC社に対して利益供与若しくは贈与をしたものと同視することができ、通常の経済取引として是認できる合理的理由が存在しないから、本件各資金提供に係る金銭は、「寄附金」に該当する。 ② Xの主張 本件では、本件各担保提供当時、C社に対する求償権の行使がC社の無資力のために不能となるか又は著しく困難となる危険が客観的に予測されていたとはいえない。また、債権放棄については、C社からの回収が明らかに不可能であったため免除することとして、本件債権放棄をしたものであり、債権回収の可能性があるにもかかわらずあえて債権放棄をしたものではない。よって、本件各資金提供による貸付けに係る金銭及び本件債権放棄による経済的利益が「寄附金」に該当するか否かが問題になり得るとしても、本件においては、上記「寄附金」に該当しない。 (4) 裁判所の判断 本件第一審の東京地裁は以下のように判示した。 ① 法令解釈 ② 認定事実及び当てはめ ➤C社の国外関連者該当性について ➤「寄附金」該当性について Xは上記判決を不服として控訴したが、控訴審である東京高裁は原審を支持し、本件は確定した。 3 検討 移転価格税制と寄附金課税の適用関係が問題となる場合、そもそも、取引価格が観念できるか否かで検討すべきという指摘がある(※9)。本件では、様々な認定事実から、C社に対し、贈与又は無償の利益供与を行う合理的理由が説明できないため、取引価格が観念できず、結果的に措置法66条の4第3項を適用して請求棄却に至ったものと思われる。 (※9) 木村浩之編著、野田秀樹=佐藤修二著『対話でわかる国際租税判例』(中央経済社・2022年)123頁は、「国外関連者に対する寄附金課税が問題となるのは、みなし規定(引用者注:移転価格税制は、国外関連者との間の取引価格を独立企業間価格であると『みなす』規定であるという意味)が適用されない場合、すなわち、本件のような資金提供(金銭の贈与)や債権放棄(債務免除)がなされる場合など、独立企業間においても取引価格(取引の対価性)がおよそ観念できない場合に限定されるというべきである。」と述べている。 ところで、移転価格税制と寄附金課税のどちらを適用するかにより、いずれかの制度適用の結果生ずる国際的な二重課税の救済方法に関する議論が提起され得る。すなわち、前者によれば、租税条約に基づく相互協議により救済の途が開かれているのに対し、後者については、あくまで日本の租税政策として設けられている損金算入制限に過ぎず、同じような経済的二重課税が生じているにもかかわらず、相互協議の俎上に載せられないのではないかという懸念である。これに対しては、租税条約上の相互協議の対象にするという実務上の取扱いを確立すべきという意見(※10)や、租税条約上の関連企業条項(OECDモデル租税条約9条参照)の適用対象であり、相互協議の対象になると解することが相当という見解(※11)もある点指摘しておきたい。 (※10) 前掲(※3)129頁参照 (※11) 前掲(※9)126頁参照 (了)
2025年3月期決算における会計処理の留意事項 【第1回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 Ⅰ 企業内容等の開示に関する内閣府令の改正 有価証券報告書作成において留意すべき「企業内容等の開示関する内閣府令」等の改正が、以下のとおり行われている。 1 重要な契約の開示に関する「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正 2023年12月22日に金融庁より「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、「内閣府令」という)等の改正が公表され、諸外国に比べて「重要な契約」に関する開示が不足していると考えられていたことから、有価証券報告書への「重要な契約」等の開示について改正が行われた。 (1) タイトルの変更 有価証券報告書及び有価証券届出書(以下、「有価証券報告書等」という)について、現行は、「経営上の重要な契約等」というタイトルで重要な契約について記載していたが、改正後は「重要な契約等」にタイトルが変わる。 (2) 開示内容の追加 有価証券報告書等の「重要な契約等」に、以下①から③の開示が必要となる。 ① 企業・株主間のガバナンスに関する合意 ② 企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意 ③ ローン契約と社債に付される財務上の特約 (※1) 法的拘束力を有する合意が開示対象となるため、口頭の合意であっても、法的拘束力を有する場合には、開示の対象になる(「「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(以下、「コメント対応」という)6)。 (※2) 一定の合意を含む契約が「重要性の乏しいもの」に該当するか否かは、合意が提出会社等のガバナンスや支配権、市場等に与える影響を踏まえ、個別事案ごとに実態に即して判断すべきである。例えば、合意の相手方以外の株主が特定かつ少数で、かつ全株主が合意の内容を把握しているなど、少数株主保護の必要性が乏しいものや、事前承諾権を定めた合意のうち、契約が通常の事業過程で締結されたものであり、かつ、事前承諾の対象となる行為が一部に限定されているなど、ガバナンスに対する影響が限定的であるものについては、「重要性の乏しいもの」に該当する(コメント対応13~17)。 (※3) 記載すべき事項の全部又は一部を他の箇所において記載した場合には、その旨を記載することによって、他の箇所において記載した事項の記載を省略することができる(内閣府令 第二号様式 記載上の注意(以下、「記載上の注意」という)(33)f,g,h)。 (※4) 法令上の開示の要請は、当事者間の合意による秘密保持義務に優先することから、個別の契約において秘密保持条項が設けられていたとしても、法令の定めに基づき当該契約の内容を開示することは、秘密保持義務違反には当たらない(コメント対応21)。 (※5) 保有株式の譲渡に関する制限は、株主に一方的に不利になりうるため、これが単独で合意されるのではなく、当該合意に付随又は関連して他に取り決めが行われていることがある。ここで、保有株式の譲渡制限等に関する合意に付随し又は関連してされている合意を常に開示することまでは求められていない。しかし、必要に応じて、当該合意に関する開示事項(合意の目的等)の中で付随する合意に開示することが考えられるほか、付随する合意自体が提出会社にとって重要な契約等である場合には、記載上の注意(33)aに基づいて開示を行う必要がある(コメント対応50)。 (※6) 提出会社の財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができない事由が生じたことを条件として当該提出会社が期限の利益を喪失する旨の特約に限る(内閣府令19⑳)。 (※7) 純資産額維持や利益維持等、財務指標の維持を目的としその抵触時の効果が期限の利益を喪失するものについては「財務上の特約」に該当するが、財務指標の維持を目的とするものではない、配当制限や担保提供制限といった財務制限条項やレポーティング・コベナンツそれ自体については、「財務上の特約」に該当しない(コメント対応72)。 (※8) コベナンツ抵触時の効果が期限の利益を喪失するものでなく、利率の引上げ等に留まる場合には、「財務上の特約」には該当しない(コメント対応72)。 (※9) 「財務上の特約が付された金銭消費貸借契約」には、特定融資枠契約(一定の期間及び融資の極度額の限度内において、当事者の一方の意思表示により当事者間において当事者の一方を借主として金銭を目的とする消費貸借を成立させることができる権利を相手方が当事者の一方に付与し、当事者の一方がこれに対して手数料を支払うことを約する契約)は含まれない(「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」(以下、「ガイドライン」という)5-17-2、コメント対応80)。 (※10) 特定融資枠契約(コミットメントライン)は、「財務上の特約が付された金銭消費貸借契約」には含まれず、同契約に基づいて、実際に資金の借入れを行った場合、当該借入額が一定の基準を超えるときに臨時報告書を提出する必要がある(コメント対応80)。 (※11) 属性の具体的な記載方法としては、「個人」や「事業会社」のほか、金融機関については、金融庁のホームページに掲載されている免許の区分に応じ、都市銀行、地方銀行等といった記載を行うことが考えられる。なお、個社名を開示することも可能である(コメント対応94、95)。 (※12) 「担保の内容」は、財務諸表の担保付資産の注記等を参考に具体的な記載を行うことが考えられる(コメント対応96)。 (※13) 「特約の内容」は、抵触事由の基準となる財務指標の内容やその値、財務上の特約に抵触した際の効果等を記載することが考えられる(コメント対応96)。なお、投資者の理解を損なわない程度に要約して記載することも可能である(ガイドライン5-17-4)。 (3) 臨時報告書の提出事由の追加 以下のとおり、臨時報告書の提出事由が追加されている(内閣府令19)。 (※14) 期限の利益を喪失する旨の特約を解除するために担保権を設定した場合には、財務上の特約の内容に変更があった場合として、臨時報告書の提出が必要になる(コメント対応80)。 (※15) 金銭消費貸借契約の終了又は社債の償還があった場合には臨時報告書の提出は不要であるが、金銭消費貸借契約の弁済期限変更や社債の償還期限の変更があった場合には、臨時報告書の提出が必要となる。また、金銭消費貸借契約や社債に付された財務上の特約を削除する場合は、財務上の特約の内容の変更として、臨時報告書の提出が必要となる(コメント対応104、110)。 (4) 適用時期 ① 有価証券報告書等 上記(1)及び(2)の適用時期は、以下のとおりである(内閣府令附則3①②)。 ② 臨時報告書 上記(3)の適用時期は、以下のとおりである(内閣府令附則2①②)。 2 政策保有株式の開示に関する「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正 金融庁は、有価証券報告書の「株式の保有状況」の開示のうち、いわゆる政策保有目的から純投資目的に保有目的を変更した株式の開示状況を検証したところ、実質的に政策保有株式を継続保有していることと差異がない状態になっているとの課題を識別した。そのため、純投資へ保有目的を変更した株式について、透明性を確保するための改正が行われた。 (1) 改正内容 当事業年度を含む最近5事業年度以内に政策保有目的から純投資目的に保有目的を変更した株式(当事業年度末において保有しているものに限る)について、以下を開示する(記載上の注意(58)f)。言い換えると、政策保有目的から純投資目的に変更した株式については、5年間以下の開示が必要となる。 また、開示内容の改正前と改正後は以下のとおりである。 (※1) 保有目的を政策保有目的から純投資目的に変更した後、当該銘柄について買い増しした株式は、開示対象に含まれない(コメント対応12)。 (※2) 売却を行う方針である株式については、売却予定時期を明示することが考えられる。それが困難である場合、売却を実現する際の考慮要素など、売却の時期に関する会社の考え方を具体的に記載することが考えられる(コメント対応13~15)。 また、従来、「純投資目的」の考え方について、具体的な規定はなかったが、以下のとおり、明確化されている。 (2) 適用時期 2025年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用される。 したがって、2025年3月期の有価証券報告書においては、2021年3月期以降に保有目的を変更した株式が開示対象となる。 Ⅱ 未適用の会計基準等の注記 2024年9月に「リースに関する会計基準」及び「リースに関する会計基準の適用指針」等が公表されている。 当該基準等は、多くの会社にとって相当程度の影響がある基準であると考えられるため、有価証券報告書では「未適用の会計基準等に関する注記」の記載を検討する必要がある(税務諸表等規則8の3の3、連結財務諸表規則14の4)。 なお、計算書類においては、会社計算規則上、必ずしも注記は求められていない。 なお、連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表において注記する必要はない。 【事例:(株)ネクステージ 2024年11月期有価証券報告書】 (了)
リース会計基準を学ぶ 【第4回】 「リースの識別」 -リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回(第3回)に続き、リースの識別について解説する。 リースの識別については、前回(第3回)に解説した「リースの識別の判断」のほかに、「リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分」についても規定されている。 今回は、この「リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 借手及び貸手の原則的な会計処理 リース会計基準は、自動車のリースにおいてメンテナンス・サービスが含まれる場合などのように、契約の中には、リースを構成する部分とリースを構成しない部分の両方を含むものがあると説明している(リース会計基準BC32項)。 このような場合、借手及び貸手は、リースを含む契約について、原則として、リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分けて会計処理を行う(リース会計基準28項)。 借手は、契約における「リースを構成する部分」について、リース会計基準及びリース適用指針に定める方法により会計処理を行い、契約における「リースを構成しない部分」について、該当する他の会計基準等に従って会計処理を行う(リース適用指針10項)。 貸手は、契約における「リースを構成する部分」について、リース会計基準及びリース適用指針に定める方法によりファイナンス・リース又はオペレーティング・リースの会計処理を行い、契約における「リースを構成しない部分」について、該当する他の会計基準等に従って会計処理を行う(リース適用指針12項)。 「リース取引に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第16号)は、典型的なリース、すなわち役務提供相当額のリース料に占める割合が低いものを対象としており、役務提供相当額は重要性が乏しいことを想定し、維持管理費用相当額に準じて会計処理を行うこととしていた。 リース適用指針においては、これまで役務提供相当額として取り扱ってきた金額は、「リースを構成しない部分」に含まれることになると考えられている(リース適用指針BC16項)。 Ⅲ 借手の契約における対価の配分(リースを構成する部分とリースを構成しない部分とへの配分) 借手は、契約における対価の金額について、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とに配分するにあたって、それぞれの部分の独立価格の比率に基づいて配分する(リース適用指針11項)。 独立価格の比率は、貸手又は類似のサプライヤーが当該構成部分又は類似の構成部分について企業に個々に請求するであろう価格に基づいて算定する(リース適用指針BC17項)。 借手において「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」の独立価格が明らかでない場合、借手は、観察可能な情報を最大限に利用して、独立価格を合理的な方法で見積る(リース適用指針BC17項)。 なお、リース適用指針では、借手に財又はサービスを移転しない活動及びコストに関する取扱いも規定されている(リース適用指針11項)。 Ⅳ 借手の例外的な会計処理 借手は、リース会計基準28項の定めにかかわらず、対応する原資産を自ら所有していたと仮定した場合に貸借対照表において表示するであろう科目ごと又は性質及び企業の営業における用途が類似する原資産のグループごとに、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とを分けずに、リースを構成する部分と関連するリースを構成しない部分とを合わせてリースを構成する部分として会計処理を行うことを選択することができる(リース会計基準29項)。 当該取扱いは、IFRS第16号「リース」と同様の取扱いであり、借手のすべてのリースについて資産及び負債を計上する会計基準の開発にあたって、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とに分けて会計処理を行うコストと複雑性を低減しつつ、会計基準の開発目的を達成するための例外的な取扱いである(リース会計基準BC33項)。 上記の取扱い、すなわち、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とを合わせてリースとすると、「リースを構成しない部分」が重要である場合には、借手のリース負債が大きく増大することになる。このため、IFRS第16号は、借手がこの例外的な取扱いを採用する可能性が高いのは、契約の非リース構成部分が比較的小さい場合のみであると予想していると説明している(リース会計基準BC33項)。 なお、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とを合わせて「リースを構成しない部分」として会計処理を行うことは認められていない(リース会計基準BC33項)。 Ⅴ 貸手の契約における対価の配分(リースを構成する部分とリースを構成しない部分とへの配分) 貸手は、契約における対価の金額について、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とに配分するにあたって、それぞれの部分の独立販売価格の比率に基づいて配分する(リース適用指針13項)。 貸手における対価の配分は、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)との整合性を図るものであり、「独立販売価格」は、「収益認識に関する会計基準」9項における定義(「財又はサービスを独立して企業が顧客に販売する場合の価格をいう」)を参照する(リース適用指針BC22項)。 なお、リース適用指針では、貸手において、契約における対価の中に、借手に財又はサービスを移転しない活動及びコストについて借手が支払う金額、あるいは、原資産の維持管理に伴う固定資産税、保険料等の諸費用(「維持管理費用相当額」という)が含まれる場合の取扱いも規定されている(リース適用指針13項)。 Ⅵ 独立したリースの構成部分 原資産を使用する権利は、次の①及び②の要件のいずれも満たす場合、独立したリースを構成する部分である(リース適用指針16項)。 リース適用指針における独立したリースの構成部分の規定は、収益認識会計基準34項における規定と整合的なものである(リース適用指針BC26項)。 リース適用指針では、貸手による知的財産のライセンスの供与に関して、収益認識会計基準の適用との関係が整理されている(リース適用指針BC27項)。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第58回】 (最終回) 「相手企業に妥協して良い点・譲ってはいけない点」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&A相手との妥協点や譲れない点を理解してM&A対応の参考にする。 売り手企業 ⇒M&A相手との妥協点や譲れない点を理解してM&A対応の参考にする。 支援機関(第三者) ⇒M&A相手との妥協点、譲れない点を理解して買い手・売り手に対する助言に活かす。 その他の対象者 ⇒M&A相手との妥協点、譲れない点を整理して買い手・売り手の見方を知る。 1 相手企業との関係がM&Aの成否に影響する 中小M&Aには必ず、2つの当事者が存在します。 本連載のテーマでもある「買う側(買い手)」と「売る側(売り手)」です。 M&Aでは自らの意向どおりにすべてが進むことはほぼあり得ないため、部分的にお互いの妥協点を探り、協議し、合意に向けて解決を図ります。ですから、よほどでない限り、どんな買い手・売り手も大なり小なり、M&A相手に譲る点があります。 このとき何を譲るか・譲らないかの基準は各社によって異なるため、M&Aの当事者がその局面を迎えて個々に判断するしかありません。ただし、将来M&Aが選択肢に入る各社にとって、心構えとして、ある程度の自己判断ができる材料を集め、当社の判断軸を明らかにしておく、整理しておくのは有益だと思います。 そこで、本連載最終回となる今回は、M&Aの相手である買い手又は売り手に対して、妥協しても良い点と、譲ってはいけない点について説明します。 2 M&Aの「目的」からブレない 仮に中小M&Aを「会社を対象にした買い物」と例えるなら、大きな金額の買い物ではありますが、衝動買いとはいかないまでも、「まあいいか」と気が大きくなる買い手がいれば、「仕方ないか」と割りきる売り手もいるはずで、モノの売買と似た側面もあります。 ここで買い物に付き物なのは満足感や納得感ですが、会社そのもの、株式、固定資産、従業員、文化といった、有形、無形のさまざまな価値や価値観によって構成される組織の売り買いをするM&Aは、一時の満足感や納得感に流されてよいような、単純なものではありません。 ほぼすべての売り手・買い手企業がそのライフサイクルにおいて、たった一度しか経験しないのがM&Aですから、安易に選択せず、M&Aの当初目的に照らして「何が当社にとっての優先事項か」を整理いただくのが良いと思います。その意味で、自社の判断軸からブレない範囲で相手探しをすることが重要です。 では、どういった項目に判断の幅や余地があるのでしょうか。 究極を言えば、その企業を構成する「すべての要素」です。 以下はあくまで一例ですが、上場企業などが提出する有価証券報告書の様式を参考にするだけでも、(主に売り手)企業の観点から、M&Aを検討するための要素がたくさんあることが分かります。 中小M&Aは非上場企業同士のM&Aがベースになると思われますが、上場企業が公表する情報から得るヒントも多いと思いますので、ご興味があればさらに詳細な公開情報を参考にするのもよいでしょう。 実際の中小M&Aでは事前に相手の情報を有価証券報告書に記載されるほど網羅的に入手することは難しいと思いますが、相手探しの視点を養うには、上記のような公開情報から得る視点は大いに参考になります。 とはいっても、自社にとって理想的な相手などこの世に存在はしない(もしいるなら自社がそうなっているはずなので)ですから、相手企業の姿・形が分かったとしても、その中から必要条件、十分条件といった程度やレベル分けを行い、自社の現状と将来に照らして、最もマッチするだろう相手を探す・選ぶことが重要です。 そのための基準は各社まちまちですから、価額、場所・拠点、設備、規模感、業種、事業の魅力、健全性、経営者への尊敬、理念、社歴、伝統、サステナビリティへの配慮、従業員のポテンシャル、社内の諸制度や規程類の整備状況、リスクへの対応、ノウハウ、顧客資産、知的財産といった、売り手に備わった有形・無形の価値のいずれを重視するかで、選択肢を絞るかもしれません。さらに、救済目的、生き残り、シェア拡大、垂直・水平統合、相乗効果期待、といった戦略上のメリットを考えて動く企業もあると思います。 いずれにしても、上述した複数のキーワードを並べるだけで、M&Aの判断を左右する選択肢や材料がいかに多種・多様に存在するか、お分かりいただけるのではないでしょうか。 最後は直感に頼る面もあるかと思いますが、選択にあたって重要だと思われる基準が0%~100%のどれくらいに位置していて、その位置が自社として許容範囲にあるか、納得できるかを検証することが重要です。 改めてお伝えしますが、多くの中小企業にとって、M&Aは滅多にないイベント、ほぼたった一度のチャンスです。重要な選択をするために材料集めは頑張ったのに、〇とも×とも言えない曖昧なままに決断をしなくてもよいように、また、M&Aが進む中で当初の考えや意見がブレなくても済むように、「これだけは絶対」と言える条件、捨ててもよい条件をあらかじめ整理しておくとよいでしょう。 ●○●○ 連載終了にあたって ●○●○ 中小企業を取り巻くM&Aの環境は年々変化しており、以前とは異なり、M&Aを受け入れる市場へと変わりつつあります。その一方、ニュースなどで見聞きするように、M&Aに関連するトラブルが増えているのも事実で、M&Aを嫌悪する、敬遠する企業もまだまだたくさんあります。 M&Aはテクニカルな側面が多く、実務上難しい論点も多いので、手続き、仕組み、法務、税務、会計といったさまざまなアプローチから、たくさんの情報があふれています。しかしM&Aは、組織を構成する人間たちが作った「会社 対 会社」同士の取引であり、文化も歴史も異なる相手と、M&Aの後もずっと共に歩む選択と決断をするものですから、生き生きとして、生々しく、人間臭さも、泥臭さもあります。 そのため、テクニックからいったん離れ、経営目的に照らして、『誰と、どんなM&Aをすれば後悔しないのか?』を考える時間も大切です。そして、そのためには、相手の組織について、人の営みや過去からのストーリーを含めて、目をそらさずに見ることが、とても重要なのです。 この連載はその意味で、教科書的に語ることができない、容易にあてはめることのできない曖昧さに焦点を当ててきたと言えます。「これぞ正解」と言えるものを直接お示しできたわけではありませんが、繰り返しお伝えしているように、多くの企業にとってM&Aは一度あるかないかくらいなのですから、「誰と一緒になるのが今後のためによいのか?」を考える際には、プライスの付く要素が決定打にならないこともたくさんあるということを、ぜひご理解ください。 本連載が皆様の判断や意思決定の視点にとって、ほんの些細であっても、ヒントや支えの一助になれたのであれば嬉しいです。 M&A当事者にとって、M&A当事者を支援する第三者機関にとって、M&A実務がますます充実されることを願っております。 最後までご愛読いただき、ありがとうございました。 (連載了)
◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第12回】 「計算方法の違いで結果が異なる配当性向に要注意」 公認会計士 石王丸 周夫 決算短信のサマリー情報では、配当性向という財務指標が開示されます。今回は、その配当性向の値が訂正になった事例を取り上げます。 配当性向とは、企業が稼いだ利益のうちどの程度が株主への配当に回されたかを把握するための指標です。企業が配当金額を決定する際や投資家が株式投資をする際に、目安の1つにしていることもあるため、重要な指標です。 配当性向という財務指標は、以前からよく知られた指標であり、計算方法も難しくないのですが、実は間違いやすいポイントがあります。 配当性向の計算方法をインターネットで検索してみてください。すると、その計算方法は2通りあることがわかると思います。そして、ほとんどのウェブサイトで、その2通りの計算方法で計算結果は同じだとしています。 しかし、2通りの計算方法で計算結果が異なるケースがあります。今回の訂正事例は、まさしくそこで間違ってしまった事例です。ヒントはESOP等で知られる株式給付信託の存在です。 早速訂正事例を見ていきましょう。 訂正事例の概要 サマリー情報の「配当の状況」欄にて、配当性向の値が訂正となりました。訂正イメージは次のとおりです。 〈訂正事例をもとにした誤記載のイメージ〉 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 決算期は架空の年度とし、配当性向以外の数字はXで表示しています。 47.9%が47.0%に訂正されています。大きな違いではないので、情報利用者への影響は限定されるのかもしれませんが、作成者である企業側としては訂正の手間が発生しています。企業側としては、この間違いを回避したかったところではないでしょうか。 配当性向の計算方法(その1) 決算短信で開示される配当性向については、「決算短信・四半期決算短信作成要領等」(株式会社東京証券取引所、2024年4月)の27頁に計算方法が記載されています。次のとおりです。 この算式の分母及び分子の数値は、いずれも決算短信のサマリー情報に載っています。その数字を使えば計算はすぐにできます。実際に計算してみると、訂正後の配当性向の数値が算定されました。 したがって、サマリー情報に記載されている数値を使って計算チェックを行えば、この間違いに気づくことができたといえます。 ところが、気づくことができなかったとしてもおかしくはない理由があります。もう1つ計算方法があるからです。 配当性向の計算方法(その2) 配当性向の一般的な計算方法として、次のような算式もよく見かけます。 計算方法(その1)との違いは、1株当たりの金額ではなく、企業単位での総額だという点です。それ以外にも、分子の配当金の額が基準日ベースなのか支払額ベースなのかという点や、分母の当期純利益が連結ベースなのか個別ベースなのかといった点も計算結果に影響してきますが、ここでは1株当たりなのか総額なのかという点に絞って考えていきます。 早速、計算方法(その2)にしたがって、訂正事例の企業の配当性向を計算してみます。すると、結果は47.9%となりました。訂正前の数値と同じです。おそらく、この企業はそうやって計算した値を記載してしまったのでしょう。作成後にチェックをした人がいたかもしれませんが、同じく計算方法(その2)で検算してしまえば、間違いに気づきません。今回の訂正事例は、このような経緯で起きてしまったと考えられます。 計算方法(その1)と計算方法(その2)で結果が違ってくる主な理由は、この企業が株式給付信託を導入しているためです。従業員や役員向けのインセンティブ・プランとして、信託を通じて自己株式を給付する制度で、【第9回】で触れたBIP信託と同様の仕組みの制度です。 株式給付信託が保有している自己株式については、1株当たり利益の計算上、分母の期中平均株式数算定時の自己株式数(自己株式は控除項目)に含めます。したがって、計算方法(その1)は、株式給付信託保有の自己株式を除外したベースでの配当性向です。 一方、計算方法(その2)の場合、分子の配当金には、株式給付信託の保有する自己株式に支払われた配当金も含まれています。株式給付信託保有の自己株式を含めたベースでの配当性向となっています。 主としてこの違いにより、計算方法(その1)と計算方法(その2)の違いが出たものと考えられます。 ちなみにこの企業は、決算短信内で、「利益配分に関する基本方針」として、総還元性向を採用していると述べています。総還元性向は次の算式によります。 総還元性向は、配当だけでなく自社株買いも含めた株主還元が、税引後利益に対してどの程度の比率になるかを把握するための指標です。この式からわかるとおり、総額ベースの数字が使われています。もしかしたら、この式に引きずられて、配当性向を総額ベースで求めてしまったのかもしれません。 開示前のチェックポイント 今回の訂正事例についての開示前のチェックポイントとしては、計算チェックが重要ですが、どのような計算式なのかを間違えてしまってはチェックの意味をなしません。事前知識として、配当性向には大きく分類して2つの計算方法があること、決算短信の場合は、「決算短信・四半期決算短信作成要領等」(株式会社東京証券取引所、2024年4月)を確認すべきことを覚えておきましょう。 なお、有価証券報告書でも配当性向が開示されていますが、こちらは単体ベースの値を開示するため、連結ベースである決算短信の値とは異なることも合わせて覚えておきましょう。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例65】 「借地権付建物に関する財産管理制度を利用する場合の選択基準」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 借地契約をしている借地人が賃料を滞納して死亡していることが判明し、借地人宅を見に行ったところ、建物周辺に郵便物が散乱し、バイクや自転車が置かれた状態となっていました。 借地人には相続人がいないようですが、この場合、どのような手続をとればよいでしょうか。 1 検討の視点 建物を所有する借地権者が賃料を滞納して死亡した場合、債権者(賃貸人)は、借地契約を解除して滞納賃料の回収を図り、土地の明渡しを求める必要等がある。もっとも、借地権者の相続人の存否が不明な場合には解除をすることに支障があり、また、借地権付建物を取得することを希望する場合には、訴訟による解決は必ずしも適切ではない。 このような場合には、利害関係人として、「相続財産清算制度」又は「所有者不明建物管理制度」を利用することが考えられる。 そこで、本事例のような場合に、いずれの財産管理制度をどのような基準で選択をするべきかを検討することとしたい。 2 相続財産清算人と所有者不明建物管理人の管理権限の相違点 (1) 両制度の管理権限の相違 被相続人の相続人の存否が不明な場合、利害関係人は、相続財産清算人の選任を申し立てることができる(民法第952条)。この場合に、被相続人の所有する建物があるときは、利害関係人は、所有者不明建物管理人の選任を申し立てることができる(民法第264条の8)。 両制度は要件や効果が異なり、一方の制度が他の制度を排除する関係にないため、各財産管理制度の選任要件を満たすのであれば、どちらかを選んで申し立てることができる。 相続財産清算人は、被相続人の財産を包括的に管理する権限を有するため、被相続人の積極財産を換価し、債務の弁済を行うことができる。これに対して、所有者不明建物管理人の権限は、①所有者不明建物管理命令の対象となった建物、②当該建物にある動産、③当該建物の敷地に関する権利の限度で及ぶものとされている(民法第264条の8第2項)。 なお、所有者不明建物管理人の権限が及ぶ動産は不明所有者の所有するものに限られるところ、第三者の所有物であっても状況から見て所有権が放棄されていると認められるような場合であれば、管理権限で処分を行うことができると解される。 また、所有者不明建物管理人は、本来、不明所有者の債務を弁済する義務はないが、地裁の許可を得れば債務の弁済を行うことができるため、不明所有者の建物を売却する場合に、売却の許可とともに、売却代金の中から滞納賃料を弁済することの許可を得ておくことで、賃貸人に対して滞納賃料の弁済をすることができる。 (2) 借地上の動産にある管理権限 不明所有者が所有していた借地権付建物について、所有者不明建物管理人が選任された場合、所有者不明建物管理人は、借地上にある動産も「建物にある動産」(民法第264条の8第2項)として管理することができるだろうか。 仮に「建物にある動産」に該当しないとすると、本件のように、ポストからあふれた郵便物やごみ等が借地上に散乱している場合や、バイクや自転車等が置かれている場合に、所有者不明建物管理人はこれらを管理することができないため、土地の所有者において撤去を求めるための手続を講じる必要が生じることになる。 この点に関して、「建物にある動産」の文理的な意味や、所有者不明土地管理人の権限が及ぶ対象として「土地にある動産」と規定されていることからすると(民法第264条の2第2項)、借地上の動産は「建物にある動産」に該当しないとも考えられる。しかしながら、「・・・にある」との文言は空間的な広がりを持つ概念であり、物理的な意味で「建物内」に限る必然性はない。また、不明所有者の建物の適正な管理をする目的からすると、建物内に限らず借地権の及ぶ範囲内にある動産も「建物にある動産」に含まれると解釈する余地はあるように思われる。 実務的には、所有者不明建物管理人において、裁判所に処理方針を事前に説明し了解を得た上で、建物の売却許可時に併せて動産処理の許可を得ておくことになろう。 一般論としては、借地上の動産の取扱いに関する上記解釈問題を避けるためには、当初から相続財産清算人の選任を申し立てた方が無難と思われる(借地上の建物を売却によって一定の財産形成が見込まれる場合には、予納金が不要又は低額で収まる可能性もある)。 3 本件において 本件では、借地人が死亡し相続人の存否が不明であるため、賃貸人は滞納賃料の債権者として、相続財産清算人又は所有者不明建物管理人の選任を申し立てることが考えられる。 なお、賃貸人が建物収去土地明渡請求訴訟を提起することも考えられるが、借地権付建物の取得も考えているのであれば、訴訟よりも上記の財産管理制度を活用した方が妥当である。 本件では、借地人宅の敷地に郵便物が散乱し、バイクや自転車が置かれた状態となっているとのことであり、所有者不明建物管理人に当該動産を管理する権限が及ぶかどうかは必ずしも明らかではないため、このような動産の処理が想定される場合には、相続財産清算人の選任を選択した方が無難であると考えられる。 (了)