《速報解説》 会計士協会、「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」の 改正に関する公開草案を公表 ~タックス・プランニング業務及びサステナビリティ保証業務に係るQ&Aを改正~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年11月18日、日本公認会計士協会は、倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正に関する公開草案(タックス・プランニング業務及びサステナビリティ)を公表し、意見募集を行っている。 2025年10月15日に、日本公認会計士協会は、「倫理規則」の改正に関する公開草案を公表し意見募集を行っているが、これを受けて、「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正に関する公開草案を公表するものである。 意見募集期間は2025年12月18日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 倫理規則の改正内容とIESBAから公表されているスタッフQ&Aを踏まえ、「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」について、次の項目に関する改正を行う。 Q&Aの各項目では、その内容が詳細に規定されているので、実際の適用に際しては、Q&Aを確認する必要がある。 (了)
《速報解説》 「所得税法施行令の一部を改正する政令」が 11月19日付官報:号外第254号にて公布 ~通勤手当の非課税限度額の引上げ~ Profession Journal編集部 Ⅰ はじめに 令和7年11月19日、「所得税法施行令の一部を改正する政令」(政令第380号)が官報号外第254号に掲載され、公布された。 この改正は、令和7年8月7日に人事院が行った「令和7年人事院勧告」において、自動車などの交通用具使用者に対する通勤手当の額の引上げが勧告されたことを受けたものである。 人事院勧告に基づく通勤手当の改正は、民間企業の所得税法上の通勤手当の非課税限度額にも連動するのが通例であり、今回の政令改正により、令和7年4月1日以降に受ける通勤手当について、新たな非課税限度額が適用されることとなった。 なお、今回公布された政令は、令和7年8月の人事院勧告における改正内容のうち、②に該当する部分(現行の「60㎞以上」までの距離区分の引上げ)のみを対象としている。人事院勧告における①(65㎞以上から100㎞以上までの区分の新設)及び③(駐車場等の利用に対する通勤手当の新設)については、令和8年4月実施予定とされており、今後別途政令改正が行われる見込みである。 Ⅱ 改正の内容 今回の政令改正による通勤手当の非課税限度額の変更内容は、以下のとおりである。 1 改正の対象 所得税法施行令第20条の2第2号に規定する、自動車等の交通用具を使用して通勤する者に係る非課税限度額について、距離区分に応じた引上げが行われた。 2 具体的な改正内容 各距離区分における非課税限度額の改正内容は、以下のとおりである。 今回の改正により、10㎞以上の距離区分において、200円から7,100円までの幅で非課税限度額が引き上げられた。特に、45㎞以上の距離区分においては、4,300円から7,100円と大幅な引上げとなっている点が注目される。 Ⅲ 施行日及び経過措置 1 施行日 この政令は、令和7年11月20日から施行される。 2 適用関係 改正後の非課税限度額は、令和7年4月1日以後に受けるべき通勤手当(以下「新通勤手当」という。)について適用される。 ただし、令和7年4月1日前に受けるべき通勤手当の差額として追給されるもの(「特定差額追給手当」)については、従前の例による。すなわち、特定差額追給手当については、改正前の非課税限度額が適用される。 3 施行日前に受けた通勤手当の取扱い 新通勤手当のうち、この政令の施行日(令和7年11月20日)前に受けたものに係る所得税法第4編第2章第1節(源泉徴収)の規定の適用については、なお従前の例による。 これは、施行日前に既に源泉徴収が行われた通勤手当について、改正後の非課税限度額を遡及適用しないことを意味している。 Ⅳ 年末調整における実務上の留意点 今回の改正は、令和7年4月1日に遡及して適用されるため、令和7年4月から11月19日までに既に支払われた通勤手当については、改正前の非課税限度額を前提として源泉徴収が行われている。 したがって、令和7年12月に実施する年末調整において、改正後の非課税限度額を適用した再計算と、過納付税額の精算処理が必要となる可能性が高い。 なお、年末調整における具体的な処理方法や留意点については、本誌連載「〈令和7年分〉おさえておきたい年末調整のポイント」(公認会計士・税理士 篠藤敦子)において、今後、追補として詳細に解説する予定である。 また、国税庁は、令和7年8月の人事院勧告を受けて、「通勤手当の非課税限度額の改正について」と題する特設ページを公開しており、年末調整における対応を呼びかけている。今回の政令公布を受けて、同ページには更なる詳細情報が追加されることが予想されるため、年末調整実務に当たっては、最新の情報を確認することが重要である。 Ⅴ 今後の改正予定 前述のとおり、人事院勧告においては、以下の2点についても改正が予定されている。 これらは令和8年4月実施予定とされている。実務担当者においては、これらの改正動向についても引き続き注視する必要がある。 Ⅵ おわりに 今回の通勤手当の非課税限度額の引上げは、令和7年4月に遡及して適用されるため、年末調整において差額調整が必要となる可能性が極めて高い。 給与支払者においては、従業員の通勤実態を改めて確認するとともに、年末調整における適切な処理を行うため、国税庁の特設ページ等を通じて最新情報を入手し、適切に対応していただきたい。 (了)
《速報解説》 国税庁、「税務行政におけるオンラインツールの利用について」を公表 ~令和7年10月から一部国税局でMicrosoft Teams等の利用開始、税務調査等の効率化を推進~ Profession Journal編集部 国税庁は令和7年11月、「税務行政におけるオンラインツールの利用について」を公表した。 令和7年10月から、金沢国税局及び福岡国税局並びにこれらの管内税務署において、インターネットメール、Web会議システム(Microsoft Teams)、オンラインストレージサービス(PrimeDrive)及びアンケート作成ツール(Microsoft Forms)の4つのオンラインツールを業務に利用することとしている。 その他の国税局及び管内税務署については、令和8年3月以降、順次利用を開始する予定である。 今回公表されたQ&Aでは、これらオンラインツールの利用に関する一般的な事項、セキュリティに関する事項、各ツールの利用に関する事項について、全18問で解説している。 1 オンラインツール導入の概要 (1) 利用する4つのツール 今回導入されるオンラインツールは以下の4つである。 (2) 利用場面 これらのツールは、関係民間団体や調達の契約事業者との連絡において利用されるほか、税務調査、行政指導、滞納整理及び査察調査等において、国税当局の判断により、必要に応じて利用されることとなる。 なお、行政指導には、書面添付制度に基づく意見聴取、事業者等への協力要請及び酒類の免許等関係事務における申請書の補正等が含まれる(問1)。 (3) 利用の基本原則 オンラインツールの利用については、税務署又は国税局の担当者と利用者双方の合意のもとで利用することとされている。 その上で、国税当局において効率的な税務調査等の実施に資すると認められると判断した場合にオンラインツールを利用するため、納税者又は税理士がオンラインツールの利用を希望した場合であっても、対面で税務調査等を実施する場合があることに留意が必要である。 また、事業所等に臨場して質問検査等を行う必要がある場合には、現状のとおり対面で税務調査を実施することとされている(問2)。 2 実務上の重要ポイント (1) 利用開始の手続き オンラインツールを利用するためには、Microsoft Formsのフォーマットから同意事項に同意し、メールアドレス等を登録する必要がある。税務調査等において、関与税理士がいる場合、納税者と税理士の双方がオンラインツールを利用するには、それぞれが利用のための手続きをする必要がある(問6)。 (2) 準備事項 メールアドレスの用意が必要であり、ドメインが「nta.go.jp」からのメールが受信可能となるよう設定の確認が求められている。PrimeDrive及びMicrosoft Forms等は基本的にアプリのダウンロードは不要であるが、Microsoft Teamsについては、スマホ・タブレットからアクセスする場合に事前のアプリダウンロードが必要となる(問7、問8)。 (3) セキュリティ対策 国税当局は「政府機関等のサイバーセキュリティ対策のための統一基準」のほか独自の対策を実施している。なりすまし防止のためテストメールによる接続確認を実施し、誤送信防止のため事前登録されたアドレスへの送信や管理者による確認等の対策が講じられている(問10~問12)。 3 各ツールの利用に関する留意事項 (1) 申告書等の提出不可 申告書や届出書・申請書などの各種届出書等は、書面又はe-Taxにより提出する必要があるため、インターネットメール又はPrimeDriveにより提出することはできない。この点は、実務上特に注意が必要である(問13)。 (2) データ容量・形式の制限 インターネットメールは1送信当たり最大20MB(exe形式等は添付不可)、PrimeDriveは最大20ファイルで1ファイル当たり1.9GB(データ形式の制限なし)となっている(問14)。 (3) 税務署等からの資料提供 税務署等が納税者等に対して資料を提供する場合、原則として、インターネットメールへのファイル添付又はPrimeDriveを利用することはなく、直接交付や郵送などの手段により行われる(問15)。 (4) Microsoft Teamsの機能制限 税務調査や行政指導において、録音・録画、チャット、文字起こし及びホワイトボード機能の利用は禁止されている。画面共有機能については納税者等の使用は禁止されていないが、税務署等の担当者が画面共有機能により資料を提示することはない(問16)。 (5) インターネットメールでの連絡事項 税務調査等においては、日程調整、資料の提出依頼、Microsoft TeamsやPrimeDriveのURLの連絡、キャッシュレス納付の利用勧奨等についてインターネットメールにより連絡が行われる。なお、税務調査における事前通知は、現状のとおり原則口頭により行われる(問17)。 4 電子データの提出方法 利用者が税務署等に電子データを提出する場合、Microsoft Outlook、PrimeDrive、e-Taxの3つの方法がある(問18)。データの容量や形式等に応じて適宜提出方法を選択することとなるが、書面又はe-Tax(XML形式又はXBRL形式)での提出が求められている申告書、届出書・申請書等については、法令上認められた方法による提出が必要である。 主な特徴として、Microsoft Outlookは送信履歴から事後確認が可能であるのに対し、PrimeDrive及びe-Taxは事後の確認ができない点に留意が必要である。 5 税理士が留意すべき事項 (1) 個別案件ごとの登録が必要 税理士が以前に税務署の税務調査においてオンラインツールを利用したことがある場合でも、同じ税務署において別の税務調査が行われる際には、改めてMicrosoft Formsのフォーマットから、オンラインツールの利用に関する同意事項の内容に同意し、メールアドレス等を登録する必要がある(問5)。 (2) 所轄税務署変更時の対応 納税地の異動等により所轄税務署が変わったことに伴い、調査担当者が変更となった場合には、改めて、Microsoft Formsのフォーマットから、オンラインツールの利用に関する同意事項の内容に同意し、メールアドレス等を登録する必要がある。 納税地等の異動により所轄税務署が変わることとなった場合には、速やかに調査担当者に連絡することが求められている(問4)。 (3) メールアドレスの変更 登録したメールアドレスを変更する場合、再度、Microsoft Formsのフォーマットから登録する必要がある。新たなメールアドレスを登録した場合、変更前のメールアドレスは使用できなくなることに留意が必要である。 メールアドレスの変更を希望する場合には、税務署等の担当者に連絡することとされている(問3)。 6 今後の展開 令和7年10月から、金沢国税局及び福岡国税局並びにこれらの管内税務署においてオンラインツールの利用が開始されている。 その他の国税局及び管内税務署については、令和8年3月以降、順次利用を開始することとしている(問9)。 税務行政のデジタル化が進展する中、オンラインツールの活用により、納税者の利便性向上と税務調査等の効率化が期待される一方で、実務上は申告書等の提出方法の使い分けや、各ツールの機能制限等について十分な理解が求められる。 特に税理士においては、個別案件ごとの登録手続きが必要となることや、所轄税務署変更時の対応など、従来の業務フローとは異なる点に留意し、適切に対応していく必要がある。 (了)
《速報解説》 日本監査役協会、「監査役等の引継ぎ手引書」を公表 ~現任の監査役等が監査活動を実施する中で積み上げてきたものなどを引き継ぐためのツール~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年11月17日、日本監査役協会関西支部事務局は、「監査役等の引継ぎ手引書」を公表した。 これは、企業が永続的に健全かつ持続的な発展をし続けるため、現任の監査役等が監査活動を実施する中で積み上げてきたものなどを引き継ぐためのツールとして取りまとめたものである。会員に対するアンケートも行われている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 引継ぎで印象に残った事例や引継がれて良かった事項で多く見られたものとして、次のことが紹介されている。 引継ぎ期間、引継ぎ方法、引継ぎ資料など多くの事項について記載されている。 監査役等へ就任したことで得た経験や良かった事例では、「これまでとは違った視点で企業価値向上に貢献」、「現場の課題改善や社員のモチベーションを高められた」などの意見もあるとのことである。 それらを実現するために重要な活動として考えられる経営陣、社外役員、従業員とのコミュニケーションは、後任に実施して欲しい活動として多くの監査役等から示されている。 (了)
《速報解説》 「会計監査人評価の現状と今後の在り方」に関する報告書が 監査役協会から公表される ~会計監査人評価の効率化及び実効性向上を目的として研究~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年8月7日付で(ホームページ掲載日は2025年11月17日)、日本監査役協会関西支部 監査役スタッフ研究会は、「会計監査人評価の現状と今後の在り方」を公表した。 近年、子会社の不正・不祥事が多発していることを背景に、会計監査の信頼性確保が大きな課題となっており、監査役等と会計監査人との連携が重要視されていることから、会計監査人の評価を効率化し、実効性向上を目的として研究したものである。会員に対するアンケートも行われている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 会計監査人評価の実効性向上に向けた考察 会計監査人評価の実効性向上に向けた研究会の意見として、次のことが記載されている。 上記の項目について、例えば、監査法人の品質管理については、直接的な評価が難しいが、監査法人からの報告の受領に加えて、自社として一定の評価プロセスを構築することも一案ではないかなどの分析が行われている。 (了)
《速報解説》 会計検査院、「多額の課税売上げを有する法人に係る消費税の簡易課税制度の適用」について検査 ~吸収合併法人等に対する簡易課税適用判定見直しの可能性~ 税理士 石川 幸恵 会計検査院は令和6年度決算検査報告を作成し、令和7年11月5日に内閣に送付した。その中で、特徴的な案件の1つとして「多額の課税売上げを有する法人に係る消費税の簡易課税制度の適用」について、検査の状況と所見等が公表された。 1 これまでの消費税の簡易課税制度に対する検査の実施及び指摘事項の整理 会計検査院はこれまでも簡易課税制度を検査しており、平成24年の報告では次の点を指摘したうえで、消費税率引上げによる益税拡大を懸念している。 ①については不動産業の事業区分の見直し(平成26年度税制改正)、軽減税率制度導入時の農業の事業区分の見直し(平成30年度税制改正)が行われた。一方で、②の点については対応が取られていない。 2 合併又は分割があった場合の簡易課税制度の適用 簡易課税の適用を受けられる課税期間について、新設分割により設立された法人と吸収合併又は吸収分割により事業を承継した法人との間で判定方法に違いがある。 (1) 新設分割 下図のように、A社が事業bを分割により設立するB社に承継する場合、B社のN期の基準期間はない。ただし、簡易課税の適用に関しては、A社のN-2期の課税売上高(事業a+b)で判定する(消法37①、消令55)。 (※) 〈報告のポイント〉の3頁より抜粋 (2) 吸収合併又は吸収分割 下図のように、C社が既存のD社に事業の全部である事業cを承継させる場合、D社の簡易課税の適用については、D社の基準期間における課税売上高(事業d)のみで判定し、C社のN-2期における課税売上高(事業c)は考慮しない。新設合併、吸収分割の場合も同様である。 (※) 〈報告のポイント〉の3頁より抜粋 3 会計検査院による簡易課税制度の検査内容 会計検査院は令和3年度又は令和4年度に簡易課税制度を適用している延べ994,687法人について次のような分析をしている。 まず、簡易課税適用法人994,687法人のうち、課税売上高1億円超の4,796法人を検査対象としたところ、この中に吸収合併・吸収分割により事業を承継した法人が172法人含まれていた。 172法人中、被合併法人又は分割法人の基準期間における課税売上高が5,000万円を超える法人は141法人であった。これらの法人は、新設分割と同様の判定を用いると簡易課税の適用ができない法人である。 次に、この141法人のうち、消費税差額の推計可能な116法人について分析したところ、105法人で益税が発生しており総額は約22.9億円にのぼった。そのうち3法人では1億円超の益税が生じていた。 また、特定期間における課税売上高や、特定新規設立法人の判定(消法12の3)におけるその法人を支配している「他の者等」の基準期間に相当する期間における課税売上高を用いて判定した場合を含めると、さらに益税額が大きくなる。 4 検査結果を踏まえた課題と今後の方向 簡易課税制度は本来、中小事業者の事務負担に配慮した制度である。しかし、今回の検査結果では、吸収合併・吸収分割により事業を承継した規模の大きな法人においても簡易課税制度が適用され、多額の益税が発生しているケースが確認された。こうした状況は課税の公平の観点から検討が求められる。 会計検査院は多額の課税売上高を有する法人に簡易課税制度が適用されることで大きな益税が生ずること、また消費税率の引上げによりさらに益税が増大していくことを懸念している。 これらを踏まえ、会計検査院は財務省に対し、多額の課税売上高を有する法人における簡易課税制度の適用について、様々な視点からより適切なものとなるよう検討を求めている。今後の簡易課税制度の見直しの動向が注目される。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2025年11月13日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.644を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〈令和7年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第3回】 (最終回) 「年末調整の実務Q&A」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 本稿(最終回)は、令和7年度税制改正に関する事項を中心に、年末調整事務において実務上判断に迷う事項等をQ&A方式で解説する。 取り上げる事項は以下のとおりである。 - 解 説 - 本稿第1回で解説したとおり、令和7年度税制改正による基礎控除の見直し等は、令和7年12月1日から施行することとされており、令和7年11月30日以前の源泉徴収事務には影響しない。 年末調整は、給与の支払者がその年最後に給与等の支払をする際に行うこととされている(所法190、所基通190-1)。したがって、令和7年分の最後の給与等を令和7年11月30日以前に支払う場合の年末調整においては、見直し後の基礎控除等は適用されない(※)。 (※) 見直し後の基礎控除等の適用を受けるには、確定申告等をする必要がある。 - 解 説 - 特定親族特別控除の創設に伴い、令和7年12月1日以後の「給与所得の源泉徴収票」の様式が改正された(所規93➀、附則7➀)。以下のとおり、「特定親族特別控除の額」を記載する欄が設けられている。 - 解 説 - 基礎控除、配偶者(特別)控除及び特定親族特別控除は、所得者本人、配偶者、特定親族の合計所得金額に応じて控除額が算定される(所法83、83の2、84の2、86)。 合計所得金額とは、純損失の繰越控除及び雑損失の繰越控除の規定を適用しないで計算した場合における総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額をいう(※)(所法2①三十イ)。 (※) 次の所得は、合計所得金額に含まれない。 ・源泉分離課税の対象となる利子等 ・申告分離課税の対象となる特定公社債等に係る利子等で、確定申告をしないことを選択した利子等 ・上場株式等の配当等(申告分離課税)に係る配当所得で、確定申告をしないことを選択した配当等 ・源泉徴収選択口座を通じて行った上場株式等の譲渡による所得等で、確定申告をしないことを選択した所得等 各申告書の合計所得金額(見積額)の欄は、複数の給与支払者から給与等の支払を受けている場合には、すべての合計額を記載する。また、給与所得以外の所得がある場合(例:副業による所得、不動産所得、土地建物の譲渡所得、公的年金等の雑所得等)には、それらの所得についても記載する必要がある。 なお、所得金額調整控除や特定支出控除の適用がある場合には、算出された給与所得の金額からそれらの控除額を控除する(所法57の2、措法41の3の11、41の3の12)。 - 解 説 - 本稿第2回【4】で解説したとおり 、2人以上の所得者の特定親族に該当する親族の場合、その親族は、所得者のいずれか1人の特定親族にのみ該当するものとみなされる(所法85⑥)。いずれの所得者の特定親族に該当するかは、「特定親族特別控除申告書」に記載されたところによる(所令219①)。 したがって、Aの夫がBを対象として特定親族特別控除の適用を受ける場合、AはBを対象として特定親族特別控除の適用を受けることはできない。 - 解 説 - 改正が令和7年12月1日に行われるとしても、年末調整関係書類を同日以後に受けたのでは年末調整が間に合わない事態も想定される。したがって、同日以後適用される改正を反映した年末調整関係書類を、11月30日以前に提出を受けることは差し支えないとされている。 (参考:令和7年度税制改正(基礎控除の見直し等関係)Q&A1-11) - 解 説 - 「調書方式」は、令和6年1月1日以降に居住を開始した所得者について適用されるため、令和7年分の年末調整から「調書方式」による住宅借入金等特別控除の適用を受ける従業員等が含まれることとなる。 「調書方式」の場合は、原則、控除証明書左下の「住宅借入金等の年末残高に関する事項」欄に年末残高情報が記載されることから、金融機関等が発行する年末残高等証明書の添付は不要となる。 * * * (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 (連載了)
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第14回】 「プログラム作成請負業務において納品書の日付と委託先からの実際の納入日が異なった場合の課税仕入れの時期の判断」 税理士 石川 幸恵 【Q】 コンピュータ・プログラム作成をシステム開発会社に依頼し、請負契約を結びました。この請負契約書では、プログラム等の成果物の引渡しを受け、検収後に支払いを行う旨を定めています。そのため、「課税仕入れを行った日」は目的物の引渡しの日がポイントになると思われます。 しかし、コンピュータ・プログラムの成果物は電子ファイルであるため、手渡しやトラックでの搬入といった「引渡しの瞬間」を目で確認することができません。 このような場合、「課税仕入れを行った日」はどのように判断すればよいでしょうか。 【A】 消費税基本通達11-3-1では「課税仕入れを行った日」は別に定めるものを除き、「資産の譲渡等の時期」の取扱いに準ずるものとされています。したがって、まずはその基礎となる「資産の譲渡等の時期」について確認してみましょう。 請負による資産の譲渡等の時期について、消費税基本通達9-1-5では次のように示されています。 コンピュータ・プログラム作成が物の引渡しを要する請負契約に該当するか否かについては、契約書の定め方などにもよるところですが、質問のようにプログラム等の成果物の引渡しを受けて、検収後に支払いを行う旨が契約書上明記されている場合には、物(ここでは電子ファイル)の引渡しを要する請負契約と考えられます。 したがって、プログラム作成の全部を完成し、電子ファイルを相手方に引き渡した日が「課税仕入れを行った日」と判断するのが相当です。 引き渡した日について、通常、引渡しに経理担当者や税理士が立ち会うことはありませんので、納品書の日付を基に判断しがちですが、書面の記載だけで判断するのは危険です。契約書に定められた検収手続きや社内の業務フローを確認し、実際にどの時点で「引渡し」が行われたとみるのが相当かを把握する必要があります。 これらの点が曖昧だと「課税仕入れを行った日」の判断を誤る恐れがあり、場合によっては課税仕入れの「隠ぺい又は仮装」が問われる可能性もあります。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ コンピュータ・プログラムの作成に関して「課税仕入れを行った日」をどのように判断するかについて、参考となる裁決事例として平成27年10月7日東京国税不服審判所裁決(非公開裁決、TAINSコード:F0-5-155)がある。 本件は、課税期間の末日を納入日とする納品書が存在する一方で、実際のプログラムのリリース日が翌課税期間にずれ込んでいたことから、課税仕入れの時期が争点となった事案である。 1 取引の概要 本件は平成25年1月1日から平成25年3月31日までの課税期間にコンピュータ・プログラムの委託に係る支払対価を課税仕入れに係る支払対価の額に含めたことについて、このプログラムの引渡しが完了していたかどうかが問題となったものである。 審査請求人である法人(以下「請求人」)が、ソフトウエア開発会社にコンピュータ・プログラムの作成を委託していた。 ソフトウエア開発会社は完成したプログラムを請求人のサーバーにリリース(配信)する方法により納品していた。 ソフトウエア開発会社は平成25年3月31日付で請求人宛に納品書兼請求書を発行した。納入日付は同日とされていた。また、同社は納品物一覧表も請求人に交付している。この一覧表には「納品物(下記機能の外部設計書・単体テスト仕様書・エビデンス)納品日:平成25年3月29日」というタイトルが付されていた。 一方で、リリース管理台帳上(裁決書では作成者は不開示だが、文脈からソフトウエア開発会社が作成したものと思われる)、8件のプログラムの最初のリリース日が平成25年4月1日から同月5日までの間の日付であった。 請求人は3月27日付で次のような会計処理をし、当該課税期間の課税仕入れにかかる支払対価の額に含めて納付すべき消費税等の額を計算した。 ※金額は不開示。 2 物の引渡しを要する契約か否かの判断ポイント まず、コンピュータ・プログラムの作成業務が物の引渡しを要する契約であるかを確認しておく必要がある。裁決では、次の契約書と注文書の記載内容に基づいて、物の引渡しを要する契約であると判断している。 〈取引基本契約書〉 ※下線は筆者加筆。 〈注文書〉 ※下線は筆者加筆。 3 書面上の納入日とリリース日付のいずれを基準とすべきか 上記の取引基本契約書の第8条(検査及び引渡し)によれば、ソフトウエア開発会社がプログラムを納品し、請求人が検収を行った時点で、目的物が完成して引渡しが完了したものとされる。 契約の定めに反して、リリース管理台帳上、8件のプログラムの納品が平成25年4月1日以後に行われたと認められることから、平成25年3月31日までに検収が行われていないことは明らかである。 このため、平成25年3月31日を納入日とする納品書が存在するものの、当該課税期間の課税仕入れに係る支払対価の額に含まれないと審判所は判断した。 4 引渡しが完了しないとの認識があったかどうかのポイント 本裁決では、目的物の完成・引渡しに関して事実の隠ぺい又は仮装を行ったか否かも争点となったが、これは否認された。請求人の担当者が、サーバーへのリリースが課税期間末までに完了しないことを認識していたとする直接的な証拠がなく、また、目的物の引渡しに関して事実を隠ぺい又は仮装したとまでは認められないと判断されたためである。 もっとも、認定事実の記載を見ると、開発当事者が「納品」を税務上の引渡し基準ほど厳格に捉えていなかった可能性もうかがえる。実際の検収に関する答述では、この開発フェーズではソフトウエア開発会社による検証作業をもって請求人の検収としていたとのことである。こうした運用はサーバーへのリリース日が後日にずれたとしても「形式的には納品済み」と扱う意識を生みやすい。 また、同じ認定事実の中で、平成25年4月8日17時37分の電子メールに「3月末完成予定分は、■■■サイドで一部最終受入検証中」との記載があることも、開発現場では「作業が一部残っているが、開発スケジュール上、大きな問題ではない」と認識されていた可能性を示唆している。 このように、契約書上の手続と現場の運用との間に認識のずれが生じると、課税仕入れの時期判断のみならず、場合によっては故意性の有無の判断にも影響しかねない。したがって、契約書や検収手続に関する理解を社内で共有し、定期的な監査等を通じて意識の統一を図ることが望ましい。 (了)
国際課税レポート 【第20回】 「「トランプ関税」と「ピラー2」」 ~米・欧2つの最高裁審査~ 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団上席フェロー はじめに 米国と欧州という巨大経済・民主主義圏で、経済政策を巡る重要な訴訟が同時期にそれぞれの最高裁の場で審理されている。米国では、トランプ政権が1977年国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に発動した「相互関税」の合憲性が問われ、欧州では、OECD・G20「ピラー2」に基づく15%グローバル・ミニマム税(UTPR)の域内導入を義務づけたEU指令(UTPR)のEU基本法適合性が争われている。 いずれも、経済政策目的との関係で政府が選択した「手段」の適法性・均衡性(目的の重要性と手段による負担の重さが釣り合っているか)が焦点であると言える。ここでは、両訴訟に取材し、司法が経済主権と国際協調の狭間で果たす役割を考えるとともに、裁判の結果が実務に与える影響について考えてみることとしたい。 米国最高裁・トランプ関税合憲審査 日本については15%の水準が示されている「トランプ相互関税」を巡り、11月5日、米国の最高裁判所で口頭弁論が行われたことが報道されている。 JETROの報道によると、最高裁判所の審査では政権に厳しい質問がなされるなど、今後の展開については予断を許さない状況にあるようだ。 【表1】トランプ相互関税(一律追加課税)裁判を巡る経緯 (※1) International Emergency Economic Powers Act,を「国際緊急経済措置法」と訳す例も多数ある。 (注) 原告には、ニューヨーク市で高級ワイン等の輸入を行うVOS Selection社、教材メーカー等の中小規模の企業のほか、ニューヨーク州など10州(民主党知事)及びネバダ州・バーモント州の2州(共和党知事)が参加。 (出所) 筆者作成。 1977年IEEPAは関税の賦課を許しているか 主な争点について少し詳しくみていこう。IEEPAは、1977年に制定された米国の法律で、冷戦期の非常事態体制を整理し、経済制裁権限を大統領に与えるために導入された法律であるとされる。「米国外から発生する異常かつ特別な脅威」がある場合、大統領に対して経済制裁や通商上の制限(輸出入、金融取引、資産の凍結など)を命じる権限を認めたものであるとされる。 国際貿易裁判所(CIT)では、大統領の権限について定めたIEEPA §1702(a)(1)は、「instructions, licenses, or otherwise」により対外取引等をinvestigate/regulate/prohibitできる旨を規定しているが、「regulate」の中に関税の賦課が含まれるかが最大の争点で、控訴裁判所(CAFC)は相互関税のような包括的、恒常的な関税はIEEPAの想定外と判断した。 重大問題の法理(major questions doctrine) これは、行政機関が経済的・政治的に重要な事項で広範な措置をとるには、法律(議会)による明確な授権を必要とするという米国連邦最高裁の保守的な解釈原則である。 最高裁は、現在6対3で保守派が多数派であるが、重大問題の法理は保守派の判事たちが支持している原則であるとされる。 近年、最高裁はこの原則を根拠に、バイデン政権の先進的な政策、例えば4,300億ドルの学生ローン免除(2023年6月30日)、職域コロナワクチンの接種・検査義務化(2022年1月13日)、パンデミック中の家賃滞納者の立ち退き停止(2021年8月26日)などを阻止してきた。 わが国にも、新たに租税を課すためには法律が必要であるとする租税法律主義(憲法84条)は「租税に関する重要な事項(課税要件や滞納処分の要件など)はすべて法律で定めること」を要請しており、政令、省令等に対する「一般的・白紙的委任は許されない」(金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)81頁)のであり、同様の原則である。 仮に政権が最高裁で敗訴したらどうなるか その場合何が起きるのか。実務における備えを考えてみる。 1 支払済の相互関税が直ちに還付されるわけではない 最高裁で政権が敗訴した場合、ベッセント財務長官は米国は関税税収の約半分を還付する必要があると発言(9月)したという米国の報道がある(※2)。 (※2) 巨額の関税税収の規模については、【第19回】の【図】「トランプ関税のBefore(2024) After(2025)」参照。 しかし、訴訟の原告となっている5社あまりの小規模企業は自動的に納付済の相互関税の還付を受けることができるが、その他の企業は返金を受けるために異議申立てを行わなければならない。 複数の米国の専門家は、これは非常に複雑な作業となり、返金までに長い時間を要する可能性があることを指摘している。最高裁が本件を下級審に差し戻し、下級審が相互関税撤廃と、政権に還付指示を行うかが焦点になる可能性はあるが、米国政府が納付済の関税の還付(返金)についての措置をとらなければ、関税を支払った企業は新たに大規模な訴訟を提起する必要が生じる(※3)。 (※3) 最高裁の判断と還付手続きの行方についてJETROビジネス短信参照。 2 トランプ政権は相互関税を引っ込めることはない 米国での報道によれば、トランプ政権は、最高裁勝利がプランAだが、プランBもあると述べている。 米国には関税を課すための制度が複数ある(【表2】参照)。IEEPAは即効性がある。自動車関税(1962年通商法232条)や、スーパー301条は発動に必要な手続きがあり、時間を要する。また、口頭弁論において、政権側はIEEPAにより外国から巨額の合意を引き出すことが可能になった(有利にディールを進めることができた)と主張している。 【表2】 大統領による関税賦課の根拠とされた制度(主なもの) (出所) 筆者作成。 3 移転価格税制への影響(直接的なもの) 関税は販売子会社の売上原価に入り、利益率を押し下げる。事前確認制度(APA)で合意した独立企業間価格範囲を下回れば、補償的調整が必要になる。今後、いったん納付した関税が還付になる可能性があるとすれば、移転価格ポリシーの見直しが必要になるケースがあるかもしれない。 ベルギー裁判:「ピラー2」(UTPR)は合法か 本件は、OECDピラー2合意に基づく15%グローバル・ミニマム税を国内法に導入することを義務付けるEUピラー2指令(2022/2523)に従い、国内法化したベルギーの2023年12月法に含まれる軽課税所得ルール(以下「UTPR」:Undertaxed Profits Rule)の適法性が争われている事件である。 米国の非営利団体AmFreeが、域外の低課税利益に基づくトップアップ税をベルギー構成企業に負わせる仕組みは、財産権・営業の自由・平等原則等のEU一次法に反すると主張している。 ベルギー憲法裁判所は、2025年7月17日、UTPR条項の合法性についての予備的判断をEU法に関する最上級審にあたる欧州司法裁判所(Court of Justice of the European Union:CJEU)に付託(※4)し、7月31日に欧州司法裁判所により受理されている。 (※4) 欧州司法裁判所に「予備的判断を付託(preliminary ruling)」するとは、加盟国の裁判所がEU法の解釈や有効性に関して疑問を抱いた場合に、欧州司法裁判所に公式に質問を送り、その判断を仰ぐ制度である。 【表3】 ピラー2の合憲性を巡るEU裁判の経緯 (出所) 筆者作成。 ピラー2は財産権侵害か(原告の主張) 原告は、自由市場・小さな政府を掲げる米国の非営利ビジネス団体American Free Enterprise Chamber of Commerceで、カリフォルニア・ビジネス・ラウンドテーブルや国際課税で実績のある有力弁護士事務所等が支援している。 例えば、UTPRにより、利益がない・あるいは損失を抱えるベルギーのグループ企業に対して、グループ企業の実効税率が低いことを理由に課税が行われることがありうるが、UTPRがベルギー国外で生じた低課税利益に基づくトップアップ税を、ベルギー内の別主体に課す点が「過度の負担」(※5)であり、ベルギー憲法、EU機能条約、EU基本権憲章に照らして無効・違憲であると主張している。 (※5) ①財産権の侵害、②EU域内の設立・サービス提供の自由及び法的予測可能性の侵害、③平等・非差別原則(グローバル・ミニマム税の支払主体であるベルギー会社の個別の財務状況を十分に考慮しない制度設計)④租税法律主義・租税領域主義といった観点で、UTPRが本質的に政策目標との関係で比例的でない負担を強いるものだと主張している。 正当目的と均衡的:国際協調により許されるか(ベルギー政府の反論) これに対しベルギー政府は、UTPRは多国籍企業による租税回避・利益移転に対抗し、最低課税を実効化するという「正当な目的」に資する規制であり、多国籍企業の親会社所在国の所得合算ルール(IIR)で課税されない(制度非導入を含む)場合に差額を補足する「バックストップ」として限定的に作動する点が制度の趣旨で、恣意的・懲罰的に負担を生じさせるものではない、などと反論している。 EU全体での歩調と国際合意に裏打ちされた最低課税の担保という公益目的を前面に置き、自由や財産権との衡量においても必要最小限の介入だと主張している。 牽引役ドイツの逡巡:ピラー2はEU企業の利益か 欧州司法裁判所がベルギー政府に不利な判断をする可能性は低いと考えるのが自然だという欧州専門家の非公式な意見もある。一方、法令上の判断とは異なるが、6月28日のG7「サイド・バイ・サイド了解」により米国多国籍企業が事実上ピラー2の適用除外とされたことを受け、グローバル・ミニマム税を牽引してきたドイツからピラー2に対する懐疑的な声も現れてきている。 1 ドイツ多国籍企業の国際競争力に対する懸念 ドイツの経済規模の大きい州の財務大臣は、6月28日のG7「サイド・バイ・サイド了解」についての声明により米国多国籍企業にグローバル・ミニマム税を適用除外としたことを受け、米国や中国が実施しないグローバルミニマム税は、EUの多国籍企業・ドイツ企業にとって相対的に不利をもたらすとして、2025年10月2日に2024年から適用されているドイツのグローバル・ミニマム課税の一時停止と、ドイツ政府がEUに対して2022年12月のEUピラー2指令(加盟国にミニマム課税の国内法整備を義務づけるもの)の凍結を働きかけるよう求める動議を提出したと伝えられる。社会主義的な立場とされる州など10州の反対により動議に対する支持は広がらなかったが、ピラー2を牽引してきたドイツ発の新しい動きである。 欧州議会で第3の勢力となっているヨーロッパ愛国者グループ(Patriots for Europe)は「米中がピラー2を適用していない」としてEUだけが手を縛ると批判。これに対し、緑の党や左派はEUの租税主権を強調し、巨大ITの負担やデジタル課税の強化を主張しており、経済問題というより政治的な立場の違いの影響が問題の整理を複雑にしている。 2 改めて問われる複雑な制度への疑問 ドイツの有力シンクタンクZEWは、EU多国籍企業によるコンプライアンスコストについて推計し、各多国籍企業グループあたり初期対応費用平均57万ユーロ、最大約319万ユーロ(約9,500万円~5.3億円)、ランニングコストが平均23万ユーロ、最大約150万ユーロ(3,800万円~2.5億円)必要であり、EU全体で初期費用12億ユーロ(約2,000億円)、ランニングコスト5.17億ユーロ(約860億円)に達すると推計し、欧州多国籍企業のコンプライアンスコスト負担について警告を発している(1ユーロ=166円で換算)。 おわりに:政策目的と手段の選択 米国でもトランプ関税の合憲性について最高裁判所で争われ、欧州でもピラー2の合憲性についてグローバル・ミニマム税について欧州司法裁判所(EUの最高裁判所)で争われることになった。米国では、最高裁でトランプ関税が否認される可能性もあり、その場合、政権は別の法的根拠で課税を行う方針と伝えられている。 欧州では、ピラー2を主導してきたドイツから、米国や中国が参加しない以上、欧州多国籍企業が不利になるとしてピラー2の適用を停止する主張が現れた一方、緑の党や左派勢力の中からはEUの租税主権を主張し、引き続き巨大IT企業の税負担やデジタル課税の強化を主張しており、今後の展開についての不透明さを増している。 米国最高裁と欧州司法裁判所という2つの最高裁は、国家の経済政策に対し「どこまでが法の許容範囲か」を問うている。 IEEPAを関税に用いるという米国の大胆な解釈を巡る裁判は、通商政策と課税の間の接点を明らかにするのではないかという指摘がある。ピラー2がこれまでの国際課税が許さない域外課税というEUの制度設計も、国際合意と国内法との間の接点を明らかにする可能性がある。いずれも「政策目的」と「手段」が法の限界を超えないかという骨太で普遍的な問題である。 政権が掲げる政策と、制度の実効性と法原理の均衡をどう保つか──。経済安全保障と国際課税という異なる文脈の下で、司法が示す判断は、今後の国際経済政策を巡る政策形成の枠組みに長く影響を与える可能性があるだろう。 (了)