《速報解説》 会計士協会、「上場会社等における会計不正の動向(2026年版)」を公表 ~会計不正の業種別公表件数は、情報・通信業が卸売業を抜いて2番目に~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 日本公認会計士協会(経営研究調査会)は、2026年7月15日付けで経営研究調査会研究資料第13号「上場会社等における会計不正の動向(2026年版)」を公表した。 「上場会社等における会計不正の動向」(以下「研究資料」と略称する)は、2018年から毎年公表されているものであり、研究資料における分類項目を当初から変化させることなく、比較可能性が維持されている。ただし、2026年版においては、「会計不正の動向」9項目のうち、4項目目に当たる「会計不正の上場市場別の内訳」が、「会計不正の上場市場別・上場年数別・売上規模別・従業員規模別の内訳」と改められ、より詳細な分析結果が追加される形となっている。 本稿では、公表された研究資料の概要を紹介するとともに、2018年3月期以降の会計不正の動向の変化について検討をしたい。 1 会計不正の定義 研究資料では、過去の研究資料と同様に、会計不正(Accounting fraud)の類型を、主に「粉飾決算」と「資産の流用」に分類したうえで、「粉飾決算」と「資産の流用」とに明確に区分できないものは「粉飾決算」に含めて集計している。 巻末に【参考】として記載されているそれぞれの定義の一部を引用する。 なお、定義については、2018年版から変更されていない。 2 会計不正の動向 研究資料で集計、分析を行っている項目は次の9つに分類されている。上述のとおり、2026年版では(4)につき拡充が行われている。 3 集計・分析結果の特徴 (1) 会計不正の公表会社数 会計不正を公表した会社の数は、2022年3月期から2026年3月期までの5年間で205社となっている。当該5年間では、2025年3月期の56社が最大であり、2020年3月期及び2024年3月期の46社を上回って、研究資料が公表されている2018年3月期以降で、最多となっている。なお、2026年3月期は40社である。 (2) 会計不正の類型と手口 会計不正を「粉飾決算」と「資産の流用」に分類した場合、2026年3月期までの5年間の平均で「粉飾決算」の割合が76.8%となっている。2026年3月期においては、件数ベースでは74.1%が「粉飾決算」で、調査対象の5年間で最も少なかった2024年3月期の75.3%に次いで少ない割合となっている。 粉飾決算の公表が80%程度で推移していることについて、研究資料では、「資産の流用による影響額よりも、粉飾決算による影響額の方が多額になる」ことから、「上場企業等が適時開示基準に準拠して公表する数は、粉飾決算の方が多くなると考えられる」と分析しており、この分析は2018年版以降、同じ表現となっている。 不正の手口としては、収益関連の会計不正(売上の過大計上、循環取引、工事進行基準)の割合については5年間平均で36.5%となっている。2026年版の特徴としては、「収益関連の会計不正」の占める割合が25.6%と過去5年間で最も少なくなっている一方で、「売上の過大計上」と「費用の繰延べ」が同じ件数で、割合としては20.9%となっている。 (3) 会計不正の主要な業種内訳 2026年3月期までの5年間で、会計不正が行われた事業を基に分類した業種別の公表件数では、サービス業が49社でトップ、次いで情報・通信業が25社、卸売業が23社となって、情報・通信業が卸売業を抜いて第2位となった。以下、建設業が20社、小売業が15社と続いている。 (4) 会計不正の上場市場別・上場年数別・売上規模別・従業員規模別の内訳 会計不正を公表した会社が上場している市場別に分類したところ、2026年3月期においては、東証プライム市場16社(前年同期24社。以下括弧内の数字が前年同期を示す)、東証スタンダード市場14社(20社)、東証グロース市場9社(5社)、その他1社(1社)となっている。 また、2026年3月31日現在の市場別上場会社数と、東証において市場区分の見直しが行われた後4年間の市場別の会計不正の件数の割合を比較した表は、次のとおりである。 市場区分 上場会社数の割合 会計不正発覚割合 差異 プライム 42.0% 42.8% 0.8% スタンダード 42.0% 40.4% △1.6% グロース 16.1% 16.9% 0.8% 研究資料では、各市場の上場数と不正の発生会社数とはおおむね比例関係にあると言えると分析している。 2026年版から追加された各市場の上場年数別、売上高別、従業員数別に会計不正の発覚事案を公表した会社等の4年間累計の内訳を見ると、上場年数別では、プライム市場とスタンダード市場では「30年以上」が最も多くなっており、「5年以上10年未満」のカテゴリーで最多となっているグロース市場との差異が際立っている。 一方、売上高別では500億円未満が56%と過半を占め、従業員数では1,000人未満で50%となり、100人以上1,000人未満が37%で最多であった。 (5) 会計不正の発覚経路 2026年3月期までの5年間における会計不正の発覚経路は、当局の調査等が49社(前年同期は47社。以下括弧内の数字が前年同期を示す)、内部統制等が34社(31社)、内部通報が27社(28社)、取引先からの照会等が26社(26社)、公認会計士監査が19社(16社)となっていて、前回同期との比較では、当局の調査等が3年連続して1位であり、それ以下の発覚経路についても、前年同期と大きな変化はない。一方、調査報告書に発覚経路が公表されていないケースは27件(構成比14.1%)を占めている。 (6) 会計不正の関与者 2026年3月期までの5年間における会計不正の主体的な関与者、共謀の有無などを分析した結果、関与者の役職や共謀の有無については年度ごとのバラつきが見られるものの、役員と管理職については、共謀して会計不正を行うことが多く(共謀が100社、単独が45社)、非管理職については、単独35社、共謀12社と、単独での会計不正が共謀を上回っている傾向が、2026年3月期も継続していることが明らかになった。 (7) 会計不正の発生場所 2026年3月期までの5年間における会計不正の発生場所を上場会社(本社)、国内子会社及び海外子会社の別に分類して集計した結果、上場会社本体が87社、国内子会社が87社、海外子会社が21社となった(複数の場所で発生している会社については、それぞれ集計している)。2025年3月期及び2026年3月期は、上場会社本体での会計不正の発生社数(19社及び12社)を国内子会社(22社及び15社)が上回る傾向が続いている。一方、海外子会社における会計不正の件数は、2025年3月期には10社となり増加が顕著であったものの、2026年3月期は1社に減少している。 会計不正が発覚した海外子会社の所在地については、中国が42%、北米・南米が29%、中国を除くアジアが21%となっている。 (8) 会計不正の不正調査体制の動向 2026年3月期までの5年間における会計不正発生時の調査委員会の組成を、「社内のみ」「社内+外部専門家」「外部専門家のみ」の3つに分類して集計したところ、それぞれ、23社、61社、104社となった。「外部専門家のみ」の調査委員会設置数については、2025年3月期及び2026年3月期は過半数を超えている(それぞれ、62%及び59%)。 会計不正の分類別に不正調査体制を比較すると、「粉飾決算」では「外部専門家のみ」で組成されている調査体制を採用する会社が多く(59.1%)、「資産の流用」では「社内のみ」または「社内+外部専門家」で調査に当たる会社が多くなっている(「社内のみ」が35.7%、「社内+外部専門家」が39.3%)ことがわかる。 (9) 会計不正と内部統制報告書の訂正の関係 2026年3月期までの5年間において、会計不正の発覚が公表された205社のうち、その後に内部統制報告書を訂正した上場会社は92社であり、その割合は44.8%であった。また。訂正を行った会社のうち82社は、会計不正の類型が「粉飾決算」であった。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 公認会計士・監査審査会が 「監査事務所検査結果事例集(令和8事務年度版)」を公表 ~「完了した監査業務に対する定期的な検証」等を新たに掲載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026(令和8)年7月17日、公認会計士・監査審査会は、「監査事務所検査結果事例集(令和8事務年度版)」を公表した。 また、同日に公表された「令和8事務年度監査事務所等モニタリング基本計画」では、「一般社団法人監査支援機構」の設立に言及するなど監査品質の向上に関する監査業界の動向が記載されている。 今回の事例集の改訂のポイントは次のとおりである。 事例集は、公認会計士・監査審査会が行う監査事務所の検査で確認された指摘事例等を取りまとめたものであり、基本的に、監査事務所に関する内容である。 本稿では、事例集に記載された事項のうち、一般事業会社における会計処理等においても参考になると考えられるものを紹介する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 取締役、監査役等、投資者等による活用を期待 事例集では、上場会社等の取締役・監査役等や投資者等に対する監査に関する参考情報の提示という観点から、審査会検査で確認された幅広い指摘事例をできるだけ分かりやすく記載している。 そのほか、監査事務所の改善取組などにおいて評価できる取組例も取り入れているので、会計監査人の適切な評価のために、是非参考にしていただきたいとのことである。 Ⅲ 個別業務における「問題となった事例」 事例集は、次のような事例について述べている。 (了)
2026年7月23日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.678を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
国際課税レポート 【第26回】 「トランプ関税劇場の第3幕」 ~最高裁判決後に浮上した301条・強制労働リスク~ 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団名誉フェロー 7月24日、10%の122条関税が終了する。この関税は、2026年2月20日、米連邦最高裁が、国際緊急経済権限法(IEEPA)は大統領に関税を課す権限を与えていないと判断したことを受け、急遽導入されていたものだ。判決により、第二次トランプ政権の看板政策「トランプ関税」のうち、2025年の「相互関税」などIEEPAに基づく措置は法的根拠を失った。122条関税の延長には議会による立法が必要だが、本稿執筆時点で、延長に向けた具体的な動きはみられない。 2月の最高裁判決後、米税関・国境警備局(CBP)は2026年4月20日に還付手続きを開始し、5月にはIEEPA関税の還付金の支払いが始まった(JETROビジネス短信2026年5月28日)。赤澤亮正経済再生担当相が2025年4月から7月にかけて8回訪米し、関税引下げ交渉の対象として知られた「相互関税」の終了は、日本企業にとっては吉報、トランプ政権にとっては打撃となっていた。 もっとも、これで自らを“タリフマン”と呼ぶ「トランプ関税劇場」の幕が下りるわけではない。 緊急事態を理由に広範な関税を一挙に課す手法は行き詰まったが、政権は既存の通商法に基づく複数の制度へと関税政策を組み替えつつある。しかも、その過程で、これまで関税問題の陰に隠れていた強制労働などが新たな争点として浮上した。嵐が去るどころか、暴風域が広がったともいえる。 以下では、第一次トランプ政権の対中関税、第二次トランプ政権のIEEPA関税に続く“トランプ関税第3幕”についての現状と展望を紹介する。 (注) IEEPAに基づくトランプ関税導入と裁判の経緯について詳しくは、本連載【第20回】「「トランプ関税」と「ピラー2」~米・欧2つの最高裁審査~」参照 米最高裁がIEEPA関税(相互関税)を否定 トランプ大統領は2025年、米国の恒常的な貿易赤字や、合成麻薬・不法移民の流入を「国家緊急事態」と位置付け、IEEPAを根拠に広範な追加関税を導入した。IEEPAは、国家緊急事態に際して外国との経済取引を規制する法律であるが、歴代大統領が同法を根拠に関税を課した例はなかった。 最高裁は2026年2月20日のLearning Resources v. Trump判決で、IEEPAは大統領に関税を課す権限を与えていないと判断した。これにより、相互関税や麻薬対策関税などIEEPAに基づく措置は法的根拠を失い、同日、ホワイトハウスもIEEPAに基づく関税措置を終了させている(JETROビジネス短信2026年2月24日)。 IEEPA関税の還付 判決後は、すでに徴収された関税をどう還付するかが大きな実務問題となった。米税関・国境警備局(CBP)は4月20日、オンラインシステム「CAPE」を稼働させ、還付のための行政手続きを開始した。 米国の関税は、輸入時に見積関税額を申告・納付し、その後のliquidation(税額確定手続)で最終税額が確定する。当初の対象は、税額確定前の輸入申告及び税額確定後80日以内の輸入申告が中心だった。 さらに6月29日からは、輸入時には暫定価格で申告し、後日、移転価格などを反映して関税評価額を精算する「reconciliation」の対象申告にも、還付手続きが広がった。企業グループ内取引では、輸入後に取引価格を調整するケースが少なくない。このため、米国へ輸出する多国籍企業にとっても、IEEPA関税の還付を受けられる可能性が広がった。 ただし、すべての申告をCBPが行政手続きだけで還付できるかは、なお決着していない。不服申立て期間が過ぎ、法的に最終確定した申告までCBPが一律に行政手続きで処理できるのか、それとも輸入者が裁判を起こして個別の命令を得る必要があるのかについては、政府と裁判所の見解が対立している。政府は、訴訟を起こしていない輸入者の最終確定済み申告まで裁判所が行政手続きによる還付を命じることに異議を唱え、控訴している。したがって、対象企業には、行政還付の進展を待つだけでなく、申告の確定時期や不服申立て期限を確認し、必要に応じて権利保全のための司法手続きも検討することが必要になっている。 還付金は原則として米国の輸入者に支払われる。このため、日本の輸出者にとっても、誰が実質的に関税を負担していたのか、還付金を米国子会社に残すのか、仕切価格の調整によって日本親会社に戻すのか、在庫原価の調整や、移転価格税制上どのように処理するのかという問題が生じる。 時間稼ぎの122条、長期化を狙う301条 最高裁判決の直後、トランプ政権は1974年通商法122条に切り替え、2月24日から原則10%の一時的な輸入課徴金を導入した。122条は、深刻な国際収支上の問題に対処するため、最大15%の追加関税や輸入数量制限を認める制度である。ただし、議会が延長しない限り150日で失効する。現行措置も7月24日までの時限措置であり、トランプ大統領が求める恒久的な関税ではない。 122条にも訴訟が提起され、米国際貿易裁判所は5月、国際収支上の発動要件を満たさないとして、措置を違法と判断した。ただし、救済は訴訟の原告に限定された。さらに連邦巡回控訴裁判所が6月11日に判決の効力を停止したため、関税徴収は現在も続いている。122条は、最高裁判決後の空白を埋める「つなぎ」としては機能するが、恒久的な制度という観点からは不安定である。 そこで後継候補として重要なのが301条である。301条は、外国政府の措置・政策・慣行が「不合理又は差別的」で米国通商を負担・制限すると米国通商代表部(USTR)が認定した場合に、追加関税その他の対抗措置を認める(※)。IEEPAと異なり、調査、相手国との協議、事実認定、意見募集といった手続を予定しており、122条のような150日の自動失効もない。政権にとっては導入まで時間がかかる一方、発動後は長期化させやすい。実務的には、122条で時間を稼ぎ、その間に301条調査を仕上げる構図とみることができる(United States Trade Representative)。 (※) 本稿の「301条」は通常の通商法301条であり、1988年に導入された「スーパー301条」の手続きとは異なる。日本は1989年、スーパーコンピューター等をめぐる貿易慣行について優先対象に指定され、関税引上げなど米国による対抗措置の発動を避けて通商摩擦を解決するため、翌1990年、各分野の市場開放措置に合意した。 もう一つの候補が、一般に「201条セーフガード」と呼ばれる制度である。これは、不公正貿易の認定を要しない代わりに、特定品目の輸入急増が米国内産業に重大な損害を与えている、又はそのおそれがあると認定された場合に、関税引上げや輸入制限を行う制度である。太陽光製品など個別産業の保護には使えるが、全輸入品に一律関税を課すための制度ではない。 IEEPA関税による徴収額は1,600億ドル(約26兆円)を超えるとされる(米上院中小企業・企業家委員会)。これほど巨額の関税収入を一挙に失うことは政権にとって受け入れ難く、代替となる法的根拠を確保する強い動機がある。 米国の追加関税制度の一覧を「表」に示す。 〈表:米国の追加関税についての制度一覧〉 制度 (導入年・大統領) 対象となる問題・発動要件 主体・手続 可能な措置 主な制約・特徴 適用事例 IEEPA(国際緊急経済権限法) 1977年/カーター(民) 全部又は相当部分が米国外に源を有する「異常かつ重大な脅威」が、米国の安全保障・外交・経済に及ぶ場合。 大統領が国家緊急事態を宣言し、規則・命令・許可等により権限を行使。 外国為替、信用移転・支払、外国又はその国民が利害を有する財産取引・輸出入等の調査・規制・禁止。 最高裁は2026年2月20日、IEEPAは関税を授権しないと判示。資産凍結等の権限は残る。 1979年のイラン政府資産凍結。2025年の「相互関税」等は、2026年最高裁判決でIEEPAによる関税権限を否定。 通商法 122 条 1975年/フォード(共) ①巨額で深刻な国際収支赤字、②ドルの差し迫った大幅下落、③国際収支不均衡の国際協調是正が必要な場合。 大統領が発動。不公正行為の調査・認定は不要。 最大 15%の一時輸入追加関税、数量制限又は両者の併用(数量制限は、国際協定上許容され、追加関税だけでは有効に対処できない場合)。 原則 150 日以内(延長は法律が必要)。原則無差別で、対象は可能な限り広範・均一。個別産業保護を目的とする制度ではない。 大統領布告 11012 号:2026年2月24日から150日間、原則 10%(品目・協定上の除外あり)。 通商法 201 条 (セーフガード) 1975年/フォード(共) 特定品目の輸入増加が、同種又は直接競合する製品を生産する米国国内産業の重大な損害又はそのおそれの実質的原因となっている場合。 米国国際貿易委員会(USITC)が調査・認定し、救済措置を勧告。大統領が措置の有無・内容を最終決定。 追加関税、数量制限、関税割当て等。 不公正貿易の認定は不要。品目別の一時的措置で、当初最長4年、延長を含め最長8年。全輸入品への一律関税には不向き。 2018年(トランプ1次)、太陽光製品及び大型家庭用洗濯機。 通商法 301 条 1975年/フォード(共) 通商協定上の権利侵害、又は不当・不合理・差別的な外国措置が米国通商を負担・制限する場合。 米国通商代表(USTR)が申立て又は職権で調査し、対象国との協議、意見募集・公聴会等を経て決定。 通商譲許の停止、追加関税・輸入制限、外国サービスへの料金・制限、拘束的合意等。 原則、調査・協議・意見募集等の法定手続が必要。 2018年(トランプ1次)、中国の技術移転・知的財産慣行を調査し追加関税(第1弾は7月6日)。 通商法 232 条 1962年/ケネディ(民) 特定品目の輸入が、数量又は状況により国家安全保障を害するおそれがある場合。 商務長官が申請・他省庁の要請・職権で調査し、原則 270 日以内に報告。大統領は 90 日以内に判断し、措置は原則 15 日以内に実施。 輸入の「調整」。追加関税、数量制限、関税割当て、国別合意等。 15%上限・150日期限はない。商務省調査と国家安全保障上の認定が必要。措置は限定列挙されない。 2018年(トランプ1次)、鉄鋼 25%・アルミニウム 10%の追加関税(布告 9705 号・9704 号)。 UFLPA(ウイグル強制労働防止法) 2021年/バイデン(民) 新疆(ウイグル)で全部又は一部を生産した物品、又は対象リスト企業の製品は、強制労働によるものと推定。新疆由来の原材料・部品を含む第三国製製品も対象。 強制労働執行タスクフォース(FLETF・米国国土安全保障長官が議長)が戦略・対象リストを策定し、米国税関・国境警備局(CBP)が輸入時に審査。 留置、排除(輸入拒否)、押収等。 対象外ならサプライチェーン資料を提出。例外は、ガイダンス遵守・CBP照会への完全回答に加え、強制労働不使用を「明白かつ説得的な証拠」で立証。原材料までの追跡が事実上必要。 優先分野は綿、トマト、ポリシリコン等。2025年に銅、リチウム、鉄鋼等を追加。 (出所) 2026年7月3日現在の情報により筆者作成 強制労働301条調査――日本は12.5%案の対象? 現在、最も注目されるのが、強制労働を理由とする301条調査である。USTRは2026年3月、米国輸入の99%超を占める60の国・地域を対象に調査を開始し、6月2日、対象国について、強制労働産品の輸入を十分に規制していないため、米国企業が低コストの強制労働産品との不公正な競争にさらされていると認定した(USTR 2026年6月2日「USTR報告書」)。 提案されている措置は広い。強制労働産品の輸入禁止制度を有する国、又はその導入を米国に約束している国等には原則10%、それ以外には12.5%の追加関税を、Annex Aの除外品目を除く全産品に課すというものである。 日本は、報告書において国内で強制労働が行われていると認定されたのではないが、米国の1930年関税法307条に相当する「強制労働産品そのものの輸入禁止制度を持たない国」と評価され、問題がありうる54の国・地域の一つに分類された。この分類を現在の関税案に当てはめれば、日本は12.5%側に入ると考えられる。日本への批判の対象は、日本企業の個別製品ではなく、日本の輸入規制制度である(USTR報告書68頁)。 7月7日から9日まで公聴会が開かれた。議事録によると、日本を中国と同じ関税率の区分に置くことについて、両国の強制労働リスクや労働法の執行状況には差があり、一律に扱うのは妥当でないとの指摘があった(議事録2日目89頁)。一方、日本を含む40超の国・地域に派遣されたベトナム人労働者の多くが、債務拘束・強制労働の状態にあるとの指摘もなされている(92頁)。7月11日時点でUSTRが公表しているのは提案段階の措置であり、税率、除外品目、既存の232条・301条関税等との重複関係を含め、今後の最終決定を待つ必要がある。 今回の301条案は、強制労働対策を名目として、IEEPA関税や122条関税に代わる広範な関税を導入するものに見える。日本を含む多くの国も、国内法上、強制労働自体を禁止している。それにもかかわらず、米国と同様の輸入禁止制度を備えていないという制度上の形式的な差異を理由に、強制労働と無関係な物品を含む広範な輸入品に関税を課すことは、日本からみれば納得感に乏しい。しかも、通商法第301条は関税措置を明示的に予定しており、IEEPA関税よりも司法審査で覆されにくく、恒久化しかねないだけに、なおさらである。 301条とUFLPA(ウイグル強制労働防止法)――国別関税と個別貨物規制 米国の輸入規制として、強制労働を扱う制度としては、ウイグル強制労働防止法(UFLPA)があるが、今回の301条を巡る動きと比べた場合、両者の役割や効果は異なる。UFLPAは、中国の新疆ウイグル自治区で全部又は一部が生産された物品や、指定事業者が関与した物品について、強制労働によるものと推定し、個々の貨物の輸入を止める制度である(JETRO「UFLPA戦略概要」)。超党派の圧倒的な支持(上院は全会一致)を得て議会を通過し、2021年12月に成立している。 輸入者は、原材料、生産者、加工工程、輸送・支払記録などを結び付け、対象地域・事業者が供給網に含まれないことを示さなければならない。対象地域等との関係がある貨物について例外を求める場合には、「明白かつ説得力のある証拠」により、強制労働が用いられていないことを示す必要がある。最終製品がベトナム、日本その他の第三国で製造されていても、上流の原材料や部品に新疆等との関係があれば対象となり得る。 これに対し、今回の301条案は、個別貨物の強制労働関与ではなく、相手国の法制度が不十分であることを理由に、国単位で追加関税を課す。したがって、日本企業の製品は、供給網に新疆等との関係があればUFLPAによる留置・輸入拒否の対象となり得る一方、関係がなくても、日本原産品であることを理由に301条関税を負担させられる可能性がある。 事例が示す供給網証拠の重要性 米国市場への輸出を避けて通ることのできない日本多国籍企業にとって、追加関税の問題はもちろん重要だが、ウイグル強制労働防止法は米国への輸入そのものが制限される点でより深刻と言える。 Abalance社(太陽光パネルの製造・販売や太陽光発電所の開発・運営を手がける東証上場の再生可能エネルギー企業)の事例は象徴的だ。2026年4月の同社開示によれば、ベトナム子会社VSUNが製造した太陽光パネルがUFLPA審査の対象となり、同社はウイグル地域産原材料を使用していないと説明したが、当初輸入が認められなかった。その後6月26日の開示によれば、一部貨物について米国への輸入・販売が進んでいる。 関税率の上昇は、価格転嫁や利益率の問題として計算できる。しかし、UFLPAで貨物が止まれば、販売計画が狂うほか、追加コストが同時に生じる。しかも、問題となるのは「強制労働への関与やそのことについての認定」の回避ではなく、原材料の採掘・栽培段階から製造、輸送、決済までをつなぐサプライチェーンに問題がないことについての、検証可能な記録である。 トランプ関税劇場第3幕で注意すべきこと トランプ関税劇場の展開を振り返ると、IEEPA(最高裁判所による否定)⇒ 122条(150日間の時間稼ぎ)⇒ 強制労働を理由とする301条案(広範な追加関税)と言った流れを見て取ることができる。 IEEPA判決で変わったのは、関税政策の方向ではなく、関税を課すための法的な器である。短期は122条、より長期には「強制労働」に名を借りた301条、個別産業には201条セーフガードが使われる。 そうであれば、これからの日本多国籍企業にとって重要なのは、関税率を予測するだけでなく、輸入者との間で関税の負担関係(還付がある場合も含む)を明確にし、サプライチェーン情報を米国における通関証拠として保存できる体制を整えることが必要になる可能性がある。 次の節目は7月24日となる。10%の122条関税は、議会による延長がなければ同日で終了するため、それまでに強制労働301条案の最終決定又は別の代替措置が示されるかが焦点となる。 事業展開にあたっては、こうした点を見落とさないようにしておく必要があるだろう。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例160(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆特定期間における納税義務の免除の特例(消法9の2①) その事業年度の基準期間における課税売上高が1,000万円以下である場合において、その事業年度に係る特定期間(その事業年度の前事業年度開始の日から6月間をいう)の課税売上高が1,000万円超であるときは、その事業年度における課税資産の譲渡等については納税義務が免除されない。 なお、特定期間の課税売上高が1,000万円を超えるかどうかの判定については、課税売上高に代えて、給与等支払額の合計額により判定することができる。したがって、特定期間の課税売上高が1,000万円を超えていても、給与等支払額の合計額が1,000万円以下であれば、免税事業者となれるため、「2割特例」は適用できる。 ◆適格請求書発行事業者となる小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置(2割特例)(平成28年改正法附則51の2①②) (1) 経過措置の内容 「2割特例」とは、インボイス発行事業者の令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間において、インボイス制度を機に免税事業者からインボイス発行事業者として課税事業者になったこと又は免税事業者が「課税事業者選択届出書」の提出により課税事業者となった場合には、仕入税額控除の金額を、特別控除税額(課税標準である金額の合計額に対する消費税額から売上げに係る対価の返還等の金額に係る消費税額の合計額を控除した残額の100分の80に相当する金額)とすることにより、納付税額をその課税標準に対する消費税額の20%とすることができる経過措置である。 したがってインボイス発行事業者となる前から課税事業者である場合等には適用できない。 (2) 適用できる期間 「2割特例」を適用できるのは、令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間である。このため、免税事業者である3月決算法人が令和5年10月1日から登録を受けた場合には、令和6年3月決算分(10月~翌3月分のみ)から令和9年3月決算分までの計4回の申告に適用することができる。 〈法人(3月決算の場合)〉 (出典) 財務省「インボイス制度の負担軽減措置のよくある質問とその回答」より一部抜粋 (3) 適用できない場合 次のような場合には「2割特例」の適用はできない。 (4) 適用を受けるための手続き 「2割特例」の適用に当たっては、事前の届出は必要ない。消費税の確定申告書に「2割特例」の適用を受ける旨を付記することにより、適用を受けることができる。 (了)
1 はじめに 令和8年度税制改正により、関連者間取引に係る書類の整理保存の特例措置が創設されることとなった。本連載では、この新たに創設された関連者間取引に係る書類の整理保存の特例措置について解説する。 【前編】では、まず改正の背景と特例措置の内容について確認する。 2 改正の背景 企業グループ内の法人間取引、特に共通費用の配賦を伴う取引は、取引条件や対価の算定過程が不明確になりやすく、恣意的な支払額の調整が行われやすい傾向にある。現状、取引内容や支払額の根拠を詳細に確認できる資料が受領・作成されていない事例も見られ、既存の保存書類だけでは経費の支払額の適正性を十分に検証できず、正確な実態把握が困難であった。こうした弊害を解消すべく、本特例措置が設けられるに至った。 3 関連者間取引に係る書類の整理保存の特例措置 (1) 概要 企業グループ内の関連者(下記(3)参照)との間で関連者間取引(詳細は【後編】にて解説)を行った場合には、支払いを行う法人の法人税の課税所得の計算上保存が義務付けられている書類等にその取引に関する資産又は役務の提供の明細、その取引における支払金額の計算の明細及びその取引に係る支払金額を算定するために必要な事項の記載等がないときは、これらの事項を明らかにする書類等を取得・作成し、保存することを義務付けられることとなる。 (2) 適用対象法人 青色申告の承認を受けている内国法人、内国法人である普通法人等(普通法人、協同組合等並びに収益事業を行う公益法人等及び人格のない社団等)が適用対象となる一方、外国法人はその対象から除外されている(法規59の2、67の2)。 (3) 関連者の範囲 関連者は、対象法人との間に次の関係があるものをいう。移転価格税制における関連者と同様の基準により判定するが、移転価格税制と異なり外国法人に限定されないため、関連者には内国法人も含まれる点に留意したい(法規59の2③)。 ① 資本関係 イ 親子関係 2つの法人のいずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式等(自己株式を除く)の50%以上を直接又は間接に保有する関係(法規59の2③一) ロ 兄弟姉妹関係 2つの法人が同一の者によってそれぞれその発行済株式等の50%以上を直接又は間接に保有される場合におけるその2つの法人の関係(法規59の2③二) ② 実質支配関係 次の事実その他これに類する事実(特定事実)が存在することにより2つの法人のいずれか一方の法人が他方の法人の事業の方針の全部又は一部につき実質的に決定できる関係(法規59の2③三) 基本的には資本関係により判定するが、役員の派遣、取引の依存状況、資金の貸付けなどによって実質的に法人の意思決定を支配しているケースを考慮し、実質支配関係も含まれる。 ③ 資本関係と実質支配関係の連鎖がある場合 イ 2つの法人が資本関係又は実質支配関係にある複数の法人を介して連鎖がある場合における2つの法人の関係(法規59の2③四) ロ 2つの法人が、同一の者との間で資本関係又は実質支配関係にある複数の法人を介して連鎖がある場合における2つの法人の関係(法規59の2③五) ④ 間接保有の計算 資本関係の場合、直接に保有する株式等の保有割合に間接に保有する株式等の保有割合とを合計した割合によって、50%以上の資本関係があるか否かを判定することとなっている(法規59の2④)。 なお、ここでいう間接保有の株式等の割合は、50%以上の出資の連鎖がある場合に足し算方式で計算する(法規59の2⑤)。これは掛け算方式による割合ではない点に留意が必要である。 (4) 関連者の判定時期 関連者に該当するかどうかは、それぞれの取引が行われた時の現況により判定する(法規59の2⑧)。 (5) 罰則 青色申告の承認の取消事由の一つに、その事業年度に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が法人税法126条(青色申告法人の帳簿書類)1項に規定する財務省令で定めるところに従って行われていないこととある(法法127①一)。 したがって、財務省令(法規59の2)で定められている一定の事項を記載した書類の保存がない場合には、青色申告の承認の取消事由となり得る。 (6) 適用開始時期 令和8年4月1日以後に開始する事業年度に行う関連者間取引について適用される(改正法規附則8)。 (了)
令和8年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第4回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 (2) 中小企業者の試験研究費に係る税額控除制度(中小企業技術基盤強化税制) ① 通算グループ全体の税額控除可能額の計算方法 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ② 各通算法人の税額控除可能分配額の計算方法 各通算法人は、次の算式により計算した税額控除可能分配額を税額控除限度額(税額控除額)とします。 ③ 通算法人の繰越税額控除額の計算方法 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (3) 特別試験研究費に係る税額控除制度(オープンイノベーション型) ① 通算グループ全体の税額控除可能額の計算方法 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ② 各通算法人の税額控除可能分配額の計算方法 各通算法人は、次の算式により計算した税額控除可能分配額を税額控除限度額(税額控除額)とします。 (続く)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第62回】 「実際に検収を行わずに検収書を作成し、機械装置の取得があったものとして税務処理をしたことは、単に事務的・形式的に検収書を作成、提出したにすぎないとして、重加算税の賦課決定処分が取り消された事例」 税理士 菅野 真美 ▷重加算税が課されるためには 重加算税は、納税者が隠蔽又は仮装により適正な申告よりも過小な申告をし、又は申告自体しなかった場合のペナルティとして課される加算税の一つである。 重加算税が課されるためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その行為を原因として過少申告の結果が発生すること(昭和62年5月8日最高裁判所判決、TAINSコード:Z158-5922)が必要となる。 納税者の故意(主観的な意思)を外部から推し量るのは困難であるが、国税庁の「法人税の重加算税の取扱いについて(事務運営指針)」において、たとえば、帳簿書類の改ざん(偽造及び変造を含む。以下同じ。)、帳簿書類への虚偽記載、相手方との通謀による虚偽の証ひょう書類の作成、帳簿書類の意図的な集計違算その他の方法により仮装の経理を行っている場合は、重加算税の対象とされる。 それでは、現品が到着した機械装置について、実際に検収を行わなかったにもかかわらず、検収書を作成し、納品請求書を取得し、機械装置として計上し、特別償却や普通償却を計上することは、重加算税の対象となる隠蔽又は仮装な行為に該当するか。この件で争われた事案を検討する。 ▷事案の概要 納税者は、主に土木設計、測量等を営んでいる1月決算の法人である。納税者は、車両に搭載するシステムと新車を注文した。なお、システム搭載後の車両のことを本件機械装置という。 本件機械装置は、旧措置法42条の6第2項に規定する特定生産性向上設備等に該当するものだった。 納税者は、平成29年1月25日、本件機械装置の検収書に同日付を記載し署名押印した検収書を提出し、同日付の納品請求書を受け取った。 納税者は、平成29年2月16日から17日にかけて、本件機械装置の概要説明と走行訓練の講習会に従業員を参加させ、講習会終了後、動作確認等の検査を完了した本件機械装置の引渡しを受けた。 納税者は、平成29年1月期に本件機械装置を総勘定元帳に計上するとともに、この事業年度において、本件機械装置の特別償却費と普通償却費を損金に算入する申告を行った。そして、課税庁は、平成31年1月28日付で、特別償却費等は損金の額に算入できないとして、法人税及び地方法人税の更正処分並びに重加算税の賦課決定処分、消費税の仕入税額控除ができないとして消費税等の更正処分及び重加算税の賦課決定処分を行った。納税者がこれを不服として審査請求したのが本件である。 ▷争点 争点は、以下の3点である。 ▷裁決 裁決は、(1)と(2)は適法であるが、(3)は、過少申告加算税相当額を超える部分の金額につき、違法であり取り消すのが相当であるとした。 (1) 平成29年1月期に本件機械装置を事業の用に供したと認められるか否か 資産を事業の用に供したと認められるか否かは、業種、実態、その資産の構成及び仕様の状況を総合的に勘案し、その資産をその属性に従って本来の目的のために使用を開始したと言えるか否かによって判断するのが相当である。 本件機械装置について平成29年1月20日付で構造等変更の自動車検査の手続きを終え、1月25日に納品し、2月9日及び14日に機械装置の検査等を行い検査成績書等を作成し、その後、講習会終了後に引渡しを受けたことからすれば、機械装置をその属性に従って本来の目的のために使用を開始したといえるのは、2月17日以降になることは明らかだ。だから平成29年1月期において本件機械装置を事業の用に供したとは認められない。 (2) システムの「課税仕入れを行った日」は、平成29年1月期に属する日であるか否か 固定資産の課税仕入れを行った日について、資産の「引渡しがあった日」を原則とするものと解されるところ、納税者は、講習会終了後に機械装置の引渡しを受けたことからすれば、システムの「課税仕入れを行った日」は、平成29年2月17日となり、平成29年1月25日とは認められない。 (3) 通則法68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったか否か 重加算税の適用要件が満たされるのは、納税者が当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をした場合である。 システムの販売担当者は、納税者に対し、経理上、検収書の提出を受けなければ納品請求書が発行できない旨説明し、機械装置に係る構造等変更の自動車検査を終了した後に検収書様式を送付するとともに、署名押印した後の検収書を提出するように依頼した。検収書の提出を受けた後に問題が生じた場合には、メーカーによる1年間の瑕疵担保責任により対応させることとしており、検収が実際に行われていたか否かではなく、検収書が存在することが重要であると認識していたと認められ、納税者が機械装置の検収を行った事実を確認していなかった。これらからすると検収書を単に事務的又は形式的に提出させたとみるのが相当だ。 納税者の代表者は、検収について、基本的に相手方から求められたら行うという程度であり、動作確認等を含めて必ず行っているものではない。納税者は、本件機械装置に限らず、実際の検収を伴わない形式上の検収でも問題は生じないとして、検収書を事務的に交付・提出したものとみるのが相当である。 そうすると、納税者が本件納品請求書の交付を受けるためにあえて作成・提出したと認めることはできない。したがって納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、外部からうかがい得る特段の行動をした上で、その意図に基づき、法人税、地方法人税及び消費税等の過少申告をしたと認められる事実はないから、「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったとは認められない。 ▷なぜ、実際に検収せずに検収書を送ったのか? このように、審判所は、「単に事務的・形式的に検収書を作成、提出したにすぎず、隠蔽し、又は仮装には該当しない」として、重加算税の決定処分については取り消した。 ところで、裁決書を読むと、納税者の主張として「本件機械装置を所有しなければ入札できない案件への事業提案及び参加表明を平成29年1月に行っている。」という極めて興味深い記載がある。 納税者としては、どうしても受注したい事業の入札があり、そこに参加するためには「1月中」に本件機械装置を所有していることが必須条件だったため、実際の検収を待たずに、検収書に署名押印して送り返したのが事実に近いのではないだろうか。しかし、もし税務調査や不服申立ての場で「1月の入札に間に合わせるために、あえて形式だけ1月中に取得したことにした。」と主張してしまえば、それこそ「過少申告の意図をもった仮装隠蔽」ととらえられ、重加算税を免れ得なかった可能性が高い。 そこで納税者は、「過少申告の意図はなく、あくまでも日常的な事務処理上の問題(ルーズさ)にすぎない。」という方向性で一貫して主張を展開した。その結果、見事に重加算税の取消しを勝ち取ったのだとすれば、これは納税者側の見事な「戦術の勝利」であったと言えるだろう。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第97回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 32 暗号資産と税務調査③:損益計算の困難性と税務執行上の問題 国税庁が暗号資産に関して、調査選定を効率的に行い、また、課税処分を適正に行うためには、暗号資産取引に係る損益の計算を一定の精度で行うことが必須である。 しかしながら、暗号資産の損益計算は驚くほど難しい。 その難しさは、単に取引件数が多いという量的問題にとどまらず、取引形態の多様性や評価方法の選択などに関わる質的問題を含んでいる。 例えば、株式取引であれば「購入⇒保有⇒売却」という比較的単純な構造であるのに対し、暗号資産では、トークン同士の交換、LPトークンの受領、報酬トークンの自動付与、クロスチェーンブリッジなど、法的及び経済的実態の把握自体が容易でない取引が多数存在する。 この損益計算の困難性は、暗号資産に特有のものであり、暗号資産の匿名性や分散性が引き起こすものとは別に、現在、国税庁が直面している暗号資産に係る最も重要な税務執行上の問題である。 (1) 暗号資産の損益計算の手順と重要性 ア 概要 暗号資産取引に係る所得税は、まず、暗号資産の損益を計算し、これを基に、所得税法の規定に従って税額を計算することで算出される。 損益計算段階での誤りは、そのまま税額計算全体に波及する。 この際、暗号資産取引の損益を適正―できる限り正確―に計算することが極めて重要である。 この点について、暗号資産に関する税務処理の95%は、収入を計算し、さまざまなカテゴリーに仕分けすることに費やされ、残りの5%は、それぞれのカテゴリーに対する課税上の取扱いや税率を決定することに費やされるという見解が示されている(※)。 (※) See KIRK D. PHILLIPS, THE CRYPTO TAX BLUEPRINT: HOW TO AVOID EXPENSIVE CRYPTO TAX MISTAKES & AUDIT-PROOF YOUR TAX RETURN 9(2023). この見解は、税率や所得区分の検討よりも前に、収入のカテゴリーに係る事実関係の整理と数値の確定が決定的に重要であることを示唆している。 暗号資産の損益計算は、一般に、CEXやウォレットなどから取引やトランザクションのデータを取得し、暗号資産の損益計算ソフトに取り込むことで行われる(暗号資産の取引数が極端に少ない場合には損益計算ソフトを使わずに損益計算をすることが可能だが、そのようなケースは検討の対象外とする)。 ここで重要なのは、ブロックチェーン上のデータだけでは損益計算は完結しないという点である。 ブロックチェーンには「いつ・どのアドレスから・どのアドレスへ・どれだけの数量が移転したか」という情報は記録されているが、それだけでは損益を計算することはできない。 次のような情報は、ブロックチェーンの記録だけからは直ちには読み取れない。 そのため、損益計算を行うためには、①取引所の取引履歴(約定価格・手数料情報)、②当時の市場価格(時価情報)、③ウォレットの入出金履歴、④納税者の取引メモや契約内容などを突き合わせながら整理する必要がある。 実務上は、これらの情報のいずれかが欠落しているだけでも、損益計算が停止することがある。 このように、複数の情報を照らし合わせながら1つの取引の経済的実態を確定していく作業が不可欠となる。 イ 損益計算の基本的手順 (ア) 税額計算との関係 暗号資産の損益計算の基本的手順を簡単に示すと次のようになる。 (※1) 数量エラー(ポジション不足の取引)、未対応のトークン、価格データ未取得のトークン (※2) 損益取引か、貸借取引かの判断を含む 実務上、上記③の工程こそが最大のボトルネックとなることが多い。 この工程は、単なるデータ修正作業ではなく、各取引の経済的実態を把握した上で、それを税法上どのように評価するかを判断する作業を含む場合がある。 また、実務においては、上記③の年末数量不一致(残高不一致)を解消するための調整処理を行うことがあり、この処理の妥当性が、税務調査において争点となる場合もある。 暗号資産取引に係る収入としては、暗号資産の譲渡や交換、マイニング、ステーキング、レンディング、流動性供給といった様々な取引タイプに係る報酬がある。必要経費としては、暗号資産の譲渡原価や手数料の比重が大きい。 このため、上記の手順を経ることによって暗号資産取引に係る収入や必要経費の多くがカバーされ、その計算結果はほぼ直接的に所得金額の多寡を左右する。 上記④の後に、損益計算の結果に基づいて課税関係を検討することになるが、暗号資産の損益計算の際に、どのような取引タイプが課税イベント(含み損益に対する課税の契機となる事象)になるか、暗号資産による支払が必要経費になるかなどの税務処理も加味して行うことが通常である(※)。 (※) 損益計算を請け負う者が税理士ではない場合には、税理士法違反の問題が生じ得ることにも注意が必要である。 例えば、トークン同士の交換を譲渡とみるか否か、エアドロップの取得時点をいつとみるか、ガス代を必要経費に算入できるか否か等の判断が、最終的な損益額に重大な影響を与える。 また、複数ウォレット間の内部移転が正確に「移転」として認識されず、誤って「売却」と扱われる場合には、架空の利益が計上される危険がある。 例えば、自己が管理するウォレットAから同じく自己が管理するウォレットBへ1BTCを移転したトランザクションが、損益計算ソフト上で「BTC売却→BTC再取得」として処理された場合には、多額の架空利益が計上される可能性がある。 以上のとおり、暗号資産に係る所得税額の計算過程においては、損益計算の比重が極めて大きいといえる。損益計算の精度こそが、課税の適正性を左右する中核的要素となっているのである。 なお、DeFiにおける流動性供給報酬やガバナンストークンの付与など、従来の議論や国税庁の暗号資産FAQでは整理しきれていない取引形態も多く、損益計算時に頭を悩ますことも少なくない(本連載第65回~第72回参照)。 (イ) 税務調査との関係 これまで考察してきた税務調査の観点からみても、暗号資産取引の損益計算は重要である。 調査選定の場面において、ブロックチェーン分析により、同一人物によって管理されているCEXの口座やウォレットアドレス、あるいは適正に申告していないことが疑われる不審な口座やウォレットアドレスを抽出することができたとしても、申告漏れ所得金額や税額を推算するためには、結局、暗号資産の損益計算が必要となる。 「誰が取引をやっているか」、「誰が管理する暗号資産か」が分かっても、「いくら儲けているか」がわからなければ課税処分できないからである(ただし、ブロックチェーンから得られる情報が損益計算に重要な役割を果たす場合もある)。 同様に、個別の税務調査の場面において、調査対象者である納税者が申告をしていないCEXの口座やウォレットアドレスが把握されたとしても、申告漏れ所得金額や税額を算出するためには、やはり、暗号資産の損益計算が必須となる。 このように、調査選定と個別の調査の場面の双方で、暗号資産の損益計算の重要性が際立つ。 (2) 暗号資産の損益計算に必要な知識やスキル 暗号資産の損益計算を適正に行うには、税法に関するもの以外にも、程度の差こそあれ、資金決済法、金融商品取引法などの関連法令やガイドライン、暗号資産・ブロックチェーン・関連ビジネスなどに関する知識のほか、各種データ等の取得方法、ブロックチェーンエクスプローラーや損益計算ソフトの操作等に関するスキルが求められる。 これらは、一般の税理士にとって一種の参入障壁となっている。 単に税法を理解しているだけでは足りず、技術的理解とデータ処理能力を併せ持つことが求められる点に、この分野の特殊性がある。 補足すると、ブロックチェーンのトランザクションを追跡したり、暗号資産の残高を確認したりする際に、Etherscanなどのブロックチェーンエクスプローラーを利用することがある。 ブロックチェーンエクスプローラーは、ブロックチェーン上のオンチェーンアクティビティを検索等するためのユーザーフレンドリーなインターフェースを提供しており、トランザクション履歴の確認、ウォレットアドレスの検索と残高確認、ブロック情報の確認などのために利用されている。 一般の暗号資産利用者がトランザクション履歴を確認する場合、ブロックチェーンエクスプローラーなどのサービスを利用することが通常である。 後述するが、エクスプローラーは、基本的には、トークンの移転等の履歴を可視化するツールであり、税務上必要となる取得価額や円換算額、取引の法的性質(売買か、貸借か、報酬か)までを自動的に示してくれるわけではない。 したがって、エクスプローラーの画面を見ただけで損益計算が完結することはなく、その情報をどのように損益計算や税額算定に落とし込むのかという判断が不可欠となる。 いずれにしても、次回以降の(3)及び(4)の考察を踏まえると、現時点では、国税庁が、複数の海外CEX、DEX、プライベートウォレットを利用している納税者に係る暗号資産の損益計算を1つの誤りもなく正確に行うことは相当困難であり、やや現実的ではない。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第100回】 「税務行政執行共助条約に基づく徴収・保全共助事件―外国法による第二次納税義務者の法的地位―(地判令4.11.30、高判令5.7.19)(その1)」 ~税務行政執行共助条約12条、17条、23条2項、28条6項、28条7項、租税条約等実施特例法11条2項、11条3項、11条13項~ 滋賀大学准教授・税理士 金山 知明 1 税務行政執行共助の概要 国家間の税務行政共助手続としては、大きく分けて税務情報の交換、徴収における支援の2つを挙げることができるが、本稿では、税務行政執行共助条約における租税債権の徴収支援のうち、保全の措置が問題となった裁判例を取り上げる。そこで、まずは税務行政相互支援に関する条約と国内法に定められた共助規定につき、その概要について確認することとする。 (1) 情報交換と徴収支援 税務情報交換は、主として課税処分より前の調査の段階における支援措置であり、徴収支援は、課税処分により生じた租税債権を回収(徴収)する局面における共助手段といえる。 情報交換は最終的に納税者に対する課税を目的とするものと考えられるが、仮に課税処分をしたとしても、その納付がされず、かつ納税者の財産が海外にある場合、課税した税額を実際に徴収することが困難となる。各国の税務当局は原則として他国において直接徴収権限を行使することができないからである(※1)。 (※1) 赤松晃「徴収法の国際的側面―徴収共助に係るOECDモデル租税条約の進展とわが国の方向―」租税法研究33号(2005)47頁。 徴収支援はこのような場面において条約締約国同士が、相互に租税の徴収に関する協力をする枠組みである。近年、経済取引のグローバル化が進展し、国境を超える取引が恒常的に行われるようになるなか、租税条約に基づき国家相互間で相手国の租税債権を徴収する仕組みが整備されてきた。 OECDモデル租税条約に基づく二国間条約においては、多くの場合情報交換規定(典型的には26条)、及び徴収支援規定(同じく27条)が定められるが、この二国間租税条約方式とは別に、OECDと欧州評議会(Council of Europe)は共同で情報交換や徴収協力に関する多国間条約を立案してきた。両者により1988年に策定された多国間条約である税務行政執行共助条約(※2)(以下「共助条約」という。)は、1995年に効力を生じ、2010年における改正を経て、これまで段階的に批准国数を増やしてきている(※3)。日本は平成23年(2011年)11月において共助条約に署名し、平成25年(2013年)10月に発効を経ている。 (※2) OECD and Council of Europe, The Multilateral Convention on Mutual Administrative Assistance in Tax Matters: Amended by the 2010 Protocol, 2011. (※3) 国税庁「令和6事務年度 租税条約等に基づく情報交換事績の概要」(2026)別紙1によれば、2026年1月1日現在、本条約への加盟国数は我が国を含め128か国。 また、共助条約への署名を受けて、我が国では平成24年度(2012年度)に国内法である租税条約等実施特例法(以下「実特法」という。)を改正し、租税条約上の徴収・保全共助や文書送達についての具体的規定が整備され、実際に共助行為が可能となった(※4)。 (※4) 増井良啓「マルチ税務行政執行共助条約の注釈を読む」租税研究775号(2014)254頁。大蔵財務協会『平成24年度改正税法のすべて』(2012)510頁。 (2) 共助条約における徴収・保全等に係る相互支援 共助条約上、徴収における支援には、租税債権徴収と保全措置が含まれ、これとは別に文書送達が定められている。それら手続の概要は以下のとおりである。 ① 租税債権徴収 租税債権徴収は11条に規定され、その1項において、被要請国は要請国の租税債権を「自国の租税債権を徴収する場合と同様に徴収」すると規定されている。この徴収の方法は、被要請国が自らの租税債権を徴収する手段と同様であるため、差押え、自国内で行使可能な強制徴収手続といった滞納処分が全て含まれる(※5)。 (※5) 森浩明「国際間の徴収共助―条約上の徴収共助条項の考察を中心として―」税務大学校論叢44号(2004)397頁。 ② 保全措置 保全措置は共助条約12条に規定されており、共助対象外国租税債権について要請国において争いがあるときであっても、共助対象外国租税の徴収を確保するために、被要請国における共助対象者の財産について保全措置をとることを内容とする。この保全措置には、財産の差押えや資産凍結が含まれる(※6)。 (※6) OECD, Text of the Revised Explanatory Report to the Convention on Mutual Administrative Assistance in Tax Matters as Amended by the Protocol, 2010, para. 123. ③ 文書送達 文書送達は共助条約17条に規定されており、要請国から発出される文書で共助対象外国租税に関するものを、被要請国において名宛人に送達することを内容とする共助である。共助条約には文書送達に関して、被要請国の法令に従って行われるべきこと、必要に応じて被要請国の公用語等による翻訳文の添付を行うこと等を定めている。 (3) 共助条約における手続規定等 ① 要請に係る手続 共助条約における徴収・保全措置要請時の要請国による手続規定として、13条1項では、租税債権がこの条約の対象となる租税に関するものである旨の宣言に加え、徴収の場合には租税債権が争われていない旨(※7)、要請国における執行を許可する文書の公式な写し等を被要請国に提供すべき旨規定される。 (※7) 共助条約11条2項において、存否が争われている租税債権は徴収共助の対象とすることができない旨規定される。 また、18条1項では、要請国は共助対象者の情報、徴収・保全を要する租税債権の性質・内容等を記載した共助要請関連情報を被要請国に提供すると規定される。 ② 争訟手続 税務執行共助に関する争訟について、共助条約23条1項は、被要請国が採った措置についての争訟の手続は、被要請国の適当な機関にのみ提起することができるとし、同条2項では、徴収の分野に関連して、租税債権の存否・金額等についての争訟の手続は、要請国の適当な機関にのみ提起することができると定める。 ③ 共助効力発生時期 共助対象外国租税となり得る租税について、共助条約28条6項は、原則として、締約国について共助条約が効力を生じた年の翌年の1月1日以後に開始する課税期間以後に課される租税であると定める。したがって、我が国では平成26年1月1日以後開始課税期間に係る租税が対象となる。 ただし、その例外として28条7項は、要請国の刑事法に基づいて訴追されるべき故意による行為に係る租税事件(要訴追故意事案)に係る租税であれば、上記課税期間より前に開始する課税期間に課される租税であっても、共助対象とすることができる旨を定める。 (4) 関連する国内規定 争訟手続に関しては、実特法11条13項においても、共助対象者は、不服申立て及び訴えにおいて、当該共助対象者に係る共助対象外国租税の存否又は額が当該共助対象外国租税に関する法令に従っているかどうかを主張することができないと規定する。 また、実特法11条1項では、所轄国税局長等は、共助の要請があったときは、実特法上の共助不実施事由があるときを除き、当該要請に係る徴収・保全共助実施の決定を行うこととされる。このとき、徴収・保全共助実施決定は、所轄国税局長等が、徴収・保全共助実施決定通知書を共助対象者に対し送達して行う(同条2項)。 また、国税通則法(以下「通則法」という。)14条1項では、要送達書類について、その送達を受けるべき者の住所等が明らかでない場合又は送達困難事情があると認められる場合には、税務署長その他の行政機関の長は、その送達に代えて公示送達(※8)をすることができると定める。 (※8) 公示送達とは、要送達書類の名称、送達を受けるべき者の氏名、及び税務署長等がその要送達書類をいつでも送達を受けるべき者に交付する旨を行政機関の掲示場に掲示して行われる(通則法14条2項)。そして同掲示を始めた日から起算して7日を経過したときは、要送達書類の送達があったものとみなされる(同条3項)。 2 事案の概要 (1) 前提事実 原告Xは、平成14年(2002年)3月に英国領ケイマン諸島において設立された法人である。 Cは、Xの元代表者であり、他の複数の会社を通じて韓国、日本及び香港において海運業に携わっている。Cは、平成23年(2011年)、韓国において、特定経済犯罪加重処罰等に関する法律違反の嫌疑により、公訴を提起され、同法律違反のうち租税ほ脱の嫌疑については、平成18年(2006年)及び平成20年(2008年)の各課税期間に係る部分を無罪とする一方で、平成19年(2007年)の租税ほ脱に係る部分を有罪とする旨の判決の宣告を受け、同判決は、平成28年(2016年)2月18日、韓国において確定した。 (2) 本件保全共助の要請 韓国の国税庁は、日本の国税庁に対し、令和2年6月4日付けの「Request for Assistance in Recovery of Tax Claims」と題する書面(保全共助要請書)を送付し、Xについて、韓国の所得税(保全共助対象外国租税)を保全共助対象外国租税とする保全共助要請をした。この保全共助要請書には、保全共助要請の内容・経緯等に関し、大要以下のように記載されている。 (※9) 具体的には、当該外国租税債権につき、日本が徴収共助を行わない権利を留保していないものであること、当該外国租税債権は、韓国法の下で保全措置を行うことができるものであること、韓国法が当該外国租税債権の存否又は額を争う機会を保障していること、韓国の税務当局が韓国内で当該外国租税債権を徴収するために採り得る全ての手段を採っていること、本件保全共助要請が、韓国の法令及び行政上の慣行に従ったものであること、本件保全共助要請に係る情報及び添付された書類の内容は正しいことをそれぞれ宣言している。 (3) 本件保全共助実施決定と保全共助 我が国国税庁は、令和2年6月12日、本件保全共助要請を受理し、Xの財産の所在地を管轄する東京国税局長は、本件保全共助要請についての所轄国税局長等として、同月30日付けで、本件保全共助実施決定をした。 東京国税局長は、本件保全共助実施決定をその共助対象者であるXに通知するに際し、保全共助実施決定通知書を本件記載所在地に送達するについては、送達困難事情があると認めたことから、これを公示送達することとし、令和2年7月1日から同月8日までの間、本件保全共助実施決定通知書に係る公示送達書を東京国税局の掲示場に掲示した。 東京国税局長は、令和2年7月15日、本件保全共助対象外国租税を徴収するための財産の保全として、XがB銀行に対して有する本件保全差押債権の保全差押処分をし、B銀行に対し、本件処分に係る差押通知書を送達するとともに、同日付けで本件保全差押債権3,339万9,766円を取り立てた。 東京国税局長は、本件保全差押処分をXに通知するに際し、本件保全差押調書謄本を本件記載所在地(ケイマン)に送達するについては、送達困難事情があると認めたことから、これを公示送達することとし、令和2年7月16日から同月23日までの間、本件保全差押調書謄本に係る公示送達書を東京国税局の掲示場に掲示した。 東京国税局長は、令和2年7月22日、本件保全差押処分により差し押さえた金銭を東京法務局に供託した。 (4) 図解 (5) 訴えの提起 Xは、東京国税局長に対する再調査の請求、国税不服審判所長に対する審査請求をしたが、いずれも同請求のうち、本件保全共助実施決定の取消しを求めるものについては棄却し、本件保全差押処分の取消しを求めるものについては却下する旨の決定、裁決を受けた。 Xは、令和4年3月15日、国Yを被告として、本件訴訟を提起した。 3 争点と主張 (1) 争点 (2) 争点に関する当事者の主張の要旨 ① 本件訴えのうち本件保全差押処分の取消しを求める部分に訴えの利益はあるか《争点1》 《争点1》について、本件保全差押処分の取消しを求める部分に訴えの利益があるとのXの主張に対し、Yは保全共助実施決定に基づき、所轄国税局長において既に差し押さえた債権を取り立てており、債権保全差押処分の目的を達し、法的効果も消滅しているため、もはや保全差押処分の取消しによって回復すべき法律上の利益はないと主張している。 ② 本件保全共助対象外国租税は、我が国において共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえるか《争点2》 《Xの主張の要旨》 本件保全共助対象外国租税は、我が国において共助条約が適用される課税期間(平成26年1月1日以降の課税期間)より前の課税期間に課される租税である。要訴追故意事案とは、現在訴追されている事案又は将来の訴追が予定されている事案のみを意味し、訴追されて既に確定判決を経ており、再び訴追を受けることのない事案はこれに含まれない。既に本件確定外国判決を経ている本件外国訴追事案は、要訴追故意事案には該当しない。 《Yの主張の要旨》 本件保全共助対象外国租税は外国訴追事案に係るものであるから、要訴追故意事案に係る租税(共助条約28条7項)に該当する。そのため、本件保全共助対象外国租税は、共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえる。 要訴追故意事案を、将来訴追される可能性がある事案に限定する文言上の根拠はなく、広く訴追されるべき責任を負うべき悪質な事案が含まれると解するのが自然な文言解釈であるから、既に有罪の確定判決を経ている本件外国訴追事案も当然にこれに含まれる(※10)。 (※10) このほか、Xは共助条約28条7項の規定そのものが、遡及処罰の禁止(憲法39条前段)に反して違憲無効である旨主張しているが、Yは本件は刑事上の責任を問われていなかった行為について、遡及的に刑事上の責任を追及するものではないから、遡及処罰の禁止(憲法39条前段)に反するものではないと反論している。 ③ 本件保全共助対象外国租税の不存在を理由として、本件各処分は違法となるか《争点3》 《Xの主張の要旨》 本件保全共助対象外国租税は、滞納外国租税の一部についての第二次納税義務に係る租税であるところ、滞納外国租税には本件確定外国判決において存在しないことが確定した部分が含まれているし、その余の部分も納付により消滅している。そのため、本件保全共助対象外国租税は、本件各処分の時点において、存在していなかった。 存在していない外国租税を保全共助の対象とすることはできないから、本件保全共助実施決定や保全差押処分は違法である。 《Yの主張の要旨》 共助条約に基づき要請国が採った措置、特に、徴収の分野に関連して、共助対象外国租税債権の存在若しくは額又はその執行許可文書に関して採られた措置についての争訟の手続は、要請国の適当な機関にのみ提起することができ(共助条約23条2項)、共助対象者は、不服申立て及び訴えにおいて、当該共助対象者に係る共助対象外国租税の存否又は額が当該共助対象外国租税に関する法令に従っているかどうかを主張することができない(実特法11条13項)。 ④ 韓国の税務当局との間での情報交換をする義務の不履行があったことを理由として、本件各処分は違法となるか《争点4》 Xは、本件保全共助要請書上の情報が不足していたにもかかわらず、東京国税局長が韓国の税務当局との間で追加の情報交換をする義務を怠ったことに基づき違法性を主張するが、Yは、当該要請書上の情報に不足はなく、さらなる情報交換を行う必要性も法的義務もなかったと反論している。 ⑤ 本件各公示送達は適法な送達であるといえるか《争点5》 Yが、新型コロナウイルスの流行により、ケイマン諸島行きの国際郵便引受けが停止されていたことは送達困難事情に当たり、公示送達は適法であったと主張したのに対し、Xは送達困難事情の不存在のほか、翻訳書添付義務の不履行、公示送達が共助条約上の秘密保護規定に反する旨主張する。 4 判決の要旨 第一審(東京地判令和4年11月30日)で裁判所は大要以下のように判示し、Xの本訴に係る訴えの利益は認めつつ、その他のXの主張をいずれも退けている。 (1) 《争点1》(本件訴えのうち本件保全差押処分の取消しを求める部分に訴えの利益はあるか)について 処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる(行政事件訴訟法9条1項)。 保全共助として所轄国税局長等による租税債権の取立てが行われたとしても、これによって直ちに保全共助対象外国租税の徴収の効果が生じたことにはならず、所轄国税局長等としては、当該保全共助対象外国租税について徴収共助の実施決定がされるまで、同取立てに係る金銭を保管のために供託しなければならない。 共助対象者としては、その間は、供託原因である当該保全差押処分を取り消す旨の確定判決を得ることにより、当該供託の効果を覆滅させるとともに、取消判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)を通じて、当該供託に係る金銭の返還を受けることができる。 そのため、共助対象者Xには、少なくとも、保全共助対象外国租税について徴収共助の実施決定がされるまでの間は、当該供託に係る金銭の返還を受けることができる余地が残されており、この点につき、法律上の利益を有する。 (2) 《争点2》(本件保全共助対象外国租税は、我が国において共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえるか)について 本件保全共助対象外国租税は、我が国において共助条約が原則的に適用される課税期間(平成26年1月1日以降の課税期間)より前の課税期間に課される租税であるといえる。 しかし、本件共助対象外国租税は、有罪確定ほ脱租税のうち平成19年(2007年)の課税期間に係るものについてXが第二次納税義務を負うものとして特定されているから、本件外国訴追事案に係る租税であるといえる。 実際に、本件確定外国判決においては、平成19年(2007年)の課税期間の租税について、Cが違法な租税ほ脱行為をした旨の認定がされていること、本件共助要請書の記載については、韓国国税庁によって、その内容が正しいものである旨の宣言がされていることなどからすれば、本件外国訴追事案は要訴追故意事案(共助条約28条7項)に該当する。 したがって、本件保全共助対象外国租税は、平成26年1月1日より前の課税期間に課される租税ではあるものの、我が国において共助条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえる(※11)。 (※11) このほか判決は、共助条約28条7項が憲法39条前段に反する旨のXの主張に対し、共助条約28条7項は、ある国について共助条約が効力を生じた年の翌年の1月1日より前に開始する課税期間(課税期間がない場合には同日より前)に課される租税についても、共助条約を適用する旨を定めた規定にとどまり、ある国において刑事上の責任を問われていなかった行為について、遡及的に同国において刑事上の責任を追及することができる旨を定めた規定ではないから、遡及処罰の禁止に触れるものではないと判断している。 要訴追故意事案の原文である「intentional conduct which is liable to prosecution under the criminal laws of the applicant Party」という文言からは、過去に刑事訴追を受けて既に確定判決を経た租税事案を要訴追故意事案から除外すべき根拠を見いだすことはできないし、過去に刑事訴追を受けて既に確定判決を経た租税事案を要訴追故意事案であると解したとしても、そのような租税事案について、再度、刑事上の責任を追及するために訴追することを許容することにはならないから、実質的にも、過去に刑事訴追を受けて既に確定判決を経た租税事案を要訴追故意事案から除外すべき根拠はない(※12)。 (※12) これに加えて判決はYの主張を認めて次のように説示する。「有罪の確定判決を経ておらず、将来、無罪となる可能性がないとはいえない租税事案に係る租税債権を共助の対象とする一方で、有罪の確定判決を経た租税事案に係る租税債権を共助の対象とすることができないとの解釈は不合理であるといわざるを得ない。」 (3) 《争点3》(保全共助対象外国租税の不存在を理由として、本件各処分は違法となるか)について 実特法11条13項により、共助対象者Xは、実特法上の処分についての国内での不服申立て及び訴えにおいて、共助対象外国租税の存否又は額が当該共助対象外国租税に関する法令に従っているかどうかを主張することができない。 共助条約23条2項は、この条約に基づき要請国が採った措置、特に、徴収の分野に関連して、共助対象外国租税債権の存在若しくは額又はその執行許可文書に関して採られた措置についての争訟の手続は、要請国の適当な機関にのみ提起することができる旨を定めているから、Xは、これらの措置について不服がある場合には、要請国である韓国の適当な機関に争訟の手続を提起すべきであって、我が国において、これらの措置についての争訟を提起することはできない。 (4) 《争点4》(韓国の税務当局との間での情報交換をする義務の不履行の有無)について 韓国で課税処分がなされている以上、本件保全共助対象租税の存否、金額等について我が国において争うことはできないから、我が国の税務当局において、積極的にそれら項目につき韓国国税庁との情報交換を行う義務はない。 (5) 《争点5》(本件公示送達は適法な送達であるといえるか)について 本件各処分がされた時点では、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、ケイマン諸島宛て国際郵便物の一時引受停止措置が解消される具体的なめどは立っていなかったといえるため、本件各通知書をケイマン諸島にある原告の所在地宛てに郵便等により送達するについては、送達困難事情があったといえる。 ケイマン諸島における公用語による翻訳や要約文書の作成がされなかったからといって、本件各公示送達が違法な送達になると解すべき根拠はない。本件各公示送達は、通則法14条に従い、各公示送達書を東京国税局の掲示場に所定の期間、掲示して行われたものであるから、共助条約22条の秘密保護義務に反した違法な送達であるということはできない。 (6) まとめ 第一審においては以上の判示により、《争点1》を除いてYの主張を認め、Xの請求を棄却した。なお、控訴審(東京高判令和5年7月19日)も概ね同様の判断をしているが、判決において高裁は、本件保全処分時においてはすでに滞納税額は納付されており、保全対象となる租税債権は存在していなかったというXの主張に対し、仮にそうであったとしても要訴追故意事案に該当する事実は変わらず、納付の有無や内訳等について我が国の税務当局が韓国国税庁と積極的に情報交換を行うことも予定されていないと述べて退けている。 ((その2)へ続く)