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2025年株主総会における実務対応のポイント

2025年株主総会における 実務対応のポイント   三井住友信託銀行 ガバナンスコンサルティング部 部長(法務管掌) 斎藤 誠   本年は、株主総会実務に影響する大きな法改正は特段ない。株主総会資料の電子提供制度は施行から3回目の総会となり、対応実務もほぼ定着した。また、株主総会運営に多大な影響を与えた新型コロナウイルスへの対応も概ね平常モードとなった。そういう意味においては、久しぶりに株主総会準備についてじっくりと取り組めるシーズンといえるかもしれない。 ここではこれらの状況を踏まえた2025年株主総会における実務対応のポイントについて概観する。   1 株主総会資料の電子提供制度への対応 株主総会資料の電子提供制度では、いわゆるアクセス通知を送付することで足りるが、現状は議案情報を中心としたサマリーを送付するものと、従来どおりの情報量を送付するフルセットでの対応がまだまだ多い。しかしながら、徐々にフルセットからサマリーへと移行が進んでいるので、このような動きを踏まえつつ、どのように対応するのかを検討することになる。 2024年6月総会での採用状況は、アクセス通知9%(前年比+2ポイント)とサマリー35%(前年比+7ポイント)、フルセット56%(前年比△9ポイント)となっている(当社調べ)。依然として株主数の少ない会社ではフルセットがほとんどを占めているが、株主数の多い会社(概ね3万人以上)ではサマリーが過半を占めている。株主数に応じて各社のコストメリットを勘案し、株主あての送付物を検討していることになる。 ちなみに株主に送付する情報が少なくなると、議決権行使比率に影響が生じるのではとの懸念もあるが、実際にはこの3パターンのいずれにおいても、議決権行使比率にはあまり差異がみられない結果となっている。 サマリーを選択すると、書面交付請求株主あてに送付する交付書面(電子提供措置事項)についても別途作成することとなり、作成物が増加することがデメリットであろう。スマートフォンでも招集通知が見やすく表示される仕組みも用意されていることから、制度趣旨を踏まえてアクセス通知を選択することも考えられる。   2 機関投資家の議決権行使基準の動向 機関投資家の議決権行使基準は引き続き厳格化されているが、ここではISSとグラスルイスの議決権行使助言基準の動向について述べる。 (1) ISSの議決権行使基準の見直しの動向 ISSでは、本年の株主総会シーズンで適用されるガイドラインの改定はないが、社外取締役や社外監査役に求められる独立性の判断において、在任期間が12年以上である場合は、独立性がないと判断する基準を設け、2026年2月1日から適用することとした。この改定は、長期の在任期間から生じる独立性に関する懸念に対処することを目的とするもので、1年間の猶予期間は、企業が適格な候補者を確保するための十分な時間を与えることを目的とすると説明されている。 なお、取締役に選任される直前まで監査役として在籍していた場合、監査役としての在任期間を合算して在任期間を計算することに留意する(※1)。監査役設置会社では、社外取締役がISSの独立性基準を満たさないと判断された場合に、それのみを理由にISSが当該社外取締役の選任に原則として反対を推奨することはないので、影響は限定的となるであろうが、今後の社外取締役のサクセッションに在任年数を勘案すべきことが明確となったものである。 (※1) ISS「2025年版 ISS議決権行使助言方針(ポリシー)改定に関するコメント募集」 ISSのガイドラインは多岐にわたっており、海外機関投資家の議決権行使基準の参考になるので、改定事項のほか、議案検討に際して網羅的に確認しておくことが望ましい(※2)。 (※2) ISS「2025年版 日本向け議決権行使助言基準(日本語版)」 (2) グラスルイスの議決権行使助言基準の見直しの動向 本年の株主総会シーズンで適用されるガイドラインの改定の概要は以下のとおり(※3)。 (※3) Glass Lewis「2025 Benchmark Policy Guidelines(日本語版)」 ① ジェンダー・ダイバーシティ グラスルイスはこれまで、プライム市場以外の企業には取締役会がジェンダー・ダイバーシティを満たしていない場合には反対助言を控える旨の例外措置を設けていたが、本年よりこれを適用しないこととした。 さらに、プライム市場のジェンダーの点で多様性のある取締役の比率を、2026年以降、これまでの「10%以上」から「20%以上」へ引き上げることとした。また、2026年以降、プライム市場以外に上場している企業に対して、取締役会の構成にかかわらず、少なくとも1名の多様な性別の取締役を選任することを求めることとした。 ② 社外取締役の在任期間 取締役会のリフレッシュメントを促進するため、社外取締役全員または社外監査役全員の在任期間が連続12年以上の場合には、取締役会議長などへの反対助言を行うこととなった。 ③ 政策保有株式に関する例外規定の見直し 過度な政策保有株式の保有に関するガイドラインの例外措置として、昨年までは明確な縮減目標値と時期の開示がある場合等で反対助言を控えることとしていた。これを2030年中に終了する事業年度末までに、政策保有株式の保有比率を対連結純資産の20%以下にするための、削減量と明確な縮減計画を開示する場合に厳格化することとした。   3 英文開示の拡充 プライム市場の上場会社は、決算情報と適時開示情報の日英同時開示が本年(2025年)4月1日より義務づけられる。 この場合において、英語による開示については、日本語による開示の内容の一部または概要を開示すれば足りるものとされた(東証有価証券上場規程436の4)。また、決算情報や適時開示情報以外の開示についても、日英同時開示の努力義務が課せられることとなった(同規程445の8)(※4)。 (※4) 英文開示の対応に際しての考え方については「プライム市場における英文開示の拡充に向けた上場制度の整備について」(東京証券取引所)を参照されたい。 すでに株主構成での海外投資家比率の高い会社においては、決算短信や招集通知等についての英文開示は対応しているところではあるが、今般英文開示が拡充されたことを受けて、英訳の体制を強化する必要がある。英文開示には自社対応や外部委託、機械翻訳などでの対応が考えられるが、自社で対応する場合の人材育成や、外部委託の場合の情報管理など、いろいろ課題も存在する。会社の実情に応じて対応策を検討しておくことが望まれる(※5)。 (※5) 実務対応については「英文開示実践ハンドブック」(東京証券取引所)などを参照されたい。   4 代表取締役等の住所の非表示措置 株式会社の代表取締役等は住所が登記事項となっており(会社法911③十四等)、登記事項証明書等を取得することで誰でも代表取締役等の住所を確認できることから、プライバシーやセキュリティ保護の観点から懸念する声が上がっていた。 今般、商業登記規則等の改正により代表取締役等の住所を非表示とする措置が創設され、2024年10月1日より施行されている。本改正は株主総会運営に直接関係するものではないが、代表取締役等のプライバシーやセキュリティ保護にメリットは大きいと考えられる。 具体的には、登記の申請と同時に本措置の適用を申し出ることが必要であり、代表取締役等の住所が登記すべき事項に含まれる場合に限られるため、定時総会後の取締役に関する登記の際に併せて行うこととなる。手続きの詳細については、法務省のホームページに掲載されている「代表取締役等住所非表示措置について」を参照されたい。   5 会社法の改正動向 次の会社法改正に向けて2024年9月に商事法務研究会が設置した「会社法制研究会」において検討が進められてきたところ、本年2月10日の法制審議会で会社法改正の検討について諮問がなされた。これにより、会社法改正の動きが本格化することとなる。 株主総会実務に関係する改正の検討項目としては、現在は産業競争力強化法での特例措置としているバーチャルオンリー株主総会を会社法制に位置づけることや、企業が実質株主の情報を取得可能とする実質株主確認制度の創設などがある。 具体的な法案に至るまでは法制審議会での議論動向によるが、数年は先のこととなろう。   6 最後に 株主総会の準備も総会当日の質疑応答対応を中心とする考えから、機関投資家等との事前の対話を通じた中での賛成票の積上げに関心が移ってきたと思われる。機関投資家の議決権行使基準が年々厳格化していくことから、会社提案への賛否動向について事前の票読みの重要度も増してきている。 ウェブを通じた情報開示が今や主体となっていることから、株主総会での情報提供だけではなく、年間を通じた的確な情報発信と株主との対話が望まれている。その意味では、株主総会に先立ち、株主からの関心事項について事前に質問を受けておくことや、株主総会の内容を事後でもオンデマンドで配信するなど、株主総会に出席できなくても株主が会社と接触または情報を得られる仕組みも検討に値すると考えられる。 (了)

#No. 609(掲載号)
#斎藤 誠
2025/03/06

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第90話】「法人課税信託と租税回避」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第90話】 「法人課税信託と租税回避」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「・・・中尾統括官・・・信託に詳しいですか?」 昼休み、中尾統括官は新聞を見ながら大きな欠伸をしている。 浅田調査官は令和7年度税制改正大綱を携えて、中尾統括官の傍らにやってくる。 「信託か・・・」 中尾統括官は、欠伸をこらえながら浅田調査官に応える。 「ええ、委託者、受託者そして受益者が登場する信託のことですが・・・このうち、受益者が存在しない信託は『法人課税信託』と呼ばれ、この所得に対して受託者に法人税が課税されます。・・・そして・・・法人課税信託の受益権は、株式又は出資とみなされ、法人課税信託の受益者は株主等に含まれるものとされています。」 浅田調査官が説明する。 「なかなか・・・浅田君は、僕より信託に詳しいじゃないか。」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「それで・・・受益者が存しない法人課税信託に受益者が存することとなったとき、この法人課税信託に係る受託法人の解散があったものとされています。」 浅田調査官は、手書きの図を見せる。 「そうすると、受益者が存しない法人課税信託について受益者が存することとなった場合には、信託自体は終了するものではなく、存することとなった受益者に対し課税が行われるので、法令上、『信託特定解散』として、他の解散とは区別して課税をしないこととされている、ということだな。」 と、今度は、中尾統括官が図を見ながら説明する。 「そうなんです。・・・そして、受益者は、受託者から『簿価』で信託財産を引き継いだものとされますから、課税関係は発生しません。・・・すなわち、簿価と時価の差額の損益について、課税の繰延べが可能となるのです。」 浅田調査官は、更に続けて熱く説明する。 「このような状況を利用して、次のような租税回避が考えられます。」 浅田調査官は、税務雑誌に載っている租税回避のスキームを紹介する。 新株予約権の発行法人の役員等が法人課税信託に金銭を信託し、信託内において受託者(信託)が新株予約権を購入後、信託内において権利行使をして取得した株式を受益者等に役員等を指定して株式を交付することによって、税負担の軽減を図る法人課税信託を利用した「株式交付型のスキーム」が行われている。この場合、受益者等の指定時には課税が行われず、株式の譲渡時まで課税を繰り延べることができる。 「・・・それで・・・令和7年度税制改正大綱(34頁)では、次のような改正内容になっています・・・」 「なお、大綱で述べている『特定法人課税信託』とは、その信託財産に属する特定株式に係る発行法人等が委託者となる受益者等の存しない信託である法人課税信託で、その特定株式の発行法人の役員等の勤続年数等を勘案してその役員等が受益者等として指定されるものをいいます。・・・また、『特定株式』とは、一定の譲渡制限付株式以外の株式をいうと解説されています。」 浅田調査官は、大綱を読みながら用語の説明をする。 「この改正は租税回避の防止を目的として設けられたものだが、頭の良い納税者は法の欠缺を探していろいろと考えるから、立法者も大変だな・・・」 中尾統括官は、苦笑する。 「ところで、中尾統括官、これを見てください・・・」 浅田調査官は机の上に、図が書かれた1枚の紙を置く。 そして同時に、ストックオプションの「設例」の数値を示す。 中尾統括官は、図と数値をじっと見比べている。 「今回の改正で・・・受益者が指定されたときに、簿価と時価の差額については給与所得(750)として課税されるということ、そして・・・もし改正がなされなければ、株式の譲渡時まで譲渡益課税(950)が行われないということか・・・」 中尾統括官の呟きに、浅田調査官は頷く。 「・・・改正前であれば、受益者は受託者から簿価(250)を引き継ぎますから、株式の譲渡時に950(1,200-250)のキャピタルゲインが発生することになります。・・・もちろん、給与所得課税に比べれば、税負担は少なくなります。」 浅田調査官はハッキリと言う。 「・・・ところで、改正後では受益者が指定されると給与所得になるのだが・・・そうすると、解散した受託法人が源泉徴収の義務を負うことになるのだろうか・・・」 中尾統括官は、思案顔になる。 (つづく)

#No. 609(掲載号)
#八ッ尾 順一
2025/03/06

【期間限定】無料公開記事を更新しました!

【期間限定】 無料公開記事を更新しました Profession Journal(プロフェッションジャーナル) は、プロフェッションネットワークのプレミアム会員専用の閲覧サービスですが、下記の記事については期間限定で、プレミアム会員以外の方でもご覧いただけます。不定期の公開となりますので、早めにご覧ください。 (※) 一般会員の方も速報解説がご覧いただけるようになりました。くわしくは[こちら]。 ◆現在連載中の記事、及び連載が終了した記事の一覧表は[こちら]をご覧ください。 FOLLOW US!!

#Profession Journal 編集部
2025/03/06

令和7年度税制改正に関する《資料リンク集》(更新)

令和7年度税制改正に関する 《資料リンク集》 このページでは「令和7年度税制改正」に関し各府省庁・主な団体等から公表された情報ページへのリンク先をまとめています。 新たな情報の公表により、随時更新します。   - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2025/03/04

《速報解説》 基礎控除等の特例を織り込んだ税制改正関連法案の修正案が公表される~令和7年分・令和8年分は合計所得金額655万円以下に4段階で加算~

《速報解説》 基礎控除等の特例を織り込んだ 税制改正関連法案の修正案が公表される ~令和7年分・令和8年分は合計所得金額655万円以下に4段階で加算~   Profession Journal編集部   3月3日(月)、衆議院ホームページにおいて基礎控除等の特例の創設等が織り込まれた所得税法等の一部を改正する法律案の「修正案2」が公表された。 自民・公明両党は野党との「年収103万円の壁」に関する協議を経て、昨年末にまとめた政府・与党案から修正する案を示した。 修正案では基礎控除等の特例(措法案41の16の2)を設けることで、令和7年分及び令和8年分については合計所得金額655万円(給与収入850万円)以下の場合に4段階で控除額の上乗せ(加算)を行うこととし、令和9年分以後については合計所得金額132万円(給与収入200万円)以下の場合に37万円の上乗せ(加算)を行うこととされる。 これにより課税最低限が、当初の政府・与党案である123万円(基礎控除の最高額58万円+給与所得控除の最低保障額65万円)から160万円(基礎控除の最高額95万円+給与所得控除の最低保障額65万円)に引き上げられる。 【参考】〈給与所得控除の額(改正案)〉 (了)

#Profession Journal 編集部
2025/03/03

《速報解説》 グローバル・ミニマム課税制度に対応した会社計算規則の一部を改正する省令が公布される

《速報解説》 グローバル・ミニマム課税制度に対応した 会社計算規則の一部を改正する省令が公布される   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2025(令和7)年2月28日、「会社計算規則の一部を改正する省令」(法務省令第5号)が公布された。これにより、2024年12月6日から意見募集されていた法務省令案が確定することになる。法務省令案に対する意見の概要及び意見に対する法務省の考え方も公表されている。 これは、「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第46号)を受けたものなどである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容   Ⅲ 施行期日等 公布の日(2025年2月28日)から施行する。 改正後の会社計算規則の規定は、2024(令和6)年4月1日以後開始する事業年度に係る計算書類及び連結計算書類について適用し、同日前に開始する事業年度に係るものについては、なお従前の例による。 (了)

#阿部 光成
2025/02/28

プロフェッションジャーナル No.608が公開されました!~今週のお薦め記事~

2025年2月27日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.608を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2025/02/27

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第46回】「所得税における「時間」」-生命保険年金二重課税訴訟・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁-

谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第46回】 「所得税における「時間」」 -生命保険年金二重課税訴訟・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 今回は、生命保険年金二重課税訴訟・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁(以下「平成22年最判」という)を取り上げ、所得税における「時間」という観点に着目してこの判決を検討してみたい。 筆者の知る限りでは、平成22年最判ほど「時間」が問題になった判決はこれまでなかったように思われる。平成22年最判の実体的判断内容に関わる「時間」の問題は後のⅡ・Ⅲで検討することにして、ここでは、平成22年最判は、昭和43年に所得税個別通達「家族収入保険の保険金に関する課税について」(昭和43年3月官審(所)2、官審(資)9)が発遣されその後40年以上の長年にわたって生命保険年金(年金方式により受け取る生命保険金)について行われてきた課税実務の取扱いを違法とした結果、過去にその取扱いを受けてきた他の事案にも広範かつ甚大な影響を及ぼすことになり、平成23年度[6月]税制改正による特別還付金支給制度(令和元年度税制改正前措置法97条の2)及び特別還付金に係る更正の請求の特例(同41条の20の2)の創設につながったことを指摘しておく。このことは、還付請求権の消滅時効(税通74条1項)を実質的に10年に延長するのと同じ結果をもたらした。   Ⅱ 従前の課税実務の取扱いとその意義 1 従前の課税実務の取扱いに関する理解(篠原論文) さて、生命保険年金に係る前記の従前の課税実務の取扱いについて、次のような興味深い理解が示されている(篠原克岳「相続税と所得税の関係について-『生保年金二重課税事件』を素材とした考察-」税大論叢74号(2012年)1頁、36-37頁。下線筆者。以下この論文を「篠原論文」といい、括弧内の頁は同論文の頁とする。なお、【図10】及び【図11】については篠原論文より抜粋)。 篠原論文は、上記の解説に続けて、「従前の取扱い」について、「被相続人が保険料を負担していた場合の生命保険金の取扱いは、一時金受取の場合は相続課税のみ、年金受取の場合は相続課税と所得課税の両方が課されるという歪な状態となり、その不均衡が夙に指摘されていた。」(35頁。下線筆者)と述べた上で、「このような不均衡が生じる根本的な原因は、生命保険金を一時金で受け取る場合には所得と相続が同時に発生する、、、、、、、、、、、、、ため、所得税法9条1項16号が経済的価値の移転としての所得A+α(=相続)と資産価値の増加としての所得α(=受取保険金-支払保険料)の両方に適用されてしまう、、、、、、、、、、、ことにある。」(38頁。傍点原文・下線筆者)との分析を示している。 「従前の取扱い」に関する篠原論文の以上の理解についてまず疑問に思われるのは、「一時金受取の場合」には、相続の時点で、「受取保険金A+α」(みなし相続財産)に対する相続税の課税と、これと同一の経済的価値をもつ「経済的価値の移転としての所得A+α(=相続)」(以下「経済的価値移転所得」という)に対する所得税法9条1項16号(現行17号)の規定(以下「本件非課税所得規定」という)の適用を認めるのに対して、「年金受取の場合」には、相続の時点で、「年金受給権の価値A+αの時価」に対する相続税の課税は認めるが、これと同一の経済的価値をもつ経済的価値移転所得に対する本件非課税所得規定の適用を「認めない」のはなぜか、である。 この点については、篠原論文の本文・脚注をみても、また、【図10】を【図11】と対比してみても、上記の点に関する明示的な言及がないので、「認めない」ように思われるだけかもしれないが、ただ、次の指摘(古田孝夫「判解」最判解民事篇(平成22年度(下))431頁、448頁。下線筆者)は傾聴に値するように思われる(この指摘をも踏まえた検討についてはⅤ参照)。 2 篠原論文の問題意識 とはいえ、前記のような疑問は、篠原論文の問題意識を的確に理解していないが故に生ずる疑問であるのかもしれない。篠原論文は、「一時金受取の場合」においては本件非課税所得規定が経済的価値移転所得と「資産価値の増加としての所得α(=受取保険金-支払保険料)」(以下「資産価値増加所得」という。なお、Ⅲ以下ではこの言葉を、生命保険の場合を離れて「資産価値の増加としての所得」という一般的な意味で用いることもある)の「両方に適用されてしまう、、、、、、、、、、、」(38頁。傍点原文)ことを、「従前の取扱い」の「不均衡が生じる根本的な原因」(同頁)として問題にしているが、同論文の問題意識は、むしろ、この点にあるように思われる。 篠原論文のこのような問題意識は、「従前の取扱い」のうち、「年金受取の場合」には「所得課税においては受取年金に対応する支払保険料が必要経費として按分控除され、α+β相当額[=資産価値増加所得]が雑所得として課税される一方、相続課税においては年金受給権の価値A+αの時価が評価され課税されていた」(36頁)という取扱いを、「所得税と相続税の『棲み分け』の観点からは理論整合的な取扱い」(同頁)として捉える立場に基づくものと考えられる。このような立場からすれば、「一時金受取の場合」にも「理論的にはα相当額(相続時点でβは生じていないのでαのみ)を所得課税すべき筈である」(37頁)ということになるのであるから、「一時金受取の場合」における資産価値増加所得(α)に対する本件非課税所得規定の適用こそが「従前の取扱い」の「不均衡が生じる根本的な原因」(38頁)ということになろう。 そうすると、「年金受取の場合」における経済的価値移転所得に対する本件非課税所得規定の適用は篠原論文の問題意識の「外」にあり、これを認めるか否かは同論文においてはブランクであると考えてよいように思われる。同論文の問題意識は、むしろ、「一時金受取の場合」にも資産価値増加所得(α)に対する所得課税の確保にあったと考えるのが相当である。このように考えると、篠原論文の次の叙述(38頁。傍点原文・下線筆者)にいう「法の欠陥」は、「一時金受取の場合」において資産価値増加所得(α)に対する所得課税ができないことを意味すると理解することができよう。 しかしながら、そうだからといって、篠原論文の問題意識及びこれに基づく分析が、生命保険金に対する本件非課税所得規定の解釈適用について有意義であったようには思われない。むしろ、後でみる平成22年最判が認めた本件非課税所得規定の適用対象を誤解し、これを経済的価値移転所得(A+α)ではなく資産価値増加所得(α)と捉える誤り(42頁参照)につながったようにさえ思われるのである。 本件非課税所得規定については、篠原論文の問題意識の「外」にあったように思われるところの、相続時点での経済的価値移転所得に対する所得課税を検討すべきであると考えるが、その検討を正面から行ったのが平成22年最判であるので、次のⅢでは、同最判の判断内容を検討することにする。 なお、その検討に入る前に、篠原論文の前記の問題意識の基礎にあると考えられる、「生保一時金に関しては被相続人死亡という同一原因により相続A+αと所得αが同時に発生する、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」(38頁。傍点原文)という本件非課税所得規定の適用対象の捉え方に関する次のような疑問、すなわち、経済的価値移転所得(の一部)としてのαも、資産価値増加所得としてのαも、相続の時点においては、別個の所得ではなく、同一の経済的価値をもつ一時金受取保険金(A+α)の一部として1個の所得を構成するのではないか、という疑問について検討しておきたい。 確かに、αに相当する所得については、保険契約の締結に基づく保険料支払の開始から保険事故=被相続人の死亡までの期間は、①時間の経過に伴う資産価値の増加としての性質が課税上問題になり得るのに対して、被相続人の死亡の時点においては、②相続による経済的価値の移転としての性質も課税上問題になり得るが、ただ、本件非課税所得規定に関しては、後者の性質(②)のみが問題にされている。つまり、生命保険金に係る相続による経済的価値の移転については、本件非課税所得規定は、当該生命保険金を相続財産とみなして相続税の課税物件とすること(相税3条1項1号)を前提として、当該生命保険金に対する相続税と所得税との二重課税を排除するために当該生命保険金を非課税所得として定めているのである。 このように考えると、篠原論文が「一時金受取の場合」において経済的価値移転所得(A+α)とは別に資産価値増加所得(α)の存在を観念し「両者」(38頁)を本件非課税所得規定の適用対象として想定した上で同規定の解釈論を立論しようとするのは、妥当でないといえよう。しかもそのような解釈論に基づき同規定に「法の欠陥」を見出すことも妥当ではないように思われる。 篠原論文における本件非課税所得規定の解釈論に対する上記の検討結果を所得税における「時間」の観点からみて言い換えると、篠原論文は本件非課税所得規定については、課税上「時間」の経過を前提にして㋐相続開始までの期間と㋑相続の時点において、性質を異にする別個の所得(前記①の性質をもつ資産価値増加所得と前記②の性質をもつ経済的価値移転所得)を想定した上で解釈論を立論しようとするものであるが、それは、「一時金受取の場合」にはαが1個の一時金受取保険金(A+α)の構成部分であるという経済実体(経済的価値の実体)に適合しない解釈論であるだけでなく、そもそも、資産価値増加所得も、㋐相続開始までの期間に被相続人の下で生じていた所得(被相続人固有の所得)であり、それが㋑相続の時点で相続人に移転されたのであるから、経済的価値移転所得といえると考えると、そのような所得の「出自」に適合した解釈論(古田・前掲「判解」448頁[前記引用部分]のほかⅤ参照)ともいえないであろう。 要するに、篠原論文の問題意識の基礎にあると考えられる、「一時金受取の場合」における本件非課税所得規定の適用対象の捉え方は成り立たないように思われるのである。   Ⅲ 平成22年最判の判断内容とその意義 1 本件非課税所得規定の趣旨と適用対象 平成22年最判は、まず、本件非課税所得規定の趣旨について次のとおり判示した(下線筆者)。 このように、平成22年最判は、本件非課税所得規定について、相続税の対象をⓐ「相続等により取得し又は取得したものとみなされる財産そのもの」として捉えることを前提として、同規定の対象をⓑ「当該財産の取得によりその者に帰属する所得」として捉え、かつ、両者(ⓐとⓑ)が「当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値」という「同一の経済的価値」を有するとの理解に基づき、同規定の趣旨を「同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したもの」と解している。 ここで、平成22年最判は本件非課税所得規定の適用対象をⓑ「当該財産の取得によりその者に帰属する所得」として捉えているが、この点について篠原論文との対比で注目すべきは、ⓑは篠原論文にいう「経済的価値の移転としての所得」(経済的価値移転所得)に相当する所得であり、同論文にいう「資産価値の増加としての所得」(資産価値増加所得)を平成22年最判は本件非課税所得規定に関して問題にしていない、ということである。 このことは、平成22年最判が本件非課税所得規定による二重課税の排除の対象を「当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値」として相続の時点でのみ捉え、その前後の時間の経過を同規定に関して問題にしていないことを意味する。換言すれば、平成22年最判は、本件非課税所得規定に関して、前記①の性質をもつ所得のうち、①-1相続の時点までの時間の経過に伴う資産価値の増加としての性質をもつ所得(資産価値増加所得)を篠原論文とは異なり問題にしていないだけでなく、①-2相続の時点以後の時間の経過に伴う資産価値の増加としての性質をもつ所得(資産価値増加所得)をも問題にしていないのである。このこと(①-2を問題にしていないこと)は、下記の判示(下線筆者)が「当該各年金の上記現在価値をそれぞれ元本とした場合の運用益の合計額」(2つ目の下線部)を本件非課税所得規定の適用対象から除外していることからして、明らかである。 2 平成22年最判における「時間」の意義と同最判の射程 以上の検討によると、平成22年最判は本件非課税所得規定の解釈論を、相続の時点にのみ着目しいわば「時間の経過しない世界」で、立論したものといってよかろう。もっとも、同最判は、生命保険金に係る年金受給権のうち有期定期金債権(相税24条1項1号)に当たるものについて、「当該年金受給権の取得の時における時価(同法22条)」を「将来にわたって受け取るべき年金の金額を被相続人死亡時の現在価値に引き直した金額の合計額」として評価することとし、その際その評価方法として割引現在価値の計算方法(ただし相税24条の法定評価方法)という、あたかも「将来にわたって経過した時間を巻き戻す」かのような仮定法的方法を用いており、そのような意味で「時間の経過」を問題にしてはいるが、ただ、それは、財産評価という事実認定(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【56】参照)の場面で「時間の経過」を問題にしているにすぎず、本件非課税所得規定の解釈論において「時間の経過」を問題にするものではないのである。 そうすると、平成22年最判の判断内容は、相続の時点での生命保険金に対する相続税と所得税の課税に関しては、同最判の判断対象である「年金受取の場合」に妥当するだけでなく、「一時金受取の場合」にも妥当すると考えられる。というのも、「一時金受取の場合」には、相続税の課税対象とされる一時金が、「年金受取の場合」とは異なり何らかの財産評価作業を介することなく、直ちに、その金額において当該一時金と「同一の経済的価値」の所得として本件非課税所得規定の適用対象となるだけのことであるからである。 このような平成22年最判の考え方によれば、所得税と相続税の「棲み分け」は、「年金受取の場合」であれ「一時金受取の場合」であれ、相続の時点では、「相続等により取得し又は取得したものとみなされる財産そのもの」に対する相続税の課税と、「同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除」する本件非課税所得規定の適用による「当該財産の取得によりその者に帰属する所得」に対する所得税の非課税とによって、図られているといえよう。 換言すれば、平成22年最判の射程内における所得税と相続税の「棲み分け」には、資産価値増加所得に対する所得課税は関係がないといえよう。篠原論文は、既にみたように、「年金受取の場合」には年金受取の時点における資産価値増加所得(36頁の【図10】ではα+β)に対する所得課税を前提にして所得税と相続税の「棲み分け」を論じているが、そのような「棲み分け」は平成22年最判の射程外の問題である。 もっとも、平成22年最判の射程は限定されたものであると考えられる。すなわち、「本判決が、相続税法24条の解釈を軸に展開されていることに鑑みれば、同判決は、同条によって評価がなされる相続財産を直接の射程としているものと考えられる。」(最高裁判決研究会「『最高裁判決研究会』報告書~『生保年金』最高裁判決の射程及び関連する論点について~」(平成22年10月22日)平成22年度第8回税制調査会(11月9日)資料3頁)と説かれるように、平成22年最判の射程は、相続税の課税物件が有期定期金債権(相税24条1項1号)に当たる年金受給権である場合に限られており、しかも所得税における「時間」の観点からみても、その射程は相続の時点での年金受給権と「同一の経済的価値」の所得(経済的価値移転所得)に対する非課税に限定されると考えられる。したがって、その射程外で、篠原論文の説く所得税と相続税の「棲み分け」を検討する余地は、むしろ広いといえよう(Ⅴも参照)。 なお、平成22年最判の下記の判示(下線筆者)からすると、同最判も第2回目以後の年金のうち「運用益」という資産価値増加所得(雑所得)に対する所得課税を認めるものと解されるが(古田・前掲「判解」446頁、最高裁判決研究会・前掲報告書4頁等参照)、ここでいう「運用益」は、「将来にわたって受け取るべき年金の金額を被相続人死亡時の現在価値に引き直した金額」を「元本とした場合の運用益」であり、篠原論文のように受取年金から支払保険料を必要経費として按分控除して算出される運用益(資産価値増加所得)ではないことに注意すべきである。 そうすると、「運用益」に対する所得課税を視野に入れたとしても、平成22年最判の考え方に基づく所得税と相続税の「棲み分け」は、篠原論文における所得税と相続税の「棲み分け」とは異なるものになろう。すなわち、平成22年最判の上記の判示から導き出される前記の所得課税(第2回目以後の年金のうち「運用益」部分に対する所得課税)を視野に入れ、しかも「一時金受取の場合」における当該非課税一時金の額を元本とする「運用益」に対する所得課税を想定して所得税と相続税の「棲み分け」を考えることにすれば、その「棲み分け」については、篠原論文が問題にしたような「不均衡」は生じないことになろう。この点については次の解説(古田・前掲「判解」447頁)がされているところである。   Ⅳ おわりに 今回は、所得税における「時間」という観点に着目して平成22年最判を検討することとし、その検討に入る前に、従前の課税実務の取扱いに関する篠原論文の理解を検討し、これと対比しながら平成22年最判の検討を行った。 その検討の結果、従前の課税実務の取扱い(に関する篠原論文の理解)は、相続の時点から年金受取の時点までの期間の年金受給権(みなし相続財産)に係る「資産価値の増加としての所得」(資産価値増加所得)に対する雑所得課税を認めるものであるのに対して、平成22年最判は、相続の時点のみに着目し年金受給権(相続財産)と「同一の経済的価値」の所得(経済的価値移転所得)に対する本件非課税所得規定の適用を認めるものであるとの理解を示した。この理解によれば、前者(資産価値増加所得)は、いわば「時間の経過する世界」で観念される所得であるのに対して、後者(経済的価値移転所得)は、いわば「時間の経過しない世界」で観念される所得であるといってよかろう。 そうすると、従前の課税実務の取扱い(に関する篠原論文の理解)と平成22年最判とは、いわば「別世界」で観念される所得を対象にするものであったといえよう。このような「世界観」に照らして実定所得税法の規定を眺めてみると、前記の雑所得課税を定める規定と本件非課税所得規定とは「別世界」で解釈適用されるということになろう。このことを一般化すれば、所得税法は、非課税所得について本件非課税所得規定も含め第1編第3章の中だけで完結的に規定しているのに対して、同章で規定している課税所得(7条)については、編を改めながらも連続性をもって金額的表現のための規定(課税標準規定)を第2編第2章で定める、といういわば「別世界」構造(非課税所得規定と課税所得規定の「別世界」構造)を採用していると考えることができよう(前掲拙著【194】参照)。   Ⅴ 補論-平成22年最判の射程外の所得課税- 最後に、補論として、今回の検討結果及びこれに関するⅣの整理を踏まえ、平成22年最判の射程(相続税の課税物件が有期定期金債権[相税24条評価対象資産]に当たる年金受給権である場合における相続の時点での当該年金受給権と「同一の経済的価値」の経済的価値移転所得に対する非課税)の外部の「時間の経過する世界」で観念される資産価値増加所得に対する所得課税について、以下の2つの点を指摘しておきたい。 1つは、平成22年最判の射程外にある相続財産に係る資産価値増加所得に対する所得課税については、❶所得税法59条1項1号及び❷同法60条1項1号並びに❸同法67条の4がそれぞれ一定の措置を講じている、という点である。 ❶所得税法59条1項1号は、前記①-1相続の時点までの時間の経過に伴う資産価値の増加としての性質をもつ所得(資産価値増加所得)に対して、相続時点での被相続人に対する所得課税(みなし譲渡課税)を定めるのに対して、この規定の適用要件が充足されない場合について❷同法60条1項1号は、相続人による被相続人の取得費の引継ぎを定め、もって相続時点での相続人に対する上記所得の課税を繰り延べ(課税の繰延べ)、後に当該相続人が相続財産を譲渡した時点において、上記の所得(資産価値増加所得)と前記①-2相続の時点以後の時間の経過に伴う資産価値の増加としての性質をもつ所得(資産価値増加所得)とを合算して課税することとしている。 平成22年最判の当時は、上記の❶及び❷の措置が明文で定められていただけであったが、その後、同最判を受けて、当該措置の対象となる相続財産(居住者である被相続人の有する山林所得又は譲渡所得の基因となる資産)以外の相続財産に係る資産価値増加所得に対する課税について、次のような問題提起及び提言(最高裁判決研究会・前掲報告書6-7頁。下線筆者。古田・前掲「判解」457頁(注23)も参照)がされた。 この提言を受けて平成23年度[6月]税制改正で新設されたのが、❸所得税法67条の4である。このことを同条の趣旨として大阪地判令和3年11月26日訟月70巻9号929頁は次の判示(下線筆者)で確認し、同控訴審・大阪高判令和6年1月18日訟月70巻9号910頁がこれを引用している。 もう1つは、平成22年最判が本件非課税所得規定による排除の対象とした相続税と所得税の二重課税は、最高裁判決研究会・前掲報告書の前記引用部分や上記大阪地判の引用判示で議論ないし疑義の対象とされている二重課税とは異なる、という点である。 後者の二重課税は、前記❷又は❸(で確認された従前の課税実務)の措置の対象となる相続財産に対する相続税の課税と、当該相続財産に係る未実現の資産価値増加所得(課税繰延所得)に対する実現時(❷については当該相続財産の譲渡時、❸については既経過利子・配当等の支払時)における所得税の課税とによる二重課税であるが、❷又は❸に係る二重課税のいずれもが、平成22年最判が本件非課税所得規定による排除の対象とした二重課税とは異なり、したがって本件非課税所得規定に反する違法な二重課税ではない。このことは、以下のとおり、裁判例でも認められている。 前記❷に係る二重課税については、東京高判平成26年3月27日税資264号順号12443頁が次のとおり判示し(下線筆者)、また、前記❸(で確認された従前の課税実務)に係る二重課税については、前記大阪地判が次のとおり判示し(下線筆者)、その判示を前記大阪高判も引用している。 前記東京高判は所得の「経済的価値」の観点から、また、前記大阪地判は所得の「帰属主体」の観点から、前記❷又は❸に係る二重課税について本件非課税所得規定に係る二重課税との「同一性」を否定しているが、筆者としては、今回検討してきた所得税における「時間」の観点からも、その「同一性」を否定することができると考えるところである。すなわち、平成22年最判が本件非課税所得規定による排除の対象とした二重課税は相続時点での二重課税(同時二重課税)であるのに対して、前記❷又は❸に係る二重課税は相続時点と所得実現時点での二重課税(異時二重課税)であるので、両者に「同一性」はないと考えられるのである(前掲拙著【194】のほか拙著『税法創造論』(清文社・2022年)420頁以下[初出・2014年]も参照)。 (了)

#No. 608(掲載号)
#谷口 勢津夫
2025/02/27

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第62回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第62回】   東洋大学法学部准教授 泉 絢也   (ウ) 「金銭信託で、共同しない多数の委託者の信託財産を合同して運用するもの」及び「信託」等該当性 下図のとおり、本信託は、合同運用信託の定義のうち「金銭信託で、共同しない多数の委託者の信託財産を合同して運用するもの」という部分も満たさないと解される。 「共同しない多数の委託者の信託財産を合同して運用するもの」という部分に関して補足すると、ここでいう委託者は信託法2条3項の委託者を念頭に置いた概念であり、信託を設定する者を意味すると解される。 例えば、信託契約の方法により信託を設定する場合には、「特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(信託契約)を締結する方法」により、信託をする者が委託者に該当する(信託2④、3一。信託宣言の場合は信託3三)。 このことに、日本のETFの仕組みも併せ考慮すると、本信託の委託者は信託を設定し、管理しているスポンサー(Bitwise Investment Advisers, LLC)であるという見方が出てくる(※)。このような理解が正しいとすると、本信託は「共同しない多数の委託者の信託財産を合同して運用するもの」に該当しないことになる。 (※) 本連載第47回の「米国ビットコインETF比較表」で示した11銘柄の目論見書や信託契約書においては、「settlor」、「trustor」、「donor」、「creator」などの語が使用されておらず(米国連邦所得税法上のグランタートラストの課税関係の文脈で「grantor」という語が使われているにすぎない)、どの当事者が委託者に該当するのかという点が問題となる。なお、ARK 21Shares Bitcoin ETFについては、信託契約書において、スポンサーが合計1ドルを本信託に移転し(assigns, transfers, conveys and sets over to the Trust)、受託者がこれを信託として受領したことを認め、これが最初の信託財産を構成することが明記されている。 仮に、バスケットの購入を通じて、本信託に信託財産として現金を拠出している指定参加者(又はシードキャピタル投資家)を委託者であると解した場合であっても、現時点では指定参加者は3社(シードキャピタル投資家は1社)のみである。 また、指定参加者になることができるのは、SECに登録されたブローカー・ディーラー、証券取引に従事するための登録の必要がない銀行その他の金融機関であり、かつ、DTCの参加者に限定されている。 そうすると、本信託の関係者で「共同しない多数」の者となりうるのは一般の投資家(受益者)のみであるが、目論見書や信託契約書においては、投資家が本信託の委託者であるという記述はなく、他に「共同しない多数の委託者」が存在することを示唆するような記述も見当たらない。 これらのことからすれば、本信託は、共同しない「多数の委託者の信託財産を合同して運用するもの」に該当しない。 ただし、デラウェア州法定信託やその委託者の意義、日本法における信託や委託者の概念との適合性についてさらに検討する余地はある。 オ 「信託」該当性 上記とも関連することであるためここで論及しておくが、本稿では、デラウェア州法信託は、わが国の租税法上の信託と考えられるのかという論点には深入りせず、本信託が租税法上の信託に該当することを前提として考察を進めてきたものの、そもそも、そのような前提が成り立つのか、デラウェア州法定信託その他のビジネストラストが日本の租税法上の法人や人格のない社団等に該当するかという点を精査すべきではないかという指摘もありえよう。 デラウェア州の法定信託は、法人ではないが(「an unincorporated association」ではあるが)(デラウェア州法定信託法3801(ⅰ))、「a separate legal entity」であり(同法3801(ⅰ)、3810(a)(2))、訴訟当事者にもなることができる(同法3804(a))。 このことに加えて、本信託も権利義務の帰属主体として、自己の名で取引をすることが可能であることや受託者に信託財産の権利を移転する必然性はないことなども考慮すると、本信託について、日本の租税法上の信託該当性にとどまらず、法人や人格のない社団等該当性を検討すること、さらにいえば、各当事者の日本の租税法上の委託者、受託者、受益者該当性を検討することには理由がある。 信託財産が受託者ではなく本信託の名義で所有されており、受託者自体は名目的な存在であり、各取引は本信託の名義で行われているとするならば、本信託そのものではなく、その受託者(受託法人)を各法人課税信託の信託財産等及び固有資産等ごとにそれぞれ別の者とみなして課税する法人課税信託の制度(法法4の2)及びその趣旨(本連載第58回参照)に適合するのかという検討視点を持つことも重要になってくる。 結局、デラウェア州法定信託法の規律内容、目論見書や信託契約書等の内容も含めて、さらに検討が必要となる。 カ 本信託の法人課税信託該当性とその効果 以上、「受益権を表示する証券を発行する旨の定めのある信託」(法法2二十九の二イ)には、少なくとも社債等振替法の振替制度に類似した振替式を採用し、(電磁的方式により)受益権を発行する定めのある外国信託も含まれるとする見解が解釈論として成り立つことを前提とするならば、本信託は、「受益権を表示する証券を発行する旨の定めのある信託」に該当し、集団投資信託に該当しないことから、法人課税信託に該当する。 この場合、受託者(受託法人)、受益者及び委託者に対する所得税法の適用上、法人課税信託(法人税法2条29号の2ロに掲げる信託を除く)の委託者がその有する資産の信託をした場合には、受託法人に対する出資があったものとみなされる(所法6の3六、措法2の2②)。 法人課税信託の受益権(公募公社債等運用投資信託以外の公社債等運用投資信託の受益権及び社債的受益権を除く)は株式又は出資とみなされ、法人課税信託の受益者は株主等に含まれる。この場合において、その法人課税信託の受託者である法人の株式又は出資は当該法人課税信託に係る受託法人の株式又は出資でないものとみなし、当該受託者である法人の株主等は当該受託法人の株主等でないものとされる(所法6の3四、措法2の2②)。 (5) 「株式等で金融商品取引所に上場されているものに類するもの」 株式等で金融商品取引所に上場されているもの及びこれに類するもの(店頭売買登録銘柄として登録された株式等や外国金融商品市場において売買されている株式等)は、本件分離課税特例の対象となる上場株式等に該当する(措法37の11②、措令25の9②)。 この場合の外国金融商品市場とは、金融商品取引法2条8項3号ロに規定する外国金融商品市場、すなわち「取引所金融商品市場に類似する市場で外国に所在するもの」である。 本件持分は、「取引所金融商品市場に類似する市場で外国に所在するもの」に該当すると解されるNYSE Arcaに上場されている。よって、本件持分は、株式等で金融商品取引所に上場されているものに類するものに該当する。 (6) 本件分離課税特例(分離課税)の適用の可否 以上のとおり、検討ないし精査すべき点は残されているものの、「受益権を表示する証券を発行する旨の定めのある信託」(法法2二十九の二イ)には、少なくとも社債等振替法の振替制度に類似した振替式を採用し、(電磁的方式により)受益権を発行する定めのある外国信託も含まれるとする見解が解釈論として成り立つことを前提とするならば、本信託は法人課税信託に該当する可能性がある。 この場合、本件持分は株式又は出資とみなされ、本件分離課税特例の対象である株式等に該当するとともに、金融商品取引所に上場されているものに類するものに該当することから、日本の居住者が本件持分を米国の市場で購入し、譲渡した場合には、その譲渡に係る所得に対して、本件分離課税特例の適用があることになる。   (了)

#No. 608(掲載号)
#泉 絢也
2025/02/27

固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第46回】「雑損控除の対象となる損失は物理的損害に基因するものであり、物理的な被害から直接生じたものではない損害に基因するものについては雑損控除が認められなかった事例」

固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第46回】 「雑損控除の対象となる損失は物理的損害に基因するものであり、物理的な被害から直接生じたものではない損害に基因するものについては雑損控除が認められなかった事例」   税理士 菅野 真美   ▷雑損控除 雑損控除とは、居住者やその者と生計を一にする配偶者その他の親族の有する資産について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合において、その損失額のうち、一定の限度額を超える部分については、その者の総所得金額等から控除されることが認められるものである(所法72)。 現在の制度の源流は、シャウプ勧告において「損失を受けた納税者で、彼の純所得(中略)の10%を超過する損失を蒙ったものに限り、その限りにおいて損失の控除を許す」(※1)といった勧告があり、これを受けた昭和25年度の税制改正で雑損控除が採用されたことによるものである。 (※1) 武田昌輔監修『DHC コンメンタール 所得税法』§§57の3~151(第一法規・加除式)4643頁 このような制度を採用することにより「納税者は、特別な考慮を税務署から受けるため陳情することをしないでも、彼のはっきりした申請をなして、減免を与えられることになろう。同時に税務行政に当たっている者は、少額の控除申請にわずらわされないであろう。」(※2)というように災害等による損失に伴い担税力が減少した事態に対応する制度として、納税者の負担と課税庁の負担が少なくなる方法を創設したと考えられる。 (※2) 武田・前掲(※1)4643頁 雑損控除の金額を算定するためには、控除対象となる損失の額の算定が不可欠となるが、その控除対象となる損失をどのように算定するかについては、所得税基本通達72-2において次のように定められている。 ◆所得税基本通達72-2(資産について受けた損失の金額の計算) (1)は時価に基づくものであり(2)は簿価に基づくものであるが、物理的な価値に基づいて損失額を算定するものと考えられる。では、この損失の金額には、損害を受けた資産の物理的な価値部分だけではなく、風評被害等による価値の下落部分も含まれるのだろうか。 今回は、台風の被害により共用部分に損害が生じたマンションにおける被害後の一室の市場価値の下落部分についても雑損控除が認められるか否かで争われた事例を検討する。   ▷どのような事例か 納税者は、鉄筋コンクリート造の建物(以下「本件マンション」という)の一室を所有していた。台風の被害が本件マンションの地下発電設備に生じたことから、本件マンションの共用部分の一部に設置された電気、電話、通信及び給排水等設備等について修繕が必要となった。この修繕費(資産を台風前の状態に戻すための支出と災害関連支出)の合計額は、3億2,665万8,244円となったが、保険金補填額が3億3,333万1,868円となり、この支出に係る納税者の負担はなかった。さらに、納税者の所有する専有部分については物理的な被害に関する記録はなかった。 しかし納税者は、台風により本件マンションの価値が減少したとして、被災直前の時価額4,044万4,263円から鑑定評価額による被災直後の時価額3,060万円を差し引いた984万4,263円を損失額として雑損控除を算出して申告をした。これに対して課税庁は、雑損控除の適用はないとして更正処分等を行った。納税者はこの更正処分等を不服として審査請求をしたところ却下されたため、訴えを提起したのが本事例である。   ▷争点は 争点はいくつかあるが、本稿では、所得税法72条1項の「損失」の意義及び雑損控除対象損失金額の算定について検討する。   ▷地裁の判断は 地裁は、所得税法72条1項の「損失」の意義及び雑損控除対象損失金額の算定について、主に次のように判示した。 ◎所得税法72条1項の「損失」の意義 ◎雑損控除対象損失金額の算定 *   *   * このように雑損控除の対象について、物理的な被害から直接生じたものではない損失は認められないと判断した。 なお、本稿は雑損控除のうち災害による損失に関する事案であったが、雑損控除の対象は、災害のほかにも盗難や横領のように本人が注意を払っても生じてしまった不可抗力による損失も適用範囲に含まれるが、詐欺による損失は認められないとされている(※3)。 (※3) 国税庁質疑応答事例「詐欺による損失」(令和7年2月14日筆者閲覧) (了)

#No. 608(掲載号)
#菅野 真美
2025/02/27
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