《税理士のための》 登記情報分析術 【第27回】 「相続登記について」 ~遺言書に基づく相続登記~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 いわゆる「終活」に対する意識の高まりなどもあり、被相続人が遺言を残しているケースが増えている印象がある。遺産に不動産がある場合には、遺言に基づいて相続登記を行うことになるが、遺言の記載内容によってはスムーズに登記ができないこともある。本稿ではスムーズに相続登記が行えない遺言の事例などを紹介しつつ、遺言と相続登記に関するポイントについて解説をする。 1 自筆証書は「検認」が必要 実務上よく利用される遺言の方式として自筆証書遺言(民法968条)と公正証書遺言(民法969条)がある。自筆証書遺言の場合、法務局における保管制度を利用している場合を除き、遺言書の発見者等が相続開始後すみやかに家庭裁判所において「検認」の申立てを行う必要がある(民法1004条)。 検認とは、家庭裁判所において遺言書の形状や遺言書の内容を明確にして遺言書の偽造・変造を防止するための手続である。家庭裁判所の裁判官が、検認期日において相続人の前で自筆証書遺言を検認する姿を思い浮かべるとイメージがしやすいだろう。 検認の申立てには、申立書のほか相続人全員の戸籍等を添付する必要があり時間や労力がかかる。税理士の顧客自身では検認の必要性を理解していない可能性もあるため、すみやかに司法書士のサポートを受けるように促すなどの対応が必要になるだろう。 2 相続登記がスムーズにできない遺言書の例 遺言書をせっかく作成していても、記載内容に不備がありスムーズに相続登記が行えないという事例はよくある。遺言書の記載内容の不備についてのトラブルは多々あるが、不動産の記載に関する事例としては以下のようなものがある。 (1) 不動産の記載が登記記録に基づいていない 不動産の記載が登記記録に基づいておらず住居表示や家族間だけで通用する表記で記載されている遺言では相続登記が行えないことがある。 【住居表示で特定されている例】 【家族間で通用する表記で特定されている例】 なお不動産の記載が登記記録に基づいていない場合でも、平米数等の情報から特定ができる場合には相続登記が行える場合もある。筆者の印象では法務局としてもできるだけ遺言書を活かす方向で対応をしてくれる傾向があるように思われる。 (2) 不動産の記載が間違っている 不動産の記載が次の記載例のように間違っているケースもある。 【不動産の記載が間違っている例】 このようなケースでは遺言書では相続登記ができず、別途相続人からの上申書や遺産分割協議書等の提出を求められることがある。 (3) 不動産の記載が無い 遺言書に金融資産などの不動産以外の財産しか記載が無い場合は、当然ながら遺言書に基づいて相続登記を行うことはできない。ただし、以下のような包括的に遺産を相続させる文言(バスケット条項)が遺言書に記載されている場合には、当該文言に基づいて相続登記を行うことが可能である。 【包括的に財産を相続させる文言の例】 多くの場合はこのようなバスケット条項が遺言書に記載されているが、まれに遺言者の意向により盛り込まれないことがある。バスケット条項がない場合は、遺言書に記載のない遺産については遺産分割協議が必要になるため、遺言者にその旨の説明を丁寧に行う必要があるだろう。 このような事例は専門家が関与して作成することが多い公正証書遺言の場合は起こることが少ないが、遺言者が専門家に相談せず作成した自筆証書遺言の場合は起こりがちである。安定的に手続を行うという意味でも、遺言書を作成する場合には、できるだけ公正証書遺言を作成することが望ましいといえるだろう。 3 相続登記を迅速に進めるために 遺言書に基づいた相続登記の申請には、遺言書の原本を法務局に提出する必要がある。遺言書が1通しかない場合、預金の解約等で遺言書を使用するため相続登記をなかなか行うことができないということがある。 公正証書遺言や法務局における保管制度を利用している自筆証書遺言の場合は、謄本や遺言書情報証明書を新たに発行してもらうことができるため、新たに発行した謄本等を用いて預金の解約等の手続を進めつつ相続登記の申請を行うことができる。顧客が不動産売却などで相続登記を急いでいる場合には取得をするとよいだろう。 4 遺言制度の改正にも注意 現在、法制審議会民法(遺言関係)部会において、遺言制度の見直しが議論されており、2025年7月29日には「民法(遺言関係)等の改正に関する中間試案」がパブリックコメントに付されている。改正議論の目玉としてデジタル技術を活用して遺言書を作成する「デジタル遺言」が取り上げられており、遺言者が遺言の全文を読み上げる様子を録音・録画する方式なども検討されている。顧客の遺言書作成に関わることが多い税理士としても動向を注視するとよいだろう。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第26回】 「教育費無償化の現在位置」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 子育てを応援する国の施策は近年拡大傾向にあるにもかかわらず、我が国では出生率の低下が続き、少子化問題の改善はなかなか見いだせないでいます。 筆者はファイナンシャルプランナーとして、さまざまな世代からライフプラン相談をお受けしていますが、案外情報がアップデートできておらず「子育てにはお金がかかる、だから子どもを持つことができないのだ」と思い込んでいらっしゃる方が多いように感じています。 実際、子育てにかかる費用については、「無償化」が進んでいます。それは間違いのない近年の流れです。しかし、個々の家庭の選択としての「子どもにかける費用」は、インフレの影響もあり、増えているのも事実です。 教育費無償化や子どものいる世帯へのさらなる給付は心地よい言葉ではありますが、現状の国の子育て支援の状況を十分理解しないまま制度の拡大ばかりを要求しても、子育てにまつわる経済的な不安は払拭できないのではないかと感じるところもあり、今回は国の制度を整理してみたいと思います。 〇出産前後 〇出産後から幼児期まで 〇小学校以降 まとめると、小学校、中学校を私立に通わせる以外の進路であれば、授業料は無償化が十分進んでいます。大学については、すべての子どもが進学をするわけではないので、とりあえず高校を卒業するまでは、授業料の負担を気にすることなく子どもが学校に通える国であると言えるのではないでしょうか。 以上が子育て支援に関わる国の施策の主なものです。キーワードは「切れ目のない支援」となっているので、上記の経済的な支援以外にもさまざまな相談窓口が設置されていたりもします。 自治体によっては、さらに子育て支援を充実させているところもあります。例えば東京都では、赤ちゃんが生まれた時に10万円、対象となる子が18歳になるまで月5,000円の給付、2歳時、3歳時での6万円相当のサービスの提供などを用意しています。 もうひとつのキーワードは「共育て」です。母親だけのいわゆる「ワンオペ」ではなく、父親も一緒に子育てに十分な時間を使うことができるようにと、「働きながら共に育てる環境」が整えられています。特に雇用保険からの給付はどんどん拡大しており、雇用する側にも情報提供の義務や育児休業を取得する意向の確認など徹底するようにと指導もあります。 保育園問題も2024年の待機児童数は2,567人と過去最低水準となり、87.5%の自治体では待機児童はいないというデータもあります。 とはいえ、子育ては完全に無料とはなりません。出産育児一時金の給付額はずいぶんと大きなものになりましたが、そもそも安心してお産ができる医療機関が少なくなっていますし、他方では豪華な産院が増え出産にかかる費用は安くはなっていません。授業料が無償となったとはいえ、制服代、修学旅行の費用、部活にかかる費用は、無償ではありません。 共働き夫婦が増える中、子どもの送り迎えのためのベビーシッターやアフタースクールなどを運営する事業所も増え、その費用もかさみます。塾やお稽古事に通う子どもも多く、いわゆる学校外費用も家計を圧迫していきます。実際子育て世代は、ストレスを抱えている印象を受けます。 筆者は海外に生活拠点を置く日本人のお客様とお話をする機会もあるのですが、海外の子育ては、もう少し経済的にも精神的にもゆとりがあるような気がしています。授業料無償で特に塾など行かなくてものびのびと学習させられる環境があるため、お金の使い方も全く異なる印象です。 皆様の周りの子育て世代はいかがでしょうか?もし、まだまだ情報が不十分な方がいらっしゃいましたら、まずは自治体に問い合わせをされることをお勧めします。事前に知ることで経済的な不安はだいぶ解消されるのではないかと思います。 もちろん家庭環境も複雑化しており、さまざまな課題を抱える方が存在しているのも事実です。今回ご紹介した内容がすべての方の不安を取り除くことにはならないことも十分理解していますが、それでも情報によって今後の人生設計に余裕が生まれることもあるのではないかと考えます。ご参考になれば幸いです。 (了)
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2025年8月14日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.631を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第38回】 「国税通則法114条」 -税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性とその限界(その1)- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法114条(行政事件訴訟法との関係) 1 はじめに 国税通則法第8章は、国税に関する法律に基づく処分に対する争訟(不服申立て及び訴訟)について定め、第1節では「不服審査」について行政不服審査法の特別法として(税通80条参照)、第2節では「訴訟」について行政事件訴訟法の特別法として(同114条参照)それぞれ規定を置いているが、ただ、同章の規定振りには両節で大きな違いがある(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和7年改訂・18版〕』(大蔵財務協会・2025年)1095頁、1162頁、1362頁等参照)。すなわち、「不服審査」については広範かつ詳細に規定し、「訴訟」については実質的には「不服申立ての前置等」(税通115条)及び「原告が行う証拠の申出」(同116条)」を規定するのみである。 今回は、税務訴訟に関する国税通則法の規定振りに着目し、その課題を検討することにしたい。そのような観点から注目されるのが、松沢智教授の租税争訟法論(同『新版 租税争訟法―異議申立てから訴訟までの理論と実務―』(中央経済社・2001年)参照)である。 松沢教授は、「異議及び審査から訴訟にいたるまでを租税争訟手続として一貫し体系化したい」(同・前掲書「初版 はしがき」7頁)との考えから、「租税法、なかんずく、課税要件法は、租税争訟における実体法として存在し、他面、租税争訟法は争訟法として、恰も車の両輪のごとく位置づけられる」(同9頁)として租税争訟法論を展開しておられるが、その中で「租税争訟法の特質」(同・前掲書12頁)という見出しの下で税務訴訟に関する課題を述べ「独自の理論の確立」(同13頁)の必要を説いておられる部分(同12-14頁)を、少々長くなるが、松沢教授の見解を正しく紹介するために、そのまま(ただし下線・傍点筆者)以下に引用しておくことにする。 松沢教授の以上の見解は、「租税争訟法の特質」を重視しその観点から「租税争訟法という法体系」を「一般の行政争訟法と異なった法体系」として構築するという、先行研究の少ない領域における独創的で実務経験に裏打ちされた争訟法理論研究に基づくものであり、国税通則法114条の意義を理解する上でも大いに傾聴に値するものである。 問題は、「租税争訟法の特質」として何を重視するかであるが、それは「税務訴訟の基本的な事項たる訴訟物と主張・立証責任についての問題およびそれらの関連問題」に即して明らかにすべきであろう。以下では、課税処分取消訴訟の訴訟物に関する問題に関連して更正と再更正との関係の問題を取り上げ「租税争訟法の特質」を検討しておくことにする。なお、課税処分取消訴訟における主張・立証責任に関する問題は、次々回、国税通則法116条との関連で取り上げ検討することにする。 2 税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性 更正と再更正との関係の問題については、判例分析を中心に、既に別の機会に検討したが(谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第39回参照)、その問題のうち更正と増額再更正との関係の側面については、次の見解(園部逸夫「判解」最判解民事篇(昭和56年度)275頁、283頁)が説くところが今日においても判例として妥当するといえよう(第15回3参照)。 ここでいう「消滅説ないし吸収説」は直接的には課税処分の効力に関する考え方であるが、課税処分取消訴訟の訴訟物や課税処分の同一性に関する総額主義と親和性のある考え方である。総額主義については、「取消訴訟の訴訟物は行政処分の違法性一般であるとする行政法の通説、さらには、租税確定処分に対する取消訴訟はその実質においては租税債務の不存在確認訴訟にほかならないとする見解の線に沿ったもの」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1099頁)とされるが、そうすると、「消滅説ないし吸収説」によって更正と増額再更正との関係を捉える立場は、「租税争訟法の特質」を持ち出すことなく「一般の行政争訟法」の枠内に課税処分取消訴訟を位置づけることを可能にすることになろう。このことは、税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性を承認することを意味する。 もっとも、課税処分については、「それが税務署長又は税関長の行う行政処分たる性格を有していることは疑問がないが、その処分の内容をなす課税標準、納付すべき税額等が既に各税法の規定により客観的、抽象的に定まっている以上、その処分の実体は、これらの事項の基礎となる要件事実を把握した上これらの事項の『確認』を行うことを内容とする特殊な処分であると解される(準法律行為的行政行為)。」(志場ほか共編・前掲書302頁。下線筆者)との性格づけがされるが、この性格づけを、課税処分取消訴訟の「実質」を「租税債務の不存在確認訴訟」とみる前記引用文中の見解と結びつけると、「租税争訟法の特質」が議論の前面に浮かび上がってきそうである。しかし、総額主義は「審理の範囲は、課税処分によって確定された税額が総額において処分時に客観的に存在した税額を上回るか否かを判断するに必要な事項の全部に及び、その数額の計算の根拠となる事実は単なる攻撃防御の方法にすぎ[ない]」(泉徳治ほか『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)99頁)として、課税処分の特殊性を審理における攻撃防御方法の枠内に押し込め、もって「租税争訟法の特質」を課税処分取消訴訟の訴訟物、訴訟要件等の議論に持ち込むことを阻止したものと解される。 3 税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性の限界 問題は、前記の問題のうち更正と減額再更正との関係の側面に関する判例の立場である。この問題について、最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁は次のとおり判示して(下線筆者)「いわゆる一部取消説に立つことを明言し」(片山博仁「判批」法務省訟務局内行政判例研究会編『昭和56年行政関係判例解説』(ぎょうせい・1983年)425頁、431頁)、減額再更正処分の取消しを求める訴えの利益はないとした。 この判決については、「本判決は、減額再更正の場合について、従来の実務の大勢に沿い、これを確認するもので、前記増額再更正の場合に関する最高一小判昭和55年11月20日と並んで、更正と再更正との関係に関する争いに、一応の終止符を打ったものと理解することができる。その意味で本判決は、この分野における重要な先例的意義を有するものといえよう。」(園部・前掲「判解」293頁)と解説されている。 しかし、この判例の立場については、以下のような有力な批判的見解(①松沢・前掲書323-325頁、②金子・前掲書1131-1132頁。下線筆者)がみられる。 これらの見解について、筆者は、以前、そこで問題とされている場合を「加算・減算複合一体型減額更正」の場合と呼び、次のとおり述べたことがある(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)1050-1051頁[初出・2016年])。 訴訟利益説とは、訴えの利益(狭義)を「当該処分が取り消されることによって回復し得べき実体法上の権利・利益、つまり、本案の利益」(渡部吉隆=園部逸夫(補訂)『行政訴訟の法理論』(一粒社・1998年)64-65頁)として捉える本案利益説に対して、「権利保護の利益は、国家制度としての裁判を利用するに足るだけの正当な利益ないし必要性を意味する訴訟法上の概念であって、実体法上の権利利益そのものとは直接関係がない。」(同67頁)とする考え方をいうが、課税処分取消訴訟に係る訴えの利益(狭義)については、次のとおり、訴訟利益説が妥当であると考えるところである(前掲拙著1030-1031頁)。 要するに、加算・減算複合一体型減額更正の場合、加算の基礎にある課税要件事実(増額要素)の認定をめぐって納税者と課税庁との間で主張が対立しその解消こそが「真に国民の求めている要望に合致するもの」(松沢・前掲書15頁)であるから、訴訟利益説によって、その対立を裁判を通じて解消するに足るだけの正当な利益ないし必要性を認め、したがって、訴えの利益を認めるべきである。 以上、ここまで検討を進めてくると、税務訴訟における国税通則法と行政事件訴訟法との連続性は、課税処分取消訴訟に係る訴えの利益に関して「限界」に直面することが明らかになる。その「限界」は訴訟利益説によって構成される「租税争訟法の特質」の中に、租税実体法のいわば「映し鏡」として見出されるものであるといえよう。 そもそも、国税通則法の「体系的構造」(第1回3参照)においては、租税実体法はこれと目的従属的関係にある租税手続法としての国税通則法によって適切に(目的適合的に)実現されるべきものであるところ、国税通則法の「実定的構造」(同参照)は必ずしもそのようなものとしては構成されていない。税務訴訟の場面では、国税通則法は、行政事件訴訟法の特別法であること(114条)を建前としつつも、実質的には僅か2箇条しか規定を設けず、基本的には行政事件訴訟法との連続性を承認し、課税処分取消訴訟を「一般の行政争訟法」の枠内に位置づけているとみてよかろう。 国税通則法のこのような「実定的構造」に鑑み、一般論としては松沢智教授の租税争訟法論(前記1参照)が、更正と減額再更正との関係の問題に関しては松沢教授の前記①の見解や金子宏教授の前記②の見解が、租税実体法を税務訴訟の場面で実現しようとするものであると考えられるが、筆者も前述のように課税処分取消訴訟に係る訴えの利益に関して訴訟利益説の立場から租税実体法を税務訴訟の場面で実現することを試みてきたところである。 最後に松沢教授の前記①の見解について附言しておくと、この見解には、減額再更正処分に含まれる加算要因・増額要素に係る違法是正に関する課税庁の不作為とその是正による納税者の得べかりし実体的利益とを対比し両者の比較衡量によって訴えの利益の有無を判断しようとする発想がみられるが、この発想は、裁判による正義公平の実現を図ろうとするものとして、司法的救済保障原則(前掲拙著119頁以下[初出・2021年]、拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)【27】参照)の観点から高く評価すべきものである。このような発想も税務訴訟にその「特質」として取り入れるべきであろう。 (了)
令和7年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第7回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 Ⅲ 防衛特別法人税の創設 1 改正の概要 令和8年4月1日以後に開始する事業年度から防衛特別法人税が課される。 防衛特別法人税の概要は次のとおりとなる。 [防衛特別法人税の概要] なお、防衛特別法人税の申告書様式のDraftについては、国税庁ホームページ「防衛特別法人税の申告書様式」で公開されています。 2 グループ通算制度における取扱い (1) 課税事業年度 通算法人の課税事業年度は、その通算法人の令和8年4月1日以後に開始する各事業年度をいう(防確法11)。 ただし、通算子法人の課税事業年度は、通算親法人の令和8年4月1日以後に開始する事業年度の期間内に開始するその通算子法人の事業年度とする(防確法11)。 (2) 課税標準の基礎になる基準法人税額 グループ通算制度を適用している法人についても、グループ通算制度の適用後の基準法人税額を基礎に課税標準法人税額(課税標準)が計算される(防確法10①)。 したがって、地方法人税と同様に、グループ調整計算の法人税額への影響は防衛特別法人税の額にも影響することになる。 なお、グループ通算制度を適用している場合も、基準法人税額は、所得税額控除や外国税額控除等を適用する前の法人税の額とする(防確法10)。 同様に、グループ通算制度を適用している場合も、基準法人税額は、租税特別措置法の税額控除(研究開発税制や賃上げ促進税制の税額控除等。ただし、戦略分野国内生産促進税制のうち特定産業競争力基盤強化商品に係る措置の税額控除は除く)を適用した後の法人税の額となる(防確法10)。 (3) 基礎控除額 グループ通算制度を適用する場合も、課税標準法人税額は、基準法人税額から基礎控除額を控除した金額となる(防確法13②)。 ただし、通算法人の基礎控除額は、年500万円を各通算法人の基準法人税額の比で配分した金額とする(防確法13③④)。 具体的には次の取扱いとなる。 なお、計算上の月数は、暦に従って計算し、一月に満たない端数を生じたときは、これを一月とする(防確法13⑨)。 (4) 特定同族会社の留保税額がある場合の課税標準法人税額の計算 ① 課税標準法人税額 基準法人税額に特定同族会社の留保税額が加算されている場合、課税標準法人税額は次に掲げる金額の合計額となる(防確法13②)。 ② 基礎控除額の計算 基礎控除額は、次の課税事業年度の区分に応じた次の金額をいう(防確法13③)。なお、計算上の月数は、暦に従って計算し、一月に満たない端数を生じたときは、これを一月とする(防確法13⑨)。 ③ 基礎控除残額の計算 基礎控除残額は、次の課税事業年度の区分に応じた次の金額をいう(防確法13④)。 具体的には次の取扱いとなる。 (参考)防衛特別法人税の別表 (出典) 国税庁「防衛特別法人税の申告書様式」(赤の囲み線は筆者による) (出典) 国税庁「防衛特別法人税の申告書様式」(赤の囲み線は筆者による) (続く)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第57回】 「〔第5表〕株式等保有特定会社外しを行う場合の留意点」 -令和7年6月19日の東京高裁における総則6項の適用の考察- 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲(令和7年8月1日相続開始)は、昭和50年から金属製品製造業を営んでいる甲社の株式を100%所有していましたが、令和2年3月1日に株式移転により乙社を設立し、甲社を完全子会社としています。また、令和3年4月1日に甲社の本社で使用しているA不動産を適格現物分配により甲社から乙社に移転しています。 なお、乙社は株式移転設立時においては、株式等保有特定会社に該当していましたが、令和2年10月1日にB不動産を借入により取得しており、株式等保有特定会社から外れています。B不動産は賃貸用不動産となります。 ■A不動産の価額 上記の場合において、甲の相続税における乙社の株式価額の算定上、下記の方法で計算しても問題ないでしょうか。乙社は3月決算で直前期末は令和7年3月31日です。 A ① 株式等保有特定会社を免れるために乙社がB不動産を購入したと認められる場合には、そのB不動産の購入がなかったものとして株式等保有特定会社に該当するか否かを判定することになります。また、適格現物分配により取得したA不動産も同様に合理的な理由がない場合には、そのA不動産の取得はなかったものとして、株式等保有特定会社の判定を行うことになります。 さらに、財産評価基本通達6項(以下、「総則6項」という)が適用される場合には、株式等保有特定会社としての評価も認められず、純資産価額等で評価するべきとされる可能性もあります。 ② 純資産価額の計算において、A不動産の含み益340,000千円(440,000千円-100,000千円)は通常は認められるものとなりますが、この含み益の法人税等相当額を控除するために、適格現物分配を行ったと認定された場合には、総則6項の適用となり、含み益は控除すべきではないとされる可能性があります。 ◆ ◆ ◆ 1 株式等保有特定会社の判定 課税時期における下記算式の割合が50%以上の場合には、株式等保有特定会社として、純資産価額又は「S1+S2方式」により評価することとされています(評価通達189(2)、189-3)。 株式等保有特定会社が規定された理由は、著しく株式等に偏っている会社については、原則的評価方式による評価額と適正な時価との乖離が問題になり、租税回避行為の原因ともなっていたため、平成2年の財産評価基本通達の改正により設けられたというものです。 なお、評価会社が、株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社かどうかを判定する場合、課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして当該判定を行うものされています(評価通達189なお書き)。 「合理的な理由があるかどうか」については、明確な判断基準はありませんが、租税回避行為の有無、資産購入と課税時期までの期間、長期的にも株式等保有特定会社に該当しないかどうか、一般の評価会社と判定した場合の評価額と特定の評価会社(株式等保有特定会社)と判定した場合の評価額の差額、事業の必要性等を総合勘案して判断されるべきであると考えられます。 2 時価の意義と総則6項の定め 相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨を定めています。そして、財産評価基本通達1(時価の意義)では、「財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。」とされています。非上場株式の場合には、財産評価基本通達178から189-7までの定めにより時価を算定します。 もっとも、財産評価基本通達は、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達に過ぎませんので、納税者に対する法的効力はありません。しかしながら、租税の目的の1つには課税の公平性がありますので、非上場株式をある程度、画一的に評価する必要があります。財産評価基本通達の役割としては、課税の公平性や安全性に着目して画一的な評価を行うことにあるため、課税実務においてもこの財産評価基本通達による評価が大原則になります。 その一方で財産評価基本通達によると、かえって課税の公平を欠くことがあります。そのような場合に適用されるのが、総則6項になります。総則6項において「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定められています。財産評価基本通達を画一的に適用した場合には、著しく課税の公平を欠く場合も生じることがあるため、個々の財産の態様に応じた適正な時価評価が行えるように定められています。 総則6項の実質的な適用要件については、本連載【第41回】で解説をしていますが、納税者の不利に適用するに当たっては、下記の要件が必要になると考えられます。 3 最近の裁判例 令和3年8月27日の裁決事例(TAINSコード:F0-3-765)は、審査請求人(請求人)らが、相続又は遺贈により取得した同族会社(本件法人)の株式(本件株式)の価額を財産評価基本通達に定める評価方法により評価して、相続税の申告をしたところ、原処分庁が、総則6項を適用し、本件株式の価額を財産評価基本通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、相続税の更正処分等をしたのに対し、請求人らが、その全部の取消しを求めた事案となります。 被相続人は、第三者割当増資により、相続開始の直前において1株@3,976円(時価純資産価額)で本件株式を取得しており、請求人は、1株@1,853円(類似業種比準価額×50%+純資産価額×50%)として相続税申告を行い、相続後に本件法人へ1株@3,736円で譲渡しています。 原処分庁は、本件法人が財産評価基本通達189《特定の評価会社の株式》のなお書きにより、株式保有特定会社と判定されることを前提に、本件株式については株式保有特定会社について定める「S1+S2」方式により評価することが著しく不適当と認められる特別の事情があるとして、国税庁長官の指示に基づく純資産価額方式により、1株当たりの価額3,443円と評価すべきであるとして更正処分をしています。 国税不服審判所は、財産評価基本通達189のなお書きに該当する事情があり、かつ、総則6項の適用にもなるため、「S1+S2」方式による評価額も認めないとする本件各更正処分及び本件各通知処分はいずれも適法であるとして、下記の通り判断しています。 なお、上記の裁決については、令和7年1月17日の東京地裁(TAINSコード:Z888-2738)において納税者が勝訴しましたが、令和7年6月19日の東京高裁(TAINSコード:Z888-2742)においては、課税庁が勝訴しています。東京高裁においては、総則6項の適用における特別の事情の有無を下記の通り判示し、評価通達を上回る価額で課税した更正処分は違法ではないとして、納税者の主張を退けました。 なお、東京高裁では、本件株式の価額を純資産価額方式による評価額3,443円とする更正処分は、下記の①と②の低い方を採用したものであり、下記の①及び②の各評価額の算定方法に不合理な点は認められず、かつ、各評価額が近似しているため合理性を有していると判示しています。さらに、下記の③及び④の本件株式の実際の取引価額が①及び②の各評価額を上回っていることは、①及び②の各評価額の合理性を裏付けるものといえるとしており、評価額が低い①の評価を採用した本件各更正処分価額は、客観的な交換価値としての時価を上回るものではないと判示しています。 4 本問への当てはめ 本問の場合においては、まず財産評価基本通達189のなお書きの適用があるかを検討します。その検討に当たっては、租税回避行為の有無、A及びB不動産の取得の必要性、一般の評価会社と判定した場合の評価額と特定の評価会社(株式等保有特定会社)と判定した場合の評価額の差額、株式移転の必要性等を総合勘案して判断するべきことになります。 そして、財産評価基本通達189のなお書きの適用により株式等保有特定会社として、純資産価額又は「S1+S2」方式により評価した場合に相続税法22条における時価と著しい乖離があり、かつ、株式移転、A及びB不動産の取得の一連の行為が単に相続税の負担を回避するものと認められた場合には、総則6項の適用対象となります。 総則6項が適用された場合のその評価方法は、単に財産評価基本通達189のなお書きの適用により株式等保有特定会社として、純資産価額又は「S1+S2」方式による評価を行うというものではなく、課税庁が時価として評価した金額で課税されることになります。 令和7年6月19日の東京高裁の事案のように、課税庁は、第三者機関に株式価額の鑑定を依頼し、鑑定価額を下回る純資産価額で課税することが許容されることになります。 また、仮に適格現物分配を行わずA不動産を甲社が所有していた場合には、甲社の株式の評価は、法人税等控除不適用株式(評価通達186-3)となり、A不動産の含み益は控除されません。 そして、A不動産の含み益の控除を行うために適格現物分配を行ったと認定された場合には、総則6項の適用となり、含み益の控除を行わないで純資産価額の計算を行うことが相当となります。人為的な含み益の控除の制限の定めは、財産評価基本通達186-2の定めにより「現物出資、合併、株式交換、株式移転、株式交付」と限定列挙されており、適格現物分配は含まれていませんので、非上場株式の評価を定めた財産評価基本通達(評価通達178~189-7)では、適格現物分配の含み益の控除制限はないことになります。 しかしながら、総則6項の適用がある場合には、適格現物分配により人為的な含み益の控除を作出していることからこの含み益を認めないとする課税処分は、相続税法22条の時価以下の金額であれば、許容されることになります。 ☆実務上のポイント☆ 最近の事業承継及び株式承継の実務において、組織再編行為や不動産取得と総則6項の関係は注視されるべき内容です。総則6項が適用される場合には、相続税法22条の時価以下の金額で合理的な方法により課税されることが許容されており、相続税法22条の時価が公認会計士等の第三者機関の株価算定書等で認定される場合には、納税者が予測できない金額で課税される可能性もありますので、注意が必要となります。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第70回】 「類似業種比準価額による株式の贈与」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私は、【第9回】「多額の資本金等となる場合の合同会社の利用」で相談したXです。コロナ後のインフレの影響もあり、不動産事業(G社)の業績は順調に推移しています。現在も私一人で事業を行っていますが、顧問税理士より一度株価を計算して今後の事業承継計画を立てましょう、と提案を受けています。 私は今年60歳になりましたが、まだまだ元気であり、子供たち(社会人と大学生)に経営権や株式を譲る気はありません。ただ、せっかくの提案なので話だけは聞いてみようと思います。何か注意点等はありますでしょうか。 ちなみに、G社の概要は以下のとおりであり、税理士より直近の相続税評価額は総額で約14億円との報告を受けています。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 類似業種比準価額の計算方式の変更の可能性 (1) 会計検査院による指摘 2024年11月に会計検査院の報告が公表され、その中で「相続等により取得した財産のうち取引相場のない株式の評価」についてより適切なものとなるよう検討を行っていくことが肝要と結論づけました(※)。 (※) 会計検査院「令和5年度決算検査報告(最新):特徴的な案件」 報告では、会計検査院が令和2年、3年分の相続税及び贈与税の申告のうち、取得した財産に取引相場のない株式がある申告の中から、無作為に抽出した1,600件について調査し、以下2点の指摘をしています。 近年では会計検査院の指摘により税制改正される事例があるため、取引相場のない株式の評価方法も改正されるのではないかと推測されています。 当然ながら上記の指摘により評価通達が改正される場合には、現状の計算方式よりも株価が高く算出される計算方法になると思われます。 (2) 現状の株価の把握 現状の会社情報より以下の図のとおり、財産評価基本通達上G社は中会社(Lの割合0.9)に該当することから、「類似業種比準価額×0.9+純資産価額×0.1」により株価を計算できます。それによると相続税評価額は約14億円となっており、純資産32億円の会社が半分以下の評価額となっています。 結果的に30億円で会社を設立し不動産を購入したことは、相続税対策としてはとても有効だったと評価できます。 (※) 国税庁ホームページ「取引相場のない株式(出資)の評価明細書 第1表の2」より一部抜粋 [2] 今後の対策 (1) 相続時精算課税による贈与 今後、①類似業種比準価額方式の改正の可能性が高く、②引き続き事業も順調に推移することが見込まれる場合は、G社の株式の一部を現状の株価で次世代に移転することを検討してもよいと考えられます。 生前に行える対策としては、子供たちへのG社株式の贈与又は譲渡がありますが、株式の譲渡は多額の資金負担が生じるため現実的ではないでしょう。 現実的な対策は、相続時精算課税を使った贈与と思われます(X氏は今年60歳、子供も18歳以上なので適用可能)。 相続時精算課税を選択した場合、仮にG社株式のすべてを子供2人に均等に贈与するとしたら、現状の1人当たりの納税額は次のとおりです。 (2) 検討事項 G社株式の贈与にあたり、事前に検討が必要と思われる事項は以下のとおりです。 ① 合同会社から株式会社へ 現状、経営に関与しない子供たちへの株式を贈与するにあたり、経営権を与えない無議決権株式等に変更することを検討すべきです。そのためにG社を合同会社から株式会社へ組織変更することが必要です。 ② 将来の財産分与・承継対策 まだ何も決まっていないかもしれませんが、この機会にX氏の相続税の試算、誰にG社の経営権を承継させるか、どの財産を誰に相続させるかなど相続に係る全般的な課題を検討してみることをお勧めします。 ③ 納税資金 上記のとおり相続時精算課税でも株数によっては多額の納税額となりますので、どのように納税資金を捻出するか、借入金の場合は将来の返済原資を予め決めておく必要があり、用意できる納税資金から贈与する株式数を決定することになります。 [3] 結論 納税者にとって不利益な税制改正が行われる場合、税務当局より事前に十分なアナウンスがありますので、今、慌てて次世代への承継を行う必要はありません。 一方、現状は子供たちに株式を譲る気がないとのことですが、①類似業種比準価額の計算方法の変更の可能性、②世界的なインフレによる資産価格の上昇、③今後も事業が拡大傾向にあることを考慮すると、早期に株式を次世代へ移転することを検討すべきです。 なお、具体的な対策については、税理士等の専門家と相談のうえ、実行されることをお勧めします。 (了)
〔実務で差がつく!〕 相続時精算課税制度Q&A 【第2回】 「父からの贈与につき相続時精算課税を選択し期限内申告をした後に、母からの贈与が申告漏れになっていたことが判明した場合の対応」 税理士 徳田 敏彦 【Q】 甲は令和6年7月に父から現金1,500万円の贈与を受けた。 甲は相続時精算課税制度を適用するため、令和7年3月の贈与税申告において相続時精算課税を選択して期限内申告を済ませた。 その後、令和7年7月になり、令和6年中に母から500万円の贈与を受けていたことが判明した。 母からの贈与については、令和5年に贈与があり、その際に相続時精算課税選択届出書を提出済みである。 この場合に贈与税の修正申告はどうなるのか。 父から贈与を受けた部分の特別控除額や納税額に影響はあるのか。 【A】 修正申告が必要となる。 父からの贈与についても基礎控除額に異動が生じ、適用される特別控除額にも異動が生じる。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 〈期限内申告〉 〈修正申告〉 (※1) 基礎控除額110万円×父からの贈与1,500万円÷(父からの贈与1,500万円+母からの贈与500万円)=825,000円 (※2) 基礎控除額110万円×母からの贈与500万円÷(父からの贈与1500万円+母からの贈与500万円)=275,000円 (※3) 特別控除額2,500万円は、期限内申告書に控除を受ける金額その他必要な事項の記載がある場合に限り適用を受けることができるため、本事例では母からの贈与には適用できない(相法21の12①)。 (※4) 父の令和6年分の特別控除額の適用額は14,175,000円 (※5) 母の令和6年分の特別控除額の適用額は0円 今回の事例のように、期限後に他者からの贈与が判明し、両者からの贈与につき相続時精算課税を選択している場合の修正申告については留意が必要である。 期限後に贈与が判明した部分について修正申告をすることは気づきやすいが、期限内申告を済ませている部分についても基礎控除額、特別控除額に変動が生じる。 今までは修正申告で基礎控除額が変動する(減少する)ということがなかったため、見落としやすいので留意が必要である。 あわせて特別控除額が変動する点にも留意が必要である。 相続時精算課税の特別控除額2,500万円は、期限内申告書に控除を受ける金額その他必要な事項の記載がある場合に限り適用を受けることができる(相法21の12①)。 また、相続時精算課税の適用を受ける財産について、その記載がなかったことについてやむを得ない事情があると税務署長が認めるときは、その記載をした書類の提出があった場合に限り、特別控除の適用を受けることができるとされている(相法21の12③)。 つまり、母からの贈与については、期限内申告書に控除を受ける金額その他必要な事項の記載がないため、本事例では特別控除額は適用できない。 一方、父からの贈与については期限内申告書に特別控除額を受ける記載があるため、やむを得ない事情があると税務署長が認める場合には、修正申告において増加する課税価格にも特別控除が適用できる。 本事例とは前提が異なるが、母からの贈与について過去に相続時精算課税選択届出書の提出がなければ、母からの贈与については暦年課税で修正申告をすることになる(その場合、父からの贈与についての期限内申告部分への影響はない)。 (了)
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第12回】 「消費税の歴史の長いEUなどで蔓延する不正「カルーセルスキーム」とは?」 税理士 石川 幸恵 【Q】 日本の消費税と同様の付加価値税(VAT)のある国々では、カルーセルスキームという不正スキームがあると聞きましたが、これはどのような仕組みの不正なのでしょうか。また、日本においても同様の不正が起こる可能性はあるのでしょうか。 【A】 カルーセルスキームというのは「納税なき仕入税額控除」を意図的に生じさせ、国庫から不正に還付を得るスキームです(図参照)。EUでは年間500億ユーロの被害が生じているといわれています。 1 カルーセルスキームの典型例 関係するのは4者です。ミッシングトレーダー、バッファー、ブローカー、導管と呼ばれます。導管は国外に所在します。 ミッシングトレーダーにはペーパーカンパニーや休眠会社などが利用され、無申告、不納付または倒産などにより納税義務を果たさないまま消失します。これにより実際には納税されていないにもかかわらず、還付だけが行われることになります。 1回転するごとに10の消費税が国庫から不正に還付され、繰り返すことでより多くの不正利益を得ようとします。 商品は輸送や保管のコストがかからない小さなものが利用されます。例えば、貴金属や携帯電話などの電子機器です。EUではCO2排出枠のような無形財が用いられたこともありました。 2 各国によるカルーセルスキームへの対抗策 カルーセルスキームへの対抗策として、ターゲットとされやすい商品を非課税または免税とする、国内取引にリバースチャージを導入して消費税を売上先に渡さず、譲渡した者が納付するなどの対策が取られています。 また、不正な事業者に対してはインボイス発行事業者の登録を取り消すことで不正な仕入税額控除を防ぐ対策も講じられています。 3 日本における現状と対策 EU各国に比べると消費税率が低いことなどにより、典型例のようなカルーセルスキームが広まっている状況ではありません。 しかし、金の密輸のようなカルーセルスキームに近い形態の不正もあり、税関による取締強化、金地金の取引に関する消費税手続きの厳格化(消法30⑪⑫)などが図られています。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ カルーセルスキームの具体的な手口や対策は【A】に示したとおりである。【解説】では、このスキームの根本的な問題点と、今後、制度にデジタル技術を取り入れることで実現できるかもしれない対策について紹介する。 1 カルーセルスキームの問題点 納税なき仕入税額控除は、取引の流れの中で、いずれかの事業者が納付を怠れば生じてしまうものである。日本においては、インボイス制度に経過措置が設けられており、免税事業者からの課税仕入れについても一定割合は仕入税額控除できる(インボイスQ&A問113)ため、取引の流れの中に免税事業者がいると、適法に納付なき仕入税額控除が発生することとなる。 しかし、カルーセルスキームが問題なのは、当初から意図的に納税なき仕入税額控除を生じさせようとしていることや、取引の循環が繰り返されることなどが挙げられる。 2 デジタルを活用した対策の試み 電子インボイスを利用した取引情報の報告義務化は不正対策として効果が見込まれている。さらに新たな技術の活用を模索する国もあり、EUや中国ではブロックチェーン技術の活用が進められている。 中国の深セン市では2018年よりVATのブロックチェーン電子インボイスが試験的にスタートしている。ブロックチェーン電子インボイスの最大の特徴は取引の追跡が可能で、固有の変更不可能な番号が付与されることから、カルーセルスキームを抑制する効果があるとのことだ。 現状、日本の消費税における仕入税額控除の要件は、帳簿の記載と書類やデータを本店等所在地に保存すること(消法30⑦⑧⑨)であるが、こうした動きを踏まえると、将来的にはブロックチェーン技術などを活用したデジタル空間での保存・管理も視野に入るかもしれない。技術動向についても継続的に情報収集していく必要があろう。 (了)