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〈経理部が知っておきたい〉炭素と会計の基礎知識 【第8回】「炭素を考慮して意思決定するには?」

〈経理部が知っておきたい〉 炭素と会計の基礎知識 【第8回】 「炭素を考慮して意思決定するには?」   公認会計士 石王丸 香菜子   〔PNパッケージ社の登場人物〕 *  *  * カーボンプライシングは、企業などの排出する二酸化炭素に価格を付け、これによって排出者の行動を変化させて、排出量の削減を促す手法です。政府による施策としてのカーボンプライシング(【第7回】参照)のほか、近年は、各企業が、自社の排出する二酸化炭素に社内で独自に価格を付けるカーボンプライシングも急速な広がりを見せています。これが「インターナルカーボンプライシング(ICP:Internal Carbon Pricing)」です。 *  *  * *  *  * たとえば、投資を行うか否かを管理会計の考え方に基づいて判断したい場合、正味現在価値法や内部収益率法、回収期間法などの方法を利用することが考えられます。これらは、計算方法に違いはあるものの、いずれも投資に関連する「金額」に基づいて投資の経済性を考えるものです。 *  *  * *  *  * ごく簡単な例で考えてみましょう。設備を新しいものに更新するにあたって、設備Aと設備Bが候補に挙がっているとします。 【設例】 *  *  * *  *  * 【設例(続き)】 *  *  * *  *  * 【設例(続き)】 *  *  * *  *  * インターナルカーボンプライシングの手法を用いると、二酸化炭素を排出することによるインパクトが金額として表されます。これによって、二酸化炭素排出量も考慮して投資の評価や判断を行うことができ、低炭素な投資の推進につながる効果があると考えられています。 【設例】では、正味現在価値という投資判断の基準に社内炭素価格を組み込む形としましたが、実際には、二酸化炭素排出量を社内炭素価格によって金額換算し、投資の判断をする際の参考値の1つとして利用するような事例も多く見られます(※1)。 (※1) 雪印メグミルク株式会社「雪印メグミルク インターナルカーボンプライシング制度を導入」 また、二酸化炭素排出量を従来よりも大きく削減するような投資の場合、削減量に社内炭素価格を乗じた額を、仮想の収入として上乗せする方法も想定できます(※2)。 (※2) 大和ハウス工業株式会社「日本初 投資用不動産の投資判断基準としてインターナルカーボンプライシング制度を導入」 *  *  * *  *  * インターナルカーボンプライシングの先進的な取組みで知られるのがMicrosoft社です。同社は2012年より内部炭素課金制度を運用しており、各事業部門からその排出量に応じて内部炭素課金を徴収し、徴収した資金を脱炭素投資に活用しています(※3)。 (※3) Microsoft「Microsoft will be carbon negative by 2030」 *  *  * *  *  * インターナルカーボンプライシングを導入する場合、社内炭素価格をどのような水準に設定するかが大きな課題です。 *  *  * *  *  * 社内炭素価格は、各社が独自に設定するものであるため、その水準にはばらつきがあります。複数の社内炭素価格を設定しているケースもあります(※4)。 (※4) 三井金属鉱業株式会社では、Scope1排出量に関する社内炭素価格を、Scope2排出量に関する社内炭素価格よりも高く設定し、削減が困難なScope1排出量の対策を一層促進する旨を開示している。 三井金属鉱業株式会社「インターナルカーボンプライシング制度の導入について」 環境省の公表する「インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン(※5)」では、社内炭素価格の種類として、シャドープライス(Shadow price)とインプリシットプライス(Implicit carbon price)の2つが挙げられています。 (※5) 環境省「インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン~企業の脱炭素投資の推進に向けて~(2022年度版)」 *  *  * *  *  * シャドープライスは、炭素税や排出量取引における価格(【第7回】参照)といった外部価格をもとにして、社内炭素価格を設定するものです。CDP(※6)が公表する「CDP気候変動レポート 2023:日本版(※7)」によれば、インターナルカーボンプライシングを導入している日本企業では、シャドープライスによる設定が多いことが明らかになっています。 (※6) CDPは、イギリスで設立された国際的な環境非営利団体。2000年の発足当初はCarbon Disclosure Projectの名称で脱炭素を働きかけていたが、現在は森林保全や水質保護にも活動範囲を広げ、略称のCDPが正式名称となっている。CDPは、その活動に賛同する機関投資家や購買企業を代表して、環境課題に関する取組みについての質問書を世界中の企業に送付し、その回答を収集して情報開示を促している。日本企業に関しては、2022年以降プライム市場に上場する全企業を調査対象とする。 CDP「CDPについて」 (※7) CDP「最新レポート」「CDP気候変動レポート 2023:日本版」P23,24 インプリシットプライスは、過去実績等に基づいて社内炭素価格を設定するものです。自社における過去の意思決定において、意思決定に影響を及ぼしたであろう炭素価格の水準を算出し、それをもとに設定する方法や、自社の二酸化炭素排出量の削減目標達成に向けた取組みを列挙したうえで、その対策のための総コストと累積削減量から社内炭素価格を算出する方法などが想定されます。 *  *  * *  *  * 近年、インターナルカーボンプライシングを導入する企業が急速に増えている背景には、情報開示要請の影響もあるように見受けられます。 TCFD提言(※8)のガイダンスでは、開示が推奨される指標の1つとして社内炭素価格が示されており(※9)、同様に、ISSBが2023年に公表したIFRS S2「気候関連開示」でも、社内炭素価格に関する開示が求められています。また、先述のCDPによる質問書には、社内炭素価格に関する質問事項があります。 (※8) TCFD(Task force on Climate-related Financial Disclosures、日本では「気候関連財務情報開示タスクフォース」とも呼ばれる)は、G20からの要請を受け、金融安定理事会(FSB)により設立された組織。2017年に最終報告書を発表し、企業などに対して気候関連財務情報の開示を推奨している。プライム市場の上場企業はTCFDや同等の枠組みに基づく気候変動に関する情報開示を求められる。 TCFDコンソーシアム「TCFDとは」 (※9) TCFD「指標、目標、移行計画に関するガイダンス」 *  *  * *  *  * Q 炭素を考慮して意思決定するには? A 企業が、自社の排出する二酸化炭素に社内で独自に価格を付けることをインターナルカーボンプライシングといいます。インターナルカーボンプライシングによって二酸化炭素排出量を金額換算することで、二酸化炭素排出量を考慮した意思決定を行うことができ、低炭素な投資や活動を推進できます。 (了)

#No. 595(掲載号)
#石王丸 香菜子
2024/11/21

税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第59回】「鑑定評価に「雑種地」という概念は存在しない」~相続税の財産評価や固定資産税評価との相違~

税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第59回】 「鑑定評価に「雑種地」という概念は存在しない」 ~相続税の財産評価や固定資産税評価との相違~   不動産鑑定士 黒沢 泰   1 はじめに 【第15回】では、相続税の財産評価や固定資産税評価においては現況地目により土地を評価するところ、鑑定評価では地目は直接関係なく、その土地の属する地域(※1)一体としてどのような利用をすれば価値を最大限に発揮し得るかという観点から土地を区分(宅地、農地等)して評価する旨を述べました。 (※1) ここにいう「地域」とは現実に利用状況の類似する一かたまりの地域(=用途的地域)を指し、都市計画法上の「用途地域」(法的規制の観点から定められたもの)とは別の鑑定評価上の概念です。 そのため、現に耕作の用に供されている土地であっても、建物や構築物等の敷地の用に供されることが、自然的、社会的、経済的及び行政的観点からみて合理的と判断される地域(=宅地地域)内にある場合は、鑑定評価上は農地としてではなく、宅地として取り扱われた上で、価格へのアプローチが行われます。 今回取り上げる内容も、相続税の財産評価や固定資産税評価における地目分類と鑑定評価上の取扱いの相違に関するものですが、【第15回】の解説からさらに1歩進み、鑑定評価に「雑種地」という概念は存在しないことと、鑑定評価では雑種地に該当する土地を評価上どのように区分しているのかについて述べたいと思います。 なお、雑種地の評価は、相続税の財産評価においても固定資産税評価においてもつかみどころがなく、難しい案件とされていることは誰しもが感じるところです。   2 雑種地とは 雑種地とは何か。これを具体的に、かつ的確に定義することはきわめて難しいといえます。それは、以下に述べるように、財産評価基本通達においても固定資産評価基準においても、そこで定義された様々な地目に属さない土地を総称して雑種地と呼んでいるからです。そのため、雑種地のなかには駐車場、資材置場のように宅地に近いものから、農地・山林・原野に近いもの、高圧線下地、鉄塔敷地等に至るものまで様々な土地が存在します。 参考までに、雑種地以外の地目の土地は、具体的な用途に供されているものが多いといえます。例えば、田、畑、宅地、山林等です。これに対し、雑種地の場合は既に掲げたとおり、駐車場、資材置場、鉄塔敷地等の具体的な用途に供されているものもあれば、未利用状態の土地、造成工事中の土地、水路敷地、ため池等のようなものまであります(特殊なものとして、鉄道敷地、ゴルフ場等も含まれます)。   3 鑑定評価に「雑種地」という概念は存在しない 鑑定評価では現況地目の如何よりも価格形成要因に着目して地域の分類が行われ(宅地地域、農地地域、林地地域等)、対象地がどの地域に属するかを不動産鑑定士が判断した上で「土地の種別」が判断され、それに応じた価格へのアプローチが行われています。その点で、税務評価と鑑定評価では価格に対するアプローチの方法が根本的に異なっています。 ちなみに、不動産鑑定評価基準に規定されている「地域の種別」は以下のとおりであり(総論第2章第1節Ⅰ)、これとセットになる形で「土地の種別」(総論第2章第1節Ⅱ)を判定していますが、そのなかには雑種地なるものの概念は一切登場してきません。 (※2) 不動産鑑定評価基準には「見込地地域」という用語は直接登場しませんが、「土地の種別」において、「ある種別の地域から他の種別の地域へと転換しつつある地域のうちにある土地」を「見込地」と呼んでいることから、これに対応して「見込地地域」という呼称を使用しています(「見込地」には「宅地見込地」、「農地見込地」等があります)。 (※3) 同様に、不動産鑑定評価基準には「移行地地域」という用語は直接登場しませんが、「土地の種別」において、「細分されたある種別の地域から他の種別の地域へと移行しつつある地域のうちにある土地」を「移行地」と呼んでいることから、これに対応して「移行地地域」という呼称を使用しています(「移行地」には「住宅移行地」、「商業移行地」等があります)。   4 雑種地に該当する土地の鑑定評価上の区分 それでは、現況地目が雑種地に該当する土地について、鑑定評価ではどのように区分して評価を行っているのでしょうか。 これを対比させ整理したものが以下の図です。 〈雑種地と鑑定評価上の「土地の種別」〉 (※4) 「熟成度の高い宅地見込地」とは、宅地への転用可能性が高い土地を意味します。 (※5) 「熟成度の低い宅地見込地」とは、宅地への転用可能性が低い土地を意味します。 財産評価基本通達や固定資産評価基準において「雑種地」に該当する土地が、鑑定評価上、上図のどこに区分されるのかにより、価格水準にも相当の差がみられます。   5 まとめ 以上、相続税の財産評価や固定資産税評価における雑種地の概念と鑑定評価上の土地の種別との関連を対比させながら述べてきました。税務では雑種地という捉え方が常識とされていても、鑑定評価においてはこのような概念はなく、そのためか、不動産鑑定士が地目上雑種地に属する土地につき鑑定評価の依頼を受けた際にも、価格を読むのが難しいと感じることがしばしばあります。 (了)

#No. 595(掲載号)
#黒沢 泰
2024/11/21

《税理士のための》登記情報分析術 【第18回】「乙区の情報の与信管理への活用」

《税理士のための》 登記情報分析術 【第18回】 「乙区の情報の与信管理への活用」   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   本連載でもすでに紹介したが、不動産に関する登記記録の権利部「乙区」には、不動産に設定された所有権以外の権利について登記される。この乙区に記載された情報を分析してみることで、与信管理の観点から有益な情報を得ることができる。   1 企業間取引における与信管理の重要性 企業間取引では、取引相手の支払能力に問題がないか、信用不安が生じるような情報がないかを確認することが求められる。取引先の信用力を調査、管理することを「与信管理」といい、これは業種を問わず普遍的にビジネスに求められる仕事である。 最近ではコロナ禍に行われた実質的な無担保・無利子融資の返済が始まり、低水準に抑えられていた倒産件数が増加傾向にあるとの報道もなされている。税理士のもとにも顧問先から取引先の信用不安等に関する相談が寄せられることもあると思われるが、登記情報も信頼性の高い情報として与信管理に活用することができる。 今回は「乙区」に記載される抵当権、根抵当権を中心とした担保権の情報を与信管理の観点から分析する方法について解説を行う。   2 分析のポイント (1) 担保権が設定されたタイミング 取引の相手方の所有する不動産に、いつ担保権が設定されたかという情報は、信用力の状況を把握するために参考になる。 仮に、自社と取引を開始する直前に担保権が設定されていた場合、少なくとも担保権が設定されたタイミングでは、金融機関が融資を行ってもよいと考えたとも推測することができる。 (2) どのような金融機関が担保権を設定しているのか 乙区には、担保権を設定した金融機関が登記されることになる。どのような金融機関が担保権を設定しているかも有益な情報であり、一般論としては、いわゆるメガバンクが担保権を設定している場合には、所有者である取引先の企業規模や取引の規模も大きいことが窺われる。担保権者がいわゆるノンバンクであるような場合には、銀行や信用金庫よりも高金利の条件で借りていることが予想されるため、与信管理の観点からは注意が必要といえる。 なお、乙区には担保権者となっている金融機関の取引支店も登記されていることが多い。取引相手の返済が滞り、預金口座の差押えが必要になった場合には、相手方の預金口座がある金融機関名と支店を特定すれば差押えが可能となるため、いざというときに役立つ情報である。   3 注意すべき情報 (1) 短期間に複数の担保権が設定されている 短い期間に複数の担保権が設定されている場合は、信用状況が悪化している可能性がある。また、設定の原因を「債務承認契約」や「準消費貸借契約」とする担保権が設定されている場合も要注意である。これらの登記原因で担保権が設定されている場合には、もともと無担保状態で発生していた債権について、債務者側に信用不安が生じたために、担保権を設定したことが窺われるからである。 (2) 個人の担保権者 担保権者が個人である場合も注意をする必要がある。大正時代や昭和の中期頃までであれば、身内や知り合いからお金を借りて、担保権を設定しているという事例を見ることもあるが、金融制度が発達した現代においては、個人が担保権者として登場することは稀だと思われる。特に氏名等から所有者の身内ではないと思われる者が担保権者として登記されている場合は、どのような事情があったのかを調べるとよいだろう。 ※資金調達の選択肢が無数にあるなかで、個人から借入をしている背景を考える必要がある。   4 おわりに どうやって相手方の信用力を調べればよいのかという点について課題に感じつつも、具体的な行動に移せていない中小企業は多いと思われる。登記記録に記載されている乙区の情報は、安価に取得でき信頼性が高いため、有効な信用力調査の手段の1つとして利用できるであろう。正確な与信管理を行うためには、乙区の情報以外にも複数の情報等を収集、分析することが求められるが、最初の1歩として顧問先等に紹介してみてはいかがだろうか。 (了)

#No. 595(掲載号)
#北詰 健太郎
2024/11/21

《顧問先にも教えたくなる!》資産づくりの基礎知識 【第18回】「まだ間に合う? 60歳から確定拠出年金で資産をつくる方法」

《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第18回】 「まだ間に合う? 60歳から確定拠出年金で資産をつくる方法」   株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝   〇老後資金の不足 多くの方が老後に不安を抱えています。最近では、不足する老後資金を定年後からつくるためのノウハウ本などが話題になったりしています。かく言う筆者も先日「初心者でも貯蓄0でも大丈夫! 60歳から得する新NISA&iDeCo」という書籍を監修出版しました。 タイトルを見ると、60歳の時点で貯蓄が全くなくても大丈夫なのかと思ってしまうかもしれませんが、そんなことはありません。書籍を出版しておいて無責任だと思われるかもしれませんが、計算上はなんとかなるとしても、実行しなければ意味がないからです。 60歳で定年を迎え、「退職金もそこそこあるだろう。今後は再雇用で無理せず働き徐々に年金生活になればいいか」「ここまで会社勤めを頑張ったんだ、年金だって贅沢はできないかもしれないが、なんとかなるだろう」と、ざっくり考えている人が少なくありません。しかし、貯蓄が少ない方がこの考えでいると、老後資金が不足してしまう可能性があります。やはりお金を貯めるには、今すぐの行動変容が必要です。   〇老後の生活費 総務省のデータでは、夫婦2人の老後の生活費は月25万円程度と言われたりしますが、暮らし方は人それぞれであり、また年代によって必要な生活費はかなり異なります。ちなみに、東京都に住む定年前の夫婦の生活費は月約47万円だそうです。定年後すぐには「老後の暮らし」とはならないでしょうし、定年後は旅行に行きたい、趣味も楽しみたいと思っているのであれば、それなりに経済的な裏付けが必要です。   〇退職金と再雇用時の収入 多くの方は退職金の額を定年直前まで知りません。「退職金」といっても、一時金の場合もありますし、確定給付企業年金(DB)や企業型確定拠出年金(DC)で一括・分割など受取り方を選べる場合もあります。厚生労働省の「賃金事情等総合調査」によると、大卒者(男性)の定年退職金の平均額は、2011年では2,531万円だったのが、2021年では2,230万円となり、この10年間で約300万円も減少しているそうですから、金額の把握は1日でも早い方がよいでしょう。 定年後は当たり前のように再雇用とおっしゃる方も多いですが、その際収入がどのくらいになるのかも確認しましょう。国税庁の「令和5年分 民間給与実態統計調査」によると、再雇用後の年収は、60代前半で445万円、後半は354万円、70歳以上が293万円とされていますが、自分の数字を把握する必要があります。   〇年金の支給額 「贅沢はできないかもしれないけど、まあまああるだろう」という年金についても、個人差があります。厚生年金の額は現役時代の年収に比例しますが、上限があるので、収入が多かった方ほど受け取れる年金額は相対的に少なくなります。また、1961年4月2日以降生まれの方(男性の場合)からは特別支給の老齢厚生年金がありませんので、年金の支給開始年齢は65歳となります。 特別支給の老齢厚生年金は生まれ年によって支給開始年齢が異なりますが、今年60歳を迎えようとしている方の10年ほど先輩は60歳から受け取っていました。老齢厚生年金の額は月10万円程度が平均値と言われていますから、年間120万円の特別支給の老齢厚生年金を5年分多く受け取っていた先輩方と比べると、600万円ほど年金額が少ないことになります。   〇確定拠出年金の活用 では、「60歳から始める老後資産づくり」とはどうしたらよいのでしょうか。 やはり、今すぐコツコツと積立てを開始するのが王道です。そして徹底的に利用したいのが、「確定拠出年金」です。会社に企業型確定拠出年金(DC)があればそれを、なければ個人型確定拠出年金(iDeCo)を利用します。 なぜ確定拠出年金なのかというと、掛金が全額所得控除になり、運用で得た利益には税金がかからず、さらに受取り時にも税金の優遇措置が受けられるという大きなメリットがあるからです。また、確定拠出年金では投資信託を選択することで、経済成長からの利益を狙います。   〇DCとiDeCoの掛金 DCの場合は、マッチング拠出やiDeCoの併用により、できる限りの掛金を拠出します。2024年12月より、企業年金のある会社に勤務している方のiDeCoの月の掛金上限が拡大され、5万5,000円から会社の掛金を引いた額(ただし2万円が上限)となりました。 例えばDCの会社掛金が1万5,000円であれば、マッチング拠出を利用すると個人が上乗せできる掛金は会社掛金と同額の1万5,000円ですが、iDeCoを利用すれば2万円まで拠出できます。 しかし、DCについては、会社の規約により多くの方が60歳で加入資格を喪失すると思いますので、その場合はiDeCoを活用します。60歳からでもiDeCoに新規加入ができ、厚生年金に加入して働いていれば65歳まで掛金を拠出できます。 企業年金のない会社に勤務する方がiDeCoで積立できる金額は、月2万3,000円が上限です。上限いっぱいまで掛金を拠出しましょう。 よく「投資は無理のない範囲で始めましょう」と金融機関等では言いますが、60歳から資産づくりを行う場合、ある程度は無理が必要になります。   〇運用時のシミュレーション 仮に月々2万3,000円を年利5%で運用できたとすると、5年後の残高は約156万円になります。積立元本は138万円ですから、18万円程度の利益が見込まれます。また、138万円の元本は全額が所得控除になっているので、年収が400万円くらいであれば20万円程度は節税されますから、かなりのメリットといえます。 しかし、この156万円を65歳で引き出して使ってしまうのはもったいないので、75歳まで運用のみを継続します。65歳時点での資金156万円を年利5%でさらに10年運用すれば、およそ250万円まで資金を増やすことができます。この10年での運用益は94万円になりますし、この間得た利益について税金はかかりませんから、20.315%分得をしたことになります。   〇受取時のシミュレーション 75歳になったら、iDeCoの資金を引き出します。一括で受け取ることもできますし、年金のように分割で受け取ることもできます。ただし、75歳からとなると公的年金の受取りもあるので、同時にiDeCoを分割で受け取ってしまうと、税金の負担が増えてしまう可能性が高いです。また、高齢期に課税所得が増えると医療費や介護費の自己負担も増えてしまうので、できるだけ一括受取りを選んだ方がよいかもしれません。 一括受取りの場合、この250万円は退職金として扱われます。60歳からの積立期間5年を勤続年数と読み替えて退職所得控除を計算するので、200万円(40万円×5年分)を差し引くことができます。 250万円から200万円を引くと50万円が残りますが、退職金扱いとなる確定拠出年金の額は課税される前にさらに半分になります。したがって25万円が課税所得です。 この25万円はその他の所得、例えば年金所得とは分離して税金を計算するので、所得税が1万2,500円、住民税が2万5,000円の合計3万7,500円となり、手取りは246万2,500円になります。さらに、この金額は社会保険料の支払対象外ですし、この金額を受け取ったからといって医療費や介護費の自己負担額が上がったりもしません。 確定拠出年金でつくる250万円は、老後資金としては十分ではないでしょう。しかし、行動を起こさなければこれも0円です。 *  *  * 読者の皆様におかれましては、貯蓄が0ということはないでしょう。しかし、もし今まで意識して資産形成に取り組んでこなかった場合は、60歳が行動を変えるラストチャンスなのではないかと思います。参考にしていただけましたら幸いです。 (了)

#No. 595(掲載号)
#山中 伸枝
2024/11/21

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#Profession Journal 編集部
2024/11/21

《速報解説》 会計士協会が「財務報告に係る内部統制の監査」の改正案を公表~「グループ監査における特別な考慮事項」の要求事項を内部統制監査に導入~

《速報解説》 会計士協会が「財務報告に係る内部統制の監査」の改正案を公表 ~「グループ監査における特別な考慮事項」の要求事項を内部統制監査に導入~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024年11月15日、日本公認会計士協会は、「財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、監査基準報告書(序)「監査基準報告書及び関連する公表物の体系及び用語」に基づく要求事項と適用指針の明確化を行うものである。 意見募集期間は2024年12月16日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 主に次の改正を行うとともに、重複箇所を整理するなど記載内容を整理している。   Ⅲ 適用時期等 2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度に係る内部統制監査から適用する。 ただし、他の監査人の作業の利用に関する要求事項(90項)及びこれに関連する改正(付録5)は、2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度に係る内部統制監査から適用する。また、公認会計士法上の大規模監査法人以外の監査事務所においては、2024年7月1日以後に開始する連結会計年度及び事業年度に係る内部統制監査から適用する。なお、それ以前の決算に係る連結会計年度及び事業年度に係る内部統制監査から適用することを妨げない。 (了)

#阿部 光成
2024/11/18

《速報解説》 会計検査院、取引相場のない株式等の評価制度の在り方について検討~類似業種比準価額、配当還元価額の評価見直しの可能性~

 《速報解説》 会計検査院、取引相場のない株式等の評価制度の在り方について検討 ~類似業種比準価額、配当還元価額の評価見直しの可能性~   税理士 柴田 健次   会計検査院は令和5年度決算検査報告を作成し、令和6年11月6日これを内閣に送付した。その中で令和5年度決算検査報告の特徴的な案件として「相続等により取得した財産のうち取引相場のない株式の評価」について検査の状況と所見等が公表された。   1 会計検査院の所見 会計検査院は所見として、取引相場の株式等の評価制度について次のとおり示している。   2 会計検査院が今回問題視しているポイント (1) 類似業種比準価額の評価 会計検査院の指摘によれば、類似業種比準価額の中央値は純資産価額の中央値の27.2%となっており、類似業種比準価額は、純資産価額に比べて相当程度低い水準になっており、会社の規模区分が大きくなればなるほど評価額が低く算定される傾向にあることが指摘された。 類似業種比準価額は、評価通達制定当時(昭和39年)から数次の改正を経て、純資産価額との乖離が拡大していると思料される。下記のとおり、類似業種比準価額の計算式等の現行制度と評価通達制定当時を比較すると、しんしゃく割合の有無、類似業種の業種目及び類似業種株価の対象期間の選択、利益金額の選択等によって、現行制度の方が低く算定されることになる(【図表1】参照)。 【図表1】類似業種比準価額の計算式等に係る評価通達の主な改正状況 (※) 会計検査院「令和5年度決算検査報告の概要」589頁より抜粋 また、類似業種比準方式及び併用方式が選択されていた延べ590社における配当金額の比準割合(Ⓑ/B)の状況の調査結果によれば、配当金額の比準割合が0であった評価会社の割合は79.4%となっていることが指摘されている(【図表2】参照)。 【図表2】類似業種比準方式及び併用方式が選択されていた延べ590社における配当金額の比準割合の状況 (※) 会計検査院「令和5年度決算検査報告の概要」590頁より抜粋 そして、配当金額を計上していた121社における配当金額の比準割合をみたところ、【図表3】のとおり、配当金額の比準割合が1.0未満であり、類似業種と比べると配当金額の水準が低い会社が75社と全体の61.9%を占めていた。 【図表3】配当金額を計上していた121社における配当金額の比準割合の状況 (※) 会計検査院「令和5年度決算検査報告の概要」591頁より抜粋 さらに、平成30年から令和3年までの配当金額の平均額の推移を確認すると、類似業種の配当金額は増加傾向にあるのに対して、評価会社の配当金額はほぼ横ばいとなっており、配当金額の比準割合は減少している状況となっている(【図表4】参照)。 【図表4】類似業種及び評価会社の配当金額の平均額並びに配当金額の比準割合の平均値の推移 (※) 会計検査院「令和5年度決算検査報告の概要」592頁より抜粋 以上のとおり、類似業種比準価額の計算式については評価額が下がる方向で評価通達の数次の改正が行われてきたこと、その計算式が評価会社の業績等の実態を踏まえて株式を評価する方法として適切に機能していないおそれがあることなどが問題になっている。 また、評価会社の規模が大きい区分ほど純資産価額に比べて申告評価額が低くなる状況について、国税庁は、当該乖離を考慮して、会社の規模区分を変えるための操作や、特定の評価会社の要件に該当しないようにするための操作をするなどして、税負担の軽減を図る納税義務者が現に存在するとしている。 (2) 配当還元価額の評価 配当還元方式では、評価会社の株式を保有することによって受ける利益である年配当金額を還元率で割り戻すことなどにより、その元本である株式の評価額が決定される。例えば、年配当金額が100円で還元率が10%の場合の評価額は1,000円となるのに対して、年配当金額が100円 で還元率が5%の場合の評価額は2,000円となる。このため、年配当金額が同額の場合、還元率が高くなるほど株式の評価額は低くなる仕組みとなっており、還元率の値はその評価額に大きな影響を与えることになる。 還元率を10%に設定していることについて、国税庁は、昭和39年の評価通達制定当時の金利等を参考とし、評価の安全性を図ることも考慮して設定したものであるとしている。そこで、金利等の状況について、評価通達が制定された39年以降の長期国債の流通利回り及び応募者利回りの推移をみたところ、【図表5】のとおり、40年代及び50年代は約6%から約10%までの間で推移し、その後、長期的に低下して、平成10年以降はほぼ2%以下で推移していた。 しかし、我が国の金利の水準が長期的に低下してきている中、還元率は、評価通達の制定以降、見直されていない。 【図表5】長期国債の流通利回り及び応募者利回りの推移 (※) 会計検査院「令和5年度決算検査報告の概要」593頁より抜粋 配当還元方式の還元率は、評価通達の制定当時の金利等を参考にしたものであること、長期国債の流通利回りなどの金利の水準が長期的に低下してきている状況等を踏まえると、10%の還元率は、社会経済の変化に応じたものとはなっておらず、評価の安全性を考慮しているものであるとしても、近年の金利の水準と比べて相対的に高い率となっているおそれがある。このため、これに基づいて算定される配当還元方式による評価額は評価通達の制定当時と比べて相対的に低くなっているおそれがあると思料される。   3 評価通達の改正の必要性について 非上場株式の最近の裁判例や裁決においては、評価通達による評価額と時価との著しい乖離が問題視されており、特に類似業種比準価額による評価額が時価に対して低すぎることが問題になっている。 例えば、東京地裁令和6年1月18日判決(TAINSコード:Z888-2556)は、相続人が相続により取得したО社株式(21,400株)の評価について、納税者が評価通達に基づく類似業種比準価額として1株当たり8,186円で評価したのに対して、課税庁は、評価通達により評価することが著しく不適当として、評価通達6項(以下「総則6項」という)に基づく株価として1株当たり80,373円(大手アドバイザリー会社作成の株式価値算定報告書に基づき算定)と評価し、更正処分等を行ったことに対して、請求人が、原処分の取り消しを求めた事件である。 本件においては、被相続人が相続開始の直前においてV社との間でО社株式を1株当たり105,068円で譲渡する基本合意の締結が行われており、その直後に相続があり、相続人が上記の基本合意価額105,068円で譲渡したことが問題になっている。 東京地裁では総則6項の適用はないものとして納税者が勝訴しており、東京高裁においても令和6年8月28日の判決で納税者が勝訴しているが、類似業種比準価額と相続税法22条における時価との著しい乖離があるとされた事件として非上場株式の評価のあり方が検討されるべき事案として捉えることもできる。 また、配当還元価額もその評価が低すぎることから配当還元価額の適否を巡って争われる事件が少なくない。例えば、東京地裁平成16年3月2日判決(TAINSコード: Z254-9583)は、配当還元価額の趣旨について、「通達の趣旨は、通常、いわゆる同族会社においては、会社経営等について同族株主以外の株主の意向はほとんど反映されずに事業への影響力を持たないことから、その株式を保有する株主の持つ経済的実質が、当面は配当を受領するという期待以外に存しないということを考慮するものということができる。」とし、支配力がある株式に対しては原則的な評価方式が採用されるべきであるとして、配当還元価額の適用を否認した事件である。 総則6項の適用の在り方と評価通達の適正化については別の問題であるにせよ、総則6項が著しい乖離を要因として適用されることから評価通達の適正化は、著しい乖離を抑止するものとして必要不可欠になるといえる。 一方で、評価通達の改正により非上場株式の評価の見直しがされることにより円滑な事業承継が阻害されると危惧されるが、評価の問題はあくまでも相続税法22条における時価の問題となるため、評価会社の業績等の実態を踏まえて非上場株式の評価を適切に反映する必要があるといえる。非上場株式の評価自体は、相続税法22条における時価として適切な評価となるように通達改正を行い、事業承継の問題については、租税特別措置法として税制優遇で対応する必要がある。現行の法人版事業承継制度については、株価が相当高い中小企業者のみにしか利用されていない実情も踏まえると、評価通達の改正とともに法人版事業承継税制の見直しも必要なものと思料される。 (了)

#柴田 健次
2024/11/18

プロフェッションジャーナル No.594が公開されました!~今週のお薦め記事~

2024年11月14日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.594を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2024/11/14

谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」 【第32回】「国税通則法78条(79条)」-国税不服審判所-

谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第32回】 「国税通則法78条(79条)」 -国税不服審判所-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   国税通則法78条(国税不服審判所)   1 はじめに 国税不服審判所は、国税に関する法律に基づく処分についての不服申立て(税通75条)のうち国税庁長官に対する審査請求(同条1項2号、2項2号)以外の審査請求に対する裁決を行う機関(裁決機関)であり(同78条1項)、組織法上は国税庁の附属機関である(財務省設置法22条1項。行組8条も参照)。 国税不服審判所は、昭和45年の国税通則法改正によって、その前身である協議団に代えて設置された。協議団は、シャウプ勧告(以下の引用頁は福田幸弘監修・シャウプ税制研究会編『シャウプの税制勧告』(霞出版社・1985年)の頁である)による「更正決定に対する納税者の不服申立権とその不服申立てを取り上げる方法」(同388頁)に関して「未解決の不服申立事件を考慮し、かつ決定する権能をもつ税務職員よりなる協議団を創設すること」(同389頁)という提案に基づき、昭和25年度税制改正において創設された。 シャウプ勧告では、協議団について、「可能な限り、協議団はできるだけ[以前に調査または最初の協定の段階で特定の事件を直接取り扱った]調査官以外の者によって構成されるべきで、それによって納税者に対し、かれらの不服申立ては最初の更正決定または調査の過程と関係のない全然異なった税務職員の団体によって考慮されているということが保証されなければならない。」(同389頁)として、その第三者的性格が謳われていたが、「ところが現実には、この協議団の第三者的性格が充分に生かされていない場合があり、・・・・・・裁決の公正を図る担保的機能が円滑に作用していないのではないかとの批判がある。」(税制調査会『国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)』(昭和36年7月)125頁。下線筆者)といわれ、昭和37年の国税通則法制定に当たり、その改善が検討された。その過程で「協議団を執行系統以外に位置する独立の裁決機関とする案」(同頁)、「協議団の独立性を維持しつつ内部部局とする案」(同頁)及び「協議団を附属機関とする案」(同126頁)が検討対象とされたが、結論としては、「組織的には現行制度[=国税庁及び各国税局の附属機関]を維持することとするが、協議団の強化充実を図り、これにできるだけ第三者的性格をもたせるよう人事その他運営の面において国税庁当局が一層の配慮をすることを要望する。」(同127頁)とされた(税制調査会『国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)』(昭和36年7月)24頁参照)。 その後、協議団制度の改革・改善が再び本格的に検討されたのは、税制調査会『税制簡素化についての第三次答申』(昭和43年7月。以下「税制簡素化第三次答申」という)においてであった(同『昭和44年度の税制改正に関する答申』(昭和43年12月)9頁も参照)。次の2でその答申内容をみておこう。   2 「納税者の自主性と個別性の尊重」に基づく権利救済制度 税制簡素化第三次答申は協議団制度の改革・改善に関する「答申の背景」を次のとおり述べた(44頁)。ここでは、国税不服審判所の創設の背景が「税制簡素化」の観点から述べられているが、それは租税不服申立制度ないし国税不服審判所制度をめぐる最近の議論ではあまり顧みられないように思われる観点であることから、少し長くなるがそのまま引用しておくことにする。 ここでは、国税不服審判所制度創設の背景には、前述したように、それまで検討が重ねられてきた①「税制簡素化」の観点すなわち「税制を納税者に受けいれ易いものとすべきであるという観点」があったことが述べられているが、その論旨については、大要、①の観点から②「納税者の自主性と個別性の尊重という方向」が示され、その方向が③協議団の第三者的性格の不十分さに起因する批判、すなわち、「協議団が国税局長の指揮下にあり、かつ、国税局長が協議団の議決に基づくにせよ採決権を保持しているという形をとつている以上、公正な裁決として納税者の納得を得ることが難しいという批判」(税制簡素化第三次答申45頁)と相俟って、国税不服審判所制度の創設につながったものと解することができよう。 このような論旨の展開における①~③の相互関係を整理しておくと、①の観点は、「法令等の複雑化」を回避しつつ②の方向を実現するために設定されたものであり、③の批判も、②の方向を実現するための環境すなわち「納税者が新しい問題の起こるつど、自らの立場や個別事情を申し立て、納税者と税務当局が腹蔵なく相互に意見をかわし、問題を正しく、かつ、迅速に解決しうるような環境」が整備されていない当時の状況に向けられたものであるといえよう。 このような整理によれば、国税不服審判所制度創設の核心は②「納税者の自主性と個別性の尊重という方向」にあり、ここにこそ、国税不服審判所による権利救済独自の特長が認められ、裁判所による権利救済制度とは別に国税不服審判所による権利救済制度を設ける意義があると考えるところである。 国税不服審判所制度は、租税法律主義の手続的保障原則の観点から権利救済制度として高く評価されるが(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)88頁、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【27】等参照)、以上のようにみてくると、民主主義的租税観(金子・前掲書22頁、前掲拙著【14】)すなわち「およそ民主主義国家にあつては、国家の維持及び活動に必要な経費は、主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきものであ[る]」という「見地」(大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁)からも、高く評価されるべきものである。つまり、国税不服審判所制度は、「納税者の自主性と個別性の尊重」に方向づけられ民主主義的租税観によって支持される権利救済制度であるといってもよかろう。   3 国税不服審判所の不当性審査と違法性審査 国税不服審判所は、前述のとおり、国税庁の附属機関であるが、執行機関ではなく裁決機関である(税通78条1項)。また、行政庁による裁決も基本的には裁判所による判決と同じく処分に係る法律上の不服の裁断行為であるが、判決とは異なり処分の違法性だけでなく不当性をもその裁断の対象に含むものである(行審1条1項参照)。ここで処分の不当性とは、「行政処分を行うについて行政庁に裁量が与えられている場合において、裁量の逸脱または濫用(最高裁判所がよく用いる表現では、『社会通念(または社会観念)上著しく妥当性を欠く』こと・・・・・・)に至らない程度の不合理な裁量の行使がある」(芝池義一『行政救済法』(有斐閣・2022年)243頁)ことをいう。 国税不服審判所による「国税に関する法律に基づく処分」の不服審査(審査請求)に係る本案審査のうち不当性審査については、まず、国税通則法における執行機関と裁決機関との分離の観点からすると、その権限をどのように根拠づけるか検討しておく必要があるように思われる。というのも、審査請求一般における不当性審査権については、下記の解説(芝池・前掲書243-244頁。下線筆者)にみられるように上級行政庁の指揮監督権や処分見直し権限にその根拠を見出す考え方があるが、それらの考え方は、処分権限を有する執行機関と分離して設置された裁決機関としての国税不服審判所の不当性審査権については妥当し得ないと考えられるからである。 そうすると、結局のところ、国税不服審判所の不当性審査権は国税通則法によって付与されたものと解するほかないということになろう。上記の解説は、上の引用部分に続けて次のように述べているところである(芝池・前掲書244頁。下線筆者)。 国税通則法は「国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立て」について原則として行政不服審査法の定めるところによる旨(80条1項)を規定しているので、国税不服審判所の不当性審査についても審査請求一般における不当性審査と同様の考え方が原則として妥当すると解される。ただし、国税通則法99条の規定に鑑みると、国税不服審判所の不当性審査には一定の制限が課されていると解される。すなわち、「この条は、国税不服審判所長が、通達解釈に拘束されないで独自の法令解釈により審査請求の裁決をすることができることを明らかにするとともに、処分の大量性・反復性といった国税に関する法律に基づく処分の特質に鑑み、裁決機関の解釈と執行機関の解釈が異なることとなった場合にも、実務に混乱を来すことのないよう、審査請求の裁決に当たっての執行機関と裁決機関との意見の調整を図る手続について規定するものである。」(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)1241頁。下線筆者)ことからすると、国税不服審判所が執行機関による処分を不当と判断する余地は両者の意見調整手続によって制限されるものと考えられる。 国税通則法99条の規定それ自体については後の回で改めて検討することにするが、今回は、この規定が上述のように国税不服審判所の不当性審査権を制約するだけでなく、この規定が通達に示された法令解釈を一般的に対象にする規定であることから、違法性審査権をも含め国税不服審判所の不服審査権を一般的に制約する規定であること、及び税務官庁の処分権限の行使に裁量が認められる場合がそもそも限られている(前掲拙著【34】【38】参照。例外として平成22年12月1日裁決・裁決事例集81集339頁参照)が故に、この規定は不当性審査の場面よりも違法性審査の場面で国税不服審判所の権利救済機能を低下させること、を指摘するにとどめることにする。 (了)

#No. 594(掲載号)
#谷口 勢津夫
2024/11/14

国際課税レポート 【第8回】「トランプ2.0と国際課税の展望」

国際課税レポート 【第8回】 「トランプ2.0と国際課税の展望」   税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員   米国共和党のドナルド・J・トランプ候補は、11月5日の大統領選挙で7つの"激戦州”すべてを制して312人の選挙人を獲得し圧勝した。これにより2025年1月、第47代米国大統領に返り咲く。トランプ氏の共和党は上院の多数派を奪還し、下院も引き続き多数派となることが有力視されている(11月11日現在)。 今回は、今後4年間続く第二次トランプ政権と、少なくとも2年間続く共和党が支配する上院及び下院における国際課税を巡る議論について、現在の情報に基づき、Tax Notes誌に紹介された米国や欧州の識者のコメントも参考にしながら、簡単に展望を整理しておくこととしたい。   「2つの柱」の現状 2021年10月、140あまりの国が合意したOECD/G20・BEPS包摂的枠組み(以下「包摂的枠組み」)における2つの柱による国際課税改革のおさらいから始めよう。   トランプ2.0における展望 ◆第1の柱 第1の柱「利益A」の実施には多国間条約が必要だが、事実上米国を含む30ヶ国が条約に署名・批准することが発効条件となっている。米国が批准するためには、米国上院で出席議員の3分の2の賛成が必要であることから、利益Aの多国間条約の発効は疑問視されてきた。 利益Aによる課税は、米国のテクノロジー企業を狙い撃ちにした差別的なものであると主張する共和党・トランプ次期大統領が多国間条約に署名する可能性はない。このため、実務上は利益Aについては実施されることはないと考えて差し支えないだろう(※1)。 (※1) 「Trump Win Casts Shadow Over OECD Global Tax Reforms」Tax Notes誌(2024.11.12)参照。 包摂的枠組みの共同議長であるティム・パワー氏(英財務省)は、10月30日、南アフリカで開催されたIFA(International Fiscal Association)年次総会において、多国間条約の条文が完成したことを確認したと伝えられる。しかし、そのわずか7日後、予定していたような第1の柱の実現が困難な見通しであることが明らかになった。 そうであれば、OECDはこの作業が継続されるのか、あるいは軌道修正(例えば米国抜きで発効できるようにするなど)されるのかを明らかにすべきだろう。利益Aが実施されることを前提に準備(費用面でのコストも含む)を行ってきた納税者や関係者に対して、自分たちの今後の対応について検討する機会が与えられるべきだ。 利益Bについては、すでに移転価格ガイドラインに盛り込まれていることから、米国が主張するように「原則適用」でなくても意味が失われることにはならない。 残る問題はデジタルサービス税の扱いということになる。これについては、これまで以上に多くの国がデジタルサービス税を課すようになるという見通しがなされている。実際、カナダは最近デジタルサービス税を導入し、イタリアは既存の制度を拡大するなどの動きがある。 デジタルサービス税については、①仏・英など各国は、2021年10月までに導入済のデジタルサービス税を課すことができるが、多国間条約が発効した後、利益Aの税額から税額控除する、②米国は、通商上のアクション(報復関税)を行わない、といった内容の合意があったが、2024年6月に失効している。 このままデジタルサービス税の課税を続ければ、トランプ次期大統領及び議会多数派を奪還した共和党による通商上の報復が現実のものとなる可能性がある。デジタルサービス税は、法律的にも経済的にもその負担は自国の消費者に帰着するものである。米国から報復関税を課せられるリスクを冒しても、現在のようなデジタルサービス税を課すことが得策かどうか、欧州各国等は政治的な見極めが必要になるだろう。 ◆第2の柱 すでにわが国を含む多くの国がグローバル・ミニマム課税を導入しているが、米国の制度はOECDの仕組み(GloBEルール)と異なっている。具体的には、米国はIIRの原型となった制度であるGILTI(2017年のトランプ税制改革で導入)を持つが、実効税率の計算はIIRが国別であるのに対し、GILTIはグローバルに計算する(※2)。このため、米国の制度が第2の柱の制度でないと判定され、米国以外の国における第2の柱課税において、米国の多国籍企業が不利に扱われる可能性がある。 (※2) グローバルな計算のほうが、実効税率の計算が簡素化される利点がある。なお、高税率国に子会社があれば、低税率国に別の子会社を置くことが容認されることを問題視する立場もある。 米国(バイデン政権)は、OECDの第2の柱に沿った制度を国内法に導入する税制改正を試みたが失敗している。OECD(GloBE)のルールでは、米国親会社の実効税率が租税特別措置の適用等の結果、15%に満たない場合、15%になるまで課税する仕組み(UTPR)があるが、米国共和党議員はこれを域外適用の差別的な税制と主張し、報復的な課税を行うための法案が複数提出されてきている。例えば、ジェイソン・スミス下院議員による「米国の雇用と投資を守る法案」(H.R.3665)だ。 米国議会が、UTPRは差別的であるほか、法の域外適用であり米国の課税主権(米国議会が自国企業や国民に優遇税制を立法すること)を侵害しているとして反発することには、政治上の立場の表明であることに加え、法的な根拠もないわけではない。UTPRは、居住者による支配も支払関係などの源泉管轄(ネクサス)もない多国籍企業の所得に対する課税であり、管轄権行使の根拠に疑問なしとは言えないからである。 一方、欧州各国も米国多国籍企業に課税し、米国と衝突することは避けたいと考えているのが本音のようだ(※3)。 (※3) 「EU Braces for Trump 2.0」Tax Notes誌(2024.11.7)参照。 トランプ政権と共和党が米国の税制を第2の柱に合うように改正する可能性はないので、米国との衝突を避けるためには、合理的な範囲でOECD側が対応を考える必要が生じる。 GloBEルールの大きな変更は現実的でないが、例えば、①2025年に限り表面税率が20%以上である場合、UTPRはゼロであるとみなすとしているセーフハーバー(税率21%の米国を救うためのものであることは明らか)の恒久化などGloBEルールを変更し、米国と衝突しないようにするか、②各国はUTPRを立法しないか、適用を停止することが考えられるのではないか。 第2の柱は、すでに具体的な成果をあげている。シンガポール等を含め、50近い国が第2の柱を国内法に導入する予定だ。また、欧州の調査機関であるEU Tax Observatoryの実証的な推計によると、利益移転により失われた法人税収(対全世界GDP 比)は、2000年の約2%から漸増していたが、OECD がBEPS 報告書をまとめた2015年を境に10%弱で横ばいに転じている。軽課税国への利益移転の抑制効果を見て取ることができる。第2の柱の大きな成果と言えるだろう(本連載【第5回】「利益A・DSTと国内税制改革」の【図2】参照)。 UTPR は、多国籍企業の親会社所在国における合算課税であるIIRや、子会社所在国による課税であるQDMTTが十分に広がらなかった場合であっても多国籍企業に対して最低15%の実効税負担を求めるためのバックストップとして提案されたものである。QDMTT・IIR 導入国が増えていることから、バックストップ(UTPR)を置く必要性は低下しており、政治的・法的冒険を冒す必要に乏しいと思われる。   普遍的な関税(10%)、特定国への追加関税(60%) 税法は米国議会の承認が必要だが、関税については大統領に広範な権限が委ねられている。「歳入を生む」「企業が米国に戻ってくる」ことに着目し、第二次トランプ政権では普遍的な関税10%、特定国の追加関税60%を導入する計画であると伝えられる(率については、現時点では発言が定まっていない)。 しかし、関税には国内産業保護を目的とする保護関税と、財政収入を目的として課される財政関税があるが、わが国を含め先進国の関税は一般に保護関税である。財政関税は、資源に乏しい国や行政能力に限界がある国で採用されるべきものであり、米国のような超大国のものとはみなされてこなかったことからすれば、大きな転換となる。関税等の軽減が人々の生活水準を高め、完全雇用を実現し、実質所得を高めることなどにつながることを謳ったWTO体制の否定につながる可能性もある。 米国の国際租税法に詳しいMindy Herzfeld教授は、これまでの国際慣習法としての国際課税原則の在り方が巻き添えになる一連の貿易戦争が起こる可能性が高いと警鐘を鳴らしている(※4)。ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン教授も、関税は米国が世界経済のリーダーとしての役割を自ら離脱することを意味すると指摘する。 (※4) Mindy Herzfeld「Course-Correcting on International Tax in the Next Administration」Tax Notes誌(2024.11.4)   まとめ 第1の柱・利益Aについては、多国間条約実施の望みは絶たれたが、作業が継続するのか終了するのか、修正して継続するのか等についていつ公式発表があるかを待っている状況にある。米国が署名もせず、発効もしないことを理解した上で、作業に区切りをつけるために希望する国だけで署名するという米国識者の意見もあるが(※5)、条約が発効しない以上、条約の署名は実務レベルでの対応には影響しないだろう。 (※5) 前掲(※1)参照。 利益Bについては、本来利益Aとパッケージにしなければならない性質のものとは言えないと思われる。納税者にとってのメリットがあることから、制度本来の趣旨(移転価格税制の簡素化・合理化)に沿った、柔軟な利用が認められることを期待しておきたい。 なお、デジタルサービス税については、多国籍企業の立場からすれば受け身とならざるを得ないが、各国で異なる制度に対応するための事務負担の問題がある。欧州各国等の間でなんらかの措置が講じられることを期待したい。米国の専門家からは、歳入不足を補うために自国企業でなく米国企業に課税することは得策でなくなるので、政治的損得を見直さざるを得なくなるという妥当な指摘もなされている(※6)。 (※6) 前掲(※1)参照。 第2の柱については、すでに多くの国が国内法で導入し、成功を収めている。UTPRの適用が米国と衝突しないような工夫はあってもよい。現在の暫定期間中のUTPRセーフハーバーの恒久化等も一案だ。欧州各国はUTPRを適用しない場合、EU指令に違反する可能性があるとの指摘もあるが(※7)、そうであればEU指令を柔軟なものにするなど、EUにおいて積極的な工夫があってもよいだろう。 (※7) 前掲(※3)参照。 (了)

#No. 594(掲載号)
#岡 直樹
2024/11/14
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