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グループ企業の税務Q&A 【第5回】「通算グループ外の法人との合併が行われた場合」

グループ企業の税務Q&A 第 5 回 通算グループ外の法人との合併が行われた場合 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター/税理士 川瀬 裕太   ◆ ◆ ◆〈解説〉◆ ◆ ◆ 1 共同事業を行うための適格合併の要件 資本関係がない法人と合併する場合、下記の共同事業を行うための適格合併の要件を満たす必要があります(法法2十二の八、法令4の3④)。 (1) 金銭等不交付要件 金銭等不交付要件とは、被合併法人の株主に合併法人株式以外の資産が交付されないことをいいます。 (2) 従業者引継要件 従業者引継要件とは、被合併法人の合併直前の従業者のうち、その総数のおおむね80%以上に相当する数の者が合併の後に合併法人の業務に従事することが見込まれていることをいいます。 (3) 事業継続要件 事業継続要件とは、被合併法人の合併前に行う主要な事業が合併の後に合併法人において引き続き行われることが見込まれていることをいいます。 (4) 事業関連性要件 事業関連性要件とは、被合併法人の合併前に行う主要な事業のうちのいずれかの事業(被合併事業)と合併法人の合併前に行ういずれかの事業(合併事業)とが相互に関連するものであることをいいます。 (5) 事業規模要件又は経営参画要件 事業規模要件とは、事業関連性要件を満たす対象事業それぞれの売上金額、従業者の数、被合併法人と合併法人のそれぞれの資本金の額若しくはこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないことをいいます。 経営参画要件とは、合併前の被合併法人の特定役員のいずれかと合併法人の特定役員のいずれかとが、合併後に合併法人の特定役員となることが見込まれていることをいいます。 (6) 株式継続保有要件 株式継続保有要件は、合併により交付される対価株式(議決権のないものを除きます)のうち、支配株主に交付されるものの全部が支配株主により継続して保有されることが見込まれていることをいいます。   2 合併法人の繰越欠損金の使用制限 (1) 法人税の繰越欠損金 完全支配関係又は支配関係がある適格合併のうち、次のいずれにも該当しない適格合併については、合併法人の未処理欠損金額の使用が制限されます(法法57④、法令112⑨⑩)。 (※) 欠損金利用を目的に法人を設立する等一定の場合が除かれています(法令112④⑨)。 したがって、共同事業を行うための適格合併については、合併法人の未処理欠損金額の使用が制限されません。 (2) 住民税の繰越欠損金(控除対象通算適用前欠損調整額、控除対象通算対象所得調整額、控除対象配賦欠損調整額) 合併法人の未処理欠損金額の使用を制限する規定はありません。 (3) 事業税の繰越欠損金 完全支配関係又は支配関係がある適格合併のうち、次のいずれにも該当しない適格合併については、合併法人の未処理欠損金額の使用が制限されます(法法57④、法令112⑨⑩、地令20の3)。 (※) 欠損金利用を目的に法人を設立する等一定の場合が除かれています(法令112④⑨)。 したがって、共同事業を行うための適格合併については、合併法人の未処理欠損金額の使用が制限されません。   3 被合併法人の繰越欠損金の引継制限 (1) 法人税の繰越欠損金 完全支配関係又は支配関係がある適格合併のうち、次のいずれにも該当しない適格合併については、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎが制限されています(法法57③、法令112③④)。 (※) 欠損金利用を目的に法人を設立する等一定の場合が除かれています(法令112④)。 したがって、共同事業を行うための適格合併については、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎが制限されません。 適格合併が行われた場合において、被合併法人の未処理欠損金額があるときは、その金額は、それぞれの未処理欠損金額が生じた各事業年度の開始の日の属する合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなし、特定欠損金額に該当するものは特定欠損金額として、非特定欠損金額に該当するものは非特定欠損金額として引き継ぐこととなります(法法57②、法法64の7③)。 (2) 住民税の繰越欠損金(控除対象通算適用前欠損調整額、控除対象通算対象所得調整額、控除対象配賦欠損調整額) 被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎを制限する規定はありません。 適格合併が行われた場合において、被合併法人の未処理欠損金額(控除対象通算適用前欠損調整額、控除対象通算対象所得調整額、控除対象配賦欠損調整額)があるときは、その金額は、それぞれの未処理欠損金額が生じた各事業年度の開始の日の属する合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなされます(地法53⑤⑮㉑、321の8⑤⑮㉑)。 (3) 事業税 完全支配関係又は支配関係がある適格合併のうち、次のいずれにも該当しない適格合併については、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎが制限されています(法法57③、法令112③④、地法72の23①②、地令20の3)。 (※) 欠損金利用を目的に法人を設立する等一定の場合が除かれています(法令112④)。 したがって、共同事業を行うための適格合併については、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎが制限されません。 適格合併が行われた場合において、被合併法人の未処理欠損金額があるときは、その金額は、それぞれの未処理欠損金額が生じた各事業年度の開始の日の属する合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなされます(地令20の3)。   4 本件へのあてはめ 資本関係がない通算グループ外の法人A社を被合併法人、P社を合併法人とする適格合併を行う予定とあり、本件合併は、共同事業を行うための適格合併の要件を満たす必要があります。 完全支配関係又は支配関係がある適格合併のうち、一定のものについては、合併法人の法人税及び事業税の未処理欠損金額の使用が制限されていますが、本件合併は、共同事業を行うための適格合併に該当し、合併法人P社の法人税及び事業税の未処理欠損金額の使用が制限されません。 また、合併法人P社の住民税の未処理欠損金額の使用を制限する規定はありません。 同様に、完全支配関係又は支配関係がある適格合併のうち、一定のものについては、被合併法人の法人税及び事業税の未処理欠損金額の引継ぎが制限されていますが、本件合併は、共同事業を行うための適格合併に該当し、被合併法人A社の法人税及び事業税の未処理欠損金額の引継ぎも制限されません。 また、被合併法人A社の住民税の未処理欠損金額の引継ぎを制限する規定はありません。   (了)

#No. 670(掲載号)
#川瀬 裕太
2026/05/28

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第97回】「国際興業事件(混合配当に関する事案)-プロラタ計算違法判決-(地判平29.12.6、高判令元.5.29、最判令3.3.11)(その2)」~法人税法23条1項1号・23条の2第1項・24条1項3号・61条の2第1項・61条の2第17項、法人税法施行令23条1項3号・119条の9第1項~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第97回】 「国際興業事件(混合配当に関する事案)-プロラタ計算違法判決-(地判平29.12.6、高判令元.5.29、最判令3.3.11)(その2)」 ~法人税法23条1項1号・23条の2第1項・24条1項3号・61条の2第1項・61条の2第17項、法人税法施行令23条1項3号・119条の9第1項~   公認会計士・税理士 西川 浩史     4 事案の検討(引用部分は一部要約等しており、下線は筆者追加。以下同様。) (1) 混合配当に適用されるべき規定は何か(争点1) 高裁は、混合配当については、利益剰余金を原資とする部分には法人税法23条1項1号が適用され、資本剰余金を原資とする部分には法人税法24条1項3号が適用され、例外として、いずれの配当が先に行われたとみるかによって課税関係に差異が生ずるものについては、これを「資本の払戻し」と整理するとした。その理由として、「法人税24条1項3号が資本剰余金及び利益剰余金の双方を原資とする配当一般を規律するものであると解するとすれば、利益剰余金をこれとは別の法的性格を有する資本剰余金として取り扱うことになり、株主拠出部分と法人稼得利益とを峻別する原則に整合しないことになり、許される拡張解釈の限度を超えるおそれがある。」とした。 一方、最高裁は、混合配当については、その全体に法人税法24条1項3号が適用されるとした。その理由としては、「平成18年改正後の法人税法においては、23条1項1号と24条1項3号の適用の区別につき、会社財産の払戻しの手続の違いではなく、その原資の会社法上の違いによることとされた。」ことを述べたうえで、「会社法における剰余金の配当をその原資により区分すると、①利益剰余金のみを原資とするもの、②資本剰余金のみを原資とするもの及び③利益剰余金と資本剰余金の双方を原資とするものという3類型が存在するところ、法人税法24条1項3号は、資本の払戻しについて『剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うものに限る。)・・・』と規定しており、これは、同法23条1項1号の規定する『剰余金の配当(・・・資本剰余金の額の減少に伴うもの・・・を除く。)』と対になったものであるから、このような両規定の文理等に照らせば、同法は、資本剰余金の額が減少する②及び③については24条1項3号の資本の払戻しに該当する旨を、それ以外の①については23条1項1号の剰余金の配当に該当する旨をそれぞれ規定したものと解される。」とした。 法人税法24条1項3号は、「資本の払戻し(剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うものに限る。)・・・)」と規定しており、この規定だけをもとに文理解釈した場合には、高裁のいうように「資本剰余金の額の減少に伴う剰余金の配当」のみを意味するものと思われ、「資本剰余金のみを原資とする剰余金の配当及び資本剰余金と利益剰余金の双方を原資とする剰余金の配当」を意味するものとまでは理解することはできない。 しかしながら、最高裁が述べているように、会社法の改正に伴う法人税法の改正内容や法人税法23条1項1号と法人税法24条1項3号を対として捉えて文理解釈した場合には、財務省担当者の見解と同じく「払戻し原資が利益剰余金のみである場合には利益部分の払戻し(法法23①の配当等)と、払戻し原資に資本剰余金が含まれている場合にはそれ以外の払戻し(資本部分と利益部分の払戻し(法法24①三のみなし配当)と規律することとしたもの(※2)」と理解する方が適正であると考える。このように条文を解釈することが、「文理解釈によって規定の意味内容を明らかにすることが困難な場合に、規定の趣旨目的にてらしてその意味内容を明らかにしなければならない(・・・)。(※3)」との趣旨に合った適切な解釈であると思われる。 (※2) 財務省「平成18年度 税制改正の解説」財務省HP(2006)262頁参照 (※3) 金子宏『租税法[第24版]』弘文堂(2021)124頁 一方、高裁は、会社法が資本剰余金からの配当も利益剰余金からの配当も統一的に「剰余金の配当」と整理したものと解しても、それによってその基本的な性格や内容を変更するものではないという前提に立っており、仮に高裁のこの考え方が正しいとしても、例外とした部分に関しては、明確な規定なしにこのような例外的な取扱いをすることには無理があると言わざるを得ないと考える(※4)。 (※4) この点について、大淵博義教授は、「かかる相違が生じるのであれば、資本剰余金と利益剰余金の双方を原資とする剰余金の配当は、法人税法24条1項3号の『剰余金の配当』が先行して行われたとみなす、という規定を措定すべきであり、少なくとも解釈通達において明確にすべきである。」(大淵博義「資本剰余金と利益剰余金の双方を原資とするみなし配当等の計算規定を違法・無効とした最高裁判決-その判示内容の検証と制度改正の方向性-」『税理』64巻7号(2021.6)7頁)と述べておられる。 高裁と最高裁でこのような解釈の違いが生じたのは、条文自体に問題があるのではないかと考える。法人税法の規定は、その適用にあたり、誤解を生じないように明確かつ丁寧な表現が必要であると考える。今後については、単に最高裁の判断を根拠とするだけでなく、補足的条文を付加して解釈の明確化と統一的取扱いを図ることが不可欠であると思料する(※5)。 (※5) この点についても、大淵教授は、「法文解釈に疑義が生じる余地のある『資本剰余金の額の減少に伴う剰余金の配当』につき、『資本剰余金と利益剰余金の双方を原資として行われる配当を含む』という補足的条文を付加して解釈の明確化と統一的取扱いを図るべきであり、今後の税制改正の検討に際して考慮すべき法律事項であると考える。」(大淵・前掲(※4)7頁)と述べておられる。 (2) 本件資本配当と本件利益配当とは別個独立のものか、又は1個のものか(争点2) 高裁は、争点1の判断結果からは争点2について判断することを要しないとしながらも、事案の内容及び本件の経緯に鑑みて判断を行い、本件資本配当と本件利益配当は私法上別のものであり、本件資本配当と本件利益配当は法人税法上、一つの剰余金の配当に当たらないとした。その理由としては、「本件資本配当に係る決議及び本件利益配当に係る決議は、別個のものとして順次、かつ、各配当の承認のほか、これらを実行することを含むものであったと認められ、他にこの認定を妨げるべき証拠はない。」とし、「本件資本配当はB社において減少させた資本を原資とするものであり、本件利益配当は同社の留保利益を原資とするものであることが明らかであるというべきであって、課税庁が指摘する決議日及び効力発生日の同一性等の事情は、形式的なものであるにすぎず、それらの事情が、本件利益配当及び本件資本配当の各性質を変じさせて単一のものとして取り扱うことが許容される基礎を創出するものではない。また、本件資本配当及び本件利益配当の各会計処理が適正でなく、又は不適法であるとうかがうべき証拠も見当たらない。」とした。 私法上の行為を重視する立場からは、本件では、別個独立の2つの配当決議に基づく2つの剰余金の配当があったとみるべきと考える。つまり、納税者は、「資本の払戻し」を行うことによる税務メリット(多額の株式譲渡損計上可能)を理解した上で、1つの混合配当とみなされるという税務リスクを避けるために、「利益の配当」と「資本の払戻し」を別の決議にて行い、それに伴う2つの配当を行ったと理解する。 最高裁では、この争点については何らコメントを述べていないが、本来はこの争点が一番先に議論されるべき内容であったのではないかと考える。上記3(2)で述べたように、納税者及び最高裁の判決に基づく税務仕訳には違いはあるものの、課税所得に与える影響額は同額になっている。しかし、本件は、「資本金等の額がゼロ超で利益積立金がマイナスかつ払戻資本割合が1」という特別なケースであり、いわゆる配当先後関係問題は生じない場合であった。配当先後関係問題が生じる場合(資本金等の額と利益積立金がゼロ超のケース、資本金等の額がゼロ超で利益積立金がマイナスかつ払戻資本割合が1でないケース)においては、争点2は重要な論点になりうると考える(※6)。 (※6) この点に関して、坂本雅士教授は、「今般の判決により混合配当の取扱いが確定した以上、その意義を明らかにすべきことは言うまでもない。」として、効力発生日が別日だった場合の取扱い等に不明瞭な点が残ることを指摘されている(坂本雅士「混合配当に係る最高裁判決を受けて-残された課題-」『會計』200巻5号(2021.11)469頁)。 (3) 法人税法施行令23条1項3号は法人税法24条3項の委任の範囲を超えない適法なものか(争点3) 最高裁は、法人税法は資本部分と利益部分とをしゅん別するという基本的な考え方に立つものであることを述べたうえで、法人税法24条1項3号のみなし配当規定の趣旨を、「配当に係る課税の回避を防止し、適正な課税を実現すること」と解釈し、同法24条3項の委任を受けて法人税法施行令23条1項3号で規定されている株式対応部分金額の計算方法(プロラタ計算)それ自体については、この趣旨に適合したものであるとした。 しかしながら、「利益剰余金のみを原資とする払戻しは、23条1項1号により、資本部分が含まれているか否かを問わずに一律に利益部分の分配と扱った上でその全部又は一部を益金の額に算入しないこととする一方で、資本剰余金のみを原資とする払戻しは、24条1項3号により、資本部分の払戻しと利益部分の分配とに分け、後者の金額を23条1項1号の配当とみなすこととするという仕組み」に照らしてみれば、「減少資本剰余金額を超える直前払戻等対応資本金額等が算出される結果となる限度において、法人税法の趣旨に適合するものではなく、同法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきである。」とした。 最高裁は、法人税法24条1項3号のみなし配当規定の「趣旨」及びそこから作られている「仕組み」をもとに、本件のような場合に限れば、法人税法の趣旨に適合するものではなく、同法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきであるとした。このようなアプローチについては、適正な方法であると理解する。しかし、法人税法24条3項の委任を受けて法人税法施行令23条1項3号で規定されているプロラタ計算それ自体の適正性についても、もっとより深く検討が必要であったのではないかと思料する。 法人税法施行令23条1項3号で規定されているプロラタ計算においては、配当直前資本金等の額に施行令規定割合(減少資本剰余金/前期末の簿価純資産額)を乗じて、株式対応部分金額を計算することになっており、今回のような期中に生じたC社からの利益配当により得た利益は、この計算上は考慮されないことになっている。このことこそが、A社において多額の株式譲渡損を計上できた要因である。C社からの利益配当により得た利益は、今回のB社からの配当の原資であることは明らかであり、本来はプロラタ計算時に調整されるべきものであったのではないかと考える(※7)。 (※7) 渡辺徹也教授は、最高裁が上告を受理した理由として「最高裁が、結論が変わらない本件の上告をわざわざ受理して、委任の範囲を逸脱したことを示したのは、令23条1項3号の改正をもとめたからだとも推測される。」と述べ、今後の改正にあたっては、「同号改正の過程では、上記計算式(プロラタ計算式:筆者追加)の分母が前年末の簿価純資産でよいのかどうかについても、検討されてよいであろう。」としている(渡辺徹也「法人が資本の払戻しを行った場合における法人税法施行令23条1項3号の法適合性」『ジュリスト』1567号(2022)134頁)。 そこで以下にて、C社からの利益配当により得た利益を調整する場合(施行令規定割合の分母に当該配当を追加する場合)の試算を行った。なお、B社からの配当はすべて資本の払戻しとして扱った(※8)。 (※8) 利益配当と資本配当(資本の払戻し)を別のものとして、資本配当・利益配当の順に計算した結果は同じになる。しかし、逆に利益配当・資本配当の順に計算すると、先に行われた利益配当の関係で施行令規定割合が大きくなり、結果は異なる。 今回行った試算による課税所得への影響額は19億円加算で、最高裁判決による影響額の△108 億円減算との差額は127億円と多額となった。もし、B社が外国法人でなく内国法人であった場合には、グループ税制の適用にて、株式譲渡損益は計上されない(※9)。内国法人からの資本の払戻しと今回のような外国法人からの資本の払戻しで、課税所得に関してこのような多額の差が生じるのは問題ではないかと考える。 (※9) 完全支配関係がある法人間のみなし配当事由に該当する場合は、譲渡対価を譲渡原価に相当する金額として扱い、株式の譲渡損益は計上されない(法人税法61条の2第17項)。 本件においては、マイナスの利益剰余金をもっているB社が、期中にC社から受け取った利益配当を財源にA社に配当を行っているが、これはB社がデラウェア州LLC法に基づいて設立された法人であったからである(デラウェア州LLC法では、配当後に債務超過にならない限り配当が可能と解されている)。我が国であれば、中間配当を受け入れて臨時決算を行い、株主総会等の承認を得た後でなければできないものであった(※10)。このことが、今回の問題が生じた要因であるように思う。つまり、B社がC社から利益配当を受け取った事業年度(この事業年度末においては、多額のプラスの利益剰余金が計上される)の翌期に、B社からA社に本件のような配当をしていた場合には、上記の試算のような結果になっていたと思われる。このように配当時期が少し違うだけで、その課税に多額の差が生じてしまう現行の税制それ自体に問題があると考える。 (※10) 大野真弓「資本剰余金と利益剰余金の双方を原資とする配当を受けた場合の法人税法上の区分について-最高裁令和3年3月11日判決を題材として-」税務大学校論叢第106号(2022.6)61-62貢参照   5 おわりに 本件事案は、委任立法の授権の範囲を逸脱した施行令は無効と言い切った数少ない判決である。今回の最高裁判決を受けて、令和3年10月15日、課税庁はウェブサイトにて、本件のような混合配当で再計算の結果、納付税額等が過大となる場合には更正の請求ができる旨を公表した(※11)。また、令和4年度税制改正において、資本の払戻しの直前の払戻等対応資本金額等の計算方法等が整備され、減少資本剰余金額が限度となることが明確化された(※12)。しかし、その改正内容は、必要最低限の内容であり、プロラタ計算における施行令規定割合の分母に関する改正(前年末簿価純資産価額に必要な調整を加える等の改正)までは、行われなかった。 (※11) 国税庁HP「最高裁判所令和3年3月11日判決を踏まえた利益剰余金と資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当の取扱いについて」 (※12) 法人税法施行令23条1項4号イ(現行法)参照 現行の税制においては、海外子会社からの資本の払戻しを利用して多額の株式譲渡損を計上するスキームは、私法上の適正な手続きのもと行われている限り、租税回避行為ではなく合理的な節税策の1つとなっている。このような節税策に歯止めをかけるためには、税法の改正によるしかない。また、税務上、配当に関しては会社法に縛られるのではなく、税法独自に利益積立金からの配当を優先する方法等の検討も必要と思料する(※13)。 (※13) この点について、大野真弓は、「プロラタ計算自体が『一種の割り切り』計算なのであるから、納税者に過度の厳密さを求めるのではなく、むしろ、納税者の恣意性を排除する方法への転換を検討してもよいのではないだろうか。」と述べられ、米国やドイツでの取扱いを説明されている(大野・前掲(※10)86-87貢参照)。 また、最高裁は本件事案が混合配当であることを前提に判断をしていると思われるが、争点2で高裁が述べているように「利益配当」と「資本の払戻し」の2つを別の配当と考えることが認められていれば、納税者処理がそのまま承認される結果もあったのではないかと考える。その意味でも、混合配当の意義を明確にすることがより重要であると理解する。 (了)

#No. 670(掲載号)
#西川 浩史
2026/05/28

【新基準対応版】〈一から学ぶ〉リースの会計と税務 【第2回】「リースのメリットとデメリット」

【新基準対応版】 〈一から学ぶ〉 リースの会計と税務 【第2回】 「リースのメリットとデメリット」   公認会計士・税理士 喜多 弘美   【第1回】では、レンタルや購入との違いを確認し、リースの定義を整理しました。設備投資をする際には、主に「自己資金」「借入」「リース」といった資金調達を用いて設備を購入しますが、どの方法で設備を使える状態にするかは選択する必要があります。 そのため今回は、設備投資の際の判断の一助となるよう「リース」を選択した場合のメリット・デメリットを整理し、解説していきます。   1 リースのメリット まず、リースの主なメリットを5つ見ていきましょう。 (1) 初期投資負担を軽減できる 設備投資を行う際、自己資金や金融機関からの借入によって設備を購入すると一度に多額の資金が必要になりますが、リースの場合はリース料を契約期間にわたり、毎月少しずつ支払うため、一度に多額の資金を準備しなくても設備を導入できます。 そのため、設備を購入する場合には必要だった資金を抑えることができ、その分、他の事業資金や運転資金として使うことができます。例えば、多店舗展開を図る企業では、複数店舗への同時出店や設備投資を進めやすくなります。 また、金融機関からの借入枠を温存することもでき、将来、資金調達が必要になった際に借入できるといったメリットもあります。 (2) 資金繰りが安定しやすい リースの場合、リース料は契約期間にわたり、毎月ほぼ一定額を支払うことが多いです。そのため、資金管理がしやすく、費用計画も立てやすいというメリットがあります。設備を購入した場合は、修繕費や維持費など突発的な支出が生じることもあるので、リースの方が資金繰りの見通しを立てやすいです。 また、金融機関から借り入れて設備を購入する場合は、金利の変動を受け、利息の支払額が増えることも多いです。一方、リースの場合は、契約締結時にリース料が固定されることが多いので、将来の金利変動の影響を受けにくく、支払額が増加するリスクを抑えやすいというメリットもあります。 (3) 事務負担を軽減できる リースでは、償却資産税(固定資産税)の申告・納付や保守・メンテナンスなどをリース会社側が行うケースも多く、事務負担の軽減が期待できます。また、借り入れて設備を購入すると借入金の返済管理や金融機関との契約管理が必要になりますが、リースの場合は、このような事務負担の軽減にもつながります。 さらに、一般的にリースは借入よりも審査手続が比較的簡単な場合が多く、必要なタイミングで設備を導入しやすいといったメリットもあります。 (4) 設備の陳腐化に対応しやすい 設備を購入する場合、一般的には法定耐用年数などに基づいて、長期間にわたって使用・費用化されますが、パソコンやIT機器など技術進歩が早い業界の場合、導入しても短期間で古くなってしまいます。その点、リースの場合は設備が古くなるタイミングを見越して契約期間を設定することで、比較的新しい設備へ入れ替えやすいというメリットがあります。 (5) 設備廃棄時の処分負担を軽減できる 近年は、廃棄物処理法などのルールが整備され、廃棄物の処分手続きが複雑になっています。そのため、設備を購入した場合は、環境関連法制に従って自社で適切に設備を処分しなければなりません。もし不適切に処理した場合には法律違反だけでなく、企業イメージの低下につながるリスクもあります。 一方、リースでは、契約期間が終了すれば、リース会社へ設備を返還するため、処分手続きを軽減できることも多いです。また、リース会社に返還後、3R(リデュース・リユース・リサイクル)を念頭に置いた処理が進められると、資源循環への貢献も期待できます。   2 リースのデメリット 次に、リースの主なデメリットを5つ見ていきましょう。 (1) 総支払額が高くなることがある リース料には、設備の購入代金の他に、リース会社の資金調達コスト相当額、固定資産税、保険料などの付随費用、さらにリース会社の利益が含まれます。そのため、リース料総額は、設備を購入した場合よりも割高になることがあります。 また、契約期間が終了しても、自社に所有権は移らず、使用を続ける場合には再リース料(契約延長のための料金)をリース会社へ支払わなければなりません(所有権を移転する条項が付いている契約もあります)。 そのため、長期間にわたって設備を使用する場合は、自己資金での購入を選択する会社もあります。 (2) 長期間支払いが必要になる リースでは、契約期間にわたり、毎月リース料を支払い続けることになります。また、リース料は契約開始時の金利水準を基に設定されることが多く、契約後に市場金利が低下した場合でも、原則としてリース料は変わりません。 このように、長期間にわたり固定された支払いが続く点は、リースのデメリットの一つといえます。 (3) 中途解約ができない リースは基本的に中途解約することができず、陳腐化などにより途中で設備を使用しなくなった場合でも、契約期間中はリース料を支払い続けなければなりません。もし途中解約できたとしても、残りのリース料に相当する違約金の支払いを求められるケースもあります。 (4) 設備が自社のものにならない リースの場合、その設備の所有権はリース会社にあります。そのため、自社の資産として自由に処分したり、改造したりすることに制限が生じる可能性が高いです。自社独自の技術や機密情報を扱う設備では、技術や情報の外部流出を懸念し、購入を選択する会社もあります。 (5) 特別償却などの税制優遇を受けられない場合がある 省エネルギー設備など、一定の条件を満たす設備を購入する場合は、通常の減価償却に加え、特別償却が認められることがあります。リースの場合、これらの税制優遇を受けられないことがあるため、購入する方が税務上有利となるケースもみられます。   3 リースのメリット・デメリットまとめ 最後に、リースのメリットとデメリットを整理しましょう。 リースにはこのようなメリット・デメリットがあります。 設備投資を行う際は、「自己資金」や「借入」による購入とも比較しながら、自社の資金状況や特性に合った方法を選択することが重要です。 (了)

#No. 670(掲載号)
#喜多 弘美
2026/05/28

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第186回】エア・ウォーター株式会社「特別調査委員会調査報告書(概要版・公表版)(2026年3月31日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第186回】 エア・ウォーター株式会社 「特別調査委員会調査報告書(概要版・公表版)(2026年3月31日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【エア・ウォーター株式会社特別調査委員会による調査の概要】   【エア・ウォーター株式会社の概要】 エア・ウォーター株式会社(以下、「エア・ウォーター」と略称する)は、北海酸素株式会社として、1929年9月に設立。1966年8月、株式会社ほくさんに商号を変更。1979年9月、東京証券取引所市場第1部に株式を上場。合併、商号変更などを経た後、2000年4月から現商号。 デジタル&インダストリー、エネルギーソリューション、ヘルス&セーフティー、アグリ&フーズ及びその他の事業という5つの事業区分を有している。連結子会社136社、持分法適用会社11社の合計147社によりグループを構成している。 売上高1,075,929百万円、税引前当期利益73,975百万円、資本金55,855百万円、従業員数20,836人(いずれも2025年3月期連結実績)。本店所在地は大阪市中央区。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人は、有限責任あずさ監査法人大阪事務所(以下、「あずさ監査法人」と略称する)。 【エア・ウォーター会計不正発覚から調査報告書公表に至るまでの経緯】 2025年 10月9日 特別調査委員会設置に関するお知らせ 10月10日 特別調査委員会設置に関するお知らせ(続報) 11月13日 経営改革委員会の設置に関するお知らせ 12月3日 代表取締役の異動(辞任)に関するお知らせ 2026年2月12日 特別調査委員会の調査報告書(2026年2月9日時点)の受領 2月13日 再発防止策(骨子)の策定 中間連結財務諸表に係る期中レビュー報告書の限定付結論に関するお知らせ 3月31日 特別調査委員会による調査報告書受領および今後の対応に関するお知らせ 相談役の辞任に関するお知らせ 4月3日 再発防止策(詳細版)の策定に関するお知らせ 4月17日 代表取締役の異動および取締役を含む役員等の異動に関するお知らせ   【特別調査委員会による調査結果報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 エア・ウォーターは、2025年7月、連結子会社である日本ヘリウム株式会社(以下、「日本ヘリウム」と略称する)で在庫を巡る不適切な会計処理(損失の先送り)を自主点検で発見した。その後、社内調査を進める中で2025年9月、同じく連結子会社であるエア・ウォーター・エコロッカ株式会社(以下、「エコロッカ」と略称する)、エア・ウォーター・メカトロニクス株式会社(以下、「AWMX」と略称する)及びエア・ウォーターのプラントガス部でも在庫や貯蔵品等で不適切な会計処理(損失の先送り)を発見し、あずさ監査法人による監査の実施過程でもこれらの会計処理に対し指摘を受けた。 こうした状況を受け、エア・ウォーターは、社外の弁護士・公認会計士のサポートのもと、社外監査役主導の社内調査(以下、「先行社内調査」という)を進めてきたが、前記4案件において当社役職員の関与について可能性が生じるとともに、同様の事象がエア・ウォーター及び他の連結子会社にて発生していないか、さらに十分な調査が必要となった。 そこで、エア・ウォーターは、より広範かつ深度のある調査が必要と判断し、そのためには、それまでの社外監査役主導の調査体制ではなく、独立性及び客観性を確保した調査を行うことが適切であると考え、2025年10月9日、外部専門家で構成される特別調査委員会を設置することを決定した。   2 特別調査委員会による調査結果の概要 特別調査委員会による調査結果の概要は次のとおりである。 (1) 日本ヘリウム 日本ヘリウムでは、2019年度から、在庫管理業務を担当していたJ氏が、損益を良く見せる目的で、損益調整のためのロス計上の回避(未返却コンテナへの在庫の付替)を行っていたところ、J氏は、2025年3月、日本ヘリウム代表取締役社長に対して、海外に返却するコンテナについて約3億円の未処理ロスがあること、未返却の国内コンテナに約7億円の未処理ロスが内在していることを報告した。 その後、エア・ウォーターと日本ヘリウムとの間で対応方針について協議が行われた結果、未処理ロス(実在性のない過大在庫)に係る損失処理を2025年度以降に先送りすることが決定された。2025年7月に実施されたヘリウム原材料の在庫測定(重量測定)の結果、帳簿に計上されたヘリウム原材料の実に半分以上が架空であることが明らかとなり、同年9月30日に、実在性のない過大な在庫について一括で損失処理を行ったが、その累積的な影響額(棚卸減耗損)は20億2百万円にのぼった。 (2) エコロッカ エコロッカでは、Jp氏が代表取締役を務めていた 2017年6月から2024年3月までの期間において、在庫管理の過程における誤入力、在庫単価の調整による在庫の過大計上、滞留在庫等の評価減処理の未実施、本来費用処理すべき支出の資産計上、開発費の資産計上等、多岐にわたる原因により、約5億円にのぼる在庫差異等が生じていた。 2025年5月から6月頃、当社の監査室による内部監査が実施され、その一環として、当時の監査室長のFh氏らを交えて、当該在庫差異等の処理に関する協議が行われたが、監査室長は、協議の場において、一括処理以外の方法での損失処理を提案するだけではなく、監査法人への発覚を免れる観点からも一括処理は好ましくないという発言を行っていた。 エコロッカにおいて発生した在庫差異等の損失処理の先送りは、経営トップへの忖度に起因する内部統制の無効化、管理部門による指導の欠如、さらには、監査室による不適切処理の指南に見られる第3線の機能不全といった内部統制上の問題を示すものであった。 (3) AWMX AWMXにおいては、滞留在庫の評価減損先送り(約1億円)、賞与引当金計上取りやめ(約86百万円)及び売上の先行計上が行われていた。 (4) エア・ウォータープラントガス部 エア・ウォータープラントガス部では、既に使用不可品となっており、本来であれば適時に評価損を計上すべきであるにも関わらず、廃棄も評価損の計上もされないまま予備品として保管されているものが20百万円存在していた。2023年11月、使用不可能な予備品について、廃棄に係る稟議書が作成されたが、同稟議を確認した取締役副社長執行役員の田中豪氏(報告書上の表記は、「Eo氏」。以下、田中副社長と略称する)は、20百万円という廃棄の金額は目立つため、金額を分けて処理するように指示をして稟議を差し戻した。その結果、約8百万円相当分の予備品のみを廃棄対象とする稟議書が改めて作成され、約12百万円の廃棄見込品の損失処理が先送りされた。 田中副社長の指示により廃棄対象の見直しが正当な理由なく行われたことは、同氏により内部統制が無効化された状態だったことを示すものと考えられる。 (5) エア・ウォーター防災株式会社(以下、「AW防災」と略称する) AW防災において、2014年度から2018年度にかけて「M番」と呼ばれる見込み生産品に係る一時的な費用を管理するためのワークオーダーに関して、本来であれば期末に費用として利益から差し引くべき金額を、仕掛品残高として会計上の資産に残すことにより、費用計上を先送りする処理が行われており、M番の仕掛品残高は2018年度末時点で約10億55百万円に達していた。 さらに、AW防災において、2016年頃から2020年頃にかけて、工事進行基準を利用して、代価が確定していないにもかかわらず、実体を欠く予算を設定するとともに仕様未確定での資機材の発注等により原価を先行計上し、売上・利益を不適切に計上する問題が発生していた。 AW防災では、その他にも、工事損失引当金の計上回避、売上の計上時期の不適切な操作、売掛金の不正な付替、原価付替による利益操作、在庫の評価減による利益操作、ソフトウェアや開発費の過大計上による利益操作等が行われていた。 (6) その他 エア・ウォーター及び相当数のグループ会社において、在庫の過大計上、資産評価損の先送り、売上の先行計上、不要な取引先を介在させて行う連結売上高の嵩上げ、引当金の計上回避、資産性のない支出の資産計上による利益調整等、売上や利益を嵩上げする目的で様々な手法による不適切な会計処理が行われていた。 (7) 連結決算に与える影響額 エア・ウォーターが自主的に修正した過年度の会計処理の結果は次表のとおりである(単位:億円)。 過年度修正額 売上収益 特別調査委員会 ▲257 自主点検 ▲410 合計 ▲667 営業利益 特別調査委員会 ▲76 自主点検 固定資産及びのれんの減損等 ▲122 その他 ▲133 小計 ▲255 合計 ▲332   3 発生原因の分析(概要版10頁、公表版260頁以下) 特別調査委員会は、原因分析の前提として、エア・ウォーターグループにおける不適切な会計処理の概要として、次のようにまとめている。 そのうえで、特別調査委員会は本件の原因として、次の11の大項目を挙げている。 いくつか、エア・ウォーターに特徴的な原因を見ておきたい。いずれも、2025年12月3日に代表取締役会長及び取締役を辞任した豊田喜久夫氏(以下、「豊田会長」と略称する)によるワンマン経営が、エア・ウォーター及びグループ会社の不適切な会計処理の原因となり、または、不適切な会計処理を防止することができなかった原因であると指摘したものである。 (1) 経営トップによる叱責を含め業績達成に対する過度なプレッシャーが存在したこと 特別調査委員会は、プレッシャーについて、不適切な会計処理に関与した当社グループの役職員の多くは、前年実績を下回る予算策定は許されないという予算策定時のプレッシャー、月次レベルでの業績報告の際の業績未達や赤字決算に対するプレッシャー、上期予算が未達であった場合の下期予算策定時のプレッシャー、年度決算における業績未達や赤字決算に対するプレッシャーの存在について述べ、これら予算未達や赤字決算に対しては、最高経営委員会、予算会議等の会議体において、あるいは、会長室への個別の呼び出し等によって、豊田会長から強い態度で叱責を受けることがあったと述べていると調査結果を説明している。 (2) 経営陣の振る舞いから不適切な処理が安易に正当化されてしまう不健全な企業風土、規範意識の鈍麻、上場会社グループとしての自覚とリテラシーの欠如 さらに、特別調査委員会は、エア・ウォーターグループにおける不適切な会計処理は、必ずしも特定の役職員による行為にとどまるものではなく、エア・ウォーター及びグループ会社の相当数の役職員が関与又は黙認する態様でも行われてきたという事実に鑑み、エア・ウォーターグループでは、豊田会長を筆頭として順次降りてくる上席者からの業績プレッシャーによって、予算未達を避ける、あるいは赤字決算を避けるための手法(見せかけの業績達成の手法)として、不適切な会計処理を行うことはやむを得ないことだとして容認(正当化)する空気が相当程度蔓延しており、監査法人に対する虚偽の説明等を含めて、その規範意識も相当鈍麻していたものといえるという判断を示している。 (3) 経営トップに対する監視・牽制機能が不十分であること 特別調査委員会は、取締役会による監視・牽制機能が不十分であったことについて、エア・ウォーターの取締役会では、売上等の業績報告やM&A等の事業戦略に関する報告・審議が多くを占めており、豊田会長を除く社内取締役については、その発言回数や発言時間は相当少なく、 豊田会長の経営方針や意思決定に対して、社内取締役から実質的な検証や異議、代替案の提示等がなされている事実はほとんど見受けられなかった。 このような背景の1つとして、社内取締役の選任・評価のプロセスが実質的には 豊田会長の専権となり、社内取締役の人事権を掌握していた点を挙げることができるとしたうえで、経営トップの影響力が社内取締役の人事面や報酬面に強く及ぶ状況下においては、各社内取締役が独立した立場から、率直な意見や批判的見解を表明することが困難となり、結果として、本来果たすべき経営トップに対する監視・牽制機能が十分に発揮されていなかったと指摘している。   4 再発防止策の提言(概要版16頁、公表版292頁以下) 特別調査委員会は、エア・ウォーターが、2025年11月13日に、取締役会の諮問機関として経営改革委員会を設置し、経営管理体制・内部統制の抜本的改革、再発防止策の策定等を目的として活動を開始していること、さらに「調査報告書(2月9日時点)」の報告を踏まえて、直ちに再発防止に向けた取り組みを開始していることを確認できたとしたうえで、再発防止の取り組みには終わりはなく、将来にわたって再発することがないよう、体制の構築・策定をするとともに、その不断の検証・改善と確実で継続的な運用を図ることが、当社の真の再生に不可欠であることを、再度強調しておくとして、次の13項目からなる再発防止策を提言している。 ここでは、豊田会長によるプレッシャーや人事権の把握といった、エア・ウォーターに特徴的な原因の是正、再発防止という観点から、特別調査委員会による提言を確認しておきたい。 (1) 企業風土の抜本的な改革に対する経営トップの覚悟及び周知徹底 特別調査委員会は、再発防止策の提言のトップに、「企業風土の抜本的な改革」を挙げて、経営トップが覚悟をもってコンプライアンス遵守の意思を示し、業績達成のためにはコンプライアンスは犠牲にしても止むを得ないという企業風土を抜本的に変革し、エア・ウォーターグループのマネジメント層を含む全ての役職員に不正をしないことこそが当たり前であるというコンプライアンス感覚を浸透させることが、今後実施される各種の再発防止策を有効に機能させるための前提条件となることを肝に銘じる必要があるとしたうえで、何をおいても経営トップ自らが先頭に立ってリーダーシップをとり、真の意味での不正根絶とコンプライアンス重視の宣言を発出し、その宣言に即して種々の施策を実行に移すことが極めて重要となると述べている。 さらに、特別調査委員会は、健全な企業風土の醸成は、一朝一夕に成るものではないため、形式的にコンプライアンス宣言を発出して事足りるということではなく、経営トップが常に意識して積極的に発信し続けることが重要であることから、能力と誠実性を備えた優秀な役職員が、エア・ウォーターグループのために持てる力を発揮し、持続的な発展に安心して注力できる体制と環境を整える必要があると強調している。 (2) 適切な業績目標の設定と過度の業績プレッシャーの排除 次に、特別調査委員会は、エア・ウォーターグループにおける「短期的な業績を過度に重視する企業風土や業績達成に対する過度のプレッシャー」について、経営トップをはじめとするエア・ウォーターグループのマネジメント層は、ボトムアップの視点や外部環境の適切な考慮等、予算策定のプロセスを改めて検証・改善し、業績目標が人員、時間、能力等の制約条件も踏まえ、現場の生の声も反映した適切なレベルに設定されているか、現場が業績プレッシャーをどのように受け止めているかを定期的にモニタリングし、業績達成とコンプライアンス上のリスクのバランスを常に心がける必要があることを指摘し、過度の叱責やプレッシャーを与えることによって本質的な問題解決に至るものではなく、指示、指導、業績評価、適材適所の人員配置、場合によっては事業部門の縮小・事業転換、撤退等も選択肢に入れながら、経営者としての最適解を模索することを強く意識する必要があると述べている。 (3) 取締役会の監督機能の充実 また、特別調査委員会は、不適切な会計処理が発生した背景としては、取締役及び取締役会による経営トップに対する監視・牽制機能が十分に発揮されておらず、また、取締役会として内部統制の構築及び実効的な運用が十分にはできていなかったこと、つまり、経営トップの意思決定や経営方針等に対し、取締役・取締役会における実質的な検証や牽制が不十分であったことに加え、内部統制を構築し、その運用状況を実効的に監督すべき立場にありながら、当社グループが抱えるリスク要因(内部統制の不備を含む)の収集・把握や、リスク要因についての積極的な議論・フォローアップ等の取組みが十分ではなかったものであると指摘をした。 そのうえで、特別調査委員会は、不適切な会計処理と同様の事態の再発を防止し、取締役会の監督機能を充実させるための方法として、以下の提言を行っている。   【調査報告書の特徴】 M&Aによってグループ会社化した子会社における会計不正が長年にわたって見逃されてきたという点では、エア・ウォーター、ニデック株式会社(本連載【第183回】)及びKDDI株式会社(本連載【第185回】)の3社の事例はきわめて似通った構造になっている。さらに、トップダウン型の経営、トップに事実(たとえば予算未達など)を報告できない企業文化が、会計不正を誘引したという点においては、エア・ウォーターとニデックは「相似形」とも表現できるほどである。 ニデックの永守氏も、エア・ウォーターの豊田氏も、代表取締役を辞任していったんは相談役に就任したものの、その後、相談役も辞任して経営から完全に手を引くという、これも同じような形で退場した。両社ともに、詳細な再発防止策を策定して実行中ということであるが、これまで、経営トップに追従してきた取締役たちが、トップ不在となって、今後は自律的に経営を監督できるのかという大きな課題は、再発防止策では測れないものであると思われる。 エア・ウォーターは、2026年4月17日にリリースした「代表取締役の異動および取締役を含む役員等の異動に関するお知らせ」では、次期代表取締役として、社外取締役で取締役会議長の千歳喜弘氏と専務執行役員で経理財務統括責任者の唐渡有氏が次期定時株主総会を経て就任することを公表したが、千歳氏はリリース時に78歳、唐渡氏は72歳とともに高齢である。すでに再発防止策のなかで、「事業の選択と集中」「グループ会社の適正化・再構築」をうたっている1兆円企業グループをどのように導くのか、重い課題を背負っての代表取締役就任となる。 1 ニデックとエア・ウォーターによる連結子会社による会計不正の特徴 (1) 類似点 (2) 相違点 ① トップの影響力の性質の違い ニデック 創業者の強烈なカリスマ性と絶対的権限が特徴であり、「創業者の期待に応えなければならない」という心理的圧力が強く、異論を言いにくい同調圧力型の文化が形成。 エア・ウォーター 創業者支配ではなく、業績最優先の経営方針が組織全体に広く浸透した制度化されたプレッシャーが特徴。 ② 不正の広がり方の違い ニデック 事業部・子会社ごとに局所的に不正が発生し、それが多数積み重なった構図。 エア・ウォーター 在庫水増し・損失先送りなど、同質的な不正がグループ横断で広範に発生。 ③ 会計リテラシーの問題の深刻度 ニデック 経理部門の力量不足はあるが、プレッシャーが主因で不正に手を染めている。 エア・ウォーター 第三者委員会が明確に「会計リテラシー不足」を不正の原因として指摘。 ④ 本社のガバナンス構造の違い ニデック 事業部・創業者主導の強いトップダウンで、本社の意思決定が集中しすぎていた。 エア・ウォーター 多角化した事業ポートフォリオで、本社の統制が分散し、実効性が弱い。   2 エア・ウォーターによる再発防止策 エア・ウォーターは、2026年4月3日、「再発防止策(詳細版)の策定に関するお知らせ」をリリースして、特別調査委員会による調査報告書で指摘された原因分析及び再発防止策の提言を真摯に受け止め、取締役会の諮問機関である経営改革委員会にて検討・審議を重ねたうえで、本日開催の取締役会において、再発防止策(詳細版)を決議したことを公表した。 再発防止策は、原因分析とそれに対応した再発防止策、実施時期などに加えて、増員する社員の人数を明記するなど、A4用紙で21ページにわたる具体的なものである。 その骨子部分について、同リリースから引用しておきたい。 (1)企業風土改革 コンプライアンスを最重視し、「健全で風通しがよく、正しい行動を促す」企業風土に向けた抜本的改革 適切な業績目標の設定と過度な業績プレッシャーの排除 教育・研修(倫理・会計リテラシー)の抜本強化 内部通報制度の強化 (2)ガバナンス改革 取締役会の監督機能の強化 監査役会の監査機能の強化 指名・報酬委員会の役割強化 (3)経営管理基盤、内部統制の再構築 管理担当役員、財務担当役員の設置 経理部門を中心とした管理部門の機能強化 グループ全体を俯瞰した内部統制の再構築 内部監査機能の強化 (4)全社戦略の見直し (事業ポートフォリオの見直し) コアコンピタンスの再定義 事業の選択と集中 グループ会社の適正化・再構築   3 東京証券取引所による改善報告書及び上場契約違約金の徴求 東京証券取引所は、2026年4月30日、「特別注意銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求」をリリースして、エア・ウォーターに対して、株式を5月1日付で特別注意銘柄に指定するとともに、上場違約金9,120万円を徴求することを公表した。9,120万円という違約金の額は、現行制度上の上限金額である。 その理由として、企業行動規範の遵守すべき事項(業務の適正を確保するために必要な体制整備)の規定に違反し、当取引所の市場に対する株主及び投資者の信頼を毀損したと認められるため(有価証券上場規程第509条第1項第2号)として、詳細を次のように説明している。 4月30日は、KDDI株式会社、ニデック株式会社にも上場違約金が徴求されており、2026年に入って上場違約金を徴求された会社は4社であり、昨年同時期と同じ水準となっている(2025年全体では9社)。 (了)

#No. 670(掲載号)
#米澤 勝
2026/05/28

〔業種別Q&A〕労使間トラブル事例と会社対応 【第16回】「フリーランサーに対するハラスメント防止義務」

〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第16回】 「フリーランサーに対するハラスメント防止義務」 〈情報通信業・IT〔Q5〕〉   弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 木原 康雄   【Q】 フリーランスのITエンジニアと業務委託契約を締結し、社内のエンジニア等と協働して作業してもらう場合があります。フリーランスに対しても、ハラスメントを防止する義務を負うのでしょうか。 【A】 フリーランスのITエンジニアとの業務委託契約にもフリーランス法が適用され、発注事業者は、セクハラ、マタハラ、パワハラ対策に係る体制を整備し、これらを防止する義務があります。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 フリーランス法の適用 近年、フリーランスという働き方が、多様な働き方の一環として社会的に定着してきた。ただ、フリーランスは個人であり、組織である発注事業者と比べて立場や交渉力が弱く、不適正な取引を強いられたり、ハラスメントを受けたりといったトラブルも生じている。そこで、フリーランスとの間の取引の適正化、及び、フリーランスの就業環境の整備を目的として、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(以下、「フリーランス法」という)が制定された(令和6年11月1日施行)。 フリーランス法の適用対象に業種・業界の限定はなく、発注事業者からフリーランスに委託するすべての業務が対象となる。したがって、ITエンジニアに対し、プログラム等の情報成果物の作成や役務の提供を委託する業務委託契約も、同法の適用対象となる。   2 ハラスメント対策に係る体制整備義務 上記目的を前提に、フリーランス法14条1項は、フリーランスに対する言動がセクハラ、マタハラ及びパワハラに至ることのないよう、発注事業者はフリーランスからの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じなければならないと規定している。 なお、報酬の支払期日までに報酬を支払わないというハラスメント、フリーランスの責めに帰すべき事由がないのに報酬の額を減ずるというハラスメントは、同法4条(期日における報酬支払義務)や5条(禁止行為)にも抵触し得る。 整備すべき体制の内容としては、①ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化、方針の周知・啓発、②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対処するために必要な体制の整備、③ハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応、④これらと併せて講ずべき措置(相談者・行為者等のプライバシー保護措置とその周知、相談や事実確認への協力、労働局への申出等を理由とする不利益取扱いの禁止とその周知)が挙げられる(令6・5・31厚労告212号「特定業務委託事業者が募集情報の的確な表示、育児介護等に対する配慮及び業務委託に関して行われる言動に起因する問題に関して講ずべき措置等に関して適切に対処するための指針」)。 これらは基本的に、セクハラ等の防止措置義務と同じ内容であるが、フリーランスは社外の者であるため、②については、業務委託契約書やメール、フリーランスが定期的に閲覧するイントラネット等に相談窓口の案内を記載するといった配慮が必要となる。 なお、従業員向けの相談窓口を、フリーランスも利用できるようにすることも可能である。   3 違反行為への対応 上記体制整備義務を前提に、フリーランス法は、フリーランスによる相談や事実確認への協力、労働局への申出を理由とした、業務委託契約の解除その他の不利益取扱いを禁止している(14条2項、17条3項・6条3項)。 また、労働局は、指導助言のほか(22条)、発注事業者が上記禁止及び前記2の体制整備義務に違反していると認めた場合、発注事業者に対し、勧告、命令、公表を行うことができるものとされている(18条~20条)。   4 カスハラについて 令和8年10月1日施行の改正労働施策総合推進法では、カスタマーハラスメント(カスハラ)防止措置が義務化されている。 この義務は、現時点では、事業主が雇用する労働者に対するカスハラが前提とされている。しかし、労働施策総合推進法等の一部を改正する法律の附則8条の2は、「政府は、フリーランスが受けた業務委託に係る業務において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該業務に関係を有する者の言動であって、業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものによりフリーランスの就業環境が害されることのないようにするための施策について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる」としている。 したがって将来的には、フリーランスに対するカスハラについても、防止措置の義務化が考えられる。 (了)

#No. 670(掲載号)
#木原 康雄
2026/05/28

〈具体事例から見る〉取適法施行に伴う企業対応Q&A【第1回】「従業員基準の追加と委託先従業員数の確認方法」

  -連載開始にあたって- 2026年1月に施行された改正下請法(取適法)は、対象となる事業者の適用範囲を拡大するとともに、親事業者(委託事業者)による禁止行為も拡充するなどして、実務への影響は小さくない。施行に伴いすでにしっかりと対応を行っている事業者もいる一方で、改正事項に対する具体的な実務対応のイメージが定まらず、十分な対応ができていない事業者もいると思われる。 そこで本連載では、事業者が注意しておきたい改正事項を具体事例に当てはめ、Q&A形式にて改正内容及び実務対応のポイントを数回にわたって解説する。 なお、まず改正の全体像を把握したいということであれば、下記の過去の拙稿もご覧いただきたい。 *  *  * ▼ ▼ ▼ 解説 ▼ ▼ ▼ 1 従業員基準の追加 改正前の下請法の適用の有無は、①取引事業者の規模の要件(資本金基準)と、②委託取引内容の要件(委託取引基準)という2つの要件から判断されてきたが、取適法においては、①の規模の要件として、従来の資本金基準に加え、新たに従業員基準が追加されることとなった。具体的には、資本金基準を満たさない場合であっても、常時使用する従業員の数が300人を超える事業者が、常時使用する従業員の数が300人以下の事業者に対して製造委託等をする場合(役務提供委託等では100人が基準)には、取適法の適用対象となる。 「常時使用する従業員」には、正社員、契約社員、パートタイマー、アルバイト、1ヶ月を超えて引き続き使用される日雇い労働者などが含まれ(テキスト26頁)、「常時使用する従業員の数」は、当該事業者の賃金台帳の調整対象となる対象労働者の数によって算定される(運用基準「第2、2、(2)」)。 また、従業員数は、「製造委託等をした時点」を基準として判断される。そのため、継続的な取引について取引基本契約を締結している場合であっても、取引基本契約の締結時ではなく、個々の個別契約の発注時を基準として都度判断される(パブコメ40)。製造委託等の発注から委託業務の完了までに一定の期間を要する場合、発注時において従業員基準を満たしていれば、委託業務の完了までの間に従業員数が変動し、従業員基準を満たさなくなった場合であっても、当該製造委託等に係る取引については、取適法が適用される(テキスト27頁)。   2 委託先の従業員数の確認方法 取適法は、委託事業者(発注者)に対して、委託先の従業員数を確認する法的な義務まで課しているわけではない(テキスト27頁)。したがって、発注者は、委託先に賃金台帳を開示させてこれを確認することまで求められているわけではないが、取適法違反のリスクを回避するためには、委託先の従業員数を把握しておく必要がある。 もっとも、資本金の額であれば会社の登記簿謄本によって客観的に確認することができるが、従業員数は一般的に公表されるものではなく、常時変動する可能性もあることから、いかにして委託先の従業員数を把握するかは実務上悩ましい問題となる。 上述のとおり、従業員数は発注時を基準として判断されることから、望ましい対応としては、発注の都度、委託先の従業員数を確認するプロセスを組み込むことが有益である(あるいは、従業員数の算定の基礎となる賃金台帳は毎月編成されることから、1ヶ月に1回の頻度で委託先に対して従業員数を確認することが望ましい)。 例えば、委託先から提出してもらう見積書の備考欄に「従業員数100人以下」「従業員数100人超300人以下」「従業員数300人超」といったチェックボックスを設けて確認する方法などが考えられる(テキスト28頁)。なお、確認方法は、書面や電子メールなど記録に残る方法が推奨されている(テキスト28頁)。 委託先の数が多数に上るなど、すべての委託先との間で発注の都度従業員数の確認を行うことが事実上困難である(事務的な負担が大きい)ような場合には、確認の頻度を減らし(例えば1年に1回)、閾値をまたぐ可能性が高い委託先(従業員数が300人前後の委託先)についてのみ確認の頻度を増やすなど、リスクの軽重に応じた対応も実務上は検討に値するものと思われる。   (了)

#No. 670(掲載号)
#木下 雅之
2026/05/28

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例115】株式会社桜井製作所「当社株式の上場廃止の決定及び整理銘柄の指定に関するお知らせ」(2026.4.15)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例115】 株式会社桜井製作所 「当社株式の上場廃止の決定及び整理銘柄の指定に関するお知らせ」 (2026.4.15)   公認会計士/開志創造大学大学院事業創造研究科教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社桜井製作所(以下「桜井製作所」という)が2026年4月15日に開示した「当社株式の上場廃止の決定及び整理銘柄の指定に関するお知らせ」である。主文の記載は次のとおりであり、東京証券取引所(以下「東証」という)における上場廃止が決まったという内容である。 「上場廃止及び整理銘柄指定について」の中の「理由の詳細」の記載は次のとおりであり、上場維持基準に適合しなかったため、上場廃止になるとされている。 東証の市場区分が2022年4月4日にプライム市場・スタンダード市場・グロース市場へ移行し、上場維持基準も新たなものになったが、移行基準日(2021年6月30日)に新市場区分の上場維持基準に適合していない場合、「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」を開示することにより、当分の間、本来の上場維持基準よりも緩和された上場維持基準の適用を受けることができた(本連載【事例69参照】)。しかし、そうした経過措置終了までに、桜井製作所は、結局、本来の上場維持基準に適合せず、上場廃止が決まったのである。   2 流通株式時価総額基準に不適合 桜井製作所は、上場維持基準のうち流通株式時価総額基準に適合しなかったため、上場廃止が決まった(2026年3月31日開示「当社株式の監理銘柄(確認中)指定に関するお知らせ」)。同社はスタンダード市場に上場しているが、スタンダード市場における上場維持基準のうち流通株式時価総額基準は10億円であるのに対して、同社の2025年3月末時点の流通株式時価総額は7.9億円だった。 同社が2021年12月27日に開示した「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」の中の「上場維持基準の適合に向けた取組の基本方針、課題及び取組内容」の記載は、次のとおりである。業績を回復させ、株価を高めることによって、流通株式時価総額基準に適合する計画であるとしていた。   3 なぜ不適合に? 「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」によると、2021年3月末時点の桜井製作所の流通株式時価総額は9億円だった。しかし、上述のとおり、2025年3月末時点の流通株式時価総額はさらに低下し、7.9億円となっていた。業績がさらに悪化し、株価もさらに低下したのだろうか。 実は、同社の業績は、波があるものの、回復傾向にあり、2021年3月期の連結の売上高が3,414百万円、最終利益が△372百万円(2021年5月13日開示「2021年3月期決算短信〔日本基準〕(連結)」)であったのに対して、2025年3月期の連結の売上高は4,964百万円、最終利益は211百万円だった(2025年5月14日開示「2025年3月期決算短信〔日本基準〕(連結)」)。株価もさらに低下しているというわけではない。 同社の流通株式時価総額低下の主たる原因は、株価の低下ではなく、流通株式数の減少である。「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」によると、2021年3月末時点の同社の流通株式数は17,926単位(1単位は100株)で、流通株式比率は44.8%だった。しかし、同社が2025年6月26日に開示した「上場維持基準の適合に向けた計画に基づく進捗状況(改善期間入り)及び計画書の更新(計画期間の変更)について」によると、2025年3月末時点の流通株式数は14,642単位に減少し、流通株式比率も36.6%に低下していた。 このように同社の流通株式数が減少したのは、この間、同社が自己株式を取得し続けたからである(開示の数がとても多いため、具体的な開示事例には触れない)。自己株式取得による株価上昇を狙ったと考えられなくもないが、流通株式時価総額を高めるためには、株価上昇を相殺するほど流通株式数を減らしているため、むしろ逆効果であったといえる。   4 本当に上場を維持したかったのか? 桜井製作所は、上述のとおり「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」では、業績を回復させ、株価を高めることによって、流通株式時価総額基準に適合する計画であるとしていた。「上場維持基準の適合に向けた計画に基づく進捗状況(改善期間入り)及び計画書の更新(計画期間の変更)について」においても同様に、「上場維持基準に適合していない項目のこれまでの状況を踏まえた今後の課題と取組内容」に次のように記載し、業績を回復させ、株価を高めることによって、流通株式時価総額基準に適合する計画であるとしていた。 しかし、同社は、本当に流通株式時価総額基準に適合し、上場を維持したかったのだろうか。自己株式を取得し続け、流通株式数を減らしているところを見ると、むしろ上場廃止を望んでいたかのように見える。本当は上場廃止を望んでいるのに、上場を維持しようとしているかのような開示を行っていたのならば、それは虚偽開示である。今回の開示の主文の中の「このような決定を受ける事態となりましたことを、株主及び投資家の皆様をはじめ、取引先及び関係者の皆様に深くお詫び申し上げます。」も、本心に基づくものなのだろうか。 なお、桜井製作所と同じ2026年4月15日にネポン株式会社(以下「ネポン」という)と株式会社光陽社(以下「光陽社」という)も上場廃止が決まっている(ネポンは2026年4月15日に「東京証券取引所における当社株式の上場廃止の決定及び整理銘柄の指定に関するお知らせ」を、光陽社も2026年4月15日に「東京証券取引所における当社株式の上場廃止の決定及び整理銘柄の指定に関するお知らせ」を開示)。 しかし、両社とも東証は上場廃止になるが、ネポンは福岡証券取引所にも(2025年9月2日開示「福岡証券取引所本則市場への上場(重複上場)のお知らせ」)、光陽社は名古屋証券取引所にも上場しており(2025年5月30日開示「名古屋証券取引所メイン市場への重複上場承認に関するお知らせ」)、それらの市場で引き続き取引が可能である。東証での上場を維持できない場合に備えて、他市場に上場していたのだと思われる。桜井製作所は、そうした対策を行っていなかっただけでなく(他市場上場以外にも、他社による買収や、MBO(経営陣による買収)、他の上場会社による合併や株式交換などの対策が考えられたはずだが)、自己株式を取得して流通株式数を減少させ、自ら流通株式時価総額を低下させていたのである。 (了)

#No. 670(掲載号)
#鈴木 広樹
2026/05/28

書く論 【第5回】「なぜ枝葉がとれない」

〈執筆:編集X〉 書く論 第5回 「なぜ枝葉がとれない」 法律の話は、とても細かく、奥が深い。実務家の方なら皆さん知っておられることです。 そして、その法律に関する書籍(原稿)を書くという場合、どこまで解説するかが大きな問題になります。 以前この連載の【第2回】では、具体的な読者の方を想定すれば、その線引きが明確になるとお伝えしました。 今回はこのお話をもう少し掘り下げてみましょう。 もし具体的な読者の方が想定でき、そのレベル感を把握できたとしても、やっぱり指(筆)が動かない(動きが鈍ってしまう)ケースがあります。 大変恐縮ながら、それはその著者の方が、これから書こうとする内容に関し、実は精通していないおそれがあります。 若い編集者や若い著者の方が、「従前の実務書は分かりづらい!」と声を上げ、何らかのテーマについて、基本的な内容のみ、一般の方に広く、分かりやすく解説する本を世に出したいというご意見をよく見聞します。 その後、「この人に届けたい」という具体的な読者の方を想定できたとしても、結局、詳しく書きすぎてしまい、想定読者の心に響かないものになることが意外と多いのです。 冒頭申し上げた通り、法律の話、税法の話は、細かく深く、一般の方向けに分かりやすく解説しようとすればするほど、法律上の正確な表現から乖離し、さらに、法律全体のうち解説できない部分が増えます。 そしてそれは、読者に誤った解釈を与えるリスクが増えるという見方もできます。 勢いよく船出した(企画した)若い編集者や若い著者の方は、ある時このようなリスクに気づき、 「この表記は正確ではない」 「この部分が載っていない」 読者からそういう指摘を受けるのではないかと、不安になります。 このような不安から、本来であれば想定読者が知る必要のない部分まで解説してしまい、「説明が不足しているのでは」と補足として大量の注書きを載せ、税法では頻出の「等」を必要のない箇所にまで付けてしまう(※)。さらに税務図書の場合、サービス精神から(または出版社側の要請で)細かい税制改正事項を注書き等で各所に書き加えることで、いたずらに書籍全体のレベルを上げてしまう。 (※) 税法上の「等」や括弧書きは、削除すると語彙の意味ごと変えてしまうものもあるので、慎重に判断する必要があります。 編集者側にその不安を解消できるような(もろもろ決断できるような)知見があればよいのですが、実際のところ手練れの編集者でなければなかなか難しい。 結果として情報過多、ページ数過多、価格過多、様々な面から、想定していた読者に届かない書籍が出来上がってしまうのです。 「この読者層には、このような表記で、ここまで伝えれば大丈夫。」 そういう確たる自信があれば、このような揺らぎは起こらないのですが、先ほどお伝えした通り、『これから書こうとする内容に真の意味で精通していない』と、そのテーマの根幹をつかんでいない(枝葉がどこか分からない)ことから、自信が揺らぎがちなのです。 もしそのような状況に陥っているとお感じになられたら、一度、書こうとするテーマをより深く理解することに取り組まれると、判断が容易になるかもしれません。 編集Xも過去、同じような苦い経験をしてきて、 『基本的な内容ほど、「どれだけ書かないか」という判断が各所で試されるので、書くのが難しい』 という認識を持っています(高度な専門書であれば、情報を漏れなく整備することだけに集中できるので(もちろん後述のような工夫は必要)、意外と迷わないのです)。 編集Xが尊敬する先生は、執筆される著作ごとに明確な読者レベルを設定し、揺るぎなく「この読者層には、このような表記で、ここまで伝えれば大丈夫」を長年決断されています。「枝葉末節は書かない」そのスタンスは、現在もぶれることがありません。「決断する勇気は確かな経験と知識に裏打ちされたものである」と、勉強させていただきました。 ちなみに、若い編集者や若い著者の方が、基本的かつ分かりやすい書籍が作れないというわけではありません。このようなハードルをしっかり越え、感性を存分に発揮し、成果を上げているものもたくさんあります。 最後に、『分かりやすい』=『基本的な内容』とは限らないという点についてお伝えしておきます。 高度な専門書であっても、そのレベル感の想定読者にとって理解しやすいものであれば、それは「分かりやすい本」といえます。それには、目次の構成や解説の順序、見出しの付け方、図表の工夫と配置、本文と図表の連動性、事例の追加、文字の大きさ、書体、色、様々な要素を工夫することで、目標に近づくことができます(言わずもがな、編集者の領域(責任)も大きいです)。 もちろんその場合であっても、『これから書こうとする内容に真の意味で精通していない』と実現が難しい(法律の条文をそのまま文章にする傾向があります)。 文字のしっかり詰まった、相当なページ数の高度な専門書でも、明確な決断と工夫を凝らした書籍は、『分かりやすい本』(いわば名著)として、読者の方にしっかり手に取っていただけるのです。 (注)この連載に書かれている内容は筆者の私見であり、所属する組織とは一切関係ありません<(_ _)> (つづく)

#No. 670(掲載号)
#編集X
2026/05/28

《速報解説》 会計士協会が「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正に関する公開草案を公表~会員からの相談に対応し、報酬依存度算定に関する設問を新設~

《速報解説》 会計士協会が「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正に関する公開草案を公表 ~会員からの相談に対応し、報酬依存度算定に関する設問を新設~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2026年5月22日、日本公認会計士協会は、「倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正に関する公開草案(報酬依存度及び支配関係)」を公表し、意見募集を行っている。 これは、報酬依存度に関する会員からの相談が多く寄せられていることに対応するものである。 意見募集期間は2026年6月22日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 倫理規則では、社会的影響度の高い事業体(Public Interest Entity: PIE)の監査において2年連続で報酬依存度が15%を超える場合の開示、5年連続で報酬依存度が15%を超える場合の辞任規定などが規定されている。 報酬依存度に関する会員からの相談が多く寄せられていることに対応して、次のQ&Aの見直し・新設を行う。 (了)

#阿部 光成
2026/05/25

プロフェッションジャーナル No.669が公開されました!~今週のお薦め記事~

2026年5月21日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.669を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2026/05/21
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