福岡魚市場株主代表訴訟
~判決から読む会社経営者の子会社管理責任(1)
弁護士 中西 和幸
1 はじめに
近年、株主代表訴訟において役員責任が認められる判決が目立つようになってきた。その中で、(株)福岡魚市場(以下「魚市場」)の株主代表訴訟(福岡地裁、高裁では役員が敗訴し、上告中である)に注目したい。この判決では、子会社である(株)フクショク(以下「フク社」)に不祥事があったとしてフク社取締役を兼任していた取締役(代表取締役Y1、専務取締役Y2)及びフク社監査役を兼任していた取締役(常務取締役Y3)の責任が地裁及び高裁において認められたが、その内容については、他の事業会社においても参考になることが多い。
そこで、今回は地裁の認定(高裁もほぼ同様の認定)を紹介し、次回で、実務的な観点を検討する。
2 不正取引の概要
魚市場の100%子会社であるフク社は、「ダム取引」及び「グルグル回し取引」(以下「簿外取引」という)と称する取引(取引の詳細はスペースの関係上省略する)を、魚市場やその他の仕入業者との間で行ってきた。
この取引の概要は、仕入業者が一定期間在庫を預かって順次在庫を売却し、売れ残った在庫をフク社が買い取る取引である。「ダム取引」は仕入業者が商品を新たに輸入することから始まる取引であるのに対し、「グルグル回し取引」は、ダム取引等の終了により一度フク社が買い取った商品を仕入業者(当初輸入した業者に限らない)に買い取ってもらい、一定期間経過後売れ残った在庫をフク社が買い戻す取引である。
この簿外取引を継続することで、売れ残った在庫は商品としての価値を失う一方、簿外取引により生じた手数料等については、フク社が売却時に商品価格に転嫁することができず、特定の在庫商品の価格に上乗せしていたため、その在庫商品の原価が高額となり、フク社が表面化しない損失を被ることになった。
これらの取引は、フク社A取締役兼営業本部長の独断で行われており、フク社取締役会の承認は得られていなかった。また、フク社の帳簿にも取引形態が適切に反映されていなかった。
3 不正取引発見後の対応
Y1らは、不正在庫等の徴候をつかみ、又は発見したことから、以下のとおり対応を行った。
(1) 平成11年の調査
平成11年1月、フク社取締役が異常に高額な在庫評価額を発見し調査した結果、疑わしい在庫が約3,400万円相当であることを認識したが、簿外取引の停止等の手段を講じなかった。
(2) 魚市場による連帯保証
平成15年3月、フク社が仕入業者Mと継続的取引契約を締結する際、フク社の債務につき魚市場が連帯保証した。このとき、当該連帯保証を承認した常勤取締役会(Y1,Y2,Y3とも出席)においては、フク社のMに対する買掛債務の残高を調査せず、極度額を定めずに連帯保証した。
(3) 魚市場によるフク社の不正在庫の調査
平成15年3月上旬、不正在庫が存在する可能性があることを認識したY1とY2が、協議の上調査委員会を設立して調査をさせた。ただし、その調査が不十分であり、また、Y1ら自身は調査が適正だったかどうかを確認しなかった。
(4) 魚市場によるフク社に対する貸付
上記調査に基づき、フク社が魚市場に対して特別損失額を14億8,000万円とする再建計画(当初の損失額は13億7,829万円。再調査により約2ヶ月後に増額修正)を受け、銀行と交渉の上、魚市場が銀行から融資を受け、魚市場が、取締役会決議に基づきフク社に対する20億円の融資枠を設定し、平成16年6月29日から同年12月29日まで、計19億1,000万円を貸し付けた(当初融資)。
(5) 損失不足の発覚と債権放棄
平成16年12月29日頃、フク社から魚市場に対して、含み損の金額が当初報告した14億8,000万円ではなく、実際には22億6,242円である旨報告され、平成17年2月17日、同額を踏まえた再建計画書が提出された。これを受けて、魚市場は、同月24日、15億5,000万円の債権放棄を取締役会において決議した。
(6) 再融資
また、魚市場は、同年3月末日までにフク社から貸付金のうち3億6,000万円の回収を受けると、同年4月に合計3億3,000万円をフク社に貸し付けた(再融資)。
4 裁判所が認定した役員の責任
(1) 役員の責任を認めなかった行為
① 平成14年11月18日以前の調査等を行わなかった不作為
② 簿外取引発覚後の行為のうち、正確な損失額が判明した後に行われた15億5,000万円の債権放棄
③ 同時期に行われた3億3,000万円の再融資
(2) 役員の責任を認めた行為
① 簿外取引に対する監視・監督義務のうち、遅くとも平成14年11月18日の公認会計士からの指摘を受けた時点で具体的かつ詳細な調査を行わなかったという不作為
② 簿外取引発覚後の連帯保証契約
③ 簿外取引発覚後の当初融資
(3) 役員が負った損害賠償額
18億8,000万円
当初融資19億1,000万円のうち、実際に回収不能である、債権放棄分15億5,000万円と再融資額3億3,000万円の合計額が取締役が責任を負うべき損害額と認定した。なお、簿外取引による監視・監督義務違反は損害額の立証がないとして、また、連帯保証契約についてはこれによる損害がないとして、いずれも、義務違反があるものの損害の発生を認めなかった。
なお、高裁では損益相殺等が問題となったが、いずれの役員側の主張も認めていない。
5 責任の有無を分けた分水嶺
(1) 事実認識の誤りと調査不足
本判決において判決が注目したのは、被告取締役自身が具体的な法令等に反する行為を行っていなかったことから、経営判断原則を適用し、そのうち、事実認識における誤りの有無を問題にしたと読みとることができる。
すなわち、忠実義務・善管注意義務に反しないと判断した事実は、債権放棄及び再融資である。これらは、いずれも、簿外取引及びフク社について、損失額等を正確に把握した上での意思決定であるとして違反を認めていない。
これに対し、簿外取引発覚後の連帯保証契約及び当初融資については、緊急の必要性がないにもかかわらず調査内容や調査手法を十分吟味せず、その結果、誤った調査結果を基にして意思決定をしたものとして、違反を認めている。
このように、多額の融資や連帯保証等の会社に負担が生じる場合には、緊急性がない限り十分な調査が不可欠であり、また、調査を部下等に命じた場合には、調査方法等を確認するなどの検証をし、情報が正確かどうかを確認する必要があると判示している。
また、この判決では、上記調査義務以外に、公認会計士の指摘を受けた段階で詳細な調査をすべきであったとも指摘している。
(参考文献:金融商事判例1367号41頁、1399号24頁、旬刊商事法務1970号15頁)
(了)