〈一問一答〉
副業・兼業に関する担当者のギモン
【第1回】
「許可制・届出制の選択のポイント」
弁護士法人東町法律事務所
弁護士 木下 雅之
Question
私の会社において、副業・兼業の制度を本格的に導入しようと考えています。
導入に伴い、副業・兼業の制度設計については、「許可制」と「届出制」の2つがあると聞きましたが、どちらがよいのでしょうか。
Answer
労働者の自由や政府等の取組みを尊重する観点からは、「届出制」を原則とするのがよいと思われます。
ただし、許可制または届出制のいずれを採用するにせよ、自社において副業・兼業の制度を導入する目的と自社の状況を踏まえ、会社が副業・兼業を禁止・制限し得る場合(範囲)を適切に設定することがもっとも重要になろうかと思います。
● ● ● 解 説 ● ● ●
1 副業・兼業規制の背景
従来、多くの企業は、就業規則において、労働者が企業の許可なく副業・兼業を行うことを禁止しており、労働者の副業・兼業について、いわゆる「許可制」を採用することが一般的であった。
長期雇用制度(終身雇用制度)の下では、企業が正社員の定年までの雇用を保障し、雇用の安定という絶大なメリットを供与する代わりに、正社員に対して過大な献身(コミットメント)を求めることが多く、副業・兼業の許可制も、まさにこうした献身要求の表れと評価することができる。
しかしながら、時代や社会の変化に伴い、いまだ長期雇用制度が基本を成してはいるものの、雇用の流動化が進行し、企業による中途採用の動きや労働者の転職活動が活発化しているほか、副業・兼業についても、労働者のエンゲージメントの向上に資するとの捉え方が浸透し、企業においても副業・兼業を促進する機運が高まっている。
こうした社会的背景の下、厚生労働省は、「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日付け)を受けて設置した「柔軟な働き方に関する検討会」の検討会報告(平成29年12月25日付け)において、原則として副業・兼業を認める方向で普及促進を図る方針を打ち出した。また、厚生労働省は、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月31日付け。以下「副業・兼業ガイドライン」という。なお、副業・兼業ガイドラインは、その後、令和2年9月および令和4年7月にそれぞれ改定されている)を公表するとともに、「許可制」を定めてきた従来のモデル就業規則を、原則として企業への「届出」によって副業・兼業を行い得る内容に改定した。あわせて、厚生労働省は、副業・兼業ガイドラインの補足資料という位置付けで、「「副業・兼業の促進に関するガイドライン」Q&A」を公表している。
2 新旧モデル就業規則から見る許可制と届出制
厚生労働省が公表するモデル就業規則は、従来、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」を労働者の遵守事項として規定し、副業・兼業について、「許可制」を定めていた。「許可制」の下では、労働者による副業・兼業は原則禁止され、許可を得た場合に限り、例外的に許容されることとなる。
(遵守事項)
第11条 労働者は、以下の事項を守らなければならない。
①~⑤ (略)
⑥ 許可なく他の会社等の業務に従事しないこと。
⑦~⑧ (略)
(懲戒の事由)
第62条 労働者が次のいずれかに該当するときは、情状に応じ、けん責、減給又は出勤停止とする。
①~⑥ (略)
⑦ 第11条、第13条、第14条に違反したとき。
⑧ (略)
2 (略)
しかしながら、前述したとおり、厚生労働省は、副業・兼業ガイドラインの公表とともに、モデル就業規則を改定し、副業・兼業に関する従来の「許可制」を「届出制」に改めた。「届出制」の下では、労働者の届出により副業・兼業は原則許容され、企業秩序への影響や労務提供への支障等がある場合に限り、例外的に禁止・制限されることとなる。
(副業・兼業)
第70条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。
① 労務提供上の支障がある場合
② 企業秘密が漏洩する場合
③ 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④ 競業により、企業の利益を害する場合
(注) 令和4年11月版モデル就業規則より抜粋。
3 許可制・届出制の選択
以上のとおり、厚生労働省は、副業・兼業について、「許可制」から「届出制」への変更を推奨しているが、副業・兼業ガイドラインやモデル就業規則はあくまでも指針やモデルに留まり、法的拘束力を有するものではないため、「許可制」を採用したからといって直ちに就業規則の内容の合理性が否定されるわけではない。
それでは、許可制と届出制のどちらの制度設計とすべきか。
前提として、これまでの裁判例の多くは、副業・兼業は、本来労働者の私生活における行為であること(労働時間以外の時間をどのように利用するかは労働者の自由であること)を理由として、形式的には副業・兼業の許可制に違反する場合であっても、企業秩序に影響せず、かつ、使用者に対する労務提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様の副業・兼業については、実質的に許可制の定めに違反するものではない、との判断枠組みを示し、許可制に反する場面を限定的に解釈してきた。
したがって、労働者の自由を考慮すれば、副業・兼業ガイドラインやモデル就業規則が指摘するとおり、「届出制」を原則とすべきであろう。また、副業・兼業は、単に労働者の自由を保障するという観点だけではなく、企業にとっても、副業・兼業の促進が労働者のエンゲージメントの向上に資するとの捉え方が浸透するに至っており(一般社団法人日本経済団体連合会「副業・兼業の促進-働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して-」令和3年(2021年)10月12日)、労働者のスキルアップや自発的なキャリア開発を支援するという積極的な意義等を有する。
他方、許可制または届出制のいずれを採用するかにかかわらず、労働者の副業・兼業を認める場合には、一般的に、労務提供上の支障、企業秘密の漏洩、長時間労働の発生等のデメリット(留意点)があることから、自社での業務を本業としてもらいたいと強く考える企業にあっては、「許可制」を採用し、自社での勤務に影響が出ないよう副業・兼業の実施時間や頻度等についても厳格に審査を実施するという選択もあり得る(厚生労働省が令和5年3月30日付けで公表した「副業・兼業に取り組む企業の事例について」によると、このような観点から許可制を採用する企業も複数見られる)。
結局のところ、「なぜ今副業・兼業を解禁するのか」という目的と自社の状況とを照らし合わせて、基本的な制度の枠組みとしての許可制または届出制を選択したうえで、企業が副業・兼業を禁止・制限できる場合を適切に限定列挙することが重要になろう。
(了)
「〈一問一答〉副業・兼業に関する担当者のギモン」は、毎月最終週に掲載されます。