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《速報解説》 国税庁、美術品等の減価償却資産判定の見直しに向けパブコメ~取得価額基準を1点100万円から200万円へ引上げ~

 《速報解説》 国税庁、美術品等の減価償却資産判定の見直しに向けパブコメ ~取得価額基準を1点100万円から200万円へ引上げ~   Profession Journal編集部   国税庁は、10月30日、「『法人税基本通達の制定について』(法令解釈通達)ほか1件の一部改正(案)」を公表し、意見募集を開始した。 これは、法基通7-1-1及び所基通2-14が定める美術品等の減価償却資産の判定について、取得価額の金額基準を1点100万円から1点200万円へ引き上げる内容で、令和9年1月1日以後に取得をする美術品等から適用される予定である(意見の募集期間は11月28日(土)まで)。   ◆現行の取扱い 「時の経過によりその価値の減少しないもの」は減価償却資産から除かれる(法令13、所令6)。ただ、美術品等(絵画や彫刻等の美術品のほか工芸品などが該当する)がこれに当たるかを個別に判断することは実務上困難であるため、法基通7-1-1は一種の形式基準として、次の美術品等を「時の経過によりその価値の減少しない資産」と取り扱うこととしている。 一方、取得価額が1点100万円未満であるもの(時の経過によりその価値が減少しないことが明らかなものを除く)は、減価償却資産と取り扱われる(同通達(注)2)。 この100万円基準は、平成26年の通達改正で、それまでの1点20万円(絵画にあっては号2万円)から引き上げられたものである。 意見公募要領によれば、評価の確立されていない新鋭作家のデビュー作が1点60万円から80万円までの価格で取引される実態や、市場で一定の評価を得ることができる作者かどうかは一般に作品の価格が100万円を超えるかどうかで評価できるとする専門家の意見等を踏まえ、金額的重要性も考慮して設定されたものとされている。   ◆見直しの背景 今般、国税庁は文化庁から、美術品等の取引価格に関する調査データ(新鋭作家の作品の取引価格に関するデータ及び法人に対する百貨店での売上作品数に関するデータ)・分析結果の提出を受けるとともに、金額基準を200万円に引き上げる旨の要望を受けた。国税庁がこの要望を検討した結果、現行の金額基準はその取引の実態と乖離していると認められたため、見直しを行うこととしたものである。   ◆改正案の内容 改正案の内容は次のとおりである。 項目 現行 改正案 法基通7-1-1(2) (減価しない資産と取り扱うもの) 取得価額が 1点 100 万円以上 取得価額が 1点 200 万円以上 同(注)2 (減価償却資産と取り扱うもの) 取得価額が 1点 100 万円未満 取得価額が 1点 200 万円未満 法基通7-1-1(1)(歴史的価値又は希少価値を有し代替性のないもの)及び(注)1(時の経過によりその価値が減少することが明らかなものの例示)は変更されない。 また、所基通2-14についても同様に改正が行われる。   ◆適用時期と経過的取扱い 改正後の取扱いは令和9年1月1日以後に取得をする美術品等に適用され、同日前に取得をした美術品等は従前の例による。 ただし、法人が同日前に取得をした美術品等のうち、改正後の法基通7-1-1により減価償却資産と取り扱われるもの(取得価額が1点100万円以上のものに限る)で、同日以後最初に開始する事業年度(以下「適用初年度」という)において事業の用に供しているものは、適用初年度から減価償却資産と取り扱うことが認められる。この場合、法人税法31条その他の減価償却に関する規定の適用上、当該美術品等は適用初年度開始の日に取得をしたものとされ、適用初年度中に事業の用に供したものを除き、同日に事業の用に供したものとされる。 個人も同様に、令和9年1月1日に有する美術品等で、改正後の所基通2-14により減価償却資産と取り扱われるもの(取得価額が1点100万円以上のものに限る)は、同日から減価償却資産と取り扱うことが認められる。この場合、所得税法49条その他の減価償却に関する規定の適用上、同日に取得をし、かつ、事業の用に供したものとされる。   ◆実務上の留意点 今回の見直しで取扱いが変わるのは、法基通7-1-1(1)に該当しない取得価額1点100万円以上200万円未満の美術品等である。令和9年1月1日以後に取得をするものは原則として減価償却資産となる一方、同日前に取得をしたものは、経過的取扱いを適用しない限り、従前どおり減価償却資産に該当しない。経過的取扱いは、減価償却資産と取り扱うものとする場合に「これを認める」とされている。 なお、本件は意見公募手続中の案であり、今後公表される改正通達の内容に留意されたい。 (了)
#Profession Journal 編集部
2026/10/30
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プロフェッションジャーナル No.692が公開されました!~今週のお薦め記事~

2026年10月29日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.692を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
#Profession Journal 編集部
2026/10/29
New 税務 税務・会計 解説 解説一覧

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第62回】「生命保険年金に対する雑所得課税」-生命保険年金二重課税訴訟・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁の租税手続法的意義を中心に-

谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第62回】 「生命保険年金に対する雑所得課税」 -生命保険年金二重課税訴訟・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁の租税手続法的意義を中心に-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 第51回から所得税法上の所得区分に関連する問題を取り上げて検討してきたが、今回は、そのような検討の最後において、被相続人の死亡により相続人が年金方式で受け取る生命保険金(以下「生命保険年金」という)に対する雑所得課税の問題について検討することにし、しかもその検討を主として生命保険年金に係る源泉徴収という租税手続法の観点から行うことにする。 生命保険年金は、所得税において課税要件法(課税標準に関する規定)上は、雑所得(所税35条1項)に該当するものと解され、租税手続法上は、源泉徴収の対象とされてきた(同207条)。ただ、その源泉徴収の定めは、給与等に係る源泉徴収の定めが給与等の給与所得(所税28条1項)該当性を明文の要件として定めるのとは異なり、生命保険年金の所得区分を明文の要件として定めるものでない点に、特徴がある(品川芳宣「判批」税研132号(2007年)90頁、93頁、小島俊朗「遺族が年金形式で受け取る生命保険金への所得課税は違法か―いわゆる生保年金二重課税の最高裁判決について―」税大ジャーナル19号(2012年)15頁、33-34頁等参照)。   Ⅱ 生命保険年金に対する雑所得課税 生命保険年金に対する雑所得課税については、第46回でみたとおり、生命保険年金二重課税訴訟・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁(以下「平成22年最判」という)によって、その取扱いが変更されることになった。平成22年最判以前は、「所得課税においては受取年金に対応する支払保険料が必要経費として按分控除され、α+β相当額[=資産価値増加所得]が雑所得として課税される」(篠原克岳「相続税と所得税の関係について―『生保年金二重課税事件』を素材とした考察―」税大論叢74号(2012年)1頁、36頁)というような取扱いが、課税実務(所得税個別通達「家族収入保険の保険金に関する課税について」(昭和43年3月官審(所)2、官審(資)9))において長年にわたって定着していた。 これに対して、平成22年最判は、所得税法9条1項15号(=現行17号)の趣旨について下記の【①】のとおり判示した上で、生命保険年金の受取額のうち年金受給権の取得時の時価と「同一の経済的価値」相当額の部分を非課税所得とし、その余の部分を「運用益」として課税の対象とする旨の判断(下記の【②】)を示した。 この判断を受けて、生命保険年金のうち上記の「運用益」相当額が雑所得に該当するものとされ、その雑所得の金額の計算方法が新たに定められた(平成22年10月20日政令第214号による改正後の所税令185条。以上については国税庁タックスアンサー「No.1620 相続等により取得した年金受給権に係る生命保険契約等に基づく年金の課税関係」参照)。   Ⅲ 生命保険年金に係る源泉徴収 このように、生命保険年金に対する雑所得課税に係る取扱いは、平成22年最判によって変更されたが、ただ、生命保険年金が源泉徴収の対象である点については変更はされなかった(所税207条)。平成22年最判は、生命保険年金に係る源泉徴収について、次のとおり判示した(下線筆者)。 では、平成22年最判は、前記Ⅱのとおり生命保険年金の受取額に非課税所得が含まれることを認めながら、なぜ上記の判示においてその全額(支払者側ではその支払額全額)を(「所得税の課税対象となるか否かにかかわらず」)源泉徴収の対象とする判断を示したのであろうか。しかもその判断を「傍論」として示したのはなぜであろうか。以下では、これらの疑問についていわば「謎解き」のような検討を行うことにしたい。まず、後者の疑問から検討を始めることにしよう。 平成22年最判が前記の判断を「傍論」として示したのは、本件に係る上告受理申立て理由書で生命保険年金に係る源泉徴収の問題を争っていなかったからであると解することに異論はないであろう。ただ、そうであるとしても、なぜ平成22年最判がその問題について「傍論」とはいえ敢えて前記の判断を示したのはなぜかという疑問は残るところである。 この疑問については、生命保険年金に係る源泉徴収規定(所税207条)に関する本件第一審・長崎地判平成18年11月7日民集64巻5号1304頁の解釈(下記【①】。下線筆者)と本件控訴審・福岡高判平成19年10月25日民集64巻5号1316頁の解釈(下記【②】。下線筆者)との違いを視野に入れて、検討する必要があるように思われる。 両判決による解釈の違いは、生命保険年金の非課税所得該当性を前提にして所得税法207条を解釈するか(上記【①】)否か(上記【②】)に基因するものであるが、「[本件]下級審では結論こそ異なるものの、年金が所得税の課税対象となるか否かとそれが源泉徴収の対象となるか否かとが連動する問題として捉えられていた」(佐藤英明「判批」金融法務事情1908号(2010年)18頁、26頁。下線筆者)のである。このような問題の捉え方(以下では「課税対象=源泉徴収対象の連動把握法」という)については後で検討することにして、前記の疑問に関する検討を進めることにしよう。 その検討に関して、次の見解(藤谷武史「生保年金二重課税最判の租税手続法上のインパクト―源泉徴収・還付を中心に」ジュリスト1410号(2010年)28頁、29頁)は的確かつ有益な示唆を与えてくれるように思われる。 ここで「国側が提起した上記問題」ないし「国側の上記主張」というのは、本件控訴審判決において「仮に本件年金に係る所得が非課税所得に当たるとすれば、そもそも上記の源泉徴収自体が誤りであったことになり、被控訴人は、上記源泉徴収税額の全部又は一部の還付を受けることができない(最高裁判所平成4年2月18日第三小法廷判決・民集46巻2号77頁参照)」と記載されている、控訴審において国側が提起した問題ないしこの問題に関する国側の主張のことである。 この国側の主張に対して、納税者側は次のとおり反論した(下線筆者)。 この納税者側の反論(特に下線部)にみられる考え方は、平成22年最判が傍論判示で述べた考え方と同じものと解される。平成22年最判は、控訴審における国側と納税者側との主張の対立について後者を支持する判断を通じて源泉徴収に関する判例の立場との抵触を回避したものと解される(藤谷・前掲論文30-31頁参照。これに対して、その抵触を問題にする見解として、渡辺充「判批」判例評論624号(2011年)169頁、173頁参照。なお、浅妻章如「判批」法学教室362号(2010年)45頁、52頁、山田二郎「判批」自治研究87巻8号(2011年)150頁、157-158頁も参照)。 もっとも、納税者側は前記の反論に先立って下記のとおり主張していたことからすると、前記の反論は、所得税法207条について本件第一審判決が前記【①】の判示で示した解釈とは異なり、課税対象=源泉徴収対象の連動把握法からの脱却を前提にしたものと解される。 平成22年最判の傍論判示は、このこと(特に本件第一審判決との違い)を明らかにするためにも行われたものと解される。 さて、前記の疑問に関する検討は以上で一先ず擱くとして、以下では、平成22年最判の傍論判示の内容について検討することにしよう。 平成22年最判は傍論判示において生命保険年金を「当該年金が同法の定める所得として所得税の課税対象となるか否かにかかわらず」源泉徴収の対象とする旨を判示しているが、このことからすると、平成22年最判が本件の第一審判決及び控訴審判決と異なり、課税対象=源泉徴収対象の連動把握法を採用しないという判断をしたことは明らかである。 この判断は、控訴審における納税者側の前記の反論にもその一端がみられるものであるが、源泉徴収の法律関係に関する二分法(最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁、最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁、拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)【152】参照)に基づき、「源泉所得税と申告所得税との各租税債務の間には同一性がなく、源泉所得税の納税に関しては、国と法律関係を有するのは支払者のみで、受給者との間には直接の法律関係を生じないものとされていること」(最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁)とする判例法理から導き出された判断であると解される。この判例法理は「源泉所得税債務と申告所得税債務との同一性否定説」と呼ぶことができようが、これが課税対象=源泉徴収対象の連動把握法と相容れないことは明らかである(なお、浅妻章如「判批」法学教室362号(2010年)45頁、52頁は「最高裁の結論が不当であるとは思えないが、平成4年最判との関係をどう考えるかは将来の課題である。」と述べている。また、平成22年最判が上記の平成4年最判に触れていない点について両者の事案の違いを指摘するものとして行政判例研究会編『平成22年 行政関係判例解説』(ぎょうせい・2012年)116頁、123頁[澤田久文執筆]参照)。 要するに、平成22年最判が課税対象=源泉徴収対象の連動把握法によらず生命保険年金を「当該年金が同法の定める所得として所得税の課税対象となるか否かにかかわらず」源泉徴収の対象とする旨を判示したのは、源泉所得税債務と申告所得税債務との同一性否定説という判例法理からの帰結であると解される(佐藤英明『スタンダード所得税法〔第4版〕』(弘文堂・2024年)456頁も同旨)。そこから、さらに、「第一生命が本件年金についてした同条所定の金額の徴収は適法であるから、上告人が所得税の申告等の手続において上記徴収金額を算出所得税額から控除し又はその全部若しくは一部の還付を受けることは許されるものである」(前掲傍論判示の後段)ということが帰結されるのである。 なお、平成22年最判の上記判示の実質的な意味ないし根拠は次の点(古田孝夫「判解」最判解民事篇(平成22年度(下))431頁、451頁)に見出すことができよう。   Ⅳ おわりに 今回は、平成22年最判について租税手続法の観点から生命保険年金に係る源泉徴収の問題を検討した。同最判については、第46回で検討したように租税実体法上の二重課税問題に関する判断が注目を集め、今日でもその射程をめぐる議論がなされているが(とりわけ最判令和8年6月23日[未公刊・裁判所ウェブサイト]参照)、租税手続法の観点からみても、受取人において非課税所得に該当する生命保険年金の支払を源泉徴収の対象と認めた点で、意義のある判決である。 その意義は、源泉徴収の法律関係に関する判例法理としての法律関係二分法及び源泉所得税債務と申告所得税債務との同一性否定説を、非課税所得の領域にまで貫徹した点にあるといえよう。もっとも、そのような判例法理の貫徹は論理的には十分に可能であり、その意味では平成22年最判に問題はないと考えられるものの、そうすることが立法政策上妥当であるかどうかは別途検討を要する問題であるように思われる。 すなわち、平成22年最判の傍論判示に対する、「もともと所得税法の定める源泉徴収制度が、所得税の前どりであることにかんがみ、支払う年金のうち、所得税の対象となる部分についてのみ源泉徴収義務が生ずると解すべきであろう。」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1017頁。大淵博義「判批」税理53巻14号(2010年)94頁、99頁注6も参照)というような批判に加えて、「『非課税であるのに、何故、源泉徴収の対象となり、その還付を受けるために、別途、確定申告の手続を採らなければならないのか。』という素朴な納税者感情からの疑問」(佐藤孝一「判批」月刊税務事例43巻4号(2011年)7頁、11頁)にも配慮して、前記の調査官解説中の「②」にいう「支払者の手間と費用」の考慮に基づき課税対象=源泉徴収対象の連動把握法により「一律に」生命保険年金の支払額全額を源泉徴収の対象としないことも、立法論としては十分に検討に値するように思われる。そうであるが故に、平成23年度税制改正(平成23年6月30日法律第82号)によって生命保険年金が「源泉徴収を要しない年金」として追加されたこと(所税209条2号)にも、十分に理由があると考えるところである。 (了)
#692(掲載号)
#谷口 勢津夫
2026/10/29
New 所得税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〈令和8年分〉おさえておきたい年末調整のポイント 【第1回】「令和8年分から適用される改正事項」~基礎控除・給与所得控除・同一生計配偶者や扶養親族等の所得要件の見直し~

〈令和8年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第1回】 「令和8年分から適用される改正事項」 ~基礎控除・給与所得控除・同一生計配偶者や扶養親族等の所得要件の見直し~   公認会計士・税理士 篠藤 敦子   11月も間近となり、今年も年末調整に向けた準備を始める時期となった。 今回から3回シリーズで、年末調整における実務上の注意点やポイント等を解説する。 第1回(本稿)と第2回は、令和8年分の年末調整に関係する改正事項を取り上げる。 なお、本年分の記事に加え、論末の連載目次に掲載された過去の拙稿もご参照いただきたい。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 令和8年度税制改正では、物価高への対応の観点から、物価上昇に連動して基礎控除及び給与所得控除を引き上げる仕組みが創設され、所得税の課税最低限(給与収入ベース)が178万円に引き上げられた。また、同一生計配偶者や扶養親族等の所得要件の引上げも行われている。 いずれの改正も、令和8年分以後の所得税に適用されるが、改正後の法律の施行日が令和8年12月1日であることから、令和8年分の所得税については、令和8年12月1日以後に行う年末調整又は確定申告で適用されることとなる(※)。 (※) 令和8年11月までの給与の源泉徴収事務は、改正前の制度に基づいて行われる。 以下、各改正事項について解説を行う。   【1】 基礎控除の見直し 令和7年分以後の所得税において、基礎控除の額は、所得税法(本則)で定める金額と租税特別措置法による加算額の合計額とされている。 令和8年度の改正内容は、次の①及び②である。 ■基礎控除額(本則+特例(加算額))   【2】 給与所得控除の見直し 令和8年分以後は、給与所得控除の最低保障額も、所得税法(本則)で定められる金額と租税特別措置法による加算額の合計額となった。令和8年度の改正内容は、次の①及び②である。 ■給与所得控除額(本則+特例(加算額))   【3】 同一生計配偶者や扶養親族などの所得要件の見直し 基礎控除や給与所得控除の見直しに伴い、同一生計配偶者や扶養親族などの合計所得金額の金額要件等が引き上げられた(所法2①三十二、三十三、三十四、83の2①、84の2①、所令11の2②、措法27)。 ■同一生計配偶者や扶養親族などの合計所得金額等の金額要件 〈参考〉令和8年分所得税の課税最低限 令和8年分の所得税について、課税最低限の収入金額(給与所得のみの場合)を計算すると次のとおりとなる。 *  *  * 次回(第2回)は、その他の改正事項及び各改正事項が令和8年分の年末調整実務に及ぼす影響について解説する予定である。 (注) 上記の記事については、掲載後の税制改正等により、解説内容が現在の規定に基づくものとは異なるケースがある。過年度の記事内に順次コメントを入れるので留意していただきたい。 (了)   
#692(掲載号)
#篠藤 敦子
2026/10/29
New 相続税・贈与税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〈Q&A〉非上場株式の承継実務 【第2回】「株式承継方法の選択」~改正の影響も見据えて~

〈Q&A〉 非上場株式の承継実務 【第2回】 「株式承継方法の選択」 ~改正の影響も見据えて~ 税理士 柴田 健次   【Q】 【第1回】では、親族内事業承継を4つのステップで進め、株式の承継方法はステップ4の株価算定・相続税の試算を踏まえて決定することがわかった。しかし、株式の承継方法にはどのようなものがあり、贈与と売買のいずれを選択するかはどのように判断すればよいだろうか。 また、非上場株式の評価方法の見直しが予定されていると聞くが、承継方法の検討にあたって留意すべき点はあるか。   【A】 株式の承継方法は、現経営者から後継者へ株式を直接移転する直接承継(贈与・売買・相続)と、発行会社や従業員持株会等を介在させる間接承継に大別される。親族内承継では、後継者への贈与を軸に検討し、必要に応じて売買を組み合わせる(贈与による場合の暦年贈与・相続時精算課税贈与・納税猶予による贈与の選択は、【第3回】で解説する)。 また、国税庁の有識者会議において非上場株式の評価方法の見直しが検討されており、役員退職金による株価引下げや従業員持株会といった従来の手法の効果が変わり得るため、承継方法と実行時期の検討にあたってはこの動向を織り込む必要がある。 以下、1 株式承継方法の体系、2 贈与と売買のメリット・デメリット、3 売買の場合の時価の概要、4 非上場株式の評価の見直しと株式承継への影響の順に解説する。 ◆ ◆ ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ ◆ ◆ 1 株式承継方法の体系 株式承継の方法を整理すると下表のとおりである。親族内承継か親族外承継か、会社の従業員数や資産内容、株価、現経営者の個人財産の多寡、推定相続人の数などにより最適な方法は異なるため、【第1回】のステップ4で算定した株価と相続税の試算をもとに、複数の方法を組み合わせて検討する。 〈株式承継方法の体系〉 区分 方法 内容 直接承継 贈与 ①暦年贈与 ②相続時精算課税贈与 ③納税猶予による贈与(法人版事業承継税制) 売買 ①後継者(個人)への譲渡 ②後継者が設立した持株会社への譲渡 相続 ①相続(納税猶予あり) ②相続(納税猶予なし) 間接承継 金庫株(自社株式) 発行会社が自己株式として取得する方法。少数株主からの株式の集約のほか、相続人が相続した株式を発行会社に譲渡して相続税の納税資金を確保する場合に用いる(相続により取得した非上場株式を発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例(措法9の7)及び相続税額の取得費加算の特例(措法39)の適用がある) 従業員持株会 同族株主以外の株主として配当還元価額で移転し、現経営者の持株(相続財産)を圧縮する方法(評価の見直しによる影響は下記4(3)参照) 本連載は親族内承継を前提とするため、以下では直接承継のうち贈与と売買を中心に解説する。相続による承継は、贈与や売買による移転が完了する前に相続が発生した場合に備えるものであり、【第1回】のステップ1で解説したとおり、遺言書を先行して整えておく。金庫株による集約や自己株式取得の税務・手続は、別の回で解説する。   2 贈与と売買のメリット・デメリット 贈与と売買の違いを、税負担・資金負担・相続財産への影響・遺留分の観点から整理すると下表のとおりである。 〈贈与と売買の比較〉 項目 贈 与 売 買 移転時の税負担 後継者に贈与税(暦年課税は超過累進税率、相続時精算課税は一律20%)。 現経営者に課税はない。 現経営者(売主)に譲渡所得として所得税15.315%(復興特別所得税を含む)及び住民税5%が課税される(措法37の10、復興財確法13、地方税法附則35の2)(※)。 後継者(買主)に課税はないが、時価より著しく低い価額で取得した場合は差額がみなし贈与として贈与税の対象になる(相法7)。 後継者の資金負担 買取資金は不要。 贈与税の納税資金は必要(納税猶予を適用すれば猶予される)。 時価相当額の買取資金が必要。 金融機関から借り入れる場合は、役員報酬や配当による返済原資の確保が前提になる。 現経営者の相続財産への影響 株式は相続財産から外れる。ただし、次の贈与は贈与時の価額で相続財産に加算される。 ①暦年贈与:相続開始前7年以内の贈与(3年超7年以内の贈与は、その合計額から100万円を控除した残額)(相法19)。 ②相続時精算課税贈与:贈与時の価額(令和6年1月1日以後の贈与は、各年110万円の基礎控除を控除した残額)(相法21の15、21の16、措法70の3の2)。 ③納税猶予による贈与:贈与時の価額(相続時精算課税と併用した場合も110万円は控除されない)(措法70の7の3、70の7の7)。 株式が売却代金(現金)に置き換わるため相続財産は減少せず、相続税対策にはならない。 一方で、現経営者の相続時には後継者以外の相続人に売却代金を相続させることができる。 売却代金は現経営者の老後資金にも充てられる。 遺留分・遺産分割 相続人に対する贈与は特別受益として、相続開始前10年以内のものが遺留分算定の基礎財産に算入される。ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与は、10年より前のものも算入される(民法1044①③)。算入される価額は相続時の価額である。 除外合意・固定合意(円滑化法第2章)等の遺留分対策を要する。 適正な時価による売買は遺留分の対象にならない。 遺産分割の公平を確保しやすい。 納税猶予の適用 贈与税の納税猶予(法人版事業承継税制)の適用が可能。 適用はない。低額譲受によるみなし贈与についても適用はない。 移転価額 相続税評価額(原則的評価方式)。 税務上の時価による必要がある。個人間は相続税評価額による。法人が買主の場合は、売主である個人の課税関係は所得税の時価、買主である法人の課税関係は法人税の時価による(下記3)。 (※) 令和8年度税制改正により、令和9年分以後の所得税について防衛特別所得税(基準所得税額の1.0%)が創設されるとともに、復興特別所得税の税率が2.1%から1.1%に引き下げられ(課税期間は令和29年12月31日まで延長)、付加税率の合計は2.1%で変わらないため、所得税の負担は令和9年分以後も15.315%のままである。 実務上、後継者に買取資金がなく、かつ現経営者の相続税負担が大きい場合が多いため、親族内承継では贈与が中心となる。売買を選択するのは、後継者以外の相続人が複数いて遺留分の問題が避けられない場合、現経営者が引退後の生活資金として株式の換金を希望する場合、敵対的株主や少数株主から株式を集約する場合である。 贈与と売買は二者択一ではない。例えば、株式の一部を後継者に売買して現経営者に売却代金を残し、その代金を後継者以外の相続人に相続させることで遺留分対策とし、残りの株式を贈与(納税猶予)で移転するといった組合せも検討できる。いずれの方法を選択する場合でも、【第1回】のステップ4②で解説したとおり、役員退職金の支給により株価が下がったタイミングで移転することが基本となる(ただし、評価の見直し後は利益面の引下げ効果が見込めなくなる点に留意する。下記4(2)参照)。 なお、贈与を選択する場合の遺留分については、相続時精算課税贈与や納税猶予による贈与において相続財産に加算される金額は税務上は贈与時の価額であるが、遺留分の計算上は相続時の価額となるため、贈与後に株価が上昇した場合には遺留分の問題が顕在化する。また、後継者への株式の一括贈与は、他の相続人の遺留分を侵害することを認識して行われたと評価される可能性があり、その場合には10年より前の贈与も遺留分算定の基礎財産に算入されるため、10年を経過すれば遺留分の問題が解消されるとは限らない。少なくとも遺留分の除外合意・固定合意等の制度があることを現経営者に説明し、遺留分対策を併せて検討しておく必要がある。   3 売買の場合の時価の概要 (1) 当事者の区分と適用される時価 売買を選択する場合、最も注意を要するのが売買価額である。税務上の時価は、売主と買主が個人か法人かにより適用される通達が異なり、個人の課税関係は所得税の時価、法人の課税関係は法人税の時価によりそれぞれ判断する。時価と乖離した価額で売買した場合には、下表のとおり売主・買主の双方に課税上の問題が生じる。 〈当事者の区分と税務上の時価〉 売主→買主 税務上の時価 時価と乖離した場合の課税関係 個人→個人(現経営者→後継者) 個人間の取引価額について税務上明確な定めはないが、課税上弊害がない限り、評価通達に基づく相続税評価額による。 現経営者と後継者はいずれも同族株主であるため原則的評価方式となり、配当還元価額は適用できない(評価通達188)。 著しく低い価額で譲り受けた場合、時価と対価の差額を売主から贈与により取得したものとみなされ、買主に贈与税が課税される(相法7)。 売主には、所得税法上の著しく低い価額(時価の2分の1未満の対価)で譲渡した場合でもみなし譲渡(所法59①二)の適用はなく、実際の対価で譲渡所得を計算するが、その譲渡により生じた譲渡損失はなかったものとみなされる(所法59②、所令169)。 個人→法人(現経営者→持株会社・発行会社) 個人(売主)の課税関係は所得税の時価(所基通23~35共―9、59―6)、法人(買主)の課税関係は法人税の時価(法基通9―1―13、9―1―14)による。 発行会社が買主の場合には、資本金等の額を超える部分がみなし配当として総合課税される(所法25①五)。 個人側では、所得税の時価の2分の1未満の対価による譲渡は、時価で譲渡したものとみなされる(所法59①二、所令169)。2分の1以上であっても同族会社の行為計算否認の対象になり得る(所基通59―3)。 法人側では、取得価額はその時における価額(法人税の時価)となるため、時価と対価との差額は受贈益として法人税が課税される(法法22②)。この場合の時価は所得税の時価ではなく法人税の時価であり、法基通9―1―13(原則的な時価の定め)及び9―1―14(評価通達の準用)に基づき算定する。 また、時価より著しく低い価額の対価で譲渡した場合には、株式の価値が増加した既存株主に対して、売主からのみなし贈与として贈与税が課税される(相基通9―2)。 法人→個人(持株会社・発行会社→後継者) 法人(売主)の課税関係は法人税の時価(法基通9―1―13、9―1―14)、個人(買主)の課税関係は所得税の時価(所基通23~35共―9)による。 法人側では、時価と対価の差額が寄附金又は給与(役員給与)として取り扱われ、損金算入が制限される(法法34、37)。 個人側では、時価より低い価額で取得した場合、時価と対価の差額について経済的利益を享受したものとして所得税が課税される(所法36①②)。この経済的利益は、法人と個人との間に雇用関係等(従業員・役員)があれば給与所得、雇用関係等がなければ一時所得となる(最判昭37.8.10民集16巻8号1749頁は、勤労者が勤労者たる地位に基づいて使用者から受けた給付はすべて給与所得を構成する収入と解すべき旨を判示している)。 法人→法人 法人税の時価(法基通9―1―13、9―1―14)。 低額譲渡の差額は、売主側で寄附金、買主側で受贈益として課税される。 (2) 個人に譲渡する場合と法人に譲渡する場合の時価の違い 所得税・法人税における非上場株式の時価は、原則として売買実例価額、類似法人の株式の価額に比準した価額、純資産価額等を参酌した価額の順に算定することとされているが(所基通23~35共―9、法基通9-1-13)、非上場株式には純然たる第三者間の売買実例がほとんどなく、類似法人のデータも得難いため、実務上は、課税上弊害がない限り、評価通達を準用して算定することが多い(所基通59-6、法基通9-1-14)。 ここで留意すべきは、同じ株式であっても、現経営者が後継者(個人)に譲渡する場合には評価通達に基づく相続税評価額によるのに対し、後継者が設立した持株会社や発行会社(法人)に譲渡する場合には、売主である現経営者の課税関係は所得税の時価(所基通59-6)によるため、法人に譲渡する場合の時価の方が高くなるという点である。所基通59-6により評価通達を準用する場合には、相続税評価額の算定とは異なり、①同族株主等の判定を譲渡直前の議決権数により行うこと、②譲渡した個人が中心的な同族株主に該当する場合には常に小会社として評価すること、③土地及び上場有価証券は譲渡時の時価によること、④評価差額に対する法人税額等相当額(38%)を控除しないこと、の4つの調整を行うためである(法人税の時価についても法基通9-1-14で同様の調整が定められている)。 (注) 評価差額に対する法人税額等相当額の割合は、令和7年度税制改正による防衛特別法人税の創設に伴い、令和8年4月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した株式の評価から37%から38%に改正されている(評価通達186-2)。 持株会社への譲渡を検討する場合には、資金調達の可否と併せて、この時価の違いと現経営者の譲渡所得税への影響を説明しておく必要がある。また、売買価額は、裁判所で決定された価額であれば時価として認められるが、当事者同士で合意した価額は、その合意自体に恣意性が介入するため、上記(1)の課税リスクを伴う。親族内での売買では、可能な限り税務上の価額で合意できるよう当事者と話し合う。所得税・法人税の時価の算定方法の詳細は、別の回で解説する。   4 非上場株式の評価の見直しと株式承継への影響 (1) 見直しの概要 国税庁は「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を設置し、評価通達に基づく現行の評価方法(類似業種比準方式・純資産価額方式)の見直しを検討している。適用時期は未定であるが、議論されている方向性は、会社規模区分による類似業種比準方式と純資産価額方式の併用を改め、簿価純資産価額に残余利益の現在価値を加算して企業価値を算定する方法(残余利益方式)に統一するものである。残余利益の計算の基礎となる利益は、直前期の利益ではなく、過去5年間の正常利益を基に算定することとされている(国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第6回)資料」令和8年9月16日)。 この見直しが実現した場合、【第1回】のステップ4で解説した株価算定の前提が変わるため、承継方法と実行時期の検討にあたっては、現行の評価通達による株価に加え、見直し後の方式による株価も試算し、両者を比較したうえで判断する必要がある。本稿の執筆時点で特に留意すべきは、次の(2)(3)の2点である。 (2) 役員退職金による株価引下げへの影響 現行の評価方法では、役員退職金の支給により純資産と利益がともに減少し、純資産価額・類似業種比準価額の双方が下がるため、退職金支給後のタイミングで株式を移転することが株式承継の定石となっている(【第1回】ステップ4②)。 しかし、有識者会議では、役員退職金等のような一時的・非経常的な損失は、将来利益の予測に含めることは疑義があるとして、残余利益方式における正常利益の計算に際し、損金から控除して(すなわち利益に加算して)評価する方向で検討されている。一方、退職金の支払により減少した純資産については、支払済みの退職金が会社に戻ることはなく、個人資産として相続財産にもなることから、純資産の修正は行わないとされている。 したがって、見直し後は、役員退職金の支給による簿価純資産の減少を通じた株価引下げ効果は認められるものの、利益の圧縮による引下げ効果は見込めなくなる点に注意が必要である。退職金の支給時期に合わせて株式を移転する計画を立てている場合には、見直しの適用時期と移転時期の関係を確認し、利益面の効果を前提にした株価試算を見直しておく。 なお、親族である役員に対する役員報酬についても、経営の対価を上回る部分を会社の本来の利益とみなして正常利益に加算する方向で検討されており、役員報酬による利益調整にも同様の留意が必要である。 (3) 従業員持株会への影響 従業員持株会は、同族株主以外の株主として配当還元価額で株式を移転することにより、現経営者の持株を圧縮する相続対策として用いられてきた。 有識者会議では、固定価格(1株〇円等)で株式の取得・精算を行う従業員持株会について、一定の要件(従業員持株会を通じて保有する株式であること、規約等で株式の価額が定められていること、退会時は固定価格での買取りにより株式の持出しができないこと等)を満たす場合には、持株会の株式を当該固定価格で評価する一方、従業員持株会の株式以外の株式については、企業価値の総額から「固定価格×従業員持株会株式数」を控除した金額を、発行済株式数から従業員持株会株式数を差し引いた株式数で除して評価する方向で検討されている。 この方法によれば、企業価値の総額のうち持株会に帰属する部分は固定価格相当額に限られ、残りの企業価値は現経営者ら同族株主の株式に集中して評価されることになる。すなわち、低い価額で従業員持株会に株式を移転しても、現経営者の持株の評価額はその分だけ下がらず、これまでのような相続対策の効果が見込めなくなる可能性がある。今後は、従業員の福利厚生や経営参画といった本来の目的があるかどうかを確認し、単に相続対策だけを目的とした従業員持株会の組成は慎重に判断した方がよい。 なお「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」については、下記拙稿も参照いただきたい。   実務上のポイント 株式承継方法の選択は、贈与か売買か、暦年贈与か相続時精算課税か納税猶予かという単独の制度選択ではなく、【第1回】で解説した現経営者の相続税の試算と遺産分割案をもとに、後継者の資金負担、後継者以外の相続人の相続税負担、遺留分の3点を同時に満たす組合せを設計する作業である。 売買を選択する場合は、当事者の区分に応じた税務上の時価と資金計画を踏まえて価額を決め、贈与を選択する場合は、【第3回】で解説する暦年贈与・相続時精算課税贈与・納税猶予による贈与の選択と併せて、役員退職金の支給時期と贈与の実行時期を事業承継計画に落とし込む。 あわせて、非上場株式の評価の見直しにより、役員退職金による利益圧縮や従業員持株会といった従来の手法の効果が変わり得るため、現行通達による株価と見直し後の株価の双方を試算し、見直しの動向を踏まえて実行時期を判断する。   (了)
#692(掲載号)
#柴田 健次
2026/10/29
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グループ企業の税務Q&A 【第10回】「完全支配関係のある法人間で非適格合併が行われた場合」

グループ企業の税務Q&A 第 10 回 完全支配関係のある法人間で非適格合併が行われた場合 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター/税理士 川瀬 裕太   ◆ ◆ ◆〈解説〉◆ ◆ ◆ 1 非適格合併があった場合の取扱い (1) 非適格合併があった場合の合併法人の取扱い 被合併法人が合併により合併法人にその有する資産・負債の移転をしたときは、合併時の時価による譲渡をしたものとされるため、合併法人が受け入れる資産・負債の取得価額は、合併時の時価となります(法法62)。 (2) 非適格合併を行った場合の被合併法人の取扱い 被合併法人が合併により合併法人にその有する資産等の移転をしたときは、合併時の時価による譲渡をしたものとします。譲渡損益は、被合併法人の最後事業年度の損金又は益金の額になります(法法62①②)。 (3) 非適格合併を行った場合の被合併法人の株主の取扱い ① 被合併法人株式の譲渡損益 株主については、投資が継続していると認められる場合には、譲渡損益の計上を繰り延べることとされています(法法61の2②)。 「投資の継続」とは、株主が金銭等の交付(株式以外の交付)を受けていないことをいいます。 完全支配関係がある法人間で非適格合併が行われ、被合併法人の法人株主に金銭等が交付された場合には、被合併法人の法人株主は旧株の譲渡損益を計上できず、譲渡損益相当額は被合併法人の法人株主の資本金等の額に加減算されます(法法61の2⑰、法令8①二十二)。 ② みなし配当 非適格合併が行われた場合には、被合併法人の利益積立金額、資本金等の額は合併法人に引き継がれず、被合併法人の株主に交付されることとなるため、合併対価として交付された金銭等が払込資本を超える部分については、みなし配当として認識する必要があります(法法24①一)。   2 グループ法人税制 (1) 譲渡利益額又は譲渡損失額の繰延べ 内国法人(普通法人又は協同組合等に限ります)がその有する譲渡損益調整資産をその内国法人との間に完全支配関係がある他の内国法人(普通法人又は協同組合等に限ります)に譲渡した場合には、その譲渡損益調整資産(下記(2)参照)に係る譲渡利益額又は譲渡損失額に相当する金額は、その譲渡した事業年度の所得の金額の計算上、損金の額又は益金の額に算入することとされています(法法61の11①)。 (2) 譲渡損益調整資産 譲渡損益調整資産とは、固定資産、土地(土地の上に存する権利を含み、固定資産に該当するものを除きます)、有価証券、金銭債権及び繰延資産で一定の資産以外の資産をいいます(法法61の11①、法令122の12①)。 なお、譲渡損益調整資産から除かれる一定の資産は、次に掲げる資産をいいます(法令122の12①)。 (3) 譲渡直前の帳簿価額が1,000万円に満たないかどうかの判定 譲渡直前の帳簿価額が1,000万円に満たない資産かどうかの判定単位については、次に掲げる資産の区分に応じその定めるところにより区分した単位とされています(法令122の12①三、法規27の13の2、27の15)。 (4) 完全支配関係のある法人間で非適格合併を行った場合 完全支配関係がある法人間で非適格合併が行われた場合には、グループ法人税制の適用により、譲渡損益調整資産に係る譲渡損益が繰り延べられ、譲渡損益調整資産については簿価で移転したのと同様の結果となります(法法61の11①)。譲渡損益調整資産以外の資産については、原則通り、譲渡損益を認識します。 非適格合併で被合併法人がその合併による譲渡損益調整資産の移転につき譲渡損益の繰延べの規定の適用を受けた場合には、その譲渡損益調整資産に係る譲渡利益額に相当する金額は合併法人のその譲渡損益調整資産の取得価額に算入しないものとし、その譲渡損益調整資産に係る譲渡損失額に相当する金額は合併法人のその譲渡損益調整資産の取得価額に算入することとされており、結果として、合併直前の帳簿価額で受け入れることとなります(法法61の11⑦)。 譲渡損益調整資産の取得価額に算入しない金額(譲渡利益相当額)又は算入する金額(譲渡損失相当額)については、合併法人の利益積立金額を減算又は加算することになります(法令9①一タ)。   3 合併法人の繰越欠損金の取扱い 非適格合併があった場合には、被合併法人の未処理欠損金額は合併法人に引き継がれません。 完全支配関係又は支配関係がある適格合併のうち、5年超支配要件又はみなし共同事業要件のいずれも満たさない適格合併については、合併法人の未処理欠損金額の使用が制限されます(法法57④、法令112⑨⑩)。 完全支配関係のある法人間で非適格合併を行った場合、被合併法人の譲渡損益調整資産を簿価で引き継ぐことにより、含み損益が合併法人に移転するため、含み益資産の譲渡により含み益を実現させ、合併法人の欠損金を使用することができます。 したがって、完全支配関係のある法人間の非適格合併で、グループ法人税制の適用により、譲渡損益が繰り延べられているものについても、適格合併と同様に、合併法人の未処理欠損金額の使用制限の検討が必要です(法法57④)。   4 本件へのあてはめ 被合併法人B社では、完全支配関係のある法人間で非適格合併を行っているため、グループ法人税制の適用により、譲渡損益調整資産に係る譲渡損益を繰り延べることとなります。譲渡損益調整資産以外の資産については、原則通り、譲渡損益を認識します。 合併法人A社では、非適格合併を行った場合の資産・負債の受入れは原則時価とされていますが、グループ法人税制の適用により、譲渡損益調整資産については合併直前の帳簿価額で受け入れることとなります。 なお、譲渡損益調整資産の取得価額に算入しない金額(譲渡利益相当額)又は算入する金額(譲渡損失相当額)については、A社の利益積立金額を減算又は加算することになります。完全支配関係のある法人間の非適格合併で、グループ法人税制の適用により、譲渡損益が繰り延べられているものについては、A社の未処理欠損金額の使用制限について検討が必要です。 被合併法人の株主P社では、完全支配関係がある法人間で非適格合併が行われ、被合併法人の法人株主に金銭等が交付されているため、被合併法人の法人株主P社はB社株式の譲渡損益を計上できず、譲渡損益相当額はP社の資本金等の額に加減算されます。なお、交付された金銭等が払込資本を超える部分については、みなし配当を認識します。   (了)
#692(掲載号)
#川瀬 裕太
2026/10/29
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暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第101回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第101回】   東洋大学法学部教授 泉 絢也   (4) 問題への対処方法とその困難性 ア 対処方法 これまで指摘した各段階で起こりうる問題のうち、以下のものへの対処方法を検討してみたい。 段階 問題 ① 取引所やブロックチェーンからデータを取得等 「データを取得できない場合」 ② データを損益計算ソフトに取込み 「データを適切に損益計算ソフトに取り込むことができない場合」 ③ 確認を要する取引や年末数量不一致の問題を解消 「確認を要する取引や年末数量不一致の問題を解消することが難しい場合」 ④ 取引金額・損益計上の有無・タイミング等を判断し、損益を確定 「損益計上の有無やタイミング等を判断することが難しい場合」 上記のうち、④の「損益計上の有無やタイミング等を判断することが難しい場合」については、差し当たりの解決策として、次のようなものが考えられる。 また、上記①~③は、次の方法により、一定程度対応できるであろう。 特に、年末にまとめて処理するのではなく、月次(少なくとも四半期単位)で損益計算を実施しておくことは、数量不一致やデータ欠落の早期発見につながり、結果として修復コストを抑えることにつながる。 もっとも、DEXやプライベートウォレットで様々なタイプの取引、多種類の暗号資産の取引をしている場合において、すべての取引を手動で記録・保存し続けることは、能力・時間・費用の観点から現実的とはいえない(暗号資産取引の大規模性・高頻度性・多様性という特徴)。 とりわけ、クロスチェーン取引、流動性供給、ブリッジ、ステーキング報酬の再投資などが絡む場合には、経済取引とトランザクションが1対1で対応しない(1つの経済取引が複数のトランザクションに分かれる場合も、1つのトランザクションに複数の経済取引が含まれる場合もある)ため、手作業による把握には限界がある。 この点において、例えば国内CEX以外でそれなりに暗号資産の取引をしているケースを前提とすると、暗号資産取引は「記録を残せば足りる」、「税理士に記録を渡すことでおおむね解決」という、いわば従来型の「記録・資料 → 計算・申告」モデルが必ずしも機能しない領域であるといえる。 納税者自身の適正納税の意識も1つの重要な鍵となるが、問題の本質は意識の有無だけではなく、ブロックチェーン構造やデータ形式の非統一性といった技術的制約にもある。 結局、技術的支援ツールの活用を前提とした体制を構築しなければ、実効的な対応は困難である。 したがって、対処方法は「納税者の努力」にのみ依拠するのではなく、制度面(明確化)・技術面(ツール整備)・運用面(定期管理)の3層で検討する必要がある。 以上を踏まえて、問題解決のための現実的な方向性を示すならば、次の3つの対応を組み合わせることである。   (了)
#692(掲載号)
#泉 絢也
2026/10/29
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〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第107回】「上村工業第二事件 -原価基準法の適用が否認され、残余利益分割法が適用された事例-(地判令2.2.28)(その2)」~租税特別措置法66条の4第2項1号ハほか~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第107回】 「上村工業第二事件 -原価基準法の適用が否認され、残余利益分割法が適用された事例- (地判令2.2.28)(その2)」 ~租税特別措置法66条の4第2項1号ハほか~   税理士・特定社会保険労務士 森田 國弘     (3) 「本件ライセンス取引」と「本件棚卸資産販売取引」を一体のものとして捉えた上で「本件国外関連取引」の独立企業間価格を算定することの可否 原告の主張 ① BB品自体は、混合された原料の価格の合計額以上の価値を有するものではなく、BB品を含むノウハウの開示を受けた原料の販売に係る対価の額と完全なノウハウの開示を受けた原料の販売に係る対価の額は、同一であって、ノウハウを含むものとして高値で取引されているものでもないから、BB品の価格がロイヤリティの影響を受けている事実も、ロイヤリティの額がBB品の価格の影響を受けている事実もない。 ② BB品を用いたライセンス契約のロイヤリティ料率がBB品を含まないライセンス契約のロイヤリティ料率よりも低く設定されるという事実はなく、「本件ライセンス取引」と「本件棚卸資産販売取引」とを一つの単位として独立企業間価格を算定することはできないと主張する。 これに対して裁判所は次のように判示している。 (4) 残余利益分割法及び残余利益分割法と同等の方法を用いて「本件国外関連取引」の独立企業間価格を算定することの是非 ① 残余利益分割法の特徴について 残余利益分割法は、棚卸資産の販売又は購入に係る国外関連取引について、第一段階として、重要な無形資産を有しない非関連者間取引で通常得られる利益(基本的利益)を国外関連取引の両当事者にそれぞれ配分し、第二段階として、基本的利益を配分した後の残余利益(重要な無形資産により生じた利益)を、当事者双方の有する重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分する方法により、独立企業間価格を算定する方法であり、重要な無形資産により通常の非関連者間取引に比して、より多額の営業利益を獲得していると考えられる場合に用いることができる方法であり、残余利益分割法と同等の方法は、棚卸資産の販売又は購入以外の国外関連取引の独立企業間価格を、上記と同様の方法により算定するものである。 そうすると、適用対象法人と国外関連者の双方が独自の重要な無形資産を有する場合には、その独自の重要な無形資産の貢献を反映することができる点で合理的な算定手法である。 ② 残余利益分割法及び残余利益分割法と同等の方法を用いて「本件国外関連取引」の独立企業間価格を算定することの可否について 本件においては、前提事実及びこれまでの判示したところにより、 ア Xは、めっき薬品に係る研究開発活動をし、ノウハウ(無形資産)を形成した上で、国外関連者に対して、当該ノウハウの使用を許諾しその対価を得ていたこと。 イ 「本件国外関連者」は、Xからノウハウの開示を受け多種多様なめっき薬品を製造することができるようになったことを前提として、顧客に対し、そのニーズにきめ細かに対応する表面処理の技術を提供することが可能となったこと。 ウ 「本件国外関連者」は、顧客の認定取得の技術支援サポート、24時間サポート、クレーム解析、アフターサービス等の業務による技術支援を提供することに係る無形資産を形成したこと。 エ 「本件国外関連者」は、高い市場の占有率を獲得することに成功し、高い収益を得ることにも成功したことの各事実が認められる。 双方が、重要な無形資産を有し、各無形資産が利益の獲得に寄与していると認められるから、残余利益分割法と同等の方法を用いて「本件国外関連取引」の独立企業間価格を算定することは合理的である。 ③ Xの主張とこれに対する裁判所の判断 ア Xは、被告が主張する残余利益分割法と同等の方法を用いて「本件ライセンス取引」の独立企業間価格を算定した結果をロイヤリティ料率に引き直すと、平成19年3月期のロイヤリティ料率が20%に達するが、これは通常のマーケットレートからは常識的に見てあり得ず、被告が主張する方法を用いた結果が、理想的な価格や所得の配分から著しく乖離した結果しか算定し得ないことを示していると主張する。 イ Xは、台湾における圧倒的なシェア及び高い利益は、「本件ライセンス契約」が締結した後に、「本件国外関連者」のビジネスモデルの結果として達成されたものであり、現在も当該ビジネスモデルによって維持されているものである旨主張する。 ウ Xは、 a)研究開発活動は、競合他社もしており、X独自の機能ではない。 b)競合他社と比較して売上高に占める研究開発費の比率も高くない。 c)ノウハウを用いて製造されためっき薬品は、競合他社も同様の機能を持つ代替可能な競合製品を販売しており、格別の優位性も差別化もない。 d)Xの有するノウハウであるめっき薬品の原料の配合比等のノウハウは、日本、韓国及び台湾における共通の取引対象であるにもかかわらず、日本や韓国においては、台湾におけるほど高いシェアも営業利益率も実現していない。 e)Xの調査によれば、Xの研究開発活動が利益の発生に貢献しているとは認められず、仮に、貢献があるとしても、その程度は「本件国外関連者」の顧客に対するサービス活動と比較しても極めて小さいなどとして、残余利益を生み出すほどのユニークな機能ではなく、研究開発活動の結果により、「本件国外関連者」が台湾で優位な競争上の地位を築いたという事実は存在しない旨主張する。 エ Xは、残余利益が生ずるためには、製品が高い価格で売れなければならないところ、顧客がいくらで購入するかということと当該製品が顧客のニーズに合致していることとは無関係であるから、ノウハウが含まれた商品であり、顧客のニーズに合致した商品であるというだけでは、当該ノウハウの価値が高いとはいえず、また、仮にノウハウの含まれた商品の販売価格が高いものであったとしても、商品の販売とともに役務の提供もされている場合には、ノウハウの価値が高いから販売価格も高いのか、役務提供の価値が高いから販売価格が高いのかを決する証拠を提示しない限り、高い販売価格の結果実現した残余利益の源泉が何に由来するものであるか不明であると主張する。 オ まとめ 3 検 討 今回特に問題とされたのは、第一事件においてはライセンスだけの取引であったのに加え、棚卸製品の取引が加わったことにより、新たな争点が論じられたことである。即ち、 というところで、裁判所は①では原価基準法の適用は退け、②では「本件棚卸資産販売取引」と「本件ライセンス取引」を一体として残余利益分割法を適用した課税庁の適用を全面的に支持した判決となった。 今回の第二事件は、第一事件の延長で行われたものであって、第一事件の決着が着かぬまま調査が行われ、更正処分となった。即ち第一事件においては、異議申し立て、相互協議、異議申し立て再開、不服審判所、東京地裁、東京高裁、最高裁と全ての審議を経たので、長期間を要することとなった。 そのため、7年目に2度目の調査が行われ、第一事件と同じように更正処分が行われたのである。これが第二事件であり、この年は、第一事件についてXが東京地裁へ提訴した年であった。その後第二事件も異議申し立て、不服審判の経緯を経て双方とも却下されたのち、東京地裁へ提訴した。 このとき、まだ第一事件の東京地裁の判決は下っていなかったので、Xは同時期に二つの事件を東京地裁に提訴していたことになる。 その後第一事件について東京地裁で棄却され、Xは即東京高裁へ控訴し、これも棄却されたのち、最高裁へ上告した。この間第二事件の方は、判決を下さず最高裁判決の直前にやっと判決した。その間5年を経過した。 即ち、第二事件を東京地裁で審議している間に、第一事件では東京地裁、東京高裁の判決が下され、いずれもXの主張は通らず敗訴した。 それ故、ライセンス取引については、第一事件と第二事件はほぼ同じ内容であったので、敗訴は決定的であった。 頼みはBB品の棚卸資産販売取引であったが、これもBB品の特殊性により認められなかった。BB品が汎用性があり、一般に販売されている製品であればまだ認められる可能性もあったかも知れないが、この製品は各工程ごとにノウハウを秘密にし、利益を確保するための製品であったのでこれもいたしかたない。 今回の事件では、原告が主張した基本三法の適用について、被告、司法ともに丁寧に説明をして反論をしたが、今後の課題として、平成23年度の税制改正で基本三法優先からベストメソッドルールヘの変更が行われたことにより、独立企業間価格を算定する上で、課税庁による残余利益分割法の使用は、比較対象取引が見つからないことによる課税放棄を避けるため今後増えることが予想される。(※1) (※1) 林幸一「ベスト・メソッドと残余利益の分割要因」税理66巻7号178頁 基本三法以外を最も適切な方法として使用する場合、基本三法を適切な方法として選択しなかった一定の理由が改正後においてもなお必要と思われる。(※2)といった懸念もある。 (※2) 林幸一「同」税理66巻7号176頁 (了)
#692(掲載号)
#森田 國弘
2026/10/29
New 会計 監査 税務・会計 解説 解説一覧 財務諸表監査

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第194回】ニデック株式会社「役員責任調査委員会調査報告書(公表版)(2026年10月16日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第194回】 ニデック株式会社 「役員責任調査委員会調査報告書(公表版)(2026年10月16日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【ニデック株式会社役員責任調査委員会による調査の概要】   【ニデック株式会社の概要】 ニデック株式会社(以下「ニデック」と略称する)は、創業者の永守重信氏(以下「永守氏」と略称する)が、日本電産株式会社を1973(昭和48)年7月に設立し、創業以来、M&Aを原動力の一つとして急速に事業領域を拡大している。 ニデックグループは、ニデックに加え、連結子会社351社及び持分法適用会社4社の合計355社で構成されており、精密小型モータ、車載及び家電・商業・産業用モータ、機器装置、電子・光学部品、その他の開発・製造・販売を主たる事業としている。連結売上高2,708,705百万円、連結当期損失△564,624百万円、資本金87,784百万円、従業員数100,329人(いずれも2026年3月期連結実績)。本店所在地は京都市南区。東京証券取引所プライム市場に上場。 会計監査人は、PwC Japan有限責任監査法人京都事務所(以下、「PwC Japan」と略称する)で、合併前のPwC京都監査法人が担当していた期間も含め、継続監査期間は41年である(2026年3月期有価証券報告書)。 【事案の経緯】 2025年6月27日 第52期有価証券報告書の提出期限延長に係る承認申請書提出 イタリア子会社における貿易取引上の問題等の存在を公表 9月3日 第三者委員会の設置を公表 9月26日 2025年3月期有価証券報告書の提出 10月27日 東京証券取引所による特別注意銘柄指定 12月19日 代表取締役、取締役の辞任及び役職変更に関するお知らせ 2026年1月28日 「改善計画・状況報告書」の公表に関するお知らせ 2月26日 名誉会長辞任に関するお知らせ 3月3日 第三者委員会調査報告書の公表 4月17日 第三者委員会調査報告書(最終報告書)の公表 4月30日 東京証券取引所による上場契約違約金の徴求 5月13日 品質に関する不適切行為の疑いと調査委員会の設置 9月3日 外部専門家による調査委員会報告書の公表 9月10日 株主代表訴訟に関する訴訟告知書の受領 9月29日 代表取締役社長執行役員の辞任および新社長執行役員等の選定 9月30日 非金融資産の減損損失、契約損失引当金、仕入先からの求償請求に係る和解に伴う債務及び特別調査費用等の計上に関するお知らせ 2026年3月期有価証券報告書に係る監査報告書の意見不表明及び、2026年3月期第3四半期決算短信のレビュー結論不表明並びに2026年3月期内部統制監査報告書の意見不表明に関するお知らせ 2026年3月期(第53期)有価証券報告書の提出完了   【役員責任調査委員会による調査中に公表されたリリース】 1 東京証券取引所による上場契約違約金の徴求 東京証券取引所は、2026年4月30日、「上場契約違約金の徴求」をリリースして、ニデックに対して、上場契約違約金9,120万円を徴求することを公表した。その理由として、「企業行動規範の遵守すべき事項(業務の適正を確保するために必要な体制整備)の規定に違反し、当取引所の市場に対する株主及び投資者の信頼を毀損したと認められるため」とするとともに、理由の詳細を次のように説明している。 2 品質に関する不適切行為等に係る調査委員会調査報告書の公表 ニデックは、ステークホルダーからの信頼回復及び内部管理体制の強化を目的に、2025年10月30日に「ニデック再生委員会」を設置し、2026年1月8日から、ニデックグループの生産・開発拠点を対象とする社内調査(品質総点検)を開始したところ、ニデックグループの複数の拠点において、品質に係る不適切行為及び製品の産地表示等に係る不適切行為(以下、「品質不適切行為等」という)の疑いが確認されたため、外部専門家による客観的な調査が必要と判断し、2026年5月13日の取締役会において、外部専門家で構成される調査委員会を設置した。 調査委員会による調査の結果、ニデックグループでは、「重要品質事案」が60件、「一般品質事案」が784件、合計844件認められ、そのうち、約90%が、ニデックインスツルメンツ株式会社、ニデックモビリティ株式会社及びニデックテクノモータ株式会社で発生していたことが判明した。 3 代表取締役の辞任 2026年9月28日、一部マスコミが、ニデック取締役会が、代表取締役社長岸田光哉氏(以下、「岸田氏」という)を解任したと報じ、ニデックは同日、この報道を「当社として決定した事実はございません」と否定した。 しかし、ニデックは翌29日、「代表取締役社長執行役員の辞任および新社長執行役員等の選定に関するお知らせ」をリリースして、岸田氏が、9月29日付で代表取締役社長を辞任したことを公表した。辞任の経緯については、次のように説明している。 4 会計監査人による「意見不表明」 2026年9月30日、ニデックは、「2026年3月期有価証券報告書に係る監査報告書の意見不表明及び、2026年3月期第3四半期決算短信のレビュー結論不表明並びに2026年3月期内部統制監査報告書の意見不表明に関するお知らせ」をリリースして、会計監査人であるPwC Japanから、2026年3月期有価証券報告書の連結財務諸表及び財務諸表について監査意見を表明しない旨の監査報告書並びに2026年3月期第3四半期決算短信の要約四半期連結財務諸表について結論を表明しない旨の期中レビュー報告書を受領したことを公表した。 PwC Japanは、連結財務諸表に係る監査報告書意見において不表明とした根拠について、「コーポレート・ガバナンス」「資産の減損」及び「比較情報」に区分して説明したうえで、次のように結論を述べている。 5 減損損失の計上 また、同じく2026年9月30日、ニデックは、「非金融資産の減損損失、契約損失引当金、仕入先からの求償請求に係る和解に伴う債務及び特別調査費用等の計上に関するお知らせ」をリリースして、次のとおり、損失等の内容を公表した。 非金融資産の減損損失 632,135百万円 契約損失引当金 22,496百万円 仕入先からの求償請求に係る和解に伴う債務 4,207百万円 特別調査費用等(特別損失) 30,522百万円 上記の合計金額 689,360百万円 6 2026年3月期有価証券報告書の提出 2026年6月30日、ニデックが提出期限の延長承認を受けていた2026年3月期の有価証券報告書についても、延長後の提出期限である2026年9月30日に提出された。   【調査報告書の概要】 1 役員責任調査委員会設置の経緯 ニデックは、2025年7月22日、ニデックの子会社であるニデックテクノモータ株式会社の内部監査部門からニデック本社の内部監査部門及び監査等委員会に対し、その中国子会社において不適切な会計処理が行われた疑いがあるとの報告を受け、監査等委員会の監督の下で社内調査を進めてきたが、その過程でニデックグループの様々な拠点で不適切な会計処理が行われている疑いを示す資料等が発見されたことから、会社から独立した第三者による客観性のある調査を行う必要があると判断し、同年9月3日、第三者委員会の設置を決定した。 第三者委員会は、2026年2月27日、ニデックに対し、調査報告書を提出し、その後も調査を継続して、同年4月17日、調査報告書(最終報告)を提出した。 ニデックは、第三者委員会報告書で明らかにされた一連の会計不正の問題に関し、第三者委員会による調査の対象期間である2020年度から2025年度第1四半期までの間に取締役、監査役又は執行役員であった者において、その職務執行に関して任務懈怠責任があったか否かを含む法的責任の有無について、適切かつ公正な判断を行うため、調査・検討の上で、報告、提言を行うことを目的として、同年3月13日開催の取締役会及び監査等委員会において、役員責任調査委員会の設置を決定した。 2 役員責任調査委員会による調査事項 (1) 調査対象者 役員責任調査委員会による調査の対象者は、「2020年度から2025年度第1四半期までの間に取締役(監査等委員を含む)、監査役及び執行役員であった者」であり、会社法上の会社役員だけでなく執行役員も調査対象であるが、関与した執行役員の全員を対象として任務懈怠責任その他の義務違反の有無を検証することは現実的ではないことから、役員責任調査委員会としては、ニデックの取締役(監査等委員を含む)及び監査役を対象として会社法に基づく法的責任が認められるかどうかを調査することとし、執行役員については、①連結計算書類及び計算書類並びに連結財務諸表及び財務諸表の作成及び提出について最終的責任を負う立場にあり、かつ、一連の事実経緯を踏まえて特に執行役員としての善管注意義務違反の有無が問題となり得る者、②子会社の取締役・監査役を兼務している者に限って、調査対象とすることとしている。 (2) 調査方針 役員責任調査委員会は、「調査の前提とすべき事実の範囲」を、第三者委員会報告書で認定されている事実の範囲内としたうえで、問題となり得る調査対象者の任務懈怠(義務違反)について、①負の遺産の解消に向けた全社的取組における任務懈怠、②個別の会計不正事案における任務懈怠に分けて調査・検証を行っている。 なお、個別の会計不正事案の対象は次のとおりである。 案件名 備考(第三者委員会報告書の指摘内容) ニデックプレシジョン株式会社における会計不正 ニデック事業本部において顧客交渉を行っており、減損リスクを認識していた。 車載事業本部既存事業の引当金未計上 ニデック事業本部において子会社ニデック自動車モータ・アメリカ合同会社の滞留債権の存在を把握し、引当金計上リスクを認識していた。 車載事業本部トラクションモータ事業の減損回避 ニデック事業本部において会計不正を行った。 車載事業本部インバータ事業の減損回避・引当金計上回避 ニデック事業本部において会計不正を行った。   3 会計不正に関する役員責任の有無(調査報告書143頁以下) (1) 負の遺産の解消に向けた全社的取組における任務懈怠の有無 役員責任調査委員会は、ニデックにおける資産健全化プロジェクト、FY22構造改革という負の遺産の解消に向けた全社的取組について、会計基準の基本的な理念を無視した処理方針が策定され、かかる不適法な処理方針に基づく誤った会計処理がグループ全体を通じて実施された結果、非常に多くの負の遺産の処理が先送りされ、今回の決算修正(多額の減損損失等の計上)に至ったものであるとしたうえで、経営トップ(永守氏・小部博志氏)が会計処理に関してこのような誤った考えを有しており、それを是正すべきCFO(佐藤明氏・執行役員D氏)が経営トップの意向を優先して負の遺産に関する誤った処理方針を策定・実施し、後任の歴代社長(吉本浩之氏・関潤氏・岸田氏)や常勤監査役(村上和也氏・落合裕之氏)もこのような処理方針を是正することなく、長年にわたり負の遺産の処理が先送りされてきたというのが、ニデックにおける会計不正の実態であると断じている。 そして、個別の会計不正事案において不適法な会計処理がされたかどうかという点を検討するまでもなく、このような全社的取組において誤った処理方針を策定・継続してきたという点において、取締役(永守氏・小部氏・佐藤明氏・吉本氏・関氏・岸田氏)、常勤監査役(村上氏・落合氏)、執行役員(D氏)にはそれぞれ任務懈怠が認められるとしたうえで、そのほか、社外取締役(監査等委員を含む)及び社外監査役については、資産健全化プロジェクト及びFY22構造改革における処理方針の具体的内容を認識していた(認識し得た)ことを示す証拠は発見されなかったため、任務懈怠があるという認定には至っていないと結論づけた。 (2) 個別の会計不正事案における任務懈怠の有無 役員責任調査委員会は、ニデック本社の経営陣が深く関与して実行された会計不正案件として、①ニデックプレシジョン株式会社における各案件、②車載事業本部における各案件に注目し、役員の任務懈怠の有無を検討して、結論を次のようにまとめている。 ① ニデックプレシジョン株式会社における各案件 役員責任調査委員会は、ニデックプレシジョン株式会社における各案件について、2017年3月期末又は2016年度第3四半期において減損の兆候が認められており、このような減損の兆候を認識していたか、少なくとも認識し得たと認められる取締役(永守氏・小部氏・片山氏・佐藤明氏)及び執行役員(C氏)には、それぞれ任務懈怠が認められる一方、常勤監査役(村上氏・落合氏)については、会計処理の問題点について認識できるような説明を受けた事実が認められず、任務懈怠があるという認定には至っておらず、また、社外取締役及び社外監査役については、任務懈怠があるとは認められないという判断を示した。 ② 車載事業本部における各案件 役員責任調査委員会は、車載事業本部における各案件について、岸田氏、執行役員(D氏)、執行役員(E氏)が、会計上処理が必要な案件については2025年3月期に構造改革費用として処理しようと考えていたにもかかわらず、永守氏を説得しきれずに構造改革費用の計上をあきらめたという経緯があったことは事実であると認めたものの、岸田氏は代表取締役社長(CEO)として、D氏は執行役員(CFO)として、会計基準に照らし永守氏を説得し、仮に説得できなかったとしても、それぞれの職責に基づき正しい会計処理を行う必要があったものであり、いかに永守氏の強い反対があったとしても、だからといって不適法な会計処理を行ったことを正当化する理由にならないことは自明であると断じている。 そのうえで、2025年3月期に構造改革費用の計上を見送ることになった経緯を認識していた取締役(永守氏・小部氏・岸田氏)及び会計処理に責任を持つ執行役員(D氏)には、それぞれ前記のとおりの任務懈怠が認められると判断する一方、常勤監査等委員(村上氏・落合氏)については、2025年3月期に構造改革費用を見送ることになった経緯をどこまで認識していたのかについて、調査によっても明らかとなっておらず、任務懈怠があるという認定には至っていないこと、また、社外取締役(監査等委員を含む)については、任務懈怠があるとは認められないという判断を示した。 (3) 役員の任務懈怠と損害との相当因果関係 役員責任調査委員会は、ニデックに生じた損害を次のようにまとめている。 項目 金額 調査費用 22,207,198,462円 監査費用 5,335,082,399円 上場契約違約金 91,200,000円 合計 27,633,480,861円 役員責任調査委員会は、調査対象とした事案が今回の決算修正に及ぼした影響の度合いがさまざまであるうえ、取締役・監査役の各事案への関与の度合いも異なっており、たとえば、永守氏・小部氏のように、調査対象としたほとんどの事案で任務懈怠が認められる者もいれば、佐藤明氏、岸田氏及びD氏のように、役員としての在任期間の関係で関与した事案が前半のみ・後半のみに限定されている者もいる一方で、吉本氏・関氏や村上氏・落合氏のように事後的な是正をしなかったという不作為が問われているだけの者もいることから、取締役・監査役ごとに任務懈怠が認められた案件が異なり、今回の会計不正に及ぼした影響も異なるため、個々の取締役・監査役の任務懈怠と相当因果関係が認められる損害の範囲も、寄与度に応じて異なるものと考えられるという見解を示した。 そのうえで、役員責任調査委員会において、個々の取締役・監査役の寄与度に基づく損害の範囲を割合的に認定することは困難であり、この点はいずれ責任追及訴訟において裁判所の判断を待つべきと考えるとして、この項目を締め括っている。   【調査報告書の特徴】 2026年3月期有価証券報告書の提出期限の前日に、ニデックから公表された代表取締役社長の辞任と取締役ではない専務執行役員戒田理夫氏の社長就任。そして、翌日には、2026年3月期の業績が、当期損失564,624百万円にまで増加していることが判明した。そうした厳しい状況の中、役員責任調査委員会による報告書では、創業者の永守重信氏をはじめとする取締役ら9名について、ニデックの損害との間に相当の因果関係があるという判断が示された。 1 ニデックの処理方針に対する役員責任調査委員会の批判 役員責任調査委員会は、ニデックにおいて実施されてきた会計処理方針について、業績目標(営業利益)の達成を最優先とし、達成できた範囲内で負の遺産の処理を認めるというものであり、会計における基本的な理念・考え方が逆転しているという批判を展開している。 すなわち、正しい会計処理では、ある資産に減損の兆候が見られれば、減損判定を行って計上すべき減損損失の額を確定し、業績(営業利益)が判明することになるところ、ニデックでは、先に達成するべき業績(営業利益)の額が決まり、そこから逆算して減損処理等の対象となる資産が決まることになっており、どうしても先送りすることができない(会計監査で必ず指摘されることが予想される)場合には、構造改革費用という名目で処理されることが常態化してきたと認定した。 そのうえで、役員責任調査委員会は、会計処理に関して誤った考えを有している経営トップと、それを是正すべきCFOが誤った処理方針を策定・実施し、後任の歴代社長や常勤監査役もこのような処理方針を是正することなく、長年にわたり負の遺産の処理が先送りされてきたというのが、ニデックにおける会計不正の実態であると結論づけている。 こうした経営トップの認識が、果たして、ニデックに固有のものなのか。これまで法的責任を追及されることが少なかった執行役員CFOの法的責任を認める判断を示した本報告書の意味は重いと思料する。 2 今後のニデックの対応について 2026年10月16日、ニデックは、「役員責任調査委員会からの調査報告について」をリリースして、今後の対応について、次のようなコメントを公表している。 すでに個人株主1名から、永守重信氏及び小部博志氏を被告とする株主代表訴訟が京都地方裁判所に提起され、ニデックは、2026年9月9日に訴訟告知を受けていることをリリースしており、その中で、役員責任調査委員会の報告・提言に基づき、対応を検討していくことを公表している。 3 法的責任の根拠となる法律の規定 (了)
#692(掲載号)
#米澤 勝
2026/10/29
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〔業種別Q&A〕労使間トラブル事例と会社対応 【第21回】「派遣先での労災」

〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第21回】 「派遣先での労災」 〈人材派遣業・人材紹介業〔Q4〕〉   弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 石居 茜   【Q】 当社は製造業を営んでおり、工場内に多数の派遣労働者を受け入れて日々の作業指揮を行っています。 先日、工場内で派遣労働者が設備機器の操作中にケガをする事故(労働災害)が発生してしまいました。当社と当該派遣労働者との間には直接の雇用契約はありませんが、派遣労働者から当社(派遣先)に対して安全配慮義務違反などを理由に損害賠償を請求されることはあるのでしょうか。 また、雇用主である派遣元企業と当社との間で、法的責任や労災発生時の対応(労働基準監督署への報告など)はどのように分担されるのか教えてください。 【A】 派遣労働者と直接の雇用契約がない派遣先であっても、判例上、自社の指揮命令下で就労させ設備や作業環境を直接管理していることから「特別な社会的接触の関係」が認められ、信義則上の安全配慮義務(あるいは不法行為上の注意義務)を負います。そのため、設備の安全管理不備や危険防止措置・安全教育の怠りにより労災が発生した場合、派遣先も派遣労働者から直接、損害賠償請求を受けることになります。 また、労災発生時の対応として、労災保険の給付手続き自体は雇用元である派遣元で行われますが、安衛法上の「労働者死傷病報告」の所轄労基署への提出については、派遣元だけでなく派遣先もそれぞれの所轄労基署へ提出する法律上の義務を負います(派遣法第45条3項)。 民事上の損害賠償責任においては、派遣先も安全配慮義務違反による損害賠償責任が認められることがあるため、平時からの安全衛生管理や事故発生後の原因調査において派遣元と密に連携して対処することが極めて重要です。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 雇用契約のない派遣先が「安全配慮義務」を負う法的根拠 (1) 信義則上の安全配慮義務(判例法理:特別な社会的接触関係) 安全配慮義務は、労契法第5条において「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められている。 労契法第5条の文脈上、直接の法律上の名宛人は労働契約の当事者である「派遣元」となる。しかし、判例法理(最高裁昭和50年2月25日判決・八戸車両整備工場事件)は、契約関係の有無にかかわらず、ある法律関係に基づいて「特別な社会的接触の関係」に入った当事者間においては、信義則上、相手方に対して生命・身体等の危険から保護する義務(安全配慮義務)を負うと判示している。 この法理を下請・派遣構造に適用した最高裁平成3年4月11日判決(三菱重工業神戸造船所事件)では、下請企業の労働者が元請企業の工場・設備を使用し、元請の指揮監督下で就労していた実態に着目し、直接の雇用契約がなくても信義則上の安全配慮義務が成立すると認めた。 派遣労働においては、派遣先が派遣労働者を自らの職場で直接指揮命令し、自社設備・工具を使用させて業務に従事させているため、派遣先と派遣労働者との間に「特別な社会的接触の関係」が存在することは明白であり、派遣先も直接に安全配慮義務を負う。 (2) 労働者派遣法・関係法令による責任の割り当て 派遣法は、実際の就業現場を支配・管理しているのが派遣先であることを考慮し、労働安全衛生法上の義務を派遣先に読み替えて適用する特例を設けている。 これらの法令上の責任規定は、派遣先が負う安全配慮義務の具体的な内容・基準を画する根拠となる。 (3) 不法行為責任(民法第709条・第715条) 安全配慮義務違反(債務不履行責任・民法第415条)と並んで、派遣先企業の管理不備や危険放置は、不法行為責任(民法第709条、あるいは現場監督者の過失に基づく使用者責任・民法第715条)を構成する。民法改正(2020年4月施行)により、生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効期間(知ったときから5年、権利行使できるとき・事故時から20年)は債務不履行・不法行為ともに統一されたため、実務上は両方の請求権が並行して主張される。   2 派遣先の安全配慮義務違反が認められた労災事例・裁判例 派遣先の具体的な指揮監督状況や現場設備の管理体制に瑕疵(欠陥)があったとして、派遣先の安全配慮義務違反(不法行為責任)を認定した主な裁判例を整理する。 (1) 設備・作業方法の管理不備(事故型労災事例) (2) 長時間労働・過重業務による健康障害(過労・健康不調型労災事例)   3 労災発生時における派遣先と派遣元の責任分担と行政手続 労災が発生した場合、派遣先と派遣元はそれぞれ以下の法的責任と行政上の手続きを分担・履行しなければならない。 (1) 労災補償(保険給付)と民事損害賠償の関係 労働災害に対する補償のうち、療養給付や休業給付などの補償は、雇用主である「派遣元」の労災保険(労働者災害補償保険)から支給される。 しかし、労災保険給付は被災労働者の損害(特に慰謝料や将来の逸失利益の全額)をすべてカバーするものではない。労災保険で補填されない損害については、被災労働者またはその遺族から、安全配慮義務違反を理由として派遣先および派遣元へ民事上の損害賠償請求がなされる。 損害賠償請求額の算定においては、既に受け取った労災保険給付額が控除される(損益相殺)ほか、被災労働者側に不注意があった場合は過失相殺(不法行為・債務不履行において賠償額の減額)が検討される。 (2) 労働基準監督署への「労働者死傷病報告」の義務 従業員が労災事故により死亡または休業した際、事業主は所轄の労働基準監督署へ報告書を提出する義務がある(安衛法第100条)。 労働者派遣においては、派遣法第45条3項、14項、15項の規定により、派遣先および派遣元の「双方」が、それぞれの事業場を管轄する労働基準監督署長に対して労働者死傷病報告を提出しなければならない。 特に派遣先が報告を怠ったり事実と異なる報告を行ったりした場合、「労災隠し」として労働安全衛生法違反(刑事罰の対象)に問われるリスクがあるため注意を要する。 (3) 派遣先・派遣元間の損害賠償責任と求償 派遣先および派遣元の双方が安全配慮義務違反を問われた場合、裁判上は「不真正連帯責任」とされる。被災者は双方または一方に対して損害全額の支払いを求めることができる。 両社間の最終的な負担割合(求償関係)については、事故の原因が派遣先の設備欠陥や直接の作業指示ミスにあるのか、それとも派遣元の適性配置・事前の安全教育不足にあるのかなど、態様に応じて個別具体的に決される。   4 派遣先企業に求められる実務上の労災予防・初動対応 (1) 平時における現場安全衛生管理の徹底 派遣先企業は、派遣労働者を自社のプロパー社員と同等に安全管理の対象として組み込む必要がある。 機械設備の防護策の整備、危険作業に対する特別教育・安全衛生教育の実施、作業手順書の遵守徹底、安全帯や保護具の着用指示などを怠ってはならない。また、過労死・健康障害を防ぐため、派遣元の36協定の範囲内での労働時間管理を徹底し、過度な時間外労働を回避させることが重要である。 (2) 労災発生時の初動対応と原因究明ヒアリング 万が一労災事故が発生した場合は、速やかな救護・病院搬送と現場の安全確保を最優先とし、ただちに派遣元へ連絡・状況共有を行う。 その後、派遣元と連携して関係者へのヒアリングや現場検証を行い、客観的な事実関係と事故原因を正確に究明する。ヒアリングにあたっては、被災者や目撃者の証言を正確に記録し、再発防止策を策定して労基署への報告書に反映させる。 (3) 労働者派遣契約書における安全衛生・損害賠償条項の確認 派遣先と派遣元との間で締結する「労働者派遣契約書」において、安全衛生管理の分担、事故発生時の連絡・協力体制、万が一損害賠償が発生した際の求償や負担割合に関する取り決めをあらかじめ明確に定めておくことが、事後の紛争予防として有効である。   (了)
#692(掲載号)
#石居 茜
2026/10/29
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