外資系企業の税務Q&A
【第1回】
「米国親会社が日本子会社の株式を譲渡した場合における課税関係(不動産保有なし)」
公認会計士・税理士・米国公認会計士
中島 崇賢
●○● はじめに ●○●
外資系企業の税務というと、移転価格税制、過少資本税制や過大支払利子税制などを思い浮かべるのではないだろうか。たしかに、これらの税制は重要ではあるが、税理士であれば誰でも知っている事項であり、少なくとも「検討がもれる」という可能性は低い。外資系企業の税務には、日系企業の税務の感覚で処理すると検討が抜けてしまいやすい事項がある。また、実務上、外国親会社に係る課税関係の検討もれも散見される。
そこで、本連載では、外資系企業の税務に関して、実務上留意すべき事項や検討もれが発生しやすい事項について、Q&A形式で解説していく。
なお、本文中、意見にわたる部分は筆者の私見であることを申し添える。
Q
当社は米国法人です。世界各国に子会社があり、日本にも100%子会社を有しています。今般、グローバルグループ内における資本関係の整理・再構築の一環として、日本子会社の株式をすべて同一グループ内の英国法人に売却することになりました。
今回の売却に関して、当社(米国法人)の日本における税務上の留意点について教えてください。
なお、当社と日本子会社の状況は下記のとおりです。
- 当社は、日本に支店等の恒久的施設(PE)を有していません。
- 当社は、日本子会社のすべての株式を、10年前の日本子会社設立以来、継続して保有しています。
- 当社は、日本子会社の株式譲渡により譲渡益が生じます。
- 当社は、日米租税条約の特典条項の要件を満たしています。
- 当社は、組合ではありません。
- 日本子会社は、不動産や不動産関連法人の株式を保有していません。
A
貴社(米国法人)による日本子会社株式の譲渡は、日本の法人税法上、事業譲渡類似株式の譲渡に該当し、譲渡益が発生する場合は、法人税が課されます。しかし、貴社が日米租税条約上の特典条項を満たし、租税条約届出書等を適時適切に提出する場合は、日本における課税は免除されます。
解 説
1 はじめに
グローバル企業グループにおいて、事業の取得や売却等により、グローバルで資本関係を整理・再構築を行い、日本子会社株式についてもグループ内で譲渡されることがある。
グループ内で資本関係を整理する場合、第三者への売却ではないことから、外国親会社と日本子会社の双方において、日本における課税関係の検討等が十分に行われないまま実行されているケースが見受けられるので留意が必要である。
2 法人税法上の取扱い
日本の法人税法上、日本にPEを有していない外国法人は、一定の国内源泉所得のみが課税対象となる。
株式の譲渡は、原則として居住地国課税とされているが、例外として、源泉地国においても課税される場合がある。
課税される場合のひとつに、「事業譲渡類似株式の譲渡」がある。
事業譲渡類似株式の譲渡とは、次の(1)(2)の要件に該当する株式の譲渡をいう(法法138①三、法令178①四ロ・⑥)。
(1) 譲渡事業年度終了の日以前3年内のいずれかの時において、内国法人の特殊関係株主等 (注1)が、その内国法人の発行済株式等の総数の25%以上の株式等を所有していたこと[所有株数要件]
(2) 譲渡事業年度において、その譲渡を行った外国法人を含む内国法人の特殊関係株主等が、最初にその内国法人の株式等を譲渡する直前のその内国法人の発行済株式等の総数の5%以上 (注2)に相当する株式等の譲渡をしたこと[譲渡株数要件]
(注1) 特殊関係株主等とは、内国法人の株主等およびその株主等の同族関係者その他これに準ずる関係のある者をいう(法令178④)。
(注2) 「5%以上譲渡したかどうか」の判定においては、譲渡事業年度の中途においてその内国法人が増資等を行い発行済株式数の変動があった場合でも、その譲渡事業年度において最初にその株式を譲渡した直前のその発行済株式の総数に基づいて計算することになる(法基通20-2-9)ので、留意が必要である。
すなわち、内国法人の特殊関係株主等のグループが、過去3年以内のいずれかの時において持株割合が25%以上となっていた内国法人の株式を1事業年度中に5%以上譲渡した場合に、その特殊関係株主等のグループに含まれている外国法人の譲渡した株式等について、国内源泉所得として課税対象とされることになる。
今回のケースでは、上記2つの要件に該当するため、事業譲渡類似株式の譲渡に該当し、譲渡益が発生する場合は、日本において法人税が課されることとなる。
PEを有しない外国法人が、事業譲渡類似株式の譲渡等に係る国内源泉所得(法法141二)を有する場合には、事業年度終了の日の翌日から2ヶ月以内に法人税申告書を提出する必要がある(法法144の6②)。ただし、当該国内源泉所得が、租税条約の規定により法人税を課さないこととされる場合は、法人税申告書の提出は必要ない(法法144の6②ただし書)。
納税地については、PEを有しない外国法人で、日本国内にある不動産等の貸付けによる対価を受けないものは、下記のとおりとなる(法法17、法令16)。
① 法人税法第17条第1号(PEを有する外国法人)または第2号(PEを有しない外国法人で日本国内にある不動産等の貸付けによる対価を受けるもの)の規定により納税地を定められていた外国法人がこれらの規定のいずれにも該当しないこととなった場合
⇒ その該当しないこととなった時の直前において納税地であった場所
② ①以外の場合
⇒ その外国法人が選択した場所
③ ①、②以外の場合
⇒ 麹町税務署の管轄区域内の場所
また、国内に事務所等を有しない外国法人が、納税申告書を提出する必要があるときは、納税手続きを代行させるため、納税管理人を選任し、所轄する税務署長に届け出る必要がある(通則法117)。
3 日米租税条約上の取扱い
租税条約が国内法と異なる定めをしている場合は、租税条約の定めが優先して適用される。
日米租税条約においては、株式の譲渡益のうち次の(1)(2)に該当するものを除き、譲渡者(本件では貴社)が居住者とされる締約国(本件では米国)のみで租税を課すことができるとされている(日米租税条約13②③⑦)。
(1) 資産の価値の50%以上が他方の締約国(本件では日本)に存在する不動産により直接または間接に構成される法人の株式の譲渡(当該株式が上場株式等で、かつ保有割合5%以下の場合を除く。)
(2) 破綻金融機関に係る一定の株式の譲渡
今回のケースでは、日本子会社株式の譲渡は上記のいずれにも該当しない。したがって、貴社が日米租税条約の特典条項の要件を満たすのであれば、当該株式譲渡に係る譲渡益は、日本では課税されない。
貴社は、日米租税条約の規定に基づく免除を受けるためには、下記の租税条約届出書等を、免除を受けようとする事業年度終了の日の翌日から2月以内に法人税の納税地の所轄税務署長に提出する必要がある(実施特例法省令9の2⑨)。
今回のケースにおいて、貴社が、日本において日本子会社の株式譲渡にかかる国内源泉所得のみを有する場合は、当該国内源泉所得について日米租税条約の規定により法人税を課さないこととされるため、法人税申告書の提出は必要ない。
4 まとめ
今回のケースでは、米国親会社による日本子会社株式の譲渡について、法人税法上は事業譲渡類似株式の譲渡に該当し課税対象となるものの、日米租税条約の規定により日本において課税が免除される。
ただし、前提が変われば、課税関係も変わるため、外国親会社が日本子会社の株式を譲渡する際には、日本における課税関係について事前に十分に検討することが望まれる。
〔凡例〕
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
法基通・・・法人税基本通達
通則法・・・国税通則法
実施特例法省令・・・租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令
(例)法法138①三・・・法人税法第138条第1項第3号
(了)
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