従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A
【第1回】
「解雇をめぐる現状及び解雇に対する制約」
弁護士 柳田 忍
1 はじめに
解雇とは、使用者による一方的な労働契約の解約である。民法上は、期間の定めのない雇用契約(無期雇用契約)については、使用者・労働者はいつでも解約の申込みをなすことができること(解雇の自由)、この場合、解約の申込み後2週間の経過によって雇用契約が終了することが定められている(民法627条1項)。
しかし、民法の特別法である労働契約法は、使用者による解約(解雇)について、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定め、解雇の自由に制限を加えている(解雇権濫用法理。労契法16条)。
裁判所において、この「客観的に合理的な理由」や「社会通念上相当である」ことが容易に認められないことは広く知られており、仮に従業員の労務提供能力等に問題があったとしても解雇が現実的な選択肢にはならない場合が少なくないことから、企業は採用段階で慎重な態度を採らざるを得なくなっている。
しかし、昨今の人手不足等を受けて、企業が、従前であればおそらく採用しなかったであろう、採用段階で少し引っかかりを覚えた求職者の採用に踏み切ったところ、(案の定)当該従業員について労務提供能力や勤務態度等に関する深刻な問題が発覚し、解雇を真剣に検討せざるを得ない、という場面が増えているように思う。
そこで、本連載においては、従業員を解雇する場合に注意すべき点やよく相談を受けるポイントについて説明する。なお、本連載の前半では解雇に係る知識全般を確認したうえで、後半からは具体事例をもとにQ&A形式で解説を行う。
2 解雇の種類及び解雇権濫用法理
解雇には、大別して、労働者側に存する理由に基づく解雇と、会社側の経営上の事情等による解雇がある。前者については、懲戒解雇(企業秩序違反に対する制裁罰としての解雇)と、普通解雇(労働者側に存する理由に基づく解雇のうち懲戒解雇以外のもの)がある。
無期雇用契約について行われる解雇は、「客観的に合理的な理由」(客観的合理性)があり、「社会通念上相当である」(社会的相当性)と認められる場合でなければ、無効となる(解雇権濫用法理。労契法16条)。
一方、有期雇用契約については、「やむを得ない事由」がある場合に限り解雇が可能となる(労契法17条)。また、有期雇用契約は期間の満了により終了するのが原則であるが、無期雇用契約と実質的に異ならない状態となっている場合や労働者の雇用継続への合理的期待が認められる場合には、解雇権濫用法理が類推適用され、「客観的に合理的な理由」(客観的合理性)があり、「社会通念上相当である」(社会的相当性)と認められなければ、更新拒絶が無効となる。
解雇の客観的合理性及び社会的相当性が容易に認められないことは上記のとおりであるが、有期雇用契約の解雇については、期間を定めて雇用した以上、その期間は原則として解雇することはできないはずであるから、解雇が認められるための「やむを得ない事由」が認められるかは更に厳格に判断される。
3 解雇予告義務
使用者が労働者を解雇する場合、少なくとも30日前にその予告をするか、30日分以上の平均賃金(労基法12条)を支払わなければならず(労基法20条1項)、違反については罰則(6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金)が定められている(労基法119条1号)。
上記のとおり、民法上は使用者・労働者のいずれにおいても解雇予告期間は2週間で足りるはずだが、特別法である労働基準法により使用者からの解雇について上記義務が課されたものである。なお、この予告日数は平均賃金1日分を支払った日数分短縮することができる(労基法20条2項)。
また、日々雇い入れられる者、2ヶ月以内の期間(季節的業務の場合は4ヶ月以内の期間)を定めて使用される者、試用期間中の者については適用がない(ただし、いずれも労働基準法所定の期間を超えて引き続き使用される場合を除く)。
解雇予告義務に違反した場合、即時解雇としては効力が生じないが、使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り、通知後30日の期間を経過するか、又は通知の後に予告手当の支払をしたときは、そのいずれかのときから解雇の効力が生じるとされている(最判昭和35年3月11日(細谷服装事件))。
解雇予告義務との関係では、以下の点に注意する必要がある。
- 解雇予告手当を支払わずに即時解雇する場合には、労働基準監督署長の認定(除外認定)を受ける必要がある(労基法20条1項但書)。懲戒解雇事由(特に刑事犯に該当する行為が認められる場合)には当然に解雇予告手当を支払わずに即時解雇することが可能だと考えている使用者もいるようだが、誤りである。もっとも、除外認定を受けなかったことを理由に解雇が無効になるものではない。
- 解雇予告手当は解雇の効力が発生する日に支払う必要がある。後日支払うことも可能であると誤解して解雇予告手当の支払いについて決裁を得ず、そのために、解雇の効力を発生させるべき日に解雇予告手当を支払えない、という事態が生じないよう、注意する必要がある。
4 解雇制限
解雇については上記の解雇権濫用法理、解雇予告義務の他、労働基準法及びその他の各種個別法令上の制限が課されている(※1)。
(※1) 例えば、国籍・信条・社会的身分、性別を理由とする解雇(労基法3条、均等法6条4号)、女性労働者が婚姻、妊娠、出産、労働基準法65条の産前産後の休業を請求・取得したこと等を理由にした解雇(均等法9条2項、3項、均等法規則2条の2)、育児・介護休業の申出をしたこと、育児・介護休業をしたことを理由とする解雇(育児介護休業法10条、16条)など。
特に実務上よく問題となるのが、業務上の傷病による休業期間及びその後の30日間における解雇の禁止(労基法19条)である。①労働基準法81条に基づいて打切補償が支払われるか(※2)、②天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合を除き、使用者は当該制限に拘束される(労基法19条1項但書)。
(※2) 業務上の傷病により休業し、療養補償を受ける労働者が療養開始後3年を経過しても傷病が治癒しない場合に、平均賃金の1,200日分の打切補償を行うことにより上記解雇制限を免れることができるというもの(労基法19条1項但書)。
私傷病による休業期間及びその後の30日間における解雇は上記制限の対象外であるが、メンタル不全により休業する従業員が上司のパワハラやサービス残業の強要を傷病の理由として挙げて業務上の傷病であると主張することは少なくない。
私傷病が治癒しないことを理由に解雇した場合であっても、業務上の傷病であることが明らかになれば、労働基準法19条の制限に違反したものとして解雇が無効とされる。よって、特にメンタル不全で休業する従業員を解雇する場合には、傷病が業務上のものでないことを確認する必要がある。
〔凡例〕
労契法・・・労働契約法
労基法・・・労働基準法
均等法・・・雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律
均等法規則・・・雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則
育児介護休業法・・・育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律
(了)
「従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A」は、毎月第2週に掲載されます。
