〈公取委勧告事例にみる〉
消費税転嫁で『買いたたき』と指摘されないための実務教訓
のぞみ総合法律事務所
弁護士 大東 泰雄
弁護士 山田 瞳
1 はじめに
平成25年10月1日に消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法(以下「消費税転嫁対策特措法」という)が施行されて、1年6ヶ月が経過しようとしている。
この間、平成27年2月末日までの公正取引委員会(以下「公取委」という)及び中小企業庁による転嫁拒否等の行為に対する調査着手件数は4,072件、立入検査件数は2,183件、指導は1,615件に及び(公取委平成27年3月16日公表「平成27年2月までの消費税転嫁対策の取組について」別紙表1)、また、平成27年3月27日までの公取委による勧告・公表も19件に及んでおり、同法違反とされた事例が集積してきた。
消費税転嫁対策特措法違反とされた事例のうち、勧告事案の全てと、指導事案1,615件中1,305件が「買いたたき」の事例であり、同法が禁止する転嫁拒否等の行為(①減額、②買いたたき、③商品購入、役務利用又は利益提供の要請、④本体価格での交渉拒否、⑤報復行為)の中でも、買いたたきが圧倒的に重要視されていることが分かる。
そのため、企業においては、いずれ行われると予想される消費税率の10%への引上げを前に、特に買いたたきと指摘されるようなことのないよう、万全の注意を払う必要がある。
そこで、本稿では、集積された勧告・公表事例を題材として、「買いたたき」に当たるとされたポイント等を検討し、今後企業において留意すべき事項を読み解きたい。
2 勧告・公表事例の概観と検討
(1) 買いたたきの禁止
消費税転嫁対策特措法が禁止する「買いたたき」とは、商品もしくは役務の対価の額を当該商品もしくは役務と同種もしくは類似の商品もしくは役務に対し通常支払われる対価に比し低く定めることにより、特定供給事業者による消費税の転嫁を拒むことをいう(同法3条1号後段)。
「通常支払われる対価」とは、通常は、特定事業者と特定供給事業者との間で取引している商品又は役務の消費税率引上げ前の対価に消費税率引上げ分を上乗せした額をいうとされ、「合理的な理由」がない限り、これより低い額での取引は「買いたたき」に当たるとされる(公取委「消費税の転嫁を阻害する行為等に関する消費税転嫁対策特別措置法、独占禁止法及び下請法上の考え方」(以下「公取委ガイドライン」という))。
「買いたたき」に当たらない「合理的な理由」とは、単に特定供給事業者との合意があるというだけでは足りないとされ、その有無は、コスト削減等の客観的な事情の有無、価格交渉の具体的な経緯・状況、競合する他社の提示価格等の様々な事情を総合的に勘案して判断される。なお、買いたたきと合理的な理由の詳細については、本誌No.68掲載の拙稿「事例でわかる消費税転嫁対策特別措置法のポイントQ&A」第6回をご参照いただきたい。
(2) 勧告・公表事例の概観と検討
前述のとおり、公取委は、これまで19件の買いたたき事案(ただし、うち3件は減額を含む)に対して勧告・公表を行った(平成27年2月までの勧告事例一覧表として、「平成27年2月までの消費税転嫁対策の取組について」別添1)
そこで、以下、これらの事例のうち、典型的・特徴的なものをピックアップし、買いたたきに当たるとされたポイント等を検討する。
【事例①】
(株)JR東日本ステーションリテイリング
▷事案の概要
商業施設を運営する同社が、納入業者(161社)に対し、既存の商品について、内容を変更することなく税込価格を据え置くなど、仕入価格を通常支払われる仕入価格に比べ3%程度低く設定することになる販売促進企画への参加を要請したとして、初の勧告が行われた事案である。
▷「買いたたき」とされたポイント
同社の納入業者からの仕入価格は、「商品の店頭販売価格×仕入率」として決められていたところ、同社は、納入業者に対し、消費税率引上げ後、既存の商品について、内容を変更することなく引上げ前の税込価格を据え置くなどとする販売促進企画への協力を要請していた。
当該販売促進企画によれば、例えば、平成26年3月31日以前に税込店頭販売価格が1,050円(税抜1,000円)、税込仕入価格が840円(税抜800円)であった商品は、税込仕入価格が840円に据え置かれることにより、税抜仕入価格が自動的に778円に圧縮され、差額24円分が上乗せされないこととなる。これが、「買いたたき」に当たると判断されたのである。
本件において、「合理的な理由」がないと判断されたのは、客観的にみて納入業者の側にはコスト削減効果が生じているとはいえないにもかかわらず利幅が圧縮されていることや、本件の販売促進企画の導入経緯からして当事者間の実質的な意思の合致があったとはいえず、対象者たる特定事業者が特定供給事業者たる納入業者に対して一方的に導入したと評価されてもやむを得ない事情があることによると考えられる(詳細は、本誌No.67掲載の拙稿「事例でわかる消費税転嫁対策特別措置法のポイントQ&A」第5回を参照)。
▷今後の実務への教訓
本件においては、商業施設を運営する事業者が、消費税率引上げを受けた買い控えなどを警戒し、販売促進策を企画したものと思われる。消費税率の引上げが消費者の財布の紐を固くする方向に働くことは明らかであり、小売業者にとって、消費税率引上げは死活問題ともいえる。しかし、小売業者が消費税率引上げに際して行うセール等の原資を納入業者に負担させようとすると、本件のように買いたたきと判断され、勧告を受けるリスクがある。
今後予測される消費税率10%への引上げ時にも、本件のような販売促進企画が催される可能性が高いが、その際にも、納入業者に対し、一方的に価格を据え置くようなことのないよう、十分留意する必要がある。
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