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税務 税務・会計 解説 解説一覧

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第2回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第2回】   千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也   第1章 暗号資産の税務と課税問題 第1節 暗号資産とは 1 暗号資産の定義 暗号資産には、例えば、次のような特徴がある。 法律上は、資金決済法に暗号資産の細かい定義が設けられている。 同法2条5項1号の暗号資産は、「1号暗号資産」、同項2号の暗号資産は「2号暗号資産」と呼ばれている。 資金決済法において暗号資産とは次のものである。ただし、金融商品取引法2条3項の電子記録移転権利を表示するものを除く。 1号暗号資産及び2号暗号資産該当性の判断に当たり、例えば次の点が考慮される(金融庁・事務ガイドライン「第三分冊:金融会社関係 16 暗号資産交換業者関係」Ⅰ-1-1) 2号暗号資産の補足として、金融庁は、「2号暗号資産について1号暗号資産と『同等の経済的機能を有するか』との基準を設けるべきではない。同等の経済的機能とならないような制限を加えることで、資金決済法に基づく規制の対象外になりかねない。」という意見に対して、次のとおり回答している(令和元年9月3日金融庁「コメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方」回答No.4)。 ここでは、2号暗号資産該当性を判断する際に、決済手段等の経済的機能を有しているか否かという観点を重視していることが注目される。 暗号資産からは、通貨建資産が除かれている。 通貨建資産とは、本邦通貨や外国通貨をもって表示され、又はこれらをもって債務の履行、払戻しその他これらに準ずるものが行われることとされている資産である。通貨建資産をもって債務の履行等が行われることとされている資産は、通貨建資産とみなされる(決済2⑥)。 通貨建資産の該当性に関して、本邦通貨若しくは外国通貨をもって債務の履行、払戻しその他これらに準ずるものであることを判断するに当たり、発行者及びその関係者と利用者との間の契約等により、当該発行者等が当該利用者に対して法定通貨をもって払い戻す等の義務を負っているかなどの点が考慮される(金融庁・事務ガイドライン「第三分冊:金融会社関係 16 暗号資産交換業者関係」Ⅰ-1-1)。 なお、令和4年6月3日に成立した「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」において、資金決済法の暗号資産の定義規定は次のとおり改められた。 2 通貨該当性・強制通用力の有無 暗号資産は、法定通貨ではないが支払手段として使うことができる(ただし、暗号資産での支払を受け入れてくれる店舗等は限られている)。 それでは、通貨とは何か。 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(通貨法)等によれば、次のことがいえる。 民法は、次のとおり定めている。 ここでいう通貨とは、「強制通用力ある貨幣の意味であり、強制通用力の有無とは、この効力を有する範囲の貨幣をもってする弁済は本旨に従う弁済になるという意味」であると解されている(我妻栄『新訂債権総論』37頁(岩波書店1964))。 すなわち、この場合の強制通用力とは、法律上、支払手段として通用する効力であり、金銭債務の債務者が弁済に用いたときに、債権者が弁済の受領を拒むことができず、当然にその弁済が有効となる効力である(法令用語研究会編『法律用語辞典〔第4版〕』228頁(有斐閣2012)、末廣裕亮「仮想通貨の法的性質」法教449号52頁参照)。 また、私法上の「金銭」は、各種の「通貨」であり、各種の「法貨」であるという見解がある。すなわち、「金銭=通貨=法貨」という関係が成り立つという(片岡義広「ビットコイン等のいわゆる仮想通貨に関する法的諸問題についての試論」金融法務事情1998号31頁以下参照)。 いずれにしても、暗号資産は上記通貨法でいうところの通貨には該当しない。 暗号資産が法定通貨ではなく、強制通用力を有していない以上、暗号資産による支払は、相手方との合意がない限り、債務の弁済の提供(民493)にはならない。 上記の観点とは別に、通貨の3大機能との関係を確認しておく。 暗号資産は、価値の交換手段として、実際に一部の店舗等で使用可能であることをもって交換手段としての機能を有するという見方もあれば、法定通貨と比較していまだその機能は十分なものとはいえないという見方もある。 ある商品の値段が1BTCと表示され、その商品が1BTCの価値があることを示しているのであれば、暗号資産であるBTCは価値尺度としての機能を有するという見方もあれば、実際には、商品の値段をBTCという単位で認識されることは少なく、結局、価値尺度としては法定通貨が使われており、法定通貨と比較していまだその機能は十分なものとはいえないという見方もある。 価格の安定化が図られている暗号資産は、価値保蔵の手段として機能しているという見方もあれば、それ以外の暗号資産は、ボラティリティ(価格の変動幅)が高いので、価値保蔵の手段としては機能していないという見方もある。 このように、上記の通貨の3大機能について、一部の暗号資産は一定の機能を有しているが、それは必ずしも十分なものではないという見方がありうる。 (了)
#489(掲載号)
#泉 絢也
2022/10/06
法人税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例45】「競走馬を保有する法人における見舞金相当額の経理方法」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例45】 「競走馬を保有する法人における見舞金相当額の経理方法」   国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、関東北部においてホームセンターを運営する株式会社X(資本金91,000万円の3月決算法人)で総務部長を務めております。わが社は元々総合商社に勤務していた社長が20年前に創業した会社で、地元の農家に対し、農協では買えないけれども必要な機材を提供して事業基盤を固めたのち、一般家庭向けのDIYグッズを販売して一気に事業を拡大して、現在は北関東一円に30店舗を展開するまでになりました。最近は、キャンプグッズやアウトドア向けの安価なアパレルがヒットし、いよいよ東京にも進出しようかという勢いを感じているところです。 ところで、わが社の社長はここ数年、富裕層の間ではひそかに流行しているようですが、競走馬の保有、すなわち馬主としての活動に相当程度力を注いでいます。JRAによれば、馬主には個人、組合及び法人の3種類があり、社長は個人のみならず法人でも馬主になっております。法人馬主は、その代表者が個人馬主として一定の活動を経なければならないようで、個人馬主として相当の金額をつぎ込んだのち、ようやく念願の法人馬主となったのだと喜んでいました。社長によれば、法人馬主となると、交際の幅も広がるとのことで、本業の事業展開、中でも出店先の不動産に関する情報収集に有利に働いているということです。 そんな中、最近わが社は税務調査を受け、法人馬主の件が問題となっております。すなわち、わが社は法人馬主として数頭の競走馬を保有しているわけですが、全頭が順調にレースに出馬して賞金を獲得しているというわけではなく、中には調教中やレース中にケガや事故が起こることがあり、その場合には事故見舞金が支払われます。また、ケガの程度によっては競走馬として活動することは困難であり、牝馬であれば繁殖用の牝馬に転用することもあり、その場合も見舞金が支払われます。 今回問題となったのは、繁殖牝馬に転用した馬に対する見舞金の処理で、当社は見舞金相当額と馬の減価償却費を相殺計上し、結果として益金にも損金にも何ら計上していません。国税局の調査官は、見舞金を益金に計上するとともに、減価償却費を損金経理して計上するのが正しい経理処理であり、それを怠ったX社は減価償却費を計上できないと主張します。経理処理のしかたで課税関係が変わることは納得がいないのですが、どう考えるべきなのでしょうか、教えてください。 【A】 法人が保有する競走馬につき、ケガにより競走馬としての活動を継続することが困難なため、次善の策として繁殖牝馬に転用した場合に支給される見舞金は、外部からの経済的価値の流入であると考えられることから、当然に法人の益金に算入すべき金額となります。 また、当該馬の減価償却費の計上は、法人税法第31条第1項の規定により、償却費として損金経理した金額のうち、償却限度額に達するまでの金額であって、本件のように損金経理した金額がない場合には、損金に算入すべき金額はないこととなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 減価償却資産の意義 減価償却資産は、複数年度(耐用年数+α)にわたってそれを事業の用に供する企業の収益獲得に貢献する資産であるから、その取得に要した金額(取得価額)は、取得年度に一括して費用化するのではなく、将来獲得する収益に対する費用との対応関係(費用収益対応の原則)により、使用又は時間の経過によりそれが減価するのに応じて徐々に費用化するのが妥当といえる(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)389頁。 また、法人の減価償却費として損金に算入されるのは、当該償却費として損金経理をした金額、すなわち、その確定した決算において費用として経理した金額のうち、償却限度額に達するまでの金額である(法法31①)(※2)。 (※2) 金子前掲(※1)390頁。 なお、法人が上記減価償却資産の減価償却費を各事業年度の損金に算入するためには、その事業年度の終了より前にそれを取得しているとともに、事業の用に供していることが必要となる(法令13)。   (2) 競走馬等の減価償却 競走馬の馬主になるためには、JRAの定める要件を満たす必要があり、法人馬主登録の要件は、まず法人の代表者が個人馬主となっていることであるとされる(法人馬主に登録されると、個人馬主の登録は抹消される)(※3)。 (※3)  JRAホームページ「馬主になるための要件」参照。 そもそも法人が保有する競走馬であるが、法人の収益獲得に貢献する有形固定資産であることから、減価償却資産に該当する。耐用年数省令によれば、競走馬の耐用年数は4年であり、繁殖用・種付用の馬は6年となる(耐用年数省令別表四)。 また、競走馬の減価償却の開始時期については、3年間、該当する全ての馬について同じ経理を継続することを条件として、馬齢二歳の4月から減価償却を開始するというように取り扱うのが原則であるが、この取扱いを適用しながらも、馬齢二歳の5月以降に入厩した競走馬にあっては、入厩させた月から減価償却を開始するという取扱いも認められている(※4)。 (※4) 国税庁個人課税課情報第5号「新たな競走馬登録制度に基づく登録を受けた競走馬の減価償却の開始時期について(情報)」(平成28年6月1日)参照。 なお、平成28年に新たに導入された「競走馬登録制度(早期特例登録制度)」に基づく登録を受けた競走馬の減価償却の開始時期についてであるが、同制度に基づく登録を受けた競走馬については、「通常業務の用に供した」ものと解され、当該登録の終了した月から減価償却を開始できると取り扱われている(※5)。 (※5) 国税庁個人課税課前掲(※4)参照。 〈早期特例登録制度の概要(中央競馬の例(※6))〉 (※6) 国税庁「新たな競走馬登録制度(早期特例登録制度:中央競馬の例)の概要」 (出典) 国税庁「新たな競走馬登録制度(早期特例登録制度:中央競馬の例)の概要」   (3) 競走馬を保有する法人が見舞金を受領した時の経理処理 本件のように、競走馬を保有する法人が見舞金を受領した時の経理処理について争われた事案として、大阪地裁平成20年2月1日判決・税資258号-25(順号10883)(TAINSコード:Z258-10883)があるので、以下で見ていきたい。 ① 事案の概要 本件は、7月1日から翌年6月30日までを事業年度とし、がん具・帽子及びその附属品材料の製造販売並びに商品営業目的宣伝のための競走馬の保有等を目的とする株式会社である原告が、平成11年7月1日から平成12年6月30日までの事業年度(平成12年6月期)、平成13年6月期及び平成14年6月期について申告したところ、被告から、本件各事業年度に係る更正並びに平成13年6月期及び平成14年6月期に係る過少申告加算税賦課決定を受けたために、その一部を取り消すよう求めている事案である。 原告は、本件各事業年度において、馬主の任意団体であるBから競走馬事故見舞金規定に基づいて原告に支払われた見舞金のうち、競走馬登録を抹消し、種雌馬に転用する予定の競走馬に係るものについて、①その一部を益金の額に算入せず、②当該競走馬に係る見舞金を受領した日の属する事業年度の開始の日の帳簿価額から、a見舞金受領時までの競走馬としての減価償却費及び見舞金相当額を控除した残額、又はb見舞金相当額のみを控除した残額、をそれぞれ転用後の種雌馬の取得価額とする、という一連の経理処理を行った。 すなわち、本件経理処理においては、本件見舞金未計上額は、流動資産勘定である普通預金の増加及び固定資産勘定である競走馬の減少という資産勘定のみを使用して経理処理が行われ、損益計算書には減価償却費その他の費用あるいは損失のいずれの科目にも計上されていなかった。 ② 本裁判例の争点 本件見舞金未計上額を益金に算入したこと及び減価償却費を認めないことの適否 ③ 裁判所の判断 なお、本件は原告・納税者側が控訴したものの棄却され(大阪高裁平成20年11月13日判決・税資258号-216(順号11074))、さらに上告したものの不受理となり(最高裁平成21年5月26日決定・税資259号-95(順号11208)、確定している。 ④ 本裁判例からいえること 法人が競走馬の馬主となるケースは、実際にはそれほど多くないと思われるが、会社経営者や富裕層の間で「個人馬主」となるのは1つのステータスであり、それを目指している経営者も少なくないと思われるため、取り上げた事案である。本件の場合、法人は、ケガをした競走馬を繁殖用の牝馬に転換する際に支払われる「見舞金」の計上を怠っていたわけであるが、見舞金の益金算入と競走馬の減価償却費の損金算入とを相殺すれば、損益計算上同じ結果となるという主張をしている。 しかし、法人税法上、減価償却費は損金経理、すなわちその確定した決算において費用として経理した金額のうち、償却限度額に達するまでの金額が損金算入されると規定されているため(法法31①)、損金経理要件を満たしていない本裁判例は、益金算入のみ強制され、減価償却費の損金算入は認められなかったというわけである。 ところで、現行法令の解釈としては上記の通りと考えられるが、私見では、収益(益金)のみ計上し、費用(損金)を認めないという取扱いには、率直に違和感を覚えざるを得ない。これは端的に言えば税金を取り立てるための論理であり、租税法・法人税法が依拠している会計原則(費用収益対応の原則に基づく適切な期間損益計算)や純資産増加説から乖離した取扱いといわざるを得ない。経理処理に誤りがあるとしても、繁殖用の牝馬に転換した競走馬はその事業年度において現に生きて活動を行っているのであり、それにより価値が減価している(純資産が減少している)のは紛れもない事実なのだからである。 したがって、今後の立法論になるとは思われるが、法人が特に「今期の減価償却費の計上は行わない」と主張している場合はともかくとして、たとえ損金経理を行わなかった場合であっても、他の競走馬につき適法に減価償却費を計上しているのであれば、同様の方法での償却費の計上を認める方が、理論的には妥当と考える次第である。   (4) 本件へのあてはめ 法人が保有する競走馬につき、ケガにより競走馬としての活動を継続することが困難なため、次善の策として繁殖牝馬に転用した場合に支給される見舞金は、外部からの経済的価値の流入であると考えられることから、当然に法人の益金に算入すべき金額となる。 また、当該馬の減価償却費の計上は、法人税法第31条第1項の規定により、償却費として損金経理した金額のうち、償却限度額に達するまでの金額であって、本件のように損金経理した金額がない場合には、損金に算入すべき金額はないこととなる。 (了)
#489(掲載号)
#安部 和彦
2022/10/06
国際課税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第23回】「OECDモデル条約コメンタリーは、租税条約を解釈するための規範となるか」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第23回】 「OECDモデル条約コメンタリーは、租税条約を解釈するための規範となるか」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 租税条約の解釈に際し、OECDモデル条約コメンタリーはどのように取り扱われるのでしょうか。 〔A〕 モデル条約はそれ自体に法的な拘束力はなく、コメンタリーは、法的に拘束力を有する租税条約の具体的な条文の解釈に当たって参照する余地があるとしても、租税条約の具体的な条文を離れて、それのみで、条約と同等の効力を有する独立の法源となると解することはできないと考えられています。 ●●●〔解説〕●●● 1 OECDモデル条約コメンタリーとは 企業の経済活動がグローバル化し、国境を超えて幅広く、かつ大量に行われるようになると、そこで生み出される所得に対し、各国(又は地域。以下省略)の課税当局がそれぞれ所得に対する課税権を主張し、国際的な二重課税となる可能性が生じてくる。租税条約は、このような国際的二重課税を排除するため、基本的に二国間で締結されてきたが、それぞれの国同士が異なる内容の租税条約を締結すると、複数の国で事業活動や投資活動を行う企業は混乱し、事業に支障をきたすことになる。 そこで、国際機関において、各国の模範となるようなモデル租税条約を策定する必要性が生じたのである。歴史的には、1920年代に国際連盟で理論的実践的な研究が進められ、1928年に最初のモデル条約が公表された。第2次大戦後は、OECD(経済協力開発機構)租税委員会が、1963年に二国間の典型的ひな形としてのモデル条約を公表(※1)し、その後幾度の改定を経て、現在に至っている(※2)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)114頁は、「租税条約の内容は国によってまちまちになるのは、国際取引の発展にとって好ましくないため、OECDによって、先進国間における所得税の二重課税の防止のための条約および相続・贈与税の二重課税防止のための条約のひな型として2つのモデル租税条約草案が作られている。(中略)近時の先進国間の租税条約は、一般にこのモデル租税条約草案に従っている。」と述べる。 (※2)  OECDモデル条約は、1995年、1997年、2000年、2003年、2005年、2008年、2010年、2014年及び2017年に改定されている。 なお、OECDモデル租税条約は先進国間のものであり、他方、1980年に戦前の国際連盟モデル条約を引き継いだ国際連合モデル条約は、先進国と開発途上国との間のもの、と位置付けられている。 OECD租税委員会は、モデル租税条約について、その具体例や公式解釈を示したコメンタリーを公表しており、モデル条約同様、経済社会の変化に対応して頻繁に改定されている。コメンタリーは、OECD加盟国政府の代表者が租税委員会で起草し合意したものであり、法的拘束力を持つ各国の締結した租税条約の付属書として作成されたものではないが、租税条約の適用及び解釈に、特に紛争の解決において有益であるといわれている。加盟国の税務当局及び納税者は、租税条約の解釈に関してコメンタリーを参照し、また、多数の加盟国の裁判判例においてもコメンタリーが引用されている(※3)。 (※3) 川田剛・徳永匡子『OECDモデル租税条約コメンタリー逐条解説』(税務研究会出版局・2018年)19~20頁参照。 今回は、OECDモデル租税条約コメンタリーの規範性が争われた裁判例を検討する。   2 過去の裁判例 《日愛租税条約事件》(※4) (※4) (第一審) 東京地裁平成25年11月1日判決・TAINSコード:Z263-12327 (控訴審) 東京高裁平成26年10月29日判決・TAINSコード:Z264-12555 (1) 事案の概要 匿名組合契約の営業者であったケイマン法人Xら(原告・被控訴人)(※5)は、アイルランド法人Kに対して利益の分配をしたが、その際、日愛租税条約の規定が適用され、原告らは所得税法212条1項に基づく源泉徴収義務を負わないと判断して、源泉所得税の徴収及び国への納付をしなかった。 (※5) 日本に支店を有していた。 他方、Kは匿名組合員として分配金を受領する権利を有していたものの、タックス・ヘイヴンであるバミューダにおいて組成された有限責任組合であるSとの間でスワップ契約を締結しており、Kが受領する分配金の99%をSに支払うことが義務付けられていた。 本件は、国側Y(被告・控訴人)が、Xらに対し、Xらが上記のように利益の分配として支払をした金額のうち99%に相当する部分(本件分配金)については日愛租税条約の規定の適用がなく(※6)、所得税法212条1項に基づき源泉所得税を徴収して国に納付すべき義務を負うものであるとして、源泉所得税の納税の告知処分等をしたため、Xらが同処分等の取消しを求めた事案である。 (※6) 問題は、分配金を原資としてXからAに支払われる金員(分配金の99%)はアイルランドやバミューダでは課税されず、残りの1%のみがアイルランドで課税されるに過ぎない点にあった。 (2) 裁判所の判断 ① 第一審の判旨 本件の第一審において、Yは、本件分配金はSに帰属するものであり、Sの所得税法上の「国内源泉所得」に当たると主張した。これに対し、東京地裁は、Xらが、Kから日愛租税条約23条(※7)の規定の適用があることを前提として租税条約届出書の作成及び提出がされていた事実を踏まえ、Kに対して匿名組合契約に定められた債務の履行として利益の分配をしたことについて、そのような客観的な事実を離れて、実際にはKからSに対する契約上の地位又は債権の一部の譲渡があったことを前提としてSに対して分配金の支払をしたものであると認めることはできないとし、本件分配金に関してXらが源泉所得税の徴収の義務を負っていたものとは認め難いと判示してYの請求を棄却した。この判決を不服として、Yは控訴した。 (※7) 前回取り上げた旧日蘭租税条約と同様、日愛租税条約23条は、「一方の締約国において生ずる他方の締約国の居住者の所得で前諸条に明文の規定がないものに対しては、当該他方の締約国においてのみ租税を課すことができる。」と規定していた。 ② 控訴審の判旨 控訴審において、Yは、主位的主張として、本件分配金はSに帰属するものであり、したがって租税条約の適用がない、また、予備的主張として、OECDモデル租税条約コメンタリー21.4パラグラフを引用し、形式的には租税条約が適用され得る取引であっても、租税条約の特典を利用した租税回避をその目的とするようなものについては、租税条約の趣旨・目的に反する態様で条約を濫用して税負担を不当に免れるものとして、租税条約の適用が否定されると主張した。 東京高裁は、まず、上記の主位的主張に対し、日愛租税条約には、租税条約の濫用を理由として租税条約の適用を否定する規定は定められていないから、Kには日愛租税条約23条が適用されると判示し、さらに、匿名組合契約上Kが保有するとされる匿名組合契約の出資持分の99%には実質的な実体がなく、結果としてKが得た利益に対して我が国の課税をすることができなかったとしても、本件における契約関係が我が国の課税を免れることを目的として仮装されたものであり、匿名組合契約上の出資持分の99%に実体がないと断定するに足りる証拠はないとし、Yの主張を斥けた。 次の予備的主張について、東京高裁は、「法的に拘束力を有するのは、OECD加盟国が締結した租税条約であり、モデル条約はそれ自体に法的な拘束力はなく、コメンタリーは、法的に拘束力を有する租税条約の具体的な条文の解釈に当たって参照する余地があるとしても、租税条約の具体的な条文を離れて、それのみで、条約と同等の効力を有する独立の法源となると解することはできない。そのため、『租税回避を目的とするような取引については、源泉課税を制限する租税条約の適用を否定する』旨定めた租税条約の規定がないにもかかわらず、コメンタリーのパラグラフの記載がそのような一般的法理を定めているとの主張を前提として、コメンタリーのみに基づいて源泉課税を制限する租税条約の適用を否定し、課税することはできないというべきである。」と判示し、予備的主張についてもYの主張を斥けた(コメンタリーの適用に関する判旨については下記)。 控訴審判決を受けてYは上告受理申立てを行ったが、平成28年6月10日、最高裁は、同申立を不受理として、本件が確定した。 (3) 改定前OECDモデル租税条約コメンタリーと控訴審の判断 2017年改定前OECDモデル租税条約コメンタリー21.4パラグラフは以下のように規定されていた。 控訴審において、Yは、「Kが行った取引は、コメンタリーの21.4パラグラフに示された『特定の種類の所得の源泉課税を扱う濫用防止準則』に抵触する取引であり、本件分配金について日愛租税条約23条の適用を受けることは、同条約の趣旨・目的に反する態様で条約を濫用して税負担を不当に免れるものである。」という主張をしたが、東京高裁は、「日愛租税条約には、21.4パラグラフの第2段落に挙げられたような規定又はその他の規定によって、源泉課税を制限する日愛租税条約23条の適用を否定する具体的な条項は定められていないから、同条の適用を否定することはできない。」と判示した。 (4) 本判決の今日的意義 前回取り上げたBEPS防止措置実施条約(多国間協定)は、我が国及びアイルランドにて既に発効しており(※8)、日愛租税条約に取り入れられることとなった。本件に関しては、BEPS防止措置実施条約7条の「主要目的テスト(Principal Purpose Test:PPT)」が導入されている。具体的には、日愛租税条約29条に、以下の文言が加えられている。 (※8) 我が国については2019年1月1日、アイルランドでは2019年5月1日。 したがって、本件が現行規定下で起きていたならば、裁判所の結論は全く異なるものとなっていたと考えられる(※9)。 (※9) 木村浩之編著、野田秀樹・佐藤修二著『対話でわかる国際租税判例』(中央経済社・2022年)14頁は、「本件でPPTを適用する上では、あえてアイルランド法人を介在させてスワップ契約をすることにどのような合理的な目的があったか、また、同じ目的を達成するのに一般的に用いられると考えられる他の手法と比べて、当該スキームを採用した合理的な理由がどのようなものであったかという要素が重要になると思われます。」と述べている。 (了)
#489(掲載号)
#霞 晴久
2022/10/06
相続税・贈与税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第54回】「敷地所有権者の相続に係る特定居住用宅地等の特例の適用(配偶者居住権設定後に二次相続があった場合)」

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第54回】 「敷地所有権者の相続に係る特定居住用宅地等の特例の適用 (配偶者居住権設定後に二次相続があった場合)」   税理士 柴田 健次   [Q] 甲の相続(一次相続)では、下記のとおり甲の建物持分について配偶者居住権が設定され、甲の配偶者である乙が配偶者居住権及び敷地利用権を取得し、甲の建物所有権の持分、敷地所有権及び土地所有権は、長男である丙が取得しました。甲の相続後は、乙、丙及び丙の子である丁が引き続き居住の用に供していましたが、乙より前に丙に相続が発生しました。 丙の遺言書には、土地及び建物については丁に相続させる旨が記載されています。丁は相続後、丙の相続税の申告期限まで引き続き居住の用に供し、土地を所有しています。この場合に丁が適用できる特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用面積は何㎡でしょうか。 なお、丙は乙から何らの土地の賃料も受け取っておらず、乙も丙及び丁から建物の賃料を受け取っていません。 【相続関係図】 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 【丙の相続時における土地に係る相続税評価額】 [A] 丁は取得した敷地所有権・土地所有権に係る145㎡(200㎡ × 58,000,000円/80,000,000円)について小規模宅地等に係る特定居住用宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 配偶者居住権等が及ぶ範囲 配偶者居住権が設定された場合には、居住建物の全部について無償で使用及び収益をする権利を取得することになります(民法1028)。居住建物の全部というのは、配偶者が相続開始の時に居住していた建物の全部という意味ですが、被相続人が土地又は建物の持分を共有で有している場合には、配偶者居住権は被相続人の建物の持分に対して設定し、敷地利用権は、被相続人の土地の持分と建物の持分のいずれか低い方の持分に対して設定することになります(相法23の2①一かっこ書・③かっこ書、相令5の7)。 したがって、本問の場合には、甲の相続時において甲の建物持分である1/2部分に対して配偶者居住権及び敷地利用権が設定されます。そして、甲の相続後から二次相続までの間に配偶者居住権に利用変更はなく、また、配偶者居住権の消滅事由も発生していませんので、二次相続開始の直前において、乙は配偶者居住権及び敷地利用権を有していることになります。 配偶者居住権の消滅事由の例としては、下記のものがあります。   2 二次相続に係る配偶者居住権及び敷地利用権の相続税評価額 配偶者居住権の設定後に相続若しくは遺贈又は贈与により取得した配偶者居住権の目的となっている建物及び敷地所有権の相続税評価額については、相続税法23条の2の規定に準じて計算することになります(相基通23の2-6)。 具体的には、二次相続発生時において配偶者居住権の設定があったものとして計算しますので、二次相続開始時における乙の平均余命年数等を使用することになります。当然ですが、乙の平均余命年数は、一時相続時よりも二次相続時の方が短くなっていますので、敷地利用権の相続税評価額は、路線価や利用状況に変更がない場合には、二次相続時の方が低くなります。   3 被相続人等の居住の用に供されていた宅地等の範囲 特定居住用宅地等は、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていた親族(以下「被相続人等」という)の居住の⽤に供されていた宅地等であることが要件の1つとなっています。したがって、その宅地等が「誰の」、そして何の「用途」に供されていたかが重要となります。 租税特別措置法関係通達69-4-7の2(宅地等が配偶者居住権の目的となっている家屋の敷地である場合の被相続人等の居住の用に供されていた宅地等の範囲)では、下記のとおり定められています。 上記通達の適用の留意点は下記のとおりとなります。 〔上記(1)について〕 居住用宅地等に該当するものは、下記のいずれかとなります。 基本的な考え方は、配偶者居住権が設定されていない場合の被相続人等の居住の用に供されていた宅地等の範囲(措通69-4-7)と同様になりますが、配偶者居住権の設定の有無で建物の使用・収益をする権利者が下記のとおり異なることになります。 ◆配偶者居住権の設定の有無における建物の使用・収益の権利者の違い したがって、配偶者居住権が設定されていない場合において、建物所有者が被相続人以外であるときは、建物所有者から被相続人等が無償で建物を借り受けていることが必要となるのに対して、配偶者居住権が設定されている場合には、配偶者居住権者から被相続人等が無償で建物を借り受けていることが必要となります。 配偶者居住権が設定されている場合において、建物所有者が被相続人以外である場合の要件をまとめると下記のとおりとなります。 〔上記(2)について〕 平成25年度の税制改正によって、老人ホーム等に入居した場合において一定の要件(本連載【第20回】で解説)を満たす場合には、相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていなかった宅地等であっても、その被相続人が居住の用に供されなくなる直前まで被相続人の居住の用に供されていた宅地等については、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当することとされています。上記(2)は、老人ホームに入居した場合の居住用宅地等の範囲を明確にしたものですが、考え方は(1)と同様になります。 本問の場合において仮に被相続人である丙が相続開始前に老人ホームに入居をしていたとしても、他の要件を満たせば、特例の対象になります。 通達に記載されているとおり、新たに被相続人等以外の者の居住の用に供された宅地等を除くとされていますので、例えば、老人ホームに入居後に新たに生計を別にする親族の居住の用に供した場合には、特例の適用を受けることができなくなりますので、注意が必要となります。   4 本問の場合の特例適用の可否 本問の場合には、建物は被相続人(丙)及び被相続人である親族(乙)が所有し、かつ、土地は使用貸借であり被相続人が無償で乙から借り受け、居住の用に供していますので、被相続人の居住の用に供している宅地等に該当することになります。また、丁は被相続人(丙)と同居していますので、生計一親族の居住の用に供している宅地等にも該当することになります。取得者の要件は、本連載【第22回】で解説していますが、丁は同居親族の要件と生計一親族の要件のいずれも満たすことになります。 したがって、丁は特例の適用を受けることができます。   5 相続税評価額の算定と面積の計算 敷地利用権及び敷地所有権に区分し、相続税評価額と面積を計算します。 ・敷地利用権の相続税評価額: ・敷地所有権・土地所有権の相続税評価額(居住建物の敷地の用に供される土地の価額): ・敷地利用権の面積: ・敷地所有権・土地所有権の面積: なお、敷地利用権は乙に属する財産となりますので、丙の相続時において丙の相続財産に計上する必要がありません。また、乙の相続時においては、民法の規定により配偶者居住権は消滅し、相続を原因とする財産の移転もないため、配偶者居住権及び敷地利用権の価額を乙の相続財産に計上する必要はありません。   6 本問の場合の選択特例対象宅地等の面積 丁が取得した敷地所有権・土地所有権の面積145㎡となります。   ★実務上のポイント★ 一次相続発生時にどの部分に対して配偶者居住権が設定されているのか、配偶者居住権設定後に配偶者居住権の用途変更や消滅事由がなかったのかを確認することが重要となります。配偶者居住権の建物登記は第三者対抗要件とされていますが、不動産登記をしていないこともあり得ますので、一次相続時の相続税の申告書や遺産分割協議書等を確認することが重要となります。   (了)
#489(掲載号)
#柴田 健次
2022/10/06
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租税争訟レポート 【第63回】「税務職員による税務相談と信義則違反(国税不服審判所令和2年4月13日裁決)」

租税争訟レポート 【第63回】 「税務職員による税務相談と信義則違反 (国税不服審判所令和2年4月13日裁決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【裁決の概要】   【事案の概要】 本件は、審査請求人が相続により取得した土地に対し、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(以下「本件特例」と略称する)を適用して相続税の申告をしたところ、原処分庁が、当該特例の適用はないとして原処分を行ったのに対し、請求人らが、税務相談において当該特例の適用がある旨の回答を受けていたから原処分は信義則に反し違法であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。   【裁決の概要】 1 国税不服審判所による事実認定 国税不服審判所は、裁決に当たり、次のような事実認定を行った。 (1) 審査請求人が相続により取得した土地の利用状況 被相続人の長男である審査請求人が相続により取得した土地(地目:宅地、地積:244.25㎡。以下「本件土地」という)は、被相続人が生前所有していた2階建の区分所有建物(以下「本件建物」という)の敷地の用に供されていた。 本件建物の1階部分は、被相続人と生計を別にする親族とその子供が無償で借り受け、同人らの居住の用に供されており、2階部分は、審査請求人が代表取締役を務めるとともに、その発行済株式総数の全部を所有する同族会社が、本件土地のうち本件建物の2階部分の敷地を被相続人から無償で借り受け、本件建物の2階部分を2室(201号室及び202号室)に区分して、201号室をその同族会社の事業の用に供し、202号室を第三者に賃貸していた。 (2) 審査請求人による税務相談 審査請求人は、自らが経営する同族会社の関与税理士から、本件土地について本件特例は適用できないと言われていたが、平成27年7月15日及び同年8月5日、原処分庁所属の相談担当職員(以下「本件相談担当職員」という)に対し、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という)の申告において、本件土地に本件特例の適用が可能であるか否か相談した。 これに対し、本件相談担当職員は、本件土地は「特定同族会社事業用宅地等」(措置法第69条の4第3項第3号)に該当するから、本件特例の適用は可能である旨回答(以下「本件回答」という)をした。 2 特定同族会社事業用宅地等の定義 国税庁タックスアンサーによれば、「特定同族会社事業用宅地等」は次のように説明されている(一部、括弧書きを省略している)。 〈タックスアンサーNo.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)〉 3 争点 原処分には信義則に反する違法があるか否か。 4 争点に対する審査請求人の主張 審査請求人は、次のとおり、原処分は信義則に反し、違法であると主張した。 5 国税不服審判所の判断 国税不服審判所の裁決は次のとおりである。 (1) 信義則の法理の適用について 国税不服審判所は、租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、当該法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて当該法理の適用の是非を考えるべきものであるという見解を示した。 そのうえで、特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決を参照する形で、少なくとも、 という点の考慮は不可欠のものであるとした。 (2) 税務相談について そして、国税不服審判所は、税務相談は、納税者の便宜のため、行政サービスの一環として、納税者において、納税申告する際の参考とするために、税務職員が、納税者の提示した資料及びその説明の範囲内で検討することにより、一応の参考意見を示すにすぎないものであって、当該判断は、税務官庁の公的見解とはいえず、納税者が当該判断の内容どおりに申告をした場合にその申告内容を是認することまでを意味するものでないと解するのが相当であるとして、税務相談における職員の回答については、上記(1)①の要件には当てはまらないという見解を示した。 (3) 審査請求人の主張について こうした前提の下、国税不服審判所は、下記の事情を総合考慮したうえで、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお原処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別な事情は存在しないと認められ、原処分には信義則に反する違法はないという結論を述べている。   【解説】 特定同族会社事業用宅地等に該当するかどうかのポイントの1つは、被相続人が、「有償で同族会社に貸し付けていること」であり、本件土地は、同族会社が、被相続人から無償で借り受けていたことから、本件特例の適用ができないというのが、税務相談における正しい回答であった。裁決からは、担当した税務職員がなぜ誤った回答をしたかはわからないが、もしかすると、相談時に「無償で貸付」という事実を確認していなかったのかもしれない。 本裁決を通して、改めて、税務相談による回答と信義則の原則を考えてみたい。 1 信義則の原則 民法第1条(基本原則)を引用する。この第2項の規定が、「信義誠実の原則(信義則)」である。 金子宏『租税法第24版』によれば、「租税法における信義則の適用の有無は、租税法律主義の1つの側面である合法性の原則を貫くか、それともいま1つの側面である法的安定性=信頼の保護の要請を重視するか、という租税法律主義の内部における価値の対立の問題である」という説明がされている(※1)。 (※1) 金子宏『租税法第24版』(弘文堂、2021年)144頁。 さらに、同書では、租税法律関係において信義則が適用されるためには、次のような要件がすべて満たされなければならないと説明されている。 2 最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決 裁決の中でも引用されている所得税更正処分等取消請求事件の最高裁判決は、「最高裁が、一般論として、特別の事情がある場合には、法の一般原理である信義則の法理(もしくは禁反言の原則)の適用があるとしたことで、重要な判決である」と評されている(※2)。 (※2) 明治大学教授水野忠恒「17 租税法と信義則」別冊Jurist No.253『租税判例百選〔第7版〕』(有斐閣、2021年)37頁。 判決では、信義則の法理の適用によって課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合について、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の法理の適用については慎重でなければならないとしたうえで、租税法規の適用における納税者の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて信義則の法理の適用の是非を考えるべきものであるとして、特別な事情の判断に当たっては、次の点を較量することが不可欠であるとしている。 本件裁決でも、こうした最高裁判決に基づいて、信義則違反には当たらないという判断が下されていることを確認しておきたい。 3 審査請求人が被ったとする「精神的な苦痛」と審査請求 審査請求人が、「原処分は責任のない請求人らへの責任のすり替えであって許されるものではない」「本件調査担当職員から修正申告は納税者の義務であると明言され続けたこと及び原処分を受けたことにより精神的な苦痛を被った」と主張したのに対し、国税不服審判所は、審査請求の対象は、国税に関する法律に基づく処分であり、「許されるものではない」及び「精神的苦痛を被った」旨の主張が、不法行為による精神的損害についての賠償請求の主張と解するにしても、当該主張は、国税に関する法律に基づく処分の適否から離れて、民法上の不法行為関係の存否を確定しようとするものであって、国税不服審判所に対する審査請求の対象とすることはできないという判断を示して、この主張を斥けている。 4 国税不服審判所による裁決要旨 国税不服審判所裁決要旨検索システムから審判所による本件裁決の理由部分を引用しておきたい。   (了)
#489(掲載号)
#米澤 勝
2022/10/06
リース 会計 税務・会計 解説 解説一覧 財務会計

〈一から学ぶ〉リース取引の会計と税務 【第2回】「リースのメリットとデメリット」

〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第2回】 「リースのメリットとデメリット」   公認会計士・税理士 喜多 弘美   【第1回】では、レンタルや購入との違いを確認し、リースの定義を整理しました。設備投資をする際には、主に「自己資金」「借入れ」「リース」といった資金調達を用いて設備を購入しますが、どの方法で設備を使える状態にするかは選択する必要があります。 そのため今回は、設備投資の際の判断の一助となるよう「リース」を選択した場合のメリット・デメリットを整理し、解説していきます。   1 リースのメリット (1) 初期投資負担を軽減できる 設備投資を行う際、自己資金や借り入れて設備を購入する場合、一時に多額の資金が必要になりますが、リースの場合はリース料をリース期間にわたって支払うため、一時に多額の資金は必要ありません。 そのため、自己資金や借り入れて設備を購入する場合は必要だった資金が不要になり、その分、他の事業資金や運転資金として使うことができます。例えば、多店舗展開を図る企業などでは同時に複数の出店が可能になったり、同時に複数の店舗に設備投資を行ったりすることもできます。 また、金融機関からの借入枠を温存することもでき、資金調達力にも余裕が生まれるメリットがあります。 (2) 費用を平準化でき、金利水準に影響を受けない リースの場合、リース料はリース期間にわたり、毎月均等かつ定額で支払われるため、資金管理が容易です。また、賃貸借処理の場合はリース料を経費に計上できるため、コスト管理も容易になります。費用を平準化できるので、新規事業開始の場合で早く黒字化したい場合にもメリットがあります。 金融機関から借り入れて設備を購入する場合は、借入金の利率の影響を受けますが、リースの場合は契約締結時にリース料が固定されるため、金利水準変更に伴うリスクはリース会社が負担することになります。 (3) 税務上の早期損金算入が可能 リースの場合、税務上、耐用年数を所有資産の法定耐用年数よりも短縮することが認められているため、早期の経費処理が可能になり、節税効果を期待できます。 (4) 事務負担を軽減できる リースで賃貸借処理の場合、減価償却の手続や固定資産税の申告・納付などの手続が不要になります。また、借り入れて設備を購入する場合は借入金の管理が必要になりますが、リースの場合は不要です。 リースは一般的に借入れよりも審査手続が簡単なので、設備投資のタイミングが遅れるリスクも回避することができます。 (5) 経済的陳腐化に対応できる 設備を購入する場合、基本的に法定耐用年数にわたり、費用化されます。しかし技術進歩が速い業界の場合、導入してもすぐに陳腐化してしまう可能性があります。その点、リースの場合は将来の陳腐化時期を予測してリース期間を設定することで、陳腐化した設備を使い続けることなく、最新設備を使用することが可能になります。 (6) 環境関連法制に適切に対応できる 廃棄物処理法などの環境関連法制が整備され、廃棄物の処分手続きが煩雑になっています。そのため、設備を購入した場合は、環境関連法制に従って自社で適切に設備を処分しなければなりません。もし不適切に処理した場合には法律違反だけでなく、自社のイメージも悪くなるリスクがあります。 一方、リースの場合は、リース期間が終了すれば、リース会社へ設備を返還すればよく、リース会社で適切に処分されることになります。   2 リースのデメリット (1) リース料が割高になる リース料には、設備の購入代金の他に、リース会社の資金調達コスト相当額、固定資産税、保険料などの付随費用とリース会社の利益が含まれます。そのため、リース料総額は、設備を購入した場合よりも割高になります。 また、リース期間が終了しても、自社に所有権は移らず、使用を続ける場合には再リース料をリース会社へ支払う必要があります(契約によっては所有権を移転する条項が付いている場合もあります)。 そのため、長期間にわたって設備を使用する場合は、自己資金での購入を選択する場合もあります。 (2) リース料が固定化される 上記1の(2)で説明した「金利水準に影響を受けない」というメリットが、デメリットになる場合があります。リースの場合は、契約開始時の金利水準を基に決められたリース料を、リース期間にわたり支払うことになります。そのため、リース期間中に金利が低下すれば、固定されたリース料は不利になってしまいます。 (3) 中途解約ができない リースは基本的に中途解約することができず、陳腐化などにより途中で設備を使用しなくなった場合でも、リース料をリース期間にわたり支払う必要があります。もし途中解約できたとしても、残リース料相当額の違約金を支払うことがほとんどです。 (4) 所有権がない リースの場合、その設備の所有権はリース会社にあります。そのため、自社独自の技術がある場合などは技術の外部流出を懸念し、購入を選択する場合もあります。 (5) 特別償却制度を利用できない リースの場合は、法定耐用年数を短縮することも可能ですが、省エネルギー設備などの政策目的に合致した設備を購入する場合は、通常の減価償却に加え、特別減価償却が認められます。そのため、リースの場合よりも購入する方が節税になる可能性があります。 (了)
#489(掲載号)
#喜多 弘美
2022/10/06
中小企業会計 会計 税務・会計 解説 解説一覧 財務会計

〔事例で使える〕中小企業会計指針・会計要領《収益・費用の計上-収益認識》編 【第3回】「返品権付きの販売」

〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《収益・費用の計上-収益認識》編 【第3回】 「返品権付きの販売」   公認会計士・税理士 前原 啓二   はじめに 平成30年3月に「収益認識に関する会計基準」(以下「収益認識会計基準」とします)が公表され、上場企業や会社法上の大会社等公認会計士又は監査法人の監査を受ける会社を対象に、令和3年4月1日以降開始する事業年度から強制適用されています。これを受けて、平成30年度税制改正において法人税法等の改正も行われました。 しかし、中小企業は、収益認識について、従来どおりの会計処理を継続できることとなりました。今回の『収益認識』編では、中小企業に適用義務化されなかった収益認識会計基準や平成30年度税制改正後の法人税等の取扱いによる会計処理をご紹介します。それらの中から今回は、「返品権付きの販売」を取り上げます。 【設例3】 当社(出版業。12月31日決算)は、令和4年2月28日に取次店T社へ販売単価@1,000円(税抜価格)の本を5,000冊(税抜金額5,000,000円)販売しました。 この本の原価は@600円です。 この取引は、契約上、T社が当社へ返品することが認められています。 当社は、販売冊数のうち80%が返品されないと見積もりました。 前期末返品調整引当金残高700,000円 消費税率10% ※設例の簡便化のため、当社の当期売上は上記のみとします。   1 収益認識会計基準を適用した場合の当社の仕訳 当社の仕訳は、収益認識会計基準によった場合、次のとおりです。 〈令和4年1月1日:前期末返品調整引当金の戻入〉 〈令和4年2月28日:販売時〉 以上(3)から(5)により、会計処理は、上記1の仕訳のとおりです。   2 収益認識会計基準により会計処理した場合の法人税法上の取扱い 収益認識会計基準の公表を受けて、平成30年度税制改正では法人税法等の改正も行われました。しかし、前回の【設例2】の場合と異なり、商品の販売等に係る収益として益金に算入する金額は、次に掲げる事実が生じる可能性がある場合においては、その可能性がないものとした場合における価額とされます(法法22の2⑤)。 したがって、この設例では、収益認識会計基準により計上した返金負債1,000,000円とそれに対応して計上した返品資産600,000円は、法人税法上では返品の可能性がないものとして、それがなかったように1,000,000円を益金算入し、600,000円を損金算入します。 ただし、返品調整引当金(出版業等特定の事業に限定適用)が経過措置により損金算入(令和3年4月1日から令和4年3月31日までの間に開始する事業年度はその改正前の損金算入限度額の9/10、この割合は以後の事業年度について1/10ずつ減少)できる年度に限っては、収益認識会計基準により計上した返金負債から返品資産を控除した金額については、損金経理により返品調整引当金に繰り入れられたものとみなすこととされています(法基通9-6-4)。 したがって、この設例では、(返金負債1,000,000円-返品資産600,000円)×9/10=360,000円を法人税法上は、損金算入できることとしています。   3 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整は、次のとおりです。 〈令和4年12月期法人税申告書別表四〉 〈令和4年12月期法人税申告書別表五(一)〉 (※) (返金負債1,000,000円-返品資産600,000円)×9/10=360,000円   4 収益認識会計基準により会計処理した場合の消費税法上の取扱い 収益認識会計基準の公表を受けて、法人税法等の改正は行われたものの、消費税法の改正はありませんでした。したがって、収益認識会計基準の会計処理ではなく、それ以前の従来どおりの会計処理に合わせた仮受消費税の処理となります。 この設例の場合、上記1の仕訳のとおり、令和4年2月28日の販売時に、販売単価@1,000円(税抜価格)の本を5,000冊販売したので、販売金額は5,000,000円(=5,000冊×@1,000円/個、税抜)となり、その消費税率10%を乗じた500,000円を仮受消費税処理します。   (《収益・費用の計上-収益認識》編 終了)
#489(掲載号)
#前原 啓二
2022/10/06
会計 税務・会計 解説 解説一覧

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第31回】「不採算の売り手に対してM&Aをする場合の再生の着眼点」~再生させるように相手を磨くことのできる買い手になるために~

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第31回】 「不採算の売り手に対してM&Aをする場合の再生の着眼点」 ~再生させるように相手を磨くことのできる買い手になるために~   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒不採算の売り手に対するアプローチの仕方のポイントを知る。 売り手企業 ⇒不採算の状況に対峙する買い手の考え方、見方、動き方を知るヒントにする。 支援機関(第三者) ⇒不採算の売り手が当事者になるM&Aのポイントを知り、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒不採算の売り手が当事者になるM&Aのポイントを理解する。   1 売り手に不足する資源と課題は何か 中小企業同士でも、一方(買い手)が他方(売り手)を救済するために行われるM&Aのケースは少なくありません。買い手はわざわざ不採算の売り手と共に歩む道を選択するわけですから、どれくらいの期間がかかるかわからないにせよ、採算にのせてM&Aの効果を高めたいものです。売り手としても、自力では抜け出せない状況を買い手の力を借りてなるべく早く脱したいのではないでしょうか。 不採算の売り手とのM&Aでも相手の「見方」は重要です。なぜならば、売り手がなぜ不採算になっているか、その理由を「単に悪いから」「なんとなく原因がありそうだから」といった感覚的なもので片づけてしまうのでは不十分で、何が根本的な不採算要因なのかを見極めることが、改善と向上に向けて、これから何をしたらよいかの対策を考えるために欠かせないからです。 不採算ということは、「業績が悪い」「利益が出ない」「儲けが少ない」といった、いずれにしても経営が苦しい状況にあると考えられます。その原因はケースによって異なりますが、内部環境に絞ったとしても、たとえば以下に示すような事項が浮かびます。 多くの場合、不採算の原因をいくつも抱えており、1つを改善しても上手くいかないから不採算のままでいるわけで、買い手は複数の課題を同時に、あるいは、順を追って解決しなければなりません。 それだけに、何が不採算の原因になっているかをM&Aの段階でつかんでおくのも重要なプロセスの1つといえます。   2 再生企業を立て直す際の視点をヒントに M&Aは再生とは異なりますが、救済相手を軌道に乗せると考えれば、再生の視点や観点を取り入れるのが浮上のきっかけになるかもしれません。単なるM&Aと軽んじることなく、試す価値があるものはどんどん実行に移すのが得策です。 (1) DD(デューデリジェンス)結果の活用 第三者がM&Aに関わる場合、第三者による経営全般、財務などの各調査が必要に応じて行われ、売り手の妥当な価額(価値)の算定に加えて、売り手の現状把握、今後の改善に向けた課題抽出などの検討結果が得られます。 「窮境の原因」を突き止めるほどの手続は、M&Aの過程で行われるとは言い難いですが、少なくとも、経営成績、財政状態、キャッシュフローの状況などから、不採算となったおおよその原因は報告書によって伝えられ、数値でも掴めるはずですので、買い手も売り手も不採算に至ったと考え得るいくつかの原因を知ることに繋がります。 (2) ヒトとカネをどれだけ負担できるか 自力では不採算によって悪化した状況からもはや抜け出せなくなってしまったのが不採算を抱える売り手の特徴です。売り手がそのような状況であれば、不足する経営資源の大部分を買い手側で負担しなければ、今後立ち行かなくなる可能性があるわけです。 ① ヒトの課題 組織はヒトが動かすものですが、不採算の状況を立て直すためには通常の何倍ものパワーを要します。ですから、あらゆる場面で能力の備わったヒトの存在は不可欠ですが、問題は、買い手にM&Aと再生のどちらもカバーできる人材がいるかどうかです。 通常、中小企業のM&Aでは、買い手も売り手もM&Aの未経験同士である場合が多く、M&Aや再生の巧者が揃うケースは稀です。だからといって諦めるのではなく、買い手の経営者自らが動く、買い手のキーパーソンを直接送り込むことが重要であり、しかも片手間ではなく、相当の期間は売り手の立て直しを最優先にする覚悟を決めるくらいの決断が必要です。それができないのであれば、最初からM&A自体を放棄する方がよいでしょう。 ② カネの課題 そして、カネの問題です。結局のところ、カネがあればできる選択肢は増え、これが無ければ、商品・サービスを改善するのも、店舗を改装するのも、良い人材を確保するのも極めて難しくなります。こうなる前に自力で改善できていればよかったのですが、M&Aに頼るほどの状況であれば、すでにあらゆる資源を手放していますし、奪い返す体力もありません。 買い手がカネを惜しまずに売り手支援をできるかが勝負ですが、場合によっては、M&Aのためにと用意していた直接の投資資金をはるかに上回る資金投与が必要になる覚悟を求められます。 ③ その他の経営資源など ヒト、カネは最低限用意できたとしても、属人的、局地的な対応では到底持続できませんから、ノウハウの惜しみない提供に加えて、可能であれば買い手顧客の紹介や営業協力による売上げの向上、社内教育などを通じて売り手の変革に買い手自らも参加できるかどうかが浮上のカギを握ります。 なんといっても、最終的には買い手から離れて売り手が自立するように仕向けなければM&Aの効果が十分に発揮されませんので、売り手自身が吸収していくための手段を提供しなければならず、いつまでも買い手の力を借りなければ何もできないような関与の仕方は勧められません。 このように、M&Aの相手(売り手)が不採算の場合は、当初の想定を超えるほどの買い手の時間、資金、エネルギーを消耗しますので甘く見てはいけません。すでに買い手自身が不採算事業の立て直しに実績がある場合などを除けば、買い手自身の経営にも影響を及ぼす可能性がある点を考慮して、それでも不採算の売り手とM&Aをするかどうか、したいかどうかを慎重に検討するのが望ましいです。 (了)
#489(掲載号)
#荻窪 輝明
2022/10/06
労務・法務・経営 法務

電子書類の法律実務Q&A 【第1回】「電子契約とは何か」

電子書類の法律実務Q&A 【第1回】 「電子契約とは何か」   弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕   -はじめに- 以前より法整備が進んでいたほか、国からの働きかけもあり、書類・契約の電子化は少しずつ浸透してきていたが、新型コロナウイルスの流行により一層の後押しがされたと言える。 コロナ禍を要因として、テレワークの導入に踏み切ったという会社も多いだろう。また、これを機に業務効率化、コンプライアンス強化の観点から更なる電子化を進めている会社も数多くあると思われる。しかし、電子化を任された社内の担当者としては、電子化を進めるにあたって疑問点なども多く生じているのではないだろうか。 そこで本連載は、上記のような社内の実務担当者や顧問先の経営者から電子化について相談される税理士の方に向けて、電子書類の法律実務について基礎からわかりやすく解説することを目的としている。 【第1回】となる今回は、そもそも「電子契約」とはどういった契約なのかについてみていきたい。   〔Q〕 当社も電子契約の導入を検討しなければならないと考えていますが、そもそも「電子契約」とはどういった契約なのでしょうか。 〔A〕 電子契約とは、書面に代わり、「電磁的記録が作成される契約」のことを言います。 電子契約サービスを用いるものだけでなく、電子メールやLINEでの約束も電子契約に含まれます。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 「契約」の意味を確認 まず、契約の一種である「電子契約」を理解するために、そもそもの「契約」の意味について確認しておきたい。 「契約」とは、当事者間の約束(意思の合致)のことであり、約束どおりの法的効果を生じさせるものである。 ここでいう“当事者間の約束(意思の合致)”とは、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示に対して相手方が承諾をすることである(民法522条1項)。 上記をわかりやすく例えると、Aが「この本を君に1,000円で売る」と言い、Bが「わかった。あなたからこの本を1,000円で買う」と言ったとする。これで、売買契約(民法555条)が成立する。 《契約成立のイメージ》 契約が成立した場合、契約の当事者は、契約で決めたことをお互い守らなければならない。つまり、上記の事例では、BはAに対して代金1,000円を支払わなければならないし、AはBに対して本を渡さなければならない。   2 契約書なしでも契約は成立する 上記1の事例ではAとBが口頭で契約を結んでいたが、契約を結ぶ方法は法律で決まっているのだろうか。 結論としては、契約締結の方法は原則として自由である。 民法522条2項では、「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」とされている。 このように、契約を成立させるためには、原則として書面は必要ない。また、書面が必要ないので署名(サイン)や印鑑も不要である。つまり、口頭・電子メール・FAXなど、どの方法でも、お互いの意思が合致したら契約は成立することになる。   3 電子契約とは 2で上述したとおり契約締結の方法は原則として自由なので、契約締結にあたっては「電子契約」という方法も選択できる。基本契約は書面のままで、個別契約については電子契約とするなど、書面の契約と電子契約を組み合わせることも可能だ。 「電子契約」というとパソコンやスマートフォンを使った契約をイメージされる方が多いと思うが、そのイメージは概ね正しい。 電子契約一般について定義した法律はないが、電子契約とは、書面に代わり、「電磁的記録が作成される契約」と考えられている。 「電磁的記録」とは、パソコンやスマートフォン等に記録されるデータのことだ。 電子メールやLINEのやり取りについては、パソコンやスマートフォンにデータとして保存される。つまり、電子契約サービスを用いるものだけでなく、電子メールやLINEでの約束も電子契約に含まれるのだ。   4 電子署名付き電子契約とは 電子契約のことを調べると「電子署名」という言葉を見かけないだろうか。実はこの「電子署名」は、次のとおり法律で定義されており、電子契約には、「電子署名」が付されたものと付されていないものがある。 ◆電子署名及び認証業務に関する法律2条1項 上記の条文を読んでもらうとわかるとおり、法律上の「電子署名」という概念は、とても難しい。ここでは、できる限りわかりやすく簡潔に説明したい。 まず、誤解が生じやすいところだが、電子署名とは電子ファイルに氏名を表示させたものではない。例えば、PDFファイルに契約当事者の名前を表示させるのは、法的な意味での「電子署名」ではない。 「電子署名」とは、暗号技術を用いて、なりすましや契約内容の改ざんを防止する措置のことである。 もちろん、電子署名を付さない電子契約も契約として有効である。電子署名を付すメリットは、お互い安心して取引ができることだ。さらに裁判になったとき、電子署名が付された電子契約の方が裁判所で証拠として認められやすくなる(電子署名及び認証業務に関する法律3条)。 なお、上述した電子メールやLINEのやり取りについては、暗号技術を用いてなりすましや契約内容の改ざんを防止する措置がされていない。そのため、電子メールやLINEのやり取りは、電子署名が付された電子契約とはならない。   5 電子契約のメリット 電子契約のメリットについては、主に①契約プロセスの効率化、②印紙税のコスト削減、③出社不要になること、④コンプライアンス強化などがあげられている。ここでは、③の出社が不要となることで、テレワークでも契約手続が行える点について解説する。 テレワークというのは、事業所以外で仕事をすることである。新型コロナウイルスの流行により、自宅での勤務を認める会社が増えてきている。 自宅に会社の印鑑を持ち帰ることは、紛失のリスクがあるので通常認められない。そのため、紙の契約書の場合、ハンコを押すためだけに出社しなければならず、これは非効率的である。 一方、電子契約の場合、ハンコは不要なので、自宅で契約手続を進めることが可能になる。 とはいえ、慎重な判断が必要な場合や直接会って契約する場合、書面で契約した方が良い場合もある。電子契約を利用すべきかどうかは契約ごとに判断するしかない。 全てを電子化することは不可能だし、その必要性もない。紙による契約以外の選択肢として、電子契約が利用しやすくなったと考えればよいのである。 (了)
#489(掲載号)
#池内 康裕
2022/10/06
労務・法務・経営 法務

空き家をめぐる法律問題 【事例43】「遺産共有が混在する場合の共有物分割の方法」

空き家をめぐる法律問題 【事例43】 「遺産共有が混在する場合の共有物分割の方法」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 私は株式会社Aと空き家となった賃貸物件を共有しておりますが、その敷地は私、妻、長男Bが代表を務めるA社で共有しています。敷地の共有持分は私とA社が95/100を占めており、妻の共有持分は5/100にすぎません。 妻が死亡し、私は、相続人であるBと協議し、敷地上の建物を取り壊してマンションを新築するため土地をA社の単独所有にすることを考えていますが、長女Cと二女Dが反対しています。このような場合、どのような方法で土地の分割をすればよいでしょうか。   1 はじめに 共有には、民法物権編に規定する共有(以下「通常共有」という)と相続発生後に共同相続人間に生じる共有(以下「遺産共有」という)とがある。これらの共有の法的性質について最高裁は異なるものではない旨判示しているが(最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁)、分割協議が整わない場合に遺産共有を分割するためには、家庭裁判所において遺産分割の手続を経る必要があり、民法物権編に規定する共有物分割の手続によることはできない。これによって相続人は、特別受益や寄与分の主張をする機会を保障されることになる。一方で、通常共有と遺産共有は混在する場合もあり、このような場合に、どちらの共有物分割手続を利用して分割するのかを判断する必要がある。 そこで、本事例では、通常共有と遺産共有が混在する場合の共有物分割の方法について解説する。なお、令和3年に改正された⺠法においても、通常共有と遺産共有の分割に関する改正がされているため、必要な限度で言及する。なお、便宜上、改正後の⺠法を「改正後⺠法」と表記する。   2 通常共有と遺産共有の混在が発生する場面と共有物分割の方法 そもそも、どのような経緯で通常共有と遺産共有の混在が発生することになるのか。後述する最判平成25年11月29日民集67巻8号1736頁の最高裁判所判例解説によると、次のように分類することができる。 〈通常共有と遺産共有の混在が発生する場合〉 〈共有関係の解消を求める者の種類〉 このうち②の❷の事案であった最判昭和50年11月7日民集29巻10号1525頁は、共同相続人の一人から遺産を構成する特定不動産について、同人の有する共有持分権を譲り受けた第三者は、適法にその権利を取得できることを前提に、他の共同相続人と通常共有の関係にあることから、通常共有と遺産共有との関係は、通常共有の共有物分割手続によって解消することになる旨判示していた。 また、①の❶・❷・❸の事案であった上記平成25年最判は、通常共有と遺産共有が混在するに至った経緯や共有物分割を求める者の有する共有持分の性質にこだわることなく、通常共有と遺産共有との解消は、通常共有の共有物分割手続による旨判示している。その上で、共有物分割の判決によって遺産共有持分権者に分与された財産がある場合、その財産は遺産分割の対象となり、遺産分割手続によって共有関係の解消を図るべきものと判示している。 ところで、共同相続人が全員の合意で遺産分割前に、遺産の一部を第三者に売却した場合、これによって得た売買代金は、共同相続人全員の合意があるなど特段の事情のない限り、遺産分割の対象とならず、各相続人が持分に応じて取得するものと解されてきた(最判昭和52年9月19日集民121号247頁、最判昭和54年2月22日集民126号129頁)。 上記平成25年判決では、遺産共有の持分権者は、通常共有の持分権者から分与された財産を、遺産分割で確定するまで保管する義務を負う旨判示されており、上記昭和54年最判との関係をどのように理解するか問題となりうるところ、共有物分割手続の判決により保管を命じられたような場合は、上記昭和54年最判の判示する特段の事情がある場合に該当するものと考えられる。   3 令和3年の民法改正による影響は? 改正後民法第258条の2第1項は、共同相続人間で遺産共有の共有物分割をするときは通常共有の共有物分割手続によることはできない旨を規定し、従前の解釈を明らかにしている。もっとも、同項は、通常共有と遺産共有との解消を共有物分割手続で行うことを禁止する趣旨ではないため、通常共有と遺産共有の解消は、上記各最判のとおり、通常共有の共有物分割手続で分割することができる。 一方、通常共有と遺産共有が混在する場合でも、相続開始の時から10年を経過した後にまで、遺産分割手続の中で特別受益や寄与分の主張をする機会を与える必要もないと考えられることから、共同相続人に異議がなければ、通常共有の共有物分割手続で分割できることとなった(改正後民法第258条の2第2項)。   4 本件について 本件において、妻の相続が発生したことによって、建物の敷地に関して、相談者とA社の通常共有持分と、妻の通常共有持分を相続した相談者、B、C、Dの遺産共有持分が混在していることになる。 また、A社が敷地の持分を単独所有することについて、CとDが反対しているため共有権者間の協議が整わない状況にある。そのため、相談者、A社、Bは、通常共有の共有物分割手続の方法によって通常共有と遺産共有との解消を求めることができる。 妻が有していた共有持分権がごくわずかであったことや、A社に代償金を支払う能力があるような場合には、A社に相談者、B、C、Dの共有持分をすべて取得させ、代償金を同人らに取得させる内容の分割を判決で示すことも可能と考えられる。この場合、相談者、B、C、Dは、代償金を遺産分割協議まで保管することになる。 (了)
#489(掲載号)
#羽柴 研吾
2022/10/06

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