件すべての結果を表示
法人税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例64】「販売代理店を海外旅行へ招待する費用の損金性」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例64】 「販売代理店を海外旅行へ招待する費用の損金性」   拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、近畿地方に本拠を置き、大阪、京都、神戸を中心とした都市部のフランチャイズ店(販売代理店)に家庭用品を卸している株式会社X(資本金1億5,000万円で3月決算)に勤務しており、現在総務部長を務めております。わが社のビジネスモデルは、巷ではマルチ商法とかネットワークビジネスとか、古くはねずみ講などとレッテルが貼られて胡散臭いものと誤解されがちなのですが、極めてまっとうなもので、扱っている商品は環境にも優しく高品質であることから幅広い消費者層から支持があり、その結果、フランチャイズ店を経営する個人事業主の皆様とウィンウィンの関係を構築していることから、法令違反などとは無縁です。 さて、わが社の業績はフランチャイズ店の頑張り次第で大部分が決まってくることから、わが社はフランチャイズ店の士気を高める様々な工夫を凝らしております。その工夫の主たる方法として、インセンティブプランがあります。その内容は、売上金額に応じたキャッシュバック(ロイヤルティー)が中心ですが、その上乗せとして、売上金額上位5位以内のフランチャイズ店と、売上金額の伸び率上位5位以内のフランチャイズ店を対象とした海外旅行プラン(シンガポール3泊5日)があります。しかしながら、当該インセンティブプランにつき、先日来受けている税務調査で問題視されています。すなわち、国税局の調査官によれば、キャッシュバックプランはともかくとして、フランチャイズ店を対象とした海外旅行は純粋に個人事業主に対する慰安や接待というべき性質のものであり、法人税法上は交際費等に該当することから、中小法人に該当しないわが社の場合、全額が損金不算入になるというのです。 キャッシュバックプランと同じ意図を持ったインセンティブプランであるにもかかわらず、一方は損金算入、もう一方は損金不算入というのでは、ご都合主義としか言いようがないように思えますが、国税局の解釈は正当といえるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいいますが、現在の判例上の判断基準として、いわゆる「三要件説」が標準的な考え方となっています。 本件の場合、当該三要件説に照らすと、インセンティブプランとしての海外旅行に接待や慰安としての要素があるかないかが焦点となりそうですが、その内容が純粋な観光旅行である場合には、接待や慰安としての要素が強いと考えられることから、三要件説のいずれの要件にも該当するものと考えられるため、損金不算入の交際費等に該当するものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 交際費等の意義 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいう(措法61の4⑥)。そもそも交際費は、法人税法第22条第3項第2号の規定により損金算入が認められるべき支出であるが、冗費・濫費の節減(※1)、企業所得の内部留保により資本蓄積の促進を図るといった政策的意図から、昭和29年度の税制改正で損金算入に制限が加えられたものである。 (※1) ただし、後掲の裁判例(東京地裁平成17年1月19日判決・税資255号-20(順号9901))でも指摘されている通り、近年の裁判例では「具体的な支出について、それが冗費、濫費に該当するか否かを検討する必要性はない」と判示するものが多い。 交際費等の意義と範囲をめぐっては、これまで多くの裁判例でその要件が何であるかにつき争われてきており、学説でもいくつかの説が提示されてきている。その中で、現在最も標準的な考え方とされるのが、以下の「三要件説」である。 三要件説とは、裁判例(東京高裁平成15年9月9日判決・判時1834号28頁、「萬有製薬事件」)では、製薬会社がその医薬品を納入する医療機関に所属する若手医師に対し、当該医師が海外の学術雑誌に論文を投稿する際にその英語の添削に係る費用を負担した場合において、当該費用が交際費に該当するのかどうかの判断基準として、以下の3つの要件を提示し、そのすべてに該当するものが交際費であるとする考え方をいうものとされる。 (※2) なお、当該裁判例の一審(東京地裁平成14年9月13日判決・税資252号順号9189)では、二審で示された当該要件のうち、①及び②を満たせば交際費であるとされた(二要件説)。   (2) 令和6年度の税制改正 令和6年度税制改正で、令和6年4月1日以後に支出する飲食費(いわゆる少額飲食費)について、損金不算入となる交際費等の範囲から除外される金額基準が、従前の1人当たり5,000円以下から1万円以下に引き上げられることになった(措法61の4⑥二、措令37の5①)。 当該改正に伴う現在の交際費等の区分と損金性を表にまとめると以下の通りとなる。 〇 交際費等の区分と損金性 (※3) 通算法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人のうち一定の法人等は除く(措法61の4②)。   (3) 販売代理店を海外旅行へ招待する費用の損金性が争われた事例 ここでは、本件と同様に、販売代理店を海外旅行へ招待する費用の交際費該当性と損金性が争われた事例(東京地裁平成17年1月19日判決・税資255号-20(順号9901)、TAINSコード:Z255-09901)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、平成4年11月25日に設立された栄養補助食品等の輸入販売業を営む株式会社である原告が、平成9年度及び10年度の法人税の申告(青色申告)にあたり、自己の商品について優秀な販売実績を達成した個人事業主(ディストリビューター)に対し、原告の米国親会社であるBが設定した報酬基準に従ってCという名称の海外旅行に招待し、これに要した費用を損金として計上したところ、被告が、本件旅行費用は、租税特別措置法第61条の4第3項の交際費等に該当するとして、各年度について更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったため、これらの取消しを求めた事案である。 原告は、その製品(栄養補助食品)を登録済みのDS(ディストリビューター)にのみ販売し、DSは、これを他に再販売する。DSが本製品を取扱うことによって得る利益は、再販売による利潤もあるが、原告が予め定めたボリューム・ポイントを蓄積することによって、原告から、売上割戻しに相当するCを含むボーナス・ロイヤルティー等を取得することにより受ける利益もある。これは通常多段階販売方式と呼ばれ、特定商取引に関する法律において連鎖販売取引と呼ばれる。 ② 事案の争点 原告が支出した販売代理店を海外旅行へ招待する費用は交際費等に該当し損金不算入となるか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁平成17年8月31判決・税資255号-230(順号10111)、TAINSコード:Z255-10111)、さらに最高裁に上告されたが不受理となり確定している(最高裁平成19年3月30日判決・税資257号-72(順号10681)、TAINSコード:Z257-10681)。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例においては、海外旅行に係る支出が交際費等に該当するかどうかの判断基準として、「旅行という行為の形態それ自体が参加者の個人的欲望を満足させるものである」と解し、そのような性質を持つ支出は「接待等を目的とする支出であると認められることとなるというべき」として、措置法61条の4第3項(現第6項)の規定する「接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為」であり交際費等に該当するとしている。すなわち、当該海外旅行に関する支出が、ロイヤルティー(royalty)の支払い(売上割戻し)と軌を一にする販売促進策としての報酬プログラムの一環として義務的に支出されたものであったとしても、その経済的利益の性質が、支出先に対する接待ないし慰安等を目的とするものであることから、ロイヤルティーの支払いとは異なるとして、交際費等に該当するとしたものである。 本裁判例が萬有製薬事件(東京高裁平成15年9月9日判決・判時1834号28頁)のいわゆる「三要件説」を意識したものかどうかは必ずしも判然とはしないが、本裁判例が時系列的に萬有製薬事件以後に判決が出されたものであること、また、萬有製薬事件の「三要件説」の第三の基準である「支出による行為の形態が接待・供応・慰安・贈答その他これらに類する行為であること」と、本裁判例の「旅行という行為の形態それ自体が参加者の個人的欲望を満足させるものである」としてそのような性質を持つ支出は「接待等を目的とする支出であると認められる」ため交際費等に該当するという判示とが整合的であること、さらにその他の二要件も満たしていると考えられることから、本裁判例の交際費等に関する判断も「三要件説」に沿ったものであると解される。   (4) 本件へのあてはめ 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいうが、当該交際費(等)に係る現在の判例上の判断基準としては、三要件説が標準的な考え方となっている。本件の場合、当該三要件説に照らすと、インセンティブプランとしての海外旅行に接待や慰安としての要素があるかないかが焦点となると考えられるが、その内容が純粋な観光旅行である場合には、接待や慰安としての要素が強いと判断されることから、三要件説のいずれの要件にも該当するものと考えられるため、交際費等に該当するもの(しかも株式会社Xは資本金1億5,000万円で中小法人に該当しないため全額損金不算入)と考えられる。 (了)
#576(掲載号)
#安部 和彦
2024/07/04
国際課税 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第42回】「外国子会社合算税制における特殊関係非居住者」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第42回】 「外国子会社合算税制における特殊関係非居住者」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 外国子会社合算税制において、居住者ないし内国法人と区別せず、特殊関係非居住者の有する株式等も外国関係会社の判定上考慮される趣旨はどのようなものですか。 〔A〕 制度創設時の解説によれば、単に居住者が保有する株式等により判定するとしたならば、国外の居住する親族等にその株式等を分散保有することが懸念されたためであると説明されています。 ●●●〔解説〕●●● 1 外国関係会社の範囲と特殊関係非居住者 現行制度上、外国子会社合算税制の適用対象となる「外国関係会社」とは、次の①から③までに掲げる外国法人をいう(措法66の6②一)。 上記①にいう「居住者等株主等」とは、居住者及び内国法人並びに特殊関係非居住者及び上記②に掲げる外国法人をいうとされている(措法66の6②一イ)が、ここでいう、「特殊関係非居住者」には、次に掲げる者が該当することとされている(措令39の14の2①、措令39の14⑥一)。 (※1) 当該役員に係る法人税法施行令72条《特殊関係使用人の範囲》各号に掲げる者とは、次の者をいう。 このように、外国子会社合算税制において、居住者と区別せずにこれらの非居住者の有する直接又は間接の株式等も外国関係会社の判定上考慮される趣旨については、本税制の創設時の大蔵省主税局の職員の解説では、「単に居住者が保有する株式等により判定するとしたならば、国外の居住する親族等にその株式等を分散保有することが懸念されたためである。」(※2)と説明されている(※3)。 (※2) 高橋元監修『タックス・ヘイブン対策税制の解説』(清文社・1979年)116頁 (※3) 朝長英樹編著『【第二版】外国子会社合算税制-タックス・ヘイブン対策税制-』(法令出版・2024年)51~52頁 そこで問題となるのが、居住者と交流のない非居住者でも親族なら「特殊関係非居住者」に該当するかという問題で、この点につき争われた最近の事例を以下で検討する。   2 過去の裁決例 《東京地裁令和5年3月16日判決》(※4) (※4)  TAINSコード:Z888-2501 (1) 事案の概要 本件は、内国法人であるX(原告)が、法人税等の確定申告をしたところ、所轄税務署長から、Xと英国領バージン諸島法人A社(日本国籍を有し非居住者の乙が全ての株式を保有)が発行済株式総数のうち50%ずつを保有していたシンガポール共和国の外国法人B社が平成29年改正前の租税特別措置法66条の6第1項(以下、条文等は当時のもの)の特定外国子会社等に該当するとして、法人税等に係る各更正処分等を受けたことから、同処分等の各取消しを求める事案である。 Xは、法人税等の確定申告に際し、A社には措置法66条の6に定める外国子会社合算税制の適用はないものとして、A社の課税対象金額に相当する金額を益金の額に算入しておらず、また、同確定申告において、同条7項に定める適用除外記載書面を添付していなかった。 なお、本件において、乙が「非居住者」に該当すること及び乙と民法725条の親族の関係にある「居住者」が存在することについては、当事者間に争いはない。 (2) 争点及びXの主張の要旨 本件の主な争点は、乙が措置法施行令39条の14第3項1号の「居住者の親族」に該当し、措置法66条の6第2項1号の「特殊関係非居住者」に当たるか否か(他の争点は省略)である。 Xは、法が特殊関係非居住者の株式等の保有割合を考慮することとした趣旨について、非居住者を経由した外国法人に対する支配を捕捉することにあるとし、「『居住者の親族』の意義については、我が国の法人又は居住者が株式の保有を通じて支配している者を利用して租税回避をする可能性のある場合、すなわち、『居住者の民法上の親族のうち、居住者から受ける金銭その他の資産によって生計を維持しているもの』と限定して解釈すべきである。」とし、乙には、居住者である親族が複数存在するが、これらの者との人間関係は希薄であり、金銭その他の資産によって生計を維持される関係にないから、特殊関係非居住者に当たらないと主張した。 さらに、内国法人が50対50の割合で外国でジョイントベンチャーを組成する場合、相手方に日本国籍の非居住者を選定すると当該非居住者には通常親族関係のある居住者がいるから特殊関係非居住者に該当することになり、そうすると、日本国籍の非居住者は内国法人からジョイントベンチャーの相手方として選定されず、その正常な経済活動が阻害されることになると主張した。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、以下のように判示して、乙は特殊関係非居住者に該当すると結論付けた。 東京地裁は、上記(2)のXの主張に対し、措置法施行令39条の14第3項1号の文理から、Xが主張するような限定を付す趣旨を読み取ることはできないとし、加えて、「居住者の親族」にXの主張するような限定を付すと、居住者が、生計を維持する関係にない親族である非居住者を利用して当該外国法人の株式等を分散保有する場合、当該株式等を特定外国子会社等の該当性に係る判断に当たって考慮することができなくなり、このような結果は、特殊関係非居住者が定められた立法趣旨に反するとしてその主張を排斥した。 Xは上記判決を受け、控訴を断念し、本判決は確定した。   3 検討 東京地裁は、措置法施行令39条の14第3項1号につき、文理に忠実に解釈したものと解されるが、その背景としては、仮に乙が「特殊関係非居住者」に該当し、その結果、B社が特定外国子会社に該当することとなったとしても、当時の適用除外要件を満たすことによって、外国子会社合算課税を免れることができるということがあったと思われる(※5)。 (※5) 堀内健司「外国子会社合算税制における特殊関係非居住者の意義と限定解釈の可否-東京地判令和5・3・16」ジュリスト1598号(2024年)11頁は、「その本店又は主たる事務所の所在する国において実体のある経済活動を行っている場合には適用除外要件を満たすことで外国子会社合算税制の適用を免れることができる以上、『居住者の親族』の限定解釈が要請されるほどの不合理さは認められないという判断があったものと思われる。」と述べている。 一方で、本税制の創設時の立法担当者が、(国外に居住する親族が)「非居住者がそのような株式等を保有する事例は余りないといえよう」(※6)と述べていた時代から45年以上が経過し、Xが「令和2年6月末現在で外国籍の居住者(日本在住の外国人)の数は288万人であり、これらの者との関係での特殊関係非居住者は1,000万人超に上るところ、これらの特殊関係非居住者は外国法人の株式をいくらか保有していると推測される。」と主張するように、社会・経済情勢は相当変化している点を考慮すると、本税制の規定を形式的に適用することに対する懸念も指摘されている(※7)。 (※6) 前掲(※2) (※7) T&Amaster No.986(2023.7.10)8頁は、「現在の社会・経済情勢を踏まえてもなお、同規定の制定当初の理解が妥当するのかという点は検証されるべきだろう(中略)。元々、特殊非居住者関係者の範囲は、法人税法の同族関係者の範囲(法人税法施行令4条1項各号)を基本的にそのまま借用した上で、内国法人の役員等を含める規定を追加しただけのものに過ぎない。一部の専門家が指摘するように、見直し等の要否を含め、本規定の在り方を検討すべき時期に来ているとも言えそうだ。」と述べている。 (了)
#576(掲載号)
#霞 晴久
2024/07/04
税務 税務・会計 解説 解説一覧

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第46回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第46回】   東洋大学法学部准教授 泉 絢也   (5) 審判所の判断 ア 法令解釈 審判所は、次のとおり、課税処分においては、原則として、原処分庁がその課税要件事実についての主張立証責任を負い、雑所得の金額の計算上控除する暗号資産の取引に係る損失の金額についても、原処分庁がその主張立証責任を負うとした上で、請求人が積極的に暗号資産の取引に係る損失の金額を主張立証しない場合には、当該損失の金額が存在しないことが事実上推認されるとしている。 イ 認定事実 審判所の認定事実は次のとおり整理できる。 (ア) 国内取引所取引について (イ) 個人間取引について (ウ) 海外取引について (エ) 請求人が原処分庁に郵送したと主張する本件6月2日提出メモ以外の個人間取引を記したメモについて ウ 当てはめ及び請求人の主張に対する判断 審判所は、要旨次のとおり述べて、原処分庁が算定した本件各年分の国内取引所取引に係る雑所得の金額に誤りはなく、個人間取引及び海外取引により損失が発生したという事実はないとした点にも誤りはなく、結論として、本件各更正処分はいずれも適法であると判断した。 (ア) 国内取引所取引について (イ) 個人間取引について (ウ) 海外取引について (エ) 立証責任について (6) コメント 審判所は、請求人の主張する個人間取引及び海外取引については、その主張を裏付ける客観的な証拠はなく、立証責任が原処分庁にあることを前提にしてもなお、個人間取引及び海外取引はなかったと推認されるとした上で、原処分庁が算定した国内取引所取引に係る雑所得の金額に誤りはないとして、納税者の上記主張を認めていない。 そのような推認が合理的なものであることを前提とすると、立証責任の問題として原処分庁に不利益な判断がなされなかったとしてもやむを得ない。 審判所は、請求人の主張する本件6月2日提出メモによれば、「600万円弱から1,000万円強の取引を計7回行っているところ、このような高額な取引を複数回行っているにもかかわらず、これらを客観的に確認できる資料を一切残していないというのは、通常考えにくい」と述べている。 この点については、暗号資産取引では、(白色申告かつ雑所得であり、帳簿書類の備付け等義務が十分に整備されていないことに加えて)ブロックチェーンや取引所のデータなど自らが直接的には管理していないデータが残ることなどから、これ以外の客観的に確認できる資料を一切残していないこともそれほど珍しくないという指摘をすることもできよう。 このような暗号資産取引について、従来の又は他の一般的な資産の取引と同様の経験則で捉えてよいかは議論の余地がある。 申告納税制度、立証責任及び事実上の推認の説明を省略するとしても、請求人は、「国内取引所取引において、損益はおおむね原処分庁の調査内容のとおりだと思う」、「海外取引の損失は微少であったことから、あまり主張する気もない」、「取引に使用していたアカウントID及びパスワードも失念しており、取引履歴の確認ができない」と主張していること、かつ、客観的な証拠を提出できなかったことを考慮すれば、納税者の上記主張を認めなかった審判所の判断は妥当であろう。 納税者としては、立証責任の所在や帳簿書類の備付け等の義務のいかんにかかわらず、基本的には、自らが行った取引等に関する客観的な証拠資料を収集・保全しておくべきである。   (了)
#576(掲載号)
#泉 絢也
2024/07/04
国税通則 税務 税務・会計 解説 解説一覧

〈事例から理解する〉税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第19回】「税務上「錯誤無効」が許容される余地はあるか」

〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第19回】 「税務上「錯誤無効」が許容される余地はあるか」   公認会計士・税理士 大橋 誠一   1 大阪国税不服審判所平成29年2月21日裁決(TAINSコード:F0-2-712) (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 「錯誤」に係る法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥   2 錯誤の同時存在の原則 上記1(3)①の法令解釈は、最高裁第三小法廷平成28年1月12日判決を基礎としていると考えられる。 また、②は、許認可に関する錯誤を錯誤といってよいかについての判断基準を示しており、東京地裁平成22年1月29日判決(TAINSコード:Z260-11372)を基礎としていると考えられる。 これについては、判例タイムズNo.1247(2007/10/15)に「裁判実務における錯誤論」という論稿があるところ、誤認を犯した時点において、誤認と客観的事実の確定が同時に存在していることが必要であって、将来の予想(本件では来るべき立入検査でBの存在が業法の認定に影響を与えるとの予想)が外れたことをもって錯誤とはいわないということが詳述されている。   3 課税負担の錯誤 大阪高裁平成17年5月31日判決(TAINSコード:Z255-10042)などは、申告納税制度との兼ね合いを根拠に、「安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害するとともに、租税法律関係を不安定にし、ひいては申告納税方式の破壊につながるものといえる。(中略)法定申告期間を経過した後に、かかる課税負担の錯誤が上記法律行為の動機の錯誤であるとして、同法律行為が無効であることを主張することは許されないものと解するのが相当である」旨判示している。 請求人が上記1(2)④において「法定申告期限後は錯誤無効を主張できないとする法的根拠はない」旨主張しているとおり、条文上の根拠が不明であることや所得税法施行令第274条など無効を原因とした更正の請求が認容されていることなどの理由から、法定申告期限後の錯誤無効を認めないとする判断については批判もあり得るところ、上記判示内容に依拠することによって、錯誤に係る詳細な事実認定に踏み込まずに判断できることもあり、上記が判断理由として採用されるケースが多いのではないかと考えられる。 (了)
#576(掲載号)
#大橋 誠一
2024/07/04
会計 税務・会計 解説 解説一覧 財務会計 開示関係

決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第4回】「自己株式処分の会計処理」

◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第4回】 「自己株式処分の会計処理」   公認会計士 石王丸 周夫   個別財務諸表での誤処理は、それがそのまま連結財務諸表に取り込まれれば、結果的に連結財務諸表の誤処理となります。上場企業の決算は連結財務諸表がメインですが、連結会社の個別財務諸表を前提に作成されるものである以上、個別財務諸表を軽視することはできません。 今回は、そのことが実感できる一例として、自己株式処分の会計処理の誤りを取り上げます。   訂正事例の概要 以下の事例は、連結貸借対照表の純資産の部において、資本剰余金と利益剰余金の残高を訂正したというものです。資本剰余金の残高が過小表示であったと同時に利益剰余金の残高が過大表示であり、かつ過小額と過大額が同額でした。実務用語で言うならば、資本剰余金と利益剰余金の「入り繰り」です。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示) 入り繰りなので、株主資本や純資産の部の合計には影響がなく、連結貸借対照表の訂正は上記のみでしたが、連結株主資本等変動計算書でそれに関連した訂正がなされています。 連結株主資本等変動計算書の当期変動額の中に、新たに「自己株式処分差損の振替」という項目が追加され、当該項目にて、資本剰余金については上記過小額だけ加算され、利益剰余金については同額減算されています。 〈連結株主資本等変動計算書の訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示)   自己株式処分の会計処理 上記の訂正内容を理解するためには、自己株式処分の会計処理の知識が必要です。 自己株式の処分とは、会社が保有している自社株を、売却等により手放すことをいいます。その際の会計処理を仕訳で示すと次のようになります。 【簿価100円の自己株式を120円で処分の場合】 【簿価100円の自己株式を80円で処分の場合】 上記いずれの場合も、自己株式処分差額(差益、差損)はその他資本剰余金に含めます(企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」第9項及び第10項)。その他資本剰余金は資本剰余金の内訳科目の1つなのですが、連結貸借対照表及び連結株主資本等変動計算書ではこの内訳が表示されないため、資本剰余金として表示されます。 上記の訂正事例は差損が発生したケースでしたので、資本剰余金(その他資本剰余金)から減額する処理となります。訂正前の連結株主資本等変動計算書でも、「自己株式の処分」という項目で資本剰余金から減額する処理がなされており、この点は問題ありませんでした。問題はその先の処理です。   その他資本剰余金がマイナス残の場合の処理方法 自己株式処分時の会計処理については、別途留意点があります。それは、自己株式処分差損が発生したことにより、期末においてその他資本剰余金残高がマイナスになってしまった場合の扱いです。会計基準では次のとおり定められています。 (企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」第12項) 上記訂正事例の会社について、決算短信訂正後に公表された有価証券報告書により個別貸借対照表を確認してみると、その他資本剰余金の期末残高が「-」(残高なしの意)となっていました。つまり、期中に自己株式処分差損が発生し、期末直前におけるマイナス額をその他利益剰余金に振り替えた結果、期末残高が「-」になったというわけです。前掲の連結株主資本等変動計算書の訂正箇所のイメージで示した「自己株式処分差損の振替」が、そのマイナス額の振替です。 仕訳で示せば、以下のとおりです。 以上から、上記訂正事例について次のように推定できます。 有価証券報告書の開示は、決算短信での誤処理判明後だったため、上記仕訳が入った正しい結果にて作成・開示されましたが、決算短信の作成・開示段階ではこの仕訳を失念していたというものです。 連結財務諸表上は、その他資本剰余金は資本準備金と合算されて資本剰余金と表示されるので、その他資本剰余金がマイナス残であっても、資本剰余金全体ではプラスというケースもあります。そのような場合は、連結財務諸表だけを見ても違和感がありませんので、それが盲点になり、ミスに気がつくことができなかったのかもしれません。   開示前のチェックポイント 期中に自己株式の処分がなされている場合は、個別決算上のその他資本剰余金残高がマイナスになっていないか、念のため確認しましょう。 (了)
#576(掲載号)
#石王丸 周夫
2024/07/04
会計 税務・会計 解説 解説一覧

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第50回】「地域を俯瞰的に見る支援機関の果たす役割」

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第50回】 「地域を俯瞰的に見る支援機関の果たす役割」   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒地域の支援機関の果たす役割を知り、支援機関への相談のヒントにする。 売り手企業 ⇒地域の支援機関の果たす役割を知り、支援機関への相談のヒントにする。 支援機関(第三者) ⇒支援機関が果たすべき役割を認識し、買い手・売り手への助言に関する視野を広げる。 その他の対象者 ⇒地域の支援機関の果たす役割への理解を深める。   1 支援機関の視点の強みを活かす M&Aに関わる第三者である支援機関は、日頃から中小企業と接する士業などの専門家、金融機関、公的機関から、M&Aに際してはじめて登場するプレイヤーまで多数に上ります。 支援機関の視点は、多くの場合、個々の企業に向いていると思いますし、担当者であればなおさら目の前の業務が第一です。 ですが、中小企業M&Aの当事者である買い手と売り手にはなく、支援機関にはある第三者ならではの強みがあります。それは何でしょうか。 それは、第一に、企業を第三者の視点で俯瞰的に捉えられる強みであり、多数の地域顧客を抱える支援機関は、データベースや豊富な情報網を通じて、企業間、地域内の情報を繋げることが物理的に可能です。 第二に、営業展開する地域の特性を時代の移り変わりの中で色々な角度から捉えている強みであり、地域特性と時代の状況を踏まえた産業構造のあり方を考え、産業創造の重要な担い手、旗振り役になれる素質があります。 いわば、遠くからライトで複数の地域企業を照らして、その企業群を大きな視点で先導することもできる立場にあると思われます。 買い手、売り手の各当事者は自社の存続、成長、発展に力を注ぐでしょうが、支援機関はそれよりも大きな視点で物事を捉え、持続可能な地域づくり、持続可能な地域経済、持続可能な産業発展に貢献する役割が期待されます。 すると、単にA社とB社のM&Aを支援し、数億円の譲渡価額の一定の割合の手数料を得て、当社の収益に繋げるという成果主義的、利己主義的な発想では、支援機関として失格とは言われないまでも、地域課題のトレンドに乗っかって商売しているだけのプレイヤーとみなされる可能性があります。 そのような営業姿勢では、一時はよくても、結局のところ、地域の衰退を止められなくなってしまい、その支援機関の将来の業績の低下、ひいては、支援機関の存続も、M&Aというサービスの存続すらも危うくします。 そうではなくて、地域の維持、発展、あるいは、地域の衰退の阻止に向けて、この産業、この企業群がこの地域には必要であり、そのための1つの手段としてM&Aという方法を活用するのが最善だと判断できてはじめて、M&Aを選ぶ正当性と理由が備わるのではないでしょうか。支援機関にはそれくらい大きな視点でマーケットを捉える役割を発揮することを期待します。   2 地域を俯瞰的に見る支援機関でいるための視点 では、支援機関としてどのような姿勢でM&Aに臨めばよいのでしょうか。 結論からお伝えすると、このM&Aが当事企業同士のシナジーになるだけでなく、地域経済、地域産業を今後支えるために欠かせない取引になるかどうかの視点も持って個々のM&Aに取り組むのがよいということになると思います。 多くの支援機関の業務の様子を眺める限り、案件ありきのM&Aになっている感が否めません。買いたい、売りたいといった具体的な相談からM&Aに入るケース、後継者不足、経営者の高年齢化、事業の行き詰まりといった事業課題からM&Aに繋がるケースのいずれにおいても、大体のパターンは、「それならば、こんな候補がありますよ」という仲介の助言につなげる場合が多いです。あるいは、「こんな手続きが必要で・・・、これくらいの期間で・・・」といった感じで、今後のコンサルティングに入るための前捌きと助言を行い、M&Aに取り込もうとする作戦的なアプローチをとることもあります。 たしかに、困っている当事者を繋げてM&Aに進むのは意義があり、各当事企業の今後のために有用なことも多いとは思います。 しかし、そこには支援機関の目先の利益が前提にあることが少なくありません。本来、M&Aとは最初から望むものではなく、企業の存続や成長を図る手段を当事者である企業と支援機関が一緒になって考えて、その結果としてM&Aという手段が望ましいなら選ぶという残った手段、導かれた手段にしかすぎません。 なので、支援機関としてすべき例を挙げるとすれば、①M&Aが企業の戦略の中に位置づけられているかを確認する、②このM&Aが成立することが将来のその企業や地域にとっての最善と考えられるかを現時点の情報に基づき慎重に検討する、③M&Aの手段によらなくてもよい方法がないかを検討するといった、想像力の発揮による一歩先を行く提案です。 それは、企業自身の思考から抜け落ちているだろう視点をもって、その企業、その産業、その地域だけでなく、未来の地域、人、産業、経済圏を見据えた提案力によって、相談する側の企業の想像の範囲を超えるような、コンサルティング力を超えてプロデュース力が備わった状態なのだと思います。 そう考えると、すでにそのような意思をもって活動されている支援機関もありますが、掲げている理想はよくても中身が伴っていない支援機関や、トレンドにのって商売を上手にする支援機関もまだまだ多いと感じます。 上昇の機運があるといってもまだまだ低金利下で、コモディティー化が進む商品やサービス価格の低下に比べ、手数料による収入金額の大きいM&Aは支援機関にとって魅力的ですが、支援機関の存在意義を考えて節度あるM&Aの実施を支援する先にこそ、健全な経済発展を期待でき、支援機関の大義が存在するのではないかと思います。 (了)
#576(掲載号)
#荻窪 輝明
2024/07/04
労務・法務・経営 法務

空き家をめぐる法律問題 【事例60】「空き家管理ガイドラインを踏まえた管理委託契約締結時の留意点」

空き家をめぐる法律問題 【事例60】 「空き家管理ガイドラインを踏まえた管理委託契約締結時の留意点」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 私は、不動産業者に依頼して空き家を売却することを想定していますが、空き家が遠方にあるため、売却できるまでの日常的な管理も任せたいと考えております。不動産業者に空き家の管理を委託する場合に、どのようなことに留意をすればよいですか。   1 空き家管理の必要性の高まり 令和5年住宅・土地統計調査によれば、空き家の戸数は900万戸とされており、平成30年の849万戸よりも増加している。また、令和5年12月に、空家等対策の推進に関する特別措置法(以下「空家等特措法」という)の改正法が施行され、空き家の所有者等は、周囲に悪影響を及ぼす前の段階から適切に空き家を管理することが求められるようになった。空き家の管理の必要性がより高まる中、国土交通省は、令和6年6月21日に、「不動産業による空き家対策推進プログラム」を策定した。 このプログラムは、物件調査や価格査定、売買・賃貸の仲介など、空き家の発生から流通・利活用まで一括してサポートできるノウハウを不動産業者が有しているため、これらのノウハウを活用して、所有者の抱える課題等を解決することを期待して定められたものである。その一環として、「不動産業者による空き家管理受託のガイドライン」(以下「空き家管理ガイドライン」という)が公表されている。空き家管理ガイドラインは、不動産業者の指針となるものであるため、空き家の所有者にとっても参考となるものである。そこで空き家の所有者が管理委託契約を締結する際の留意点を検討したい。   2 管理委託契約を締結する場合の留意点 (1) 空き家管理ガイドラインの対象とする空き家 空き家管理ガイドラインは、対象となる空き家として、①居住等の目的に使用されていない建築物又はこれに付属する工作物、②居住等の目的に使用されていない区分所有建物の専有部分であり、空家等特措法に規定する特定空家等や管理不全空家等に至らない状態のものを想定している。空き家の所有者としては、管理委託契約の締結前に、不動産業者とともに、空き家の現況を確認し、記録化しておくことが有益である。また、これによって、どのような管理(管理対象、方法、頻度等)を委託するかを判断することも可能となる。 (2) 管理委託契約を締結する者について 空き家が共有関係にある場合、管理委託契約を締結する権限の有無は、想定される管理内容によって異なる。管理内容が保存行為に該当する場合には、共有者が単独で管理委託契約を締結する権限を有する。これに対して、管理内容が管理行為まで含む場合には、共有者の持分価格の過半数で決定して管理委託契約を締結する必要がある。空き家管理ガイドラインでは、不動産業者の受託業務として、定期的な巡回による建物や敷地内の状況確認や通風・換気等を行う程度のものが想定されており、これらの業務は、財産の現状を維持するためのものであるから、保存行為に該当するものと考えられる。 もっとも、不動産業者の受託業務が保存行為と管理行為のいずれに当たるかにかかわらず、委託料を共有者全員で負担することを事前に明確にしておくため、共有者全員で管理委託契約を締結した方が好ましいように思われる。 (3) 管理委託契約の委託料と報酬制限の関係 上記(1)のとおり、空き家管理ガイドラインでは、市場に流通させることが可能な程度の空き家が想定されている。そのため、不動産業者が、空き家の売買の媒介以外の関連業務として、空き家の管理を含む売買に向けたコンサルティングを行うことも期待されるところである。この点に関して、媒介契約に関する報酬は国土交通大臣告示による制限があるため、媒介以外の関連業務として、媒介にかかる報酬とは別に、管理委託料を定めることが当該報酬制限に違反しないかが問題となる。 この問題に関して、令和6年7月1日から「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」の改正通達が運用されることになった。改正通達によれば、コンサルティングを含む媒介以外の関連業務について、書面等により締結した契約に基づいて報酬を定めたとしても、媒介契約との区分が明確にされているのであれば、報酬制限に違反しないものとされている。空き家の所有者が不動産業者の行うコンサルティングを利用して空き家を売却することを想定している場合には、何を委託し、どのような費用が発生するのかを正確に理解しておく必要がある。 (4) 空き家内への立入りを想定した管理業務の留意点 不動産業者の受託業務の履行に関して、少なくとも不動産業者が故意又は過失がある場合に債務不履行責任を負うことを明記しておく必要がある(なお、不動産業者を全面的に免責するような条項等については、消費者契約法によって無効になりうる)。この点に関して、管理業務として空き家内への立入りが想定されているケースでは、空き家そのものが損傷した場合に、それが不動産業者の責によるものなのか、老朽化によるものなのか問題になる可能性がある。 また、空き家内に財産的価値のある家財等が残っている場合には、これらの盗難、紛失、損傷等の責任の所在が問題になる可能性もある。そこで、空き家の所有者としては、不動産業者の責に帰すことができない事由に起因する劣化・朽廃・汚損・破損等については、不動産業者の責任の範囲から除外する条項や、管理対象となる家財道具の範囲を明確化する条項を管理委託契約書に定めるなどして、不動産業者の責任の範囲を明確化しておくことが好ましい。 空き家の所有者は、不動産業者に鍵を預けることになるが、原則として複製を禁止しておくべきである。また、不動産業者が関連業者に管理業務を再委託することも想定されるため、事前の書面による同意を再委託の条件とし、再委託先に不動産業者と同様の義務を負わせ、あわせて再委託先の鍵の管理責任を不動産業者にも負わせる条項を管理委託契約書に定めておくべきである。 空き家のライフラインの使用継続や使用中止は個々の判断になるが、ライフライン設備の老朽化等に起因する事故発生や無駄な支出を避けるため、代替手段で対応できる場合には使用を中止した方が無難である。例えば、排水トラップに封水する程度の管理であれば、不動産業者に水を持参させることで対応できるため、あえて通水を継続する必要はないと考えられる。 (5) その他の留意点 不動産業者は、個人情報保護法上の個人情報取扱事業者に該当することが想定されることから、不動産業者の個人情報保護法の遵守義務を確認する条項を管理委託契約書に定めておくべきである。 また、空き家から遠方で生活をしている所有者の中には、空き家の周辺住民に個人情報を知られたくない者もいると思われる。そこで、不動産業者が第三者から空き家の所有者の氏名や連絡先等の質問を受けた場合に、回答の可否について所有者に確認する義務を管理委託契約書に定めておくことも考えられる。 (了)
#576(掲載号)
#羽柴 研吾
2024/07/04
労務・法務・経営 法務

電子書類の法律実務Q&A 【第20回】「「eシール」とは何か」~2024年4月に総務省が指針改定~

電子書類の法律実務Q&A 【第20回】 「「eシール」とは何か」 ~2024年4月に総務省が指針改定~   弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕   〔Q〕 電子請求書、電子見積書などの発行元の証明に「eシール」という技術を使うことができると聞いたことがあります。eシールとは、どういうものなのでしょうか。 電子署名との違いや活用方法について教えてください。 〔A〕 eシールとは、電子文書の発行元の確認と電子文書が変更されていないことの確認ができる電子データのことです。 電子署名を行うことができるのは自然人だけで、法人自体は電子署名することができません。 法人名のみ記載されている請求書や領収書の発行元を証明するのが「eシール」です。請求書、領収書だけでなく、在学証明書、卒業証明書など組織として事実関係を証明する電子文書でも使用されています。 大量の電子文書等に機械的・自動的にeシールを付与することもできるので、人件費や印刷・郵送コスト等の削減も期待できます。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 eシールとは何か 電子契約の普及により、印鑑に代わり、電子署名が使われるケースが多くなっている。 実は、電子署名を行うことができるのは、自然人だけだ。法人自体は、電子署名をすることはできない。会社が当事者になる電子契約に電子署名するのは、会社ではなく、自然人である会社代表者(又は契約締結権限を有する自然人)なのである。 法人自体は電子署名できないので、法人名のみ記載されている請求書や領収書については、電子署名を利用できない。法人名義で発行される電子文書の発行元の確認をするツールとして、最近注目されている技術がeシールである。 eシールは、会社の角印の電子版に相当するものである。eシールについては、2024年4月に総務省より「eシールに係る指針(第2版)」が公表されている。この指針によれば、eシールの定義は、以下のとおりである。 一言で言えば、eシールとは、電子文書の発行元の確認と電子文書が変更されていないことの確認ができる電子データのことである。   2 電子署名との違い 電子署名とeシールの最大の違いは、電子契約締結に使えるかどうかである。 契約とは、法律上、2個以上の「意思表示の合致」であり、意思表示は、自然人のみが行うとされている。そのため、法人名義のeシールは、電子契約締結に使うことはできない。 また、eシールには電子署名のように法律上の定義規定はなく、法的な効力もない。さらに筆者の知る限り、eシールの効力について争点になった裁判例も存在しない。eシールの法的な位置づけは、現時点では必ずしも明確ではない。   3 活用方法・メリット eシールの活用法は、以下のとおりだ。会社が発行する請求書、領収書、見積書の発行元の証明に使用することが想定されている。それ以外にも、在学証明書、卒業証明書など組織として事実関係を証明する電子文書で使用される例もある。 eシール活用の最大の利点は、生産性向上である。大量の電子文書等に機械的・自動的にeシールを付与することもできる。印鑑を押す必要がないので、ペーパーレス化による印刷・郵送コストの削減が可能になる。テレワークとの関係で、会社に行かなければ印鑑を押せないという問題があった。しかし、eシールを活用することで、在宅勤務時に、請求書、領収書、見積書の発行をすることも可能となる。 個人ではなく、会社に紐づいているので、担当者が変更されても、eシールを再発行することはなく、そのまま使うことができる。「eシールに係る検討会最終取りまとめ」によれば、文書の発行元確認に係る人件費や印刷・郵送等の削減、複写紙のコスト等の削減によって、従来のプロセスで発生していたトータルコストの約4割が削減できた例などが紹介されている。 電子契約書を導入した後、更なるペーパーレス化を進めるため、eシール活用をお勧めしたい。   (了)
#576(掲載号)
#池内 康裕
2024/07/04
読み物 連載

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第82話】「定額減税」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第82話】 「定額減税」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「・・・しかし・・・評判が悪いですねえ・・・」 浅田調査官は、ため息をついて、中尾統括官に声をかける。 「・・・評判が悪いって、例の・・・定額減税のこと?」 中尾統括官は、含み笑いをして、尋ねる。 「ええ、そうです・・・納税者の人と話すと、減税をする制度なのに、その手続が煩雑なことから、定額減税は止めるべきだと言うんですよ」 浅田調査官も苦り切った表情になる。 「・・・しかし、令和6年の税法の改正で、6月1日以後、最初に支払う給与等につき源泉徴収を行う際から定額減税をすることになったのだから・・・源泉徴収義務者は、定額減税をやるしかないね」 中尾統括官は、冷たく言う。 「定額減税の対象になる人は、令和6年分所得税の納税者である居住者で、令和6年分の所得税に係る合計所得金額が1,805万円以下の人ですが・・・中尾統括官は、定額減税の対象となるのですか?」 浅田調査官は、真剣な顔をして尋ねる。 「・・・何を冗談言っているのだ・・・私は、税務署に40年近く勤務しているが・・・給与収入が2,000万円を超えたことなど一度もない」 中尾統括官は、憮然と言う。 「・・・ところで・・・統括官の扶養親族は・・・何人でしたか?」 浅田調査官は、そのまま質問を続ける。 「かみさんと子供1人だ」 「・・・ということは、本人分と同一生計配偶者と扶養親族の分で・・・」 と言いながら、浅田調査官は、罫紙に計算式を書く。 「・・・そうすると、中尾統括官の月次減税額は、90,000円ということです・・・」 浅田調査官は、中尾統括官を見る。 「・・・確か・・・かみさんは、パートで働いているけど・・・給与等の収入金額は、103万円を・・・超えていなかったと思うけれど・・・」 中尾統括官は、不安そうな顔になる。 「・・・しかし、これは、あくまでも見込みの金額ですから・・・もし、103万円を超えた場合には、年末調整で調整すればいいことになっています」 浅田調査官は、ハッキリと言う。 「それで・・・住民税は、企業の負担を考慮して、6月の天引きは行わないことになっています・・・すなわち、減税分を引いた住民税1年分を11回に分割して、令和6年7月から令和7年5月の給与から天引きすることになります・・・住民税に関しては、1人当たり1万円を減税することになっていますから、中尾統括官の場合、住民税は、次のように計算されます・・・」 そう言うと、浅田調査官は、罫紙に計算式を書く。 「・・・例えば、中尾統括官の住民税が年間47万円であると仮定したら、次のように計算され、7月から来年の5月まで天引きされます」 再び、浅田調査官は、罫紙に計算式を書く。 「地方自治体も事務が大変だな」 浅田調査官の話を聞いて、中尾統括官は、市町村に同情する。 「・・・しかし、6月の給与に限っていえば、月次減税額と、そして、住民税が天引きされないことから、手取り額はかなり増えますよ・・・」 浅田調査官は、羨ましそうに中尾統括官を見る。 「・・・そういう浅田君も手取りが増えるだろう・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を覗く。 「いえ、私は、定額減税を受けることができないのです」 浅田調査官は、平然と答える。 「・・・失礼な言い方だが、君の税務署での給与等の収入金額では・・・2,000万円を超えることはないだろう」 中尾統括官は、苦笑しながら言う。 「もちろんですよ」 浅田調査官も笑い出す。 「・・・実は、今年の2月に、祖父から遺贈で譲り受けた土地を譲渡したのですよ・・・そのキャピタルゲインが1,800万円ぐらいあるので、この土地の譲渡所得を給与所得と合算すると、定額減税の対象外になってしまうのです」 浅田調査官は、残念そうに話す。 「そうか・・・それは・・・残念だな・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「この件で・・・ちょっと、中尾統括官に・・・お聞きしたいのですが・・・」 浅田調査官は、急に、真面目な顔になる。 「売った土地なんですが・・・その売買契約の日は、昨年の12月10日で、土地の引渡日が今年の2月3日なんです・・・そうすると、納税者は、譲渡の日を、契約の日か、又は引渡の日か、いずれか選択できることになっています・・・」 浅田調査官は、続ける。 「もちろん、昨年の契約の日を譲渡の日とすると、今年の3月15日までに確定申告をしなければならなかったのですが・・・もちろん、まだ、申告をしていません」 中尾統括官は、そこまで聞くと、浅田調査官が、何を言いたいのか、ようやく分かってきた。 「つまり、今から、期限後の令和5年分の譲渡所得の申告をして、定額減税を受けようと考えているの?」 中尾統括官が浅田調査官に問う。 「はい・・・どうでしょうか」 浅田調査官は、舌をペロッと出す。 「納税者は、譲渡の日について、契約の日か、引渡の日か、いずれかの日の選択ができることから、税法上は特に問題はないだろう・・・しかし、君は・・・独身で、扶養家族もいないから、所得税と住民税を合わせて、4万円の定額減税だろう、そのために・・・わざわざ期限後の申告をすることもないと思う・・・それに・・・土地を売却して、大金を持っているのだから、そんなセコいことを考えなくてもいいと思うのだが・・・」 そう言うと、中尾統括官は、笑いながら、浅田調査官の肩を叩く。 (つづく)
#576(掲載号)
#八ッ尾 順一
2024/07/04
お知らせ 会計 会計情報の速報解説 監査 税務・会計 速報解説一覧

《速報解説》 会計士協会、「倫理規則」及び「倫理規則に関するQ&A」を改正~秘密保持の重要性の高まりに係る趣旨理解促進のため、用語表現を修正~

《速報解説》 会計士協会、「倫理規則」及び「倫理規則に関するQ&A」を改正 ~秘密保持の重要性の高まりに係る趣旨理解促進のため、用語表現を修正~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024年6月28日(ホームページ掲載日)、日本公認会計士協会は、「倫理規則」の改正(定期総会に付議する予定の改正案の公表)及び「倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」」の改正を公表した。 倫理規則の改正には、日本公認会計士協会の定期総会での承認が必要となることから、今般公表する倫理規則は定期総会に付議する予定の改正規定案であり、2024年7月18日開催の定期総会の承認後に確定する予定である。 また、「倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」」の改正については、「倫理規則」の改正が定期総会で承認されることを前提として公表するものである。 上記のとおり、定期総会の承認を前提とするものの、2024年1月24日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に寄せられた主なコメントの概要とその対応も公表されている。 これは、国際会計士倫理基準審議会(The International Ethics Standards Board for Accountants: IESBA)の倫理規程の改訂等を踏まえた対応である。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な改正内容 1 上場事業体及び社会的影響度の高い事業体の定義に関する規定 会計事務所等は、本パートを適用する上で、事業体が次の類型のいずれかに該当する場合には、その事業体を社会的影響度の高い事業体として取り扱わなければならない(倫理規則R400.22項)。 社会的影響度の高い事業体に該当する場合、例えば、報酬依存度(特定の社会的影響度の高い事業体に対する報酬依存度が5年連続して15%を超える場合には、原則として監査人を辞任する)に関する規定の遵守が求められる。 2 業務チームの定義及びグループ監査業務に関する規定 用語集の「監査業務チーム(Audit team)」について、例えば、「監査業務の結果に直接的に影響を及ぼすことができる、会計事務所等内の、又は会計事務所等と契約しているその他の全ての者」が対象となるように規定する。 用語集において、グループ監査業務(Group audit)に関連する定義を設ける。また、「セクション405 グループ監査業務」を新設する。 3 テクノロジーに関する規定 例えば、「テクノロジーの利用に伴う阻害要因の識別」などが規定されている。 倫理規則における「テクノロジー」の範囲は広範であり、将来的な未知のテクノロジーを含むあらゆるテクノロジーを包含することを意図しているとのことである。 4 「守秘義務の原則」の用語変更 現行の倫理規則では、「守秘義務」の用語を用いて規定しているが、それを「秘密保持」に変更する。「守秘義務の原則」は「秘密保持の原則」に変更される。 今回の変更は、情報の秘密保持がいっそう重要となっていることなどの趣旨について会員の理解を促進するために用語の表現を修正するものであり、従来の考え方を変えるものではない。 現行の倫理上の基本原則では、「守秘義務」は業務上知り得た秘密を守ることとされているが、「秘密保持」は業務上知り得た情報の秘密を守ることとする。 用語集は、秘密情報(Confidential information)について、形式や媒体を問わず(文書、電子、映像、口頭を含む)、公に入手可能となっていない情報、データ又はその他の文書とし、業務上知り得た秘密情報とは、会員が、会計事務所等又は所属する組織から知り得た秘密情報並びに専門業務を行うことにより知り得た依頼人及びその他の事業体の秘密情報をいうとしている。 5 「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」(倫理規則実務ガイダンス第1号)の改正 倫理規則の改正を踏まえ、「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」(倫理規則実務ガイダンス第1号)についても所要の改正を行う。 例えば、「守秘義務」を「秘密保持」に変更することなどである。   Ⅲ 施行時期等 2025 年4月1日から施行する。 早期適用できる。 (了)
#阿部 光成
2024/07/03

新着情報

もっと⾒る

記事検索

メルマガ

メールマガジン購読をご希望の方は以下に登録してください。

#
#