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monthly TAX views -No.142-「SNS情報のファクトチェックをどうするか」
monthly TAX views -No.142- 「SNS情報のファクトチェックをどうするか」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 自らの見解をタイムリーにかつ無料で発信することが可能になり、SNSの時代が到来している。先般の東京都知事選挙や衆議院選挙、さらには兵庫県知事選挙ではSNSの影響力の大きさを改めて認識させられた。 一方で、SNSには大きな問題が指摘されている。 発信側の問題として、投稿した動画等の閲覧数に応じて広告収入が得られるので、発信の内容が耳目を集めるべく極端や過激になりがちである。憎悪などの私情が加わったり、閲覧数が集まるのでトンデモ陰謀論などが拡散されてSNSに溢れることになる。これを「アテンションエコノミー」というようだ。 ユーザー側も、自分と似た意見や関心をもつユーザー同士がつながり、自分と似た情報だけが集まってくる「フィルターバブル」が生じ、意見が増幅、強化され「エコーチェンバー現象」が生じる。その結果、同じ思考や主義を持つ者同士がつながり、見解が極端化・先鋭化することで世論が二極化し、社会の分断化につながっていく。 このように、発信側とユーザー側双方に大きな問題を抱えているにも関わらず、言論の自由に守られて、影響力を拡大していくSNSネット社会であるが、筆者が最大の問題と考えるのは、それが国の政策に大きな影響を及ぼすことである。 * * * 最近の出来事をたどると、岸田首相(当時)につけられた「増税メガネ」というレッテル貼りが挙げられる。 このレッテルは、骨太方針に書かれた「退職金税制の見直し」や消費税インボイスの導入(2023年10月)、政府税制調査会の中期答申などにより2023年頃から広がったものだが、消費税インボイスはすでに法律で決められたものが施行される話であり、中期答申は総理の諮問機関の見識を示したもので、いずれも岸田首相が主導したものではなく、「増税メガネ」という呼称(?)は適切ではない。 岸田首相は、2023年10月の経済対策で定額減税の実施を唐突に表明したが、これは「増税メガネ」というネットでのレッテルを気にしたものと言われている。事務方に十分な検討の時間が与えられていなかったことで、給付と減税をつなぐやり方の混乱は今も続いている。 このように、実際の政策運営に大きな影響を与えているSNSでの議論だが、誤った事実に基づくキャッチーな情報や都合の良い言説が十分な検証もなく拡散し、現実の政策決定に影響を与えることは大きな問題だ。 現状で筆者が問題だと考えるSNSでの言説は、例えば次のようなものである。 まず、「減税すれば経済が活性化して税収がそれ以上に増える」という言説だ。前名古屋市長の河村たかし氏が、「名古屋では減税したが増収になった」と発言しているが、データなどの検証に裏付けられた話ではない。「減税すれば増収になる」という理論は、米国レーガン政権の1期目の税制改革で実践されたが、すぐさま財政赤字が拡大し修正された。後に米国政府によって、「フリーランチ理論」とも「ブードゥー(呪術)・エコノミクス」とも揶揄されることとなった。 次に、「財務省はこの30年緊縮財政をしてきた」という言説がある。しかし、1990年度の一般会計歳出は69.3兆円、2022年度は110.3兆円で6割近く伸びている。この間の公債発行残高は、1990年度の166兆円から2022年度の1,029兆円と6倍以上になっている。予算に占める公債の比率(公債依存度)も、1990年度は9.2%であったのが、2022年度には35.9%と、これも4倍弱の伸びとなっている(※1)。これらから分かる通り、財務省がこの間緊縮財政を行ってきたというのは全くの誤解(しかも意図的な)である。 (※1) 財務省「日本の財政関係資料(令和4年10月)」参照 もう1つ、わが国の債務残高(GDP比)は2.5倍と主要先進国と比べてずば抜けて高いという点について、ある財務省OBが「日本は多くの資産を持っており、借金は少ない」と述べる動画が出回っているが、これは間違いである。政府が保有する金融資産を差し引いた純債務残高で比較すると、わが国の債務GDP比率は157%と主要先進国で最も高く、米国(98%)や英国(94%)の1.5倍を超える水準にある(※2)。 (※2) 財務省「我が国の財政事情」参照 * * * 財務省のSNSには、財務省への批判が多く寄せられているという。政治が混迷し、意思決定が流動化している今日、最終責任を負うところとして財務省が標的とされているのだろう。 一方で、このような誤った言説を防ぐには、ファクトチェックを行う客観的な組織や機関が必要だ。調べると、認定NPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)が2017年6月に発足しており、ファクトチェックをしていることが分かった。 しかし、前述した「減税すれば増収になる」というような言説のチェックは、専門家でなければできない。そこで、欧米にある独立財政機関の設置を検討してはどうだろうか。さらには冷静な熟議のできるプラットフォームも必要だ。最近では批判されることの多い大手メディアだが、その役割を果たすべきではないか。 もちろん最終的には、我々受け手のメディア・リテラシーを高めることが必要で、それは個人個人が考えるしかない。 (了)
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法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例69】「土地営業権原価に係る償却費の損金該当性」
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例69】 「土地営業権原価に係る償却費の損金該当性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、関東地方のある政令指定都市に本社を構え不動産の売買及び不動産経営コンサルティング業を営む株式会社X(資本金8億円で3月決算法人)において、経理部長を務めております。 わが社は長らく首都圏郊外の住宅用地の造成及び販売に携わってきましたが、ここ20年程度にわたる働き盛りのサラリーマン層における郊外から都心回帰の動きにより、東京駅から電車で1時間半以上かかるような、わが社の扱っている類の戸建て住宅地の需要は冷え込むようになってきました。そのため、ここ10年くらいは東京23区内やその周辺の、東京駅まで1時間以内に立地する駅周辺の土地を購入し、その上に単身ないし夫婦子なし世帯向けの賃貸マンションを建設して、資産運用に意欲的な富裕層に購入してもらうビジネスに注力することで、わが社もなんとか息を吹き返してやっていけているところです。 さて、そのような中、わが社も先日来国税局の税務調査を受けていますが、そこで1点問題となっている事項があります。それは、他社が開発したゴルフ練習場用地につき、わが社が買収しその建設を引き継いで完成させた物件がありますが、調査官は、その買収の際に計上した営業権は専らゴルフ練習場の建物及び構築物という有形固定資産により構成されており、調査事業年度において当該練習場は未だ稼働していないことから、その減価償却費は損金算入できないと主張しております。私の考えでは、当社が計上した営業権はゴルフ練習場買収に伴い発生した超過収益力に基づく「のれん」であり、ゴルフ練習場は稼働していないもののその運営を行っている事業部は業務を開始しているため、減価償却が可能と考えております。この場合、法人税法上どのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上の「営業権」とは、判例上、他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係であると解されており、他企業から買収したものについては、その内容や構成要素を個別に吟味する必要があります。すなわち、個々の資産に分解して評価すべきものなのか、それとも各資産が有機的に結合し超過収益力を生み出すような事実関係に昇華しているとみなせるものなのか、といった点が判断要素となるものと考えられます。本件について営業権と称するものの内容が、仮に、専らゴルフ練習場の建物及び構築物といった個別の減価償却資産により構成されており、それ自体に超過収益力を見出すことができないのであれば、それが法人税法上の「営業権」と解される余地はないものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 無形資産の減価償却費 企業の有する固定資産のうち、使用又は時間の経過によって価値の減少するものを減価償却資産という。そのような減価償却資産は、企業において長期にわたり収益を生み出す源泉であることから、費用収益対応の原則から、その取得費につき使用又は時間の経過によって価値の減少する度合いに応じて徐々に費用化すべきといえる(※1)。このような企業会計の考え方に則って、法人税法上も、資産の取得価額を一時の費用とするのではなく、徐々に費用化する手続きが減価償却である。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)389頁参照。 上記固定資産の中には、建物や機械装置のような有形の減価償却資産と、鉱業権、水利権、無体財産権、営業権(のれん、法令13八ヨ)といった無形の減価償却資産とがある(※2)。無形の減価償却資産に係る償却方法については、鉱業権を除く無形減価償却資産(営業権を含む)は定額法が、鉱業権については定額法及び生産高比例法が認められている。 (※2) 金子前掲(※1)書389頁。 (2) 営業権の取り扱い 法人税法上営業権とは、判例において、企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を総合した、他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係である、と解されている(最高裁昭和51年7月13日判決・訟月22巻7号1954頁)。 営業権の中心をなすのは企業の超過収益力であり、一般に「のれん」と称されるものである。法人税法上、当該「のれん」は企業が任意に計上できるものではなく、有償で譲り受けもしくは吸収分割あるいは合併によって取得した場合、又は会社更生手続きにおける評定による場合にのみ計上し、減価償却できるものと解されている(※3)。 (※3) 金子前掲(※1)書394頁参照。 (3) 土地営業権原価に係る償却費の損金該当性が争われた事例 それでは本件と同様に、土地営業権原価に係る償却費の損金該当性が争われた事例(東京地裁平成30年1月25日判決・税資268号-12(順号13117)、TAINSコード:Z268-13117)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、不動産の売買等を目的とする株式会社である原告が、平成21年10月期から平成24年10月期までの各事業年度に係る法人税の申告において、平成20年10月期の貸借対照表上「土地営業権原価」という勘定科目で固定資産に計上されていた金額には減価償却資産である無形固定資産(営業権)が含まれることを前提に、これに係る償却費を当該事業年度の損金の額にそれぞれ算入したところ、神田税務署長から、上記「土地営業権原価」は原告が過去に取得した土地を平成12年10月期に譲渡したことにより生じた譲渡損失に相当する金額の残額であって、本件各事業年度において減価償却し得るものではないから、本件各償却額は本件各事業年度における損金の額に算入すべき金額とは認められないとして、本件各事業年度に係る法人税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を受けたため、被告を相手に、本件各更正処分等の取消しを求める事案である。 原告は、①ゴルフ練習場施設の建設用地とする目的で取得した上記土地につき、平成12年10月期に譲渡したものの、いまだこれを買主に引き渡していないから、譲渡損失は発生していない、②原告において上記土地につき開発許可を得るために必要な公共施設の管理者の同意を得るなどしたことから、上記「土地営業権原価」には減価償却資産である営業権が含まれているなどと主張して、本件各更正処分等の適法性を争っている。 ② 事案の争点 本件における争点は、各更正処分等の適法性であり、具体的には「土地営業権原価」に係る各償却額を各事業年度における損金の額に算入することの可否である。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが(東京高裁平成30年7月18日判決・税資268号-65(順号13170)、TAINSコード:Z268-13170)、棄却され確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例は、減価償却費計上の基礎となる「営業権」の有無と、減価償却資産の取得のタイミングが問題となった。 まず「営業権」についてであるが、最高裁昭和51年7月13日判決のいう「他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係である」かどうかが判断基準となるであろう。他企業から買収したものについては、その内容を吟味する必要があるが、個々の資産に分解して評価すべきものなのか、それとも資産が有機的に結合し超過収益力を生み出すような事実関係に昇華しているとみなせるものなのか、といった点が判断要素となるであろう。本裁判例についてみれば、「土地営業権原価」の内訳は土地の取得価額及びゴルフ練習場施設の建設費であり、営業権のような無形の財産的価値を有する事実関係とは言い難く、単にそれぞれを個別の資産として評価し、土地については非減価償却資産、ゴルフ練習場施設の建設費は減価償却資産として取り扱うべきものと考えられる。実務上、営業権の有無とその判断基準を理解する際に参考になる裁判例であるといえよう。 次に、ゴルフ練習場施設の建設費についてであるが、これは減価償却資産であるので、問題となるのはその取得のタイミングである。すなわち、企業が減価償却資産の償却費を各事業年度の損金の額に算入するためには、その事業年度の終了より前にそれを取得していることが必要となる(※4)。裁判所が認定したとおり、「本件のゴルフ練習場施設は本件各事業年度の末日までに完成しておらず、原告は減価償却資産である同施設をいまだ取得していない」ことから、当該施設に係る減価償却費を本件各事業年度において計上することはできないこととなる。減価償却費の計上のためには、減価償却資産を取得し、かつそれを事業の用に供していることが必要となる。これも実務で重要なポイントとなる事項であるため、改めて確認しておきたいところである。 (※4) 金子前掲(※1)書389頁。 (4) 本件へのあてはめ 法人税法上の「営業権」とは、判例上、他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係であると解されており、他企業から買収したものについては、その内容や構成要素を個別に吟味する必要がある。すなわち、個々の資産に分解して評価すべきものなのか、それとも各資産が有機的に結合し超過収益力を生み出すような事実関係に昇華しているとみなせるものなのか、といった点が判断要素となるものと考えられる。本件について営業権と称するものの内容が、仮に、専らゴルフ練習場の建物及び構築物といった個別の減価償却資産により構成されており、それ自体に超過収益力を見出すことができないのであれば、それが法人税法上の「営業権」と解される余地はないものと考えられる。 (了)
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租税争訟レポート 【第76回】「処分取消請求事件~国税不服審判所の裁決取消しを求める訴えの利益の有無(大阪地方裁判所令和4年6月30日判決)」
租税争訟レポート 【第76回】 「処分取消請求事件 ~国税不服審判所の裁決取消しを求める訴えの利益の有無 (大阪地方裁判所令和4年6月30日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 本件は、個人事業を営む原告が、平成27年分から平成29年分まで(本件各年分)の所得税及び復興特別所得税(所得税等)に係る更正処分等を不服として、令和3年6月10日付けで審査請求をしたところ、国税不服審判所長から、同年8月24日付けで、本件審査請求をいずれも却下する旨の裁決(大裁(所)令3第6号。以下「本件裁決」という)を受けたため、被告を相手に、本件裁決の取消しを求める事案である。 【訴訟提起に至る経緯】 1 平成30年12月18日審査請求に至る経緯 平成30年12月18日審査請求に至る経緯は、以下のとおりである。 2 令和元年7月11日審査請求に至る経緯 令和元年7月11日審査請求に至る経緯は、以下のとおりである。 3 令和元年12月6日付け裁決(前件裁決) 国税不服審判所長は、前件審査請求①に係る審理手続に、前件審査請求②に係る審理手続を併合したうえで、令和元年12月6日付けで、平成28年分の所得税等に係る過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める部分を不服申立ての利益を欠く不適法なものとして却下し、その他の審査請求についてはいずれも棄却する旨の裁決をした。 4 令和3年8月24日付け裁決(本件裁決) 国税不服審判所長は、令和3年8月24日、以下の理由により、本件審査請求をいずれも却下する旨の裁決をした。 5 本件訴えの提起(顕著な事実) 原告は、令和3年11月4日、本件訴えを提起した。 【争点と当事者の主張】 1 本件裁決の取消しを求める訴えの利益の有無〔争点1〕 (1) 被告の主張 被告は、原告による本件裁決に係る審査請求が、審査請求に対して裁決(前件裁決)がされた処分と同一の処分に対して、再度、審査請求がされていることから不適法となること、さらに、原告が本件各原処分のあったことを知った日から審査請求をした令和3年6月10日まで、少なくとも約1年11ヶ月が経過しているから、本件各原処分に対する審査請求は、国税通則法77条1項本文が規定する不服申立期間の経過後にされたものとなることから不適法であると主張した。 そのうえで、被告は、審査請求は、原処分が違法又は不当であるとしてその取消しを求めるものであるから、当該審査請求に対する裁決の取消しを求める訴えの目的も、究極的には原処分の取消しを求めることにあると解されることから、審査請求が不適法であって補正することができないものである場合には、当該審査請求に対する裁決を取り消したとしても、裁決行政庁としては、改めて当該審査請求を不適法として却下するほかなく、裁決によって原処分が取り消される余地はないため、裁決の名宛人である原告には、当該裁決の取消しを求めることにつき法律上の利益を有しないと解すべきであるから、本件裁決の取消しを求める原告の訴えは、訴えの利益を欠くものとして不適法であると主張した。 (2) 原告の主張 原告は、上記の被告の主張に対して、いずれも争うとした。 2 本件裁決の適法性〔争点2〕 (1) 被告の主張 被告は、原告による審査請求をいずれも却下する旨の裁決であるところ、〔争点1〕に対する被告の主張のとおり、本件各原処分に対する審査請求は、いずれも不適法であるから、審査請求をいずれも却下した本件裁決は適法であると主張した。 そのうえで、原告による、経費等を認めなかったことが違法である旨の主張については、これは本件各原処分及び本件各賦課決定処分の違法事由であって、本件裁決の違法事由をいうものではないから、失当であるとした。 (2) 原告の主張 原告は、右京税務署長は、右京税務署職員のミスを庇い、原告に対する意趣返しの趣旨で経費等を認めないまま税額を算出したものであり、本件裁決は、右京税務署長が算出した税額を身内擁護的に維持したものであるから、本件裁決は取り消されるべきものであると主張した。 【大阪地方裁判所の判断】 大阪地方裁判所は、結論としては、原告の請求は理由がないからこれを棄却するという判決を言い渡した。争点ごとの、裁判所の判断は次のとおりである。 1 本件裁決の取消しを求める訴えの利益の有無〔争点1〕 裁判所は、被告による、本件審査請求は不適法であって補正することができないものであるから、本件裁決の取消しを求める訴えの利益はないという主張に対して、本件審査請求が不適法であるかどうかは、本件裁決の適法性という正に本案の問題であり、その審理判断の結果、本件審査請求が適法であるとして本件裁決が判決により取り消された場合には、本件裁決がされていない状態に復することにより、審査請求人である原告は、裁決行政庁である国税不服審判所長による審査を改めて受けることが可能となるのであるから、原告は、本件裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するというべきであるという判断を示したうえで、被告の主張は、訴訟物そのものである本件裁決の適法性という本案の問題を、本案前の訴訟要件の問題と混同するもの(本案の判断の結果をもって本案前の判断を行うもの)であって、採用することができないと判示した。 さらに裁判所は、審査請求は、法令に基づく申請の一種であるから、審査請求を却下する裁決は、法令に基づく申請が不適法であることを理由とする却下処分とその性質を共通にするところ、法令に基づく申請が不適法であるとして却下処分がされ、その却下処分の取消訴訟が提起された場合につき、本案審理の結果、当該申請が不適法である、つまり、当該却下処分が適法であるとの判断に至ったとしても、その訴えの利益が否定されて訴えが却下されることはなく、当該却下処分の取消請求が棄却されるにとどまるのであって、その性質を共通にする却下裁決の場合につき、これと別異に解すべき合理的な根拠は見いだし難いというべきであるから、本件審査請求がいずれも不適法であったとしても、それは本件裁決の適法性という本案の問題であって、これにより本件裁決の取消しを求める訴えの利益は否定されないというべきであると付言を行い、重ねて被告の主張を採用することができないと述べた。 2 本件裁決の適法性〔争点2〕 裁判所は続いて、〔争点2〕について、次のように判示した。 (1) 本件裁決のうち本件各原処分に対する審査請求を却下した部分の適法性について 裁判所は、原告による審査請求について、事実認定をもとに、次のように判示した。 すなわち、原告は、平成30年12月18日に本件各賦課決定処分を不服として前件審査請求①を行い、令和元年7月11日に本件各更正処分等を不服として前件審査請求②を行ったものであるから、遅くとも、同日までには、本件各原処分があったことを知ったものと認められるところ、本件審査請求は、令和3年6月10日付けでされたものであるから、令和元年7月11日の翌日から起算しても約1年11ヶ月を経過しており、不服申立期間(処分があったことを知った日の翌日から起算して3ヶ月以内、かつ、処分があった日の翌日から起算して1年以内)を経過した後にされたものであることが明らかであり、さらに、不服申立期間の徒過につき正当な理由が認められる余地はないことから、本件各原処分に対する審査請求は、国税通則法77条1項及び3項の不服申立期間経過後にされたものであって不適法であり、本件裁決のうち本件各原処分に対する審査請求を却下した部分は、適法である。 さらに、裁判所は、本件審査請求を、前件裁決を不服とする再審査請求と理解した場合であっても、国税通則法その他国税に関する法律において、税務署長がした処分につき再審査請求をすることができる旨の定めはないから、本件審査請求は、いずれにしても不適法であると付け加えた。 (2) 本件裁決のうち前件裁決に対する審査請求を却下した部分の適法性について 次いで、裁判所は、国税不服審判所が前件裁決に対する審査請求を却下した部分については、国税通則法76条1項1号において、同法75条の規定による不服申立てに係る処分については、同条の規定は適用しない旨を定めており、同条の規定による不服申立てに係る処分については、審査請求をすることができないため、前件裁決は、原告による前件審査請求①及び②に係る裁決であるから、この規定に基づきこれを審査請求の対象とすることはできないとして、前件裁決に対する審査請求は、審査請求の対象とすることができない処分に関する審査請求であるから不適法であるという判断を示した。 (3) 原告の主張について 裁判所は、原告による、右京税務署長が職員のミスを庇い、原告の経費等を認めずに税額を算出した違法があるという主張について、原告の主張は、本件各原処分に係る違法事由をいうものと解され、本件裁決に係る違法事由をいうものではないから、主張自体失当であるとして斥けたうえで、さらに、本件訴えが本件各原処分の取消しを求める趣旨であったとしても、本件訴えは本件各原処分の出訴期間経過後に提起されたものであるから、不適法な訴えとして却下されることになるし、本件各原処分の無効確認を求めるものであったとしても、これを無効とするような重大かつ明白な違法があるとは認められないという判断を示した。 (4) 結論 裁判所は、上記(1)及び(2)で示した判断に基づき、本件審査請求はいずれも不適法であるから、本件審査請求をいずれも不適法として却下した本件裁決に誤りはなく、本件裁決は適法であることから、原告の請求は理由がないからこれを棄却する判決を言い渡した。 【判決の特徴】 税務署長による原処分の取消しを求めるという、通常の税務訴訟とは異なり、本件では、原告は、国税不服審判所の裁決取消しを求める訴訟を提起した。被告である国は、審査請求が不適法であって補正することができないものである場合には、当該審査請求に対する裁決を取り消したとしても、裁決行政庁としては、改めて当該審査請求を不適法として却下するほかなく、裁決によって原処分が取り消される余地はないから、当該裁決の取消しを求める訴えの利益はないという主張を行い、原告の請求を棄却するよう求めたが、大阪地方裁判所は、この主張を斥けている。 本件では、審査請求そのものが不適法であり、〔争点2〕に対する原告の主張も、裁決の取消しを求める請求内容とは相容れないものであったことから、裁判所は棄却という結論を導き出しているが、原告による審査請求自体が適法になされたものであった場合には、裁決を取り消す判決が出た場合であっても、原告としては、改めて原処分の取消しを求める訴訟を提起する必要があるのではないかと考えられる(原処分主義。行政事件訴訟法10条2項)。 (了)
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〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第47回】「再販売価格基準法と無形資産の差異調整」
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第47回】 「再販売価格基準法と無形資産の差異調整」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 独立企業間価格の算定方法の1つである再販売価格基準法が適切に用いられているかどうかの判断枠組みはどのようなものでしょうか。 〔A〕 再販売価格基準法の適用が争われた判決では、再販売業者の通常の利益率の算定に影響を及ぼす差異がある場合には必要な調整をすることができれば比較可能性を有するといえ、再調整ができなければ比較対象性を欠くので、当該比較対象取引に基づいて独立企業間価格を算定することはできないという考え方が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 再販売価格基準法 (1) 制度の概要 再販売価格基準法は、いわゆる基本三法の1つであり、比較対象取引の価格をそのまま独立企業間価格とはせず、一定期間にわたる類似取引における通常の利益率(具体的には売上総利益率に必要な差異調整を加えた割合)から独立企業間価格を算定するものであり、再販売取引に係る通常の利益率が、当該取引に係る棚卸資産等の種類そのものよりも、むしろ再販売者(売手)の果たす機能(及び負担するリスク)と密接に関係することに着目し、主として再販売者(売手)の果たす機能の類似性に基づいて独立企業間価格の算定をするものである。 (2) 差異の調整 検証対象取引に係る棚卸資産の買手(国外関連者)がした再販売取引と非関連者である再販売者(売手)の果たす機能その他において差異がある場合においても、その差異により生ずる売上総利益率の差につき適切な調整(差異調整)を行うことができるときには、必要な差異調整を加えた後の割合(※1)をもって通常の利益率とすることができるが、上記のような差異調整を行うことができない場合には、当該比較対象取引の売上総利益率に基づいて独立企業間価格を算定することはできないことになる。 (※1) 租税特別措置法関係通達66の4(3)-3では比較対象性の判断における5つの考慮要素が列挙されている(本連載【第46回】参照)。なお、下記で取り上げる裁判例の当時有効であった旧租税特別措置法関係通達66の4(2)-3では、12の要素が列挙されており、新通達ではそれらが5つに集約されている。 特に、再販売価格基準法が第三者間取引における再販売者の利益率を基礎として独立企業間価格を算定する方法であることからすると、比較対象取引の棚卸資産については、厳密に同種のものでなくても、性状、構造、機能等において類似するものであれば足りる一方、利益率に影響を及ぼし得る取引段階、再販売者が果たす機能(アフターサービス、包装、配達等を同じように行っているか)、再販売者が使用した商標等の価格への影響、取引市場という要素の識別及びその差異の調整の可否が重要となる。 以下では、再販売価格基準法の適用に際し比較対象取引の差異調整可能性が争われたワールドファミリー事件について検討する。 2 過去の裁判例 《東京地裁平成29年4月11日判決》(※2) (※2) TAINSコード:Z267-13005 (1) 事案の概要 本件は、内国法人である原告Xが行う幼児向け英語教材の輸入取引(以下「本件国外関連取引」という)について、処分行政庁Yから、同取引に係る対価として支払った額は租税特別措置法66条の4第2項1号ロに規定する再販売価格基準法で算定した独立企業間価格を超えているものとされ、本件各更正処分等を受けたことから、Xがその取消しを求める事案である。幼児向け英語教材(※3)の輸入元である外国法人A社とXは、いずれも外国法人B社の100%子会社であり、A社はその所在地国の税制により法人税が免除されている。A社は租税特別措置法66条の4第1項に規定する国外関連者、教材の輸入取引は国外関連取引に該当する。 (※3) 米国ディズニー社が著作権を有するキャラクター、映画の画像及び楽曲を使用して開発・製造された幼児向け英語教材(Disney’s World of English、以下「DWE」という)をいう。 Xは主に、輸入した教材を訪問販売の方法により再販売する事業(以下「DWE取引」という)を行っていたが、DWE取引の結果、A社が高い営業利益を上げている一方、Xには営業損失が生じていた。またXはディズニー・キャラクター等の使用に係るロイヤリティをC社(※4)に対して支払っており、同ロイヤリティはXの販管費に計上されていた。なお、XはDWE取引以外の事業を行っていたが、紙面の都合上その内容は省略する。 (※4) C社の資本関係は判決文からは不明である。 Yは、本件比較対象取引の選定に当たり、最初に母集団として訪問販売業者1,117社を抽出し、三次にわたる絞り込みを行い、最終的には、比較対象として子供向け教材を訪問販売する業者三社(甲社、乙社及び丙社)を選定した(以下「本件選定方法」という)。その上で、①使用する無形資産における差異、②売上金額に対する販売経費の割合(以下「販売経費率」という)における差異、③決済条件における差異の調整を行った。 (2) 争点 本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定及び国外移転所得の額の算定の適否(他の争点は省略)。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、本件選定方法について、「使用する無形資産の内容を比較対象法人の選定要素又は除外要素としなかったことをもって、直ちに、本件選定方法によって適切な比較対象取引を選定することができないとか、本件選定方法によって選定された本件各比較対象取引がDWE取引との関係で比較対象性を欠くということはできないというべきである。」としてYによる本件選定方法を容認した上で、再販売業者の通常の利益率の算定に影響を及ぼすことが客観的に明らかな差異がある場合にはそれにより生ずる売上総利益率の差について必要な調整をすることができるかが検討の対象となるとし、①機能における差異、②無形固定資産における差異、及び③市場の状況における差異の3点について論証している。 その結果、以下のとおり、本件国外関連取引が独立企業間価格でされたものとみなすことはできず、所得金額に加算すべき国外関連者への所得移転金額を認めることはできないと判示し、国側全面敗訴の結論(確定)となった。 ① 売手又は買手の果たす機能における差異の有無並びに差異調整の可否及び適否 ② 売手又は買手の使用する無形資産における差異の有無並びに差異調整の可否及び適否 ③ 市場の状況における差異の有無並びに再調査の可否及び適否 3 検討 本件の外形を観察するに、X及びA社はB社を完全親会社とする兄弟会社であり、A社がタックス・ヘイブンに所在する「国際事業会社」として法人税が免除されている(※5)こと、また、本件DWE取引において営業利益で比較すると、A社が高い営業利益を上げている一方、Xには営業損失が生じていたことを考慮すれば、Xの所得がA社に移転していたとする蓋然性は高いと思われる。特に、XからはC社に対しディズニー・キャラクターの使用に係るロイヤリティが支払われており、販管費に計上されているため、その分営業損益を押し下げているものと思われる。判決文からはC社の資本関係が不明なため明らかではないが、仮にC社もB社グループに所属しているとすれば、かかるロイヤリティは事実上二重払いとなっている可能性もある。 (※5) 地裁判決において認定されている。 このような状況にもかかわらず、東京地裁は、Yによる更正処分を認めなかった。判決では、比較対象取引の選定については適切に行われているとしながらも、比較対象取引との間で通常の利益率の算定に影響を及ぼすことが客観的に明らかであるところ、差異の調整が行われていないか、または不適切と判断したのである。特に上記ロイヤリティにつき、Yは、本件比較対象取引に係る(加重平均した)売上総利益率に、同ロイヤリティ比率(C社に支払うロイヤリティのDWEの売上金額に対する割合)を加算して差異調整したが、裁判所は、「比較可能性に関して論理的にあるいは実証的に多くの矛盾をはらんだ取引であっても、何らかの財務比率の数字さえ調整すれば、そもそも比較可能性に関して不十分であったものが、十分になるという見解が誤りであることが指摘されていることも考慮すると、DWE取引と本件各比較対象取引で使用するキャラクター(無形資産)の知名度や顧客に対する訴求力の差異によって生じる売上総利益率の差が、ロイヤリティ割合の差と販売経費率の差によって把握、調整することができるとは認め難い。」という厳しい見方を示してこれを否定したのである。 以上から、本判決は、ディズニー・キャラクターのような唯一無二の無形資産が使用されている取引について移転価格税制を適用する(※6)ことがいかに困難かということを示している(※7)。 (※6) 中野亘「〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例【第11回】「ワールドファミリー事件-移転価格税制における機能分析の考え方-(地判平29.4.11)(その2)」Profession Journal(2023/3/2)は、「現在のベストメソッドルールの下では重要な無形資産(特定無形資産)を含む場合として租税特別措置法66条の4第8項が検討され、(残余)利益分割法の適用が第一選択になる可能性が高い事例と考えられる。」と述べている。 (※7) 錦織康高「租税判例速報」ジュリスト1516号(2018年)11頁は、「本判決は、使用されるキャラクターの知名度等に大きな差異がある場合には、いかなる場合にも比較対象取引になり得ないとまでは結論していないが、そうした場合における売上総利益率に与える影響の度合いを理論的又は実証的に導き出すことは現実的とは考え難い。(中略)本判決は、事例判決ではあるものの、ユニークなキャラクターやその他の無形資産が使用されている取引において移転価格税制を適用することが容易でないことを端的に示しているものといえよう。」と述べている。 (了)
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決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第9回】「配当金総額に含まれる役員報酬BIP信託への配当額」
◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第9回】 「配当金総額に含まれる役員報酬BIP信託への配当額」 公認会計士 石王丸 周夫 今回は、「配当の状況」の誤記載を取り上げます。 【第6回】で、「配当の状況」はなぜか誤りが発生しやすいと述べました。【第6回】では、配当金総額の集計の考え方について、基本的な部分を確認しました。配当金総額は、その会計年度に基準日が属する配当を集計するということがポイントでした。 今回は、これとは違う理由による誤記載です。ただし、誤記載の箇所は全く同じです。配当金総額の金額です。 今回の誤記載は、役員報酬BIP信託という制度を導入している企業で起こる可能性があります。役員報酬BIP信託とはどのようなものかということも含めて、訂正事例から学んでいきましょう。 訂正事例の概要 まず、おさらいの意味で、決算短信の1ページ目に当たるサマリー情報に記載される「配当の状況」の欄を確認しておきましょう。「決算短信〔日本基準〕(連結)」の場合は、次のような表形式で示されます。 (出所) 日本取引所グループホームページ「決算短信作成要領・四半期決算短信作成要領」「決算短信(サマリー情報)の参考様式/通期第1号参考様式【日本基準】(連結)」 このうち、配当金総額の金額で以下のような訂正が起きています。 訂正前の配当金総額は2,289と記載されていましたが、訂正後は2,314に修正されました。数字の並び順を間違えた等、単純な数字の入力ミスではなさそうです。 〈訂正事例をもとにした誤記載のイメージ〉 (※) 決算期は架空の年度とし、配当金総額以外の列は記載を省略しています。 計算チェックではわからない 上掲の誤記載のイメージでは省略しましたが、「配当の状況」には、年間配当金の内訳欄に四半期ごとの1株当たり配当金の金額が記載されています。事例の企業では年1回の期末配当のみだったようで、配当金総額は期末配当の総額が記載されているとわかります。 決算短信のサマリー情報の2ページ目には、この企業の発行済株式数が注記されています。その注記により、期末発行済株式数(自己株式含む)と期末自己株式数の情報が入手できるため、次の算式により配当金総額を計算することができます。自己株式には配当は支払われませんので、その数を控除するところがポイントです。 この算式により計算チェックを行えば、誤記載が判明するのではないかと思われたのですが、事例の企業について、早速、この計算をしてみたところ、なんと訂正前の数字「2,289」になってしまいました。 決算短信が開示される時点では、株主総会招集通知や有価証券報告書がまだ開示されていないため、配当に関する詳しい情報は入手できません。外部者にとっては、決算短信のみで「2,289」が間違っていることに気づくことは、少々難しそうです。 役員報酬BIP信託への配当金 この事例の企業の有価証券報告書が開示されたのち、その注記を参照しながら、配当金総額の誤記載の理由を探ってみました。訂正前の配当金総額「2,289」と訂正後の「2,314」の差額25とは何かという点に注意しながら見ていきます。 そうすると、「配当に関する事項」に、「配当金の総額には、「役員報酬BIP信託口」が所有する当社株式に対する配当金25百万円が含まれて」いることがわかりました。差額はこれだと見て間違いないでしょう。 役員報酬BIP信託というのは、役員に対するインセンティブ・プランであり、BIPは「Board Incentive Plan」の略です。企業が設定した当該信託にて、その企業の株式を取得して、業績等に連動した役員報酬として役員に株式を交付するという仕組みです。 役員報酬BIP信託が保有しているその企業の株式は、会計上、その企業の貸借対照表の自己株式に計上されます。ただし、それは会計上の話だけであって、会社法上は自己株式とはされず、配当が支払われます。この点が間違いやすいところです。 配当金総額を計算する場合、上記の算式のとおり、期末発行済株式数から自己株式数を控除しますが、役員報酬BIP信託の保有する自己株式については配当が支払われるため、この分は控除しなくてよいのです。つまり、上記の算式で計算すると、役員報酬BIP信託の保有株式に対して支払われた配当金の額だけ少なくなります。 事例の企業の場合も、おそらくそうして求めた配当金総額を記載してしまったのではないでしょうか。 開示前のチェックポイント 今回取り上げた誤記載の例ですが、筆者が把握している限り、同時期に同じ事例がもう1つありました。つまり、役員報酬BIP信託を導入している場合、ここで間違いが起きやすいというわけです。役員報酬BIP信託を導入している企業では、そのことを覚えておいて、開示前に再確認するというのが確実です。 (了)
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〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第55回】「中小M&Aガイドライン(第3版)の活用」~第三者に支払う手数料~
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第55回】 「中小M&Aガイドライン(第3版)の活用」 ~第三者に支払う手数料~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒中小M&Aガイドラインを参考にして売り手を見る際の手がかりを得る。 売り手企業 ⇒中小M&Aガイドラインを参考にして買い手を見る際の手がかりを得る。 支援機関(第三者) ⇒中小M&Aガイドラインを買い手・売り手に対する助言に活かす。 その他の対象者 ⇒中小M&Aガイドラインを参考にして買い手・売り手の見方を知る。 【第54回】に続き、「中小M&Aガイドライン(第3版)」(以下、「本ガイドライン」といいます)から、買い手・売り手の見方・見られ方に関する内容に絞って解説します。 ◎ 第三者に支払う手数料の取扱い M&Aにかかる手数料は、「中小M&Aガイドライン改訂(第3版)に関する概要資料」等で掲げられる7つの事項の1つ(【第54回】参照)であり、第3版で追記されました。 M&Aの手数料は、買い手又は売り手、あるいは買い手及び売り手からM&Aの仲介機関やFA(フィナンシャル・アドバイザー)といった第三者に支払われるものですので、M&A当事者の利益に影響を及ぼします。しかも、支払う手数料に納得感があればよいですが、そうでないのに第三者に手数料を支払わなければならないとすれば、買い手・売り手は第三者に対して不満を抱えたままM&Aをすることになります。 手数料は業務内容にマッチしたものであることが望ましいですが、買い手・売り手はほぼM&Aの未経験者であるのに対して、第三者はM&Aを本業にしています。両者の知識、ノウハウ、情報量、経験値の差は明らかであり、手数料は圧倒的に第三者に有利な状況のもとで決まる可能性が高いと思われます。 そのため、第3版の改訂に伴い、本ガイドラインにおいて、第三者から依頼者である買い手や売り手に対して、M&Aに関して提供する業務の範囲、業務内容、手数料に関する事項など、契約に係る重要な事項を書面に記載し、その書面の交付と説明を求める内容が追加されたのは前進だと思います。 本ガイドラインでは、(1)手数料に関する事項、(2)相手方の手数料に関する事項、(3)提供される業務に関する事項の3つが整理されています。 (1) 手数料に関する事項 買い手や売り手に対して、報酬額のみならず、その報酬額を決める基準を確認する重要性が説明されています。その際、「M&A支援機関登録制度」のホームページでは、当制度に登録した第三者の手数料算定基準が公表されていますので、手数料の比較や参照に活用することが期待されています。 M&A支援機関登録制度のホームページにある「登録支援機関データベース」には、登録各社の手数料体系が掲載されています。 表示の例として、本稿では国際的な会計事務所の1つであるグラントソントン(Grant Thornton)グループの「太陽グラントソントン・アドバイザーズ株式会社」を示します。 (出典) M&A支援機関登録制度ホームページ「登録支援機関データベース」(最終アクセス2024年11月17日) 本稿に関係する内容はFAと仲介の手数料体系ですので、この画面からさらに各手数料体系への画面へと進みます。同社の場合、FA・仲介ともに譲渡側と譲受側それぞれの手数料体系を示していますが、各社の対応状況や体制に応じてこれらの表示がされていないこともあり、未対応の場合は各詳細を選択できないようになっています。 なお、この画面の右上にある「第2版対応」は、本稿執筆時点において「第3版対応」となっている機関もあります。執筆時点では第3版改訂から間もないですが、いずれ最新版に対応できているかどうかも第三者選びのポイントになるかもしれません。 (出典) M&A支援機関登録制度ホームページ「登録支援機関データベース」(最終アクセス2024年11月17日) 例として、FAで譲渡側、つまり売り手側の手数料体系を示したページを示しました。同社の場合は、このほかに、FAの譲受側(買い手側)、仲介の売り手・買い手側の手数料体系も示されていますが、本稿ではこれらの説明は割愛します。 M&Aの手数料算定に実務上よく使われる「レーマン方式」によってM&Aの規模感に応じた手数料体系が示されるとともに、最低手数料水準、項目ごとの手数料の有無などが明記されています。同社の場合は成功報酬に含まれる月額報酬とタイムチャージが記載されています。 成功報酬は、表示されたページの記載のように、「主にクロージング時等の案件完了時に発生する手数料である」と示されています。なお、クロージングとは、M&Aの最終決済の時を表し、言い換えれば、ここではM&Aを終える時、M&Aの終盤との認識で構いません。 この点、譲渡側である売り手からすれば、依頼段階での支払手数料が分かっていないと不安を抱く原因になりますので、第三者側は本件の手数料がいくらで、いつ頃支払わなければならず、定額なのか変動するのか、成功報酬の定義は明確か、といった初動段階で不安を払拭する材料を十分に提供する必要性があり、義務を果たしてから業務に臨む必要があると思います。 このホームページでは、同社を含め各社の手数料体系が示されていますが、比較可能な明瞭性は担保される一方で、買い手・売り手にとって分かりやすい形で具体的な手数料体系まで示されているとは思いません。ですから、同社に限らずM&Aの実務にあたって相談段階に至らないと詳細が分からない点については、今後このホームページの利便性が高まり解消されることを期待したいです。 また、肝心のM&Aに係る知識や経験の差を埋めることはこのようなホームページがあっても難しいため、手数料体系が示されているからといって、買い手や売り手がこのホームページ情報を見て理解ができるとは限らない点にも注意が必要です。 自らが関わっている業界の専門用語に精通しているのは当たり前です。しかし、全く経験のない相手がその専門用語を知らないのも当然です。その差を埋める努力、労力は知見のある側の義務だと思いますので、買い手や売り手からすれば、手数料体系を丁寧に説明してくれる第三者かどうかを手数料体系以上に気にしておいた方がよいと思います。 (2) 相手方の手数料に関する事項 (出典) 経済産業省「中小M&Aガイドライン(第3版)」 M&Aにかかる手数料が支払われる資金の流れを見ると、買い手・売り手から外部にキャッシュアウトするのが手数料です。そのため、手数料の資金の動きを勘案すると、各社の利益に直結し、M&Aの譲渡価額にも影響します。手数料を意識するのはM&Aの各当事者にとって非常に重要であり、誰かの取り分を優先した時点で、ほかの誰かが損をする構造を簡単に作り出せてしまいます。買い手・売り手としては、自己利益を優先するような第三者ではないかどうかの見極めがとても大事です。本ガイドラインでは、これを第三者の「中立・公平性」と表現しています。 本ガイドラインでは悪例として、買い手が第三者に多く手数料を払い、その代わりに第三者が売り手に譲渡価額を安くするよう誘導して、買い手の手数料負担分を売り手の譲渡価額の低下である程度相殺しつつ、第三者の取り分が多くなるようなM&Aが行われる可能性が示されています。この場合、買い手はどうしても対象の売り手を手に入れたいから多くの手数料を払ってもM&Aを実現させたい、第三者は多額の手数料を払ってくれる買い手なら大歓迎という構図が想定されます。その結果として、本来であれば、売り手の譲渡価額に反映され、買い手から売り手にわたるはずのキャッシュが、買い手から第三者に流れることで、売り手が損をする結果になることを意味します。そのため、誠実な手数料説明が本ガイドラインで求められています。 しかしながら、ガイドラインで示されていても、結局、売り手からすればいくらの手数料が妥当か分かりづらく、どうしても売りたい状況であれば言われたまま契約する可能性は残りますし、売り手のM&Aの知見が少ないことには変わりません。本ガイドラインがあっても、ガイドラインを各プレイヤーが順守の上、M&Aに臨むかどうかの行動面を拘束できない以上、実務での心配は依然として尽きません。 本ガイドラインでは触れていませんが、普段から売り手と付き合いのある他の第三者、例えば顧問を務める士業事務所や金融機関などが売り手とのコミュニケーションを通じて、中立な立場から手数料の妥当性に関するアドバイスを行うことも有用ではないかと筆者は思います。 (3) 提供される業務に関する事項 本ガイドラインでは、「必要となる仲介・FA業務」「マッチングの難易度」「提供される業務の質」を手数料に関して確認する案が示されています。 ① 必要となる仲介・FA業務 本ガイドラインでは、M&Aのプロセスである「バリュエーション(企業価値評価・事業価値評価)」「マッチング」「基本合意の交渉・締結」「デュー・ディリジェンス(DD)」「最終契約の交渉・締結」「クロージング」「クロージング後」「その他業務(プロセス共通の業務含む。)」ごとの主な業務例を表に整理しています。この表に従い、プロセスごとにどのような業務が提供されるか明らかにすることが重要とされています。詳しくは本ガイドラインでご確認ください。 買い手・売り手はM&Aの未経験者であることがほとんどです。第三者がこれらの各プロセスに紐づく業務を具体的に、文書を活用しながら説明することはもちろんですが、通り一遍の説明では十分ではありません。買い手・売り手からすれば、この支援で十分か、過不足はないかはきっと分かりませんし、専門用語のオンパレードの説明では説明を受ける側の理解度は低いままであるに違いありません。 そのため、買い手・売り手が納得するまで十分な説明を尽くす第三者であるかどうかが最も重要だと思われます。すべてのプロセスごとにどのような業務が想定され、その中で第三者が行う業務はこれであり、なぜしない業務があるのか、行う業務で十分と言える理由は何か、不必要な業務を行おうとしていないか、余計な手数料負担を求めようとしていないか、といった点から組むべき望ましいパートナーかどうかを見極めたいものです。 ② マッチングの難易度 業種、財務状況、販路、技術、M&Aのスキームなど、マッチングの難易度はケースによって全く異なりますので、個々のケースの状況を細かく確認することが重要であるとされています。マッチングの難易度を考慮することは、買い手も売り手も自社の属する産業や事業がどの程度の難易度に当てはまるかを知ることに繋がりますので、M&Aしやすい企業か、M&Aに向けてどのような体制構築が必要かを検討する機会に活かす意味で、難易度という切り口、視点を普段の経営において意識するのは有益だと思います。 ③ 提供される業務の質 適切な候補先を紹介できる「ネットワーク」や、円滑なM&Aに繋がる知見をはじめとする「組織体制」が第三者の提供する業務の質に大きく関係します。例えば、これまでの第三者の成約実績、担当者のスキルや経験といった点からの確認を勧めています。 ただし、ネットワークが十分でなくても成長している第三者や、大規模でも担当者レベルだと頼りない第三者の可能性がありますので、ネットワークや組織体制だけが提供業務の質を決めるとは思えません。形式的に当てはめ可能な事項に加えて、買い手や売り手自らこの第三者と組んで問題ないかを、第三者のネットワークや組織体制にばかり頼らずに見極めていただくとよいでしょう。 これらに加えて、本ガイドラインでは、第三者から説明を受けても不安が残る場合に、「士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センター等からセカンド・オピニオンを聴取しておくことも有効」であり、「手数料や業務内容を理解した上で、手数料が提供される業務に見合っていないと感じ、納得ができない場合には、(中略)他の仲介者・FAへの依頼も視野に入れて検討」することも考えられると示されています。 前述のように、ほとんどすべての買い手・売り手は1度目のM&Aですから、自社内では検証可能な比較対象がありません。可能であれば、自社の持つ別のネットワークを通じて、買い手・売り手に寄り添った知見からのアドバイスを受けられる環境を普段から作っておくのをお勧めします。 (了)
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〈ベテラン社員活躍のための〉高齢者雇用Q&A 【第4回】「定年後再雇用社員と無期転換ルール」
〈ベテラン社員活躍のための〉 高齢者雇用Q&A 【第4回】 「定年後再雇用社員と無期転換ルール」 Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明 ― 解 説 ― 1 無期転換ルールとは 無期転換ルールとは、同一の使用者との有期雇用契約が「通算5年」を超えて繰り返し更新された場合に、労働者の申込により、無期雇用契約に転換するというものです。労働契約法の改正により、2013年4月から適用されています。このルールは、有期雇用契約の更新を繰り返している労働者の「いつ雇用契約を切られるか分からない」という不安を解消し、雇用の安定を図ることを目的としています。 転換後は無期雇用契約になるため、有期雇用契約であれば可能だった「契約期間満了による退職」は認められず、原則として、本人の申し出がなければ継続的に会社に在職してもらうことになります。 また、2024年4月からは、労働条件明示のルールが改正され、企業は以下の事項を明示することを義務付けられました。 この改正により、有期雇用労働者は、契約更新の都度無期転換ルールの存在を確認することができるようになりました。 2 無期転換申込権の発生 定年後の再雇用について、就業規則等に「再雇用の上限年齢は原則として、65歳とする。ただし、本人が雇用の延長を希望し、会社が認めた者については、雇用を延長することがある」といった旨が規定されていることが多く見受けられます。 この場合、65歳を超えて再雇用を延長すると、前述の「無期転換ルール」の適用を受けることとなります。 つまり、正社員として「無期雇用契約」であった方が、定年退職後は、再雇用制度の対象として「有期雇用契約」となり、その後5年間の有期雇用契約を経て、再雇用契約の上限に達したタイミングで退職となれば、特段対応の必要はないのですが、「有期雇用契約」を延長すると、その時点で通算「5年」を超えることになりますので、「無期転換申込権」が発生するのです。この「無期転換申込権」は、5年を超えて有期雇用契約を更新していれば、どのタイミングでも行使することが可能となっています。 中小企業では、人手不足なこともあり、再雇用後の雇用延長をしている方が少なからず在籍しているのが実態です。この方たちが「無期転換申込権」を行使すると、基本的には本人が退職を希望しない限り、雇用を継続することとなります。 3 無期転換申込権発生への対応策 無期転換申込権発生への対応策として、①第二定年制度の導入と②無期転換ルールの継続雇用の高齢者に関する特例措置を受けることが考えられます。 (1) 第二定年制度 第二定年制度とは、就業規則上の定年(第一定年)を超えて無期雇用に転換する有期雇用労働者について、定年がなくならないように、第一定年よりも、もう1段高い年齢に定年を設けることをいいます。 例えば、第一定年を60歳として、その後再雇用制度の上限年齢を65歳とします。この上限年齢を超えて雇用を延長した方に対して、第二定年として「68歳」と設定するというようなことが考えられます。 この場合、65歳を超えて無期雇用となり、66歳の時点で「無期転換申込権」を行使した場合であっても、68歳をもって定年退職という扱いとなります。 ただし、第二定年である「68歳」を超えても会社にとって必要な人材は雇用を延長したいとなると、「68歳」を超えて雇用している方については、年齢の上限がないことになり、会社は、「第三定年、第四定年・・・」とまた同じことを考えなければなりません。 第二定年を決める場合は、その年齢をもって一律に退職させることを前提に、自社にとって適切な年齢を設定する必要があります。もちろん、就業規則への規定も行わなければなりません。 (2) 無期転換ルールの継続雇用の高齢者に関する特例措置 前述の通り、無期転換ルールの適用により、通常は定年退職後に再雇用される有期雇用労働者についても、無期転換申込権が発生します。 ただし、以下の要件をすべて満たす場合には、「無期転換申込権が発生しない」とする特例が設けられています。 この特例の適用にあたっては、事業主は本社・本店を管轄する都道府県労働局に雇用管理措置に関する計画の認定申請を行う必要があります。 具体的には、「第二種計画認定・変更申請書」を作成し、都道府県労働局に提出します。都道府県労働局からこの認定を受けることで、定年に達した後、引き続いて雇用される有期雇用労働者については、「無期転換申込権が発生しない」ということになります。 【書式】第二種計画認定・変更申請書 (出所) 厚生労働省「高度専門職・継続雇用の高齢者に関する無期転換ルールの特例について」 なお、認定を受けるにあたっては、以下のいずれかの措置を実施することが必要となります。 (出所) 厚生労働省「高度専門職・継続雇用の高齢者に関する無期転換ルールの特例について」 4 まとめ 人手不足が問題視される現状の中で、再雇用後の人材も貴重な戦力となります。年齢にとらわれずに、できるだけ長く働いてもらえるというのは、企業にとってもありがたいことです。 一方、年齢による健康状態の変化や運動機能の低下などがあることも事実です。ただし、これらは一定の年齢がくれば一律に訪れるものではなく、各人ごとにそのタイミングは異なります。それを踏まえると、第二定年制度を導入し一定の年齢で雇用契約を終了するよりも、無期転換ルールの特例措置の適用を受けたうえで、各人ごとの働き方、健康状態、本人の意思などを確認し、労働条件を見直しながら、1年ごとに雇用契約を更新するのがよいと考えます。 * * * 筆者がお付き合いしている企業の中に、社員に対し「仕事ができる限りは、ずっと続けていいよ」と言っているオフィス家具製造会社があります。そこで働いていたある方は、75歳を過ぎ、通勤で使っている車の運転を家族が心配しはじめたということで、本人から退職の申し出をしてきたとのことです。本人は、自分が納得するまで働かせてくれた会社に非常に感謝していたそうです。すべてのケースがこの企業のような美談になるわけではないでしょうが、良い話だと思いませんか。 (了)
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空き家をめぐる法律問題 【事例62】「宅地建物取引業者の火災に関する調査説明義務」
空き家をめぐる法律問題 【事例62】 「宅地建物取引業者の火災に関する調査説明義務」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 当社は、空き家の媒介を頼まれ販売活動をしております。建物内を確認したところ、換気扇上部の内壁の表面に煤けたような部分がありました。売主から事前に過去の火災について説明を受けていませんが、宅地建物取引業者は、過去の火災の有無について、どこまで調査して買主に説明する必要がありますか。 1 検討の視点 中古住宅の売買契約が締結された後、過去に火災が発生していたことが発覚し、買主と売主との間や、買主と宅地建物取引業者との間で紛争になることがある。このような紛争は、契約締結時に宅地建物取引業者から買主に対して火災の有無について説明がないことによることが多いと考えられる。 そこで、本事例では、過去の火災の発生に関する宅地建物取引業者の調査説明義務について検討する。 2 過去の火災と建物の瑕疵との関係 中古住宅の売買が行われる場合、建物の経年劣化による損傷等は、売買代金に反映されているはずであるから建物の瑕疵には該当しない。これに対して、経年変化を超える無視できない特別の損傷等は、売買代金に反映されていないのであれば、建物の瑕疵に該当するものと考えられる。 火災によって生じた損傷が修理されていないことによって、建物の客観的な交換価値が下がっている場合には、通常の経年変化を超える無視できない特別の損傷等があるものとして瑕疵が認められることになると考えられる。また、火災によって生じた損傷を修理して物理的な耐久性や安全性に影響がなくなった場合であっても、過去に火災が発生した事実は、買主の購買意欲を減退させ代金減額の要因となりうるものである。そのため、建物の客観的交換価値に影響を与えるほどの火災が過去に生じていた場合には、建物の瑕疵が認められることになると考えられる(東京地判平成16年4月23日判時1866-65)。 3 宅地建物取引業者の調査説明義務 宅地建物取引業者は、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という)第35条に基づいて、宅地建物取引士をして、同条に規定する重要説明事項について書面を交付して説明させる義務を負い、また、同法第47条に基づいて、宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるものに関して、故意に事実を告げないことや不実のことを告げることが禁止されている。 これらの義務は、買主等の利益を保護する観点から義務付けられているものであるため、宅地建物取引業者の業法的規制にとどまらず、買主に対する民事上の調査説明義務の根拠となるものである。具体的には、宅地建物取引業者は、買主に対して、過去の火災の有無を含む物件の瑕疵の有無を調査して、その結果を説明するべき義務を負うことになる。もっとも、宅地建物取引業者が行う調査は、建物の内部及び外観から認識しうる範囲での調査に留まるものであり、それ以上に独自に調査して報告すべきことまでは含まれないものと解されている(上記東京地判、東京地判平成22年3月8日判例秘書)。 ところで、火災に限らず過去に発生した事件や事故は、時間の経過とともに風化するものであるが、住民の流出入が少ない地域においては、過去の事件や事故が風化することなく周辺住民の記憶に留まりやすい傾向にある。売主や宅地建物取引業者の説明義務違反の有無が争われている事案では、このような周辺住民からの話(例えば「〇年前に消防車が来て大騒ぎになった」「この家で過去に何があったのか知っているか」等)が端緒になっていることもある。宅地建物取引業者としては、意図せず過去の事件や事故の情報を取得することもあるが、調査の結果、火災が発生している可能性を認識した場合は、事後的な紛争の発生を予防するため、当該火災が建物の客観的価値に影響するものであるかにかかわらず、買主に対して説明を行っておくことが無難であると考えられる。 4 本件において 宅地建物取引業者が建物内を確認したところ、換気扇上部の内壁の表面に煤けたような部分があったことからすると、換気扇周辺で何らかの火災が生じたことを推測できたはずである。売主から事前に情報提供を受けていなかったとしても、建物内部の確認をした結果を売主に伝えることによって、火災の有無や当時の状況をより具体的に把握できることもありうる。 相談事例では、火災の程度は明らかではないが、実際に火災が生じた影響が残っていることからすると、建物の耐久性や安全性に問題がなかったとしても、これによって買主の購買意欲を減退させ、建物の客観的交換価値の低下に影響することは十分に考えられる。したがって、宅地建物取引業者としては、上記のような調査を行った上で、その結果を買主に対して説明することになると考えられる。 なお、相続財産清算人が空き家の売主として関与する事案では、相続財産清算人が当時の状況を把握していることは稀であるため、宅地建物取引業者が情報を得にくいことに留意が必要である。 (了)
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〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第87話】「103万円の壁」
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第87話】 「103万円の壁」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「103万円の壁か・・・」 そう言うと、中尾統括官は、傍らにいる浅田調査官を見る。 「浅田君・・・この年収の壁って、本当に深刻なの?」 浅田調査官は、机の上で、調査報告の起案をしている。 「はあ・・・103万円の壁って・・・近頃・・・よく聞きますが・・・」 浅田調査官は、あまり関心を示さない。 「要は・・・年収が103万円を超えると・・・税金がかかったり、扶養から外れたりしてしまうということだろう・・・」 中尾統括官は、傍らにある新聞を見る。 (※) 毎日新聞2024年10月31日掲載記事より抜粋。 「・・・103万円というのは、基礎控除と給与所得控除を合計した金額で、それを超えると課税され、また、配偶者や親などの扶養に入っている場合、扶養控除の対象から外れることになる・・・」 中尾統括官の言葉を聞いた浅田調査官は、手を止める。 「・・・大学生などは、103万円の壁って、よく知っていますよ・・・バイトをしすぎると、103万円なんて、すぐに超えてしまう・・・そうすると、扶養している父親が勤務している会社から扶養控除ができないと言われ・・・父親は息子がバイトでそんなに稼いでいることを知らなければ、会社で恥をかくことになる・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「・・・中尾統括官の息子さんも大学生でしょ・・・きっと、バイトをしているのでは・・・どれくらい稼いでいるか知っていますか?」 浅田調査官は、ニヤニヤしながら聞く。 「・・・いや、バイトをしているのは知っているが、どれくらい稼いでいるかは知らないな・・・」 中尾統括官が答える。 浅田調査官は、いつの間にか、右手に電卓を持っている。 「・・・例えば、103万円をオーバーしている金額を10万円とすると、息子さんは、所得税率5%が適用され、5,000円支払うことになる・・・そして、息子さんが父親の特定扶養親族(19歳以上23歳未満)であれば、所得税63万円、住民税45万円の控除ができなくなる・・・中尾統括官の所得税の税率が仮に20%とすると・・・12万6,000円、地方税は一律10%だから4万5,000円、合計で17万1,000円の増税になります・・・」 浅田調査官は、机の上の罫紙に今話したことを書き写す。 「・・・つまり、息子さんが103万円を超えて10万円稼ぐと、逆に税金が増え、家庭内の実質的な手取りが7万6,000円少なくなるのです・・・」 「なるほど、特定扶養親族から外れると、税負担が増えるのだな」 中尾統括官は、感心しながら、罫紙を見る。 「・・・ところで、壁を103万円から178万円に引き上げると、財務省の試算では、約7~8兆円の財源が必要になってくる・・・これにどう対処するかが問題だ・・・」 中尾統括官は腕を組みながら言う。 「・・・それに、この引上げは、高所得者ほど減額効果が大きいということを認識しなければならない・・・」 浅田調査官は、再び、電卓を持ち出す。 「この75万円の控除額増加による所得税の減少額の算出に際しては、高額所得者は所得税の最高税率45%が適用される一方、低額所得者は5%が適用されることになります」 「・・・更に、この75万円の根拠についても批判が多い・・・1995年から現在までの間に、最低賃金は611円から1,055円へと約1.73倍に上昇したので、103万円に1.73倍を乗じると、178万円になるということなのですが・・・しかし、これは、最低賃金ではなく、物価上昇率をベースとすべきであるという意見が多く、また、1995年を基準とするのが適切なのかという批判もあります・・・」 浅田調査官は続けて話す。 「・・・加えて、社会保険が親の扶養から外れる130万円の壁があります・・・年収130万円以上になると、親などの扶養者の社会保険の扶養を外れ、自身で国民健康保険等かバイト先の社会保険に加入する必要が生じます・・・この国民健康保険料等や社会保険料の負担額は、おおむね年間15~20万円になります・・・そうすると、手取りが大きく減ることになるので、仕事をしなくなるという事情があります・・・」 浅田調査官の言葉をじっと聞いていた中尾統括官は、突然、「「勤労学生控除」の27万円を学生が使うのはどうだろうか」と尋ねる。 「納税者自身が勤労学生であるときは、勤労学生控除の27万円は使えますが・・・ただ、扶養控除の対象からは外れます」 そう言うと、浅田調査官は、勤労学生控除の対象となる要件を言う。 「・・・しかし、勤労学生控除の金額もそれほど大きくはないです」 浅田調査官は、勤労学生控除にそれほど興味を示さない。 「・・・ところで、社会保険料は、支払えば将来自分が年金をもらえるというメリットがあるのだから、手取りは減るけれども、税金とは異なる支出だと思う・・・」 中尾統括官が言う。 「しかし、年収の少ない若者にとっては、老後の年金よりも、現在の手取金額を考えるのでしょう」 浅田調査官は、若者を代弁して言う。 (つづく)
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《速報解説》 国税庁、「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を改訂~令和6年度税制改正等を反映し、注書きや参考を追記~
《速報解説》 国税庁、「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を改訂 ~令和6年度税制改正等を反映し、注書きや参考を追記~ 税理士 中尾 隼大 (1) 「ストックオプションに対する課税(Q&A)」の改訂 国税庁は、令和6年11月13日付で「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(以下、単に「Q&A」という)を改訂した。 今回の改訂は、以下(2)で触れる設問に関して、令和6年度税制改正の内容等を反映するための注書きや参考が追加された形である。 (2) 追加された内容 既存のQ&Aに追加された主な内容は次の通りである。 【問6 税制適格ストックオプションの課税関係】 ストックオプションの「付与決議の日」について、「割当てに関する決議」である旨の解説箇所に、以下の通り会社法に関する解説が追記された。 また、参考として、「令和6年度税制改正で措置された税制適格ストックオプションの改正の概要」が追記された。 【問10 税制適格ストックオプションの権利行使価額(契約変更)】 この設問は、令和5年7月の租税特別措置法通達の改正を踏まえ、権利行使価額を引き下げる契約変更を行うことに関するものである。契約を変更した場合において、当初契約に反した権利行使とはならない場合には、税制適格ストックオプションとされる旨等の注書きが追記された。 【問12 税制適格ストックオプション(信託型)の課税関係】 「付与決議の日」及び端数処理、そしていわゆる保管委託要件についても、問6の参考箇所と同様の注書きが加えられ、令和6年度税制改正に沿う形に改訂がなされている。 (3) 今回の改訂について 今回の改訂は、令和6年度税制改正を反映させる形でなされたものであり、随所に参考という形でその内容が追記されている。注書き等の追記であるため細かな改定ではあるが、内容は重要であるため、これらの改訂内容を確認しつつ実務に活用したい。 (了) ↓お勧め連載記事↓