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税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第53回】「改めて考える「対象不動産の“確定”と“確認”」の意味」
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第53回】 「改めて考える「対象不動産の“確定”と“確認”」の意味」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 前回は、不動産鑑定評価基準(以下、「基準」と呼びます)に使用されている「述語」の意味について考えてみました。 今回もこれに似たテーマですが、基準に登場してくる「確定」と「確認」という用語の意味やその相違について、不動産の鑑定評価という視点から振り返って考えてみたいと思います。 2 対象不動産の「確定」とは 対象不動産の「確定」とは、抽象的には不動産の鑑定評価の対象を定めることであり、具体的には鑑定評価の対象を明確に他の不動産と区別し、特定することを意味します。このような作業が必要とされる理由は、鑑定評価の対象となる不動産は1つとして同じものはなく、個々に土地の形状等が異なるほか、建物の構造(仕様)や建築時期等も異なるため、他の一般の「もの」のように規格の同じ商品を画一的な見方で値付けすることができないためです。 また、土地は個々に利用されている範囲が一応定まっているとはいっても、国土の一部を人為的に区切って利用しているに過ぎず、評価の対象範囲の捉え方いかんにより鑑定評価額に大きな影響を及ぼすことが多いといえます。例えば、一団で利用されている土地の一部を評価の対象とする場合、その位置や形状等の捉え方により価値は異なるため、対象範囲を明確に特定しておかなければ評価そのものが難しくなります。 それだけでなく、同じ不動産の上に2つ以上の権利(例えば、借地権と所有権(底地))が存する場合には、それぞれの権利について価格が形成され得るため、対象不動産がどのような権利形態によって成り立っているのかを確定し、明らかにしておくことも必要となります。 不動産鑑定士が、鑑定評価に先立って(=現地に赴く前に)登記事項証明書や図面(公図や実測図)、賃貸借契約書等で対象不動産の所在・地番・面積・形状等を明らかにしておく作業(いわゆる机上での作業)は、ここにいう「確定」の部類に属します。 3 対象不動産の「確認」とは これに対し、対象不動産の「確認」という行為は、机上で確定された内容(権利関係を含みます)のとおり、対象不動産が現地に存在するかどうか確認する(=目で見て確かめる)作業のほか、対象不動産に係る権利関係も明瞭に確認することを意味します。 通常、対象不動産の確定の後に確認が行われますが、その結果、対象不動産の現地での状況が当初の確定した時点での内容と異なっている場合には、その内容を修正の上、再度確定を行う必要が生じます。例えば、机上で確定した範囲では対象不動産は道路と高低差はないように思えたが、現地に赴いたところ道路面よりもやや高い(あるいはやや低い)位置にあることが判明したという具合です(道路との高低差は不動産の価格に影響を及ぼします)。不動産の鑑定評価に当たり、現地確認の重要性はどれほど強調しても、し過ぎることはありません。 また、鑑定評価の対象となる権利あるいは対象不動産に付着している所有権以外の権利は登記されているものばかりであるとは限りません。なかには、通行権(地役権等によります)が登記されていなくても一般公衆による敷地内の通行が事実として行われており、所有者による使用収益が制約されているケースもあります。 このような場合、状況によっては土地価格が減価するケースもあるため、鑑定評価に当たっては登記簿に表われない権利であっても、現実の利用状況の調査及び関係者からの聴取を通じて権利の存否やその内容の把握に努めています。 なお、登記されていない権利であっても、関係者間で合意書や確認書を取り交わし、所有権移転時にその権利義務を新しい権利者に継承させている例も多く見受けられます。 4 「確定」と「確認」の相互関係 対象不動産の「確定」と「確認」とは相互にフィードバックが必要な関係にあるといえます(下図を参照)。 それは、以上述べてきたことからも理解されるとおり、机上での「確定」の結果が現地での「確認」の結果と一致するとは限らず、このような場合には「確認」を行った後に、再度「確定」(物理的な面だけでなく権利面も含めて)をさせる必要が生じるからです。 また、なかには、(本来は現地確認の前に確定させておくべき事項ですが)そのための資料が事前にそろわず、現地確認の後に改めて確定に必要な資料を収集せざるを得ないこともあります。 〈「確定」と「確認」の相互関係〉 対象不動産の「確定」や「確認」に誤りがあった場合、仮にそれが故意によるものでなくとも結果的に不当な鑑定評価に結びつく危険性を秘めています。また、そこまでには至らないにしても、その後の評価の過程で、価格形成要因の分析や鑑定評価方式の適用をいかに精緻に行ったとしても、評価額自体が信頼性のないものと化してしまうことになります。その意味でも、「確定」と「確認」の両者は相互に密接な関係にあります。 【追 記】 鑑定評価の対象を確定するという行為を捉えた場合、今回本稿で取り上げた内容以外にも、明確にしておくべき前提条件があります。それは、例えば、次のようなものです。 このような前提条件をも含めて、基準では「対象確定条件」と呼んでいますが、これに関する詳しい解説は【第41回】「鑑定評価における条件とは」で行っているため、今回は割愛させていただきます。 (了)
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わたしは税金 「ご近所Aさんの離婚」-慰謝料と税金-
わたしは税金 「ご近所Aさんの離婚」 -慰謝料と税金- 公認会計士・税理士 鈴木 基史 ◆ご近所Aさんの離婚 「ねえ、下の階のAさんのところ、離婚したんだって」 「ふーん。うちのツヨシと同い年ぐらいの、女の子がいる部屋か」 「ええ、同級生よ。原因はご主人の浮気でね――マンションを奥さんに渡して、出て行ったらしいわ」 「お、そうか。養育費を送ったり、これから大変なんだろうなぁ・・・」 厚生労働省の統計資料によれば、離婚件数は増加の一途をたどり、直近では年間で19万以上のカップルが離婚届にサインしています。統計上、人口1,000人に対する離婚者数の割合を“離婚率”というのですが、現在の日本は1.5人です。ちなみに世界一はモルドバの3.8人、ついでベラルーシの3.7人、離婚大国といわれる米国で2.3人ですから、日本はまだまだなのでしょうかね(おっと、口が滑りました)。 婚姻期間を5年きざみで見れば、5年から9年の夫婦が最も多くて、全体の18.9%を占めます。いわゆる熟年夫婦は、20年から35年の夫婦を合計すれば20%以上となっています。離婚原因は、男女とも“性格の不一致”がダントツに多いようです。 令和4年度の婚姻件数は約50万、対する離婚件数は約18万です。ということは単純計算で3.6組に1組の割合で破局(離婚)を迎えているという、そういう時代なのです。この現実を見すえ、今回は「離婚で税金がかかるか」、というテーマを研究してみましょう。 ◆タダでもらえば贈与だが たとえば、離婚の際の財産分けで、奥さんが1,000万円受け取ったとします。このお金にはどんな税金がかかるのか? まず思い浮かぶのは「贈与税」ですね。だけど、もしそれがかかるとなると税額は231万円。 のっけから顔がこわばってしまうようなことを申しましたが、ご安心ください。贈与税なんてかかりませんから。 ◆離婚による財産分けは贈与ではない 贈与とは、タダで何かをもらうこと。離婚の場合、奥さんはタダでもらうのではありません。家庭の財産は夫婦共同で築き上げたものだから、離婚が成立すれば奥さんには、ご主人に対して財産分けを要求する権利(財産分与請求権)が生まれます。 この権利を行使して、夫名義の財産に含まれる妻の持ち分を取り戻すという話ですから、贈与税の出番はありません。むしろ、もらうべきものをもらわなかったら、そちらの方が問題。スジ論でいけば、奥さんからご主人へ贈与があったことになってしまいます。 ◆もらい過ぎには贈与税 あえて奥さん側に贈与問題が生じるとすれば、もらった金額が多すぎる場合です。グウタラな奥さんでさしたる貢献もないのに、なぜそんなにたくさん渡すのか、という疑問です。 だけど現実問題として、PKOの国際貢献と違って、夫婦間の貢献度合いに外部の者がくちばしを挟むのはおこがましい。よほど不合理な点がないかぎり、贈与税の出番はないと考えていいでしょう。 ◆所得税の心配もなし そういうわけで、離婚の財産分けに贈与税はかからず、もしかかるとすれば「所得税」(もうけに対する税金)です。奥さんが財産分けの権利を行使して1,000万円を稼いだ・・・という理屈ですね。しかしこの1,000万円には、ご主人が以前に収入として稼いだ時点ですでに所得税がかかっているはずですから、重ねて課税されることはありません(二重課税はいたしません!)。 なお、財産分けではなく“慰謝料”としてもらった場合、これは奥さんの所得になります。だけど、心身に加えられた損害につき支払いを受ける慰謝料や見舞金は、所得税法上、非課税とされています。 結局のところ、離婚で財産分けを受けても、奥さんには贈与税も所得税もかからないということで、まずはメデタシ、メデタシ。 ◆金銭で渡せば問題なし さて、次にご主人に申し上げます。離婚によって、奥さんに財産分けの請求権が発生すれば、ご主人にはそれに見合う債務が生じます。たとえば、1億円渡すということで話がついて、現金・預金でこれを支払ったということなら、特に問題はありません。 返すべきものを返したというだけのことで、いわば奥さんに対して背負っていた借金を返済したのと同じことです。 ◆不動産で渡せば譲渡所得税 ところが、お金ではそれだけのものがないので、代わりに時価1億円する不動産を渡したとなると、話はかなり違ってきます。ここで「譲渡所得税」が首を突っ込んでくるのです。 なぜ譲渡所得が? なぞなぞみたいですが、そのこころ・・・は・・・夫が不動産を第三者に売って、その代金1億円を妻に渡したのと同じ、というところにあります。 ◆時価で譲渡したものとみなす ひねくれた見方といわれようが、税法とはそうしたもの――時価1億円が収入金額で、過去に買った金額(取得費)との差が所得(もうけ)になります。 こういう発想は、庶民の常識をはるかに超えている、かもしれません。でも、わが日本国は法治国家、そういう定めになっているのであれば、従っていただかざるをえません。 不動産に限らず株式など、現金・預金以外のもので渡せば、譲渡所得の課税問題が生ずるものと覚悟してください。 ◆交換すればみなし譲渡課税 この「みなし譲渡課税」の取扱いは、皆さんになかなかご理解いただけない内容です。ちょうどいい機会ですから、別の例を取り上げて、みなし譲渡のことを詳しく説明しましょう。 “交換”のケースで説明します。たとえばSさんとTさんが、それぞれ時価1億円の土地を持っているとします。お互いに欲しい物件なので、この際交換しよう、ということになりました。そのとき、お二人に税金がかかります。 ??という感じでしょうね。同じ値打ちの2つの土地を交換するだけで、お金のやり取りをしないのになんで?・・・という思いでしょうね。 ミスター“税金”は、このように判断します。交換の時点で、買ってからこれまでの値上り益(場合によっては値下り損)があるはず。お金のやり取りはないけれど、所有権が移転した(名義が変わった)時点で、現在得ている利益(あるいは被った損失)を、公にしていただきましょう、という発想です。 ◆交換後の譲渡益を通算すれば合計額は等しい たとえば、Sさんは40年前に自分の土地を4,000万円で買っています。Tさんはもう少し古く50年前に3,000万円で買っています。 そうすると現時点で、お二人には次の譲渡益が発生しています。 この譲渡益に対する所得税等を、現時点で納めていただきます。その代わり、たとえばSさんが次回、交換後の土地を1億2,000万円で売却したときの譲渡所得の計算は、次のようになります。 当たり前のことながら、2回分通算した譲渡益は8,000万円止まりです。 ◆3,000万円控除の適用は? さて、お隣Aさんの話に戻ります。一般に自宅を売却したときは、居住用財産の「3,000万円特別控除」が適用されます。 その際、離婚による財産分けで自宅を奥さんに明け渡した場合にも、この特例が使えるかどうか・・・。ひっかかるのは、身内の者に売ってもこの特例は適用されない、という取扱いです。通常なら、奥さんに売った場合は適用されません。 でも、ご安心ください。離婚による財産分けなら大丈夫。正式に離婚して籍を抜いてしまえば、元夫婦でも赤の他人――身内への譲渡ではないから特例の適用あり、ということになります。 Aさんも、そういう渡し方をしていればいいのですが・・・。 (了) 人生にまつわる税金ものがたり、 もっとたくさんのお話を読みたい方へ送る一冊。
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《顧問先にも教えたくなる!》資産づくりの基礎知識 【第12回】「今こそ注目! 個人向け国債の魅力」
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第12回】 「今こそ注目! 個人向け国債の魅力」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇個人向け国債は低リスク 2024年3月に日銀がマイナス金利政策の解除を決定したことから、大手金融機関も普通預金の金利を上げるなど、少しずつ「金利のある世界」が戻りつつあります。そこで注目したいのが、安全かつ確実に運用できる個人向け国債です。 個人向け国債とは「個人」投資家のみが購入できる国債で、1万円から始められる手軽さと国による元本保証が特徴です。もちろん「日本という国が破綻しなければ」という前提はありますが、そのリスクは低いと言えるでしょう。 個人向け国債は3種類あり、「固定3」、「固定5」、「変動10」という名称で呼ばれています。すべて銀行や証券会社で購入が可能です。 〇固定金利型の個人向け国債 固定3と固定5の「固定」とは、金利が固定されているという意味です。債券ですから、半年に1回、固定された金利、つまり決まった金利で利息が払い出されます。元本に対して金利がつくという意味では、定期預金をイメージしていただくと近いかと思いますが、定期預金の金利は預入期間により複利の場合もあるのに対し、債券は期間にかかわらず単利です。払い出された利息からは毎回20.315%の税金が差し引かれます。 固定3と固定5の数字の部分は償還までの期間を指します。それぞれ3年、5年となります。償還とは、「満期」、つまり元本が返還されるタイミングです。したがって、「固定」金利の個人向け国債には、償還が3年のものと5年のものがあるということです。 〇個人向け国債の流動性と金利 一般的に債券は、発行体に問題がなければ償還時に元本が返還されます。一方償還前に解約をしたい場合は、市場での売買となるため、買った値段より安くしか売れずに損をしたり、反対に買った値段より高く売れて得をしたりすることがあります。 しかし、個人向け国債は「個人」投資家が投資しやすくなるようにと開発された国債なので、中途換金の際は、国が買い取ってくれるため元本割れすることがありません。ただし中途換金は購入から1年経過後のみで、その際に直前2回分の税引き前の利子相当額×0.79685が差し引かれます。 2024年5月10日から発行される固定3の金利は0.29%、固定5の金利は0.45%です。大手金融機関の3年定期の金利は0.15%程度、5年定期の金利は0.2%程度ですから、魅力を感じる方も少なくないのではないでしょうか。 〇変動金利型の個人向け国債 しかし、今後金利が上昇することを期待すると、選ぶべき個人向け国債は「変動10」かもしれません。先ほどの「固定」と異なり、こちらは半年に1回金利が見直される「変動金利」です。過去の金利の推移を見ると、確かにすでに発行された変動10の直近の金利は上昇しています。 中途換金は購入から1年経過後から、その際は直前2回分の税引き前の利子相当額×0.79685が差し引かれる点は、他の個人向け国債と同様です。また国が買い取りを約束しているので、元本が保証されている点も同じです。 気になる金利ですが、先ほどと同じ2024年5月10日から発売される変動10の初回金利は0.57%です。前述のとおり、この金利は半年ごとに見直されます。大手金融機関の10年定期は、金利0.3%ですからやはり魅力的です。 株式や投資信託と異なり、大きく増えることは期待できませんが、安全かつ確実に資産を築きたいというニーズには、しっかり応えられる選択肢だと考えます。 〇第2の選択肢「窓販国債」 また、似たような債券として「窓販国債」というものがあります。こちらも3種類あり、それぞれ「国債2」、「国債5」、「国債10」となります。お察しのとおり、数字はそれぞれの償還までの期間を指します。 こちらはいわゆる普通の国債なので、「変動金利」ではなく全種類とも「固定金利」です。また中途換金時は、個人向け国債と異なり国が買い取りをしてくれるわけではないので、元本保証はされません。市場で売買されるため、買った値段より高く売れるかもしれないし、安くしか売れないかもしれないという不確実性があります。 特に債券の特徴として、「市場金利が上がると債券価格が下がる」というセオリーがあるため、今後金利が上がると仮定すると、ますます中途換金はしにくくなることが予想されます。 とはいえ、直近発表された金利は国債2が0.3%、国債10は0.8%(国債5は執筆時点未発表)と、個人向け国債より高くなっています。中途換金をせずに償還まで持っていれば、元本割れすることがない国債ですから、資金用途的に問題がなければ、こちらを選んでもよいかもしれません。 * * * 金融商品は適材適所、特徴を理解したうえで、上手に活用しましょう。 (了)
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プロフェッションジャーナル No.568が公開されました!~今週のお薦め記事~
2024年5月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.568を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
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酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第131回】「消費税法上の実質行為者課税の原則(その4)」
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第131回】 「消費税法上の実質行為者課税の原則(その4)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅳ 所得課税法における実質課税の原則との径庭 1 所得税法・法人税法と消費税法 例えば、国税不服審判所令和4年11月9日裁決(裁決事例集129号174頁)は、次のように論じる。 ここでは、所得税法12条と消費税法13条は「同様の実質課税の原則を規定したもの」と整理されている。 また、国税不服審判所令和4年1月12日裁決(裁決事例集126号35頁)は次のように述べている。 法人税法11条における実質所得者課税の原則と消費税法13条の実質行為者課税の原則も同じものであるかのごとく述べている。 このような考え方は妥当なのであろうか。 2 消費税法における所得の不追求 消費税が仮に付加価値税であるとするならば、付加価値に対する課税となるはずである。ここにいう「付加価値」を仮に、所得課税における「所得」と同値のものであると考えると、付加価値税たる消費税はもはや所得課税と同じものになるはずである。すなわち、付加価値=収益-費用と観念するとなると、これは所得課税における「所得」であるからである(※1)。 (※1) 中里実東京大学名誉教授は、「消費税法は、『消費』や『付加価値』といった概念を直截的には用いていない。これは仕入税額控除のシステムを用いているからであり、消費税が付加価値に対して課されないからではない。」とした上で、「結果としては、消費税は、売上から仕入れを控除した残額に対して課税されるから、結局、付加価値に対して課税されることは明らかであろう。」とされる(中里「金融取引(銀行取引・保険取引)・不動産取引に対する消費税の課税」日税研論集30号228頁注(1)(1995))。 しかしながら、付加価値とは言いながらも、費用として賃金と借入金の利子を控除することができないことや、所得課税においては機械の購入に係る機械代金全額を控除することはできず減価償却費のみを控除することができるのに対して、消費税の計算においては、機械代金全額を控除することができるという点において、そもそも、異なる計算がなされているのである(※2)。 (※2) 浅妻章如教授は「消費税法による付加価値税は・・・機械代金についてexpensing方式なので消費型付加価値に課税していますが、・・・機械代金について減価償却費しか控除を認めない制度にしたら所得型付加価値税に課税することになります。現行法の付加価値税は消費者が負担するから消費課税であるという説明に間違いとは言い切れませんが、所得課税との本質的な違いは、expensing方式か減価償却費の控除かの違いです。」と説明される(浅妻『なぜ多国籍企業への課税はままならないのか』74頁(中央経済社2023))。なお、「expensing方式」とは、貯蓄額を課税対象所得から控除(deduct)する課税方式である(浅妻・同書17頁)。 したがって、仮に、消費税を付加価値税と位置付けることができたとしても、そもそも、課税物件である「所得」と「付加価値」は異なるのであって、課税標準たる「所得金額」と「付加価値額」は異なるのである。 そうであるのにもかかわらず、課税物件の帰属に関する点のみ所得課税法と消費税法は同じ考え方を採用していると解することは妥当なのであろうか。 3 信託に係る実質的帰属者 では、信託についてはどうであろうか。信託に係る消費税法上の実質行為者課税の原則は、もはや所得課税法における議論と同視できないように思われるのである。 そこで、まずは、所得税法及び法人税法における「信託財産に属する資産及び負債並びに信託財産に帰せられる収益及び費用の帰属」の規定をみておくこととしよう。 これらの規定について、金子宏東京大学名誉教授は次のように説明される(※3)。 (※3) 金子宏『租税法〔第24版〕』184頁(弘文堂2021)。 ここで明らかなのは、所得税法13条や法人税法12条が経済的帰属説を採用していることが、もともとの実質所得者課税の原則(所得税法12条、法人税法11条)が法律的帰属説を採用していることの理由付けにもなっているという点である。例外としての信託課税において経済的帰属説が採用されていることの裏返しとして、原則としての実質所得者課税の原則を法律的帰属説により説明するものであって、極めて説得的である。 さて、消費税法上の信託財産に係る資産の譲渡等の帰属はどのように規定されているであろうか。 さて、この規定についても、所得税法や法人税法上の信託課税と同様、経済的帰属説を採用したものとして説明すべきであろうか。この規定は上記記載のとおり、「経済的利益」の享受者に対して、「経済的利益」(所得)の帰属を認定する規定ではなく、「経済的利益」の享受者につき、受益者の資産等取引とみなすだけの規定である。 すなわち、資産等取引を行った者(委託者)が明確であるのにもかかわらず、資産等取引を行った者ではない者が資産等取引を行ったものと擬制する規定に過ぎず、それは経済的実質性を議論する話とは別ものであるというべきものである。すなわち、経済的利益を得た者(受益者)に対して、経済的利益の帰属を決めるという意味での所得課税法における信託課税のみなし規定とは異なり、資産等取引を行っていない者(受益者)に対して、資産等取引を行ったとみなす規定であるから、その本質が大きく異なっているというべきではなかろうか。 そもそも、消費税法14条を経済的帰属説として説明すること自体に無理があるのではなかろうか。ここにある議論は、いわゆる実質論とはまったく別者であり、実質的なものではなく単なる擬制(フィクション)の手法を持ち込んでいるだけであるというべきではなかろうか。資産等取引を行っていないことが明らかな経済的利益(所得)の享受者(受益者)が資産等取引を行ったとみなすことを「実質論」と呼ぶことには違和感を禁じ得ない。 再説すると、信託課税に関して、所得課税法では経済的帰属説で説明することができるが、消費税法においては経済的帰属説で説明することは妥当ではないというべきであろう。 すると、次のようなことになりはしないか。 所得課税法では、信託課税におけるルールが経済的帰属説という例外であったから、原則的な実質所得者課税の原則は法律的帰属説で説明する他ないという論脈で論じてきた。そういう意味では、所得課税法における実質所得者課税の原則と信託課税は、原則と例外という関係で構成されていた。 しかし、消費税法においては法律的帰属説が定立し得たとしても、例外としての信託課税における経済的帰属説を観念することができないのであって、いわば例外がないのである。例外の説明をした上で、原則を法律的帰属説と位置付ける理屈は消費税法においては通用しないのではなかろうか。 そう考えると、消費税法上の実質帰属者課税の原則は、所得課税法におけるそれとは全く違うものとして理解すべきなのではなかろうか。すなわち、信託課税における実質帰属者課税の考え方は、そもそも実質帰属者ではなく、完全なみなし規定であって、実質論でも何でもないというべきではなかろうか。 そのように考えると、そもそも消費税法上の実質行為者課税の原則を考えるに当たって、経済的帰属説なるものはどのような意味を有するのであろうか。消費税法上の実質行為者課税の原則に経済的帰属説の立場はあり得ないのではなかろうか。 そして、法律的帰属説はその根拠法となる条文について、これを確認規定と位置付ける立場と親和的である。 4 本件判決 本件事案においては、原告及び被告のいずれも法律的帰属説による主張をしている。本件事案の当事者もそこには争いがないのである。 この点を以下において確認しよう。すなわち、Xは次のように主張している。 また、Yは次のように主張しているが、これも法律的帰属説に立つものと解することができよう。 これらの主張を受けて、本件判決は、次のように、消費税法13条について論じている。 法律的帰属説から導出される確認規定説に立つとするならば、消費税法13条の要件をことさら分析的に規範化する必要はないはずである。すなわち、確認規定であるからには、さして文理に拘る必要はないからである。そうであるのにもかかわらず、同条の要件を規範として判示しているのである。 本件判決の見解を前提とすると、❶法律的帰属説からは必ずしも確認規定説のみが導出されるものではないとする考え方(以下では、便宜的に、確認規定説に対立するものとして、「法律的帰属説における創設規定説」という。)と、❷確認規定説に立ちながらも、消費税法13条の要件を重視する考え方が考えられる。 なお、金子宏教授は、本件判決に関して「食肉市場において、出荷者から委託を受けて食品の卸売業を営む商法上の問屋は、買受人との関係で各種リスクを負担していることにかんがみ、法律上の実質譲渡者であると解すべきであろう。」とされている(※4)。 (※4) 金子・前掲(※3)、830頁。 (続く)
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谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」 【第26回】「国税通則法72条・73条(・74条)」-徴収権の期間制限(消滅時効)-
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第26回】 「国税通則法72条・73条(・74条)」 -徴収権の期間制限(消滅時効)- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法72条(国税の徴収権の消滅時効) 国税通則法73条(時効の完成猶予及び更新) 1 徴収権の期間制限に対する私法的規制の原則 前回は租税債権の期間制限(前回1参照)のうち確定権の期間制限について検討したが、今回は徴収権の期間制限について検討することにする。 税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)8頁は、「徴収権については、現行の時効制度をそのまま維持するものとする。」と述べたが、この点について同「国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)」(昭和36年7月)33頁は、「徴収権は一般の私債権ときわめて近似した性格をもち、特別に自力執行権と優先徴収権が認められることを除けば、むしろ私債権と同一に取り扱うことが適当である。」(下線筆者)と説明している。 上の説明は、徴収権の期間制限について従来どおり時効制度を維持するという答申の内容を確認的に述べるにとどまらず、徴収権の本質にまで立ち返ってその内容を正当化するものであるように思われるが、そうすると、その説明は、租税債権の成立に関する次のような歴史的認識、すなわち、「近代以降、主権概念が成立することにより課税の性質が公的なもの・公法的なものへと変化したといっても、あるいは、現代において課税が主権に基づいて行われるといっても、課税の結果として成立する租税債権が金銭債権であることに何の変化もない。課税権は公法的なものであるが、その結果生ずる租税債権には私法的性格が濃厚に残っているのである。」(中里実『財政と金融の法的構造』(有斐閣・2018年)57頁[初出・2014年])という認識と親和性があるように思われる。 このような歴史的認識は、「私権の享有主体としての国家」(中里・前掲書14頁[初出・2013年])ないし「国家の保有する私有財産」(同49頁[初出・2014年])というような観念を前提にしているように思われるが、筆者は、これと同様の観念を前提にして、財産権保障(憲法29条)の下で徴収権(租税債権)を、「国家が自身でも所有し得る財産について私人による所有を認める場合(私有財産制の保障)、その財産のいわば『代替物』としての租税という名の『国有財産』」(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【24】)として捉えている。 そうすると、徴収権の期間制限を消滅時効として構成することは、徴収権の歴史的本質ないし憲法的本質に適合しているといえよう。その意味でも、税制調査会・前掲答申別冊の前記の説明は正当なものであり、したがって、同答申を受けて制定された国税通則法72条が徴収権の期間制限について消滅時効に係る民法の規定の準用という形式で私法的規制の原則(同条3項)を定めたのは正当であると考えられる。 2 徴収権の消滅時効に対する税法的(公法的)規制 もっとも、徴収権の期間制限に対する私法的規制の原則については、例外的に、徴収権の消滅時効に対する税法的(公法的)規制が定められている。この点について、税制調査会・前掲答申別冊33頁は次のとおり述べている(下線筆者)。 この説明は、国税徴収法(明治22年法律第9号)と同じ年に会計法(明治22年法律第4号)が制定されて以来徴収権も含め公法上の金銭債権の消滅時効に係る時効期間が5年とされてきたことを踏まえたものであり(税制調査会・前掲答申別冊41頁参照)、基本的には現行の国税通則法72条及び73条についても妥当すると考えられる(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)851頁、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)3722頁参照)。 もっとも、税制調査会・前掲答申別冊の前記の説明では言及されていないが、徴収権の消滅時効の起算日についても、税法的(公法的)規制として下記の2つの考え方(税制調査会・前掲答申別冊39-40頁)が検討され、下記の(b)の考え方では納税の告知が時効中断事由とされていることを説明することができないこと、実際上結果において差異がないこと等が考慮された結果、印紙納付の場合を除き法定納期限を起算日とする旨(下記の(a)の考え方)が答申された(税制調査会・前掲答申別冊40頁、前掲答申8頁参照)。 以上を現行国税通則法に即して整理すると、徴収権の消滅時効に対する税法的(公法的)規制としては、①時効の起算日が一律に法定納期限であること及び時効期間が5年であること(税通72条1項)、②消滅時効の絶対的効力(同条2項)、③時効の完成猶予(平成29年民法改正前の時効の停止に相当する)及び更新(平成29年民法改正前の時効の中断に相当する)の事由として更正又は決定、賦課決定、納税に関する告知、督促及び交付要求の各処分が認められること(同73条1項)等が定められている。 徴収権の消滅時効は税法の体系上は租税実体法の領域に属する問題であるが、上記の①及び②では、租税手続法の基礎にある租税法律関係の統一的・画一的処理の要請(前掲拙著【98】参照。この要請は、「理論上は問題が残るとしても、可能な限り課税関係を簡明にするため」(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)212頁)のものといってよかろう)が考慮され、上記の③では行政処分の効力とりわけ公定力が尊重され、その限りでは、租税実体法の基礎にある租税債務関係説(前掲拙著【12】参照)という私法上の債権債務関係に親和性のある考え方が、制限ないし修正を受けているとみることができる。 なお、上記の③のうち「処分に係る部分の国税については」という部分の定め(税通73条1項柱書)については、下記の解説(志場ほか共編・前掲書924-925頁)のように、私法の考え方を基礎として理解する見解もあるが、納税義務の確定行為相互間の関係を定める国税通則法29条1項・2項、90条、104条2項・4項、115条1項2号等(前掲拙著【147】参照)と同じく租税手続法上の法律関係の安定性を考慮した規定であると理解することもできよう。 以上で検討してきた徴収権の消滅時効と比べて、還付金等の消滅時効(税通74条)については、還付金等が「一種の不当利得」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)918頁)でありその還付請求については「不当利得返還請求権に関する法理が基本的に妥当する」(同頁)ことから、税法的(公法的)規制の範囲はより限定されている。 最後に、徴収権の消滅時効は、実質的には、修正申告(税通19条)の期間制限としての意味をもつことを指摘しておく。「消滅時効の完成による徴収権の消滅は、納税義務の消滅を意味するといってよい」(清永・前掲書205頁)が、「納税義務が例えば消滅時効により消滅したときは、その後なされた修正申告は当然効力を生じないと考えるべきであろう」(同234頁)から、徴収権の消滅時効は実質的には修正申告制限とみてよかろう(前掲拙著【124】参照)。 (了)
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国際課税レポート 【第2回】「米国・G20それぞれによる富裕層・時価評価所得課税構想」
国際課税レポート 【第2回】 「米国・G20それぞれによる富裕層・時価評価所得課税構想」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員 資産の時価評価課税(mark-to-market)の可能性が、これからの富裕層所得課税のカギになるかもしれない。資産の時価評価技術の進歩と、評価についての国際的な調和や執行協力がそれを可能にする。 これは、格差大国といわれる米国における税制改革提案や、G20におけるブラジルとフランスによる富裕層グローバルミニマム税提案といった最近の動きの観察から想起されたことだ。以下説明する。 米国バイデン政権による時価評価(含み益)所得課税提案 バイデン政権は、純資産1億ドルを超える超富裕層に対して、資産の含み益を含めた所得に対し、25%の税率でミニマム税を課す提案をしている(2024年、2025年予算案)。提案の理由は、「含み益に対する優遇措置は、高所得納税者に不釣り合いに有利になっており、多くの高所得納税者は多くの中低所得者よりも実効税率が低い」からだ。資産を譲渡すると課税されるので、これを回避するためロックインが起こり、より経済生産性の高い投資が行われない非効率があるとも主張している。 米国の個人所得税における収益計上の基準は実現主義(日本も同じ)であり、課税の契機は資産の移転なので、保有資産を“譲渡”しなければ課税を繰り延べることができる。例えば、企業向けソフトウエアの巨人であるオラクル社の共同創業者であるラリー・エリソン氏は、同社の株式を売却する代わりに、個人信用枠を使って複数の豪邸、スーパーヨット、ハワイの島等を3億ドルで購入したそうだ。 このように、米国の富裕層の間では「買って・借りて・相続する(※1)」というシンプルな手法で、永遠に所得税の支払いを避けることができる。実現主義による現行法の下で、富裕層の投資に係る課税ベースの3/4が恒久的に所得課税を免れていると見積もる研究もある。 (※1) 米国法には、相続人が時価で相続財産を取得したとみなす制度があるため、相続時までの未実現利益部分についての課税が生じない。 バイデン提案(米財務省資料)では、将来譲渡等が行われた時点の課税との二重課税が生じないようにするため、過年度に支払ったミニマム税額は「前払い」として、後年度の算出ミニマム税額や譲渡時の課税から控除できる。また、分割納付制度のほか、流動性のない資産については取得原価ベースでの評価や、時価評価課税の対象から除外することも認めるなど、実務的な工夫も凝らしている。 米国の著名な租税法学者であるAvi-Yonah教授らは、時価評価所得課税の理論的な本質は、課税の時期の前倒しであると指摘している。時価評価を取り入れることにより、富裕層の資本所得課税の制度的抜け穴を塞ぐことはもちろんだが、富裕層を優遇する現在の税制を維持しようとする政治的力学に対抗することも可能になるとも主張する。 G20議長国ブラジルが提案する富裕層グローバルミニマム税提案 2024年にG20議長国を務めるブラジルのフェルナンド・アダジ財務相は、温暖化や貧困対策等持続可能な成長のための財源確保と、富裕層の税逃れによる不公正を是正するため、億万長者に対するグローバルミニマム税課税の枠組みについて、G20で本年中にも合意することに意欲を示している。 〈ブラジル提案(筆者の推察による)〉 提案の具体的な内容は現時点では明らかではないが、7月のG20に向けて、フランスの経済学者、ガブリエル・ズックマン教授が準備中のようだ。ズックマン氏が代表を務めるEU委員会の税シンクタンク「EU Tax Observatory」が昨年公表したレポートの中で述べられた提案(※2)に近いものになると推察される。 (※2) EU Tax Observatory 「GLOBAL TAX EVASION REPORT 2024」第5章2 それによれば、純資産10億ドル超の富裕層の所得税の算出税額が、純資産の価額の2%を下回る場合、その差額について追加課税を行う。この課税手法は、一般に適用される税法で算出された税額に、ミニマム税額に不足する分を上乗せ(トップアップ)する方法であり、令和7年分からわが国で導入される極めて高い水準の所得に対する負担の適正化のための措置で用いられるものと同じ仕組みである。 なお、富裕層が海外に移住することによる潜脱を防止するため、例えば40年間A国に居住していた富裕層がB国に移住した場合、出国後10年間はA国でグローバルミニマム富裕税が課税される。その間にB国で課税された所得税はA国で税額控除する。また、各国が調和した資産評価方法に合意することを提案している。 所得税時価評価課税の理論と実務 ところで、実現主義に基づく所得課税の経験から見ると、時価評価課税はいささか突飛に映らなくもない。理論を整理しておこう(以下、金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)196~198頁を要約及び引用などしている)。 わが国や米国の租税制度は、人の担税力を増加させる経済的利得は課税所得を構成するという「包括的所得概念」を支持している。納税者の担税力を増加させる利得であれば、一時的なものや、所有資産の価値の増加益も含まれる。これが原則だが、日本の所得税法は所得を収入と言う形態で捉えており(所法36①)、未実現利益は課税対象から除かれていると解さざるを得ない。 しかし、金子教授は、これは未実現利益が本質的に所得でないからではなく、未実現利益を捕捉し評価することが困難であるからであって、それらを課税の対象とするかどうかは立法政策の問題であると指摘している。また、時価評価課税に関しては、流動性の問題についての指摘もある。納税者が納税に必要な流動性を持たず、保有資産の売却を余儀なくされれば、市場に悪影響を及ぼしかねない。 しかし、富裕層課税に関して言えば、これらの指摘は時価評価課税を導入する立法政策を妨げるほどの説得力を持つとは言えなさそうだ。 時価評価による課税制度は、すでにいくつかの場面で採用されている。1億円を超える有価証券等を保有する個人について、出国時に対象資産の譲渡等があったものとみなして対象資産の含み益に所得税を課税(所法60の2①)する国外転出時課税制度が2015年に導入されているほか、2014年に導入された国外財産調書には、国外財産の「時価」(国外送金等調書令10④)を記載することが必要である。 また、流動性の問題についてTax Observatoryレポートは、富裕層は富を担保に融資を受けることができるほか、そもそも富裕層が流動性の問題で苦しんでいるという考え方はほとんど意味をなさないと指摘している。 時価評価課税が拓く資本所得課税の可能性と実務的に安定した評価基準の必要性 日本の所得税法第33条は、「譲渡所得とは、資産の譲渡(中略)による所得をいう」と規定し、譲渡は税法に定義がないため、譲渡所得の課税を巡っては、どのような財産移転があれば譲渡所得の課税が行われるのか、法的形式を巡る問題に理論・実務の注意が払われてきたように思う(例えば、株式貸借取引の譲渡該当性や、レポ取引が売買か有価証券担保による金銭貸付かを巡る東京高判平成20年3月12日判決)。 譲渡所得課税は、累積したキャピタルゲインが資産移転により一時に実現するものであることから、譲渡所得の対象となる資産への投資は課税に敏感に反応する。課税を免れるために譲渡しないロックイン効果があり、国民経済上好ましくないという指摘もある(金子・前掲書264頁参照)。しかし、時価評価課税が導入されればロックイン効果がなくなり、譲渡所得に対する租税政策の自由度が増す可能性がある。 ブラジルの提案には、長年OECDの国際課税合意に携わってきたフランスのル・メール大臣が、これは富裕層の課税ベースからの脱漏による課税の効率性と、課税の正義の問題であると主張し、強い支持を表明している。また、IMFのゲオルギエバ専務理事は税の抜け穴をなくし、富裕層が公平に負担するようになれば、持続的で包摂的な成長のために直ちに必要となる財源を確保することができると評価したと伝えられている。多国籍企業を巡るBEPS第1の柱、第2の柱に次ぐ第3の柱だという気の早い声もある。 ブラジルは7月のG20の共同宣言(全員一致が必要)に盛り込みたい意向だが、ドイツのリントナー財務相は提案を支持できないと表明したと伝えられるなど、国際合意へのハードルは低くないだろう。 ブラジルの提案は、国際的に調和した資産評価方法についての共通の基準を作ることも視野に入れているようだ。時価評価課税の対象となる資産の範囲や評価の在り方についての議論が国際的に行われれば、それを参考にわが国の相続税財産評価基準を検証することも考えられるだろう。 令和5年度改正で超富裕層に対する22.5%のミニマム税をトップアップの手法を用いて導入したわが国は、富裕層の税負担の歪みに対する制度的対応において一歩先行しているとも言える。当面のG20における議論の展開や、それに対し得る各国の反応を見守りたい。 (了)
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〔疑問点を紐解く〕インボイス制度Q&A 【第38回】「インボイス制度により新たに課税事業者となった個人事業者の消費税の申告漏れ」
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第38回】 「インボイス制度により新たに課税事業者となった 個人事業者の消費税の申告漏れ」 税理士 石川 幸恵 【Q】 インボイス制度の開始前は免税事業者でしたが、制度の開始に合わせて適格請求書発行事業者の登録を受けました。令和5年分の確定申告は令和4年以前と同様、所得税の確定申告書を提出しただけですが、消費税はどうしたらよいのでしょうか。 〔ポイント〕 (1) 期限後申告である場合、無申告加算税や延滞税が課される可能性があります。 (2) 期限後に消費税の確定申告書を提出する場合であっても、適用要件に該当すれば2割特例は適用できます。また、期限に遅れたことにより、すぐさま適格請求書発行事業者の登録が取り消されるなどのペナルティはありません。 * * * 【A】 消費税は申告納税方式なので、申告期限までに自分で納めるべき税金の金額を計算して納税しなければなりません。個人事業者の令和5年分の消費税の申告期限は令和6年4月1日でした。 上記【Q】のように「令和5年分の確定申告は令和4年以前と同様、所得税の確定申告書を提出しただけ」ということは、消費税は申告漏れとなっています。申告書を提出していなかったことに気づいたら、早めに申告書を作成・提出するか、所轄税務署へご相談ください。 (1) 期限後申告になった場合に追加で払わなければならない税金 期限後に申告をした場合、無申告加算税と延滞税が課されます。無申告加算税と延滞税は経費として認められません。 ① 無申告加算税の計算 (注1) 納付すべき税額が1万円未満であるときは課されません(通法118③)。 (注2) 計算の結果が5,000円未満であるときは課されません(通法119④)。 ② 延滞税の計算 延滞税とは遅延利子的な性質を有するものです。申告期限である令和6年4月1日の翌日から完納する日までの延滞税を納付しなければなりません。 延滞税の割合は、納付すべき税額(1万円未満の端数切捨て)に対して下記となります。 期限後申告書を提出した日から2ヶ月以内に納付すれば2.4%の年利に収まります。資金繰りに目途がつけば1日でも早く納付しましょう。 (注3) 計算の結果、延滞税の額が1,000円未満となったときはかかりません(通法119④)。 なお、所得税の確定申告、個人事業者の消費税の確定申告についての延滞税の額は、国税庁のホームページで計算することができます。 (2) 金銭面以外のペナルティは特になし 消費税の確定申告書を期限後に提出する場合であっても、適用要件に該当すれば2割特例は適用できます。また、期限に遅れたことにより、すぐさま適格請求書発行事業者の登録が取り消されるなどのペナルティはありません。 ただし、1年以上消費税の申告書の提出がなく、税務署から送付された文書が宛先不明で戻されたり、電話が通じない等所在不明である場合は、税務署長によって適格請求書発行事業者の登録が取り消される可能性があります(インボイスQ&A問16)。 (了)
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Q&Aでわかる〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第42回】「相続開始直前に被相続人が自己株式を取得した場合の非上場株式の評価」-総則6項の適用の可否-
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第42回】 「相続開始直前に被相続人が自己株式を取得した場合の非上場株式の評価」 -総則6項の適用の可否- 税理士 柴田 健次 Q A社の取締役会長である甲は令和6年4月22日に相続が発生しています。甲は4年前に代表権を長男である乙に移譲し、自らは会長としてA社の非常勤役員として勤務していましたが、令和5年にガンを患い余命半年の宣告を受けました。甲は遺言書を作成するとともに相続税の軽減対策のために金融機関から300,000千円の借入を行い、A社が保有する自己株式を300,000千円(時価純資産価額@20,000円×15,000株)で取得しました。 その後、甲の死亡によりA社株式を相続した乙は、A社株式の相続税評価額を30,000千円(類似業種比準価額@2,000円×15,000株)と評価し、相続税の申告を行っています。また、相続税の納税資金に充てるため、乙はA社に相続で取得したA社株式を306,000千円(時価純資産価額@20,400円×15,000株)で売却しています。 甲の自己株式取得前後及び相続後の株主の株式数と議決権割合は、それぞれ下記の通りとなります。 甲の自己株式の取得(A社における自己株式の処分)については、所得税・法人税における時価として適正なものであり、また、乙の自己株式の売却(A社における自己株式の取得)は、所得税・法人税における時価として適正なものとします。 また、A社は3月決算であり、A社の従業員数は150人で特定の評価会社には該当しませんので、類似業種比準価額が適用され、1株当たりの価額2,000円についても財産評価基本通達に従い適正なものとなります。 上記のような事実関係の場合において、財産評価基本通達6の定めにより財産評価基本通達とは別の評価方法で評価するべきとして課税当局から指摘を受けた場合には、A社株式の類似業種比準価額30,000千円は認められないのでしょうか。また、認められなかった場合には、どのような評価方法で課税されることになりますか。 A 財産評価基本通達第1章総則6項(以下「総則6項」という)の適用対象となり、類似業種比準価額30,000千円は認められるべきではないと考えられます。 非上場株式の評価について総則6項が適用される場合の課税方法に明確な基準はありませんが、本問においては、例えば、公認会計士等の第三者機関の株価算定書において課税の上限である時価を認定した上で、その時価以下の金額の範囲内において次のような合理的な評価方法で課税されることが考えられます。 ◆ ◆ ◆ ① 時価の意義と総則6項の定め 相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨を定めています。そして、財産評価基本通達1(時価の意義)では、「財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。」とされています。非上場株式の場合には、財産評価基本通達178から189-7までの定めにより時価を算定します。 もっとも、財産評価基本通達は、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達に過ぎませんので、納税者に対する法的効力はありません。しかしながら、租税の目的とするところの1つには課税の公平性がありますので、非上場株式をある程度、画一的に評価する必要があります。財産評価基本通達の役割としては、課税の公平性や安全性に着目して画一的な評価を行うことにありますので、課税実務においてもこの財産評価基本通達による評価が大原則になります。 その一方で財産評価基本通達によると、かえって課税の公平を欠くことがあります。そのような場合に適用されるのが、総則6項です。総則6項において「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定められています。財産評価基本通達を画一的に適用した場合には、著しく課税の公平を欠く場合も生じることがあるため、個々の財産の態様に応じた適正な時価評価が行えるように定められています。 ② 総則6項の実質的な適用要件 総則6項の実質的な適用要件については、前回解説をしていますが、納税者の不利に適用するに当たっては、下記の要件が必要になると考えられます。 上記の適用要件は、令和4年4月19日の最高裁判決(TAINSコード:Z888-2406)及び令和6年1月18日の東京地裁判決(TAINSコード:Z888-2556)から考察した現時点における筆者の私見であり、今後の裁判の動向に注意しながら個々の事案ごとに慎重に判断する必要があります。 ③ 本問への当てはめ(総則6項の適用の可否) 発行法人から自己株式を取得した場合の「その時における価額」の算定については、本連載【第27回】で解説をしていますが、所得税基本通達23~35共-9に基づき算定することとされています。 売買実例もなく、発行法人と類似法人もない場合には、原則として「1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」により株式の価額を算出するものとされ、例外として財産評価基本通達の準用が認められています。 本問の場合には、時価純資産価額を基に計算していますので、前者の「1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」により株式の価額を求めていることになります。そして、相続時においては、類似業種比準価額で評価をしていますので、所得税における時価と財産評価基本通達による価額の乖離を被相続人が作出しているということができます。そして、その乖離を利用して借入を行い、自己株式の取得をしています。 したがって、相続税法22条の時価と財産評価基本通達による価額に著しい乖離があり、かつ、被相続人が意図してその著しい乖離を作出したものとなりますので、総則6項の適用があると考えられます。 ④ 相続税法22条における時価と本問の場合に課税されるべき金額の考察 総則6項を課税当局が適用する場合には、相続税法22条の時価以下の金額で課税することになりますので、時価算定が重要となります。最近の裁決事例(令和3年8月27日裁決(TAINSコード:F0-3-765)及び令和4年3月25日裁決(TAINSコード:F0-3-863))や裁判事例(令和6年1月18日東京地裁判決)では、いずれも時価算定においては、公認会計士等の第三者機関に依頼しており、その算定は、日本公認会計士協会から公表されている経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」(平成19年5月16日公表、平成25年7月3日改正)が利用されています。 上記令和4年3月25日の裁決では、不服審判所は、企業価値評価ガイドラインの株式価値算定を下記の通り総括しています。 上記の令和4年3月25日の裁決は、相続開始直前に被相続人が関係会社から借入(73億円)を行い、ホールディング会社の自己株式を1株@76円で取得(約73億円)し、1株@18円で相続税申告を行ったことに対して課税庁が総則6項を適用し、公認会計士等の第三者機関の株価算定書の価額を基に1株@55円(再調査で1株@46.48円に変更)で更正処分等を行った事案です。不服審判所はその算定された価額を合理的な評価方法により控えめに算定されたものとしてその評価額(1株@46.48円)を時価以下のものとして認めています。 企業価値評価ガイドラインにおいては、DCF法等のインカム・アプローチが用いられており、DCF法が時価としては適当ではないとする意見も当然ありますが、「経営承継法における非上場株式等評価ガイドライン」においては、DCF法の記載もあるため、時価算定方法として完全に否定はできないといえます。 また、会社法における株式買取請求の場面において裁判所で価格決定を行う際にもDCF法は時価を算定する1つの手法とされており、他の時価算定方法である配当還元方式、純資産方式等と折衷させる等して個々の事案に応じて「公正な価格」を決定しています。したがって、DCF法は時価を検討する上で否定することができない方法としてその地位を獲得しているといえます。 もっとも、DCF法は恣意性が介入するため、評価の画一性から財産評価基本通達に入る余地はないとはいえますが、時価と財産評価基本通達の著しい乖離を意図的に利用した納税者に対しては、財産評価基本通達とは異なる評価方法で課税することが許容されますので、相続税法22条の時価以下の金額で課税することは違法にはなりません。 令和6年1月18日東京地裁判決においては、前回解説したとおり総則6項の適用はないものとされましたが、課税当局による課税処分としては、公認会計士等の第三者機関の株価算定書の価額に基づき更正処分を行っています。そして、その株価算定書はDCF法に重きを置いて算定がなされており、時価純資産価額を遥かに上回る金額で課税処分がなされています。 本問においては、例えば、公認会計士等の第三者機関の株価算定書において課税の上限である時価を考察した上で、次のような合理的な評価方法が考えられます。 ☆実務上のポイント☆ 総則6項が適用される場合には、相続税法22条の時価以下の金額で合理的な方法により課税されることが許容されており、相続税法22条の時価が公認会計士等の第三者機関の株価算定書等で認定される場合には、納税者が予測できない金額で課税される可能性もありますので、注意が必要です。 (了)
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さっと読める! 実務必須の[重要税務判例] 【第97回】「遺産分割成立後の更正の請求事件」~最判令和3年6月24日(民集75巻7号3214頁)~
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第97回】 「遺産分割成立後の更正の請求事件」 ~最判令和3年6月24日(民集75巻7号3214頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)