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谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」 【第26回】「国税通則法72条・73条(・74条)」-徴収権の期間制限(消滅時効)-
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第26回】 「国税通則法72条・73条(・74条)」 -徴収権の期間制限(消滅時効)- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法72条(国税の徴収権の消滅時効) 国税通則法73条(時効の完成猶予及び更新) 1 徴収権の期間制限に対する私法的規制の原則 前回は租税債権の期間制限(前回1参照)のうち確定権の期間制限について検討したが、今回は徴収権の期間制限について検討することにする。 税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)8頁は、「徴収権については、現行の時効制度をそのまま維持するものとする。」と述べたが、この点について同「国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)」(昭和36年7月)33頁は、「徴収権は一般の私債権ときわめて近似した性格をもち、特別に自力執行権と優先徴収権が認められることを除けば、むしろ私債権と同一に取り扱うことが適当である。」(下線筆者)と説明している。 上の説明は、徴収権の期間制限について従来どおり時効制度を維持するという答申の内容を確認的に述べるにとどまらず、徴収権の本質にまで立ち返ってその内容を正当化するものであるように思われるが、そうすると、その説明は、租税債権の成立に関する次のような歴史的認識、すなわち、「近代以降、主権概念が成立することにより課税の性質が公的なもの・公法的なものへと変化したといっても、あるいは、現代において課税が主権に基づいて行われるといっても、課税の結果として成立する租税債権が金銭債権であることに何の変化もない。課税権は公法的なものであるが、その結果生ずる租税債権には私法的性格が濃厚に残っているのである。」(中里実『財政と金融の法的構造』(有斐閣・2018年)57頁[初出・2014年])という認識と親和性があるように思われる。 このような歴史的認識は、「私権の享有主体としての国家」(中里・前掲書14頁[初出・2013年])ないし「国家の保有する私有財産」(同49頁[初出・2014年])というような観念を前提にしているように思われるが、筆者は、これと同様の観念を前提にして、財産権保障(憲法29条)の下で徴収権(租税債権)を、「国家が自身でも所有し得る財産について私人による所有を認める場合(私有財産制の保障)、その財産のいわば『代替物』としての租税という名の『国有財産』」(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【24】)として捉えている。 そうすると、徴収権の期間制限を消滅時効として構成することは、徴収権の歴史的本質ないし憲法的本質に適合しているといえよう。その意味でも、税制調査会・前掲答申別冊の前記の説明は正当なものであり、したがって、同答申を受けて制定された国税通則法72条が徴収権の期間制限について消滅時効に係る民法の規定の準用という形式で私法的規制の原則(同条3項)を定めたのは正当であると考えられる。 2 徴収権の消滅時効に対する税法的(公法的)規制 もっとも、徴収権の期間制限に対する私法的規制の原則については、例外的に、徴収権の消滅時効に対する税法的(公法的)規制が定められている。この点について、税制調査会・前掲答申別冊33頁は次のとおり述べている(下線筆者)。 この説明は、国税徴収法(明治22年法律第9号)と同じ年に会計法(明治22年法律第4号)が制定されて以来徴収権も含め公法上の金銭債権の消滅時効に係る時効期間が5年とされてきたことを踏まえたものであり(税制調査会・前掲答申別冊41頁参照)、基本的には現行の国税通則法72条及び73条についても妥当すると考えられる(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)851頁、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)3722頁参照)。 もっとも、税制調査会・前掲答申別冊の前記の説明では言及されていないが、徴収権の消滅時効の起算日についても、税法的(公法的)規制として下記の2つの考え方(税制調査会・前掲答申別冊39-40頁)が検討され、下記の(b)の考え方では納税の告知が時効中断事由とされていることを説明することができないこと、実際上結果において差異がないこと等が考慮された結果、印紙納付の場合を除き法定納期限を起算日とする旨(下記の(a)の考え方)が答申された(税制調査会・前掲答申別冊40頁、前掲答申8頁参照)。 以上を現行国税通則法に即して整理すると、徴収権の消滅時効に対する税法的(公法的)規制としては、①時効の起算日が一律に法定納期限であること及び時効期間が5年であること(税通72条1項)、②消滅時効の絶対的効力(同条2項)、③時効の完成猶予(平成29年民法改正前の時効の停止に相当する)及び更新(平成29年民法改正前の時効の中断に相当する)の事由として更正又は決定、賦課決定、納税に関する告知、督促及び交付要求の各処分が認められること(同73条1項)等が定められている。 徴収権の消滅時効は税法の体系上は租税実体法の領域に属する問題であるが、上記の①及び②では、租税手続法の基礎にある租税法律関係の統一的・画一的処理の要請(前掲拙著【98】参照。この要請は、「理論上は問題が残るとしても、可能な限り課税関係を簡明にするため」(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)212頁)のものといってよかろう)が考慮され、上記の③では行政処分の効力とりわけ公定力が尊重され、その限りでは、租税実体法の基礎にある租税債務関係説(前掲拙著【12】参照)という私法上の債権債務関係に親和性のある考え方が、制限ないし修正を受けているとみることができる。 なお、上記の③のうち「処分に係る部分の国税については」という部分の定め(税通73条1項柱書)については、下記の解説(志場ほか共編・前掲書924-925頁)のように、私法の考え方を基礎として理解する見解もあるが、納税義務の確定行為相互間の関係を定める国税通則法29条1項・2項、90条、104条2項・4項、115条1項2号等(前掲拙著【147】参照)と同じく租税手続法上の法律関係の安定性を考慮した規定であると理解することもできよう。 以上で検討してきた徴収権の消滅時効と比べて、還付金等の消滅時効(税通74条)については、還付金等が「一種の不当利得」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)918頁)でありその還付請求については「不当利得返還請求権に関する法理が基本的に妥当する」(同頁)ことから、税法的(公法的)規制の範囲はより限定されている。 最後に、徴収権の消滅時効は、実質的には、修正申告(税通19条)の期間制限としての意味をもつことを指摘しておく。「消滅時効の完成による徴収権の消滅は、納税義務の消滅を意味するといってよい」(清永・前掲書205頁)が、「納税義務が例えば消滅時効により消滅したときは、その後なされた修正申告は当然効力を生じないと考えるべきであろう」(同234頁)から、徴収権の消滅時効は実質的には修正申告制限とみてよかろう(前掲拙著【124】参照)。 (了)
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国際課税レポート 【第2回】「米国・G20それぞれによる富裕層・時価評価所得課税構想」
国際課税レポート 【第2回】 「米国・G20それぞれによる富裕層・時価評価所得課税構想」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員 資産の時価評価課税(mark-to-market)の可能性が、これからの富裕層所得課税のカギになるかもしれない。資産の時価評価技術の進歩と、評価についての国際的な調和や執行協力がそれを可能にする。 これは、格差大国といわれる米国における税制改革提案や、G20におけるブラジルとフランスによる富裕層グローバルミニマム税提案といった最近の動きの観察から想起されたことだ。以下説明する。 米国バイデン政権による時価評価(含み益)所得課税提案 バイデン政権は、純資産1億ドルを超える超富裕層に対して、資産の含み益を含めた所得に対し、25%の税率でミニマム税を課す提案をしている(2024年、2025年予算案)。提案の理由は、「含み益に対する優遇措置は、高所得納税者に不釣り合いに有利になっており、多くの高所得納税者は多くの中低所得者よりも実効税率が低い」からだ。資産を譲渡すると課税されるので、これを回避するためロックインが起こり、より経済生産性の高い投資が行われない非効率があるとも主張している。 米国の個人所得税における収益計上の基準は実現主義(日本も同じ)であり、課税の契機は資産の移転なので、保有資産を“譲渡”しなければ課税を繰り延べることができる。例えば、企業向けソフトウエアの巨人であるオラクル社の共同創業者であるラリー・エリソン氏は、同社の株式を売却する代わりに、個人信用枠を使って複数の豪邸、スーパーヨット、ハワイの島等を3億ドルで購入したそうだ。 このように、米国の富裕層の間では「買って・借りて・相続する(※1)」というシンプルな手法で、永遠に所得税の支払いを避けることができる。実現主義による現行法の下で、富裕層の投資に係る課税ベースの3/4が恒久的に所得課税を免れていると見積もる研究もある。 (※1) 米国法には、相続人が時価で相続財産を取得したとみなす制度があるため、相続時までの未実現利益部分についての課税が生じない。 バイデン提案(米財務省資料)では、将来譲渡等が行われた時点の課税との二重課税が生じないようにするため、過年度に支払ったミニマム税額は「前払い」として、後年度の算出ミニマム税額や譲渡時の課税から控除できる。また、分割納付制度のほか、流動性のない資産については取得原価ベースでの評価や、時価評価課税の対象から除外することも認めるなど、実務的な工夫も凝らしている。 米国の著名な租税法学者であるAvi-Yonah教授らは、時価評価所得課税の理論的な本質は、課税の時期の前倒しであると指摘している。時価評価を取り入れることにより、富裕層の資本所得課税の制度的抜け穴を塞ぐことはもちろんだが、富裕層を優遇する現在の税制を維持しようとする政治的力学に対抗することも可能になるとも主張する。 G20議長国ブラジルが提案する富裕層グローバルミニマム税提案 2024年にG20議長国を務めるブラジルのフェルナンド・アダジ財務相は、温暖化や貧困対策等持続可能な成長のための財源確保と、富裕層の税逃れによる不公正を是正するため、億万長者に対するグローバルミニマム税課税の枠組みについて、G20で本年中にも合意することに意欲を示している。 〈ブラジル提案(筆者の推察による)〉 提案の具体的な内容は現時点では明らかではないが、7月のG20に向けて、フランスの経済学者、ガブリエル・ズックマン教授が準備中のようだ。ズックマン氏が代表を務めるEU委員会の税シンクタンク「EU Tax Observatory」が昨年公表したレポートの中で述べられた提案(※2)に近いものになると推察される。 (※2) EU Tax Observatory 「GLOBAL TAX EVASION REPORT 2024」第5章2 それによれば、純資産10億ドル超の富裕層の所得税の算出税額が、純資産の価額の2%を下回る場合、その差額について追加課税を行う。この課税手法は、一般に適用される税法で算出された税額に、ミニマム税額に不足する分を上乗せ(トップアップ)する方法であり、令和7年分からわが国で導入される極めて高い水準の所得に対する負担の適正化のための措置で用いられるものと同じ仕組みである。 なお、富裕層が海外に移住することによる潜脱を防止するため、例えば40年間A国に居住していた富裕層がB国に移住した場合、出国後10年間はA国でグローバルミニマム富裕税が課税される。その間にB国で課税された所得税はA国で税額控除する。また、各国が調和した資産評価方法に合意することを提案している。 所得税時価評価課税の理論と実務 ところで、実現主義に基づく所得課税の経験から見ると、時価評価課税はいささか突飛に映らなくもない。理論を整理しておこう(以下、金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)196~198頁を要約及び引用などしている)。 わが国や米国の租税制度は、人の担税力を増加させる経済的利得は課税所得を構成するという「包括的所得概念」を支持している。納税者の担税力を増加させる利得であれば、一時的なものや、所有資産の価値の増加益も含まれる。これが原則だが、日本の所得税法は所得を収入と言う形態で捉えており(所法36①)、未実現利益は課税対象から除かれていると解さざるを得ない。 しかし、金子教授は、これは未実現利益が本質的に所得でないからではなく、未実現利益を捕捉し評価することが困難であるからであって、それらを課税の対象とするかどうかは立法政策の問題であると指摘している。また、時価評価課税に関しては、流動性の問題についての指摘もある。納税者が納税に必要な流動性を持たず、保有資産の売却を余儀なくされれば、市場に悪影響を及ぼしかねない。 しかし、富裕層課税に関して言えば、これらの指摘は時価評価課税を導入する立法政策を妨げるほどの説得力を持つとは言えなさそうだ。 時価評価による課税制度は、すでにいくつかの場面で採用されている。1億円を超える有価証券等を保有する個人について、出国時に対象資産の譲渡等があったものとみなして対象資産の含み益に所得税を課税(所法60の2①)する国外転出時課税制度が2015年に導入されているほか、2014年に導入された国外財産調書には、国外財産の「時価」(国外送金等調書令10④)を記載することが必要である。 また、流動性の問題についてTax Observatoryレポートは、富裕層は富を担保に融資を受けることができるほか、そもそも富裕層が流動性の問題で苦しんでいるという考え方はほとんど意味をなさないと指摘している。 時価評価課税が拓く資本所得課税の可能性と実務的に安定した評価基準の必要性 日本の所得税法第33条は、「譲渡所得とは、資産の譲渡(中略)による所得をいう」と規定し、譲渡は税法に定義がないため、譲渡所得の課税を巡っては、どのような財産移転があれば譲渡所得の課税が行われるのか、法的形式を巡る問題に理論・実務の注意が払われてきたように思う(例えば、株式貸借取引の譲渡該当性や、レポ取引が売買か有価証券担保による金銭貸付かを巡る東京高判平成20年3月12日判決)。 譲渡所得課税は、累積したキャピタルゲインが資産移転により一時に実現するものであることから、譲渡所得の対象となる資産への投資は課税に敏感に反応する。課税を免れるために譲渡しないロックイン効果があり、国民経済上好ましくないという指摘もある(金子・前掲書264頁参照)。しかし、時価評価課税が導入されればロックイン効果がなくなり、譲渡所得に対する租税政策の自由度が増す可能性がある。 ブラジルの提案には、長年OECDの国際課税合意に携わってきたフランスのル・メール大臣が、これは富裕層の課税ベースからの脱漏による課税の効率性と、課税の正義の問題であると主張し、強い支持を表明している。また、IMFのゲオルギエバ専務理事は税の抜け穴をなくし、富裕層が公平に負担するようになれば、持続的で包摂的な成長のために直ちに必要となる財源を確保することができると評価したと伝えられている。多国籍企業を巡るBEPS第1の柱、第2の柱に次ぐ第3の柱だという気の早い声もある。 ブラジルは7月のG20の共同宣言(全員一致が必要)に盛り込みたい意向だが、ドイツのリントナー財務相は提案を支持できないと表明したと伝えられるなど、国際合意へのハードルは低くないだろう。 ブラジルの提案は、国際的に調和した資産評価方法についての共通の基準を作ることも視野に入れているようだ。時価評価課税の対象となる資産の範囲や評価の在り方についての議論が国際的に行われれば、それを参考にわが国の相続税財産評価基準を検証することも考えられるだろう。 令和5年度改正で超富裕層に対する22.5%のミニマム税をトップアップの手法を用いて導入したわが国は、富裕層の税負担の歪みに対する制度的対応において一歩先行しているとも言える。当面のG20における議論の展開や、それに対し得る各国の反応を見守りたい。 (了)
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〔疑問点を紐解く〕インボイス制度Q&A 【第38回】「インボイス制度により新たに課税事業者となった個人事業者の消費税の申告漏れ」
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第38回】 「インボイス制度により新たに課税事業者となった 個人事業者の消費税の申告漏れ」 税理士 石川 幸恵 【Q】 インボイス制度の開始前は免税事業者でしたが、制度の開始に合わせて適格請求書発行事業者の登録を受けました。令和5年分の確定申告は令和4年以前と同様、所得税の確定申告書を提出しただけですが、消費税はどうしたらよいのでしょうか。 〔ポイント〕 (1) 期限後申告である場合、無申告加算税や延滞税が課される可能性があります。 (2) 期限後に消費税の確定申告書を提出する場合であっても、適用要件に該当すれば2割特例は適用できます。また、期限に遅れたことにより、すぐさま適格請求書発行事業者の登録が取り消されるなどのペナルティはありません。 * * * 【A】 消費税は申告納税方式なので、申告期限までに自分で納めるべき税金の金額を計算して納税しなければなりません。個人事業者の令和5年分の消費税の申告期限は令和6年4月1日でした。 上記【Q】のように「令和5年分の確定申告は令和4年以前と同様、所得税の確定申告書を提出しただけ」ということは、消費税は申告漏れとなっています。申告書を提出していなかったことに気づいたら、早めに申告書を作成・提出するか、所轄税務署へご相談ください。 (1) 期限後申告になった場合に追加で払わなければならない税金 期限後に申告をした場合、無申告加算税と延滞税が課されます。無申告加算税と延滞税は経費として認められません。 ① 無申告加算税の計算 (注1) 納付すべき税額が1万円未満であるときは課されません(通法118③)。 (注2) 計算の結果が5,000円未満であるときは課されません(通法119④)。 ② 延滞税の計算 延滞税とは遅延利子的な性質を有するものです。申告期限である令和6年4月1日の翌日から完納する日までの延滞税を納付しなければなりません。 延滞税の割合は、納付すべき税額(1万円未満の端数切捨て)に対して下記となります。 期限後申告書を提出した日から2ヶ月以内に納付すれば2.4%の年利に収まります。資金繰りに目途がつけば1日でも早く納付しましょう。 (注3) 計算の結果、延滞税の額が1,000円未満となったときはかかりません(通法119④)。 なお、所得税の確定申告、個人事業者の消費税の確定申告についての延滞税の額は、国税庁のホームページで計算することができます。 (2) 金銭面以外のペナルティは特になし 消費税の確定申告書を期限後に提出する場合であっても、適用要件に該当すれば2割特例は適用できます。また、期限に遅れたことにより、すぐさま適格請求書発行事業者の登録が取り消されるなどのペナルティはありません。 ただし、1年以上消費税の申告書の提出がなく、税務署から送付された文書が宛先不明で戻されたり、電話が通じない等所在不明である場合は、税務署長によって適格請求書発行事業者の登録が取り消される可能性があります(インボイスQ&A問16)。 (了)
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Q&Aでわかる〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第42回】「相続開始直前に被相続人が自己株式を取得した場合の非上場株式の評価」-総則6項の適用の可否-
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第42回】 「相続開始直前に被相続人が自己株式を取得した場合の非上場株式の評価」 -総則6項の適用の可否- 税理士 柴田 健次 Q A社の取締役会長である甲は令和6年4月22日に相続が発生しています。甲は4年前に代表権を長男である乙に移譲し、自らは会長としてA社の非常勤役員として勤務していましたが、令和5年にガンを患い余命半年の宣告を受けました。甲は遺言書を作成するとともに相続税の軽減対策のために金融機関から300,000千円の借入を行い、A社が保有する自己株式を300,000千円(時価純資産価額@20,000円×15,000株)で取得しました。 その後、甲の死亡によりA社株式を相続した乙は、A社株式の相続税評価額を30,000千円(類似業種比準価額@2,000円×15,000株)と評価し、相続税の申告を行っています。また、相続税の納税資金に充てるため、乙はA社に相続で取得したA社株式を306,000千円(時価純資産価額@20,400円×15,000株)で売却しています。 甲の自己株式取得前後及び相続後の株主の株式数と議決権割合は、それぞれ下記の通りとなります。 甲の自己株式の取得(A社における自己株式の処分)については、所得税・法人税における時価として適正なものであり、また、乙の自己株式の売却(A社における自己株式の取得)は、所得税・法人税における時価として適正なものとします。 また、A社は3月決算であり、A社の従業員数は150人で特定の評価会社には該当しませんので、類似業種比準価額が適用され、1株当たりの価額2,000円についても財産評価基本通達に従い適正なものとなります。 上記のような事実関係の場合において、財産評価基本通達6の定めにより財産評価基本通達とは別の評価方法で評価するべきとして課税当局から指摘を受けた場合には、A社株式の類似業種比準価額30,000千円は認められないのでしょうか。また、認められなかった場合には、どのような評価方法で課税されることになりますか。 A 財産評価基本通達第1章総則6項(以下「総則6項」という)の適用対象となり、類似業種比準価額30,000千円は認められるべきではないと考えられます。 非上場株式の評価について総則6項が適用される場合の課税方法に明確な基準はありませんが、本問においては、例えば、公認会計士等の第三者機関の株価算定書において課税の上限である時価を認定した上で、その時価以下の金額の範囲内において次のような合理的な評価方法で課税されることが考えられます。 ◆ ◆ ◆ ① 時価の意義と総則6項の定め 相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨を定めています。そして、財産評価基本通達1(時価の意義)では、「財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。」とされています。非上場株式の場合には、財産評価基本通達178から189-7までの定めにより時価を算定します。 もっとも、財産評価基本通達は、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達に過ぎませんので、納税者に対する法的効力はありません。しかしながら、租税の目的とするところの1つには課税の公平性がありますので、非上場株式をある程度、画一的に評価する必要があります。財産評価基本通達の役割としては、課税の公平性や安全性に着目して画一的な評価を行うことにありますので、課税実務においてもこの財産評価基本通達による評価が大原則になります。 その一方で財産評価基本通達によると、かえって課税の公平を欠くことがあります。そのような場合に適用されるのが、総則6項です。総則6項において「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定められています。財産評価基本通達を画一的に適用した場合には、著しく課税の公平を欠く場合も生じることがあるため、個々の財産の態様に応じた適正な時価評価が行えるように定められています。 ② 総則6項の実質的な適用要件 総則6項の実質的な適用要件については、前回解説をしていますが、納税者の不利に適用するに当たっては、下記の要件が必要になると考えられます。 上記の適用要件は、令和4年4月19日の最高裁判決(TAINSコード:Z888-2406)及び令和6年1月18日の東京地裁判決(TAINSコード:Z888-2556)から考察した現時点における筆者の私見であり、今後の裁判の動向に注意しながら個々の事案ごとに慎重に判断する必要があります。 ③ 本問への当てはめ(総則6項の適用の可否) 発行法人から自己株式を取得した場合の「その時における価額」の算定については、本連載【第27回】で解説をしていますが、所得税基本通達23~35共-9に基づき算定することとされています。 売買実例もなく、発行法人と類似法人もない場合には、原則として「1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」により株式の価額を算出するものとされ、例外として財産評価基本通達の準用が認められています。 本問の場合には、時価純資産価額を基に計算していますので、前者の「1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」により株式の価額を求めていることになります。そして、相続時においては、類似業種比準価額で評価をしていますので、所得税における時価と財産評価基本通達による価額の乖離を被相続人が作出しているということができます。そして、その乖離を利用して借入を行い、自己株式の取得をしています。 したがって、相続税法22条の時価と財産評価基本通達による価額に著しい乖離があり、かつ、被相続人が意図してその著しい乖離を作出したものとなりますので、総則6項の適用があると考えられます。 ④ 相続税法22条における時価と本問の場合に課税されるべき金額の考察 総則6項を課税当局が適用する場合には、相続税法22条の時価以下の金額で課税することになりますので、時価算定が重要となります。最近の裁決事例(令和3年8月27日裁決(TAINSコード:F0-3-765)及び令和4年3月25日裁決(TAINSコード:F0-3-863))や裁判事例(令和6年1月18日東京地裁判決)では、いずれも時価算定においては、公認会計士等の第三者機関に依頼しており、その算定は、日本公認会計士協会から公表されている経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」(平成19年5月16日公表、平成25年7月3日改正)が利用されています。 上記令和4年3月25日の裁決では、不服審判所は、企業価値評価ガイドラインの株式価値算定を下記の通り総括しています。 上記の令和4年3月25日の裁決は、相続開始直前に被相続人が関係会社から借入(73億円)を行い、ホールディング会社の自己株式を1株@76円で取得(約73億円)し、1株@18円で相続税申告を行ったことに対して課税庁が総則6項を適用し、公認会計士等の第三者機関の株価算定書の価額を基に1株@55円(再調査で1株@46.48円に変更)で更正処分等を行った事案です。不服審判所はその算定された価額を合理的な評価方法により控えめに算定されたものとしてその評価額(1株@46.48円)を時価以下のものとして認めています。 企業価値評価ガイドラインにおいては、DCF法等のインカム・アプローチが用いられており、DCF法が時価としては適当ではないとする意見も当然ありますが、「経営承継法における非上場株式等評価ガイドライン」においては、DCF法の記載もあるため、時価算定方法として完全に否定はできないといえます。 また、会社法における株式買取請求の場面において裁判所で価格決定を行う際にもDCF法は時価を算定する1つの手法とされており、他の時価算定方法である配当還元方式、純資産方式等と折衷させる等して個々の事案に応じて「公正な価格」を決定しています。したがって、DCF法は時価を検討する上で否定することができない方法としてその地位を獲得しているといえます。 もっとも、DCF法は恣意性が介入するため、評価の画一性から財産評価基本通達に入る余地はないとはいえますが、時価と財産評価基本通達の著しい乖離を意図的に利用した納税者に対しては、財産評価基本通達とは異なる評価方法で課税することが許容されますので、相続税法22条の時価以下の金額で課税することは違法にはなりません。 令和6年1月18日東京地裁判決においては、前回解説したとおり総則6項の適用はないものとされましたが、課税当局による課税処分としては、公認会計士等の第三者機関の株価算定書の価額に基づき更正処分を行っています。そして、その株価算定書はDCF法に重きを置いて算定がなされており、時価純資産価額を遥かに上回る金額で課税処分がなされています。 本問においては、例えば、公認会計士等の第三者機関の株価算定書において課税の上限である時価を考察した上で、次のような合理的な評価方法が考えられます。 ☆実務上のポイント☆ 総則6項が適用される場合には、相続税法22条の時価以下の金額で合理的な方法により課税されることが許容されており、相続税法22条の時価が公認会計士等の第三者機関の株価算定書等で認定される場合には、納税者が予測できない金額で課税される可能性もありますので、注意が必要です。 (了)
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さっと読める! 実務必須の[重要税務判例] 【第97回】「遺産分割成立後の更正の請求事件」~最判令和3年6月24日(民集75巻7号3214頁)~
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第97回】 「遺産分割成立後の更正の請求事件」 ~最判令和3年6月24日(民集75巻7号3214頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
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暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第42回】
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第42回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 14 秘密鍵を紛失した場合 個人が、暗号資産を自らが管理するウォレットで保管していた場合に、秘密鍵を紛失し、もはやそのウォレットで管理している暗号資産を他に移転することができなくなってしまったときは、損失等として必要経費に算入することは認められるのか。 以下、用語の確認をしておく(泉絢也=藤本剛平『事例でわかる!NFT・暗号資産の税務〔第2版〕』(中央経済社2023)の暗号資産・NFT関係用語集参照)。 また、ウォレットは、インターネットに接続されているホットウォレットと、インターネットから遮断されているコールドウォレットに大別される。 コールドウォレットは、一般的には、ホットウォレットと比べて利便性の点で劣るが、ネットワーク経由の攻撃に耐性があるとされ、暗号資産取引所等において高額な暗号資産の保管などに利用されている。 コールドウォレットの例として、紙のペーパーウォレットや、物理的な専用デバイスで管理するハードウェアウォレットがある。 個人が、暗号資産を、暗号資産取引所等を利用せずに自身のペーパーウォレットで直接管理する場合、そのウォレット及びそのウォレットで管理する秘密鍵の紛失のリスクもユーザーが負担しなければならないことに注意が必要である。 暗号資産を自らが管理するペーパーウォレットで保管していた場合に、秘密鍵が印刷されていた紙を紛失し、もはやそのウォレットで管理している暗号資産を他に移転することができなくなってしまったときは、損失等として必要経費に算入することは認められるのか。 災害、盗難又は横領による損失に該当しないため雑損控除の適用はない(本連載第41回参照)。そこで、次のような観点から検討することになろう。 秘密鍵を紛失したことで、事実上、納税者がその暗号資産に対する支配を失った、その暗号資産にアクセスできなくなった場合に、暗号資産はブロックチェーン上に存在し続けているにもかかわらず、損失等として必要経費に算入できるか、その事実をどのように証明するのかという点に関心が向けられる。 参考として、オーストラリアの国税庁は、暗号資産が紛失や窃取された場合において、納税者がその暗号資産が自分のものであること(ownership)を証明するものを用意できれば、キャピタルロスを計上することが認められるとしている。また、同庁は、一般に、紛失したものを復元できる場合には、紛失ではないことも指摘している(※)。 (※) Australian Taxation Office「Loss or theft of crypto assets」 同庁は、秘密鍵の紛失に基因してキャピタルロスを計上するために、納税者は、その暗号資産が自分のものであることを示す次のような証拠を用意すべきであるとしている。 このように、秘密鍵の紛失による暗号資産の損失計上が認められるかという点について、次のような指摘がなされている(Vincent OOI, A Framework for Understanding the Taxation of Digital Tokens, 50(4) Australian Tax Review, 260-269)。 (了)
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〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2024年4月】
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2024年4月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年4月1日から4月30日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 企業会計基準委員会は次のものを公表している。 〇 移管指針公開草案「移管指針の適用(案)」等(内容:日本公認会計士協会が公表した実務指針等について、会計に関する指針のみを企業会計基準委員会に移管するもの。意見募集期間は2024年6月3日まで) Ⅲ 企業内容等開示関係 次のものが公表されている。 〇 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等(サステナビリティ開示等の課題対応にあたって参考となる開示例集を含む)及び有価証券報告書レビューの実施について(令和6年度)(内容:有価証券報告書の作成・提出に際して留意すべき事項等を記載している。金融庁) Ⅳ 四半期決算関係 次のものが公表されている。 ① 金融商品取引法改正に伴う四半期開示の見直し等に係る有価証券上場規程等の一部改正について(内容:東京証券取引所における四半期決算短信の取扱いを示すもの) ② 四半期レビュー基準報告書第1号「四半期レビュー」の改正及び期中レビュー基準報告書第2号「独立監査人が実施する期中財務情報に対するレビュー」(内容:独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビューと独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビューに関する報告書) ③ 期中レビュー基準報告書第2号実務ガイダンス第1号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める四半期財務諸表等に対する期中レビューに関するQ&A(実務ガイダンス)」(内容:四半期決算短信に含まれる四半期財務諸表等の期中レビューについて、Q&A形式によって解説するもの) Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 四半期レビュー基準報告書第1号「四半期レビュー」の改正及び期中レビュー基準報告書第2号「独立監査人が実施する期中財務情報に対するレビュー」の公表(内容:独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビューと独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビューに関する報告書) ② 期中レビュー基準報告書第2号実務ガイダンス第1号「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める四半期財務諸表等に対する期中レビューに関するQ&A(実務ガイダンス)」の公表(内容:四半期決算短信に含まれる四半期財務諸表等の期中レビューについて、Q&A形式によって解説するもの) ③ 法規・制度委員会研究報告第1号「監査及びレビュー等の契約書の作成例」 の改正(内容:四半期開示制度の見直しに伴って、期中レビュー導入への対応や守秘義務条項を一部追加するもの) ④ 中小事務所等施策調査会研究報告第3号「会社法計算書類等に関する表示のチェックリスト」の改正(内容:会社法に基づく計算書類及び連結計算書類等の表示の確認のためのチェックリスト) ⑤ 中小事務所等施策調査会研究報告第4号「有価証券報告書に関する表示のチェックリスト」の改正(内容:金融商品取引法に基づく財務諸表及び連結財務諸表等の表示の確認のためのチェックリスト) ⑥ 「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」の改正(公開草案)(内容:倫理規則(2022年7月改正)及び四半期開示制度の見直し(金融商品取引法(2023年11月改正))などに対応するもの。意見募集期間は2024年5月22日まで。日本監査役協会と日本公認会計士協会の共同) ⑦ 財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正(内容:報酬関連情報(監査報酬、非監査報酬及び報酬依存度)の開示の記載例を追加するもの) ⑧ 「保証業務実務指針2400「財務諸表のレビュー業務」及び保証業務実務指針2400実務ガイダンス第1号「財務諸表のレビュー業務に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正」(内容:レビュー業務の対象範囲の整理などを行うもの) (了)
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ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応 【第49回】「実例に基づくカスハラ対応策」
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第49回】 「実例に基づくカスハラ対応策」 弁護士 柳田 忍 【Question】 最近、お客様からの不合理なクレームが増えており、対応に当たっている現場の従業員が疲弊しています。対策をとるために、カスタマーハラスメント(カスハラ)のセミナーを受講したり、カスハラのマニュアルを読んでみたりしていますが、実際にカスハラらしい事案が起きたときにどのように対応すればよいかよくわからず、困っています。 実例を踏まえた対応策があれば教えてください。 【Answer】 まずは行為者からの質問や要望にはできるだけ丁寧に回答して誠実な姿勢を示し、これ以上は対応が難しいと判断したら、行為者に対して今後の質問や要求への対応は行わない旨(場合によっては、契約や取引を停止せざるを得ない旨)を告げるのがよいと思います。 窓口や現場で行為者に対応する従業員に対して「これ以上対応しなくてよい」と伝えて、会社の管理部門等で対応を引き受けることも重要です。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 カスハラ対策の現状 先日、東京都が全国初のカスハラ防止条例を制定する旨発表し、現在、「カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会」において条例案が検討されているが、2024年4月22日に公表されたところによると、条例においてカスハラを定義し、ガイドラインにおいて具体的な行為を例示する方向で進められるようである。 同条例においては罰則は設けられないようであるが、同条例の制定によって、カスハラの内容やカスハラを行ってはならないということが更に周知され、抑止力が期待されるとともに、事業者や就業者においてもどのような行為がカスハラに該当するかの理解が深まり、自己防衛に資することになると思われる。 また、ある会社が自社の従業員が顧客企業からカスハラを受けたとして、顧客企業に対して損害賠償請求訴訟を提起した旨の報道がなされたが、報道によると、当該顧客企業は20年以上の取引関係があり売上額も高額の重要な顧客であるが、取引の適正と従業員の保護を求めて提訴に踏み切ったとのことである(※1)。 (※1) テレビ北海道「東京・橋本総業 従業員に「カスハラ」取引先企業を提訴」4月25日 このように、近年は、会社の利益のために従業員に我慢を強いるといった従前の構図に変化が見られるとともに、カスハラを行えば法的責任を問われるおそれがあるといったことも知られつつあるように思う。 しかし、問題は、カスハラに及ぶ者の中には、自分は正当な要求を行っているだけだと思い込んでいる者が少なくないということである。このような者は、自分の言動がカスハラに当たるとは認識していない(ないし認識できない)ので、上記の都の条例や企業が公表するカスハラ防止方針などの抑止力は及ばない可能性が高い。 また、このような者からの質問や要求への対応に際しては事業者や就業者においても大変苦労しているようであり、「カスハラのセミナーを受けたりマニュアルを読んだりしても、結局どのように対応すればよいのかわからない」という悩みをよく耳にする。 そこで、以下、筆者が取り扱った実例と実例を踏まえた対応策を説明する。 2 カスハラ対応の実例 カスハラに関して、筆者が取り扱った実例を2つ紹介する。 (1) 行為者からの質問や要求に極力対応した例 (2) 行為者に対してこれ以上の要求等には対応しない旨告げた例 3 実例を踏まえた対応策 上記2の実例を踏まえた対応策は、以下のとおりである。 (※2) カスハラ対応方針において「カスタマーハラスメントが行われた場合には、お客さまへの対応をいたしません」と明記されている例として、JR東日本「カスタマーハラスメントに対する方針」(2024年4月26日公表)等がある。 (了)
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〈Q&A〉税理士のための成年後見実務 【第6回】「賃貸オーナーと成年後見制度の利用」~賃貸オーナーとしての業務~
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第6回】 「賃貸オーナーと成年後見制度の利用」 ~賃貸オーナーとしての業務~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 顧客である賃貸オーナーが認知症になりました。高齢である配偶者の方以外には頼れる親族もいないため、顧問税理士である私が成年後見人としてサポートしていくことを求められていますが、どのような点に注意すべきでしょうか。 【A】 税理士の顧客には賃貸オーナーも多く、頼れる親族がいない場合には成年後見人としてサポートを依頼されるケースがあるでしょう。多くの収入と支出が発生する賃貸オーナーの財産管理は税理士が得意とする分野だと思われますが、具体的にどのような業務が発生するかを理解しておく必要があります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 賃貸人としての業務とは 賃貸オーナーの成年後見人に就任したら、賃貸オーナーの重要な財産である賃貸物件を管理していくことになります。基本的に賃貸人として行うべきことを、本人に代わって成年後見人が実践していくことになりますが、具体的に列挙すると以下のような業務が考えられます。 【賃貸人として行うべき主な業務】 これらの業務すべてを成年後見人自身が行う必要はありません。管理会社などの外部の力もうまく利用しながら行っていくとよいでしょう。 2 管理会社との連携 賃借人の募集や、賃料の受領、修繕やクレームへの対応は管理会社に依頼することが多いでしょう。すでに契約している管理会社があり、業務が適正に行われているのであれば、無理に変更する必要はないと思われます。 管理会社との連携で注意が必要なのは、成年後見人の業務を理解してもらい、物件の管理状況を細かく報告してもらうということです。例えば修繕の必要性が生じた場合などには、事前に見積もりを提示してもらい、工事の内容や妥当性について一般常識から考えて納得ができる説明を受けることが必要です。大規模修繕工事や防火設備の設置など、高額な工事を行う場合は複数の見積もりを取得して、慎重に検討する必要があるでしょう。 3 賃料の増額(減額)請求の対応 賃料が物価や世間の相場と比較して安いのであれば、賃料の増額の請求を検討する必要があります。反対に高いのであれば減額の請求が賃借人からなされることがあります。 最近はインフレの影響を受け、賃料の増額請求が行われたという話をよく耳にします。コストが上がるなかでは、適切に賃料を増額しないと賃貸物件の維持管理もままならなくなる可能性があります。成年後見人としても管理会社などから情報を収集して、適切な賃料を設定していく必要があるでしょう。なお、当事者では話がまとまらない可能性がある場合には、4で紹介するように弁護士や司法書士の力を借りて、調停等の制度を利用することも考えられます。 4 弁護士、司法書士との連携 滞納賃料の回収や明け渡し訴訟は、弁護士や司法書士に依頼することができます。筆者の経験では、一旦賃料の滞納が始まると支払いを約束しても改善されることは少ないです。成年後見人としては、本人の財産を保全する責任があるので、判断を早めに行っていく必要があるでしょう。 (了)
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わたしは税金 「自動車泥棒」-雑損控除-
わたしは税金 「自動車泥棒」 -雑損控除- 公認会計士・税理士 鈴木 基史 ◆自動車泥棒 「へぇー、車が盗まれた・・・」 「警察には届けたけど、まず望みはないそうよ」 「しかし、夜中に車庫から盗んでいくとは、乱暴な話だなぁ」 「新手の窃盗団なんだって。うちも気をつけないと」 田中さんちのご近所で、車の盗難事件がありました。ご主人の通勤用に、最近買ったばかりとのこと。ローンがまだ100万円以上残っていて、ご本人はガックリなさっているそうです。 それにしても、けしからん輩やからですね。わたくしども“税金”も憤りを感じます。多少なりともご落胆を和らげるため、そういうときには手を差しのべることにしています。 ◆災害・盗難・横領にあうと税金が戻る 所得税の計算で「雑損控除」というのがあります。雑損とは“災害・盗難・横領”による被害のことです。こうした目にあった人はお気の毒ですから、納める税金を安くすることにしています。 よく似た被害に“詐欺さぎ”がありますが、詐欺にあった人にはこの恩典はありません。だって詐欺にあうような人は、多少ともヤマっ気があったわけでしょう。振り込め詐欺などは別として、詐欺にあったから税金をまけてくれというのも、おかしな理屈ですからね。 ◆還付されないモノもある さて、自分の持ちモノが被害にあったらこの恩典が受けられるわけですが、モノによっては受けられない場合もあります。「日常生活に必要のないモノ」はダメ、ということになっていますからご注意ください。 たとえば、住んでいる家が火事で焼けたときは、もちろん恩典の対象になります。ところが、別荘ということになると、日常生活には必要ないわけですから、お気の毒ながら税金は戻らない、という具合です。 ◆車は生活に必要か? 田中さんのご近所の方の場合、この恩典が受けられるかどうかは、まず、その車がその方の生活にとって必要だったかどうかです。通勤用だからいけるんじゃないか、ということですが・・・次のようなことをいう、小うるさい人も税務署にはいます。 田舎ならまだしも都会に住んでいれば、通勤の足は電車やバスがあるじゃないか。その車は通勤にはほとんど使わず、レジャー用だったんじゃないの・・・だったら恩典はダメ。 だけど、仮にそうだとしても、衣食住だけの生活なんてむなしい。息ぬきなしの生活なんてありえないのだから、たまにレジャーで使おうが、やっぱり車は生活に必要。いまや下駄代わりの存在になっている車を別荘と同列に論ずるのはおかしい、という理屈の方がまともだとわたしは思いますがね。ま、税務署へ行って交渉してみてください。 ◆損失額の計算方法は? 「ふーん、雑損控除で税金が戻るのね」 「あの車、250万円ぐらいかなあ。いくら戻るんだろう?」 「ねえ、うちの車、もう古いんだから・・・いっそのこと、だれかに持っていってもらえば。そうすれば戻ったお金で、新しい車が買えるじゃない」 「お、そうするか」 ◆いま現在の値打ちが損失額 ちょ、ちょっとお待ちください、田中さん。世の中、そんなに甘くはありませんよ。ご近所の方の場合、いかほど税金が安くなるかといえば、こういう計算です。 まず、“損失額”はいくらか――250万円ではありません。昨日買ったばかりならいざ知らず、乗っている間に値打ちは下がりますよね。“減価償却”の計算をしますが、たとえば、新品で250万円だった車でも、1年間使えば200万円ほどの値打ちになり、これが適用対象の損失額です。 さらにそこから、その人の年間所得の1割相当額を差し引いた金額が雑損控除額。たとえば、年収600万円のサラリーマンなら給与所得の金額が約440万円で、その1割の44万円を200万円からマイナスします。つまり、雑損として控除できるのは「損失額200万円-所得金額440万円×10%=156万円」です。 ◆税率分だけ還付 さらにその続きの話として、戻るお金は156万円ではありませんからご注意を! お返しするのは雑損失の金額に対する、その人の税率分だけです。たとえば、さきほどの年収600万円のサラリーマンなら税率は10%ですから、還付する所得税は「156万円×10%=15万6,000円」なり。 あと、住民税にも雑損控除の適用があります。やはり税率は10%で15万6,000円の節税になりますが、こちらは還付ではなく、翌年に納める税金がそれだけ減るという話です。 200万円の損失に対して援助額が約30万円・・・不十分かもしれませんが、わたくしどもにとって精一杯の努力です。 ◆高額所得者には適用なし ところで、税率分だけ還付、ということになると・・・所得が1,800万円以上の高額所得者なら、国税(所得税)と地方税(住民税)を合わせた税率が50%(4,000万円以上なら55%)なので、「156万円×50%=78万円」が戻るのかといえば、さにあらず。 さきほどの雑損控除の計算を見直してください。損失額から所得の1割相当額を控除、ということでしたね。ということは、車を盗まれた人の所得が2,000万円以上あれば、200万円を損失額から差し引かねばならず、そうすると雑損控除額はゼロで、還付はありません。お金持ちの人には、雑損控除の適用はご遠慮いただくことになっています。 ◆保険金が出てたらダメ あ、それからもうひとつ、この特例でご注意いただくのは、保険に入っていなかったかということです。たいていの人がマイカーに保険をかけるでしょうが、ここで問題となるのは「盗難保険」に入っていたかどうかです。 もし入っていれば、盗まれても損害は保険金でカバーされますから、当然のことながら税金は戻ってきません。そうでないとき、必要書類を整えたり、税務署で事情説明したりとか、ひと苦労あろうかと思いますが、該当する方はぜひこの恩典をご利用ください。 ところで田中さん、買ってから数年経った車は、ほとんど値打ちがありません。だから、この恩典を使って新車に乗り換えるだなんて、不心得なことは考えないでくださいよ。 ◆空飛ぶ自動車に雑損控除? 最後に、いまや電気自動車が主流となりつつある時代です。さらに来年(令和7年)の大阪・関西万博では、空飛ぶ自動車が登場するとか。さてそこで、こうした自動車が盗まれたとき、雑損控除は適用されるのか。 電気自動車はともかくとして、空飛ぶ自動車が「日常生活に必要」とはとても思えません。そんなぜいたく品に、果たして税務署が雑損控除を認めるかどうか。 さらには、そういう高額商品を購入できるのは、億万長者に決まっています。先ほど述べたように、所得の10%の足切りがあります。年間所得が数億円の人なら、損失額から数千万円の控除――いくら何でも、そんなに大きな損害とはならないでしょう。よって、空飛ぶ自動車で雑損控除が適用される事案など、現実には起きないと思いますよ。 (了) 人生にまつわる税金ものがたり、 もっとたくさんのお話を読みたい方へ送る一冊。