〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第24回】 「国内不動産譲渡における売主の非居住者該当性確認義務とは」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 国内の土地等を取得した際、譲渡人が非居住者の場合、取得者はその購入対価から10%の源泉徴収が必要と伺いましたが、譲渡人の居住地が不明な場合、源泉徴収義務は免除されないのでしょうか。 〔A〕 所得税法212条1項によれば、源泉徴収義務発生の有無は納税義務者(受給者)が非居住者か否かにより判断されることになるため、支払者は、「支払の際」に相手方が非居住者か否かを判定しなければならず、同項が源泉徴収義務者(支払者)に非居住者確認義務を負わせていると解されることから、支払者が当該義務を尽くしていない場合、源泉徴収義務は免れないとされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 非居住者に対する課税の概要 (1) 非居住者が有する国内源泉所得 非居住者(非居住者の意義については本連載【第18回】を参照)は、国内源泉所得についてのみ租税が課せられる。ここでいう国内源泉所得は、所得税法161条に列挙されており、具体的には下表の「所得の種類」欄の①から⑯までが同法各号に規定する国内源泉所得に対応する。 非居住者に対する課税は、同者が国内に恒久的施設を有するかどうか、また国内で生じた所得が当該恒久的施設に帰属するか否かによって異なり(所法164)、その概要は下表のとおりとなる(所基通164-1)。 (出典) 国税庁「所得税基本通達164-1(〔表5〕非居住者に対する課税関係の概要)」 (2) 不動産譲渡対価に係る源泉徴収義務 非居住者が日本の国内に所在する不動産を譲渡した場合、上記のとおり、国内源泉所得として我が国の納税義務を負う。我が国が締結する租税条約においても、不動産の譲渡所得については、当該不動産の所在地国における課税権が確保されている(※1)。 (※1) OECDモデル租税条約第13条《譲渡所得》1項は、「一方の締約国の居住者が第6条に規定する不動産であって他方の締約国内に所在するものの譲渡によって取得する収益に対しては、当該他方の締約国において租税を課すことができる。」と定めている。 我が国では、譲渡所得の場合、原則は総合課税であり、非居住者についても申告納税義務が課せられるが、日本に居住しない者が適正に申告納税することは必ずしも期待できないことから、非居住者から国内の不動産を取得して対価を支払う者は、当該支払額の10%を源泉徴収することが義務付けられている(所法212①、213①二)。ただし、譲渡の対象となる土地等を自己又はその親族の居住の用に供するために譲り受けた個人から支払われるもの、譲渡対価が1億円を超えるものはその対象から除かれる(所令281の3)。 ここでいう源泉徴収の対象は、あくまで譲渡対価であり、譲渡対価から必要経費等を控除した後の譲渡所得とは異なる。したがって、実際の譲渡所得に適用される税率を乗じて求めた税額が、源泉徴収税額を下回る場合には、非居住者は確定申告することにより税額の還付を受けることができる(※2)。反対に、確定税額が源泉徴収税額を上回る場合は、差額を納税する必要がある。 (※2) 非居住者が日本国内に住所及び居所を有しない場合は、納税管理人を選任(国税通則法117)して、申告納税義務を代行させることとなろう。 仮に、非居住者が確定申告をしない場合であっても、課税当局としては譲渡対価の10%の税額が確保されるので、(金額の大小はあるにせよ)課税漏れは回避される。他方、源泉徴収義務を負う土地等の取得者は、譲渡人の居住地をいちいち確認しなければならず、実際問題、事実関係を誤認する可能性も否定できない。そこで、以下では、土地等の取得者が源泉徴収義務を免れる場合があり得るかが争われた事案を検討する。 2 過去の裁判例 《住友不動産事件》(※3) (※3) (第一審) 東京地裁平成28年5月19日判決・TAINSコード:Z266-12856 (控訴審) 東京高裁平成28年12月1日判決・TAINSコード:Z266-12942 (1) 事案の概要 本件は、株式会社であるX(原告・控訴人)が、乙との間において、土地及び建物(本件不動産)に係る売買契約を締結し、本件不動産の売買代金を乙に支払ったところ、処分行政庁から、乙が所得税法2条1項5号にいう「非居住者」に該当し、原告は同法212条1項(本件条項)に基づく源泉徴収義務を負うとして、源泉所得税の納税告知処分を受けたことに対し、乙は所得税法上の「非居住者」には該当せず、仮に該当するとしても、原告は源泉徴収義務を負わない旨主張して、告知処分の取消しを求めた事案である。 乙は、米国において、米国籍及び社会保障番号を取得しており、日本国内には米国発給の旅券を用いて入国していた。また、乙は、平成10年以降、多くて年4回日本に入国しているものの、その滞在期間は、1年の半分にも満たなかった。本件の争点は多岐に渡るが、以下では、争点4(Xの源泉徴収義務の有無)に絞って論ずることとする。 (2) Xの主張 Xは、非居住者に対する源泉徴収義務が肯定されるためには、当然の前提として、「支払をする者」において、「支払の際」に相手方が「非居住者」であるか否かを判別することが必要であるとし、不動産の譲渡対価の「支払をする者」は、支払の際、源泉徴収義務を負うことになるのか否かを判定するため、相手方が「非居住者」であるか否かを確認すべき注意義務(本件注意義務)を負っているものと解されるが、本件注意義務を尽くしてもなお相手方が「非居住者」であると確認できない場合には、本件条項に基づく源泉徴収義務を負わないというべきである(本件条項の限定解釈)と主張した。 本件でXは、売買契約を締結するに当たり、乙の住民票、印鑑登録証明書、登記書類を確認し、これらの書類によって、乙の住所が本件建物所在地であり、直近になって、住所を日本国内に移動させたような記録はないことを確認したと主張した。 (3) 裁判所の判断 本件の第一審である東京地裁は、Xが本件注意義務を負っていたこと自体については当事者間に争いがなく、また、Xが本件注意義務を尽くしていなかった場合において、源泉徴収義務を負うこと自体についても実質的に当事者間に争いはないとして、裁判所の解釈を示すことなく(※4)、Xの採った行動などから、事実認定として、Xが本件譲渡対価を支払う際に本件注意義務を尽くしたということはできず、Xの源泉徴収義務を否定すべき理由はないと判示し、Xの主張を斥けた。 (※4) この点に関し、古賀敬作『租税判例百選[第7版]73-不動産譲渡対価の支払に際しての非居住者該当性の確認』(有斐閣、2021年)144頁は、「もっとも、本判決ではかかる非居住者確認義務の解釈理論が分明ではない。」と述べている。 かかる判決を受けXは控訴したが、控訴審においても原審の判断が維持された(※5)。 (※5) 増井良啓「不動産譲渡対価の支払に際しての非居住者該当性の確認」『最新租税基本判例70』(日本税務研究センター、2019年)177頁は、控訴審判決の「本件の事実関係の下においては、Xにおいて本件注意義務を尽くしても乙が『非居住者』であると確認ないし判別することができないという場合には当たらないから、・・・・・・本件条項〔所得税法212条1項〕の解釈及び適用についてXが主張する見解に立った場合でも、その前提を満たさないものであり、同見解の当否を含め、同見解に基づく検討をする必要はない。」という部分を引用し、支払者が本件注意義務を尽くしている場合に源泉徴収義務を免れるという見解の当否は検討対象外であると述べているとし、「あくまで事例判決であるとの自己評価を下した」と述べている。 (4) 先行裁判例との比較 本件の先行裁判例として、東京地裁平成23年3月4日判決(※6)(平成23年判決)があるが、同裁判において原告は、「源泉徴収制度においては、支払者による売主の非居住者性の認識に対する期待可能性もしくは予見可能性があった場合に初めて源泉徴収義務が生じると限定的に解すべきである。しかるに売主は外見において日本人であり、契約書や不動産登記上の住所も日本国内の本件不動産登記地となっていたことから、買主が売主を非居住者と認識するのは不可能である。」と主張した。 (※6) 平成21年(行ウ)第121号(判例集未登載) これに対し、東京地裁は、「不動産の買主は売主の住所・居所、資力その他の事情や属性に強い関心を有するのが通常であり、売主が非居住者に該当するか否かは買主において調査確認が予定されており、それによって通常容易に判定できるとし、法令上に記載のない『期待可能性』ないし『予見可能性』といった要件を設けて源泉徴収制度を限定解釈(限定適用)する必要はない。」と判示した。 すなわち、一定の事情が認められる場合には源泉徴収義務が免除されるかについて、平成23年判決では明確に否定している(※7)のに対し、本件事案では、上記のとおり、解釈上の判断を避け、事実認定の問題として処理した点に特徴がある。 (※7) 木村浩之編著、野田秀樹・佐藤修二著『対話でわかる国際租税判例』(中央経済社・2022年)83頁は、「非居住者該当性は多分に事実認定の問題であり、実はそれほど容易でない場合もありうる。かかる場合にまで、国の徴収の便宜のため、課税当局のように調査権限を有するものでもない私人に源泉徴収義務を負わせるのは酷ではないかと思われる。」と述べている。 (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第3回】 「リース取引の流れ」 公認会計士・税理士 喜多 弘美 【第2回】では、リースのメリット・デメリットについて整理しました。設備投資をする際に、自己資金で購入する場合などと比較して、リース契約のメリットが大きい場合は、会社はリースを選択します。 では、リースを選択した後に、実際のリース取引はどのような流れで行われるのでしょうか。この疑問を解消すべく今回は、一般的なリース取引の流れを整理します。 まず、リース取引の場合、登場人物は以下の3者になります。 リースでなく、物件を購入する場合、登場人物は「売手()」と「買手()」の2者だけですので、それと比べるとリースは少し複雑な印象を受けるかもしれません。これからリース取引の流れを整理しますが、賃貸と売買のやりとりを組み合わせたイメージを持ちながら、が自社であり、主語が誰かを意識して読み進めていただくと理解しやすいと思います。 それでは、早速はじめていきましょう。 以上が、一般的なリース取引の流れになります。 また、以上を踏まえて3者(・・)の関係をまとめると下図のようになります。 (了)
〈会計基準等を読むための〉 コトバの探求 【第7回】 「曖昧となりがちな「適用」「準用」などの使い分け」 -法令用語を踏まえて考える- 公認会計士 阿部 光成 ◆はじめに 法令用語を見ると、「適用する」、「準用する」の用語の使い分けが明確である。 会計基準でも、これらと同様の用語が見られるが、法令用語ほど厳密に使い分けされているかは必ずしも明らかではないと思われる。 それでも、実務において、用語の意味をしっかりと理解し使い分けることで、無用な混乱を避けることができる。 今回は、使い分けが曖昧となりがちな「適用する」、「準用する」などの用語を取り上げ、会計基準で使用されている文章を確認した上で、法令用語での意味もおさえておきたい。 ◆「適用する」、「準用する」 まず、「適用する」、「準用する」という用語については、「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号)では、次のような表現で使用されている。 これらの用語の意味は、法令用語ではどのように違いがあるのだろうか。 田島信威著『最新 法令用語の基礎知識【改訂版】』(ぎょうせい・2002年)によると、法令用語の「適用する」と「準用する」の意味は次のとおりである(84、490ページ)。 ◆「推定する」、「みなす」 次に「推定する」、「みなす」という用語について確認する。 上記と同じく「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号)では、次のような表現で使用されている。 これらの用語も法令用語としては、次の意味のとおりとなっている(前掲書、80~82ページ)。 ◆留意事項 上記のほか、「金融商品会計に関する実務指針」では、例えば、「時価ヘッジの適用対象」に関して、「この処理方法の適用対象は、ヘッジ対象の時価を貸借対照表価額とすることが認められているものに限定され、金融商品会計基準の規定との関係上、現時点ではその他有価証券のみであると解釈される」(185項)として、「解釈」の用語を用いている箇所がある。 一方、「金利スワップの特例処理の対象」に関して、「この処理は、金融商品会計基準の基本原則であるデリバティブの時価評価に例外を設けるものであることから、拡張解釈を避け、金利スワップがヘッジ対象たる資産又は負債とほとんど一体とみなせる場合に限るものとした」(346項)と規定している箇所もある。ここでは、「拡張解釈を避ける」意図が示されている。 冒頭で述べたとおり、会計基準で使用されている用語について、法令用語ほど厳密に使い分けされているかは必ずしも明らかではないと思われるが、実務において会計基準を適用する際、「適用」すべき場面で適用しなかったり、また、「準用する」とされていない場面で準用したりしないように、注意が必要であると思われる。 また、ある事象に対する会計処理を検討する場合、「適用」や「準用」ではなく、「解釈」していることも考えられるので、何をしようとしているのかについても、意識する必要があると思われる。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第32回】 「買い手による買い手自身の見方」 ~自社の状況と将来を見つめ、M&Aが有効な手段か否かじっくり検討する~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの検討にあたって買い手自身の見方を知るヒントを得る。 売り手企業 ⇒望ましいM&Aの買い手かどうかを知るためのヒントにする。 支援機関(第三者) ⇒買い手がM&Aの当事者として相応しいかを知るためのヒントを得て、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒M&Aの買い手を見る際に押さえておきたいポイントを理解する。 1 買い手にとってM&Aが有効な手段かを問う 中小企業のM&Aが浸透し、多くの中小企業にとってM&Aへの抵抗感がなくなっていけば、これまでにM&Aを経営の手段として検討してこなかった新たな買い手候補が現れます。M&Aの当事者のすそ野が広がるのはマーケットの活性化にとって望ましい一方で、買い手にとってM&Aへのハードルが低くなるほど、かんたんにM&Aを考えてしまう恐れもあります。 買い手がM&Aを考えるのは望ましいことですが、個々の買い手からすれば、M&Aに臨む前に買い手自身の状況と将来のあり方を見つめてからでも遅くはありません。買い手にとってM&Aが有効な手段である、積極的にM&Aを考えて良いと自信を持って言えるためにも、まずはM&Aが自社にとって有効な手段かを問うのが大事です。 最低限、以下の事項についてはM&Aの実行の有無にかかわらず、買い手自身が事前に検討しておくのが良いでしょう。 (1) 自社がどうなりたいか、どのような企業でありたいか 決してM&Aありきではなく、自社自身がどうなりたいかを知るのが最も重要です。自力成長のみで良いのであれば、わざわざM&Aをしなくても良いかもしれませんし、M&Aが経営手段として最良、最善とは言えないかもしれません。 自社がどのような企業であり、何を目指して今後経営していくのか、将来どのような企業であり続けたいと願っているのか、そういったビジョンが無いままにM&Aを行えば、M&Aが単に高い買い物で終わってしまう可能性があるどころか、M&Aが経営危機につながる可能性だってあります。 将来像を描くために、定量化できる目標や計画を立てて、何年後、何十年後に何億円の売上高を達成しているといったように数字による見通しを立てるのでも構いません。M&Aは買い手にとっての大きな投資の1つですから、自社の経営の見通しにハマるピース、パーツであるかを探るためにも、自社がどうなっていくのかを見つめ直すところから十分に検討しておくと、M&Aの必要性や、M&Aをするにしてもどのような相手が望ましいかの発見につながりやすくなります。 まずは、M&Aを抜きにして自社の将来像を描く時間をつくる。できれば相応の時間をかけたい検討事項です。 (2) M&Aの目的は何か 「M&Aをしたい」というだけでは、M&Aをする理由になりません。なぜM&Aをしたいのか、第三者に対してハッキリと言えるでしょうか。 たとえば、「市場のここら辺に位置している当社が10年後に目標とする40億円の売上に対して、自力成長で到達可能とみるのはその7~8割程度です。ですから、不足分のおよそ8億円~12億円程度の売上を補う1つの手段としてM&Aも視野に入れて、同業の中から売り手候補を探すのを、今後の経営計画ないしは内部管理用の資料に盛り込みたい、と考えています。」という見解を会社から聞けたとします。このような見解が聞ければ、少なくともM&Aによって何をかなえたいかがわかり、どれくらいの規模のM&Aが当社にとって望ましいゾーンなのかも浮かんできます。 もちろん、これでは見通しが甘いだとか、M&Aによって売上の2~3割を補えると思ったら大間違いだ、との意見もあるでしょう。しかし、漠然でもいいから、このような願望、見解を出してこそ、経営層、経営幹部間でM&Aの必然性、有用性、可否、適否を検討できますし、議論、協議が進んでいけば、もっと具体的なM&A像が膨らんでくるはずです。 大切なのは、M&Aをする積極的な(場合によっては消極的な理由もありますが)目的が見つかることですから、将来の経営の中にM&Aがハマる絵が描けるのが重要です。 (3) M&Aが望ましい理由はあるか 経営の手段として、成長、発展、拡大の過程でM&Aという選択肢が含まれるのは今や自然です。問題はM&Aが自社にとって望ましい手段かどうかです。自社に足りない何かを補う、自社に加えたいプラスの要素を獲得する、自社の描く未来をかなえるためにはM&A相手と手を組む必要性がある、といったM&Aによる効果が期待できる、言い換えればM&Aならば他の手段よりも効果が高いと言えそうだ、と考えられる状況であれば、M&Aを選択する積極的な理由になります。 しかし、M&A以外の手段によればいいところをあえてM&Aに頼る、M&A以外の手段を探さずして最初からM&Aをアテにするのは良くありません。 安易なM&Aにせず、M&Aを経営の武器として加えるならば、M&Aが良いと言える材料を集めなければなりません。可能なら、達成したい目標に対してM&Aによる場合と他の選択肢による場合との比較を行うのもアリです。 (4) M&Aを予算に計上しているか M&Aを検討している、というのなら、予算、計画にM&Aが計上されていなければ本気とは言えません。今後のM&Aのための予算としていくら計上していて、向こう何年間の予算を充てていると答えられるでしょうか。 このとき、有効な考え方の1つに最適資金配分があります。経営にとってキャッシュは生命線ですが、手元にある資金、稼いできた資金、調達した資金のキャッシュ総額を誰に、何に対してどのくらい配分、投資するのが有効かを、定期的に検討する機会が安定的な成長を遂げるために欠かせません。その資源配分先の1つにはM&Aも挙げられますので、自社の経営ウエイトを考える上でM&Aはどの程度の優先度なのか、いくら使えるのか、いくら使えば良いのかを検討する際にも役立つでしょう。 さらに、キャッシュ自体の管理のあり方として、常時手元に置いておく緊急資金、長期の投資資金、短期の投資資金といった具合に区分管理をしておき、資金ごとに最適な水準を計っておくと、この観点からもM&A資金(通常、長期の投資資金として検討されます)としてどのくらいの水準が妥当なのかを知ることができるようになります。 (5) M&Aが失敗してもやっていけるプランが描けるか M&Aを含めた投資を行う際に、多くの企業で検討が十分でないのが失敗リスク、事業リスクに対する備えと考え方です。M&Aが失敗しない保証はどこにもなく、内外の経営環境が変われば経営は良くもなり、悪くもなります。万が一失敗したときに、リカバリーを用意できるなら、M&Aに挑む価値はありますが、失敗してから考えるという安易な考えでは、買い手自身の経営も危ぶまれます。 仮にM&Aが失敗すると想定した場合に、なるべく傷が浅くなる対策を講じられるかどうか、最大損失はどの程度見込まれるか、うまくいかない場合の対処まで考えてこその投資です。かける金額、かける時間が少なくないからこそ、事前に十分に考えておきたいものです。 2 M&Aによって失うものがあると自覚する M&AにはPMI(Post Merger Integration)という分野があるくらい、M&A後まで影響が続き、売り手を買った、今日からグループになったから検討はこれでおしまい、とするわけにはいきません。 買い手が支払うべき代償と言えそうなものとして、たとえば、お金、時間、ヒトなどが挙げられます。 (1) お金 M&Aのための直接コストに留まらず、統合後のルールを統一するにも、システム統合をするにも、給与水準の見直しをするにも、売り手の販路拡大を手伝うにしろ、いずれにしても、売り手に対して負担するお金は、資金援助の形か、何らかの取引か、とにかく形式を問わず多額になっていきます。 お金という言い方をコストと言い換えれば、さらに対象は広がり、M&Aによって得るものがある一方、失うものも大きいかもしれません。かけるべきタイミングでお金をかけないと、売り手をグループの一員として軌道に乗せる・成長させる機会を逸してしまいますから、買って終わりというのはありえません。 (2) 時間 中小企業のM&Aでは、売り手を放置できる状況は少なく、売り手オーナー、経営幹部などの交代や引退などに伴う経営資源の不足をはじめ、買い手から売り手を見ると足りないものだらけだと思います。 経営の理念、経営に対する考え方も買い手と売り手では違うはずですから、経営文化、社風、経営哲学を理解してもらう時間も必要です。買い手の時間を売り手に割く、それも片手間ではなく全力で割くことができるかどうかが重要です。特にM&A直後の労力は大きく、負荷がかかるのを前提にM&Aを進めなければなりませんし、はじめてのM&Aでは慣れない中で手探りの対応をするために余計に時間がかかります。 (3) ヒト 売り手の経営資源の不足のうち、大きな不足要素になりそうなのがヒトの問題です。経営人材、管理人材といった主要なポジションで人材が不足していると考えられますので、買い手から応援に回らないといけませんが、手伝い程度の軽い気持ちでは務まりません。 売り手の経営そのものに働きかけるほどの大きな力を要しますが、気持ちの問題による場合も、人手の問題による場合も、能力の問題による場合もあるように、何の問題で買い手によるヒトの関与が求められるか、その場合のウエイトまで変わってきます。いずれにしても、買い手の人材が売り手に相当期間引っ張られるのは間違いありません。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第2回】 「全ての契約を電子契約とすることは可能か」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 当社では、業務効率化の観点から、全ての契約を電子契約にしたいと考えています。そこで確認したいのですが、全ての契約を電子契約とすることはできるのでしょうか。書面の作成・交付が必要な契約があれば、教えてください。 〔A〕 2022年10月現在、多くの契約で書面の作成・交付は不要です。 ただし、例外的に一部の契約では、書面の作成・交付が必要とされています。そのため、全ての契約を電子契約とすることはできません。 書面の作成・交付が必要な契約には、①相手方の意向にかかわらず書面が必要な契約、②相手方が「承諾」すれば電子化することができる契約、③相手方が「希望」すれば電子化することができる契約、という3つのパターンがあります。まず問題となる契約がどのパターンに当てはまるかの確認が必要となります。 また、上記の3つのパターン以外にも、書面の作成・交付の有無により法的な効果が異なる契約もあるので、注意が必要です。 書面の作成・交付について問題となる代表的なケースとしては、①消費者を対象に訪問販売をする場合、②資本金1,000万円を超える企業が下請事業者に発注する場合、③採用時の労働条件を従業員に通知する場合、④相手方から贈与を受ける場合などがあります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 原則:多くの契約で書面の作成・交付は不要 結論から言えば、多くの契約で書面の作成・交付は不要とされている。法律上、契約を成立させるために、原則として書面は必要ないからだ(民法522条2項)。 書面の作成・交付が必要ない契約の具体例は、以下のとおりである。 企業がビジネスで利用する多くの契約は、基本的に電子化できることが分かるだろう。 ◆書面の作成・交付が必要ない代表的な契約 2 例外:書面の作成・交付が必要な契約 上述したとおり契約をする場合、書面の作成・交付は、原則として必要ない。 ただし法律上、例外的に書面の作成・交付が必要とされている契約がある。書面の作成・交付をしないと、罰則の対象となる契約もあるので、特に注意が必要だ。 書面の作成・交付が必要とされている契約には、①相手方の意向にかかわらず書面が必要な契約、②相手方が「承諾」すれば電子化することができる契約、③相手方が「希望」すれば電子化することができる契約、という3つのパターンがある。問題となる契約がどのパターンに当てはまるかを確認して、②又は③であった場合は、事前に相手方の意向を確認したうえで、電子化を検討することになる。 それ以外にも、書面の作成・交付が不要でも、書面の作成・交付をするかどうかで法的な効果が変わる契約もある。この場合、書面の作成・交付を忘れると、自社に不利益になってしまうことがあるので、気を付ける必要がある。 例外等に当たる代表的な契約は、以下のとおりである。 ◆書面の作成・交付が必要である代表的な契約 3 書面の作成・交付との関係で特に注意すべき4つのケース 書面の作成・交付の有無が問題となる典型的な4つのケースを、以下でそれぞれ解説する。 (1) ケース1:消費者を対象に訪問販売をする場合 訪問販売とは、企業が消費者の自宅等に訪問して、商品の販売やサービスの提供を行う契約であり、相手方の意向にかかわらず書面が必要な契約である。 訪問販売をする場合、契約締結の際に、企業は、商品やサービスの種類、価格、クーリングオフなど重要事項を記載した「書面」を消費者に交付しなければならない(特定商取引法4条、5条)。書面を交付しないと罰則(6ヶ月以下の懲役又は100万円以下の罰金)があり(特定商取引法71条1号)、悪質なケースでは営業停止処分がされることもある(特定商取引法8条)。 本稿執筆時点(2022年10月時点)では、消費者が「承諾」しても「書面」交付が必要であり、電子契約に替えることはできない。ただし、2021年6月16日に公布された改正特定商取引法により、2023年以降、訪問販売についても消費者が「承諾」すれば、電子メールや電子契約サービスを利用して、契約できる可能性が高い。 少し話はそれるが、2022年6月から同改正法により、消費者の側からクーリングオフ(一定の期間であれば無条件で契約解除できる制度)する場合、電子メール、ウェブサイトの専用フォームなど書面以外の方法で行うことも可能になった。消費者の側から電子メールでクーリングオフをされても、原則として有効であることもおさえておこう。 (2) ケース2:資本金1,000万円を超える企業が下請事業者に発注する場合 資本金1,000万円を超える企業が物品の製造・修理の委託、プログラムの開発又はサービスの提供などの発注をする場合、下請事業者の規模によっては、下請法が適用される可能性がある。下請法が適用される契約については、下請事業者が「承諾」すれば電子化することができる。 下請法が適用される場合、親事業者は下請事業者に対して、発注の際に必要事項を記載した書面を交付しなければならない(下請法3条1項)。違反すると罰則(50万円以下の罰金)があるので注意が必要だ(下請法10条1号)。 下請法上の発注書面については、下請事業者が「承諾」すれば、書面ではなく、電子メールや電子契約サービスを利用して提供することもできる。そして、下請事業者の「承諾」を電子メールや電子契約サービスを利用して取得することもできる(下請法3条2項)。承諾の書式については、公正取引委員会・中小企業庁が発行する「下請取引適正化推進講習会テキスト」の148ページに書式例が掲載されている。 ただし、電子化に承諾しないことを理由に下請事業者との取引を停止すると、下請法に違反する可能性があるので、この点にも気を付けて、意向確認をしなければならない(公正取引委員会「下請取引における電磁的記録の提供に関する留意事項」)。 (3) ケース3:採用時の労働条件を従業員に通知する場合 雇用契約は、相手方が「希望」すれば電子化することができる契約である。 前提として、雇用契約自体は、書面を作成せずに口約束でも有効に成立する。 ただし労働基準法により、企業は、採用時に、労働者に対して賃金や労働時間などの労働条件を書面で明示しなければならない(労働基準法15条1項、同法施行規則5条4項本文)。違反すると罰則(30万円以下の罰金)があるので注意が必要だ(労働基準法120条1号)。 法改正により2019年4月から、労働者が「希望」すれば、採用時の労働条件を電子メール等で通知することもできるようになった(労働基準法施行規則5条4項2号)。 電子化を「希望」しない労働者との関係では、引き続き書面交付が必要である。そのため、電子メール等を用いて労働条件を通知する場合、事前に労働者の意向を確認しなければならない。労働者が特に望んでもいないのに、企業の都合で、一方的に電子メール等で労働条件を明示することはできないのだ。 (4) ケース4:相手方から贈与を受ける場合 贈与契約とは、財産をタダであげる契約のことだ。贈与契約は、書面(契約書)の有無により法的な効果が異なる契約である。 贈与契約は、書面を作成せずに口約束でも有効に成立する。そして上記3(1)~(3)のケースと異なり、書面を作成しない場合のペナルティもない。 ただし、書面なしで贈与契約を締結した場合、権利や物をもらっていない段階であれば、お互いにいつでも契約解除をすることができる(民法550条)。そのため、贈与を受ける立場であれば、解除されないように書面で契約を結んだ方がよい。 では、口約束ではなく、LINE等のSNSで約束した場合はどうだろうか。例えば、AがBに「誕生日だから10万円をプレゼントするよ」とLINEをして、Bが「分かった。ありがとう」とAにLINEで返信したとする。LINEは記録に残るが、この場合も解除することはできるのだろうか。 Bにとって酷な結論だが、10万円を支払う前であれば、Aは無条件で契約を解除することができる。 東京地判令和3年2月16日は、「LINE等のSNSにおけるやり取りは、一般的にみて、通常の会話を、インターネットを経由する文字媒体を用いて行うものであり、一般的な利用者の感覚からすれば電話による会話に準ずるものといえる」と判断している。つまりLINE等のSNSでのやり取りは、「電話による会話」に近く、書面と同様の効果は認められないのだ。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例44】 「所在等が不明な共有者がいる場合の共有物の譲渡方法」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私の母Aは、Bと1/2ずつ共有している建物で生活しておりました。Aの死後、建物は空き家となっており、今後、建物を利用する者もいませんので、私と弟は建物を売却したいと考えています。 そこで、共有者のBと協議しようとしましたが、住民票の住所地にBはおらず、Bの所在を知るものはいません。このような場合に、どのような方法で建物を売却すればよいでしょうか。 1 はじめに 通常共有の関係を解消するためには共有物分割の手続等を経る必要があるところ、様々な事情によって共有者の一部が行方不明の場合や共有者を特定できない場合がある。これまでもこのような問題に対応する方法は存在したが、その利用に支障があることも指摘されていた。 そこで、本事例では、原則令和5年4⽉1⽇から施⾏される予定の改正⺠法等を踏まえて、共有者の一部が行方不明の場合の共有物の譲渡について検討する。なお、便宜上、改正前・後の⺠法を「改正前民法」「改正後⺠法」と表記する。 2 改正前民法を前提とした処分方法 通常共有と遺産共有が混在することになった場合、【事例43】のとおり、その共有関係の解消は通常共有の共有物分割の方法によることになる。もっとも、共有物分割の協議は、共有者全員で行う必要があるため、一部の共有者の所在等が不明な場合には成立しないことになる。 そこで、その他の共有者において、所在等の不明な共有者の不在者財産管理人の選任を申し立て、その管理人や申立人以外の共有者との間で換価分割を行う協議等を行うことや、共有者全員を相手にして共有物分割の訴えを提起することによって共有関係を解消することになる。なお、行方不明者の生死が7年間明らかではない場合には、失踪宣告の申立てを行い、その相続人との間の分割協議等によって共有関係を解消することも考えられる。 しかし、不在者財産管理人の選任申立てに際しては、管理人報酬相当額の予納金の納付を求められることがあり、手続的負担に加えて経済的負担も強いられることになる。また、共有物分割の訴えも、その性質は共有者全員を相手にしなければならない必要的共同訴訟とされており、共有者が多数人になるような事案においては、少なくない手続的負担を強いられることになる。 3 改正後民法による方法-所在等の不明な共有者の持分を譲渡する方法- 改正後民法においては、共有者の中に所在等の不明な共有者がいる場合に、共有物の管理等を容易にするため、裁判所の裁判によって、共有者が所在等の不明な共有者の共有持分権を取得する仕組みが規定された(改正後民法第262条の2)。この仕組みを利用することによって、共有持分権を取得した上で第三者に譲渡すること自体は可能であるが、一度、所在等の不明な共有者の共有持分権を取得しなければならないため手続的に迂遠である。 そこで、上記の仕組みとともに、共有者が、裁判所に対して、所在等の不明な共有者以外の共有者が共有持分権を特定の者に譲渡することを停止条件として、所在等の不明な共有者の共有持分権を譲渡する権限を付与することを申し立てる仕組みが設けられた(改正後民法第262条の3)。 申立人となった共有者は、裁判所による所在等の不明な共有者に対する公告と届出期間の経過後に、共有持分権の時価相当額の供託金を納付することによって、所在等の不明な共有者の共有持分権を特定の者に譲渡する権限を付与する旨の裁判を受けることができる。当該裁判が確定すると、申立人は、2ヶ月以内に所在等の不明な共有者の共有持分権を譲渡する権限を有することになり、譲渡契約を締結して対価を取得することが可能となる。 当該仕組みは、申立人となった共有者に所在等の不明な共有者の共有持分権を譲渡する権限を付与するものであるから、所在等の不明な共有者は譲渡契約の当事者にはならない。そのため、所在等の不明な共有者は、譲渡の相手方から譲渡対価の一部を直接取得することはできない。その代わりに、所在等の不明な共有者は、譲渡権限を付与された共有者に対して、共有持分権の時価相当額の支払を請求することが認められている(改正後民法第262条の3第3項)。もっとも、申立人の共有者は、既に供託金を納付しているため、所在等の不明な共有者から支払請求を受けるのは、実際の供託金よりも高い金額で譲渡が行われているような場合に限られると考えられる。 所在等の不明な共有者の共有持分権を譲渡する仕組みは、所在等の不明な共有者の共有持分権が相続財産に属する場合には、相続開始の時から10年を経過した後でなければ使用することはできない(改正後民法第262条の3第2項)。これに対して、所在等の不明な共有者の共有持分権が相続財産に属さない通常共有の場合は、特別受益や寄与分等を考慮した遺産分割協議に対する期待を保護する必要がないため、当該仕組みを使用することができる。 4 本件について AとBは通常共有の関係にあったところ、Aの死亡によってAの通常の共有持分権は相談者とその弟が共同相続し、通常共有と遺産共有が混在した状態となる。相談者とその弟は建物を売却する方針で一致しているため、Bの所在について一定の調査を尽くして、それでもBの所在を把握できないような場合には、不在者財産管理人の選任を申し立て、当該管理人との間で建物を譲渡する協議を行うことが考えられる。 もっとも、このような方法は、申立てをする相談者や弟に予納金の負担等を求めることにもなるため、改正後民法の施行後は、所在等の不明な共有者の共有持分権を譲渡する仕組みを利用して、第三者に譲渡をする方が合理的であるように思われる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第62話】 「書面添付制度」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・税理士法33条の2か・・・」 浅田調査官は、同条1項を見ながら、呟く。 そこに、中尾統括官がやってくる。 「なにを考えているの?」 浅田調査官の持っている税務六法を覗く。 「・・・この書面を添付した場合、税務署は、税理士に対して、税務調査前に、意見を述べる機会を与えなければならないのですが・・・」 浅田調査官は、税理士法35条1項のページを見せる。 「・・・この制度は、税務の専門家である税理士の立場をより尊重して、税務執行の一層の円滑化・簡素化を図ることを目的としたものだが・・・」 中尾統括官が、添付書類の趣旨を言う。 「・・・また、この制度は、税理士が作成等した申告書について、計算事項等を記載した書面の添付及び事前通知前の意見陳述を通じて、税務の専門家の立場からどのように調整されたかを明らかにすることにより、正確な申告書の作成及び提出に資するという、税務の専門家である税理士に与えられた権利の1つなんだ」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「・・・これって、納税者の代理人である税理士の権利なんですか・・・」 浅田調査官の問いに、中尾統括官は、大きく頷く。 「・・・事前通知前に意見陳述をするということは・・・この意見聴取それ自体は・・・『税務調査』に該当しないということですね」 「その通りだ」 中尾統括官は、応える。 「この意見聴取は、調査実地前に行われる確認すべき項目の整理作業であり、意見聴取後に調査が実地される場合には、改めて、事前通知が行われることになる」 浅田調査官は、国税通則法74条の9(納税義務者に対する調査の事前通知等)を開く。 「・・・この条文のおかげで、我々は、税務調査を行うたびに、毎回、お経のように、納税者に、日時等を唱えなければならない」 浅田調査官は、渋い顔をする。 「それは、平成23年度の税制改正で、事前通知等が法定化されたのだから、税務職員としては、仕方がないことだ・・・」 中尾統括官は、言葉を続ける。 「・・・とりあえず、意見聴取は、税理士の権利であり、質問検査権に該当しないことから、『調査』ではないということだ」 「・・・そうすると、申告書が誤っていても意見聴取後に、修正申告書を提出すれば、加算税は課されないということですか?」 浅田調査官が訊く。 「そうだ、調査ではないのだから、加算税は課されない」 中尾統括官の返事に頷きながら、浅田調査官は「・・・ところで、この書面添付に不正の記述があった場合、税務調査の開始後に、その不正の記述に対し、事実の隠蔽・仮装として、重加算税を課すことは可能なのですか?」と尋ねる。 「・・・うーん・・・それはないだろう・・・意見聴取それ自体、税務調査ではないのだから、基本的に、重加算税は課されないと思う」 中尾統括官は、曖昧に応える。 (つづく)
《速報解説》 会計士協会から「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」等の改正が公表される ~税金費用の計上区分等の取扱いを示した法人税等会計基準等の改正に対応~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年10月28日、日本公認会計士協会は、次の実務指針等を改正している。 これにより、2022年3月30日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対するコメントは寄せられなかったとのことである。 これは、2022年10月28日に、企業会計基準委員会が公表した改正企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」等の公表を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 税金費用の計上区分(その他の包括利益に対する課税) 企業会計基準委員会の「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号)等では、原則的な方法として、当事業年度の所得に対する法人税、住民税及び事業税等を、その発生源泉となる取引等に応じて、損益、株主資本及びその他の包括利益に区分して計上することとされた(法人税等会計基準5項、5-2項)。 そのため、外貨建取引等実務指針等を改正し、株主資本及びその他の包括利益の各項目(評価差額及び繰延ヘッジ損益等)について、従来の繰延税金資産又は繰延税金負債に対応する額を控除した金額を計上することに加えて、各項目に対して課税された法人税等の額についても控除した金額を計上することとする。 Ⅲ グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却に係る税効果 企業会計基準委員会の法人税等会計基準等では、グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却に係る税効果の取扱いについて、連結財務諸表上のみ、売却時に税金費用を計上しないようにすることとされた。 そのため、持分法適用会社における留保利益、のれんの償却額、負ののれんの処理額及び欠損金について、税務上の要件を満たし、課税所得計算において売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の11)に該当する当該持分法適用会社の株式売却の意思決定を行った場合には、税効果を認識しないようにする。 Ⅳ 適用時期等 改正後の「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号)等を適用する連結会計年度及び事業年度から適用する。 (了)
《速報解説》 ASBJ、「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」等の改正を確定 ~草案に寄せられたコメントを踏まえ、一部内容を変更し公表~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年10月28日、企業会計基準委員会は、次の会計基準等の改正を公表した(下記を合わせて「本会計基準等」という)。 これにより、2022年3月30日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 これは、次の2つの論点についての取扱いを示すものである。 上記の本会計基準等の改正を受けて、2022年10月28日、日本公認会計士協会の実務指針等も改正されている。 2022年10月18日に開催された第489回企業会計基準委員会の審議事項(1)-11では、公開草案に寄せられたコメントを分析し対応案の検討を行った結果、公開草案の提案から変更した箇所があると記載されている。 2022年11月9日、公開草案に対する主なコメントの概要とそれらに対する対応が公表されている。例えば、「論点の項目」の「11)株主資本及びその他の包括利益に計上する金額の算定についてのコメント」のように、具体的なコメントが寄せられるなど、本会計基準等の理解に資する内容のものが多いと思われる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 税金費用の計上区分(その他の包括利益に対する課税) 1 概要 その他の包括利益に計上された取引又は事象が課税所得計算上の益金又は損金に算入され、法人税、住民税及び事業税等が課される場合がある。 法人税等会計基準は、その他の包括利益に対して課される法人税、住民税及び事業税等のほか、株主資本に対して課される法人税、住民税及び事業税等も含めて、所得に対する法人税、住民税及び事業税等の計上区分について見直しを行っている。 2 本会計基準等の改正により影響を受けることが想定される企業 その他の包括利益に対して課税される場合に、本会計基準等の改正の影響を受ける例として、次のようなケースが考えられる。 株主資本に対して課税される場合については、すでに「税効果会計に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第28号)等において規定されており、次の③の場合を除いて、本会計基準等の改正による影響はない。 上記のほか、次の例も示されている(改正企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」等の公表の際の「参考」を参照)。 3 会計処理の見直し 原則的な方法として、当事業年度の所得に対する法人税、住民税及び事業税等を、その発生源泉となる取引等に応じて、損益、株主資本及びその他の包括利益(又は評価・換算差額等)に区分して計上する(法人税等会計基準5項、5-2項)。 例外的な方法として、課税の対象となった取引等が、損益に加えて、株主資本又はその他の包括利益に関連しており、かつ、株主資本又はその他の包括利益に対して課された法人税、住民税及び事業税等の金額を算定することが困難である場合には、当該税額を損益に計上することができる(法人税等会計基準5-3項(2))。 これに該当する取引として、本会計基準等では、退職給付に関する取引が想定されている。 また、重要性が乏しい場合の取扱いとして、損益に計上されない当事業年度の所得に対する法人税、住民税及び事業税等の金額に重要性が乏しい場合には、当該法人税、住民税及び事業税等を当期の損益に計上することができることとする(法人税等会計基準5-3項(1))。 4 株主資本又はその他の包括利益に計上する金額の算定に関する取扱い 株主資本又はその他の包括利益に計上する金額の算定に関する取扱いとして、次のことを規定している(法人税等会計基準5-4項)。 税効果適用指針28項では、子会社に対する投資を一部売却した後も親会社と子会社の支配関係が継続している場合において、親会社の持分変動による差額として計上される資本剰余金から控除する法人税等相当額は、売却元の課税所得や税金の納付額にかかわらず、原則として、親会社の持分変動による差額に法定実効税率を乗じて計算すると規定されている(法人税等会計基準29-8項)。また、当該取扱いは、税金の納付が生じていない場合に資本剰余金から控除する額をゼロとするなど他の合理的な計算方法によることを妨げるものではないとしている(税効果適用指針118項)。 このような子会社に対する投資の一部売却に関する取扱いは、税務上の繰越欠損金がある場合など複雑な計算を伴う場合があることから、実務に配慮しつつ、個々の状況に応じて適切な判断がなされることを意図したものであると考えられる(法人税等会計基準29-8項)。 子会社に対する投資の一部売却以外の株主資本又はその他の包括利益に対して課税される場合についても、同様に実務上の配慮が必要になると考えられることなどから、当事業年度の所得に対する法人税、住民税及び事業税等を、株主資本又はその他の包括利益に区分して計上する場合についても同様に取り扱うこととしている(法人税等会計基準5-4項、29-8項)。 5 その他の包括利益の組替調整に関する取扱い その他の包括利益の組替調整(リサイクリング)に関する取扱いとして、次のことを規定している(法人税等会計基準5-5項)。 6 関連する繰延税金資産又は繰延税金負債を計上していた場合の取扱い 税効果適用指針30項における、親会社の持分変動による差額に係る連結財務諸表固有の一時差異について、資本剰余金を相手勘定として繰延税金資産又は繰延税金負債を計上していた場合で、当該子会社に対する投資を売却し、一時差異が解消した際の繰延税金資産又は繰延税金負債の取崩しについては、資本剰余金を相手勘定として取り崩す(税効果適用指針9項(3)、30項、31項)。 7 その他の包括利益の開示に関する取扱い 「包括利益の表示に関する会計基準」(企業会計基準第25号)8項における、その他の包括利益の内訳項目から控除する「税効果の金額」及び注記する「税効果の金額」について、「その他の包括利益に関する、法人税その他利益に関連する金額を課税標準とする税金(以下「法人税等」という。)及び税効果の金額」に改正している(包括利益会計基準8項)。 Ⅲ グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却に係る税効果 グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却(連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益について、税務上の要件を満たし課税所得計算において当該売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の11))に係る税効果の取扱いについて、以下に述べるように改正している。 なお、本会計基準等の規定する会計処理により影響を受けるのは、100%子会社を所有する親会社の連結財務諸表において、その100%子会社同士あるいは当該親会社とその100%子会社との間で、当該親会社あるいはその100%子会社が所有する子会社株式等を売却し、当該売却に伴い生じた売却損益について、グループ法人税制が適用される場合が想定されている。 1 連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益を税務上繰り延べる場合の連結財務諸表における取扱い及び子会社に対する投資に係る連結財務諸表固有の一時差異の取扱い 連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益について、税務上の要件を満たし課税所得計算において当該売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の11)、連結財務諸表において次の処理を行う(税効果適用指針39項、143項、143-2項、22項、23項、105-2項、106-2項)。 2 連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益を税務上繰り延べる場合の個別財務諸表における取扱い 連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益について、税務上の要件を満たし課税所得計算において当該売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の11)、当該子会社株式等を売却した企業の個別財務諸表における処理については、現行の税効果適用指針17項の取扱い(当該売却損益に係る一時差異について、税効果適用指針8項及び9項に従って繰延税金資産又は繰延税金負債を計上する)を見直さない(税効果適用指針143-2項)。 Ⅳ 適用時期等 2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。 ただし、2023年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができる。 なお、会計方針の変更に関する取扱いに注意する。 グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却に係る税効果については、遡及適用が困難となる可能性は低いと考えられるため、特段の経過的な規定を定めない。 (了)
2022年10月27日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.492を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。