《速報解説》 防衛特別法人税の申告書様式は別表1の次葉として取り扱う ~国税庁より周知のリーフレットが公表される~ Profession Journal編集部 国税庁は5月30日付で下記2つのリーフレットを公表、令和8年4月1日以後開始事業年度から適用される防衛特別法人税について、制度の概要や使用する申告書の様式など周知を開始した。 防衛特別法人税は防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源を確保することを目的に、令和7年度税制改正により法定化されたもの。これにより各事業年度の所得に対する法人税を課される法人は、令和8年4月1日以後に開始する各事業年度において、所得税額控除など一定の税額控除を適用しないで計算した法人税の額(基準法人税額)から、年500万円(基礎控除額)を控除した金額に4%の税率を乗じて計算した金額を防衛特別法人税額として申告・納付する必要がある。 この新税に関する申告書様式としては既報のとおり、本年4月14日公布の改正省令により「各課税事業年度の防衛特別法人税に係る申告書」の様式が明らかにされていたが、今回の国税庁リーフレットでは上記申告書について、現行の法人税及び地方法人税の申告書と一体の様式とする方針が明らかにされている。 具体的には、現行の別表1(各事業年度の所得に係る申告書:内国法人)及び別表1の2(各事業年度の所得に係る申告書:外国法人)では法人税額及び地方法人税額の税額計算を行う「次葉1」を「次葉2」としたうえ、あらたな「次葉1」として以下に示す通り、防衛特別法人税額の計算を行う様式が追加される。 (※) 国税庁ホームページより なお上述のとおり、基礎控除額として500万円が控除されることから、実際に防衛特別法人税が課されるのは一部の大企業に限られるため影響はないとする意見も見聞するが、防衛特別法人税の納税義務者は企業規模にかかわらず、各事業年度の所得に対する法人税を課される法人とされているため、防衛特別法人税額が0であっても申告は必要となる。 リーフレットにも下記の記載があるため、いわゆる中小企業であってもゼロ申告は必要となる点には留意されたい。 (了)
《速報解説》 国税庁が基礎控除等の見直しに係るQ&A(全36問)を公表 ~令和8年分税額表は当初の10万円引上げのみに対応、 措法41の16の2の段階的加算は年末調整等での対応が必要~ Profession Journal編集部 国税庁は5月30日付で「令和7年度税制改正(基礎控除の見直し等関係)Q&A」を公表。令和7年度税制改正で見直された基礎控除等の見直しに係る源泉徴収及び年末調整の実務について、全36問のQ&Aで解説を行っている。 Q&Aでは改正の概要や令和7年分の年末調整関係書類の記載事項、新設される「特定親族特別申告書」の記載の仕方、令和8年分以後の扶養控除等申告書に記載が必要な「源泉控除対象親族」の定義などが解説されている。 なお、既報のとおり、今回の基礎控除の見直しにあたっては当初の税制改正法案から修正があり、段階的に控除額を加算する特例措置(措法41の16の2)が織り込まれたものの、源泉徴収税額表(所得税法別表二~四)については当初案(10万円加算)に基づいたもののまま、特例措置に対応した見直しが行われていない。 この点についてQ1-2《改正の概要(基礎控除)》では下記の記述があり、令和8年分は源泉徴収において基礎控除額58万円への引上げ(当初案)に基づいた対応を行い、年末調整において特例措置(措法41の16の2)の対応を行う必要がある点が明らかにされている(下線は編集部)。 今回公表されたQ&Aの一覧は下記のとおり。 今後、更新される可能性もあるため留意されたい。 (了)
2025年5月29日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.620を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第49回】 「事業所得と給与所得の区分と契約「解釈(創造)」による否認論」 -りんご生産組合事件・最判平成13年7月13日訟月48巻7号1831頁の意義- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回は、所得税法上の事業所得(27条1項)と給与所得(28条1項)の区分が直接の争点となったりんご生産組合事件を取り上げ、国税不服審判所平成8年9月25日裁決・裁決事例集52集56頁(以下「平成8年裁決」という)、盛岡地判平成11年4月16日判タ1026号157頁(以下「平成11年盛岡地判」という)、仙台高判平成11年10月27日訟月46巻9号3700頁(以下「平成11年仙台高判」という)及び最判平成13年7月13日訟月48巻7号1831頁(以下「平成13年最判」という)の各判断の整理ないし比較検討を通じて、特に「組合課税構造の特殊性」(以下でこの概念を用いる場合それは高橋祐介「判批」税法学548号(2002年)111頁、116頁からの引用であることをお断りしておく)の捉え方に着目しながら、平成13年最判の意義を明らかにすることにする。その際には本件の事実関係が重要な意味をもつと考えられるので、以下ではまず本件の事案の概要を比較的詳しく述べておくことにする。 本件組合は、りんご生産等を行うことを目的として昭和51年に設立された民法上の組合であり、設立当初から、組合員又はその家族が出資口数に従ってりんご生産作業に出役する責任出役義務制を採用し、出役に対して対価を支払うことはなく出役の過不足は現金で精算することによって調整していたが、その後、りんごの木が成木になるにつれて出資1口当たりの必要出役日数が増え、これに伴い出役不足日数が増加する等の不都合が生じてきたため、雇用労力を用いる方が合理的であることが認識されるようになり、昭和59年の組合総会において、責任出役義務制を廃止し、りんご生産作業は管理者、専従者及び一般作業員が行い、これらの者の労賃は組合が負担する旨の決定がされた。 管理者は、りんご栽培の経験が比較的豊富である者から選任され、りんご生産作業につき様々な熟練を要する判断を行いその実施を専従者や一般作業員に指示する立場にあったのに対して、専従者は、管理者と一般作業員との間にあって管理者の指示を受けながら管理者を補助する立場にあったものの、その作業内容は、基本的には一般作業員のそれと変わるところはなかった。一般作業員は管理者が必要に応じて主として本件組合の組合員以外の近隣の農家の者から手配しており、本件組合の組合員が一般作業員として雇われる例はごく少なかった。 本件組合におけるりんご生産作業については、日給制を基本として労賃の支払が月単位でされることになっていたが、日給の金額については管理者が、組合全体の所得とは関係なく、農業委員会が示す作業単価を基礎とし作業内容・量、経験年数等を考慮して定額で決定した上で組合長の承認を得ていた。労賃の会計処理については、責任出役義務制の廃止後は、管理者及び専従者の労賃も、一般作業員の労賃と併せ一括して労務費として本件組合の経費に計上されていた。本件組合の収支決算は毎年1回行われることとされていたが、利益について現金配当がされたのは平成3年度だけで、その額は1口当たり6万円であり、その余の毎年の利益は、農機具購入の準備資金や組合の翌年度のりんご園地の管理運営費等に充当されていた。 X(請求人・原告・被控訴人・上告人)は本件組合の設立当初からの組合員であったが、昭和59年の組合総会における上記決定以降は一般作業員として労務に従事し本件組合から労賃の支払を受けていたところ、平成元年の組合総会において、昭和59年の組合総会以降専従者として選任されてきた組合員Mと共に専従者に選任され労賃も増額され、それ以降、毎年の組合総会で専従者に選任されてきた。 Xは、平成3年分、平成4年分及び平成5年分の確定申告に係る事業所得及び不動産所得に、本件組合から上記3ヶ年につき労務費として支払を受けた金額(以下「本件収入」という)を給与所得に係る収入として加算し、修正申告(再修正申告)をしたところ、Y税務署長(原処分庁・被告・控訴人・被上告人)は、本件収入がXによる本件組合に対する労務出資の対価として事業所得に該当すると判断して更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という)を行ったので、Xは本件各処分の取消しを求めて審査請求を経て訴えを提起した。 本件においては平成8年裁決から平成13年最判に至るまで原判断が次々と覆されるという極めて興味深い展開がみられたが、次のⅡでは、国税不服審判所及び各審級裁判所の判断をみておくことにする。 Ⅱ 各判断の概観 1 平成8年裁決 平成8年裁決は、まず、所得税法上の事業所得と給与所得の区分について次のとおり一般論を説示した。 この一般論に照らして本件について検討した結果、「請求人とMは、組合員として組合財産に責任ある立場から作業に従事しているものであり、作業の成否は、分配金の多寡という形で、組合員である請求人の所得計算に直接はねかえることを考慮するなら、まさに自己の計算と危険において組合業務に従事しているものというべきである。」(下線筆者)と説示して本件収入の事業所得該当性を認め、本件各処分を適法として審査請求を棄却した。 2 平成11年盛岡地判 これに対して、平成11年盛岡地判は次のとおり判示し(下線筆者)、本件収入が給与所得に該当するとして、Xの請求を認容し本件各処分を取り消した。 なお、この判示中で参照されているのは弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁(以下「昭和56年最判」という)であるが、これが事業所得と給与所得の区分に関して示した「判断の一応の基準」は次のとおりである。 3 平成11年仙台高判 これに対して、平成11年仙台高判は次のとおり説示し(下線筆者)、本件収入が事業所得に該当するとして、平成11年盛岡地判を取り消し本件各処分を適法とした。 4 平成13年最判 これに対して、平成13年最判は次のとおり、まず、所得税法上の事業所得と給与所得の区分について一般論を説示し(【ⓐ】。下線筆者)、その上で、本件収入が給与所得に該当すると判示して(【ⓑ】)、平成11年仙台高判を職権で破棄し平成11年盛岡地判を正当と認め控訴棄却の自判をした。 Ⅲ 平成13年最判の意義-契約「解釈(創造)」による否認の阻止- 1 各判断の整理 以上の各判断は、結論の点では、事業所得該当性を肯定する判断(以下「事業所得該当判断」という)と給与所得該当性を肯定する判断(以下「給与所得該当判断」という)とに大別されるが、それぞれの判断理由で用いられた基準は、事業所得と給与所得の区分に関して昭和56年最判が判示した「判断の一応の基準」に準拠したもの(以下「昭和56年最判基準」という)と、民法上の組合の法律関係を基準とするもの(以下「組合法律関係基準」という)とに大別することができる。これらの区別を前提にすると、前記の各判断はその内容を以下のように整理することができるように思われる。 平成8年裁決は、昭和56年最判基準と組合法律関係基準の併用によって事業所得該当判断を示したものと解される。すなわち、昭和56年最判を明示的には参照していないものの、昭和56年最判基準のうち「自己の計算と危険」という事業所得の要素を組合法律関係基準のうち「組合財産に責任ある立場」や「分配金の多寡」と結びつけることによって、事業所得該当判断を示したものと解されるのである。 平成11年盛岡地判は、昭和56年最判基準を用いて給与所得該当判断を示したものと解される。すなわち、昭和56年最判を明示的に参照しながら、「自己の計算と危険」という事業所得の要素を否認した上で、管理者の「指示」や時間的な「拘束」等の給与所得の要素を認めることによって、給与所得該当判断を示したものと解されるのである。 平成11年仙台高判は、専ら組合法律関係基準を用いて事業所得該当判断を示したものと解される。すなわち、民法上の組合の法律関係から「組合の法的構造」を導き出し、これに照らして本件収入の性質を決定することによって、事業所得該当判断を示したものと解されるのである。 平成13年最判は、実質的には昭和56年最判基準を用いて給与所得該当判断を示したものと解される。すなわち、確かに、昭和56年最判を明示的には参照しておらず、しかも事業所得と給与所得の区分に関する一般論(前掲判示【ⓐ】の下線部)は組合法律関係基準をも考慮するものであるかのようにも読めるが、しかし、本件に関する次の判示(下線筆者)からすると、実質的には昭和56年最判基準を用いて判断したものと解されるのである(高橋・前掲「判批」114頁も「黙示的に従来の判例の立場を踏襲していると考えられる」とする)。 2 平成11年仙台高判と契約「解釈(創造)」による否認論 前記の各判断を以上のように整理してみると、その中で異彩を放っているのは平成11年仙台高判である。これは、昭和56年最判基準を考慮することなく、専ら民法上の「組合の法的構造」 に照らして組合法律関係基準に基づき本件収入の所得区分につき次のとおり判示し(下線筆者)、事業所得該当判断を示した。 上記の判示では、本件収入の「実質」を「組合員の総意に基づき定められた組合所得に関する損益分配の合意に従った組合の事業所得の分配」と解しているが、問題は、本件組合契約について、「組合員の総意に基づき定められた組合所得に関する損益分配の合意」があったと認めることができるかどうかという点にあると考えられる。 この点について、平成11年仙台高判は、前記の判示にいう平成元年の組合総会の決議に基づきXに対する日給を6000円とする「承認」をもって、「被控訴人の労務出資に対する損益分配の割合についての合意」と評価できる旨の判断を示しているが、この判断では、「組合において労務出資を認めるためには、当該労務出資又はその評価の標準を合意しなければならないところ、本件組合においてはそのような合意が存在しない」という控訴審におけるXの主張を、十分に説得力をもって否定し得たとはいえないように思われる。 すなわち、平成11年仙台高判の上記の判断は、次の見解(佐藤英明「判批」ジュリスト1189号(2000年)123頁、124頁。下線筆者)の説くように「速断の誹りを免れえない」であろう。 このことについては、そもそも、「組合総会による報酬額の承認を労務出資に対する利益分配と私法上認定することに無理があった」(岡村忠生「判批」民商法雑誌126巻6号(2002年)908頁、912頁)というべきであろうが、ともかく、平成11年仙台高判の前記の判断には、本件組合契約における労務出資の扱い、とりわけ組合全体の所得と損益分配との関係に関する「当事者の意思等」の探索をしようとする姿勢ないし配慮はほとんどみられないといっても過言ではなかろう。 「損益分配の割合につき、民法は、当事者契約に定めるところに委ねている」(増井良啓「組合損益の出資者への帰属」税務事例研究49号(1999年)47頁、52頁)が故に、なおさら「当事者の意思等」を契約解釈を通じて探索することが必要不可欠であると考えられるが、しかし、平成11年仙台高判の前記の判断は、本件組合契約の解釈に基づく判断ではなく、「被控訴人の労務出資に対する損益分配の割合についての合意」をいわば決め打ちした上で行った、本件組合契約の「行き過ぎた」解釈(許される契約解釈の限界を超えた解釈)に基づく判断とみるべきものであろう。契約解釈の「行き過ぎ」は、契約当事者の意思の「創造」に帰結するといえることから、本件組合契約に関する平成11年仙台高判による解釈を、以下では「解釈(創造)」と表記することにする(本稿でいう契約「解釈(創造)」は、私法上は、契約が当事者間で法的拘束力をもつ「法」であることから、契約当事者を拘束する法の創造(法創造)を意味するが、税法(課税要件法)上は、課税要件に該当する事実(課税要件事実)の創造(事実創造)を意味する)。 では、なぜ平成11年仙台高判は本件組合契約についてそのような「解釈(創造)」を行ったのであろうか。それは、平成11年仙台高判の次の判示(下線筆者)にみられるような所得種類の転換による租税回避の試み(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【248】参照)を否認するためであったと考えられる。 つまり、平成11年仙台高判は、契約解釈による否認論あるいは事実認定による否認論とも呼ばれ租税回避事案に関して当時注目を集め始めていた私法上の法律構成による否認論と同様の発想に基づき、契約「解釈(創造)」による否認論ともいうべき考え方を採用したものと考えられるのである。私法上の法律構成による否認論は、映画フィルムリース[パラツィーナ]事件・大阪高判平成12年1月18日訟月47巻12号3767頁等これを採用したものと解される裁判例もあり、2000年代初頭にかけて一世を風靡した考え方である(その代表的論者の見解として今村隆『租税回避と濫用法理-租税回避の基礎的研究-』(大蔵財務協会・2015年)第1編第3章[初出・1999年~2000年]参照。筆者の見解については前掲拙著【73】以下、拙著『租税回避論』(清文社・2014年)第3章[初出・2005年/2009年/2011年]、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第8回・第9回等参照)。 しかしながら、契約「解釈(創造)」による否認論は、契約当事者の意思の解釈を超えて「意思の創造」を認めるものであるが故に、許される契約解釈の限界を超える「解釈(創造)」を前提(小前提)にして税法の適用を行おうとするものといわざるを得ず、したがって税法の誤った適用に帰結することから、租税法律主義に基づく税法の厳格な解釈適用の要請(前掲拙著『税法基本講義』【41】参照)の下では、許容されるべきでないと考えるところである(私法上の法律構成による否認論に関して同【75】参照)。 3 平成13年最判と契約「解釈(創造)」による否認論 ただ、平成11年仙台高判は、「組合課税構造の特殊性」を重視する立場から、次のとおり判示したが(下線筆者)、この判示は、「被控訴人の労務出資に対する損益分配の割合についての合意」の決め打ちを正当化するために行ったものであると解される。 しかし、上記の判示に対して、平成13年最判は、「当該支払に係る組合員の収入が給与等に該当するとすることが直ちに組合と組合員との間に矛盾した法律関係の成立を認めることになるものでもない。」(前掲判示【ⓐ】の後段)と判示して、「組合課税構造の特殊性」を無視する立場を明らかにした。この判示は、次の正当な指摘(佐藤・前掲「判批」124頁)に照らしても、妥当である。 平成13年最判による「組合課税構造の特殊性」の無視については「意図的なものであると感じられる」(高橋・前掲「判批」118頁)との指摘がされているが、「組合課税構造の特殊性」の無視は、平成11年仙台高判が採用したと解される契約「解釈(創造)」による否認論に対する最高裁の否定的な態度の現れであるように思われる。そのような態度は、後に、最高裁が私法上の法律構成による否認論ないし事実認定による否認論について、映画フィルムリース[パラツィーナ]事件・大阪高判平成12年1月18日訟月47巻12号3767頁に対する上告審として検討を重ね、同事件・最判18年1月24日民集60巻1項252頁以降示してきた慎重ないし否定的な態度(前掲拙著『租税回避論』210頁以下[初出・2011年]参照)の先駆けとなったものとみてもよさそうである。 いずれにせよ、平成13年最判の意義(の少なくとも1つ)は、「組合課税構造の特殊性」を無視することによって、事業所得から給与所得への所得種類の転換による租税回避の試みに対する契約「解釈(創造)」による否認を阻止したことにあると考えるところである。 最後に、その阻止の結果について若干付言しておくと、組合と組合員との間に、組合契約とは別の「法律関係」が成立することが課税上認められ、組合に一定の「主体性」が課税上認められることになったといってよかろう(前掲拙著『税法基本講義』【225】参照)。そうすると、平成13年最判による「組合課税構造の特殊性」の無視は、皮肉なことに、むしろ「組合課税構造の特殊性」を明らかにし、もって組合課税の構築に寄与することになったともいえよう。 Ⅳ おわりに 平成13年最判は、昭和56年最判基準の適用の可否の側面から検討すべき税法基本判例でもあるが(前掲拙著『税法基本講義』【263】参照)、今回は、組合課税の側面から特に「組合課税構造の特殊性」の捉え方に着目して、主として平成11年仙台高判と平成13年最判との関係ないし両者の考え方の違いを検討してきた。 その検討を通じて、平成11年仙台高判は、「組合課税構造の特殊性」を重視し、事業所得から給与所得への所得種類の転換による租税回避の試みを、契約「解釈(創造)」による否認論ともいうべき考え方に依拠して否認しようとしたのに対して、平成13年最判は、「組合課税構造の特殊性」を無視することによって、そのような考え方に対して否定的な態度を示したと解することができることを明らかにした。 このような考え方の違いないし対立は、「組合課税構造の特殊性」を考慮した法整備がされていないという現行税法の問題に基因すると考えられるが、そうであるからといって、その問題は主として立法によって解決すべき問題であって、契約解釈という(税法の観点からみると)事実認定によって解決すべき問題ではないと考えられる(前掲拙著『租税回避論』40-41頁[初出・2004年]参照)。その意味でも、平成11年仙台高判が契約「解釈(創造)」による否認論に依拠して示した判断は許容されず、これを阻止したものと解される平成13年最判の判断は正当であると考えるところである。 (了)
〈令和7年度税制改正〉 新リース会計基準に伴う リース取引に係る所要の措置 【後編】 公認会計士・税理士 森 智幸 1 はじめに 本稿の【前編】では、新リース会計基準の概要と、法人税・地方税・消費税に係る改正の概要について確認した。 今回の【後編】では、実務上の影響として、短期リースや少額リースの取扱い、オペレーティング・リース取引にかかる経過措置、外形標準課税の計算における注意点などを解説する。 なお、本稿は私見であることをお断りしておく。 2 実務への影響 (1) 短期リース及び少額リース 新リース会計基準では、原則として、全てのリース資産について使用権資産及びリース負債を計上するとされたが、短期リース及び少額リースについては、使用権資産及びリース負債を計上せず、借手のリース料を借手のリース期間にわたって原則として定額法により費用として計上することができる(適用指針20、22)。 ① 短期リース 短期リースとは、リース開始日において、借手のリース期間が12ヶ月以内であり、購入オプションを含まないリースをいう(適用指針4(2))。 なお、再リース期間を借手のリース期間に含めていない場合、基準41項及び42項にかかわらず、再リースを当初のリースとは独立したリースとして会計処理を行うことができるとされている(適用指針52)。再リース期間は1年以内が通常であるため、再リースは短期リースとして取り扱うことになる。 ② 少額リース 少額リースは、次の(イ)と(ロ)のいずれかを満たす場合、借手は、基準33項の定めにかかわらず、リース開始日に使用権資産及びリース負債を計上せず、借手のリース料を借手のリース期間にわたって。原則として定額法により費用として計上することができるとするものである(適用指針22)。 《図表1》 なお、前述の通り、短期リース及び少額リースに係る借手のリース料は定額法により費用計上できるが、法人税法上も、賃借人が賃借料その他当該リース資産を賃借するために支出した費用として損金経理をした金額は、償却費として損金経理をした金額に含まれるとされるため、当該費用は、各事業年度の所得の計算上、損金の額に算入することができる(法令131の2③)。 (2) 新リース会計基準適用初年度の経過措置~オペレーティング・リース 【前編】で解説したように、新リース会計基準適用後は、オペレーティング・リース取引についても、借手は使用権資産とリース負債を計上しなければならない(基準33)。 この場合、新リース会計基準適用前に契約したオペレーティング・リース取引の反映方法が問題となる。これは、旧リース会計基準では、オペレーティング・リース取引は賃貸借取引による会計処理を行ってきたので、貸借対照表にはその経済的実態が反映されていないためである。 この点については、まず、適用指針118項においてリース取引全般の経過措置として、《図表2》のように規定されている。 《図表2》 さらに、オペレーティング・リース取引については、適用指針123項から125項において、適用指針118項ただし書きの方法を選択する場合の会計処理について規定されている。 このうち、適用指針123項(2)①②に示された使用権資産の計上方法は《図表3》の通りである(具体的な計算例は、「「リースに関する会計基準の適用指針」(設例)」 の[設例20]に掲載されているので参照されたい)。 《図表3》使用権資産の計上方法 なお、上記2(1)で説明した短期リース資産と少額リース資産については、この経過措置によるリース負債の計上は不要である。 (3) 法人税法 【前編】の3(1)で述べたように、オペレーティング・リース取引については、新リース会計基準では、原則として使用権資産とリース負債を計上することとなった。一方、法人税法上は、債務が確定したリース料は、損金の額に算入するということになった(法法53)。 そのため、会計上の費用と法人税法上の損金の額には次の相違が生じる(《図表4》参照)。 《図表4》 したがって、各事業年度の所得の計算上、①の金額が②の金額を上回る場合は差額を加算することになる。 (4) 地方税 【前編】の3(2)で述べたように、借手にかかる事業税の付加価値割の課税標準の算定において、純支払賃借料を算定する際、支払賃借料のうちオペレーティング・リース取引にかかる賃借料は、法人税法上、所得の計算において損金の額に算入される部分の金額について、その損金の額に算入される事業年度の支払賃借料とするとされた(法法53)。 借手におけるオペレーティング・リース取引においては、《図表4》のとおり、原則として、会計上で計上される費用は、減価償却費と支払利息となるため、法人税法において損金の額に算入される賃借料の額とは乖離が生じる。 したがって、事業税の付加価値割の計算において、支払賃借料を算定するとき、会計上の支払賃借料を集計すると計上漏れが生じることになるため、支払賃借料の集計においては、法人税法における損金の額をベースとして集計する経理体制を整備しておく必要がある。 (5) 消費税 オペレーティング・リース取引に係る消費税の課税関係については、本稿執筆時点では国税庁から見解は出されていない。 「課税仕入の日」の考え方がポイントであり、従来の処理が継続される可能性があるが、今後、国税庁から公式見解が出る可能性もあるので、国税庁のアナウンスに注意されたい。 3 非上場の中小企業への影響 「中小企業の会計に関する指針」及び「中小企業の会計に関する基本要領」については、現時点では、新リース会計基準に伴う改訂は行われていない。そのため、これらを適用する非上場の中小企業においては、新リース会計基準の影響を受けず、従来の会計処理及び税務処理を行うことになる。 4 おわりに 新リース会計基準は、会計や税務の実務にいろいろな影響を及ぼす。特に、適用初年度は現場の実務に負担がかかると予想される。一方、短期リースや少額リースは使用権資産とリース負債を計上することはないので、このようなリース取引を明確に区分管理することは重要である。 本稿が、リース会計に携わる方々の実務の参考になれば幸いである。 (連載了)
仕入税額控除制度における用途区分の再検討 -ADW事件最高裁判決から考える- 【第4回】 森・濱田松本法律事務所 外国法共同事業 パートナー 弁護士・税理士 栗原 宏幸 6 ADW事件最高裁判決を踏まえた納税者の対応 前回の5で述べた所見によれば、ADW事件最高裁判決を機に、課税庁が課税対応課税仕入れの否認を積極的に行うようになる可能性がある。 そこで、事業者としては、同判決や判例解説の内容を踏まえて、これまでの課税対応の区分が適正であったかを改めて検証することが望ましいと考えられる。 検証の結果、なお課税対応を維持できると判断した課税仕入れについては、必要に応じ、納税者としてのポジションを書面で整理し、来たるべき税務調査に備えることが考えられる。 他方、検証の結果、課税対応を維持することが難しい(共通対応と判断される可能性が相応にある)と判断した課税仕入れについては、共通対応に区分を見直すとともに、必要に応じ、次の①又は②の対応について検討することが考えられる。 7 ADW事件最高裁判決の想定外の(?)副産物 上記6では、課税対応課税仕入れの否認リスクという観点から納税者の対応を検討したが、他方で、既に有識者から指摘されているように、用途区分の判定に用いる対応関係を広く捉えるとすれば、これまで非課税対応に区分してきた課税仕入れの区分を見直し、共通対応に区分すること(つまり、これまで控除を諦めていた当該課税仕入れに係る消費税額の一部を仕入税額控除の対象とすること)も可能なのではないかと考えられる(この点について詳細を検討したものとして、藤谷武史「課税仕入れの用途区分の判定の方法」税研235号68頁がある。)。 「税負担の累積排除」という消費税の理念による用途区分の規範的統制を放棄する以上は、実質的に見て税負担の累積が生じているとはいえない課税仕入れであっても、少しでも課税取引との対応関係が認められるもの(純度100%で非課税取引に対応しているとはいえないもの)については、共通対応への区分を認めざるを得ないというのが、ADW事件最高裁判決から導かれる帰結であろう。 なお、この議論を更に進めると、事実上の対応関係の解釈適用次第では、非課税売上げに対応する課税仕入れに関し、意図的に課税売上げを生じさせ、当該課税仕入れを共通対応に区分する租税回避的な行為も適法とされる可能性がある。かつての自動販売機スキームほどではないものの、今回の最高裁判決は、それに似た納税者と課税庁のイタチごっこを誘発する可能性を内包しているように思われる。 (続く)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例146(法人税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆外貨建取引の換算(法法61の8①) 内国法人が外貨建取引(外国通貨で支払が行われる資産の販売及び購入、役務の提供、金銭の貸付け及び借入れ、剰余金の配当その他の取引をいう。以下同じ)を行った場合には、外貨建取引の金額の円換算額(外国通貨で表示された金額を本邦通貨表示の金額に換算した金額をいう。以下同じ)は、外貨建取引を行った時における外国為替の売買相場により換算した金額とする。 ◆外貨建資産等の期末換算差益又は期末換算差損の益金又は損金算入等(法法61の9①) 内国法人が事業年度終了の時において次に掲げる資産及び負債(以下「外貨建資産等」という)を有する場合には、その時における外貨建資産等の金額の円換算額は、外貨建資産等の区分に応じ以下に定める方法により換算した金額とする。 (了)
学会(学術団体)の税務Q&A 【第17回】 「オンライン展示会(法人税)」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ▲▼▲[解説]▲▼▲ 学会がオンラインで学術集会を開催する際、実開催の場合と同様、企業の展示会(オンライン展示会)を行い、展示収入を受け取っている例はよくある。実開催の学術集会における展示収入は、原則として席貸業(法令5①十四)に該当すると考えられるが、他方で、オンラインで学術集会を開催する場合におけるオンライン展示会の展示収入が、法人税法上の収益事業に該当するか否かについては議論がある。 1 34事業の判定 席貸業とは、一定の場所を有償で貸す事業である。そのため、一定の場所が存在しないオンラインにおける展示収入は、席貸業には該当しないものと考える。 法人税法施行令に掲げられている34事業の収益事業の中には、通信業が含まれているが、通信業とは、「他人の通信を媒介若しくは介助し、又は通信設備を他人の通信の用に供する事業及び多数の者によって直接受信される通信の送信を行う事業」(法基通15-1-24)であるため、通信の手段を使っている事業自体(オンライン展示会)が、通信業に該当することはないと考える。 オンライン展示会とは、展示企業に対して、ネット空間上の展示会場を利用させるサービスであると考える。税務大学校論叢第89号「デジタルコンテンツの提供事業等と収益事業の判定について」(平成29年6月)によれば、サービス提供事業者がクラウド上に用意したサーバー等に保存されるデジタルコンテンツを様々な電子端末等において利用できるようにするサービスについては、「事務処理の委託を受ける業」として請負業に該当するという考え方が示されている。 そのため、オンライン展示会の展示収入については、ネット空間上の展示会場を利用させるという業務を請け負ったものとして、請負業に該当するものと考える。 2 公益法人の学会が公益目的事業の一環として実施する場合 上記の通り、オンライン展示会については、原則として請負業に該当すると考えられるが、公益法人の学会が公益目的事業の一環としてオンライン展示会を実施する場合は、法人税法上の収益事業から除外される(法令5②一)。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第49回】 「特別償却の対象となる機械及び装置の範囲を拡大解釈して特別償却を行うことは認められないとされた事例」 税理士 菅野 真美 ▷減価償却資産としての「機械及び装置」 法人税においては、減価償却資産についてその種類を定めている(法法2二十三、法令13)。減価償却費として損金算入できるのは、法人が償却費として損金経理をした金額のうち、償却限度額に達するまでの金額である(法令31)。この償却限度額の計算は、その資産について定められた償却方法に基づく耐用年数によって行うが、この耐用年数は耐用年数省令で定められている。 この減価償却資産の「種類の名称」は条文で定められているものの、どのような物であるかは条文で具体的に定義されていない。 例えば、国語辞典である『大辞林第三版』によると、「機械」「装置」は以下の通りである。 (※1) 松村明編『大辞林第三版』(2006、三省堂)586頁 (※2) 松村編 前掲 1455頁。 しかし、これらの定義に基づいて、資産の種類を「機械及び装置」と特定するのは困難な場合が多い。 「機械及び装置」か「器具備品」かで争われた裁判において、「機械及び装置」といえるためには標準設備(モデルプラント)を形成していなければならず、設置箇所が同一かどうかにかかわらず、資産の集合体が集団的に生産手段やサービスを行っていなければならないとされた(東京高等裁判所平成21年7月1日判決(TAINSコード:Z259-11237))。 このように考えると、「機械及び装置」は、1つの資産だけで、生産手段等として事業の用に供されているのではなく、集合体として機能することで事業の用に供されるという性質があると考えられる。 租税特別措置法における特別償却の適用が、一定の「機械及び装置」に限定されている場合には、集合体として機能する資産を正確に他の資産と区分して、特別償却の計算を行う必要がある。納税者は、より広い範囲の資産を「機械及び装置」として特別償却の対象に含めたいと考えがちである。 今回は、特別償却の対象となる「機械及び装置」の範囲について、納税者による拡大解釈が争われた事案を検討する。 ▷どのような事案か(争点) 水産食料品製造業を営む納税者が、取得した減価償却資産について、「機械及び装置」に適用される租税特別措置法の規定による特別償却を適用できるものとして申告した。これに対し、課税庁は、当該資産を、「建物」、「建物附属設備」等と区分して、それらの部分については特別償却の適用が認められないとして更正処分を行った。納税者は、これらの資産は一体として「機械及び装置」とみるべきであると主張し、審査請求を行った。 争点は、当該資産を「建物」、「建物附属設備」「機械及び装置」に区分して償却限度額を計算すべきか。それとも、資産全体を一体とみて、特別償却の対象となる租税特別措置法42条の6第1項第1号に規定する「機械及び装置」として償却限度額を計算すべきか、という点にあった。 ▷裁決内容 審査請求はいずれも棄却された。 裁決では、資産のうちクーリングシステム、オゾンシステムは「機械及び装置」のうち「食料品製造業用設備」に該当すると認定されたが、それ以外の資産については、以下のように判断された。 納税者は、「魚体の乾燥」という共通目的で使用されることを根拠に、当該資産全体を一体の「機械及び装置」として特別償却の対象に含めるべきと主張したが、裁決では、減価償却資産とその耐用年数については法人税法施行令13条により資産の種類を判定する必要があるとして、本件各資産が相互に関連しあうことによって、魚体の乾燥という目的を達しているからといって、直ちに、これらを一体とみて措置法42条の6第1項第1号に規定する「機械及び装置」に該当する旨の主張は採用できないとされた。 * * * 今回の事例は、「特別償却を多く取りたい」という納税者の意図のもと、「機械及び装置」の範囲を拡大解釈しようとした点が根底にあると考えられる。 本裁決では、「建物」については、資産の機能等から検討して「機械及び装置」ではないと判断されている。特に「建物附属設備」については、裁決上では検討過程は示されていないものの、資産区分の正確な判定が減価償却を行う上で重要であるとうかがえる。 今後も本連載では、資産区分で争われた事案を取り上げ、「どこがキーポイントであったのか」に焦点を当てて検討していきたい。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第68回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 (3) 暗号資産(トークン)の含み損益の課税イベント 本稿では、DeFi取引に関連する暗号資産の移転がその含み損益に係る課税イベントであるかを検討する。 その際、前回示した実現の意義に関する様々な見解と所得税法36条等の規定内容を踏まえて、次の①及び②のとおり、「譲渡及びこれに基因する収入」に着目した理解を前提として考察を進める。 以下、説明を補足しよう。 前回確認した実現の意義に関する見解のうち、いまだ実現に至らない未実現の状態の第二類型(贈与や相続による財産の移転などで資産を手放すが、その代わりに取得した物がないケース)との関連では、暗号資産を手放した、あるいは暗号資産に係る権利の保有者が変わったからといって(上記①➊)、直ちにその暗号資産に係る含み損益の課税イベントとみなされるわけではなく、所得税法36条の収入といえるものがなければならない(上記①➋)。 この場合の収入は、金銭のみならず、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益でもよい(所法36①)。これらをもって収入する場合の収入すべき金額は、「当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額」となる(所法36②)。 これらの規定により、一定の場合を除き(※1)、資産の交換(基本的には、「当事者が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転すること」(民法586))、本稿との関係では暗号資産同士の交換の場合も課税イベントになることを理解しておく必要がある。 (※1) 一定の固定資産の交換の場合については、実質的ないし経済的な観点からは同一の資産を継続して保有していること、あるいは金銭の流入がないため納税資金の問題があることを考慮して、含み損益を「認識」しない(譲渡がなかったものとみなす)などの規定も用意されている(所法58等)。 他方、何らかの収入が認められるからといって、直ちにその暗号資産に係る含み損益の課税イベントとみなされるわけではない。例えば、含み損益のある暗号資産をステーキング(暗号資産を預けて、取引の妥当性を検証するプロセスに参加し、報酬を得ること)のために移転して報酬を得たとしても、その報酬に係る収入は、通常、暗号資産の値上がり部分に係るものではない。 暗号資産の移転に伴い、その値上がり部分に対する所得が課税の対象となるには、原則として、暗号資産の保有者(処分権者)がこれを譲渡し(上記①➊)、その譲渡したことに対する対価として(その譲渡に基因として)、その者に収入があることを要する(上記①➋)。 このような理解は、一般に、含み損益は処分権者に帰属し、処分権の移転の対価のうちに具体化されて実現すること(最判昭和43年10月31日集民92号797頁)を前提としている。 資産の値上がり益が所有権者に帰属すること及び売買交換等の場合にその値上がり益は対価のうちに具体化されることについて、基本的には、所得税法33条の譲渡所得の基因となる資産(キャピタルゲイン・ロスを生み出す資産)のみならず、棚卸資産等の資産に対しても当てはまるであろう。 所有権者は、特段の事情のない限り、その所有する資産を自由に処分する権利を有し(民法206)、対価を得ることができる。この場合の処分とは、財産権の移転その他財産権について変動を与えることや、財産の現状、性質等に消費、廃棄その他事実上の変更を加えることを含む広い意味を有する用語法であるが(大森政輔ほか編『法令用語辞典〔第11次改訂版〕』439頁(学陽書房2024))、本稿との関係で重要であるのは、基本的にはその資産を譲渡する権利である。 ここでいう譲渡とは、「権利、財産、法律上の地位等を、その同一性を保持させつつ、他人に移転すること」を意味すると解されている(大森ほか編・前掲書415頁)。 もちろん、暗号資産について処分権をどのように観念できるかは私法上の議論に委ねられる。 また、所得税法の文脈でいうところの譲渡(所法33、48の2、所令119の6②二等)も基本的に上記と同じ意味に理解することができるとしても、両者が完全に同一の概念であるかという問題は残されている。 ところで、無体物は所有権の対象にならないという理解を前提とするならば(※2)、本稿で考察の対象とする暗号資産の場合は、基本的に、これを他者に譲渡する権利(差し当たり、これを「処分権」と呼ぶが、本稿では他の処分行為との関係性には踏み込まない(※3))に着目することになろう。ただし、暗号資産を含むトークンに対する処分権の存在、内容、帰属、移転の時期、支配や(準)占有のあり方、権利が侵害された場合の救済方法等に関する私法上の議論が固まっているわけではない。 (※2) テクノロジーによって、その排他的支配ができるのであれば、暗号資産も電気などと同様に、所有権の客体と扱うことができるはずであるという見解もある。磯村保編『注釈民法(8)債権(1)』139頁 (有斐閣2022)〔北居功〕参照。 (※3) 国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」(令和6年12月最終改訂)の「3-1-8 借入れをした暗号資産の期末時価評価」の回答においても「処分権」という語が使われている。 なお、暗号資産の保有者がこれを譲渡(処分権を移転)し、これに対する対価として(このことに基因して)、その者に収入があると認められる場合を含み損益に係る課税イベントであると解するが、本連載第67回で確認した実現の意義に関する見解のうち、いまだ実現に至らない未実現の状態の第三類型(一定の譲渡担保など、資産を手放してそれと実質的に異ならない物を取得するケース)との関連では、暗号資産の処分権の移転があるとしても、含み損益を課税所得に反映すべきではない例外的なケースも想定しておかねばならない。 これは、一般的には消費貸借契約、譲渡担保、リース取引の課税上の取扱いが想起される場面であり、暗号資産の消費貸借の課税上の取扱いを考察する際に有益な視点である。 (了)