〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2024年3月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年3月1日から3月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 企業会計基準委員会及び日本公認会計士協会は、次のものを公表している。 ① 改正実務対応報告第44号「グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の適用に関する取扱い」(内容:グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の取扱いを定めるもの) ② 実務対応報告第46号「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」等(内容:グローバル・ミニマム課税について、法人税及び地方法人税の会計処理及び開示の取扱いを示すもの。補足文書がある) ③ 改正企業会計基準適用指針第2号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針」及び改正企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」(内容:いわゆるパーシャルスピンオフの会計処理を取り扱うもの) ④ 会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」の改正(内容:③に関連していわゆるパーシャルスピンオフの会計処理を取り扱うもの) Ⅲ 企業内容等開示関係 次のものが公布・公表されている。 ① 「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第16号)(内容:有価証券届出書における個人情報の記載の見直しを行うもの) ② 「記述情報の開示の好事例集2023」の更新(内容:「コーポレート・ガバナンスの概要」等の項目の追加など) Ⅳ 四半期決算関係 次のものが公布・公表されている。 ① 企業会計基準第33号「中間財務諸表に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第32号「中間財務諸表に関する会計基準の適用指針」(内容:改正後の金融商品取引法上、半期報告書において中間連結財務諸表又は中間個別財務諸表が開示されることに対応するもの) ② 会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」の改正について(公開草案)(内容:①の「中間財務諸表に関する会計基準」等に対応するもの。意見募集期間は2024年4月22日まで) ③ 「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂に係る意見書」及び「監査に関する品質管理基準の改訂に係る意見書」の公表について(内容:取引法に対応し、四半期開示の見直しに伴う監査人のレビューに係る必要な対応を行うもの。企業会計審議会) ④ 「金融商品取引法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令」(政令第71号)及び「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第29号)等(内容:「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(法律第79号)により、四半期報告書制度が廃止となることから、関連する関係政令・内閣府令等を改正するもの) 四半期決算関係については、例えば、2024年3月28日付けで、東京証券取引所より、「金融商品取引法改正に伴う四半期開示の見直し等に係る有価証券上場規程等の一部改正について」などが公表されている。これは、4月1日以降の速報解説として解説している。 Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正」(公開草案)(内容:報酬関連情報(監査報酬、非監査報酬及び報酬依存度)の開示の記載例を追加するもの。意見募集期間は2024年4月3日まで) ② 「監査基準報告書300実務ガイダンス第1号「監査ツール(実務ガイダンス)」の改正」(公開草案)(内容:監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」(2023年1月12日改正)を受けたもの。意見募集期間は2024年4月22日まで) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第48回】 「宝塚歌劇団ハラスメント事件に見る ハラスメント事案における弁護士の活用方法」 弁護士 柳田 忍 【Question】 2024年3月28日、宝塚歌劇団におけるハラスメント事件について、劇団側が、遺族側との合意においてパワハラ行為の存在等を認めたとの報道がなされました。 本件においては、2023年11月に弁護士が調査を行ったうえでハラスメントは確認できなかった旨の内容の報告書を公表しており、劇団側はこれに依拠してハラスメント行為はなかったという立場をとっていましたので、弁護士に調査を依頼しても誤った結論を出すことになってしまうのかと懸念しています。 ハラスメント事案において弁護士に調査等を依頼する場合のポイントがありましたら教えてください。 【Answer】 まず、調査等を顧問弁護士などの企業等と何らかの関係のある弁護士に依頼するか否かについて、不祥事の規模や社会的影響の度合いによって検討して決定すべきものと思われます。 また、調査結果をどのように活用するかについて、結果に至る経緯等を踏まえて慎重に判断する必要があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 はじめに 宝塚歌劇団に所属する劇団員(以下「本件劇団員」という)が2023年9月に死亡した件について、2024年3月28日、劇団側は、遺族側との間で、パワハラ行為の存在等を認め、遺族側に対して謝罪し、解決金を支払う旨の合意(以下「本件合意」という)が成立した旨を発表した(※)。 (※) 阪急阪神ホールディングス株式会社他「宝塚歌劇団宙組劇団員の逝去に関するご遺族との合意書締結のご報告並びに再発防止に向けた取組について」 本件について2023年11月に公表された調査報告書(以下「本件調査報告書」という)においては、パワハラ行為は確認できなかった旨記載されており、劇団側も記者会見等においてパワハラ行為の存在を否定してきたことから、本件合意はそれまでの劇団側の見解を覆すものであるといえる。 本件調査報告書は、劇団側の依頼を受けて大手法律事務所(以下「本件法律事務所」という)の弁護士9人により構成される調査チームが調査を実施したうえで作成されたものであることなどから、本稿においては、本件に照らしてハラスメントの調査や事実認定における弁護士の活用方法について論じるものとする。 2 事実の経緯 本件の事実の経緯は以下のとおりである。 劇団側は、本件について、わざわざ大手法律事務所に調査等を依頼したにもかかわらず、遺族側の納得を得られず、世間の非難を受けてブランド・イメージを大いに毀損する結果となってしまっているが、以下のとおり、その一因には劇団側の弁護士の活用方法にも問題があったようにも思われる。 3 考察 (1) 顧問弁護士などの企業等と何らかの関係のある弁護士の活用方法 本件においては、劇団の運営会社である阪急電鉄株式会社の関連会社の社外取締役が本件法律事務所に所属していることが判明し、遺族側より、劇団側から完全に独立した「第三者委員会」による再調査などが求められた。 この点、ハラスメント等の不祥事の調査等を行う弁護士の中立性・公平性については、以下のとおり述べられている。 ① 「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(2021年10月)においては、次のとおり記載されている(以下引用)。 ② 「「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」の策定にあたって」 日本弁護士連合会「「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」の策定にあたって」(2010年7月15日・同年12月17日改訂)においては、次のとおり記載されている(以下要旨)。 ③ 弁護士に調査等を依頼する際のポイント 上記①②に照らすと、以下のように言えるのではないか。 本件は、宝塚歌劇団という著名なエンターテイメント集団において、劇団員が死亡するという重大な結果が発生しており、しかも、昨今社会問題として大いに注目を集める「ハラスメント」がその原因として疑われている事案であるから、調査等を依頼する法律事務所の選定に際しては、もう少し慎重になってもよかったのではないかと思われる。 (2) 調査等の結果の活用方法 本件調査報告書においては、劇団が保有していない情報・資料等の収集には限界があり、新たな証拠資料等によっては、本件調査報告書で確認できたとする事実を訂正する可能性があることなどの注記がなされており、実際、遺族側から写真やLINEのやりとりなどが公表された直後、本件調査報告書のウェブサイトへの掲載が掲載からわずか1ヶ月後に取りやめられるといった経緯をたどっている。 本件劇団員が死亡してから本件調査報告書が作成・掲載されるまでの期間がわずか1ヶ月強であったことなども併せて考えると、劇団側が、本件調査報告書に依拠して結論を出したことは早計であったようにも思われる。 弁護士の見解を得た場合にも、結論を部分的に抽出して活用するのではなく、見解の内容や結論に至った経緯等を精査して慎重に判断をすべきである。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第5回】 「一人取締役の会社の社長が認知症になった場合の対応(その2)」 ~登記はどうするのか~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 社長1人だけが取締役(代表取締役)とされている会社で、社長が成年後見制度を利用し、成年被後見人となりました。登記はどうしたらよいのでしょうか。 【A】 前回解説した通り、成年被後見人であることは取締役の欠格事由(会社法331条1項)からは除かれましたが、取締役として在任中に成年被後見人となると「委任の終了(民法653条)」により一旦は退任する必要があります。退任の登記手続を行うことも必要になりますが、この手続が意外と難しく、成年後見人の頭を悩ませることになります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 役員が取締役1人の会社の登記情報 役員が取締役1人の会社の場合、登記情報の役員欄は以下のようになっています。 【役員が取締役1人の会社の登記記録例】 唯一の取締役である山田太郎さんが、成年被後見人となった場合「委任の終了」により取締役としては退任することになります。しかし、取締役の山田太郎さんが退任してしまうと、取締役が存在しない会社となってしまうため、このような会社の場合、山田太郎さんの退任の登記を行うことができません。 退任の登記を行うためには以下のような手順が必要になります。 2 退任の登記 (1) 後任者の選任 唯一の取締役の退任を登記するためには、後任の取締役をあわせて選任する必要があります。事業を継続する場合には、身内や社員の中から後任者を選ぶことになります。会社を閉める方向に進める場合には、身内の方に一時的に後任者になってもらうということもあります。 なお、成年被後見人であることが取締役の欠格事由から除かれたため、成年後見人が成年被後見人の同意を得たうえで、本人に代わりに就任承諾をすることで成年被後見人を取締役として再選任することも可能です(会社法331条の2第1項)。しかし、成年後見人としては成年被後見人となった本人が実際に取締役としての職務を行うことができるかなどを慎重に見極める必要があります。 (2) 株主の確認 後任の取締役を選任するためには選任機関である株主総会の決議が必要となるため、株主を確認することも必要となります。社長1人だけが取締役の会社の場合、株式の大半を社長が保有していることが多いと思われます。 大株主である社長が成年被後見人である場合、成年後見人が本人に代わって議決権行使をすることになります。成年後見人としては議決権行使にあたり、本人に不利益がないように配慮する必要がありますが、会社の運営のために後任者を選任することは、本人にとっても利益となると考えられる場合が多いでしょう。 (3) 登記の必要書類 成年被後見人となった取締役の退任の登記には、成年後見に関する登記事項証明書や後見開始の審判書(確定証明書付き)が必要となります。後任者の選任の登記については、選任の決議をした株主総会議事録、株主リスト、後任者の就任承諾書(実印押印)、後任者の実印についての印鑑証明書(市町村長作成)、印鑑届出などが必要となります。 なお、成年被後見人を取締役として再任する場合には、成年後見人の就任承諾書(実印押印)、成年後見人の実印についての印鑑証明書(市町村長作成)、成年後見に関する登記事項証明書、成年被後見人の同意書(後見監督人がある場合にあっては、成年被後見人及び後見監督人)が必要となります。 3 万が一を想定して備えることが必要 一人取締役の会社の社長が成年後見制度を利用することとなった場合、後任者の選任等を速やかに行えないと会社の運営が滞ってしまうことになります。税理士としても、自らが社長の成年後見人として活動することになった場合を想定して、どのような対応が必要になるかを知っておくことは重要といえるでしょう。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第29回】 「J事務所の性加害問題(下)」 弁護士 原 正雄 前回に続き、J事務所の性加害問題について「ビジネスと人権」の観点を入れつつ分析する。 1 マスメディアの沈黙 (1) 取引関係に基づく影響力の不行使 エンターテインメント業界には性加害やセクシュアル・ハラスメントが発生しやすい土壌があったと指摘されている。例えば、2009年、韓国で所属事務所から性接待を強要されたとして女優が自殺した。2012年、イギリスで有名なテレビ司会者による数百名の子どもや女性への性加害が明らかになった。2017年、アメリカで有名映画プロデューサーの長年の性加害が報道され、性加害やセクシュアル・ハラスメントの被害を告白する世界的な運動「#MeToo運動」へとつながった。 そうした中、メディアはJ事務所の所属タレントを出演させるに当たり、人権デューディリジェンスとして人権侵害が行われていないかを精査すべきであった。特別チームは、メディアは性加害を把握した上で取引関係に基づく影響力を行使して性加害を即時にやめさせるべきであったし、そうできたはずであった、としている。そうした必要性は、前回記載のとおり2003年に東京高等裁判所がJ氏の性加害を事実として認定した後はなおさら強いものとなっていた。 (2) 報道の不存在 メディアの多くはJ氏の性加害を正面から取り上げてこなかった。2003年に東京高等裁判所がJ氏の性加害を事実と認めたことも、ほとんど報道しなかった。J氏の性加害がメディアの多くで取り上げられるには、2023年のBBC特集番組と元ジュニアによる被害申告の記者会見まで待たなければならなかった。 特別チームは、メディアがJ氏による性加害を大々的に報道していれば、ジュニアとなることを思い止まった若者も出たのではないか、既に入所した子にも親などが声掛けして被害拡大を防げたのではないか、メディアの多くが批判をしなかった結果、J氏による性加害が拡大し、さらに多くの被害者を出すこととなった、と指摘している。 2 社会問題化 (1) ビジネスと人権 2011年、国際連合が「ビジネスと人権に関する指導原則(国連指導原則)」を公表し、企業が人権について責任を負うべき旨を明らかにし、人権デューディリジェンスを実施するよう規定した。 日本でも2020年10月、政府が「ビジネスと人権に関する行動計画(2020-2025)」を公表して、企業に対して人権デューディリジェンスを導入するよう「期待」を表明した。 2021年6月には金融庁と東証が「コーポレートガバナンス・コード」を改訂し、人権尊重が重要な経営課題であることを宣言した(補充原則2-3①)。 さらに2022年9月、政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表し、全ての企業がサプライヤー等の取引先に対して人権尊重の取組みをするよう求めるべき、と定めた。 時代は人権尊重へと大きく動き始めていた。 (2) J氏とM氏の死去 そうした中で2019年にJ氏が死去し(享年87)、2021年にはM氏が死去した(享年93)。J事務所の経営権は、J氏の姪でM氏の娘であるF氏に移行した。 しかし、その後もJ事務所は性加害への調査等をしなかった。 F氏は、本件が問題となった後、以下のように述べている。 (3) BBCの取材と番組 2022年8月18日、イギリスの公共放送局BBCがJ事務所に対して、J氏の性加害についてインタビューをしたい旨の取材依頼をしたが、J事務所はこれを辞退した。 同年11月21日、BBCがJ事務所に、J氏の性加害について放送予定なのでコメントの機会を提供する旨の書面を送付したが、J事務所がJ氏の性加害に言及することはなかった。その理由についてJ事務所の幹部は「J氏は既に死去しており、現経営体制の中に問題があるというわけではなかったので、事実の調査などは行わなかった」と述べている。J事務所は、社会が「ビジネスと人権」を重視し始めていることに気付いていなかった。 2023年3月18日、BBCは「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル(Predator: The Secret Scandal of J-Pop)」と題するドキュメンタリー番組を配信した。J氏の性加害に遭ったという男性や週刊Bの記者の証言を紹介しながら、性加害疑惑やマスメディアの報道姿勢への疑問を報じる内容であった。 (4) 被害者による性加害の申告と、報道 BBCの配信直後は、地上波や新聞などが取り上げることはなく、週刊Bやウェブメディアがその内容を報じるにとどまった。 ところが、2023年4月12日、元ジュニアの男性が日本外国特派員協会で記者会見をしてJ氏に性加害を受けた旨を訴えると、これを契機として日本の報道機関が次々にJ氏の性加害を取り上げるようになった。 J事務所はJ氏の性加害を否定しきれなくなり、同年5月14日、性加害に関する見解と今後の対応を説明する動画「故Jによる性加害問題について当社の見解と対応」を事務所サイトで公表した。 その後もNHKが「クローズアップ現代」でこの問題を取り上げ、以降、多数の特集報道がなされるようになった。 (5) 国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会 2023年7月、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の専門家が来日し、本件の関係者へのヒアリングなど調査を実施した。 同年8月4日、同作業部会が記者会見を実施し、J氏による性加害問題について「タレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれる深く憂慮すべき疑惑が明らかになった」、「政府や被害者たちと関係した企業に対策を講じる気配がなかった」などと指摘した。その上で、エンターテインメント業界を始め日本の企業が被害者救済や虐待への適切な対応をとるよう、政府に対して主体的な取組みを促した。これは「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づく要請であった。 同作業部会は、2024年6月、国連人権理事会に最終報告書を提出する予定である。 3 結語 本件はJ事務所という1つの会社の問題であるとともに、J事務所と取引をしていた多数の会社の問題でもあることが指摘されている。 上記のとおり「ビジネスと人権」の観点からは、企業は他社と取引をする際に人権デューディリジェンスを実施し、当該取引先で人権侵害が行われていないかをチェックし、問題があれば改善を求める必要がある。 今、社会は人権尊重に向けて大きく動いている。企業はこうした動きを見過ごしてはならない。各社は改めて、自社が人権尊重を重要な経営課題として受け止めることができているのか見直すべきである。 (了)
《速報解説》 福岡国税局、支配関係のある協同組合が株式会社に組織変更して合併を行った場合の欠損金額の引継制限に関する文書回答事例を公表 ~5年前の日から継続して支配関係がある場合への該当性~ 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 本稿では、福岡国税局が令和6年3月25日付(ホームページ公表は令和6年4月8日)に回答した文書回答事例「支配関係のある協同組合が株式会社に組織変更して合併を行った場合の欠損金額の引継制限について(5年前の日から継続して支配関係がある場合への該当性)」の解説を行う。 1 事前照会の前提 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 文書回答事例に掲載の図を筆者一部加工 2 事前照会の内容 組織変更により出資者の持分が出資から株式に変更している場合でも、組織変更前を含めて、A社により出資総口数又は発行済株式総数の50%超を継続して保有されている関係があるときは、A社とB社との間に5年前の日から継続して支配関係があるとして、A社の未処理欠損金額の引継制限を受けることはないという理解で問題ないかどうか。 3 根拠規定 (1) 支配関係 支配関係とは次のような関係をいう(法法2十二の七の五)。 (2) 繰越欠損金の引継制限 完全支配関係又は支配関係がある法人間の適格合併のうち、次のいずれにも該当しない適格合併については、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎが制限されている(法法57③、法令112③④)。 4 本件への当てはめ 本件合併はみなし共同事業要件を満たさない前提であるため、繰越欠損金の引継制限については、合併法人の適格合併の日の属する事業年度開始の日の5年前の日、被合併法人若しくは合併法人の設立の日のうち最も遅い日から継続して支配関係があるかどうかを判定することとなる。 A社はB社の出資を保有する関係から株式を保有する関係に変わっているため、組織変更の前後において、A社とB社との間にA社による支配関係が継続していないこととなるのかという疑義が生じる。 今回の文書回答事例では、出資者の持分が出資から株式に変更している場合でも、A社は組織変更前後において同一人格であるB社の出資総口数の50%超を組織変更まで少なくとも10年以上継続保有し、組織変更後から本件合併直前まで発行済株式総数の50%超を継続保有しているため、A社とB社との間に5年前の日から継続して支配関係があるものとして取り扱うということが明らかにされた。 なお、組織変更により、事業協同組合としては解散登記をし、株式会社として設立登記をしているが、あくまで登記の技術上の問題であり、組織変更の前後を通じて法人は同一人格を保有するものと解されるため、B社の設立があったとして、B社の設立の日から継続して支配関係がある場合に該当するとは考えないという点に留意する必要がある。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2024年4月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.563を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.134- 「骨太方針2024を睨んで始まった財政規律論争」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 政権支持率も自民党支持率も最低レベルに落ち込んでいる。しかし、野党もバラバラで政権担当能力がないことは国民も承知しており、今解散・総選挙があったとしても政権交代は考えられない。国民の信認を得られない政権では、改革は進まず、バラマキ政策が実行され、失われた30年脱却の出口まできているチャンスを逃してしまう可能性もある。 このような政治情勢の下で、自民党内で、財政規律をめぐって、古川禎久元法相を本部長とする財政健全化推進本部(財政健全派)と、西田昌司氏を本部長とする財政政策検討本部(財政積極派)とが議論を開始した。 * * * 背景には、長年わが国が財政健全の目標にして予算編成をしてきた「プライマリーバランス(基礎的財政収支、以下PB)の黒字化」が視野に入ったという事実がある。本年1月に内閣府が公表した「中長期の経済財政に関する試算」では、PBについて以下のような姿を描いている。 自然体のベースラインケースでPBのGDP比は2025年度▲0.4%となり、2026年度にゼロ近傍まで改善する。名目成長率が3%を超える成長実現ケースでは、2025年度にGDP比▲0.2%程度となり 2026年度には同0.5%の黒字になる。 資料には「これまでと同様の歳出効率化努力を継続した場合、PB黒字化は2025年度・・・が視野に入る」という文言も入っている。 財政積極派の考え方は、主に以下の通りだ。 また米国バイデン政権では、イエレン米財務長官が成長戦略として「モダン・サプライサイド・エコノミクス」(MSSE)を主張し、規制緩和や減税に替えて財政政策を重視している。 高名な経済学者であるブランシャール氏は、 金融緩和を行っても景気刺激につながらない「流動性のわな」の状態では、金融政策に替えて財政政策を重視すべきと指摘している。名目成長率(g)が名目金利(r)を上回れば、PBが赤字でも債務残高GDP比は一定値に収束するので、財政の持続可能性は維持できるというドーマー定理からPB赤字は許容でき、さらに金融緩和と積極財政を組み合わせた最近までの日本の財政政策は「一応の成功」と評価できる(オリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』日本経済新聞出版社、2023年)、としている。 一方、財政健全派は、主に以下のように考える。 利払い費は平成6年度に10兆円弱と予想され、金利が正常化すれば、この利払い費は急増する。財務省の試算では、1%の金利上昇で2年後には2兆円、3年後には3.6兆円の利払い費が必要となる。PBにはその点が反映されないので、PBが均衡するだけでは過去の借金の利払い費は賄えず、利払い費分だけ債務残高は増加していく。 必要なことは、PB黒字(税収―政策経費)を継続し、黒字分を利払い費に充てて債務残高GDP比の安定的な引下げを図ることである。PB黒字化は一里塚(プライマリー、第一歩)で、今後はこちらがより重要なメルクマールになる。 この論争は、岸田定額減税を来年度も続けるべきか、ガソリンなどの補助金を継続すべきかなどの具体的な政策とも絡んで、夏に予定されている「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」策定まで、自民党・政府部内でバトルが続く。 経済論争としてカギを握るのが、名目成長率(g)と金利(r)の関係である。各国の事例を長期にわたり観察しても、rとgの関係は多様で、ここ26年(1992年-2017年)のG7諸国の推移を見ると、rがgを上回った例が61%、わが国では77%と多数となっているが、この関係をきちんと説明する経済理論はいまだ確立されていない。 * * * 筆者は、コロナ下で弛緩しきった財政規律を元に戻すためにも、rとgは同水準で推移すると考えて、地道にPB黒字を続け、それを利払返済に充てて債務残高GDP比を安定的に引き下げていく財政目標を作ることが必要ではないかと考える。 イソップ童話の「オオカミ少年」の物語は、オオカミが来ないと安心したとたんに悲劇が訪れる、油断を戒める物語である。これが現実にならないためにも・・・。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例61】 「株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、東北地方のある県庁所在地に本社を置き、不動産の賃貸や管理等を行う株式会社X(資本金3,000万円で3月決算)に勤務しており、現在総務部長を務めております。東北地方は太平洋側の地域を中心に、10年以上前の東日本大震災で大きな被害を受け、現在も復興の過程にあるという状況です。しかし、先日の能登半島地震のように、わが国ではほかの地方においても毎年のように多大な地震の被害を受けているとの報道に接するところであり、そのたびごとにとても他人事とは思えず、微力ながら何かの足しになればと募金を行っています。東日本大震災で多大な被害を受けた地域では、不動産オーナーも多額の損失を被っており、わが社もそのような取引先の実情に応じ、寄り添うような対応が求められてきたところです。 さて、私の前職は地方銀行の支店長で、わが社には2年前に転職しております。私の現在のポストの前任者はわが社一筋のたたき上げだったようで、社長の信認は厚かったようですが、近年世間で問題となっている法令順守の意識にはやや欠ける人だったと聞き及んでおります。そのため、私が総務部長に就いてからは、前任者のコンプライアンス違反を是正する作業を続けている状態です。 そんな中、つい先日私が発見したのが、わが社の決算書類につき株主総会の承認を得ていない年度があるという驚きの事実でした。その年度につき決算と申告内容を精査したところ、本来であれば法人税法の要件を満たした有価証券評価損につき費用計上すべきであるにもかかわらず行っていないことから、決算書類を修正し臨時株主総会で当該書類について承認を得ました。次いで、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく当初申告は無効であるため、修正後の真正の決算書類に基づく法人税の申告書を再度作成し、それを税務署に提出しました。 ところがこれに対して税務署から連絡があり、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく当初申告は有効であり、当初申告において損金経理により有価証券評価損を計上していないことから、損金算入は認められない旨を告げられました。税務署の説明には納得がいかないのですが、税法上はどう考えるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上、株式の価額が著しく低下したこと等の一定の事実が生じた場合において、その株式の評価換えをして損金経理によりその帳簿価額を減額したときは、その差額につき評価換えをした日の属する事業年度の損金の額に算入することができます。本件の場合、有価証券評価損を法人が確定した決算において費用として経理しているかどうかが問題となりますが、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく法人税の当初申告は有効であることから、有価証券評価損についてはその事業年度末までに評価換えを行っておらず、損金経理要件を満たさないため、当該損失は損金には算入されないこととなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 企業会計と税務会計の関係 法人税法は、その第22条第4項において、法人の収益及び費用等の額は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるべきという旨が定められているが、これを一般に「企業会計準拠主義」という(※1)。企業会計と税務会計(租税会計)とは、そもそも意義や目的が異なるため、両者を別個のものとして制定することももちろん可能であるが、企業会計上の「利益」と法人税法(その課税所得計算を担う税務会計)上の「所得」とは共通の土台に乗った観念であることから、あえて別個に定めることは、それを企業実務において実施する上では無駄が多いといえる。そのため昭和42年の法人税法改正において、二重の手間を避ける意味で、企業会計準拠主義を採用したと一般に解されている(※2)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)355-356頁。 (※2) 金子前掲(※1)書356頁。 法人税法はその第74条第1項において、各法人は確定した決算に基づき申告書を作成し提出することを求めている(いわゆる「確定決算主義」)。また、法人税法は、一定の支出及び損失に関して、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理する「損金経理(法法2二十五)」を条件として、その金額の損金算入を認めている。法人は一般に、課税所得を減らして納付すべき法人税額を抑えたいと考えるものであるから、企業会計の費用と法人税法・税務会計の損金の概念とが異なる場合、法人税法・税務会計の経理処理を優先する傾向にあるといえる。そのため、企業会計は法人税法・税務会計の影響を強く受けるといえ、企業会計の立場からは、当該影響を法人税法・税務会計が企業会計をないがしろにするものだとばかりに「不当な介入」と捉え、逆基準性の問題が生じているとして批判する向きもある。 一般論として、企業会計と法人税法・税務会計とは目的が異なるので、両者が乖離することは避けられず、法人側が企業会計よりも法人税法・税務会計に基づく経理処理を選択することをもって「不当な介入」と批判することは筋違いといえよう。しかし、その乖離の結果、企業会計と法人税法・税務会計とが基本原則として共有する「理念」までもおろそかにするような事態が生じるのだとすれば、そうならないよう、立法や法令解釈の際に慎重に検討することが求められるだろう。例えば、費用収益対応の原則から外れ、収益(益金)とそれに対応する費用(損金)とがそれぞれ別の事業年度での計上を余儀なくされる事態などが挙げられる。 (2) 有価証券の評価損と損金経理 法人税法においては、有価証券の評価損は原則として損金に算入されないが、その価額が著しく低下したこと等の一定の事実が生じた場合において、当該有価証券の評価換えをして損金経理により帳簿価額を減額したときには、その減額した金額は損金に算入される(法法33②、法令68)。ここでいう「その価額が著しく低下したこと(法令68①二イ)」とは、通達では以下の2要件により判断するとされている(法基通9-1-7)。 上記事実が生じた場合には、有価証券の評価損が損金に算入できるのであるが、その際の要件は、評価換えをして損金経理によりその帳簿価額を減額することである(法法33②)。ここではいわゆる「損金経理要件」が付されているわけであるが、損金経理とは、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理することである(法法2二十五)。 そうなると、次は「確定した決算」とは何かが問題となる。株式会社の場合、計算書類(財務諸表)について定時株主総会の承認を受ける必要がある(会社法438②)。計算書類につき株主総会の承認を求める理由は、1つの会計事実につき複数の会計処理のいずれを適用するかといった政策的判断の余地があるからだと解されている(※3)。一般に、当該承認を得た時に、決算書類は確定したといわれ、これが確定した決算であると解されている(※4)。それでは、本件のように、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく法人税の申告書はどのように取り扱われ、果たして損金経理要件を満たしたといえるのであろうか。次項の裁判例で検討したい。 (※3) 江頭憲治郎『株式会社法(第8版)』(有斐閣・2021年)656頁。 (※4) 武田隆二『平成15年版 法人税法精説』(森山書店・2003年)39-40頁。 (3) 株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性等が争われた事例 ここでは、本件と同様に、株主総会(社員総会)の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性等が争われた事例(福岡地裁平成19年1月16日判決・訟月53巻9号2741頁、TAINSコード:Z257-10610)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、福岡税務署長が、不動産の賃貸業を営む青色申告の承認を受けた有限会社である原告に対し、原告の31期分及び32期分の法人税につき、平成16年6月29日付けで納付すべき法人税額の増額更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をそれぞれ行ったので、原告が、被告に対し、本件各更正処分等には法人税法第33条第2項(有価証券評価損の損金算入を認めなかった違法)、第130条第1項(帳簿書類を調査しなかった違法)及び同条第2項(理由付記不備の違法)に違反する違法事由があるとして、これらの取消しを求めた事案である。 原告に対する本件各更正処分等の前提となる税務調査においては、以下のような経緯をたどった。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 争点(1) 争点(2) ④ 本裁判例から学ぶこと 争点(1)では、会社法の理念はともかくとして、わが国の中小企業の実態に即した裁判所の柔軟な解釈が提示されていて興味深いところである。すなわち、「我が国の株式会社や有限会社の大部分を占める中小企業においては、株主総会又は社員総会の承認を経ることなく、代表者や会計担当者等の一部の者のみで決算が組まれ、これに基づいて申告がなされているのが実情であり、このような実情の下では、株主総会又は社員総会の承認を確定申告の効力要件とすることは実体に即応しないというべき」という判示がなされている。中小企業を顧客に持つ税理士であればこのような実態に日々接していて、裁判所の実態に即した融通無碍な解釈に共感を覚えるのではないだろうか。 会社法の文理解釈からいえば、株主総会又は社員総会の承認を経ていない決算書類は違法な状態にあり、それに基づく法人税の申告書は「確定した決算」によらないため法人税法上も無効とされる可能性があるということになろう。しかし、裁判所は中小企業の実態を踏まえて、「株主総会又は社員総会の承認を経ていない決算書類に基づいて確定申告が行われたからといって、その確定申告が無効になると解するのは相当でない」としている。仮に株主総会又は社員総会の承認を経ていない決算書類に基づく申告書を無効とした場合、世の中には(情けない話ではあるが)無効の申告書があふれかねないところである。また、承認がないとはいえ、各事業年度末において、総勘定元帳の各勘定の閉鎖後の残高を基になされた決算により作成された決算報告書に基づいて当初申告書が作成されていることから、当該当初申告書は根拠ある決算書類に基づいて作成されており、一応信用が置けるともいえる。 さらに、中小企業の実態がそうであるからといって、当初申告で評価損を計上していないのはその会社の落ち度であり、裁判所が 争点(2)で示すように、「本件各事業年度末までに有価証券の評価換えをしていないのであるから、有価証券評価損を本件各事業年度の損金に算入することはできない」とすべきであろう。当初申告を無効とし、やり直しの申告書に基づく損金経理を認めてしまうことは、やはり妥当な判断とはいえない。本件における裁判所の判断は、 争点(1) 争点(2)を通じて筋が通っているといえよう。 (4) 本件へのあてはめ 法人税法上、株式の価額が著しく低下したこと等の一定の事実が生じた場合において、その株式の評価換えをして損金経理によりその帳簿価額を減額したときは、その差額につき評価換えをした日の属する事業年度の損金の額に算入することができる。本件の場合、有価証券評価損を法人が確定した決算において費用として経理しているかどうかが問題となるが、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく法人税の当初申告は有効であるから、有価証券評価損についてはその事業年度末までに評価換えを行っておらず、損金経理要件を満たさないため、当該損失は損金には算入されないこととなる。 (了)
租税争訟レポート 【第72回】 「消費税等更正処分等取消請求事件 (広島地方裁判所令和6年1月10日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 パチンコ店を営む原告は、平成31年1月1日から令和元年12月31日までの課税期間の消費税及び地方消費税に係る確定申告をする際、株式会社B(以下「B社」と略称する)から受け取った2億円(本件金銭)は、原告がC社(以下「C社」と略称する)との賃貸借契約を解除し、目的不動産から退去撤退することに伴い支払われた損失補償金であるとして、本件金銭を課税標準額に含めなかった。 これに対し、処分行政庁は、本件金銭は、原告の賃借人としての地位をB社に譲渡したことへの対価であり、消費税法2条1項9号の「課税資産の譲渡等」の対価の額に該当するとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(両方の処分を合わせて「本件各処分」と略称する)を行った。 本件は、原告が本件各処分の取消しを求める事案である。 【法律等の定め】 広島地方裁判所が判決で引用している法律等の定めは次のとおりである(適宜、かっこ書き等を省略している)。 1 消費税法 (1) 2条1項(定義) (2) 4条1項(課税の対象) 国内において事業者が行った資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。 (3) 28条1項(課税標準) 課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する額を含まないものとする)とする。 (4) 30条1項1号(仕入れに係る消費税額の控除) 事業者が、国内において行う課税仕入れについては、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額を控除する。 2 国税通則法65条1項(過少申告加算税) 期限内申告書が提出された場合において、更正があったときは、当該納税者に対し、その更正に基づき納付すべき税額に100分の10の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税を課する。 3 消費税法基本通達 (1) 5-1-3(資産の意義) 消費税法2条1項8号に規定する「資産」とは、取引の対象となる一切の資産をいうから、棚卸資産又は固定資産のような有形資産のほか、権利その他の無形資産が含まれることに留意する。 (2) 5-2-1(資産の譲渡の意義) 消費税法2条1項8号に規定する「資産の譲渡」とは、資産につきその同一性を保持しつつ、他人に移転させることをいう。 (3) 5-2-7(建物賃貸借契約の解除等に伴う立退料の取扱い) 建物等の賃借人が賃貸借の目的とされている建物等の契約の解除に伴い賃貸人から収受する立退料は、賃貸借の権利が消滅することに対する補償、営業上の損失又は移転等に要する実費補償などに伴い授受されるものであり、資産の譲渡等の対価に該当しない。 (注) 建物等の賃借人たる地位を賃貸人以外の第三者に譲渡し、その対価を立退料等として収受したとしても、これらは建物等の賃借権の譲渡に係る対価として受領されるものであり、資産の譲渡等の対価に該当することになるのであるから留意する。 【事実関係の経緯】 1 当事者等 2 B社の原告に対する2億円(本件金銭)の支払いに至る経緯 (1) 原告とC社との間の不動産賃貸借契約 C社は、かねてより、広島市内の土地(本件土地)をその地権者から借り受けていたところ、昭和62年7月7日、原告に対し本件土地及び同土地上に新築する建物(本件建物)をパチンコ店として賃貸する旨の契約(原契約)を原告との間で締結し、同年11月2日に本件建物を建築した。C社と原告は、本件原契約を平成14年7月29日及び平成24年7月30日に更新し、同日の更新では、賃貸借の期間を同日から起算して10年間、賃料を1ヶ月275万円(税込288万7,500円)とした。 (2) 原告とB社による協定 原告は、B社が本件土地の利用を希望したことから、原契約を解除したうえで、本件建物を撤去し本件土地から退去することとなった。そこで、原告及びB社は、平成31年4月19日付け「物件移転等に関する協定書」及び同日付け「覚書」(協定)を作成し、記載内容について協定した。協定書には、原告が原契約の合意解除を行い、B社と本件各地権者及びC社との間で新たな賃貸借契約を締結すること、B社から原告に対し、原契約解約日の確定に伴い通常生じる損失に対する補償として、協定締結時に2,000万円、不動産の引渡し時に1億8,000万円を支払うこと等が記載されている。 (3) 原告、B社及びC社による覚書 原告、B社及びC社は、令和元年8月28日付け「契約上の地位承継に関する覚書」(覚書)を作成し、その記載内容について合意した。覚書には、原告、B社及びC社は、原契約に基づく原告の契約上の地位の一切を、同年9月1日をもって、原告がB社に承継することに合意すること、原契約をB社の営業開始日をもって合意解約すること、B社とC社は、同営業開始日を始期とする事業用定期借地権(30年)を設定することを約し、同年12月27日までに事業用定期借地権設定契約を締結すること等が記載されている。 3 本件訴訟に至る経緯 (1) 原告による消費税等の申告 原告は、処分行政庁に対し、法定申告期間内である令和2年2月27日に、本件課税期間の消費税及び地方消費税につき、納付すべき消費税額を553万8,800円、納付すべき地方消費税額を156万2,200円とする納税申告を行った。 (2) 処分行政庁による処分 処分行政庁は、本件金銭は、消費税法2条1項9号の「課税資産の譲渡等」に該当するため、同金銭の税抜き金額である1億8,518万5,185円を本件課税期間の課税標準額に加算するべきであるとして、令和3年6月29日付けで、原告に対し、本件課税期間の消費税及び地方消費税につき、納付すべき消費税額を1,720万5,500円、納付すべき地方消費税額を471万300円とする本件更正処分及び過少申告加算税の額を186万6,500円とする本件賦課決定処分をした。 (3) 原告による審査請求 原告は、令和3年8月30日、本件各処分に不服があるとして、国税不服審判所長に対し、審査請求を行った。 これに対し、国税不服審判所長は、令和4年8月23日付けで、前記審査請求を棄却する旨の決定をした。 (4) 原告による訴訟の提起 原告は、令和5年2月17日、本件訴訟を提起した。 【広島地方裁判所による判決の概要】 1 争点 原告がB社から受け取った金銭が消費税法4条1項、28条1項の課税対象になるか否か、すなわち、当該金銭が同法2条1項8号の「資産の譲渡等」の対価に当たるか否か。 2 広島地方裁判所の判断 裁判所は、まず、消費税の課税について、消費税は、物品やサービスの各取引段階において付与される付加価値に着目して課税するというものであり、資産が消滅するなどして付加価値が生じない場合には課税の問題は生じないと定義したうえで、消費税法基本通達5-2-7(建物賃貸借契約の解除等に伴う立退料の取扱い)を引用して、「建物等の賃借人が賃貸借契約の解除に伴い賃貸人から授受する立退料は、賃貸借の権利が消滅することに対する補償、営業上の損失又は移転等に要する実質補償などに伴い収受されるものであり、資産の譲渡等の対価に該当しない」が、「建物等の賃借人たる地位を賃貸人以外の第三者に譲渡し、その対価を立退料等として収受したとしても、これらは建物等の賃借権の譲渡に係る対価として受領されるものであり、資産の譲渡等の対価に該当することになる」と説明した。 そのうえで、被告による本件金銭は本件原契約上の地位の移転に対する対価であるから、「資産の譲渡等」に対する対価に当たるという主張に対しては、裁判所は、原告は、本件不動産からの撤退に当たり、中古自動車販売業者のB社と協議をせざるを得なくなったが、その結果、パチンコ店の営業に係る権利等の喪失、パチンコ店舗用各種施設の撤去の費用等の損失などが生じることになったことから、その補償をB社に求めたこと、B社がこれに応じることになったため、原告とB社は、「原告は、本件原契約を解除する。B社は、C社との間で新たな賃貸借契約を締結するとともに、原告に対して本件原契約を解除して店舗の撤退をすることに伴い生じる損失補償金として2億円を支払う」ことを内容とする協定を締結したこと、B社は協定に基づいて平成31年4月19日に2,000万円を、令和元年8月29日には「協定に基づく損失補償金の支払いを求める」旨記載された請求書に応じる形で残金1億8,000万円を支払ったことが認められるとして、本件金銭は、原契約上の解約により原契約上の地位が消滅することに対する対価であるといえるとの判断を示した。 また、裁判所は、被告が主張する覚書に基づく地位承継合意について、原契約上の地位を原告からB社に移転させる旨が合意されていることは認めたものの、この合意の趣旨は、もっぱら、原告が本件不動産から撤退した(賃料を支払う理由がなくなった)後もB社が原契約の賃料を継続して支払うという法形式を採ることで、C社が賃料を得られない期間をなくすこと、及び、原告に対し原契約の早期解約に伴う解約違約金を請求しないことについて各地権者の納得を得ることを目的として、締結されたものであるといえ、B社が原契約上の地位に基づいて本件建物の使用収益をすることはおよそ予定されていなかったといえるとの判断を示した。 さらに、覚書には、新たに賃借人となるB社が賃貸人のC社に支払う賃料に関する記載はあるが、賃借人の地位承継に伴いB社が原告に支払う金員に関する記載あるいは協定に基づき支払われる2億円を覚書合意に基づき支払われる2億円に振り替える等の記載はなく、協定に基づき2億円が支払われたことを裏付ける証拠はあるのに対し、覚書合意に基づきB社が原告に何らかの金員を支払ったことを裏付ける証拠はないことから、本件金銭を覚書合意に基づく本件原契約上の地位の譲渡に対する対価ということはできないと結論づけて、被告の主張は採用できないと断じた。 【解説】 消費税法基本通達5-2-7を素直に読めば、「立退料の収受は消費税の課税の対象とならない」という原則が導かれるはずである。本件では、B社から、原告に発生するパチンコ店の閉店や事業用資産の廃却に伴う損失に対する補償金として支払われた2億円が、その支払いに関する協定とは別に、B社が原告の地位を承継するという覚書が締結されていたため、原処分庁が、更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分を行ったものである。 しかし、裁判所が指摘したように、B社が原告の地位を承継するにあたり対価を支払うという定めは、覚書には存在しない。 1 被告の主張 裁判で、被告は、原告が本件不動産において経営しているパチンコ店から撤退し、B社が本件土地に新店舗を出店するという目的を達成するために最終的に選択された法形式は、協定に基づく原契約の合意解除ではなく、覚書合意に基づく原契約上の地位の移転であり、このことは、覚書合意の経緯及び覚書の記載内容から明らかであり、また、新店舗開店に伴い、同社が原告から承継した原契約がB社とC社との間で合意解除された等の覚書合意の履行状況を踏まえると、本件覚書合意がされた時点では、原告とC社との間で原契約が合意解除されておらず、原契約が消滅していなかったことは明らかであると主張した。 さらに、この主張を裏付ける事実として、B社の管理本部長が、本件金銭は本件原契約上の地位をB社が承継することの対価であると認識していたとして、原告は、原契約上の賃借人の地位の同一性を保持しつつこれを第三者であるB社に譲渡し、その対価として本件金銭を受領したものと認められることから、本件金銭は「資産の譲渡等」の対価であると主張をまとめた。 判決文では触れられていないが、被告は、原告が、消費税課税を回避するために、協定に基づく原契約の合意解除という法形式を採用したが、その実質は、原告の原契約上の賃借人の地位の同一性を保持しつつこれを第三者であるB社に譲渡し、その対価として本件金銭を受領したものであり、資産の譲渡等の対価であると主張しているようである。しかし、裁判所は、上記のとおり、その主張を一蹴しており、国・処分行政庁側もその判決に異議を唱えることなく、控訴しなかった。 2 国税不服審判所による裁決の要旨 国税不服審判所の「裁決要旨検索システム」で、令和4年8月23日付けの裁決を検索したところ、本件訴訟の原告が審査請求をしたと考えられる、以下のような裁決要旨が掲載されている。 国税不服審判所は、協定によって、賃貸借契約の合意解除などの請求人(原告)が行うべき各行為と、それら請求人(原告)の行為の履行に対して当該第三者(B社)が支払うべき対価として本件金員を定めたものと認めるのが相当であるとの判断を示しているわけであるが、審査請求人及び原処分庁が主張している消費税法基本通達5-2-7の適用関係には一切触れず、契約の合意解除を「役務の提供」と解釈して、B社がその対価を支払ったものであるとの裁決をしたことには、本判決における事実認定からは、かなり違和感のある、又は無理のある結論であると言えるだろう。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q88】 「特定口座で管理する上場株式等の発行法人が清算した場合の損失の取扱い」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 上場株式等の無価値化損失の特例 (1) 上場株式等の含み損に関する取扱い 上場株式等の価値は株式市場における取引価格の変動に伴って日々変動します。所得税法上、株式等の含み損益が課税所得に含まれることはなく、実際に譲渡した場合に課税が生じる(譲渡損が生じた場合は譲渡益と損益通算される)ことになります。 したがって、保有する株式の発行法人の財務状況が悪化し、上場廃止等の事由が生じた場合であっても、原則として、課税される所得金額に影響を与えることはありません。 しかしながら、一般の個人投資家が株式市場の情報を網羅的に把握し、上場廃止等の前に譲渡することは必ずしも容易ではなく、また、株式投資を促進する環境整備という政策的要請から特例的な措置が講じられています。 具体的には、特定口座で管理されていた上場株式が、上場廃止後引き続き証券業者等に保管の委託がされ、その後、その発行法人の清算結了等により価値を失ったことによる損失(無価値化損失)が生じた場合には、これを株式等の譲渡損失とみなすこととされています。 (2) 特例適用のための要件 特定管理株式等又は特定口座内公社債について株式又は公社債としての価値を失ったことによる損失が生じた場合とされる一定の事実が発生したときは、その事実を証明する書類とともに計算明細書を添付した確定申告書を提出することで、その損失の金額は上場株式等を譲渡したことにより生じた損失の金額とみなされます。 この「特定管理株式等」とは、特定口座で管理していた上場株式等のうち内国法人が発行した株式又は公社債が上場廃止になり、その後、特定管理口座に係る振替口座簿に記載若しくは記録がされ、又は特定管理口座において保管の委託がされているものとされています。また、「特定口座内公社債」とは、特定口座で管理されている内国法人が発行した公社債をいうこととされています。 この特定管理口座での管理要件は、株主や社債権者が取得価額の真正性を確認できるよう適正な執行のための担保が必要であることを踏まえたものと解されます。 また、NISA口座で管理されていた上場株式等は、そもそも譲渡損失はないものとみなされることとのバランスを考慮し、監理銘柄等に指定された後に上場廃止に伴い特定口座へ移管されたものだとしても特定管理口座へ移管できないこととされているため、特定管理株式等には含まれません。 なお、特定管理口座を開設する場合は、特定管理口座開設届出書を、特定口座を設定している証券会社等に、上述の株式等を最初に特定管理口座に受け入れる時までに提出しなければならないこととされています。 (3) 価値を失ったことによる損失が生じたものとされる場合 特定管理株式等である株式について次のいずれかの事実が発生した場合には、株式としての価値を失ったことによる損失が生じたものとされます。 また、特定管理株式等である公社債又は特定口座内公社債については、次のいずれかの事実が発生した場合に、公社債としての価値を失ったことによる損失が生じたものとされます。 2 本件へのあてはめ A社が内国法人であり、かつ、A株式を特定口座で管理している場合には、これを特定管理口座へ移管することによって、損失の額を譲渡損失として取り扱う特例を適用できる可能性があります。 特定管理口座へ移管した後に、A社について、清算結了、破産手続き、更生計画の認可や再生計画の認可等の事実が生じた場合には、その事実を証明する書類とともに計算明細書を添付した確定申告書を提出することにより、A株式に係る損失の額を譲渡損失として取り扱うことが可能と考えられます。 なお、A株式を一般口座で保有する場合や、A社が外国法人である場合などは、この特例の対象外となりますので注意が必要です。 (了)