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〈事例から理解する〉税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第16回】「所得税法上の「非居住者」の該非」

〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第16回】 「所得税法上の「非居住者」の該非」   公認会計士・税理士 大橋 誠一   1 大阪国税不服審判所平成29年1月23日裁決(TAINSコード:F0-1-763) (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 「居住者」の法令解釈 居住者とは国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう旨規定しているところ、ここでいう住所は、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である。 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥   2 法令解釈の出所 上記1(3)の法令解釈は、最高裁判所第二小法廷平成23年2月18日判決によるが、同(4)における「総合的に考察」の書きぶりを見ても、事実関係の諸要素の何が決め手になっているのかが判然とせず、今後の事例における指針になりづらいところはある。 この点、所得税法施行令第14条によると、住所推定の判断要素として ❶期間、❷住居、❸職業、❹国籍、❺生計を一にする親族の有無、❻資産の所在等を読み取ることができ、これらを総合勘案することになるだろうが、このうち、❶については日数という客観的な数字として顕れやすく、この要素を全く考慮することなく住所を推定することはまず考えづらい。   3 本件における当てはめ (了)

#No. 563(掲載号)
#大橋 誠一
2024/04/04

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第39回】「税務行政執行共助条約の適用関係」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第39回】 「税務行政執行共助条約の適用関係」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 我が国が税務行政執行共助条約に基づく財産の保全共助の要請を受けた場合、対象者は、共助対象租税債権の不存在を我が国当局に主張できるのでしょうか。 〔A〕 税務行政執行共助条約の適用を要請する国において、保全共助対象外国租税の存在及び税額を確定する課税処分等がされている場合には、我が国の裁判所において、同外国租税の存在及び額につき、当該課税処分等と矛盾した判断をすることは想定されていないという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 税務行政執行共助条約について (1) 導入の経緯 経済取引のグローバル化が進展し、国境を越える取引が恒常的に行われるようになる一方で、外国に所在する財産から自国の租税債権の徴収を図ろうとしても、外国の主権(執行管轄権)との関係で制約を受けることから、諸外国においては、租税条約に基づき互いの国の租税債権を徴収する枠組みが整備されてきたところ、我が国も、平成23年(2011年)11月、G20カンヌサミットにおいて、欧州評議会・経済協力開発機構(OECD)の加盟国を中心とする租税条約である税務行政執行共助条約及び改正議定書に署名し、同条約は、平成25年(2013年)10月1日、所定の手続きを経て我が国について効力を生じた。 同時に平成24年度税制改正により、税務行政執行共助条約の国内担保法である租税条約等実施特例法(実特法)の規定が整備された。 (2) 税務行政執行共助条約の概要 税務行政執行共助条約(本条約)は、国際的な脱税及び租税回避行為に適切に対処するため、本条約の締結国間で以下の行政支援を相互に行うための多数国間条約である。 我が国において共助対象外国租税となり得る租税(※1)は、原則として、本条約が効力を生じた年の翌年の1月1日(平成26年1月1日)以後に開始する課税期間又は課税期間がない場合には同日以後に課される租税である(本条約28条6項)。 (※1) 対象となる税目は、関税を除くすべての租税である。 もっとも、要請国の刑事法に基づいて訴追されるべき故意による行為に係る租税事件(要訴追故意事案(※2))の対象とされた租税であれば、例外的に上記の日より前に開始する課税期間又は同日前に課される租税であっても、我が国において本条約に基づく共助対象とすることができる(本条約28条7項)。 (※2) 要訴追故意事案の意義について、本稿で取り上げる事例のXによる別訴判決(東京地裁令和5年3月19日 損害賠償請求事件)では、「刑事訴追される責任を負うことに徴表される悪質かつ重大な租税事件を意味する」とされている。 本条約に基づく共助には、以下の①~③がある。 ① 情報交換共助 締約国間において、租税情報を相互に交換することができる(本条約4条)。情報交換規定は国際標準に沿ったものとし、銀行機密に関する情報の交換も可能となる。情報交換の形態には(ⅰ)個別的情報交換(同5条)、(ⅱ)自動的情報交換(同6条)、及び(ⅲ)自発的情報交換(同7条)がある。 ② 徴収における共助 徴収における共助には、徴収共助と保全共助がある、前者は、被要請国において、要請国のために、共助対象外国租税債権を自国の租税債権を徴収する場合と同様に徴収するため、必要な措置をとることを内容とする(本条約11条)。 後者は、被要請国において、要請国のために、共助対象外国租税債権について争いがあるとき又は共助対象外国租税債権が執行許可文書の対象となっていないときであっても、共助対象外国租税債権の徴収のために共助対象者の財産について保全の措置(※3)をとることを内容とする(本条約12条)。 (※3) 保全措置の意義について、前掲(※2)の別訴判決は、「租税債権の徴収に充てるために、対象者が被要請国において所有する財産の処分、隠匿等を暫定的に禁止し、もって当該租税債権の確実かつ迅速な徴収を図ることにある」と述べている。 ③ 送達共助 送達共助とは、被要請国において、要請国のために、要請国から発出される文書であって、共助対象外国租税に関するものを名宛人に送達することを内容とする(本条約17条)。 ④ 本条約のその他の規定 多国間での同時調査や合同調査を行うことができる。また、締約国の代表からなる調整機関を設置し、本条約の履行を監視することができる。なお、本条約により収集された情報が重大な金融犯罪に関連する場合には、一定の手続によりそのために使用されることがある。 (3) 本条約による国際的ネットワークの状況 我が国との間で徴収共助の要請ができるのは、令和5年10月1日現在、80の国と地域となっており、同日現在、累積要請件数は98件とのことである(※4)。 (※4) 財務省HP『ファイナンス』令和5年11月号5頁 以下では、本条約適用の是非が争われた最近の事例を取り上げる。   2 最近の裁判例 《東京地裁令和4年11月30日判決 (令和4年(行ウ)第124号)》(※5) (※5) 東京高裁令和5年7月19日判決により控訴棄却、確定 (1) 事案の概要 我が国国税庁は、韓国の国税庁から、韓国の国税滞納者に係る第二次納税義務者(※6)として指定された原告Xについて、本条約に基づく徴収のための財産の保全の共助の要請を受けたため、国税局長は保全共助要請の対象となる外国租税について、保全共助を実施する決定を行い、Xが我が国の銀行に有する外貨普通預金の払戻請求権(本件保全差押債権)の差押えをした上でその取立てを行い、取り立てた金銭を法務局に供託した。本件は、Xが保全共助実施決定に係る通知書等の送達が違法であると主張して各処分の取消しを求めた事案である。 (※6) 我が国同様、納税者からその租税を徴収できない場合に、その納税者に関連する特定の第三者に補充的に納税義務を負わせる制度と解される。 Xはケイマン諸島で設立された法人であり、AはXの元代表者で韓国、日本及び香港で海運業に携わっていた者である。Aは、平成23年(2011年)、韓国において、特定経済犯罪加重処罰等に関する法律違反の嫌疑を受け、そのうち、租税ほ脱の嫌疑については、平成18年(2006年)及び平成20年(2008年)の各課税期間の租税ほ脱に係る部分を除き、有罪判決を受けた(平成28年(2016年)2月18日に確定)。 その後、韓国の国税庁は、令和2年(2020年)6月4日、我が国の国税庁に対し、Xが令和元年(2019年)5月19日時点で滞納していた韓国の所得税のうち、有罪確定ほ脱租税である平成19年(2007年)分のAの韓国における所得税を保全共助対象外国租税とする保全共助要請書を送付した。同要請を受理した我が国国税庁は、同月30日付で、保全共助実施決定を行い、Xに対し同決定を通知しようとしたところ、送達困難事情が認められた(※7)ため、公示送達することとし、同公示送達書は、令和2年7月1日から同月8日までの間、H国税局の掲示場に掲示された。H国税局長は、令和2年7月15日、保全共助対象外国租税を徴収するための財産の保全として、XがG銀行に有する本件保全差押債権の保全差押処分を行い、同日付で、本件保全差押債権を取り立てた。 (※7) 判決文によれば、我が国からケイマン諸島に宛てた国際郵便については、新型コロナウイルスの国際的な感染拡大の影響により、令和2年4月2日から同年10月8日までの間、ケイマン諸島宛て国際郵便の一時引受停止措置がされていたとのことである。 (2) 争点及びXの主張 本件の争点は多岐に渡るが、本稿では次の2つに絞って検討する。 ① 争点2:本件保全共助対象外国租税は、我が国において本条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえるか Xは、本条約28条7項の定める要訴追故意事案(上記1(2)参照)は、現在訴追されている事案又は将来の訴追が予定されている事案のみを意味し、追訴されてすでに確定判決を経ており、再び追訴を受けることにない事案はこれに含まれないため、既に確定外国判決を経ている外国訴追事案に係る租税である本件保全共助対象外国租税は、要訴追故意事案に係る租税には該当しないと主張した(※8)。 (※8) Xは本条約28条7項そのものが、遡及処罰の禁止を定める憲法39条前段に違反し無効であるとも主張したが、本稿では省略。 ② 争点3:本件保全共助対象外国租税の不存在を理由として、各処分は違法となるか Xは、(ⅰ)本件保全共助対象外国租税は、滞納外国租税の一部についての第二次納税義務に係る租税であり、同滞納外国租税には確定外国判決において存在していないことが確定した部分が含まれている(筆者注:平成19年分の所得税額のうち、租税ほ脱として有罪判決を受けた以外の部分を指すと思われる)し、その余の部分も納付により消滅している、(ⅱ)実際に韓国の国税庁から法定の期間内に第二次納税義務者としての指定を受けたこともないことから、保全共助対象外国租税は、各処分の時点において存在していなかったと主張した。 (3) 裁判所の判断 ① 争点2について 東京地裁は、本件保全共助対象外国租税は、本条約が原則的に適用される課税期間(平成26年1月1日以降)より前の課税期間に課される租税であることを認めつつも、保全共助要請書につき、「確定外国判決においては、平成19年(2007年)の課税期間の租税について、Aが違法な租税ほ脱をした旨の認定がされていること、本件共助要請書の記載については、韓国の国税庁によって、その内容が正しいものである旨の宣言がされていることなどからすれば、本件外国訴追事案は要訴追故意事案(本条約28条7項)に該当する」と判断した。 また、Xの、要訴追故意事案には、過去に訴追されて既に確定判決を経ている租税事案は含まれないという主張に対し、東京地裁は、本条約の原文(※9)を示し、その「文言からは、過去に刑事訴追を受けて既に確定判決を経た租税事件を要訴追故意事案から除外すべき根拠を見出すことはできない」と判示し、さらに、「かえって、原告の解釈によれば、有罪の確定判決を経ておらず、将来、無罪となる可能性がないとはいえない租税事案に係る租税債権を共助の対象とする一方で、有罪の確定判決を経た租税事案に係る租税債権を共助の対象とすることができないことになるところ、かかる帰結は不合理であるといわざるを得ない」とし、Xの主張は、独自の見解であって採用することができないとした。 (※9) 「要訴追故意事案」の原文、“Intentional conduct which is liable to prosecution under the criminal laws of the applicant party”を指す。 ② 争点3について 東京地裁は、本条約23条2項が、「この条約につき要請国が採った措置、特に、徴収の分野に関連して、共助対象外国租税の存在若しくは額又はその執行許可文書に関して採られた措置(中略)についての争訟の手続は、要請国の適当な機関にのみ提起することができる旨を定めている(下線筆者)」とし、「関係規定の構造に照らすと、要請国である韓国において、本件保全共助対象外国租税の存在及び税額を確定する課税処分等がされている場合には、我が国の裁判所において、本件保全共助対象外国租税の存在及び額につき、当該課税処分等と矛盾した判断をすることは想定されていないというべきであるから、本件訴えにおいて、本件保全共助対象外国租税の不存在は本件各処分の違法性を基礎付ける事情にはならない」とし、「本件共助要請書には、本件滞納外国租税及びこれについてのXに対する第二次納税義務について、韓国の国税庁による課税処分等がされている旨の記載があるところ、同記載の内容が正しい旨の同国税庁の宣言がある一方で、同記載が客観的事実に反することをうかがわせる的確な証拠はないから、韓国において、本件保全共助対象外国租税の存在及び税額を確定する課税処分等はされているものと認められる」と判示した。   3 検討 本件は、税務行政執行共助条約適用前の外国訴追事案について、同条約の適用を認めた初めての事案である。また、本条約の適用を要請する国において、保全共助対象外国租税の存在及び税額を確定する課税処分等がされている場合には、我が国の裁判所において、同外国租税の存在及び額につき、当該課税処分等と矛盾した判断をすることは想定されていないことを示した点に本判決の意義があるといえよう。 (了)

#No. 563(掲載号)
#霞 晴久
2024/04/04

決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第1回】「負ののれん発生益のキャッシュ・フロー計算書上の処理」

◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第1回】 「負ののれん発生益のキャッシュ・フロー計算書上の処理」   公認会計士 石王丸 周夫   ◇◆◇連載開始にあたって◇◆◇ 決算短信の訂正事例はある意味教材です。 決算短信は速報性を重視した決算開示書類なので、時折間違っていることがあります。この連載でスポットを当てるのはまさにその訂正事例です。 決算短信の誤記載には、単純な入力ミスもあれば、会計処理のミスもあります。もちろん、そのいずれでもないケースもあり、誤記載の原因はさまざまですが、他社で間違いが起きた箇所は自社でも間違う可能性がありそうです。 そこで本連載では、訂正事例から1つでも2つでも知識を得て、実務力のアップにつなげていくことができるよう、間違いやすいポイントを解説していきたいと思います。 *   *   * キャッシュ・フロー計算書。これが苦手だという人が結構います。 苦手意識を持っていると、作成したキャッシュ・フロー計算書が本当にあっているのかどうか気になってしまうものです。しかし、間違いやすい箇所がどこなのかを知っていれば、その心配も軽くなります。 では、どんなところで間違いが起きているのでしょうか。他社で間違いが起きた箇所に焦点を絞って学んでいきましょう。   訂正事例の概要 連結キャッシュ・フロー計算書の営業活動によるキャッシュ・フローにおいて、「負ののれん発生益」をマイナス計上し忘れたという決算短信の訂正事例があります。 この事例では、同時に、投資活動によるキャッシュ・フローの「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による支出」をその分多く(マイナス項目なので、その絶対値が多いという意味)計上していました。 しかしそう言われても、そもそも本来どう処理すべきかがわからないという読者の方もいるでしょう。実際、「負ののれん発生益」や「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による支出」は、頻繁に目にする項目ではありません。 まずはイメージをつかむために、連結キャッシュ・フロー計算書のフォームで確認してみましょう。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示(以降同様)) 黄色いマーカー部分の2箇所が間違っていました。そして、これら2箇所のほかに、営業活動によるキャッシュ・フローの計と投資活動によるキャッシュ・フローの計が訂正となり、さらに、決算短信の「サマリー情報」と「経営成績等の概況」で引用したこれらの数値についても連動して訂正を行っています。 以下では、これら2箇所について順に説明します。   負ののれん発生益とは まず「負ののれん発生益」です。これは連結損益計算書の特別利益に計上される科目です。訂正事例の決算短信の連結損益計算書にも計上されています。 〈連結損益計算書のイメージ〉 「負ののれん発生益」は、会社が他の会社の株式を取得して子会社化する際に、連結財務諸表において発生することがある科目です。株式の取得価額が、他の会社の時価純資産額のうち取得した持分に相当する額を下回った場合のその差額として求められます。連結手続では投資と資本の消去を行う際に計上されます。連結損益計算書上の区分は特別利益です。 キャッシュの動きとの関係でみると、「負ののれん発生益」は、計算上の差額部分のことなので、キャッシュの動きはなく、非資金項目です。   正しい処理 非資金項目である「負ののれん発生益」は、利益には違いありませんがキャッシュの増加を伴いません。連結キャッシュ・フロー計算書上はこのことを意識して処理します。 連結キャッシュ・フロー計算書の営業活動によるキャッシュ・フローは、税金等調整前当期純損益からスタートします。税金等調整前当期純損益は連結損益計算書で算定された利益であり、そこには特別利益に計上された「負ののれん発生益」も織り込まれています。 しかしながら、「負ののれん発生益」は非資金項目なのでキャッシュを伴うものではなく、キャッシュの算定を目的とする連結キャッシュ・フロー計算書では除外する必要があります。したがって、次のように、営業活動によるキャッシュ・フローからマイナスするのが正しい処理です。 〈連結キャッシュ・フロー計算書のイメージ〉 一方、投資活動によるキャッシュ・フローでは、他の会社の株式を取得して連結子会社化した際に、次のような処理が必要となります。 (会計制度委員会報告第8号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」46項) すなわち、下記(イ)の額から(ウ)の額を控除した額(エ)を、「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による支出」にマイナス計上します。 〈取得のための支出の算定方法〉 訂正事例では、(エ)の額に「負ののれん発生益」(ア)を加えてしまっていたようです。   開示前のチェックポイント 以上の知識を前提に連結キャッシュ・フロー計算書を作成することになりますが、正しく作成できたことを開示前にチェックすることも必要です。 「負ののれん発生益」が連結損益計算書に計上されている場合は、連結キャッシュ・フロー計算書の営業活動によるキャッシュ・フローに「負ののれん発生益」が計上されており、金額が一致している(連結キャッシュ・フロー計算書では△が付されます)ことを確かめます。 《チェックポイント》 (了)

#No. 563(掲載号)
#石王丸 周夫
2024/04/04

〈一から学ぶ〉リース取引の会計と税務 【第14回】「リースに関する最新動向」

〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第14回】 「リースに関する最新動向」   公認会計士・税理士 喜多 弘美   前回まで、今の日本のリース会計や税務上の取扱いについて、確認してきました。今回は、今後、改正されるリース会計基準について、改正の背景と改正後の会計処理を、ほんの少しになりますが確認していきたいと思います。   1 IFRSと世界の状況 経理の仕事をしていると、「IFRS」という言葉を耳にすることも多いかもしれません。ご存知の方も多いと思いますが、最初にIFRSとは何か、また、なぜ必要なのか確認し、各国の状況を整理します。 (1) IFRSとは IFRSとは「International Financial Reporting Standards」の略で、国際財務報告基準のことです。国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board:IASB)がIFRSを策定しています。 企業の経済活動は自国だけに留まらず、他国に進出することが増えました。それに伴い、企業の決算書も自国の投資家や株主だけでなく、他国の投資家や株主にも利用されます。多くの投資家や株主は、各企業の決算書を比較し、自分がどの企業に投資するかを判断します。 各国の会計基準が異なると、世界の投資家や株主は各企業の決算書を比較することが困難になります。高校野球のルールが各学校で異なると、全国大会を行うことが困難になるのと同じイメージです。そのため、国際的に統一された会計基準として、IFRSが作成されています。 (2) 各国の状況とリース会計基準の状況 米国や日本では、自国基準を保持しながら、自国基準とIFRSとの差異を縮小することで、IFRSと同じような会計基準を採用する方向で進めてきましたが、IFRSを自国の会計基準として採用する国が急増しています。 リース会計基準についても、2016年にIASBによってIFRS第16号「リース」(以下「IFRS第16号」)が公表され、同年2月に米国の会計基準を設定している米国財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board:FASB)がTopic842「リース」(以下「Topic842」)を公表しました。IFRS第16号とTopic842ではどちらも、借手の会計処理は、オペレーティング・リースも含むすべてのリースについて、資産と負債を計上する「使用権モデル」を採用することとしています。 今まで見てきた通り、現状、日本では、企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」(以下「企業会計基準第13号」)にてオペレーティング・リース取引は、通常の賃貸借取引に係る方法に準じて会計処理を行う(いわゆる賃貸借処理)とされています。 そのため、同じ取引でも、企業会計基準第13号に基づいて決算書を作成した場合と、IFRS第16号やTopic842に基づいて決算書を作成した場合では、決算書への影響が異なるため、決算書を比較することが困難になってしまいます。 そこで、日本の会計基準を設定している企業会計基準委員会(Accounting Standards Board of Japan:ASBJ)が検討を重ね、2023年5月2日に企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」(以下「本公開草案」)を公表しました。   2 本公開草案の概要 次に本公開草案について、細かい点には言及せず、主に開発にあたっての基本的な方針を確認しようと思います。 (1) リースの定義とリースの識別 本公開草案では、借手に関する用語の定義は、本公開草案に関連があるものについて、IFRS第16号の定義を取り入れ、貸手に関する用語の定義は、現行基準における定義を基本的に踏襲することとしています。 リースの定義は、IFRS第16号と整合させて、「原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する契約又は契約の一部分」(本公開草案第5項)とすることを提案しています。 また、企業会計基準第13号にはなかったリースの識別に関する定めについても、基本的にIFRS第16号と整合させて、借手と貸手の両方に適用することを提案しています。 (2) 借手の会計処理 借手の会計処理について、基本的な方針としては、IFRS第16号のすべてを取り入れるのではなく、主要な内容のみを取り入れ、簡素で利便性が高いなど、実務に配慮した方策が検討されています。 具体的には、本公開草案では、IFRS第16号と同じく、ファイナンス・リースかオペレーティング・リースかに関係なく、すべてのリースについて、貸借対照表ではリース開始日に使用権資産とリース負債を計上し、損益計算書上では使用権資産に係る減価償却費とリース負債に係る利息費用を計上する「単一の会計処理モデル」を採用することを提案しています。 ただし、以下の場合は、リース開始日に使用権資産及びリース負債を計上せず、借手のリース料を借手のリース期間にわたって原則として定額法により費用として計上することができます。なお、最後の②(ⅱ)(ロ)以外は、現行基準を踏襲しています。 (3) 貸手の会計処理 貸手の会計処理については、IFRS第16号とTopic842がどちらも抜本的な改正が行われていないため、以下の点を除き、基本的に企業会計基準第13号の内容を維持することとしています。 *  *  * なお、本稿執筆時点においては、本公開草案に寄せられたコメントへの対応がASBJで検討されています。検討を踏まえ、改正が確定された際には、本公開草案からの変更箇所もあると思われますので、その点については注意が必要です。 (了)

#No. 563(掲載号)
#喜多 弘美
2024/04/04

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第47回】「士業別のM&A対応、企業の見方に関する留意点とポイント」~税理士編~

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第47回】 「士業別のM&A対応、企業の見方に関する留意点とポイント」 ~税理士編~   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知り、検討と相談の際に活かす。 売り手企業 ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知り、検討と相談の際に活かす。 支援機関(第三者) ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知り、支援や提案に活かす。 その他の対象者 ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知る。   1 M&Aに対する視点が微妙に異なる各士業の特性を知る 中小M&Aで買い手、売り手などのM&A当事者が関わる可能性が高い士業には、税理士、公認会計士、中小企業診断士、弁護士などがあります。社会保険労務士、司法書士、行政書士なども中小企業と関わりの深い士業ですが、これらは、メインのプレイヤーというよりも、労務、登記、行政文書といった個々の手続において専門スキルを発揮するケースが多いため、M&A全体に広く関わるプレイヤーとしては、先に挙げた士業が中心となります。 といっても、各々を士業と一括りにできず、業務特性に応じた得手不得手があります。各士業の特性を理解しないまま相談、依頼をして、ミスリードやギャップが生じないように、各士業が得意なこと、あまり得意でないことを理解しておくのは有用だと思います。また、個々の士業の世界の中においても、M&Aを得意とする方とそうでない方がいることも知っておかなければなりません。   2 税理士の特性 税理士は、言うまでもなく税のプロフェッショナルです。税のカバーする領域は非常に広く、個人の所得税や住民税、法人の法人税や消費税、中小企業オーナーの相続税や贈与税など、シチュエーションによって異なる税が適用されるだけでなく、それぞれの税ごとに膨大なルールが用意されています。各ルールの解釈には高い専門性が求められるほか、改正点も多く、ミスをしてしまうと取り返しがつかなくなる恐れがある世界です。普段から知識、スキルをアップデートし続けなければならない大変な職業の1つです。   3 M&Aに精通している税理士か 中小M&Aで多く登場する税は法人税、相続税・贈与税、所得税などです。法人自らが当事者となるだけでなく、法人の株主であるオーナーが当事者となる可能性も比較的高いことから、これらの税が関係しやすいといえます。 ただし、たとえば、法人税といっても、M&Aの場合は、毎年の申告業務で対応できる税の範囲を超えた組織再編税制の知見やノウハウが要求されるケースが多いです。この点に関して、普段顧問をお願いする税理士では対応できないケース、対応できると言われたとしてもその対応が不十分なケースが多いのが、筆者の実感です。 M&Aは、会計や税務の世界では「組織再編」や「組織再編成」と呼ばれるカテゴリーです(本稿では「組織再編」とします)。大半の中小企業がM&Aを経験しませんので、顧問を担当する税理士には通常、組織再編のスキルは求められません。税理士に経験がないのですから、いざM&Aになっても対応できなくてもおかしくありません。 ここで、「私にはM&Aの業務経験がないから、顧問は継続し、M&Aの対応にもなるべく協力するが、M&A実務に関しては別の税理士を頼ってほしい」と正直に打ち明ける税理士なら大きな問題は生じにくいです。しかし、同様のシチュエーションで、税理士から「私はできる」と言い切られると、対応が難しくなります。時間がかかる、間違うのはよくあるケースですが、困ってしまうのは、判断や解釈を誤っているだろうに、譲らない、意見を曲げない税理士です。 M&Aをするなら、その目的は当事者がM&Aの成功に向かうことで利害は一致するはずです。そして、その成功を支えるのが税理士の役割のはずですが、頑固になってしまって、円滑なM&Aを望んだはずが、税理士がブレーキをかけてしまうケースは少なくありません。 同様に、相続や贈与、所得税もそれぞれ法人税とは異なる税体系で、各々の内容も容易ではないため、M&Aに関する税を安易に扱うのは危険です。 どの領域でも、専門にしている税理士がいます。買い手、売り手の両当事者では依頼先の税理士の能力を見極められないかもしれませんが、M&A支援をする金融機関やM&Aファームなどに相談すれば、うまく導いてくれる可能性もあります。 依頼主と顧問の一対一対応では動いてもらえない場合でも、第三者の助言なら聞いてくれるかもしれません。どうもこの税理士はM&Aには向いていなそうだ、と思われた際には、真正面から対抗するのではなく、決して簡単ではありませんが、それとなく、第三者を頼る、利用するのがうまくいくコツだと筆者は思います。   4 税視点に偏るケースも 税理士の最大の強みであり、それがゆえに、最大の弱点になるのが、税に偏りがちな視点です。 M&Aは税だけで成り立つのではありません。最も大きな目的は、買い手ならM&Aを通じて売り手と一緒になることで、M&A後のビジネスをM&A前よりも伸ばすことにあると考えるのが自然です。売り手ならM&Aを通じて買い手と一緒になることで、買い手のもとでM&A前よりも良くなることを望むのが自然です。 ですから、そもそも税を第一に考えるのが無理なのは言うまでもなく、会計や法の場合でもこの点は一緒です。税ありき、会計ありき、法ありきのM&Aであってはならないということです。 ところが、税理士の視点に立ちすぎると、大抵の場合、組織再編税制、申告、無税や節税の話題になっていきます。この視点は間違いではないし、的確であることが多く、もっともな意見も多いです。 しかし、M&A全体を見るよりも、「このようなスキームにすると税がこうなって」「より税が○○なのはこの手法なので」といった特定の問題に関心が向かう税理士は案外多く、この点では、M&Aに精通している税理士ほど、新たなスキームを試したり、M&A後の会社組織の構造をより複雑にしたりと、買い手や売り手が望む姿とかけ離れた提案をする例も見られます。そのため、M&Aに精通していない税理士も問題ですが、精通し過ぎていても、それはそれで問題になるケースがあると思った方がいいかもしれません。 加えて、税は当事者の金銭に直接影響するため、買い手や売り手が関心を寄せるケースが多く、なおさらのこと、税が当事者を振り回しやすくなります。 望ましいのは、税の視点を持ちつつ、M&Aを買い手や売り手の目的を叶える手段だと分かって支援するバランス感覚に優れた税理士を選任することです。デキる方なら、税を大事にしつつも、M&Aの目的のためには、税の優先事項が劣る場合もある点を十分に理解した上で支援してくれると思います。そうでない場合、税ありきのM&Aになってしまうので、買い手や売り手からすれば注意が必要です。 また、この論点に関連して気を付けたいのは、金融機関もスキーム重視の場合があるかもしれない点です。M&Aで最も大切なのは、いわゆる買い手と売り手の統合によるハッピーエンドですが、金融機関自らのハッピーエンドのために動く場合もある点には注意が必要です。 金融機関によっては税の一般的な仕組みに関するノウハウが蓄積しています。中小企業にとっては一生に一度あるかないかのM&Aでも、専門部署を有するような金融機関にとってはM&Aは日常茶飯事です。複雑なスキームはお手の物、タックスプランニングに対する理解も深いとなれば、素人である買い手や売り手が、玄人の税理士や金融機関に挑むような構図になりますので、知識と経験でM&Aの当事者が勝てるはずもありません。 まず、自分たちが何のためにM&Aをするのかという目的に立ち戻り、複雑な仕組みを使うM&Aに意味があるのかを冷静に問うことを心がけた方がよいと思います。 こうした悩ましいケースの場合には、公的機関やそれに準ずる機関、たとえば、事業承継・引継ぎ支援センター、商工会議所などを頼ってみると、意外にシンプルな対応を提案されるかもしれません。税に踊らされて、M&Aの本来の目的を見失わないようにするためにも、税の専門家である税理士とやりとりをする際には、なるべくうまく付き合って、意外な点に気を付けなければならないことをこの機会に知っておくとよいでしょう。 (了)

#No. 563(掲載号)
#荻窪 輝明
2024/04/04

電子書類の法律実務Q&A 【第17回】「電子契約をリーガルチェックする場合の留意点とは」

電子書類の法律実務Q&A 【第17回】 「電子契約をリーガルチェックする場合の留意点とは」   弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕   〔Q〕 電子契約をリーガルチェックする場合、紙の契約書と比較して、特に注意しなければならないことはあるのでしょうか。 〔A〕 契約書の後文で、契約を電磁的記録により行うことを明記する必要があります。契約締結権限について保証する条項を入れるケースも多いです。 電子契約なのに、契約上必要なやり取り等を全て書面で行うとされていることもあります。本当にそのやり取りを書面で行う必要があるのか、検討が必要です。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 後文について 後文とは、契約書の条項の後に記載される文章である。紙の契約書では、後文として、「上記契約の成立を証するため、本契約書2通を作成し、各自署名押印の上、各1通を保有する」とすることが多い。 電子契約の場合、書面で契約書を作成しないので、例えば、以下のように修正すべきだ。 では、「上記契約の成立を証するため、本契約書2通を作成し、各自署名押印の上、各1通を保有する」という記載のまま、電子契約を締結してしまったら、契約の成立は否定されるのだろうか。 後文については、契約書の方式を確認する趣旨であり、記載された方式以外での契約の成立を否定する趣旨まで含まないのが通常である。そのため、双方特に異議を述べなければ、契約の成立が否定されることはないと考える。   2 権限の存在についての保証条項 メールアドレスを用いて電子署名を行うケースでは、メールアドレスを用いた場合の契約締結権限を表明し保証させる条項を基本契約に入れることも推奨されている。 ただし、この保証条項の効力は、基本契約が有効であることを前提としている。つまり、基本契約自体は、契約締結権限がある者との関係で締結されている必要があり、この保証条項も万能ではない。   3 契約書全体の整合性 電子契約を締結する趣旨としては、契約プロセスの効率化を意図しているケースが多いと思う。 しかし、実際の契約上必要なやり取り等を書面で行わなければならないとされていることが多い。 例えば、再委託の許可、契約不適合の通知、解約の通知、解除の通知、権利義務譲渡の同意等だ。これらについて、あえて書面が必要としているのであれば問題ない。 しかし、契約締結という取引において最も重要な行為が電子契約で足りるとしているのに、契約上必要なやり取りを全て書面で行う必要はないのではないか。実際には、書面での契約書のひな形をそのまま流用して、十分に検討できていないケースがほとんどだ。 通知等の重要性に応じて段階を付けると以下のとおりだ。再委託の承諾を例に、具体的な条項を掲載する。 (1) 書面以外の効力を否定する最も厳格な条項 契約当事者にとって極めて重要な問題について、このような条項が記載されるケースがある。例えば、書面で契約した場合、契約の変更について書面以外の方法による変更を認めないこともある。 (2) 書面を原則とする条項 書面での契約の場合、通知等も書面としておくことが多い。この場合、具体的状況によっては書面以外での方法による通知等でもその効力が認められるケースもある(東京地判平成26年1月20日)。 (3) 書面又は電磁的方法を原則とする条項 電子契約の場合、このような条項とするケースが多い。電子メールでやり取りされることが多いので、書面での契約でも、最近はこのような条項を採用することが多くなってきた。 (4) 方法について限定しない条項 当事者にとって重要性が低い場合、口頭での通知等を認める趣旨で以下のような条項を採用することがある。ただし、口頭でのやり取りの場合、「言った、言わない」で紛争となるリスクがある。重要なやり取りは、書面又はメールで記録に残すのが望ましい。 (了)

#No. 563(掲載号)
#池内 康裕
2024/04/04

空き家をめぐる法律問題 【事例59】「区分所有法の改正要綱案を踏まえた専有部分の管理方法」

空き家をめぐる法律問題 【事例59】 「区分所有法の改正要綱案を踏まえた専有部分の管理方法」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 私が区分所有するマンションの一室は、区分所有者が行方不明になっており、管理費の滞納が続いています。玄関ドアの郵便受けから室内を見ると、ごみが散乱した状態となっており、住環境の悪化が懸念されます。空き家となった専有部分等の管理を適正化し、滞納管理費を回収するために、どのような方法がありますか。   1 はじめに 区分所有者が管理費を滞納したまま行方不明となり、専有部分等の管理が適正に行われていない事例が少なからず存在する。このような問題の対処方法は、現行法にも存在するが、法務省の法制審議会区分所有法制部会が令和6年1月16日に公表した「区分所有法制の見直しに関する要綱案」(以下「改正要綱案」という)には、上記のような問題にも利用できる所有者不明専有部分管理制度等の新たな財産管理制度も含まれている。 そこで、本事例では、現行法による方法とともに所有者不明専有部分管理制度について解説することとしたい。なお、改正要綱案を踏まえた建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)の改正法案は、令和6年秋の臨時国会に提出される見込みである。   2 従来の解決方法について (1) 不在者財産管理人による任意売却 管理費を滞納している区分所有者が行方不明である場合、他の区分所有者や管理組合(以下「他の区分所有者等」という)は、利害関係人として不在者財産管理人(民法第25条)の選任を申し立てることができる。 不在者財産管理人は、専有部分の管理を行うほか、管理費等の滞納を止めるために、裁判所の許可を得て区分所有権を第三者に任意売却することもできることから、管理権限の行使を通じて専有部分の管理の適正化を図ることが可能となる。 不在者財産管理人が裁判所の許可を得て任意売却をする場合で、抵当権者のような滞納管理費に優先する債権者がいないときは、他の区分所有者等は、売却代金から滞納管理費の弁済を受けることができる。 また、優先する債権者がいるときでも、売却代金が競売に比べて高くなる傾向があることや、区分所有権の取得者が滞納管理費の責任を負うこと(区分所有法第8条)を踏まえ、売却代金から滞納管理費を優先的に控除することについて、優先する債権者が同意する可能性もある(ただし、優先的に控除できる範囲は、滞納管理費の元金の一部に限定され、遅延損害金等は除外される可能性がある)。 (2) 区分所有法に基づく競売 区分所有法は、管理費のような規約等に基づいて区分所有者に対して有する債権について先取特権(同法第7条)を与えている(先取特権の行使として競売を行う)。また、多額の管理費を長期間にわたって滞納することは、共同利益違反行為(同法第6条)に該当しうるところ、一定の要件を満たす場合に競売の請求(同法第59条)も認められている。競売を通じて区分所有権を取得した者による専有部分の管理の適正化を期待することができる。 先取特権に基づく競売を行う場合に、抵当権者等の滞納管理費に優先する債権者がいないときは、他の区分所有者等は滞納管理費の弁済を受けられることになる。しかし、先取特権に基づく競売を申し立てても、これに優先する債権者等がいるため、剰余金が生じないと見込まれる場合には、当該競売手続は無剰余取消しとなる(民事執行法第188条、同法第63条)。 そこで、区分所有法第59条の競売請求以外の方法によって、共同利益違反行為を解消しえない場合には、管理費を滞納している区分所有者を除く区分所有者の全員又は管理組合法人は、無剰余取消しの適用のない同条に基づく競売請求の訴えを提起することが考えられる。 その後の競売手続は、滞納管理費を踏まえた区分所有建物の減額評価を行い実施されることになり、区分所有権の取得者は、他の区分所有者等に対して区分所有法第8条に基づいて滞納管理費や遅延損害金等の支払義務を負うことになる。   3 創設予定の所有者不明専有部分管理制度について 上記2の(1)の不在者財産管理制度は、不在者の財産全般を管理する制度であるため、予納金の額も含め管理コストが高くなる可能性がある。なお、令和3年の民法改正によって、所有者不明建物管理制度(民法第264条の8)が創設されたが、当該管理制度は区分所有建物には適用されない(区分所有法第6条第4項)。 また、上記2の(2)の競売申立ての可否は、抵当権者等の優先する債権者の有無、当該債権の額、共同利益違反行為の該当性の有無等によって影響を受ける。 改正要綱案では、区分所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない専有部分等を管理するため、所有者不明建物管理制度を参考にした「所有者不明専有部分管理制度」が創設される予定である。所有者不明専有部分管理人は、不在者財産管理人と異なり、専有部分等に特化した管理制度であるため、不在者財産管理人に比べて低い管理コストで専有部分等の適正な管理を実現できるようになると考えられる。 所有者不明専有部分管理人は、利害関係人(区分所有者、管理組合法人、当該専有部分の購入希望者等)からの申立てによって選任される。所有者不明専有部分管理人は、保存行為や専有部分等の性質を変えない範囲内で利用又は改良を目的とする行為のほかに、裁判所の許可を得て専有部分等の任意売却を含む処分を行うこともできる。 一方で、区分所有者の負う滞納管理費の支払債務は、所有者不明専有部分管理人の管理対象ではないため、当該債務の弁済は、所有者不明専有部分管理人の職務の内容に当然には含まれない。 しかし、専有部分等を第三者に任意売却したことによって得た代金は、管理対象財産となることから、第三者による専有部分等の適正な管理を実現するため、売却代金を滞納管理費の弁済に充てることが相当と認められるような事情がある場合には、その代金を債権者に弁済することについて、裁判所の許可を得て弁済することもできると考えられる。 (了)

#No. 563(掲載号)
#羽柴 研吾
2024/04/04

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第79話】「国会における質問主意書と答弁書」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第79話】 「国会における質問主意書と答弁書」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   昼休みに、中尾統括官は、「派閥からの還付金(キックバック)の税務上の扱いに関する質問主意書」を熱心に読んでいる。 国会議員(衆議院議員又は参議院議員)は、国会開会中、議長を経由して内閣に対し文書で質問をすることができ、これを「質問主意書」という(国会法74)。一方、内閣は、当該質問に対して、議長に「答弁書」を提出することになる。これらの質問主意書及び答弁書は、衆議院又は参議院のホームページから見ることができる。 中尾統括官が読んでいるのは、国会議員の江田憲司氏が内閣に対し、令和6年2月5日に提出されたものである。その答弁書は、同月16日に受理している。 中尾統括官は、上記の質問主意書を読みながら、大きく頷く。 「・・・これは、どう考えても・・・議員個人の雑所得になるだろう・・・政治資金収支報告書に意図的に記載しなかったのだから・・・」 そう呟くと、中尾統括官は、これに対する答弁書を読む。 この答弁書は、一般論と断りながら、政治家個人に帰属する場合、「雑所得」と取り扱われると答弁しているが、後のページでは、その政治資金の帰属について、「個々の事実関係に基づき判断する必要があり」とし、「『還付金』を『交付』した者の当該『交付』に係る意図等のみで判断するものではない」と回りくどく述べ、結局、答弁書には、結論が示されていない。 そこに昼食後の浅田調査官がやってくる。 「・・・統括官・・・何を読んでいるのですか?」 そう言いながら、浅田調査官は、中尾統括官の机の上に置かれている「質問主意書」と「答弁書」を見る。 「・・・キックバックですか」 浅田調査官は、興味深そうに、覗く。 「・・・政治資金を収支報告書に記載せずに、政治家又はその秘書がお金を管理していたら、それは・・・常識的に考えると、個人に帰属するものと認識するのが一般的だと思うのですが・・・」 浅田調査官は、税務調査の経験から持論を述べる。 浅田調査官は、A4の用紙で3~4頁しかない質問主意書と答弁書を読みながら、不満そうに言う。 そして、浅田調査官は、キックバックへの課税について整理するために、図を描く。 「浅田君・・・君は、なかなか図が上手いね」 中尾統括官は、腕を組みながら、頷く。 「・・・キックバックが、政治団体に帰属するためには、収支報告書に記載しなければならないのですが・・・これを意図的に記載していなければ、議員個人に帰属すると考えるのが、税金の世界では当然だと思うのですが・・・」 浅田調査官は、図を見ながら言う。 「・・・ところで、政治団体については、過去に、国会議員の稲田朋美氏が内閣に質問しており、その答弁書(平成22年3月12日)では、次のように政治団体は、『権利能力なき社団』に該当すると記載している・・・」 中尾統括官が政治団体の性格について、説明する。 中尾統括官は、言葉を続ける。 「・・・したがって、権利能力なき社団は、法人税法上、人格のない社団等に該当する(法法3)ことになる・・・そうすると、人格のない社団等は、収益事業のみが課税対象となっている・・・そして、この収益事業(法法2十三)は、法人税法で34種類の事業(法令5①)が挙げられており、その中に、政治献金は含まれていない・・・」 中尾統括官は、税務六法で確認しながら、話す。 「・・・しかし、今回のキックバックは、国会議員個人に帰属すると認識するのが、常識だと思うのですが・・・裏金が指摘されたから、訂正した収支報告書を提出するなんて、後出しジャンケンのようで・・・納税者である国民が納得するわけがない」 浅田調査官の声が高くなる。 「ところで、裏金が雑所得の収入金額になる場合、その必要経費についてだが・・・」 と言いながら、中尾統括官は、答弁書を読む。 「・・・ということは、必要経費については、当然、他の納税者と同様に、政治家自らが立証しなければならないことになる・・・」 中尾統括官は、ハッキリと言う。 (つづく)

#No. 563(掲載号)
#八ッ尾 順一
2024/04/04

《速報解説》 ASBJが「移管指針の適用(案)」等を公表~会計士協会からの指針の移管に伴う実務への影響を最小限とするよう方針を定める~

《速報解説》 ASBJが「移管指針の適用(案)」等を公表 ~会計士協会からの指針の移管に伴う実務への影響を最小限とするよう方針を定める~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024年4月3日、企業会計基準委員会は、移管指針公開草案「移管指針の適用(案)」等を公表し、意見募集を行っている。 これは、日本公認会計士協会が公表した実務指針等について、会計に関する指針のみを企業会計基準委員会に移管するものである。 意見募集期間は2024年6月3日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 移管対象の日本公認会計士協会が公表した実務指針等の所管を、企業会計基準委員会に移すことを主たる目的とし、当該移管により実務を変更しないことを意図することとしている。 このため、公開草案では、実務への影響を最小限とするように、次の方針に基づいて移管することを提案している。 公開草案では、「移管指針の適用」においてこれらの内容を全般的に定め、当該移管指針に個別の移管指針が紐付く体系とすることを提案している。 移管対象となる実務指針等には、「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号)、「金融商品会計に関するQ&A」、「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(会計制度委員会報告第7号)、「持分法会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第9号)、「特別目的会社を活用した不動産の流動化に係る譲渡人の会計処理に関する実務指針」(会計制度委員会報告第15号)など多くのものがある   Ⅲ 適用時期等 移管指針の公表日及び適用日は2024年7月1日以降を予定している。 そのうえで、次の取扱いを設けることを提案している。 (了)

#阿部 光成
2024/04/03

《速報解説》 令和6年度以降の有報の作成・提出に際して留意すべき事項等が金融庁より公表される~サステナビリティ開示等の課題対応にあたり参考となる開示例集も示す~

《速報解説》 令和6年度以降の有報の作成・提出に際して留意すべき事項等が 金融庁より公表される ~サステナビリティ開示等の課題対応にあたり参考となる開示例集も示す~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2023(令和6)年3月29日、金融庁は次のものを公表した。 2024年3月期以降の有価証券報告書の作成に当たっては、これらに記載されている事項に特に注意し、適切に作成する必要があると考えられる。 今回、有価証券報告書レビューにおいて識別された課題への対応にあたって参考となる開示例集を、別冊付録(サステナビリティ開示等の課題対応にあたって参考となる開示例集。表紙を含めて84ページ)として公表している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等(サステナビリティ開示等の課題対応にあたって参考となる開示例集を含む)について 2023(令和5)年度の有価証券報告書レビューに関して、現在(2024年3月29日時点)までの実施状況を踏まえ、複数の提出会社に共通して識別された課題に関し、今後の有価証券報告書の作成にあたって留意すべき事項等について述べている。 当該事項を記載している別紙1は、表紙を含めて40ページある。 2023年度の有価証券報告書レビューでは、以下の事項に着目して審査を実施している。 重点テーマ審査では、「サステナビリティに関する企業の取組の開示」について、規定等に基づく形式的な記載の有無に留まらず、開示の趣旨に照らして有価証券報告書の利用者に十分な情報が開示されているか否かについても審査を行ったとのことである。 審査結果を踏まえた留意すべき事項等として、以下の事項等が記載されている。 なお、「留意事項等」には、「法令等に準拠した開示を行うにあたって留意すべき事項」と「開示の充実に向けて参考になると考えられる事項(投資家・アナリスト・有識者の期待・コメント等)」がある。本稿では両者を区別せずに「留意事項等」に記載していることにご注意をいただきたい。 1 サステナビリティに関する企業の取組の開示 2 開示の充実に向けて参考になると考えられる全般的事項 サステナビリティに関する開示の充実に向けて参考になると考えられる全般的事項として、次のことが記載されている。 3 従業員の状況及びコーポレート・ガバナンスの状況等の開示   Ⅲ 有価証券報告書レビューの実施について(令和6年度) 1 法令改正関係審査 次の法令改正事項について、2024(令和6)年3月期以降の事業年度に係る有価証券報告書の全提出会社を対象として審査を行う。 有価証券報告書提出会社は、別添の「調査票」に回答することが求められているので、有価証券報告書の作成に際して注意が必要である。 2 重点テーマ審査 次のテーマに着目し、2024(令和6)年3月期以降の事業年度に係る有価証券報告書の提出会社の中から 審査対象会社を選定するとのことである。 2023(令和5)年1月に施行された企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令の適用に伴い、有価証券報告書において開示される「サステナビリティに関する考え方及び取組」に関する記載内容について 自主的な改善に資するよう審査するとのことである。 財務局等からの質問状には、次の観点も反映していると述べられており、本3月期の有価証券報告書の作成に際しても、下記の観点を十分に考慮し、開示の要否を判断すべきものと解される。 (了)

#阿部 光成
2024/04/02
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