2024年4月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.564を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第130回】 「消費税法上の実質行為者課税の原則(その3)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅲ 消費税法の本質と実質性の追求 1 「享受」という概念 消費税法上の実質行為者課税の原則が所得課税法における実質所得者課税の原則における法律的帰属説と親和的であり、原因(行為)に着目をした構造になっているという点を論じたが、この点は、消費税法13条の文理解釈から導き出すことができるかもしれない。 浅妻章如教授は、本件大阪地裁判決の評釈において、「所得税法・相続税法に関しては委託者が課税対象となる一方、消費税法に関しては委託者が課税対象となるという立論の余地は皆無ではない。」としつつ、「『享受』という同じ文言を重視すれば、問屋・委託者の関係について所得税法・消費税法で態度を変えることは要請されない。」とされる(浅妻「牛枝肉の問屋でもリスク負担者である場合貸倒れの仕入税額控除を主張できる」ジュリ1495号137頁(2016))。なるほど、「所得税および消費税は実質的に同性質の租税であることになり、両者は単に課税のタイミングの違いを有するものである」との指摘があるとおり(手塚貴大「消費税制の構造と改革(1)―租税法学の視点と検討―」自研96巻5号66頁(2020))、所得課税法と消費税法との間に必要以上の径庭を認める必要はないのかもしれない(消費課税におけるタイミングの問題については、渡辺智之「消費課税の意義と将来構想」租税法49号4頁(2021)参照)。 本稿の関心事項である所得税法12条や法人税法11条、消費税法13条の関係についていえば、なるほど、「享受」という概念を共有しており、また、かかる概念の意味を特段の理由なく別異に解することは租税法律主義が要請する法的安定性や予測可能性に反する結果を招来することにもなり得るところから、原則として同義に解するべきであろう。 しかしながら、この点については、他方で次のような問題関心が惹起される。 それは、そもそも、所得税法12条や法人税法11条、消費税法13条の解釈について、文理解釈を重視した上で、これらの条文において使用されている概念の意味をどこまで尊重すべきなのかという問題関心である。 例えば、福岡高裁昭和34年3月31日判決(判時198号4頁)は、次のように説示する。 このように地裁は、実質所得者課税の原則を「基本的指導理念」と位置付け、確認的規定と捉えている。なお、上告審最高裁昭和37年6月29日第二小法廷判決(裁時359号1頁)は、この原審判断を維持した。 また、最高裁昭和39年6月30 日第三小法廷判決(税資42号486頁)は、租税法上古くから条理として是認されていたいわゆる実質課税の原則によって納税義務の所在を決定した原審判断は相当であると判示している。この立場も、実質所得者課税の原則が確認的規定であるというところに立つものであるといえよう。 かように実質所得者課税の原則を確認的規定であると捉えるのが判例の態度であるといえよう。 そうであるとすると、所得税法12条や法人税法11条、消費税法13条が「享受」という共通の概念を使用していることのみをもって、これらの解釈に径庭を認めるべきではないとするのにも一定の不安が付きまとうのである。 2 随時税・行為税という性質 もっとも、所得税法や法人税法における実質所得者課税の原則が法律的帰属説に立ち、原因(行為)に着目した考え方が採用されていることと、消費税法上の実質行為者課税の原則も同様に原因(行為)に着目しているという仮説は、消費税法の本質からも論じることができるかもしれない。そこにいう消費税法の本質とは、消費税が随時税あるいは行為税という側面を有するという点である。 消費税法の随時税や行為税という性質は、次の国税通則法15条を確認することから判然とする。 例えば、三木義一青山学院大学名誉教授は、消費税法の本質について、上記の国税通則法15条を引用した上で、「この規定から明らかなように、消費税法は消費に着目する税、つまり行為税として構成され、個々の取引時に『納税義務が成立』するという基本的性格を有している税である。従って、所得税や法人税のように一定期間の終了を待って納税義務が成立する期間税ではない。」とし、「個々の取引で見ると、売り手と買い手が取引を行うが、少なくとも売り手側は取引時点で納税義務が成立するので、その抽象的な額が観念できる仕組みでなければならないのである」とされている(三木「対価概念・仕入税額控除と消費税法の基本構造」立命館法学352号413頁(2013))。 このように所得課税が期間税であるとされる点と異なり、消費税は、随時税あるいは行為税とされているのである。 課税資産の譲渡等を基準として消費税が観念されるという点とも相まって、上記のように考えると、原因(行為)に着目をするという消費税法の本質論と同法上の実質行為者課税の原則とは親和性を有するといえそうである。 ただし、課税資産の譲渡等に着目するのが消費税の課税標準であるとはいっても、納付すべき税額の計算においては、仕入税額控除が計算される必要があるところ、同控除の性質などをも踏まえると、上記に示した消費税法を随時税あるいは行為税という性質のみで捉えることが可能であるのかについては、不安も惹起される。 すなわち、消費税法30条《仕入れに係る消費税額の控除》1項は次のように規定している。 消費税法30条1項が上記のとおり規定するとおり、仕入税額控除は期間単位で計算することが予定されている。 この点について、西山由美教授は、「日本の消費税法のもとでは、納税義務は課税売上げごとに成立するが(国税通則法15条2項7号)、申告納税は各課税売上げを課税標準とするのではなく、課税期間中の課税売上げの合計金額を基礎にして(これを『課税標準額』と称する)、課税売上げにかかる消費税が計算される。」とされている(西山「消費課税におけるインボイスの機能と課題─EU域内の共通ルールと欧州司法裁判所判例を素材として─」法学新報123巻11=12号147頁(2017))。 ここから得られる示唆としては、消費税法を納税義務レベルと申告納税レベルで切り分けて考えた場合には、前者を随時税といい得るが、後者では期間税的なものとされていると解することができそうである。 もっとも、実質行為者課税の原則の議論は、納税義務レベルと申告納税レベルで切り分けて考えた場合には前者の問題であるから、行為者を基準として納税義務の帰属を捉えるべきとの考え方が導出され得るといえよう。 3 売上税という性質 消費税の本質論を考えるに当たって、「消費税は売上税ではないか」という論点は比較的ポピュラーな論点であるといえよう。 そもそも、我が国の現行消費税法は、課税資産の譲渡等に対して課税を行い、税額控除において仕入税額控除を認めるという構造を採っている。このことからすれば、いわば売上税であることは多言を待たない。そのような点からみても、消費税法の実質的な課税対象者を考えるときに、課税資産の譲渡等という行為を行った者に着目するのは至極当然であるように思われるのである。 この点、金子宏東京大学名誉教授は、付加価値税の性質と内容に関して、付加価値税の構成の仕方には、収益税として構成する考え方と売上税として構成する考え方があり得るとされた上で、「現在ヨーロッパ諸国で採用されている附加価値税〔筆者注:論文発表時は1970年〕は、立法者の意図においても実際の効果においても、いずれも一般売上税であり、後者の考え方に立つもの」とされる(金子「附加価値税の採用の是非をめぐって」税弘18巻9号5頁(1970))。この点、我が国の消費税法も売上税として構成する構造を採用しているといえよう。 西山由美教授は、消費税と付加価値税との相違については、一般に同義であるとした上で、「厳密にいえば、前者については、最終消費者の消費行為に着目してその消費能力に課税する税であることが強調されるのに対して、後者については、取引の各段階で生じる付加価値に対して課税すること」と説明される。そして、注目すべきは、以下の理由で、消費税が厳密な意味で付加価値税ではないとされるのである(西山「消費課税における中小事業者―消費税の性質論を基礎として―」早法95巻3号586頁(2020))。 このようにみてくると、厳密な意味では、消費税は付加価値税というよりも売上税的な性質を含有しているとみることができるのであって、かような意味においても、売上たる資産の販売者や役務の提供者という原因(行為)に着目をした実質課税の負担者の確定ルールは説明しやすいものであるといえよう。 (続く)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第25回】 「国税通則法70条・71条」 -確定権・課税処分の期間制限(除斥期間)- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法70条(国税の更正、決定等の期間制限) 国税通則法71条(国税の更正、決定等の期間制限の特例) 1 租税債権の期間制限(総説) 国税通則法70条は「国税の更正、決定等の期間制限」という見出しの下、同法71条は「国税の更正、決定等の期間制限の特例」という見出しの下、国税の更正決定等(更正・決定・賦課決定。税通58条1項1号イ参照)について一定の期間制限を定めている。 これらは伝統的には「賦課権の期間制限」の定めと呼ばれてきた。税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)6頁は、「租税債権の期間制限」(太字原文)という見出しの下、次のとおり述べて(下線筆者)、同6-8頁で「賦課権の期間制限」と「徴収権の期間制限」について「規定の整備合理化」を答申した。 この答申に関連して、税制調査会「国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)」(昭和36年7月)33-34頁は、「賦課権と徴収権の性格及び両者の関係」について、次の説明を行った(下線筆者。大蔵省主税局税制第二課編『国税通則法とその解説』(大蔵財務協会・1962年)7頁も同旨)。 上記の説明は、国税通則法の制定に向けての次のような議論の整理(税制調査会・前掲答申別冊27頁。下線筆者。同33-34頁も参照)に基づくものと考えられる。 以上で概観してきたように、更正決定等の期間制限は「賦課権の期間制限」として「徴収権の期間制限」と並んで「租税債権の期間制限」を構成するものと理解されてきた。このような理解は、昭和34年の国税徴収法全文改正(昭和34年4月20日法律第147号)に先立って租税徴収制度調査会「租税徴収制度調査会答申」(昭和33年12月)3頁が示した次のような考え方、すなわち、「[国税徴収法]改正の法形式については、納税者の税法に対する理解を容易にするという観点からは、各税法に分散する租税の共通規定を整理統合し、かつ、租税債権の発生、消滅、時効等の総則的規定を整備した租税通則法を制定することが最も望ましいといわなければならない。」(下線筆者)という考え方を、国税通則法の立法者が採用し(第1回2参照)、そのような「総則的規定」を同法70条ないし73条の各規定として定めた、という立法経緯に関する認識を踏まえたものである。 もっとも、徴収権の期間制限については、昭和34年の国税徴収法全文改正において同法174条ないし176条の各規定が定められており、それらが国税通則法の制定に伴い同法72条及び73条の規定に基本的に引き継がれた。更に遡れば、「国税の徴収に関する権利の期間制限の制度は、相当古くから設けられており、その創設は、これを期満免除と呼んでいた明治22年の国税徴収法制定時にまでさかのぼることができる。」(武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)3832頁。志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)845頁も参照)と述べられている。 これに対して、賦課権の期間制限については、「国税通則法制定前は、賦課権の除斥期間に関する統一的な規定はなく、各税法に散存していた。しかも、このような規定が設けられたのは比較的新しく、賦課権の除斥期間に関する最初の規定は、昭和26年4月にシャウプ勧告[=シャウプ使節団第二次勧告]に基づいて設けられたものである。それまでは、賦課権の除斥期間という概念がなく、会計法に関する一般的な国の債権債務関係に関する消滅時効が適用されるものと解されていた(・・・・・・)。」(武田監修・前掲書3733頁の3。税制調査会・前掲答申別冊29頁、志場ほか共編・前掲書846頁も参照)と述べられている。 以上を要するに、賦課権の期間制限と徴収権の期間制限とは、租税債権の期間制限として、国税通則法ではこの順に規定されているが、沿革的には、徴収権の期間制限が先行して規定され、賦課権の期間制限に関する定めが戦後ようやく規定されたのである。この点にも、国税通則法が「租税に関する基本的な法律構成に関する規定」(税制調査会・前掲答申1頁)を既存の国税徴収法の側からみてその整備を行ったものという国税通則法の「実定的構造」(第1回3)の淵源を見出すことができるように思われる。 ただ、賦課権の期間制限に関する定めの登場後、とりわけ租税徴収制度調査会での議論及び税制調査会・前掲答申での議論の過程で、さらにはその後の学説上の議論において、賦課権の期間制限と徴収権の期間制限との区別が概念上明確にされ、部分的には実定税法上も明定されてきたように思われる。この点については、以下で項を改めて検討することにする。 2 「賦課権・賦課処分」から「確定権・確定処分(課税処分)」へ (1) 国税通則法制定前の議論 ここでは、まず、賦課権ないし賦課処分の概念をみることから始めよう。賦課とは、一般に、「国又は地方団体が公租公課を割り当てること」(金子宏ほか編『租税法講座-第3巻 租税行政法-』(ぎょうせい・1975年)76頁[光廣龍夫執筆]。新村出編『広辞苑〔第6版〕』(岩波書店・2008年)2430頁も参照)をいうが、国税通則法制定前は国税徴収法上の「賦課」概念をめぐって様々な理解がされていたように思われる(租税法研究会編『租税徴収法研究(上)』(有斐閣・1959年)174頁以下の各発言参照)。 その当時の基本的な理解の対立は、❶「賦課処分の本質は税務官庁の確認処分」としてこれを「抽象的な租税債権が具体化していくための租税債権の確定」とみるか(租税法研究会編・前掲書175頁の桃井直造発言)、又は❷「課税標準を確定するという・・・・・・税務署の内部的な判断作用・・・・・・に基いて一定の税金を納めろという一種の下命的な性質をもった行為」とみるか(同181頁の田中二郎発言)という点にあり、そして、その対立の直接の原因は、戦後導入され拡充されてきた申告納税制度に対する評価の違いにあるように思われる。 上で引用した❶と❷という対立する発言をした二人の間で、申告納税制度に対する評価については、「申告という行為に基いて納税の義務が確定する。これをセルフ・アセスメント(Self Assessment)と呼ぶことがあります。しかし、この自己賦課というのは税法で取り扱っている賦課という概念には入らないのではないかと思います。」という発言(租税法研究会編・前掲書178頁の桃井直造発言)に対して、「そういたしますと、申告納税の場合には義務者の申告が政府によって承認されたときは賦課があったというように考えるとしますと、その場合には具体的に賦課という行為はなされないということになりますね。そしてもし申告をしない場合には決定をし、申告に誤りがあるという場合に更正をする、その決定なり更正なりはそこでいう賦課に当る。こういう考え方になるわけですね。」、「そしてそれに続いて納税命令すなわち納税告知は賦課に続く租税債務の履行を請求する行為というふうに読むわけですね。」という発言(同178頁の田中二郎発言)がされたのであるが、この後者の発言を妥当と考えるかどうかは、申告納税制度を基本とする現行税法における賦課権・賦課処分概念の位置づけを考える上で、重要な意味をもつ問題であると考えられるので、関連して以下の発言(同184-185頁の杉本良吉発言及び忠佐市発言。下線筆者)を引用しておこう。 この二人の発言の対立も、基本的には、前記の❶と❷との対立にみられる賦課権・賦課処分概念の理解の違いに基因していると考えられるが、ただ、その対立については、上記の杉本発言にいう「制度の進化発展」の観点から整理して理解するのが妥当であるように思われる。以下では、そのような観点から、上記の忠発言にいう「懐古趣味」について、別の箇所での忠発言(租税法研究会編・前掲書177頁。下線筆者)をみておこう。 (2) 国税通則法制定後の議論の展開 以上で国税通則法制定前の議論をごく簡単にみてきたが、前記の❶と❷との理解の対立は、概念上は、いわば折衷的に解消されたように思われる。すなわち、賦課権は、国税通則法制定時には、前記1でみたように、「確認を主たる内容とする公法上の特殊な行政処分をすることのできる一種の形成権」(税制調査会・前掲答申別冊33頁。太字筆者)と性格づけられていたのであるが、この性格づけは、賦課権が「確認」と「形成」という一見すると矛盾するかのように思われる内容をもつことを前提としているところ、ここでいう「形成」は義務賦課という意味での形成であり、前記❷の「一種の下命的な性質をもった行為」による形成(義務賦課)を意味すると解することができるので、その要素と前記❶の「確認処分」の要素とは折衷可能であると考えられるのである。 その折衷のために用いられたと考えられるのが「抽象的租税債務の発生と具体的租税債務の確定」(租税法研究会編『租税法総論』(有斐閣・1958年)194頁)という概念枠組みである。つまり、税制調査会はその概念枠組みの中で賦課権を、「抽象的租税債務の発生」についてはその内容を「確認」する行政処分権の意味に理解し、「具体的租税債務の確定」についてはその内容の義務(具体的税額納付義務)を「形成」(賦課)する行政処分権の意味に理解することによって、前記の❶と❷との理解の対立を解消しようとしたものと考えられるのである。 このような概念枠組みに基づく賦課権の理解は、今日でもなお有力であるように思われる(田中二郎『租税法〔第3版〕』(有斐閣・1990年)159-160頁参照。ほかに、志場ほか共編・前掲書850-851頁、武田監修・前掲書3721頁も参照)。しかし、前記の「制度の進化発展」の観点からみると、特に「具体的租税債務の確定」に関しては前記の忠発言にいう「明治時代以来使われてきた賦課という概念」の影響が色濃く残っているように思われる。それは、賦課処分を財政下命(納税義務賦課行為)と性格づけこれに納税義務の発生と確定を(特に区別することなく)かからしめる租税権力関係説のいわば「残滓」といってもよかろう(谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第1回Ⅱ2参照)。租税権力関係説は19世紀後半以降のドイツの伝統的行政法学に基づくものであり、わが国でも第二次世界大戦前は通説であったといってよかろう。 これに対して、租税債務関係説は、ドイツで1920年代以降伝統的な租税権力関係説に対抗して唱えられるようになり、わが国でも杉村章三郎『独逸租税法論』(有斐閣・1931年)によって紹介され、とりわけ1950年代以降本格的に研究されるようになったが(須貝脩一『租税債務関係の理論』(三晃社・1961年)、三木義一『現代税法と人権』(勁草書房・1992年)第2章[初出・1975年]等参照)、国税通則法制定時には、前記の概念枠組みのうち「抽象的租税債務の発生」を租税債務関係説に基づく課税要件論を前提にして議論するほどにまで、学説のみならず課税実務においても浸透していたとみてよかろう。 要するに、賦課権を「確認を主たる内容とする公法上の特殊な行政処分をすることのできる一種の形成権」として性格づける考え方は、租税権力関係説と租税債務関係説との折衷説に基づくものとみてもよいように思われる。前記の❶と❷との理解の対立については、既に述べたように、租税法研究会編・前掲『租税徴収法研究』での発言をみる限り、その直接の原因は申告納税制度に対する評価の違いにあるように思われるが、そこでの発言の多くが課税要件の充足による租税債務の発生を観念することを前提とするものであることからすると、申告納税制度とも親和性が強い租税債務関係説の影響の広がりが、前記の❶と❷との理解の対立の少なくとも背景にはあったように思われる。国税通則法も同法15条において納税義務の成立と確定を区別しその成立を課税要件の充足にかからしめる考え方を基礎にしていると解されること(第10回2参照)からすると、尚更である。 そうすると、今日では、わが国の税法学の体系が租税実体法の中心をなす課税要件法を基礎として構築され確立されたといってよいと思われる以上、その到達点ともいうべき体系書(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)。同書は初版(1976年)からその体系を維持している。第1回3参照)が、下記のとおり(同154頁)、「賦課権・賦課処分」ではなく「確定権・確定処分」という言葉を用いるのは自然で適当なことであるように思われる。なお、筆者は「課税権」という言葉の多義性(谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第1回Ⅱ2参照)を念頭に置きながら、その意味の一つとして「確定権」という言葉を用いつつ、その行使による更正決定等に関する慣用的呼称である「課税処分」という言葉を用いることにしている(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【120】等参照)。 3 確定権・課税処分の期間制限 確定権・課税処分(更正決定等)の期間制限については、これまで国税通則法制定時の議論を概観してきたように、それは除斥期間を意味する。これについて、時効期間を意味する徴収権・徴収処分の期間制限とは区別して、起算日や期間に関する異なる定めがされてきた。 この点について、「課税権は公法的なものであるが、その結果生ずる租税債権には私法的性格が濃厚に残っているのである。」(中里実『財政と金融の法的構造』(有斐閣・2018年)57頁[初出・2014年])という示唆に富む指摘に即して整理すると、租税債権の期間制限のうち、「私法的な性格が濃厚に残っている」(税制調査会・前掲答申別冊33頁では「一般の私債権ときわめて近似した性格」をもつ)徴収権の期間制限については、「私債権における時効制度を適用」(同頁)し原則としてこれと「全く同一な取扱いが可能である」(同頁)のに対して、「行政権の一環としての課税権」(田中・前掲書56頁)という「公法的なもの」である確定権の期間制限については、租税債権の実質的(民事実体法的)内容とは切り離した形式的(行政手続法的)規制が妥当であるといえよう。 国税通則法が確定権・課税処分の期間制限を中断や停止(平成29年改正後は更新や完成猶予)が問題とならない除斥期間として定め、その起算日を原則として法定申告期限等の行政手続上の期限・事実発生日として定めるなどの措置は、上記の考慮に基づくものであると考えられる。 平成23年度[11月]税制改正において通常の更正の請求(税通23条1項)に係る請求可能期間を5年に延長することに伴い更正決定等の除斥期間を原則として5年に統一する措置について、平成23年2月25日衆議院財務金融委員会において菅川洋委員の質問に対して五十嵐文彦財務副大臣が次の回答(第177回国会財務金融委員会会議録第4号。下線筆者)を行ったのも、前記と同様の考慮に基づくものであると考えられる。 なお、課税処分(更正決定等)の期間制限は、国税通則法70条の定めるものが「通常の期間制限」ないし「通常の除斥期間」、同法71条の定めるものが「特別の期間制限」ないし「特別の除斥期間」とそれぞれ呼ばれることがある(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)257-260頁、金子・前掲書990-993頁、前掲拙著【144】【145】等参照)。この呼称は、期間制限の「特例」であることを「特別の」という修飾語で表現するという考え方に基づくものであるが、筆者が国税通則法23条2項の定める更正の請求を「特別の更正の請求」と呼ぶのも同じ考え方によるものである(前掲拙著【135】(イ)参照)。 (了)
国際課税レポート 【第1回】 「実施段階を迎えたOECD国際課税改革のゆくえ」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員 グローバルミニマム課税(国内法)とAmount A(多国間条約) 令和6年4月以降に開始する事業年度から、令和5年度の税制改正で導入された「国際最低課税額に対する法人税」(グローバルミニマム課税)のうち「所得合算ルール」が適用される。これは、子会社の実効税率が15%未満の巨大多国籍企業に対し、税負担率が15%に達するまで追加課税を行う制度だ。子会社の利益を親会社で合算して課税する点で、タックスヘイブン対策税制に似ているが、目的(法人税率引下げ競争に下限を設ける)や仕組み(税率は法人税23.2%・地方法人税10.3%などでなく、15%までの追加課税を行う)が異なる。 グローバルミニマム課税は、2021年10月にOECDで140ヶ国あまりが合意した「2つの柱による国際課税改革」(いわゆるBEPS 2.0)の第2の柱の措置で、連結売上が7.5億ユーロを超える多国籍企業が対象だ。日本では約900社が該当する。各国が国内法を立法して施行される。 国際合意のもう1つの柱は、契約締結権や物理的な拠点がなくても、多国籍企業の連結利益の一部(10%を超える部分の1/4)を定式配分し、市場国で課税することを可能にする「新課税権」(Amount A)の創設だ。売上高200億ユーロを超える巨大多国籍企業が対象で、グローバルに約100社が該当すると言われている。 こちらは新しい多国間条約の締結が必要だ。署名時期は2度延期されたが、OECDは昨年12月に2024年3月までに条文を確定し、6月までに署名式を行う予定であると発表している(その後、3月末の期限までに公表はない)。 これらの新しい制度の特徴は、課税所得を連結ベースで捉える点だ。これは、グループ企業を個別のエンティティとして扱う従来の制度と異なる。 デジタル経済における課税権の配分 デジタル経済の下、多国籍企業や知的財産の存在感が増している。また、情報化及びIT化の進展により、格差や競争など、市民にとって身近な問題に構造的な変化が引き起こされている。 2013年に開始されたBEPS(Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクトの背景にはこうした変化があった。デジタル経済から生じる税務上の課題への対応策についての検討は、解決が最優先されるべき課題だったはずだ。 しかし、デジタル経済で成功している多数の巨大テクノロジー企業を擁する米国にとっては、課税ルールの現状変更は自国企業への税負担増に直結するため、消極的だった。一方、ユーザーや市場を有する欧州諸国は、市民の声もあり、制度がデジタル経済に追いついていないことから生じる課税もれを放置するわけにはいかない。 意見の隔たりが大きいため、2015年のBEPS最終報告書では、デジタル経済における税務上の問題を2020年までの課題として残し、各国が既存のルールに反しない範囲で独自の措置を導入することを容認する形で終わらざるを得なかった。 デジタルサービス税の広がりと2つの柱による対応策 国際合意を巡る議論が進展しないことに業を煮やしたフランス(2019年)、イギリス(2020年)を含む欧州各国はデジタルサービス税(DST)の導入を開始した。この税は2~3%の税率で、原価や費用控除を考慮せずに売上全額に課税する売上税である。国際的な合意に基づかないので、内容は各国バラバラだ。 一方、OECDは、デジタル経済における課税権の配分問題に対応するため、2018年に中間報告書をまとめ、その後「2つの柱による対処案」(BEPS 2.0とも呼ばれる)の検討を開始した。 政治的な焦点となったのは、市場国での課税を可能にする「新課税権」(Amount A)の設計だった。アメリカの立場を考慮し、テクノロジー企業だけを対象としないよう、消費者向けビジネスや自動化されたデジタルビジネス(例えばクラウドサービス)を対象にするなど、工夫が凝らされ、2020年の合意を目指して精力的な議論が行われたことと思う。 しかし、2019年12月、トランプ政権当時の米国のムニューシン財務長官は、多国籍企業に対する連結利益の定式配分を強制する「新課税権」(Amount A)については、納税者の広い支持(米議会での承認を指すだろう)を得ることができないため、企業の選択制(セーフハーバー)で導入すべきだと提案した。 この提案は、条約が米国議会の承認を受けなければ効力を持たないという現実を踏まえたものであり、一理あるが、欧州諸国はこの提案を受け入れなかった。セーフハーバー制度では多国籍企業への課税の決め手にならないと見ていたためだろう。 米国議会の反発 2021年1月に発足したバイデン政権は、インフラ投資等に必要な財源を確保するために法人税の増税を含む政策を打ち出し、OECDにおける国際課税議論でもリーダーシップをとるようになった。政権はグローバルミニマム課税を推進し、法人税率引下げ競争に終止符を打つことで、国内での増税のための環境を整えようとしたためと推察する。 しかし、現時点において、多国間条約も、米国におけるグローバルミニマム税の導入も、米国議会の承認が得られる見通しは立っていない。背景には、2022年の中間選挙後に下院の多数派となった共和党と、国際交渉にあたっている民主党政権下の財務省との間で調整が取れていないことがある。 2023年9月には、下院歳入委員会議員団がOECDやドイツを訪問し、米国はOECDの国際課税改革を支持しないとわざわざ申し入れている。さらに、下院歳入委員会の共和党議員は、グローバルミニマム課税のための3つの措置の1つである「UTPR」を採用する外国の企業や富裕層に対して、税率を最大20%引き上げる報復的な課税を行う法案を提出するなど、強硬な姿勢を示している(日本は現時点でUTPRを導入していない)。 複雑で税収を生まない制度という指摘 米国内で15%のグローバルミニマム税に対する議会の支持が広がらない背景の1つとして、その複雑性(合計数百頁の文書)と税収を生まないことへの批判が挙げられる。 2023年6月に米議会スタッフが公表した試算によると、他国がグローバルミニマム課税の立法を進めた場合、米国が同様の立法を行っても10年間で565億ドルの損失が見込まれ、米国が立法を行わない場合は1,220億ドルの損失になると見積もっている。 日本では、令和5年度の税制改正でグローバルミニマム課税のうち所得合算ルールを導入したが、この改正からの税収増は計上されていない。新しい制度なので技術的に見積りが困難であるほか、各国がグローバルミニマム課税の一類型であるQDMTT(Qualified Domestic Minimum Top-up Tax)を導入することで、日本での合算課税可能な金額が生じないと考えたのかもしれない。 官・民の租税専門家が参加する国際的な集まりであるIFA総会(2023年10月)では、パネリストの弁護士から、税収に結びつかないのに複雑な事務作業の負担を企業が負うことに割り切れない思いを持つ声も聞かれた。 多国籍企業大国日本と2つの柱による解決策の負担 OECDによると、2019年時点で売上が7.5億ユーロを超える巨大多国籍企業は世界で約7,600社存在し、国別に見ると米国が1,759社でトップ、次いで日本が904社、中国が691社、ドイツが419社、英国が399社と続いている。資源や市場が限られている日本は、米国に次ぐ世界第2位の多国籍企業大国でもある。 多国籍企業は既に多くの情報提供義務を負っており、コンプライアンスコストは追徴課税と同等、あるいはそれ以上の影響を競争条件に与えている。米国がグローバルミニマム課税に参加しそうにない現状では、日本企業の事務負担が競争条件に与える影響に対して敏感になる必要があるだろう。 OECDの多国間条約関連文書及びグローバルミニマム課税に関連する文書は、合計1,000ページにも及ぶ巨大な文書だ。正確な執行と納税のためには、これらを理解する必要がある。OECDの議論が簡素化に十分な注意を払っていないと感じられることは、どのような理由があれ、残念というほかはない。 グローバルミニマム課税のための最初の確定申告書提出期限は2026年9月だが、OECDの議論は進行中であり、制度には変更が加えられる可能性がある。新制度が長期的に安定するためには、事務負担の軽減がカギとなりそうだ。 先に述べたように日本は多国籍企業大国だ。事務負担の軽減やコストのデータを制度設計にフィードバックし、制度の簡素化を求めていく責任があるだろう。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第37回】 「金融機関の入出金手数料や振込手数料に係る適格請求書等の保存」 税理士 石川 幸恵 【Q】 国税庁公表の「インボイス制度に関して多く寄せられるご質問」問㉓(令和6年2月29日追加)において、「金融機関の入出金手数料や振込手数料については、通帳等及び任意の一取引に係る適格簡易請求書等を併せて保存することで仕入税額控除を行って差し支えない」旨が示されました。 金融機関の手数料については、ATM利用では適格請求書が交付されないなど仕入税額控除の要件が異なり、把握が難しいため、整理してもらえないでしょうか。 〔ポイント〕 金融機関における入出金手数料や振込手数料についてはATM利用、窓口利用、インターネットバンキング利用等で仕入税額控除の要件が異なります。インボイス制度が始まってから実務に合わせて緩和されたものもあります。 インターネットバンキングにおける入出金明細等や適格請求書等の保存については、電子帳簿保存法の「お問合せの多いご質問(令和6年3月)」の追2、追2-2も併せて確認が必要です。 * * * 【A】 金融機関の窓口、ATM、インターネットバンキングでの入出金や振込に係る適格請求書等の保存は、次のように整理されます。 (1) 少額特例 1件当たり税込み10,000円を超える入出金手数料や振込手数料はほぼないと考えられます。少額特例(28年改正法附則53の2、改正令附則24の2①、インボイスQ&A問111)の適用を受けられる事業者であれば、適格請求書等の保存は必要なく、帳簿の記載のみで仕入税額控除を受けられます。 窓口、ATM、インターネットバンキングにおける手数料について適用が可能です。 (2) ATMを利用した入出金や振込 ATMを利用した入出金や振込については、適格請求書等の交付義務が免除されていますので、帳簿の保存のみで仕入税額控除が可能です。帳簿に住所を記載する必要もなくなりました。 (3) 窓口、インターネットバンキング 原則、仕入税額控除の要件として適格請求書等と一定の事項が記載された帳簿の保存が必要です。 冒頭の問㉓の追加により、次の要件をいずれも満たすことで仕入税額控除を受けることが可能となります。 【要件】 (4) インターネットバンキングは一定の要件でダウンロードも不要 インターネットバンキングなどオンラインで振込を行った際の手数料について、電子データにより適格請求書等が提供される場合は、次の2点の要請によりその電子データと入出金明細等を保存しなければなりません。 ただし、次のような要件を満たせば、ダウンロード不要で仕入税額控除を受け、電子帳簿保存の要件も満たすことができます。 【要件】 (※) 「繰り返し支払っている」という要件があるのは、保存期間の終了により過去データの閲覧ができなくなったとしても、最新の適格請求書等のデータの閲覧ができれば、任意の一取引を確認できると言えるためと考えられます。したがって、「貯金専用の口座で、振込に使うことはほとんどない」という口座から、たまたま振込をしたというような場合は、適格請求書等をダウンロードしておくことをおすすめします。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第41回】 「相続開始直前にM&Aにより購入した非上場株式の評価」 -総則6項の適用の可否- 税理士 柴田 健次 Q A社の代表取締役である甲は、A社株式を67%所有していますが、令和6年4月5日に相続が発生しています。A社は、令和5年10月にM&Aにより非上場会社であるB社の株式を60億円で取得しています。A社は3月決算のホールディングスカンパニーであり、株式等保有特定会社に該当しますので、第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」においてB社株式の相続税評価額を算出する必要があります。 B社は大会社に該当し、特定の評価会社には該当しませんので、類似業種比準価額で計算すると10億円の相続税評価額となりますが、B社株式の相続税評価額は10億円として問題ないでしょうか。それとも財産評価基本通達6項の定めにより評価通達とは別の取得価額や鑑定価額を検討するべきでしょうか。 甲の相続開始時の年齢は60歳であり、70歳まで代表取締役として就任した後に会長になる予定でしたが、交通事故による急死で相続が発生しています。B社の買収はA社の収益拡大、エリア拡大を意図したものであり、相続税の節税対策を目的としたものではありません。 なお、60億円の価額決定までの経緯は、B社の代表取締役としては100億円を希望していましたが、A社の監査法人から将来キャッシュフローを見据えて60億円(純資産20億円、のれん代40億円)が限度であると伝えられ、60億円で取引価額が決まったものとなります。B社の株式の譲渡先についてはA社以外に他の候補会社はありませんでした。 A 財産評価基本通達に基づき計算した類似業種比準価額10億円と相続税法22条における時価との乖離が著しいだけでは、財産評価基本通達第1章総則6項(以下「総則6項」という)の適用はないと考えられますので、財産評価基本通達に基づき10億円で評価します。 ◆ ◆ ◆ ① 時価の意義と総則6項の定め 相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨を定めています。そして、財産評価基本通達1(時価の意義)では、「財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。」とされています。そして非上場株式の場合には、財産評価基本通達178から189-7までの定めにより時価を算定します。 もっとも、財産評価基本通達は、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達に過ぎませんので、納税者に対する法的効力はありません。しかしながら、租税の目的とするところの1つには課税の公平性がありますので、非上場株式をある程度、画一的に評価をする必要があります。財産評価基本通達の役割としては、課税の公平性や安全性に着目して画一的な評価を行うことにありますので、課税実務においてもこの財産評価基本通達による評価が大原則になります。 その一方で財産評価基本通達によると、かえって課税の公平を欠くことがあります。そのような場合に適用されるのが、総則6項です。総則6項において「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定められています。財産評価基本通達を画一的に適用した場合には、著しく課税の公平を欠く場合も生じることがあるため、個々の財産の態様に応じた適正な時価評価が行えるように定められています。 ② 令和4年の最高裁判決における総則6項の適用判断の枠組み 令和4年4月19日の最高裁判決(TAINSコード:Z888-2406)は、節税目的で取得した不動産の評価について、財産評価基本通達によると実質的な租税負担の公平に反する事情があるため、総則6項を適用する合理的な理由があると判断された事例となりますが、その判断の枠組みを下記の通り判示しています。 (下線部は筆者による) 上記の最高裁判断の枠組みから、課税庁が評価通達を上回る価額(相続税法22条に規定する時価以下の金額)で課税することは、平等原則の観点から原則として違法となりますが、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるため、違法にはならないということになります。 ③ 令和6年の東京地裁判決における総則6項の適用判断 令和6年1月18日の東京地裁判決(TAINSコード:Z888-2556)は、上記の最高裁判決が判示されてから初めての総則6項に係る判決です。 東京地裁判決は、相続人が相続により取得したO社株式の評価について、納税者が評価通達に基づく類似業種比準価額として1株当たり8,186円で評価したのに対して、課税庁は大手アドバイザリー会社作成の株式価値算定報告書に基づき1株当たり80,373円と評価し、更正処分等を行ったことに対して、請求人が、原処分の取消しを求めた事件となります。 背景として、被相続人が相続開始(平成26年6月11日)の直前の平成26年5月29日においてV社との間でO社株式を1株当たり105,068円で譲渡する基本合意の締結が行われており、その直後に相続があり、相続人が上記の基本合意価額105,068円で譲渡したことが問題になっています。 相続開始直前のM&Aにおける基本合意では、譲渡契約の締結及び譲渡予定価格について法的拘束力はないものとされていますので、相続開始時点において、譲渡することが確定したものではない状況で相続が発生しています。 そして、財産評価基本通達と相続税法22条の時価との乖離が著しいことが明らかであるO社株式の評価について、総則6項が適用されるか否かが問題となりました。東京地裁は、上記②の最高裁判決の総則6項の判断枠組みに照らして、下記のとおり判示し、総則6項の適用はないとして、更正処分等は違法であるとしています。 (下線部は筆者による) ④ 総則6項の実質的な適用要件 上記②の最高裁判決及び上記③の東京地裁判決から総則6項を納税者の不利に適用するに当たっては、下記の要件が必要になると考えられます。 令和4年の最高裁判決の事件については、上記2つの要件が満たされています。これに対して令和6年の東京地裁判決の事件については、(1)の要件は満たされていますが、(2)の要件は満たされていません。すなわち、総則6項の適用は、単に著しい乖離のみでは成立せず、著しい乖離を利用した納税者らの行為が必要と考えられます。納税者らの行為が著しい乖離を生み出すために行われたものである場合には、看過することができない特別な事情があるとして、総則6項が適用されます。 なお、本稿執筆時点においては、令和6年の東京地裁判決の事件は、国側が控訴しており、総則6項の適用がないことが確定されたわけではありませんので、今後の裁判の動向に注意しながら個々の事案ごとに慎重に判断する必要があります。 また、総則6項には、「国税庁長官の承認」とありますが、法的な要件とはされておらず、国税庁長官の承認を得ずに行った総則6項の適用も違法ではないとされています。例えば、平成9年9月30日の東京地裁判決(TAINSコード:Z228-7994)は、国税庁長官の承認なく総則6項により更正処分が行われた事件となりますが、下記の通り判示しています。 土地や非上場株式が財産評価基本通達に依拠している以上、手続も厳格に行うべきだと思いますが、国税庁長官の承認の有無に関わらず総則6項が適用される点には、注意が必要です。 ⑤ 本問への当てはめ 本問の場合においても相続税法22条の時価と財産評価基本通達による価額の著しい乖離がありますが、被相続人や納税者らの行為は一切ありませんので、上記④の適用要件(2)は満たしていません。したがって、総則6項の適用はないと考えられます。 また、取得価額60億円については、A社1社のみで合意された主観的な価額で「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」には該当しませんので、相続税法22条の時価とは言えない価額となります。 もっとも、財産評価基本通達に基づき類似業種比準価額で計算した金額10億円が適正な時価ではないとする意見もあるかと思います。しかしながら、財産評価基本通達が評価の安全性に配慮されたものであり、相続税法22条の時価以下で課税することが前提となっていますので、時価以下の金額で課税することに違法性はありません。現に路線価は時価の8割での評価が前提となっていますし、令和6年1月1日以後に適用されている居住用の区分所有財産の評価については、理論的な市場価額の6割になるように個別通達が運用されています。 非上場株式の場合においても、一般的に類似業種比準価額が市場価額よりも低い価額であることは周知の事実となっています。ある納税者に対して類似業種比準価額を容認し、別の納税者に対して類似業種比準価額を認めないとすれば、それは課税の公平性を損ない、憲法14条の租税公平主義に反します。 本問の場合において、類似業種比準価額である10億円以外で課税する場合には、10億円で課税すると他の納税者との間でかえって不平等が生じる特別な事情が必要となります。その特別な事情がないと判断される本問の場合においては、総則6項の適用がありませんので、原則どおり財産評価基本通達により算定された価額10億円で課税されます。 ☆実務上のポイント☆ 令和4年最高裁判決の総則6項適用の判断枠組みや令和6年東京地裁判決の総則6項適用の判断枠組みの当てはめの考え方は、今後の実務において重要な裁判事例となります。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第96回】 「南西通商株式会社事件」 ~最判平成7年12月19日(民集49巻10号3121頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第40回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 12 詐欺・盗難等による暗号資産の損失②(雑所得の基因となる資産の損失) 本連載第39回で確認したとおり、「不動産又は雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産の損失」は所得税法51条4項により必要経費に算入される。 そこで、普段、暗号資産を継続的に売買し、雑所得(業務に係るものではないその他雑所得)を得ていた個人が、詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の損失は、上記の「雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産の損失」として、必要経費に算入することが認められるかが問題となる。 所得税法51条4項の規定内容は、次のとおり整理できる。 ◆所得税法51条4項 (※1) 山林及び所得税法62条1項の生活に通常必要でない資産を除く。 (※2) 保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額、資産の譲渡により又はこれに関連して生じたもの、所得税法51条1項、2項又は72条1項(雑損控除)に規定するものを除く。ただし、実務上は、雑損控除との選択適用を認めている(所基通72-1)。 (※3) この項の規定を適用しないで計算したこれらの所得の金額とする。 所得税法51条4項の適用対象は、上記のとおり、①「不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供される資産の損失」と②「これらの所得の基因となる資産の損失」である。 例えば、個人が、暗号資産に関連するサービスを提供し、その報酬として得た暗号資産を関連経費の支払手段としているケース、あるいは暗号資産のステーキング(暗号資産を預けて、取引の妥当性を検証するプロセスに参加し、報酬を得ること)で報酬を得ているケースなど、暗号資産関連の業務に係る雑所得を得ているケースにおいて、その業務の用に供している暗号資産を詐欺や盗難等で失った場合の損失は、上記①に該当し、「雑所得を生ずべき業務の用に供される暗号資産」の損失として、必要経費に算入される可能性はある。 ただし、普段、暗号資産を継続的に売買し、雑所得(業務に係るものではないその他雑所得)を得ていた個人が、詐欺や盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の損失の取扱いを検討する文脈では、その暗号資産が「業務」の用に供されていない以上、上記①ではなく、上記②に該当し、「雑所得の基因となる暗号資産」の損失として、必要経費に算入されるか否かを検討することになろう。 そこで、所得税法51条4項の①「不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供される資産の損失」と②「これらの所得の基因となる資産の損失」について、もう少し検討をしてみよう。 ②の「これらの所得」は、雑所得との関係では、①の「業務」に係る雑所得に限定されるのか、業務に係るものではないその他雑所得も包摂する概念であるかという問題がある。 ①は「業務」に限定されているから、②でいう「これらの所得」も「業務」に係るものに限定されていると解するならば、普段、暗号資産を継続的に売買し、雑所得(業務に係るものではないその他雑所得)を得ていた個人が、詐欺や盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の損失は、同項の対象外ということになる(国税庁は、原則として、暗号資産の譲渡による所得は、業務に係る雑所得ではなく、雑所得のうちのその他雑所得に該当すると解していること及び雑所得を業務に係る雑所得とその他雑所得に区分する実益については、本連載第31回・第32回参照)。 もっとも、②は「これらの所得」とされており、これは、文理上、①の不動産所得と雑所得を指していると解するならば、所得税法51条4項の損失は、「業務に係る雑所得の基因となる損失」に限定されず、「その他雑所得に係る雑所得の基因となる損失」も含まれることになる。 他方、「事業」的規模の不動産所得の資産損失に係る規定は所得税法51条1項と2項で規律しているのに対し、「業務」的規模の不動産所得の基因となる損失については同条4項で規律しているのであるから、②の「これらの所得」は「業務」的規模の不動産所得を指しており、そうであれば、雑所得との関係においても、同項は「業務に係る雑所得の基因となる損失」を対象としているという反論が考えられる。 この点に関する国税庁の立場は必ずしも明らかではないが、国会では、暗号資産が所得税法51条4項の「雑所得の基因となる資産」に該当しうることを認めたうえで、同項によれば詐欺による損失を必要経費に計上できることを認める答弁がなされている。 令和4年4月19日の参議院財政金融委員会において、藤末健三議員は、次のとおり質問を行った。 これに対しては、上記(※2)のとおり、所得税法51条4項の損失からわざわざ1項と2項に規定するものを除いているのであるから、①の不動産所得自体は「事業」的規模のものを含む広い概念であり、「これらの所得」も同様であるという再反論をなしうる。 これに対して、重藤哲郎国税庁次長は、次のとおり、答弁している。 このような答弁を前提とすると、詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合には、所得税法51条4項により、損失として必要経費に算入できる可能性がある。 ただし、上記で考察した「業務に係る雑所得の基因となる損失」と「その他雑所得に係る雑所得の基因となる損失」の問題(上記②の「これらの所得」は、雑所得との関係では、上記①の「業務」に係る雑所得に限定されるのか、業務に係るものではないその他雑所得も包摂する概念であるかという問題)は残る。 参考として、東京地裁令和4年7月14日判決(判例集未登載)は、雑所得の基因となる損失の解釈について、次のとおり判示している。 このような解釈に基づいて、上記判決は、外貨建債権の雑所得の基因となる資産該当性について、要旨次のとおり判示している。 最後に、所得税法51条4項で必要経費に算入される損失の額は、基本的に簿価ベースである(所令142、143、所基通51-2)。この点で、基本的に時価ベースで損失の額を計算する雑損控除とは異なる(所令206③柱書)。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第62回】 「公益財団法人への株式の寄附」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私は、上場会社Aの創業者であり社長のYです。現在でもA社の株式の約50%を直接所有する大株主ですが、70歳になりそろそろ引退も見据え、社会貢献活動及び相続対策として財団法人を設立し、ゆくゆくは株式の移動を検討しています。 2年前に一般財団法人を設立して、つい先日内閣府より公益認定を取得しました。次のステップとして、私が所有するA社株式の一部を寄附することを検討しています。株式を公益財団法人に寄附する際の注意点について教えてください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 個人から法人への株式寄附 個人が土地、建物、株式などの財産(事業所得の起因となるものを除く)を法人に寄附した場合には、時価で譲渡したものとみなされ、その時価と取得価額の差額である値上がり益に対して所得税が課税されます(所法59①)。無償で法人に寄附しても、個人に所得税が課税されるのは、個人に帰属する値上がり益に対する所得税を精算する必要があるためです。 創業者であるY社長が持つ上場株式には多額の含み益が生じていると推測されるので、寄附したことにより生じる譲渡所得税も多額になると思われます。 [2] 譲渡所得の非課税申請 (1) 租税特別措置法第40条の非課税承認申請 上記[1]の値上がり益に対する所得税について、公益法人等に寄附した場合など、一定の要件を満たすものとして国税庁長官が承認したときは、この所得税を非課税とする制度があります(措法40)。 非課税制度は、対象となる法人の種類などにより「一般特例」と「承認特例」の2つに分けられますが、今回は「一般特例」について説明します。 (2) 対象となる法人 寄附先として特例の対象となる法人は、公益社団法人、公益財団法人、特定一般法人その他公益を目的とする事業を行う法人とされ、具体的には明記されていません(措法40①)。国税庁ホームページの「公益法人等に財産を寄附した場合における譲渡所得等の非課税の特例のあらまし」には例示として、上記の他に社会福祉法人、学校法人、宗教法人やNPO法人が挙げられています。 (3) 承認要件 租税特別措置法第40条の非課税承認申請(以下、「40条申請」)の承認要件としては、以下の①~③があります(措令25の17⑤)。 [3] 申請の手続き (1) 提出先・期限 40条申請は、贈与のあった日から4ヶ月以内に贈与者の納税地の所轄税務署を通じて国税庁長官へ提出しなければなりません(措令25の17①)。贈与のあった日については、①公益法人に対する財産の贈与の場合は、その法人の理事会等により受入れを決議した日、②公益法人に対する遺贈による財産の提供の場合は、遺贈者の死亡の日となります(措通40-5)。 ちなみに、上記①の場合の提出期限について、贈与のあった日から4ヶ月よりも早く確定申告期限が到来する場合は、確定申告の提出期限が40条申請の提出期限となります。 (2) 審査期間 申請書を提出すると、以下の流れで審査が進みます。 (3) 承認されるまで 40条申請を提出してもすぐに承認されることはありません。承認の要件に該当するか時間をかけて公益法人の活動をウォッチされ、承認されるまで3~4年程度かかることが一般的です。 その間に税務当局から要求される資料をきちんと提出し、指摘・指導に対して適切に対応していく必要があります。 [4] 結論 ご相談の場合、公益財団法人へA社株式を寄附する前に40条申請の承認要件に合致するかを確認しなければなりません。また寄附する株数についても、Y社長の相続と今後のA社の資本政策の両方を検討して決定する必要があります。 公益財団法人にA社株式を移転すると、当然ながらY社長の思い通りにA社の議決権を行使することはできません。株式寄附後は公益財団法人の理事会の決議を通して議決権を行使することになります。 実際の手続きに際しては、税理士等の専門家に相談することをお勧めします。 (了)
2024年3月期決算における会計処理の留意事項 【第5回】 (追補) 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 ◎ 金融庁の令和5年度有価証券報告書レビューを踏まえた留意事項 2024年3月29日に金融庁より「令和5年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項等」が公表された。 今回は、有価証券報告書作成にあたって留意すべき事項を解説する。 また、「サステナビリティ開示等の課題対応にあたって参考となる開示例集」も合わせて公表されている。サステナビリティ開示と政策保有株式関連について、自主的な改善のために参考となる事例も公表されているため、ご覧いただきたい。 1 サステナビリティ開示 (1) ガバナンス (2) リスク管理 (3) 戦略並びに指標及び目標 (4) 人的資本に関する方針、指標、目標及び実績 (5) サステナビリティに関する考え方及び取組の参照方法 2 従業員の状況及びコーポレート・ガバナンスの状況等の開示 (1) 女性管理職比率 (2) コーポレート・ガバナンスの概要 (3) 内部監査の状況 (4) 政策保有株式 (連載了)