《速報解説》 グローバル・ミニマム課税に関する様式として、 国税庁が「特定多国籍企業グループ等報告事項等の記載要領」を公表 ~GIRにおける報告様式は主に3つのセクションから構成~ 公認会計士・税理士 霞 晴久 国税庁は6月28日、「特定多国籍企業グループ等報告事項等の記載要領」を公表した。 これは、OECDが2023(令和5)年7月17日に公表(※1)した情報申告書(GloBE(※2)Information Return。GIRと略される)の報告様式と記載要領(※3)の翻訳版(※4)である。 (※1) GIR公表のOECDプレスリリースは、「OECD reports strong progress to G20 on international tax reforms」 (※2) Global anti-Base Erosionの略 (※3) 正式名称は、OECD/G20 Base Erosion and Profit Shifting Project Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy - GloBE Information Return (Pillar Two)。原文はOECDホームページ参照 (※4) 国税庁ホームページ「特定多国籍企業グループ等報告事項等の記載要領」参照 1 OECDによるGIR公表の経緯 OECD/G20による「BEPS包摂的枠組み」(2021年10月)により、第1の柱(市場国への新たな課税権の配分)及び第2の柱(国際最低課税額)が合意され、後者については、同年12月にモデルルール、2022(令和4)年3月には、同ルールのコメンタリーが公表され、各国の取組みと国内法の改正が予定されていたところ、我が国では、令和5年3月の所得税法等の一部を改正する法律及び同年6月の関係政省令の公布により、対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税(※5)が創設され、令和4年4月1日に開始する対象会計年度から適用することとされた。 (※5) 対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税は、当該対象会計年度の直前の4対象会計年度のうち2以上の対象会計年度において、全世界での年間総収入金額が7億5,000万ユーロ以上の多国籍企業グループを対象にしており、実質ベースの所得除外額を除く所得について国ごとに基準税率15%以上の課税を確保する目的で、子会社等の所在する軽課税国での税負担(実効税率)が基準税率15%に至るまで、日本に所在する親会社等に対して上乗せ(トップアップ)課税を行う制度である。 その後、OECDは、上記のとおり、各国税務当局がリスク評価を行い、モデルルールに基づく構成会社等(※6)のトップアップ税額の正確性を評価するために必要とされる情報の報告様式及びその記載要領から成る文書を公表したため、その翻訳版の公表が待たれていた。 (※6) 多国籍企業のグループ会社(Constituency Entity:CE)は「構成会社等」(法法82十三)と定義される。 2 タイムスケジュール 国際最低課税額に対する法人税等の申告・納付期限は対象会計期間終了後の日の翌日から15ヶ月以内であるが、適用初年度については18ヶ月以内とされている。3月決算法人を例にとると、令和6年4月1日に制度適用開始となり、通常の法人税等の申告・納付期限が(1ヶ月延長を前提として)令和7年6月30日、国際最低課税額に対する法人税等の申告・納付期限は令和8年9月30日となる。GIRの提出期限も同日となる(法法150の3④⑥)。 3 GIRの構成 GIRにおける報告様式は大きく3つのセクションから成る(括弧内は該当頁)。 (※7) 本セクションは国ごとに作成されるので構成会社等の所在地国が10ヶ国あれば、全部で10セットの作成が必要である。なお、移転価格税制上求められる国別報告事項(Country-by-Country Report)を利用することでセクション2の所在地国別のセーフ・ハーバーの適用を受ける場合には、当該セーフ・ハーバーの適用国についてセクション3の記載を省略することができる。 報告様式に続き、記載要領の「第1 定義関係」(P.33~34)及び「第2 各欄の記載方法」(P.35~81)が詳細に説明されている(後者は上記セクションごと)。 4 GIRの主な留意点 (1) GIRの提出義務者 多国籍企業グループの最終親会社(※8)がGIRを自国の税務当局に提出するが、内国法人が複数ある場合には、これらの内国法人を代表する1社がGIRを提出すれば足りる。また、最終親会社がその構成会社の中から指定提供会社(※9)を指定した場合は、当該指定提供会社がその所在地国の税務当局にGIRを提出する。最終親会社又は指定提供会社の居住地国と構成会社等の居住地国との間に適格当局間合意(※10)がある場合、最終親会社又は指定提供会社がそれぞれの自国の税務当局にGIRを提出した場合に限り、各構成会社はGIRの提出義務は免除される(法法150の3③)。 (※8) 英:Ultimate Parent Entity:UPE (※9) 英:Designated Filing Entity (※10) 適格当局間合意(Qualifying Competent Authority Agreement)とは、権限ある当局間の合意で、年次のGIRについての自動的情報交換協定を含むものをいう。 (2) GIRの作成義務 GIRの国内法上の呼称は「特定多国籍企業グループ等報告事項等」(法法150の3①)であるが、各国税務当局への情報提供が目的であるため英語で作成され、トップアップ課税の有無にかかわらず提出が必要である。これに対し、「国際最低課税額確定申告書」(法法2三十一の二、81の6①)は我が国の税務当局向けに日本語で作成され、トップアップ課税がない場合は作成を要しない(法法82の6①但書)。 また、2028(令和10)年12月31日以前に開始する対象会計年度については、次の経過措置が設けられている。 ただし、経過期間中においても、トップアップ課税が生じ、軽課税国に2以上の構成会社等が存在するため配分が必要な場合には、構成会社ごとに関連項目の記載が必要である。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 金融庁が「企業内容等開示ガイドライン」の改正案を公表 ~有価証券報告書等の再度の延長承認申請など一部取扱いを明確化~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年7月3日、金融庁は、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、「有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い」について改正するものである。 意見募集期間は2024年8月2日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 「有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い」(企業内容等開示ガイドライン24-13)において、次のことを明確化する。 やむを得ない理由に、サイバー攻撃等により財務諸表もしくは連結財務諸表を作成するために必要なデータを取得できないことや、延長承認を必要とする理由を証する書面等において、発行者が申請する新たな提出期限の妥当性に係る監査法人等の見解を記載した書面について規定している。 Ⅲ 適用時期等 パブリックコメント終了後、速やかに適用する予定である。 (了)
《速報解説》 国税庁、インボイスに関して 「多く寄せられる質問(令和6年4月以降版)」を更新 ~フリマアプリ等で商品を仕入れた場合の仕入税額控除に関する設問を追加~ 税理士 石川 幸恵 令和6年6月26日、国税庁はホームページにおいて、適格請求書等保存方式(以下「インボイス制度」という)に関して「多く寄せられる質問(令和6年4月以降版)」を更新し、問ⓓを新設した。 新たに追加された設問は次のとおり。 この問いの重要なポイントは、フリマアプリ等で匿名の出品者から棚卸資産として古物を買い受けた場合について、古物商等特例、80%・50%経過措置の適用関係と帳簿の記載事項が整理されたことである。 (1) 古物商等特例、80%・50%経過措置の適用関係 古物商等特例、80%・50%経過措置の適用関係を整理したのが次の表である。 ※問ⓓ【古物商特例及び80%・50%経過措置の適用関係】から一部抜粋のうえ筆者追記 (※1) 古物営業法上、対価の総額が1万円以上であったり、1万円未満でも一定の場合、古物台帳に住所、氏名、職業及び年齢を記載する義務が生じることから、それらの情報が把握できない場合は生じ得ないので、80%・50%経過措置の適用は想定していない。 表には示していないが、準古物は古物営業法の対象外であることから対価の額が1万円以上である場合も古物台帳への記帳は求められておらず、住所、氏名、職業及び年齢を把握していないケースも想定し得る。このケースには80%・50%経過措置の適用がある。 (※2) 古物商等特例は原則として帳簿に仕入れの相手方の住所又は所在地の記載が必要である(インボイスQ&A問110)が、対価の総額が1万円未満の場合(自動二輪車等一定の物を除く)については記載不要である。したがって、フリマアプリ等において取引相手が匿名であっても古物商等特例の適用を受けられるとされている。 ただし、匿名の取引で氏名を把握していない場合に、帳簿の「課税仕入れの相手方の氏名又は名称」をどう書くかについて、問ⓓでは触れられていない(80%・50%経過措置の適用を受ける場合については下記(2)のとおり)。 (※3) 古物商以外の事業者による仕入れは古物商等特例の適用がないので、80%・50%経過措置が適用される。 (2) 80%・50%経過措置の適用を受ける場合の区分記載請求書等及び帳簿の記載 80%・50%経過措置の適用を受けるにあたり、区分記載請求書等及び帳簿に相手方の氏名又は名称の記載が必要であるが、「フリマアプリ等の名称及び当該フリマアプリ等におけるアカウント名」として差し支えない。 (了) ↓お勧め連載記事↓
令和5年度税制改正に関する 《資料リンク集》 このページでは「令和5年度税制改正」に関し各府省庁・主な団体等から公表された情報ページへのリンク先をまとめています。 新たな情報の公表により、随時更新します。 - ご 案 内 - Profession Journalの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
2024年7月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.576を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.137- 「コワイのは選挙の後の「市場」の評価」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 低迷する内閣支持率のもとで、秋の自民党総裁選挙まで解散はなくなったというのが大方の見方だ。 この間野党は、政権交代を目指して選挙公約を練ることになる。筆者のところにも相談があるので、次のように答えている。 上記に係る具体例を挙げてみよう。 * * * メキシコでは6月、左派政策を継承する女性大統領が誕生したが、年金改革や国有企業優遇というポピュリズム政策が、市場から財政悪化の懸念を引き起こすと評価され、為替・株・債券のトリプル安を生じさせ、経済を混乱させている。 フランスでは、6月30日の下院選挙(1回目)で躍進した極右政党(国民連合)が電気、ガス、燃料料金の付加価値税引下げ(20%から5.5%へ)などのバラマキ政策を公約に掲げており、市場が反応して株価が下がり金利が急上昇している。 英国では、2022年の秋に首相に就任したトラス氏が打ち出した財源の裏付けがない大型減税がインフレ懸念を生じさせ、市場の厳しい洗礼を浴び、在任49日で退陣に追い込まれた。この教訓もあり、7月の総選挙を前に政権交代の期待が高まる野党労働党は、公約に掲げていた年280億ポンド(約5兆3,000億円)の環境予算を、財源不足を理由に撤回した。また、英国に住む富裕非居住者や免税となっている私立学校への課税強化などを打ち出し、市場の信頼を得ている(※)。 (※) The Labour Party「Labour Party tax policy:How we will make the tax system fairer」 わが国で大規模な財源が必要な政策(公約)の例を挙げるなら「大学教育無償化」だ。全国の大学・短大の授業料は総額で3兆円を上回る。この財源として「教育国債」を主張する政党がある(自民党の一部も)。 教育は将来にわたり利益をもたらす投資なので、後世に負担を求める国債を財源にしても問題はない、という主張が根拠になっているが、それを言えば半導体への補助金なども国債を財源にすべきということになりかねず、“言葉遊び”である。いずれにしても、きちんと財源を明示しなければ、国民からも「市場」からも見透かされる。 民主党政権が短命に終わった最大の要因は、2009年の政権交代選挙で国民に示したマニフェスト(選挙公約)が財源問題に突き当たり、政策が行き詰まったことだ。 マニフェストでは、1人当たり月額2万6,000円の子ども手当の支給や高速道路無料化、ガソリン暫定税率廃止などが掲げられていた。財源としては、無駄削減(歳出改革)で9.1兆円、「埋蔵金」で4.3兆円、政府資産の売却などで計16.8兆円の財源を捻出することになっていたが、頓挫した。 「埋蔵金」というのは、テレビ番組で人気を博した「徳川埋蔵金」をシャレて、「あるといわれてきたがいくら掘っても出てこないフェイク」という意味で使われてきたのだが、民主党は継続的に財源となる「埋蔵金」が本当にあると信じてしまった。 逆に、消費税減税のような公約も、メキシコや英国トラス政権のように、「市場」からは非現実的な政策としてマイナスの評価を受けるだろう。 * * * 財源抜きにした「フリーランチ」の政策はありえない。財源をあいまいにしたままでの政策は、短期的に国民は騙せても、「市場」から厳しくその実現可能性が判断されることになる。 (了)
令和6年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第1回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 ~はじめに~ 令和6年度税制改正では、グループ通算制度独自の税制(※1)についての改正は行われていないが、単体制度(※2)及び通算制度に共通の税制(※3)について、グループ通算制度特有の取扱いの改正が行われている。 (※1) グループ通算制度独自の税制とは、損益通算、欠損金の通算、通算承認に係る時価評価、通算承認に係る繰越欠損金の切捨て、通算承認に係る特定資産譲渡等損失額の損金算入制限、投資簿価修正など単体制度に存在しない税制を意味している。 (※2) 単体制度とは、グループ通算制度を適用しない法人(以下、「単体法人」という)の課税制度をいう。 (※3) 単体制度及び通算制度に共通の税制とは、研究開発税制、外国税額控除、特定税額控除規定の不適用措置、通算特定税額控除規定の不適用措置等を意味している。 具体的には、令和6年度のグループ通算制度に係る改正事項は次のとおりとなる。 そこで本稿では、令和6年度税制改正における『グループ通算制度』に係る改正事項について解説することとする。 なお、本稿の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りする。 Ⅰ 研究開発税制の見直し 1 改正の概要 試験研究費の税額控除制度(研究開発税制)について、次の見直しを行う。 上記①の改正は、令和7年4月1日以後に開始する事業年度から適用される(令6改所法等附39③)。 上記②の改正は、令和8年4月1日以後に開始する事業年度から適用される(令6改所法等附39①②)。 (※) 経済産業省「令和6年度(2024年度)経済産業関係 税制改正について(令和5年12月)」7頁より抜粋 (続く)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例64】 「販売代理店を海外旅行へ招待する費用の損金性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、近畿地方に本拠を置き、大阪、京都、神戸を中心とした都市部のフランチャイズ店(販売代理店)に家庭用品を卸している株式会社X(資本金1億5,000万円で3月決算)に勤務しており、現在総務部長を務めております。わが社のビジネスモデルは、巷ではマルチ商法とかネットワークビジネスとか、古くはねずみ講などとレッテルが貼られて胡散臭いものと誤解されがちなのですが、極めてまっとうなもので、扱っている商品は環境にも優しく高品質であることから幅広い消費者層から支持があり、その結果、フランチャイズ店を経営する個人事業主の皆様とウィンウィンの関係を構築していることから、法令違反などとは無縁です。 さて、わが社の業績はフランチャイズ店の頑張り次第で大部分が決まってくることから、わが社はフランチャイズ店の士気を高める様々な工夫を凝らしております。その工夫の主たる方法として、インセンティブプランがあります。その内容は、売上金額に応じたキャッシュバック(ロイヤルティー)が中心ですが、その上乗せとして、売上金額上位5位以内のフランチャイズ店と、売上金額の伸び率上位5位以内のフランチャイズ店を対象とした海外旅行プラン(シンガポール3泊5日)があります。しかしながら、当該インセンティブプランにつき、先日来受けている税務調査で問題視されています。すなわち、国税局の調査官によれば、キャッシュバックプランはともかくとして、フランチャイズ店を対象とした海外旅行は純粋に個人事業主に対する慰安や接待というべき性質のものであり、法人税法上は交際費等に該当することから、中小法人に該当しないわが社の場合、全額が損金不算入になるというのです。 キャッシュバックプランと同じ意図を持ったインセンティブプランであるにもかかわらず、一方は損金算入、もう一方は損金不算入というのでは、ご都合主義としか言いようがないように思えますが、国税局の解釈は正当といえるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいいますが、現在の判例上の判断基準として、いわゆる「三要件説」が標準的な考え方となっています。 本件の場合、当該三要件説に照らすと、インセンティブプランとしての海外旅行に接待や慰安としての要素があるかないかが焦点となりそうですが、その内容が純粋な観光旅行である場合には、接待や慰安としての要素が強いと考えられることから、三要件説のいずれの要件にも該当するものと考えられるため、損金不算入の交際費等に該当するものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 交際費等の意義 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいう(措法61の4⑥)。そもそも交際費は、法人税法第22条第3項第2号の規定により損金算入が認められるべき支出であるが、冗費・濫費の節減(※1)、企業所得の内部留保により資本蓄積の促進を図るといった政策的意図から、昭和29年度の税制改正で損金算入に制限が加えられたものである。 (※1) ただし、後掲の裁判例(東京地裁平成17年1月19日判決・税資255号-20(順号9901))でも指摘されている通り、近年の裁判例では「具体的な支出について、それが冗費、濫費に該当するか否かを検討する必要性はない」と判示するものが多い。 交際費等の意義と範囲をめぐっては、これまで多くの裁判例でその要件が何であるかにつき争われてきており、学説でもいくつかの説が提示されてきている。その中で、現在最も標準的な考え方とされるのが、以下の「三要件説」である。 三要件説とは、裁判例(東京高裁平成15年9月9日判決・判時1834号28頁、「萬有製薬事件」)では、製薬会社がその医薬品を納入する医療機関に所属する若手医師に対し、当該医師が海外の学術雑誌に論文を投稿する際にその英語の添削に係る費用を負担した場合において、当該費用が交際費に該当するのかどうかの判断基準として、以下の3つの要件を提示し、そのすべてに該当するものが交際費であるとする考え方をいうものとされる。 (※2) なお、当該裁判例の一審(東京地裁平成14年9月13日判決・税資252号順号9189)では、二審で示された当該要件のうち、①及び②を満たせば交際費であるとされた(二要件説)。 (2) 令和6年度の税制改正 令和6年度税制改正で、令和6年4月1日以後に支出する飲食費(いわゆる少額飲食費)について、損金不算入となる交際費等の範囲から除外される金額基準が、従前の1人当たり5,000円以下から1万円以下に引き上げられることになった(措法61の4⑥二、措令37の5①)。 当該改正に伴う現在の交際費等の区分と損金性を表にまとめると以下の通りとなる。 〇 交際費等の区分と損金性 (※3) 通算法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人のうち一定の法人等は除く(措法61の4②)。 (3) 販売代理店を海外旅行へ招待する費用の損金性が争われた事例 ここでは、本件と同様に、販売代理店を海外旅行へ招待する費用の交際費該当性と損金性が争われた事例(東京地裁平成17年1月19日判決・税資255号-20(順号9901)、TAINSコード:Z255-09901)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、平成4年11月25日に設立された栄養補助食品等の輸入販売業を営む株式会社である原告が、平成9年度及び10年度の法人税の申告(青色申告)にあたり、自己の商品について優秀な販売実績を達成した個人事業主(ディストリビューター)に対し、原告の米国親会社であるBが設定した報酬基準に従ってCという名称の海外旅行に招待し、これに要した費用を損金として計上したところ、被告が、本件旅行費用は、租税特別措置法第61条の4第3項の交際費等に該当するとして、各年度について更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったため、これらの取消しを求めた事案である。 原告は、その製品(栄養補助食品)を登録済みのDS(ディストリビューター)にのみ販売し、DSは、これを他に再販売する。DSが本製品を取扱うことによって得る利益は、再販売による利潤もあるが、原告が予め定めたボリューム・ポイントを蓄積することによって、原告から、売上割戻しに相当するCを含むボーナス・ロイヤルティー等を取得することにより受ける利益もある。これは通常多段階販売方式と呼ばれ、特定商取引に関する法律において連鎖販売取引と呼ばれる。 ② 事案の争点 原告が支出した販売代理店を海外旅行へ招待する費用は交際費等に該当し損金不算入となるか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁平成17年8月31判決・税資255号-230(順号10111)、TAINSコード:Z255-10111)、さらに最高裁に上告されたが不受理となり確定している(最高裁平成19年3月30日判決・税資257号-72(順号10681)、TAINSコード:Z257-10681)。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例においては、海外旅行に係る支出が交際費等に該当するかどうかの判断基準として、「旅行という行為の形態それ自体が参加者の個人的欲望を満足させるものである」と解し、そのような性質を持つ支出は「接待等を目的とする支出であると認められることとなるというべき」として、措置法61条の4第3項(現第6項)の規定する「接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為」であり交際費等に該当するとしている。すなわち、当該海外旅行に関する支出が、ロイヤルティー(royalty)の支払い(売上割戻し)と軌を一にする販売促進策としての報酬プログラムの一環として義務的に支出されたものであったとしても、その経済的利益の性質が、支出先に対する接待ないし慰安等を目的とするものであることから、ロイヤルティーの支払いとは異なるとして、交際費等に該当するとしたものである。 本裁判例が萬有製薬事件(東京高裁平成15年9月9日判決・判時1834号28頁)のいわゆる「三要件説」を意識したものかどうかは必ずしも判然とはしないが、本裁判例が時系列的に萬有製薬事件以後に判決が出されたものであること、また、萬有製薬事件の「三要件説」の第三の基準である「支出による行為の形態が接待・供応・慰安・贈答その他これらに類する行為であること」と、本裁判例の「旅行という行為の形態それ自体が参加者の個人的欲望を満足させるものである」としてそのような性質を持つ支出は「接待等を目的とする支出であると認められる」ため交際費等に該当するという判示とが整合的であること、さらにその他の二要件も満たしていると考えられることから、本裁判例の交際費等に関する判断も「三要件説」に沿ったものであると解される。 (4) 本件へのあてはめ 法人税法上の交際費(等)とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいうが、当該交際費(等)に係る現在の判例上の判断基準としては、三要件説が標準的な考え方となっている。本件の場合、当該三要件説に照らすと、インセンティブプランとしての海外旅行に接待や慰安としての要素があるかないかが焦点となると考えられるが、その内容が純粋な観光旅行である場合には、接待や慰安としての要素が強いと判断されることから、三要件説のいずれの要件にも該当するものと考えられるため、交際費等に該当するもの(しかも株式会社Xは資本金1億5,000万円で中小法人に該当しないため全額損金不算入)と考えられる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第42回】 「外国子会社合算税制における特殊関係非居住者」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国子会社合算税制において、居住者ないし内国法人と区別せず、特殊関係非居住者の有する株式等も外国関係会社の判定上考慮される趣旨はどのようなものですか。 〔A〕 制度創設時の解説によれば、単に居住者が保有する株式等により判定するとしたならば、国外の居住する親族等にその株式等を分散保有することが懸念されたためであると説明されています。 ●●●〔解説〕●●● 1 外国関係会社の範囲と特殊関係非居住者 現行制度上、外国子会社合算税制の適用対象となる「外国関係会社」とは、次の①から③までに掲げる外国法人をいう(措法66の6②一)。 上記①にいう「居住者等株主等」とは、居住者及び内国法人並びに特殊関係非居住者及び上記②に掲げる外国法人をいうとされている(措法66の6②一イ)が、ここでいう、「特殊関係非居住者」には、次に掲げる者が該当することとされている(措令39の14の2①、措令39の14⑥一)。 (※1) 当該役員に係る法人税法施行令72条《特殊関係使用人の範囲》各号に掲げる者とは、次の者をいう。 このように、外国子会社合算税制において、居住者と区別せずにこれらの非居住者の有する直接又は間接の株式等も外国関係会社の判定上考慮される趣旨については、本税制の創設時の大蔵省主税局の職員の解説では、「単に居住者が保有する株式等により判定するとしたならば、国外の居住する親族等にその株式等を分散保有することが懸念されたためである。」(※2)と説明されている(※3)。 (※2) 高橋元監修『タックス・ヘイブン対策税制の解説』(清文社・1979年)116頁 (※3) 朝長英樹編著『【第二版】外国子会社合算税制-タックス・ヘイブン対策税制-』(法令出版・2024年)51~52頁 そこで問題となるのが、居住者と交流のない非居住者でも親族なら「特殊関係非居住者」に該当するかという問題で、この点につき争われた最近の事例を以下で検討する。 2 過去の裁決例 《東京地裁令和5年3月16日判決》(※4) (※4) TAINSコード:Z888-2501 (1) 事案の概要 本件は、内国法人であるX(原告)が、法人税等の確定申告をしたところ、所轄税務署長から、Xと英国領バージン諸島法人A社(日本国籍を有し非居住者の乙が全ての株式を保有)が発行済株式総数のうち50%ずつを保有していたシンガポール共和国の外国法人B社が平成29年改正前の租税特別措置法66条の6第1項(以下、条文等は当時のもの)の特定外国子会社等に該当するとして、法人税等に係る各更正処分等を受けたことから、同処分等の各取消しを求める事案である。 Xは、法人税等の確定申告に際し、A社には措置法66条の6に定める外国子会社合算税制の適用はないものとして、A社の課税対象金額に相当する金額を益金の額に算入しておらず、また、同確定申告において、同条7項に定める適用除外記載書面を添付していなかった。 なお、本件において、乙が「非居住者」に該当すること及び乙と民法725条の親族の関係にある「居住者」が存在することについては、当事者間に争いはない。 (2) 争点及びXの主張の要旨 本件の主な争点は、乙が措置法施行令39条の14第3項1号の「居住者の親族」に該当し、措置法66条の6第2項1号の「特殊関係非居住者」に当たるか否か(他の争点は省略)である。 Xは、法が特殊関係非居住者の株式等の保有割合を考慮することとした趣旨について、非居住者を経由した外国法人に対する支配を捕捉することにあるとし、「『居住者の親族』の意義については、我が国の法人又は居住者が株式の保有を通じて支配している者を利用して租税回避をする可能性のある場合、すなわち、『居住者の民法上の親族のうち、居住者から受ける金銭その他の資産によって生計を維持しているもの』と限定して解釈すべきである。」とし、乙には、居住者である親族が複数存在するが、これらの者との人間関係は希薄であり、金銭その他の資産によって生計を維持される関係にないから、特殊関係非居住者に当たらないと主張した。 さらに、内国法人が50対50の割合で外国でジョイントベンチャーを組成する場合、相手方に日本国籍の非居住者を選定すると当該非居住者には通常親族関係のある居住者がいるから特殊関係非居住者に該当することになり、そうすると、日本国籍の非居住者は内国法人からジョイントベンチャーの相手方として選定されず、その正常な経済活動が阻害されることになると主張した。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、以下のように判示して、乙は特殊関係非居住者に該当すると結論付けた。 東京地裁は、上記(2)のXの主張に対し、措置法施行令39条の14第3項1号の文理から、Xが主張するような限定を付す趣旨を読み取ることはできないとし、加えて、「居住者の親族」にXの主張するような限定を付すと、居住者が、生計を維持する関係にない親族である非居住者を利用して当該外国法人の株式等を分散保有する場合、当該株式等を特定外国子会社等の該当性に係る判断に当たって考慮することができなくなり、このような結果は、特殊関係非居住者が定められた立法趣旨に反するとしてその主張を排斥した。 Xは上記判決を受け、控訴を断念し、本判決は確定した。 3 検討 東京地裁は、措置法施行令39条の14第3項1号につき、文理に忠実に解釈したものと解されるが、その背景としては、仮に乙が「特殊関係非居住者」に該当し、その結果、B社が特定外国子会社に該当することとなったとしても、当時の適用除外要件を満たすことによって、外国子会社合算課税を免れることができるということがあったと思われる(※5)。 (※5) 堀内健司「外国子会社合算税制における特殊関係非居住者の意義と限定解釈の可否-東京地判令和5・3・16」ジュリスト1598号(2024年)11頁は、「その本店又は主たる事務所の所在する国において実体のある経済活動を行っている場合には適用除外要件を満たすことで外国子会社合算税制の適用を免れることができる以上、『居住者の親族』の限定解釈が要請されるほどの不合理さは認められないという判断があったものと思われる。」と述べている。 一方で、本税制の創設時の立法担当者が、(国外に居住する親族が)「非居住者がそのような株式等を保有する事例は余りないといえよう」(※6)と述べていた時代から45年以上が経過し、Xが「令和2年6月末現在で外国籍の居住者(日本在住の外国人)の数は288万人であり、これらの者との関係での特殊関係非居住者は1,000万人超に上るところ、これらの特殊関係非居住者は外国法人の株式をいくらか保有していると推測される。」と主張するように、社会・経済情勢は相当変化している点を考慮すると、本税制の規定を形式的に適用することに対する懸念も指摘されている(※7)。 (※6) 前掲(※2) (※7) T&Amaster No.986(2023.7.10)8頁は、「現在の社会・経済情勢を踏まえてもなお、同規定の制定当初の理解が妥当するのかという点は検証されるべきだろう(中略)。元々、特殊非居住者関係者の範囲は、法人税法の同族関係者の範囲(法人税法施行令4条1項各号)を基本的にそのまま借用した上で、内国法人の役員等を含める規定を追加しただけのものに過ぎない。一部の専門家が指摘するように、見直し等の要否を含め、本規定の在り方を検討すべき時期に来ているとも言えそうだ。」と述べている。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第46回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 (5) 審判所の判断 ア 法令解釈 審判所は、次のとおり、課税処分においては、原則として、原処分庁がその課税要件事実についての主張立証責任を負い、雑所得の金額の計算上控除する暗号資産の取引に係る損失の金額についても、原処分庁がその主張立証責任を負うとした上で、請求人が積極的に暗号資産の取引に係る損失の金額を主張立証しない場合には、当該損失の金額が存在しないことが事実上推認されるとしている。 イ 認定事実 審判所の認定事実は次のとおり整理できる。 (ア) 国内取引所取引について (イ) 個人間取引について (ウ) 海外取引について (エ) 請求人が原処分庁に郵送したと主張する本件6月2日提出メモ以外の個人間取引を記したメモについて ウ 当てはめ及び請求人の主張に対する判断 審判所は、要旨次のとおり述べて、原処分庁が算定した本件各年分の国内取引所取引に係る雑所得の金額に誤りはなく、個人間取引及び海外取引により損失が発生したという事実はないとした点にも誤りはなく、結論として、本件各更正処分はいずれも適法であると判断した。 (ア) 国内取引所取引について (イ) 個人間取引について (ウ) 海外取引について (エ) 立証責任について (6) コメント 審判所は、請求人の主張する個人間取引及び海外取引については、その主張を裏付ける客観的な証拠はなく、立証責任が原処分庁にあることを前提にしてもなお、個人間取引及び海外取引はなかったと推認されるとした上で、原処分庁が算定した国内取引所取引に係る雑所得の金額に誤りはないとして、納税者の上記主張を認めていない。 そのような推認が合理的なものであることを前提とすると、立証責任の問題として原処分庁に不利益な判断がなされなかったとしてもやむを得ない。 審判所は、請求人の主張する本件6月2日提出メモによれば、「600万円弱から1,000万円強の取引を計7回行っているところ、このような高額な取引を複数回行っているにもかかわらず、これらを客観的に確認できる資料を一切残していないというのは、通常考えにくい」と述べている。 この点については、暗号資産取引では、(白色申告かつ雑所得であり、帳簿書類の備付け等義務が十分に整備されていないことに加えて)ブロックチェーンや取引所のデータなど自らが直接的には管理していないデータが残ることなどから、これ以外の客観的に確認できる資料を一切残していないこともそれほど珍しくないという指摘をすることもできよう。 このような暗号資産取引について、従来の又は他の一般的な資産の取引と同様の経験則で捉えてよいかは議論の余地がある。 申告納税制度、立証責任及び事実上の推認の説明を省略するとしても、請求人は、「国内取引所取引において、損益はおおむね原処分庁の調査内容のとおりだと思う」、「海外取引の損失は微少であったことから、あまり主張する気もない」、「取引に使用していたアカウントID及びパスワードも失念しており、取引履歴の確認ができない」と主張していること、かつ、客観的な証拠を提出できなかったことを考慮すれば、納税者の上記主張を認めなかった審判所の判断は妥当であろう。 納税者としては、立証責任の所在や帳簿書類の備付け等の義務のいかんにかかわらず、基本的には、自らが行った取引等に関する客観的な証拠資料を収集・保全しておくべきである。 (了)