国際課税レポート 【第1回】 「実施段階を迎えたOECD国際課税改革のゆくえ」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員 グローバルミニマム課税(国内法)とAmount A(多国間条約) 令和6年4月以降に開始する事業年度から、令和5年度の税制改正で導入された「国際最低課税額に対する法人税」(グローバルミニマム課税)のうち「所得合算ルール」が適用される。これは、子会社の実効税率が15%未満の巨大多国籍企業に対し、税負担率が15%に達するまで追加課税を行う制度だ。子会社の利益を親会社で合算して課税する点で、タックスヘイブン対策税制に似ているが、目的(法人税率引下げ競争に下限を設ける)や仕組み(税率は法人税23.2%・地方法人税10.3%などでなく、15%までの追加課税を行う)が異なる。 グローバルミニマム課税は、2021年10月にOECDで140ヶ国あまりが合意した「2つの柱による国際課税改革」(いわゆるBEPS 2.0)の第2の柱の措置で、連結売上が7.5億ユーロを超える多国籍企業が対象だ。日本では約900社が該当する。各国が国内法を立法して施行される。 国際合意のもう1つの柱は、契約締結権や物理的な拠点がなくても、多国籍企業の連結利益の一部(10%を超える部分の1/4)を定式配分し、市場国で課税することを可能にする「新課税権」(Amount A)の創設だ。売上高200億ユーロを超える巨大多国籍企業が対象で、グローバルに約100社が該当すると言われている。 こちらは新しい多国間条約の締結が必要だ。署名時期は2度延期されたが、OECDは昨年12月に2024年3月までに条文を確定し、6月までに署名式を行う予定であると発表している(その後、3月末の期限までに公表はない)。 これらの新しい制度の特徴は、課税所得を連結ベースで捉える点だ。これは、グループ企業を個別のエンティティとして扱う従来の制度と異なる。 デジタル経済における課税権の配分 デジタル経済の下、多国籍企業や知的財産の存在感が増している。また、情報化及びIT化の進展により、格差や競争など、市民にとって身近な問題に構造的な変化が引き起こされている。 2013年に開始されたBEPS(Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクトの背景にはこうした変化があった。デジタル経済から生じる税務上の課題への対応策についての検討は、解決が最優先されるべき課題だったはずだ。 しかし、デジタル経済で成功している多数の巨大テクノロジー企業を擁する米国にとっては、課税ルールの現状変更は自国企業への税負担増に直結するため、消極的だった。一方、ユーザーや市場を有する欧州諸国は、市民の声もあり、制度がデジタル経済に追いついていないことから生じる課税もれを放置するわけにはいかない。 意見の隔たりが大きいため、2015年のBEPS最終報告書では、デジタル経済における税務上の問題を2020年までの課題として残し、各国が既存のルールに反しない範囲で独自の措置を導入することを容認する形で終わらざるを得なかった。 デジタルサービス税の広がりと2つの柱による対応策 国際合意を巡る議論が進展しないことに業を煮やしたフランス(2019年)、イギリス(2020年)を含む欧州各国はデジタルサービス税(DST)の導入を開始した。この税は2~3%の税率で、原価や費用控除を考慮せずに売上全額に課税する売上税である。国際的な合意に基づかないので、内容は各国バラバラだ。 一方、OECDは、デジタル経済における課税権の配分問題に対応するため、2018年に中間報告書をまとめ、その後「2つの柱による対処案」(BEPS 2.0とも呼ばれる)の検討を開始した。 政治的な焦点となったのは、市場国での課税を可能にする「新課税権」(Amount A)の設計だった。アメリカの立場を考慮し、テクノロジー企業だけを対象としないよう、消費者向けビジネスや自動化されたデジタルビジネス(例えばクラウドサービス)を対象にするなど、工夫が凝らされ、2020年の合意を目指して精力的な議論が行われたことと思う。 しかし、2019年12月、トランプ政権当時の米国のムニューシン財務長官は、多国籍企業に対する連結利益の定式配分を強制する「新課税権」(Amount A)については、納税者の広い支持(米議会での承認を指すだろう)を得ることができないため、企業の選択制(セーフハーバー)で導入すべきだと提案した。 この提案は、条約が米国議会の承認を受けなければ効力を持たないという現実を踏まえたものであり、一理あるが、欧州諸国はこの提案を受け入れなかった。セーフハーバー制度では多国籍企業への課税の決め手にならないと見ていたためだろう。 米国議会の反発 2021年1月に発足したバイデン政権は、インフラ投資等に必要な財源を確保するために法人税の増税を含む政策を打ち出し、OECDにおける国際課税議論でもリーダーシップをとるようになった。政権はグローバルミニマム課税を推進し、法人税率引下げ競争に終止符を打つことで、国内での増税のための環境を整えようとしたためと推察する。 しかし、現時点において、多国間条約も、米国におけるグローバルミニマム税の導入も、米国議会の承認が得られる見通しは立っていない。背景には、2022年の中間選挙後に下院の多数派となった共和党と、国際交渉にあたっている民主党政権下の財務省との間で調整が取れていないことがある。 2023年9月には、下院歳入委員会議員団がOECDやドイツを訪問し、米国はOECDの国際課税改革を支持しないとわざわざ申し入れている。さらに、下院歳入委員会の共和党議員は、グローバルミニマム課税のための3つの措置の1つである「UTPR」を採用する外国の企業や富裕層に対して、税率を最大20%引き上げる報復的な課税を行う法案を提出するなど、強硬な姿勢を示している(日本は現時点でUTPRを導入していない)。 複雑で税収を生まない制度という指摘 米国内で15%のグローバルミニマム税に対する議会の支持が広がらない背景の1つとして、その複雑性(合計数百頁の文書)と税収を生まないことへの批判が挙げられる。 2023年6月に米議会スタッフが公表した試算によると、他国がグローバルミニマム課税の立法を進めた場合、米国が同様の立法を行っても10年間で565億ドルの損失が見込まれ、米国が立法を行わない場合は1,220億ドルの損失になると見積もっている。 日本では、令和5年度の税制改正でグローバルミニマム課税のうち所得合算ルールを導入したが、この改正からの税収増は計上されていない。新しい制度なので技術的に見積りが困難であるほか、各国がグローバルミニマム課税の一類型であるQDMTT(Qualified Domestic Minimum Top-up Tax)を導入することで、日本での合算課税可能な金額が生じないと考えたのかもしれない。 官・民の租税専門家が参加する国際的な集まりであるIFA総会(2023年10月)では、パネリストの弁護士から、税収に結びつかないのに複雑な事務作業の負担を企業が負うことに割り切れない思いを持つ声も聞かれた。 多国籍企業大国日本と2つの柱による解決策の負担 OECDによると、2019年時点で売上が7.5億ユーロを超える巨大多国籍企業は世界で約7,600社存在し、国別に見ると米国が1,759社でトップ、次いで日本が904社、中国が691社、ドイツが419社、英国が399社と続いている。資源や市場が限られている日本は、米国に次ぐ世界第2位の多国籍企業大国でもある。 多国籍企業は既に多くの情報提供義務を負っており、コンプライアンスコストは追徴課税と同等、あるいはそれ以上の影響を競争条件に与えている。米国がグローバルミニマム課税に参加しそうにない現状では、日本企業の事務負担が競争条件に与える影響に対して敏感になる必要があるだろう。 OECDの多国間条約関連文書及びグローバルミニマム課税に関連する文書は、合計1,000ページにも及ぶ巨大な文書だ。正確な執行と納税のためには、これらを理解する必要がある。OECDの議論が簡素化に十分な注意を払っていないと感じられることは、どのような理由があれ、残念というほかはない。 グローバルミニマム課税のための最初の確定申告書提出期限は2026年9月だが、OECDの議論は進行中であり、制度には変更が加えられる可能性がある。新制度が長期的に安定するためには、事務負担の軽減がカギとなりそうだ。 先に述べたように日本は多国籍企業大国だ。事務負担の軽減やコストのデータを制度設計にフィードバックし、制度の簡素化を求めていく責任があるだろう。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第37回】 「金融機関の入出金手数料や振込手数料に係る適格請求書等の保存」 税理士 石川 幸恵 【Q】 国税庁公表の「インボイス制度に関して多く寄せられるご質問」問㉓(令和6年2月29日追加)において、「金融機関の入出金手数料や振込手数料については、通帳等及び任意の一取引に係る適格簡易請求書等を併せて保存することで仕入税額控除を行って差し支えない」旨が示されました。 金融機関の手数料については、ATM利用では適格請求書が交付されないなど仕入税額控除の要件が異なり、把握が難しいため、整理してもらえないでしょうか。 〔ポイント〕 金融機関における入出金手数料や振込手数料についてはATM利用、窓口利用、インターネットバンキング利用等で仕入税額控除の要件が異なります。インボイス制度が始まってから実務に合わせて緩和されたものもあります。 インターネットバンキングにおける入出金明細等や適格請求書等の保存については、電子帳簿保存法の「お問合せの多いご質問(令和6年3月)」の追2、追2-2も併せて確認が必要です。 * * * 【A】 金融機関の窓口、ATM、インターネットバンキングでの入出金や振込に係る適格請求書等の保存は、次のように整理されます。 (1) 少額特例 1件当たり税込み10,000円を超える入出金手数料や振込手数料はほぼないと考えられます。少額特例(28年改正法附則53の2、改正令附則24の2①、インボイスQ&A問111)の適用を受けられる事業者であれば、適格請求書等の保存は必要なく、帳簿の記載のみで仕入税額控除を受けられます。 窓口、ATM、インターネットバンキングにおける手数料について適用が可能です。 (2) ATMを利用した入出金や振込 ATMを利用した入出金や振込については、適格請求書等の交付義務が免除されていますので、帳簿の保存のみで仕入税額控除が可能です。帳簿に住所を記載する必要もなくなりました。 (3) 窓口、インターネットバンキング 原則、仕入税額控除の要件として適格請求書等と一定の事項が記載された帳簿の保存が必要です。 冒頭の問㉓の追加により、次の要件をいずれも満たすことで仕入税額控除を受けることが可能となります。 【要件】 (4) インターネットバンキングは一定の要件でダウンロードも不要 インターネットバンキングなどオンラインで振込を行った際の手数料について、電子データにより適格請求書等が提供される場合は、次の2点の要請によりその電子データと入出金明細等を保存しなければなりません。 ただし、次のような要件を満たせば、ダウンロード不要で仕入税額控除を受け、電子帳簿保存の要件も満たすことができます。 【要件】 (※) 「繰り返し支払っている」という要件があるのは、保存期間の終了により過去データの閲覧ができなくなったとしても、最新の適格請求書等のデータの閲覧ができれば、任意の一取引を確認できると言えるためと考えられます。したがって、「貯金専用の口座で、振込に使うことはほとんどない」という口座から、たまたま振込をしたというような場合は、適格請求書等をダウンロードしておくことをおすすめします。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第41回】 「相続開始直前にM&Aにより購入した非上場株式の評価」 -総則6項の適用の可否- 税理士 柴田 健次 Q A社の代表取締役である甲は、A社株式を67%所有していますが、令和6年4月5日に相続が発生しています。A社は、令和5年10月にM&Aにより非上場会社であるB社の株式を60億円で取得しています。A社は3月決算のホールディングスカンパニーであり、株式等保有特定会社に該当しますので、第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」においてB社株式の相続税評価額を算出する必要があります。 B社は大会社に該当し、特定の評価会社には該当しませんので、類似業種比準価額で計算すると10億円の相続税評価額となりますが、B社株式の相続税評価額は10億円として問題ないでしょうか。それとも財産評価基本通達6項の定めにより評価通達とは別の取得価額や鑑定価額を検討するべきでしょうか。 甲の相続開始時の年齢は60歳であり、70歳まで代表取締役として就任した後に会長になる予定でしたが、交通事故による急死で相続が発生しています。B社の買収はA社の収益拡大、エリア拡大を意図したものであり、相続税の節税対策を目的としたものではありません。 なお、60億円の価額決定までの経緯は、B社の代表取締役としては100億円を希望していましたが、A社の監査法人から将来キャッシュフローを見据えて60億円(純資産20億円、のれん代40億円)が限度であると伝えられ、60億円で取引価額が決まったものとなります。B社の株式の譲渡先についてはA社以外に他の候補会社はありませんでした。 A 財産評価基本通達に基づき計算した類似業種比準価額10億円と相続税法22条における時価との乖離が著しいだけでは、財産評価基本通達第1章総則6項(以下「総則6項」という)の適用はないと考えられますので、財産評価基本通達に基づき10億円で評価します。 ◆ ◆ ◆ ① 時価の意義と総則6項の定め 相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨を定めています。そして、財産評価基本通達1(時価の意義)では、「財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。」とされています。そして非上場株式の場合には、財産評価基本通達178から189-7までの定めにより時価を算定します。 もっとも、財産評価基本通達は、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達に過ぎませんので、納税者に対する法的効力はありません。しかしながら、租税の目的とするところの1つには課税の公平性がありますので、非上場株式をある程度、画一的に評価をする必要があります。財産評価基本通達の役割としては、課税の公平性や安全性に着目して画一的な評価を行うことにありますので、課税実務においてもこの財産評価基本通達による評価が大原則になります。 その一方で財産評価基本通達によると、かえって課税の公平を欠くことがあります。そのような場合に適用されるのが、総則6項です。総則6項において「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定められています。財産評価基本通達を画一的に適用した場合には、著しく課税の公平を欠く場合も生じることがあるため、個々の財産の態様に応じた適正な時価評価が行えるように定められています。 ② 令和4年の最高裁判決における総則6項の適用判断の枠組み 令和4年4月19日の最高裁判決(TAINSコード:Z888-2406)は、節税目的で取得した不動産の評価について、財産評価基本通達によると実質的な租税負担の公平に反する事情があるため、総則6項を適用する合理的な理由があると判断された事例となりますが、その判断の枠組みを下記の通り判示しています。 (下線部は筆者による) 上記の最高裁判断の枠組みから、課税庁が評価通達を上回る価額(相続税法22条に規定する時価以下の金額)で課税することは、平等原則の観点から原則として違法となりますが、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるため、違法にはならないということになります。 ③ 令和6年の東京地裁判決における総則6項の適用判断 令和6年1月18日の東京地裁判決(TAINSコード:Z888-2556)は、上記の最高裁判決が判示されてから初めての総則6項に係る判決です。 東京地裁判決は、相続人が相続により取得したO社株式の評価について、納税者が評価通達に基づく類似業種比準価額として1株当たり8,186円で評価したのに対して、課税庁は大手アドバイザリー会社作成の株式価値算定報告書に基づき1株当たり80,373円と評価し、更正処分等を行ったことに対して、請求人が、原処分の取消しを求めた事件となります。 背景として、被相続人が相続開始(平成26年6月11日)の直前の平成26年5月29日においてV社との間でO社株式を1株当たり105,068円で譲渡する基本合意の締結が行われており、その直後に相続があり、相続人が上記の基本合意価額105,068円で譲渡したことが問題になっています。 相続開始直前のM&Aにおける基本合意では、譲渡契約の締結及び譲渡予定価格について法的拘束力はないものとされていますので、相続開始時点において、譲渡することが確定したものではない状況で相続が発生しています。 そして、財産評価基本通達と相続税法22条の時価との乖離が著しいことが明らかであるO社株式の評価について、総則6項が適用されるか否かが問題となりました。東京地裁は、上記②の最高裁判決の総則6項の判断枠組みに照らして、下記のとおり判示し、総則6項の適用はないとして、更正処分等は違法であるとしています。 (下線部は筆者による) ④ 総則6項の実質的な適用要件 上記②の最高裁判決及び上記③の東京地裁判決から総則6項を納税者の不利に適用するに当たっては、下記の要件が必要になると考えられます。 令和4年の最高裁判決の事件については、上記2つの要件が満たされています。これに対して令和6年の東京地裁判決の事件については、(1)の要件は満たされていますが、(2)の要件は満たされていません。すなわち、総則6項の適用は、単に著しい乖離のみでは成立せず、著しい乖離を利用した納税者らの行為が必要と考えられます。納税者らの行為が著しい乖離を生み出すために行われたものである場合には、看過することができない特別な事情があるとして、総則6項が適用されます。 なお、本稿執筆時点においては、令和6年の東京地裁判決の事件は、国側が控訴しており、総則6項の適用がないことが確定されたわけではありませんので、今後の裁判の動向に注意しながら個々の事案ごとに慎重に判断する必要があります。 また、総則6項には、「国税庁長官の承認」とありますが、法的な要件とはされておらず、国税庁長官の承認を得ずに行った総則6項の適用も違法ではないとされています。例えば、平成9年9月30日の東京地裁判決(TAINSコード:Z228-7994)は、国税庁長官の承認なく総則6項により更正処分が行われた事件となりますが、下記の通り判示しています。 土地や非上場株式が財産評価基本通達に依拠している以上、手続も厳格に行うべきだと思いますが、国税庁長官の承認の有無に関わらず総則6項が適用される点には、注意が必要です。 ⑤ 本問への当てはめ 本問の場合においても相続税法22条の時価と財産評価基本通達による価額の著しい乖離がありますが、被相続人や納税者らの行為は一切ありませんので、上記④の適用要件(2)は満たしていません。したがって、総則6項の適用はないと考えられます。 また、取得価額60億円については、A社1社のみで合意された主観的な価額で「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」には該当しませんので、相続税法22条の時価とは言えない価額となります。 もっとも、財産評価基本通達に基づき類似業種比準価額で計算した金額10億円が適正な時価ではないとする意見もあるかと思います。しかしながら、財産評価基本通達が評価の安全性に配慮されたものであり、相続税法22条の時価以下で課税することが前提となっていますので、時価以下の金額で課税することに違法性はありません。現に路線価は時価の8割での評価が前提となっていますし、令和6年1月1日以後に適用されている居住用の区分所有財産の評価については、理論的な市場価額の6割になるように個別通達が運用されています。 非上場株式の場合においても、一般的に類似業種比準価額が市場価額よりも低い価額であることは周知の事実となっています。ある納税者に対して類似業種比準価額を容認し、別の納税者に対して類似業種比準価額を認めないとすれば、それは課税の公平性を損ない、憲法14条の租税公平主義に反します。 本問の場合において、類似業種比準価額である10億円以外で課税する場合には、10億円で課税すると他の納税者との間でかえって不平等が生じる特別な事情が必要となります。その特別な事情がないと判断される本問の場合においては、総則6項の適用がありませんので、原則どおり財産評価基本通達により算定された価額10億円で課税されます。 ☆実務上のポイント☆ 令和4年最高裁判決の総則6項適用の判断枠組みや令和6年東京地裁判決の総則6項適用の判断枠組みの当てはめの考え方は、今後の実務において重要な裁判事例となります。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第96回】 「南西通商株式会社事件」 ~最判平成7年12月19日(民集49巻10号3121頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第40回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 12 詐欺・盗難等による暗号資産の損失②(雑所得の基因となる資産の損失) 本連載第39回で確認したとおり、「不動産又は雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産の損失」は所得税法51条4項により必要経費に算入される。 そこで、普段、暗号資産を継続的に売買し、雑所得(業務に係るものではないその他雑所得)を得ていた個人が、詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の損失は、上記の「雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産の損失」として、必要経費に算入することが認められるかが問題となる。 所得税法51条4項の規定内容は、次のとおり整理できる。 ◆所得税法51条4項 (※1) 山林及び所得税法62条1項の生活に通常必要でない資産を除く。 (※2) 保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額、資産の譲渡により又はこれに関連して生じたもの、所得税法51条1項、2項又は72条1項(雑損控除)に規定するものを除く。ただし、実務上は、雑損控除との選択適用を認めている(所基通72-1)。 (※3) この項の規定を適用しないで計算したこれらの所得の金額とする。 所得税法51条4項の適用対象は、上記のとおり、①「不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供される資産の損失」と②「これらの所得の基因となる資産の損失」である。 例えば、個人が、暗号資産に関連するサービスを提供し、その報酬として得た暗号資産を関連経費の支払手段としているケース、あるいは暗号資産のステーキング(暗号資産を預けて、取引の妥当性を検証するプロセスに参加し、報酬を得ること)で報酬を得ているケースなど、暗号資産関連の業務に係る雑所得を得ているケースにおいて、その業務の用に供している暗号資産を詐欺や盗難等で失った場合の損失は、上記①に該当し、「雑所得を生ずべき業務の用に供される暗号資産」の損失として、必要経費に算入される可能性はある。 ただし、普段、暗号資産を継続的に売買し、雑所得(業務に係るものではないその他雑所得)を得ていた個人が、詐欺や盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の損失の取扱いを検討する文脈では、その暗号資産が「業務」の用に供されていない以上、上記①ではなく、上記②に該当し、「雑所得の基因となる暗号資産」の損失として、必要経費に算入されるか否かを検討することになろう。 そこで、所得税法51条4項の①「不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供される資産の損失」と②「これらの所得の基因となる資産の損失」について、もう少し検討をしてみよう。 ②の「これらの所得」は、雑所得との関係では、①の「業務」に係る雑所得に限定されるのか、業務に係るものではないその他雑所得も包摂する概念であるかという問題がある。 ①は「業務」に限定されているから、②でいう「これらの所得」も「業務」に係るものに限定されていると解するならば、普段、暗号資産を継続的に売買し、雑所得(業務に係るものではないその他雑所得)を得ていた個人が、詐欺や盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合の損失は、同項の対象外ということになる(国税庁は、原則として、暗号資産の譲渡による所得は、業務に係る雑所得ではなく、雑所得のうちのその他雑所得に該当すると解していること及び雑所得を業務に係る雑所得とその他雑所得に区分する実益については、本連載第31回・第32回参照)。 もっとも、②は「これらの所得」とされており、これは、文理上、①の不動産所得と雑所得を指していると解するならば、所得税法51条4項の損失は、「業務に係る雑所得の基因となる損失」に限定されず、「その他雑所得に係る雑所得の基因となる損失」も含まれることになる。 他方、「事業」的規模の不動産所得の資産損失に係る規定は所得税法51条1項と2項で規律しているのに対し、「業務」的規模の不動産所得の基因となる損失については同条4項で規律しているのであるから、②の「これらの所得」は「業務」的規模の不動産所得を指しており、そうであれば、雑所得との関係においても、同項は「業務に係る雑所得の基因となる損失」を対象としているという反論が考えられる。 この点に関する国税庁の立場は必ずしも明らかではないが、国会では、暗号資産が所得税法51条4項の「雑所得の基因となる資産」に該当しうることを認めたうえで、同項によれば詐欺による損失を必要経費に計上できることを認める答弁がなされている。 令和4年4月19日の参議院財政金融委員会において、藤末健三議員は、次のとおり質問を行った。 これに対しては、上記(※2)のとおり、所得税法51条4項の損失からわざわざ1項と2項に規定するものを除いているのであるから、①の不動産所得自体は「事業」的規模のものを含む広い概念であり、「これらの所得」も同様であるという再反論をなしうる。 これに対して、重藤哲郎国税庁次長は、次のとおり、答弁している。 このような答弁を前提とすると、詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合には、所得税法51条4項により、損失として必要経費に算入できる可能性がある。 ただし、上記で考察した「業務に係る雑所得の基因となる損失」と「その他雑所得に係る雑所得の基因となる損失」の問題(上記②の「これらの所得」は、雑所得との関係では、上記①の「業務」に係る雑所得に限定されるのか、業務に係るものではないその他雑所得も包摂する概念であるかという問題)は残る。 参考として、東京地裁令和4年7月14日判決(判例集未登載)は、雑所得の基因となる損失の解釈について、次のとおり判示している。 このような解釈に基づいて、上記判決は、外貨建債権の雑所得の基因となる資産該当性について、要旨次のとおり判示している。 最後に、所得税法51条4項で必要経費に算入される損失の額は、基本的に簿価ベースである(所令142、143、所基通51-2)。この点で、基本的に時価ベースで損失の額を計算する雑損控除とは異なる(所令206③柱書)。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第62回】 「公益財団法人への株式の寄附」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私は、上場会社Aの創業者であり社長のYです。現在でもA社の株式の約50%を直接所有する大株主ですが、70歳になりそろそろ引退も見据え、社会貢献活動及び相続対策として財団法人を設立し、ゆくゆくは株式の移動を検討しています。 2年前に一般財団法人を設立して、つい先日内閣府より公益認定を取得しました。次のステップとして、私が所有するA社株式の一部を寄附することを検討しています。株式を公益財団法人に寄附する際の注意点について教えてください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 個人から法人への株式寄附 個人が土地、建物、株式などの財産(事業所得の起因となるものを除く)を法人に寄附した場合には、時価で譲渡したものとみなされ、その時価と取得価額の差額である値上がり益に対して所得税が課税されます(所法59①)。無償で法人に寄附しても、個人に所得税が課税されるのは、個人に帰属する値上がり益に対する所得税を精算する必要があるためです。 創業者であるY社長が持つ上場株式には多額の含み益が生じていると推測されるので、寄附したことにより生じる譲渡所得税も多額になると思われます。 [2] 譲渡所得の非課税申請 (1) 租税特別措置法第40条の非課税承認申請 上記[1]の値上がり益に対する所得税について、公益法人等に寄附した場合など、一定の要件を満たすものとして国税庁長官が承認したときは、この所得税を非課税とする制度があります(措法40)。 非課税制度は、対象となる法人の種類などにより「一般特例」と「承認特例」の2つに分けられますが、今回は「一般特例」について説明します。 (2) 対象となる法人 寄附先として特例の対象となる法人は、公益社団法人、公益財団法人、特定一般法人その他公益を目的とする事業を行う法人とされ、具体的には明記されていません(措法40①)。国税庁ホームページの「公益法人等に財産を寄附した場合における譲渡所得等の非課税の特例のあらまし」には例示として、上記の他に社会福祉法人、学校法人、宗教法人やNPO法人が挙げられています。 (3) 承認要件 租税特別措置法第40条の非課税承認申請(以下、「40条申請」)の承認要件としては、以下の①~③があります(措令25の17⑤)。 [3] 申請の手続き (1) 提出先・期限 40条申請は、贈与のあった日から4ヶ月以内に贈与者の納税地の所轄税務署を通じて国税庁長官へ提出しなければなりません(措令25の17①)。贈与のあった日については、①公益法人に対する財産の贈与の場合は、その法人の理事会等により受入れを決議した日、②公益法人に対する遺贈による財産の提供の場合は、遺贈者の死亡の日となります(措通40-5)。 ちなみに、上記①の場合の提出期限について、贈与のあった日から4ヶ月よりも早く確定申告期限が到来する場合は、確定申告の提出期限が40条申請の提出期限となります。 (2) 審査期間 申請書を提出すると、以下の流れで審査が進みます。 (3) 承認されるまで 40条申請を提出してもすぐに承認されることはありません。承認の要件に該当するか時間をかけて公益法人の活動をウォッチされ、承認されるまで3~4年程度かかることが一般的です。 その間に税務当局から要求される資料をきちんと提出し、指摘・指導に対して適切に対応していく必要があります。 [4] 結論 ご相談の場合、公益財団法人へA社株式を寄附する前に40条申請の承認要件に合致するかを確認しなければなりません。また寄附する株数についても、Y社長の相続と今後のA社の資本政策の両方を検討して決定する必要があります。 公益財団法人にA社株式を移転すると、当然ながらY社長の思い通りにA社の議決権を行使することはできません。株式寄附後は公益財団法人の理事会の決議を通して議決権を行使することになります。 実際の手続きに際しては、税理士等の専門家に相談することをお勧めします。 (了)
2024年3月期決算における会計処理の留意事項 【第5回】 (追補) 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 ◎ 金融庁の令和5年度有価証券報告書レビューを踏まえた留意事項 2024年3月29日に金融庁より「令和5年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項等」が公表された。 今回は、有価証券報告書作成にあたって留意すべき事項を解説する。 また、「サステナビリティ開示等の課題対応にあたって参考となる開示例集」も合わせて公表されている。サステナビリティ開示と政策保有株式関連について、自主的な改善のために参考となる事例も公表されているため、ご覧いただきたい。 1 サステナビリティ開示 (1) ガバナンス (2) リスク管理 (3) 戦略並びに指標及び目標 (4) 人的資本に関する方針、指標、目標及び実績 (5) サステナビリティに関する考え方及び取組の参照方法 2 従業員の状況及びコーポレート・ガバナンスの状況等の開示 (1) 女性管理職比率 (2) コーポレート・ガバナンスの概要 (3) 内部監査の状況 (4) 政策保有株式 (連載了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2024年3月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年3月1日から3月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 企業会計基準委員会及び日本公認会計士協会は、次のものを公表している。 ① 改正実務対応報告第44号「グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の適用に関する取扱い」(内容:グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の取扱いを定めるもの) ② 実務対応報告第46号「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」等(内容:グローバル・ミニマム課税について、法人税及び地方法人税の会計処理及び開示の取扱いを示すもの。補足文書がある) ③ 改正企業会計基準適用指針第2号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針」及び改正企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」(内容:いわゆるパーシャルスピンオフの会計処理を取り扱うもの) ④ 会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」の改正(内容:③に関連していわゆるパーシャルスピンオフの会計処理を取り扱うもの) Ⅲ 企業内容等開示関係 次のものが公布・公表されている。 ① 「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第16号)(内容:有価証券届出書における個人情報の記載の見直しを行うもの) ② 「記述情報の開示の好事例集2023」の更新(内容:「コーポレート・ガバナンスの概要」等の項目の追加など) Ⅳ 四半期決算関係 次のものが公布・公表されている。 ① 企業会計基準第33号「中間財務諸表に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第32号「中間財務諸表に関する会計基準の適用指針」(内容:改正後の金融商品取引法上、半期報告書において中間連結財務諸表又は中間個別財務諸表が開示されることに対応するもの) ② 会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」の改正について(公開草案)(内容:①の「中間財務諸表に関する会計基準」等に対応するもの。意見募集期間は2024年4月22日まで) ③ 「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂に係る意見書」及び「監査に関する品質管理基準の改訂に係る意見書」の公表について(内容:取引法に対応し、四半期開示の見直しに伴う監査人のレビューに係る必要な対応を行うもの。企業会計審議会) ④ 「金融商品取引法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令」(政令第71号)及び「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第29号)等(内容:「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(法律第79号)により、四半期報告書制度が廃止となることから、関連する関係政令・内閣府令等を改正するもの) 四半期決算関係については、例えば、2024年3月28日付けで、東京証券取引所より、「金融商品取引法改正に伴う四半期開示の見直し等に係る有価証券上場規程等の一部改正について」などが公表されている。これは、4月1日以降の速報解説として解説している。 Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正」(公開草案)(内容:報酬関連情報(監査報酬、非監査報酬及び報酬依存度)の開示の記載例を追加するもの。意見募集期間は2024年4月3日まで) ② 「監査基準報告書300実務ガイダンス第1号「監査ツール(実務ガイダンス)」の改正」(公開草案)(内容:監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」(2023年1月12日改正)を受けたもの。意見募集期間は2024年4月22日まで) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第48回】 「宝塚歌劇団ハラスメント事件に見る ハラスメント事案における弁護士の活用方法」 弁護士 柳田 忍 【Question】 2024年3月28日、宝塚歌劇団におけるハラスメント事件について、劇団側が、遺族側との合意においてパワハラ行為の存在等を認めたとの報道がなされました。 本件においては、2023年11月に弁護士が調査を行ったうえでハラスメントは確認できなかった旨の内容の報告書を公表しており、劇団側はこれに依拠してハラスメント行為はなかったという立場をとっていましたので、弁護士に調査を依頼しても誤った結論を出すことになってしまうのかと懸念しています。 ハラスメント事案において弁護士に調査等を依頼する場合のポイントがありましたら教えてください。 【Answer】 まず、調査等を顧問弁護士などの企業等と何らかの関係のある弁護士に依頼するか否かについて、不祥事の規模や社会的影響の度合いによって検討して決定すべきものと思われます。 また、調査結果をどのように活用するかについて、結果に至る経緯等を踏まえて慎重に判断する必要があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 はじめに 宝塚歌劇団に所属する劇団員(以下「本件劇団員」という)が2023年9月に死亡した件について、2024年3月28日、劇団側は、遺族側との間で、パワハラ行為の存在等を認め、遺族側に対して謝罪し、解決金を支払う旨の合意(以下「本件合意」という)が成立した旨を発表した(※)。 (※) 阪急阪神ホールディングス株式会社他「宝塚歌劇団宙組劇団員の逝去に関するご遺族との合意書締結のご報告並びに再発防止に向けた取組について」 本件について2023年11月に公表された調査報告書(以下「本件調査報告書」という)においては、パワハラ行為は確認できなかった旨記載されており、劇団側も記者会見等においてパワハラ行為の存在を否定してきたことから、本件合意はそれまでの劇団側の見解を覆すものであるといえる。 本件調査報告書は、劇団側の依頼を受けて大手法律事務所(以下「本件法律事務所」という)の弁護士9人により構成される調査チームが調査を実施したうえで作成されたものであることなどから、本稿においては、本件に照らしてハラスメントの調査や事実認定における弁護士の活用方法について論じるものとする。 2 事実の経緯 本件の事実の経緯は以下のとおりである。 劇団側は、本件について、わざわざ大手法律事務所に調査等を依頼したにもかかわらず、遺族側の納得を得られず、世間の非難を受けてブランド・イメージを大いに毀損する結果となってしまっているが、以下のとおり、その一因には劇団側の弁護士の活用方法にも問題があったようにも思われる。 3 考察 (1) 顧問弁護士などの企業等と何らかの関係のある弁護士の活用方法 本件においては、劇団の運営会社である阪急電鉄株式会社の関連会社の社外取締役が本件法律事務所に所属していることが判明し、遺族側より、劇団側から完全に独立した「第三者委員会」による再調査などが求められた。 この点、ハラスメント等の不祥事の調査等を行う弁護士の中立性・公平性については、以下のとおり述べられている。 ① 「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」 消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(2021年10月)においては、次のとおり記載されている(以下引用)。 ② 「「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」の策定にあたって」 日本弁護士連合会「「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」の策定にあたって」(2010年7月15日・同年12月17日改訂)においては、次のとおり記載されている(以下要旨)。 ③ 弁護士に調査等を依頼する際のポイント 上記①②に照らすと、以下のように言えるのではないか。 本件は、宝塚歌劇団という著名なエンターテイメント集団において、劇団員が死亡するという重大な結果が発生しており、しかも、昨今社会問題として大いに注目を集める「ハラスメント」がその原因として疑われている事案であるから、調査等を依頼する法律事務所の選定に際しては、もう少し慎重になってもよかったのではないかと思われる。 (2) 調査等の結果の活用方法 本件調査報告書においては、劇団が保有していない情報・資料等の収集には限界があり、新たな証拠資料等によっては、本件調査報告書で確認できたとする事実を訂正する可能性があることなどの注記がなされており、実際、遺族側から写真やLINEのやりとりなどが公表された直後、本件調査報告書のウェブサイトへの掲載が掲載からわずか1ヶ月後に取りやめられるといった経緯をたどっている。 本件劇団員が死亡してから本件調査報告書が作成・掲載されるまでの期間がわずか1ヶ月強であったことなども併せて考えると、劇団側が、本件調査報告書に依拠して結論を出したことは早計であったようにも思われる。 弁護士の見解を得た場合にも、結論を部分的に抽出して活用するのではなく、見解の内容や結論に至った経緯等を精査して慎重に判断をすべきである。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第5回】 「一人取締役の会社の社長が認知症になった場合の対応(その2)」 ~登記はどうするのか~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 社長1人だけが取締役(代表取締役)とされている会社で、社長が成年後見制度を利用し、成年被後見人となりました。登記はどうしたらよいのでしょうか。 【A】 前回解説した通り、成年被後見人であることは取締役の欠格事由(会社法331条1項)からは除かれましたが、取締役として在任中に成年被後見人となると「委任の終了(民法653条)」により一旦は退任する必要があります。退任の登記手続を行うことも必要になりますが、この手続が意外と難しく、成年後見人の頭を悩ませることになります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 役員が取締役1人の会社の登記情報 役員が取締役1人の会社の場合、登記情報の役員欄は以下のようになっています。 【役員が取締役1人の会社の登記記録例】 唯一の取締役である山田太郎さんが、成年被後見人となった場合「委任の終了」により取締役としては退任することになります。しかし、取締役の山田太郎さんが退任してしまうと、取締役が存在しない会社となってしまうため、このような会社の場合、山田太郎さんの退任の登記を行うことができません。 退任の登記を行うためには以下のような手順が必要になります。 2 退任の登記 (1) 後任者の選任 唯一の取締役の退任を登記するためには、後任の取締役をあわせて選任する必要があります。事業を継続する場合には、身内や社員の中から後任者を選ぶことになります。会社を閉める方向に進める場合には、身内の方に一時的に後任者になってもらうということもあります。 なお、成年被後見人であることが取締役の欠格事由から除かれたため、成年後見人が成年被後見人の同意を得たうえで、本人に代わりに就任承諾をすることで成年被後見人を取締役として再選任することも可能です(会社法331条の2第1項)。しかし、成年後見人としては成年被後見人となった本人が実際に取締役としての職務を行うことができるかなどを慎重に見極める必要があります。 (2) 株主の確認 後任の取締役を選任するためには選任機関である株主総会の決議が必要となるため、株主を確認することも必要となります。社長1人だけが取締役の会社の場合、株式の大半を社長が保有していることが多いと思われます。 大株主である社長が成年被後見人である場合、成年後見人が本人に代わって議決権行使をすることになります。成年後見人としては議決権行使にあたり、本人に不利益がないように配慮する必要がありますが、会社の運営のために後任者を選任することは、本人にとっても利益となると考えられる場合が多いでしょう。 (3) 登記の必要書類 成年被後見人となった取締役の退任の登記には、成年後見に関する登記事項証明書や後見開始の審判書(確定証明書付き)が必要となります。後任者の選任の登記については、選任の決議をした株主総会議事録、株主リスト、後任者の就任承諾書(実印押印)、後任者の実印についての印鑑証明書(市町村長作成)、印鑑届出などが必要となります。 なお、成年被後見人を取締役として再任する場合には、成年後見人の就任承諾書(実印押印)、成年後見人の実印についての印鑑証明書(市町村長作成)、成年後見に関する登記事項証明書、成年被後見人の同意書(後見監督人がある場合にあっては、成年被後見人及び後見監督人)が必要となります。 3 万が一を想定して備えることが必要 一人取締役の会社の社長が成年後見制度を利用することとなった場合、後任者の選任等を速やかに行えないと会社の運営が滞ってしまうことになります。税理士としても、自らが社長の成年後見人として活動することになった場合を想定して、どのような対応が必要になるかを知っておくことは重要といえるでしょう。 (了)