《速報解説》 住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置等の一部見直し及び延長 ~令和6年度税制改正大綱~ 税理士 徳田 敏彦 「直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置」(以下「住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置」という)と「特定の贈与者から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の相続時精算課税制度の特例」(以下「住宅取得等資金に係る相続時精算課税制度の特例措置」という)について、令和5年12月22日に閣議決定された「令和6年度税制改正大綱」において延長されるとともに一部改正されることになった。 1 住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置 (1) 適用期限の延長 適用期限が3年延長され、令和5年12月31日の期限は令和8年12月31日まで延長される。 (2) 非課税限度額 改正なし。 省エネ等住宅の場合には1,000万円まで、それ以外の住宅の場合には500万円。 (3) 非課税限度額の上乗せ措置 住宅用家屋の新築又は建築後使用されたことのない住宅用家屋を取得する場合において、非課税限度額の上乗せ措置の適用対象となる「省エネ等住宅」とは、次の①から③の省エネ等基準のいずれかに適合する住宅用の家屋である。 このうち上記①が以下のように改正される(上記②及び③については改正なし)。 ただし、令和6年1月1日以後に住宅取得等資金の贈与を受けて、住宅用家屋の新築又は建築後使用されたことのない住宅用家屋を取得する場合において、その住宅用家屋の省エネ性能が「断熱等性能等級4以上又は一次エネルギー消費量等級4以上」であり、かつ、その住宅用家屋が次のいずれかに該当するものであるときは、その住宅用家屋をエネルギーの使用の合理化に著しく資する住宅用家屋とみなす。 この改正は令和6年1月1日以後に贈与により取得する住宅取得等資金に係る贈与税について適用する。 2 住宅取得等資金に係る相続時精算課税制度の特例措置 (1) 適用期限の延長 適用期限が3年延長され、令和5年12月31日の期限は令和8年12月31日まで延長される。 (2) 特別控除額 改正なし(特別控除額2,500万円まで)。 ただし、令和6年1月1日以後の贈与については、相続時精算課税に係る基礎控除110万円が適用され、贈与額から基礎控除を控除した残額から特別控除額を控除することになる。 (3) 相続財産への加算 相続時精算課税適用財産はその贈与者の死亡に係る相続税の課税価額に加算されることになる。 この場合、贈与金額から相続時精算課税に係る基礎控除を控除した金額を加算する。つまり、特別控除額2,500万円を控除する前の価額を相続税の課税価格に加算する。 これは、住宅取得等資金に係る相続時精算課税制度の特例措置を適用した場合も同様である。 住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置の適用を受けた金額については相続税の課税価格には加算されないことに留意する。 (了)
《速報解説》 金融庁、四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂等に係る草案を公表 ~金商法改正に対応し、四半期開示の見直しに伴う監査人のレビューに係る必要な対応を行う~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和5(2023)年12月14日付で(ホームページ掲載日は2023年12月21日)、企業会計審議会監査部会は、「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂及び監査に関する品質管理基準の改訂について(公開草案)」を公表し、意見募集を行っている。 令和5年11月29日に、「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(法律第79号)が公布され、四半期開示義務を廃止する金融商品取引法の改正に伴う関係政令・内閣府令等の規定の整備が進められている。 公開草案は、当該改正に対応し、四半期開示の見直しに伴う監査人のレビューに係る必要な対応を行うものである。 意見募集期間は2024年1月24日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 概要 四半期レビュー基準について、改正後の金融商品取引法における中間財務諸表に対するレビューに加えて、四半期開示義務が廃止された後の四半期決算短信におけるレビューも含め、年度の財務諸表の監査を実施する監査人が行う期中レビューのすべてに共通するものとして改訂する。 次の改訂である。 2 実施基準の改訂 期中レビューの実施に当たっては、準拠性に関する結論の表明の場合であっても、適正性に関する結論の表明の場合と同様に、期中レビュー手続を実施し、結論の表明の基礎となる証拠を得なければならないことから、「第二 実施基準」が当然に適用されることになる。 また、特別目的の期中財務諸表には多種多様な期中財務諸表が想定されることから、「第二 実施基準」において、監査人は、特別目的の期中財務諸表の期中レビューを行うに当たり、当該期中財務諸表の作成の基準が受入可能かどうかについて十分な検討を行わなければならないことを明確にしている。 3 報告基準の改訂 「第一 期中レビューの目的」において、「適正性に関する結論」に加えて「準拠性に関する結論」にかかる記述を付記したことを踏まえ、「第三 報告基準」において、期中レビュー報告書において記載すべき事項を明確にしている。 「準拠性に関する結論」を表明するに当たって、監査人は、経営者が採用した会計方針が、会計の基準に準拠して継続的に適用されているかどうか、期中財務諸表が表示のルールに準拠しているかどうかについて形式的に確認するだけではなく、当該会計方針の選択及び適用方法が適切であるかどうかについて、会計事象や取引の実態に照らして判断しなければならないことにも留意が必要である。 4 「監査に関する品質管理基準」の改訂 「四半期レビュー基準」の「期中レビュー基準」への改訂に伴い、品質管理基準の一部の改訂を行って、期中レビューについて品質管理基準が準用されるように改める。 5 不正リスク対応基準との関係 期中レビューについては、年度監査と同様の合理的保証を得ることを目的としているものではないことから、不正リスク対応基準は期中レビューには適用されない。 なお、期中レビューの過程において、期中財務諸表に不正リスク対応基準に規定している不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況を識別した場合等には、監査人は、必要に応じて、期中レビュー基準に従って、追加的手続を実施することになる。 Ⅲ 実施時期等 次のことが記載されている。 なお、2023年12月14日に開催された「企業会計審議会監査部会(第55回)」の「資料1 事務局資料」の「[参考]適用時期②(四半期報告書提出会社)」(下図)では、決算期ごとに適用時期が記載されている。 (金融庁ホームページより抜粋) (了)
《速報解説》 監査役協会、改定版「会計監査人の評価及び選定基準策定 に関する監査役等の実務指針」を公表 ~「監査に関する品質管理基準」及び倫理規則の改訂、KAM等の導入に対応~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年12月21日、日本監査役協会 会計委員会は、改定版「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」を公表した。 これは、2021年11月の「監査に関する品質管理基準」の改訂、監査上の主要な検討事項(KAM)の導入、倫理規則の改訂、公認会計士法改正による上場会社監査に関する登録制の導入への対応など多岐にわたるものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改定の内容 1 監査法人の品質管理 「監査に関する品質管理基準」を踏まえて、監査法人の品質管理を評価する際の留意事項が示されており、監査役等が監査法人に対して確認する事項が列記されている。 2 監査チームの独立性 監査チームの独立性について評価する際に確認する事項が列記されている。 倫理規則(非保証業務の提供及び報酬関連情報等)に係る対応の状況などに関して記載されている。 3 監査の有効性・効率性 監査法人の状況及び品質管理体制についての報告を受ける際に、有効性・効率性について配慮がなされているかについて確認する。 監査チーム内における情報共有、予期せぬ重要事項の発生防止、内部統制の改善の提言などについて記載されている。 関連する確認・留意すべき事項として、監査チームは、作業時間を分析し、監査時間の縮減・平準化に向けた改善案を立案・共有しているかが示されている。 4 海外のネットワーク・ファームの監査人又はその他の監査人とのコミュニケーション 海外のネットワーク・ファームの監査人又はその他の監査人がいる場合、企業にとって特に海外における不正リスクの重要性が高まっていることに鑑み、十分なコミュニケーションが取られているかについて記載されている。 5 付録 登録上場会社等監査人が公表する情報、会計監査人の選解任又は不再任議案の決定に関する監査役等のベストプラクティス(時系列整理)、会計監査人交代に関する検討の手順例(実例に基づく時系列整理)が記載されている。 (了)
《速報解説》 偽りその他不正の行為により国税を免れた株式会社の 役員等の第二次納税義務の整備 ~令和6年度税制改正大綱~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 1 はじめに 与党による令和6年度税制改正大綱(以下「大綱」と略称する)が、12月14日(木)に公表された。 本稿では、大綱で示された「偽りその他不正の行為により国税を免れた株式会社の役員等の第二次納税義務の整備」について、その概要をまとめたい。 2 偽りその他不正の行為により国税を免れた株式会社の役員等の第二次納税義務の整備 まずは大綱で示された改正案(整備内容)について引用する(括弧書き省略。大綱112ページ)。 3 本制度の目的と背景 (1) 現状・課題 こうした整備を必要とする現在の滞納国税を徴収する上での課題として、以下のような事例が考えられる。 (2) 改正案 上記のような課題を解決するために、令和6年度税制改正では、偽りその他不正の行為により国税を免れた法人がその不正行為に係る財産(不正還付金を含む)の移転を行っており、かつ、その国税を納付していない場合には、その法人財産から滞納国税の全額を徴収することができないときに限定した措置として、株式50%を保有するなど、法人を支配し、不正行為を実行し及び移転を受け、又は法人外部へ財産の移転を実行した代表者等に対して、その移転を受けた財産及び移転がされた財産の価額を限度として不正行為により免れた国税の第二次納税義務を課すという整備を行うものである。 4 「偽りその他不正の行為」の意義 ここで国税通則法第70条第5項に規定する「偽りその他不正の行為」とは、 ものとされている(広島地方裁判所平成28年9月21日判決、TAINS:Z266-12904、税務訴訟資料第266号-126(順号12904))。 5 「第二次納税義務」の意義 また「第二次納税義務」ついては、次のように解されている(金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年11月)162ページ)。 6 まとめ 上記を踏まえ、改正案のポイントをまとめると、次のとおりとなる。 なお、本改正は、令和7年1月1日以後に滞納となった一定の国税について適用することとされている(地方団体の徴収金についても同様の措置が講じられる(大綱116ページ))。 (了)
2023年12月21日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.549を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第122回】 「令和6年度税制改正大綱のあらまし」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 12月14日(木)に、与党(自由民主党・公明党)による「令和6年度税制改正大綱」が取りまとめられた。 今回の税制改正大綱における中心テーマは「安いニッポン」の解消である。 その観点から、国民の可処分所得の向上(所得税・個人住民税の定額減税、賃上げ税制等)及び生産性・潜在成長力の向上(戦略分野国内生産促進税制、イノベーションボックス税制、ストックオプション税制等)を目指した大胆な措置が講じられる。 一方、今回の大綱では、「賃上げや投資に消極的な企業に大胆な改革を促し、減税措置の実効性を高める観点からも、レベニュー・ニュートラルの観点からも、今後、法人税率の引上げも視野に入れた検討が必要である」と指摘されている。 〇所得税・個人住民税の定額減税 まず可処分所得向上のため、所得税・個人住民税の定額減税(特別控除)が行われる。 給与所得者(給与収入2,000万円超の者を除く)については、令和6年6月という一般的な夏のボーナス支給のタイミングで、本人・配偶者・扶養家族を問わず、1人当たり計4万円(所得税3万円、個人住民税1万円)の定額減税(特別控除)が実施される。この点、源泉徴収義務者の実務対応が課題となる。 また、子育て世帯への支援策として、住宅ローン控除の借入限度額の上乗せ措置や住宅リフォーム税制における子育て対応改修工事の追加が行われる。この2つの措置は急激な住宅価格高騰を踏まえた令和6年限りの措置として先行的に実施した上、子育て世帯に対する生命保険料控除の拡充と合わせ令和7年度税制改正において検討し改めて結論を得ることとされている。 〇賃上げ税制の強化・延長 現行制度では、大企業については、賃上げ率が「3%(控除率15%)」「4%(同25%)」の2段階の設定であったところ、新たに賃上げ率5%と7%のカテゴリを追加するとともに従来の賃上げ率の区分の控除率を見直し、賃上げ率「3%(控除率10%)」「4%(同15%)」「5%(同20%)」「7%(同25%)」の4段階となる。 併せて、プラチナくるみん認定又はプラチナえるぼし認定を取得した企業への上乗せ措置(控除率5%)を新設する。これにより、現行の教育訓練費(増加率を10%(現行20%)以上等に緩和)に係る上乗せ措置(控除率5%)との合計で、控除率10%の上乗せとなる。 また、新たに中堅企業(従業員2,000人以下)のカテゴリを設け、賃上げ率3%(控除率10%)、4%(同25%)という2段階の措置を講じる(「教育訓練費増加率10%以上等」及び「プラチナくるみん・えるぼし3段階目以上」による控除率上乗せ(合計10%)あり)。 さらに中小企業(資本金1億円以下)には、欠損法人が6割を占めることを背景に、控除限度超過額の5年間の繰越控除を設ける(ただし雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額を超える事業年度に限る)。また「教育訓練費控除率10%以上等」及び「くるみん・えるぼし2段階目以上」による控除率上乗せ(合計15%)も措置される。 その上で、これら制度の適用期限が令和9年3月31日まで3年延長される。 〇戦略分野国内生産促進税制の創設 6年度改正で創設される「戦略分野国内生産促進税制」の対象となる戦略物資は、電動車(EV、FCV、PHEV)、グリーンスチール、グリーンケミカル、SAF、半導体である。 この措置の適用には、令和9年3月31日までに産業競争力強化法に基づく事業適応計画の大臣認定を受けることが前提となる。事業適応計画の認定時から10年間の措置とされ、税額控除額は、対象物資ごとに設定される単位当たりの金額(電動車であれば1台当たり20万円(軽自動車でないEV及びFCVは40万円))に販売量を乗じた金額と、対象物資の取得価額を基礎とした金額とのいずれか少ない金額となる。ただし税額控除額は、生産開始時から8年目は税額控除額の75%、9年目は50%、10年目は25%と逓減する。 また、既存の「デジタルトランスフォーメーション(DX)投資促進税制」及び「カーボンニュートラル投資促進税制」との合計で当期の法人税額の40%(半導体は20%)が上限とされ、控除限度超過額の繰越期間は4年(半導体は3年)とされる。 なお、①所得金額が前年度より増加、②継続雇用者給与等支給額の対前年度増加率が1%未満、③国内設備投資額が当期の減価償却費の4割以下、のすべてに該当する事業年度においては、本制度は適用できない。 〇イノベーションボックス税制の創設 企業が国内で開発した知的財産権による所得の一定額を控除するイノベーションボックス税制が創設される。本制度の措置期間は7年間(令和7年4月1日~令和14年3月31日)である。他の所得から知的財産権由来の所得を切り出して優遇措置を講じるという「わが国で初の税制」である。 対象となる知的財産権は、令和6年4月1日以後に取得した特許権、ソフトウェア著作権(AIのみ)であり、これらの権利のライセンス(海外事業者からの所得も含む)、譲渡(海外事業者への譲渡除く)による所得の30%が所得控除される。 ただし、その財源確保のため、研究開発税制において、増減試験研究費割合がマイナスの場合について、控除率の段階的引下げ(令和8年、11年、13年)及び税額控除率の下限(現行1%)の撤廃が行われる。 〇ストックオプション税制の拡充・見直し ストックオプション税制については、年間権利行使限度額(現行1,200万円)の引上げ(設立以後5年未満は2,400万円、設立以後5年以上20年未満の未上場又は上場後5年未満は3,600万円)、株式保管委託要件の緩和(発行会社自らが管理)を行う。後者の要件緩和について、対象となる株式は譲渡制限株式に限定されている。 〇中小企業税制の拡充・見直し 中小法人の交際費課税の特例(800万円までの定額控除限度額)が令和9年3月31日まで3年延長されるとともに、交際費から除かれる飲食費の上限(現行:1人当たり5,000円)が1万円に引き上げられる。これは平成18年度税制改正で5,000円基準が創設されて以来の見直しとなる。 事業承継税制の特例措置に係る特例承継計画の提出期限が、令和8年3月31日まで2年延長されることとなった。ただし今回の大綱においても、事業承継税制の特例措置自体の「令和9年12月末までの適用期限については今後とも延長を行わない」とされている。 地方税では、法人事業税の外形標準課税の適用対象が見直される。現行の資本金1億円超の法人との基準は維持されるが、外形標準課税を逃れるために減資をして資本金の減少額を資本剰余金に計上する行為を今後防止する観点から、前事業年度において外形標準課税の対象であった法人で、当該事業年度末に「資本金+資本剰余金」の合計額が10億円超のものは、資本金1億円以下であっても、外形標準課税の対象とされる(令和7年4月1日以後開始事業年度から適用)。したがって、すでに減資している法人については影響がない。 一方、「資本金及び資本剰余金」の合計額が50億円超の法人を親法人とする企業グループにおける100%子法人(「資本金及び資本剰余金」の合計額が2億円以下の法人を除く)については、外形標準課税の対象とされる(令和8年4月1日以後開始事業年度から適用)。 (了)
相続税の実務問答 【第90回】 「第一次相続と第二次相続の相続人が1人である場合の第一次相続における配偶者の税額軽減等の適用」 税理士 梶野 研二 [答] お父様及びお母様の相続人はあなた1人となってしまいましたから、もはやお父様の遺産について分割協議をすることはできません。しかしながら、お父様の遺産について分割協議ができないということは、お父様の遺産である各財産は、法定相続分の割合であなたとお母様の共有財産であることが確定したということです。このため、お母様及びあなたに帰属することとなったA建物の敷地の各共有持分(各2分の1)については、お母様はお父様の配偶者であることから、あなたはお父様の同居親族であったことから小規模宅地等の特例の適用が可能になります。また、お母様については配偶者の税額軽減の規定を適用できることとなります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 第一次相続に係る相続人と第二次相続に係る相続人が同一の1人の者である場合の遺産分割 第一次相続の遺産の分割が未了のまま第一次相続の相続人(第一次相続人)が亡くなってしまい(第二次相続)、第一次相続人のうち第二次相続の開始時において生存している者と第二次相続に係る相続人(第二次相続人)が同一の者で、その者以外に第一次相続及び第二次相続に係る相続人がおらず、かつ、両相続に係る包括受遺者がいない場合には、前回(【第89回】「第一次相続と第二次相続の相続人が1人となった場合の遺産分割と相続税」)説明しましたとおり、その1人の者によって、第一次相続の被相続人の遺産を分割することはできず、第一次相続人に法定相続分の割合で確定的に帰属することとなります。 2 配偶者の税額軽減及び小規模宅地等の特例の適用 (1) 配偶者の税額軽減の適用 相続税法は、被相続人の配偶者がその被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した場合には、その配偶者の納付すべき相続税額の計算上、相続又は遺贈により取得した財産の価額のうち配偶者の法定相続分相当額又は1億6,000万円までの部分に対応する相続税額を控除する旨を定めています(相法19の2①)。この規定を「配偶者の税額軽減の規定」といいます。 ただし、相続税の申告書の提出期限までに、遺産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない場合には、その分割されていない財産については、配偶者が「相続又は遺贈により取得した財産」には含まれません(相法19の2②)。ただし、その分割されていない財産が相続税の申告期限から3年以内(この期間が経過するまでの間に遺産が分割されなかったことについて、相続又は遺贈に関して訴えの提起がされたことその他の一定のやむを得ない事情がある場合において、税務署長の承認を受けたときは、財産の分割ができることとなった日の翌日から4ヶ月以内)に分割された場合には、その分割された財産については、更正の請求等により配偶者の税額軽減の規定を適用することができることとされています(相法19の2②ただし書き、③)。 なお、配偶者の税額軽減の規定の適用の対象となる「相続又は遺贈により取得した財産」としては、次のものが該当します(相基通19の2-4)。 (注) ②から⑥は、遺産分割をするまでもなく配偶者に帰属している財産です。 (2) 小規模宅地等の特例の適用 租税特別措置法第69条の4第1項は、被相続人又は被相続人と生計を一にしていた親族の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等を相続又は遺贈により取得した被相続人の親族が一定の要件を満たす場合に、当該事業の用又は居住の用に供されていた宅地等について、相続税の課税価格に算入する価額を減額する旨を定めています(措法69の4①②③)。この特例を「小規模宅地等の特例」といいます。 しかしながら、相続税の申告書の提出期限までに、共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない宅地等については、この特例を適用することはできません(措法69の4④)。ただし、分割されていない宅地等が相続税の申告期限から3年以内(この期間が経過するまでの間に遺産が分割されなかったことについて、相続又は遺贈に関して訴えの提起がされたことその他の一定のやむを得ない事情がある場合において、税務署長の承認を受けたときは、財産の分割ができることとなった日の翌日から4ヶ月以内)に分割された場合には、配偶者の税額軽減の規定の場合と同様にその分割された宅地等について更正の請求等によりこの特例を適用することができます。 なお、遺産分割をするまでもなく特定の親族が相続又は遺贈により確定的に取得することとなる宅地等(上記2の(1)の枠内の②、③及び④のようなケース)については、小規模宅地等の特例の適用対象となります。 3 第一次相続人と第二次相続人が同一の1人である場合の配偶者の税額軽減の規定等の適用 上記2の(1)及び(2)のとおり、相続人及び包括受遺者の間で遺産分割がされていない財産については、配偶者の税額軽減の規定及び小規模宅地等の特例の規定(以下、この2つの規定を「これらの規定」といいます)を適用することはできません。これらの規定を適用した後に、遺産分割が行われ、その結果、これらの規定を適用した者以外の者が被相続人の財産を取得することによってこれらの規定の趣旨に反した適用が行われることを防止するためです。 しかしながら、上記2の(1)の枠内の②、③及び④のようにそもそも遺産分割をすることなく、確定的に配偶者又は特定の相続人や受遺者に帰属することとなる財産については、これらの規定を適用することができると解されます。 第二次相続開始時に生存している第一次相続人と第二次相続人が同一の者で、その者以外に第一次相続人及び第二次相続人や包括受遺者がいない場合には、その1人の者のみによっては、第一次相続に係る被相続人の遺産を分割することはできず、第一次相続に係る被相続人の遺言がない限り、第一次相続に係る遺産は、確定的に、法定相続分の割合により第一次相続人に帰属することとなります。そうしますと、第二次相続の後に、第一次相続の法定相続分とは異なる割合で第一次相続に係る相続人が相続をすることはできないこととなり、これらの規定の趣旨に反した適用も起こりえないこととなります。このことから、このような場合には、第一次相続における被相続人の配偶者、及び小規模宅地等の特例の要件を満たす親族についてはこれらの規定の適用が認められるものと考えられます。 なお、このようなケースは更正の請求の特則規定が適用される事由を列挙する相続税法第32条第1項各号(小規模宅地等の特例については租税特別措置法第69条の4第5項で同項を準用)に直接的には規定はされていませんが、同項第1号又は第8号に該当すると解する余地があると考えられます。 4 ご質問の場合 あなたとお母様の間でお父様の遺産の分割が行われる前に、お母様がお亡くなりになり、お父様の相続人で生存している者はあなた1人であり、お父様の相続人であったお母様の相続人もあなた1人となりました。そうしますとお父様の遺産である各財産は、お母様の相続開始と共に、あなたとお母様に法定相続分の割合での共有が確定し、その後、お母様が取得したお父様の遺産及びお母様の固有財産はあなたが相続することとなります。 そうしますと、お父様の相続開始時にあなた方ご家族が居住しており、その後も引き続きあなたが居住しているA建物の敷地は、租税特別措置法第69条の4第3項第2号の特定居住用宅地等に該当しますので、限度面積の範囲内で、配偶者であるお母様及び同居親族であるあなたが小規模宅地等の特例の規定を適用することができます。また、お父様の相続に係るお母様の相続税の計算において配偶者の税額軽減の規定を適用することができます。なお、これらの規定を適用する場合には、更正の請求をすることとなります。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第37回】 「同族株主である個人が株式を個人又は法人に 売却する場合の子会社株式の評価方法」 税理士 柴田 健次 Q 甲は昭和40年にA社を設立し建設業を営んでいます。A社は昭和60年に資本金1,000万円でB社を設立し、現在に至るまでB社の株式を100%所有しています。 甲は、令和5年に代表取締役を辞任し、甲の甥である乙が新たに代表取締役に就任しました。甲はA社の株式を100%保有しており、乙に株式の承継を検討していますが、その方法として下記のいずれかの方法を考えています。 直前期末における会社規模区分は、A社は中会社の大であり、B社は中会社の中に該当し、いずれも特定の評価会社に該当しません。 個人である乙への譲渡については、財産評価基本通達に基づき売買価額を決定し、法人であるC社への譲渡については、所得税基本通達59-6の定めに基づいて財産評価基本通達を準用し、売買価額を決定することにします。 A社株式の類似業種比準価額は純資産価額よりも小さくなりますので、A社株式の相続税評価額は、類似業種比準価額×90%+純資産価額×10%で評価することになります。一方、所得税基本通達59-6の定めに基づく価額算定にあたっては、甲が中心的な同族株主に該当しますので、類似業種比準価額×50%+純資産価額×50%で計算することになります。 この場合において、上記A社の純資産価額の算定にあたり、第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の相続税評価額欄に記載されるB社株式の相続税評価額はいくらになりますか。 B社の発行済株式総数は10,000株であり、1株につき1議決権を有しているものとします。B社株式は、創業以来、売買されたことはなく、B社と事業の種類、規模、収益の状況等が類似する他の法人の株式の価額もありません。 B社株式の1株当たりの類似業種比準価額と純資産価額は、次の通りとなります。 A B社株式の相続税評価額は、それぞれ次の通りとなります。 (1) 甲が乙にA社株式を売却した場合 1株26,500円(12,000円×75%+70,000円×25%)となりますので、相続税評価額は、265,000千円(26,500円×10,000株)となります。 (2) 甲がC社にA社株式を売却した場合 1株46,000円(12,000円×50%+80,000円×50%)となりますので、相続税評価額は、460,000千円(46,000円×10,000株)となります。 ◆ ◆ ◆ ① 個人から個人に非上場株式を売却する場合の税務上の時価算定 個人から個人に非上場株式を売却した場合において、課税上問題となるのは買主のみなし贈与課税となります。売主にとっては、売買価額が譲渡対価とされることから、課税上問題になることはありませんので、個人から個人に非上場株式を売却する場合には、買主の立場で売買価額を考えることになります。そして、非上場株式の場合には、負担付贈与通達(本連載【第35回】で解説)の適用はありませんので、時価は原則として、財産評価基本通達の価額となります。したがって、非上場株式の場合には、財産評価基本通達の178から189-7までの定めより時価を算定することになります。 【本問の場合の当てはめ】 個人から個人に非上場株式を売却した場合の納税義務者の判定は、相続や贈与の場合と同様に移転後の株主状況に基づき株主判定を行うことになりますので、株式を取得した乙を納税義務者として、株主判定を行うことになります。乙は、同族株主に該当し、かつ、5%以上の株式を取得していますので、原則的評価方式が適用される株主に該当します。 そして、A社は中会社の大であり、特定の評価会社に該当しませんので、類似業種比準価額×90%+純資産価額×10%で評価することになります。 上記の純資産価額の算定にあたって、B社株式の相続税評価額の算定については、下記の点に留意する必要があります。 ❶ 納税義務者の判定 B社株式の株主判定については、A社を納税義務者と考えて、株主判定を行うことになります。A社は、同族株主に該当し、かつ、5%以上の株式を所有していますので、原則的評価方式が適用される株主に該当します。 ❷ 法人税額等相当額の控除の可否 課税時期における評価会社の各資産を評価する場合において、その各資産のうち非上場株式があるときのその株式の1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)は、その株式の発行会社の課税時期における各資産を財産評価基本通達に定めるところにより評価した金額の合計額から課税時期における各負債の金額の合計額を控除した金額を課税時期における発行済株式数で除して計算した金額とするとされています。この場合における1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)の計算に当たっては、評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除しないこととされています(評価通達186-3)。 したがって、本問の場合における1株当たりの純資産価額は、相続税評価により純資産価額を求め、その純資産価額から法人税額等相当額を控除しないで求めた価額70,000円となります。 ② 個人から法人に売却する場合の税務上の時価算定 個人から法人に売却した場合には、所得税におけるみなし譲渡課税の問題がありますので、所得税における時価を算定する必要があります。 個人から法人に売却する場合の所得税における時価は、下記の所得税基本通達59-6(株式等を贈与等した場合の「その時における価額」)により算定することになります。 所得税基本通達59-6(株式等を贈与等した場合の「その時における価額」) (下線部は筆者による) 本問の場合には、財産評価基本通達を準用するものとしていますので、上記通達の(1)から(4)の定めに基づき時価算定することになります。なお、上記通達の法令解釈通達として令和2年9月30日国税庁資産課税課情報第22号が公表されています。 【本問の場合の当てはめ】 上記通達の(1)の定めにより、株主判定は譲渡前の議決権数に基づきその判定を行うことになります。甲は、同族株主に該当し、かつ、5%以上の株式を所有していますので、原則的評価方式が適用される株主に該当します。甲は中心的な同族株主に該当することになりますので、所得税法基本通達59-6(2)の適用により小会社に該当するものとして計算することになります。したがって、類似業種比準価額の使用割合であるLの割合は50%となり、類似業種比準価額×50%+純資産価額×50%で計算することになります。 上記の純資産価額の算定にあたって、B社株式の相続税評価額の算定については、下記の点に留意する必要があります。 ❶ 納税義務者の判定 B社株式の株主判定については、A社を納税義務者と考えて、株主判定を行うことになります。A社は、同族株主に該当し、かつ、5%以上の株式を所有していますので、原則的評価方式が適用される株主に該当します。 ❷ 類似業種比準価額の使用割合 所得税法基本通達59-6(2)の適用に際し、「中心的な同族株主」に該当し、かつ、原則的評価方式で評価する場合に類似業種比準価額の使用割合を50%と制限している趣旨は、「中心的な同族株主」である場合の株式の価値は、純資産価額を無視することはできないためとなります。このような趣旨からすると、子会社株式の価額につき、評価会社がその子会社の「中心的な同族株主」に該当し、かつ、原則的評価方式で評価する場合には、類似業種比準価額の使用割合を50%として評価することが相当になります。 したがって、本問のB社株式の価額算定については、類似業種比準価額の使用割合であるLの割合は50%となり、類似業種比準価額×50%+純資産価額×50%で計算することになります。 ❸ 類似業種比準価額の算定 類似業種比準価額の算定上は、大会社は「0.7」、中会社は「0.6」、小会社は「0.5」とする斟酌割合が定められています(評価通達180)。これは、評価会社の規模が小さくなるに従って、上場会社との類似性が希薄になっていくためです。あくまでも会社の規模区分に基づき、類似業種比準価額の算定をすることになりますので、所得税基本通達59-6(2)の定めに基づき、「小会社」に該当した場合であったとしても類似業種比準価額の算定における斟酌割合はその会社(B社)の会社規模区分(中会社)としての斟酌割合(0.6)を使用することになります。 したがって、採用する類似業種比準価額は、12,000円となります。 ❹ 純資産価額の算定 所得税基本通達59-6(3)及び(4)は、取引としての時価を考察しているものとなります。すなわち、実際の非上場株式の譲渡については、土地や上場株式は時価に基づき評価し、かつ、法人税額等相当額は控除しないで純資産価額を求めることが少なくありませんので、これを考慮することが求められています。このことは、A社株式が有する非上場株式(B社株式)の評価にも当てはめて考えることが相当です。したがって、B社が有する土地又は上場株式は相続税評価ではなく時価により算定し、法人税額等相当額の控除もしない価額80,000円となります。 ☆実務上のポイント☆ 所得税基本通達59-6の定めに基づき、株式の価額算定を行う場合には、その通達の趣旨を理解するとともに取引としての時価を考察する観点から財産評価基本通達の当てはめを検討する必要があります。 (了)
相続空き家の特例 [一問一答] 【第47回】 「共有で相続した家屋とその敷地を譲渡する場合」 -共有に係る個々の特別控除額- (令和6年(2024年)1月1日以後の譲渡) 税理士 大久保 昭佳 Q X(兄)、Y(妹)、Z(弟)は、昨年4月に死亡した母親の居住用家屋等(昭和56年5月31日以前に建築)とその敷地を、各持分1/3共有で相続し、その家屋を取り壊して更地にし、本年10月に合計9,000万円で譲渡しました。 相続開始直前まではその家屋に母親が1人で暮らし、取壊し時まで空き家で、その敷地も相続の時から譲渡の時まで未利用の土地でした。 この場合、XとYとZは、それぞれ3,000万円の特別控除額を限度として、「相続空き家の特例(措法35③)」の適用を受けることができるでしょうか。 A 令和6年(2024年)1月1日以後の譲渡については、「相続空き家の特例」を受ける相続人の数が3人以上である場合には、それぞれの譲渡者に係る特別控除額は、それぞれ2,000万円が限度となります。 ●○●○解説○●○● 「令和5年度税制改正」前においては、相続した土地家屋が共有であるとしても、それぞれの譲渡者について、それぞれが当該適用要件を満たす場合には、本特例を受ける相続人の数にかかわらず、それぞれの個人に3,000万円特別控除の適用がありました(【第33回】を参照)。 しかし、当該改正により、令和6年(2024年)1月1日以後の譲渡については、相続又は遺贈により被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等を取得した相続人の数が3人以上である場合の控除額が引き下げられ、本特例に係る特別控除額は2,000万円とすることとされました。 なお、「相続空き家の特例」は、被相続人居住用家屋又は被相続人居住用家屋の敷地等の譲渡の対価が1億円以下であることが、その適用要件の1つとされています。したがって、共有者全体の譲渡対価の合計額が1億円を超える場合などには、各共有者ともどもこの特例を適用することができませんので、当該改正前と同様に注意が必要です(〔譲渡価額要件の判定〕【第19回】~【第24回】を参照)。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第56回】 「役員が関連法人から金員の支給を受けた場合の課税関係」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 役員給与と受贈益 法人が役員に対して支給した役員給与のうち、定期同額給与等に該当しないものは損金不算入となることに対し(法法34①)、法人が他から受けた受贈益は益金算入となる(法法22②)。また、その法人が役員に対して支給すべき給与を他の法人等が負担した場合、その法人と他の法人の間に完全支配関係がある場合に限りグループ法人税制により受贈益の額が益金不算入となる(法法25の2)(※1)。 (※1) その他、株式の簿価修正の論点もある。 つまり、法人間の完全支配関係の有無で課税関係が異なり、完全支配関係がない場合には受贈益の額が益金算入されることとなる。そして、いずれにしても当該役員給与の額が定期同額給与等に該当しない給与であるとして損金不算入となる可能性は高く、特に受贈益課税がなされた場合には思いがけない税負担を負うという可能性が考えられる。 このリスクについて検討する場合、関連法人が負担したものが「その法人が役員に対して支給すべきであった」かどうかを確認することとなる。そこで、関連法人がその法人の役員に対して直接支給した金員が受贈益と認定された事例を紹介する。 (2) 役員に対して関連法人が直接支給した金員が受贈益に当たるとされた事例 その法人の役員に対して関連法人から直接支給された金員が問題となった事例として、国税不服審判所平成23年8月2日裁決がある(※2)。なお、この事例は平成22年度税制改正によるグループ法人税制導入前の事業年度に関する事例である。 (※2) 裁決事例集84集191頁、TAINS:J84-3-11。 本件において、更正処分等の対象となった金員の支払いは以下の4つである。 【第1金員】 H社より、納税者とK社の取締役を兼ねるRに対して支払われた金員である。H社は賞与として経理し、その総勘定元帳の摘要欄には「褒賞金」と記載されている。なお、納税者とH社には直接の取引はなかった。 審査請求段階で、RがH社の営業に同行して指導を行った対価である旨の陳述書が新たに提出されているが、国税不服審判所はその内容が不自然であること、総勘定元帳にその旨の記載がないこと、そして調査時にそのような説明が無かったことから、第1金員は、Rが納税者やK社の取締役の地位にあることを理由に支払われた可能性があるものの、納税者やK社の指示に基づいて支払われたことを認めるに足りる証拠はないことから、取締役の地位にあることを理由に支払われたとまでいうこともできないとした。 国税不服審判所は、これらの理由により、役務提供の対価や納税者又はK社が負担すべき役員給与としてではなく、H社からRに直接支払われた金員であるというべきであり、納税者が支払うべきRに対する給与をH社が負担したと認めることはできないとして、課税庁の主張を退けた。 【第2金員・第3金員】 L社より、納税者の取締役であるSと上記Rに対して支払われた金員である。L社はこれらを賞与として経理し、その総勘定元帳の摘要欄に、それぞれ「S 永年勤続賞金」及び「R 褒賞金」と記載されている。 審査請求段階で、L社とS及びR間のアドバイザリー業務合意書が新たに提出されているが、国税不服審判所は、納税者の役員は日常的にL社の業務を手伝っており、法人である納税者に対して多額の業務委託手数料が支払われているとして、納税者とL社間に包括的な業務委託契約が存在すると認定した。そのうえで、Sに対しては納税者の経費請求書つづりに「勤続20年の永年勤続賞として1,000,000円を支払う」旨の記載があること、Rについても包括的な業務委託契約の範囲内であることから、納税者が支払うべき給与をL社が負担したことにより、請求人に受贈益が生じつつ、当該金員が役員給与として損金不算入となる旨を示している。 【第4金員】 K社より、納税者の取締役Tに対し支払われた金員である。K社は賞与として経理し、総勘定元帳の摘要欄には「T 永年勤続賞金」と記載されている。なお、K社の売上の大半は納税者からのものである。 国税不服審判所は、100%支配関係のある納税者とK社との関係について、販売会社と系列メーカーとの関係にあるとし、TがK社に行ったと納税者が主張する業務は、専門家でなくともある程度のノウハウがあればできるものであるため、納税者の業務として行われたとした。そのうえで、納税者の経費請求書つづりに「勤続20年の永年勤続賞として1,000,000円を支払う」旨の記載があるために、納税者が支払うべき給与をL社が負担したことにより、請求人に受贈益が生じたものと認めている。 (3) 本件裁決例の意義と実務上の留意点 この事例のように、役員に対し関連法人から何らかの金員の支給がなされるケースは皆無ではなく、同族経営であれば特に起こり得るといえる。そして、同族経営で法人を複数設置する場合において、法人間の完全支配関係がないケースが一定数見られるが、この場合には寄附金・受贈益に関するグループ法人税制の取扱いが適用されない。 この事例からは、第1金員の支給とそれ以外の金員の支給との相違点の1つに、支給する法人と支給を受ける役員が在籍する法人との間に、直接の取引があったか否かであるという点が読み取れる。つまり、直接の取引があれば、役員個人として行う行為が、その基本的な取引関係の中で行われたものであると認定されやすく、その関連法人が役員個人に支給した金員が、本来はその役員が在籍する法人が支給すべきであったとされやすいだろう。 また、本件は納税者側の経費請求書つづりに、納税者自身が支給すべきとするエビデンスがあったことも大きな要素であるだろう。例えば、【第26回】で触れたように、単なるメモの形態であったとしても役員報酬額の同意がある旨のエビデンスとなったケースもある。その法人が本来支給すべきものを正しくエビデンスとして残すのが本来の姿であるため、この点にも留意が必要である。 このようなことを踏まえ、仮に法人に在籍する役員が関連法人から金員の支給を受けることがある場合、グループ法人税制における受贈益の益金不算入の適用有無の確認に加え、どのような対価として役員個人が支給を受けるのか、法人間の取引に付随するような業務の一環ではないか、本件裁決例のような勤続賞等の支給すべき事情が他にあるための代替案に過ぎないといえるか等について確認をしておくべきであると考えられる。 (了)