事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第29回】 「J事務所の性加害問題(下)」 弁護士 原 正雄 前回に続き、J事務所の性加害問題について「ビジネスと人権」の観点を入れつつ分析する。 1 マスメディアの沈黙 (1) 取引関係に基づく影響力の不行使 エンターテインメント業界には性加害やセクシュアル・ハラスメントが発生しやすい土壌があったと指摘されている。例えば、2009年、韓国で所属事務所から性接待を強要されたとして女優が自殺した。2012年、イギリスで有名なテレビ司会者による数百名の子どもや女性への性加害が明らかになった。2017年、アメリカで有名映画プロデューサーの長年の性加害が報道され、性加害やセクシュアル・ハラスメントの被害を告白する世界的な運動「#MeToo運動」へとつながった。 そうした中、メディアはJ事務所の所属タレントを出演させるに当たり、人権デューディリジェンスとして人権侵害が行われていないかを精査すべきであった。特別チームは、メディアは性加害を把握した上で取引関係に基づく影響力を行使して性加害を即時にやめさせるべきであったし、そうできたはずであった、としている。そうした必要性は、前回記載のとおり2003年に東京高等裁判所がJ氏の性加害を事実として認定した後はなおさら強いものとなっていた。 (2) 報道の不存在 メディアの多くはJ氏の性加害を正面から取り上げてこなかった。2003年に東京高等裁判所がJ氏の性加害を事実と認めたことも、ほとんど報道しなかった。J氏の性加害がメディアの多くで取り上げられるには、2023年のBBC特集番組と元ジュニアによる被害申告の記者会見まで待たなければならなかった。 特別チームは、メディアがJ氏による性加害を大々的に報道していれば、ジュニアとなることを思い止まった若者も出たのではないか、既に入所した子にも親などが声掛けして被害拡大を防げたのではないか、メディアの多くが批判をしなかった結果、J氏による性加害が拡大し、さらに多くの被害者を出すこととなった、と指摘している。 2 社会問題化 (1) ビジネスと人権 2011年、国際連合が「ビジネスと人権に関する指導原則(国連指導原則)」を公表し、企業が人権について責任を負うべき旨を明らかにし、人権デューディリジェンスを実施するよう規定した。 日本でも2020年10月、政府が「ビジネスと人権に関する行動計画(2020-2025)」を公表して、企業に対して人権デューディリジェンスを導入するよう「期待」を表明した。 2021年6月には金融庁と東証が「コーポレートガバナンス・コード」を改訂し、人権尊重が重要な経営課題であることを宣言した(補充原則2-3①)。 さらに2022年9月、政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表し、全ての企業がサプライヤー等の取引先に対して人権尊重の取組みをするよう求めるべき、と定めた。 時代は人権尊重へと大きく動き始めていた。 (2) J氏とM氏の死去 そうした中で2019年にJ氏が死去し(享年87)、2021年にはM氏が死去した(享年93)。J事務所の経営権は、J氏の姪でM氏の娘であるF氏に移行した。 しかし、その後もJ事務所は性加害への調査等をしなかった。 F氏は、本件が問題となった後、以下のように述べている。 (3) BBCの取材と番組 2022年8月18日、イギリスの公共放送局BBCがJ事務所に対して、J氏の性加害についてインタビューをしたい旨の取材依頼をしたが、J事務所はこれを辞退した。 同年11月21日、BBCがJ事務所に、J氏の性加害について放送予定なのでコメントの機会を提供する旨の書面を送付したが、J事務所がJ氏の性加害に言及することはなかった。その理由についてJ事務所の幹部は「J氏は既に死去しており、現経営体制の中に問題があるというわけではなかったので、事実の調査などは行わなかった」と述べている。J事務所は、社会が「ビジネスと人権」を重視し始めていることに気付いていなかった。 2023年3月18日、BBCは「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル(Predator: The Secret Scandal of J-Pop)」と題するドキュメンタリー番組を配信した。J氏の性加害に遭ったという男性や週刊Bの記者の証言を紹介しながら、性加害疑惑やマスメディアの報道姿勢への疑問を報じる内容であった。 (4) 被害者による性加害の申告と、報道 BBCの配信直後は、地上波や新聞などが取り上げることはなく、週刊Bやウェブメディアがその内容を報じるにとどまった。 ところが、2023年4月12日、元ジュニアの男性が日本外国特派員協会で記者会見をしてJ氏に性加害を受けた旨を訴えると、これを契機として日本の報道機関が次々にJ氏の性加害を取り上げるようになった。 J事務所はJ氏の性加害を否定しきれなくなり、同年5月14日、性加害に関する見解と今後の対応を説明する動画「故Jによる性加害問題について当社の見解と対応」を事務所サイトで公表した。 その後もNHKが「クローズアップ現代」でこの問題を取り上げ、以降、多数の特集報道がなされるようになった。 (5) 国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会 2023年7月、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の専門家が来日し、本件の関係者へのヒアリングなど調査を実施した。 同年8月4日、同作業部会が記者会見を実施し、J氏による性加害問題について「タレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれる深く憂慮すべき疑惑が明らかになった」、「政府や被害者たちと関係した企業に対策を講じる気配がなかった」などと指摘した。その上で、エンターテインメント業界を始め日本の企業が被害者救済や虐待への適切な対応をとるよう、政府に対して主体的な取組みを促した。これは「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づく要請であった。 同作業部会は、2024年6月、国連人権理事会に最終報告書を提出する予定である。 3 結語 本件はJ事務所という1つの会社の問題であるとともに、J事務所と取引をしていた多数の会社の問題でもあることが指摘されている。 上記のとおり「ビジネスと人権」の観点からは、企業は他社と取引をする際に人権デューディリジェンスを実施し、当該取引先で人権侵害が行われていないかをチェックし、問題があれば改善を求める必要がある。 今、社会は人権尊重に向けて大きく動いている。企業はこうした動きを見過ごしてはならない。各社は改めて、自社が人権尊重を重要な経営課題として受け止めることができているのか見直すべきである。 (了)
《速報解説》 福岡国税局、支配関係のある協同組合が株式会社に組織変更して合併を行った場合の欠損金額の引継制限に関する文書回答事例を公表 ~5年前の日から継続して支配関係がある場合への該当性~ 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 本稿では、福岡国税局が令和6年3月25日付(ホームページ公表は令和6年4月8日)に回答した文書回答事例「支配関係のある協同組合が株式会社に組織変更して合併を行った場合の欠損金額の引継制限について(5年前の日から継続して支配関係がある場合への該当性)」の解説を行う。 1 事前照会の前提 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 文書回答事例に掲載の図を筆者一部加工 2 事前照会の内容 組織変更により出資者の持分が出資から株式に変更している場合でも、組織変更前を含めて、A社により出資総口数又は発行済株式総数の50%超を継続して保有されている関係があるときは、A社とB社との間に5年前の日から継続して支配関係があるとして、A社の未処理欠損金額の引継制限を受けることはないという理解で問題ないかどうか。 3 根拠規定 (1) 支配関係 支配関係とは次のような関係をいう(法法2十二の七の五)。 (2) 繰越欠損金の引継制限 完全支配関係又は支配関係がある法人間の適格合併のうち、次のいずれにも該当しない適格合併については、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎが制限されている(法法57③、法令112③④)。 4 本件への当てはめ 本件合併はみなし共同事業要件を満たさない前提であるため、繰越欠損金の引継制限については、合併法人の適格合併の日の属する事業年度開始の日の5年前の日、被合併法人若しくは合併法人の設立の日のうち最も遅い日から継続して支配関係があるかどうかを判定することとなる。 A社はB社の出資を保有する関係から株式を保有する関係に変わっているため、組織変更の前後において、A社とB社との間にA社による支配関係が継続していないこととなるのかという疑義が生じる。 今回の文書回答事例では、出資者の持分が出資から株式に変更している場合でも、A社は組織変更前後において同一人格であるB社の出資総口数の50%超を組織変更まで少なくとも10年以上継続保有し、組織変更後から本件合併直前まで発行済株式総数の50%超を継続保有しているため、A社とB社との間に5年前の日から継続して支配関係があるものとして取り扱うということが明らかにされた。 なお、組織変更により、事業協同組合としては解散登記をし、株式会社として設立登記をしているが、あくまで登記の技術上の問題であり、組織変更の前後を通じて法人は同一人格を保有するものと解されるため、B社の設立があったとして、B社の設立の日から継続して支配関係がある場合に該当するとは考えないという点に留意する必要がある。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2024年4月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.563を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.134- 「骨太方針2024を睨んで始まった財政規律論争」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 政権支持率も自民党支持率も最低レベルに落ち込んでいる。しかし、野党もバラバラで政権担当能力がないことは国民も承知しており、今解散・総選挙があったとしても政権交代は考えられない。国民の信認を得られない政権では、改革は進まず、バラマキ政策が実行され、失われた30年脱却の出口まできているチャンスを逃してしまう可能性もある。 このような政治情勢の下で、自民党内で、財政規律をめぐって、古川禎久元法相を本部長とする財政健全化推進本部(財政健全派)と、西田昌司氏を本部長とする財政政策検討本部(財政積極派)とが議論を開始した。 * * * 背景には、長年わが国が財政健全の目標にして予算編成をしてきた「プライマリーバランス(基礎的財政収支、以下PB)の黒字化」が視野に入ったという事実がある。本年1月に内閣府が公表した「中長期の経済財政に関する試算」では、PBについて以下のような姿を描いている。 自然体のベースラインケースでPBのGDP比は2025年度▲0.4%となり、2026年度にゼロ近傍まで改善する。名目成長率が3%を超える成長実現ケースでは、2025年度にGDP比▲0.2%程度となり 2026年度には同0.5%の黒字になる。 資料には「これまでと同様の歳出効率化努力を継続した場合、PB黒字化は2025年度・・・が視野に入る」という文言も入っている。 財政積極派の考え方は、主に以下の通りだ。 また米国バイデン政権では、イエレン米財務長官が成長戦略として「モダン・サプライサイド・エコノミクス」(MSSE)を主張し、規制緩和や減税に替えて財政政策を重視している。 高名な経済学者であるブランシャール氏は、 金融緩和を行っても景気刺激につながらない「流動性のわな」の状態では、金融政策に替えて財政政策を重視すべきと指摘している。名目成長率(g)が名目金利(r)を上回れば、PBが赤字でも債務残高GDP比は一定値に収束するので、財政の持続可能性は維持できるというドーマー定理からPB赤字は許容でき、さらに金融緩和と積極財政を組み合わせた最近までの日本の財政政策は「一応の成功」と評価できる(オリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』日本経済新聞出版社、2023年)、としている。 一方、財政健全派は、主に以下のように考える。 利払い費は平成6年度に10兆円弱と予想され、金利が正常化すれば、この利払い費は急増する。財務省の試算では、1%の金利上昇で2年後には2兆円、3年後には3.6兆円の利払い費が必要となる。PBにはその点が反映されないので、PBが均衡するだけでは過去の借金の利払い費は賄えず、利払い費分だけ債務残高は増加していく。 必要なことは、PB黒字(税収―政策経費)を継続し、黒字分を利払い費に充てて債務残高GDP比の安定的な引下げを図ることである。PB黒字化は一里塚(プライマリー、第一歩)で、今後はこちらがより重要なメルクマールになる。 この論争は、岸田定額減税を来年度も続けるべきか、ガソリンなどの補助金を継続すべきかなどの具体的な政策とも絡んで、夏に予定されている「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」策定まで、自民党・政府部内でバトルが続く。 経済論争としてカギを握るのが、名目成長率(g)と金利(r)の関係である。各国の事例を長期にわたり観察しても、rとgの関係は多様で、ここ26年(1992年-2017年)のG7諸国の推移を見ると、rがgを上回った例が61%、わが国では77%と多数となっているが、この関係をきちんと説明する経済理論はいまだ確立されていない。 * * * 筆者は、コロナ下で弛緩しきった財政規律を元に戻すためにも、rとgは同水準で推移すると考えて、地道にPB黒字を続け、それを利払返済に充てて債務残高GDP比を安定的に引き下げていく財政目標を作ることが必要ではないかと考える。 イソップ童話の「オオカミ少年」の物語は、オオカミが来ないと安心したとたんに悲劇が訪れる、油断を戒める物語である。これが現実にならないためにも・・・。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例61】 「株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、東北地方のある県庁所在地に本社を置き、不動産の賃貸や管理等を行う株式会社X(資本金3,000万円で3月決算)に勤務しており、現在総務部長を務めております。東北地方は太平洋側の地域を中心に、10年以上前の東日本大震災で大きな被害を受け、現在も復興の過程にあるという状況です。しかし、先日の能登半島地震のように、わが国ではほかの地方においても毎年のように多大な地震の被害を受けているとの報道に接するところであり、そのたびごとにとても他人事とは思えず、微力ながら何かの足しになればと募金を行っています。東日本大震災で多大な被害を受けた地域では、不動産オーナーも多額の損失を被っており、わが社もそのような取引先の実情に応じ、寄り添うような対応が求められてきたところです。 さて、私の前職は地方銀行の支店長で、わが社には2年前に転職しております。私の現在のポストの前任者はわが社一筋のたたき上げだったようで、社長の信認は厚かったようですが、近年世間で問題となっている法令順守の意識にはやや欠ける人だったと聞き及んでおります。そのため、私が総務部長に就いてからは、前任者のコンプライアンス違反を是正する作業を続けている状態です。 そんな中、つい先日私が発見したのが、わが社の決算書類につき株主総会の承認を得ていない年度があるという驚きの事実でした。その年度につき決算と申告内容を精査したところ、本来であれば法人税法の要件を満たした有価証券評価損につき費用計上すべきであるにもかかわらず行っていないことから、決算書類を修正し臨時株主総会で当該書類について承認を得ました。次いで、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく当初申告は無効であるため、修正後の真正の決算書類に基づく法人税の申告書を再度作成し、それを税務署に提出しました。 ところがこれに対して税務署から連絡があり、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく当初申告は有効であり、当初申告において損金経理により有価証券評価損を計上していないことから、損金算入は認められない旨を告げられました。税務署の説明には納得がいかないのですが、税法上はどう考えるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上、株式の価額が著しく低下したこと等の一定の事実が生じた場合において、その株式の評価換えをして損金経理によりその帳簿価額を減額したときは、その差額につき評価換えをした日の属する事業年度の損金の額に算入することができます。本件の場合、有価証券評価損を法人が確定した決算において費用として経理しているかどうかが問題となりますが、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく法人税の当初申告は有効であることから、有価証券評価損についてはその事業年度末までに評価換えを行っておらず、損金経理要件を満たさないため、当該損失は損金には算入されないこととなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 企業会計と税務会計の関係 法人税法は、その第22条第4項において、法人の収益及び費用等の額は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるべきという旨が定められているが、これを一般に「企業会計準拠主義」という(※1)。企業会計と税務会計(租税会計)とは、そもそも意義や目的が異なるため、両者を別個のものとして制定することももちろん可能であるが、企業会計上の「利益」と法人税法(その課税所得計算を担う税務会計)上の「所得」とは共通の土台に乗った観念であることから、あえて別個に定めることは、それを企業実務において実施する上では無駄が多いといえる。そのため昭和42年の法人税法改正において、二重の手間を避ける意味で、企業会計準拠主義を採用したと一般に解されている(※2)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)355-356頁。 (※2) 金子前掲(※1)書356頁。 法人税法はその第74条第1項において、各法人は確定した決算に基づき申告書を作成し提出することを求めている(いわゆる「確定決算主義」)。また、法人税法は、一定の支出及び損失に関して、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理する「損金経理(法法2二十五)」を条件として、その金額の損金算入を認めている。法人は一般に、課税所得を減らして納付すべき法人税額を抑えたいと考えるものであるから、企業会計の費用と法人税法・税務会計の損金の概念とが異なる場合、法人税法・税務会計の経理処理を優先する傾向にあるといえる。そのため、企業会計は法人税法・税務会計の影響を強く受けるといえ、企業会計の立場からは、当該影響を法人税法・税務会計が企業会計をないがしろにするものだとばかりに「不当な介入」と捉え、逆基準性の問題が生じているとして批判する向きもある。 一般論として、企業会計と法人税法・税務会計とは目的が異なるので、両者が乖離することは避けられず、法人側が企業会計よりも法人税法・税務会計に基づく経理処理を選択することをもって「不当な介入」と批判することは筋違いといえよう。しかし、その乖離の結果、企業会計と法人税法・税務会計とが基本原則として共有する「理念」までもおろそかにするような事態が生じるのだとすれば、そうならないよう、立法や法令解釈の際に慎重に検討することが求められるだろう。例えば、費用収益対応の原則から外れ、収益(益金)とそれに対応する費用(損金)とがそれぞれ別の事業年度での計上を余儀なくされる事態などが挙げられる。 (2) 有価証券の評価損と損金経理 法人税法においては、有価証券の評価損は原則として損金に算入されないが、その価額が著しく低下したこと等の一定の事実が生じた場合において、当該有価証券の評価換えをして損金経理により帳簿価額を減額したときには、その減額した金額は損金に算入される(法法33②、法令68)。ここでいう「その価額が著しく低下したこと(法令68①二イ)」とは、通達では以下の2要件により判断するとされている(法基通9-1-7)。 上記事実が生じた場合には、有価証券の評価損が損金に算入できるのであるが、その際の要件は、評価換えをして損金経理によりその帳簿価額を減額することである(法法33②)。ここではいわゆる「損金経理要件」が付されているわけであるが、損金経理とは、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理することである(法法2二十五)。 そうなると、次は「確定した決算」とは何かが問題となる。株式会社の場合、計算書類(財務諸表)について定時株主総会の承認を受ける必要がある(会社法438②)。計算書類につき株主総会の承認を求める理由は、1つの会計事実につき複数の会計処理のいずれを適用するかといった政策的判断の余地があるからだと解されている(※3)。一般に、当該承認を得た時に、決算書類は確定したといわれ、これが確定した決算であると解されている(※4)。それでは、本件のように、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく法人税の申告書はどのように取り扱われ、果たして損金経理要件を満たしたといえるのであろうか。次項の裁判例で検討したい。 (※3) 江頭憲治郎『株式会社法(第8版)』(有斐閣・2021年)656頁。 (※4) 武田隆二『平成15年版 法人税法精説』(森山書店・2003年)39-40頁。 (3) 株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性等が争われた事例 ここでは、本件と同様に、株主総会(社員総会)の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性等が争われた事例(福岡地裁平成19年1月16日判決・訟月53巻9号2741頁、TAINSコード:Z257-10610)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、福岡税務署長が、不動産の賃貸業を営む青色申告の承認を受けた有限会社である原告に対し、原告の31期分及び32期分の法人税につき、平成16年6月29日付けで納付すべき法人税額の増額更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をそれぞれ行ったので、原告が、被告に対し、本件各更正処分等には法人税法第33条第2項(有価証券評価損の損金算入を認めなかった違法)、第130条第1項(帳簿書類を調査しなかった違法)及び同条第2項(理由付記不備の違法)に違反する違法事由があるとして、これらの取消しを求めた事案である。 原告に対する本件各更正処分等の前提となる税務調査においては、以下のような経緯をたどった。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 争点(1) 争点(2) ④ 本裁判例から学ぶこと 争点(1)では、会社法の理念はともかくとして、わが国の中小企業の実態に即した裁判所の柔軟な解釈が提示されていて興味深いところである。すなわち、「我が国の株式会社や有限会社の大部分を占める中小企業においては、株主総会又は社員総会の承認を経ることなく、代表者や会計担当者等の一部の者のみで決算が組まれ、これに基づいて申告がなされているのが実情であり、このような実情の下では、株主総会又は社員総会の承認を確定申告の効力要件とすることは実体に即応しないというべき」という判示がなされている。中小企業を顧客に持つ税理士であればこのような実態に日々接していて、裁判所の実態に即した融通無碍な解釈に共感を覚えるのではないだろうか。 会社法の文理解釈からいえば、株主総会又は社員総会の承認を経ていない決算書類は違法な状態にあり、それに基づく法人税の申告書は「確定した決算」によらないため法人税法上も無効とされる可能性があるということになろう。しかし、裁判所は中小企業の実態を踏まえて、「株主総会又は社員総会の承認を経ていない決算書類に基づいて確定申告が行われたからといって、その確定申告が無効になると解するのは相当でない」としている。仮に株主総会又は社員総会の承認を経ていない決算書類に基づく申告書を無効とした場合、世の中には(情けない話ではあるが)無効の申告書があふれかねないところである。また、承認がないとはいえ、各事業年度末において、総勘定元帳の各勘定の閉鎖後の残高を基になされた決算により作成された決算報告書に基づいて当初申告書が作成されていることから、当該当初申告書は根拠ある決算書類に基づいて作成されており、一応信用が置けるともいえる。 さらに、中小企業の実態がそうであるからといって、当初申告で評価損を計上していないのはその会社の落ち度であり、裁判所が 争点(2)で示すように、「本件各事業年度末までに有価証券の評価換えをしていないのであるから、有価証券評価損を本件各事業年度の損金に算入することはできない」とすべきであろう。当初申告を無効とし、やり直しの申告書に基づく損金経理を認めてしまうことは、やはり妥当な判断とはいえない。本件における裁判所の判断は、 争点(1) 争点(2)を通じて筋が通っているといえよう。 (4) 本件へのあてはめ 法人税法上、株式の価額が著しく低下したこと等の一定の事実が生じた場合において、その株式の評価換えをして損金経理によりその帳簿価額を減額したときは、その差額につき評価換えをした日の属する事業年度の損金の額に算入することができる。本件の場合、有価証券評価損を法人が確定した決算において費用として経理しているかどうかが問題となるが、株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく法人税の当初申告は有効であるから、有価証券評価損についてはその事業年度末までに評価換えを行っておらず、損金経理要件を満たさないため、当該損失は損金には算入されないこととなる。 (了)
租税争訟レポート 【第72回】 「消費税等更正処分等取消請求事件 (広島地方裁判所令和6年1月10日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 パチンコ店を営む原告は、平成31年1月1日から令和元年12月31日までの課税期間の消費税及び地方消費税に係る確定申告をする際、株式会社B(以下「B社」と略称する)から受け取った2億円(本件金銭)は、原告がC社(以下「C社」と略称する)との賃貸借契約を解除し、目的不動産から退去撤退することに伴い支払われた損失補償金であるとして、本件金銭を課税標準額に含めなかった。 これに対し、処分行政庁は、本件金銭は、原告の賃借人としての地位をB社に譲渡したことへの対価であり、消費税法2条1項9号の「課税資産の譲渡等」の対価の額に該当するとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(両方の処分を合わせて「本件各処分」と略称する)を行った。 本件は、原告が本件各処分の取消しを求める事案である。 【法律等の定め】 広島地方裁判所が判決で引用している法律等の定めは次のとおりである(適宜、かっこ書き等を省略している)。 1 消費税法 (1) 2条1項(定義) (2) 4条1項(課税の対象) 国内において事業者が行った資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。 (3) 28条1項(課税標準) 課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する額を含まないものとする)とする。 (4) 30条1項1号(仕入れに係る消費税額の控除) 事業者が、国内において行う課税仕入れについては、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額を控除する。 2 国税通則法65条1項(過少申告加算税) 期限内申告書が提出された場合において、更正があったときは、当該納税者に対し、その更正に基づき納付すべき税額に100分の10の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税を課する。 3 消費税法基本通達 (1) 5-1-3(資産の意義) 消費税法2条1項8号に規定する「資産」とは、取引の対象となる一切の資産をいうから、棚卸資産又は固定資産のような有形資産のほか、権利その他の無形資産が含まれることに留意する。 (2) 5-2-1(資産の譲渡の意義) 消費税法2条1項8号に規定する「資産の譲渡」とは、資産につきその同一性を保持しつつ、他人に移転させることをいう。 (3) 5-2-7(建物賃貸借契約の解除等に伴う立退料の取扱い) 建物等の賃借人が賃貸借の目的とされている建物等の契約の解除に伴い賃貸人から収受する立退料は、賃貸借の権利が消滅することに対する補償、営業上の損失又は移転等に要する実費補償などに伴い授受されるものであり、資産の譲渡等の対価に該当しない。 (注) 建物等の賃借人たる地位を賃貸人以外の第三者に譲渡し、その対価を立退料等として収受したとしても、これらは建物等の賃借権の譲渡に係る対価として受領されるものであり、資産の譲渡等の対価に該当することになるのであるから留意する。 【事実関係の経緯】 1 当事者等 2 B社の原告に対する2億円(本件金銭)の支払いに至る経緯 (1) 原告とC社との間の不動産賃貸借契約 C社は、かねてより、広島市内の土地(本件土地)をその地権者から借り受けていたところ、昭和62年7月7日、原告に対し本件土地及び同土地上に新築する建物(本件建物)をパチンコ店として賃貸する旨の契約(原契約)を原告との間で締結し、同年11月2日に本件建物を建築した。C社と原告は、本件原契約を平成14年7月29日及び平成24年7月30日に更新し、同日の更新では、賃貸借の期間を同日から起算して10年間、賃料を1ヶ月275万円(税込288万7,500円)とした。 (2) 原告とB社による協定 原告は、B社が本件土地の利用を希望したことから、原契約を解除したうえで、本件建物を撤去し本件土地から退去することとなった。そこで、原告及びB社は、平成31年4月19日付け「物件移転等に関する協定書」及び同日付け「覚書」(協定)を作成し、記載内容について協定した。協定書には、原告が原契約の合意解除を行い、B社と本件各地権者及びC社との間で新たな賃貸借契約を締結すること、B社から原告に対し、原契約解約日の確定に伴い通常生じる損失に対する補償として、協定締結時に2,000万円、不動産の引渡し時に1億8,000万円を支払うこと等が記載されている。 (3) 原告、B社及びC社による覚書 原告、B社及びC社は、令和元年8月28日付け「契約上の地位承継に関する覚書」(覚書)を作成し、その記載内容について合意した。覚書には、原告、B社及びC社は、原契約に基づく原告の契約上の地位の一切を、同年9月1日をもって、原告がB社に承継することに合意すること、原契約をB社の営業開始日をもって合意解約すること、B社とC社は、同営業開始日を始期とする事業用定期借地権(30年)を設定することを約し、同年12月27日までに事業用定期借地権設定契約を締結すること等が記載されている。 3 本件訴訟に至る経緯 (1) 原告による消費税等の申告 原告は、処分行政庁に対し、法定申告期間内である令和2年2月27日に、本件課税期間の消費税及び地方消費税につき、納付すべき消費税額を553万8,800円、納付すべき地方消費税額を156万2,200円とする納税申告を行った。 (2) 処分行政庁による処分 処分行政庁は、本件金銭は、消費税法2条1項9号の「課税資産の譲渡等」に該当するため、同金銭の税抜き金額である1億8,518万5,185円を本件課税期間の課税標準額に加算するべきであるとして、令和3年6月29日付けで、原告に対し、本件課税期間の消費税及び地方消費税につき、納付すべき消費税額を1,720万5,500円、納付すべき地方消費税額を471万300円とする本件更正処分及び過少申告加算税の額を186万6,500円とする本件賦課決定処分をした。 (3) 原告による審査請求 原告は、令和3年8月30日、本件各処分に不服があるとして、国税不服審判所長に対し、審査請求を行った。 これに対し、国税不服審判所長は、令和4年8月23日付けで、前記審査請求を棄却する旨の決定をした。 (4) 原告による訴訟の提起 原告は、令和5年2月17日、本件訴訟を提起した。 【広島地方裁判所による判決の概要】 1 争点 原告がB社から受け取った金銭が消費税法4条1項、28条1項の課税対象になるか否か、すなわち、当該金銭が同法2条1項8号の「資産の譲渡等」の対価に当たるか否か。 2 広島地方裁判所の判断 裁判所は、まず、消費税の課税について、消費税は、物品やサービスの各取引段階において付与される付加価値に着目して課税するというものであり、資産が消滅するなどして付加価値が生じない場合には課税の問題は生じないと定義したうえで、消費税法基本通達5-2-7(建物賃貸借契約の解除等に伴う立退料の取扱い)を引用して、「建物等の賃借人が賃貸借契約の解除に伴い賃貸人から授受する立退料は、賃貸借の権利が消滅することに対する補償、営業上の損失又は移転等に要する実質補償などに伴い収受されるものであり、資産の譲渡等の対価に該当しない」が、「建物等の賃借人たる地位を賃貸人以外の第三者に譲渡し、その対価を立退料等として収受したとしても、これらは建物等の賃借権の譲渡に係る対価として受領されるものであり、資産の譲渡等の対価に該当することになる」と説明した。 そのうえで、被告による本件金銭は本件原契約上の地位の移転に対する対価であるから、「資産の譲渡等」に対する対価に当たるという主張に対しては、裁判所は、原告は、本件不動産からの撤退に当たり、中古自動車販売業者のB社と協議をせざるを得なくなったが、その結果、パチンコ店の営業に係る権利等の喪失、パチンコ店舗用各種施設の撤去の費用等の損失などが生じることになったことから、その補償をB社に求めたこと、B社がこれに応じることになったため、原告とB社は、「原告は、本件原契約を解除する。B社は、C社との間で新たな賃貸借契約を締結するとともに、原告に対して本件原契約を解除して店舗の撤退をすることに伴い生じる損失補償金として2億円を支払う」ことを内容とする協定を締結したこと、B社は協定に基づいて平成31年4月19日に2,000万円を、令和元年8月29日には「協定に基づく損失補償金の支払いを求める」旨記載された請求書に応じる形で残金1億8,000万円を支払ったことが認められるとして、本件金銭は、原契約上の解約により原契約上の地位が消滅することに対する対価であるといえるとの判断を示した。 また、裁判所は、被告が主張する覚書に基づく地位承継合意について、原契約上の地位を原告からB社に移転させる旨が合意されていることは認めたものの、この合意の趣旨は、もっぱら、原告が本件不動産から撤退した(賃料を支払う理由がなくなった)後もB社が原契約の賃料を継続して支払うという法形式を採ることで、C社が賃料を得られない期間をなくすこと、及び、原告に対し原契約の早期解約に伴う解約違約金を請求しないことについて各地権者の納得を得ることを目的として、締結されたものであるといえ、B社が原契約上の地位に基づいて本件建物の使用収益をすることはおよそ予定されていなかったといえるとの判断を示した。 さらに、覚書には、新たに賃借人となるB社が賃貸人のC社に支払う賃料に関する記載はあるが、賃借人の地位承継に伴いB社が原告に支払う金員に関する記載あるいは協定に基づき支払われる2億円を覚書合意に基づき支払われる2億円に振り替える等の記載はなく、協定に基づき2億円が支払われたことを裏付ける証拠はあるのに対し、覚書合意に基づきB社が原告に何らかの金員を支払ったことを裏付ける証拠はないことから、本件金銭を覚書合意に基づく本件原契約上の地位の譲渡に対する対価ということはできないと結論づけて、被告の主張は採用できないと断じた。 【解説】 消費税法基本通達5-2-7を素直に読めば、「立退料の収受は消費税の課税の対象とならない」という原則が導かれるはずである。本件では、B社から、原告に発生するパチンコ店の閉店や事業用資産の廃却に伴う損失に対する補償金として支払われた2億円が、その支払いに関する協定とは別に、B社が原告の地位を承継するという覚書が締結されていたため、原処分庁が、更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分を行ったものである。 しかし、裁判所が指摘したように、B社が原告の地位を承継するにあたり対価を支払うという定めは、覚書には存在しない。 1 被告の主張 裁判で、被告は、原告が本件不動産において経営しているパチンコ店から撤退し、B社が本件土地に新店舗を出店するという目的を達成するために最終的に選択された法形式は、協定に基づく原契約の合意解除ではなく、覚書合意に基づく原契約上の地位の移転であり、このことは、覚書合意の経緯及び覚書の記載内容から明らかであり、また、新店舗開店に伴い、同社が原告から承継した原契約がB社とC社との間で合意解除された等の覚書合意の履行状況を踏まえると、本件覚書合意がされた時点では、原告とC社との間で原契約が合意解除されておらず、原契約が消滅していなかったことは明らかであると主張した。 さらに、この主張を裏付ける事実として、B社の管理本部長が、本件金銭は本件原契約上の地位をB社が承継することの対価であると認識していたとして、原告は、原契約上の賃借人の地位の同一性を保持しつつこれを第三者であるB社に譲渡し、その対価として本件金銭を受領したものと認められることから、本件金銭は「資産の譲渡等」の対価であると主張をまとめた。 判決文では触れられていないが、被告は、原告が、消費税課税を回避するために、協定に基づく原契約の合意解除という法形式を採用したが、その実質は、原告の原契約上の賃借人の地位の同一性を保持しつつこれを第三者であるB社に譲渡し、その対価として本件金銭を受領したものであり、資産の譲渡等の対価であると主張しているようである。しかし、裁判所は、上記のとおり、その主張を一蹴しており、国・処分行政庁側もその判決に異議を唱えることなく、控訴しなかった。 2 国税不服審判所による裁決の要旨 国税不服審判所の「裁決要旨検索システム」で、令和4年8月23日付けの裁決を検索したところ、本件訴訟の原告が審査請求をしたと考えられる、以下のような裁決要旨が掲載されている。 国税不服審判所は、協定によって、賃貸借契約の合意解除などの請求人(原告)が行うべき各行為と、それら請求人(原告)の行為の履行に対して当該第三者(B社)が支払うべき対価として本件金員を定めたものと認めるのが相当であるとの判断を示しているわけであるが、審査請求人及び原処分庁が主張している消費税法基本通達5-2-7の適用関係には一切触れず、契約の合意解除を「役務の提供」と解釈して、B社がその対価を支払ったものであるとの裁決をしたことには、本判決における事実認定からは、かなり違和感のある、又は無理のある結論であると言えるだろう。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q88】 「特定口座で管理する上場株式等の発行法人が清算した場合の損失の取扱い」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 上場株式等の無価値化損失の特例 (1) 上場株式等の含み損に関する取扱い 上場株式等の価値は株式市場における取引価格の変動に伴って日々変動します。所得税法上、株式等の含み損益が課税所得に含まれることはなく、実際に譲渡した場合に課税が生じる(譲渡損が生じた場合は譲渡益と損益通算される)ことになります。 したがって、保有する株式の発行法人の財務状況が悪化し、上場廃止等の事由が生じた場合であっても、原則として、課税される所得金額に影響を与えることはありません。 しかしながら、一般の個人投資家が株式市場の情報を網羅的に把握し、上場廃止等の前に譲渡することは必ずしも容易ではなく、また、株式投資を促進する環境整備という政策的要請から特例的な措置が講じられています。 具体的には、特定口座で管理されていた上場株式が、上場廃止後引き続き証券業者等に保管の委託がされ、その後、その発行法人の清算結了等により価値を失ったことによる損失(無価値化損失)が生じた場合には、これを株式等の譲渡損失とみなすこととされています。 (2) 特例適用のための要件 特定管理株式等又は特定口座内公社債について株式又は公社債としての価値を失ったことによる損失が生じた場合とされる一定の事実が発生したときは、その事実を証明する書類とともに計算明細書を添付した確定申告書を提出することで、その損失の金額は上場株式等を譲渡したことにより生じた損失の金額とみなされます。 この「特定管理株式等」とは、特定口座で管理していた上場株式等のうち内国法人が発行した株式又は公社債が上場廃止になり、その後、特定管理口座に係る振替口座簿に記載若しくは記録がされ、又は特定管理口座において保管の委託がされているものとされています。また、「特定口座内公社債」とは、特定口座で管理されている内国法人が発行した公社債をいうこととされています。 この特定管理口座での管理要件は、株主や社債権者が取得価額の真正性を確認できるよう適正な執行のための担保が必要であることを踏まえたものと解されます。 また、NISA口座で管理されていた上場株式等は、そもそも譲渡損失はないものとみなされることとのバランスを考慮し、監理銘柄等に指定された後に上場廃止に伴い特定口座へ移管されたものだとしても特定管理口座へ移管できないこととされているため、特定管理株式等には含まれません。 なお、特定管理口座を開設する場合は、特定管理口座開設届出書を、特定口座を設定している証券会社等に、上述の株式等を最初に特定管理口座に受け入れる時までに提出しなければならないこととされています。 (3) 価値を失ったことによる損失が生じたものとされる場合 特定管理株式等である株式について次のいずれかの事実が発生した場合には、株式としての価値を失ったことによる損失が生じたものとされます。 また、特定管理株式等である公社債又は特定口座内公社債については、次のいずれかの事実が発生した場合に、公社債としての価値を失ったことによる損失が生じたものとされます。 2 本件へのあてはめ A社が内国法人であり、かつ、A株式を特定口座で管理している場合には、これを特定管理口座へ移管することによって、損失の額を譲渡損失として取り扱う特例を適用できる可能性があります。 特定管理口座へ移管した後に、A社について、清算結了、破産手続き、更生計画の認可や再生計画の認可等の事実が生じた場合には、その事実を証明する書類とともに計算明細書を添付した確定申告書を提出することにより、A株式に係る損失の額を譲渡損失として取り扱うことが可能と考えられます。 なお、A株式を一般口座で保有する場合や、A社が外国法人である場合などは、この特例の対象外となりますので注意が必要です。 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第16回】 「所得税法上の「非居住者」の該非」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 大阪国税不服審判所平成29年1月23日裁決(TAINSコード:F0-1-763) (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 「居住者」の法令解釈 居住者とは国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう旨規定しているところ、ここでいう住所は、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である。 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥 2 法令解釈の出所 上記1(3)の法令解釈は、最高裁判所第二小法廷平成23年2月18日判決によるが、同(4)における「総合的に考察」の書きぶりを見ても、事実関係の諸要素の何が決め手になっているのかが判然とせず、今後の事例における指針になりづらいところはある。 この点、所得税法施行令第14条によると、住所推定の判断要素として ❶期間、❷住居、❸職業、❹国籍、❺生計を一にする親族の有無、❻資産の所在等を読み取ることができ、これらを総合勘案することになるだろうが、このうち、❶については日数という客観的な数字として顕れやすく、この要素を全く考慮することなく住所を推定することはまず考えづらい。 3 本件における当てはめ (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第39回】 「税務行政執行共助条約の適用関係」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 我が国が税務行政執行共助条約に基づく財産の保全共助の要請を受けた場合、対象者は、共助対象租税債権の不存在を我が国当局に主張できるのでしょうか。 〔A〕 税務行政執行共助条約の適用を要請する国において、保全共助対象外国租税の存在及び税額を確定する課税処分等がされている場合には、我が国の裁判所において、同外国租税の存在及び額につき、当該課税処分等と矛盾した判断をすることは想定されていないという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 税務行政執行共助条約について (1) 導入の経緯 経済取引のグローバル化が進展し、国境を越える取引が恒常的に行われるようになる一方で、外国に所在する財産から自国の租税債権の徴収を図ろうとしても、外国の主権(執行管轄権)との関係で制約を受けることから、諸外国においては、租税条約に基づき互いの国の租税債権を徴収する枠組みが整備されてきたところ、我が国も、平成23年(2011年)11月、G20カンヌサミットにおいて、欧州評議会・経済協力開発機構(OECD)の加盟国を中心とする租税条約である税務行政執行共助条約及び改正議定書に署名し、同条約は、平成25年(2013年)10月1日、所定の手続きを経て我が国について効力を生じた。 同時に平成24年度税制改正により、税務行政執行共助条約の国内担保法である租税条約等実施特例法(実特法)の規定が整備された。 (2) 税務行政執行共助条約の概要 税務行政執行共助条約(本条約)は、国際的な脱税及び租税回避行為に適切に対処するため、本条約の締結国間で以下の行政支援を相互に行うための多数国間条約である。 我が国において共助対象外国租税となり得る租税(※1)は、原則として、本条約が効力を生じた年の翌年の1月1日(平成26年1月1日)以後に開始する課税期間又は課税期間がない場合には同日以後に課される租税である(本条約28条6項)。 (※1) 対象となる税目は、関税を除くすべての租税である。 もっとも、要請国の刑事法に基づいて訴追されるべき故意による行為に係る租税事件(要訴追故意事案(※2))の対象とされた租税であれば、例外的に上記の日より前に開始する課税期間又は同日前に課される租税であっても、我が国において本条約に基づく共助対象とすることができる(本条約28条7項)。 (※2) 要訴追故意事案の意義について、本稿で取り上げる事例のXによる別訴判決(東京地裁令和5年3月19日 損害賠償請求事件)では、「刑事訴追される責任を負うことに徴表される悪質かつ重大な租税事件を意味する」とされている。 本条約に基づく共助には、以下の①~③がある。 ① 情報交換共助 締約国間において、租税情報を相互に交換することができる(本条約4条)。情報交換規定は国際標準に沿ったものとし、銀行機密に関する情報の交換も可能となる。情報交換の形態には(ⅰ)個別的情報交換(同5条)、(ⅱ)自動的情報交換(同6条)、及び(ⅲ)自発的情報交換(同7条)がある。 ② 徴収における共助 徴収における共助には、徴収共助と保全共助がある、前者は、被要請国において、要請国のために、共助対象外国租税債権を自国の租税債権を徴収する場合と同様に徴収するため、必要な措置をとることを内容とする(本条約11条)。 後者は、被要請国において、要請国のために、共助対象外国租税債権について争いがあるとき又は共助対象外国租税債権が執行許可文書の対象となっていないときであっても、共助対象外国租税債権の徴収のために共助対象者の財産について保全の措置(※3)をとることを内容とする(本条約12条)。 (※3) 保全措置の意義について、前掲(※2)の別訴判決は、「租税債権の徴収に充てるために、対象者が被要請国において所有する財産の処分、隠匿等を暫定的に禁止し、もって当該租税債権の確実かつ迅速な徴収を図ることにある」と述べている。 ③ 送達共助 送達共助とは、被要請国において、要請国のために、要請国から発出される文書であって、共助対象外国租税に関するものを名宛人に送達することを内容とする(本条約17条)。 ④ 本条約のその他の規定 多国間での同時調査や合同調査を行うことができる。また、締約国の代表からなる調整機関を設置し、本条約の履行を監視することができる。なお、本条約により収集された情報が重大な金融犯罪に関連する場合には、一定の手続によりそのために使用されることがある。 (3) 本条約による国際的ネットワークの状況 我が国との間で徴収共助の要請ができるのは、令和5年10月1日現在、80の国と地域となっており、同日現在、累積要請件数は98件とのことである(※4)。 (※4) 財務省HP『ファイナンス』令和5年11月号5頁 以下では、本条約適用の是非が争われた最近の事例を取り上げる。 2 最近の裁判例 《東京地裁令和4年11月30日判決 (令和4年(行ウ)第124号)》(※5) (※5) 東京高裁令和5年7月19日判決により控訴棄却、確定 (1) 事案の概要 我が国国税庁は、韓国の国税庁から、韓国の国税滞納者に係る第二次納税義務者(※6)として指定された原告Xについて、本条約に基づく徴収のための財産の保全の共助の要請を受けたため、国税局長は保全共助要請の対象となる外国租税について、保全共助を実施する決定を行い、Xが我が国の銀行に有する外貨普通預金の払戻請求権(本件保全差押債権)の差押えをした上でその取立てを行い、取り立てた金銭を法務局に供託した。本件は、Xが保全共助実施決定に係る通知書等の送達が違法であると主張して各処分の取消しを求めた事案である。 (※6) 我が国同様、納税者からその租税を徴収できない場合に、その納税者に関連する特定の第三者に補充的に納税義務を負わせる制度と解される。 Xはケイマン諸島で設立された法人であり、AはXの元代表者で韓国、日本及び香港で海運業に携わっていた者である。Aは、平成23年(2011年)、韓国において、特定経済犯罪加重処罰等に関する法律違反の嫌疑を受け、そのうち、租税ほ脱の嫌疑については、平成18年(2006年)及び平成20年(2008年)の各課税期間の租税ほ脱に係る部分を除き、有罪判決を受けた(平成28年(2016年)2月18日に確定)。 その後、韓国の国税庁は、令和2年(2020年)6月4日、我が国の国税庁に対し、Xが令和元年(2019年)5月19日時点で滞納していた韓国の所得税のうち、有罪確定ほ脱租税である平成19年(2007年)分のAの韓国における所得税を保全共助対象外国租税とする保全共助要請書を送付した。同要請を受理した我が国国税庁は、同月30日付で、保全共助実施決定を行い、Xに対し同決定を通知しようとしたところ、送達困難事情が認められた(※7)ため、公示送達することとし、同公示送達書は、令和2年7月1日から同月8日までの間、H国税局の掲示場に掲示された。H国税局長は、令和2年7月15日、保全共助対象外国租税を徴収するための財産の保全として、XがG銀行に有する本件保全差押債権の保全差押処分を行い、同日付で、本件保全差押債権を取り立てた。 (※7) 判決文によれば、我が国からケイマン諸島に宛てた国際郵便については、新型コロナウイルスの国際的な感染拡大の影響により、令和2年4月2日から同年10月8日までの間、ケイマン諸島宛て国際郵便の一時引受停止措置がされていたとのことである。 (2) 争点及びXの主張 本件の争点は多岐に渡るが、本稿では次の2つに絞って検討する。 ① 争点2:本件保全共助対象外国租税は、我が国において本条約の適用のある課税期間に課される租税であるといえるか Xは、本条約28条7項の定める要訴追故意事案(上記1(2)参照)は、現在訴追されている事案又は将来の訴追が予定されている事案のみを意味し、追訴されてすでに確定判決を経ており、再び追訴を受けることにない事案はこれに含まれないため、既に確定外国判決を経ている外国訴追事案に係る租税である本件保全共助対象外国租税は、要訴追故意事案に係る租税には該当しないと主張した(※8)。 (※8) Xは本条約28条7項そのものが、遡及処罰の禁止を定める憲法39条前段に違反し無効であるとも主張したが、本稿では省略。 ② 争点3:本件保全共助対象外国租税の不存在を理由として、各処分は違法となるか Xは、(ⅰ)本件保全共助対象外国租税は、滞納外国租税の一部についての第二次納税義務に係る租税であり、同滞納外国租税には確定外国判決において存在していないことが確定した部分が含まれている(筆者注:平成19年分の所得税額のうち、租税ほ脱として有罪判決を受けた以外の部分を指すと思われる)し、その余の部分も納付により消滅している、(ⅱ)実際に韓国の国税庁から法定の期間内に第二次納税義務者としての指定を受けたこともないことから、保全共助対象外国租税は、各処分の時点において存在していなかったと主張した。 (3) 裁判所の判断 ① 争点2について 東京地裁は、本件保全共助対象外国租税は、本条約が原則的に適用される課税期間(平成26年1月1日以降)より前の課税期間に課される租税であることを認めつつも、保全共助要請書につき、「確定外国判決においては、平成19年(2007年)の課税期間の租税について、Aが違法な租税ほ脱をした旨の認定がされていること、本件共助要請書の記載については、韓国の国税庁によって、その内容が正しいものである旨の宣言がされていることなどからすれば、本件外国訴追事案は要訴追故意事案(本条約28条7項)に該当する」と判断した。 また、Xの、要訴追故意事案には、過去に訴追されて既に確定判決を経ている租税事案は含まれないという主張に対し、東京地裁は、本条約の原文(※9)を示し、その「文言からは、過去に刑事訴追を受けて既に確定判決を経た租税事件を要訴追故意事案から除外すべき根拠を見出すことはできない」と判示し、さらに、「かえって、原告の解釈によれば、有罪の確定判決を経ておらず、将来、無罪となる可能性がないとはいえない租税事案に係る租税債権を共助の対象とする一方で、有罪の確定判決を経た租税事案に係る租税債権を共助の対象とすることができないことになるところ、かかる帰結は不合理であるといわざるを得ない」とし、Xの主張は、独自の見解であって採用することができないとした。 (※9) 「要訴追故意事案」の原文、“Intentional conduct which is liable to prosecution under the criminal laws of the applicant party”を指す。 ② 争点3について 東京地裁は、本条約23条2項が、「この条約につき要請国が採った措置、特に、徴収の分野に関連して、共助対象外国租税の存在若しくは額又はその執行許可文書に関して採られた措置(中略)についての争訟の手続は、要請国の適当な機関にのみ提起することができる旨を定めている(下線筆者)」とし、「関係規定の構造に照らすと、要請国である韓国において、本件保全共助対象外国租税の存在及び税額を確定する課税処分等がされている場合には、我が国の裁判所において、本件保全共助対象外国租税の存在及び額につき、当該課税処分等と矛盾した判断をすることは想定されていないというべきであるから、本件訴えにおいて、本件保全共助対象外国租税の不存在は本件各処分の違法性を基礎付ける事情にはならない」とし、「本件共助要請書には、本件滞納外国租税及びこれについてのXに対する第二次納税義務について、韓国の国税庁による課税処分等がされている旨の記載があるところ、同記載の内容が正しい旨の同国税庁の宣言がある一方で、同記載が客観的事実に反することをうかがわせる的確な証拠はないから、韓国において、本件保全共助対象外国租税の存在及び税額を確定する課税処分等はされているものと認められる」と判示した。 3 検討 本件は、税務行政執行共助条約適用前の外国訴追事案について、同条約の適用を認めた初めての事案である。また、本条約の適用を要請する国において、保全共助対象外国租税の存在及び税額を確定する課税処分等がされている場合には、我が国の裁判所において、同外国租税の存在及び額につき、当該課税処分等と矛盾した判断をすることは想定されていないことを示した点に本判決の意義があるといえよう。 (了)
◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第1回】 「負ののれん発生益のキャッシュ・フロー計算書上の処理」 公認会計士 石王丸 周夫 ◇◆◇連載開始にあたって◇◆◇ 決算短信の訂正事例はある意味教材です。 決算短信は速報性を重視した決算開示書類なので、時折間違っていることがあります。この連載でスポットを当てるのはまさにその訂正事例です。 決算短信の誤記載には、単純な入力ミスもあれば、会計処理のミスもあります。もちろん、そのいずれでもないケースもあり、誤記載の原因はさまざまですが、他社で間違いが起きた箇所は自社でも間違う可能性がありそうです。 そこで本連載では、訂正事例から1つでも2つでも知識を得て、実務力のアップにつなげていくことができるよう、間違いやすいポイントを解説していきたいと思います。 * * * キャッシュ・フロー計算書。これが苦手だという人が結構います。 苦手意識を持っていると、作成したキャッシュ・フロー計算書が本当にあっているのかどうか気になってしまうものです。しかし、間違いやすい箇所がどこなのかを知っていれば、その心配も軽くなります。 では、どんなところで間違いが起きているのでしょうか。他社で間違いが起きた箇所に焦点を絞って学んでいきましょう。 訂正事例の概要 連結キャッシュ・フロー計算書の営業活動によるキャッシュ・フローにおいて、「負ののれん発生益」をマイナス計上し忘れたという決算短信の訂正事例があります。 この事例では、同時に、投資活動によるキャッシュ・フローの「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による支出」をその分多く(マイナス項目なので、その絶対値が多いという意味)計上していました。 しかしそう言われても、そもそも本来どう処理すべきかがわからないという読者の方もいるでしょう。実際、「負ののれん発生益」や「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による支出」は、頻繁に目にする項目ではありません。 まずはイメージをつかむために、連結キャッシュ・フロー計算書のフォームで確認してみましょう。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示(以降同様)) 黄色いマーカー部分の2箇所が間違っていました。そして、これら2箇所のほかに、営業活動によるキャッシュ・フローの計と投資活動によるキャッシュ・フローの計が訂正となり、さらに、決算短信の「サマリー情報」と「経営成績等の概況」で引用したこれらの数値についても連動して訂正を行っています。 以下では、これら2箇所について順に説明します。 負ののれん発生益とは まず「負ののれん発生益」です。これは連結損益計算書の特別利益に計上される科目です。訂正事例の決算短信の連結損益計算書にも計上されています。 〈連結損益計算書のイメージ〉 「負ののれん発生益」は、会社が他の会社の株式を取得して子会社化する際に、連結財務諸表において発生することがある科目です。株式の取得価額が、他の会社の時価純資産額のうち取得した持分に相当する額を下回った場合のその差額として求められます。連結手続では投資と資本の消去を行う際に計上されます。連結損益計算書上の区分は特別利益です。 キャッシュの動きとの関係でみると、「負ののれん発生益」は、計算上の差額部分のことなので、キャッシュの動きはなく、非資金項目です。 正しい処理 非資金項目である「負ののれん発生益」は、利益には違いありませんがキャッシュの増加を伴いません。連結キャッシュ・フロー計算書上はこのことを意識して処理します。 連結キャッシュ・フロー計算書の営業活動によるキャッシュ・フローは、税金等調整前当期純損益からスタートします。税金等調整前当期純損益は連結損益計算書で算定された利益であり、そこには特別利益に計上された「負ののれん発生益」も織り込まれています。 しかしながら、「負ののれん発生益」は非資金項目なのでキャッシュを伴うものではなく、キャッシュの算定を目的とする連結キャッシュ・フロー計算書では除外する必要があります。したがって、次のように、営業活動によるキャッシュ・フローからマイナスするのが正しい処理です。 〈連結キャッシュ・フロー計算書のイメージ〉 一方、投資活動によるキャッシュ・フローでは、他の会社の株式を取得して連結子会社化した際に、次のような処理が必要となります。 (会計制度委員会報告第8号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」46項) すなわち、下記(イ)の額から(ウ)の額を控除した額(エ)を、「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による支出」にマイナス計上します。 〈取得のための支出の算定方法〉 訂正事例では、(エ)の額に「負ののれん発生益」(ア)を加えてしまっていたようです。 開示前のチェックポイント 以上の知識を前提に連結キャッシュ・フロー計算書を作成することになりますが、正しく作成できたことを開示前にチェックすることも必要です。 「負ののれん発生益」が連結損益計算書に計上されている場合は、連結キャッシュ・フロー計算書の営業活動によるキャッシュ・フローに「負ののれん発生益」が計上されており、金額が一致している(連結キャッシュ・フロー計算書では△が付されます)ことを確かめます。 《チェックポイント》 (了)