基礎から身につく組織再編税制 【第59回】 「適格株式交換(共同事業)」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、共同事業を行うための適格株式交換の要件について解説します。 1 共同事業を行うための適格株式交換の要件 共同事業を行うための適格株式交換の要件は次の7つです。 2 金銭等不交付要件 「金銭等不交付要件」とは、株式交換完全子法人の株主に株式交換完全親法人株式以外の資産が交付されないことをいいます(法法2十二の十七)。 ただし、下記の①から④を交付しても金銭等不交付要件には抵触しません。 (※) ①~④の詳細は本連載の【第57回】を参照。 3 従業者継続要件 (1) 従業者継続要件とは 「従業者継続要件」とは、株式交換直前の株式交換完全子法人の従業者のうち、その総数のおおむね80%以上に相当する数の者が株式交換後に株式交換完全子法人の業務((2)参照)に引き続き従事することが見込まれていることをいいます(法令4の3⑳三)。 (2) 株式交換完全子法人の業務について 前回解説した「支配関係がある場合の適格要件」と同様に、株式交換完全子法人との間に完全支配関係がある法人の業務と株式交換後の次に行われる適格合併等に係る合併法人等の業務も株式交換完全子法人の業務に含まれます。 4 事業継続要件 「事業継続要件」とは、株式交換完全子法人の株式交換前に行う主要な事業が株式交換後に株式交換完全子法人において引き続き行われることが見込まれていることをいいます(法令4の3⑳四)。 前回解説した「支配関係がある場合の適格要件」と同様に、株式交換完全子法人との間に完全支配関係がある法人と株式交換後の適格合併等に係る合併法人等において、株式交換完全子法人の株式交換前に行う主要な事業が引き続き行われることが見込まれる場合も含まれます。 5 事業関連性要件 (1) 事業関連性要件とは 「事業関連性要件」とは、株式交換完全子法人の株式交換前に行う主要な事業のうちのいずれかの事業(子法人事業)と株式交換完全親法人の株式交換前に行ういずれかの事業(親法人事業)とが相互に関連するもの((3)参照)であることをいいます(法令4の3⑳一)。 (2) 「事業」とは 事業関連性要件における「事業」とは、固定施設を有していること、従業者を有していること、売上が生じていることという3つの要件を満たすものをいいます(法規3①一)。 (3) 「相互に関連する」とは 事業関連性要件における「相互に関連する」というのは、次のような場合をいいます(法規3①二・②・③)。 6 事業規模要件又は経営参画要件 冒頭述べたとおり、共同事業を行うための適格株式交換の要件として、事業規模要件又は経営参画要件のいずれかを満たすことが求められています(法令4の3⑳二)。 (1) 事業規模要件 「事業規模要件」とは、株式交換完全子法人の子法人事業と株式交換完全親法人の親法人事業(子法人事業と関連する事業に限ります)のそれぞれの売上金額、従業者の数若しくはこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないことをいいます。共同事業を行うための適格合併の要件と異なり、資本金による規模の判定はできませんのでご留意ください。 事業規模要件は、規模があまりに異なる株式交換は共同で事業を行うものとは認められないという趣旨により設けられたもので、事業の規模の割合がおおむね5倍を超えないかどうかは、いずれか1つの指標が要件を満たすかどうかにより判定します(法基通1-4-6(注))。 (例) (2) 経営参画要件 ① 経営参画要件とは 「経営参画要件」とは、株式交換前の株式交換完全子法人の特定役員(②参照)の全てが株式交換に伴って退任するものでないことをいいます。 事業規模要件を満たさない場合でも、株式交換完全子法人の経営陣が退任せずに、株式交換後においても経営参画しているものは共同で事業を行うものとして認めるという趣旨により設けられています。 ② 特定役員とは 「特定役員」とは社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者(③参照)で法人の経営に従事している者をいいます。 ③ 「これらに準ずる者」とは 「これらに準ずる者」とは、役員又は役員以外の者で、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役又は常務取締役と同等に法人の経営の中枢に参画している者をいいます(法基通1-4-7)。 7 株式継続保有要件 (1) 株式継続保有要件 「株式継続保有要件」は、株式交換により交付される株式交換完全親法人株式又は株式交換完全支配親法人株式のいずれか一方の株式(議決権のないものを除きます)のうち、支配株主((2)参照)に交付されるものの全部が支配株主により継続して保有されることが見込まれていることをいいます(法令4の3⑳五)。 (2) 支配株主とは 株式継続保有要件における「支配株主」とは、株式交換の直前に株式交換完全子法人の発行済株式の50%超を保有する株主をいいます。 下図の株主Aは、支配株主に該当するため、対価(株式交換完全親法人株式)を継続保有することが求められます。 8 完全支配関係継続要件 完全支配関係継続要件は、株式交換後に株式交換完全親法人と株式交換完全子法人の間に株式交換完全親法人による完全支配関係が継続することが見込まれていることをいいます(法令4の3⑳六)。 ◆共同事業を行うための適格株式交換の要件のポイント◆ 金銭等不交付要件において、原則として株式交換完全親法人株式以外の対価を交付しないことが求められています。 株式交換完全子法人の株式交換直前の従業者の総数のおおむね80%以上に相当する者が引き続き株式交換完全子法人の業務に従事することが見込まれるかを確認します。 株式交換完全子法人の主要な事業が株式交換後に株式交換完全子法人において引き続き営まれることが見込まれるかを確認します。 事業関連性の判定において、株式交換完全子法人側は株式交換前の主要な事業に限定されていますが、株式交換完全親法人の事業は限定されていません。 事業規模要件については、事業関連性要件の判定において関連性があるとした事業により判定します。 経営参画要件については、単なる役員ではなく特定役員が退任しない必要があります。 支配株主がいる場合のみ、株式継続保有要件の判定を行います。 株式交換後には株式交換によって生じた株式交換完全親法人による完全支配関係が継続することが求められます。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第33回】 「移転価格税制と住民訴訟(地判平7.3.6、高判平8.3.28)(その2)」 ~旧日米租税条約11条、25条1項、租税条約実施特例法7条、8条、国税通則法23条2項3号、同施行令6条1項4号~ 税理士 中野 洋 5 Xの主張 本件地方税還付は、本件日米合意に端を発する手続きの流れによってもたらされた(前回図解参照)。Xは、この流れを遮断すべく、まず(1)Zらに相互協議を申し立てる権利がなかったとし、次いで(2)合意後の国税の減額更正処分の手続きに、さらに(3)国税に連動する地方税の減額更正手続きに、各々瑕疵があると主張した。 (1) 本件日米合意の租税条約適合性 第一審におけるXの主張は「日米条約11条1項は、条約締約国の一方が移転価格税制を適用できるとしているが、その場合に相手国が対応的調整を行う旨の規定を排除しているから、我が国の税務当局が内国法人に対し対応的調整を行わず当初の課税処分を維持しても、日米条約25条1項・・・に規定されている『この条約に適合しない課税』とはいえず」したがって、Zらは「日米条約25条1項の申立をする権利を有しない」というものである。 Zらに相互協議の申立権がなければ、本件日米合意は違法・無効ということになる。日米条約11条にはモデル条約9条2項のような対応的調整の規定がないことから、対応的調整に関する協議は、同25条1項の申立による協議ではなく、納税者の申立を契機としない同条2項の協議に基づく合意であるとした。 (2) 本件国税処分の適法性 対応的調整に関する国内手続き規定である特例法7条は、昭和61年(1986年)4月1日から施行されたことから、対応的調整として減額更正処分ができるのは、同61年(1986年)度以降の所得のみである。 (3) 本件更正処分の違法性 日米条約上の政府間協議の結果によって地方公共団体が影響を受ける場合には、あらかじめ大蔵大臣が自治大臣と協議をし、また自治大臣は関係地方公共団体の意見を聞くべきことが特例法8条に定められているが、本件においては、この手続きがされていない。 6 判示(第一審) (1) 本件日米合意の租税条約適合性 概ね、以下の2つの視点に区分することができる。いずれも日米条約25条による協議の申立が認められるかどうかに帰着する。 ① 日米条約25条1項と2項の区分について 日米条約25条1項を個別事案協議、同条2項を解釈適用協議と定義した上で「解釈適用協議については、個別事案協議の場合と異なり、関係者に協議申立権は認められていないが、関係者が自己に関する事案が重要な解釈適用問題を含んでいるとして陳情の意味で事実上の申立をすることは可能であり、それが協議の必要がある問題であれば権限のある当局は協議を開始することになる」と判示した。さらに、同条1項及び2項の規定が「相互に関連することが明らかである以上、25条1項又は2項のいずれによる申立も可能であるとみて差し支えない」とする金子教授の見解を採用している。 ② 適合しない課税の対象について この点について、判示は、「適合しない課税」について広く解することで、Zらの申立を可能とした。曰く「租税条約に移転価格課税に相当する規定と相互協議に関する条項が規定されていれば、右条約は、移転価格税制に伴う経済的二重課税をも相互協議の対象としているものと解するのが相当であり、日米条約にこの条項(25条)がある以上、同条約においては当然経済的二重課税に対しても相互協議の申立をし得ると解すべきである」(下線筆者)。さらに、「日米条約11条に対応的調整の規定がないとしても、同条約25条により、対応的調整をすることが可能」と判示した。 (2) 本件国税処分の適法性 「日米における対応的調整の法的根拠は日米条約25条に求めることができ、特例法7条が存在しなくとも、対応的調整を行うことは可能であり、右7条は、このことを明確にした規定であると解し得るから、同条の施行が昭和61年4月1日からであるからといって、それ以前の分に対する対応的調整ができないというものでないことは明らかである」(下線筆者)として、特例法7条が確認的規定である点を述べた上で、施行日以前に遡って対応的調整ができるとした。 さらに、日米条約25条4項では、権限ある当局間で合意が成立した場合、その合意に従って租税の還付を行うことができる旨を規定していること、国通法71条2号、国通令6条1項4号では、権限ある当局間の協議による合意が行われたときは、一般的な更正の期間制限が適用されないことなどを述べ、施行日以前の対応的調整を違法無効とするXらの主張に理由がないとした。 (3) 本件更正処分の違法性 特例法8条所定の協議等が行われていない点について「日米条約1条は、同条約の対象に・・・地方税をこれに含めていないこと」を述べ、さらに「特例法8条の『協議又は合意の内容が地方公共団体が課する租税に係るものであるとき』」にいう、「~に係るもの」の意味については「単に右条約に基づく協議等が地方税にかかわりがあるというだけではなく、地方税が直接その協議等の対象となるときに限り必要なものであると解するのが相当」として、自治大臣との協議等は必要でないとした。 7 判示(控訴審) (1) 本件日米合意の租税条約適合性 ◎適合しない課税の対象について 控訴審でも第一審と同様に広く解している。曰く「日米条約が、国際間の二重課税の回避を主たる目的として締結されたことを考えると、移転価格税制の規定を設けながら、その適用によって他方当事国の関連者に生ずる国際的、経済的二重課税の問題について、これを放置していたと解するのは常識的でなく、対応的措置については25条の協議に委ね、合意が可能な限りにおいて、経済的二重課税の回避を図ろうとしているものと解するのが相当である」(下線筆者)と述べる。この判示でも、何に適合しないことが25条の協議の申立事由になるのかについて、「目的」や「常識」という抽象的な基準により、適合しない課税を条約に求めている。 しかしながら、控訴審では「モデル条約9条2項に相当する条項がない場合であっても、第1項に相当する条項の存在は、経済的二重課税を条約の対象に含めようとする締約国の意図を示している。従って、移転価格の調整によって生ずる経済的二重課税は、少なくとも租税条約の精神に反するものであることから、モデル条約第25条第1項及び第2項の相互協議手続の対象となり得る」(下線筆者)というOECD租税委員会の昭和59年の報告書を引用している点で、第一審より理由付けができている。 (2) 本件国税処分の適法性 第一審とは異なり、国内において対応的調整手続きを行うには、特例法7条の規定が必要であるとした。ただし、判示は対応的調整の定義について混同している。国内における対応的調整の手続きは相互協議による合意に基づき行われるが、対応的調整に関する国内手続規定の存在が相互協議による合意の前提になるという認識に立っている。曰く、「仮に我が国が対応的措置について合意するためには、特例法7条の規定を要するとの考え方に立ったとしても、同条は昭和61年4月1日から施行されたのであるから、同日以降に合意に達した本件日米合意が、同条に基づく合意であることは明らかであり、また、同条には、対応的調整を遡ってなしうる期間についてはなんらの制限も設けていないから、Z1について昭和51年3月期、Z2について昭和54年3月期に遡って対応的調整に合意したからといって、なんら国内法上違法となるものではない」(下線筆者) (3) 本件更正処分の違法性 第一審の判断を引用。 8 評釈等 第一審及び控訴審ともに、判示には金子教授の見解が色濃く反映されているが、訴訟後も同教授によって本件に関する論文が多数発表されている。 (1) 本件日米合意の租税条約適合性 ① 日米条約25条1項と2項の区分について この点に関しては、第一審において、モデル条約の解釈を前提とした金子教授の見解が判示でも述べられている(※6) (※6) 金子宏「相互協議(権限のある当局間の協議および合意)と国内的調整措置-移転価格税制に即しつつ-」『所得課税の法と政策』有斐閣(1996年)395~396頁では、判示と同様の解釈が述べられている。 ② 適合しない課税の対象について(「条約」か「規定」か) 先述のとおり、昭和59年のOECD報告書の見解が控訴審判決の根拠となっていることから、「適合しない課税」を経済的二重課税に求める控訴審の判示は、OECDの見解に整合したものであるといえる。さらに「我が国及び主要諸国は、この見解を受入れ、これに準拠した条約を締結している。したがって・・・相手国で移転価格課税を受けた場合には、租税条約の相互協議条項に基づき、我が国の権限ある当局に相互協議の申立てを行うことができ 」(※7)る、と解される。 (※7) 五味雄治・大崎満『国際取引課税-その理論と実務-』財経詳報社(1996年)108頁 金子教授は「経済的二重課税が相互協議の対象となるかどうかは、それが条約の規定に適合しない課税に当たるか否かにかかっている 」(※8)とした上で、控訴審判決に疑問を呈している。すなわち「租税条約のそもそもの目的は国際的二重課税を排除することにあり、経済的二重課税も二重課税の一種であるから、それも条約の目的に反する措置として当然に相互協議の対象となる、という解釈も成り立ちうる 」(※9)とした上で、次のように続ける。「条約締結国間の国際取引に対するものである限り・・・特殊関連企業条項に基づく措置であり、・・・それは『条約の規定に適合しない措置』に該当する、と立論することによって、明快に経済的二重課税も相互協議の対象になる 」(※10)。この見解は、「適合しない課税」とは具体的にどの条項に適合しない課税をいうのかについて述べるものであり、移転価格課税に伴う経済的二重課税の場合には、特殊関連企業条項に適合しない課税と解すべきことを指摘している。判示は、概ね、金子教授の意見を述べているが、この点については、同教授の意見が正確に反映されていなかったのかもしれない。 (※8) 金子前掲(※5)書369頁 (※9) 金子前掲(※5)書370頁 (※10) 金子前掲(※5)書370頁 ◎日米条約11条に対応的調整の規定がなかった点について この点については、わが国が対応的調整を自動的調整規定と勘違いしていた点を指摘する見解がある。「日本国政府は、上記の対応調整に関するモデル9条2項を租税条約に導入するについて留保しており、ために、わが国が締結した租税条約にはこの対応調整に関する規定が存しない。留保の理由は、この条項を自動的調整(automatic adjustment)、すなわち当初の調整(増額更正)が行われる限り減額更正(対応調整)は自動的に行われるべきことを定めたものとの認識に立つことによるようである。・・・・してみれば、自動的な調整を理由とするわが国の留保にはまったく根拠がない」(※11) (※11) 小松芳明『国際課税のあり方』有斐閣(1987年)58頁~59頁。日本は平成4年のモデル条約改正の際に留保を撤回している。なお、この点についてのモデル条約コメンタリーでは「調整は、単にA国において利得が増額されたことを理由に、自動的にB国において行われるべきものではないことに留意すべきである。」とし、A国における利得の調整をB国が正当と認める場合にB国で調整が行われるべきことを述べている。川端康之『OECDモデル租税条約2008年版簡略版』日本租税研究協会(2009年)145頁。 (2) 本件国税処分の適法性 対応的調整の国内規定について、金子教授は、合意に基づく国内的調整措置としては、国通法23条2項3号、国通令6条1項4号などの規定が整備されていた点をもって、必要にして十分としつつ「しかし、若干の疑義があったためであろうか、1986年(昭和61年)に、移転価格税制の導入と同時に特例法が改正され、移転価格税制の適用にかかる合意があった場合の対応的調整の規定が新たに設けられた」とする(※12)。特例法7条について金子教授は確認的規定としている。 (※12) 金子前掲(※6)書405頁。なお、対応的調整の定義については、国際税務研究グループ『国際課税問題と政府間協議-相互協議手続と同手続をめぐる諸問題-』大蔵財務協会(1993年)131頁において、次のように解説している。「合意が成立した場合には、わが国は当該合意に従い減額更正処分を行うことになる。これが『対応的調整』である。このように、対応的調整は・・・わが国の国内処理のことを意味する」さらに、同132~133頁においては、対応的調整の要件として、①相手国か移転価格課税を行ったこと、②権限のある当局間で合意が成立したこと、③納税者が合意内容を受入れ更正の請求を行うこと、が挙げられている。 ((その3)へ続く)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第149回】 株式会社アルデプロ 「社外調査委員会調査報告書(開示版)(2023年9月22日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社アルデプロ社外調査委員会の概要】 【株式会社アルデプロの概要】 株式会社アルデプロ(以下「アルデプロ」と略称する)は、1988年3月設立。設立時の社名は株式会社白川エンタープライズで、内装事業を目的としていた。2001年12月から、中古マンションを仕入れ、リフォーム後戸別に販売する中古マンション再活事業に進出。複数の社名変更を経て、2002年1月、現商号に変更。不動産再活事業を主たる事業とし、6社の連結子会社を有している。連結売上20,596百万円、経常利益2,589百万円、資本金2,428百万円。従業員数24名(2023年7月期連結実績)。本店所在地は東京都新宿区。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人は、霞友有限責任監査法人。 調査報告書において「重要な当事者」とされたのは、2021年7月期までアルデプロの主要な株主であった株式会社ドラゴンパワー(報告書上の表記は「A社」。以下「ドラゴンパワー」と略称する)である。 【社外調査委員会による調査報告書の概要】 1 社外調査委員会設置の経緯 アルデプロは、外部からの指摘により、過去の特定の取引(本件取引)に関連して、貸付債権に係る貸倒引当金の計上、取引先の連結子会社該当性等に関する疑義等が判明することとなり、これまでアルデプロと利害関係のない独立の専門家により構成される社外調査委員会を設置のうえ、社外調査委員会による調査によって、事実関係の調査及び当該事実に基づく評価結果を踏まえた対応を行うことを決定した。 2023年7月19日、アルデプロは、白井真弁護士、小島冬樹弁護士及び髙木明公認会計士に対して委員就任を委嘱し、各委員就任候補者がこれを受嘱したことから、社外調査委員会を設置し、委員間の互選により白井真弁護士が委員長となった。 2 社外調査委員会による調査結果の概要 社外調査委員会による調査は多数の取引について行われているが、調査の結果、何らかの修正が必要という評価を受けた案件について、次のとおり区分し、社外調査委員会により認定された事実関係と評価をまとめておきたい。 (1) B社案件 ① 事案の概要 アルデプロは、2019年6月11日付で乙ビルをC社に売却した際に、C社から借入れの要請を受けて、2020年2月28日、C社の指定するB社との間で、3億7,770万3,530円を貸し付ける旨の金銭消費貸借契約を締結し、同日、B社が指定したF社名義の口座に、貸付金額から1年分の利息を控除した残額の3億7,268万74円を振り込むとともに、金銭消費貸借契約上の貸付金額を短期貸付金として計上した。 B社は、2020年11月4日付通知書において、「実質的には、債務不存在である」と主張しており、現在に至るまで、弁済はなされていない。 ② 会計処理に対する評価 社外調査委員会は、結論として、アルデプロのB社に対する貸付金に係る貸金返還請求権が有効に成立したことを否定する事情は認められないことから、アルデプロが、2020年2月28日付で、B社に対する短期貸付金を計上したことに合理性を否定する事情は認められないとしたうえで、本件貸付金に係る貸倒引当金について、遅くとも2021年7月期末の決算においては、B社の財産のみが本件貸付金の返済原資となることを前提に、B社自身の当時における財務状態を調査したうえで、その結果を踏まえて貸倒引当金の計上額(アルデプロの決算関連マニュアルにより50%を計上することで足りるか否か等)を検討すべきであったものと考えられると評価している。 (2) 関連当事者との取引の疑義がある案件 ① 事案の概要 アルデプロが不動産売買取引を行った複数の合同会社等について、当該法人が、アルデプロの子会社もしくは関連会社又は関連当事者に該当するのではないかという疑義が生じており、いずれかに該当する場合には、過年度の有価証券報告書の訂正又は過去に適時開示した「支配株主等に関する事項」の記載について訂正が必要となることから、社外調査委員会による調査が行われたものである。 ② 会計処理に対する評価 社外調査委員会は、事実関係を調査した結果として、これら一連の不動産売買に係る取引の相手方については、アルデプロの子会社もしくは関連会社には該当せず、実質的には、アルデプロの支配株主であったドラゴンパワーの子会社に該当することを認め、ドラゴンパワーがアルデプロの支配株主であった期間の取引については、アルデプロにとっては関連当事者に該当することを認めている。 (3) 循環取引の疑義のある案件(辛案件) ① 事案の概要 アルデプロは、2023年2月20日付で、辛物件に係る不動産信託受益権(以下「辛信託受益権」という)をCC社から取得したうえで、同日付でQQ社に売却する取引を行っているが、本件売買契約については、2023年2月14日及び翌15日にNN社のaa氏から椎塚社長らに対し、スキーム図がメールで送付されており、このスキーム図によれば、辛信託受益権が、権利者である辛LL社から、CC社、アルデプロ、QQ社と順次売却されたあと、再び辛LL社が取得する内容となっていることから、このスキーム自体が循環取引ではないかとの疑義が生じたため、社外調査委員会により、本件売買契約を含むスキームが循環取引に該当するかどうかを検証したものである。 ② 会計処理に対する評価 社外調査委員会は、事実関係を調査した結果、経済的実質を伴わない循環取引であるスキームの一部を構成している本件売買契約によって生じた取引を収益(売上)として認識することはできないと評価したうえで、本件取引は、たとえ、NN社(aa氏)が主として椎塚社長に持ち掛け、椎塚社長はこれに応じたものであったとしても、本件における取引(スキーム)を全体として判断すれば経済的実質がある取引とは認められず、営業取引として扱うべきではないため、売上計上はできないと結論づけている。 3 社外調査委員会による原因分析(調査報告書162ページ以下) 社外調査委員会は、原因分析の冒頭で、本件事案は、取締役会や仕入投資委員会を通じた確認、牽制及び監督といったガバナンスが機能しなかったことが、大きな発生原因の1つであったと考えられるとしたうえで、その背景において、上場企業として求められる会計報告責任を果たすために必要な知識や意識が各関係者に不足していたこと、さらには、これらガバナンスに関する問題点及び会計責任に関する問題点に留まらず、不適切な行為が容易に起き得る社内環境があったと結論を述べたうえで、下記の項目を列挙している。 いくつか特徴的な指摘事項を見ておきたい。 まずは、アルデプロが、2009年に発覚した会計不正事件の再発防止策における内部統制システムの一環として設置した「仕入投資委員会」の牽制機能が形骸化していたという指摘である。社外調査委員会は、循環取引であると判断した辛案件において、取引全体のスキーム図が仕入投資委員会に提供されず、対象物件が実質的に移転していない点が示されていなかったこと、午後6時過ぎに審査を依頼するメールが送信され、その審査の返答が翌日午前中に求められ、十分な検討時間が確保されない懸念がある状況も見受けられ、仕入投資委員会の審査が軽視されていたことを示すものと指摘している。また、仕入投資委員会の委員に対するヒアリングでは、「案件に疑義があるという理由でストップをかけたことはない」、「一応多少の実質面は見るが、NOとは言わないという機関だと思われている可能性はある」、「会社に質問をするのは、イメージ的には20~30件に1件ぐらい」との供述があることなどから、審査の実効性に疑間を投げかけざるを得ないとしたうえで、仕入投資委員会の審査が十分に機能していれば本件事案の発生が防げた可能性を否定できないとまとめている。 次に、アルデプロが、不動産業者であるにもかかわらず、不動産業界における取引慣行に起因するリスク及びそのリスクに係る考慮、対応が不十分であったという指摘である。社外調査委員会は、不動産業界の一部における取引慣行として次の3つを挙げ、こうした特有の取引慣行は、取引実態が不透明なものとなりやすく、一般的な取引と比べて循環取引等の会計上の問題が生じる危険性も高いとしている。 そのうえで、社外調査委員会は、アルデプロについて、相手先との間で貸付等の取引をするに際して、将来的に当該相手先が他の第三者に対して不動産を売却する際に、 アルデプロが仲介等の形で関与することにより収益を獲得することを見込んで、当該取引を実行していた例について、不動産取引においては、買主を紹介することで不動産売買に関与すること自体は一般的であるため、取引の合理性自体は否定できないが、調査対象となった貸付について、現時点で回収ができていないことを踏まえれば、将来の収益獲得が不確実であるリスクを考慮できていないと指摘している。 4 社外調査委員会による再発防止策の提言(調査報告書170ページ以下) 上記の原因分析を踏まえて、社外調査委員会は、以下の再発防止策を提言している。 ここでも、仕入投資委員会に注目して、社外調査委員会によるガバナンスの強化策を見ておきたい。 社外調査委員会は、仕入投資委員会が、循環取引の疑義のある取引について取引中止の勧告を含む慎重な判断が必要だったにもかかわらず、案件の属人化に伴う情報の共有不足があったことを改善し、現在の仕入投資委員会の委員及びそのサポート体制に会計専門家が含まれていないことを踏まえて、委員、委員を補助する外部専門家を含む人員の増強、十分な審査時間の確保、仕入投資委員会が否決した取引については実行を禁止する強い権限の付与等、牽制機能を強化すべきであると提言している。 さらに、社外調査委員会は、取締役会においても、機能強化あるいは実効的な機能を発揮できる体制とされた仕入投資委員会における議論状況や勧告内容を踏まえた深度ある検討が必要不可欠であり、代表取締役の説明のみで議論が完結し、必要な議論や検討を欠いていた実態を改め、適切な監督機能が発揮される必要があると提言している。 【報告書の特徴】 2009年11月24日付で、証券取引等監視委員会が2億8,155万円の課徴金納付命令勧告を発出し、翌25日付で、東京証券取引所から特設注意市場銘柄指定を受けた過去を有するアルデプロが、再び、特定の取引に関し、社外調査委員会を設置して事実関係を調査することとなった。その結果は、代表取締役が主導する不動産取引の一部に循環取引があり、過年度有価証券報告書等の修正を余儀なくされるものであるとともに、過去において開示していた「支配株主等に関する事項について」の記載につき、大幅な訂正の必要が生じることとなった。 調査結果の公表を受けて、東京証券取引所は早々に2度目の特設注意市場銘柄指定に踏み切っており、本稿執筆時点ではまだ公表されていないものの、同じく2度目の課徴金納付命令勧告の発出が予想される。本件の特徴を見ておきたい。 1 アルデプロが、2009年10月23日に受領した調査報告書における再発防止策 アルデプロは、前回の特設注意市場銘柄指定及び課徴金納付命令勧告の原因となった取引(過去の業績に影響を与える事象)に関して、2009年6月16日に設置した調査委員会から、10月21日付で調査報告書を受領し、公表している。 調査報告書では、調査委員会による再発防止策の提言として、以下の4項目が挙げられている。 再発防止策が履行されていたからこそ、特設注意市場銘柄指定の解除が可能であったことは間違いないところであるが、その後の運用において、機能していなかったことは、社外調査委員会による原因分析で指摘されているとおりである。 なお、2009年設置の調査委員会には、取締役(監査等委員)で弁護士の伊禮勇吉氏(2003年9月から、アルデプロ監査役に就任している)も、調査委員として参加しているが、自らが調査委員として策定した再発防止策が、時間の経過とともに形骸化していたことに対して、伊禮取締役(監査等委員)がどのような見解を有しているのか、社外調査委員会による調査報告書には記載がない。 2 会計監査人の異動に関するお知らせ アルデプロは、2023年9月29日、「会計監査人の異動に関するお知らせ」をリリースし、会計監査人である霞友有限責任監査法人が、2023年10月30日開催予定の第36回定時株主総会の終結の時をもって任期満了となることから、当社の事業規模に見合った監査品質の確保の観点から勘案した結果として、新たにフロンティア監査法人を会計監査人として選任することを公表した。 3 東京証券取引所による特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求 東京証券取引所は、11月29日、「特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求について」をリリースして、アルデプロについて、「適時開示の規定に違反し、内部管理体制等について改善の必要性が高いと認められる」ことを理由に特設注意市場銘柄に指定すること、「適時開示の規定に違反し、当取引所の市場に対する株主及び投資者の信頼を棄損したと認められる」ことを理由に上場違約金2,880万円を徴求することを公表した。 東京証券取引所が公表した「理由の詳細」の一部を引用する。 4 2024年7月期第1四半期報告書に係る四半期レビュー報告書の結論の不表明 アルデプロは、12月15日、「2024年7月期第1四半期報告書に係る四半期レビュー報告書の結論の不表明に関するお知らせ」をリリースして、会計監査人であるフロンティア監査法人が実施した四半期レビューにおいて、「株式会社アルデプロ及び連結子会社の2023年10月31日現在の財政状態及び同日をもって終了する第1四半期連結累計期間の経営成績を適正に表示していないと信じさせる事項が全ての重要な点において認められなかったかどうかについての結論を表明しない」との記載のある四半期レビュー報告書を受領したことを公表した。 フロンティア監査法人による「結論の不表明の根拠」は以下のとおりである。 5 代表取締役の辞任、役員報酬の減額 アルデプロは、上記4のリリースと同日、「代表取締役の辞任、取締役・人事の異動ならびに役員報酬の減額に関するお知らせ」をリリースして、2024年3月31日付で、椎塚社長が辞任をするとともに、取締役執行役員管理本部長佐藤孝二氏(以下、「佐藤取締役」と略称する)が、2023年12月15日付で取締役を辞任することを公表した。 椎塚氏の辞任理由については、次のとおりである。 一方、佐藤取締役の辞任理由については、「2024年7月期第1四半期報告書の独立監査法人の四半期レビュー報告書において、結論が不表明となったことの責任を取って、本人からの取締役を退任したいとの申し出」があったとのことである。 さらに、同リリースでは、椎塚社長以下3名の取締役及び3名の取締役(監査等委員)全員の役員報酬減額も合わせて公表され、同日開催の取締役会及び監査等委員会において、社外調査委員会の調査報告書の提言内容を厳粛に受け止め、責任の明確化を図るため役員報酬の減額を実施することを決議したことが説明されている。 (了)
給与計算の質問箱 【第48回】 「有給休暇と残業代」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 従業員が有給休暇を取得した場合の残業代の計算についてご教示ください。 なお、給与計算に関する情報は以下のとおりです。 A 有給休暇は、実働時間に含まれないとされる。 以下、具体例1~3にて解説する。 * * 解 説 * * 〇 具体例1 金曜日に有給休暇を取得し、土日休みの場合、1週間の実働時間は32時間である。 この場合、残業時間は0時間なので、残業代は0円である。 〇 具体例2 金曜日に有給休暇を取得し、土曜日に8時間勤務し、日曜日が休みの場合、実働時間は40時間である。 この場合、残業時間は土曜日の8時間である。実働時間は、法定労働時間の1日8時間、週40時間を超えていないので、25%の割増なしで残業代を計算する。 8時間分の残業代の計算は、以下のとおりである。 〇 具体例3 具体例2のケースで、金曜日に有給休暇を取得せずに働いた場合について検討する。土曜日に8時間勤務し、日曜日が休みの場合、実働時間は48時間である。 この場合、残業時間は土曜日の8時間である。実働時間が法定労働時間の週40時間を超えているので、25%の割増で残業代を計算する。 8時間分の残業代の計算は、以下のとおりである。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第48回】 「減価の査定にそれなりの判断を伴う土地(その2)」 ~地上阻害物(高速道路、鉄道高架線、高圧線等)が存在する場合~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 前回は、減価の査定にそれなりの判断を伴う土地の1回目として、地下阻害物(地下鉄等)が存在する土地の評価について取り上げました。 ところで、土地利用に影響を与える阻害物と呼ばれるものは地下だけでなく、地上にも存在します。例えば、高速道路、鉄道高架線、高圧線等がこれに該当します。対象地の近くにこのような阻害物があったり、高架下を建物の敷地の用に供したりしている場合には様々な影響を受け、利用価値が低下していることが多いといえます。 そこで、今回は、地上阻害物が存在する土地の評価について取り上げます。 2 地上阻害物が存在する土地の鑑定評価 最初に、鉄道高架線の下にある土地(以下、「高架線下地」といいます)を想定して解説を行います(高速道路の下にある土地も同じ状況だと考えていただいて構いません)。 このような土地の鑑定評価を依頼された場合には、高架線下地という個別的要因を反映させた価格を求めることとなります。その際の要因としては、例えば住宅地の場合には、高架線下地であるが故の高さ制限、快適性のマイナスなど環境面に与える影響(騒音・振動、日照・採光の不良ほか)等が考えられます(商業地、工業地の場合も、土地利用に影響を受ける内容やその程度の差はありますが、同様に減価要因として作用します)。これらの格差率は、高架線下地という項目では(前回紹介した)「土地価格比準表」に直接示されてはいませんが、実務では次の考え方や査定方法が採用されています。 以上述べてきたような事情は、高圧線下地(上空に高圧の電線が通過している土地)に関しても同様です(高圧線のイメージ写真を以下に掲げます)。 〈資料1〉 高圧線のイメージ ちなみに、高圧線下にある宅地は、それだけで心理的な不安感や不快感を伴うことは事実です。また、状況によっては土地の最有効使用が妨げられるケースも発生します。後者の例として、当該部分の上空を高圧線が通過していなかったならば5階建ての建物が建築できるところ、その影響により4階建てに制限されてしまうといったケースがあげられます。そして、高圧線による価格への影響は用途(住宅地、商業地、工業地等)によっても異なると考えられます。 一般的には、大工場地域に属している土地は住宅地域内にある土地に比べ、高圧線が存在することによる快適性への影響度は少ないですし、また、商業地域内にある土地と比べた場合でも使用可能な容積率からして、建物の建築可能階層が制限される度合いは少ないと思われます(工業地に指定される容積率は200%が多いのに対し、商業地の場合はそれ以上(400~500%、あるいはこれ以上)のケースが多いからです)。 ただし、高圧線の電圧が170,000Vを超えるような場合には、その真下部分及び高圧線からの水平距離3m以内に建物を建築することができないとされている点には留意すべきです。このように、高圧線下にある宅地は、その地上高にもよりますが、一般的にはこれがない状態での宅地に比べ相応の減価を伴うといえます。 3 税務の評価では 相続税や固定資産税の評価においても、地下阻害物が存在する場合と同様に、地上阻害物が存在する土地の評価をどのようにすべきかが問題となります。 そこで、以下、前回と同様に相続税評価及び固定資産税評価それぞれの場合に分けて評価の考え方を述べ、鑑定評価との相違を対比させておきます。 (1) 相続税の評価では ① 騒音、振動その他の要因により利用価値が著しく低下している宅地について 国税庁タックスアンサーNo.4617では、「利用価値が著しく低下している宅地の評価」について10%の評価減を行うことができる旨の解説があります。 詳細は同庁ホームページを参照いただくこととし、その要旨は以下のとおりです(下線は筆者によります)。 〇国税庁タックスアンサーNo.4617(一部抜粋) 上記の趣旨に当てはめた場合、対象地が高速道路や鉄道高架線等の近隣にあり、騒音・振動等の影響を著しく受ける場合には評価減を行うことができると考えられます。 ② 高圧線下地の宅地の評価について 対象地の上空に高圧線が通過している場合、区分地上権(その内容は前回紹介しました)や、高圧線の架設を目的とする地役権が設定されているのが通常です(上空に地役権が設定されている場合、その土地の所有者は高圧線を中心に上下の一定範囲につき利用制限を受けるとともに、建物の建築可能な階数も制約されることがあります)。また、地役権が設定されている場合も、その実態は区分地上権に近いといえます。 したがって、高圧線下地の宅地の評価額については、区分地上権に準ずる地役権の評価に関する下記規定(下線は筆者によります)に当てはめて、区分地上権に準ずる地役権の価額を計算し、これを自用地としての価額から控除して求めるということになります。 〇財産評価基本通達27-5(区分地上権に準ずる地役権の評価) この規定にも登場するとおり、区分地上権に準ずる地役権の価額を求めるに当たっては(前回紹介した)土地利用制限率を基にする方法を原則としつつも、納税者の評価上の便宜に資するため、家屋の建築が全くできない場合と構造・用途等に制限を受ける場合とに分けて、それぞれ簡便的な割合を用いることも認められています。 なお、高速道路や鉄道高架線等の下にあり建築物の建築に制限を受ける場合も、同じ考え方が適用できるものと思われます。 (2) 固定資産税の評価では 固定資産評価基準においては(地下阻害物のある土地の場合と同様に)地上阻害物のある土地についての評価規定は存在せず、このような土地につき評価額に反映させる必要があると市町村が判断した場合には、所要の補正という形で評価額の減額を行っているケースがあります。以下、A市の例を掲げておきます(これはあくまでも一例であり、他の市ではその実情に応じてA市と異なる補正率を定めているというケースもあります)。 〈資料2〉 高圧線下補正率表 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第7回】 「特殊な登記原因「真正な登記名義の回復」」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 1 特殊な登記原因について 【第6回】では実務上よく見かける登記原因について解説を行った。登記原因のなかには、見かけることは多くないけれども、専門家であれば知っておきたい特殊なものがある。今回は税務の観点から税理士が関与することもある、「真正な登記名義の回復」について解説を行う。 2 「真正な登記名義の回復」 「真正な登記名義の回復」とは、本来は所有者をAとして登記すべきところ、誤ってBが所有者として登記されてしまったような場合に、所有者の名義を真の所有者であるAに変更する場合に用いられる登記原因である。 通常は所有者を誤って登記するということは起こりえないが、登記申請を司法書士に依頼せず当事者自身で行った場合や、関係者間での連絡の不備で誤って登記してしまったようなケースで発生することがある。 本来、誤って登記がされた場合には、誤って登記された所有権の登記を抹消し(錯誤抹消)、改めて正しい所有者への所有権移転登記を行う。しかし、担保権者の承諾が得られない場合や、前所有者の協力が得られない場合には、真正な登記名義の回復を登記原因として処理を行うことになる。 【記載例1:誤ってされた所有権の登記を抹消し、真の所有者に所有権移転登記をする方法】 【記載例1】の事例において、誤って登記された所有権の登記を抹消してから、真の所有者に所有権移転登記をするためには、旧所有者である「山田一郎」が登記手続に協力することが必要となる。 また、「山田次郎」が所有権移転登記を行ったタイミングで担保権等を設定している者がいた場合、山田次郎の所有権の登記の抹消をすると、設定された担保権等も抹消することとなるため、当該担保権者等の承諾が必要となる。 旧所有者の協力や、担保権者等の承諾が得られない場合は、誤ってされた所有権の登記を抹消する方法により真の所有者の名義に変更することは困難となる。 【記載例2:「真正な登記名義の回復」により、真の所有者に所有権移転登記をする方法】 「真正な登記名義の回復」を原因として、誤って登記された所有者から真の所有者に所有権移転登記を行う場合、【記載例2】の事例では誤って登記がされた「山田次郎」を登記義務者、真の所有者である「山田三郎」を登記権利者として登記を申請する。 旧所有者である「山田一郎」の協力は不要となり、山田次郎が所有権を取得した時点で担保権等を設定した担保権者等は影響を受けないためその承諾も不要となる。 【記載例3:登記申請書(真正な登記名義の回復)】 真正な登記名義の回復を原因とした所有権移転登記は、虚偽の登記申請を防止するために、なぜ誤った登記がなされたのかを詳細に記載した登記原因証明情報を作成する必要がある。実務的には、当事者から資料の提供を受け、慎重に検討を行い事前に法務局と相談のうえ登記申請を行うケースが多い。申請にあたっては、登記名義が変わることにより課税のおそれがないかなど、税理士に相談するケースもある。読者のところに相談が持ち込まれる可能性もあるので、理解しておくとよいだろう。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第8回】 「厚生年金基金から学ぶ“確定拠出年金の歴史”」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇厚生年金基金の背景 今回は、確定拠出年金の歴史を振り返っていきます。 みなさんはAIJ投資顧問事件を覚えていらっしゃるでしょうか。いくつもの厚生年金基金から総額約2,000億円もの資金を預かり、ずさんな運用でその大半を喪失させたという事件です。実はこの事件、現在の確定拠出年金の普及に大いに関係しているのです。 この事件の背景にあったのは、厚生年金基金が直面していた積立不足問題です。厚生年金基金は企業年金の一種で、企業が従業員の老後資金のためにと年金を準備する制度です。しかし、1960年代に始まった厚生年金基金の「代行部分」は、公的年金である厚生年金の資金を借りて運用しその利ざやを企業年金として受け取る仕組みでした。 〈厚生年金基金のイメージ〉 (出典) 日本年金機構ホームページ 当然ながら公的年金から資金を借りるにはそれなりの金利を支払わなければなりません。当時日本の経済は右肩上がりでしたから、4%とも5%とも言われる借入れコスト以上の運用が未来永劫続くことを前提に運営されていたのが厚生年金基金でした。 〇厚生年金基金の限界 しかし、やがてバブル経済も終わり日本の株価は低迷します。すると、当たり前のように高利回りで運用されていた厚生年金基金もやがて運用がうまくいかなくなり、厚生年金から借りている資金の費用さえもまかなえなくなります。 厚生年金基金の誤算は、運用状況だけではありませんでした。徐々に深刻化する高齢化も課題となります。厚生年金基金は退職した社員の年金を終身保障するものでしたので、その支払負担も重くのしかかってきました。 そのうち厚生年金基金の将来性が危惧されるようになりました。いち早く動いたのは厚生年金基金の「単独型」や「連合型」と言われるタイプです。これらは大企業の厚生年金基金あるいはグループ会社で作る厚生年金基金だったので、なんとか資金をかき集めて積立不足を補い国に返金する部分は返金し、現役従業員やOBには年金減額の承認を取り付け早々に厚生年金基金を手放していきました。 しかしそのままずるずると問題を先送りしていたのが「総合型」と呼ばれる基金でした。これは、中小企業が業界で集まる等して作った基金です。寄り合いであるがゆえに、だれも責任がとれないまま積立不足の状態が続いていました。 そのタイミングでやってきたのがAIJ投資顧問です。大手証券会社出身や運用のプロだという人間が、運用知識も乏しい基金の「持ち回り」責任者に嘘を並べ立て資金の引出しを図ります。何しろ、積立不足は顕在化している課題なのですから、総合型厚生年金基金の役員たちは飛びついたのでしょう。少しでも積立不足をなんとかしたいという心の隙にうまく入り込んだAIJ投資顧問がまんまと多額の資金を巻き上げていったというわけです。 〇厚生年金基金の問題点 厚生年金基金はそもそも国の年金資金でスケールメリットを狙う構造であったというところや、昭和のイケイケな雰囲気の中どんぶり勘定であったところが問題でしたが、問題の根本は「将来債務」の存在です。ハイパフォーマンスありきで将来の年金を約束し、結果的にその支払責任が本業を圧迫したのが原因です。 〇確定拠出年金の仕組み この企業年金が直面していた「将来債務」の対策として白羽の矢が立ったのが、確定拠出年金です。これは、年金を従業員に前払いする形で会社の支払債務を前倒しで経費とする企業年金です。 確定拠出年金では、退職金あるいは年金の財源にあたる資金を従業員に前払いします。毎月決まった金額を従業員に支払い(確定拠出)、従業員はその資金を自らが運用し自分の将来の資金とします。会社は掛金を拠出する際その全額を経費計上することで、責任が終了しますから、厚生年金基金で悩まされた「将来債務」は発生しません。 従業員も一旦拠出を受けると、その資金は完全に自分のものですから、万が一会社が倒産しても保全されます。さらに拠出を受けたお金は、所得税も、住民税も、社会保険料もかからないため、100%将来の積立てに回せて効率の良い資産運用ができます。 〇確定拠出年金の導入 2001年に確定拠出年金が日本に導入された段階では、アメリカですでに実績が上がっていたので、日本の企業にとっても確定拠出年金は救世主となるはずでした。 しかし、そう簡単にものごとは進みません。今まで資産運用とは無縁の日本人が、いきなり「掛金を出すからあとは自分で運用しなさい」と言われてすんなり首を縦に振るわけがありませんでした。 筆者も厚生年金基金から確定拠出年金に切り替えたい企業の依頼で、人事と労働組合が対立する緊張感の中、「確定拠出年金とはどういうものなのか」のご説明に伺ったことが何度もありました。 論点は主に2つ、確定拠出年金への変更は会社の責任放棄なのではないかという点と、毎月の掛金を決定する際の「想定利回り」でした。 想定利回りとは、年金制度を移行するにあたって、元の制度であれば将来受け取れたであろう程度の給付額になるよう資産形成するために必要となる運用利回りのことです。当然、想定利回りが高くなれば会社が拠出する金額は少なくなりますし、想定利回りが低くなれば会社の拠出金額が多くなります。企業としては2~4%を想定利回りとしたところが多かったのではないかと思いますが、それでも従業員からすると、その想定利回りと同等あるいはそれ以上の運用利回りを自らが得られるような運用をしなければ、これまで約束されていた給付額にはならないわけで、そこもまた企業との対立を深めることになりました。 〇確定給付企業年金の導入 時を同じくして、確定給付企業年金が導入されたのは、確定拠出年金への反発が大きかったという理由もあるでしょう。将来の金額を予め決める(確定給付する)企業年金は、大枠では厚生年金基金と同じですが、公的年金と切り離して運用される点、今まで以上に管理を厳しく行う点が改善されています。こちらは企業が運用責任を負うので、従業員に運用の負担はありません。 このように、現在企業年金といえば、確定給付企業年金と確定拠出年金の2つの制度が併設されているのには、過去にあった厚生年金基金の反省と制度切り替えの歴史があります。 〇iDeCoの普及 そこから時が流れ、少しずつ貯蓄から投資へと自分自身で将来の資金を運用して増やすという意識が高まるようになってきました。また国は2017年に個人型確定拠出年金の加入資格者を大幅に拡大し、また企業型確定拠出年金のイメージを払拭し「個人型」の印象を良くするためにニックネームを募り「iDeCo(イデコ)」という愛称で新たな普及活動を始めました。 今ではiDeCoも名前が知られ、税制優遇で有利な資産運用ができるという認知も高まっていますが、ここまでくるには20年もの長い道のりがあったのです。今回は、確定拠出年金のこれまでを振り返ってみました。 (了)
《速報解説》 賃上げ促進税制の拡充及び延長等 ~令和6年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 令和5年12月14日、与党(自由民主党及び公明党)より令和6年度税制改正大綱が公表された。 わが国経済は依然としてデフレ構造下にあり、その脱却は積年の課題である。本年度はさらに、国際情勢の緊迫化、労働者人口の減少、円安状況の長期化等に端を発する物価上昇の中、実質賃金の下振れ圧力が強くなっており、こうした環境が持続的な経済成長を目指す取組みに対する重荷となっている。そのような状況下にあって、本年度の税制改正では、「物価上昇を上回る賃金上昇の実現」が最優先課題として設定された。 かかる状況を踏まえ、令和4年度から適用されている「賃上げ促進税制」(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除。措法42の12の5)が強化されることとなった。これにより一層の賃上げを促すほか、子育てと仕事の両立や女性活躍推進の取組みについても支援する税制を目指す。 本稿は、令和6年度税制改正大綱に示されている賃上げ促進税制の改正内容について説明するものである。文中、意見にわたる部分は筆者の私見であり、所属するいかなる組織・団体の公式見解を示すものではないことをあらかじめ申し添える。 2 現行制度の概要 現行の「賃上げ促進税制」は、大企業向けのものと中小企業向けの2種類の設計となっており、適用要件及び控除率の設定が以下の通り異なるものである(※1)。 (※1) 条文上は、第1項の取扱いを原則とする一方、第2項において中小企業者等に該当する法人に対する別途の取扱い(適用要件の充足可能性や控除率について有利なもの)を定めており、これが一般的に「中小企業向けの制度」として理解されているが、中小企業であっても第1項の措置を適用することは可能である。他方、中小企業者等に該当しない法人は1項の原則的な取扱いを選択するほかないが、反射的にこれが「大企業向けの制度」として理解されているということである。 本稿では、中小企業にしか適用されない措置のみを「中小企業向けの制度」と整理する。 (1) 大企業向け制度 (2) 中小企業向け制度 3 改正の概要 (1) 「中堅企業」区分の創設と「大企業」区分の見直し 資本金の額が1億円を超える法人のうち、常時使用従業員数2,000人以下のもの(その法人と支配関係にある法人グループの常時使用従業員数の合計数が1万人を超えるものを除く)を新たに「中堅企業」と位置付けた上で、常時使用従業員数2,000人超の法人を新たに「大企業」として再定義することとなった。 これにより、本税制は「中小企業」「中堅企業」及び「大企業」の3類型に区分して措置されることとなった。以下、どの類型に関する改正内容かを明確にするために、改正項目の横に 大企業・中堅企業・中小企業 を併記する。 (2) マルチステークホルダー方針公表対象企業の拡大 大企業 (1)の改正を踏まえ、マルチステークホルダー方針の公表が求められる法人の範囲に「常時使用従業員数2,000人超の法人」が新たに追加されることとなった。これにより、資本金の額が1億円超10億円以下の法人であっても、常時使用従業員数が2,000人を超えるものについては、マルチステークホルダー方針の公表が必要となる。 なお中堅企業のうち、資本金の額が10億円超かつ常時使用従業員数が1,000名超のものに対してマルチステークホルダー方針の公表が必要とされている点は現行制度から変更はない。 (図表1)改正後の「中堅企業」と「大企業」 (3) マルチステークホルダー方針として公表すべき事項の追加 大企業・中堅企業 公表すべきマルチステークホルダー方針における取引先に、消費税の免税事業者が含まれることが明確化された。インボイス制度の実施に伴い、消費税の免税事業者との適切な関係の構築の方針についての記載が行われるように、記載事項を明確にするための改正である。 (4) 原則控除率の引下げ 大企業・中堅企業 税額控除率の上乗せ措置によるインセンティブを強化するため、原則的な税額控除率を現行の15%から10%に引き下げることとされた。 なお、中小企業者向けの制度については変更されない(15%のまま)。 (5) 税額控除率の上乗せ措置の見直し ① 継続雇用者給与等支給額の増加要件に関する見直し 大企業・中堅企業 現行制度では、継続雇用者給与等支給額が4%以上増加した場合に、税額控除率に10%加算することとされているが、大企業については、より一層の賃上げを促進するため、継続雇用者給与等支給額の増加割合に応じて段階的な上乗せ措置が講じられることとされた。 また中堅企業については、(4)の原則控除率の引下げ部分を埋め合わせる形で、継続雇用者給与等支給額が4%以上増加した場合の上乗せ控除率が15%とされた(図表2参照)。 (図表2)税額控除率の上乗せ措置①(上乗せ控除率) ② 教育訓練費の増加要件に関する見直し 大企業・中堅企業・中小企業 現行制度では、教育訓練費の増加要件については「増加率」のみで判定され、「増加額」は考慮外とされていることから、わずかな教育訓練費の増加でも上乗せ措置の適用を受けることができる状況にあった。 今般の改正により、一定程度の教育訓練費を確保するための措置として、教育訓練費の額が雇用者給与等支給額に占める割合についても適用要件として考慮することとされた。そのかわり、増加割合要件が緩和されている(図表3参照)。 なお、上乗せされる税額控除率の取扱いに変更はない(大企業・中堅企業:+5%、中小企業:+10%)。 (図表3)税額控除率の上乗せ措置②(適用要件) ③ 厚生労働省の認定制度の適用による上乗せ措置の創設 大企業・中堅企業・中小企業 子育てと仕事の両立支援や女性活躍の推進の取組みを後押しする観点から、こうした取組みに積極的な企業に対する厚生労働省による認定制度(「くるみん」、「えるぼし」)の適用対象企業に対し、税額控除率の上乗せ措置が新設された。 具体的には、一定の「くるみん認定」または「えるぼし認定」を受けている場合、税額控除率に5%を加算するものである(図表4)。 (図表4)税額控除率の上乗せ措置③(適用要件) (※2) 東京都産業労働局「えるぼし認定・くるみん認定」 (※3) 同上 (6) 繰越税額控除制度の創設 中小企業 中小企業向けの措置として、控除限度超過額について5年間の繰越控除が認められることとなった。 これは、中小企業においては未だその6割が欠損法人となっており、税制措置のインセンティブが必ずしも効かない構造となっている現状において、繰越控除制度を創設することによって、これまで本税制を活用できなかった赤字企業に対しても賃上げへの取組みを促すものであると考えられる。 ただし、実際に繰越控除する年度においては、雇用者給与等支給額が前年度から増加していることを要件とすることとされる。 この改正によって、税額控除の適用を受けられない事業年度も含め、全ての事業年度について雇用者給与等支給額の集計と別表記載が必要になると考えられる。 繰越控除の失念により税額控除の適用を受けられないという新たな税務事故を引き起こす可能性があるため、適用には最大限の注意を払う必要があろう。 (7) その他 大企業・中堅企業・中小企業 給与等の支給額から控除する「給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」に、看護職員処遇改善評価料及び介護職員処遇改善加算その他の役務の提供の対価が含まれないこととされる。 4 地方税の取扱い (1) 法人住民税 本税制は、中小企業者等に係る法人住民税にも適用される。すなわち税額控除後の法人税額を基礎として法人住民税(法人税割)が算定されることとなる。 (2) 事業税(外形標準課税)(※4) 法人税において賃上げ促進税制の適用要件を満たしている場合、事業税(付加価値割)の計算上、控除対象雇用者給与等支給増加額を付加価値割の課税標準から控除できることとする(雇用安定控除との調整等所要の措置が講じられる)。 (※4) 外形標準課税の適用対象法人の拡大については本稿では取り上げない。 5 改正後の制度の概要 (1) 大企業向け制度 ※事業年度終了時の資本金額が1億円超、かつ常時使用従業員数2,000人超 (2) 中堅企業向け制度 ※事業年度終了時の資本金額が1億円超、かつ常時使用従業員数2,000人以下 (3) 中小企業向け制度 ※事業年度終了時の資本金額が1億円以下 6 適用時期 令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度において適用される(3年)。 (了)
《速報解説》 東証が「金融商品取引法改正に伴う四半期開示の見直し に関する上場制度の見直し等について」を公表 ~「四半期財務諸表等の作成基準」の暫定版など示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年12月18日、東京証券取引所は、「金融商品取引法改正に伴う四半期開示の見直しに関する上場制度の見直し等について」を公表し、意見募集を行っている。 「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(令和5年法律第79号)により、四半期報告書(第1・第3四半期)が四半期決算短信に「一本化」され、その具体的な方向性については、2023年11月22日に、「四半期開示の見直しに関する実務の方針」が公表されている。 今回の見直し等は、これらを踏まえたものである。 意見募集期間は2024年1月17日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 四半期決算短信の取扱い 1 開示事項 四半期累計期間(第2四半期を除く)に係る決算の内容の開示において、四半期財務諸表又は四半期連結財務諸表(以下「四半期財務諸表等」という)として、少なくとも以下の事項を開示する。 四半期財務諸表等は、四半期会計基準等に準拠するなどして作成するものとし、上記以外の事項については省略できる。 なお、第2四半期累計期間に係る四半期決算短信については、現在の取扱いを維持する。 2 四半期財務諸表等の作成方法 四半期財務諸表等の作成方法については、「四半期財務諸表等の作成基準」を有価証券上場規程施行規則の別添として規定する(「参考」として暫定版が示されている)。 3 その他 その他作成にあたっての留意事項は、「決算短信・四半期決算短信作成要領等」において定める(「参考」として暫定版が示されている)。 Ⅲ 公認会計士又は監査法人によるレビュー 四半期累計期間(第2四半期を除く)に係る四半期財務諸表等に対する公認会計士又は監査法人(以下「公認会計士等」という)によるレビューを受けることは、原則として任意とする。 例外として、レビューを受ける場合が記載されている(直近の有価証券報告書などにおいて、無限定適正意見以外の監査意見が付される場合など)。 これは、財務諸表の信頼性確保が必要と考えられる場合に限り、公認会計士等によるレビューを義務付けるものである。 Ⅳ 上場規則の実効性の確保 1 上場会社による調査及び調査結果の報告 東京証券取引所が必要と認める場合には、上場会社に対して、必要な調査及び調査結果の報告を求めることができるものとする。 会計不正等の疑義が生じた場合などに適用することを想定したものである。 上場会社は、調査結果について開示することが必要かつ適当と東京証券取引所が認める場合には、直ちにその内容を開示する。 2 公認会計士等との情報連携の強化 上場会社は、東京証券取引所が、実効性確保措置の検討に必要と認めて、監査証明等を行う公認会計士等(当該公認会計士等であった者を含む)に対して事情説明等を求める場合には、それに協力するものとする。 Ⅴ 「買収防衛策」の用語の見直し 「買収防衛策」の用語を「買収への対応方針」又は「買収への対抗措置」に改める。 Ⅵ 実施時期等 「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(令和5年法律第79号)の施行の日から実施する予定である。 四半期決算短信の取扱いに関しては、施行日以後に開始する四半期会計期間(第2四半期を除く)に係る四半期決算短信から適用する予定である。 「参考」として、「改正規則の適用時期」が示されており、決算期ごとに適用時期が記載されている。 (了)
《速報解説》 「中堅企業」の定義創設及び 中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長 ~令和6年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 令和5年12月14日に公表された令和6年度税制改正大綱(以下「大綱」という)において、中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充と延長が明らかにされた。また、本制度の改正に関連して、大綱で「中堅企業」の位置付けが明確となり、中堅・中小企業による本制度の利用が可能な改正となった。 本稿では、これらの改正点を踏まえて、まず、新たに位置付けられた「中堅企業」の定義に触れ、次いで中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長について解説する。 なお、大綱の把握に有用と思われる範囲で補足、図解、例示しているが、これらはあくまで大綱からの推定によるものであり、今後の情報に留意されたい。また、文中の意見に関する部分は、所属する団体や組織の公式見解ではなく筆者の私見であることを申し添える。 1 「中堅企業」の定義創設 大綱4頁によれば、「従来の大企業のうち、地域における賃上げと経済の好循環の担い手として期待される常時使用従業員数2,000人以下の企業については、新たに「中堅企業」と位置付け(太字は筆者による)」ており、大綱18頁記載の再掲文をはじめ複数の「中堅企業」の表現がみられる。本稿では、この表現をもって「中堅企業」の定義創設とする。 すなわち、「従来の大企業のうち」「常時使用従業員数2,000人以下の企業」である。 この点、中小企業については中小企業基本法第2条第1項の中小企業者を指し、その反対解釈として大企業は中小企業を除く企業であることから、大綱にしたがって、大企業、中堅企業、中小企業が下図のように整理されたといえる。 《中小企業、中堅企業、大企業の分類イメージ》 (※1) 労働基準法第20条の規定に基づく「予め解雇の予告を必要とする者」(中小企業庁:FAQ「中小企業の定義について」Q3参照) (注) 上図につき、大綱及び経済産業省「(資料2)成長力が高く地域経済を牽引する中堅企業の成長を促進する税制措置について(2023年11月)」自由民主党税制調査会資料(令和5年11月13日)、中小企業基本法、中小企業庁「中小企業・小規模企業者の定義」(最終アクセス2023年12月17日)を参考に筆者作成。なお、便宜上、中小企業基本法の小規模企業者は省略。 また、中堅企業の定義における従業員数2,000人以下の根拠については、下図も参考になる。 (出典) 経済産業省「(資料2)成長力が高く地域経済を牽引する中堅企業の成長を促進する税制措置について(2023年11月)」自由民主党税制調査会資料(令和5年11月13日)3頁 なお、本稿の執筆時点においては、日本貿易振興機構(JETRO)が示す中堅企業(※2)の定義とは異なるので留意したい。 (※2) 確定済の直近決算の売上高が 1,000 億円未満又は常用雇用者1,000人未満の会社(会社法(平成17年法律第86号)第2条第1号に規定する会社)(日本貿易振興機構(JETRO)「中堅・中小企業の定義について」(最終アクセス2023年12月17日)) 2 中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充と延長 (1) 改正前の中小企業事業再編投資損失準備金制度 改正前の中小企業事業再編投資損失準備金制度については、下記拙稿を参照いただきたい。 (2) 改正の趣旨と制度の概要(基本的考え方) 大綱の表現を踏まえれば、「雇用の7割」(大綱17頁)を占め、「経済活動の大黒柱」(大綱6頁)である中小企業の中堅企業への成長を後押しするために、中小企業事業再編投資損失準備金制度が拡充・延長された。その概要は、「成長意欲のある中堅・中小企業が、複数の中小企業を子会社化し、グループ一体となって成長していくことを後押しするため、複数回のM&Aを実施する場合には、積立率を現行の70%から最大100%に拡充し、措置期間を現行の5年から10年に延長する措置を講ずる(太字は筆者による)」(大綱6頁)ものである。この改正によって、「中小企業の従業員の雇用を確保しつつ、成長分野への円滑な労働移転」(大綱6頁)の確保が期待される。 つまり、今回の改正のポイントは、中堅・中小企業の複数回のM&Aが想定される場合の である。 なお、今回の改正を求める背景として、次の点が挙げられている。 第一に、複数のM&A(グループ化)に取り組む企業は、M&Aの実施経験がない企業や1度のM&A実施企業に比べ、売上高、営業利益、労働生産性、修正ROICの点から高い成長と生産性向上を達成している。この点から、複数のM&Aによる企業の成長を後押しするための税制措置が期待されると解する。 (出典) 経済産業省「(資料2)成長力が高く地域経済を牽引する中堅企業の成長を促進する税制措置について(2023年11月)」自由民主党税制調査会資料(令和5年11月13日)11頁 第二に、複数回のM&Aを実施する場合の経営統合のリスクが高く、財務基盤の脆弱化による資本調達コストの上昇といった課題がある。この点から、リスクの軽減を図るための税制措置が講じられることへのニーズが強いと思われる。 (出典) 経済産業省「(資料2)成長力が高く地域経済を牽引する中堅企業の成長を促進する税制措置について(2023年11月)」自由民主党税制調査会資料(令和5年11月13日)12頁 (3) 中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長の主な内容 以下では、大綱の理解に必要な限りにおいて、適宜大綱本文に沿って、筆者の補足情報を加えている。 ① 本制度の対象者 青色申告書を提出する法人で産業競争力強化法の改正法の施行の日から令和9年(2027年)3月31日までの間に産業競争力強化法の特別事業再編計画(仮称)の認定を受けた認定特別事業再編事業者(仮称)が対象である(大綱67頁)。大綱の67頁及び74~75頁では触れられていないが、大綱の前後の記載内容を踏まえれば、本制度の対象者は、前述の要件を満たす中堅・中小企業であると解する。 ② 損金算入要件 改正中小企業事業再編投資損失準備金の損金算入要件は以下の通り。 改正上の留意点 ⇒ 取得価額は1億円以上~100億円以下であり、一定の表明保証保険契約の締結が除かれる。 改正上の留意点 ⇒ 本改正内容に従って最初に取得した株式等については、90%までの損金算入できる(参考:現行70%)。 さらに、今回の改正では、上記ア~ウの例で示した株式等(たとえば対A社株)以外の株式等(たとえばB社株)の取得価額の100%以下の金額を中小企業事業再編投資損失準備金として積み立てたときの損金算入の拡充も図られた(大綱67頁)。よって、複数回のM&Aの税制メリットが拡大したといえる。 すでに改正前の中小企業事業再編投資損失準備金制度(最大70%損金算入)を活用済みの企業では、改正中小企業事業再編投資損失準備金制度も活用することで、他のM&Aの際に90%損金算入の適用を受け、さらに別のM&Aの際に100%損金算入の適用を受ける可能性も広がる。この点で、目先のキャッシュに対する懸念が和らぐ。 ③ 準備金の取崩し (4) 登録免許税の軽減措置の拡充 本制度の適用に関連して、吸収合併等を伴うグループ化の取組みで発生する登録免許税についての軽減措置が拡充される予定である(大綱47頁)。 このほか、中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長にあたっては、下図も参照されたい。 (出典) 経済産業省「(資料2)成長力が高く地域経済を牽引する中堅企業の成長を促進する税制措置について(2023年11月)」自由民主党税制調査会資料(令和5年11月13日)10頁 (了)