2024年2月15日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.556を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第124回】 「令和6年度税制改正における新たな公益信託税制」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 2月2日、政府は、能登半島地震の発災日が1月1日と令和5年分所得税の課税期間に極めて近接していること等から、令和5年分所得税・令和6年度分個人住民税について、今般の災害による損失に係る特別な措置を講ずることを閣議決定した。 これまでも、平成23年4月27日に成立・施行された「東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律」及び「地方税法の一部を改正する法律」(いわゆる震災特例法)においても同様の措置が講じられたことがある。 今回新たに講じられる措置は、所得税では、①雑損控除の特例(今般の災害により住宅や家財等の資産について損失が生じたときは、令和5年分の所得において、その損失の金額を雑損控除の適用対象とすることができる特例)、②災害減免法の特例(今般の災害により住宅や家財について甚大な被害を受けたときは、雑損控除との選択により、令和5年分の所得税について、災害減免法による軽減免除の適用を受けることができる特例)、③被災事業用資産等の損失の必要経費算入の特例(今般の災害により事業用資産等について損失が生じたときは、その損失の金額を令和5年分の事業所得等の金額の計算上、必要経費に算入することができる特例)が設けられる。 また、個人住民税では、雑損控除の特例(今般の災害により住宅や家財等の資産について損失が生じたときは、令和6年度分の個人住民税において、その損失の金額を雑損控除の適用対象とすることができる特例)が設けられる。 〇令和6年度税制改正法案の提出 上記特例措置の閣議決定と同じ2月2日に、令和6年度税制改正に係る「所得税法等の一部を改正する法律案」が国会に提出された(2月6日には「地方税法等の一部を改正する法律案」も国会に提出された)。 今回の改正法案には、公益法人制度改革と併せて、公益信託制度も公益法人制度と整合的なものとすることとされており、公益信託税制の抜本的な見直しも盛り込まれている。 〇従来の公益信託税制 公益信託は、公益活動のために自らの財産を提供しようとする個人や利益の一部を社会に還元しようとする企業等(委託者)が自らの財産を信託銀行等(受託者)に信託し、信託銀行等は、定められた公益目的に従い、その財産を管理・運用し、公益のために役立てようという制度である。 これまでの公益信託は、受益者の定めのない信託として位置づけられ、一定の要件を満たした公益信託(特定公益信託・認定特定公益信託)を設定した委託者及び公益信託へ寄附した寄附者に対して、特定公益信託の場合は、法人において一般寄附金としての損金算入が認められ、認定特定公益信託の場合は、法人においては一般寄附金とは別枠での損金算入が認められ、個人においては寄附金控除や相続又は遺贈により取得した財産の金銭を支出した場合の相続税非課税が認められている。 また、特定公益信託の要件を満たす公益信託については、その信託に関する権利の価額はゼロとして取り扱われ、相続税は非課税となる。 〇新たな公益信託制度 新しい資本主義の下、社会の変化等に柔軟に対応し多様な社会的課題解決に向けて民間の力を引き出していくため、昨年5月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」では、公益法人制度の見直しと併せて、「公益信託制度について、主務官庁による許可・監督を廃止して、公益法人認定法と共通の枠組みで公益信託の認可・監督を行う仕組みを構築する」とされていた。 すでに、公益信託については、現在の公益信託制度を規定する「公益信託ニ関スル法律」を見直すために、平成31年に法制審議会の答申がされているところ、この答申を踏まえ、公益信託制度を公益認定制度に一元化し、公益法人認定法と共通の枠組みで公益信託の認可・監督を行う仕組みとすることとされている。 〇新たな公益信託に対する税制措置 令和6年度税制改正では、新たな公益信託制度に対応し、新公益信託については信託設定時等のみなし譲渡益の非課税、拠出時の寄附金控除及び寄附金の損金算入、運用収益の非課税など、公益法人並みの課税上の取扱いを受けることとされている。 公益法人等に対して財産を寄附した場合、その寄附者による資産等の贈与等がみなし譲渡所得課税の適用対象となることとされ(改正所法案59)、また、公益信託の委託者がその有する資産を信託した場合にもその委託者に対してみなし譲渡所得課税が適用されることとなる(改正所法案67の3)。その上で、みなし譲渡所得等の非課税措置(改正措法案40)について、適用対象となる公益法人等の範囲に、新公益信託の受託者が加えられる。 新公益信託の信託財産とするために、個人が支出した当該新公益信託に係る信託事務に関連する寄附金について、寄附金控除の対象とされ(改正所法案78)、法人が支出した寄附金については、一般の寄附金の損金算入限度額とは別に、一定の損金算入限度額に相当する金額の範囲内で損金算入ができることとされる(改正法法案37)。 新公益信託の信託財産に属する資産及び負債並びにその信託財産に帰せられる収益及び費用は受託者である法人の各事業年度の所得の金額の計算上その法人の資産及び負債並びに収益及び費用でないものとみなされる(改正法法案2、12)。 (了)
〔令和6年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第2回】 「「オープンイノベーション促進税制の見直し」 「デジタルトランスフォーメーション (DX) 投資促進税制の見直しと延長」 「中小企業防災・減災投資促進税制の見直しと延長」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和5年度税制改正における改正事項を中心として、令和6年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第1回】は「研究開発税制の見直し」について解説した。 【第2回】は「オープンイノベーション促進税制の見直し」、「デジタルトランスフォーメーション (DX) 投資促進税制の見直しと延長」及び「中小企業防災・減災投資促進税制の見直しと延長」について解説する。 1 オープンイノベーション促進税制の見直し オープンイノベーション促進税制とは、青色申告書を提出する法人が、一定のスタートアップ企業に対して出資を行う場合に、その投資額の25%相当額の所得控除を認める制度である。 ただし、株式取得の日から一定期間内に当該株式を売却等した場合は、その部分を益金に算入することになるので注意が必要である。 従来は現金の払込みによる新規出資のみが対象だったが(新規出資型)、令和5年度税制改正により、既存株式の取得が対象に追加されている(M&A型)。 (1) 新規出資型における見直し 令和5年度税制改正により、令和5年4月1日以降の新規出資型の出資について次のように見直しが行われている。 (※1) 過去に新規出資型の証明を受けている場合、当該証明を受けた出資先企業に対して行う追加出資(新規発行株式の取得)は対象外 ただし、追加出資によって議決権の過半数を有することになる場合は対象 (※2) M&A型との合計額 株式の取得から3年を経過するまでに、特別勘定の取崩し事由に該当することとなった場合は、その事由に応じた金額を取り崩して益金に算入する。具体的には、次のような場合である。 (2) M&A型の創設 スタートアップ企業へのM&Aを後押しするため、令和5年度税制改正により、M&A時の発行済株式の取得もオープンイノベーション促進税制の対象とすることとされた。 (※) 新規出資型との合計額 株式の取得から5年経過後に、特別勘定を取り崩して益金に算入する。ただし、5年以内にスタートアップが一定の成長要件を満たした場合は、取崩しは不要となる。要件は、スタートアップの成長段階に応じ「売上高成長類型」、「成長投資類型」、「研究開発特化類型」の3類型が設定されている。 この改正は、令和5年4月1日から令和6年3月31日までの間の株式取得に適用されるため、令和6年3月期決算申告には適用されることになる。 2 デジタルトランスフォーメーション (DX) 投資促進税制の見直しと延長 デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、デジタル技術を活用した企業変革のことである。DX投資促進税制とは、青色申告書を提出する法人が、認定事業適応計画に従ってソフトウェア等の取得等をして事業に供用した場合に、30%の特別償却又は税額控除(3%又は5%)を認める制度である。 令和5年度税制改正において、主務大臣による認定要件が見直された上で2年間(令和7年3月31日までの間の取得・供用まで)延長されている。 (1) 認定要件の見直し DX投資促進税制の適用を受けるためには、主務大臣による認定が必要であるが、この認定要件が見直されて次のようになっている。 (2) 制度の概要 取得等をして事業に供用した情報技術事業適応設備及び事業適応繰延資産の額(300億円が限度)について、30%の特別償却又は税額控除(3%又は5%)が認められる。 (※1) クラウドシステムへの移行に係る初期費用 (※2) ソフトウェア・繰延資産と連携して使用するもののみ (※3) グループ企業外の事業者とデータ連携をする場合 (3) 適用期間 この改正は令和5年4月1日から令和7年3月31日までの取得・供用に適用されるので、令和6年3月期決算申告には適用されることになる。 3 中小企業防災・減災投資促進税制の見直しと延長 中小企業防災・減災投資促進税制とは、中小企業強靭化法に基づく「事業継続力強化計画」又は「連携事業継続力強化計画」の認定を受けた青色申告書を提出する中小企業者等が、当該計画に基づいて、指定期間内に一定の設備(特定事業継続力強化設備等)への投資を行う場合に、20%の特別償却を認める制度である。税額控除は認められていない。 令和5年度税制改正により、対象設備に耐震装置が追加され、計画の認定期間が令和7年3月31日まで2年間延長された。また、令和5年4月1日以後に取得・供用する資産については、特別償却率が18%に引き下げられている。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第58回】 「事前確定届出給与と役員賞与引当金」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 役員賞与引当金の計上 日常の実務において、様々な引当金を計上することは一般的であるといえる。その目的は、適正な期間損益を試算表や決算書に示すことで、ステークホルダーへ情報開示を行い、経営判断等の礎とするためである。 このうち、役員や従業員を対象とした賞与引当金については個別の会計基準が存在しないため、企業会計原則等に従って会計処理を行うこととなる。具体的には、賞与の支給について次の要件のいずれにも該当すると判断されるのであれば、会計上、支給すべき賞与の額を賞与引当金として計上することとなる。 【企業会計原則注解・注18】 このうち、②の「その発生が当期以前の事象に起因する」という要件も満たすからこそ引当金が計上されることから、事前確定届出給与を支給する前事業年度に、役員賞与引当金を計上した場合における税務上の取扱いがこれまで判然としていなかった。 つまり、X1年度に②の要件を満たすとして役員賞与引当金を計上しつつ、X2年度に役員賞与を支給するとして事前確定届出給与に関する届出書を提出した場合に、職務執行期間がX1年度であるものをX2年度に支給することにもなりかねず、事前確定届出給与に関する届出書に記載すべき職務執行期間とその提出期限の整合性の面で問題となりかねないということである。なお、事前確定届出給与に関する届出書の提出期限については、【第17回】で解説している。 この問題について判断を示した裁決例が現れたため、以下(2)で解説したい。 (2) 役員賞与引当金の計上は職務執行期間を反映したものとはいえないとされた事例 役員賞与引当金の計上と事前確定届出給与に関する届出書における職務執行期間に関して、国税不服審判所が判断を示した事例として、国税不服審判所令和5年2月3日裁決がある(※)。 (※) 裁決事例集等未登載。 本件は、納税者が前事業年度に役員賞与引当金を計上し、それを取り崩すことで支給する形としていたことが問題視された事例である。つまり、親会社から通知を受けて取締役会で決議した役員給与は、どの職務執行期間に該当するものであるのかということであり、仮に職務執行期間を経過してから取締役会で支給を決議したのであれば後払いの性質となるため、事前確定届出給与に関する届出書の提出期限を徒過したこととなるという問題である。 この点、課税庁は、親会社が業績を指標として支給額を子会社に通知すること、上記(1)の引当金計上要件②に鑑みて、引当金を計上する事業年度の職務であることが要件であること等から、職務執行期間は過去のものである等と主張した。 これに対し、納税者は、親会社の方針は賞与の額を算定する基準に過ぎないこと、定時株主総会と取締役会の決議を経て初めて確定すること、役員賞与引当金の計上は会計処理の継続性及び保守主義の観点から行ったものであること等を主張し、適正な決議と適正な事前確定届出給与に関する届出書を提出していることから、職務執行期間は支給日の属する職務執行期間であると主張した。 これを受け、国税不服審判所は納税者の主張を認め、更正処分等の全てを取り消しているのは上記の通りである。国税不服審判所は、取締役会の議事録上、決議した役員給与がいつの職務執行期間に対するものかを示す記載はないということを認定した上で、「本件各役員給与が過去の職務執行の対価であることをうかがわせる記載もなく、むしろ、請求人が、本件各役員給与を、同日開催された定時株主総会で選任(再任)された各取締役を対象に、当職務執行期間における職務執行の対価と認められる毎月の定額報酬の額と合計した上で承認していたことからすれば、本件各役員給与は毎月の定額報酬と同様、当職務執行期間の職務執行の対価として決議されたと考えるのが自然である」と示した。課税庁の主張に対しては、「引当金の会計処理は、・・・取締役会の決定内容を直接明らかにするものではな」く、「その会計処理をもって直ちに本件各役員給与に係る職務執行の時期が判断できるものではない」と示して退けた。 (3) 本件裁決例の意義 本件は、(1)で紹介した論点について、その判断を初めて正面から示したという点で評価できる裁決例だと考える。しかし、その前提となったのは、取締役会の議事録において、決議した給与はいつの職務執行期間に対するものかを示す記載がなかったことであるため、仮に、役員に対する給与が過去の職務執行期間に対応する旨等が当該議事録に明記してあれば、異なる結果となったとも考えられる。 本件裁決例は、役員賞与引当金を計上したという行為は取締役会の決議内容に直接結びつかないという点を確認したに過ぎず、その上で事前確定届出給与の職務執行期間について納税者の状況等から判断されたものである。 したがって、職務執行期間の判断は各種議事録に示される決議内容こそが重要であるため、事前確定届出給与の支給額を決議し、その届出書の提出を行う場合には、これから支給するとする期間に対応するものである点を確認しておきたい。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第61回】 「非適格株式交換を行った場合の株式交換完全親法人、株式交換完全子法人、株式交換完全子法人の株主の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、非適格株式交換を行った場合の株式交換完全親法人、株式交換完全子法人、株式交換完全子法人の株主の取扱いについて解説します。 1 非適格株式交換があった場合の株式交換完全親法人の取扱い (1) 株式交換完全子法人株式の取得価額 非適格株式交換により株式交換完全親法人が取得する株式交換完全子法人株式の取得価額は株式交換時の時価となります(法令119①二十七)。 (2) 非適格株式交換により増加する資本金等の額 株式交換完全親法人において株式交換により増加する資本金等の額は、次のとおりです(法令8①十)。 (3) 非適格株式交換により増加する利益積立金額 非適格株式交換の場合には、株式交換完全親法人の利益積立金額は増加しません。 (4) 具体例 ① 前提 【B社の株式交換直前のBS(単位:百万円)】 ② 株式交換完全親法人の仕訳 2 非適格株式交換を行った場合の株式交換完全子法人の取扱い (1) 時価評価 非適格株式交換を行った場合には、株式交換完全子法人が有する資産について時価評価を行う必要があります。株式交換完全子法人の非適格株式交換の直前の時において有する時価評価資産の評価益又は評価損は、非適格株式交換の日の属する事業年度の所得金額の計算上、益金の額又は損金の額に算入されます(法法62の9①)。 (2) 時価評価の対象資産 非適格株式交換を行った場合に、株式交換完全子法人において時価評価を行う必要がある時価評価対象資産は、次のとおりです(法法62の9①)。 (3) 時価評価対象外の資産 非適格株式交換を行った場合の時価評価対象資産から除かれる資産は、次のとおりです(法令123の11①)。 (4) 評価単位 時価評価は、次の資産区分に応じた単位ごとに行います(法規27の15①、27の16の2)。 (5) 完全支配関係がある法人間で非適格株式交換が行われた場合 完全支配関係のある法人間で非適格株式交換を行った場合には、完全支配関係がある法人間の非適格合併の場合と同様に、グループ法人税制の適用により、時価評価損益の計上は行いません。 (6) 具体例 ① 前提 【B社の株式交換直前のBS(単位:百万円)】 ② 株式交換完全子法人の仕訳 土地は、時価評価の対象資産に該当するため、評価益700百万円を認識します。 3 非適格株式交換を行った場合の株式交換完全子法人の株主の取扱い (1) 旧株の譲渡損益 株主については、投資が継続していると認められる場合には、譲渡損益の計上を繰り延べることとされています(法法61の2⑨)。 「投資の継続」とは、株主が金銭等の交付(株式以外の交付)を受けていないことをいいます。 したがって、非適格株式交換の場合でも、株式交換完全子法人の株主が金銭等の交付を受けていないときは、旧株の譲渡損益は繰り延べられます。 (2) みなし配当 利益積立金額が株主に交付されるときは、みなし配当を計上する必要があります(法法24)。 非適格株式交換が行われた場合には、株式交換完全子法人の利益積立金額は株式交換完全子法人の株主に交付されないため、株式交換完全子法人の株主においてみなし配当を計上する必要はありません。 (3) 株式交換完全親法人株式の取得価額 株式交換完全子法人の株主が対価として株式交換完全親法人株式のみを交付された場合のその株式交換完全親法人株式の取得価額は、株式交換完全子法人株式の帳簿価額に付随費用を加算した金額とされています(法令119①九)。 株式交換完全親法人株式以外の資産の交付がある場合の株式交換完全親法人株式の取得価額は、株式交換時の時価となります(法令119①二十七)。 (4) 具体例①(株式交換完全親法人株式のみを交付) ① 前提 ② 株式交換完全子法人の株主の仕訳 (5) 具体例②(現金と株式交換完全親法人株式を交付) ① 前提 ② 株式交換完全子法人の株主の仕訳 ◆非適格株式交換を行った場合の株式交換完全親法人、株式交換完全子法人、株式交換完全子法人の株主の取扱いのポイント◆ 非適格株式交換があった場合に、株式交換完全親法人が取得する株式交換完全子法人株式の取得価額は時価となります。 非適格株式交換があった場合には、株式交換完全親法人において資本金等の額が増加しますが、利益積立金額は増加しません。 非適格株式交換があった場合には、株式交換完全子法人において対象となる資産の時価評価を行う必要があります。 株式交換完全子法人株式の譲渡損益を認識するかどうかは、適格株式交換か非適格株式交換かにかかわらず投資の継続で判定します。 (了)
給与計算の質問箱 【第50回】 「令和6年分所得税の定額減税」 ~月次減税~ 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 令和6年度税制改正大綱に織り込まれ、実施が見込まれる令和6年分所得税の定額減税のうち、月次減税についてご教示ください。 A 以下、令和6年分所得税の定額減税のうち、月次減税を中心に概要を解説する。 なお、年調減税については次回の解説を予定している。 * * 解 説 * * 1 定額減税の概要 (1) 定額減税の対象者 令和6年分の所得税の合計所得金額が1,805万円以下の居住者が対象である。 (2) 定額減税額 次の①と②の合計額である。 (3) 定額減税を行う時期 次の①と②において行う。 2 月次減税の概要 (1) 月次減税の対象者 令和6年6月1日現在において給与支払者のもとで勤務している人で、源泉徴収税額表の甲欄が適用される居住者(基準日在職者)が対象である。上記1(1)の合計所得金額が1,805万円を超えると見込まれる人も対象となる(※)。 (※) ただし、年調減税の適用が受けられないので、年末調整の際にそれまで控除した額の精算等を行うことになる。 なお、令和6年6月1日以後支払う給与等の源泉徴収において源泉徴収税額表の乙欄や丙欄が適用される人、令和6年5月31日以前に退職した人や出国して非居住者となった人、令和6年6月2日以降に入社した人は対象外である。 (2) 月次減税額の計算 上記1(2)のとおり、月次減税額を計算する。 同一生計配偶者は、生計を一にする配偶者のうち合計所得金額が48万円以下の居住者をいう。また扶養親族は、所得税法上の控除扶養親族だけでなく、16歳未満の扶養親族も含めた居住者をいう。これらの対象者は扶養控除等申告書で確認する。 なお、扶養控除等申告書に記載していない同一生計配偶者や16歳未満の扶養親族については、最初の月次減税事務を行うときまでに、控除対象者から「源泉徴収に係る定額減税のための申告書」の提出を受けて確認を行う。 (3) 月次減税を行う時期 令和6年6月1日以後に支払う給与又は賞与のうち、支給日が早いものについて源泉徴収されるべき所得税及び復興特別所得税の相当額(控除前税額)から順次、月次減税額を控除する。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第36回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 8 暗号資産の所得は誰に帰属するか 第34回の6で紹介した国税不服審判所令和4年3月23日裁決(裁決事例集未登載:TAINSコードF0-1-1362)では、暗号資産に係る所得の帰属についても問題となっている。 請求人は、次の点を挙げて、請求人とその母は共同出資者として暗号資産に投資し、その暗号資産を共同で管理していたことを前提として、暗号資産の投資による収入も請求人と母で各50%ずつにあん分すべきであると主張した。 要するに、原処分庁は、暗号資産の譲渡による総収入金額約1.2億円の全額が請求人に帰属するものとして課税処分をしたが、 請求人はそのすべてが請求人に帰属するのではなく、その半分は請求人ではなく母に帰属すると主張している。 例えば、Aのあずかり知らないところでBがAの名義を借用して取引を行い、利益を得ていたケースを想定すると、通常、Aには所得が帰属していないため、課税庁がAに上記の所得が帰属しているとして課税処分を行うことは妥当ではないことはすぐに理解できるであろう。 このように所得の帰属の判断を誤り、これに基づいて所得が帰属していない者に課税を行った場合、課税要件の根幹についての重大な過誤があるとしてその処分は無効になる可能性がある(最高裁昭和48年4月26日第一小法廷判決・民集27巻3号629頁)。 したがって、課税関係を検討するに当たって、このような人的帰属の決定は重要な問題である。 この点に関して、所得税法12条は、次のとおり定めている。 この条文の読み方はいろいろと議論のあるところであるが、差し当たり、私法上の法的実質に即して収益の帰属を判断するものと解しておく。 本裁決も上記の条文を引用して、この争点を判断している。 具体的には、本裁決は、請求人と母が共同出資者として50%ずつ暗号資産に出資したから、暗号資産同士の交換等に係る取引(本件取引)から生じた本件利益も請求人と母とで50%ずつにあん分すべきである旨の上記請求人の主張に対して、本件利益は、すべて請求人に帰属すると認められるとして、請求人の主張を採用していない。 本裁決は、まず次の点を指摘している。 結局、本裁決は、以上に加えて次の点なども踏まえて、本件取引は、請求人が資金を調達し、請求人自身の判断と責任で暗号資産交換取引等の原資を出えんして行っていたとみるのが自然であり、本件取引はすべて請求人が行っていたと認められるという判断に至っている。 請求人が母から受領した金員の法的性格をどう考えるべきか、母はその金員や本件取引についてどのような認識を有していたのかという点が気にかかるものの、この事案では、親子間における帰属が問題となっていることなどから、暗号資産の所得の帰属を判定する際に必要な物的証拠が不足していたり、あるいは当事者の認識や意思もはっきりしていなかったという事情があったのかもしれない。 国税不服審判所のホームページに掲載されている裁決要旨も踏まえると、本裁決は、次の①~④などに照らして、本件利益はすべて請求人に帰属すると判断したといえる。 他に仮想通貨に係る収益の帰属が争われた事例として、国税不服審判所のホームページでは、次のとおり、国税不服審判所令和5年2月17日裁決(裁決事例集未登載:令5.2.17東裁(所)令4-85)の要旨が掲載されている。 この裁決は減資の出えん者、仮想通貨の管理処分者、当事者の認識等に基づいて仮想通貨の帰属先を決定し、そこからそのまま収益の帰属先も決定しているようである。 (了)
相続税の実務問答 【第92回】 「相続時精算課税における特別控除の選択適用」 税理士 梶野 研二 [答] 令和5年分の贈与税について、相続時精算課税の特別控除額2,500万円のうち、500万円を適用することにより贈与税額は発生しません。しかしながら、贈与税の申告書にこの特別控除の適用をする旨の記載をしなければ、特別控除を適用することはできません。 仮に令和5年分の贈与税について、相続時精算課税の特別控除額を適用しなかった場合には、この適用しなかった特別控除額は、将来、お父様から株式の贈与を受けた際の贈与税の申告に適用することができます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続時精算課税 個人が個人から贈与により財産を取得した場合には、相続税法の規定に従い贈与税の申告をする必要があります。贈与税の課税方法について、相続税法では、いわゆる暦年課税と相続時精算課税の2つの課税方法を定めています。 このうち相続時精算課税は、贈与時に、一定の贈与者(特定贈与者)からの贈与により取得した財産に対する贈与税を納め、その後、その贈与者が亡くなったときに、相続時精算課税を適用した贈与財産の価額と、相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額を基に計算した相続税額から、既に納めた贈与税に相当する金額を控除することにより、贈与税と相続税を通じた一体的な課税を実現することができる課税方法です。 なお、相続時精算課税を適用することを選択した者(相続時精算課税適用者)が、その後、同じ者から受けた贈与については、相続時精算課税が適用されることとなります。 相続時精算課税適用者が特定贈与者から贈与を受けた場合の贈与税の計算は、次のとおりとなります。すなわち、その年中の特定贈与者ごとの贈与を受けた財産の価額の合計額(課税価格)から、贈与税の基礎控除額を控除し(相法21の11の2))(※1)、その残額から2,500万円を上限として相続時精算課税に係る特別控除額として控除します(相法21の12)。こうして求めた金額に税率20%を乗じて贈与税額を算出します(相法21の13)。 (※1) 相続時精算課税における基礎控除額は、令和6年1月1日以後の贈与に係る贈与税に適用されます(令和5年所得税法等の一部を改正する法律附則19④)。 なお、前年分までの申告において特別控除額2,500万円の一部を適用している場合には、2,500万円からその金額の合計額を控除した残額が特別控除額の上限となります。また、前年分までの申告において、特別控除額2,500万円の全額を適用した場合には、その後の年分については、適用することのできる特別控除額はありません。 2 相続時精算課税の特別控除 相続時精算課税の特別控除について相続税法第21条の12第1項は、次のように規定しています。 この規定からは、特別控除額の控除は、納税者が適用するかどうかの選択に委ねるのではなく、相続時精算課税の特別控除の適用の要件を満たせば、当然に適用されるものと解することができそうです。 しかしながら、同条第2項では、特別控除の適用は、期限内申告書に第1項の規定により控除を受ける金額、既に同項の規定の適用を受けて控除した金額がある場合の控除した金額その他財務省令で定める事項の記載がある場合に限り、適用すると規定しており、贈与税の期限内申告書に控除を受ける特別控除額等所定の記載をした場合に限って、この控除は認められるとされています(※2)。 (※2) ただし、税務署長は、特別控除の適用について記載がない期限内申告書の提出があった場合において、その記載がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、その記載をした書類の提出があった場合に限り、特別控除の規定を適用することができることとされています(相法21の12③)。 したがって、贈与税の期限内申告書に控除を受ける特別控除額を記載しない場合には、特別控除を適用せずに、特定贈与者から贈与を受けた財産の価額の合計額から基礎控除額を控除した残額に贈与税の税率20%を乗じて、贈与税の額を算出することとなります。 そして、特別控除額を適用しないで相続時精算課税に係る贈与税の申告を行った場合には、その年において使用することができた特別控除額は、翌年以降の特定贈与者からの贈与に係る申告において適用することができることとなります。 なお、特定贈与者に相続が開始した際には、相続時精算課税に係る贈与財産の価額(令和6年以降の贈与にあっては、相続時精算課税の基礎控除額を控除した後の金額)は、相続税の課税価格に含まれることとなり、一方、納付した贈与税の額は算出された相続税額から控除されますので、相続時精算課税に係る特別控除をいずれの年分で適用しても、また、いずれの年分においても特別控除を適用しなかったとしても、贈与税及び相続税を通じた負担額には変わりはありません。 3 ご質問の場合 あなたは、令和5年中にお父様から贈与を受けた500万円に対する贈与税の申告について、相続時精算課税を適用するとのことです。その場合、相続時精算課税の特別控除額2,500万円のうち、500万円を適用することにより、令和5年分の贈与税額は発生しません。しかしながら、贈与税の申告書にこの特別控除の適用をする旨の記載をしなければ、特別控除の適用をすることはできません。そうしますと、あなたは100万円(500万円×20%)の贈与税を納付することになります。 令和5年分で適用しなかった特別控除額は、将来、お父様から株式の贈与を受けた際に適用することができます。 このような特別控除の適用年分の事実上の選択は、そもそも制度が予定したものではないかもしれませんが、相続税法の規定上、可能ですし、贈与税の納税のための資金繰りという観点からは意味がないわけではないでしょう。しかしながら、将来、お父様から株式の贈与を受けることが確実であるとはいえませんし、また、贈与税と相続税を通じた税負担は、どのように特別控除を適用したとしても変わりありませんから、特別控除の適用をあえて先送りにすることについては再考された方がよいかもしれません。 なお、令和5年の税制改正で、相続時精算課税についての基礎控除が設けられましたが、この控除が認められるのは、令和6年1月1日以後に行われた贈与に限られますので、あなたの令和5年分の申告においては、基礎控除を適用することはできません。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第37回】 「日本ガイシ事件 -立地特殊優位性がもたらす利益の取扱いについて- (高判令4.3.10)(その1)」 ~租税特別措置法66条の4第1項、第2項1号ハ、同施行令39条の12第8項1号ハ~ 税理士 井藤 正俊 1 本事件を取り上げる目的 わが国で、産業の空洞化の問題が取り質され、中小企業から大企業に至るまで様々な企業が海外に製造移管を行い久しい。企業の海外進出の目的は様々だが、主たる目的に、トータルコストの低減が挙げられる。日本に比しより廉価な労働賃金やインフラコストなどを提供する国・地域を求め、企業は進出している。移転価格において、ロケーション・セービング(Location Saving。以下、「LS」という)(※1)と表されるメリットを求めての企業行動である。 (※1) LSに係る利益の取扱いが争点の1つとなった事案にホンダ(ブラジル)事件(東京地裁平成26年8月28日判決、東京高裁平成27年5月13日判決)がある。 海外への製造移管が行われるようになって久しい今日、移管から早20-30年という企業も珍しくない。そのような企業にあっては、海外子会社(国外関連者)が製造技術などのノウハウを形成している場合がある。大量の生産を行い、国外関連者に、いわゆる「規模の経済(利益)」にもとづく、多くの利益が発生する構造になっている場合もある。 従来の移転価格の議論においては、超過利益が発生している場合、重要な無形資産が主たる貢献であると捉えられてきた。ところが近年、海外の税務当局からは、超過利益の発生要因としてLSや立地特殊優位性(以下、「LSA」という)(※2)が貢献しており、これらを考慮すべきであるとの主張がなされるようになってきた。 (※2) 「OECD移転価格ガイドライン」においては、「その他現地市場の特徴(Other local market features)」という用語を用いている。一方、「国際連合(UN)移転価格マニュアル」においては、「LSA:Location-Specific Advantages」を用いていることから、本稿においては、LSAを用いている。 当該問題が争点として争われたのが、本稿で扱う日本ガイシ事件(※3)である。本事件は、わが国でLSAが争点になった最初の訴訟案件であり、移転価格算定方法(TPM)として残余利益分割法(RPSM)が適用された。判決では、LSAは、残余利益を構成し、分割要因としては、超過減価償却費なる新たな概念が用いられた。今後、LSAが関係する事案では、参考とすべき重要な事件と考えられる。 (※3) 東京地裁令和2年11月26日判決 ただ、その一方で、当該事件では、残余利益を構成するLSAの発生メカニズムに規模の経済の視点を用いながらも、従来のRPSMのフレームワークで解決をはかっている。この点については、筆者は疑問を抱いている。なぜなら、納税者が、経済学的なアプローチを主張し、裁判所は、そのように考えることが、国外関連取引及び経済実態に即していると判断したからである。 そうであれば、あえてRPSMを用いることなく、直接、国外関連者に配分し得たのではないかと考えられるからである。そして、残余利益の分割要因として超過減価償却費なる、新たな概念を用いる必要もなかったのではないかとも思料するためである。そこで、超過減価償却費を分割要因に用いることの適否と併せて検討するものとしたい。 なお、文献の引用に当たっては、敬称は省略させていただいた。ご宥恕願いたい。また、本稿での下線は、断りがない限り、筆者によるものである。 2 事件の概要等 (1) 事業と国外関連取引の内容 X(原告)は、セラミックス製品の製造を主たる事業とする内国法人である。Xは、ディーゼル車用の微粒子除去フィルター(炭化ケイ素を原料とするセラミックス製ディーゼル・パティキュレート・フィルター(以下、同フィルターを「DPF」という))を取り扱い、炭化ケイ素を原料とするDPF製品を開発した。Xは、X及び関係会社が本件製品の製造に関する特許権やノウハウ等の無形資産を有していた。本件製品は、ヨーロッパ連合(EU)において設けられた自動車排ガス規制の基準を満たす上で有効であることから、自動車メーカーが使用するようになった。 Xは、ポーランドにおいて、間接子会社となる国外関連者Y社を設立し、Yとの間で無形資産の使用に関するライセンス契約を締結した。Yは、当該無形資産を使用して本件製品を製造し、これをドイツ所在のXの間接子会社Aを通じて、ヨーロッパの自動車メーカーに販売していた。以上の取引関係を図示すれば、〈図表1〉のとおりとなる。 〈図表1:取引図〉(※4) (※4) 課税庁は、課税時において、YとAとの間の販売価格については、独立企業間価格であると認定している。 (2) 課税の内容 Xは、ライセンス契約に基づきロイヤリティをYから収受していたが、課税庁は、当該ロイヤリティの額が独立企業間価格に満たないとして、TPMとして租税特別措置法66条の4第2項1号ニ及び同法施行令39条の12第8項1号ハに規定するRPSMを適用し、平成19(2007)年3月期から平成22(2010)年3月期までの合計4事業年度について課税を行った(※5)。 (※5) Xは、2022年3月25日付の「移転価格税制に基づく更正処分等の取消訴訟に係る控訴審判決の確定に関するお知らせ」において、「当社は、2007年3月期から2010年3月期までの事業年度における当社ポーランド子会社との取引について、2012年3月に名古屋国税局より、移転価格税制に基づく本件更正処分等を受け、地方税を含めた追徴税額約62億円を納付いたしました。その後、当社は処分内容を不服として取消しを求め、2014年8月に名古屋国税不服審判所に審査請求を行い、2016年6月に本件更正処分等を一部取り消す旨の裁決書を受領いたしました。しかしながら、その段階では、法人税額・地方税額等約1億円の還付に止まったことから、全額が取り消されるべきと考え、残額の還付を受けるため2016年12月に東京地方裁判所に対し本件更正処分等の取消訴訟を提起いたしました。その後の審理を経て、2020年11月、東京地方裁判所にて、当社の請求を概ね認容し、法人税額・地方税額等合計約58億円について、本件更正処分等を取り消す旨の判決(以下、第一審判決)が言い渡されました。同年12月、国は、上記第一審判決を不服として、東京高等裁判所に対し、控訴を提起しました。これを受けて、当社は、第一審判決中、当社の請求が認容されなかった部分について、附帯控訴を提起いたしました。(中略)東京高等裁判所は、当社の請求を概ね認容した東京地方裁判所の第一審判決を是認し、国の控訴及び当社の附帯控訴をいずれも棄却しました。(中略)今後の見通し控訴審判決が確定した結果、納付済みの法人税額・地方税額等約58億円が還付されます(以下、省略)。」と発表している。 ◎ RPSMの内容 RPSMにおける、合算利益、基本的利益、分割要因、帰属所得の計算は、各々次のとおりである。 (ⅰ) 合算利益の計算 RPSMの適用に当たっては、分割対象利益として、国外関連取引によりX及びYに生じた営業利益(Xについては、Yから支払を受けたロイヤリティの額、Yについては、本件製品を製造販売したことによる営業利益)を合算利益とした。 (ⅱ) 基本的利益の計算 基本的利益の計算に当たっては、Xについては、本件ロイヤリティはその全てが重要な無形資産の貢献によるものであるため、基本的利益は0円とした。他方、Yについては、比較対象法人を、「EU加盟国に所在する自動車部品製造業に分類される企業を抽出した上で、事業内容が不明な企業や稼働していない企業など不適当なものを除外し、重要な無形資産の有無について考慮する。」との考え方に基づき抽出・選定を行い、比較対象法人5社を選定した。また、事業年度ごとに当該5社の売上高営業利益率の平均値を求め、これに本件国外関連者の総売上高を乗じることにより、基本的利益を算定した。 (ⅲ) 分割要因 残余利益の分割に当たっては、X及びYが保有する重要な無形資産の開発のために支出した費用を分割要因として考慮することとし、Xについては、その保有する重要な無形資産(本件製品に関する特許権及び製法等のノウハウ)に係る研究開発費の額をもって、分割要因の基礎となるXの支出額とした。 一方、Yについては、その保有する重要な無形資産(本件製品の量産工程における生産性改善に係る知見やノウハウ)が超過利益の獲得に寄与したものとし、■部門の部門費を分割要因の基礎となるYの支出額とした。 (ⅳ) 帰属所得の計算 以上を前提に、合算利益のうち、XとYそれぞれに帰属する営業利益の額を計算し、当初申告所得金額との差額が独立企業間価格に満たなかった金額として、Xに課税を行った。 (3) 争点 争点としては、下記①及び②の2点であり、①については、さらに2点に細分される。 なお、②については、本稿では取り扱わないものとする(※6)。 (※6) 他の検討事項として、Yの設備投資等の意思決定において、株主たるXが、どの程度意思決定に関与していたのかを、会社法上の経営者責任との関係などの視点から検討・議論することも有意義であると考える。しかしながら、当該検討等は多分に事実関係の問題であるものとも考えられる。一方、本稿は、LS/LSAの問題に特化していることから、ここでは取り扱わないものとする。 (4) 判旨 控訴棄却(確定):納税者勝訴 控訴審では、原判決のうち一部を除き原判決を維持し、控訴を棄却した。控訴審では、本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定において残余利益分割法を適用するに当たり、〔1〕控訴人たる国の主張する基本的利益の算定は相当であるが、〔2〕残余利益の分割については、重要な無形資産の開発に係る被控訴人及び本件国外関連者の各支出額のほかに、本件国外関連取引に係る超過減価償却費を分割要因に加えて配分するのが相当であり、〔3〕これを基に本件国外関連取引に係る独立企業間価格等を計算すると、本件各事業年度のうち平成22年3月期についてのみ国外移転所得が生じることとなるなどとして、平成21年3月期に係る更正処分及び賦課決定処分については被控訴人の主張に理由があるとして、それらの処分の全部を取り消し、平成19年3月期、平成20年3月期及び平成22年3月期に係る各更正処分及び各賦課決定処分については、被控訴人の主張に一部理由があるとして、それらの処分の各一部を取り消した。 なお、以下の検討においては、控訴審の内容に基づき検討を行うものである。 本件において、もっとも重要な点は、残余利益が、はたして重要な無形資産からのみ構成されるのか否かであると考えられる。そして仮に、重要な無形資産以外の寄与による場合、当該寄与による利益相当を、どのように配分するのが適当であるのかの問題といえよう。 そこで、本稿においてはまず、残余利益が重要な無形資産のみから成るのかを、以下において検討する。 3 検討 (1) 検討その1~残余利益は重要な無形資産のみから成るのか 原審において課税庁は、「残余利益分割法は分割対象利益から基本的利益を控除した後の残余利益をもって重要な無形資産の貢献により獲得された利益とみなし、これを重要な無形資産の価値に応じて法人又は国外関連者に配分するものであるから、残余利益の分割において重要な無形資産以外の利益発生要因を考慮することはそもそも想定されていない旨主張」している。また、控訴審の補充主張として、「残余利益分割法は、法人又は国外関連者が重要な無形資産を有する場合において、第1段階として、・・・・・・基本的利益・・・・・・を当該法人及び国外関連者それぞれに配分し、第2段階として、基本的利益を配分した後の・・・・・・残余利益・・・・・・を当該法人又は国外関連者が有する当該重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分する方法により独立企業間価格を算定する方法である。残余利益分割法がこのような2段階の算定を経るのは、重要な無形資産については、その独自性・個別性により、市場において取引相場が存在せず、重要な無形資産の貢献により獲得される利益を直接把握することが困難であることなどによるものである。」と述べている。いずれの理由も、残余利益分割法の意義や計算方法を述べているのみであって、直接、残余利益に他の要因による利益を含むか否かを示し得てはいない。 一方、納税者Xは、控訴審の補充主張の中で、移転価格ガイドライン(以下、「ガイドライン」という)を引き、「残余利益分析・・・・・・においては、まず、第1段階において、各参加企業に対し、それが関わった関連者間取引に関係するユニークではない貢献に対する独立企業間報酬が配分され、一般的に、各参加企業が寄与する、ユニークな価値のある貢献(unique and valuable contribution)によって創出される利益については考慮しないとされ、第2段階において、第1段階の分割後の残余利益(又は損失)を事実及び状況に係る分析に基づき各参加企業間で配分するとされている(2010年版ガイドライン・バラグラフ2.121・・・・・・2017年版ガイドライン・パラグラフ2.127・・・・・・)。これらの規定等は、いずれも、「重要な無形資産」であるか否かを問わず、分割対象利益の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因と認められる限り、これを分割要因とするものであると解される。これは、超過利益は必ずしも重要な無形資産のみによってもたらされるとは限らず・・・・・・また、重要な無形資産だけではなく、これと共に他の複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって残余利益(超過利益)が得られることがあるという経済及び取引の実態を踏まえ、分割対象利益の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因と認められる限り、これを分割要因とすることによって、内国法人と国外関連者との間で分割対象利益を適切に分割して独立企業間価格を認定するというものであり、同様の状況下にある独立企業間であれば合意により期待又は反映されるであろう利益の配分に近似させるものであって、合理的な定めであると認められる。」などと主張した。 これに対して裁判所は、「我が国の法令においてはもちろんのこと、OECDガイドラインをみても、残余利益の分割要因について、基本的には『重要な無形資産』のみをもって考慮されることが想定されているとか、『重要な無形資産』に匹敵する程度の価値(重要性)を備えたものでなければ分割要因として考慮しないなどといったことをうかがわせる条項ないし記載はない。むしろ、OECDガイドラインでは、分割要因は『実務上、資産や資本(営業資産、固定資産、無形資産、使用資本)又は原価(研究開発、エンジニアリング、マーケティングなどの重要分野における相対的支出又は投資)に基づく配分キーが多く用いられる』(2010年版ガイドライン・パラグラフ2.135)。無形資産の使用又は移転を伴う取引に関する独立企業間条件を決定するための特別の指針を示すものとして、『主な検討事項は、取引によって一方の関連者から他方の関連者へ経済的な価値が移転するかどうか、その便益は有形資産、無形資産、役務若しくはその他の項目又は活動に由来するものかどうかである。・・・・・・』(2017年版ガイドライン・パラグラフ6.2)と指摘されているところであり、残余利益の分割要因が無形資産に限定されるとか、基本的に無形資産であるとかという考え方を採用してはいないものと解することができる(なお、この部分の記載内容が本件国外関連取引の時点における独立企業間価格の算定の考え方を改めたものと解することはできない。)。」などと判示した。 判決において、わが国の法令ばかりか、OECDガイドラインを考慮しても、残余利益に重要な無形資産のみに限定されないとされたことは、課税庁にとり、かなりの衝撃を持って受け止められたのではないかと思料するところである。 ただ、この点について、大野雅人明治大学教授が、「このような問題が生じるであろうことは、本事件以前から、研究者や実務から指摘されていた」(※7、8)のであり、「むしろ国側が何故(あるいは何を根拠として)残余利益の分割要素は重要な無形資産に限定されると主張したのかという点が疑問として生じる。」(※9)と指摘しているが、筆者も同感である。 (※7) 大野雅人「移転価格税制における残余利益の分割要素は重要な無形資産に限定されないとされた事例」税務事例Vol.54 No.9(2022年)63頁の脚注11において、志賀櫻『詳解 国際租税法の理論と実務』民事法研究会(2011年)314頁、中里実「移転価格課税における無形資産の扱い」『移転価格税制の研究』日税研論集64号(2013年)56頁、60~61頁を紹介している。 (※8) 吉村政穂「移転価格税制における比較可能性分析と課税上の優遇措置」税務弘報62巻13号(2014年)65頁。吉村教授は、ホンダ(ブラジル)事件(東京地裁平成26年8月28日判決)をもとに、「比較可能性分析におけるロケーション・セービング(及びその他の市場の特性)の取扱いに関して予想されていた問題が表面化したものであり、今後議論が深められていくと思われる。」と述べている。 (※9) 前掲(※7)60頁 そして、原審及びこれを受けた控訴審での課税庁の主張自体が、本稿で扱うLS/LSAに対する課税庁の考え方、あるいはその姿勢の一端を示すものであり、わが国において、LS/LSAの議論がさほど進展しなかった風土的な側面と捉えられる事由なのかも知れない。 つまり、課税庁は、LS/LSAを含む、重要な無形資産以外の事項に起因する利益を、比較可能性の問題であり、基本的利益で扱うものと整理していたのではないのだろうか。 (2) 検討その2~基本的利益の捉え方 本件においては、重要な無形資産以外の超過利益を、基本的利益あるいは残余利益のいずれかで扱うのかが争点となった(上記2(3)①(イ))。判決においては、残余利益で扱うことになったわけである。ただ、課税庁の基本的な計算を是とし、その一方で、重要な無形資産以外の超過利益を、残余利益で扱うものとしたことにより、そもそも基本的利益をどのように捉えるべきかの問題を惹起したものと思われる。 この点について、納税者Xは、控訴審の補充主張として、本件の先例となる移転価格訴訟事件である、ワールド・ファミリー事件とホンダ事件とは異なる基準により、基本的利益の選定を行っていると指摘した。 この点、控訴審判決では、ワールド・ファミリー事件との相違について、「一般に、使用する無形資産の差によって生じる売上総利益率の差を把握することは難しいと解されるところ、原告の取引と比較対象取引に使用されるキャラクター (無形資産)については、その知名度や顧客に対する訴求力に極めて大きな差異があり、このような大きな差異は、販売価格、売上高、広告宣伝費、販売費用、売手との交渉力、ロイヤリティ等にも大きな影響を与えるものと解されるから、それによって生ずる売上総利益率の差を適切に把握し、これを調整することはより困難であると考えられるから、原告の取引と本件比較対象取引とは比較対象性を有しないなどと判示したものであって、本件と事案を異にするものであることは明らかである。」と説示した。 一方、ホンダ事件については、「処分行政庁が、マナウスフリーゾーンで事業活動を行うことによる税制上の利益であるマナウス税恩典利益を享受している上記国外関連者の比較対象法人として、マナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していないブラジル法人を選定し、かつ、マナウス税恩典利益の享受の有無について何らの差異調整も行わなかったことは、検証対象法人との市場の類似性を欠き比較可能性を有しない法人を比較対象法人として選定して検証対象法人の基本的利益を算定したという点にある。」などと説示している。そのうえで、「本件においては、・・・・・・、重要な無形資産とそれ以外の要因とが共に複数の利益発生要因として重なり合い、相互に影響しながら一体となって超過利益(残余利益)が発生したと認められるのであり、そのような事情は、利益発生要因の内容を含めて本件比較対象法人には当てはまらないのであって、これらの利益発生要因を基本的利益の算定において考慮することはできないのであるから、ホンダ事件についても、やはり事案を異にするものというべきである。」と述べている。 つまり、ワールド・ファミリー事件は、比較可能性を維持するための差異調整が不可の事案であり、ホンダ事件は、差異調整が行われていなかったことが問題であったと解される。 一方、本件は、複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって超過利益を発生させていることから、基本的利益の算定上、考慮できないという、一見後ろ向きな理由によるものと見ることができる。しかし、LS/LSAは、後述するレント(超過利益)と考えられ、その帰属が基本的利益の中で認識されるか、あるいは、残余利益の一部として認識されるかは、その発生の原因、あるいはその属性により考えるべきもの(※10)であるが、本件にあっては裁判所は、残余利益の一部として認識したことになる。 (※10) 前掲(※7)で引用された中里(2013年)において、「問題となるのは、レント(超過利益)の大きな部分が、納税者の保有する生産技術によりもたらされている(そうであるならば、残余利益が問題となる)が、外国政府の課税恩典によってもたらされている(そうであるならば、市場の構造ということで基本的利益の問題となる)かという点である」と問題提起し、一定の区分の仕方を示している。 ((その2)へ続く)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第151回】 株式会社タムロン 「特別調査委員会調査報告書(開示版)(2023年11月1日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社タムロン特別調査委員会の概要】 【株式会社タムロンの概要】 株式会社タムロン(以下「タムロン」と略称する)は、1950年11月創業、1952年10月設立。設立時の社名は泰成光学工業株式会社。1970年4月、現商号に変更。9社の連結海外子会社を有している。連結売上63,445百万円、経常利益11,496百万円、資本金6,923百万円。従業員数4,448名(2022年12月期連結実績)。本店所在地は埼玉県さいたま市。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人は、監査法人和宏事務所。 【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 2023年7月9日、タムロンが運営する内部通報制度における外部窓口宛てに、タムロンの前代表取締役社長である鯵坂司郎氏(以下「鯵坂氏」という)が、出張に「S氏」という通称を有する第三者女性(以下「S氏」という)を同伴させ、タムロンの経費を私的に流用した旨の内部通報があったことを契機として、タムロン監査役及び社外取締役において当該事実に関する調査(先行調査)を行った結果、鯵坂氏が少なくとも過去5年間、月に複数回にわたりS氏が関与する特定の飲食店において飲食し、当該費用をタムロンに負担させていた事実が発覚した。また、本件事案に関する支出管理を行っていた元常務取締役である大塚博司氏(以下「大塚氏」という)については、その不作為を含む関与が疑われた。 タムロンはこのような事態が生じたことを極めて深刻に受け止め、2023年8月22日開催の取締役会において、タムロンから独立した中立かつ公正な外部専門家及びタムロン独立社外取締役で構成される特別調査委員会を設置し、本件事案に関する徹底した事実調査を実施することを決議した。 2 特別調査委員会による調査結果の概要 (1) 出張同伴(本件事案①) 特別調査委員会は、鯵坂氏が合計6回の海外出張にS氏を同伴又は出張先で合流した行為について、タムロンとは無関係の部外者であるS氏のために、リムジンを手配し、S氏を同宿させる等したこと、また、出張先でのS氏との飲食や、出張先でS氏と会うための前泊、延泊に業務関連性がないことも明らかであることから、これらの行為は、「会社の利益を図る目的でない場合や自己又は第三者の利益を図る目的である場合」にあたり、経営判断の原則の適用が除外されるため、これらの費用をタムロンに負担させたことは、取締役としての善管注意義務に違反し、鯵坂氏は、これによりタムロンに生じた損害を賠償する責任を負うという結論を示した。 (2) 社内飲食(本件事案②) 特別調査委員会は、鯵坂氏の単独飲食費、鯵坂氏の同伴飲食費をタムロンに経費負担させたことは、取締役の経営判断の裁量の範囲を逸脱しているどころか、そもそも、「会社の利益を図る目的でない場合や自己又は第三者の利益を図る目的である場合」に該当するものであり、経営判断の原則の適用が除外され、鯵坂氏については取締役の任務懈怠責任が認められるという結論を示した。 さらに、特別調査委員会は、単独飲食費や同伴飲食費に該当しないものであっても、鯵坂氏がS氏関連店での飲食費をタムロンに会社経費として負担させたことは、直ちに取締役の経営判断の裁量を逸脱しているとまでは言えないとしても、その利用偏向により利用回数が多数に及んだこと、その利用態様により利用金額が不必要に多額に及んだこと、その利用内容の明細を全く確認しなかったことなどについて、S氏と鯵坂氏の関係を合わせて鑑みれば、著しく不適切であったとの誹りを免れないことを付言する。 3 特別調査委員会による原因究明(調査報告書69ページ以下) 特別調査委員会は、原因究明として、以下の項目を列挙している。 ここでは、特別調査委員会が究明した原因の1つ「社長領域の聖域化」の例示として、「北爪氏による警告の検討懈怠」の項目を見ておきたい。 2016年3月に取締役に就任したばかりの北爪泰樹氏(経理本部管掌及び内部統制担当。以下「北爪氏」という)は、同年6月2日に、常勤取締役及び常勤監査役の全員に向けて発信された役員会食案内メールに対し、全員に宛てて次のとおり返信した。 北爪氏は、タムロン生え抜きではなく、銀行出身で、取締役就任前は、経理本部長の職にあった。この指摘に対し、同時期に代表取締役社長に就任していた鯵坂氏は、次のとおり全員に返信して、北爪氏の指摘を封じた。 特別調査委員会は、このメールには、鯵坂氏以外の常勤取締役や常勤監査役が宛先に含まれていたにもかかわらず、鯵坂氏のみならず、他の常勤取締役や常勤監査役においても、北爪氏の本質的な指摘を何ら検討することはなかったと指摘している。 なお、北爪氏は、2018年3月に常務取締役、2021年3月に専務取締役に昇進した後、2022年3月29日開催の定時株主総会をもって退任している。 4 特別調査委員会による再発防止策の提言(調査報告書77ページ以下) 特別調査委員会による「再発防止策の提言」は以下の項目からなっている。 特別調査委員会は、「社長領域聖域化への対処」の筆頭に、「役職員の意識改革・研修実施」を挙げて、まずは、役職員の意識改革が必須であるとして、次のように指摘している。 さらに、「内部監査室に対する監査役の指示・承認権限の付与」の項目では、公益社団法人日本監査役協会監査法規委員会の「監査役等との内部監査部門の連携について」の提言を引用して、監査役に内部監査室に対する一定の指示・承認権限を付与することを検討し、社長による内部統制の無効化リスクに対して備えるべきであると指摘している。 【報告書の特徴】 タムロンというブランド名は、「当社の光学設計の第一人者であり、今日のタムロン光学技術の基礎を築かれた田村右兵衛氏の田村姓をとって(※1)」命名されたものだという。カメラ用交換レンズメーカーとしてスタートし、現在では、監視カメラや車載カメラ用のレンズも手がける光学機器メーカーの老舗において、業績拡大に貢献をしてきた2代の代表取締役社長が、接待交際費の私的利用を行っていたことが、内部通報をきっかけに暴かれることとなった。 (※1) タムロンホームページ「タムロンの歴史」 前社長の鯵坂氏は、特別調査委員会設置日に、監査役及び社外取締役による調査を受けて、取締役を辞任している(※2)。 (※2) 「代表取締役および取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」 1 特別調査委員会が評価するタムロンの自浄作用 特別調査委員会は、内部通報をきっかけに調査が行われ、前社長である鯵坂氏が辞任したことを「タムロンの自浄作用」として高く評価している。 さらに、監査役と社外取締役が、前社長鯵坂氏を辞任に追い込んだかのような表現も見ることができる。 その後、特別調査委員会は、本件について、「上場企業のあるべき内部通報制度の役割と社外取締役及び監査役の役割がいずれも見事に果たされた好事例として、本件は記憶される」とまで言い切っているのだが、少し違和感を覚える。特別調査委員会には、社外取締役で公認会計士の片桐春美氏も委員として参加しているのだが、同氏が社外取締役に就任したのは2018年3月のことである以上、鯵坂氏の接待交際費の私的利用やS氏の海外出張への同伴などの不正行為に、5年以上の期間、気づかなかったわけである。 特別調査委員会による再発防止策の提言についても、「社内飲食費に関するルールの策定」「交際費予算策定への関与」「役員室経費承認プロセス」といった項目は、鯵坂氏による不正が発覚しなくても、本来、整備しておく内部統制システムであり、内部通報がなければ、さらに鯵坂氏の不正行為は続いていたことになろう。内部通報があってからの対応については、特別調査委員会の評価どおりであるとしても、不正防止、不正の早期発見という点では、内部統制システムに問題があったという評価も必要ではないだろうか。 2 歴代社長の接待交際費に対する認識 特別調査委員会は、前々代表取締役社長であった小野守男氏(以下「小野氏」と略称する)の供述を「社長のモラルハザード」として引用している。 こうした供述について、特別調査委員会は、およそ就労している者であれば、大なり小なり誰でもストレスを抱えているのは当然であり、「自分だけは違う」というのは特権意識でしかなく、自己を客観的に捉えられていないことの証左であり、とどのつまり、ホステスと会社経費で楽しく飲みたいというモラルハザードを起こしただけであると酷評している。 さらに、前社長の鯵坂氏の弁明について、特別調査委員会は、単独飲食費や同伴飲食費の会社経費負担は小野氏から承継したルールであるの一点張りであり、単独飲食費や同伴飲食費を会社にて負担することが適切であるのかについて経営者として考えたこともないと紹介した後、次のように評価している。 3 接待交際費等の私的利用と税務調査 2016年当時取締役であった北爪氏が懸念した、「役員の飲食が業務上ではなく、個人的飲食と看做されると、交際費ではなく、役員賞与に認定されるリスクが多分にある」という指摘は、当時のタムロンの常勤取締役及び常勤監査役には届かなかったわけであるが、本調査報告書が公表された以上、タムロンには関東信越国税局の厳しい調査が待ち受けているものと考えられる。 例えば、交際費のうちに私的利用と判断された支出があった場合には、北爪氏の指摘どおり、役員に対する給与として認定され、タムロンは所得税の源泉徴収漏れを指摘されて、加算税と延滞税を含めて、追加で納付する処分を受けることが予想される。交際費については、もともと、法人税の計算上、損金としては否認しているはずなので、源泉徴収だけの問題で終わるわけだが、S氏の海外出張同伴費用など、タムロンが法人税の計算上旅費交通費として損金の額に算入されていた支出が、役員に対する給与と認定された場合には、法人税の計算における課税所得が不当に少なく計算されていたことになり、法人税の追加納付が必要となるのみならず、S氏の同伴を隠蔽した行為があったと判断された場合には、重加算税を含む厳しい課税処分を受ける可能性も否定できない。 なお、特別調査委員会は、本件調査の結果、税務申告をどうするかは、経営の意思決定事項であり、税務処理に関する会計処理についても、タムロンが金額的重要性を勘案し決定すべきものであると指摘するにとどめており、積極的に過年度申告内容を修正することまでは求めていない。 4 再発防止策 タムロンは、11月21日、「再発防止策の策定、ガバナンス検討委員会の設置および関係者処分並びに元役員等に対する責任追及方針に関するお知らせ」をリリースした。 (1) 再発防止策 タムロンによる再発防止策はいずれも特別調査委員会の提言に沿ったものであり、その項目は以下のとおりである。 (2) ガバナンス検討委員会の設置 さらに、タムロンは、再発防止策が適切に推進されていることを継続的にモニタリングするとともに、その他のガバナンス全般の改善を検討・実践していくため、ガバナンス検討委員会を設置した。その役割と構成は以下のとおりである。 (3) 役員の処分等について また、タムロンは、本件に関与した取締役である大塚氏の辞任申し出を受理するとともに、桜庭省吾代表取締役社長以下3名の常務取締役の報酬を減額するという処分を行い、2名の常勤監査役が「前代表取締役社長等に対する牽制を働かせる役割が不十分であったこと」を理由に、報酬を自主返納することを公表した。 (4) 元役員等に対する責任追及方針 本リリースの最後に、タムロンは、特別調査委員会の調査結果に基づき、不適切な経費の使用が認められた元役員に関し、損害賠償請求を行うとともに、訴訟提起も視野に入れた厳正な態度で臨んでまいりますと結んでいる。 (了)