《速報解説》 JICPAが「監査及びレビュー等の契約書の作成例」を改正 ~期中レビュー導入への対応や守秘義務条項を一部追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年3月18日付けで(ホームページ掲載日は2024年4月12日)、日本公認会計士協会は、「法規・制度委員会研究報告第1号「監査及びレビュー等の契約書の作成例」の改正」を公表した。 これは、四半期開示制度の見直しに伴う改正などに対応するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主な内容は次のとおりである。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「テクノロジーを活用した循環取引への対応に関する研究文書」を公表 ~循環取引の兆候や端緒の発見に役立つ情報を提供~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 日本公認会計士協会監査・保証基準委員会は、2024年4月8日付で、「テクノロジーを活用した循環取引への対応に関する研究文書」(監査基準報告書240研究文書第1号、監査・保証基準委員会研究文書第13号、以下、「研究文書」と略称する)を公表した。 これは、同日に、公益社団法人日本監査役協会、一般社団法人日本内部監査協会及び日本公認会計士協会が公開した「循環取引に対する内部統制に関する共同研究報告」(以下、「研究報告」と略称する)を、循環取引の防止や発見に資するテクノロジーの活用という観点から補完する内容となっている。 本稿では、研究文書の概要を紹介したい。 1 研究文書の内容 研究文書の目次は、次のとおりである(大項目だけを列挙している)。 2 研究文書の目的 研究文書は、目次の末尾でその性格について、「一般に公正妥当と認められる監査の基準を構成するものではなく、会員が遵守すべき基準等にも該当しない」と明記している。 その目的は、循環取引による財務諸表に現れる特徴を、テクノロジーを活用して循環取引の兆候や端緒の発見に役立つような情報を提供することにあるとしている。 3 循環取引の定義 研究文書では、「循環取引」を次のように定義している。 この定義は、当然のことながら研究報告と同じである。 4 個社ごとの監査におけるデータ分析活用の方法 研究文書の中心的な項目である「監査におけるデータ分析の活用」について、研究文書では、9ページにわたりグラフやイメージを交えて解説している。 ここでは、それぞれのデータ分析手法の名称を中心に項目名を列挙しておきたい。 データ分析手法については、研究報告の説明を読んだうえで、自社で、実行可能な手法を検討することが求められている。 最後の「4.監査におけるデータ分析の活用に向けて」の項目で、環境整備の筆頭に挙げられているのは、「被監査会社へのコミュニケーション」である。ここでのポイントは、「被監査会社との」コミュニケーションではなく、「被監査会社への」と表現されていることである。 研究文書では、監査人に対して、「被監査会社に対して指導的機能を発揮すること」「防止的統制の構築を被監査会社に指導すること」を求めたうえで、「機会の低減策の一つとしてデータの整備を行い、データ分析を活用したモニタリングを行うよう促すこと」と締め括っている。 5 Peppolなど電子インボイスの活用 研究文書では、電子文書をネットワーク上でやり取りするための「文書仕様」、「ネットワーク」及び「運用ルール」に関するグローバルな標準仕様であるPeppol(Pan European Public Procurement Online)と、これをベースに日本における電子インボイス(デジタルインボイス)の標準仕様としてJP PINTが策定されたことを説明し、JP PINTが2023年10月から開始したインボイス制度(適格請求書等保存方式)の要件に対応できることから、今後JP PINTに準拠した電子インボイスの利用が広まることが想定されるとして、その活用策をまとめている。 具体的には、会計データに記録されている情報とその証跡となる電子インボイスを照合するソフトウェアを構築することで、電子インボイスに基づき計上された会計データの証憑突合を行うことが可能となり、JP PINTに準拠した電子インボイスの利用が広まることで監査において証憑突合を自動化する難易度が下がると予想している。 6 全取引情報に基づく取引関係の全体像の理解 研究文書の最後では、現在の技術的な制約やデータの取扱いに関する法的な整理を度外視したうえで、将来的な新しい監査のアプローチの1つとして、被監査会社の取引データのみならず被監査会社の取引相手を含む全ての取引主体の取引データを基に取引関係の全体像を分析する試みについて、以下のような項目が説明されている。 研究文書は、「監査人が被監査会社から入手できる情報のみをもって循環取引を発見し、循環取引であることの確証を得ることは、通常、困難である」ものの、「商流に含まれる多数の企業や当事者から広く情報を入手すること」ができれば、循環取引を発見できる可能性があると説明しているが、残念ながら「商流に含まれる全ての取引データを被監査会社外部から広く収集できる共通のデータプラットフォーム」は存在しないため、上記「2.クラウド共有された電子インボイスの活用」以下で例示された方法により、「どのようにすれば商流に含まれる多数の企業の取引情報をできる限り広く入手することができるか」を検討している。 7 まとめ 「まとめ」では、研究文書は、「循環取引の兆候や端緒の発見に資するテクノロジーの活用の一つとして、統計的な手法を中心にデータ分析手法」を紹介したものであること、現在では制約がある、「監査人間での情報共有や電子インボイスの活用、さらに取引プラットフォーム上の全ての取引データを分析し循環取引となっている商流を検知するというアプローチについても議論を行った」ことが説明された後、今回は、「機械学習を用いた予測分析や生成AI」を活用方法として紹介する機会はなかったが、「今後監査へ活用され高度化や効率化につながるものと期待している」と、研究文書を締め括っている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 監査役協会等が「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」を確定 ~公開草案へのコメント受け、「内部統制による循環取引への対応」など一部修正へ~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 公益社団法人日本監査役協会、一般社団法人日本内部監査協会及び日本公認会計士協会は、2023年11月27日付で、「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」を公開草案(以下、2023年11月27日付の研究報告を「公開草案」と略称する)という形でリリースし、12月27日を期限に、意見の募集を行っていたところ、2024年4月8日、公開草案に対して寄せられたコメントとともに、コメントにより修正した後の「循環取引に対応する内部統制に関する共同研究報告」(以下、2024年4月8日付の研究報告を「研究報告」と略称する)を公表した。 本稿では、公開草案に対するコメントと修正箇所を中心に研究報告を紹介したい。 1 研究報告の内容 研究報告の目次にある項目については、公開草案からの修正はなく、次のとおりである。 2 公開草案に対するコメントによる研究報告の修正内容 公開草案に対するコメントとして公表されたものは全部で11件あり、そのうち、公開草案の修正につながったものが8件、修正には至らなかったものが3件であった。 公開草案の修正箇所は次のとおりである。 (1) 第1項「本研究報告の目的及び範囲」 コメントNo.3「本研究報告は3団体の会員向けだけではないため、表現は工夫したほうが良いのではないか」という趣旨のコメントを受けて、第1項の最終段落が次のように改められている。 〈公開草案〉 〈研究報告〉 (2) 第4項「循環取引を示唆する状況・兆候の具体的事例」 コメントNo.4「循環取引はニッチな部門や子会社でも起きている」、コメントNo.5「原価修正や原価付け替えに関する論点が記述されていない」という2つの指摘に対して、研究報告では、第4項「(3)特定担当者への権限の集中」の最後に、次の文章が追記され、 さらに、同項「(4)財務諸表上の数字に表れる特徴」の最後にも、同じく、「なお書き」が追記されている。 (3) 第8項「内部統制による循環取引への対応」 コメントNo.1「内部統制の限界を強調した方が良い」、コメントNo.2「循環取引を内部統制の構築だけで防げると受け止められる」という懸念などを踏まえて、第8項は次のように大幅な修正が行われている。 〈公開草案〉 〈研究報告〉 (4) 第9項「経営者不正への対応」 上記(3)と同じく、コメントNo.2「循環取引を内部統制の構築だけで防げると受け止められる」という懸念の表明を踏まえて、第9項は、経営者による不正の発見には、「内部統制の限界が存在する」ことを強調する形に修正されている。 〈公開草案〉 〈研究報告〉 (5) 第10項「経営者不正への対応」 こちらも(3)及び(4)と同じく、コメントNo.2「循環取引を内部統制の構築だけで防げると受け止められる」という懸念の表明を踏まえた格好で、第10項は、経営者による不正と内部統制の関係について、説明を加えるという形で修正されている。 〈公開草案〉 〈研究報告〉 (6) 第51項「監査役等」 コメントNo.6「監査役等には、不正行為等の報告義務があるから調査権等の権限がある」と記述するのではなく、「監査役等には、会社法上報告請求や調査権等があり、それらの権限に基づいて監査を実施する中で不正行為等を認めた場合に報告義務がある」とすべきではないかという指摘を踏まえ、第51項は、5行目「さらに」以下の文章が、次のように修正されている。 〈公開草案〉 〈研究報告〉 (7) 第63項「会社のビジネスに照らした循環取引リスクの検討」 コメントNo.7「シナリオ分析における外部監査人等の役割を追記した方がいい」という指摘を踏まえて、第63項における「シナリオ分析」の説明が次のように修正されている。 〈公開草案〉 〈研究報告〉 (8) 第73項「循環取引のリスクが高い取引に対応する内部統制」 コメントNo.8「発見的統制についてもう少し踏み込んだ報告が必要」という指摘を踏まえて、第73項「④循環取引のリスクが高い取引に対応する内部統制」の最後に、次の文章が追記されている。 (9) 第75項「循環取引のリスクが高い取引に対応する内部統制」 さらに、第75項「④項循環取引のリスクが高い取引に対応する内部統制」についても、上記(8)と同じコメントNo.8を踏まえて、最後に、次の文章が追記されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税庁「定額減税Q&A」(令和6年4月改訂版)が公表される ~新設11問のうち2問は給付金関連~ Profession Journal 編集部 国税庁は4月11日(木)付けで「令和6年分所得税の定額減税Q&A」を改訂、先月に続き設問の追加及び修正を行った。 今回追加されたのは以下の設問。 まず1-9(定額減税の実施方法(公的年金等))は公的年金等に係る定額減税の実施方法について解説しているが、本問は1-7(定額減税の実施方法(給与所得以外))の改訂前の解説における該当部分を別問として切り出したもの。続く1-10では源泉徴収で定額減税が行われる公的年金等が箇条書きで示されている。 次に2-8では、「令和6年分の合計所得金額が1,805 万円を超えることが明らかなので月次減税を行わないでほしい」という申出を従業員から受けた場合の対応が問われ、「控除対象者は一律に減税額の控除を受けることになるため、控除対象者自身が定額減税の適用を受けるか受けないかを選択することはできない」と回答されている。 また、2-9では青色事業専従者の定額減税について、主たる給与の支払者のもとで月額減税・年調減税等が行われるが、納税者の同一生計配偶者や扶養親族とはされないことから、納税者と生計を一にしていたとしても、(その納税者の)定額減税の計算には含めないとしている。 さらに9-3では、本年1月に公表された「給与等の源泉徴収事務に係る令和6年分所得税の定額減税のしかた」(P13)において源泉徴収簿の「余白」を使用して年調減税額の控除計算の内容を記載すると説明されている点につき、国税庁ホームページに掲載されている源泉徴収簿は源泉徴収事務の便宜を考慮して作成したものであり、その記載方法も含めて法令で定められたものではないことから、「別紙」を使用して年調減税額の控除計算の内容を記載しても差し支えないとしている。 その他、令和6年6月1日時点での休職者の取扱い(3-5)や、「給与以外の収入があり所得制限を超える人(10-2)」・「租税条約が適用される外国人技能実習生(10-3)」・「同一生計配偶者や扶養親族(年末調整で合計所得金額が48万円以下になった場合)(10-6)」それぞれのケースにおける源泉徴収票の「(摘要)」欄の記載方法について解説されているほか、源泉徴収票の「控除外額(定額減税額のうち控除しきれなかった金額)」と支給される給付金の額は必ずしも一致しないとする設問(10-7)、定額減税の実施に併せて行われる各種給付措置により支給される給付金は所得税等を課されないとする設問(12-2)など、給付金に関する内容が2問、新設されている。 なおQ&A以外の新たな資料として、「《記載例》源泉徴収に係る定額減税のための申告書」及び「《記載例》年末調整に係る定額減税のための申告書」がそれぞれ公表されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税庁、昨年10月ぶりに「インボイスQ&A」を改訂 ~「多く寄せられるご質問」からの取込みに加えR6改正に伴う設問を追加~ Profession Journal編集部 国税庁は4月8日付けで、昨年10月以来となる「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」(インボイスQ&A)の改訂を行った。 今回の改訂にあたっては、既存問答27問を改訂するとともに、新たに23問が追加されている(全130問)。 今回追加された23問のうち22問は、既報のとおり毎月のペースで設問が追加されているもう1つの設問集「多く寄せられるご質問(全26問)」掲載分をインボイスQ&Aへ取り込み再構成したもので、まったくの新規として追加されたのは、令和6年度税制改正に関する下記1問のみ。 上記の問いに対し と回答した上で、判定の例示や帳簿の記載イメージが示されている。 また、上記「多く寄せられるご質問」26問のうち残り4問についても、それぞれ既存問答の中へ解説内容が織り込まれていることから、3月時点までの「多く寄せられるご質問」の内容は、インボイスQ&Aへ実質的に移行されたと見てよいだろう。 その他、既存問答の一部についても、令和6年度税制改正に伴う追記(問106、問113など)や記載例の追加(問59など)のほか、年表記の更新等が行われている。 一方で国税庁は、今回の改訂の2日後(4月10日)に令和6年4月以降版として「多く寄せられるご質問」を更新しインボイスQ&Aへ取り込まれた全26問を削除するとともに、「問ⓐ 予約サイトで事前決済した宿泊予約者に対する適格簡易請求書の交付」を新たに追加している。 この問ⓐはインボイスQ&Aの問 49-2(適格請求書を再交付する場合)(もとは「多く寄せられるご質問」に掲載されていたもの)に続く内容であり、予約サイトで事前決済した宿泊予約者へ簡易インボイスを交付する際の様式(記載事項等)について説明されている。 ここで注意したいのは、「多く寄せられるご質問」は4月8日付の更新でも「令和5年10月~令和6年3月版」というバージョンが公表されており、上記4月10日付更新の「令和6年4月以降版」との2つのバージョンが閲覧可能となっている点だ(今後はこの「令和6年4月以降版」が随時更新されていくと考えられる)。 情報をまとめると、今回の各情報更新で新規情報として公表されたのは、インボイスQ&Aの「問110-2」及び「よくあるご質問」の「問ⓐ 予約サイトで事前決済した宿泊予約者に対する適格簡易請求書の交付」ということになろう。 なお各設問集へのリンクはこちら。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 令和6年度税制改正に伴う消費税法基本通達等の改正が公表される ~プラットフォーム課税導入の取扱いや届出書の様式等示す~ 税理士 石川 幸恵 令和6年度税制改正では、プラットフォーム課税の導入等や国外事業者に係る事業者免税点制度の特例の見直し等が図られた(改正の背景や概要は、下記拙稿も参照されたい)。 これらの改正に伴い、国税庁より「消費税法基本通達等の一部改正について(法令解釈通達)」及び「「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関する申請書等の様式の制定について」の一部改正について(法令解釈通達)」が4月1日付で公表されたため、以下に概説する。 1 消費税法基本通達等の一部改正について(法令解釈通達) 主な改正は、次の(1)~(4)の4点に関するものである。 (1) プラットフォーム課税の導入等 国外事業者がデジタルプラットフォームを介して行う、いわゆる「消費者向け電気通信利用役務の提供」のうち、一定規模を超えるプラットフォーム事業者を介して対価を収受するものについては、そのプラットフォーム事業者が行ったものとみなして、国外事業者に代わり納税義務が課される(消法15の2)。 新設された消基通5-8-8、5-8-9及び改正された11-2-13は、国外事業者等の範囲の確認や特定プラットフォーム事業者の仕入税額控除額の計算について確認するためのものと考えられる。 また、プラットフォーム課税の導入に伴い、「特定プラットフォーム事業者の指定届出書」などの届出書、申請書の様式が新設された。 なお、(1)に係る通達の適用時期は、令和7年4月1日である。 (2) 国外事業者に係る事業者免税点制度の特例の見直し等 事業者免税点制度については、次の4点の見直しが図られた。 消基通1-4-2、1-5-15、1-5-15の2、1-5-21の3、1-5-23、3-2-2は、元からあった通達に上記の見直しを追加するための改正である。 また、消基通13-1-3、13-1-4の改正及び13-1-3の5の新設は、恒久的施設を有しない国外事業者には簡易課税制度が適用されないことを確認するためのものである。 なお、(2)に係る通達の適用時期は、令和6年10月1日である。 (3) 一課税期間中の金地金等の仕入等が200万円以上となった場合のいわゆる「3年縛り」の新設 高額特定資産を取得した場合の事業者免税点制度及び簡易課税制度の適用を制限する措置の対象に、その課税期間において取得した金又は白金の地金等の額の合計額が200万円以上である場合が加えられた(消法12の4③、37③五)。 消基通1-4-6、1-5-18、1-5-19、1-5-22の2、13-1-4の3は、元からあった通達に金地金等の取得を追加するための改正である。 この改正に伴って消費税簡易課税制度選択届出書の様式が変更され、金地金等の仕入れ等が200万円以上でないことに関するチェックが追加された。 なお、(3)に係る通達の適用時期は、令和6年4月1日である。 (4) 登録国外事業者関係 登録国外事業者制度が廃止され、インボイス制度に移行したことに伴い、「登録国外事業者の登録申請書」等が削除された。 2 「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関する申請書等の様式の制定について」の一部改正について(法令解釈通達) 適格請求書発行事業者の登録申請書等について、記載事項の簡略化が行われた。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2024年4月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.564を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第130回】 「消費税法上の実質行為者課税の原則(その3)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅲ 消費税法の本質と実質性の追求 1 「享受」という概念 消費税法上の実質行為者課税の原則が所得課税法における実質所得者課税の原則における法律的帰属説と親和的であり、原因(行為)に着目をした構造になっているという点を論じたが、この点は、消費税法13条の文理解釈から導き出すことができるかもしれない。 浅妻章如教授は、本件大阪地裁判決の評釈において、「所得税法・相続税法に関しては委託者が課税対象となる一方、消費税法に関しては委託者が課税対象となるという立論の余地は皆無ではない。」としつつ、「『享受』という同じ文言を重視すれば、問屋・委託者の関係について所得税法・消費税法で態度を変えることは要請されない。」とされる(浅妻「牛枝肉の問屋でもリスク負担者である場合貸倒れの仕入税額控除を主張できる」ジュリ1495号137頁(2016))。なるほど、「所得税および消費税は実質的に同性質の租税であることになり、両者は単に課税のタイミングの違いを有するものである」との指摘があるとおり(手塚貴大「消費税制の構造と改革(1)―租税法学の視点と検討―」自研96巻5号66頁(2020))、所得課税法と消費税法との間に必要以上の径庭を認める必要はないのかもしれない(消費課税におけるタイミングの問題については、渡辺智之「消費課税の意義と将来構想」租税法49号4頁(2021)参照)。 本稿の関心事項である所得税法12条や法人税法11条、消費税法13条の関係についていえば、なるほど、「享受」という概念を共有しており、また、かかる概念の意味を特段の理由なく別異に解することは租税法律主義が要請する法的安定性や予測可能性に反する結果を招来することにもなり得るところから、原則として同義に解するべきであろう。 しかしながら、この点については、他方で次のような問題関心が惹起される。 それは、そもそも、所得税法12条や法人税法11条、消費税法13条の解釈について、文理解釈を重視した上で、これらの条文において使用されている概念の意味をどこまで尊重すべきなのかという問題関心である。 例えば、福岡高裁昭和34年3月31日判決(判時198号4頁)は、次のように説示する。 このように地裁は、実質所得者課税の原則を「基本的指導理念」と位置付け、確認的規定と捉えている。なお、上告審最高裁昭和37年6月29日第二小法廷判決(裁時359号1頁)は、この原審判断を維持した。 また、最高裁昭和39年6月30 日第三小法廷判決(税資42号486頁)は、租税法上古くから条理として是認されていたいわゆる実質課税の原則によって納税義務の所在を決定した原審判断は相当であると判示している。この立場も、実質所得者課税の原則が確認的規定であるというところに立つものであるといえよう。 かように実質所得者課税の原則を確認的規定であると捉えるのが判例の態度であるといえよう。 そうであるとすると、所得税法12条や法人税法11条、消費税法13条が「享受」という共通の概念を使用していることのみをもって、これらの解釈に径庭を認めるべきではないとするのにも一定の不安が付きまとうのである。 2 随時税・行為税という性質 もっとも、所得税法や法人税法における実質所得者課税の原則が法律的帰属説に立ち、原因(行為)に着目した考え方が採用されていることと、消費税法上の実質行為者課税の原則も同様に原因(行為)に着目しているという仮説は、消費税法の本質からも論じることができるかもしれない。そこにいう消費税法の本質とは、消費税が随時税あるいは行為税という側面を有するという点である。 消費税法の随時税や行為税という性質は、次の国税通則法15条を確認することから判然とする。 例えば、三木義一青山学院大学名誉教授は、消費税法の本質について、上記の国税通則法15条を引用した上で、「この規定から明らかなように、消費税法は消費に着目する税、つまり行為税として構成され、個々の取引時に『納税義務が成立』するという基本的性格を有している税である。従って、所得税や法人税のように一定期間の終了を待って納税義務が成立する期間税ではない。」とし、「個々の取引で見ると、売り手と買い手が取引を行うが、少なくとも売り手側は取引時点で納税義務が成立するので、その抽象的な額が観念できる仕組みでなければならないのである」とされている(三木「対価概念・仕入税額控除と消費税法の基本構造」立命館法学352号413頁(2013))。 このように所得課税が期間税であるとされる点と異なり、消費税は、随時税あるいは行為税とされているのである。 課税資産の譲渡等を基準として消費税が観念されるという点とも相まって、上記のように考えると、原因(行為)に着目をするという消費税法の本質論と同法上の実質行為者課税の原則とは親和性を有するといえそうである。 ただし、課税資産の譲渡等に着目するのが消費税の課税標準であるとはいっても、納付すべき税額の計算においては、仕入税額控除が計算される必要があるところ、同控除の性質などをも踏まえると、上記に示した消費税法を随時税あるいは行為税という性質のみで捉えることが可能であるのかについては、不安も惹起される。 すなわち、消費税法30条《仕入れに係る消費税額の控除》1項は次のように規定している。 消費税法30条1項が上記のとおり規定するとおり、仕入税額控除は期間単位で計算することが予定されている。 この点について、西山由美教授は、「日本の消費税法のもとでは、納税義務は課税売上げごとに成立するが(国税通則法15条2項7号)、申告納税は各課税売上げを課税標準とするのではなく、課税期間中の課税売上げの合計金額を基礎にして(これを『課税標準額』と称する)、課税売上げにかかる消費税が計算される。」とされている(西山「消費課税におけるインボイスの機能と課題─EU域内の共通ルールと欧州司法裁判所判例を素材として─」法学新報123巻11=12号147頁(2017))。 ここから得られる示唆としては、消費税法を納税義務レベルと申告納税レベルで切り分けて考えた場合には、前者を随時税といい得るが、後者では期間税的なものとされていると解することができそうである。 もっとも、実質行為者課税の原則の議論は、納税義務レベルと申告納税レベルで切り分けて考えた場合には前者の問題であるから、行為者を基準として納税義務の帰属を捉えるべきとの考え方が導出され得るといえよう。 3 売上税という性質 消費税の本質論を考えるに当たって、「消費税は売上税ではないか」という論点は比較的ポピュラーな論点であるといえよう。 そもそも、我が国の現行消費税法は、課税資産の譲渡等に対して課税を行い、税額控除において仕入税額控除を認めるという構造を採っている。このことからすれば、いわば売上税であることは多言を待たない。そのような点からみても、消費税法の実質的な課税対象者を考えるときに、課税資産の譲渡等という行為を行った者に着目するのは至極当然であるように思われるのである。 この点、金子宏東京大学名誉教授は、付加価値税の性質と内容に関して、付加価値税の構成の仕方には、収益税として構成する考え方と売上税として構成する考え方があり得るとされた上で、「現在ヨーロッパ諸国で採用されている附加価値税〔筆者注:論文発表時は1970年〕は、立法者の意図においても実際の効果においても、いずれも一般売上税であり、後者の考え方に立つもの」とされる(金子「附加価値税の採用の是非をめぐって」税弘18巻9号5頁(1970))。この点、我が国の消費税法も売上税として構成する構造を採用しているといえよう。 西山由美教授は、消費税と付加価値税との相違については、一般に同義であるとした上で、「厳密にいえば、前者については、最終消費者の消費行為に着目してその消費能力に課税する税であることが強調されるのに対して、後者については、取引の各段階で生じる付加価値に対して課税すること」と説明される。そして、注目すべきは、以下の理由で、消費税が厳密な意味で付加価値税ではないとされるのである(西山「消費課税における中小事業者―消費税の性質論を基礎として―」早法95巻3号586頁(2020))。 このようにみてくると、厳密な意味では、消費税は付加価値税というよりも売上税的な性質を含有しているとみることができるのであって、かような意味においても、売上たる資産の販売者や役務の提供者という原因(行為)に着目をした実質課税の負担者の確定ルールは説明しやすいものであるといえよう。 (続く)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第25回】 「国税通則法70条・71条」 -確定権・課税処分の期間制限(除斥期間)- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法70条(国税の更正、決定等の期間制限) 国税通則法71条(国税の更正、決定等の期間制限の特例) 1 租税債権の期間制限(総説) 国税通則法70条は「国税の更正、決定等の期間制限」という見出しの下、同法71条は「国税の更正、決定等の期間制限の特例」という見出しの下、国税の更正決定等(更正・決定・賦課決定。税通58条1項1号イ参照)について一定の期間制限を定めている。 これらは伝統的には「賦課権の期間制限」の定めと呼ばれてきた。税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)6頁は、「租税債権の期間制限」(太字原文)という見出しの下、次のとおり述べて(下線筆者)、同6-8頁で「賦課権の期間制限」と「徴収権の期間制限」について「規定の整備合理化」を答申した。 この答申に関連して、税制調査会「国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)」(昭和36年7月)33-34頁は、「賦課権と徴収権の性格及び両者の関係」について、次の説明を行った(下線筆者。大蔵省主税局税制第二課編『国税通則法とその解説』(大蔵財務協会・1962年)7頁も同旨)。 上記の説明は、国税通則法の制定に向けての次のような議論の整理(税制調査会・前掲答申別冊27頁。下線筆者。同33-34頁も参照)に基づくものと考えられる。 以上で概観してきたように、更正決定等の期間制限は「賦課権の期間制限」として「徴収権の期間制限」と並んで「租税債権の期間制限」を構成するものと理解されてきた。このような理解は、昭和34年の国税徴収法全文改正(昭和34年4月20日法律第147号)に先立って租税徴収制度調査会「租税徴収制度調査会答申」(昭和33年12月)3頁が示した次のような考え方、すなわち、「[国税徴収法]改正の法形式については、納税者の税法に対する理解を容易にするという観点からは、各税法に分散する租税の共通規定を整理統合し、かつ、租税債権の発生、消滅、時効等の総則的規定を整備した租税通則法を制定することが最も望ましいといわなければならない。」(下線筆者)という考え方を、国税通則法の立法者が採用し(第1回2参照)、そのような「総則的規定」を同法70条ないし73条の各規定として定めた、という立法経緯に関する認識を踏まえたものである。 もっとも、徴収権の期間制限については、昭和34年の国税徴収法全文改正において同法174条ないし176条の各規定が定められており、それらが国税通則法の制定に伴い同法72条及び73条の規定に基本的に引き継がれた。更に遡れば、「国税の徴収に関する権利の期間制限の制度は、相当古くから設けられており、その創設は、これを期満免除と呼んでいた明治22年の国税徴収法制定時にまでさかのぼることができる。」(武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)3832頁。志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)845頁も参照)と述べられている。 これに対して、賦課権の期間制限については、「国税通則法制定前は、賦課権の除斥期間に関する統一的な規定はなく、各税法に散存していた。しかも、このような規定が設けられたのは比較的新しく、賦課権の除斥期間に関する最初の規定は、昭和26年4月にシャウプ勧告[=シャウプ使節団第二次勧告]に基づいて設けられたものである。それまでは、賦課権の除斥期間という概念がなく、会計法に関する一般的な国の債権債務関係に関する消滅時効が適用されるものと解されていた(・・・・・・)。」(武田監修・前掲書3733頁の3。税制調査会・前掲答申別冊29頁、志場ほか共編・前掲書846頁も参照)と述べられている。 以上を要するに、賦課権の期間制限と徴収権の期間制限とは、租税債権の期間制限として、国税通則法ではこの順に規定されているが、沿革的には、徴収権の期間制限が先行して規定され、賦課権の期間制限に関する定めが戦後ようやく規定されたのである。この点にも、国税通則法が「租税に関する基本的な法律構成に関する規定」(税制調査会・前掲答申1頁)を既存の国税徴収法の側からみてその整備を行ったものという国税通則法の「実定的構造」(第1回3)の淵源を見出すことができるように思われる。 ただ、賦課権の期間制限に関する定めの登場後、とりわけ租税徴収制度調査会での議論及び税制調査会・前掲答申での議論の過程で、さらにはその後の学説上の議論において、賦課権の期間制限と徴収権の期間制限との区別が概念上明確にされ、部分的には実定税法上も明定されてきたように思われる。この点については、以下で項を改めて検討することにする。 2 「賦課権・賦課処分」から「確定権・確定処分(課税処分)」へ (1) 国税通則法制定前の議論 ここでは、まず、賦課権ないし賦課処分の概念をみることから始めよう。賦課とは、一般に、「国又は地方団体が公租公課を割り当てること」(金子宏ほか編『租税法講座-第3巻 租税行政法-』(ぎょうせい・1975年)76頁[光廣龍夫執筆]。新村出編『広辞苑〔第6版〕』(岩波書店・2008年)2430頁も参照)をいうが、国税通則法制定前は国税徴収法上の「賦課」概念をめぐって様々な理解がされていたように思われる(租税法研究会編『租税徴収法研究(上)』(有斐閣・1959年)174頁以下の各発言参照)。 その当時の基本的な理解の対立は、❶「賦課処分の本質は税務官庁の確認処分」としてこれを「抽象的な租税債権が具体化していくための租税債権の確定」とみるか(租税法研究会編・前掲書175頁の桃井直造発言)、又は❷「課税標準を確定するという・・・・・・税務署の内部的な判断作用・・・・・・に基いて一定の税金を納めろという一種の下命的な性質をもった行為」とみるか(同181頁の田中二郎発言)という点にあり、そして、その対立の直接の原因は、戦後導入され拡充されてきた申告納税制度に対する評価の違いにあるように思われる。 上で引用した❶と❷という対立する発言をした二人の間で、申告納税制度に対する評価については、「申告という行為に基いて納税の義務が確定する。これをセルフ・アセスメント(Self Assessment)と呼ぶことがあります。しかし、この自己賦課というのは税法で取り扱っている賦課という概念には入らないのではないかと思います。」という発言(租税法研究会編・前掲書178頁の桃井直造発言)に対して、「そういたしますと、申告納税の場合には義務者の申告が政府によって承認されたときは賦課があったというように考えるとしますと、その場合には具体的に賦課という行為はなされないということになりますね。そしてもし申告をしない場合には決定をし、申告に誤りがあるという場合に更正をする、その決定なり更正なりはそこでいう賦課に当る。こういう考え方になるわけですね。」、「そしてそれに続いて納税命令すなわち納税告知は賦課に続く租税債務の履行を請求する行為というふうに読むわけですね。」という発言(同178頁の田中二郎発言)がされたのであるが、この後者の発言を妥当と考えるかどうかは、申告納税制度を基本とする現行税法における賦課権・賦課処分概念の位置づけを考える上で、重要な意味をもつ問題であると考えられるので、関連して以下の発言(同184-185頁の杉本良吉発言及び忠佐市発言。下線筆者)を引用しておこう。 この二人の発言の対立も、基本的には、前記の❶と❷との対立にみられる賦課権・賦課処分概念の理解の違いに基因していると考えられるが、ただ、その対立については、上記の杉本発言にいう「制度の進化発展」の観点から整理して理解するのが妥当であるように思われる。以下では、そのような観点から、上記の忠発言にいう「懐古趣味」について、別の箇所での忠発言(租税法研究会編・前掲書177頁。下線筆者)をみておこう。 (2) 国税通則法制定後の議論の展開 以上で国税通則法制定前の議論をごく簡単にみてきたが、前記の❶と❷との理解の対立は、概念上は、いわば折衷的に解消されたように思われる。すなわち、賦課権は、国税通則法制定時には、前記1でみたように、「確認を主たる内容とする公法上の特殊な行政処分をすることのできる一種の形成権」(税制調査会・前掲答申別冊33頁。太字筆者)と性格づけられていたのであるが、この性格づけは、賦課権が「確認」と「形成」という一見すると矛盾するかのように思われる内容をもつことを前提としているところ、ここでいう「形成」は義務賦課という意味での形成であり、前記❷の「一種の下命的な性質をもった行為」による形成(義務賦課)を意味すると解することができるので、その要素と前記❶の「確認処分」の要素とは折衷可能であると考えられるのである。 その折衷のために用いられたと考えられるのが「抽象的租税債務の発生と具体的租税債務の確定」(租税法研究会編『租税法総論』(有斐閣・1958年)194頁)という概念枠組みである。つまり、税制調査会はその概念枠組みの中で賦課権を、「抽象的租税債務の発生」についてはその内容を「確認」する行政処分権の意味に理解し、「具体的租税債務の確定」についてはその内容の義務(具体的税額納付義務)を「形成」(賦課)する行政処分権の意味に理解することによって、前記の❶と❷との理解の対立を解消しようとしたものと考えられるのである。 このような概念枠組みに基づく賦課権の理解は、今日でもなお有力であるように思われる(田中二郎『租税法〔第3版〕』(有斐閣・1990年)159-160頁参照。ほかに、志場ほか共編・前掲書850-851頁、武田監修・前掲書3721頁も参照)。しかし、前記の「制度の進化発展」の観点からみると、特に「具体的租税債務の確定」に関しては前記の忠発言にいう「明治時代以来使われてきた賦課という概念」の影響が色濃く残っているように思われる。それは、賦課処分を財政下命(納税義務賦課行為)と性格づけこれに納税義務の発生と確定を(特に区別することなく)かからしめる租税権力関係説のいわば「残滓」といってもよかろう(谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第1回Ⅱ2参照)。租税権力関係説は19世紀後半以降のドイツの伝統的行政法学に基づくものであり、わが国でも第二次世界大戦前は通説であったといってよかろう。 これに対して、租税債務関係説は、ドイツで1920年代以降伝統的な租税権力関係説に対抗して唱えられるようになり、わが国でも杉村章三郎『独逸租税法論』(有斐閣・1931年)によって紹介され、とりわけ1950年代以降本格的に研究されるようになったが(須貝脩一『租税債務関係の理論』(三晃社・1961年)、三木義一『現代税法と人権』(勁草書房・1992年)第2章[初出・1975年]等参照)、国税通則法制定時には、前記の概念枠組みのうち「抽象的租税債務の発生」を租税債務関係説に基づく課税要件論を前提にして議論するほどにまで、学説のみならず課税実務においても浸透していたとみてよかろう。 要するに、賦課権を「確認を主たる内容とする公法上の特殊な行政処分をすることのできる一種の形成権」として性格づける考え方は、租税権力関係説と租税債務関係説との折衷説に基づくものとみてもよいように思われる。前記の❶と❷との理解の対立については、既に述べたように、租税法研究会編・前掲『租税徴収法研究』での発言をみる限り、その直接の原因は申告納税制度に対する評価の違いにあるように思われるが、そこでの発言の多くが課税要件の充足による租税債務の発生を観念することを前提とするものであることからすると、申告納税制度とも親和性が強い租税債務関係説の影響の広がりが、前記の❶と❷との理解の対立の少なくとも背景にはあったように思われる。国税通則法も同法15条において納税義務の成立と確定を区別しその成立を課税要件の充足にかからしめる考え方を基礎にしていると解されること(第10回2参照)からすると、尚更である。 そうすると、今日では、わが国の税法学の体系が租税実体法の中心をなす課税要件法を基礎として構築され確立されたといってよいと思われる以上、その到達点ともいうべき体系書(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)。同書は初版(1976年)からその体系を維持している。第1回3参照)が、下記のとおり(同154頁)、「賦課権・賦課処分」ではなく「確定権・確定処分」という言葉を用いるのは自然で適当なことであるように思われる。なお、筆者は「課税権」という言葉の多義性(谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第1回Ⅱ2参照)を念頭に置きながら、その意味の一つとして「確定権」という言葉を用いつつ、その行使による更正決定等に関する慣用的呼称である「課税処分」という言葉を用いることにしている(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【120】等参照)。 3 確定権・課税処分の期間制限 確定権・課税処分(更正決定等)の期間制限については、これまで国税通則法制定時の議論を概観してきたように、それは除斥期間を意味する。これについて、時効期間を意味する徴収権・徴収処分の期間制限とは区別して、起算日や期間に関する異なる定めがされてきた。 この点について、「課税権は公法的なものであるが、その結果生ずる租税債権には私法的性格が濃厚に残っているのである。」(中里実『財政と金融の法的構造』(有斐閣・2018年)57頁[初出・2014年])という示唆に富む指摘に即して整理すると、租税債権の期間制限のうち、「私法的な性格が濃厚に残っている」(税制調査会・前掲答申別冊33頁では「一般の私債権ときわめて近似した性格」をもつ)徴収権の期間制限については、「私債権における時効制度を適用」(同頁)し原則としてこれと「全く同一な取扱いが可能である」(同頁)のに対して、「行政権の一環としての課税権」(田中・前掲書56頁)という「公法的なもの」である確定権の期間制限については、租税債権の実質的(民事実体法的)内容とは切り離した形式的(行政手続法的)規制が妥当であるといえよう。 国税通則法が確定権・課税処分の期間制限を中断や停止(平成29年改正後は更新や完成猶予)が問題とならない除斥期間として定め、その起算日を原則として法定申告期限等の行政手続上の期限・事実発生日として定めるなどの措置は、上記の考慮に基づくものであると考えられる。 平成23年度[11月]税制改正において通常の更正の請求(税通23条1項)に係る請求可能期間を5年に延長することに伴い更正決定等の除斥期間を原則として5年に統一する措置について、平成23年2月25日衆議院財務金融委員会において菅川洋委員の質問に対して五十嵐文彦財務副大臣が次の回答(第177回国会財務金融委員会会議録第4号。下線筆者)を行ったのも、前記と同様の考慮に基づくものであると考えられる。 なお、課税処分(更正決定等)の期間制限は、国税通則法70条の定めるものが「通常の期間制限」ないし「通常の除斥期間」、同法71条の定めるものが「特別の期間制限」ないし「特別の除斥期間」とそれぞれ呼ばれることがある(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)257-260頁、金子・前掲書990-993頁、前掲拙著【144】【145】等参照)。この呼称は、期間制限の「特例」であることを「特別の」という修飾語で表現するという考え方に基づくものであるが、筆者が国税通則法23条2項の定める更正の請求を「特別の更正の請求」と呼ぶのも同じ考え方によるものである(前掲拙著【135】(イ)参照)。 (了)
国際課税レポート 【第1回】 「実施段階を迎えたOECD国際課税改革のゆくえ」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員 グローバルミニマム課税(国内法)とAmount A(多国間条約) 令和6年4月以降に開始する事業年度から、令和5年度の税制改正で導入された「国際最低課税額に対する法人税」(グローバルミニマム課税)のうち「所得合算ルール」が適用される。これは、子会社の実効税率が15%未満の巨大多国籍企業に対し、税負担率が15%に達するまで追加課税を行う制度だ。子会社の利益を親会社で合算して課税する点で、タックスヘイブン対策税制に似ているが、目的(法人税率引下げ競争に下限を設ける)や仕組み(税率は法人税23.2%・地方法人税10.3%などでなく、15%までの追加課税を行う)が異なる。 グローバルミニマム課税は、2021年10月にOECDで140ヶ国あまりが合意した「2つの柱による国際課税改革」(いわゆるBEPS 2.0)の第2の柱の措置で、連結売上が7.5億ユーロを超える多国籍企業が対象だ。日本では約900社が該当する。各国が国内法を立法して施行される。 国際合意のもう1つの柱は、契約締結権や物理的な拠点がなくても、多国籍企業の連結利益の一部(10%を超える部分の1/4)を定式配分し、市場国で課税することを可能にする「新課税権」(Amount A)の創設だ。売上高200億ユーロを超える巨大多国籍企業が対象で、グローバルに約100社が該当すると言われている。 こちらは新しい多国間条約の締結が必要だ。署名時期は2度延期されたが、OECDは昨年12月に2024年3月までに条文を確定し、6月までに署名式を行う予定であると発表している(その後、3月末の期限までに公表はない)。 これらの新しい制度の特徴は、課税所得を連結ベースで捉える点だ。これは、グループ企業を個別のエンティティとして扱う従来の制度と異なる。 デジタル経済における課税権の配分 デジタル経済の下、多国籍企業や知的財産の存在感が増している。また、情報化及びIT化の進展により、格差や競争など、市民にとって身近な問題に構造的な変化が引き起こされている。 2013年に開始されたBEPS(Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクトの背景にはこうした変化があった。デジタル経済から生じる税務上の課題への対応策についての検討は、解決が最優先されるべき課題だったはずだ。 しかし、デジタル経済で成功している多数の巨大テクノロジー企業を擁する米国にとっては、課税ルールの現状変更は自国企業への税負担増に直結するため、消極的だった。一方、ユーザーや市場を有する欧州諸国は、市民の声もあり、制度がデジタル経済に追いついていないことから生じる課税もれを放置するわけにはいかない。 意見の隔たりが大きいため、2015年のBEPS最終報告書では、デジタル経済における税務上の問題を2020年までの課題として残し、各国が既存のルールに反しない範囲で独自の措置を導入することを容認する形で終わらざるを得なかった。 デジタルサービス税の広がりと2つの柱による対応策 国際合意を巡る議論が進展しないことに業を煮やしたフランス(2019年)、イギリス(2020年)を含む欧州各国はデジタルサービス税(DST)の導入を開始した。この税は2~3%の税率で、原価や費用控除を考慮せずに売上全額に課税する売上税である。国際的な合意に基づかないので、内容は各国バラバラだ。 一方、OECDは、デジタル経済における課税権の配分問題に対応するため、2018年に中間報告書をまとめ、その後「2つの柱による対処案」(BEPS 2.0とも呼ばれる)の検討を開始した。 政治的な焦点となったのは、市場国での課税を可能にする「新課税権」(Amount A)の設計だった。アメリカの立場を考慮し、テクノロジー企業だけを対象としないよう、消費者向けビジネスや自動化されたデジタルビジネス(例えばクラウドサービス)を対象にするなど、工夫が凝らされ、2020年の合意を目指して精力的な議論が行われたことと思う。 しかし、2019年12月、トランプ政権当時の米国のムニューシン財務長官は、多国籍企業に対する連結利益の定式配分を強制する「新課税権」(Amount A)については、納税者の広い支持(米議会での承認を指すだろう)を得ることができないため、企業の選択制(セーフハーバー)で導入すべきだと提案した。 この提案は、条約が米国議会の承認を受けなければ効力を持たないという現実を踏まえたものであり、一理あるが、欧州諸国はこの提案を受け入れなかった。セーフハーバー制度では多国籍企業への課税の決め手にならないと見ていたためだろう。 米国議会の反発 2021年1月に発足したバイデン政権は、インフラ投資等に必要な財源を確保するために法人税の増税を含む政策を打ち出し、OECDにおける国際課税議論でもリーダーシップをとるようになった。政権はグローバルミニマム課税を推進し、法人税率引下げ競争に終止符を打つことで、国内での増税のための環境を整えようとしたためと推察する。 しかし、現時点において、多国間条約も、米国におけるグローバルミニマム税の導入も、米国議会の承認が得られる見通しは立っていない。背景には、2022年の中間選挙後に下院の多数派となった共和党と、国際交渉にあたっている民主党政権下の財務省との間で調整が取れていないことがある。 2023年9月には、下院歳入委員会議員団がOECDやドイツを訪問し、米国はOECDの国際課税改革を支持しないとわざわざ申し入れている。さらに、下院歳入委員会の共和党議員は、グローバルミニマム課税のための3つの措置の1つである「UTPR」を採用する外国の企業や富裕層に対して、税率を最大20%引き上げる報復的な課税を行う法案を提出するなど、強硬な姿勢を示している(日本は現時点でUTPRを導入していない)。 複雑で税収を生まない制度という指摘 米国内で15%のグローバルミニマム税に対する議会の支持が広がらない背景の1つとして、その複雑性(合計数百頁の文書)と税収を生まないことへの批判が挙げられる。 2023年6月に米議会スタッフが公表した試算によると、他国がグローバルミニマム課税の立法を進めた場合、米国が同様の立法を行っても10年間で565億ドルの損失が見込まれ、米国が立法を行わない場合は1,220億ドルの損失になると見積もっている。 日本では、令和5年度の税制改正でグローバルミニマム課税のうち所得合算ルールを導入したが、この改正からの税収増は計上されていない。新しい制度なので技術的に見積りが困難であるほか、各国がグローバルミニマム課税の一類型であるQDMTT(Qualified Domestic Minimum Top-up Tax)を導入することで、日本での合算課税可能な金額が生じないと考えたのかもしれない。 官・民の租税専門家が参加する国際的な集まりであるIFA総会(2023年10月)では、パネリストの弁護士から、税収に結びつかないのに複雑な事務作業の負担を企業が負うことに割り切れない思いを持つ声も聞かれた。 多国籍企業大国日本と2つの柱による解決策の負担 OECDによると、2019年時点で売上が7.5億ユーロを超える巨大多国籍企業は世界で約7,600社存在し、国別に見ると米国が1,759社でトップ、次いで日本が904社、中国が691社、ドイツが419社、英国が399社と続いている。資源や市場が限られている日本は、米国に次ぐ世界第2位の多国籍企業大国でもある。 多国籍企業は既に多くの情報提供義務を負っており、コンプライアンスコストは追徴課税と同等、あるいはそれ以上の影響を競争条件に与えている。米国がグローバルミニマム課税に参加しそうにない現状では、日本企業の事務負担が競争条件に与える影響に対して敏感になる必要があるだろう。 OECDの多国間条約関連文書及びグローバルミニマム課税に関連する文書は、合計1,000ページにも及ぶ巨大な文書だ。正確な執行と納税のためには、これらを理解する必要がある。OECDの議論が簡素化に十分な注意を払っていないと感じられることは、どのような理由があれ、残念というほかはない。 グローバルミニマム課税のための最初の確定申告書提出期限は2026年9月だが、OECDの議論は進行中であり、制度には変更が加えられる可能性がある。新制度が長期的に安定するためには、事務負担の軽減がカギとなりそうだ。 先に述べたように日本は多国籍企業大国だ。事務負担の軽減やコストのデータを制度設計にフィードバックし、制度の簡素化を求めていく責任があるだろう。 (了)